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御坂「――行くわよ、幻想殺し」 - 製作速報VIP(クリエイター) 過去ログ倉庫

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1 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga !red_res]:2010/10/07(木) 18:22:54.19 ID:Ks4S6.2o

◆CAUTION◆



この物語には残酷な描写、グロテスクな描写、性的な描写が含まれています。

『とある魔術の禁書目録』15巻まで、ならびに19巻、SS1・2巻、
『とある科学の超電磁砲』5巻までを読んだ上での閲覧をお勧めします。

その上で、独自解釈、独自設定、原作と明確な矛盾がある事をご了承ください。

また、閲覧する際、専用ブラウザ「Jane Style」の使用をお勧めします。
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=^・ω・^= ぬこ神社 Part125《ぬこみくじ・猫育成ゲーム》 @ 2024/03/29(金) 17:12:24.43 ID:jZB3xFnv0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/part4vip/1711699942/

VIPでTW ★5 @ 2024/03/29(金) 09:54:48.69 ID:aP+hFwQR0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/part4vip/1711673687/

小テスト @ 2024/03/28(木) 19:48:27.38 ID:ptMrOEVy0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/zikken/1711622906/

満身創痍 @ 2024/03/28(木) 18:15:37.00 ID:YDfjckg/o
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aaorz/1711617334/

【GANTZ】俺「安価で星人達と戦う」part8 @ 2024/03/28(木) 10:54:28.17 ID:l/9ZW4Ws0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1711590867/

旅にでんちう @ 2024/03/27(水) 09:07:07.22 ID:y4bABGEzO
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/part4vip/1711498027/

にゃんにゃん @ 2024/03/26(火) 22:26:18.81 ID:AZ8P+2+I0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/gomi/1711459578/

にゃんにゃん @ 2024/03/26(火) 22:26:02.91 ID:AZ8P+2+I0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/gomi/1711459562/

2 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/07(木) 18:24:09.78 ID:Ks4S6.2o



――友よ拍手を 喜劇は終わった

ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーベン


3 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/07(木) 18:25:37.32 ID:8mrDPPoo
うお、>>1の注意書きを赤字でとは
その発想は無かった面白そう支援
4 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/07(木) 18:28:06.95 ID:Ks4S6.2o
――その日、二人の能力者が激突した。



学園都市二三〇万の頂点。
七人の超能力者の中の二人。



片やこの世全ての力を統べる能力者。

片や世界の法則を覆す能力者。



二者の戦いは熾烈を極め、隠し切れない傷跡を街に遺した。



死者が出なかったのがおかしいほどだった。

暴力が吹き荒れ、建造物は薙ぎ倒され、人々は逃げる事すらままならなかった。



互角に見えた二人だったが、けれどそこには圧倒的な差があった。

何が起こったのか街の住人には理解できない。

小さな切欠を境に、一方的な破壊が蹂躙した。





戦いは、一人の少女の登場によって幕を閉じる。
5 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/07(木) 18:29:29.91 ID:Ks4S6.2o
そして。

その戦乱の中、誰にも気付かれぬまま。





一つの終わりが、始まった。
6 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/07(木) 18:30:38.54 ID:Ks4S6.2o
そう、これは物語が終わる話。



故に、ここには救いも願いも祈りも赦しもなく。

徹頭徹尾、血と肉と硝煙に彩られた悲喜劇でしかない。
7 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga !orz_res]:2010/10/07(木) 18:32:09.25 ID:Ks4S6.2o



この物語に幻想殺しの少年は登場しない――。


8 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga !orz_res]:2010/10/07(木) 18:37:53.54 ID:Ks4S6.2o
   ◆


 その日、初春飾利はいつものように風紀委員の詰所で愛機を前にクッキーを頬張っていた。

 他の同僚たちは皆出払っている。
 ワァ――――ン、と小さく唸るパソコンの廃熱ファンの音と、初春がクッキーを噛み砕く音だけが静かな室内に響いている。



 既に作業を始めてから数時間が経過している。
 ディスプレイを見つめる初春の顔には、疲労と飽きの色が浮かんでいた。

 画面に映るのは屋内外を問わず街中の防犯カメラが撮影していた映像記録。

 それをただひたすらに、しらみつぶしに追いかけている。

「…………」

 く、と喉から小さく声が漏れた。
 画面の中央、追いかけていた監視カメラの映像が不意に白と黒の砂嵐に取って代わられた。
9 :早速ミス [saga]:2010/10/07(木) 18:38:42.48 ID:Ks4S6.2o
   ◆


 その日、初春飾利はいつものように風紀委員の詰所で愛機を前にクッキーを頬張っていた。

 他の同僚たちは皆出払っている。
 ワァ――――ン、と小さく唸るパソコンの廃熱ファンの音と、初春がクッキーを噛み砕く音だけが静かな室内に響いている。



 既に作業を始めてから数時間が経過している。
 ディスプレイを見つめる初春の顔には、疲労と飽きの色が浮かんでいた。

 画面に映るのは屋内外を問わず街中の防犯カメラが撮影していた映像記録。

 それをただひたすらに、しらみつぶしに追いかけている。

「…………」

 く、と喉から小さく声が漏れた。
 画面の中央、追いかけていた監視カメラの映像が不意に白と黒の砂嵐に取って代わられた。
10 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/07(木) 18:40:22.69 ID:Ks4S6.2o
 一息つこう。

 そう思い椅子から立ち上がり、インスタントコーヒーに湯を注ぐ。
 安っぽい香りが鼻腔をくすぐる。
 マグカップに口をつけ、あち、と舌を出しながら来客用のソファに体を埋めた。

 ふう、と息を吐き、初春は首を左右に傾げる。
 ぽきり、と乾いた音を鳴らして伸びをする。デスクワークは体が硬くなって仕方がない。

 ちびちびとコーヒーを啜っていると、入り口の扉が開き、同僚の固法美偉が入ってきた。

 固法はちらりと初春のパソコンに視線を向け、険しい表情で眉を顰めると初春を見遣った。

「……初春さん。私用で風紀委員の備品を使うのは駄目だと言ったわよね」

 固法の言葉に、初春は目を逸らし無表情にカップに視線を落とした。
11 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/07(木) 18:42:22.30 ID:Ks4S6.2o
 既に事が起こってから一週間が経過しようとしていた。

 初春の求める情報は日々膨れ上がってゆく膨大な数の映像記録の海に埋没しようとしていた。

「あなたの気持ちは分からなくはないわ。でもこの件は、警備員の担当になったわよね」

 彼女の言葉に初春は歯噛みする。

「でも……心配じゃないんですか」

「心配に決まってるじゃない……でもこの件に関しては風紀委員として動くことはできない。それはあなたも分かってるわよね、初春さん」

「……、……」

 口ごもる初春に固法は溜め息を吐き、

「本当に……無事だといいんだけど、白井さん」
12 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/07(木) 18:43:30.39 ID:D5TIRb.o
続けたまえ
13 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/07(木) 18:49:28.19 ID:Ks4S6.2o
 固法の言葉に初春は下唇を噛んだ。
 彼女は事の重大性が分かっていないのだろうか。

 局所的に見れば、風紀委員きっての問題児が行方不明になった。ただそれだけだ。

 薄々ながら初春は気付いている。



 唐突に人が消える。

 この街ではそういう事はままある。



 恐らく固法も気付いているだろう。
 仮にも、学生のままごとの延長とはいえ治安維持組織に所属しているのだ。
 本職には敵わぬものの、この街に広がる闇の漠然とした気配を感じられる。

 その上で、固法のそれは信頼から来るものなのだろう。白井ならば、と。
14 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/07(木) 18:51:11.78 ID:Ks4S6.2o
 だが白井黒子が失踪したその日、何があったのか。
 初春はその断片を知っている。

 制服に隠された肩にはまだ包帯が巻かれ、動かすと小さな痛みを伴う。
 医療技術が進歩したとはいえ一日二日でどうこうなるものではないらしい。
 けれど入院もせずにこうして普通に生活できるのはありがたい事なのだろうか、とも思うが。

 肩の包帯の原因。
 あの日出合った少女と少年。
 あの後、どうなったのか初春は知らない。



 けれど。その日からまことしやかに囁かれる噂が何を意味しているのか。
15 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/07(木) 18:53:23.79 ID:Ks4S6.2o
「………………」

 初春は無言で立ち上がり、パソコンの電源を落とし自分の鞄を掴む。

「出るの?」

 固法の、素っ気ない言葉に初春は小さく頷く。

「そう。……気をつけてね」

「……はい」

 投げかけられたその一言に少し泣きそうになりながら、初春飾利は部屋を後にする。



 閉じた扉の向こう、固法はどんな顔をしているだろうかと思いながら、けれど初春は振り返らなかった。



――――――――――――――――――――
16 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/07(木) 18:54:05.69 ID:T0lE4.AO
きめぇww
17 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/07(木) 18:56:16.37 ID:Ks4S6.2o
 持つべき物は友人だ、と改めて実感した。

 仕事柄他人と関わる機会は多いものの、初春にとって友人と呼べる存在は決して多くない。

 その数少ない友人を、単に自分の目的のために利用するという事に躊躇いを感じたが、他に上手い手段が思いつかなかったのでやむなく初春は携帯電話に登録されたアドレスを引っ張り出して恐る恐る電話をかけたのだった。
 ……上手い手段でなければいくつか代案は思いついたのだが、どれもこれも見つかれば即お縄を頂戴する破目になるので出来る事なら遠慮したいところだ。

 そしてすぐに電話に出た相手は、初春の珍しく回りくどい『お願い』に二つ返事で了承してくれた。

「それで、一体どのようなご用件ですの? 学舎の園に入りたいなどと」

 初春の数少ない友人の一人――婚后光子はいつものように芝居がかった澄まし顔でそう問うた。
18 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/07(木) 18:56:25.03 ID:8mrDPPoo
むう、先が読めない
19 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/07(木) 18:57:39.09 ID:Ks4S6.2o
「ええと、お恥ずかしながら物凄く個人的な用事なのですけれど……」

 そう。個人的な用事だ。
 風紀委員の腕章を見せれば学舎の園への入場許可も得られるだろうが、正式な活動でないからには職権乱用と言われるのは目に見えている。
 始末書を書くのはできれば御免したいところだ。
 ……まあ、婚后が快諾してくれたからこそその手段は使わなくて済んだのだが。

 そんな初春の心中を知る由もない婚后は、

「どうせまた白井さんの事なのでしょう? まったく、彼女も困った方ですのねえ。こんな可愛らしいご友人に心配をかけるなど」

 ぎくり、とする。図星を突かれた。

 そんな初春の様子に目を細め、婚后はいつもの紅白の梅の絵の描かれた扇を開き口元を隠しながら、

「あなたが白井さんでなくわたくしを頼ってくるあたり、丸分かりですのよ?」
20 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/07(木) 19:00:41.33 ID:Ks4S6.2o
 言われてみればそれもそうだ。
 わざわざ婚后を頼らずとも、学舎の園の立ち入り許可など白井に頼んで招いてもらえば事足りるのだから。
 その手段を用いないのだから、彼女との間に何かあったというのは嫌でも分かるだろう。

 けれど。

 白井黒子は、現在行方不明だ。
 その事を友人であり、また同じ大能力者としての好敵手であり、同じ常盤台中学の生徒である婚后が校内きっての問題児の失踪という大事件を知らないはずがないだろう。

「あの、白井さんは……」

「まったく、何をしてるんでしょうね、本当に」

 初春の言葉を遮って苦笑する婚后。その表情はまるで他愛もない悪戯をした子供を見つけたときのようで。
21 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/07(木) 19:02:13.27 ID:Ks4S6.2o
「――――――」

 猛烈な違和感。
 先ほど、同じような言葉を固法が言っていたが――婚后のそれとは根本的な部分が違う。

「あの……」

「でも白井さんの事ですから? 心配はいらないと思いますが。
 今度はどんな面倒事をやらかしてくださるのかしら。それでもまさか、初春さんにすら連絡もなしとは。
 まあ白井さんの事などどうでもいいですわ。校内では白井さんよりも――」

「あのっ……!」

 いつもの調子で一人喋りだす婚后を制止して、初春は尋ねる。

「なんで婚后さんは……そんなに気楽に構えていられるんですか」

 その言葉に婚后は笑みを消す。

「なぜって……だってそうでしょう。白井さんがどうしようもない窮地に陥る事など、ありえませんもの」

 そう、確信を持って彼女は言う。

「彼女には常盤台が誇る学園都市第三位の超能力者、御坂美琴がついていますのよ」










「――――その御坂さんですら行方不明じゃないですかっ!!」
22 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/07(木) 19:05:29.99 ID:Ks4S6.2o
 思わず発した大声に、周囲の人々がこちらを向く。

 しまった、と思うが遅かった。
 超電磁砲こと御坂美琴の名は、ここ学舎の園ではことさらに知名度が高い。
 その第三位の失踪は情報公開こそされていないものの間違いなく大きな波紋を呼んでいるはずだった。
 そんな閉鎖された街の中の、さらに閉鎖された環境で御坂の名を声高に発したならば。

 だというのに。

「…………え?」

 彼らは、初春を一瞥しただけで、すぐに興味を失ったかのようにまた各々の歩みへと戻っていった。



 ――なんだ。

 なんだこの反応は。

 学園都市第三位、二三〇万の頂点に君臨する七人の超能力者、その一角が姿を消したというのに。
23 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/07(木) 19:07:10.73 ID:wehzj9Mo
あれ?なんか読んだことあるなぁコレ?
24 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/07(木) 19:07:26.11 ID:Ks4S6.2o
「なん――で――」

「御坂さんも、何をやってらっしゃるのかしら。
 まったく……正直に申し上げてあの方は常盤台の生徒としての自覚が足りない気がしますの。
 仮にも第三位。他に与える影響は大きいというのに……皆が真似をしたらどうなさるおつもりかしら」

 初春は確信する。

 自分と婚后の間には、圧倒的な認識の溝がある。
 そうでなければ婚后がここまで安穏とした発言をするはずがない。

「……もしかしてあなた、知らないんですの?」

 愕然とする初春に婚后は怪訝そうな顔を向け、

「御坂さん、学校を休んでまで殿方と密会してるらしいんですの」

「……はい?」
25 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/07(木) 19:09:01.04 ID:Ks4S6.2o
 思わず、呆けた顔でそう尋ね返す初春に婚后は自慢げに、続ける。

「なんでも高校生くらいの殿方と歩いてるところを見たという方がいらっしゃって。
 密会なら密会らしくこっそりとやるものでしょうに、堂々と回りに見せ付けるかのように真昼間から腕を組んで歩いているところを結構な数の方が目撃してらっしゃいますのよ」

 隠す気などないのでしょうね、と嘆息する婚后に初春はいっそう疑念を募らせる。

 街を歩いているだけで必ず鉢合わせる監視カメラの映像とここ数日睡眠時間を削って格闘していた自分が、まさかそんな場面を見逃すはずがない。

「あの、婚后さん」

「なんですの?」

「その話は、どこから……」

 初春の問いに婚后は一瞬きょとんとした顔をして、それから目を瞑り、微笑んで。

「ええ、友人からですわ。……どなたか忘れましたけれど。申し訳ありませんわね。わたくし、交友が広いもので」

「………………」



――――――――――――――――――――
26 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/07(木) 19:09:01.63 ID:8mrDPPoo
>>23
俺も今そう思っていた所だ
どこでだっけ?
27 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/07(木) 19:14:35.45 ID:Ks4S6.2o
皆様今晩は。そろそろ寒くなってまいりましたがいかがお過ごしでしょうか

お気付きの方もいらっしゃるかとは思いますが、以上、以前総合スレにて投下した分です

本来ならば全て書き溜めてから投下するつもりでしたが、モチベーションが維持できないためまことに勝手ながら少量ずつの投下とさせていただきます


プロットは出来上がっておりますが、結構な長さになる予定ですので気長にお付き合いいただければ幸いです

なお、現時点で原作小説22巻を未読のため、その内容は考慮されません。ご了承ください
28 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/07(木) 19:20:31.54 ID:8mrDPPoo
ああそうか、総合で確かに見た!
期待してるよ乙!
29 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/07(木) 19:31:46.33 ID:wehzj9Mo
あー総合かスッキリしたww
乙です
30 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/07(木) 20:19:20.89 ID:Ks4S6.2o
差し込む夕日に顔を照らされ、まどろみから目を覚ます。

南向きの窓に面したビルの屋上、設置された風力発電機の羽に反射されて、本来見えないはずの陽光がちかちかと明滅する。
まるで光信号のようにも見えるそれに、うっすらと開いた目の前に手を翳した。

「あれ、超起きちゃいましたか」

声に、指の間から見遣ると、ちょうどカーテンを閉じようと窓際に寄った少女の姿が目に留まる。

「……おはよう、きぬはた」

「はい、おはようございます」
31 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/07(木) 20:21:22.57 ID:Ks4S6.2o
少女に微笑み返し、滝壺理后はゆっくりと体を起こす。

いつものように安物の、黒い半袖シャツには皺が寄っているが全く気にする様子もない。
上着代わりのブラウスは足元でくしゃくしゃになっていた。

ん、と伸びをして、呆とした目で辺りを見回す。

広い、高層マンションの一室だ。

シンプルながらも金のかかった造りの、ちょっとした富裕層向けのファミリーサイズのマンション。
そこを学園都市の非公式暗部組織『アイテム』はここのところの根城にしていた。

本来居間として使用されるべきであろう一番大きな部屋の、中央に鎮座したソファに滝壺は寝ていた。

大きな窓からは学園都市のビル群が一望でき、夜景もなかなかだと評判の物件だ。
地上五十二階、最上階に位置するこの部屋からの展望はさぞかし素晴らしいものなのだろうが、滝壺をはじめとした全員がわりとどうでもいいらしく、
夜間は普通にカーテンを閉める。それをもったいないとぼやいていたのは誰だっけ。
32 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/07(木) 20:24:37.77 ID:Ks4S6.2o
「おはようさん、眠り姫。目覚めのコーヒーはいかがですかね?」

「…………ありがとう」

柔らかく笑んで、滝壺は緩やかに湯気の昇るマグカップを受け取る。

抱えるようにして両手で持ち、少し口をつけてから、あつ、と舌を出した。
ふうふうと息を吹きかけて懸命に冷まそうとしていると、隣に座った少年が「可愛いな」と笑った。

「…………」

無言でむくれ顔を向けてやると彼は苦笑して、

「なんだよ滝壺。可愛い顔のオンパレードか? まさか俺を悶え殺そうって魂胆じゃねえだろうな」

そう言って、浜面仕上は滝壺の髪をくしゃりと撫でた。
33 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/07(木) 20:28:51.41 ID:Ks4S6.2o
無骨だが、大きく、暖かい手だと滝壺は思う。

こうして彼が優しく撫でてくれるだけで滝壺は陽だまりにいるような柔らかな幸福感に包まれる。
だから自然と口元が微笑んでしまうのは仕方ないと滝壺は自身に言い訳する。
そして、それを見つけた浜面が余計に撫で回してくるのだから始末に終えない。

けれどその一方で、これでいいのかと滝壺は自問する。

この暗部の闇にあって、この幸せを得ていていいのかと。
自分が彼をどろどろとしたコールタールのような、底の見えない汚泥の中に引きずり込んでいるのではないのか。
彼には自分と違う、こんな最悪な世界以外にあるべき場所があるのではないか。

それでもなお、滝壺は自分に言い訳する。
学園都市の闇。
そこは一度墜ちてしまえば抜け出せない底なし沼だ。

浜面仕上という、なんの後ろ盾もないただの無能力者の少年にはもがく事すらままならない。
34 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/07(木) 20:31:03.20 ID:Ks4S6.2o
……そう考えて改めて自分は嫌な女だと実感する。

無理心中もいいところだ。所詮、彼の優しさに甘えているだけ。

きっとどうしようもなくなって、一緒に死んでくれと頼んだとき彼はなんのためらいもなく頷くだろう。

そう遠くない未来、その時は来る。

終わりは始めから覚悟しているし、自分が死んだところでこの街は何一つ変わらないだろう。

けれど彼は自分のために死のうとするだろう。

どんなに強大な相手であっても。

万に一つも勝ち目がなくても。

有象無象の塵芥ように扱われ、なんの理由も証明もなく散ったとして。

それを理解してもなお、彼は矜持を抱いて死ぬだろう。



その姿はとても切なく悲しくて。

同時に、狂おしいほど愛おしい。



……最低だ。滝壺は顔を顰め、顔を伏せた。
35 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/07(木) 20:34:30.92 ID:Ks4S6.2o
「どうした?」

心配そうに覗き込んでくる浜面。
熱はないかと額にかかった髪をかきあげてくる手を優しく退け、首を振った。

「ううん、なんでもない」

そう答え、滝壺は目を閉じて浜面の肩に体を預ける。

服越しに伝わってくる体温が暖かで、滝壺はどうしようもなく安らかな気持ちになる。

(どうでもいいや)

今日の滝壺は甘えんぼだなと笑う浜面にむくれてやる。

今はこの温いものに浸っていればいい。

そのうち嫌でも最悪な気分になるのだから。
36 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/07(木) 20:38:51.87 ID:Ks4S6.2o
「……あのー。非情に言い辛いんですが、人前でいちゃいちゃするの超やめてもらえませんか。すっげー目の毒なんですけど」

声に振り返ると、絹旗最愛が物凄い形相でこちらを見ていた。
眉を寄せ、なんというか……物凄い嫌そうな顔で。道で偶然犬の糞に集るハエの大群を見つけてしまった時のような。

なにやら赤くなってあ、とかう、とか呻く浜面に、少し悪戯心が湧いて抱きついてやった。
そうすると余計に慌てるのがどうしようもなく可愛くて、頬にキスした。

「うわー。なんですかそれ、私に対する超当て付けですか……ってその『ふふん』って顔はなんですか!
 超勝ち組の顔しやがってちくしょう!」

「絹旗も混ざる?」

「冗談。超ごめんで……」

「だーめ。浜面はあげないよ」

ぬがあああ、と両手をばたばたさせる絹旗とうろたえる浜面を交互に見て、滝壺はくすくすと笑った。
37 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/07(木) 20:45:10.85 ID:Ks4S6.2o
「はぁ……なんか今日は超滝壺さんのペースな気がします。
 ラブラブフィールド展開しないでくださいよ。部屋から超出て行きたくなりますから」

「らっ、ラブラブフィールドってなんだよその肌がむずがゆくなるような名前はっ!?」

「はまづら私とらぶらぶするの、いや?」

マジ勘弁してくださいー、と絹旗は諦めて諸手を挙げた。

「この練乳にガムシロップぶちこんだような空気をどうにかしてください、ほんと。
 おい浜面ー、私にもコーヒー。超ブラックで」

へいへい、と文句も垂れずに腰を上げる浜面の裾を一瞬掴もうとして、すんでのところで止めた。
空を掻いた指が所在なさげにふらついたあと、そっとマグカップに添えられる。

そんな様子を見て絹旗は目を細めてふう、と息をついた。
38 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/07(木) 21:23:53.05 ID:Ks4S6.2o
「インスタントでいいよな。っつーか豆なんてないんだけど」

「超構いませんよー。超あったかいものが飲みたいだけですから。最近めっきり冷え込みますからねえ」

そう言う絹旗は明らかにサイズの合わないオレンジ色のだぼついた男物のフルジップパーカーをワンピースのように着込み、その下からはデニム地のショートパンツが見える。
足もタイツできっちりガードされているあたり防寒対策は万全のようだ。

「寒いか? エアコンのリモコンその辺にあるだろ」

「いーえ。超ぬくぬくですよ。寒かったら滝壺さんに抱きついて暖を取りますし」

寒いのは苦手なのだろうか、と首を傾げる。

「まだこの程度の寒さなら大丈夫ですよー。もう少ししたらセーターとかで超もこもこしますけど」

「もこもこ……」

それはこちらから抱きつきたいかもしれない、と滝壺は夢想する。

ふわふわでもこもこ。羊のぬいぐるみに抱きついているような感覚だろうか。
思わず頬がゆるんで絹旗に怪訝な顔を向けられたが気にしない。

元々サイズの小さい絹旗だ。抱き心地はいいだろう。
ぬいぐるみを抱かないと眠れないという人の気持ちがよく分かる。たしかにあれは最高に気持ちがいい。
39 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/07(木) 21:26:16.96 ID:Ks4S6.2o
そこまで考えて我に返った。

つ、と視線を向けた先、部屋の隅。

パソコンデスクのわきにちょこんと座ったうさぎのぬいぐるみを見遣る。
淡いピンクの、大きなボタンが目になった、けれどお世辞にもあまり可愛いとは言えないものだ。

滝壺はこのぬいぐるみがお気に入りだった。

だが、それは滝壺のものではない。

「――――――」

滝壺はぬいぐるみを見る目を細める。
微笑みではなく、物憂げな顔を浮かべ。

このうさぎの主は今頃何をしているのだろう。

数日前、表向きは何もなかった事にされた日。
あの大混乱の中で忽然と姿を消した金髪の少女の行方を滝壺は知らない。
40 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/07(木) 21:32:22.41 ID:Ks4S6.2o
死んでいてもおかしくない。

いや――彼女はもう、戻ってこないだろう。

『アイテム』はそういう世界にいるし、そういう状況にいる。
否、そういう世界、状況そのものだ。

この煌びやかな学園都市にある、どうしようもない闇。
その具現が自分たちであり、それは地獄の悪鬼そのものだ。

けれど――身勝手にも程があるが――滝壺はそれでも彼女が生きて、笑っていてくれる事を願う。
あの場違いに無邪気な少女は今どんな顔をしているのだろうか。

――そっと背中から抱き寄せられた。

二の腕の上から抱き締められ、胸の上で交差する腕に滝壺は指を重ねた。

「大丈夫だよ、はまづら」

ちらりと二人を見た絹旗は、何も言わず目を伏せた。

「私はここにいるから。消えたりしないから。ずっとはまづらのそばにいるから」

あの時、彼女が言っていたものは手に入った。

けれど果たして、彼女自身はそれを手に入れる事ができたのだろうか。



――――――――――――――――――――
41 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/07(木) 21:38:09.91 ID:Ks4S6.2o
以上、短いですが書き溜め分
あと1シーン分ストックがありますが、続きはまた次回
42 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/07(木) 22:34:01.80 ID:2FWDLMAO
超乙かれさま。
43 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/07(木) 22:34:59.53 ID:.sOGBxwo
44 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/08(金) 04:35:02.16 ID:9nyDgrY0
総合だっけ?
僅かに麦恋の匂いがしたんだが
45 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/08(金) 04:44:33.25 ID:9nyDgrY0
美琴失踪で勘違いしただけか 済まん
46 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/08(金) 14:09:56.00 ID:UHls43Uo
うわああああ来てるぅぅぅう!!
総合で見たときからずっとwktkして待ってた。
完結まで全力で付き合うぜ!
47 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/08(金) 18:20:56.48 ID:8.S6BI6o
その頃。

もう一人の『アイテム』構成員、リーダーの麦野沈利は他の三人のいるセーフハウスから少し離れたところにいた。

珍しく髪を上げ、後ろで括りポニーテールにした麦野はベッドに寝転びながら携帯電話の画面を不機嫌そうな目で睨んでいた。

画面にはメール。絹旗の送ったものだ。
内容は麦野の読みが嫌な形で当たっていた事を告げるものと、今後の指示を仰ぐものだった。

「………………」

かちかちと爪がボタンを叩く音が響く。
『とりあえず合流するまで待機するように』と記したメールを打つ。

そうして送信ボタンを押そうとしたとき、背後の物音に麦野は振り返った。

「……おう、誰かと思ったぞ」

初めて見る垣根帝督の驚いた顔に、麦野は半目に笑んで返した。

「何? そんなに美人だった?」
48 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/08(金) 18:25:33.82 ID:8.S6BI6o
「単に物珍しかっただけだ。なんだよ眼鏡なんかかけて。視力悪かったのか」

「そこは嘘でも頷いておくものよ」

嘆息する麦野。眼鏡越しの冷めた視線に垣根は肩をすくめた。

「オマエに世辞を言ったところで俺には一文の得にもならねぇだろ」

「なるわよ。私の機嫌がよくなる」

「ぬかせ。しかしどうしたんだよそれ。さっきまでかけてなかったろ」

「普段はコンタクト。でもほら、ずれちゃうし――」

そこで麦野は言葉を止める。ぎし、とベッドが軋んだ。携帯電話を持つ右手を取られる。

「………………」

左手でシーツを手繰り、麦野は手を握る垣根を薄く睨む。

眼鏡越しに見える垣根の顔は、腹立たしいほどの薄っぺらい笑みだった。

「何よ。ムカつく顔見せるんじゃないわよ」

「オマエさ、コンタクト外してたって事はよ。何、俺の顔そんなに見たくねぇの?」

「当たり前じゃない。誰が好き好んで」

「好き、だろ?」

「――――冗談じゃないわ」

そう、鼻で笑うように呟くと同時に口を塞がれた。
49 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/08(金) 18:31:11.93 ID:8.S6BI6o
麦野は目を瞑る。唇をちろ、と舐められ、啄ばまれた。

思わず喘ぐように息を漏らすとそこに舌が割って入った。
ぞろりと、口内を舐められる感触に然も知れぬ感覚に襲われる。

唾液を吸われる濡れた音に眉を顰める。
羞恥ゆえにではなく、それを誘おうとする垣根のわざとらしい態度にだ。

「――――つ」

だから舌を噛んでやった。

ぴくりと垣根の体が震えるのを感じる。

が、唇を離そうとはしなかった。
それどころかより強く、唇を重ねてくる。

掴まれた腕を振り解こうと抵抗する。
振りをする。まったく反吐が出る。

所詮、こんなものは児戯に等しい。
台本通りの猿芝居でしかない。

何よりたちが悪いのは、それを承知でやってるのだから余計に始末に負えない。
50 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/08(金) 18:37:10.99 ID:8.S6BI6o
舌を、舐める。

薄っすらと歯の痕の残る肉を埋めるように、唾液で濡れたそれで刷り込むように愛撫する。

粘液質な、淫猥な音が耳朶を叩くが他に聞くような相手もなし、気にする事はない。

熱病に浮かされたような鼻息が人中にかかる。

それははたしてどちらのものなのか。

火照った頭ではそんな判断はできないし、そもそも最初からどろどろの溶けたチョコレートのような、
精神も肉体もないまぜになった状態なのだから最初から疑問すら浮かばない。

唇を離され、あ、と小さく声を漏らす。

頬に添えられた右手、親指が濡れた口周りをなぞる。

目を開くと、そこには予想通りの表情をした垣根が麦野の顔を覗きこんでいた。

「残念?」

「……何が」

「キス」

にやにやと、憎たらしい笑みを向けてくる垣根にだんまりを決め込んでいると、頬にキスされた。
51 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/08(金) 18:46:30.63 ID:8.S6BI6o
かつ、と垣根の爪がフレームに当たり乾いた音を立てる。

「これ、邪魔」

眼鏡を奪われ、投げ捨てられた。

からん、と乾いた音が響く。

「……ちょっと」

「この距離なら見えるだろう?」

「見たくもない面がね」

だから、目を瞑った。

唇が、頬から下がるように、首をなぞり、鎖骨を――強く吸われる。

最悪、と小さく呟き、麦野は目を閉じたまま天井を仰ぎ、そのまま背からベッドに倒れこんだ。

ベッドのスプリングが軋む。

まぶたの向こうから照らす室内灯が何かに翳り、闇が暗くなった。
52 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/08(金) 18:54:15.30 ID:8.S6BI6o
………………けれど、それきりなんの動きもない垣根に麦野はいぶかしみ目を開く。

はたして垣根はこちらを見ていなかった。

じっと、どこか呆然としたような顔で視線はやや下を、麦野の脇の辺りを向いている。

「……、……どうしたの」

問いかけ、視線を追う。



――同時、ぐ、と手を引かれた。



「づ――っ」

無理な動きによる手首の鈍痛に顔を顰め、麦野は垣根を睨みつける。

「ちょっと、アンタいきなり何を――」

抗議の文句は途中で止まる。

引き寄せられた麦野の右手。
その中にある携帯電話のディスプレイを垣根は凝視し。

「――――ははっ」

笑った。

可笑しそうに、もしくは、つまらなそうに。
鼻で笑うように小さく声に出し。

「なんだよ。結局、アイツだけじゃまだ足りねぇって言うのか」

くそっ、と。
垣根の呟きはどこか嘆きのようにも聞こえて、麦野にはその顔が今にも泣き出しそうな様に思えた。

まったくそんな気配はないのに、なぜだかそう思えてしまったのだ。
53 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/08(金) 18:57:37.45 ID:8.S6BI6o
だからと言うように。

「そんな顔するんじゃないわよ。情けない」

麦野は垣根の頬にキスをした。

珍しく間の抜けた、きょとんとした顔をする垣根に麦野は言ってやる。

「私を口説いたのはアンタよ。そのアンタがそんな顔するんじゃないわよ。
 もっと堂々と、胸を張ってなさい。――そうじゃなければ私はなんなのよ。
 アンタの口車に乗って踊らされただけの道化になるつもりなんかないわよ」

嘆息し、麦野は憂いたような、けれどどこか優しげな嘲笑を浮かべる。

「――――――」

そして垣根は頷き。

「悪いな麦野。――続きはまた今度」

「ええ、分かってるわ。分かってるからそこを退きなさい馬鹿。ぶっ飛ばすわよ」

右足を浮かせ膝で蹴り上げるように垣根の胸板を押し退け、麦野は体を起こす。

携帯電話を脇に置き、額に張り付いた髪を指で梳き、ふ、と息を吐いた。

「結構、残念だったりする?」

「まさか」

嘲笑して、肩を竦めた。
54 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/08(金) 19:02:22.51 ID:8.S6BI6o
「シャワー浴びてくるわ」

「おう。なんなら一緒に入ってやろうか」

遠慮しとくわ、と背を向けたまま手をひらひらと振り、シーツをそのまま半ば引きずるようにしてベッドから立ち上がる。

「麦野。オマエやっぱり、いい女だな」

そう言って麦野の額に口付けた。

は、と麦野は嗤う。

「今頃気付いたの? アンタ今まで私をなんだと思ってたのよ。
 目、おかしいんじゃないの。眼科行けば?
 腕のいい医者知ってるけど、紹介してあげようか」

「………………」

その言葉に垣根は何か言いたげに唇を少し動かし、それから逡巡して、ベッドから降りて立ち上がり、床に落ちていた麦野の眼鏡を拾い上げ。

「……似合う?」

「返せ」



――――――――――――――――――――
55 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/08(金) 21:04:14.87 ID:8.S6BI6o
22巻読了しました
案の定というかなんというか、色々と被ってたり矛盾してたりとありますが、それはまあ別という事で

投下について。1シーンずつです
終了の区切りとして下記のような感じで〆るので目安にどうぞ

次の投下は22時ごろの予定です

――――――――――――――――――――
56 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/08(金) 22:07:37.81 ID:vyLW.cAO
見てるぞ〜
57 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/08(金) 22:07:57.56 ID:8.S6BI6o
「ですから、わたくしも詳しくは存じませんの」

学舎の園、その一角にあるカフェで初春と婚后は机を挟んで向かい合っていた。

普段の初春であれば、このような助成金に物を言わせた豆も茶葉も内装や店員も一流の、学園都市、すなわち学生向けという趣旨からかけ離れた、どこの王侯貴族御用達だと言わんばかりの超本格的なのカッフェ(発音が重要)に足を踏み入れたというだけで舞い上がっていただろう。

しかし頭ではそれを理解しようとも感情はそれと乖離していた。

意を決して白井と御坂の本拠地である学舎の園に踏み込んだというのに、
予想だにしなかった反応を頂戴して初春は愕然としていた。

「あなたも彼女たちのご活躍は知っているでしょう?
 幻想御手事件然り、乱雑解放事件然り、あの夏休みを騒がせた二つの事件の解決できたのはあのお二人があってこそですもの。
 それはわたくしよりもあなたの方がよくご存知ではなくて?」

「………………」

婚后の言葉を初春はカップの中で揺れる紅茶の波紋に視線を落としたまま聞いていた。

確かに彼女の言うとおり、あの二人であるならば大抵の事は何も心配はいらないだろう。

だが、その二人が揃って行方不明という異常性。

片や風紀委員きっての問題児にしてエース、片や常盤台中学の誇る超能力者第三位。
その二人に何かあったという事こそが大事件なのだ。
58 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/08(金) 22:13:20.14 ID:8.S6BI6o
けれどその異常性を初春以外が認識していない。

ある意味それこそが異常だった。

一介の中学生である初春が認識しているのだ。

常盤台の教師陣は元より、風紀委員や警備員といった警察組織、そして学園都市統括理事会。

揃いも揃ってだんまりを決め込んでいるそれらが把握していないはずがない。

白井はともかくも、学園都市で三番目に重要な立場にある御坂を彼らが放っておく訳がないのだ。

見目も悪くない女子中学生。

対外的には体のいい客寄せパンダになるし、そもそも御坂の能力は電磁を操るものだ。
その研究によって得られる成果はあらゆる科学技術に応用される。

つまり学園都市にとって御坂は恰好の金づるなのだ。

彼女の存在は学園都市において大きなウェイトを占める。

そんな御坂を学園都市の中央が見逃すはずもない。
59 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/08(金) 22:18:04.13 ID:8.S6BI6o
いちおしだと婚后の言う紅茶には手を付ける事もせず、初春はただうなだれていた。

休日の喧騒の中、学舎の園などという温室の中でもやっぱり姦しいのだななどと半ば現実逃避的な思考を垂れ流しながら初春は大きなガラスの窓の外を眺める。

制服が目立つのは常盤台のような休日だろうがどこだろうが制服の着用を義務付けているからだろうか。

律儀な事だと思うが、風紀委員の詰め所からそのまま出向いてきた初春自身も制服だ。

自分の野暮ったいセーラー服と辺りの有名デザイナーだかが手掛けた制服とは、やはり醸し出す雰囲気がまったく違うななどと愚にもつかない事を考える。

その中でも一際何やら気品っぽいものを公害のように振りまいている常盤台の制服は目立つ。

ちらほらと見えるその中に、白井や御坂がいないかと無意識に探してしまう。

どうせ見つかるはずもないと心のどこかで諦めかけているが、けれど初春は婚后や固法のように楽観できないでいる。

もしかしたらという希望も捨てきれないでいる。

結局のところ、往生際が悪いのだった。
60 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/08(金) 22:20:40.43 ID:8.S6BI6o
「……まあ、そのうちひょっこり戻ってきますわよ。白井さんも、御坂さんも」

婚后の言葉を何となく聞き流しながら初春は窓の外を眺める。

本当にそうであって欲しいと願う。

第一七七支部も彼女がいなければ、どうにも静かなのだ。
あの騒がしい友人がいなければ張り合いがない。

「――白井さん」

ぽつりと呟き、空を見上げた。

夕日に照らされたビルの上には薄暗い雲が見え隠れする。

天気予報では夜遅くから雨になると言っていたが、どうだろう。
最近は天気予報も当てにならない。

憂鬱な気分が晴れぬまま初春は視線を再び雑踏へと向ける。

と。

「――――」

店の外、常盤台の制服を着た見覚えのある顔を見つけた。



――――――――――――――――――――
61 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/08(金) 23:11:04.45 ID:GQBBJPwo
しえん
62 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/09(土) 17:46:48.76 ID:Hf08R22o
うまいなぁおつおつ
もう既にどう展開するのか気になってしょうがない。
63 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/09(土) 18:44:28.94 ID:W/H4H0go
「白井さんに、御坂様ですか?」

こちらを見つけ店内に入ってきた二人――湾内絹保と泡浮万彬は、案の定そんな言葉を返してきた。

「すみません。わたくしも人づてに聞いた程度ですので詳しくは。概ね既にお聞きになっている内容ですわ」

「お力になれず申し訳ありません」

申し訳なさそうに頭を下げる二人に初春は落胆しながらも、表面上は「いえいえ、ありがとうございます」と愛想笑いで答えた。

顔見知り程度の相手。

常盤台の生徒だという事以外はあまりよく知らないこの二人に、けれど初春は食いついた。

情報はいくらあってもいい。
手持ちのカードを増やせば増やすほど選択肢は増す。

どんな無価値に等しいものだとしても、初春にはそれ以外の武器がないのだから。
64 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/09(土) 18:49:58.31 ID:W/H4H0go
何よりこの二人――どちらが湾内でどちらが泡浮か、それすらもうろ覚えだが――は、初春の探す人物に近い立場にいる。

白井黒子のクラスメイト。
婚后よりも持っている情報は多いだろうと踏んでいたが、それでも矢張りというか、詳しくは知らない様子だった。

――いや、その事こそが最大の情報だった。

「御坂様も意外ですわね。わたくし、まるで小説のお話のようで不謹慎ながらも少しドキドキしてますの」

「あまり大きな声では言えませんけれどね。御坂様もあれで意外と大胆な事をなさるのですね」

あの日、忽然と姿を消した常盤台の二人の少女。
その片方のクラスメイト。

険悪な仲とも思えないし、見るからに人の良さそうな温室育ちのお嬢様といった印象だ。

婚后のような理不尽なまでの自尊心の塊にも見えない。だからこそ。



この二人が、まったく心配をしていないという事実は異常以外の何物でもない。
65 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/09(土) 18:55:25.56 ID:W/H4H0go
何より、白井に関してまったく言及しないという状況がおかしい。

先程から二人の口から出てくる話題は、悉くが御坂に関してのものだけだった。

確かに御坂は常盤台の、学舎の園のアイドルだろう。

大覇星祭の中継でも目にした、一際目を引く少女。
名実ともに彼女の人気は高い。それは初春も重々承知している。

だが、だからといって白井の事がこの二人の口から出てこないというのは異常だ。

確かにこの二人が、その御坂様という恰好のゴシップの的に興味が行くのは分かる。

それなりに身近で、かつ多少なりとも面識があるのだから。

けれど、だからといって――安否の知れないクラスメイトを蔑ろにするような性格でもあるまいに。
66 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/09(土) 19:00:16.88 ID:W/H4H0go
「……、……」

嫌な、果てしなく嫌な予感――否、それは既視感にも似た、漠然とした確信のようなものだった。

絶望的なまでに『どうしようもないもの』が視界の外ぎりぎりのところで大きく口を開いているような感覚。
けれど初春自身はそれを直感しつつも理解しようとしなかった。

理解してしまえば、全てが終わる。

所詮、全ては徒労でしかない。

最初からどうしようもない事だと気付いていた。

ただ、目を逸らし続けているだけで。

けれど初春は諦めが悪かった。

果てしなくゼロに近い可能性を模索する。

その為にはどんな労力も惜しまない。



何故なら、白井は初春にとって掛け替えのない友人なのだから。
67 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/09(土) 19:08:11.29 ID:W/H4H0go
御坂美琴というアイドルなどよりよほど大事な、初春の人生そのものに大きく関わっている唯一無二の存在。

そんな白井の事を初春はどうしても諦められない。

誰かに任せるなどという余裕はなく、それは親と逸れて泣きじゃくりながら探し続ける幼子にも似ていた。

そんな自覚のないまま、初春は渋い顔で一つの問いを投げかける。

「ちなみに……不躾で申し訳ありませんが、その人づてというのは、どなたかお聞きしてもよろしいですか?」

初春の言葉に、二人は顔を見合わせ、笑顔で頷いた。










「「ええ――――友達からですわ」」
68 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/09(土) 19:14:38.74 ID:W/H4H0go
「――――――」

その時の初春の心情を端的に表現するならば、一言だ。

――気持ち悪い。

不気味だった。

まるで決められた台詞を再生するように、示し合わせたかのような綺麗なハーモニーで二人はそう答えた。

初春は直感する。

同時に、絶望的なまでの予感が初春の心の表面に浮かび上がった。



まさか――これは――。
69 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/09(土) 19:19:49.28 ID:W/H4H0go
ごくり、と空唾を飲み込む。

いつの間にか口の中はからからに乾いていた。

喉奥が蠢き張り付くような錯覚を起こす。

それから喘ぐように息を僅かに吸い、唐突に思いついたもう一つの質問を投げかける。

「その――友達の、名前は」

すると二人は再び顔を見合わせ。

「…………ええと」

「誰でしたっけ……」

予感は確信へと変わる。

この二人は、いや、婚后も含めて、もしかするとそこらじゅうの誰も彼もが――。
70 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/09(土) 19:26:49.14 ID:W/H4H0go
「名前、思い出せませんか?」

二人の視線が宙を彷徨う。
それに倣うように、婚后も思い出そうとしているのだろう、中空を見上げる。

「確か……す、す……?」

首を捻る、どこかとぼけたような顔の婚后。
その顔を見て初春の背中に何か冷たいものが流れた。

彼女たちは知っている。

誰なのかを思い出せる。

なぜかそれが酷く重要な事のような気がして、三人が揃って眉を顰める様子を見て、初春はじっと身構える。

「なんとか子さんだったような……」

「ゆうこ……? いえ、違いますわね。すずこ……いえ、りかこ……でもないですし」

「お願いします。なんとか、思い出してもらえませんか」

お互いのうろ覚えな記憶を頼りに常盤台の三人がうんうんと唸るのをじっと待つ事十分近く。

ようやく、三人の意見が一致し、一つの名が紡がれた。

それは初春の知らない名だった。

確かめるように、決して忘れぬよう刻み付けるように、初春はその名を口にする。










「――――鈴科、百合子」



――――――――――――――――――――
71 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/09(土) 21:43:23.09 ID:fBl7fm60
鈴科……だと……?
wwwwktk
72 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/09(土) 23:14:07.81 ID:Be1CpgAO
ちょ、何がどうなってんだこれわwwwwww

誰か、説明してくれ
73 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/10(日) 00:09:39.91 ID:GyttvCko
全く先の展開が読めないな・・・
74 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/10(日) 00:26:01.21 ID:HyxOt9U0
これは……超wwktk支援
75 : ◆24GyCItkQg [saga]:2010/10/10(日) 01:11:23.52 ID:R3JmKHEo
申し訳ありませんが……貯金がつきました
これ以降はほぼ一発書きです。いつもの事ですが

せめて1シーンごとにまとめて投下するのと
多少ミスっても最終的に速度の速い直書きと
どっちがいいんでしょうね


なお、まだ本編に入る前、プロローグの半分ほどの地点です

どれくらい長くなるかなんとなく察せられるとは思いますが、
なんとかギブアップせずに頑張っていきたいと思いますのでご容赦を
76 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/10(日) 01:13:15.86 ID:QMuJQOYo
溜めながらでいいと思いまする
製速だしそんな急がないでも
77 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/11(月) 00:50:22.75 ID:hXagu02o
勝手に期待してる。5年以内に完結できればおれは一向に構わん
78 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/12(火) 01:56:28.40 ID:IQEKOwAO
俺の余命までに間に合うなら
79 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/12(火) 03:00:43.44 ID:Zu4Nb/Uo
がちゃり、音が響き、部屋にいた全員がそちらを向いた。

「…………何。そんな顔しないでよ」

後ろ手に戸を閉めた麦野はばつが悪そうにそう言った。

垣根と一緒に登場したというのがどうにも引け目を感じたのだろう。

対して垣根は、そんな麦野の表情を気にする様子もなく鼻歌交じりに冷蔵庫から出したペットボトルのジュースを呷っていた。

『アイテム』のセーフハウスである高級マンションの一室。

小奇麗な室内には既に他の全員が揃っていた。

学園都市の暗部組織、麦野がリーダーを務める『アイテム』と、そして垣根の率いる『スクール』のメンバーたちだった。

そんな少年少女たちの中、一人だけ年齢的に浮いた存在である砂皿緻密は壁に背を預けたままぐるりと他の面々を見回した。
80 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/12(火) 03:03:10.23 ID:Zu4Nb/Uo
「ぬう……どの点を評価するか……酷評するにも超微妙です。所詮B級映画という事でしょうか。無難につまんねー」

まず眼前、大型の壁掛けテレビの正面を陣取り、何が面白いのかと思うような下らない映画を嬉々として鑑賞しているパーカーの少女、絹旗最愛。



「つまんないのが最初から分かってたなら最初から見なければいいんじゃないかしら」

その左隣、砂皿から見て絹旗の向こう側。映画には目もくれず手指の爪を熱心に鑢で磨いでいるドレス姿の少女。
本名は知らないが、他の面々からは『心理定規』と呼ばれていた。



