6: ◆wsnmryEd4g[saga]
2020/10/18(日) 08:50:06.47 ID:iX/HvtXE0
いつだったか、確か小学校低学年の頃、私が近所の餓鬼大将に執拗にからかわれていた時期があった。
蛇の模型で驚かされたり、下校中に雪玉を投げつけられたり、挙句にはスカートを捲くられたりもした。
それに私もこんな性格だから、最初のうちは不幸な事故に会うものだなぁなんて能天気にぼうっとしていて、それからようやく周囲の友人に「なんで怒らないの?」と言われてはっと気付くような有様だった。
それについて、私がお母さまにどうやって相談したか、実はあまり覚えていない。
覚えていないくらいだから、当時の私はそのことをあまり真剣に考えていなかったのだろう。
お母さまは、そのいじわるな餓鬼大将の話を聞いても、少し表情を曇らせただけで怒ったりなどはなさらなかった。
ただ一言、「ゆかりはもう少し……そうね、もう少し、自覚を持つようになさい」とおっしゃったきりだった。
それは決して責めるような物言いでなく、朝露にぬれた木々の葉っぱが自然と水滴を垂らすような、何気ない一言だったけれども、かえってそんな何気なさが、私の心の水面に、無視できない小さな波紋を落とすのだった。
自覚。
その言葉の正体を、私は今でも知らずに生きている。
私が私の人生に対して抱く感想は、いつも私を守ってくれる人の言葉の中にあった。
青森を離れ東京へ出るまでの十五年余、無知ゆえに流され易かった私の良心は、お母さまのそうした何気ない言葉や、また長い年月を経て水本家の歴史と融和していったお屋敷の、白い雪の景色の中に、魂を何色にも染められないまま、絶えず守られ続けてきたように思われる。
ところで、例の餓鬼大将は、ある日、お母さまが将棋でこてんぱんにやっつけてしまった。
小学校の親子レクレーションで、近所では負けなしと豪語していた彼らの得意気な鼻っ柱を、あの優雅な調子で容赦なく粉砕してしまったのである。
それ以来、私が餓鬼大将にちょっかいを出されることはなくなった。
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