82: ◆wsnmryEd4g[saga]
2020/10/18(日) 11:43:22.82 ID:iX/HvtXE0
「紗枝ちゃんは不安になったり、怖くなったりしないの?」
「んー……べつに?」
信号が青になって、彼女が先に歩いて行った。
私は慌てて傘を差し出しながら後に付いて歩いた。
「相手が男ならまだしも、うちら女同士やし。そら、プロデューサーはんやらふぁんの方々やら、びっくりしはるとは思うけど……そやかてべつに、怒られるっちゅうほどのもんでも無いんとちゃう?」
その口ぶりからして、彼女は本当にこの状況をなんとも思っていないらしかった。
まったく、紗枝ちゃんも大概、呑気なんだから、そう言いたくなるのをぐっと堪えて、私は黙った。
「あ。今、うちのこと呑気な人やなぁとか思てたやろ」
「そんなこと……!」
図星を突かれて、あからさまに言葉に詰まってしまう。
「ふふっ、ゆかりはんってほんま、分かりやすうておもろいどすなぁ。……けど、今日のことに関しては正直、うちも本気で驚いたんよ……まさかあんな場所でいきなりきすされるなんてなぁ。ゆかりはんも大胆どすえ」
彼女はそっぽを向きながら、まるで独り言のように、それも雨音の中で私に聞こえるくらいはっきり呟いたので、私は慌てて傘の屋根を下げ、辺りを憚るように小さく耳打ちした。
「聞こえちゃうよ……」
あっ、と思うより早く、彼女の手が動いて、傘の柄を弾き飛ばした。
驚きに固まる私の顔を、彼女の濡れた両手が乱暴に引き寄せる。
道行く人々の視線が一斉に私たちに注がれる。
土砂降りの雨に打たれながら私は、彼女の額に、瞼に、頬に、涙のように流れ落ちる水滴をただじっと見つめている。
それから、ゆっくりとお互いの唇をほどいて、私はその薔薇のように深い瞳の中を覗きこむ。
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