「言ってやるなよ。駄作と分かってても手を出さずにはいられねぇ。マニアってのはそういうもんなんだよ」

ドレスの少女と並ぶとこの場がパーティ会場であるように錯覚させるような、まるで二枚目俳優のような気障ったらしい顔とファッションの少年、垣根帝督。



「……最悪」

寒がりなのか首に巻いたストールを弄っている、黙っていればモデルでも通じそうな顔とスタイルなもののしかめっ面がそれを最悪なほどにぶち壊している少女、麦野沈利。
81 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/12(火) 03:08:18.89 ID:Zu4Nb/Uo
「……かるぼなーらは……凍らせちゃだめ……」

部屋の中央にあるガラステーブルを囲むように並ぶ、二人の少女の座る位置から右手のやや長めのソファには眠そうに半眼で舟を漕ぐ少女、滝壺理后。



「この状況は一体なんなんでしょうかいや嬉し恥ずかしなんだけど周りの視線が――ない!
 無視してる! 意図的に視線を逸らされてる! それはそれで辛いぞー!?」

彼女に肩を預けられているのは確か恋人だったか。居心地が悪そうにきょろきょろと忙しなく視線を動かしている少年、浜面仕上。



「………………」

そして己。雇われの狙撃手、砂皿緻密。



『スクール』三人と『アイテム』四人。総勢七人。

それが一堂に会していた。
82 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/12(火) 03:12:14.12 ID:Zu4Nb/Uo
本来『アイテム』や『スクール』といった暗部組織は四人一組であるのが通例だった。

そうして欠けた人員を補う形で投入されたのだと砂皿緻密は認識している。

しかし、一週間前のあの日、目の前の超能力者の少女によって殺害された形ばかりの同僚の席は補充されていない。

その事に妙な引っ掛かりを覚えながらも砂皿は黙したまま一人だけ輪の外にいた。

元々自分は学園都市の人間でもなければ彼らと仲良く青春を謳歌するつもりもない。

年齢的にも一人だけ頭抜けているし、能力開発とかいう胡散臭いSF技術とも無縁の人間だ。

そもそもが金で雇われた身だ。とやかく言う立場でもあるまい。
ただ言われたとおりに頭を弾くだけでいい。

スナイパーとはそういう人種だ。
83 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/12(火) 03:15:24.53 ID:Zu4Nb/Uo
「でさー、なんでそんなクソつまんない映画なんか見てんの? 苦行? ヨガでも極める気なのアンタ」

呆れ顔でテレビを見遣る麦野に絹旗は「はぁ」と嘆息する。

「まあ借りてきた手前見ざるを得ないというより一種の超通過儀礼ですね。自分へのご褒美の反対というか。
 こんな飛び抜けて面白くもつまらなくもない代物を超選んでしまった自分への罰ですかね」

「不器用な生き方してんのね……」

そう呟いて、何か思うところがあったのか顔をしかめた麦野はソファへどっかと腰を下ろした。

「まったく、本当に面白くないです。役者もやる気がないのが超伝わってきますよ。
 なんでこんな超下らない脚本に付き合わなきゃならないのかとか、そんな感じの」

「仕事選べるほどの役者でもないんだろ」

ぼそりと、浜面が横槍を入れる。横の滝壺は本格的に寝に入っている。

「どこの業界も同じようなもんか。……さて、それじゃ俺らもつまらない仕事をしようか」

かちゃり、と軽い音が響く。いつのまにか垣根の右手には機械的なグローブが嵌められていた。
84 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/12(火) 03:19:30.78 ID:Zu4Nb/Uo
ピンセット。

磁力などを利用して素粒子――要するに原子よりも小さい粒を『捕まえる』装置らしい。

学園都市のオーバーテクノロジーは砂皿には理解できないが、だからといって理解しようとは思わない。

それは科学者の役目だ。こちらはそれをどうやって使うのかさえ分かればいい。

いつの間にか部屋の雰囲気が変わっていた。

先程までの気だるい空気はどこへ行ったのか、氷水のような冷え尖った緊張感がそこには充満していた。

ただの学生、と最初砂皿は高をくくり甘く見ていた。

表には出さないものの、この世界は学芸会のクラスの出し物ではないとどこか嘲笑すらしていた。

しかしそれは間違っている事を先週の出来事で実感する。

彼らは学生であると同時にこの地獄の住人でもあるのだ。

悪鬼が猫の皮を被っている方がまだマシだ。

本性は最悪そのものという方がやりやすい。

けれど彼らは、両方の側面を持っている。

まるで堕天使だと柄にもない事を思う。

天使という聖なるものでありながら神に弓引いた存在。

清純そのものであるはずなのに地の底に君臨するもの。それがどれだけ最悪か。
85 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/12(火) 03:23:26.06 ID:Zu4Nb/Uo
「仕事ってのも語弊があるか。これは、個人的な戦争だ」

垣根はいつになくにこやかな、しかし真剣な面持ちで言う。



「俺はこのピンセットを使って得た情報で、統括理事会――いや、アレイスターに喧嘩を売る」



「――――――」

無音の声が聞こえた、と錯覚したがすぐに思いなおす。

もう少しマシな表現をするならば……空気がざわついているのだろう。その場の誰もが息を飲んだ。

「だからここからは仕事なんかじゃねぇ。雇い主と一発やらかそうってんだからな。
 乗ってくれる奴だけ来ればいい。降りるなら降りろ。止めやしねぇよ。
 だが俺を止めようってんなら――叩き潰す」

そう言って、垣根はぐるりと他の面々を見回す。
86 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/12(火) 03:27:43.10 ID:Zu4Nb/Uo
数瞬の沈黙。それを破ったのは、隣に座る麦野だった。

「……、……チッ。最初から、これが狙いだったの」

舌打ちし、忌々しそうに麦野は横目で垣根を見た。

それを見てドレスの少女はつまらなそうに半眼で答える。

「私は最初からそのつもりだけど。何を今さら確認してるの」

頷き、垣根は視線を隣の麦野に向ける。

彼女は少しだけ考える素振りをして、それから「……最悪」と小さく呟き麦野はソファに体重を預け脱力した。

「いいわよ、協力するわ。まったく面倒な事を言い出してくれる」

そんな麦野のお座なりな態度に、隣を見る垣根は薄く笑んだ。
87 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/12(火) 03:33:01.71 ID:Zu4Nb/Uo
「オマエらはどうする」

呼びかけた先は残る『アイテム』の三人。

矛先を向けられ、絹旗と浜面はうろたえるような素振りを見せるが。

「むぎのが協力するなら。『アイテム』のリーダーはむぎのだから、私はむぎのについていくよ」

滝壺が即答する。

ちゃんと考えて答えたのか、それとも何も考えていないのか。判断に困る抑揚のない声だった。

「わ、私も麦野と滝壺さんがそう言うなら。垣根に手を貸す義理は超ありませんけど、この際仕方ないです」

慌てるように絹旗がそれに追従する。

……彼女らには自己主張というものがないのだろうか。
いくら組織とはいえ揃いも揃って右倣えとは。

所詮子供でしかないのか、と砂皿は失望にも似た倦怠感を覚える。

責任転嫁に近いそれに砂皿は薄く目を伏せた。
88 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/12(火) 03:36:20.59 ID:Zu4Nb/Uo
そして次。

「オマエは?」

「お、俺?」

問われたのは浜面だった。
まさか自分も追及されるとは思わなかったのだろう。慌てて居住まいを正した。

「そりゃそうだ。オマエだって『アイテム』の一員だろ」

「………………」

その一言に浜面は沈黙する。

補充要員。

欠けた一角を補う形で、浜面仕上は『アイテム』に組み込まれていた。

今や浜面は単なる下部組織の名もなき雑兵ではなく、精鋭の一人だ。

先週の出来事で彼はそれなりに暗躍し、穴を埋めるのに足る程度の働きはしたようだった。

全員の視線の集中する中――滝壺は相変わらず眠そうに目を閉じていたが――浜面は黙想し、ふ、と小さく息を吐き、顔を上げた。

そして真っ直ぐに、意志の込められた視線を垣根に向け、告げた。

「…………俺はオマエには協力しない」
89 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/12(火) 03:45:32.01 ID:Zu4Nb/Uo
ぴくり、と垣根の眉が動く。

場の空気が一気に下がった気がした。

ぴりぴりとした緊張感が場を支配する。まるで部屋の中の空気が丸ごと気化爆薬になったかのような一触即発の気配が立ち籠め、ほんの少し、何かの切欠で爆発してしまう気さえした。

そしてそれは錯覚ではないだろう。

「俺は」

そんな中、浜面は顔色を変えず宣言する。

「俺は滝壺の隣にいるだけだ。オマエが何をするつもりかは知らねえが、俺は滝壺を守る。
 それ以外に理由も証明もいらない。……滝壺を害するっていうなら、俺はオマエの敵に回るだけだ」

そう、無能力者の少年は超能力者の少年に告げた。

交差する視線。正面から睨み合い、その場の全員が二人に注視していた。――滝壺を除いて。
90 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/12(火) 03:48:35.83 ID:Zu4Nb/Uo
あまりに長い数秒が経過し、口を開いたのは垣根だった。

「安心しろ。利用はさせてもらうが、俺は物持ちはいいんだ。
 簡単に使い潰すような真似はしねぇよ。それに、そういうのは趣味じゃねぇ」

第一、と垣根は続ける。ピンセットをかちゃりと鳴らし、ぴっとその爪先を浜面に向けた。

「むしろコイツはオマエらのためにこそある。愉快な話だろう?
 学園都市に踊らされてる俺たちが、その学園都市の親玉に戦争吹っかけようってんだからな」

垣根は心底可笑しそうに、年相応の少年のように笑みを浮かべた。

そんな垣根とは対照的に、浜面は険しい顔のまま口を開く。

「そんなのはどうだっていい。……オマエが滝壺を守るってなら俺はそれに協力してやる」

「愛されてるな。妬けるぜ」

大仰に肩を竦め、垣根は膝を叩いた。

「交渉成立だ。俺は自分の味方を切り捨てたりはしないさ。そういうヤツを守れなくて、なんの超能力者だ」

笑みを向ける垣根に、浜面は訝しげな表情を隠そうともせず背をソファに預けた。

何故だろう。危うい場面は過ぎ去ったというのに気拙い雰囲気は消えなかった。
91 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/12(火) 03:51:51.11 ID:Zu4Nb/Uo
そして。

「で……砂皿の旦那はどうするね」

最後に、問いが向けられた。

逡巡する。砂皿は学生でないどころか本来学園都市の人間ではない。

垣根の言うようにこれが彼らのための戦争ならば自分にメリットはない。

確かに自分は傭兵だが、契約内容にない事象に付き合う義理はない。

が、そうでない理由も存在しない。

「……雇い主は『スクール』だ。統括理事会ではない。それ以外は重要ではないだろう」

あらかじめ用意しておいた答えを砂皿は口にした。

気紛れと言うのがちょうどよかった。

コインを投げて表が出たから。そういうレベルの感覚で砂皿は首肯する。
92 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/12(火) 03:55:19.44 ID:Zu4Nb/Uo
その答えに垣根は満足げに――どこか安心したような、無防備な笑みを浮かべ頷く。

……もしかすると、この場で一番緊張していたのは垣根かもしれない、と砂皿は思う。

学園都市のトップに、いや、学園都市そのものに宣戦布告しようというのだ。

この場にいる全員が、その配下にいると言っても過言ではない。

常識的に考えてそんな荒唐無稽な所業に賛同するはずもないのだった。

けれど、幸か不幸か全員が学園都市ではなく垣根に付いた。

それが吉と出るか凶と出るか。現時点ではそんな事は分かるはずもなかった。

もしそれが分かるとすれば――そう、神様とかいう存在だけなのだろう。
93 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/12(火) 03:58:45.41 ID:Zu4Nb/Uo
「じゃあ改めてひとつよろしく頼むぜ、諸君。……アレイスターに一泡吹かせてやる」

一人ひとりを見回し、目を瞑り、そして開く。





「開戦だ」





垣根は静かに宣言した。



――――――――――――――――――――
94 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/12(火) 04:27:29.17 ID:UeNyRVQo
語彙量がすげえな。
勉強んなる
95 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/12(火) 10:11:27.28 ID:uAp/v6Ao
おつおつ
楽しいなぁ。wkwkがとまんねぇぜ
96 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/12(火) 12:51:11.89 ID:uPxjwDs0
スゲェ……絶望臭がプンプンするぜ。C!
97 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/13(水) 19:03:03.64 ID:bsXBk.2o
「それで。結局、私たちに超調査させてたのはなんだったんです?」

延々と続く面白みに欠ける映画を呆と眺めながら絹旗は問うた。

ここ数日、理由も明示されぬまま、絹旗たちは一つの施設について調べさせられていた。

本来そういう面倒な下準備は下部組織に任せるものなのだが、如何せん理由が理由だ。

垣根が統括理事会を敵に回す以上、それ相応の内容のはずだ。
他に任せられるようなものではないのだろう。

(そういう意味では……最初から、それなりに超信頼されていたんでしょうか)

いや、もしかすると自分たちが加担するのすら織り込み済みだったのかもしれない。

最初から計算ずくでこちらの意志に任せるような発言を取ったのだとしたら、それはもうパフォーマンスでしかない。

そこまで考え、絹旗は寒気を覚える。

誘導尋問にも似たそれに操作され『自分の意志で』垣根に肩入れしたのだとしたら。
98 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/13(水) 19:22:03.78 ID:bsXBk.2o
……けれど。

(今さら言っても詮無い事ですし、たとえそうだとしてもこれは私の選んだ事です)

小さく、悟られぬように頷き、絹旗は顔を上げる。

「あれは――なんだっていうんですか」

訝しげな表情で絹旗はそう言った。

学園都市、第七学区にある建造物。

統括理事長、アレイスター=クロウリーの居城。

学園都市最大の特異点。

通称『窓のないビル』。

のっぺりとした壁面だけを晒すそのオブジェは、その名の通りに窓はおろかあらゆる出入り口が存在しない。

何も知らぬものが見れば(スケールはさておき)奇妙な石碑か何かだと思うだろう。

完全に密閉され、空気は元より放射線や宇宙線までも、ありとあらゆる物質の出入りを拒絶した難攻不落の城塞。
99 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/13(水) 19:24:25.57 ID:bsXBk.2o
壮大な引き篭もり。いや、言葉を選べば籠城か。

何かから逃げるように彼は鉄壁を築き上げていた。

けれど、中にアレイスターがいる以上、外部との連絡手段が何かしらあってもおかしくはない。

そうでなければ彼はそれこそ単なるオブジェと成り下がってしまうのだから。

アレイスターへの直通のパイプ。絹旗が調べていたのはそれだ。

調べた。散々手を付くし、一歩間違えば即死しかねない致命傷を得る可能性もありながら書庫への直接のハッキングまで実行した。

本来その手の事は彼女の専門でないが、なんとかやってのけてみせた。

だが。

結果、何もなかった。

完膚なきまでに、何もなかったのだ。
100 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/13(水) 19:44:44.96 ID:bsXBk.2o
「窓のないビル――以前、一発ぶちかましてみた事がある」

あまりスマートなやり方ではないがな、と垣根は肩を竦めた。

「結果、案の定と言うかなんと言うか……傷一つ付かなかった」

垣根帝督。

学園都市の頂点に君臨する超能力者の一角。
この世の法則を超越した、文字通り常識外れな力を振るう少年。

その力を正面からぶつけても無傷だったというのだから正攻法はもちろん裏技を使ったとしてもあの牙城を突き崩すのは不可能という事なのだろう。

「常識が通用しないどころか、非常識すら通用しねぇ。あれは超科学とかSFとかの域を越えちまってるんだろうよ。
 魔法のバリアが張ってあったとしても俺は納得するぜ」

だが、と垣根は手にしたピンセットを掲げる。

「滞空回線……コイツが存在する以上、あのビルへのアクセスはあるに決まってる」
101 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/13(水) 19:49:33.52 ID:bsXBk.2o
「……で? もったいつけないでさっさと吐きなさいよ」

麦野は垣根に視線を向けず、いらつく様子で足を組みなおして、は、と息を吐いた。

「そのピンセットを使って滞空回線の中身を掻っ攫ってきたんでしょう?
 で、その中にビルの内部へのアクセス方法があったんじゃないの」

「ご明察」

ぱちん、と指を鳴らし垣根はにやりと笑った。

「盲点だった。あぁ、自分で言うのもなんだが、俺の未元物質があまりに強力なもんでな……。
 だが、コイツで崩せない物理法則があるなら他の法則で崩せばいい。
 そうさ。俺以外にもこの町には五十八人も既存の物理法則を無視する連中がいるじゃねぇか」

その言葉に、絹旗はぴくりと反応する。

具体的に思い当たったわけではない。
ただ、その人数がなんとなく何を指すのかが分かった気がした。

「空間移動能力者、ですか」

「正解。奴らは既存の三次元空間を無視して物体を移動させる術を持つ。窓があろうがなかろうが関係ねぇんだよ」

頷き、垣根は一部の書類をガラスの机の上に放った。

クリップで留められたそれには、一枚の写真が添付されていた。

顔写真。少女のものだ。

髪を二つに括った彼女は。
102 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/13(水) 19:53:09.42 ID:bsXBk.2o



これが、統括理事長の城への唯一の『鍵』。



「空間移動系大能力者、結標淡希――窓のないビル内部への『案内人』だ」



――――――――――――――――――――
103 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/13(水) 20:26:46.21 ID:oV.sft6o
今日はここまでかな?おつ!
104 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/13(水) 22:02:48.09 ID:mbHPvoAO


これは結局、垣根中心なのか?
105 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/13(水) 23:23:05.78 ID:E3vYwroo
おつおつー!

楽しみ…!
106 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/14(木) 02:52:41.62 ID:5rYgdoko
おつですの。
うー、あー、その才能が羨ましい
107 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/14(木) 04:41:07.41 ID:xnf3J82o
やっぱり書き溜めだとテンションが維持できないので直書きにさせていただきます
多少の表記揺れや誤字脱字、作中での矛盾等が出てくると思いますがご容赦ください

とりあえず今書いてる部分はなんとか書き終わってから投下したいと思います
108 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/14(木) 04:56:18.64 ID:6z7McwDO
スゲェ‥‥魅入る。
109 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/14(木) 10:14:21.50 ID:1QXnBzQo
こんだけのどシリアスを直書きだと…
期待してます。
110 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/20(水) 17:49:28.50 ID:ucT74ywo
夜。

最終下校時刻を過ぎた校内は、当然だが闇に包まれ沈黙していた。

そんな中職員室だけが光を持ち、中には残業に勤しむ教師がまだ教材のプリント作りをしていた。

「――――――」

そんな横を、上履きを脱いで足音を立てないようにそろりそろりと歩く。

見つかれば大目玉では済まないだろう。

鍵閉めの教師にだけは鉢合わせしたくないが、多分、大丈夫だろう。

いつものパターンならもう二時間ほど前にそれは終わっているはずだ。

果たして誰にも遭遇せずに目的の扉の前に着いた。

沈黙のままにバックパックから取り出した携帯端末を扉の横に取り付けられた認証装置に無理矢理接続した。

ボタンを幾つか操作し、待つ事数秒。

ピ、と小さい音を立てて鍵が外れた。

手早く端末を取り外し滑り込むように扉の隙間から室内に入った。

そして内側から鍵をかけ、そこでようやく、初春は安堵の息を吐いた。

風紀委員第一七七支部。最終下校時刻を回り、室内には誰もいない。

室内は、しん――――と静まり返り、初春は思わず息を止めたが、自分の心臓の音がいやに大きく聞こえた。
111 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/20(水) 17:51:26.75 ID:ucT74ywo
そろそろと、誰にも気付かれないように、奥へと進む。

靴下が床をする音と関節が軋む微かな音が酷く耳障りだ。

明かりは点けない。

誰かに気付かれたら大変だ。

そしてようやく、いつもの場所に辿りつく。

この部屋の、初春の定位置。パソコンの前だ。

お気に入りの椅子に座り、初春はバックパックを下ろし中からゴーグルとグローブを取り出した。

まるで軍用の暗視ゴーグルか何かのように見えるそれと、赤いラインの入った普通の黒手袋にしか見えないそれの、
端から出ている線の先に付いたプラグをパソコンの接続端子に押し込んだ。

グローブを手に嵌め、感触を確かめるように何度か握る。

「………………」

パソコンの電源ボタンを押し、ゴーグルを被る。

カリカリとハードディスクの駆動音が聞こえ、初春はそれが煩わしくてイヤホンを着け目を閉じた。

数瞬の静寂。

そして、静かにOSの起動音が流れた。
112 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/20(水) 17:52:59.43 ID:ucT74ywo
目を開く。

ゴーグルから映像が網膜に直接照射され、外部に光を漏らさぬままデスクトップの光景が眼前に広がった。

ぐ、と手指に力を入れると、ばらばらとプログラムの窓が乱れ咲いた。

初春の両の手に嵌められたグローブ。

使用者の微かな手の動きを感知してコマンドを入力する操作デバイスだ。

マウスやキーボードなどの一般的な入力機器を遥かに凌ぐ超高速の操作ができるものの、それを正確に操るのには相当の慣れが必要となる。

それを動かすにも専用のプログラムをインストールする必要があるし、かなりのマシンスペックを要求される事からほとんど使う事はなかったが。

ぴっ、と左手の人差し指を振る。

開かれたのはネットワークへの接続許可を確認するウィンドウ。

ただし、その先は。

――――学園都市のあらゆるデータが収められた巨大サーバ、通称『書庫』。
113 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/20(水) 17:54:50.65 ID:ucT74ywo
目の前に広がる数行の英文に初春は、ごくり、と思わず空唾を飲み込んだ。

初春は今まさに学園都市の知識の中枢へとハッキングを仕掛けようとしていた。

いつになく緊張する。

初春は本来、その手の輩からそれらを防衛する立場にある。

一部からは守護神だとか呼ばれていたりするのだが、そんな事はどうでもいい。

確かに初春の構築した防衛システムは強固だが、今回のこれとは全く関係がない。

初春が何者であれ、事が発覚すれば少年院行きは免れないだろう。

学園都市ではハッキングは重犯罪だ。

自覚はある。

わざわざ入室履歴も残さないように詰め所に忍び込んでいるのだ。

自室にあるパソコンからでは十全の力を引き出せないから。

捕まる気などさらさらない。

全てを終わらせて、何食わぬ顔でまたいつもの何もない日常へと戻るために。

「――――行きます」

小さく、己に宣言して。

初春は初めて自らの能を攻撃に使用した。
114 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/20(水) 17:55:54.79 ID:ucT74ywo
滝のように流れる英数字。

鳴り止まない警告のアラート。

一つ一つが致命的なまでのセキュリティを掻い潜りながら初春は『書庫』にアタックを仕掛ける。

かつてないほどに脳と指は動いてくれた。

愛機も、自ら組んだプログラムも、万全の働きをしてくれる。

まさかこのような事に使う破目になるとは思ってもいなかったが、初春の思いに応えるかのように相棒は静かに駆動音を響かせた。

眼前に広がるデータの嵐。

一言で表すならば最悪だった。

セキュリティなんて生易しいものではない。

一つ一つが片っ端から殺しにかかってくるような、凶悪な代物だ。

無数に現れるそれの、たった一つでさえ掠りでもすれば即座に武装した警備員がこの場に踏み込んでくるだろう。

けれど引き返そうとは思わない。

ようやく掴んだ手懸かりを見失うわけにはいかない。

もはやそれ以外に初春の進むべき道はなかった。
115 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/20(水) 17:57:39.06 ID:ucT74ywo
いったいどれくらいの時間が過ぎただろうか。

数分か、数十分か、それとも数時間か。

時間感覚の麻痺した初春の脳では判断できなかったが、唐突に、視界が開けた。

「…………突破、した?」

思わず呟き、数秒してからようやく深い溜め息を吐いた。

果てしない脱力感に初春は椅子に崩れる。

グローブを嵌めた手にじっとりと感じる冷や汗が気持ち悪い。

吐き気にも似た倦怠感に深呼吸をし、初春は再び体を起こした。

――まだ、本番はこれからだ。

「………………鈴科百合子」

『書庫』の統括する学園都市のあらゆるデータ。

学園都市に住まう学生はもちろん、そうでない人々や学校、研究機関、そして研究内容や過去の事件。

そこには文字通り全てが存在する。

ここにないものは、ない。……はずだ。

動作は一つで済む。

けれどその一歩を踏み出すのがどうにも恐ろしかった。
116 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/20(水) 18:02:40.60 ID:ucT74ywo
もしも。

もしも。

もしも。

嫌な予感がぐるぐると脳裏を駆け巡り、気付かぬままに指先が震えていた。

今ならまだ間に合う。

悪いことは言わない、引き返せ。

そう本能が告げている。

ここから先には最悪な結末しか存在しない。
何故かは分からないけれど、それが理解できてしまった。

確信じみた予感に寒気を覚える。

さっきから何やらかちかちと喧しい。
そんな大きい音を立てられては見回りの教師にばれてしまう。
そんな事はどうでもいいのに、目の前の『書庫』の情報こそが重要なのにどうしても意識を逸らせてしまう。

ほんの少しの条件を入力する、たったそれだけの事から精神が逃避してしまう。かちかちかちかち。
動作は一瞬で済む。そのために万全の準備をしてきた。
早く、早くしなければ見つかってしまうリスクは時間と共に跳ね上がってゆく。かちかちかちかち。ああ煩い。

目を背けるな。現実を直視しろ。そうでなければ、そうでなければ何一つできやしない。
なんのために自分はここにいる。掛け替えのないものを失わぬためだ。かちかちかちかち。
そのためにこんな途轍もない真似をしている。今までいったい何をしてきた、初春飾利。この唯一の武器は全てこの時のためではなかったのか。かちかちかちかち。そう、たった一人の友人を守れずなんの『守護神』だ。

かちかちかちかち。

かちかちかちかち。

かちかちかちかちかちかちかちかち。

ああ、さっきから煩いのは私の歯だ――!
117 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/20(水) 18:04:50.77 ID:ucT74ywo
がぎり、と軋む音を立てるほどに噛み締め、涙で茫洋となった視界を目をぎゅっと瞑る。

まぶたに押し出された涙は頬を伝い唇に溜まる。

口の中に感じるのはその味か、それとも血のものなのか。

そんな些細な事はどうでもいい。再び目を開く。

相変わらず濡れた眼球の表面に歪曲されたゴーグルの光線は歪んだ画面を投影するが、見ずとも分かる。

体は動いてくれた。
118 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/20(水) 18:05:58.77 ID:ucT74ywo
初春は一度深く息を吸い。

震える嗚咽を吐き出し。

それに条件を入力し。

もう一度息を吸い。

静かに吐き出し。

検索をかけた。
119 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/20(水) 18:06:48.62 ID:ucT74ywo
そして。



絶望が現れた。
120 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga !red_res]:2010/10/20(水) 18:10:19.79 ID:ucT74ywo
・検索結果



該当件数; 0件

一致する情報は見つかりませんでした。
121 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/20(水) 18:11:53.90 ID:tOO31jMo
復活記念パピコ
122 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/20(水) 18:34:06.23 ID:soeFWyko
いきなりはじまってるw

いいねいいねェ
123 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/20(水) 19:14:16.52 ID:ucT74ywo
いつの間にか降り出した雨に、街の光に濡れた路面が目を突いた。

さあさあというノイズにも似た雨音の中、初春は傘も差さぬまま歩いていた。

最初から傘など持っていなかった。
そんな矮小な、どうでもいい事は頭にはなかった。

ただようやく見つけた手懸かりを手繰り寄せようと必死で、それ以外の事は考えてなどいられなかったのだ。

バックパックを力なく肩からぶらさげたまま初春は幽鬼のように街を歩く。

一歩踏みしめる度にぐちゃりと湿った足音が靴の中で鳴いた。

今自分はどんな表情をしているのだろう。

きっと寒さに肌は真っ白で、見る人がいればすぐさま救急車でも呼びかねないようなそんなひどい物だろう。

けれど幸か不幸か、ただの一人とも出会わなかった。
124 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/20(水) 19:15:45.63 ID:ucT74ywo
ぐちゃり、ぐちゃり。

街はいつものように煌びやかに光を放ち、降りしきる雨にそれを喧しく乱反射させ、だというのに静まり返っていた。

まるで死都のようだ。

街全体が死に絶え、機械だけがひとりでに動いているだけのような、そんな錯覚。

誰も生きている者なんていないんじゃないのかとさえ思う。

ぐちゃり、ぐちゃり。

もしかすると自分はもう死んでしまっていて、それに気付かないままに徘徊しているのではないか。

生きている者がそれに気付かないように、死んでしまった自分も気付いていないだけなのではないか。

そういえばそんな都市伝説にも似た少女の話を聞いた事があったな、と思い軽く親近感を覚える。

多分彼女もまた、そうして世界に見放されたのだろう。

こうして歩いていたら彼女と会えるかもしれない。

そう思うと少しだけ心が晴れた気がした。
125 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/20(水) 19:18:27.17 ID:ucT74ywo
頬を濡らしているのは雨か、それとも涙なのか。

自分は泣いているのか哂っているのか。

それすらも分からず初春は機械的に歩みを進める。

ぐちゃり、ぐちゃり。

冷えた体は雨の感覚さえなく、踏みしめているはずの地面の感触も覚束ない。

幽霊に足はないのだから仕方ない、と思うが、濡れた足音だけは確かだった。

ぐちゃり、ぐちゃり。

ぐちゃり、ぐちゃり。

ぐちゃり、ぐちゃ、

「――――――」

人が、いた。
126 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/20(水) 19:20:42.62 ID:ucT74ywo
雨に煙る視界の隅をゆらり、横切る。

それはすぐに消えてしまったが、間違えるはずもなかった。

ぱしゃ。ぱしゃり。

気が付けば走っていた。

悴んだ体はいう事を聞いてはくれず、思わず転びそうになる。

前のめりにたたらを踏みながらも、踏み止まり、初春は走った。

白と黒と灰色だけの無機質な街を走る。

いつの間にか雨音は消えていたが視界には相変わらずの線が降り注いでいた。

だのに耳元で、ぜひ、ぜひ、と嫌な音が聞こえる。

ごうごうと耳鳴りがするのは雨の雫が耳の中に入り込んで血流の音が反響しているからだろうか。

体中がきしきしと悲鳴を上げている。

けれどそんな事はどうでもよかった。

垂れ下がる蜘蛛の糸にしがみ付くように、初春は無我夢中で走った。
127 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/20(水) 19:22:35.74 ID:ucT74ywo
ばしゃり、と大きな水溜りに足を踏み入れ、初春は立ち止まる。

通りからひっそりと隠れるように伸びる小路。

何度も通った事のある道だというのに、今の今まで気付かなかったほどの存在感のない路地裏。

明日にはどこにあったのかさえ忘れてしまうような、存在そのものがおぼろげな道。

ここが虚数学区の入り口だと言われても納得してしまうような、そんな漠然とした正体の知れぬ空間だった。

そんな裏道の入り口で初春は道の先を見る。

じじ、と焙るような音を立て壁面に取り付けられた街灯が瞬く。

隣接する飲食店の残飯か、腐った下水のような臭いが僅かに燻る壁と壁に押し潰されそうな狭い空間。

その先に、真っ黒な蝙蝠傘が揺れていた。
128 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/20(水) 19:25:56.62 ID:ucT74ywo
傘を差すのは男だろう。

カーキ色のジーンズに濃い青のスタジアムジャンパー。

左手に傘を持ち、差し出すように掲げているその逆肩はこの距離でも分かるほどにぐっしょりと濡れていた。

そして。

彼の左側に立つ人影。

見覚えのある学校指定のブレザーにスカート。

少女だ。

顔は傘で隠れて見えない。

けれど、傘の下から覗く髪と、先程一瞬だけ見えた横顔。それは確かに初春の知る人物だった。

――――ぱしゃり。

気付かぬままに一歩を踏み出し、致命的な過ちを犯した事を直感する。

何故だか分からないけれどそう理解できてしまったのだ。

左右の壁が押し潰そうと覆い被さってくる錯覚を覚え、異様なまでの圧迫感を感じる。

水溜りを踏んだ足音がわんわんと反響し、空気が揺れ。

――――ぴたりと、前方を往く二人の足が止まる。
129 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/20(水) 19:30:18.37 ID:ucT74ywo
「………………」

どっどっどっどっ、と、心臓は早鐘のように鳴り響き、初春は貧血のような眩暈を覚える。

全身の毛穴がぶわりと開き、凍え切った体にも感じるほどの冷や汗が流れた。

視界は既にモノトーンのそれとなり、ぱらぱらと蝙蝠傘の跳ね返す雨音だけがやけに耳についた。

「………………」

二人はぴくりとも動こうとはせず、まるでじぃ――と見つめられているような、気さえした。

「………………」

無言。

ただ、傘を跳ねる雨粒の音だけが耳障りだった。

その気拙い空隙に、初春は魚が喘ぐように何度か口を開いたり閉じたりして、空を掻くように手を伸ばし、何かを堪えるように目を引き瞑り指を胸の前で握り締め、そして。

その名を呼んだ。










「――――――御坂さん!」
130 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/20(水) 19:47:56.22 ID:ucT74ywo
ようやく、ようやく見つけた。

事件の中心――御坂美琴。

初春は叫び、その後姿に駆け寄る。

――が、立ち止まる。

隣に立つ少年――クセの強い、ツンツンした黒髪の少年だ――がゆっくりと振り返り、初春に微笑んだ。

「……呼ばれてるぞ、御坂」

そして――。

「――――――」

振り返った彼女に、初春の動きが停止する。

……なんだ。

なんだこの違和感は。

見知った顔。

見慣れた制服。

けれど。



――目の前にいる彼女は誰だ?



「――こんばんは」

そして、初春の思考は完全に停止する。





「ええと――ごめん、誰だっけ?」
131 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/20(水) 19:49:06.18 ID:ucT74ywo
――――――――――――――――――――
132 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/20(水) 19:51:18.23 ID:nn/1aYAO
┣″┣″┣″┣″┣″┣″┣″┣″┣″┣″┣″┣″┣″
133 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/20(水) 19:52:31.34 ID:mS6golU0
気を付けろっ!スタンド攻撃だっ!
134 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/20(水) 19:59:39.63 ID:ucT74ywo
という訳で書き溜め分終了です
21時くらいから再開=直書き
135 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/20(水) 20:56:37.03 ID:a5N8C9go
うわあああああああああ
136 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/20(水) 21:18:18.01 ID:ILVx9zgo
このどす黒い感じいいなぁ。凄い好みだ。
137 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/20(水) 21:20:29.14 ID:ucT74ywo
「………………」

ぱらぱらと傘に反響する雨音だけが場を支配していた。

あまりにも予想外の言葉に初春は完全に硬直していた。

彼女は一体何が起こったのか全く理解していない様子で、呆然とした態で立ち尽くすより他なかった。

目の前に立つ少女はどこか空ろな無表情の仮面を貼り付けたような顔で初春の顔をじっと見ていた。

かちかちかち。

いつの間にか聞こえていたその音は、初春の歯が発するものだった。

幾許かの時間が過ぎ、初春はようやく寒さに悴んだ唇を動かした。

「誰、って……初春、飾利です、よ。風紀委員の」

震える声でそう呼びかければ、彼女はようやく合点のいった様子で頷き。

「ああ――初春――初春飾利さん――ええ、そうだった。ごめんなさいね。ど忘れしちゃったみたいで」

作り物めいた笑顔を初春に向けるのだった。
138 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/20(水) 21:35:04.28 ID:ucT74ywo
見知った顔。

見知った声。

なのに――どうしてだか足が竦んで仕方なかった。

かちかちかち。

震えは止まらない。

「それで、何かしら。私、ちょっと忙しいんだけど」

今すぐこの場から逃げ出したかった。

目の前にいる友人がとてつもないバケモノのような気がして、
次の瞬間には途轍もない怪物に変化して初春を頭からばりばりと貪り尽くしてしまうような気さえして。

けれどパニックのあまり初春の思考は完全に静止して全く動けずにいた。

ぐっしょりと濡れたスカートの足に絡みつく感触が、冷えた体が凝り固まるような錯覚が、初春をその場に縛り付けているような気がして。

そんな事よりも。

初春は今目の前の友人にどんな顔を向けているのか、それがどうしようもなく気がかりだった。
139 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/20(水) 21:58:52.65 ID:ucT74ywo
「忙しいって……何を、してるんですか」

ようやく出てきた言葉はそんなものだった。

「御坂さんがいなくなって、大騒ぎですよ。みんな、心配してるんですよ」

――そんな事が言いたいんじゃない。

初春の言葉に彼女は不思議そうに首を傾げ。

「大騒ぎ? 心配? そんなはず、ないんだけど」

大して興味のない様子で言う彼女の声が妙に癪に障った。

今までの自分を否定された気がして、それは恐らく正解なのだろう。

今日までの一週間の全てを、そして今日の出来事と初春の努力と葛藤と判断と決意と行動と、それら全てを粉々に壊された気がして。

怒りと羞恥とがないまぜになった感情は、それでも動いてくれなかった。
140 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/20(水) 22:13:51.03 ID:ucT74ywo
「一週間も何をしていたんです?」

「別に。いいじゃない、そんな事」

相変わらずの薄っぺらい笑顔のまま、彼女はそう答えた。

――そんな事が訊きたいんじゃない。

「もしかしてまた何か事件に巻き込まれてるんですか」

「そうでもないわよ」

――そんな事はどうでもいい。

本当に、本当に大切なのはたった一つだけだ。

震えは止まらない。

歯は相変わらずがちゃがちゃと喧しいし、体中が痙攣するようにしている。

けれど、そんな些細な事よりももっと大切な事がある。

がくがくと笑う膝をどうにか押さえつけて、初春は睨みつけるようにして言った。

「…………白井さんは、どこにいるんですか」

搾り出すようにして放たれたそれに、彼女はやっぱり不思議そうに首を傾げ。





「どこって…………後ろにいるじゃない」





ぱしゃり、と。

水溜りを踏む音が聞こえた。
141 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/20(水) 22:22:28.55 ID:ucT74ywo
一瞬、訳が分からなかった。

彼女が何を言っているのかが分からなかった。

けれど目の前の二人の視線は、初春の肩越しにその後ろを見ていて。

それを追いかけるように、真っ白になった頭のままにゆっくりと後ろを振り向くと。

「――――――」

チェックのスカート。

学校指定のブレザー。

赤いリボンタイ。

そして、左右で二つに括った長い髪。

あまりに見覚えのあるその姿に、一瞬幻影ではないかと疑うが。



「あらまぁこれは……濡れ鼠ですわね、初春」



声。

口調。

仕草。

雰囲気。

困ったように苦笑する、顔。





「――――白井さん――――!!」
142 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/20(水) 23:02:09.79 ID:ucT74ywo
一体どこにいたのか。

一体何をしていたのか。

問い詰めたい事は他にいくらでもあった。

けれど張り詰めていた感情が爆発し、頭の中で吹き荒れ、それどころではなかった。

顔はきっとぐちゃぐちゃになっている。

でもそんな事はどうでもいい。

今目の前にいる少女の姿を見て、初春はどうしようもなくなって、彼女に駆け寄る。

――が。

「……待ってくださいな」

制止され、初春は凍りつく。

差し出された手は平をこちらに向け、何かを押すように伸ばされた拒絶だった。

「…………白井、さん?」

斜めに顔を逸らし、俯く様子で表情を隠す白井。

何故。なんで。どうして。

もう、何がなんだか初春は分からなくなっていた。
143 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/20(水) 23:10:46.21 ID:ucT74ywo
「待ってくださいな、初春」

白井は俯いたまま言葉を続ける。

「そんな顔をしないでくださいまし。わたくし、どうすればいいのか困ってしまいますの」

それはこっちの台詞だ、と。

言い返す事もできず初春は動けぬままに呆然と白井を見ていた。

「そんな顔をされては――わたくし、迷ってしまいます」

何を、迷う事があるのだろう。

その一言がどうしようもなく絶望的なものに思えて、まともな思考ができぬまま、しかし直感だけで初春は一歩を踏み出す。

「――初春っ!!」

そして、怒声にも似た白井の放つ言葉に再び動きを止められる。

「こちらに――来ないでくださいな。あなただけは、来てはいけませんの」
144 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/20(水) 23:15:09.22 ID:ucT74ywo
……白井が何を言っているのか全く分からなかった。

でも。

どうしようもない絶望の淵が足元に広がっているのだけは理解できた。

あと一歩を踏み出せばその奈落の底へ落ちてしまうだろう。

そこはどうしようもなく最悪な地獄が待っていて、初春はどうする事もできないだろう。

――それが、どうした。

その先にたった一人の大切な友人がいるのだ。

その彼女が、声を震わせ、今にも泣きそうな顔で俯いているのだ。

踏み止まる理由など存在しなかった。



だから、

初春は、

その一歩を踏み出し、
145 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/20(水) 23:25:14.04 ID:ucT74ywo
ぱしゃり、と水溜りを踏む足音が響く。

――――――え?

初春はまだ、その踏み出した足を、下ろしていない。

踏み出した足はまだ空に浮いていて、足音が鳴るはずもないのだ。

なのに水音は左右にそびえるコンクリートの壁に反響して。

見れば、白井との距離は縮まっていない。

「――――ごめんなさい、初春」

……遅れて踏んだ水溜り。

ぐちゅりと濡れた靴中の嫌な感触に、初春はそれ以上の絶望を覚えた。

そう。距離が縮まらないのは。

白井が一歩後ずさったからで。
146 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/20(水) 23:37:54.80 ID:ucT74ywo
ぱしゃり。

再び響く水音に初春はようやく気付く。

「――ごめんなさい、初春」

その音を発したのは、初春でも白井でも、背後の二人でもなく。

「………………ねえ、白井さん」

そんな事はどうでもいいのに。

そんな事を訊いている時間もないのに。

そんな事よりももっと大切なものが目の前にあるのに。

そんな事よりももっともっともっともっとタイセツナモノが目の前から遠ざかってしまおうとしてるのに。



「ごめんなさい――――――さようなら、初春」



その泣きじゃくるような白井の顔を遮るように立ったのは。





「――――――そちらの方は、誰です?」










「どうも。『友達』です」





がしゃりと、世界が閉じた。

――――――――――――――――――――
147 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/20(水) 23:39:39.06 ID:W425iUDO
支援
148 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/20(水) 23:49:28.19 ID:8zTSPaYo
こっからどうタイトルにもってくかすごい気になる
支援
149 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/21(木) 00:51:28.12 ID:Z5Wlq.w0
あれ終わり?
150 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/21(木) 01:03:03.21 ID:KefwQw.o
乙!…でいいのかな?

タイトルから御坂vs上条かと思ってたけど
よくよく考えれば解釈の仕方は一つじゃないわけだ。
今後の展開がめっちゃ楽しみです。
151 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/21(木) 01:15:39.72 ID:A8Mu9LMo
「表向きの所属は霧ヶ丘女学院。強度判定では大能力者、能力は『座標移動』。
 ……空間移動能力の中でもダントツのスペックだなこりゃ。最大重量四トン超ってなんだよ」

すらすらと暗唱するように言う垣根は、かちゃりとピンセットの爪を鳴らした。

「そして――俺たちと同じような暗部組織、『グループ』の一員だ」

その一言に全員が息を呑んだ。

『グループ』。

その名の意味するところをこの部屋の誰もが理解していた。

絹旗が遠慮がちに、言葉を選ぶように呟いた。

「……って事は超あれですか――『彼』――のお仲間ですか」

「ぼかさずに言えばいいじゃない。一方通行、って」

それを半眼で返すのはドレスの少女だ。

そんな面々の様子を見ながら頬杖を突いていた麦野は嘆息し、「それで?」と垣根に続きを促した。

「相手がソイツなら遠慮はいらないじゃない。適当に捕まえて、適当に懐柔なり強迫なり洗脳なりすればいいんだし。
 それに都合のいい事にこっちにはコイツがいるんだしさ。『心理定規』。頼んで断れないようにしちゃえば一発でしょ」

第一、と麦野は続ける。

「遠慮する必要すらない。最初からアンタは――私たちは、アレイスターを敵に回してるんだから」

「それはそうですけど……」

言いよどむ絹旗に、再びドレスの少女は言い返した。

「それとももしかして一方通行が怖い? もう――――死んでるのに」
152 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/21(木) 01:31:51.14 ID:A8Mu9LMo
『一方通行』。そう呼ばれる少年。

学園都市二三〇万の頂点に君臨する、最強の能力者。

この世のありとあらゆる力の方向性を配下に置く、絶対の君臨者。

そして『グループ』の一員。

しかしそれらの肩書きは、全て過去形となる。

あのなかった事にされた日を境に王座は奪われた。

ソファに悠々と座り手に嵌めたピンセットを遊ぶ少年、垣根帝督に。

しかし最強の座を手に入れたはずの彼は難しい顔をして首を左右に振った。

「それがだなぁ……捕まえたいのは山々なんだが、いや、できれば丁重にご協力願いたいところなんだが……」

「はっきり言え」

横から足を軽く蹴り急かされ、垣根は溜め息を吐いた。

「いやその実はな…………行方が分からねぇんだわ、結標チャン」

参ったな、と苦笑する垣根に、部屋の誰もが沈黙し、

ある者は呆れたように目を細め、

ある者はリモコンの再生ボタンを押し、

ある者は相変わらず隣の少年に寄りかかり、

ある者は天井を仰ぎ負けじと寝入ってやろうと目を瞑り、

そんな中。

「…………はぁ?」

麦野が不機嫌の極まった様子で呟いた。
153 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/21(木) 01:50:59.64 ID:A8Mu9LMo
「何アンタ、ええと、あれだ……ふざけてんの? アンタお笑い芸人にでも鞍替えする気?
 学園都市第一位じゃ飽き足らず今度は芸能界でもトップスターになろうっての? 死ぬ?」

頭痛でもするのか、麦野はこめかみを押さえ俯きながら垣根を指差した。

「ピンセットがあれば滞空回線から情報取り放題じゃなかったの。
 そもそもそれって監視カメラみたいなものなんでしょ。学園都市中に撒かれてる。
 ソイツが見つけられないって、え、もしかしてソレ必死で奪取したのって結構割に合わなかったりするの?
 ……一人死んだんですけどー」

殺したのはソイツだけど、と付け加えながら、こちらも物凄い不機嫌な、まるで般若の面のような表情で問い詰めるドレスの少女。

「ま、待て待て待て! 言い訳くらいさせてくれよ!」

二人の少女に垣根は慌てて弁解した。

「結標だけじゃねぇ。他のヤツら……残りの『グループ』の構成員も、行方不明だ」

「ますます使えねぇじゃん。他のは別に空間移動能力者でもなんでもないんでしょ」

「ねえ、それ壊していい? なんかムカついてきたんだけど。別に彼の敵って訳でもないけど」

「最後まで聞けよ!?」

続きがあるのかよ、と浜面はもう寝たふりを決め込みながら心中で毒づいた。
154 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/21(木) 01:57:18.67 ID:jeg4A.AO
(*゚∀゚)ウヒョー
155 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/21(木) 02:10:21.04 ID:A8Mu9LMo
「それがどうもここんとこ滞空回線が動いてないみてぇなんだよ、なぜか。データ自体は生きてるんだが、更新がストップしてやがる。
 だからソイツらが今何をしてるか、ってのが絶望的に分からねぇ。これじゃ『書庫』漁ってんのと大差ねぇよ」

俺も被害者だ、と両手を挙げて主張する垣根に、麦野は一度納得しかけ、しかし考え直して問うた。

「そういえば……アンタ、あの日一方通行とカマす時さ……私に何させたかしら」

その一言に、垣根の動きが完全に止まった。

軽薄な笑みを浮かべるその首筋に、冷や汗が浮いていた。

数瞬、沈黙し、そして今まで沈黙を保ってきた砂皿が何かに納得したように一つ頷くと。

「つまり……麦野が起こした強力な電磁波か何かで滞空回線が全滅したと」

「私のせいじゃないわよ!!」

慌てて弁解する麦野に、ドレスの少女が頷く。

「そうねー悪いのは全部コイツねー……最悪」

「…………うわー映画見終わっちゃいましたよどうしよう超混ざりたくないなあ」

全力で目を逸らし流れるスタッフロールを凝視しながら絹旗は誰にも聞こえないような小声で呟いた。
156 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/21(木) 02:35:08.51 ID:A8Mu9LMo
数分後。

ようやく二人の少女を宥めた垣根は疲労困憊といった様子で肩を落としてソファに座っていた。

「第一位(仮)……」

「第一位(笑)……」

「括弧って言うなよ!」

何やら傷ついたのか垣根は不貞腐れた様子で一つ嘆息する。

「まぁ少し手間が増えちまったが……お陰で収穫もあった」

ばさり、ばさり、と追加のファイルを机の上に投げる。

「土御門元春。それに海原光貴。残りの二人だ」

「……これの何が収穫なんです? コイツが外部組織からのダブルスパイっていうのなら、私も超掴んでますけど」

ファイルの片方、金髪にサングラスの少年の写真が添付された方を手に取りぺらぺらと振りながら絹旗はつまらなさそうにぼやいた。

「行方を掴もうと色々してみたのさ。ソイツらのどっちかから繋がるかもしれないからな」

もったいつけるように言う彼に、絹旗はさっきの今じゃ超格好つかねー、と内心吐き捨てる。

「それで、超本題はなんなんですか」

「急かすなって。駆け引きは重要だぜ?」

「超うぜぇ……」

思わず口に出た言葉に垣根は顔を顰め、そしてさらに数部のファイルを取り出した。
157 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/21(木) 02:43:23.60 ID:A8Mu9LMo
「結標、土御門、海原……全員が同時に、姿を消した。一〇月九日。あの日だ」

「そういうのはもういいですから……ってなんですかその超分厚いのは」

眉を顰める絹旗に、垣根はにやりと笑みを浮かべる。

「そしてその日、何人か死んではいるが……死亡確認が取れないまま、失踪したヤツが他にもいたんだよ」

ばさ、と一部を放り。

どさっ、と表現した方がしっくりくるような量の圧倒的な枚数のそれを無造作に机の上に放った。

それをちらりと一瞥し、麦野は顔色を変えた。

「――――コイツ」

「あぁ、オマエもしかして面識があるのか」

ぎり、と歯噛みする音が聞こえた気がして、絹旗は意図的に視線を麦野に向けぬように、ファイルに目を落とした。
158 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/21(木) 02:52:14.07 ID:A8Mu9LMo
添付された、どこかで見た事のある顔写真。

少女のものだ。

年は絹旗と同じくらいだろうか。

片方は肩に掛かるくらいの、もう片方は左右で二つに括った髪。

同じ制服。それには見覚えがあった。

――この制服は、まさか。

「ツインテールの方が白井黒子。風紀委員だな。
 もう片方は……知ってるヤツも多いだろ。旧第三位……今は第二位、なのか?」

「っ――」

予想は的中した。

見覚えがあるはずだ。テレビやら何やらで何度か目にした記憶はあるだろう。

学園都市の毒によって形作られているはずの超能力者でありながら表舞台に燦然と輝いていた少女。



「御坂美琴――常盤台の『超電磁砲』だ」



写真の少女は、つい最近のものなのだろう。

体操服姿で誰かと腕を組みながらカメラに向かって満面の笑顔とピースサインを向けていた。
159 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/21(木) 03:09:32.28 ID:A8Mu9LMo
「そして、もう一人」

今度は打って変わって薄いファイルを投げる。

しかしそれは加減を誤ったのか机の上を滑ってぱさりと落ちた。

寝たふりをしていた浜面の足元に。

「「………………」」

少女たちの無言の視線の槍が垣根に集中した。

「…………すまん」

そんな様子がどうにも不憫で、浜面は狸寝入りを止めて足元の紙束を拾い上げた。

そしてそれを差し出し、また我関せずを決め込もうかとして。

「――――――コイ、ツ」

その写真に硬直した。

「なんだ、知ってるのか」

垣根の声は耳に入ってこなかった。

浜面の意識はもはや写真に写った人物にしか向けられていなかった。
160 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/21(木) 03:18:57.69 ID:A8Mu9LMo
男だ。

黒い髪に学生服。

気だるげにこちらに視線を向ける少年。

その人物を浜面は知っていた。

「ソイツ、何故か情報封鎖されてるみてぇなんだが……滞空回線にもほとんどなかったんだよな」

まだ記憶も新しい一〇月三日、深夜。

浜面はこの少年を見た。

忘れもしない、この特徴的なツンツンした髪の少年は――。










「名前は上条当麻――『幻想殺し』、とだけあった」










決して挙がるはずのない名が告げられた。



――――――――――――――――――――
161 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/21(木) 03:31:42.56 ID:A8Mu9LMo
本日分は以上です
ではまた明日
162 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/21(木) 06:39:59.93 ID:dR4fUTAo
乙です!
163 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/21(木) 07:05:10.84 ID:Z5Wlq.w0
164 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/21(木) 18:15:59.99 ID:z1mzrjAo

面白くなってきたぜ
165 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/21(木) 19:53:36.84 ID:5ix3RXAo
ぅおっつー!
もう初春サイドのシリアスっぷりがヤバいな。普通に怖い。
166 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/21(木) 21:54:46.79 ID:A8Mu9LMo
――ばんっ!

大きな音を立てて扉が開き、けたたましく部屋に飛び込んできた少女に目を覚ました。

「大丈夫、初春!?」

聞きなれた声にゆっくりと体を起こし、初春は扉の方を見遣る。

息を切らせてこちらを、どこか必死なほどの形相で心配そうに見つめる佐天涙子という名の少女に、初春は弱く微笑んだ。

「倒れたんだって!? な、何か変な病気とかじゃないでしょうねぇぇ……」

少なくともそれは病人に向かって放つ声量じゃないよなぁ、などと考えながらも心配してくれている事は素直にありがたかった。

「あ、いえ、ただの貧血だって……雨に濡れたから体温が奪われてちょっと危なかったみたいですけど、もう大丈夫ですよ」

「よ、よかったぁ…………」

へなへなと力なくへたり込む佐天に溜め息を吐きながら、初春は身を起こす。
167 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/21(木) 22:10:38.69 ID:A8Mu9LMo
既に病室の窓にはカーテンが閉められ、その隙間から見える外界は真っ暗になっていた。

今何時だろう、とサイドテーブルに置かれた時計に目を向けると、もはや日付が変わろうとしていた。

……完全下校時刻はとうに過ぎ、病院の面会時間も終わっているだろうに、どうして佐天はこうも自然に部屋に飛び込んでこれたのだろう。

まあ、学園都市は色々と奇妙な街だ。
いちいちツッコミを入れていたらそれだけで一生が終わってしまう、と思いなおして、初春は考えない事にした。

物珍しそうに病室内をうろうろとする佐天をぼうっと眺めながら初春は頷く。
元々奇行の多い人物だ。彼女には彼女なりの偉大で崇高な理由があるのだろう。そういう事にしておく。

ひとしきり病室の中の物を触ったあと、佐天はベッドの脇にあるパイプ椅子にどっかと腰を下ろした。

それからじっと初春の顔を見つめ、そして、にへら、と笑った。

「アンタも災難だねぇ。もう少し大通りでぶっ倒れればすぐに救急車でもなんでも来れたのに。
 なんでわざわざ人通りのないところを選ぶかなあ」

「私だって好き好んでそんなところでひっくり返ったわけじゃありませんし」

口を尖らせて反論すると、佐天はうんうんと納得した様子で頷き、

「しっかしアンタ、こんな時間まで何してたのさ。お外はこんなに真っ暗だよん?」

問われ、

「………………」

何故、だっただろうか。

どうしてだか初春にはその事が思い出せなかっ
168 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/21(木) 22:19:43.64 ID:A8Mu9LMo
「………………ええと」

何故、だっただろうか。

何か大事な用があって、それで、あんな時間に。

誰かを。

「友達に」

――そうだ。

「友達に、会ってたんです」

頷き、初春は笑った。

「たまたま久し振りにばったり遭遇しちゃって、それでファミレスでついつい話し込んでたんですよ」

「へぇ。よく店員に蹴り出されなかったね」

――――そういえばそうだ。

でもまあ、あの時間の店員だ。
大学生のアルバイトが大半を占めているのだろう。

彼らにもきっと中学生や高校生や、そんな時に同じような経験をしたことがあって、それを思い出して目を瞑ってくれたのだろう。

そう初春は一人で納得して小さく頷いた。
そんな気を利かせてくれた店員がいるところなら今度から贔屓にしなければ。
169 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/21(木) 22:28:41.22 ID:A8Mu9LMo
けれど。



――――あれ?



初春の思考の海に疑問符が浮かんだ。
それはどうという事はないほど、小さなものだったが、確実に意識の水面に波紋を広がらせて。



――――どこのファミレスだっけ――?



何故か、記憶の中のそのページだけが掠れたような、どうにも上手く思い出すことができない様子だった。

他にもいくらか同じように思い出せない事があるのだが、そもそもそれが何かという事まで思い出せないのだから手のつけようがなかった。

この年で認知症にでもなったのだろうか……?

いや、きっと倒れた拍子に頭でも打ったかして、記憶が混乱しているだけなのだ。

そのうち何が思い出せなかったかすらも忘れてしまうほど、どうでもいい事で。

……まあいいや。

どうせ、普段は近付かないような区域の店だ。わざわざ遠出してまで利用する必要はない。
それに学園都市中に点在するチェーン店だ。どこの店でもさほど変わりはないだろう。

そんな風にして初春は再び納得する。

170 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/21(木) 23:00:44.66 ID:A8Mu9LMo
「――――初春?」

佐天の声に初春は、はっと顔を上げる。

見れば佐天がベッドの上に乗り出して初春の顔を心配そうに覗きこんでいた。

「どうしたの? 気分でも悪い? お医者さん、呼ぼうか?」

「あ、いえ。大丈夫です。……ちょっと頭が痛くなっただけですから」

そう初春はこの友人を心配させまいと薄ら笑みを浮かべてみせた。

それからしばらく、気拙い沈黙が続く。

初春は終始何故か呆とした様子で所在なさげにふらふらと視線を動かしていた。

かっ、かっ、とアナログ時計の秒針が小さく立てる音だけが病室の空気を震わせていた。

「…………あの」

「…………ねぇ」

声が重なり、さらに気拙くなった。

「えと、佐天さんからどうぞ」

「いや私はいいよ。ほら、初春から。病人だし」

それとこれとは全く関係ないのではないだろうかなどと感じながら、初春はどうせこのまま不毛な争いが続いてはと折れる事にした。

「じゃあ、あの、佐天さん」

「なんだい初春クン」

茶化して偉ぶって言う佐天の様子が可笑しくて、何故だか少し救われたような気がしたけれど。

初春は、頭のどこかで猛烈な気持ち悪さを覚えながらもその言葉を口にした。





「――――御坂さんの事、知ってます?」
171 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/21(木) 23:16:55.64 ID:A8Mu9LMo
「へー。御坂さんが、ねー」

一通りの事を話した後、佐天はうむうむと大仰に頷いて、妙に納得した様子でそう言った。

「あれ。驚かないんですか佐天さん」

反応を見る限り既に知っていた、という事もなさそうだが。
そう思い尋ねてみると佐天はあっけらかんとした口調で。

「いやまあ、なんか前からそんな感じはしてたでしょ」

同意を求められても困る。

「好きな人がいるっていうのはなんとなく……ふいんき? で分かってたし。
 いいねぇ恋する乙女って感じで。ちくしょー私も恋してー!」

だからといって駆け落ちモドキはどうかと思うが、と初春は頬を掻いた。

それから、ふと思い立って。

「…………佐天さんは」

んー? と何故か疲れたような顔を向ける佐天に、初春は尋ねた。

「好きな人、いないんですか?」
172 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/21(木) 23:36:43.15 ID:A8Mu9LMo
「――――いるよ」

弱く笑み、そう答えた佐天。

予想外の返答に初春は面食らった。

……そして。

「私ゃ初春が大好きだーっ!」

飛びつかれ、抱き締められ、目を回しそうになりながらも初春は腰をくすぐってくる指を掴み、なんとか引き剥がした。

「病人に何するんですか!?」

「私をこんな風にさせるなんて……初春ってば罪なオ・ン・ナ」

私の所為なんですか……と初春は重く溜め息を吐いた。

「で、初春は?」

「…………はひっ!?」

予想外の質問に、初春は思わず裏返った悲鳴を上げた。

なんとなく発した質問がまさか自分に返ってくるとは思わなかった。

「……もしかして今日一緒にいた相手って、男の子だったりする訳ー?」

「ちちち違いますよ!?」

「そのやけに慌てるところが怪しいにゃーん」

「誤解ですー!?」

「むー……なんだいつまらない」

けっ、と佐天は悪ぶって唾を吐き捨てるような仕草をして、それから少し落ち込んだような顔をした。
173 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/21(木) 23:43:14.75 ID:A8Mu9LMo
「どうしたんですか?」

「んー……初春ってば純だからさー。おねーさんその辺が心配で心配で」

「……、……」

この能天気な友人は、初春が常駐する世界で飛び交う罵詈雑言の存在を知らないらしい。

確かに、初春には生まれてこの方そういう手の浮いた話はない。

けれど、少なくとも今はそれでいいと思う。

第一、大切な相手は少なければ少ないほど守りやすいのだ。

ある意味寂しいとも思うが、それでも恵まれているのだろう。
そういう相手がいるという事が。

まあ、今のところそんな相手なんて、それこそ佐天や――――。



――――ずきり、



「っ――」

左側頭部に鋭い疼痛を覚え、思わずこめかみを押さえた。
174 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/22(金) 00:07:53.46 ID:tXW2A8Yo
「……ほんと大丈夫?」

「ええ、ちょっと、寝不足だったのもありますし」

そんな生返事を返して、初春は力なく笑いかけた。

それからしばらく、また無言が続き。

「……そんでさ。初春」

佐天は妙に真面目な顔になって初春に向き直った。

「本当にオトコじゃないの?」

「だから違いますってー! 女の子ですー!!」

頬を膨らませ、初春は佐天を両手で小突く。

ぎゃいぎゃいと、ムキになって否定する振りをしながら、初春は顔を綻ばせ。



――――あれ、



その両手が、ゆっくりと、力を失いベッドの上に落ちて、初春は俯く。

ずきり、また疼痛が走る。



――――なんて名前だっけ。
175 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/22(金) 00:24:11.66 ID:tXW2A8Yo
どうしてだか、今日話していた相手の名前が思い出せない。

それどころか顔も、声も、喋り方も、どこの学校なのかも、どうにも朧気で。

まるで記憶に靄がかかったように曖昧模糊としていた。

その事を佐天に言えば。

「…………はぁ?」

案の定怪訝な顔をされた。

「うーん……まあたまにあるよね。私もたまに初春の名前忘れるし」

「それはいくらなんでもあんまりだと思いますよ佐天さん」

全力で作り笑いを浮かべながら、しかし作っている事を隠そうとはせずに初春は右手で佐天の肩を掴んだ。

「痛っ! 痛いっ!? あれー初春ってば結構握力あったりするー!?」

そんな佐天の声を意図的に無視して、初春は額に左の人差し指を当てながらうんうんと唸り思い出そうとして。

――どこかでそれに嫌悪感というのも生温いような吐き気を催す最悪を覚えながら、

「…………あ、」

ふっ、とその名が浮かんだ。

「鈴科百合子」

そういう名前だった。と思う。
176 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/22(金) 00:38:24.87 ID:tXW2A8Yo
「百合っ!? 何それやっぱり私の初春の危険が危ないー!?」

「お願いですから日本語喋ってください」

右手に力を入れると、小さく呻いた後大人しくなった。

「佐天さん。どうしてそんなに気にするんですか」

しばらく彼女は無言のままじたばたと両手を振っていたが、ふと動きを止め初春を向いて。

「んー……なんだろうね。気になるじゃん」

うん、と小さく頷き。

「初春の友達なんだもん。どんな人だろうなーって」

「……、……」

その返答に、初春はどうにも毒気を抜かれてしまって、仕方ないなといった様子で小さく息を吐いた。

「いい人ですよ。ええ」

頷き、初春はにっこりと笑いかけた。
177 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/22(金) 00:47:01.09 ID:tXW2A8Yo
「……あのさ初春」

「はい?」

「その百合なんとかさんに……連絡した? ぶっ倒れたって」

「………………あ」

そうだ。

佐天には真っ先に連絡したのに、他の人の事はまったく考えていなかった。

ついさっきまで(といっても数時間前だが)一緒にいた相手なのだ。
それに、もしかしたら後で電話か何かする約束だったかもしれない。――はっきりと覚えていないが。

そう思って慌てて携帯電話を取り出し、そういえば院内はこの手の機器は禁止だっけと思い直すが、
部屋の片隅に電子機器を使用可能な病室である事を示すプレートがかかっていたので遠慮なくアドレス帳を開く。

そこから、電話をするにはもう遅いしメールにしておこうか、などと考えながら。

「――――――あれ?」
178 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/22(金) 01:05:22.58 ID:tXW2A8Yo

・固法 美偉      ↑
・婚后 光子
・柵川中学
・佐天 涙子
・じゃっじめんと177
・鈴山高校
・高崎大学       ↓
179 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/22(金) 01:19:45.01 ID:tXW2A8Yo
――番号もメールアドレスも、聞き忘れてたかな。

初春は携帯の画面を呆然と眺めながら、そこにない名前を探していた。

――まあいいか。

唐突に、大して重要ではない事のように思えて、初春は携帯を仕舞った。

「…………初春?」

呼ばれ、びくりと肩を震わせ振り向いた。

「どうしたの。顔……真っ青だよ」

言われて、気付く。

握り締めた手の内はべっとりと濡れ、そうでなくても体中から嫌な汗が噴出し、どうしようもないほどの寒気を感じる。

実際のところ、室温は低くはない。
だからこれは、初春の精神的なものだ。

そう理解してはいるものの体が震えて仕方がなかった。

凍える体を暖めるように自らを抱き締め、初春は泣きそうになった。

耳元で誰かが心配そうに自分の名を叫んでいた。

「初春! ねえ初春どうしたの!?」

「――――――、です」

小さく、ほとんど無意識のまま呟き、ようやく自覚した。





「何か凄く大切な事を忘れてる気がするんです――――」





けれど、それが何かが分からないのだ。

そう初春は呟いた。
180 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/22(金) 01:29:19.16 ID:lTgxTASO
黒子のアドレスがない…か…
181 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/22(金) 01:37:39.47 ID:tXW2A8Yo
「やっぱり、私お医者さん呼んでくるよ!」

まるで人形のように表情を失い俯く初春を見て青ざめ、佐天は慌てて病室から飛び出した。

真夜中だというのに憚らず、大きな足音を立てて扉まで駆け寄り。



がぢゃっ――!



と鈍い音を立て扉を開いた。

しん――と耳鳴りがするような静寂。

真っ暗な廊下は静まり返り、どこかで何かの機械が駆動する音だろうか、ぶぅぅん、という虫の羽音に似た煩わしい振動を反響させていた。

夜の病院。

嫌な予感と気配と、そして背後の友人の真っ青な顔を思い出して、思わず佐天は身震いする。

いくらここが人の英知と科学の結晶である学園都市だからといって、そういう『何か』の気配はそこかしこに点在する。

深夜、人気のない病院などというのは典型ではなかろうか。



――――ごくり、



思わず唾を嚥下した喉が大きな音を立てた。
182 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/22(金) 01:49:46.40 ID:tXW2A8Yo
だが。

同時に、張り付いたような無表情の奥に見えた、彼女の今にも泣き出しそうな瞳を思い出し。

ぎゅっ、と両手を握り、佐天は廊下へ踏み出した。



かつっ――――、



靴底がリノリウムの床を叩く。

乾いた音が四角く狭い通路に反響し、その奥にある闇を嫌が応にも実感させる。

緑色の避難口誘導灯のやけに人工的な光に照らされた廊下は、まるで異次元にでも迷い込んだかに思え、

「――――――あ、れ?」

僅かな違和感。

不気味で、怖くて、気持ち悪くて、肌寒くて、仕方がないというのに。

その違和感は、まともに考えれば最悪でしかないはずなのに。

どうしてだろうか。





今自分の立つ病室の前に、ついさっきまで、それこそ佐天が戸を開け放つ瞬間まで立っていたであろう生々しい人の気配が足元から伝わってくる。

だというのに。



なのに、なぜかまったく恐怖は感じず、それどころかどこか安堵さえして。
183 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/22(金) 02:00:58.57 ID:tXW2A8Yo
かたん、とどこか遠くで物音がして、佐天は我に返る。

「――――――、」

感じた気配は一瞬で、ひんやりとした廊下の空気に押し流されたのか、もはや無機質な冷たさしか踏んだ床は返してこなかった。

左右を思わずきょろきょろと見回すが、廊下は相変わらずぽっかりと闇を広げるだけだった。

緑の病的な、どこか生理的嫌悪感を感じさせるような気持ち悪い人口の光に薄ら寒さを覚える。

淡い緑に照らされた通路の奥がどうにも恐ろしいどこか別の場所への入り口に見えた。

だが。

「――――うん」

小さく頷く。



――誰かの暖かい手で、優しく背を押された気がした。



「――――うん」

もう一度、小さく、確かに頷き。

佐天は迷うことなく走りだした。



――――――――――――――――――――
184 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/22(金) 02:22:09.97 ID:tXW2A8Yo
雨脚は弱まり、しかし風が出てきた深夜。

病院の駐車場は人気はなく、雨垂れだけがぱらぱらとその音を奏でていた。

病院の壁面から僅かに伸びる電線のようなものに、風が正面から当たり、ひうひうとどこか物悲しい悲鳴のような音を立てていた。

そんな雨と風の音に紛れるようにして。

――――ぱしゃり、

と、水溜りを叩く音が響いた。

強い風に長い髪を嬲られながら、横顔に細かい雨粒をばらばらとぶつけながら、彼女はその無人の駐車場に立っていた。

空ろな瞳は駐車場を照らす街灯を弱々しく跳ね返し、あっという間に濡れてしまった頬は蝋人形のように真っ白だった。

そこに、傘を差し出される。

真っ黒な、どこか時代遅れを感じさせる蝙蝠傘。

それを握る手は、彼女と同じ色のブレザーに包まれていた。

「………………風邪を……引くわ」

「……放っておいてくださいまし」

ゆらり、と幽鬼のように白井は顔を上げた。

「そもそもその傘は、あの方のものでしょう。わたくしにはどうかお構いなく」

「そうもいかねえだろ。オマエに風邪ひかれちゃ――御坂が怖い」

困ったように頭を掻く、ツンツンと尖ったような特徴的な髪型の少年。

「お優しいんですのね、あなたは」

ふっ、と幽かに笑みを浮かべる白井に、肩を竦めた。
185 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/22(金) 02:34:50.29 ID:tXW2A8Yo
「そんな大層なものじゃねえよ。単に、それっぽい事をしてるだけだ」

苦笑する少年に、白井は頭を振った。

「いいえ。それでも、そう言ってくださるのは、少しだけ……ええ、ほんの少しですけど」

その先を紡ぐ事はせず、頷いて、白井は空を見上げた。

真っ黒の、無明の闇から降り注ぐ雨粒は、風に煽られて斜めに吹き荒び、その身を照らされて宙に白く無数の線を描いていた。

分厚い雲に覆われて、月も星も、見えない。

ただ無数の流星のように雨粒が黒天を横切った。

……それを。さらに黒いものが遮った。



「……風邪を……引くわ」



「――――――!」

その、耳に心地よいはずの声色に、視界が真っ白に染まった気がした。
186 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/22(金) 02:44:16.40 ID:tXW2A8Yo
かしゃ、と傘の爪が舗装された地面を引っかき、乾いた音を立てた。

そのまま開かれた懐に風を抱き込んだそれは、かしゃ、かしゃ、と音を立て弾むようにして横滑りに飛んでゆく。

こっ、と足に当たり、跳ね上がったそれを掴み、彼は本来そうである通りに傘を差した。

それから、傘の飛んできた方を見遣り。

「………………」

雨に濡れる二人の少女。

ひうひうと吹く風に、その特徴的な二筋に結われた髪が靡く。

雨風にその身を晒すのを躊躇う素振りもせず、二者は向かい合っていた。

――いや、その表現は正しくない。

身長差があるにも関わらず、白井はその手で胸倉を掴み上げていた。

「――――――ねえ、」

首が圧迫されているであろうに、彼女は一切苦しむ様子もなく、睥睨するようにして感情のない視線を白井に向けていた。

それが気に食わなかったのか、白井は手首を捻るようにしてさらに力を加え、

ぶっ、とブラウスのボタンが弾け飛んだ。

「お願いですから――あなた、わたくしに声をかけないでいただけます?」
187 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/22(金) 02:57:23.63 ID:tXW2A8Yo
ともすれば殺意を感じさせる視線で、白井は見知った顔を見上げる。

……こうするにも、どうしようもなく最悪に吐き気と罪悪感を感じるというのに。

けれど心の中では真っ黒な、熱して溶けたコールタールのようなどろどろとした気持ち悪いものが渦を巻いていて仕方がなかった。

だがそれを白井は許容し、納得した。

……これを選んだのは、他でもない自分だ。

だが、『これ』は耐え難い。

自分の敬愛し、信奉してやまない少女、御坂美琴。

なればこそ白井は最悪なまでの吐き気を催す以外なかった。

「ええ、そうです。そうですとも」

頷き、空ろな目を彼女に向ける。

「わたくし、あなたが意識の端にいるのですら我慢できませんのに」

ご理解いただけまして、と極力優しい声色で、かくりと首を傾げながら白井は尋ねる。

そんな、正気の沙汰とも思えぬ言動に、彼女は。

「――――ええ。分かった、わ」

どこか機械的に、無機質に頷くのだった。
188 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/22(金) 03:04:48.45 ID:BYaNh1co
状況がつかみにくい
189 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/22(金) 03:16:30.20 ID:tXW2A8Yo
「…………あんな状態で大丈夫なの、白井ちゃん」

そう、背後から声をかけられ、少年は傘の向こうにいるであろう人物を見ようともせず答えた。

「そんな事にまで俺は責任持てねえよ。心配なら仲裁してくれ。俺だって、あんな絵面見たくねえんだ」

「冗談。下手に刺激して逆鱗に触れたら大事」

もしかしてこの状況を面白がっているのではないのだろうか、などと勘ぐるが、思い直し。

「そう思うなら自分が止めれば?」

……言われ、もっともだと頷いて、二人に歩み寄った。

二人は顔も、髪も、服も、雨にぐっしょりと濡れ、肌は真っ白に冷えていた。

そこに傘を差し出す。

「………………」

そんな彼を見て、白井はばつが悪そうに顔を背け、手を離した。

とたん、力が抜けたのか彼女は崩れるようにへたり込んだ。

そんな彼女の肩を抱き、心配そうに、彼は言う。



「大丈夫か――――御坂」



「…………ええ。大丈夫」

そう、力なく彼女は頷いた。
190 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/22(金) 03:17:51.76 ID:tXW2A8Yo
――――――――――――――――――――
191 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/22(金) 03:27:30.97 ID:tXW2A8Yo
序幕

『さがしもの』

Closed.

――――――――――――――――――――
192 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga !red_res]:2010/10/22(金) 03:31:13.18 ID:tXW2A8Yo
――そうして、ようやくこの最低な茶番劇の幕が上がる。
193 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/22(金) 03:36:28.62 ID:tXW2A8Yo

故に、ここから先は悉く地獄の底まで一方通行で。


         ヒ ー ロ ー
だからこそ、幻想殺しの少年は登場しない。
194 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga !red_res]:2010/10/22(金) 03:38:48.79 ID:tXW2A8Yo


                 グランギニョール
――と あ る 世 界 の 残 酷 歌 劇――


195 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/22(金) 03:42:32.69 ID:tXW2A8Yo
大変長らくお待たせ致しました。

それでは、これより開幕で御座います。

何方様もゆるりと御歓談の上お楽しみ下さい。
196 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga !red_res]:2010/10/22(金) 03:45:06.07 ID:tXW2A8Yo
ビーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
197 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/22(金) 03:46:25.65 ID:tXW2A8Yo
――――――――――――――――――――

            第一幕

            『ゆめ』

――――――――――――――――――――
198 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/22(金) 03:53:39.66 ID:yCz.11Ao
というところで、時間切れ
思ったより序幕が長引いてしまったため、ようやく本編です

疑問符が頭の上に浮いている方も多いでしょうが、ここから少しずつ、種明かしをしていく予定になっています

では続きはまた明日
199 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/22(金) 06:14:26.07 ID:QDlV7G60
>>1
乙ですやばいこれ全く先が読めない
200 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/22(金) 08:37:37.71 ID:Enw0jEAO
売店のポップコーンって高いよね
201 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/22(金) 10:28:03.70 ID:w2bsgEI0
>>1
マジでヤバイなどきどきする…これは……恋!?

じゃなくて百合子とか一方さんとかどうなってんだか気になりすぎてたまらん
正座して待ってます
202 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/22(金) 12:48:49.06 ID:q0ZIoMYo
謎が散りばめられ過ぎてて今後どう明かされてくかがすげぇ楽しみだ・・・!
203 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/22(金) 19:58:17.12 ID:ZyrrMIIo
この風呂敷を畳むのは大変だぞ・・・
204 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/22(金) 20:53:35.27 ID:tXW2A8Yo
信号が赤を示し、浜面はブレーキを踏んだ。

緩やかに速度を落とし、ミニバンは停止線ぎりぎりでその足を止めた。

ハンドルを握る右手の人差し指を、とん、とん、と打ちつけながら浜面はゆっくりと左右を見回した。

休日の雑踏は相変わらずの平和で、それがなおさらに苛立ちを助長させる。

「………………」

無言。

辺りは能天気な顔を乗せた人ごみで溢れ、それを流し読みするように観察しながら浜面は小さく溜め息を吐いた。

助手席には何が可笑しいのか、軽薄な笑みを浮かべた垣根が座っている。

それを横目でしばらく見つめていたが、その顔が余計に癇に障って、視線を逸らした。

――何の因果でコイツとドライブと洒落込む羽目になったのか。

嘆いても仕方ない。言い出したのは自分なのだから。

ラジオに合わせ流行のJ-POPを口ずさむ垣根に顔を顰め、浜面はもう一度重々しく嘆息した。
205 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/22(金) 21:05:37.87 ID:tXW2A8Yo
どうせ助手席に乗せるなら滝壺がよかった。

昨夜の雨は上がり、まだ薄曇の空だが、長閑な休日だ。

日和とは言い難いがドライブにもまあ悪くない。

手製の弁当などを持参したりして、町外れにある自然公園にでも遊山に出るのもいいだろう。

が、隣に座るのは愛しい少女ではなく、それどころか忌々しいほどご機嫌な様子で鼻歌を垂れ流す超能力者の少年だ。

今や学園都市の頂点に君臨する『第一位』、垣根帝督。

そんなに歌いたきゃカラオケにでも行けよ、と心中毒づきながら、浜面は意識して彼を知覚から追い出した。

どうせならもっと楽しい事を考えよう。

そう思って、薄く目を閉じた。
206 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/22(金) 21:16:10.19 ID:tXW2A8Yo
真っ先に浮かぶのは、矢張り滝壺だった。

いつもどこか眠そうな目の、ふわふわとした雰囲気の少女。

先週の一件で、何故だか浜面は彼女にいたく気に入られていた。

あの大混乱の中を、浜面はなんとかしようと必死だった。

思えば最初はただの自己満足に過ぎなかったかもしれない。

浜面に張られた『無能力者』というラベル。

心の奥深くで苛み続ける選別の札。

その不名誉な称号は浜面にとって重々しく圧し掛かり、コンプレックスというにも生易しいものになっていた。

それをどうにかして返上しようと、自分では遠く及ばない高位能力者の闊歩する戦場で、無我夢中に立ち回っていた。

どこをどう走り回ったのか、何をしていたのかさえ朧気だった。

けれど気付いた時には、どうしようもない最悪が目の前に立ち塞がっていた。

圧倒的な力を背に、悠然と立つ少年。垣根帝督が。
207 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/22(金) 21:29:07.56 ID:tXW2A8Yo
学園都市の最高峰に君臨する七人の超能力者。

その一角に座す『未元物質』。

その対極に位置する彼に、浜面仕上などという凡俗にも程がある少年では逆立ちしたって敵いっこないはずだった。

どころか、二三〇万いるこの街の住人のどれだけが彼に刃を向けることが叶うだろうか。

多くは垣根の眉一つ動かす事すら能わず、有象無象の塵芥のように吹き飛ばされるだけだろう。

それを、浜面自身理解していた。

クソつまらない人生だったがここで終了か、と諦めた。

だというのに。

大能力者の少女は、無能力者の少年のために、超能力者の少年の前に立ち塞がったのだ。

こんな何一つ取り柄の無い、路傍の石でしかない無能力者のために。

敵うはずのない相手の前に、何の躊躇も逡巡もなく、滝壺理后は立ち塞がったのだった。
208 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/22(金) 21:50:07.83 ID:tXW2A8Yo
――パァーッ!

クラクションの音に我に返る。

見れば信号は青を指していて、浜面は慌ててアクセルを踏んだ。

若干の急加速を伴って車は発進する。

「どうした? 上の空じゃねぇか」

ニヤニヤと、垣根は頬杖を突いた顔をこちらに向けてくる。

「滝壺の事でも考えてたのかよ」

図星だ。

だがそれに答えるのも嫌で、浜面は努めて垣根の視線を無視した。

ましてや、まさかそこで「オマエの事を考えてたんだよ」などと言えるはずもない。

「いいねぇ青春だねぇ」

からからと笑うその声が浜面の神経を逆撫でして、より一層に苛立たせるのだった。
209 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/22(金) 22:13:49.66 ID:/bgesj.0
C
210 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/22(金) 22:25:11.58 ID:tXW2A8Yo
はぁ、と何度目になるか分からない溜め息を吐き、浜面は再び滝壺の事を考える。

あの日を境に、半ばなし崩し的に浜面は滝壺と付き合う事になった。

しかし本来そこにあるであろうプロセスを踏んでいない。

その事に若干の居心地の悪さと罪悪感を感じながらも、浜面は滝壺にキスをする。

きっとこれは逃避に等しい。

この最低な地獄の中で出会った少女に逃げているだけなのだ。

そう考えると、もしかするとそれは誰でもよかったのかという疑問が湧く。

その答えは浜面自身にも分からない。
そうかもしれないし、そうでないかもしれない。

だから浜面はその免罪符を得るように、ひたすらに滝壺の味方であろうと決めた。

何があっても、それこそ世界が終わっても。

たとえこれが後付の理由であっても、自慰的な偽善でしかなくても。

あの時自分を守ろうと小さな両手を一杯に広げてくれた少女の味方であり続けよう。

そう、決めたのだ。
211 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/22(金) 22:43:41.98 ID:oG.cy8E0
支援
212 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/22(金) 23:00:10.44 ID:tXW2A8Yo
だからこそ浜面は、こうして垣根とのドライブに甘んじている。

失踪した御坂美琴らの捜索。

幸か不幸か、浜面がまだ『アイテム』と出会っていなかった時分、彼女らは件の超電磁砲と一度相見えた事があるらしい。

それは単にお互いの顔を、声を知っているという事では終わらない。

接触し、交戦した折に、一つのフラグが立った。



即ち、滝壺の能力『能力追跡』の対象として記録した事。



いくら御坂が行方不明だろうがその身を隠していようが、そんな事はお構いなしにすぐさまその居場所を白日の下に曝け出してしまう、
けれど言い換えればそれしか能のない強力無比な能力。

昨晩、御坂美琴の行方を捜索する事が確定した瞬間、滝壺はポケットからあのシャーペンの芯を入れるケースのようにも見えるそれを取り出した。

そして一言。

「使う?」

そう、誰にともなく尋ねた。
213 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/22(金) 23:14:17.23 ID:tXW2A8Yo
――『体晶』。

そう略語で呼ばれる粉末体は、能力者に投与する事で能動的にその力を暴走させるためのものだ。

どのような理由からそれが開発され、どのような経路からそれが滝壺の手に渡るようになったのか。
そんな事はどうでもいい。それは些細な問題でしかない。

重要なのは、それを使い意図的に暴走させなければ彼女の能力追跡は発動しないという事だ。

一週間前、浜面の目の前でそれを摂取した彼女がどうなったのか。脳裏に鮮明に焼きついていた。

それはいわば車のエンジンがかからないからという理由でニトロを爆発させるようなものだ。


     エンジン      ニトロ
そして、滝壺理后は何度も体晶に耐えられるほど頑丈ではなかった。



誰に説明されるでもなく、浜面は直感としてそれを誰よりも理解していた。

あと数度、片手の指で数えるのに足るほどの回数だろう。

明確な残された回数も、全てが終わってしまう確率も分からない。

だからこそ、分の悪いロシアンルーレットなどに頼る事などできなかった。

――要するに俺が滝壺の代わりに見つければいいんだろ。

なんとか口八丁で場を収め、他の誰でもない、滝壺を説得した頃には日付が変わろうとしていた。

そうしてなんとか期限付きの――明確な期間などない、主に麦野の機嫌次第で打ち切られる執行猶予を頂戴して、
浜面はこうして当て所なく車を走らせている。
214 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/22(金) 23:30:39.74 ID:tXW2A8Yo
「それで。勝算はあるのかよ」

一体何が可笑しいのか。
隣の垣根はくつくつと零れる笑い声を隠そうともせずそう尋ねた。

垣根の言うももっともだ。相手は超能力者に空間移動能力者、暗部の人間が三人に、そして正体不明が一人。

口にしてみれば数は多く、けれどこの街の人口はそれを隠して余りある。
そして誰も彼もが一筋縄ではいきそうにない輩ばかりだった。

そもそもが、だ。この徹底した情報管理が確立した都市で、姿を隠し逃げおおせているというだけで異常なのだ。

それをたった一人で探し当てようなど無謀もいいところだ。

だが、彼には彼なりの手段があった。
                      デジタル        アナログ
「昔馴染みにいくらか根回ししてる。滞空回線が駄目なら人海戦術だろ」

へぇ、と感心したのか、垣根はまたいやに癇に障る笑みを浮かべた。

まさかここになってまで、無能力者のごろつきどもを名前だけとはいえ束ねていた事が役に立つとは思わなかった。

ほんの数人の、信頼できる相手を経由して町中のそういう手合いに指示を出している。
その網に引っかかれば、すぐさま浜面の元へと連絡が飛んでくる手筈だった。
215 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/22(金) 23:47:18.25 ID:tXW2A8Yo
けれど、彼らが意図して姿を隠しているのならばそう簡単に見つかるはずもない。
まして無能力者の、それも底辺に位置するような連中を相手にだ。

所詮気休めの、滝壺に体晶を使わせない理由にするためだけの言い訳でしかない。
それを自覚しつつも浜面は簡単に見つかってしまう事を祈った。

そしてそれに胡坐をかいて悠々と待っている事などできるはずもなく、こうして浜面は休日の雑踏の中にいる。

道は混み、すぐ傍でそんな必死の思いをしている少年がいる事など分かるはずもない連中で溢れている。

その事が余計に浜面を苛立たせ、相変わらず指は執拗にハンドルを叩いていた。

「本当、愛されてるな。まったく、こっちのカノジョさんにも、少しは振りだけでもいいからしてもらいたいぜ」

きっと、そういう浜面の無駄な努力を面白がっているのだろう。
助手席の垣根はさっきから上機嫌で、無視しようとしても浜面に話しかけてくる。

「俺にも教えてくれよ。その執着のコツはなんだい?」

「劣等感だよ、超能力者。オマエにそれが分かるとは思えねえな」

吐き捨てるように、返答した。
216 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/23(土) 00:02:00.97 ID:zQWAUbMo
「無能力者の気持ちなんてオマエには分かるとは思えねえよ。分かってもらおうとも思わねえけどよ」

「確かに。分かりっこないな。俺は間違いなく超能力者なんだからよ」

にやにやと、まるで童話に出てくる狂った哄笑を向ける猫のように垣根は笑った。

「でもまぁ、そう言うなよ。俺だって俺なりにオマエら無能力者の事も考えてるんだぜ」

「ぬかせ。オマエはそんな事はどうでもよくて、その証拠にアレイスターにご執心じゃねえか。そうだろう、『第一位』」

俺も嫌われたな、と芝居がかった仕草で大仰に嘆き、垣根は窓を開けた。

途端、冷たい外気と雑踏の喧騒が車内に流れ込んでくる。

「吸うか?」

口の端にタバコを咥え、懐から取り出した、少し潰れたパッケージを差し出す。

「…………」

飛び出したそれを無言で抜き取り、浜面は同じように口に咥えた。

横合いから伸びたライターの口をちらりと見遣り、小さく頷くと、ゴォッと圧縮されたガスと噴出する火の音がして、蒼い炎が先端を焦がした。
217 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/23(土) 00:14:27.40 ID:zQWAUbMo
唇に挟んだフィルターから息を吸い込むと、尖った味の気体が口内に進入してくる。
内臓をもはや毒でしかないものに汚される事を自覚しながら肺で煙を転がし、ふーっ、と吐き出した。

「……エリート様がそんな不良みたいな真似していいのかよ」

「何、ただの格好付けだよ。ファッションさ」

色々としねぇと舐められて困るのさ、と垣根は嘯いた。

「それはオマエも同じだろ? 所詮強がってみせねぇとやってらんねぇんだよ」

灰を窓の外に零しながら、垣根はやっぱり猫のような印象を受ける嫌らしい笑みを浜面に向けた。

「オマエ、マナー最悪だな。喫煙者の風上にも置けねえ」

「言うなよ、未成年者」

お堅い警備員サマが飛んでくるんだよ、と小さくごちて、浜面はちくちくと痛む喉に顔を顰めた。

そして、しばらく無言のまま、車内には小さく葉の焦げる音と煙と流れ込む喧騒とが充満し。

「…………本当だぞ。俺こそ、オマエら無能力者の事を考えてんだ」

小さく、呻くように垣根は呟いた。
218 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/23(土) 00:31:32.32 ID:zQWAUbMo
「まだ続いてたのかよ、それ」

意識をタバコの味に集中させながら浜面は投げ遣りに返事をした。

「少しくらいいいじゃねぇか。他にする事もねぇんだしよ。語らせてくれよ」

「探せよ役立たず」

そう言われ少し傷付いたのか、垣根はうっと苦い顔をして、溜め息と共に煙を吐き出した。

「…………言ってみればアレイスターは手段の一つでしかねぇ。
 残念ながら他に上手い方法が思いつかなかったから……いや、どうしてもアイツが、アイツの『プラン』が阻んだからソイツを潰そうってんだよ」

「懺悔なら告解室でやってくれ。俺は神父様じゃねえよ」

「俺は本当は、アレイスターなんてどうでもいいんだ」

無視かよ、と声にせず口の中だけで吐き捨て、それを誤魔化すようにタバコの煙を吐いた。

半ばなし崩しに諦めて、浜面は垣根の言う事に口を挟むのを止めた。
219 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/23(土) 00:32:45.05 ID:d3hcX.o0
期待支援
220 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/23(土) 00:42:06.89 ID:zQWAUbMo
……けれどそう思った途端に垣根は静かになり、その事がさらに浜面の苛立ちを助長する。

とん、とん、とハンドルを叩く指は止まらない。
口に咥えたタバコの先端には灰が伸び、今にも落ちそうな様子で頭を垂れていた。

左手で操作してセンターに備え付けられた灰皿を飛び出させ、タバコを指で挟み、ゆっくりと灰皿に伸ばす。

とん、と灰皿の縁にタバコの腹が当たると同時、灰がぼろりと落下して、



「俺は、超能力なんて下らねぇもんでラベルを貼られるのが――」



消え入りそうな小さな声が聞こえた。

「……、……」

その意味を量りかねて、浜面は助手席に座る垣根を見遣る。

そこに座る彼は、どこか呆然と窓の向こうのどこか遠くを見ていた。

何か見てはいけないものを見てしまったような気がして浜面は慌てて視線を前方へと戻す。
相変わらず道は混んでいて、前を走る空色の軽自動車が交差点を曲がろうとウィンカーを点滅させていた。

慌てて浜面はブレーキペダルを踏み、緩やかにスピードを落とした。
221 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/23(土) 00:53:41.88 ID:zQWAUbMo
もしかしたら、垣根は浜面の持つ印象ほど悪意に塗れた人物ではないのかもしれない。

この最悪な地獄にいるのだから、きっとそれに相応しい何かしらの条件を満たしてはいるのだろうが。
けれど『未元物質』というそのラベルを抜きにした、垣根帝督という一人の少年は、もしかするとどこにでもいる凡百な少年だったのかもしれない。

『未元物質』というラベルがあるからこそ、彼はここにいるのであって。

そうでない彼は、きっとこの雑踏の中のただの一人だったのだろうか。

……この世に『もしも』は存在しない以上、いくら考えても詮無い事だが。

けれどそう思うと、少しだけ浜面の苛立ちは和らいだ気がした。

だからだろうか。

浜面は横の少年に何か言葉をかけてやりたくなって。



――――かち、

小さく何かが音を立てた。



少しだけ何を言うべきなのか迷って。

でもどうせ、口を開けば愚にもつかない悪態でも出てくるだろうと思って。



――――がちゃり、

先程よりは幾分か大きな音が確かに響き。



「なあ垣根――――」

見れば、車の左前の扉は開け放たれ、その向こうにはぼやけるほどの風景が流れ、

「――――おいっ!?」

速度を落としたとはいえ走行中の車から、垣根は浜面に背を向けたまま外へと身を躍らせた。
222 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/23(土) 01:09:20.20 ID:zQWAUbMo
訳が分からなかった。

何か急に投身自殺でもしたくなったか、と一瞬自分でも馬鹿だと思う考えが頭を過ぎるが。

「…………ああっ、くそっ!」

交差点を過ぎ、すぐさま路肩へ横付けすると、浜面はきっちりと停止した車から外へ飛び出した。

とたん、鼻先をトラックがそれなりの速度で過ぎ去って冷や汗を掻く。
慌ててガードレールを飛び越え歩道に降り立ち、浜面は今来た方を振り向き走り出す。

駐車禁止区域には間違いないだろうが、どうせ盗難車だ。
レッカー車に引っ張られていたらまた別のを捕まえればいい。

そんな心配と諦観と妥協を背後の車に投げかけながら、視線は垣根を探していた。

果たして、前方に彼が立っていた。

飛び降りたのだからそれなりの衝撃を伴っただろうが、傷一つ、どころか服に汚れた様子すらなく、垣根は歩道の中心に直立していた。

「テメェ、いきなり何しやがる!?」

駆け寄り、罵声を浴びせる。

しかし垣根はそれにゆっくりと振り向き、無表情めいた静かな面持ちを浜面に向け。

「――――いたぞ」

「……はぁ?」

眉を顰めるが、浜面は垣根が顎で指した先を思わず目で追う。

走行中の車から飛び降りた少年にざわつく雑踏の中。

遠くに、この距離でも確かな存在感を放つ制服が見えた。

「――――御坂、見つけてやったぜ」

小さく、垣根が笑った。



――――――――――――――――――――
223 :1 [sage]:2010/10/23(土) 01:18:23.15 ID:ECFfhRco
微妙な時間だから続き書こうか迷い中……
224 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/23(土) 01:24:50.00 ID:rSbkfPwo
みてます
無理でなければ見たい
225 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/23(土) 01:56:20.72 ID:d3hcX.o0
反対する理由はない、存分にやりたまえ
226 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/23(土) 02:07:30.68 ID:zQWAUbMo
同じ頃。

絹旗は当て所なく雑踏を歩いていた。

昨夜の雨の影響か、灰色の空の下を吹く風は冷たく、そろそろ手袋がいるかなと近くの雑貨屋のショーケースを覗き込んだ。

しかし理由もなくぶらついている訳ではない。

あの日を境に消えた幾人かの足跡がないか、それを捜し歩いていた。

滝壺の能力を使えば御坂の行方は確実に分かるだろうが、浜面が頑なにそれを拒否したために未だその行方は知れていなかった。

大通りの中、どうにも今日は柄の悪い連中が多い気がする人混みを泳ぐようにして絹旗は歩く。

辺りは若者向けの服飾店や小洒落た喫茶店が軒を連ねる一等地だ。

こんな場所にいるはずはないとは思いながらも、絹旗はきょろきょろと辺りを見回す。

一方通行という要を失った『グループ』の連中が何を考えているのかは分からない。

ましてや、御坂美琴という表舞台に立っていたはずの超能力者が姿を眩ませる理由など絹旗には知る由もなかった。

だからだろうか。

もしかしたら、こんな街のど真ん中にいるかもしれない。そう思ったのだ。
227 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/23(土) 02:19:38.95 ID:zQWAUbMo
滝壺の能力を使わせない事については絹旗も概ね賛成だった。

体晶とかいう訳の分からない妙なクスリを使ってまで無理をする事はない。
あれは確実に滝壺の体を蝕むのだ。
少なくともそれを気遣う程度にはまだ彼女には人間らしいまともな感情と思えるものがあった。

しかし、学園都市の暗部という最悪な地獄の果てに身を置く自分がそんな綺麗事を言えるはずもない。

そう思っていた。

だのに彼は、毅然なまでの態度でそれを拒否した。

ある意味それは絹旗に憧憬ともいえる感情を喚起させていた。

諦めにも似た堕落に身を任せかけていた絹旗に、それでも抗おうという意志を湧き起こさせたのだ。

そんな彼に義理立てするつもりは毛頭ないが、少しばかりの協力を以ってしてそれに報いるくらいの事はしてもいいのではないのだろうか。

万に一つも目当ての人物を見つけられる当てなどなかったが、絹旗はそうして一人街を歩く。

……超欺瞞にもいいところですが。

つまるところ、これは贖罪にも似た自慰行為に過ぎない。
滝壺を気遣っているという単なるアピールでしかない。

自分の偽善者振りに吐き気がして、絹旗は小さく嘆息した。
228 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/23(土) 02:42:08.69 ID:zQWAUbMo
店頭で新商品のアピールを喧しく唱える女性を脇目に絹旗は思考する。

御坂美琴という少女についてだ。

他の『アイテム』の面々――つい最近参入した浜面を除いた連中だ――と違って、絹旗は彼女に直接の面識を持っていない。

麦野が彼女と交戦した事については聞いたが、その時どうして彼女がそういう事態に陥る破目になったのか。そこまでは知らない。

もしかすると、今回の失踪にも関係しているのかもしれない。

――調べてみる必要があるかもしれませんね。

そう頭の中のメモ帳に書き記し、絹旗は足を止め辺りを見回す。

街は相変わらずの雑踏に塗れ、どこから湧いて出たのかと思うほどの人で溢れていた。

この中のどこかに件の少女がいるかもしれない。

そう思うと、いつもは気にも留めず木偶人形のようにしか思えない彼らの顔を逐一見てしまう。

一体何が可笑しいのか。彼らは大抵ご機嫌な様子で、その表情は絹旗の気持ちを余計に暗鬱にさせるのだった。
229 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/23(土) 02:59:37.34 ID:zQWAUbMo
はぁ、とまた一つ溜め息を吐き、絹旗は再び歩き出す。

相変わらずの喧騒は絹旗の感情を逆撫でし、何が悲しくてこんな苦行じみた行動を取っているのかと誰かに問い質したくなる。

もはや雑踏の中を歩くという行為そのものが目的になりつつあった。

この針の筵にも似た場所に身を置く事が滝壺への懺悔のようにも思え。

――それこそ苦行じゃありませんか。

行き場をなくした感情をぶつけようと、小石を蹴ろうとして、けれど整備された街にそんなものがあるはずもなく、
絹旗は感情を燻らせながら再び雑踏へと目を向けた。

そして。

「――――――ぃ」

すんでのところで息を止め、けれど目を瞠った。

絹旗の視線の先には。

(なんでこんな所にいるんですか――!)

暢気な笑顔を浮かべ、どうにも優雅な仕草でカップを傾ける海原光貴の姿があった。



――――――――――――――――――――
230 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/23(土) 03:05:48.19 ID:0ov8egAO
これは…どっちだろうか
231 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/23(土) 03:18:55.61 ID:zQWAUbMo
ブーッ、ブーッ、と唐突に身を震わせた携帯電話に浜面はぎくりとする。

一体誰だ。今はそれどころではないというのに。

やり場のない苛立ちを覚えながらも逡巡している間に、垣根はゆっくりと歩き出す。

じゃり、と砂を噛む靴の音がやけに鮮明に聞こえ、浜面は余計に慌てた。

歩みを進める垣根の背と、ポケットで頑なに自己主張する携帯電話とに交互に視線を向け。

――くそっ。

垣根を追いながらポケットからそれを取り出した。

視線を落とし、右手に掴んだ携帯電話の画面を見る。

そこにはメールを受信した事を告げるメッセージが表示されていた。

垣根は浜面に振り返る事もせず、一歩ずつ確実に、少しずつ足を速めて、その距離を詰めてゆく。

手の中の携帯電話に気を取られた浜面は出遅れ、垣根との距離はかなり開いていた。

それに追い縋ろうと足を動かし。

けれどどうしてか、そんな事をする余裕もないはずなのに携帯電話に意識を取られる。

何か、妙な予感が浜面の精神を苛んでいた。

ちら、ちらと携帯電話に視線を向けるたび、垣根との距離は広がってゆく。

「っ――――」

意味のない決意をして、垣根は一挙動でメールボックスを開いた。

即座に新着メールが開き、本文が画面に表示される。

そこには――――。
232 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/23(土) 03:24:20.00 ID:zQWAUbMo
「………………え?」

最初、その文字列の意味するところが理解できなかった。

一瞬、思わず足を止め、呆然と立ち尽くし、そしてはっとなって前方を見る。

そこには雑踏に紛れかけた垣根の背と、その向こうに、あの強烈なまでの存在感を放つ制服が見えた。

再び携帯の画面に目を落とす。

そこには。





「……おい……どういう事だよ」





遠く、第二二学区の地下街で御坂美琴を発見した旨を告げる文章が並んでいた。
233 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/23(土) 03:32:35.80 ID:zQWAUbMo
そして再び、手の中の携帯電話が唸る。

「――――!」

新たにメールを受信した事を告げるポップアップメッセージ。

ボタンを押し、新着メールを表示させる。

そこには同じように、御坂美琴を発見した事を報告する文章。

「ちょっと待て――――」

しかし、少しだけ違った。

GPSの位置情報が添付されたそれが示すのは。

「十八学区――――!?」

そして、再び振動。

新着メール。

振動。

メッセージ。

振動。メール。振動。受信。振動。振動。新着。振動。振動。振動振動振動振動振動――――。

「どう――なってんだ、これは――――」

その悉くが全く異なった場所を示す、『御坂美琴』の目撃を告げるメールが画面いっぱいに溢れた。
234 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/23(土) 03:42:00.92 ID:zQWAUbMo
再び視線を前方へ向ける。

もはや浜面の目には垣根の姿は映っていなかった。

そんな些細な事はどうでもいい。

それよりももっと大事なのは、その先に微かに、



――――『御坂美琴』の後姿。



それが確実な実体を以って存在していた。

立ち尽くす浜面の手はだらりと垂れ下がり、そうしている間にも携帯電話は振動を止める事はない。

ブーッ、ブーッ、ブーッ、ブーッ、

小刻みに震える手の内の小さな機械は、現実を否定するようにがなりたてる。

ブーッ、ブーッ、ブーッ、ブーッ、

白昼夢でも見ているのだろうか。いや、もしかすると精神感応系の能力者に認識を弄られているのかもしれない。

「――――そんなはずがあるか――っ!」

現実を直視しろ浜面仕上。今、己の目には確かに捜し求めていた相手の背が映っている。

そう、そして何より。



彼女の横に並んで歩いているのは、特徴的な、ツンツンとした黒い髪の少年じゃないか――!
235 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/23(土) 03:53:04.55 ID:zQWAUbMo
ぐっ、と足に力を込め、浜面はその後姿を見据える。

手の中の小さな金属と合成樹脂の塊は相変わらずそれを否定するように振動を止めず。

うるさい、と。

握り潰すように拳に力を入れ、浜面は駆け出す。

見えない情報などよりも、確かにこの目で見える事こそが真実だ。

現にこうして、目の前に御坂美琴が、そして――。

――――ふと、手の中の感覚が変わった。

浜面はそれを認識しながらも、意識から外した。

そしてまた、どうにも妙な、そして強烈な予感。

変わったのは振動。

手を伝わる震えも、耳朶を叩くその音も、それが意味する事も。



ブ――――ッ、ブ――――ッ、という、通話の着信を意味する長い振動のサイクル。



それがどうしても無視できず、振り上げた手をそのままに浜面は画面を見た。

そこには、アドレス帳に登録された人物からを示す、相手の名が表示されていた。



『絹旗最愛』、と。
236 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/23(土) 04:04:47.05 ID:zQWAUbMo
ぎり、と思わず歯噛みする。

混乱に混乱を重ね知覚できぬままに疲弊した浜面の意識は、そのよく知る名に強烈な怒りを覚える。

思わず親指が、大きな通話切断のボタンを押そうとする。

が。

ここで通話を断ってしまっていいのか――――?

絹旗から、メールではなく通話で連絡が来る事など今まで一度でもあっただろうか?

通話、だ。口頭での連絡を必要とするほどに急な、かつ重要な事項ではないのか?

もしかしたら、絹旗は最悪なまでの事態に巻き込まれ、助けを求めているのではないのだろうか?

もしかしたら、絹旗は事件の核心を突く情報を手に入れそれを伝えようと急いで電話をかけてきたのではないのだろうか?

もしかしたら、全ては浜面の知らぬ間に終わってしまっていて、もうこうして足を急く必要も混乱に頭を悩ます必要もないのではないだろうか?

もしかしたら、

もしかしたら、

もしかしたら、

ゆらゆらと浜面の親指が携帯電話のボタンの上で揺れる。

相変わらず携帯電話はブ――――ッ、ブ――――ッ、と振動し、画面には同じ人物の名がある。

そして、浜面は。

「――――くそぉっ!」

通話ボタンを押し、携帯電話を耳に当てた。
237 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/23(土) 04:14:10.19 ID:zQWAUbMo
最初に聞こえたのは街の喧騒。

がやがやと、意味を成さない雑音だった。

そして、一瞬の間の後。



『――――浜面っ!』



聞き慣れた少女の声が耳に当てたスピーカーから響いた。

その声にどこかほっとした。

絹旗の携帯電話を何者かが奪い、自分に電話をかけてきたのではないか。
そういう妙な、妄想じみた嫌な予想が頭のどこかにあった。

けれど聞こえるのは確かに知っている少女の声で。
238 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/23(土) 04:18:22.85 ID:zQWAUbMo
「――なんだよ、そんな声出して。告白なら直接の方がいいんだが」

思わず、状況も忘れ軽口で返した。

『何を超トチ狂った事を言ってるんですか! だいたい私が浜面の、そもそも滝壺さんが――じゃなくてですね!』

電話越しに聞こえるその声はどこか逼迫した様子で、浜面は緩みかけた思考を正す。

「――どうした」

短く問い、浜面は顔を上げる。

視線は遠く、人で溢れた道の先。

少女と、少年の後姿。

それに追いつこうと足は動き続けている。

けれどどうしてか。

距離は縮まっていないような錯覚を覚え――。





『                    』





「――――――え、」

告げられた言葉に、浜面の足は止まった。
239 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/23(土) 04:23:10.57 ID:zQWAUbMo
――どういう事だ。

疑問で思考が埋め尽くされた。

――どういう事だ。

何か、冗談みたいなよくない夢でも見ている気がして、足元がぐにゃりと歪んだ気がした。

「――――どういう事だよ」

思わず口にしたその言葉に。

『ですから――――!』

電話の向こうの絹旗は再びそれを口にする。










『――――海原光貴と――――御坂美琴を発見しました――――!!』










視界の先では、垣根が何か声を発し、

それに振り返ったのは、





確かに写真で見た、御坂美琴だった。



――――――――――――――――――――
240 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/23(土) 04:25:05.38 ID:zQWAUbMo
では、区切りがいいので今日はここで

ようやくからくりが見えてきたんではないでしょうか?
では、また明日
241 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/23(土) 04:32:28.28 ID:HKC.dh.o
なんでそんないっぱい同じ顔の人間がいるんだろうな!?!?

おつ
242 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/23(土) 06:47:56.44 ID:zbY0QB60

妹達が関係してそうだな
243 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/23(土) 18:11:41.31 ID:zQWAUbMo
ウィ――――――ン…………、

小さくモーターの駆動音が響く。

微かに感じる重力は、つまり上への上昇を意味している。

狭い空間は沈黙が満たされていた。

順番にランプが点灯し、それはゆっくりと右へと流れていく。

ウィ――――――ン…………、

そしてようやく、灯火が右端に達し、甲高い音を立てて静止した。

両足に感じていた重さは消え失せ、どこか喪失感にも似た感情を呼び起こさせる。

滑らかに眼前の扉が両に開き、目的の階に到着した事を実感する。

彼はエレベーターから一歩外へ。
狭く、小さい廊下が僅かに伸び、その先には重々しい鉄の扉があった。
244 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/23(土) 18:20:51.49 ID:zQWAUbMo
「………………」

前方。扉の方へ向かってゆっくりと歩く。

かつ、かつ、

革靴が床を叩く音が響く。
長期間そこは人の通る事がなかったのだろう、微かに積もった埃がその僅かの振動に身を震わせ、ほんの少しだけが宙に身を躍らせる。

――こつ、こつ、

それに遅れるようにして、背後から、別の足音。

足音は彼にぴったりと張り付くように聞こえるが、そこに人が存在する気配はない。
彼の靴の奏でる音とは違う、確かな足音が空気を震わせ、それはまるで彼の足跡を一つ一つ踏むようにゆっくりと追従していた。

けれど彼は振り返らず、歩みを進める。



かつ、かつ、

――こつ、こつ、



異なる質感を持った足音が壁に、天井に、反響する。

背後で微かにエレベーターの扉が閉まる音が聞こえ、再びモーター音。
無人の箱はゆるやかに下降していった。
245 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/23(土) 18:24:42.75 ID:zQWAUbMo
かつ、かつ、

――こつ、こつ、



足音。二つ。

彼の歩みに合わせ重なるように聞こえるそれは、僅かにずれていた。

まるで影が遅れて付いてきているような感覚。
彼は振り返らず、しかし確かに背後に意識を向けて、歩む。



かつ、かつ、

――こつ、こつ、

かつ、かつ、

――こつ、こつ、



そして、扉の目の前。

ほんの僅かに手を伸ばせば取っ手に届く距離。そこで彼は足を止める。



かつ、



足音が止まり。



――こつ、



遅れて、背後で足音が一つ、響く。
246 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/23(土) 18:34:52.65 ID:zQWAUbMo
「………………」

背後に向けられる意識を隠しながら、彼はゆっくりと手を伸ばし、扉のノブを掴む。

ひやりと冷たい感触。
だが、それに構わず握り締め、ぐいっと捻った。

がちゃり、

湿った金属音が響き。

ゆっくりと押す。

ぎぎぃぃ――――…………、

と、扉は耳障りな錆びた音を立てて開かれる。

ほんの少しだけ、それこそ指が一本入るか入らないか程度の空間から、どっと冷たい空気が溢れる。
それは彼の腕を這い、脇を滑り、背後へ流れる。

確かな風を受け埃が歓喜するように舞い上がった。

その事に彼は委細構わず、さらに力を籠める。

甲高い、悲鳴のような擦過音を伴い、扉はその口を広げる。

指がようやく通る程度だった空間は、握り拳が収まる程度になり、頭一つ分ほどの隙間となり、そして――。
247 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/23(土) 18:47:08.73 ID:zQWAUbMo
「………………」

彼の前に灰色の街が現れた。
鉄と、コンクリートと、ガラスと、多種多様な建材を用いられて築かれた人口の森。

曇天にそびえるそれらはいつもの煌びやかな印象とは異なり、鈍くその身を冬の近い空に晒していた。

墓標のようだ、と彼は初めて思う。

見慣れたはずの景色だというのに、立つ位置によってこうまで違って見えてしまうものなのだろうか。

ひぉぉぉ――――…………、

ビルとビルの谷間を縫うようにして駆け抜ける寒風は、どこか物悲しいような音を立て、頭上を通過する。
              バンシー
まるで古い洋館に住む泣き妖精の叫びにも聞こえる身震いさせるほどの寒気を伴うそれに身を晒し、彼は扉から外へ一歩足を踏み出す。

ごう、と一際強い風が吹き、髪を撫でた。

右手で扉を開け放ったまま、彼は眼前の景色を微かに首を振り見回し――。

そうして、ようやく振り返る。

「――――――」

彼の背後だった場所には、確かに人がいた。

まるで幽鬼のような印象を覚えるその人物は、無機質な仮面めいた顔を彼に向け、硝子玉のように澄んだ眼球に彼を写す。

その瞳を彼は見つめ返し、そして、



「――――どうぞ、御坂さん」



ふっ、と優しく笑み、海原光貴は少女に手を差し出した。
248 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/23(土) 19:07:03.05 ID:zQWAUbMo
そこは屋上だった。

特に何かがあるわけではない。狭く、がらんとした、寒々しい空間だった。
あるのはただ、コンクリートのタイルが敷き詰められた床と、転落防止用の金属の柵だけだ。

その柵も元は白く綺麗に塗られていたのであろうが、手入れする者がいなくなって久しいのか、
風雨に晒されそこかしこが剥げ落ち赤錆の浮いた地肌を覗かせていた。

もし寄りかかれば腐った根元からぼきりと折れ、それは本来の仕事を果たさないだろう事が容易に見て取れたが、
そもそもそれに寄りかかるような人物が存在しないのは明白だった。

――風が強い。

海原が最初に思った事はそれだった。

ビルとビルの間を、ぶつかり、混ざり合い、加速した空気は突風となって海原の頭上を吹き抜ける。

空飛ぶ鳥を拒絶するような荒々しい対流は恐らく計算されて人工的に作られたものなのだろう。

一直線に吹き抜けるそれを受け止めるように、向かいのビルの屋上にそびえる風力発電の羽が緩やかに回転運動を続けていた。
249 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/23(土) 20:02:00.92 ID:zQWAUbMo
見上げていた視線を下ろす。

目の前には窓のないビルの壁面。

隣接する建物の存在を意識してだろう、意図的に窓が設けられていないそれに、海原は『窓のないビル』の名で呼ばれる建造物を想起する。
もっとも、本来のそれはここからかなり遠い位置にあり、乱立する無機物の柱に遮られ見えないのだが。

海原の立つビルの屋上は辺りの他のそれらよりも低い位置にある。

他と明確な差がある訳ではない。ほんの二、三階の高さの差だ。
けれどそれが分厚い壁のように立ちはだかり、妙な圧迫感を覚える。

振り返る。

その回転する三枚羽を彼女は何を思うのか、じっと見ていた。

まるで廉潔な宗教画でも見上げているような気配を纏いながら、彼女は高い位置にあるそれを仰ぐように見上げている。

それこそが清廉な偶像のようにも見え、海原はしばらくの間彼女を呆然と見つめていた。
250 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/23(土) 20:11:06.53 ID:zQWAUbMo
ふっと影が落ちるように、彼女は視線を水平に戻す。

その事に海原の顔は緊張に彩られた。

ぴりぴりと張り詰めたような空気が場に満ち、それは風では吹き飛ばされなかった。

かつ、と靴底が屋上を叩く。

歩み寄るように、こちらに視線を向けられない事を確信しながら海原は彼女に近付く。

そして隣に立ち、海原はゆっくりとそちらを向いた。

彼女に、ではない。

――重々しく閉ざされた、屋上とビルの内部とを繋ぐ鉄の扉。

その向こう側。決して視界に入る事はない空間を見据え、海原は息を吸い。

「――――ええ。ここなら邪魔も入りませんし、どうぞ」

告げ、しばらくの沈黙の後、扉が再び開かれた。

ゆらりと、そこから姿を現したのは。



「こんにちは――――絹旗最愛、さん」



名を呼ばれ、暗澹とした視線を絹旗は二人に向けた。



――――――――――――――――――――
251 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/23(土) 20:32:48.23 ID:zQWAUbMo
探していた人物の一人、海原光貴は休日の人混みで溢れるモノレール駅前の、洒落た喫茶店で暢気にコーヒーを啜っていた。

「なんでこんな街のど真ん中をうろついてるんですか……!」

予想外の出来事に絹旗は思わず小さく叫んだ。

思いがけず目的の人物を見つけてしまい、絹旗は混乱していた。

大きく取られた窓際の、外が一望できる――外から丸見えのスペース。
二人掛けの丸テーブルの片方に座り、彼はカップを離すと味を確かめるように少し口の中で液体を転がす様子で、そして納得したのか小さく微笑んだ。

(どこのお貴族様ですかコンニャロウ)

鼻につくその仕草に顔を顰め、絹旗は歯噛みした。

滝壺。麦野。垣根。浜面。
昨日今日のこちらの苦労や心労や、その他諸々の苦悩が馬鹿のようだ。

そんな事をまったく分かっている様子もなく、海原はまるで映画のワンシーンのようにしてそこに座っていた。
252 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/23(土) 20:41:32.48 ID:zQWAUbMo
念のため絹旗は物陰に身を隠した。

少しだけ深呼吸して、気持ちを落ち着かせる。
そして再び店内を見てみれば、相変わらずそこには海原が座っていて、これが夢や幻でない事を物語っていた。

絹旗はようやく冷静さを取り戻した脳で思考する。

――よく考えれば、あまりにも出来すぎていた。

絹旗は確かに彼らを探していた。

けれどそれは実を伴わず、素振りだけのような、意志を伴わないものだったはずだ。

だが現に目の前には目的の人物の一人がいた。

まるでお膳立てされたように。

(――――罠、か)

そんな様子はまったくないのに。
こちらを誘っている。そんな気さえした。
253 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/23(土) 21:36:01.65 ID:zQWAUbMo
しかし考え直す。はたしてそうだろうか?

そもそも彼らがこちらの動きを、意図を知っているとは思えない。

何らかの目的があって姿を隠したのだろうが、だからといってそれが絹旗たちに関係するという確証もない。

――もっと別の理由があるのではないか……?

――事と次第によっては、もしかすると協力関係を築けるかもしれないのではないのだろうか……?

そこまで考えて絹旗は頭を振る。

(超ありえないです)

こちらが相手を利用する事ができても、こちらを利用する事ができるはずがないのだから。

暗部とは、そういう場所だ。

利害関係が一致するのは同じ場所にいる相手のみ。少なくとも彼らはそこに位置するとは思えない。
254 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/23(土) 21:45:18.94 ID:zQWAUbMo
通りを挟んだ対岸。喫茶店の中を見ながら絹旗は思う。

矢張り一度麦野たちに連絡を取って指示を仰ぐのが定石だろう。

自分一人の判断では行動し辛い。
タイムリミットが明確に存在している訳ではない。
無論、時間が経てば経つほど状況は悪化していくのだろうが、その程度の余裕はあるだろう。

そう思い絹旗はポケットから携帯電話を取り出し、アドレス帳を呼び出す。

五十音順に並ぶ登録された名前。数は少ない。
元々絹旗に連絡を取るような相手は数えるほどしかいないのだから。

ボタンを操作して文字の羅列を流していく。

垣根の番号は登録していない。
滝壺は――悪く言うつもりはないが、指示を出せるとは思えない。

となると残りは――。
255 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/23(土) 21:56:02.23 ID:zQWAUbMo
「……、……」

そこに現れた名を見て、絹旗は動きを止める。

片仮名四文字だけで簡素に記された名前。

彼女は一体何をしているのだろう。

一週間前の混乱で消えてしまった少女。

その足跡は杳として知れない。

彼女の身に何があったのか、絹旗は知らない。

もしかすると麦野や、もしくは垣根あたりならば知っているのかもしれないが、それを尋ねる事は絹旗にはできなかった。

知るのがどうにも恐ろしかった。

まるで自らの末路を垣間見てしまう気がして。
そんな覚悟はとうの昔にしていたはずなのに。

目を瞑り、小さく、ゆっくりと、臓腑に沈殿したものを出すように息を吐く。

元々がそういう世界に生きているのだ。
人が消える。そういう事がままある業界だ。

だから彼女はきっと、そういう事なのだ。

そう、諦念にも似たものを己に言い聞かせるように心の中で繰り返し、絹旗は目を開く。

どうしてだか、世界がさっきよりも無彩色じみたものに見えた。
256 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/23(土) 22:04:27.46 ID:0ov8egAO
フレンダェ…
257 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/23(土) 22:19:32.52 ID:zQWAUbMo
手にした携帯電話。

それを見つめる視線を、ふと上げる。

順当に行けば浜面の名前が画面に表示される。
しかし、彼に連絡を取っていいのだろうか。

……いや。別に問題はないはずだ。
今や彼は正式な『アイテム』の一員で、少なくとも絹旗の仲間であるはずだった。

だが、どうしてだか気後れしてしまう。

理由は分かっていた。

彼の座っている席。
それは、あの金髪の少女のものだ。

後から割って入った少年。
浜面仕上。

そんな事はないのに、そう思ってしまう。

奪われた、と。

妥当だ。そうは思う。

けれど理性では分かっていても、心が、納得できないでいた。

『アイテム』という四つの椅子。

誰かが席を追われれば、また他の誰かがそこに座る。

絹旗が今座っている椅子も元はきっと別の誰かのものだったのだろう。

そういう風にできているのだ。
258 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/23(土) 22:44:43.27 ID:zQWAUbMo
――そんな事を考えてしまう自分に吐き気がする。

絹旗は得も知れぬ嫌悪感に苛まれていた。

自分は彼女の事を体のいい逃げ道にしている。
頭の片隅でそう自覚していた。

本当はそんな綺麗な感情ではない。

きっとそれは滝壺の存在だ。

――――浜面の、恋人。

詳しい経緯は知らない。けれど確かに二人は恋仲だった。

傍目には仲睦まじい――地獄には似つかわしくない光景。
しかし絹旗は直感としてそれを知っている。

依存と、贖罪と、代替行為。

恋愛感情とはそういうものなのだろう。
恋とは決して清らかで誉れ高いものなどではない。
むしろ汚らしくて、醜悪で、吐き気がするほどおぞましい感情でしかない。

そう、絹旗が今胸に得ているものが違いないのだから。

それは嫉妬だ。

二人を見ていると、そんな感情を抱いていいはずもないのに、抱きたくもないのに、心の奥底からふつふつと湧き上がってくるのだ。

小さく、細かい気泡でしかないそれは感情の水底から浮かび上がり、ぷつり、ぷつりと音を立てて爆ぜる。
泡の中身は透明のように見え、しかしまるで腐敗したガスのような質量をもって確実に沈殿していった。

もうどれだけ堆積しているのか。分かりはしないけれど。



それははたして浜面に向けられたものなのか。

それともその眩しすぎる光景に向けられたものなのか。



――――それとも滝壺に向けられたものなのか。



判断のつかぬまま、絹旗は仄暗い熱にじりじりと精神を侵されていた。
259 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/23(土) 23:14:26.30 ID:zQWAUbMo
……そんな絹旗の感情と葛藤とは関係なく、世界は進み続ける。

目を上げ、絹旗は暗澹とした瞳を道路の対岸へと向ける。

人の行き交う歩道と、自動車の行き交う車道のその奥。

ガラス板に区切られた店内の、丸テーブルの二人席。

そこに――――。



海原光貴の姿はなかった。



「っ――――!」

最悪の失態に絹旗の頭は真っ白になった。

よりによって物思いに耽っている内に目的の人物を見失うなど、あってよいはずもなかった。

慌てて人混みを掻き分け、車道ぎりぎりまで駆け寄る。

歩道と車道を区切る鉄柵を鷲掴み、半ば乗り出すような格好で反対側の歩道を見回した。

――――いない。

ぎり、と歯が軋むほどに噛み締めた。

最悪だ。最悪にも程がある。
まさか子供の使いでもあるまいに、こんな馬鹿みたいな理由でせっかく掴みかけた手懸かりを失ってなるものか――!
260 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/23(土) 23:38:36.93 ID:zQWAUbMo
もはや車道に飛び出しかねない形相で絹旗が掴んでいた鉄柵の横軸が、めきりと悲鳴を上げたとき。

喫茶店の扉が開いた。

そこから出てきた人物の顔に、絹旗は胸を撫で下ろす。

「会計をしてただけでしたか……」

ほう、と安堵の息を吐いて、あわやその場にへたり込みそうになる。

それを慌てて堪えて、絹旗は苦笑する。

もしかして疲れているのだろうか。
精神面はそれほど弱くないとは思うが、矢張り先日の一件が祟っているのだろうか。

全部終わったら、少し休暇を取るのも悪くない。
元々あってないようなものだが、そう思うだけでも少しは違うだろう。

そんな事をぼんやりと考えながら絹旗は海原を目で追い――――、

「っ――――――!?」

絶句した。

彼女の視線の先には、開けた扉を支える海原と、丁度そこから出てきたところの、



「――――御坂――美琴――!!」



携帯電話を握る指は思わず通話ボタンを押し、そして当然のように携帯電話は直前まで表示されていた相手へと発信を開始した。
261 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/23(土) 23:40:19.30 ID:zQWAUbMo
――――――――――――――――――――
262 :1 [sage]:2010/10/23(土) 23:42:01.70 ID:nWJsSr.o
SAN値が低下してきたので少し休憩
そろそろ注意書きのシーンが来そうです
263 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/23(土) 23:50:39.59 ID:0ov8egAO
X-MENでも見てゆっくり休憩して下せい
264 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/23(土) 23:57:54.63 ID:xgQ32y2o
注意書き・・・つまり性的なシーンか
これは全裸で待機だな
265 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/24(日) 00:05:29.53 ID:Z2pTqQUo
X-MEN見るの忘れたorz
266 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/24(日) 00:27:58.03 ID:.terjwMo
「――――なぁ――――ちょっといいかい」

声がした。

辺りは人でいっぱいだというのに、それは自分たちに向けられた事を確信として少年は振り向く。

「………………」

そこに、一人の少年が立っていた。

高級そうだがどこかくすんだ赤いジャケットに両手を突っ込み、立つ少年。

人の良さそうな笑みを浮かべ、けれど何故かに剣呑な気配を纏っている彼は頷いた。

「あぁ、アンタらだよ。ちょっと、聞きたい事があるんだが、いいか?」

「………………」

返事はない。

問われた少年は視線を泳がせるように横に向け、隣に立つ少女を見る。

彼女もまた、声をかけてきた少年を見ていた。
しかしその瞳はどこか虚ろで、その内に何も写してないようにさえ思える。

それを数瞬の間見つめ、少年は再び眼前の彼へ視線を戻す。

「………………なんだ」

低く、押し殺すような声。

敵意――いや、殺意すら感じるそれに臆することなく、彼は笑みを崩さずに言葉を返す。

「いや、何。ちょっと人を探してるんだが――」

彼は薄く笑い、尋ねた。

「――結標淡希、知らねぇ?」
267 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/24(日) 00:43:23.37 ID:.terjwMo
数秒の沈黙。

まるで彼らの周囲だけが世界から切り取られたかのように、人の流れから隔絶され、川中の島のように停止した空間が出来ていた。

両者の距離は五メートルほど。

人混みの中、その間の空間がぽっかりと開いていた。

その間隙を埋めるように少年は言葉を放つ。

「…………ああ、結標ね」

頷く。

「知ってるといえば知ってるし…………知らないといえば知らないな…………」

「……なんだそりゃぁ」

曖昧で答えになっていない返事に、彼は眉を顰めた。
268 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/24(日) 00:55:15.74 ID:.terjwMo
「どこにいるのかは、正確には分からない…………ただ…………どこに行ったのかなら分かる…………」

小さく、ぼそぼそと喋る少年に彼は嘆息する。

「あぁ、俺が悪かった。了解だ」

大仰に両手を挙げ、彼は頭を振り、手を下ろし再び少年に視線を投げかける。

その顔に笑みはなく、今度は明確な敵意を持って。



「テメェら自身にも幾つか訊きたい事があるんだ。ちょっと一緒に来てもらえるかよ――――上条当麻、御坂美琴」



息の詰まるような圧迫感を伴って放たれた言葉は、周囲の人のいない空間を広げる。

――鼠は災害を察知して船から逃げ出すという。

本能的にだろうか、周囲の人混みがざあっ――と潮のように退いた。

あたりは相変わらずの休日の喧騒で。
しかし彼ら三人の周囲だけ、見えない壁で仕切られているように無人の一画が出来上がった。
269 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/24(日) 01:17:17.46 ID:.terjwMo
そんな光景を、さして興味のない様子で少年は見回し。

「着いて来いって言ったって…………そもそも俺は、アンタが何者なのか聞いてないんだが…………」

今度は幾分かはっきりとした口調でそう言った。

その問いに彼は目を瞑りつまらなそうに息を吐く。

「別に覚える必要はないぜ――――垣根帝督だ」

そう告げて彼は、一歩、足を進める。

「………………ああ、なるほど」

その答えに満足そうに少年は頷き。

向けられた視線。





「――――――オマエが垣根か」





――――どろりと。

沈殿した泥のような重く冷たい殺気を乗せられた言葉が口から放たれた。
270 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/24(日) 01:24:47.48 ID:.terjwMo
「――――――!」

明確な、殺意を放つ少年。

それは浜面の知る『彼』ではなかった。

何か、もっと別の恐ろしい何かだ。

一体何が彼をこうまで変貌させたのか。

浜面の脳がそれを想像する事は叶わない。

ただ、何かがあって、彼はこうして悪鬼のようなどす黒い殺意を得るに至った。
その事だけは容易に想像がついた。

だからだろうか。

「垣根――――」

浜面は自身が何を言おうとしていたのか分からない。

けれど何か、どうしようもないものが起こる気配がして堪らなくて。
271 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/24(日) 01:50:00.56 ID:.terjwMo
「――――結標、な」

少年の口から放たれるそれが呪詛に等しく聞こえ、浜面は息を呑む。

「どこへ行ったのか、教えてやるよ」



ピィ――――ン…………、



小さく、甲高い金属音が空気を振るわせた。

どこかで聞いたような音。それは極々日常で発せられるものだ。

最初、浜面は気付かなかった。

まるで騙し絵のようなその僅かな違いを認識できなかった。




      汝等こゝに入るもの一切の望みを棄てよ
「――――Lasciate ogne speranza, voi ch'intrate'」





きらり、曇天にも関わらずどこからか得た光を反射して、宙を泳ぐ何かが瞬いた。

思わずそれが何か確認しようとして浜面は目を凝らす。

くるくるとその身を躍らせ、緩やかに放物線を描き落ちてくるそれは。
272 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/24(日) 01:51:40.31 ID:.terjwMo
「――――――!」

落下するその先。

そう、それは。

ようやく自身を思い出したかのように。





垣根の肩越しに見える少女の腕がいつの間にか眼前に伸ばされその先は真っ直ぐに垣根に向けられていた。





「――――地獄の門の、向こう側だよ」





少年の昏い声がわんわんと反響するように聞こえ、

そして落下したゲームセンターで用いられる安っぽい金属製のコインが少女の腕に吸い込まれ、



「――――――――――垣根ぇぇええええええっっ!!」



浜面の叫びは、直後轟音と共に水平に射出された光芒にかき消された。



――――――――――――――――――――
273 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/24(日) 01:59:17.30 ID:.terjwMo
明日早いので今日はこの辺りで。

1シーン1シーンがどうしても長くなりがちで、描写が小難しくて、かつ視点や時系列が行ったり来たりしていますが、
その辺りは作風という事で御容赦下さい。

問題のシーンは、また明日ということで。
あまりからくりが明らかになってない気がするけど、きっと気のせい。
274 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/24(日) 02:49:02.43 ID:4jjQ.AY0
純粋に原作のみでのスペックで語るなら、幻想殺しと超電磁砲だけじゃ
一位越えした覚醒ていとくん相手では瞬殺されちゃう戦力だし
そげぶも使えないんじゃ主人公補正があっても逆立ちしても勝てなさそうなんだが…

なんだこの悪寒は
マジで全然コイツ等の底が見えなさすぎる…
275 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/24(日) 05:42:24.46 ID:l40bnaEo
kjさん最近ガチで不死身ふだから問題ない
276 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/24(日) 10:32:04.71 ID:7WHGB7Mo
>>274
おまえ20巻読んで無いの?
覚醒した垣根を簡単に倒した一方さんの覚醒した黒翼をねじ伏せたのは上条さんだぜ?
277 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/24(日) 10:46:11.20 ID:3LXzAuMo
相性ってもんがあってだな
278 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/24(日) 12:25:48.22 ID:k/abAQ.o
>>276
おまえジャンケンすらしらないの?

覚醒したパーを簡単に倒したチョキの覚醒した二本指をねじ伏せたのはグーだぜ?

こんな説明すれば分かるか?
279 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/24(日) 12:26:13.66 ID:4jjQ.AY0
>>276
AはBに勝つ
BはCに勝つ
故にAがCに勝つのは自明である(キリッ
280 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/24(日) 12:52:43.72 ID:z/FcJfAo
>>277->>279
いわんとしてることは分かったけど未元物質って結局超能力な訳でどんな物質を精製しても幻想殺しで消されるか掴まれてそらされるかだろ
垣根が飛んでるなら五分五分ぐらいじゃね?
281 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/24(日) 13:14:17.35 ID:7iLxRsAO
まあこれからの展開で明らかになるんじゃないっすか
282 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/24(日) 13:21:06.76 ID:WretTgAO
>>274
ていうか救うつもりで攻撃するのと
[ピーーー]つもりで攻撃するのとじゃ
だいぶ違うってだけの話じゃねぇの?

まぁ一方もそうだし垣根もそうだけど
遠距離から一方的に物理攻撃すれば
タイマンなら上条にはまず負けないだろうが
今回は御坂?のレールガンがあるし接近戦に持ち込む手段にもなるから
5分ってとこじゃね
283 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/24(日) 13:41:31.87 ID:.807Pqoo
上条さんが地獄の門を召喚したのかと思ってビックリしたぜ
284 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/24(日) 16:16:20.51 ID:4jjQ.AY0
ていとくんの能力は物質の召喚、およびソレの操作で、
幻想殺しに直接触られればそれ以上出せなくなったり、翼の形を取らせたりはできなくなるけど
物質の存在そのものが能力に依存してないんじゃね?とか、物質そのものを消せるわけじゃないんじゃね?とか
なら物理法則改竄攻撃は相変わらず有効じゃね?とか、レールガン程度じゃ何発撃ち込まれても痛くないんじゃね?とか
その程度の認識で軽く書きこんだんだが、これ以上は別板なり議論スレなりでやれってことだな、反省

しかし上条さんが勝てないかも〜って趣旨の発言は、必ずどこでも噛みつかれるのね
わらわ怖い…
285 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/24(日) 16:22:52.55 ID:.terjwMo
 | 三_二 / ト⊥-((`⌒)、_i  | |
 〉―_,. -‐='\ '‐<'´\/´、ヲ _/、 |
 |,.ノ_, '´,.-ニ三-_\ヽ 川 〉レ'>/ ノ 
〈´//´| `'t-t_ゥ=、i |:: :::,.-‐'''ノヘ|
. r´`ヽ /   `"""`j/ | |くゞ'フ/i/       構わん続けろ
. |〈:ヽ, Y      ::::: ,. ┴:〉:  |/
. \ヾ( l        ヾ::::ノ  |、
 j .>,、l      _,-ニ-ニ、,  |))
 ! >ニ<:|      、;;;;;;;;;;;;;,. /|       ___,. -、
 |  |  !、           .| |       ( ヽ-ゝ _i,.>-t--、
ヽ|  |  ヽ\    _,..:::::::. / .|       `''''フく _,. -ゝ┴-r-、
..|.|  |    :::::ヽ<::::::::::::::::>゛ |_   _,.-''"´ / ̄,./´ ゝ_'ヲ
..| |  |    _;;;;;;;_ ̄ ̄   |   ̄ ̄ / _,. く  / ゝ_/ ̄|
:.ヽ‐!-‐"´::::::::::::::::: ̄ ̄`~‐-、_    / にニ'/,.、-t‐┴―''ヽ
  \_:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::\ /  /  .(_ヽ-'__,.⊥--t-⊥,,_
\    ̄\―-- 、 _::::::::::::::::::::__::/  /  /   ̄   )  ノ__'-ノ
  \    \::::::::::::::`‐--‐´::::::::::/  / / / ̄ rt‐ラ' ̄ ̄ヽ ヽ
ヽ  ヽ\   \:::::::::::::::::::::::::::::::::::::/      /    ゝニ--‐、‐   |
 l   ヽヽ   \:::::::::::::::::::::::::::::::/           /‐<_   ヽ  |ヽ
286 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/24(日) 16:25:31.00 ID:TniIA0Qo
アッーWi-Fi切るの忘れてた
287 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/24(日) 16:26:05.89 ID:0sKfJ7Mo
基本的にどっちが強い的な話は荒れやすいから
どのキャラであっても専用スレ以外ではやらないでくれ
288 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/24(日) 16:54:42.52 ID:YdzAQS2o
結局超能力の使い方次第でkjさんが勝つか負けるかのさじ加減は>>1次第って訳よ
289 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/24(日) 17:59:40.79 ID:/govTZIo
これはもしや超電磁砲組VS禁書組の学園都市崩壊で登場人物ほぼ皆殺しのSS書いたあの人だろうか・・・・展開が滅茶苦茶似てるんだけど、もしそうならラストの詰めがんばってください。支援
290 :1 [sage]:2010/10/24(日) 18:08:24.10 ID:.terjwMo
えっ何それ知らない
それなりにSS書いてるけどいつものは無難な台本形式の人です
291 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/24(日) 18:09:52.00 ID:mBX3ycEo
そのSSの人は別のSS書いてる途中でしょ
292 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/24(日) 18:10:33.24 ID:.terjwMo
またWi-Fi切るの忘れた……もういいや。格好付けるのも諦めましたはい
再開です
293 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/24(日) 18:14:44.72 ID:.terjwMo
寒風が髪を撫でる。

打ち捨てられたような屋上には、彼らの他に誰もいなかった。

科学と発展の街、学園都市。

その中にも時たま、こういうデッドスポットじみた場所が存在する。

元はオフィスビルだったのだろう。
それなりの高さを誇る、内部には小さく区切られた部屋が陣取りをするように配置された灰色のビル。

しかし人気はない。
辺りには真新しいビル群。彼らがいるものよりも遥かに高いそれらに見下ろされるように廃棄された建造物は存在する。
もはや前時代的ともいえるそれは、取り壊される事もなく忘れられたように煌びやかなビル街の中に暗い影を落としていた。

まさかそんなビルに用があるはずもなく、けれど彼はあえてそれを選び、まだ辛うじて電気の通っていたエレベーターを使い迷わず屋上へ出た。

――――矢張り、罠か。

絹旗は嫌な予感が的中していた事を実感として確かめ、彼を睨み付ける。

視線の先に立つのは、スーツ姿の少年。
一目にも高級品だという事が分かるそれの両のポケットに無造作に手を突っ込み、彼は笑みを向けた。

「――――初めまして」

海原光貴。そして。

「………………」

視線を虚空に投げる少女。

「…………御坂……美琴」

その名に反応することもなく、彼女は空虚な瞳をどこか知れぬ場所に向けていた。
294 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/24(日) 18:31:06.64 ID:.terjwMo
屋上の硬い、けれど僅かに風化した床を足裏で確かめ、絹旗は海原から視線を外しはしなかった。

「ええ、初めまして。海原光貴」

ドアノブから手を離す。
きぃぃ――と軋んだ音を掻きながら扉はひとりでに元の位置へと角度を変えてゆく。

「ところで……なんで私の名前を超知ってるんです?」

ばたん、と大きな音と共に背後で扉が口を閉じた。

絹旗は険しい表情を変えず。

海原も笑みを崩さなかった。

「そういう貴女も、自分の事を知っている様子ですが」

「そんな超些細な事はどうでもいいんです。質問に、答えて欲しいんですが」

苦笑する海原。
少し残念がっているようにも見えるそれを浮かべ、彼は小さく肩を竦めた。

その笑顔がどうにも仮面じみた、本心を覆い隠すもののように思えて、絹旗は嫌悪感を抱かずにはいられなかった。
違和感にも似た小さな猜疑心。そう、彼は本当に重要な事を何一つ表に出さず、絹旗と喋っているように思えた。

「いえね、特になんという事もない、下らない事情からなんですが」

断り、海原は少し考えるような素振りをして。

「ええ――友人に。そう聞きました」

矢張り、相変わらず同じような笑顔を絹旗に向けるのだった。
295 :なすーん [なすーん]:なすーん
                     __        、]l./⌒ヽ、 `ヽ、     ,r'7'"´Z__
                      `ヽ `ヽ、-v‐'`ヾミ| |/三ミヽ   `iーr=<    ─フ
                     <   /´  r'´   `   ` \  `| ノ     ∠_
                     `ヽ、__//  /   |/| ヽ __\ \ヽ  |く   ___彡'′
                      ``ー//   |_i,|-‐| l ゙、ヽ `ヽ-、|!  | `ヽ=='´
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                   r|__     ト、,-<"´´          /ト、
                  |  {    r'´  `l l         /|| ヽ
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                    `‐r'.,_,.ノヽ、__ノ/  |  |      |、__r'`゙′
                            |   |/     i |
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296 :禁美琴「あ、アイツの事どう思ってんのよ?」超美琴「べ、別に…」 [sage]:2010/10/24(日) 18:46:10.16 ID:kYrwuzU0
297 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/24(日) 18:52:06.21 ID:iyErYOQo
誤爆かww
298 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/24(日) 18:59:48.98 ID:.terjwMo
「へぇ。友人、ですか…………交友範囲が広いんですね」

一歩、僅かに足を進め、絹旗は言う。

「どちら様か訊いてもいいです?」

「さあ。貴女の友人ではないんですか?」

はぐらかすような返事。答える気はないのだろう。
元より、それが真実かどうかも分からない。

だから絹旗は、確かめるようにもう一歩足を進めた。

「……まあいいです。本題はもっと別の事ですから」

じゃり、と靴底が砂を噛む音が聞こえる。

「実は私、人を超探してるんですけど」

「なるほど。大変ですね」

頷き、同情を含めた笑みを向けられる。
その人を小馬鹿にしたような態度に絹旗は奥歯を噛み締める。

あからさまな挑発だ。乗ってやる必要はない。
そう頭で理解していても、両手は硬く握り締められていた。

いつになく、そう、普段の彼女を知る者が見たならば目を見張っただろう。
絹旗からどす黒い感情が陽炎のように噴出しているのが瞭然だった。
それは本人にしても明らかだった。

しかしそれを絹旗は目の前の少年の癇を逆撫でするような巫山戯た仕草に寄るものだと理由付けた。

まして、今この状況とは何の関係もない色事を端にするものなどでは断じてない――!

「結標淡希」

濁った粘液質の息を吐くように、絹旗はその名を告げる。

「どこにいるか、知りません?」
299 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/24(日) 19:29:22.35 ID:.terjwMo
その問いに、乗せられた昏い気配に僅かに顔を顰め、海原は。

「――――さぁ?」

おどけた調子でそう答え。

みしぃっ――、と絹旗の踏みしめたタイルが悲鳴を上げた。

表面は罅割れ、無数の亀裂がスニーカーの周りから放射状に広がっていた。
靴底は本来あるべき位置を越え、僅かに沈み込むようにして内部にその身を埋めていた。

本能的に拒否したくなるような音はびうびうと風の吹く壁のない空間に確かに響き。
けれど、海原の背に庇われるようにして立つ少女はぴくりとも動かなかった。

その、眼前の二人は。

どうしてだか。

絹旗のよく知る二人と影が重なった気がして。



そして、そんな彼女の心中など知る由もなく、海原は微かに首を傾げ、





「――――――誰ですか、それ?」





その声に絹旗は視界が真っ赤になったような錯覚に全身の毛を粟立たせ。

次の瞬間、大きな破砕音を道連れとしてタイルを一つ踏み割り、倒れこむような前傾姿勢で疾駆した。
300 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/24(日) 20:25:04.55 ID:.terjwMo
がづがづがづがづっっ!! と廃屋に確かな足跡を刻み付けながら絹旗は間隙を詰める。

距離はほんの十数メートルでしかない。
己の能力で踏み抜きを受け止め、加速しながら、しかし僅かに下半身を先行させ上体を起こす。
速度の異なる二点は、先行した上半身を足が追い抜き、垂直となる。

加速は止まず、胸と頭は後ろへ、腰が前へ。
それを助けとして右肩を後ろへと流す。

力を込められた右腕は停止に近い遅れを生み、背後へ靡くように伸ばされ、

そして鞭のように撓る全身をバネに、最大威力で以ってして右拳を振り抜いた。



絹旗の能力、『窒素装甲』。

それは、その名の通り大気の優に八割近くを占める窒素を、自身の周囲数センチをその領域として自在に操る、
装甲とは名ばかりの、絶対的な支配力と制圧力を持つ女王の権を表す異能。

斯くして女王の軍勢は命に従い彼女の示した先に歓喜に震えるその身を全力で突撃させる。





ゴッ――――――ンン…………、





まるで巨大な鉄塊同士が高速で激突したような轟音。

衝撃にびりびりと空気が跳ね、周囲のビルに伝播し、その場に一つとして向けられていない窓ガラスを振動させた。
301 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/24(日) 22:47:41.40 ID:.terjwMo
絹旗の能力によって気体は風というには絶対的な硬度を得て特攻した。

銃弾をも跳ね返し、装甲車の正面衝突すら逆に相手を叩き潰すほどの鉄壁。
それでいて主の身には傷一つ付けず、それ以外を絶対的に拒絶する。

矛盾を体現したようなそれを、相応の速度と侵食力を以って人体に叩き付けたなら。

答えは明白だった。



しかし。

直撃するよりも前に受け止められていたならば。



「――――――!」

絹旗の拳は、確かに無色の兵卒を伴い目標に向かって高速で撃ち抜かれた。

だがそれは対象を打撃するには至らず、僅かに届かない。

絹旗の右腕は、眼前で遮るように翳された海原の右手によって受け止められていた。
302 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/25(月) 00:35:24.68 ID:oheZKgAO
なんだか強いぞ
303 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/25(月) 01:25:55.83 ID:uZ3A/4ko
何だろうこの着実に死亡フラグを積み立てている感じは・・・
304 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/25(月) 01:58:30.50 ID:ix2kB5Eo
幻想殺し…
305 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/25(月) 02:55:35.60 ID:8qLdHfgo
――――否。

絹旗の放った一撃は届いていない。

拳の纏った硬質の気体は、海原の手に受け止められて、

――――それすらも間違いだ。



――――僅かに、届いていない――――。



無色透明の、気体と呼ぶにも躊躇うような質感を持ったそれは、微かに海原の翳した手の平との間に空隙の残していた。

「なっ――――――!」

思わず息を呑む。

魑魅魍魎のごとく有象無象の異能が跋扈する学園都市だ。
今まで幾度か、その攻撃が通用しなかった事はある。

だがそれは防御されたり、攻撃させなかったり、あるいは無力化されたりといったものだ。

しかし、これは。

(届いていない――――!)

防御されたのではない。
何かしらの異能に、それに限らずあらゆる要因によって、絹旗の一撃は受け止められたのではない。

事態はもっと単純だ。



絹旗の拳そのものが動きを止め、その制空権が至らなかった。ただそれだけの事だ。
306 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/25(月) 03:09:35.26 ID:8qLdHfgo
絹旗の拳は、甲は、細い指は、見えない『何か』によって遮られていた。

その『何か』は絹旗の支配下にない。
もしそうであれば己が主の挙動を阻害するはずもない。

だからこの『何か』は絹旗のものではなく――――。

彼、海原光貴に因る物だ。

絹旗の手は海原の支配下にある、絹旗が御する事のできない物で阻まれていた。

彼女の脳裏に最悪の予想が過ぎる。

――――まさか、彼は自分と同じ――――。

否。それを瞬時に否定する。

海原光貴の能はそういう物ではない。

昨日垣根によって提示された資料。
その中には一切そういう事は書いていなかった。
腐っても滞空回線だ。間違った事は書いていない、はずだ。
307 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/25(月) 03:16:39.95 ID:8qLdHfgo
――――能力は一人の能力者に一つきり。

そういう覆せない大前提が存在する。

だが、しかし。

それが『能力』でないのならば話は別だ。

学園都市にごまんといる異能の保持者。

そういう特異点が日常的に存在する世界だからこそ誤認しやすいが。

世界は学園都市だけではない。

外部から隔絶された密室、学園都市。

それは、地球上のほんのささやかな一区域でしかなく。

世界とは学園都市だけで完結しない。

そして世界には、彼女らが『能力』と呼ぶもの以外にも異能が存在する。
308 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/25(月) 03:26:35.89 ID:8qLdHfgo
例えば、英国。

例えば、イタリア。

例えば、ロシア。

学園都市と敵対する、国家の裏側に巧妙に隠蔽された存在がある。
科学の最先端の、さらに先を往く学園都市に敵対する存在。

それらにも『異能者』は存在する。

『科学』を伴わない彼ら。

絹旗は知らない。

『能力者』以外の『異能』の存在を。

それらは神話や伝説や異形の物語を基にする、それこそ幻想の存在。
遥か古の時代より人々の間で幽かに囁かれる、それこそ幻想の存在。

――――曰く、『魔術』。
309 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/25(月) 03:47:49.43 ID:8qLdHfgo
絹旗は知らない。

それは、幻想にあってなお、それは児戯に等しい。
本来の『幻想』とはそういう類のものではない。

絹旗は知らない。

純粋過ぎるが故に人の手に余る『幻想』の塊。
時としてそれは形取り、書物、あるいは絵画、絵物語として実像を結ぶ。

絹旗は知らない。

そんな純粋過ぎて濃密過ぎるそれは『原典』と呼ばれている。
そしてその中には、例えば『暦石』と呼ばれる石版を模した幻想が存在する。

絹旗は知らない。

『暦石』の内容の極一部を抽出し、巻物状に加工されたものが存在する。
それはとあるアステカの、魔術を行使する少女と共に、学園都市に持ち込まれていた。

絹旗は知らない。

その巻物が意味する幻想。
即ち、『武具を持つものへの反撃』。
310 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/25(月) 04:19:27.10 ID:8qLdHfgo
「――――女性に手を上げるのはあまり気が進みませんが」

……暗部組織『グループ』の海原光貴という少年は、『海原光貴』ではない。

「まあ、事態が事態ですし」

彼は困ったような笑みを浮かべ、悲痛に笑って、





だがそれは滞空回線の情報の中に確実に含まれていて、垣根の提示した文書の中に正確に記述されていた。





――絹旗は知らない。



垣根の得たものは、『グループ』の一員である魔術師の少年のものであり。

そこには本来の『海原光貴』の素性も、経歴も、そして能力も、含まれていなかった。



――絹旗は知らない。



垣根は、『グループ』の海原光貴の姿を借りた少年と、その姿の元となったただの学生である海原光貴を混同していた。

本来存在しないはずの『海原光貴の姿を借りた少年』はそれ以上行方不明になれるはずもなく、失踪したのは間違いなく『海原光貴』だった。





――――絹旗は、知らない。





――――目の前にいるのは、『グループ』などという組織とは関係のない、単なる中学生の少年で。

――――そして、絹旗と同じく大能力に数えられる、『念動力』の異能を持つ間違いなく本物の『海原光貴』だった。
311 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/25(月) 04:26:54.49 ID:8qLdHfgo
「――――非情に申し訳ありませんが」

彼は、海原光貴は、今にも泣き出しそうな悲哀に濡れた笑顔を絹旗に向け。







「――――――、潰します」







声と共に、絹旗の手をその纏う気体の壁を越えて直接に包んでいた何か見えない力が。



ぐしゃりと、瑞々しい果実を思わせる湿った音と、幾許かの硬質的な音を立てて、絹旗の右手の肉と骨と爪と血液とを一緒くたに圧縮した。
312 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/25(月) 04:31:56.83 ID:8qLdHfgo
シーン途中だけど、時間と切りがいい具合なので今日はここで。

続きます。明日。
313 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/25(月) 05:05:01.31 ID:8.XvBRIo
乙!
314 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/25(月) 08:59:14.86 ID:rnKhYlA0
本物来た!!
つえぇなLv4の念動力
315 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/25(月) 20:47:36.77 ID:q.aiqUEo
本物とは珍しいな。
相変わらず息を飲む文章だ。続き待ってる
316 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/25(月) 21:43:47.65 ID:8qLdHfgo
最初に感じたのは、冷たさだった。

限りなく氷点に近い冷水に手を突っ込んだような、凍て凝るような冷たさ。

それが右手の先から一面を埋め尽くす量の小さな小さな甲虫が大群の進行を思わせる感覚を伴って、
少女の細い腕の表面を、皮膚の内側を、掻き回すようにざわざわざわざわと這い登ってくる。

そして、遅れて感じる、ちり、と手指の先に生まれた、痒みにも似た小さな火種は、
這い進む悪寒という名の虫たちを導火線として瞬間で侵略した。

人体の想定していない圧力を拳の前面から受け、みちみちと内部に押し込まれた肉と体液は、
逃げ場を求めて手首より腕に、肩に至る血管と神経を逆流する。

その怖気でしかない感覚が右腕を埋め尽くし、肩に至り、頚を這い登り、頭蓋に達し、

ようやく、絹旗は熱とも痛みとも呼ぶにもおこがましい感覚に脳を灼かれた。



「――――――ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」



人として、得るに耐え難い悪夢のような感覚に絹旗は絶叫を上げた。
317 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/25(月) 21:59:18.90 ID:8qLdHfgo
よもや自分の口が、喉が発しているとは思えない大音は、絹旗の耳には届いていない。

――――――!

――――――!

――――――!

脳の司るはずの理性はとうに沸騰していて、知覚も感情も全てが焼き焦げ意味を成さなかった。

全身の毛穴が開き喘いでいるような気さえした。
ぱくぱくと唇はひとりでに動き、見開かれた両眼は意志とは無関係に溢れ出した涙で溢れている。
音となる振動に耐えかねた喉は痛みを発し、けれどそれよりも圧倒的な痛みによってかき消される。

痛い! 痛い! 痛い!

もはやそれが痛みなのか熱なのか、判断がつかない。
いや、僅かに残された知性は、熱と痛みが同等である事を実感として理解した。

その熱痛と驚愕と混乱と否定と涙と叫びとで塗りたくられた絹旗の表情を、海原は悲痛と悲哀と悲嘆に濡れたどうしようもないほど泣き顔に似た笑みで見つめ、

――――みしぃっ、

と、意識してなおもその力を込めた。
318 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/25(月) 22:30:49.15 ID:8qLdHfgo
……その感覚が唐突に消える。

作用点を失い、意識していた力が虚空を噛み、転ぶようにして霧散した。

海原の掲げる右手の先から力のかかる対象が失われていた。

「――――――」

視線を投げれば、数メートル先に絹旗が立っていた。

左手で、右肩を掻き抱くように掴み、その先には本来のそれから無理矢理に変形された拳の先端に付いた腕がだらりと垂れ下がっていた。

――ぼたり、――ぼたり、

と、決して少なくない量の真っ赤な血液が、もはや肉の塊と化したそこを割るように溢れ出て重力に従い表面を流れ伝い、
先端に溜まり表面張力の臨界を超えた雫が零れ落ち、灰色のタイルに激突し歪な円を描いていた。

全身は脱力し、屋上を吹き抜ける風にふらふらとその身を揺らしながら絹旗は立っていた。

その中で涙に爛々と光る両目だけは確かな力を持ち海原を凝視し、
食い縛られた口の端からは熱を帯びた吐息が胎動のように吐き出されていた。



――――ふーっ、――――ふーっ、



腕を蝕む激痛を意志の力で捻じ伏せ、もはや悪鬼の形相で絹旗は立ち、視線は海原を射抜いていた。
319 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/25(月) 23:14:43.35 ID:8qLdHfgo
正気の沙汰ではない。そう自身思う。

外部からの圧迫を受け、それから逃れる手段として。

――自らの意志で窒素を操り、より強い圧力をかけ引き抜いたなど。

お陰で思考はいつになくクリアだ。不意に受けた痛みと己の覚悟を以って得た痛みは等価値ではない。
その痛みが何なのか理解し、決意として刻んだものであれば、それは力となる。

風は相変わらず強く、ならばこの場には大気が存在する。
彼らは女王の命を待つかのごとく、ごうごうとその存在を誇示していた。

しかし相手が厄介だ。

『窒素装甲』の一番の武器は絶対の防御力にある。
だが、俗に裏当てと呼ばれる拳法の技法に似た、その鎧を抜いての直接攻撃。

絹旗が物理干渉系の能力の中で唯一の苦手としている相手だ。
これならばまだ同系統の能力で相殺される方がやりやすい。

射程も違いすぎる。先程の一撃から絹旗はそれが『念動力』の異能である事はまず間違いないと中りをつけ、それは正鵠を射ていた。

念動力とはその名の通り物に触れず力を加える能力だ。
その特性上、高位ならば手の届かない場所、相応の距離を射程とする。
その支配圏が自身の周囲僅かでしかない絹旗とは圧倒的な差があった。
320 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/25(月) 23:44:10.03 ID:8qLdHfgo
ふっ、と。

「――――――!!」

嫌な予感がして、絹旗は真横に飛んだ。

直後、絹旗の立っていた場所を中心に、空気が歪んだ気がして。

ごしゃりと。屋上に放射状の皹が走る。

慣れない回避行動に冷や汗を掻きながら絹旗は再び飛び込むような格好で跳躍する。
能力を自らに向け、半ば突き飛ばすような操作は想定以上の負荷を絹旗に強いる事になるが。

再び鈍い炸裂音。
砕けたタイルの欠片は粉となり、風に巻かれて飛んでゆく。
その間にも次の轟音が鳴り響く。

まるで見えない巨人が地団太を踏んでいるような、そんな場景。
その中を絹旗は右腕を抱え転がるようにして駆ける。
321 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/26(火) 00:04:38.65 ID:fqzx5nYo
がん! がん! ごん! がん!

工事現場の杭打ちに似た音が連続する。
違うのは一点。それが地面ではなく絹旗に向けられて打ち込まれている事だ。

一見無造作に見えるも、一定のリズムを刻んでいる。

「ダンスはお嫌いですか?」

その最悪に癪に障る笑顔に、絹旗は、

(常盤台の超お嬢相手にでもやってろ――!)

がぎり、と。

跳躍した足をそのままに、屋上に一点、突出した箇所に踏み抜くように押し込んだ。
がぼっ、と。ウエハースでも砕くようなあっけなさでコンクリート製の壁は打ち抜かれる。
砕かれた破片が、がらがらと、相応の質量が絹旗に降り注ぐがそれらは全て彼女の纏う無色透明の鎧によって弾かれる。

「生憎と――――」

左足で暗い内側に着地し、そこを基点にくるりとアイススケートの選手のようにターンを決め、

「私は超安い女じゃないですからっ!!」

抉り取るように振り抜いた右足で、半ば支えを失い揺れていた分厚い鉄の扉を高速で蹴り飛ばした。
322 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/26(火) 00:56:17.22 ID:fqzx5nYo
扉は大気にぶつかり、僅かに傾ぎながら、しかし強風に煽られながらも正面から海原に向かって突撃する。

「――――――」

それを海原は眉一つ動かさず。

――がごぉん!

耳障りな音と共に鉄板は真上から叩き伏せられ、コンクリートに杭のように打ち込まれ、海原の数メートル前でその身を固定された。

ビルに分厚い鉄板が生えているような、奇妙な光景。
だが、それには一切注意を向けることはなく、海原は前方を見据える。

視角封じ。よくある手だ。戦闘中に相手の姿を見失う事は致命傷となる。
だから海原は一度隠された絹旗の姿を目で追い。

――――――いない。
323 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/26(火) 01:04:37.44 ID:fqzx5nYo
小さく舌打ちして、海原は眼球を動かす。

屋上には身を隠す場所などなく、崩れた瓦礫の向こうにもただぽっかりと空洞が広がっているだけだ。
正面にはエレベーターの両開きの扉が見え、そこまでの廊下を埃が舞っていた。

視線を僅かに下げる。足元。階下、室内に意識を向ける。
彼女の能力は分厚いコンクリートの壁を容易く貫くものだ。
通常ならば地下であるその位置からの奇襲は確かに効果を発揮するだろう。

だが絹旗の能力の射程は絶望的なまでに短い。
何せほぼゼロ距離。絶対の領地はそれだけでしかない。
長射程を持つのであればわざわざ鉄扉を蹴り飛ばす必要はない。

――まさか、逃げたか。

如何せん海原の能力は絹旗のそれとの相性が抜群に悪い。
絹旗の能力は『相手に触れさせない』事であり、海原はその正逆、『相手に触れずに干渉する』事だ。
いくら鉄壁を誇ったところで、小学生にも見えるその小さな矮躯を直接叩けば一溜まりもない。
故に撤退もありえない事ではなかった。

だが、気付く。

下げた視線の先、もはや傷のない場所が見当たらないほど無残な様相を晒す屋上に。
深々と刺さった鉄の板。
それはビルの屋上に生えているかのごとく半身を確かに屹立させ――。



「超ちっちゃいからって舐めんなあああああっ!!」



声と共に、その身を更に小さく、鉄板の影に隠れるようにして屈めた絹旗が、扉を無理矢理に押し割りながら飛び込んできた。
324 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/26(火) 01:09:58.71 ID:fqzx5nYo
お腹すいたので休憩
もう数レスくらい続きます
325 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/26(火) 01:17:29.09 ID:KqmJJYAO
おにぎりでも食って頑張って下さい
326 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/26(火) 01:54:21.72 ID:fqzx5nYo
伸ばした左手。

より速く。より遠く。

それは何かを掴もうとするかのごとく、一心に伸ばされ。

張り詰めた指先は、海原を。





――――――ごしゃっ、





横殴りの一撃が少女の小さな体を攫い、それを真っ先に受け止めた左半身が嫌な音を立て。

「――――く――――そおおおおおおおおおっ!!」

流れに逆らうように風上へ。

宙に舞う枯葉のように絹旗の体は吹き飛ばされた。
327 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/26(火) 02:24:16.99 ID:fqzx5nYo
がしゃがしゃがしゃ! と砕かれたタイルの欠片が巻き込まれ悲鳴を上げた。
耳に響く乾いた音を撒き散らし、ナイフにも見えるそれを跳ね上げながら絹旗は無様に屋上を転がり。



――――ごづっ、



と、鈍い音を立て、絹旗の身体は屋上の端に僅かに迫り上がった部分に後頭部から激突し、ようやく止まる。

しかし彼女の身体を、分厚い石の壁も、その刃のような石片も、傷一つ付ける事はできない。
どんなに重く硬く堅牢だとして、どんなに硬く鋭く尖っていたとして、この期に及んでなお絹旗は彼女の軍勢によって守られていた。

「――――――」

だが、のろのろと起き上がるその様子を見、海原は僅かに目を細めた。

綺麗事も言い訳じみた独善も吐くつもりはない。
彼女の痛ましい様子は全て自分の手によるものだ。目の前の血塗れの小さな少女は自分の力によって血に塗れているのだ。
それを全て自分は自覚的に、その結果どうなるかを正確に理解して行った。そしてその通りになった。

だから、これは彼女に対する憐憫でもなければ、偽善でもない。



「――――――ごめんなさい」



何の救いにもならないその言葉を、けれど投げかけずにはいられなくて口にして。

海原はゆらりと頭上に伸ばされた右手を。

己の意思によって振り下ろす。
328 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/26(火) 02:34:05.18 ID:fqzx5nYo
「――――――――――え?」



海原は、どこか間の抜けた、短い声を思わず発する。

何が起こったのか理解できなかった。だからそんな声を出してしまった。

目の前は赤く、悪夢的なまでに赤く。

眼前で立ち上がろうとする絹旗が、かくりと折れ、頭から倒れ石の床に突っ込んだ。

だが、自分はまだ腕を振り下ろしていない。

その証拠に絹旗は無傷で。





――――血塗れなのは自分じゃないか。





どさりと、真っ赤な血花の咲いた屋上に、二つ目の重い音が響いた。



――――――――――――――――――――
329 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/26(火) 02:50:09.39 ID:KqmJJYAO
倒れていたのは…オレだったァ――!
330 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/26(火) 03:04:29.31 ID:usvv/sQo
はまづらか?
331 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/26(火) 03:20:03.69 ID:fqzx5nYo
まったく、人使いが荒い。

砂皿は諦めながらも、小さく、微かに溜め息を吐いた。

場所は高層マンションの一室。
だが周囲に砂皿以外の人影はない。

がらんとした空間。だが砂皿には丁度好かった。

開放された、室内とベランダとを繋ぐ大きく切り取られた空間。
そこから外を吹く強風が部屋へと流れ込んできた。

ばさばさと柔らかいクリーム色のカーテンが翻り背後で耳障りな音を立てる。
が、砂皿にその音は届かない。砂皿にはもはや除き見る小さな穴以上に重要なものはなかった。


     メイルイーター
――――鋼鉄破り。



そう呼ばれる、二メートルに近い長大な銃を手に、砂皿はその上部に取り付けられたスコープを覗き込んでいる。

既にベランダへと通じるガラス戸は砂皿の手によって取り外されている。
地上から遥か高い空を吹く風を肌に感じるが、砂皿はまるで一本の朽ち倒れた老木がごとく微動だにしない。
柔らかい毛の絨毯に腹這いになりながら、砂皿は肩から上をベランダに突き出すような格好で長銃を構えていた。
332 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/26(火) 03:52:27.80 ID:fqzx5nYo
目の前にはベランダと、そして空とを隔てる、胸辺りまでの高さを持つ壁。
しかしそこに刻まれた装飾の孔穴を銃眼として、砂皿は抱き縋るように狙撃銃を構える。

標的までは八百メートル弱。

いつもの狙撃よりも距離は近い、と認識する。
時として一キロを超える彼我の距離に弾丸を通じさせなければならないような場合がある。

失敗はできない。
自分のような暗殺を生業とする狙撃兵は一発の重さを十分に知っている。

僅か四十グラムそこそこの銃弾は本来対戦車用に作られたものだ。
それを、例えば人体に向ければどうなるか。
子供でも分かる。考えさせたいとは思わないが。

故に失敗は許されない。
目標以外にこの弾丸は命中してはいけないのだ。

……もっとも、銃弾は目標に命中したとして、貫通しそのまま飛翔を続け背後の壁へ至るだろうが、そこは学園都市の建築技術に頼る事にする。
何事も妥協は肝心だ。
333 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/26(火) 04:17:13.20 ID:fqzx5nYo
銃口と、砂皿の視線の先は灰色のビルの屋上。
先程メールで示された地点。

メールの送信者は絹旗最愛。
本文はなく、そこにはGPSの位置情報だけが添付されていた。

意味は考えずとも分かった。要するにそこを弾けというのだ。

目標地点の屋上には人影が三つ。

なるほど、どれを撃てばいいのかは一目瞭然だった。

砂皿が狙撃位置に移動し、現場を把握しようと双眼鏡で覗き込んだちょうどその時。
背の低いオレンジ色のパーカーを纏った少女が、絹旗最愛がスーツ姿の少年、海原光貴に向かって殴りかかるところだった。

双眼鏡を目から離し、何をすればいいのか理解した砂皿は無言のままに準備を始めた。

まずガラス戸を外し狙撃体制を取るためのスペースを確保するところから始め、二脚を据えスコープを覗いた時には屋上は先程の様子とは全く異なっていた。

何やら屋上はクレーターだらけになっていた。

「………………」

屋上の様子は砂皿のするべき事とは関係がない。

僅かに銃を動かし、目標の位置を掴む。

そこから周囲を吹く風の計算などを瞬時にやってのけ、銃口を微調整し、息を止め、心臓よ止まれと念じ、

――――設定は単発。数は一発で十二分だ。

狭い視界の中で絹旗が一人で吹っ飛び。

そして、砂皿はトリガーを絞る。



タァ――――――ン――――…………、



火薬が炸裂し、人を砕くための音が響いた。
334 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/26(火) 04:44:00.87 ID:fqzx5nYo
轟音と共に射出された12.7x99mm弾は灰色の雲に覆われた空の下、空間をマッハ二・七で疾走した。

ビル風が強く吹く。
重く、けれど大きい五〇口径ライフル弾はその影響をことさらに受け、その身を微かに流す。

僅か数ミリ。それは決定的な間違いとなりかねない。
距離は八百メートルに近い。ほんの爪先ほどの誤差であっても着弾点は大きく変わる。

しかし、そのビルとビルとに描かれた渓谷は、人工的に計算された風を作る。
なれば狙撃手がそれを含めて全て計算できぬ道理もなく、砂皿もまたその通りだった。

故に激しい風に揉まれながらも、それを悉く助けとして弾丸は駆け抜ける。

眼下に休日の人混みと、日常の談笑を見下ろし。
その上を、純粋な殺意そのものでしかない金属の塊は下界に委細構わず音を切り裂いた。

まるで風に舞うようにその身を虚空に躍らせ、



そして、全くの無感情を以って目標に食らいつき、戦果として真っ赤な花を宙に咲かせた。



――――――――――――――――――――
335 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/26(火) 04:47:08.08 ID:fqzx5nYo
では今日もこの辺りで
明日こそは垣根・浜面の場面に行きたい
336 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/26(火) 07:11:23.96 ID:Vyw/yNU0
337 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/26(火) 07:49:19.65 ID:KqmJJYAO
ゴルゴ砂皿
338 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/26(火) 08:13:16.89 ID:av.UAv.o
ブリーフで現れるのか
339 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/26(火) 20:55:38.18 ID:mXuEj0Uo
>>338
ビッグ・セイフ作戦のころのゴルゴはよくしゃべったな・・・
340 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/26(火) 22:00:08.86 ID:fqzx5nYo
光。

微かに、瞬いた。

小さな、ほんの小さな光は、この世に存在する何者よりも速く自己を主張する。

「――――――」

その小さな灯が何を意味するのか、理解するよりも速く。
動けと念じた。

制限時間は〇・八五七秒と少し。
しかし既に〇・三二八秒が過ぎている。
それだけあれば十分だった。

幸いにして大きく位置を変える必要はない。
ほんの少しだけ腕を跳ね上げるだけでいい。

そうして、過たずに真っ直ぐ飛び込んできたそれを。

抱き締めるように、己が意識の延長線であるものを伸ばし。



――――――成功。



そうして、大気を切り裂き衝撃波を撒き散らしながら飛来した銃弾は磁界に囚われた。
341 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/26(火) 22:26:35.78 ID:fqzx5nYo
しかし既に何もかもが手遅れで、だからこそ上手く行く。

先端から後方へ、内角二十一度。
音速の壁を貫いた事を示す衝撃波が発生する。

自然界に存在するには圧倒的過ぎる暴力を背後に現しながら、それ以上の破壊力を持つ殺意の塊は磁場に抱かれ。
差し伸べられた右薬指の付け根から体内に飛び込んだ。

瞬間、五指が吹き飛ぶ。
しかしそれには全く感情を向けることもなく弾丸は容赦なく進入する。

だが、だからこそ。
威力を食われ速度が低下する。

電磁誘導で強引にブレーキをかけながら、しかしそれを振り切らんと弾丸は進み続ける。
肉を削り、骨を砕き、血管を引き千切りながら。

もはやそれは肉体の様をしていなかった。
たおやかに差し伸べられたはずの腕はばらりと広がり、風に巻かれまるでビニールテープのように断裂する。

痛覚を感じるには少々早かった。それが救いとなる。
機械的に、拡大した自らの肉を支点として力を行使する。

――――おいで。

不自然に弾丸の先端が動く。
鋭く尖り円錐の様子をしたそこは、見えない糸に引かれるかのように首を上げた。
それによって新たな抵抗が発生する。側面を流れる血脂を弾きながら、弾丸は抵抗を少なくしようと機械的に動く。

――――おいで。

方向が変わる。
水平よりも下へ向けられた射角は、ほんの少しだけ上へ向かう。

――――おいで。

それを切欠として、音を伴うには速過ぎる高速と共に突き進む弾丸は、なお上を目指す。
手招くのは目には見えない糸。しかしその存在を弾丸は誰よりも確かに感じる。

――――おいで。

そして弾丸は。

彼女に手を引かれるように。

――――おいで。

天に向かって飛翔した。
342 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/26(火) 22:34:08.31 ID:fqzx5nYo
その目で追えるはずのない行方を横目で見送り、彼女は。



――――まだ、



来るはずの痛みはいつまで経っても現れず。
視界は意志を伴わぬまま、ぐるりと天を向く。

灰色の空。
鈍く光るビル群。



――――まだ、やるべき事が残って――、



その先端に屹立する、三枚の羽。

その翼は一瞬きらりと光を照り返し、網膜を灼く。



――――ああ――、――。



その光を仰ぎ見るようにして、彼女はその場にべしゃりと崩れ落ちた。



――――――――――――――――――――
343 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/26(火) 23:05:18.55 ID:fqzx5nYo
ばしゃりと、ペンキを叩きつけられたような感触。
それにより世界は赤く染まった。

鼻は風と、そして一秒前まで存在しなかった別の臭いを捕らえる。

「――――――」

べっとりと肌に感じる粘液質のそれを、理解できなかった。
何かは知っている。知っているけれど、それがそうだと認識する事を脳が拒否した。

――いや、本当に拒否していたのは。

そのぬめりとした嫌な感触の中に確かに存在する、僅かに弾力を持った、破片。

「――――――」

指が勝手に動き、頬を擦る。
にちゃり、と糸を引くような気持ちの悪い感触と、手指の腹に感じるぶよぶよとした質感を持つ小さな塊は。

「――――――」

首が、ゆっくりと捻られる。

――――見るな。

意志とは無関係に、けれど何か見えない糸に引かれるように、首はゆっくりと回転を続ける。

――――見るな。

視界の内に広がる真っ赤な世界が、じわじわとその範囲を広げ。
廃ビルの屋上に描かれた真っ赤な花は視界を埋めるように咲き誇り。

――――見るな。

その中に確かに彼女の残滓を発見して。

――――見るな――!





海原のすぐそばで体を大きく二つに割られた少女が大量の血液とその肉の破片を周囲に赤々とばら撒き散らばっていた。
344 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/26(火) 23:07:13.82 ID:Fd6hyBo0
なん……だと……
345 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/26(火) 23:14:27.30 ID:t9fZHggo
展開が二転三転と
346 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/26(火) 23:38:20.86 ID:fqzx5nYo
真っ赤な、真っ赤な、真っ赤な、

花が咲いていた。

いや、花ではない。
これは花弁だ。歪な楕円を描き、放射状に広がっている。

その付け根の辺りで、少女が一人分、散らばっていた。

周囲に飛び散り点々と赤を広げるそれらは、彼女の失われた部分だろう。

彼女からは右腕がごっそりと欠落していた。
いや、中途半端に胴につながったままの肉の帯がびろびろと伸び赤い液体の中に浮かんでいた。
僅かに三本。
本、という単位が通用する程度の質量で、彼女の右腕があるべき場所は形成されていた。

右肩から胸にかけてはばっくりと口を広げ、生々しい肉色の間から芽を覗かせるように見えるのは肋骨の断面だろうか。
それは本来あるべき場所まで届いておらず、その先にあったのであろう部分はきっと周囲の景色に混ざっているのだろう。

そして、開いた口。
脊椎と肋骨が辛うじてその形を止めた背に当たる部分からは中身が丸ごと吹き飛び、くりぬかれたメロンを髣髴とさせる。
ええと、あれだ。ホテルなんかで出る洒落たフルーツの盛り合わせに使われてる果物の皮でできた容器。
それをひっくり返して中身を全部ぶちまけたような、そんなイメージ。

人の、胸のところがごっそりと削り取られていた。

しかしその腰から下は比較的まともに形を止めていて、
がらんどうな胸部から覗く赤に塗れながらも新鮮な桜色を見せる臓物は寒空の下湯気を立てていた。

そして、首。
頚椎の周りにだけ肉が残り、棒のように細くなったその先。

顔が、残っていた。

けれど、どうしてだか一回り小さい。

その残された面影を見て、ようやく気付く。



口。

下あごがないのだ。
347 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/26(火) 23:45:59.07 ID:fqzx5nYo
そうして、人体をスプーンで少しずつ削っていったらこうなるのではないかという物体になった、少女だったものが。
海原のすぐ傍でばっくりと咲いていた。

「――――――――――」

足元に、魚の開きのように。
厚さを失い、平らになった少女が。

光を失った眼球は天を向き、しかし何も写してはいない。

「――――――――――」

ごうごうとなっていたはずの風はいつのまにか消えていた。

きらり、きらりとプロペラが光を反射する。

「――――――――――」

いや、風は吹いている。
その証拠に、風力発電機の羽は回り続けている。

風の音が聞こえないだけだ。

「――――――――――」

耳元で。
鳴り続ける音。

嗚呼、それは、



「――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――!!」



自分の声だ。
348 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/26(火) 23:52:10.38 ID:fqzx5nYo
「――――――――――!」

空気が震える。

「――――――――――!」

風の音は海原の喉の発する振動によってかき消され。

「――――――――――!」

真っ赤に染まった世界を塗り潰そうとするかのように。

「――――――――――!」

せめて彼女と同じく。

「――――――――――!」

喉よ割れよと言わんばかりに。

咆哮は、しかし吹き荒ぶ風によって、それ以上の世界を埋める事はなかった。
349 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/26(火) 23:52:12.66 ID:av.UAv.o
これはトラウマw
350 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/26(火) 23:57:46.16 ID:OpCtJHw0
じょ、状況が分かり辛い…今どうなってんだ
351 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/27(水) 00:03:48.25 ID:f46/HAAO
海原をおそらく妹達の一人が庇って
砂皿が撃った弾丸を磁力で自分に向けた
ってことだと思うが
352 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/27(水) 00:12:09.35 ID:w7TN2iM0
本物海原の側にいて凶弾に崩れ落ちた御坂美琴?は妹達の一人だったのか・・・いやそうだろうな・・・
ていうか海原と妹達がなぜ一緒にいたのかもよく分からないorz
353 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/27(水) 00:14:32.49 ID:xptpDcAO
まぁ後々明らかになるでしょう
354 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/27(水) 00:15:05.28 ID:G6PwOFMo
まあ彼女が妹達であるという確証もない
っていうかその辺はこれから>>1が書くことだと思う
355 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/27(水) 00:21:54.47 ID:ZnoSkL6o
風が啼く。

――――――――――、

震える空気。

――――――――――、

その中に。

――――――――――、

ノイズが混じる。

――――――――――ざ、

砂が流れるような音。

――――――――――ざざ、

それは屋上、崩れかけたエレベーターへと続く扉のあった場所にぶら下がるように残された。

――――――――――ざざざ、ざ、

社内放送用だったのであろう年代物のスピーカー。



『ざざざざざざざざ、ざ――――』



そして雑音が不意に途切れ、しかし稼動を示す小さな震えを残し。

確かな音が生まれる。



『――――――――――演算終了』
356 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/27(水) 00:34:00.99 ID:3P0Qvpko
上条スピーカー…いやなんでもない
357 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/27(水) 00:36:37.33 ID:ZnoSkL6o
声が、止んだ。

『――――狙撃手は道路に面した辺を十二時として二時四十八分方向』

震える喉はからからに渇き、しかし裂けてはいない。

『――――距離、七八八』

四肢の感覚はなく、しかし確かに地に足は付いている。

『――――上方、一度二十八分』

目は、水面を見上げるようにぼやけているが、光を受けている。

屹立する影。

見えるのは、きっと建物だろう。

『――――十八階です』

腕よ届けと。

振り下ろした。



「――――――――――――――――――――!!」



その刹那、海原の腕が伸ばされた方向にそびえていたマンションがぐしゃりと達磨落としのように三階分ほどまとめて崩壊し粉塵を撒きながら上の階が落下した
358 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/27(水) 00:41:02.98 ID:LIeVH6AO
YouTubeの「天安門事件の写真」って動画を思いだした…
戦車にひかれた人間の死体(人間だったモノ)の写真が写ってるんだけど、赤い塊があるだけで、
不思議とグロさは感じなかったな…
これはグロイが。
359 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/27(水) 00:44:01.71 ID:w7TN2iM0
>>358
交通事故直後の写真でグロイの結構ネット上に転がってるよ・・・
360 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/27(水) 00:52:48.39 ID:ZnoSkL6o
ずず…………ん…………、

地響きに足元が揺れ、けれどそんな事はどうでもよかった。

ゆらり、振り向けば、そこに少女の姿はない。
ただ錆の浮いた鉄柵が飴細工のように引き千切られ虚空へと枝を伸ばし、ちょうど人一人が通れるほどの隙間を空けていた。

「――――――」

一瞥して、海原は足元へ視線を投げる。

そこには相変わらず、少女だったものが死肉を撒き散らしていた。

「――――――、ああ」

もはや熱を失い続けるだけと成り果てた少女の傍らに海原は跪く。

「――――――じぶんとしたことが。すみません」

震える声で語りかける。

「――――――まだ、おなまえをうかがっていませんでしたね」

その小さな言葉に、返される答えはなく。

「――――――すみません。――――ありがとう、みさかさん」

虚ろとなった身体に、彼は脱いだスーツの上着をかけた。

寒風に身を晒す少女が、風邪を引かぬように。



響いていたはずの慟哭は吹き抜ける風に灰色の空に巻き上げられ、その行方は誰も知らない。



――――――――――――――――――――
361 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/27(水) 00:56:37.63 ID:LIeVH6AO
>>359
マジでか…。興味あったら動画みてみ

しかし 海原を守った少女は誰なんだ?
362 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/27(水) 00:59:31.57 ID:FLX6uCgo
私だ
363 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/27(水) 01:00:18.14 ID:xptpDcAO
なんだお前だったのか
364 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/27(水) 01:10:07.15 ID:ZnoSkL6o
疲れたので少し休憩してます
次のシーンは垣根・浜面に行くか、それとも

だから注意って言ったじゃないですか
365 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/27(水) 01:16:16.10 ID:LIeVH6AO
しかし バカか俺は…
スレチ話をして 挙げ句の果てに
リロードを忘れてカキコするとはorz

>>1 おちゅ
366 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/27(水) 01:20:00.91 ID:ZnoSkL6o
空気を読まずにレス。構わんよ

ああだこうだと考察してくれたり感想をくれるのは逆に嬉しいです
それだけ色々と思わせるようなものがあるという事なので

掲示板で書くっていうのにはそういう声を受けやすいという点もあると思ってるので
そうでないならBlogでも変わらないんじゃない?とかなんとか

さて、どれだけ期待を裏切られるか
367 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/27(水) 01:37:38.95 ID:NuRUJUEo
状況がわかりづらい
368 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/27(水) 02:41:44.92 ID:LHwmIGs0
達磨落としみたいな芸当できるのは『この』サイド的に、結標、白井、一方通行くらいで……
『この』海原と関わりありそうなのはって考えても……良く分からんぜよ。

妹達の計画凍結後? それともせずに終わった?

エツァリの海原乗っ取りは失敗している?

深いにゃー・・・・・
369 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/27(水) 03:10:58.52 ID:ZnoSkL6o
網膜を焼く閃光と、鼓膜を貫く轟音。

駆け抜けた金属片は浜面の叫びでは止まらず、瞬間で目標へ到達し、炸裂した。

ばぢ、と空気の爆ぜる音が響く。
彼女の突き出した右腕を這うように雷光の蛇が残滓として跳ねた。

「――――――」

少女の瞳には感情の光はなく、人形のような虚ろな視線を向けている。

前方。コインの駆け抜けた先。
衝撃の余波に砕けた石畳が粉塵と舞い、薄いヴェールを重ねた空間。

そこに。

白い繭のような物体が鎮座していた。

見ようによっては卵のような形をしたモノ。
しかしスケールが違う。二メートルに近いその大きさは明らかに卵であるはずがない。
そのような卵を産み落とす生物は、この地球上に存在しない。

その表面に皹が入るように亀裂が走り、そしてばらりと開く。

それは繭でも卵でもなく、翼だった。

真っ白な、鳥のような翼。

水鳥のものと似た、けれど明らかに違う質感を持つそれは。

ばさりと、翼が空を叩き砂煙を打ち払う。

「――――なんだ、その程度なのかよ」

低く、呻くような声。

さながら宗教画に描かれる天使のごとく背に三対の翼を広げた少年――垣根帝督が絶望したように顔を歪ませ、悠然とそこに立っていた。
370 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/27(水) 03:19:17.53 ID:ZnoSkL6o
その様子を見て浜面は内心安堵する。

――そうだ。そうだよな。

超能力者、垣根帝督。

学園都市の頂点に君臨する白い翼を纏う能力者。

その序列は、『超電磁砲』御坂美琴の上にある。

御坂の持つ能力はその多様性、利便性、そして汎用性から上位に数えられているだけだ。
彼らの序列は各々の能力から学園都市の得る利益によって格付けされる。

故に、直接の戦闘能力とはまったく関係がない。

思えばただ電磁を操るというだけの、既存の物理法則をなぞる事しかできない能力者に、

――――世界の法則を超越した『未元物質』が負けるはずもない。



何せあの世界の全てを手中に収めた第一位――いや、『元第一位』を下したのだから。
371 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/27(水) 03:33:04.73 ID:ZnoSkL6o
「……俺さ、今、一応第一位みてぇなんだけどさ」

垣根は両手を無造作にジャケットのポケットに突っ込んだまま目を瞑り空を仰ぐ。

「オマエに何があったのか、今一よく分かってねぇんだけどさ」

そして一息、絶望と悲哀に塗れたような嘆息を吐き。

「――――その程度なのか、オマエの『超電磁砲』ってのは」

「………………」

垣根の声に、彼女は虚ろな目を、胸の前に開いた自らの右手に向ける。
力なく開かれた五指に視線を落とし、そして頷き。

「…………ああ、やっぱり、この程度」

嘲けるようにすら聞こえる自らの声の響きに、僅かに眉を顰め。



「ここまでしても遠く及ばない――――――と、ミサカは己の不甲斐なさに嘆きます」



「――――ハハッ! なるほどなぁ――――!」

その一言に、垣根は目を見開き。

さながら歓喜に身を打ち震わせるようにして翼をはためかせ。

「テメェ――御坂じゃねぇのかよ――――!!」

獣のような獰猛な笑みを少女に向け、哄笑した。
372 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/27(水) 03:50:37.70 ID:ZnoSkL6o
「御坂、みさか、ミサカ! ああ、そうだ! 妹達、だっけなぁ!
 能力者の体細胞クローン作って意図的に能力者を生み出す量産能力者計画とかいう巫山戯た実験が、あったなぁ!!」

牙を剥くように歯を見せながら、垣根は笑う。

「『樹形図の設計者』の予測演算で失敗する事が判明して稼動前に実験が停止したと聞いてたが、アイツらやっちまってたのかぁ!」

はははははははは、と、垣根は顔面を掴むように押さえ。

「――――っざけんなぁぁああああああっっ!!」

吠えた。

「御坂が! 俺のすぐ後ろに食いついてるアイツがこの程度じゃねぇって一瞬でも喜んじまった俺はクソか!
 この程度のはずがない! この程度なはずがあってたまるか!」

叫び、垣根は、御坂美琴と同じ顔をした少女にぎらぎらと血走った目を向け。

「――――この程度の能力者でしかねぇって最初から決められたその上でオマエは作られたってのかよ、なぁ『ミサカ』!!」

魂を吐き出すような怒りとも嘆きともつかぬ感情の塗り込められた叫びに、少女はどろり濁った視線を返す。

「……そうですが、それが何か? とミサカはミサカの存在意義を肯定します」
373 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/27(水) 04:13:28.14 ID:ZnoSkL6o
小さく頷き、少女は言葉を続ける。

「ミサカはミサカであることを肯定します。ミサカはお姉様のクローンである事を誇りに思います、とミサカはあえて抽象的な単語を用います。

 ミサカはお姉様のDNAマップを元に作られた母無き命。その血脈が刻む道と外れた異形。
 確かにミサカは人の手によって作られた魂無き虚ろな肉の塊、とミサカは実態の不明な存在について言及します。

 けれど、こうしてわざわざ口調を真似てまで下手な演技を続けたのも、全てはミサカなればこそ。
 ミサカがミサカだから、ミサカはお姉様の役に立てる、とミサカはこれを己が本懐とします。

 …………これはミサカにしかできない助演。ミサカ以外に誰がお姉様の代役を担う事が出来るでしょうか。
 誰ができたとして、それをミサカは許しません、とミサカは身体的特徴を武器として他の役者を蹴落とします。

 故に、ミサカはミサカである事を肯定します。あなたに否定される謂れはありません、とミサカはあなたの発言を否定します」

その表情とは裏腹に、淀みなく、機械的に彼女は言い。


            Q . E . D .
「――――以上、存在証明終了、とミサカは締め括ります。……ご理解いただけましたか?」



僅かに小首を傾げ、矢張り無感情な視線を垣根に投げかける。
374 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/27(水) 04:21:29.78 ID:ZnoSkL6o
ちょい時間がやばいので中途半端ですがここまでで

少しずつの種明かし。若干予定が繰り上がってますがご愛嬌
375 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/27(水) 07:04:56.53 ID:SOFLAESO


>>368
達磨落としは多分海原(本物)自身がやったんだと思うんだが
376 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/27(水) 15:24:01.71 ID:DEl4ry.o
支援。主語が大量に隠されて正直読むのにすごいストレスかかります。毎回初め正体不明でなくても良いのでは
377 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/27(水) 15:28:03.03 ID:8XO9Y4Io
正直言って読んでも状況把握しにくい
地の文じゃなくて台本形式の方が向いてるよ
378 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/27(水) 15:30:46.94 ID:fWat7pko
脳みそ足りてないだけだろ
379 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/27(水) 15:40:20.09 ID:o5dYp.DO
まあ分かりにくいのはある
主語隠しが同じ場面で連続すると辛いもんがある
380 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/27(水) 15:54:36.39 ID:ZtF9YMDO
無理に難しい言葉使いすぎ。
意味はわかるけど、もっと優しい表現使った方が良いと思うぜ俺は
381 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/27(水) 17:32:05.59 ID:FLX6uCgo
テンポがなぁ
382 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/27(水) 18:24:45.04 ID:3v8BzkAO
チンポだなぁ
383 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/27(水) 18:37:22.67 ID:jCz2LsDO
面白い
384 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/27(水) 19:09:24.30 ID:M4FgwwYo
これだけ書けるのはすごい
385 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/27(水) 19:11:52.54 ID:ZnoSkL6o
そこだよなあ

意図的にやってる部分もありますが、如何せんこういう形式は初めてなので半ば手探りです
一発書きとかその辺含めてご容赦をば。もう少しすれば多少マシにはなるかと
386 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/27(水) 20:41:02.62 ID:P/tF0zgo
このへんはまだ勿体ぶるパートだろうから仕方ないよ。
そんなに気になるほどでもない。
387 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/27(水) 20:56:24.59 ID:w7TN2iM0
この辺は演出が重要だから必要以上に判りやすくする必要は無いけれど
5W1Hをもう少し判りやすくした方が読者にとっては親切だと思う
388 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/27(水) 21:13:55.97 ID:Cc0tJjoo
勿体ぶるのと分かりにくいは違う。

でも好悪の感情をぶつけるのはともかく
主語隠し、場面転換の多用、時系列等の不確定、キャラの状況や目的の不明が
話の為に必要な演出であるのかが現時点では分からんから
まだ批評するような段階ではないだろ。
389 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/27(水) 21:37:18.68 ID:ZnoSkL6o
「…………つまり、何か」

垣根は彼女の解に答えるように。

「オマエはそれでいいって訳だ。全て御坂の代わりに存在すると」

呟きにも似た小さな声に、少女は頷く。

「ミサカはお姉様の身代わり人形。存在そのものがお姉様の代理品。
 ミサカ  ミサカ    ミサカ
 妹達は、代役として、お姉様であり続ける事を望みます、とミサカは唯一の望みを吐露します。

 ミサカは、ミサカとして生まれ、ミサカとして生き、そして――」

一息。

「――ミサカとして死にます。……とミサカは、それをたった一つの冴えたやり方の解だと信じるが故に」

そして、沈黙。

周囲に既に人影はなく、大通りには垣根と、浜面と、そして二人がいるだけだった。

びゅうびゅうと強い風が啼き、髪を撫でる。
正面、前方の二人の方から吹き付ける抵抗に垣根は俯いていた顔を起こし。

「――――了解した」

風を叩き伏せるように垣根はばさりと翼をはためかせた。

「なら、そう扱ってやる。あぁ、『ミサカ』――オマエらを残らず舞台から引きずり落として主演を引きずり出してやるよ」

獰猛な、怒りとも悲しみともつかぬ感情に満面を染めながら、垣根はようやく両手をポケットから引き抜き。

「大丈夫だ――死なない程度に優しく叩き潰してやる」

吹く風に逆らうように、突風が生じた。
390 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/27(水) 21:51:28.58 ID:ZnoSkL6o
その様子を少し離れた場所から浜面は見ていた。
その場を一歩も動けぬまま、一言も発することも出来ぬまま、浜面は観客に徹する事しかできなかった。

少年の声も、少女の答えも、何一つ理解できない。

垣根が何を思っているのか理解できず、何を思って御坂美琴と同じ容姿をした少女の言葉を聴いていたのか。

浜面には理解できない。

そして、浜面には垣根の表情の見えぬまま。

その翼が大気を打ち、烈風と共に『何か』が起きた。

それは既存の言葉では表現のしようもない荒々しい力の奔流。
あえて形容するならば純白の炎の槍だった。

垣根の背に広げられた翼を基点とし、陽炎のように形の定まらないそれは大気を轢き潰しながら一直線に貫いた。

向かう先は少女。

代役と。そう自身を呼んだ少女だ。

垣根の背の翼と同じ色をした不定形の暴力は空間を引き裂き疾走し、そして。

少女と純白の間に、彼女の隣に立つ少年が飛び込んできた。
391 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/27(水) 22:03:44.00 ID:ZnoSkL6o
少年の前には握り締められた彼の右手。

まるで殴りつけるように突き出された拳は、垣根の放った形容し難いそれに向けられていて。

次瞬、何かが砕けるような音が通りに響いた。

同時に純白の力がその行き場を失ったかのようにばらりと解け、のたうつように宙を掻き、そして霧散した。

……一体何が起こったのか。浜面には理解できない。

たった一つ確かに直感した事は、その黒いツンツンした髪の少年が『何か』をしたという事だ。
『何か』が何なのか。浜面には理解できない。

少年の眼前には握られた右手が突き出され、

そしてそれは浜面をようやく動かすには十分なものだった。

「――垣根ぇ!」

浜面は今まで圧迫され続けていた言葉を叩きつけるように叫ぶ。

何故なら、彼の記憶の中では。

目の前の、黒いツンツンとした髪の少年は。

「そいつは――上条当麻じゃねえ!」

何の力も持たない、自分と同じ無能力者の少年なのだから。
392 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/27(水) 22:13:59.66 ID:06FOYl20
さつじんビーム無効化は…できるんだろうなぁ多分
因果の"因"が異能なら、"果"も無効化ってのは
電磁砲の運動力消せる時点で明らかだし
393 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/27(水) 22:30:13.06 ID:ZnoSkL6o
だが浜面のその認識は正しく間違っていた。

上条当麻という名の少年。

能力そのものの発現を測定する学園都市のシステムでは彼の所持する異能を計測することはできない。
故に上条当麻の判定は無能力者。超能力者・垣根帝督とは対極に位置する。

しかし、彼は唯一無二の能を持つ。


    イマジンブレイカー
――――『幻想殺し』。



そう呼ばれる、ありとあらゆる異能を、魔術を、幻想を打ち砕く彼の拳の存在を浜面は知らない。

それがどんなに強力無比な能力だろうが、どんなに複雑怪奇な魔術だろうが、彼の拳に触れるだけで雲散霧消する。

たとえ神の奇跡であろうとも打ち消すと称された力。

ありとあらゆる幻想を殺す、否定の権化ともいえる右手。

その存在を浜面は知らない。
394 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/27(水) 22:48:27.25 ID:ZnoSkL6o
いつの間にか空を覆っていた雲はそこかしこに切れ間を生み、開かれた口からは真っ赤な夕焼け空が覗いていた。

それはどこか傷口のようにも見える。
切り裂かれた雲はその奥に隠されていた赤を曝け出していた。

「――――テメェ。今、何をした」

暗く、感情を押し殺したような声。
垣根は半ば呆然として彼を見つめていた。

「…………ああ。意外と、なんとかなるもんだな」

対し、彼に垣根の言葉は届いているのか。
どこかぼんやりとした口調で少年は呟く。

そのどうにも無視するような調子に、垣根の感情がぎしりと軋みを上げる。
ばさぁっ――、と垣根の背の純白は己の存在を誇示するように大きく翼を広げ。

ひらり、羽毛を模した光が一片、垣根の眼前に舞い降りる。

「――――何をしたって聞いてんだよぉっ!!」

その小さな光が意志を持つように跳ね少年に向かって飛翔した。
395 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/27(水) 23:20:05.45 ID:ZnoSkL6o
打ち出された光は一直線に、流星のように少年へと突撃する。

ほんの小さな光。触れれば砕けてしまうような、微かなものだ。
しかしそれは印象とは全く異なり、破壊と暴力と殺人の化身だった。

風切り音一つ立てず光は疾走し、一瞬で間隙を埋める。

しかしそれに対し、少年は僅かに右腕を動かすだけだった。

そして、再び何かが砕けるような音。

砕かれたのは光だった。

羽毛を模した光は硝子板のように割れ、砕かれ、粉微塵になり、そして吹く風の中へ溶け消える。

「――――それがオマエの『幻想殺し』か」

呻くような垣根の声に、少年はようやく声を返す。

「――――あぁ、」

彼はゆっくりと、首を振る。

否定とする、横に。

「コイツはそんな上等なもんじゃねえよ」
396 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/27(水) 23:28:29.74 ID:3P0Qvpko
「テクノブレイカーだ」
397 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/27(水) 23:30:05.44 ID:ZnoSkL6o
雲間から差し込む夕日にビルが赤く光る。

まるで世界が燃えているようだった。
無機質な、静謐な炎。その様子はさながら煉獄を思わせる。

夕日は垣根の前方。少年の背の方から差し込んでいる。
それは逆光となり、少年の顔は黒く影に塗り潰される。

「――――やっぱり、疲れるなコレ」

もう一度、横に首を振り、少年は嘆息する。

そして握りこんだ右手をやや大きく動かし――。

「――――――!」

反射的に垣根は翼を動かす。

三対の内、四枚。右の上中と左の上下。
回り込むような動きをして垣根の眼前へとその身を重ね、そして。

その内の一枚、最前にあった右の中翼が音を立てて砕けた。
398 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/27(水) 23:54:31.99 ID:ZnoSkL6o
舞い踊る小さな光。

まるで飛散する羽毛のようにも見えるそれは、垣根の翼の残骸だ。
砕けた翼は光の粒子となり、拡散し、粉雪のようにその身を風に躍らせる。

夕日を受け、赤い火の粉のように舞う光は、やがて消える。
後に残るのは変わらぬ空間と、そして夕暮れに赤く染まる雲と空。

雲はもはや引き千切られるようにその分厚い身を裂かれ、赤く、そして夜色に変わりゆく空がその先に広がっている。

そして、ぽつりと光。

星だ。

陽の色と闇の色の狭間に、星が輝いている。

「これはただ――――」

黒いツンツンした髪の少年は苦々しく笑い右手を横に払い。

――――そして垣根はようやく気付く。

いや、気付いてはいた。
気付いてはいたが、それが何なのか理解できなかっただけだ。

きらり、瞬いた。

真正面から、突き出されるように向けられた彼の右手。





その内に握られた夕日を受けてもなお黒く光る鉱石で出来た刃のような物体が、



「――――あなたの『未元物質』を分解させてもらっただけですよ」



宵の明星の光にその身を煌かせた。





「テメェ――――海原光貴かあああああああああああああああああああああああっっ!!」
399 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/28(木) 00:00:09.36 ID:U9x5QIw0
その はっそうは なかった
400 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/28(木) 00:02:09.38 ID:eGZqYC2o
トラ(ryの槍マジパネェww
401 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/28(木) 00:03:23.09 ID:zHX0jiw0
すげえ
マジで驚かされた
402 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/28(木) 00:03:32.28 ID:FIdMVDco
皮被りの人じゃないですか
403 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/28(木) 00:04:23.73 ID:VkfjHrgo
ミスリードぱねぇ
404 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/28(木) 00:19:18.59 ID:nT7BbFMo
やられた
405 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/28(木) 00:23:48.60 ID:Utq0Yqg0
上条さん皮剥がれたのか?
406 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/28(木) 00:30:36.16 ID:0./ouAAO
皮っつっても護符作るだけなら10cm角程度だし
やりそうといえばやりそう
407 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/28(木) 00:39:35.78 ID:NS03Hw2o
上条さんの右手をちぎる→生える→ちぎる→はえry

こういうことだろ
408 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/28(木) 00:55:57.89 ID:T6np2qYo
宵の明星。

太陽、そして月に次いで明るく輝く星。

その光は、金星だ。

古来よりその美しい輝きは人々の歴史の一部となり、ギリシャ神話では美の女神アフロディテに例えられる。
バビロニア神話に於いても女神イシュタルとされるその光は、美と豊穣と勝利とを司る。

しかし、その一方で不吉を象徴する星でもある。

アフロディテの崇拝を怠った王女は父王に恋する呪いを受ける。
イシュタルに恋をした英雄たちは、死の運命に呪われる。

日本神話の天津甕星は天津神に反逆する悪神であり。
十字教神話では『輝ける者』堕天使の長ルシフェルである。

そして、アステカ神話においては。

夜闇、魔術、そして黒曜石を司る邪神テスカポリトカの化身とされ、
地上悉くを皆殺しにする槍を持つ、太陽に刃を向けた破壊と殺戮と霜の神。

その銘を冠し、またその末路といわれるイツラコリウキの意味する黒曜石のナイフを用いた魔術。

「今は違いますよ」



――――名を、トラウィスカルパンテクウトリの槍という。



「上条――と呼ばれるのは癪なので、エツァリと。そう呼んでください」

そう、アステカの魔術師の少年は曲がった笑顔を垣根に向け、ナイフを煌かせた。
409 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/28(木) 01:21:02.82 ID:T6np2qYo
「ちっ――――」

舌打ちし、垣根は翼で空を打つ。

目的は飛翔。方向は頭上ではなく右横。
後に残滓として遺された紙吹雪のような光の一枚が、ナイフに反射した微かな光を受け砕けた。

「なんだそりゃぁ――出鱈目にも程があるぜぇ!」

声と共に白が打ち出される。
数は五。ラグビーボールのような形状をした二十センチほどの、のっぺりとした妙な光沢を持つ塊は弧を描き少年――エツァリへと殺到する。

彼は迷うことなく真横に飛び、垣根の攻撃を回避する。
石畳に突き刺さるように打ち込まれたこの世のものではない弾丸は、舗装された路面を易々と砕き、そこで留まる事なく地中深くへと消えていった。

直後、ガァン――! と大気が砕けるような音。
浜面の網膜に、ほんの一瞬だけ姿を現した極限まで凝縮した輝きを持つ光の蛇が焼きつく。

それはほぼ水平に現れた稲妻。
御坂美琴と同じ姿をした少女の、御坂美琴に劣る能力によるもの。
だが十分な破壊力を持ったそれは空間を一直線に割り割り開き、垣根へと打ち込まれる。

「二対一かよチクショウ! ハンデくれハンデ!」

垣根は軽口にも聞こえる言葉を吐きながら、雷撃を受け止めた翼を振り払った。
410 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/28(木) 01:26:13.09 ID:T6np2qYo
明日早いので今日はここで

はい、読者を意図的に混乱させるように書いたのも全部ここまでの布石でした
これからも続きます
411 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/28(木) 01:30:19.46 ID:T6np2qYo
/   //   /   //    ______     /   //   /
 / //   /|   r'7\ ,.ヘ‐'"´iヾ、/\ニ''ー- 、.,   /    /
  /   / |  |::|ァ'⌒',ヽ:::ヽrヘ_,,.!-‐-'、二7-ァ'´|、__
`'ー-‐''"   ヽ、_'´  `| |:::::|'"       二.,_> ,.へ_
         /  //__// / / /      `ヽ7::/
 で 海     |  / // メ,/_,,. /./ /|   i   Y   //
 す 原 だ.  |'´/ ∠. -‐'ァ'"´'`iヽ.// メ、,_ハ  ,  |〉
 か だ  か ヽ! O .|/。〈ハ、 rリ '´   ,ァ=;、`| ,ハ |、  /
  ァ 海 ら   >  o  ゜,,´ ̄   .  ト i 〉.レ'i iヽ|ヽ、.,____
  |  原  最  /   ハ | u   ,.--- 、  `' ゜o O/、.,___,,..-‐'"´
  |  だ 初   |  /  ハ,   /    〉 "从  ヽ!  /
  |  っ .か   |,.イ,.!-‐'-'、,ヘ. !、_   _,/ ,.イヘ. `  ヽ.
 ッ .て  ら  |/     ヽ!7>rァ''7´| / ',  〉`ヽ〉
 ! ! 言  ず   .',      `Y_,/、レ'ヘ/レ'  レ'
   っ   っ   ヽ、_     !:::::ハiヽ.   //   /
   て   と   /‐r'、.,_,.イ\/_」ヽ ',       /  /
   た      /    `/:::::::/ /,」:::iン、 /    /
   じ     〈  ,,..-‐''"´ ̄ ̄77ー--、_\.,__  /
   ゃ  ,.:'⌒ヽ ´         | |  , i |ノ   `ヾr-、
   な
   い
412 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/28(木) 03:30:27.88 ID:VZB/rXk0
この御坂妹、プロスネークさんと考えると惚れるんだが・・・
413 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/28(木) 04:26:56.77 ID:NS03Hw2o
全てを台無しにする20000号がアップを始めました
414 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/28(木) 15:11:01.90 ID:ZssFsoDO
ごまかすというより
ただ単に読みづらいだけの文章
415 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/28(木) 17:37:48.08 ID:FdQyrnwo
だからなんなんでしょう
416 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/28(木) 22:07:47.94 ID:eL9MLrQ0
大丈夫だ、問題ない
417 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/29(金) 11:28:04.08 ID:BkqN0Cso
読み辛いのは面白ければ気にならないもんでしょ
そうでなければ、それこそ回れ右でどうぞ
418 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/29(金) 16:29:13.11 ID:4AIfmuk0
 | 三_二 / ト⊥-((`⌒)、_i  | |
 〉─_,. -‐='\ '‐<'´\/´、ヲ _/、 |
 |,.ノ_, '´,.-ニ三-_\ヽ 川 〉レ'>/ ノ 
〈´//´| `'t-t_ゥ=、i |:: :::,.-‐'''ノヘ|
. r´`ヽ /   `"""`j/ | |くゞ'フ/i/
. |〈:ヽ, Y      ::::: ,. ┴:〉:  |/
. \ヾ( l        ヾ::::ノ  |、 関係ない。続けろ。
 j .>,、l      _,-ニ-ニ、,  |))
 ! >ニ<:|      、;;;;;;;;;;;;;,. /|       ___,. -、
 |  |  !、           .| |       ( ヽ-ゝ _i,.>-t--、
ヽ|  |  ヽ\    _,..:::::::. / .|       `''''フく _,. -ゝ┴-r-、
..|.|  |    :::::ヽ<::::::::::::::::>゛ |_   _,.-''"´ / ̄,./´ ゝ_'ヲ
..| |  |    _;;;;;;;_ ̄ ̄   |   ̄ ̄ / _,. く  / ゝ_/ ̄|
:.ヽ‐'''!-‐''"´::::::::::::::::: ̄ ̄`~''‐-、_    / にニ'/,.、-t‐┴―'''''ヽ
  \_:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::\ /  /  .(_ヽ-'__,.⊥--t-⊥,,_
\    ̄\―-- 、 _::::::::::::::::::::__::/  /  /   ̄   )  ノ__'-ノ
  \    \::::::::::::::`''‐--‐''´::::::::::/  / / / ̄ rt‐ラ' ̄ ̄ヽヽ
ヽ  ヽ\   \:::::::::::::::::::::::::::::::::::::/      /   ゝニ--‐、‐   |
 l   ヽヽ   \:::::::::::::::::::::::::::::::/           /‐<_  ヽ  |ヽ
419 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/29(金) 21:19:22.53 ID:J5G9ZYYo
(クソッタレ……!)

垣根は内心慌てていた。

目の前の、上条当麻の姿を纏った少年。
彼――彼、だろう――の能力は垣根の理解の範疇を超えていた。

垣根は自身の能力を過信していた訳ではない。
驕りは身を滅ぼす。そう認識していた。

『未元物質』とはこの世の法則を無視する異界の力。
一から十まで把握するには異常過ぎる能力。
だからこそ、それを振るうのも打ち破るのも難しい。そのはずだった。

だが彼は――どんな手段を以ってしてか、その力に対抗していた。
その方法は幾つか考えられる。しかし、彼の用いた手段はその中のどれでもない。

――――分解。そう言っていた。

ブラフという可能性もあるが、直感的にそれはないと判断した。
敵に手の内を晒すのは愚行でしかない。だからこそ恐ろしかった。

手にした鉱石の刃物は能力の補助具だろう。それが閃く度に己の能力が打ち砕かれる。
そのトリガーとなる動作は分かっていても対処ができない。

そう。彼は垣根が『分解』に対して対処ができないと、そう言っているのだ。

(俺は――――学園都市の第一位だぞ!)

歯噛みする。所詮垣根は虚構の王でしかない。そう言われている気がした。
420 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/29(金) 21:44:12.85 ID:J5G9ZYYo
ばがん、と鈍い音。
背の翼、左の一翼が砕かれた。

冗談じゃない。垣根は翼で風を打ち、低空を駆け抜けるように飛翔する。

垣根の能力『未元物質』の最大の長所は、対抗できない事にある。
既存の物理法則に束縛されない存在だからこそ、この世界に捕らわれた存在では太刀打ちできない。

だが同時に、『未元物質』はこの世界に顕現した瞬間から、この世界の法則に捕らわれる。
そうでなければ物に触れる事はおろか目に見えることすらできない。垣根自身が認識する事すらもできないのだ。
だからこそそこに弱点があるが――。

(コイツはそんな生温いもんじゃねぇ……)

飛来した雷の槍を翼で叩き落しながら垣根は考える。

(コイツ――『海原光貴』は学園都市の人間じゃねぇ。どっか外部組織のスパイか、そんな感じだったはずだ。
 なのになんでコイツは能力者なんだ。まさか『外』でも能力者の開発に成功したのか? この特性は『原石』って感じじゃねぇし)

「くのっ…………オラァ! コイツならどうだ!?」

背の翼が虚空を打つと同時、何もなかった空間から金属の光沢を持つ鋼色の炎が噴出した。

「………………」

だが、それも少年の切り払うような動作の一つで見えない手に破られる紙のように砕かれる。

「マジかよ。常識外れにも程があるぜぇ!?」

「…………あなたにだけは言われたくありませんよ」

うるせぇよ、と垣根は口の中で小さく呟いた。
421 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/29(金) 23:02:39.57 ID:J5G9ZYYo
(ぶっちゃけ御坂……じゃねぇ、『ミサカ』はどうって事もねぇ。見かけによらず戦闘慣れしてるが非力すぎる。
 だが偽上条――エツァリだったか? アイツは厄介すぎる。
 『未元物質』に干渉してくるなんて……因果律でも操作してんのか?)

もはや四枚となった翼がはためき、次の瞬間倍以上にその面積を増やす。

「これならどうだよっ……!」

広がった翼の表面がぐにゃりと歪み、小さく、見えない糸に引っ張られるように曲線を描きながら突き出される。
水飴のような粘性を持って変形する部分は翼の表面を埋め尽くすように瞬く間に数を増やし、
さながら剣山にも見えるそれら獲物を串刺さんと一斉にその長さを幾倍にも伸ばした。

が、無数の槍が貫いた空間に目的の相手はいない。
目を遣れば上方、彼は少女に手を引かれ、そして少女は少年の手を取り街灯にぶら下がっていた。
電気を操る能力者。その力を使えば、磁力を発生させ、こうして金属物に張り付く事もできる。

(うっぜぇ……!)

彼らは己の分を弁えている。
少女のそれは、原型である姉に遠く及ばず、だからこそ補佐に徹している。

前衛に少年、後衛に少女。

対してこちらは。

(仕事しろよ使えねぇな…………!)

背後の無能力者の少年に、垣根は口には出さぬものの毒を吐かずにはいられなかった。
422 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/29(金) 23:32:27.88 ID:J5G9ZYYo
雷光は幾度か浜面に向かって放たれている。しかしその度に垣根がそれを打ち落としていた。
そもそも彼に秒速百キロメートルを超えるそれに反応できるとは思えないし、できたとして抵抗できずに紫電の餌食になるのがオチだろう。

(ここで死なれても後が怖ぇしなぁ……)

また一つ雷電を弾き、垣根は僅かに顔を顰める。
昨日あれだけの大口を叩いたのだ。後ろ指を指されるだけでは済まないだろう。
麦野あたりならそれで済むかもしれないが、それが滝壺の場合後ろから刺される。

(世知辛いぜ、まったく……)

状況は好転しない。どころか足手まといのお陰で半ば一方的ですらある。

(相手の能力もいまいちよく分からねぇし……一度退くか)

背の翼が動き、仄かに黄色い光球が生まれる。
握り拳ほどの大きさのそれは四つ。
緩いカーブを描きながら前方に飛んでいき、それに反応した少年が回避行動に移ろうと腰を低く落とすが。

半ばほどの地点で光球は閃光を放ち炸裂した。
423 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/30(土) 00:11:20.96 ID:anSjVvYo
翼を前方に展開し光を防いだ垣根は背後に飛び退る。

「――おい垣根!」

眩しさに思わず目を堅く閉じた浜面の横に立ち。

「文句は後だ。一度退いて……」

「複数撃つか面で攻撃しろ!」

「――――あぁ?」

浜面の言葉に、怪訝そうに眉を顰めた。

「アイツ、一回につき一発しか打ち消せてねえんだよ!」

その言葉に、垣根は一瞬言葉を失い。


「………………あぁ」

と、どこか呆けたような表情で小さく頷き。

「ナイスだ浜面ぁ! 後で抱き締めてやるよ!」

勘弁してくれ、という小さな呟きは、直後起きた爆音でかき消された。
424 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/30(土) 00:26:18.26 ID:Lvuoqwg0
正直、真の意味で裸一貫、身一つで勝負してる浜面がサポートで光る作品はマジで素敵だ
抱きしめてやってくれ
425 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/30(土) 01:01:10.31 ID:anSjVvYo
――――――――――――――――――――



「これはバレましたね、とミサカはお姉様に倣って磁力で金属障壁を形成しながら呟きます」

「バレましたねぇ。どうしましょう」

「ミサカでは彼の能力には対処仕切れませんが、とミサカは己の不甲斐なさに歯噛みします」

「自分も、さすがに無理そうなんですが」

「逃げますか、とミサカは提案します」

「実に魅力的な提案ですが、いけますかねぇ」

「なんとかなるでしょう、とミサカは根拠のない楽観的な言動を取ります」

「なんだか途端に無理な気がしてきたんですが」

「いいえ、なんとかしましょう、とミサカは頷きます」

「なんとかなりますか」

「なります。何故ならミサカは出来る女ですので、とミサカは誇らしげに胸を張ります」

「ちなみに、具体的には?」

「こんな感じで如何でしょう、とミサカは空を指差します」

「…………さすがですね」

「お褒めに預かり光栄です、とミサカは社交辞令として礼を返します」



――――――――――――――――――――
426 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/30(土) 01:15:35.05 ID:anSjVvYo
先にそれに気付いたのは、浜面だった。

強風の奏でる唸るような、啼くような音と、垣根の『未元物質』の爆音、そして雷光の弾ける音。
それらに混ざって、妙な音が聞こえた。

――なんだ。

聞きなれない音の正体を確かめようと、辺りを見回した時だ。

ビルの影からぬっと顔を出したそれと目が合った、気がした。
目などどこにもないのに。

それはビルとビルの谷間を高速で駆け抜け、物理法則を無視したような急停止をかけこちらに向き直り。



HsAFH-11――――通称『六枚羽』と呼ばれる、無人戦闘ヘリが。

搭載された機銃とミサイルの発射口を向けていた。



「ちょっ、待っ、勘弁――!?」

浜面の叫びはまたしてもかき消される。

無人故に電撃使いに制御を奪われた『六枚羽』がその砲口という砲口から鉄と火薬を撒き散らしながら一直線に突っ込んできた。
427 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/30(土) 01:37:07.76 ID:anSjVvYo
「ちぃっ――――!」

一拍遅れて気付いた垣根は一声呻くと同時に翼を広げる。

(三方向から――同時攻撃がこっちにも有効なのには変わりないか。
 何せ足手纏いが……)

そこまで考えて、頭を振る。

(足手纏い? そんなはずがあるか。無能力者なのにいいキレをしてやがる)

――いや、無能力者だからこそ、か。

垣根はヘリに視線を向ける。

背に残された翼は四枚。

一枚は背後、少年の、『分解』から身を守る盾として。

一枚は側面、蚊柱のようにも見える砂鉄の嵐でを弾き飛ばす。

そして一枚はすぐ傍、浜面の前に立ち塞がるように伸ばされ。

「――ま、俺も超能力者だ」

爆音に遮られ、聞かれない事を確信として。

「無能力者の一人や二人、守りながらだって戦えるさ」

残る一枚を刃のように切っ先を突き付け、垣根は嘯いた。
428 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/30(土) 01:59:09.68 ID:anSjVvYo
ばぎん、と金属の砕けるような音。

ミサイルが着弾し、火炎と爆音を撒き散らす直前、浜面はそんな音を聞いた。

黒煙が上がり、だがそれは即座に強風に煽られ吹き飛ばされた。

浜面の前に広げられた翼の、僅かにある隙間から『六枚羽』が見える。

それは直前の姿とは異なり、その巨体をばらばらに打ち砕かれていた。

その呼び名の元となった六枚の『羽』は据えられていた機銃やミサイル発射口を取り落とし、

宙に液体燃料を飛散させ、自らの生み出した風で撒き散らし、

腕を広げるように、分断された回転翼だった金属片が四方へ吹っ飛び、



「「――――おいおい」」



浜面と、垣根の声が重なった。

「浜面、頭下げろ」

垣根の翼が、身震いするように羽毛を模した光を撒き散らす。

「クソ、アイツらよく分かってんじゃねえか」

この時ばかりはさすがにどうする事もできず、浜面はアスファルトに伏せるように身を屈めた。

直後、無傷で一部品ごとに細かく分解された金属パーツが、磁力に手繰られながらその尖った切っ先を向け突撃してきた。
429 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/30(土) 02:08:13.70 ID:anSjVvYo
少し休憩。
この辺りの描写はほぼ即興なので細かい矛盾とかに気付いてもスルーしといてください。
430 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/30(土) 03:00:06.31 ID:zn8TW.AO
超乙かれです。
431 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/30(土) 03:52:06.98 ID:anSjVvYo
まっさきに飛んできた主翼の一本。
剣のようにも見えるそれを羽でいなすように背後に打ち払い、垣根は意志に力を込めた。

「――――らぁっ!」

翼の一振りで鋼の槍を纏めて叩き落とす。
しかし落下した鉄塊は地に当たると同時、再び磁力に手招かれ跳ね舞う。

(砕いてもその分数が増えるだけだ)

確認するように小さく呟き、垣根は左右の翼を両手を広げるように大きく広げる。

「よぉっ――――」

ばがぁん! と空気を砕くような音が通りに面した店の、幸いにも残っていた窓ガラスを振るわせる。

「空き缶は潰すのがマナーだぜっ……!」

その面積を広げ、拍手を打つように衝突した二枚の翼が宙を踊る金属片を纏めて圧縮する。
めこべきばきごり、と骨に響くような嫌な音が続くが。

ばちん、と空気に走る雷光。
引き金に、部品と共にばら撒かれ蒸発し体積を増しながら拡散した液体燃料が爆発した。

「重ね重ねで飽きさせねぇなぁ!」

打ち合わせた翼をそのままに、地に叩き伏せるように爆炎ごと薙ぎ払い振り下ろした。
432 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/30(土) 04:17:10.00 ID:anSjVvYo
…………違和感。

飛んできた雷電の槍を振り向きすらせず打ち払いながら垣根はそれが何なのかと思考する。

何かが足りない。そんな気がした。

ほんの、本当に僅かな間だけ考えて、そして。

「――――――くそっ!」

苦渋に顔を染めながら振り向く。

ほんの少しの間だが、徐々に浮き彫りになってきた違和感。

――攻撃がこないのだ。

垣根の『未元物質』を砕く事ができる、あの正体不明の『分解』が。
最後に向けられたのは垣根ではなく『六枚羽』で。
それからずっと、『分解』の盾になるように、遮るように翼を一枚広げていた。

それが無傷なのだ。

垣根は何より己の愚鈍さに呪いの言葉を吐き捨て、背後を見た。

……果たしてそこには、少年の姿はなく、ただ一人、青白い雷光を纏う少女が立っていた。

「所詮時間稼ぎですが、いかがでしたでしょうか、とミサカは感想を求めます」
433 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/30(土) 04:30:43.73 ID:KFGt4FUo
おいやめろ
434 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/30(土) 04:35:41.61 ID:anSjVvYo
「……有能だな」

垣根は感嘆するように、あるいは呆れるように、はぁ、と溜め息を吐き額を押さえた。

「そういう女は好みだぜ。口説いていいか」

「ミサカ、まだゼロ歳ですが。外見年齢もお姉様基準で中学二年です、とミサカは確認を取ります。
 ……もしや、これが噂に聞くロリコンという奴ですか、とミサカは聞きかじった程度の知識で応答します」

「………………まぁ、立ち話もこれくらいにしようじゃねぇか」

肩を竦め、垣根は一歩、少女に近付く。

「場所を変えてゆっくり話そうぜ。浜面、車を――」

「お断りします、とミサカは即答します」

言葉に被せるように、少女はきっぱりと言い切った。

「言いましたようにゼロ歳児ですが、ミサカには心に決めた相手がいますので」

「手厳しいな。ソッコーでフられたぜ」

垣根は彼女の言葉に、やれやれと大仰に肩を竦め。

「テメェの意見なんざ聞いてねぇよ」

同時、不意に、彼女の右足がぐしゃりと潰れた。
435 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/30(土) 04:56:10.93 ID:anSjVvYo
見えない手で握り潰されたように、膝を中心として二十センチほどが平面となる。
意味を成さなくなった関節はバランスを崩す。だが少女は予想していたかのように踏み止まった。

その様子に浜面は戦慄する。

彼女の顔は相変わらず仮面のような無表情で、けれど痛みを感じていないはずがなかった。
はぁ、と熱を持った息を吐き出し、彼女は片足で立ったまま垣根を見据える。

「言ったろ。殺しはしねぇよ」

そしてもう一歩。垣根が近付く。

「……もう一点、訂正する部分があります、とミサカは無視したまま話を続けます」

黙殺し、少女は言葉を続ける。

「強がるなよ。横んなっとけって」

「先程、主演を引きずり出すなどと仰っていましたが」

……垣根の足が止まった。


       かわり
「残念ながら代役は幾らでもいますので、とミサカは薄く笑います」
436 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/30(土) 05:13:08.08 ID:anSjVvYo
無表情の仮面を貼り付けたまま、少女は目を伏せる。

自らの血の跳ねたチェックのスカートの端を両の手で抓み、僅かに腰を落とした。

「――それでは皆々様」



声は、遠くからきゅんきゅんと聞こえてくる風切り音を隠すように響き。

「――――、テメェ――!」

ばさりと、垣根の背に再び翼が広げられた時には既に遅い。



――少女は頭を垂れ、片足で器用に、バレリーナのように立ったまま優雅に一礼し、










「引き続きゆるりとご観劇ください、とミサカは一足先に袖に下がります」










少女の能により空高く引き上げられていたヘリの翼が、高速で回転しながら一直線に地上に降り注ぎ、

髪の一筋程も過たず、断頭台の刃の代役として少女の細い首を瞬間で刎ねた。



――――――――――――――――――――
437 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/30(土) 05:15:54.48 ID:anSjVvYo
それでは今日はこのあたりで

時たま役者のアドリブが入りますが、よくある事です
438 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/30(土) 06:08:50.82 ID:YyubM6M0
439 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/30(土) 07:45:03.20 ID:3zydLdQo

ミサカェ………
440 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/30(土) 15:38:09.13 ID:SJPUPyco
乙。金星の光を未元物質で反射したらどうなるのっと
441 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/30(土) 20:05:02.14 ID:.lZcZSAo
「金星の光」って分かった上でなら出来そうな気が

というかエツァリさんってこんなに強かったのねw
本編の初登場の時は別に強そうには(ry
442 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/30(土) 20:26:03.70 ID:/WalGIAO
まぁ垣根・浜面視点ならまだ「金星の光」を使って
分解をしている、とまでは看破できてないだろ
魔術には疎いわけだしな

>>441
対上条時はインデックスが能力バラしたからなぁ
443 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/30(土) 20:40:32.19 ID:g9MrH9Mo
冷静に考えると問答無用分解って強いよな

更に上を行く問答無用無力化の上条さんが居るから目立たないけど
444 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/30(土) 21:48:00.96 ID:aTh26zko
>>442
金星の光を反射した時点で何か魔術的な細工施してる可能性もあるしな
看破出来ても対処するのは難しいだろう
空を覆えばいけそうだけど
445 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/30(土) 23:07:03.19 ID:Iw9rkQAO

なんか暗部勢が正義の味方っぽい!すげえ!!
446 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/30(土) 23:17:07.12 ID:yr4lhyAo
>>445
落ち着け、正義の味方はスナイパーライフルで中学生を狙い撃ったりしないだろw
447 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/30(土) 23:22:12.88 ID:Iw9rkQAO
>>446
全くその通りなんだがていとくんのヒーロー臭はんぱねーぜ
つーか愚かにも言い忘れてたわ、>>1に惜しみない乙を!
448 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/31(日) 00:29:04.58 ID:O4yzIPMo
声が聞こえた。

「――――って。――の」

遠く、耳元でわんわんと木霊す。

「――――ら、――――。早く――――」

まぶたの裏に満たされた霧に浸透してくるような声。
ゆっくりと意識が水面に浮かび上がっていくのが分かる。
そうして、薄い肉越しに見える人工の光を微かに感じ。

「――――ね。――――――わよ、浜面」

名。

「っ!」

瞬時に覚醒し、跳ね起きた。

「わ、滝壺? アンタ何、寝てたんじゃないの」

急に身を起こした滝壺に驚いたのか、麦野は携帯を握り締めたまま素っ頓狂な声を上げた。
449 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/31(日) 00:31:14.36 ID:O2Kq6vUo
そもそも禁書原作にも正義の味方なんて存在しないしな
450 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/31(日) 00:44:15.35 ID:pUOCinco
連日頑張るねぇミスター
451 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/31(日) 00:47:22.63 ID:O4yzIPMo
「ははぁ。浜面の名前に反応したか。耳いいね、アンタ。それとも浜面に関してはビンカンなのかしらね」

目を細め、麦野はくつくつと哂った。
馬鹿にされた、のだろう。それとも茶化されたのだろうか。
判断に迷い、滝壺は困ったような微笑を返す。

「ねぇむぎの」

「ん?」

「はまづら、どうしたの?」

何かあったのだろう。そうでなければ麦野が好き好んで彼に連絡を取るはずがない。
そして案の定、滝壺の問いに麦野はばつが悪そうに視線を僅かに逸らし。

「絹旗、回収に行ってもらおうと思って」

「…………きぬはた?」

「そ」

直感的に、滝壺は麦野が何かを誤魔化していると悟る。

声の調子。目の微かな動き。小さな仕草。

……慌てていたり何かを隠している時の気配。
以前、買い置きしておいた冷蔵庫のプリンを食べられた時に同じだ。
452 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/31(日) 00:59:52.31 ID:O4yzIPMo
回収、と麦野は言った。

その言葉に含まれたニュアンスは幾つか考えられる。
だが、どうにも嫌な気配がした。

「どうしたの」

それを確かめようと滝壺は尋ねる。

「…………」

その問いに、麦野はあからさまに視線を逸らせる。

ああ、と滝壺は落胆にも失望にも似た喪失感を覚える。
嫌な予感とは大概にして的中するのだ。

やがて、ようやく麦野はぼそりと呟くように言った。

「…………片腕潰された挙句にビルの屋上から落ちたって。病院行きだね」

低い声に、滝壺は胸を撫で下ろす。

――――死んだんじゃない。生きてる。

よかった。そう思った。

ここのところずっとそうだ。
また誰かがいなくなるような、そんな予感めいたものが滝壺の意識を苛んでいた。

……同時に、もう一つ。安堵する。

――――はまづらに何かあったんじゃなかった。

そう、どこかで思ってしまった事を意識して、滝壺は吐き気に顔を顰めた。
453 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/31(日) 01:27:46.96 ID:O4yzIPMo
麦野はそんな滝壺の様子に眉を寄せ。

「ん。頭痛でもすんの? 寝起きなんだからあんまり頭使うんじゃないわよ。アンタ低血圧っぽいし」

苦笑する麦野に罪悪感を感じずにはいられなかった。

最低な理由で自己嫌悪に陥って、どころかそれを心配させた。

……最悪だ。

なんでこんな自分がのうのうと惰眠を貪っていて、その間に絹旗は大怪我を負ったのだろう。
その役目は自分こそが担うべきではないのだろうか。絹旗は何も悪い事はしてないのに。

殺意にも似た感情が湧き上がる。けれど向けるのは己自身にだ。
最低で最悪で自分がどうしようもなく気持ち悪いイキモノのような気がした。

人の皮を被った、醜悪の塊。
自分の本当の姿を知ったら、彼女らは…………彼は、どういう顔をするだろうか。

だから滝壺は、どうしようもなくなってしまって。

「むぎの」

「なーに?」

「ごめんね」

謝る事しかできなかった。
454 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/31(日) 02:02:33.35 ID:O4yzIPMo
滝壺は俯き、指を組んだ両手をじっと見るくらいしかできなかった。
文字通りに、顔向けできない。そんな風に思ったのだ。

そして、少しの静寂の後、ふ、と麦野が嘆息し。

「――――謝るなよ。私が惨めになるじゃん」

その言葉に、どうしようもない過ちを犯したことを悟る。
自分の一言は麦野を容赦なく傷つけた。
どうしてだかは分からないけれど、分かったところでどうしようもなかった。

「…………、……」

だから滝壺は黙る事にした。
俯き、貝のように口を閉じ、じっと海底で身を潜めるようにソファに座り微動だにせず、このまま石になってしまえと思い。

けれど感情だけは相変わらず騒がしくがなりたてるのだった。

「……ちょっと、出かけてくるわね」

「………………」

だから麦野の言葉には沈黙で返し。

「ねぇ、滝壺」

名を呼ばれても振り返らず。

「……あんまり考え込むんじゃないわよ。馬鹿正直に阿鼻叫喚を直視しようなんか思うな」

微かな足音と、がちゃりと、戸の開く音。

「狂うわよ」

ばたん。

「………………ばれてた」

やっぱりむぎのはすごいや、と滝壺は小さく呟いた。



――――――――――――――――――――
455 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/31(日) 02:35:03.57 ID:O4yzIPMo
麦野が部屋から出てしばらくして。

またいつの間にかうつらうつらとしていた滝壺は、物音に目を覚ました。

――――かたん、

軽い、何か板だか棒だかを倒したような音。
それが呆とした意識を叩いた。

「………………」

部屋には誰もいない。
麦野も、浜面も、戻ってない。病院行きだと言っていた絹旗はどうなっただろうか。

無音の光に照らされた室内はがらんとしていて、妙に寒々しかった。
明るいはずの照明は熱を持たず、ところどころに配された人工物が無機質な冷たさを放っている。

――――――こつっ、

再び、音。

それは、部屋の外――ベランダの方からした。

大きなガラス戸。閉ざされたカーテンの隙間からは夜闇が覗いている。
いつの間にか日は落ちてしまっていた。
今何時だろう、と頭の片隅でぼんやりと思いながら、滝壺はふらふらとカーテンに歩み寄る。

ガラス戸の向こうにはベランダ、そして手摺りに仕切られ、空がある。

常識的に考えてあるはずがないのに。

そこに『何か』の気配がした。
456 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/31(日) 02:57:24.14 ID:O4yzIPMo
「………………」

部屋には誰もいない。
誰かがいた気配もない。

しばらく滝壺以外にこの部屋に人がいた形跡はないのだ。
だから誰かが何かしらの事があって、カーテンの向こうに出たという可能性はない。

その証拠に、左右のカーテンの合わせから覗く、街からしてみればひどく原始的な、引き違い戸に付けられたクレセント錠は閉じ、誰かが外に出た事を否定する。
マンションの中でも角部屋。左右に他の部屋はない。

だからそこに誰かがいるのであれば、それはその空間のさらに向こう……何もない空中を渡ってきたのだろうか。

そんな事を考えながら、滝壺は熱に浮かされたような覚束無い足取りで窓へ近付く。

――――――こと、

また音がした。

カーテンの前に立つ。
証明に照らされた自分の影が布幕に映り、波打つその面に歪な輪郭を描く。

ゆっくりと手を伸ばし、滝壺は二枚のカーテンの隙間に、指を突っ込む。
布で隠されていた空間はひやりと冷たい。その中に、クレセント錠の取っ手が指に触れる。

ごり――っ、と擦る音を立て、ゆっくりと鍵を回転させる。
指に触れる金具は結露によって冷たく濡れている。
ともすれば滑りそうになるそこを指に引っ掛け、摩擦に削るような音を伴い鍵を開いた。
457 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/31(日) 03:12:46.55 ID:O4yzIPMo
途端。

がらっ――――! とガラス戸が勝手に開いた。

いや、勝手に開くはずがない。

誰かが開いたのだ。

外にいた何者かが。

びう――――、と外の冷たく強い風が部屋に吹き込み、夜気を孕んだカーテンが翻る。
それは目の前にいた滝壺を直撃し、ざらざらとした布の表面で顔を撫でる。
その感触に思わず目を瞑ってしまった。

じぁっ――――!

カーテンレールが擦れ、騒々しく鳴く。
顔を舐める布の感触が奪われ、滝壺は頬に外気の気配を感じた。

そして、確かな人の気配。

目を閉じた闇の中、すぐ鼻先に誰かがいる。

外の冷気の吹き込みに混じって微かに感じる体温。呼吸。
体に遮られ流れを変える気流の渦。

そして、滝壺は目をゆっくりと開く。

そこには。

「ピーター=パンじゃなくて残念だったか?」

「………………玄関から入ってこようよ」

案の定、垣根が立っていた。
458 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/31(日) 03:28:32.62 ID:O4yzIPMo
「寒ぃ」

「うん、私も寒いよ。早く入って。閉めたいんだけど」

「………………」

なぜか妙に肩を落として部屋に入ってくる垣根。
手には靴が下げられ、そのまま玄関に置いてくる。

「なんで素直に玄関から入ってこないの。常識的に考えようよ、かきね。ベランダは出入り口じゃないよ」

「…………だって飛んだ方が早いんだもんよ」

何やらぶつぶつと呟く垣根を無視して、滝壺はマグカップにインスタントコーヒーの粉を入れポットから湯を注ぐ。
それを抱えるようにして持ちソファに腰掛けると熱さにふぅふぅと息を吹きかけ冷まそうとしながらちびちびと飲む。

「……俺のは?」

「せるふさーびす」

「つれねぇなぁ……世知辛いなぁ……」

寒さの所為だろうか、鼻を啜りながら垣根は自分の分に湯を注いだ。
459 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/31(日) 03:46:27.20 ID:O4yzIPMo
「はまづらは。一緒じゃなかったの」

「アイツなら絹旗と一緒に病院だよ」

コーヒーに口をつけ、ほう、と息を吐き垣根は答える。

「まだ何も終わってねぇよ。今頃絹旗のヤツ、手術中じゃねぇの?」

「かきねはなんで帰ってきたの。はまづらは帰ってこないのに」

「……、……」

なぜ彼はこんなに悲しそうな顔をするのだろうか。滝壺は小首を傾げる。

垣根は少しだけ難しい顔をして何かを考える素振りをして、それから滝壺の座るソファの後ろに回る。
そして腰を折り片手でソファの背を抑えながら、垣根は滝壺の耳元に口を寄せ――。

「俺よりアイツの方がいいか」

「うん」

即答した。

「だよなぁ……だろうなぁ……」

気が抜けたように垣根はしゃがみこみ、熱いだろうに、自棄のようにコーヒーを一気に飲み干した。
若干咽ながら、垣根は机の上にカップを置き、そして変わりに目的のものを掴む。

「調べるものができたんでな。コイツを取りにきた」

手にした、長いガラスの爪のようなものが突き出たグローブ――ピンセットを嵌め、垣根は肩を竦めた。

「ふーん」

滝壺にはどうでもよかったが。
460 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/31(日) 04:13:02.80 ID:O4yzIPMo
「病院でよぉ、驚愕の事実が発覚したんだ」

「ふーん」

ピンセットを手遊びする垣根に適当に返事をするが、何やら妙に視線を感じて見てみれば、垣根がじっと滝壺の顔を凝視していた。

「………………」

至極真面目な表情なのだが、口を開く様子もなく、ただ。

じぃ――――――っ、と。

見つめてくる。

鬱陶しくて仕方ない。嘆息して、滝壺は口を開く。

「…………なに?」

返事を返してやれば、ようやく頷いた。

「凄ぇ医者がいるんだけど。『冥土帰し』って呼ばれてる。知ってるか?」

話の続きらしい。
興味はなかったが、残念ながら覚えがある呼び名だった。

「…………あー」

なんだか妙に蛙に似た顔をした、初老の男性だったはずだ。
天才的な腕を持つ医者で、彼の手に掛かれば死人ですら生き返るとかなんとか。そんな事があるはずはないが。

「それがどうしたの」

なんとなく、話は長くなるんだろうなあと予想しながら滝壺は相槌を打つ。

その声に垣根は、すっと息を吸い。

「死んでた」

四文字で済んだ。
461 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/31(日) 04:30:38.87 ID:v6efhQAO
ΩΩΩ<ナ、ナンダッテー
462 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/31(日) 04:31:28.40 ID:O4yzIPMo
垣根は言葉を続ける。

「どうも心臓発作か何かだったみてぇだ……何日か前にぽっくり逝っちまってたようでよ。
 あの人も結構な年だったしなぁ。なんか病院に住んでるみてぇな人だったし、結構無理もしてたんだろ。
 ま、お陰でアテにしてたこっちは大迷惑だったんだが」

半ば独り言のように言う垣根の言葉が引っかかって、滝壺は眉を顰めた。

「迷惑?」

ああ、と垣根は頷く。

「絹旗の手、イイ感じにぐしゃっとやっててな。多分ありゃ無理だ。
 あのジィサマがいねぇとなると、コイツはもう使い物にならなくなるかも知れねぇ」

死ぬときは死ぬって言ってからにしてくれよ、と勝手極まりない事を好き放題に言って垣根はピンセットを弄る。

……滝壺はどうにもその言い分が理解できなくて、勝手に結論付ける。

「要するに」

当然の事を、当然のように、感情を伴わずに言う。

「大怪我をしたら、死ぬ。それだけでしょ」

滝壺の言葉に垣根は一瞬、呆気に取られたようにぽかんと間の抜けた顔を向け、そして。

「…………そうだ、それだけだ。よく分かってんじゃねぇか」

薄く自嘲的な笑みを浮かべ、疲れたように息を吐いた。
463 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/31(日) 04:33:06.22 ID:O4yzIPMo
では今日もシーンの途中ですがこの辺りで。

一幕ももう少しで終わりのはずです。
明日あたりで書き切れればいいなあ……。
464 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/31(日) 04:38:45.63 ID:tKH3f0Ao
チート蛙死んだ…?
465 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/31(日) 06:21:30.33 ID:6zJoufEo
まじかよ

466 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/31(日) 08:30:07.41 ID:1Upm9U2o
リアルげこ太がご臨終か……これで無茶は出来なくなったな
467 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/31(日) 10:04:21.76 ID:I8/suSk0
「僕を誰だと思っている?」って蘇りそうだけど
さすがにそこまでチートじゃないよな…?
468 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/31(日) 14:21:04.39 ID:peVVfVs0
げこ太ェ
469 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/31(日) 14:22:09.48 ID:2moku3U0
リアルげこ太は実際は生きているけれど
「行方不明」な為に死んだことにされているだけだったりして?
470 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/31(日) 16:57:53.32 ID:aNzGAsAO
垣根視点の情報だからな〜
実は生きてますってのはありそうだ
471 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/31(日) 19:45:23.40 ID:6zJoufEo
俺の隣で寝てるよ?
472 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/31(日) 19:53:24.20 ID:qPtPUEAO
そげ…、お幸せに
473 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/10/31(日) 21:10:18.79 ID:9kipXREo
死んでたら誰も救われねえだろオイ

そーいや救われない話だったな・・・
474 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/10/31(日) 23:55:29.12 ID:O4yzIPMo
それからしばらくの間、垣根はソファに座りながら無言でかちゃかちゃとピンセットを弄っていた。

ピンセットを取りに来た、と言っていたが、だからと言ってそれを使って何かしている様子ではない。
確かに指先は何かを操作しているのだが、目は茫とどこか虚ろで、何も見てはいなかった。
手持ち無沙汰というか、他にやる事がなくて仕方なくピンセットを適当に弄っているだけのように見える。

「……、……」

そんな様子を見て滝壺は、彼はもしかしたらなんでもない風に装っているだけで、本当はもっと強いショックを受けているのではないだろうかと思う。

先程の口ぶりからは、彼はその医者の事をよく知っている気配だった。
故人の事を話している時はどこか嬉しそうですらあった。
そう、自慢話のように。

その医者の腕は折り紙つきだったのだろう。
何せ『無理だ』と言った絹旗の怪我を唯一『どうにかできる』と、そう言ったのだ。
もしかすると垣根自身もその手腕の世話になっていたのかもしれない。

絹旗は仮にも暗部の人間だ。
それを任せる事を躊躇わない相手。

つまり、

「かきね」

きっと、こういう事なのだろう。

呼ばれ、上げられた垣根の顔を見て滝壺は確信する。

「そのお医者さん、好きだったの?」
475 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/01(月) 00:05:53.81 ID:TC5/ZOAo
「――――――、」

垣根は滝壺の言葉に、ふと悲しそうに笑い。

「語弊がある言い方をするなよ。……ただ……尊敬してた、かな」

「そっか」

その一言で十分だった。

ただ、彼になんと言葉をかけていいのか分からなくて、滝壺はそれ以上の事を言えなかった。

かちゃかちゃと、音が再開する。

その耳障りなはずの音を聞きながら、



私はむぎのやきぬはたが死んだら、どう思うだろう――――。



きっとその時が来てみないと分からないだろう。
けれど、いつか来るだろうその時。
果たして自分は何を思うだろうか。

そして。



もしも――――はまづらが――――、



続きを想う前に、滝壺はまた眠りに落ちた。



――――――――――――――――――――
476 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/01(月) 00:29:11.13 ID:TC5/ZOAo
ぴ、と小さく電子音がして、画面にざらざらと文字が流れる。

「………………やっぱりか」

小さく、垣根は嘆くように呟く。

全部を見なくてもいい。何か確証が持てれば十分だった。
出てきたものは期待していた以上のものだったが。

「麦野は…………知ってんだろうなぁ」

声に出して気付く。そういえば彼女はどこに行ったのだろう。

「なぁ、アイツは――――」

尋ねようとして、その相手が寝てしまっている事に気付く。
彼女は不気味なうさぎのぬいぐるみを枕代わりに抱いて寝息を立てていた。

「………………そうやって何も見ないでいればいいさ。現実ってのはちょっとばかし残酷だからよ」

滝壺を起こさぬよう小声で囁きかけ、横になった彼女の上に脱いだジャケットをかけてやった。

垣根は名残惜しそうに滝壺の寝顔を見て、玄関へ向かう。
靴を履き、ズボンのポケットから潰れかけたタバコのパッケージを取り出し。

がちゃり、

扉を開け、タバコを咥え、外に出る。
ドアノブから手を離しライターでタバコに火を点け、深く吸い込んだ。

ばたりと扉の閉まると同時に自動で鍵がかかる音がした。

「……寝てる間に全部終わるくらいに簡単ならいいんだけどなぁ」

誰に言うでもなくぼそりと呟き、

「――――――へくしっ」

くしゃみを一つして歩き出した。



――――――――――――――――――――
477 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/01(月) 00:53:11.83 ID:TC5/ZOAo
――――ガチャ、

「ただいま。飯、買ってきたぞ」

「つってもまたコンビニだけどな。代わり映えしなくて悪いな」

「よし、暖かいうちに食おうぜ」

「…………ほら、口開けろ」

「恥ずかしがるなよ。そろそろ慣れろ」

「――っと、悪い。熱かったか?」

「ふーっ、ふーっ」

「ほら、冷ましてやったから。これなら大丈夫だろ」

「……どうだ、美味いか?」

「………………そうか。ならよかった」

「あぐ……お、確かに。いけるなコレ」

「……何だよその顔は。俺ばっかり食べてずるいってか?」

「へいへい……ほら、アーン」

「……美味いか。そりゃよかった」
478 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/01(月) 01:10:14.63 ID:TC5/ZOAo
「……はい、御馳走サマ」

「あーあ、口の周り汚しちまって……」

「ちょっと待て。今拭いてやるから」

「…………う、悪い。痛くしちまったか」

「そうむくれるなよ。可愛い顔が台無しだぞ」

「ったく、じっとしてろって……」

「…………、ほら。綺麗になった」

「よしよし、美人美人」

「…………」

「…………」

「…………大丈夫だ」

「大丈夫だ。大丈夫だ。大丈夫だ」

「何も心配する必要はない……そうだろ。オマエは何も心配しなくていい」

「オマエは俺が守るから――」

「あァ――――だから何も心配なンかしなくていいンだよ――――」

「そうだろ、なァ――――」

「――――――」

「――――――」

「――――――」



――――――――――――――――――――
479 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/11/01(月) 01:24:12.12 ID:DC2haxco
生きてたのか・・・?
>>478のラストまで自然にひらがなの「ん」が無いのはある意味すげぇww
480 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/01(月) 01:26:58.55 ID:TC5/ZOAo
「そろそろ、いや、ようやくってトコかな」

「何が」

「役者。ようやく出揃ってきたって感じ?」

「……まあどうなるのかは知らねえけどな」

「連れないねぇ」

「俺は観客に徹させてもらう。……それしかできねえけど、それくらいはするさ」

「そ。……細工は流々後は仕上げを御覧じろ、ってね。まぁ見てるがいいですよ」

「そうさせてもらう」

「…………連れんねぇ」

「…………」

「…………」

「…………なぁ」

「なーに?」

「前から思ってたんだけど……オマエなんでまた、よりによって青なんだ?」

「だって金髪だと被るやん?」

「…………オマエも大変だにゃー」



――――――――――――――――――――
481 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/01(月) 01:44:10.52 ID:TC5/ZOAo
――――目が覚めた。

何か、夢を見ていた気がする。
けれどどんな夢を見ていたのか。内容は思い出せない。

(――――まあ、どうでもいいか)

きっと、それを思い出せば泣きたくなる。
だから考えない事にした。

既に日は落ち、部屋は暗い。
ここ数日は寝てばかりだった。疲れているのだから仕方ないが。

部屋には他に誰もいない。自分だけだ。
そこだけ世界から切り取られたような錯覚。
自分の立てる僅かな衣擦れの音だけが嫌に耳についた。

時間感覚はとうに狂い、サイドテーブルの上で緑の光を放つデジタル時計でようやく時刻を知る事ができる。
寝過ごしたらしい。もう少し早く起きるつもりだったが。

ぐしゃぐしゃになったシーツを蹴飛ばし、同じようになっていたブラウスを手繰り寄せた。
丁寧にボタンを留め、リボンタイを付ける。
皺の目立つスカートに足を通し、誤魔化すように上からブレザーを羽織った。

部屋に鏡はなく、仕方なく暗い中で手櫛で髪を整える。
それから、ぱちんと髪飾りを留めた。
482 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/01(月) 01:52:57.02 ID:TC5/ZOAo
「ん、よし」

頷き、それから彼女は右手で左腕を抱くように胸に寄せ、まるで何かに祈りを捧げるように目を閉じる。

「――――――」

小さく何か囁き、同時、左の手指に口が触れた。



もし神という存在がいたとして。

そんな最低なヤツになんて祈りを捧げる必要はない。



カーテンの開け放たれた大きなガラス窓から見える夜景はちかちかと、まるで満天の星空のようだ。
空は雲が広がっているが、所々に切れ間がある。しかし下界が明るすぎて星は見えない。

壁際、ハンガーに掛けられた黒い上着を手に取り、袖を通す。



何故ならここから先は悉く地獄の底まで一方通行で。

故に、ここには救いも願いも祈りも赦しもなく。

だからこそ、



「――――――さぁ」



ばさりと、黒衣の裾を翻し彼女は発つ。

ようやく、燦然と煌く摩天楼の下に広がる地獄の舞台に。

主演が登場する。
483 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/01(月) 01:55:35.12 ID:TC5/ZOAo










「――――行くわよ、幻想殺し」









484 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/01(月) 01:57:44.73 ID:TC5/ZOAo
――――――――――――――――――――

・第一幕
(或いは客席に対する悲劇の出題、各々の回答への過程)

『ゆめ』

Closed.

――――――――――――――――――――
485 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/11/01(月) 02:03:40.87 ID:PqDyFf2o
乙。今までのがプロローグだったのか…
486 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/11/01(月) 02:06:04.84 ID:5EWKjrAo
も り あ が っ て ま い り ま し た
487 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/11/01(月) 02:09:30.01 ID:MBTqXlco
長かったな
488 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/01(月) 02:23:58.52 ID:TC5/ZOAo
そういう訳で第一幕でした。
区切りのいいところで後書きというか中書きというか。興味ない人は読み飛ばしちゃってください。



一幕はいわば前哨戦。
舞台の雰囲気を掴んでもらうために少々くどい味付けとなりました。
次からはもう少し柔らかめに……なるかなぁ、なればいいなぁ。

そろそろ何となく仕組みは分かってきたんじゃないでしょうか。
少々ホラーっぽい(無駄な)演出が入っていますが、仕組みとしてはミステリに近いです。
有名どころでいうと、あれ。『ひぐらしのなく頃に』。

いわば『とある魔術の禁書目録』という物語があの作品の日常パート(世界としての下地)にあたり、
ひぐらしにおける『三つのルール』=『悲劇に至る要因』を後付けした、
『残酷歌劇』編。そんな感じです。

故に、原作設定を遵守――とは言えないまでも曲解した程度のルールです。
完全なオリジナル設定(オリキャラとか)は出てきません。
トラ(ryが未元物質を分解・無効化できるか否か。多分、その程度の解釈の問題です。

故に物語としては悲喜劇交々ですが、それに至る要因・設定がどんなものなのか、想像しながら読んで頂ければ幸いです。
その中の一つが海原→エツァリ→上条の二重入れ替わり。一幕は全部あそこのためだけにあったと言えなくもないですが。
叙述トリックは邪道だと分かってはいるんですが、でも最初から地の文で海原って言ってたし。
それが上条・御坂だとは一言も言ってないはず。


登場人物もようやくほぼ全員でしょうか。

という訳で、次は二幕。でも多分明日以降に。
長々と失礼しました。

麦野と心理定規と一通さんの扱いに困る今日この頃。
489 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/11/01(月) 07:35:48.67 ID:XeT6W7Yo
面白いな・・・
こういう凝ったホラー的印象の作品は大好きだ
490 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/11/01(月) 09:01:10.50 ID:3EemtYDO
なんかこういう演出あれ思い出す
からくりサーカス
491 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/11/01(月) 09:04:32.83 ID:tX3Prsso
おもしろいなぁ
492 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/11/01(月) 15:18:29.41 ID:p.AHbHY0
>>1
主役って結局誰なの?
言いたくないなら無視しても構わんが
493 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/11/01(月) 17:58:07.23 ID:ROLc/QAO
おしょうゆ仮面
494 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/11/01(月) 18:46:00.78 ID:41FjmFco
主演じゃなくて主役だと難しいんじゃないか。
こういう作品では事象そのものが主役だったりするし。
495 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/11/01(月) 18:57:55.53 ID:VwffH4Io
>>490
おれも>>194>>195でそれは思った。
この先からくり並みかそれ以上の絶望があるならマジwktk
496 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga sage]:2010/11/01(月) 19:27:14.36 ID:TC5/ZOAo
>>492
答えになってないけど、『主人公格は』垣根
主演は>>482-483、主人公については>>193
主役も主演も主人公も主人公格も、意味は違います

>>495
さすがに藤田の御大に喧嘩売ろうとは思ってない
497 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/11/01(月) 19:37:33.77 ID:cLmx4ds0
つか、この回りくどくて自分に酔ってる感のある文体が
何となくぴぃの人を思わせるんだが・・・?
もしそうでなくても、作者はあまり出しゃばらず
親切すぎる解説も入れずに淡々と投下したほうが作品の雰囲気を壊さないと思うぞ
498 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/11/01(月) 19:45:31.43 ID:I8/aEgAO
>>497
俺はむしろ理解力欠如し過ぎだから解説がありがたい、つーか人によりけりだな
499 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/11/01(月) 20:32:01.39 ID:hw6led.o
>>497
それは人それぞれじゃね?
こういう雰囲気作りが好きな人もいるだろう

俺とか
500 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/11/01(月) 20:35:05.60 ID:6mel4q20
変に解説入ってたら興醒めしそうな気がする
最初は状況をもう少し判りやすく表現して欲しいかも?とも思ったけれど
一幕の後半は比較的判りやすく改善されてたし
501 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/11/01(月) 20:39:25.15 ID:aVoOxgAO
まぁ主演やら主人公やらは解説は別にいんじゃないの
余分な解説は確かにいらんけど
今のとこは解説らしい解説ないし
502 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/11/01(月) 22:09:47.36 ID:tX3Prsso
俺vipで有名なスキルアウトだけどこのSSに出演していい?
503 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga sage]:2010/11/02(火) 01:25:03.11 ID:.PTO9Ago
>>497
心配するな、自覚はある

二幕はプロット部分組みなおしてるんでもう少しかかりそうです
504 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/11/02(火) 09:01:55.02 ID:dmDDH22o
把握
ゆっくり書いていってね!
505 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/03(水) 23:38:27.97 ID:E.P0jW6o
「知ってます? 御坂様の噂」

「ええ。近頃どこもかしこも御坂様のお話ばかり」

「そうなの?」

「それはもう! だってわたくしたち、乙女ですもの。恋のお話は大好きですのよ。そうでしょう?」

「学校は規則規則で小五月蝿いんですもの。ファンも多い方ですし、ラブロマンスを語るにはもってこいでしょう?」

「ファンって、結局のところアンタたちよね」

「今年の一端覧祭は見物ですわね。演劇部がやるに決まってますわ」

「でももう来月ですわよ? 今から脚本を書くとして、時間的に少々難しくありません?」

「既存の台本をそれっぽく脚色すればいけるんじゃない? ほら、ロミオとジュリエットとか」

「それだとバッドエンドじゃありませんの」

「しまった。こんな事言ったのがばれたら殺される」
506 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/04(木) 00:01:51.79 ID:ThKND7co
「ところで、わたくし思うのですけれど」

「んー?」

「御坂様を射止めた殿方って一体どんな方なのでしょうかね」

「ああ、それはわたくしも常々疑問だったのです。寡聞にして存じませんの」

「他校とはあまり交流もありませんしね。閉鎖的過ぎるのが困り物ですの……」

「御坂様が好きになられたお相手ですもの。きっと素敵な方に違いないのですけれど」

「……あんまり夢見ない方がいいと思うなー」

「あら、どうしてです?」

「アイツだって、超能力者といえど結局ただの女子中学生よ?
 なんでもない馬鹿なヤツを好きになって、どこにでもあるような普通の恋をしたっていいじゃない」

「それはそうですけれど……でも」

「でも?」

「わたくし、夢を見るのもただの女子中学生の特権だと思うのです」

「あらま、一本取られた」
507 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/11/04(木) 00:12:35.26 ID:.zO5mMAO
心理掌握<メンタルアウト>か…?
508 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/04(木) 00:12:55.77 ID:ThKND7co
「おっと、もうこんな時間」

「あらあら。こういう話をしていると時間が経つのも早いですわね」

「ほんと、お喋りに夢中で……」

「アンタたち、早めに帰りなさいよー。門限破ると怖いんでしょ? 寮監」

「ええ。それはもう」

「怖や怖や。そろそろ帰りませんと」

「さてと。それじゃ私も行くわね」

「はい。それでは」

「御機嫌よう」

「はいはい、ごきげんよー」
509 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/04(木) 00:36:15.41 ID:ThKND7co
「……あら、出待ち?」

「遅いわよ」

「真打ちは遅れて登場するものよ」

「それ普通、自分で言う?」

「ごめんごめん。ちょっと話し込んじゃって」

「誰と?」

「ともだち?」

「……なんで疑問形なの」

「夢見る乙女である事は間違いないわね」

「脳ミソお花畑っぽくて羨ましい限りね」

「歌にもあるわよ?

 ♪ What are little boys made of?
   Snips and snails,
   And puppy dog tails,
   That's what little boys are made of.

   What are little girls made of?
   Sugar and spice,
   And everything nice,
   That's what little girls are made of!」

「……残念でした。女の子も大概似たようなものよ」

「残念でした。知ってるわよ」
510 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/04(木) 00:55:04.04 ID:ThKND7co
「私も歌えるわよ。

  ♪ Humpty Dumpty sat on a wall,
    ハンプティ=ダンプティ塀の上
    Humpty Dumpty had a great fall.
    ハンプティ=ダンプティ落っこちた
    All the King's horses, And all the King's men
    王様の馬たち、王様の家来たち
    Couldn't put Humpty together again
    皆が騒いでもどうにも元には戻らない」

「諺にもあるわね。覆水盆に返らず。
 じゃあこれは知ってる?

  ♪ Three little kittens,
    三匹の小さなこねこちゃん
    They lost their mittens,
    てぶくろなくして
    And they began to cry,
    みんなで泣いてた
    Oh, mother, dear,
    おかあさん、おかあさん
    We sadly fear,
    ごめんなさい
    Our mittens we have lost.
    てぶくろなくしちゃったの」

「――What! Lost your mittens,
    まあ! 手袋をなくしたの
     You naughty kittens,
    いけない子たちね
     Then you shall have no pie.
    パイはおあずけよ
     Meow, meow,
    みゃあ、みゃあ
     Then you shall have no pie.
    パイはおあずけよ」

「手袋は見つかった?」

「ええ」
511 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/04(木) 01:10:24.80 ID:ThKND7co
「「♪ The three little kittens,
    三匹の小さなこねこちゃん
    They washed their mittens,
    みんなでてぶくろ洗ってね
    And hung them out to dry.
    お日さまでかわかしたの
    Oh, mother, dear,
    おかあさん、おかあさん
    Do you not hear,
    ねえ聞こえたかしら
    Our mittens we have washed?
    みんなでてぶくろ洗う音

    What! Washed your mittens?
    まあ! あなたたちで洗ったの?
    Then you're good kittens!
    まったくお利口さんたちね――――」」





「…………」

「…………」

「……せーのっ」





「「♪ But I smell a rat close by.
    でもね近くにねずみの匂い

    Meow, meow,
    みゃあ!みゃあ!

    We smell a rat close by.
    近くにねずみの匂いがするよ」」
512 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/04(木) 01:23:05.62 ID:ThKND7co
「――じゃあラスト。

 ”Who killed Cock Robin?”」





「――――――”I”」
513 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/04(木) 01:25:02.58 ID:ThKND7co
――――――――――――――――――――

            第二幕

            『せかい』

――――――――――――――――――――
514 :1 [sage]:2010/11/04(木) 01:30:36.46 ID:4Hk6A/wo
少しだけ停止
また開幕直後かよ
515 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/11/04(木) 03:34:52.40 ID:T5hsQfko
気付いたらいい時間に……
今日こそはと思ったのに申し訳ない

本編は明日から
516 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/11/04(木) 12:15:29.18 ID:J5kkcuIo
御坂が御坂として認識されてないって感じなのか…な?
楽しみに待ってる
517 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/05(金) 02:22:15.70 ID:hr0P/GAo
浜面はこういう場面を見ていつも思う。

どうしてドラマや映画に出てくる病院は、静まり返っているのだろう。

椅子に座った浜面の前には無機的な白いシーツとベッド。
そこには麻酔で眠る絹旗がいた。

顔は安らかで、辺りの印象も相まって死んでいるようにすら見える。
彼女に掛けられたシーツの胸の辺りが呼吸に合わせて僅かに上下する事だけが生を証明しているように思えた。

絹旗は、麦野に指示され向かった先で、片腕を真っ赤に染めていた。
気絶する寸前で、けれど痛みによって気絶する事すら許されず、路地裏の業務用ダストボックスの影に隠れるように蹲っていた。

朦朧としたまま俯いていた絹旗が、視界に傍らに立った浜面の足が入ったのだろう、冷や汗で前髪がべっとりと額に張り付いた顔な表情を上げる。

そしてゆっくりと、絹旗の顔に表情が戻る。
最初は驚愕、そして一瞬笑顔とも泣き顔ともとれぬ表情を浮かべ、

……その時、とっさに隠そうとした右手を浜面は見た。

彼女の右手は、手首から先がぐずぐずに伸されていた。

その時自分がどんな顔をしたのか、浜面は分からない。
けれど絹旗は確かに、ばつの悪そうな顔を浜面に向け。

――すみません。超ドジっちゃいました。

掠れるような声でそう言って、絹旗は気絶した。

慌てて浜面はすぐさま彼女を担ぎ上げ――思ったよりも軽い体に少し驚きながら――何故か現場からは少し離れた、垣根の支持する病院に直行した。
518 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/05(金) 02:32:42.70 ID:hr0P/GAo
手術はあっという間に終わった。

この上なく最悪な形で。

「………………」

絹旗は安らかな顔で、死んだように眠っている。

掛けられたシーツの胸の辺りが呼吸に合わせてゆっくりと上下する。

その傍ら、彼女の右手。
その形作る隆起が、僅かに足りない。

「………………困ったなぁ…………」

小さく、彼女を起こさぬように浜面は呟く。

「これじゃあさ……映画館で…………ポップコーン食べれねえよな…………」

意識せぬまま伸ばされた浜面の手が、握る相手がいない事に気付き、空を掻いた。
519 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/05(金) 03:14:47.57 ID:hr0P/GAo
もう随分前のように思えるが、つい最近の事。
浜面が暗部組織『アイテム』に初めて関わった時だ。

まだ学園都市の表舞台から奈落に落ちて間もない浜面に寄越されたのはなんでもない簡単な仕事。
学生証を偽造しろ、と。そう言われた。

加工用に使う顔写真は小学生くらいにしか見えない少女だった。

まあ世の中には小学生くらいの外見の教師もいるとか何とか聞くし、どうにかなるだろうと言われるがままに作った。

そしてその偽造学生証を渡す日。初めて写真の少女と出会い。

そのまま映画館に連行された。

学生証だけだと押しが弱いから、年相応の外見の、見ようによっては大学生くらいに見えないこともない浜面を同伴する。
そんな取って付けたような理由だった。

暗部の仕事だからと緊張していた自分が馬鹿らしかった。
もっと大きな、どろどろとした闇の一端を垣間見る覚悟すらしていたのに、なんて事はなかった。
単に一人の少女の、趣味を全開にした職権乱用だったのだから。

その証拠に彼女は嬉々として、どこかそわそわとして、年相応の少女のような表情で。

だからだろうか。浜面は少しだけ安心した。
学園都市の闇。暗部。そんな中に身を置くような奴らでも、やっぱり人間なのだと。

もしかしたらこれは彼女なりの歓迎会だったのかもしれない。

そう思えば、浜面は少しだけ彼女の事が好きになれる気がして。
同時に、こんな暗部に堕ちるようなどうしようもない屑な奴でも少女の一人くらいは笑わせる事が出来るのだと。

そう思えたのだ。
520 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/05(金) 03:38:51.42 ID:hr0P/GAo
その後引き合わされた『アイテム』の面々は、どれも個性的な少女たちだった。

我侭だし気紛れだし、簡単に無理難題を押し付けてくる。
その上浜面をペットか何かと勘違いしてるのか、よくおもちゃにしてくる。

けれど浜面はそれが嫌ではなかった。

相手と、規模と、そして境遇は変わってしまったけれど、それは浜面がかつて共にいた奴らとどこか同じだった。

自分のせいで彼らを失ってしまった。
だから今度はヘマをしないように。

道化でもなんでもいい。
どんなみっともない役を演じてでも彼女らを守ろう。

そう決めた。

だからだろうか、浜面は相変わらず彼女たちにいいように遊ばれて。
その内の一人はどうしてだか浜面を好きになってくれて。

そして一人を失い、その空席に浜面が座る事になる。

まったく涙が出る。
521 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/05(金) 04:15:58.65 ID:hr0P/GAo
失いたくないと、そう思ったのに彼女は消えてしまった。

あの日何があったのか。
何がどうしてそうなったのか。

浜面は知らない――――知る事ができなかった。

浜面の立場では何があったのかすら分からない。
知りたいと、そう思っても無理だった。

だからその席に座ってでも浜面は『アイテム』に固着する必要があった。

下請け。雑用。彼女たちのおもちゃ。そして一人の少女の恋人。
そんな脇役では足りない。もっと大きい役名が必要だった。

だから浜面は例えそれが墓荒らしに等しい行為だとしても彼女のいた『アイテム』の一席を手に入れる必要があった。

この地獄に死者に手向ける花はなく、死ねば全てが消し去られる。

ならば死者の魂はどこへ往くのだろう。

科学に汚染された街で浜面は思う。
魂なんてものの存在は見えないし、誰かがその存在を証明したとも聞かないが。


                おもい
死者に手向けられるはずの花はどこに遣ればいいのだろう。



守りたいと、そう思ったのに叶わなかった少女の席に座り、浜面は思う。

けれどその答えは既に出ている。

もう三度目はない。

あるとすればそれは浜面の番だ。
522 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/05(金) 05:05:18.72 ID:hr0P/GAo
だが、その結果がこのざまだった。

全てではないが絹旗は永遠に失う事になる。

今度は浜面から映画に誘おうと、そう思っていた。
二人きりで行くとむくれるので滝壺も誘って。
麦野が仲間外れにすんなよとか言いながら誘ってもないのに付いてくるのだ。
それから――――。

「………………」

二度と、あの日のように浜面の作った学生証をその右手で受け取る事はない。

映画館で横から浜面の持っているポップコーンを奪う事もない。

伸ばされた浜面の手は彼女の手を握れない。

……きっと彼女は、彼女たちは、それは浜面の所為ではないと言うだろう。
慰めではなく、事実がそうだから。

それは間違ってない。けれど浜面はどうしてもそれを認める事はできない。

何かもっと冴えたやり方があったんじゃないのかと。

皆が皆揃って笑えるハッピーエンドへ至る道があったんじゃないのかと。

けれど欺瞞でしかない。

現にこうして失っているじゃないか。
失われた少女の席に座り、失われた少女の右手を見ながら浜面は自嘲する。

過去は覆らない。
覆水盆に返らず。割れた卵はどうしようもない。

どうしようもないのだけれど、そうならずに済んだ世界もあったんじゃないか。
つい、そんな事を夢想してしまう。

けれど目を開けば、現実は確かにそこにいて。

「…………絹旗」

聞こえているはずもないが、浜面は彼女に呼びかけ。

そして続く言葉を見失い、口を噤んだ。
523 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/05(金) 05:35:10.55 ID:hr0P/GAo
その時。

――――こんこん、

と、ドアをノックする音が聞こえた。

浜面は思わずそちらに目を遣る。
病室の扉。横に引く、レールのついたものだ。
覗き窓はなく、その向こうに誰が立っているのかは分からない。

「……、……」

一瞬、垣根かとも思う。
彼は絹旗の手術中にどこかへ消えてしまい、そのまま戻ってきていない。

けれど即座にそれを否定する。

垣根ならきっとドアをノックするような真似はせず。

そのまま部屋の外で立ち惚ける事もない。

医師や看護士でもない。
彼らは相手の事など気にせず病室に入ってくるだろうし、まして麻酔で眠っている絹旗に気を使うはずもない。

だから浜面は、分厚いフェイクレザーのジャケットの懐に手を入れ、

――――敵、と。そう認識して重い金属の塊を握り締めた。
524 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/05(金) 06:32:40.87 ID:hr0P/GAo
浜面のジャケットの内には拳銃が吊るされている。

目立たぬよう横幅を最大限まで削り取った暗器としての銃。

ホルスターに収められたそれは他のものよりも圧倒的に軽いが、確かに殺人機械としての重さを持っている。
その重さを自覚しながら、浜面は銃把を握り、引き金に指を掛ける。

かちり、と安全装置を外す小さな音。

その硬質な響きに、浜面にこの銃を渡した人物の言葉が頭を過ぎる。

――――人を殺すのには慣れなくていい。

彼女はどうしてだか悲しそうな笑顔を浮かべて浜面に言ったのだ。

――――ただ、人を殺すっていう重さには慣れておきなさい。そうでなければ、いざって時に引き金を引けないから。

彼女は常にその重さを身に纏っているのだろう。
超能力者としてのラベルを貼られ、暗部組織のリーダーとして振る舞い、そしてその力を存分に行使する。

だから躊躇いなく人を殺せるのだろう。
ただそこに、彼女の想いは確かにあるのだろうが。

守りたいのだろう、と、そう問われた。

ああ、と、そう答えた。

そして今、この部屋に浜面以外に絹旗を守れる者はいない。
だから浜面がやるしかなかった。
浜面以外にそれができる人物はなく、そして浜面自身もそれを誰かに託すつもりはなかった。

見返りもなく自分を愛してくれた滝壺を守りたかった。

あの日地獄の入り口で笑顔を向けてくれた絹旗を守りたかった。

こんな人を殺すためだけのオモイカタマリを託してくれた麦野を守りたかった。

そして、
525 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/05(金) 07:08:12.51 ID:hr0P/GAo
「――――誰だ」

扉の向こうに誰何する。

そして矢張り、しん――――と、無音の静寂が帰ってくる。

答えはない。

案の定だと浜面は自嘲的な笑みを浮かべ、扉に付けられた金属性のパイプのような取っ手に手を掛け。

――――ばん! と、一息に扉を開き、同時に銃口をその先へ向けた。

「…………、」

だがそこに相手はいない。
すぐ目の前には無人の病院の廊下が横たわり、蛍光灯が冷たい光を落としていた。

誰か――子供か何かのいたずらか。そうも思うが、瞬時に否定する。
この状況で何を言っている。絹旗は右手を失い、そして自分の目の前では御坂の形をした少女が自ら首を撥ねた。

そんな悪夢のような状況で、ただの子供のいたずらであるはずがない。

こっ、とどこか遠くで音がした。

「…………」

そろそろと扉の影から顔を出し、廊下の先を覗く。
そこは無人で、蛍光灯の光が静かに照らしていたが。

その先、階段へ向かう角をスカートを履いた影が曲がるのが微かに見えた気がした。
526 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/05(金) 07:34:31.79 ID:hr0P/GAo
「…………誘ってやがんのか」

小さく吐き捨て、舌打ちする。

絹旗の能力を破り、彼女の右手を奪った相手ならば。

夕方垣根が交戦した、あの少年の姿を借りた相手ならば。

けれど手には武器。引き金を引くだけで人は殺せる。
立ち回り次第でどうにかできると、そう自分に言い聞かせ。

背後を振り返ればベッドに眠る絹旗。
無防備な、年相応の幼い体と顔の少女。

彼女の能力、窒素装甲は自動的にその身を守るとは聞いたが――眠っている間にもそれが通用するのか。
例えそうだったとしても、現に彼女の右手は失われ、それはその目に見えぬ鎧が無意味である事を証明していた。

浜面は動けない。

誘いに乗って、もし彼らが眠っている絹旗のところに来たら。

だが浜面がここにいたとして彼女を守れるか。

一体どちらの選択が正しいのか。浜面は天秤の微妙な傾きを判断しようと思考しようとして。

サァァァ――――、と。小さな音がしているのに気付いた。

それは天井、目立たぬように取り付けられた院内放送用のスピーカーから出るあのスイッチが入っている時の独特の掠れるような音で。
527 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/05(金) 07:42:33.20 ID:hr0P/GAo
『――――ぴん♪ ぽん♪ ぱん♪ ぽーん♪



       お呼び出し申し上げます



       『アイテム』からお越しの浜面仕上様 『アイテム』からお越しの浜面仕上様



       お客様がお見えです 至急 屋上までお越し下さい










       と ミサカは業務連絡致します』
528 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/11/05(金) 08:15:05.61 ID:F8ofxq2o
かって妹達がこれほど恐怖の対象として扱われたことがあったろうか

やべえぞくぞくする
529 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/05(金) 08:25:01.26 ID:hr0P/GAo
「………………」

選択肢は失われた。
絹旗は要するに人質で、ここで浜面が行かなければそれは。

「……どうしても来いって言うのかよ」

浜面の名を知っている以上、浜面が無能力者だという事は分かっているだろう。

なのに名指しするのだからきっと彼らが用があるのは自分だけだ。

確証はないが、確信した。

そうでなければ直接この場を叩けばいい。
わざわざ無能力者の少年一人を呼び出して、絹旗と離す必要はないのだから。

浜面は廊下へ一歩踏み出し。

「――――」

足を止め、振り返った。

視線の先にはベッドで眠り続ける少女。
その安らかな横顔が見えた。

「……ちょっと行ってくるぜ。大丈夫だ、すぐ戻る」

答えがないのは分かっているが、少しだけそれを待って。

「だから絹旗、安心してそこで寝てろ」

呟き、浜面は部屋を出る。

それから目を瞑り、はぁ、と肺に溜まった空気を吐き出し、

薄っぺらで、それでも確かな重さを持つ銃を握り締める。
まるで自分みたいだと思いながら、浜面は己の心に殺意を込める。
がちり、と撃鉄を起こし、目を開いた。

「ああ――――残らずぶち殺してやる」

ゆっくりと扉が閉まり、もう浜面は振り返らなかった。



――――――――――――――――――――
530 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/05(金) 09:22:42.50 ID:hr0P/GAo
昼から用事があるので一旦ここまでで
二幕が850とか微妙なレス数のところで終わりそうでペース配分に困る
531 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/11/05(金) 10:15:56.49 ID:BOR/wE6o
おつおつ。妹達が怖いのは初めてだな。
擬似的にも超電磁砲が撃てるってことは原作通りの性能でもなさそうだし
もうwktkがとまんない
532 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/05(金) 14:29:15.85 ID:hr0P/GAo
少し時間は遡る。

相変わらず風の強く吹くビルの屋上。そこに一人の少女がいた。

場にそぐわないドレス姿の少女。『心理定規』と、保持する能力名で呼ばれる少女だ。
彼女は一人、夕方絹旗と海原が交戦し、そして砂皿が狙撃した先の廃ビルの屋上に来ていた。

夕日は落ち、刻々次第に黒くなりゆく天上の輝きは地上の光にかき消され見えない。
街は相変わらず喧騒に包まれているが、激しいビル風がごうごうとうねり、それを覆い隠している。
辺りの夜景は星の海のように煌びやかで、けれど彼女の立つ場所だけは取り残されたように闇を落としていた。

そんな中、夜景から漏れ照らす僅かな光を頼りに彼女は屋上を見回す。

麦野から絹旗と何者かによる戦闘が行われた事を受けた彼女はすぐさまその戦場跡に赴いた。
惨劇の場に残る者はなく、問う相手も殺す相手もいない事を承知の上で彼女はこの場に訪れた。

残る者はなくとも、残された物ならある。

そう、ここには砂皿の銃弾を受けばらまかれた少女の死体がある。
物を語ることはない死体だが、彼女の能力によって何か調べられないかと、そう思ったのだ。
533 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/05(金) 15:15:09.69 ID:hr0P/GAo
――――『心理定規』。

そう呼ばれる彼女の能力はその名の通り相手の心を『推し量る』ものだ。

感情の大きさ、想念の質量、執念の距離。
そんなものを測量し、明らかにする力。

死体に意志はなく、残留思念と呼ばれるオカルティックな物の存在を彼女は信じてはいない。
が、脳細胞が多少なりとも生きているなら、もしかしたら計測できるかもしれない。

そもそも彼女はその力が脳に働きかけるものなのかすら知らない。
相手の肉体の小さな動きや表情の変化、視線の移ろい。そんなものから推量しているのかもしれない。

だが彼女にとってそんな事はどうでもよかった。
自分がどんな能力を持ち、それをどのように行使すればいいのか。それさえ分かっていれば十全だ。

人の放つ感情。そして矛先。
思いがどこからどこへ向けられたものか。ベクトルの向かう先には必ず相手がいる。

相手のいない思いの場合は拡散してしまって分からないが、誰か特定の人物に対し何らかの感情を持っているならば、
その大きさと、そして相手を彼女は理解する事ができる。

死体は御坂美琴の姿をした、人造の少女だと垣根は言っていた。

ここで、絹旗は海原光貴と――本物の、『念動力』の異能を持つ大能力者の少年だ――と、御坂美琴の姿をした少女と交戦した。

垣根と浜面は別の場所で、上条当麻の姿をした『海原光貴』――エツァリと名乗った『グループ』の構成員だった少年だ――と、御坂美琴の姿をした少女と交戦した。

御坂美琴。
上条当麻。
海原光貴。
そして彼らが言及したという、結標淡希。

行方不明者のうちこれだけが雁首を揃えているのだ。関連性がないほうがおかしい。
だから、ここで死んだ少女は必ず彼らに対して何らかの感情を持っていたはずだ。

その内容や大きさから彼らが何を思って、何を目的として動いているのか。それが推理できないかと彼女は思ったのだ。
534 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/05(金) 16:20:26.96 ID:hr0P/GAo
だから死体が処分され場が清掃される前に慌てて下部組織の連中を止めてやってきた。

彼らの手にかかれば死体や血痕はおろか、ありとあらゆる戦闘の痕跡すらも消されてしまう。
そこで誰かが死んだ事を完膚なきまでに駆逐してしまうのだ。
さすがにそんな事をされては『心理定規』も使えない。

そして彼女は一人、惨劇の場に立つ。

屋上、辺りを見回し、彼女は呆然とした。

「…………どうなってんの、これ」

誰もいない屋上で彼女は思わず呟いた。

確かにここで誰かが死んだのだろう。
辺りを染める夥しい血痕がそれを如実に物語っている。

バケツをひっくり返したような、人体のどこにそれだけの量が内包されているのかと思うほどの赤。
これだけの血液を撒き散らして生きていられる人間がいるはずがない。

だが、死体はどこにもない。
それどころか肉の一片、髪の一房すら残されてはいなかった。
535 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/05(金) 16:38:51.22 ID:hr0P/GAo
放射状に広がっている血は高速の弾丸を受けたからだろう。一方向に向かって飛び散っている。
歪んだ錐状に広がる趣味の悪い絵画の根元、そこだけ紙にペン先を押し付け続けたように広がる円の部分は死体があった場所だろう。

それに歩み寄り、ドレスが汚れるのも気にせず彼女は膝を付いた。

携帯電話のカメラ用のライトを点灯させ、ほとんど乾いてしまった血の跡を照らす。
何もかもが真っ赤に染まったそこには、僅かな砂と砕けたタイルの欠片があるだけで、人体の痕跡はその塗料だけだった。

――――いや、

彼女は気付く。

人肉の欠片もそこにはない。
だが、微かに違和感があった。

多分血に染まってしまっていたから気付けた、些細な変化。

「……、……」

彼女は少しだけ躊躇って。
染み一つない真っ白な右手を広げ、べたりと床に押し付けた。

手にはひんやりとした石の温度と、乾いた血痕のあのざらざらとした気持ち悪い肌触り。
掌から伝わる感触に顔を顰めながら彼女は真っ赤なそこを撫で摩った。

触覚が集中する掌。
五指が感じるその僅かな変化に彼女は確信する。

そこだけ、彼女の手元だけが、タイルがほんの少し隆起していた。
536 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/05(金) 16:56:53.49 ID:hr0P/GAo
「これってもしかして――――」

彼女は小さく呟く。

恐らく自分の考えは正解だ。
確かにこれは可能だし、ありうるだろう。

現にあの行方不明者のリストの中には。

そう、思わせ振りな文句でその所在を有耶無耶にされた結標淡希とは別にもう一人、





「――――あら。気付いてしまいました?」





「………………!」

自分のものではない声に少女は驚き振り返る。

夕刻、戦闘の折に絹旗が破壊した内部と外部を隔てる鉄扉。
それがあったはずの場所にぽっかりと口を広げる暗闇の、その上に。



「こんばんは――――いい夜ですわね」



見覚えのある制服を着た少女が一人、二つに括った髪を夜風に靡かせながら静かに腰掛けていた。

「白井――黒子――――!」
537 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/11/05(金) 17:42:01.43 ID:aQrleYDO
wktk支援
538 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/05(金) 17:53:52.03 ID:hr0P/GAo
名を呼ばれ、白井は僅かに微笑を返し風に嬲られる髪を右手で押さえた。

「ああ、夜風が気持ちいいですわね。……月が出ていないのと少々寒すぎるのが玉に瑕ですけれど。それもまた風流というもので」

「ガキに風流なんて解せるの? それに、この場を前にして言えるなんて相当イカれてるわ」

自分から視線を逸らし風上を見上げる白井に彼女は思わず返答して、失態に近い自分の行為に顔を顰めた。
そんな事はどうでもいい。今は国語の授業でも、恋人と語らう時間でもない。

「これ、アンタの仕業ね」

立ち上がり、ドレスの裾に付いた砂埃を払いながら彼女は問いに近い確認を取る。

タイルの隆起。それは下から上へ突き上げられたものだ。

つまり――タイルの下から何かがそこを押し上げているのだ。
何が押し上げているかは彼女の想像に難くなかった。
                    、 、 、 、、 、 、 、 、 、 、 、
「アンタ――――死体をここに、床と天井の間に埋めたわね」

彼女の言葉に、白井は視線を戻し、にっこりと柔らかく微笑んで頷いた。

「ええ、そうですとも。わたくしがやりましたの。……それがどうかしました? それとも、いい子いい子って褒めてくださる?」
539 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/05(金) 18:13:45.97 ID:hr0P/GAo
その白井の表情と言葉に、彼女は吐き気を催す。

正気の沙汰ではない。暗部に身を置く彼女ですら、そう感じた。

死体の処理を、狙撃ライフルの一撃を直に受けてバラバラに飛び散った肉片を一つ残らず消し去って。

白井は顔色を変えるどころか笑ってすらいる。

死体を弄繰り回すのが楽しくて仕方ないという頭の犯しな連中の哄笑ではない。
彼女のそれは童女の笑みだ。
綺麗におもちゃの片付けができたと親に自慢する子供の笑顔だ。

心が壊れてしまっている訳ではない。
あまりの地獄を見て心を壊乱してしまった者は山ほど見ている。

けれど白井は正しく間違い狂っていた。
それは、根本からそういう風に出来てしまっている、紛う事ない狂人の微笑だった。

数日前まで上等な、極々普通の学校に通っていた中学一年生の少女。
何がそうまで白井を変えてしまったのか。彼女には理解できなかったし、したくもなかった。

「アンタ、やっぱりイカれてるわ」

嫌悪感を隠そうともせず、彼女は吐き捨てるように言った。

「コイツを平然と――その笑顔でやってのけるなんて、やっぱりアンタ狂ってる」
540 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/05(金) 18:35:13.97 ID:hr0P/GAo
「……平然と、ですって?」

彼女の言葉に白井は僅かに顔を歪ませる。

「平然と、そんな事、できるはずもないでしょうに」

ひく、と白井の口の端が痙攣した。

「わたくしが、わたくしの敬愛してやまないお姉様の、その似姿を、その死体を、平然と処理できるはずもないでしょう?」

ひく、ひく、と頬を引き攣らせながら白井はゆっくりと、噛み締めるように言い。

「ええ、そんなはずありませんの。だってそれ、お姉様の形をしているんですのよ」

次第に、言葉は早く、そして口の端と頬の痙攣も加速する。

「だってどうしてわたくしが、お姉様の姿を模した、肉人形に、その残骸にああ汚らわしい、考えただけでも、思い返しただけでも吐き気がしますの、その最低最悪な肉人形を処分するのにわたくしがどうしたか分かってて言ってますの、ええ確かにわたくしの空間移動能力でアレを始末いたしましたけれどそのためにわたくしは一つ一つこの手でアレに触れなければなりませんのよああ汚らしい汚らわしいどうしてそんな事を思い出させますの醜悪な肉の欠片を一つ残らずわたくしは膝を付いてこの手指で触れて残らずこの廃屋に打ち込んでその時のわたくしの苦痛といったらあなた分かってて言ってるんでしょうねそうですわよね『心理定規』さんあなた心を操るんですわよね心の距離を操作するんですわよねでしたら分かってらっしゃいますよねわたくしがお姉様をどれだけ信仰してやまないかをどれだけお姉様を敬愛しているかをそれを分かってて言ってるんでしょうねそうでなくては困りますわわたくしのお姉様への想いがどれだけ重要か分かっててそれでわたくしを精神的に苛んでらっしゃるんですわよねわたくしのお姉様への愛を試してるんですのねええそうですともわたくしお姉様のためならなんだってしてのけますの大切な友人だって綺麗さっぱり切り捨ててみせますし今までの人生たった十三年かそこらですけれど全て投げ打ってどんな汚れ仕事でもしてみせますわ全てお姉様のために捧げますわそれがわたくし白井黒子であるが故にお姉様のためならなんだってやってのけますわ――――!!」
541 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/05(金) 18:52:49.57 ID:hr0P/GAo
吠えるようにそう言い放って、白井は血走った目を閉じ、肩で息をする小さな体を両手で抱き締めて、それからゆっくりと冷たい夜気を肺に吸い込み。

「――――ご理解いただけまして?」

にっこりと、微笑むのだった。

「――――やっぱりアンタ、狂ってる」

「褒め言葉として受け取っておきますの」

彼女の掠れるような声に白井は頷いた。

「わたくし、確かにお姉様に狂っております故」

そして、白井は少し驚いたような顔を見せる。

「……あら。あなた、どうしましたの?」

視線は僅かに彼女を逸れ、下へ向く。
白井はつい、と手を差し出し、彼女を指差す。

「お寒いんですの? そんな服を着ているからかしら。震えてますわよ」
542 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/05(金) 20:26:37.27 ID:hr0P/GAo
見れば。

「――――――」

指先が、手が、腕が、震えていた。

言われてようやく寒さを思い出した。
しかしその震えは寒さによるものではない。

どうしようもなく怖かった。

白井が、ではない。

所詮、白井は物理干渉系の能力者。
精神感応系能力者である彼女には絶対的優位があった。

本人がそう明言している御坂美琴。

白井の心の領域の大部分を占めているであろう少女の距離と同等の心理距離を設定すれば、
彼女を傷付ける事はおろか命ずれば迷わず足元に平伏し靴にキスするだろう。

だが。

その為には白井の心を覗き見る必要がある。
白井にとって御坂美琴がどんな存在なのか知る必要がある。

つまりそれは――その深淵に等しい心の闇を覗き込む事に他ならない。

その深淵に潜む白井の精神が形作る魔物がどうしようもなく恐ろしかった。
543 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/05(金) 20:43:12.12 ID:hr0P/GAo
「心配しなくても取って食いやしませんの」

風に流れる髪を手で浚い、白井はそれを弄びながら独り言のように呟く。

「結局、わたくしは雑用に過ぎませんの。犬と呼んでくれて構いませんのよ? 褒め言葉ですから」

くるくると指で髪を巻き、手元に視線を落としながら白井は続ける。

「わたくしの仕事はただの掃除ですわ。だって、舞台にゴミが散らばっていては興醒めでしょう?」

ねえ、と顔を僅かに上げ、上目遣いに、高みから見下ろし白井は彼女に視線を向ける。

「何を――言ってるの――?」

白井の言葉が理解できず、彼女は震える声でそう問いかける。
そんな彼女に白井は、おかしな事を聞くといった調子で答える。

「何って、ハレの舞台の演出ですわよ。わたくしはあくまで引き立て役。道化に過ぎませんの。……だからと言って手を抜くつもりは毛頭ありませんけれど」

そう白井は嘯き、またにっこりと、童女のような怖気を誘う笑みを彼女に向ける。

「それでは舞台は整いましたので、前座はこれにて。精々観客を楽しませてくださいまし? 折角の綺麗なお顔とおべべなんですから」

とっ、と白井は両の手で腰掛けたコンクリートを後ろへ押すように、体を前へ投げ出しその場を飛び降り。
屋上に着地する寸前、その姿は空気に溶けるように掻き消えた。
544 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/05(金) 21:04:46.72 ID:hr0P/GAo
「………………」

彼女には白井が何を言っているのか分からなかった。

けれどただ一つ理解できたのは。

――――ここにいてはいけない。

理性ではなく、直感で認識した。

白井の言う通りに、彼女の存在が前座でしかないのならば。
今から現れるのは白井なんか比べようもないほどのとんでもない怪物だ。

能力だとか、そんな簡単なものでは済ませられない。
どうしようもない狂気の塊がやってくる。

――――逃げなければ。

だが、彼女はその場から動けない。

足はがくがくと激しく震え、立っているのですらやっとだった。

あるいは既に悟ってしまっていたのかもしれない。
逃げても無理だ。どこをどう足掻こうと太刀打ちできない存在がこの世にはある。
そしてそのどうしようもないものが今目の前に現れようとしている。
545 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/05(金) 21:20:51.81 ID:hr0P/GAo
――――かつ、

堅い、けれど軽い靴音が聞こえた。

彼女はその音を聞いてなお、その場を一歩も動けず、歩む事も退く事もできぬまま、ただ呆然と立ち尽くすしかできない。

――――かつ、

それは眼前、白井が先ほどまで座っていた場所のすぐ真下。
遮る扉を失いぽっかりと口を広げた闇の奥から聞こえてくる。

――――かつ、

肌を刺す風は斬りつけるように冷たく、体は既に凍え切っていた。
だが触覚も痛覚も麻痺してしまっているのか、不思議と寒さは感じない。
ただ、両足は相変わらずがくがくと震え、今にも崩れそうで。

――――かつ、

闇の向こうにぼんやりと見える人影。
暗すぎて表情はおろか服すら見えず、それが余計に彼女の恐怖を加速させる。

――――かつん、

大きく響く音に、思わず彼女は、ひく、と喉を鳴らした。

足音は大きくなり、影は緩やかに近付いてくる。

――――かつん、

あと数歩。

――――かつん、

彼女は何もできずただ震えるだけで。



――――かつん、


            、 、
そして、影が闇からぬうと這い出て。

薄気味悪い笑顔を彼女に向けた。
546 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/05(金) 21:25:03.25 ID:hr0P/GAo










「あかん、あかんてお嬢ちゃん。そんな怖い顔しとったら愛しの彼も振り向いてくれへんで?
 しかし僕もまだまだやね。ドレス少女ってジャンルもいかにもじゃねーの。まだまだ修行が足りひんわー」





「………………誰?」

場違いなひょうきんな声色と文句に、思わず彼女は呆気に取られてぽかんとした表情を浮かべた。



――――――――――――――――――――
547 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/05(金) 21:34:15.57 ID:hr0P/GAo
ぶっ続けで書いてたので今日はここまでで
次からようやく彼女の登場です
548 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/11/05(金) 22:51:42.79 ID:zR9PVXko

青ピか・・・美琴サイド(?)の人間のつながりがよく見えないな…
549 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/11/05(金) 23:49:10.03 ID:vOSktaco
乙。「彼女」って誰だろう
550 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/11/05(金) 23:58:35.37 ID:hcfTx.20
今の所先の読めない展開だけど楽しく読ませてもらってます
しかしまあ、すごい執筆スピード早いてるのにクオリティも高いってスレ主さんすごいよね
551 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/11/06(土) 02:37:54.83 ID:kqmZ4IAO
なんか今のところは
上条や御坂に対して友好的、もしくは
表の世界に少なからず関わってる人物サイドと
完全に暗部組サイドの対立って感じだなぁ
先が気になる
552 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/06(土) 21:26:21.18 ID:gNQHikQo
「ちくしょう」

携帯電話を通りがかった清掃ロボットに放り投げ、麦野は吐き捨てた。

「繋がりやしないわ。科学の頂点、学園都市も脆いわね」

ごりごりと金属と合成樹脂を砕く音を背後に、麦野は大通りを歩いていた。
まだ深夜と言うには早い時間。辺りは人々のざわめきと店舗の垂れ流す流行の音楽に満ち溢れている。

だというのに。
街にはどこか仄暗い湿った気配が漂っている。

楽しげなのは量産型のポップスだけで、行き交う学生たちの足は早く、落ち着きのない顔で何やら忙しなくきょろきょろと目玉を動かしている。
急ぐのは家路だろうか。それとも、どこか別の場所だろうか。
そんな事は麦野にはどうでもよかったが、その理由だけは何となく見当が付いた。

「何やら鼠が怯えてるわね。ちゅうちゅうちゅうと煩いわ」

第六感なんて非科学的なものを諸手を挙げて信じる訳ではないが、こういう時だけはありがたい。

皆、何かを感じているのだろう。

地震の前触れのような小さな予兆。
それを頭の隅で見つけてしまって、どうにも落ち着かないのだ。

もしかしたらAIM拡散力場あたりからその『何か』が伝染しているのかもしれない。
アレはお互いに干渉しあうとか、どこかの研究論文で読んだような気がする。

だとしたら、その発生源はどこだろうか。

答えは簡単だ。人の流れの上流にある。

「急ぎなさい急ぎなさい。早くしないと猫に見つかるわよ」

すれ違う学生たちには目もくれず、麦野は不自然な人の流れに逆らって歩き続ける。
553 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/06(土) 21:51:53.29 ID:gNQHikQo
やがて――――。

不意に人の流れが途切れる。

街中だというのに不自然に消える喧騒。
通りに面した人気のない店舗の中から聞こえてくる下手糞な日本語ラップが鬱陶しかった。

さて、と麦野は辺りを見回す。

周囲には気持ちが悪いほどに誰もいない。
まるで街が死んだようだ。

人だけが消えた蜃気楼の街。

虚数学区だったか。そんな都市伝説をいつか聞いた気がする。

――――そこではさー、直接脳を掻っ捌いて能力開発してるんだって。結局、もう笑っちゃうわよね。

まったくだ。子供騙しもいいところのそんな噂。
いつものようにファミレスで駄弁っていたある時、そんな話を聞いた。

ただ――もしそれが本当だとするならば。

虚数学区とは自分たちの事だ。
直接脳を切り開いて弄り回すなんてのが日常的に行われている場所がそうだと言うなら、まさに今麦野が立っている場所がそうではないのか。

学園都市の暗部。
煌びやかな表舞台のすぐ裏で繰り広げられる地獄。

まさに虚数と呼ぶに相応しい。
一度そこに落ちてしまえば後は奈落の底すらない、永遠の闇だ。

だから多分、そういう話なんだろう。

そうして実数から踏み外して、落ちて墜ちて堕ちて、真っ逆さまに。

こんなところまで来てしまったのだろう。

振り返ればすぐそこに彼女がいた。

「――――にゃあ」

麦野は、にぃ、と童話に出てくるそれのように口の端を上げる。

「こんばんは、子猫ちゃん。アンタ、姉の方? それとも木偶人形の方?」
554 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/11/06(土) 22:40:00.82 ID:H8YkXGco
「彼女」か
555 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/06(土) 23:51:46.35 ID:gNQHikQo
「妹の方です、とミサカは訂正します」

常盤台中学の制服を着た少女は感情の読み取れない無表情でそう返答した。

「ち、ハズレか」

舌打ちする麦野はがりがりと髪を掻き。

「いえ、アタリです、とミサカは訂正します」

「…………あぁ?」

怪訝そうに少女を見遣る。

彼女は相変わらずの無表情で、つ、と右手を挙げ、指を立てる。
刺すのは麦野――ではない。

背後。

「…………」

ゆっくりと、麦野は振り返り、そこには――。

「アタリなのでもう一本どうぞ。実際アレ見たことないんですが、とミサカは注釈を入れます」

「…………つまんねー。お笑いの世界は厳しいわよ。出直して来い」

「おや。身内には馬鹿受けだったのですが、とミサカは鏡に向かって練習している気分だったのを思い出します」

「矢張り独り善がりは駄目ですね。自分だけではなく相手も喜ばせなければ、とミサカは思わせ振りな事を言います」

前後、同じ顔の、同じ声の、同じ服装の少女に挟まれ、麦野は軽く眩暈を覚えた。

「ああ……マジつまんねー。こりゃスクラップだ」
556 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/07(日) 00:11:08.23 ID:8MfIlL6o
重々しく溜め息を付く麦野に、彼女たちは顔を見合わせ、頷いた。

「ですから最初の掴みは肝心だと、そう提言したではないですか、とミサカは責任を押し付けます」

「いえ、この案はミサカが出したものではありません。ですからミサカに否はありません、とミサカは責任逃れを試みます」

「うっさい黙れ」

不機嫌な顔も露に麦野は睥睨する。
首を振るように彼女らの顔を交互に見、重々しく溜め息を吐いた。

「……んで、この状況もアンタらの仕業?」

「はい。嫌気を催すよう波長を合わせた電磁波を散布しています、とミサカは肯定します」

「もっとも、同系統能力を持つあなたには通用しないようですが、とミサカは改良の余地を提示します」

「はいはい解説ごくろーさん。お陰でやりやすいわ。ごほーびはキャンディがいい? それともチョコレート?」

「「…………」」

お座なりな麦野の態度に、彼女らは再び顔を見合わせ頷き。

「よろしければあなたの首を、とミサカはおねだりします」

「心臓でも構いませんが、とミサカは代案を提出します」

と、無表情に、感情の籠もらない声でそう答えた。

瞬間、麦野の顔が引き攣る。
麦野は髪を掻いていた手を降ろす。
何かを持つように掌を上に向けたまま真横に軽く伸ばし、ゆっくりと指を曲げ。

ぱきり、と関節が啼いた。

「――――テメエら誰に向かって口利いてんだ、ああ?」
557 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/07(日) 00:25:05.74 ID:8MfIlL6o
強い風がざわざわと街路樹を揺らす。
空の雲は早く、雲間に覗く月は顔を見せたり隠れたりと忙しない。

とっ、とっ、と苛立たしげに麦野は道をパンプスで叩きながら握った拳を開いた。

「人形遊びをする年でもないんだよ。さっさと親玉のところに案内しやがれ」

「それは無理です、とミサカは即座に拒絶します」

がつ、と一際強く靴底が煉瓦模様を叩く。

しかしそれを全く意に介せず、少女は続ける。

「それと――ミサカにもそれなりの矜持があって臨んでいますので、モノ扱いされるのは心外です、とミサカはあえてとぼけた口調で物申します」

……足音が止む。

麦野は困ったような、ばつの悪そうな表情を浮かべ、しかしそれを彼女たちに向けはしない。
そうしてまた鬱陶しそうに溜め息を一つして。

「オーケーオーケー、分かったわ」

ぱんぱん、と麦野は埃を払うように両の手を打ち合わせ、

「せめて人らしい表現を使ってあげましょうか――――ぶち殺す」

瞬間、病的なまでに青白い光が夜景を貫いた。



――――――――――――――――――――
558 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/07(日) 00:26:55.66 ID:8MfIlL6o
体調が悪いのと妙に眠いのとで、短いですが予定のシーンまで行かずにここまでで

明日こそ「彼女」の場面、のはず
559 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/11/07(日) 00:56:44.46 ID:Y84P9kQo
560 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/07(日) 16:58:00.78 ID:8MfIlL6o
ごうごうと耳元で唸る風。
空の雲は早く、星は見えない。

そんな夜天をドレスの少女は仰ぎ、ゆっくりと目を瞑る。
深く息を吸い、溜め息のように吐き出し、顔を水平へ。

……目を開く。

彼女の視界の正面には長身の少年が相変わらず立っていた。

髪は趣味の悪い青色に染められ、耳にはピアス。
赤のダウンジャケットは少女とは対称的に暖かそうだ。
無造作にジャケットのポケットに両手を突っ込み、気持ち悪いほどに人の良さそうな顔で笑っていた。

「………………誰よ、アンタ」

再びドレスの少女は問い、眉の不機嫌そうに寄せられた顔を目の前の人物に向けた。

見た事のない顔だった。

垣根の資料にもなかった顔。
ずっと傍にいたのに気付かずにいて、それが突然むくりと立ち上がったような。
今の今までその存在の欠片すら感じさせなかった、唐突に客席から舞台に上がったような、そんな――影――のような。
561 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/07(日) 17:12:52.65 ID:8MfIlL6o
「誰、やて?」

彼女の言葉にぴくりと細められた目の端を動かした。

「誰、って。キミ本当にそんな事聞いてんの?」

笑みは消え、不機嫌そうな、苛立たしげな様子を隠そうともせずに言う。

「よりによってキミがそんな事聞いてまうの?」

「生憎、私にアンタみたいなお友達はいないけど」

ドレスの少女は内心の動揺を必死で抑え込みながら言葉を続ける。

まさか一般人であるはずがない。
このタイミング、この場に一般人が来るはずがない。
もし仮にそんなとんでもなく不幸な奴がいたとして。

どす黒く変色した彼女の足元に見向きもせず平然と立っていられるはずがない。

「そいつは残念やね。僕、キミと仲良くしたかったんやけど」

言葉とは裏腹な圧迫感を感じドレスの少女は得体の知れない感覚に苛まれていた。

なんだこの違和感は。

脳の端の方でちくちくと自己主張するような気味の悪い違和感。
まるで騙し絵を見ているような錯覚。
目の前で確かにそうだと言っているのに、それに気付かないような。
562 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/11/07(日) 17:13:20.29 ID:lPcMM.s0
まさか青髪がレベル5っていう展開じゃないよな?
563 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/07(日) 17:26:50.62 ID:8MfIlL6o
「まったく残念だわ。私、アンタみたいな趣味の悪い頭したヤツはタイプじゃないの」

反面、彼女は内心でどこか安心していた。

彼女が一番恐れていたのは御坂美琴だった。
人の精神に干渉する能力を持つ彼女にとって天敵とも言える存在。

言ってみれば思考も感情も記憶も精神も、脳細胞同士でやり取りされる電気信号と反応でしかない。
彼女の能力はそれを操ると言ってもあながち間違ってはいない。
道徳的にはどうだか知らないが、人の心なんてものは科学的に見れば所詮その程度の物理現象に他ならない。

だからこそ、その程度の物理現象だからこそ。
電気という現象そのものを操る御坂美琴は彼女の天敵だった。

似たような能力でも麦野の『原子崩し』のような一点特化型であれば何の問題もない。
ただ御坂美琴のそれは――彼女の『超電磁砲』は――その字面と派手さに隠れがちではあるが、あらゆる電子制御を平然とやってのける。
例えば電力。例えば磁力。例えば電気信号。

そんな彼女が生体電気などという一番身近で自然に存在する電気を操れないはずがない。

だからドレスの少女は御坂美琴が目の前に現れてしまうのをどうしようもなく恐れていた。
564 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/07(日) 17:44:12.26 ID:8MfIlL6o
だが、蓋を開けてみれば。

得体は知れないが御坂美琴のような最悪よりは幾分かましだろう。
そんなどこか楽観的な余裕が彼女の中に生まれていた。

「まったく残念な事ね。私、アンタみたいな頭の悪そうな髪したヤツはタイプじゃないの」

そんな風に幾許かの軽口を叩ける程度には。

「頭が悪そう、ね。結構自慢なんやけど、この髪」

指で毛先を玩び、深く溜め息を吐いた。

「残念や。まったく残念やわ……結局、『心理定規』はその程度かいな。ちょっとでも期待した僕が馬鹿でしたぁー」

感情をそのまま吐き出すような口調に彼女は寒気を覚える。

人が何かを表現をする時には絶対にフィルタを通す。
それは羞恥だったり、自責だったり、あるいは虚栄だったり。
感情が存在する以上、それを阻む事はできない。

だが彼女の耳を打つ言葉は――まるで加工されていない、真っ白なものだ。
台本を棒読みしているだけのような単なる『そういう言葉』にしか聞こえなかった。

「……ま、せっかく役を譲ってもらってまで出てきた訳やし」

とん、と軽く足を鳴らし。

「魅せ場を作らなな。ちぃとばかし遊んでーな」

「デートの誘いにしては魅力に欠けるわね」

「まあまあ、そう言わず」

再び、とん、と靴の音。



瞬間、彼女の天地が逆転し、

「――――――!?」

受身を取る事もできぬままその場に背中から叩き付けられた。
565 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/07(日) 18:01:46.88 ID:8MfIlL6o
何が起こったのか、彼女には理解できなかった。

足音と同時に目の前には雲の掛かった夜空が現れ、その場に倒れ込んだ。

――――まさか重力制御――いや、これは、

ごりっ、と容赦なく胸を踏み付けられ、肋骨が悲鳴を上げた。

「――――ぎ――ぁ――っ!」

「まあ種明かしすると、ぼーっと突っ立っとったキミに普通に歩いて近付いて普通に足払いしただけなんやけどね? 結局のところは」

呻き声をまったく意に介した様子もなく彼女を見下ろすように向けられた顔が、にぃ、と嗤う。

「『キング・クリムゾン』――ッ!! 『結果』だけだ!! この世には『結果』だけが残る!! …………なんちって」

ごぼ、と嫌な音の咳をして、彼女は胸の確かな圧迫感を得ながらも無理矢理言葉を吐かずにはいられなかった。
前後の事象。言葉の意味。それらを踏まえるならば、これは。

「まさか……時流操作能力……っ!」

その言葉に小さく頷き、笑って。

「……はぁ? キミ何言うてんの? そんな馬鹿な真似できるはずもないやろ」

馬鹿にしたような笑みを彼女に向けた。
566 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/07(日) 18:15:02.79 ID:8MfIlL6o
「そういえばさっきの『誰?』って質問。答えとらんかったなぁ」

ごりごりと靴底でドレスに足跡を刻みながら相変わらずの目を細めた笑顔で言う。

「んっんー。せっかくやし、なんて言おかなー。あんまり奇をてらっても興醒めやろうし」

「い――ぎ――あが――っ――!」

痛みと涙にぼやけた視界の向こうで人影が笑う。
ぎちぎちと痛みに焼かれる脳の片隅で、けれどそこだけははっきりとクリアな思考が働いていた。

さっきからずっと感じていた違和感。
それが何なのか、この段になってようやく分かった。



――――なぜ自分は能力を使わない――――!?



誰、などと悠長に尋ねずとも相手の名前くらいなら『心理定規』を以ってすれば呼吸するよりも簡単に分かる。
なのに彼女はずっと、自身の持つ能力の使用という選択肢が完全に頭から離れていた。

だが、それが何故かというものに思考が至るよりも早く、声が聞こえた。

「ああ、せやせや。こんな答えはどないやろ?」

言葉と共に滲んだ視界に気味の悪い笑みが降り注ぎ。





「――――『鈴科百合子』――――どや?」
567 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/11/07(日) 18:23:20.93 ID:AxsPv/oo
メンタルアウトが主観観測者の感じる全てを誤認させているってオチだけは勘弁願いたいところだ
568 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/11/07(日) 18:26:24.70 ID:30sHdUE0
>>567
それなんてひぐらし?
たしかにああいった落ちはこっちの思考を全否定する最悪なものだからなあ
569 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/07(日) 18:32:52.65 ID:8MfIlL6o
どこをどう聞いても、それは女性名だった。
だがドレスの少女の視界には長身の、見た目と声と、どう足掻いても男にしか取れない相手がいる。

「本当はこれ、アイツらへのヒントやったんやけどねぇ。
 それがどこをどう間違ったか結局風紀委員の子の方が先に掴んで、おまけにそれっきりやん?
 僕としては残念でしかたないんやけど、まあ仕込んだネタやし、キミは知らんやろけど結局どっかでばらさな面白くないやん。堪忍してーな」

視界にはべらべらと一人で喋り続ける朧気な人影。
輪郭も色彩も何もかもが滲んでしまって曖昧で、それがどんな顔をしているのか彼女には分からない。
ただ一つきっと確かなのは、それが嗤っているという事だけで。

「ねぇ、そろそろ気付いてもいい頃じゃない?」

声。

高い、少女の声だ。

「アンタが能力使えないのも、使おうとしないのも、ほら、分かるでしょ?」

それはすぐ近くから聞こえる。

「ま、結局アンタの『心理定規』じゃ相性悪いわよね。だって――――」

それは――頭上から降ってくる。



「――――私の『心理掌握』は完全にアンタの上位互換なんだから」
570 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/07(日) 18:38:33.67 ID:8MfIlL6o
何か言葉を発するよりも先に、視界が暗くなった。

ごぎ、という嫌な音。痛みに叫んでから、顔面を踏みつけられたと理解した。

「もう一度、敗者復活ワンチャーンス」

ぎぢぎぢと摩り下ろされるような痛みが脳の中で炸裂する。
視界は真っ暗で、その上涙で闇すらぼやけてしまっている。

ぱちぱちと耳元で鳴っているのは拍手か幻聴か。

そんな中冷静に分析できる自分がいた。

「さて、ここで問題でーす」

声だけははっきりと。

脳に響くように聞こえた。





「私は誰でしょう?」
571 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/11/07(日) 18:44:40.76 ID:Wswqgk6o
やっぱり心理掌握か…
572 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/07(日) 18:54:08.58 ID:8MfIlL6o
何故か思考はクリアだった。

ヒントは最初からあった。

消えたのは全部で五人。

探しているのは自分たち七人。

消えれない人物が消えていた。もう一人。

消えた少女に似ている少女たち。いっぱい。

消えた人物たち。

いなくなった、行方不明者。

でも、そんなのを数えるより前から、ずっと前から。

もう一人消えていた。

最初から知っていた。

なのにどうしてだか、誰もそれに触れなかっただけで。



そして何よりも視界が閉ざされる直前、

月明かりと街明かりに照らされた、



「――――、」



その金色は、





「――――――フレンダ――――!!」





「はい、よくできました」
573 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/11/07(日) 19:06:18.01 ID:m8lcEYko
なん・・・だと・・・
574 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/07(日) 19:07:16.72 ID:8MfIlL6o
視界に光が戻る。
眩しい。夜だというのに街の明かりは容赦なく目を焼いて、なのにそこは相変わらずの闇だった。

「ま、結局、私が『フレンダ』だろうが『心理掌握』だろうが『青髪ピアスの長身の少年』だろうが、どうだっていいのよ。マクガフィンみたいなものでさ」

そんな中、闇に浮かび上がるようにして見える金色。

髪だ。

覗き込んだ少女から零れ落ちる、金色の髪。

見覚えのある顔と、髪と、目。

もう一人の消えた少女がそこにいた。

「ええそう、私は『フレンダ』。でもそれは私を表す言葉であっても私の名前じゃないわ」

顔も、服も、髪の色も変わってしまったはずなのに相変わらずの笑顔で見下ろし、少女は続ける。

「フレンダ。フレンダ。フレ――ンダ――おっと、そんなところで切ったら勘違いされるわね。
 切る――ええ、結局、切るところが違うわ。フレ/ンダじゃないわよ。ましてフレン/ダでもフ/レンダでもないわ。
 日本語って不便よね。五十音でしか表現できないんだもの」
575 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/07(日) 19:23:51.81 ID:8MfIlL6o
胸を踏みつける足は少女の矮躯のままに軽く、だというのにまったく動かせなかった。
それどころか手も、指一本すら動かせずにただ、はっ、はっ、と喘ぐような短い息をするしかなかった。

「いい? フレンダ、よ。フ、レェ、ン、ダァ。Frrrreeeeeennnn――d――a」

目も、耳も、思考もはっきりしている。
目の前の少女が、何と言っているのか、それは分かる。
ただそれがまったく感情を動かさず、意志が凍りついたようになっていた。

故に体はまったく動かない。

ただ彼女の声を聞くしかない。

「結局、日本語で表現しようって事自体が間違いなのよ。
 最初はエフよ、エフ。えふ、あー、あい、いー、えん、でぃ、えー。FRIENDA。
 切るのは最後。FRIEND、A。FRIEND/A。フレンダ――――フレンド/A」

彼女が何を言ってるのか、理解できない。

「ともだちその一。役名なし。エキストラ。結局、鈴科某はギャグよ。
 私はいてもいなくても変わらないような存在。ただの――賑やかし。それが私」

ねえ、と少女が尋ねる。

「結局アンタ――――『私』の名前、知ってる?」
576 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/07(日) 19:45:19.27 ID:8MfIlL6o
その問いに彼女は答えられなかった。

涙はいつの間にか消え、視界ははっきりとしている。
思考は凪のように静かで、その言葉をしっかりと認識している。

けれどどうしても心が動かない。

「結局、答えられないわよね。そういう風になってんだもの。そういう設定なんだもの。
 理由なんて後付けで、結局、私なんて皆どうでもいいんだもの」

胸の圧迫感が消える。
少女の姿が視界から消える。

目の前には夜空。
雲間から見える黒に、星は見えない。

「結局、私なんてどうでもいいのよ。話にはあんまり関係ないんだもの。でもわざわざ出てきたのはさ」

ごづっ、と鈍い音。
頭が硬い爪先で蹴り飛ばされ、石床を打つ音。
痛い。痛い。けれど、心が動かない。

痛みに呻くが――だからどうした。

「結局アンタさ、私とキャラ被るのよ。ただそれだけ。ごめんね? 逆恨み」
577 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/07(日) 20:04:33.71 ID:8MfIlL6o
しばらくの静寂はごうごうという風の音にかき消された。

どれくらい経ったのか、彼女には分からない。
長いような短いような時間が過ぎて、それからようやく溜め息が聞こえた。

「やっぱりアンタ、殺さない。だってほら、私がそんな事しちゃったら興醒めじゃない。結局、もう冷めちゃってるけどさ」

けらけらと笑う声。何が可笑しいのか、分からない。

「じゃーね、ばいばい。ご愁傷様。――――精々足掻けばいいわ。みっともなく、無様にね」

かつ、と靴底が石を叩く音。かつ、かつ、と続く。
それはゆっくりと遠ざかり、やがて消え。

廃ビルの屋上は冷たかった。
風に体温が奪われ、肌は冷え凍えていく。
けれど彼女はそれが意味するものも、その結果も明白なのに、分からない。

微かに、エレベーターの到着する甲高いベルの音が聞こえた。



――――――――――――――――――――



「――――――っ!!」

跳ね起きた。

体の節々は痛み、肋骨は軋み、頬は擦り傷に血が滲んでいる。
身に纏ったドレスは土と砂と乾燥した血液の粉末に汚れてまるで灰を被ったようだ。
けれど、さほど痛みは大きくない。寒さに奪われた体力の方が大きいくらいだ。

ついさっき起こった事が走馬灯のように頭を駆け巡る。

「――フレンダが生きてて、『敵』で――その上『心理掌握』ですって? …………冗談じゃない!」

きしきしと痛む体に鞭打って起こし、ゆっくりと彼女は立ち上がる。

「麦野は知ってたな……! アイツが『心理掌握』だって知ってたな……!! 生きてるだろうと分かってたな……!!
 なんでその事を言わなかった、協力するだなんてやっぱり建て前か……っ!!」
578 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/07(日) 20:16:28.44 ID:8MfIlL6o
視線を走らせ、離れた場所に転がっていた携帯電話を見つけ、急いで拾い上げる。

「とにかく垣根に連絡を……!」

登録された数少ない相手から慣れた手つきで目的の人物の項を呼び出し、発信する。

はっ、はっ、と短く荒い息。
激しい倦怠感にも似た全身の痺れるような痛みを全力で無視し、彼女は携帯電話を耳に当てる。

「………………」

ごうごうと耳朶に響く風の音が煩い。
スピーカーに欹てる耳にも反響して、これでは相手の声が聞こえ辛いじゃ――――。

「………………」

気付く。

携帯電話は、いつまで経ってもあのぷるるるという呼び出し中を示す音を出さず。

「っ…………!」

耳に当てた小さな機械を引き剥がした。

彼女は携帯電話の小さなディスプレイを睨み付ける。
その上の端に小さく表示された二文字は。

「圏外…………っ!」
579 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/07(日) 20:31:02.35 ID:8MfIlL6o
使い物にならない携帯を思わず投げ捨てようとして、すんでのところで思い止まる
ここが圏外なら、圏内に移動すればいい。

「とにかくどこか別の場所に……」

痛む足を引きずるようにして、精一杯の早足で彼女は崩れ落ちた扉の方へ歩く。
瓦礫のような口を抜け、狭い廊下を進み、エレベーターの前へ。
操作パネルの一つしかないボタンを押すと、うぃぃぃ――――ん、とモーターの駆動音が聞こえた。

「………………」

あまりに長く感じる待ち時間に彼女は苛立たしげに何度もボタンをかちかちと叩き、終いには握り拳で叩き付けた。

――――ちょっと待て、

ふと彼女は気付く。

学園都市。そう、ここは学園都市だ。
科学の中枢。能力者の吹き溜まり。『外』との技術力に何年もの差がある閉鎖された都市。

その学園都市で、科学の頂点である学園都市で。



――ありふれた携帯電話が圏外なんて事が、それも屋外で、あり得るか――?



「――――――!」

嫌な予感が、悪寒として全身を走った。

その直後。

チ――ン、

と、到着を知らせるベルの音が鳴り、エレベーターの両開きの鉄扉が僅かに揺れた。
580 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/07(日) 21:08:59.92 ID:8MfIlL6o
金属の軋む音。扉が開く。

鉄の塊が左右に押し広げられるようにして分かれ、隙間が生まれる。
中からは白い無機質な蛍光灯の光。
暗く狭い廊下に差し込むように広がって。

「………………」

光に照らされた無人のエレベーターのボックス内が露になった。

ただそれだけなのにドレスの少女は安堵に胸を撫で下ろす。

もしかしたら、扉が開いた先にとんでもない怪物がいたら。
そんなホラー映画のような場面を想像してしまった。

昨日、絹旗が見ていた映画の影響だろうか。
ありきたりな量産された安っぽい台詞が、どんなものだったのかは忘れてしまったけれど嫌に印象的だった。

彼女は何かに怯えるように明かりの下に駆け込み、操作パネルの一階のボタンを押し、自動的に扉が閉まるのを待っていられず『閉』のボタンを連打した。

再び軋むような嫌な音。
やけにゆっくりとした速度で扉が閉まり、静かにボックスは動き出した。
581 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/11/07(日) 21:14:31.77 ID:wZwr0Pgo
降りたら怪物がいるのか?
582 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/07(日) 21:30:00.08 ID:8MfIlL6o
上下前後左右、四方八方から絶え間なく感じる圧迫感。
エレベーターに乗っていてこうまで息苦しさと重圧を感じたのは初めてだ。

上から照らす真っ白な光もやけに気持ち悪い。
温度のない人工の光。感じるのは違和感と肌寒さだけだ。

密閉空間。

逃げ場のない密室。

そんな箱の中でドレスの少女は落ち着きなく視線を動かす。
呼吸も乱れ、足はかつかつと床を叩き続けていた。

早く、早く、早く。

もう何がどうなっているのか分からない。
思考する事すら放棄したかった。

ともかく垣根だ。
垣根に連絡して、合流して、それからだ。

現状で唯一頼れるのは垣根だけだ。
自分が暗部の人間である以上、警備員や風紀委員はあてにできない。
麦野を始めとする『アイテム』はもっての他。
同じ『スクール』でも砂皿は元々外様だ。何があるか分かったものではない。

だから垣根だけが頼りだった。

超能力者の一人にして最強と謳われた第一位を下した少年。
暗部組織『スクール』のリーダー。

彼ならばきっと、絶対、なんとかしてくれる。
そう信じていたし――信じずにはいられなかった。
583 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/11/07(日) 21:30:14.32 ID:962ntnY0
どきどき・・・
584 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/11/07(日) 21:31:21.44 ID:xp3oMEAO
どどどどど
585 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/07(日) 21:51:14.40 ID:8MfIlL6o
思えば最初から気に入らなかった。

『アイテム』との共闘。

よりによって、共闘だ。
支配でも吸収でもなく、共闘。
『スクール』と『アイテム』。
同じ暗部の組織。地獄の雑用係。

考えればすぐに分かる事だ。
そんな存在が仲良く手を取り合ってなんて真似ができるはずがない。

騙し、盗み、賺し、裏切り、惑わし、謀り、陥れ、殺す。
それが日常なのに、そんな普通みたいな真似ができるはずがないのだ。

最初から間違っているのだ。

自分たちは――そういう風にできているのだから。

唯一の例外が垣根だ。

彼の、願いというには小さ過ぎ、野望と呼ぶには大き過ぎる想い。

ある者から見れば矮小で、ある者から見れば妄言に等しく、またある者が見れば憤慨するような、そんな想い。

ある日彼がこっそりと打ち明けてくれたそれは、この暗部にあるには余りにも理想過ぎた。

彼女はその想いに共感した訳ではない。
内緒話をするいつもは気障ったらしい少年の顔がどうにも年相応に見えてしまって。

そして彼女は――それを羨ましいと思った。

こっそりと隠し持っていた宝物とは名ばかりの小さなガラス玉を見せられたようなそんな感覚。
きらきらと眩しいのはそのガラス玉ではなく、それを持つ少年の瞳だった。

暗部に堕ちてなお闇に染まりきらず、威風堂々と立つのはその姿ではなく。

彼女は――――その少年のようになりたいと、そう思った。

いつかの日の自分のように笑う、その少年のように。
586 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/07(日) 22:01:41.14 ID:8MfIlL6o
あるいはそれは恋だったのかもしれない。

彼は少年で、そして彼女は少女だった。

けれどそんな些細な事はどうでもよかった。
大事なのは彼は垣根帝督で、ただそれだけだった。

ある種彼女は崇拝者だ。

垣根帝督という偶像。
その前に頭を垂れる妄信者だ。





――――それはまるで彼女のような、





緩やかにエレベーターの速度が落ち、低くなっていくモーターの音と全身に掛かる小さな慣性に彼女ははっとした。

精神に干渉を受けた所為か、思考が上手く働いていないらしい。
酔ったような酩酊感。意識ははっきりしてるのに妙に頭がぼんやりしているという矛盾。

――とにかく早く垣根と合流して――。

携帯電話を握り締め、彼女は一歩踏み出そうとし。
587 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/07(日) 22:08:13.43 ID:8MfIlL6o
――――――。

一瞬、それが何を示しているのか分からなかった。

キャンディの箱を開けてみればそこにクッキーが詰まっていたような、ある種の驚き。
想像していたものと違っていると認識した時の瞬間の思考停止。
それを今、彼女は得ていた。



――――――『4』。



数字だ。

そして光だ。

電飾で示された数字。
それは視界のやや上、エレベーターの操作パネルの上で静かに自己主張していて。

そこには『1』という数字が示されていなければならず。

そうでないという事と、そして今この状況。

意味するところはつまり。
588 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/07(日) 22:14:36.78 ID:8MfIlL6o
ゆっくりと、彼女を気にもせず、自動的に扉は開く。

低いモーターの作動音と共に左右に。

早くも遅くもない速度で分厚い鉄の扉は開かれ。





影、

闇を背後に、

スカートとブレザー、

常盤台中学の制服、

顔、

見た事がある、

髪留め、

羽織った黒い上着、











「――――――にゃあ」










と少女が笑った。
589 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/07(日) 22:42:00.86 ID:8MfIlL6o
「――――――!!」

叫び声を上げそうになりながらもドレスの少女はとっさに最も正解に近い動きをした。

全力で目の前の人影を蹴り飛ばし、エレベーターの操作パネルの『閉』ボタンを押す。

果たしてそれは意外にも――彼女自身意外だった――成功し、足が打つ明確な肉の感触が生まれ、
鈍い音と共に人影はあっけなく背後へ転がった。

ばん!! と掌をボタンに叩きつけるようにして押す。

小さく足元が揺れる感覚と左右から視界を遮ろうと伸びてくる鉄板。

その視界が徐々に、と表現するには速過ぎる速度で閉じ。

完全に埋め尽くす直前。



「――――――ちょっとぉ」



ぴたり。

扉の動きが止まった。

そして、一瞬の沈黙の後。

小さな揺れと共に再び扉が開き始めた。

「――――――!」

再び視界には闇が広がってゆく。
エレベーターのボックス内から漏れる光が、ゆらりと人影を照らす。

手は忙しなくがちがちとボタンを叩いているのに、扉は閉まってはくれない。
それどころか容赦なく扉は開いてゆき――――。



「――――せっかく待ってたのに乗せてくれないなんて、酷くない?」



ダメ押しするように扉の挟み込み防止装置を右手で叩き付けるようにして押さえた少女が、はっきりと姿を現した。
590 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/07(日) 22:54:42.85 ID:8MfIlL6o
「――――まあ、誰でもちょっと驚いてやっちゃう事あるわよね」



スキップするような足取りでエレベーターのボックス内に足を踏み入れてきた。

そしてくるりとその場でターンするようにこちらに背を向け、右の指を伸ばす。



「――――でもどうせなら、仲良くして欲しいわね」



先はエレベーターの操作パネル。

『閉』。





「――――私、御坂美琴っていうんだけど――――あなたの名前、なぁに?」





ごとん、と扉が閉じた。
591 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/07(日) 23:15:25.84 ID:8MfIlL6o
――――――――――――――――――――
592 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/07(日) 23:18:12.30 ID:8MfIlL6o
やっとなんとか。続きはまた明日にでも

そろそろまた結構グロいっていうかイタいっていうか、エグい描写が来そうです
593 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/11/07(日) 23:28:15.33 ID:b60xheUo
594 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/11/07(日) 23:29:24.05 ID:esCbUVE0

何回も読み直したら状況把握出来た
595 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/11/07(日) 23:29:30.00 ID:t.HrewAO
596 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/11/07(日) 23:36:53.12 ID:Y84P9kQo
597 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/11/07(日) 23:38:49.82 ID:xp3oMEAO
>羽織った黒い上着
喪に附してるのか…
598 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/11/08(月) 00:12:47.64 ID:HsbAroAO
乙!
垣根ぇ!ドレスちゃん助けてあげろよぉ!あと、フレンダさんマジ怖え!
599 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/11/08(月) 01:32:22.03 ID:8NP7VkAO
そもそも本当にフレンダなのかも怪しいな
600 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/11/08(月) 02:33:04.06 ID:yBJUAhUo
>>599
ああああああわてるるるるな、ここここれは>>1の罠だ
601 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/11/08(月) 02:59:16.99 ID:l4Uw0a.o
そげぶ・・・そげぶはまだかっ!!
602 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/11/08(月) 03:48:20.13 ID:I5BLau6o
そげぶは出ないんじゃね?
最初から幻想殺しの少年はいないって書いてあるし
603 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/11/08(月) 05:09:46.73 ID:RhUdQ6Uo
これなんてホラー
604 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/11/08(月) 05:27:54.20 ID:fBHXhfIo
おもしれえ
最っ高におもしれぇぞ
605 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/11/08(月) 05:39:57.19 ID:i.L37kDO
とりあえず、上条さんも行方不明って事になってるんだっけ?








原作通り、英国行ってるだけだったりしてなww
606 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/08(月) 16:35:55.85 ID:LmFstawo
暗い。

リノリウムの階段は一歩毎にきゅっきゅっと音を立て、それがどうにも好きになれなかった。

耳障りに鳴く階段を踏みつけながら一歩、また一歩、ゆっくりと上っていく。

理解している。これは十三階段だ。

絞首刑場へ至る道。
それはさながらゴルゴダの丘への道程に等しい。
受刑者自らの足で歩ませるその高度は自らの罪の重さを苦痛として与えるためのものだ。

ならば自分の犯した罪は何だ。

そしてどうして彼らに裁かれなければならない。

何も悪い事はしていない、とは言わない。
けれど彼らに裁かれる理由はないのだ。

何故ならここは完全無欠に地獄そのもので。

この場にいる事自体が罪であり罰なのだから。

「………………」

やがて現れる扉。

重い、金属製の扉。

その前で立ち止まる。

小さく取り付けられた歪んだガラスに透ける扉の向こうは暗く見えない。
扉の前に立つだけでその先にある冷気が浸み込んでいるのを感じる。

この先に何があるのかは分からなかったけれど。

どんなモノが待っているのかだけははっきりと分かった。

掴んだノブはひやりと冷たく。

がちゃりと、回す手は思いの外軽かった。
607 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/08(月) 16:52:51.27 ID:LmFstawo
寒々しい屋上には人影が二つあった。

片方は見覚えのある印象的な制服の少女。

片方はスーツ姿の少年。

扉の開く音に気付いたのか、少女が振り返る。
見覚えのある――いや、散々脳裏に焼き付いて仕方のない顔だ。

御坂美琴の顔と形をした人造の少女。
目の前で死んだはずの少女がそこにいた。

彼女はこちらの姿を認めると軽く会釈をし、一歩後ろに下がる。

そして傍らに立つ少年は、空を見上げていた。

黒い、闇そのもののような空。
早雲が流れ、僅かに影を落とすのが見えるその奥には闇が広がっている。

星の光は見えず、月の姿も見えない。
ただ街の光が薄蒼く雲を照らしていた。

そんな空を見上げていた少年が振り返る。

「――――こんばんは」

その顔は確かに覚えている。

海原光貴のものだ。
608 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/08(月) 17:02:25.60 ID:LmFstawo
「わざわざ呼び出してしまってすみませんね」

彼は笑みをこちらに向け、申し訳なさそうな表情で目尻を下げた。

「………………オマエ、どっちだ」

問いかけ、浜面は対照的に険しい顔を向ける。

海原光貴。

あるいは『海原光貴』。

夕刻、浜面の目の前に現れた上条当麻の姿をした人物。
それは暗部組織『グループ』に属する『海原光貴』を名乗る少年だ。

しかしほぼ同時刻、絹旗の右手を潰したのも海原光貴。
それが本来の海原光貴という名を持つ少年だと、麦野を介して聞いていた。



念動力の大能力者である海原光貴と、

分解と変化の異能を操る『海原光貴』。



目の前にいるのは果たしてそのどちらなのか。
609 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/08(月) 17:18:46.84 ID:LmFstawo
「どっちって――どっちでもいいじゃないですか。ねえ?」

少年は貼り付けたような薄っぺらい笑みを浮かべながら首を僅かに傾げた。

「自分が誰であれ、本質は変わりませんよ」

「本質?」

ぴくりと、その単語に浜面は眉を顰める。

「ええ、本質です。――――役割と言ってもいい」

そう頷いて彼は、差し出すように右手を伸ばし――。



その手に握られたのは、

まるで夜空のように黒い、

黒曜石で作られたナイフ。



「――――――テメエっ!」

「邪魔なので潰させていただきますよ。言うだけ無駄とは思いますが――大人しくしていてください」

言葉と共に殺意を乗せた力の本流が迸った。
610 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/08(月) 17:51:39.55 ID:LmFstawo
半ば反射的に浜面は屋上の床を蹴り横へ飛んだ。
屋上と院内を繋ぐ扉から飛び退くように、屋上の中央へ向かって。

身を低くし、倒れ込むような姿勢。
それはあながち間違った表現でもなく、浜面はごろごろと床を転がった。

ほぼ同時、つい寸前まで浜面が立っていた場所の背後、
スーツの少年と浜面との直線の延長線上にあった転落防止用のフェンスがばぎんと音を立てて吹き飛んだ。

(あのナイフ――昼に会ったヤツか!)

浜面の目の前で垣根と死闘を繰り広げていた少年。
黒光りする石のようなもので作られた刃物と、意味の分からない『分解』を操る少年。

垣根の――――今や学園都市の頂点に立った少年に太刀打ちした少年。

ぞっとする。あの垣根に対してまともに戦ったというだけでとんでもないというのに。

今、浜面の隣に彼はいない。

浜面は一人だ。

その上最悪な事に浜面は無能力者で、何か異能を持っている訳でも突出した才能を持っている訳でもない。
『アイテム』に食い込めたのも運がよかった――いや、悪かったのか――ただそれだけだった。

代わりなんていくらでもいるし、価値なんてのは道端の石ころくらいにしかない。
ゴミだ。ウジ虫同然だ。吹けば飛ぶような一山幾らの雑草だ。

それでもただ。

(――――守ると決めた。それだけだ――――!)

受身なんて取る余裕もなく、無様に転がりながらも引き抜いた銃口は真っ直ぐに標的を見据え、浜面は迷わず引き金を引いた。

思ったよりも引き金は軽かった。
611 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/08(月) 19:45:05.10 ID:LmFstawo
ばんっ! と想像よりも小さく間抜けな音と、そして確かな反動と共に銃弾が発射される。

距離は十メートルほど。
素人が狙ったところで命中させるのは困難な距離で、しかも無理な体勢で撃ったにも関わらず、
銃弾は過たず真っ直ぐに相手へと突き進んだ。

しかし。

ばぎん、と砕けるような音と共に虚空に火花が散る。

銃弾が爆ぜたものだ。
浜面の撃った弾丸は目標に到達することなく途中で砕け、その残骸を風に躍らせた。

少年は振り払うような動作で握ったナイフで宙を薙ぎ、そして腕は上から切り落とすような軌跡を描く。

(弾丸を撃ち落としやがるか――!)

力の入らない体制だったが、全身を使い再度転がる。

耳元すれすれを何かが通り抜け、再び背後で炸裂音がした。

「ざっ――けんなぁ――!」

二連射。火薬の爆ぜる音が輪唱する。
狙いは半ば適当の牽制。中れば御の字だ。
発射された弾丸は並行するように空気を切り裂いた。

しかし、スーツの少年は余裕すら見せる動きでステップを踏み軌道から身をかわす。

「っ――きしょお――!」

左手で地を叩き反動で身を起こす。
手の付け根あたりがびりびりと痺れたが気にする余裕はない。
仰け反るように立ち上がり、勢いを右の踵で踏み潰し、半身で銃を突き出し絞るように引き金を引いた。
612 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/08(月) 20:40:02.13 ID:LmFstawo
またしても弾丸は虚空を貫通する。

浜面の視界に少年の姿はない。
遅れて石を叩く硬く軽い音。

右か、左か。

一瞬よりも短い時間、浜面は逡巡して。

己の勘が違うと叫んだ。

(――――――上!)

見上げれば切れ切れの黒天を背景に彼は跳躍していた。
背を逸らし頭を下げ、さながらサーカスのアクロバットのように。

煌く黒曜石の刃。

「っ――――――!!」

前方に飛び込むように跳ねる。
銃を持った右手を使えず、左手一本で衝撃を受け突いた掌を基点に円を描くように体制を立て直す。
ごぎん、と鈍く響く石の砕ける音には構わず浜面は天上を見据え射撃した。
613 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/08(月) 21:10:05.68 ID:LmFstawo
火花が宙を跳ねる。
夜空に身を躍らせた彼はそのまま滑るような動きで着地し、再びナイフを振るう。

(――――――なんだ)

全力で身を捻り見えない力を回避しながら浜面は先程からずっと感じていた違和感をようやく自覚する。

(なんだこの――しっくりこない感じは)

再び二連射。
軽快なリズムが刻まれ、しかし矢張り中らない。

(何かがずれて――そう、ずれてる。何かがちぐはぐで、決定的に噛み合ってないんだ)

直感と本能と判断と決断に脳の処理能力の大部分を割きながら、しかし浜面はその片隅で思考する。

(根本的な部分がどうにもおかしい――――)

弾はあと九発。マガジンを補充している時間はない。
何より慣れていないのだ。戦闘中にもたついてなどいられない。

無駄弾を撃つ余裕はない。
残されたチャンスはあと九回。
たった九発の弾丸で彼を仕留めなければならない。
614 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/08(月) 21:20:09.65 ID:LmFstawo
そもそもが、浜面はこんな真似は慣れていないのだ。

一騎打ちなどという時代錯誤な戦闘を浜面は好ましいとは思わない。
戦闘とは物量だ。人と、手数と、そして多方向からの多角攻撃。
戦力はその質量ではなく物量によって反比例的に跳ね上がる。

卑怯と罵られようが構わない。
元々が無能力者だ。そうでもしないとやってられない。
相手の裏を掻くのもあくまで戦力を削ぎ落とす程度にしかならない。
こちらの戦力は絶対に一定以上に増えはしない。
だからこそそれを最大限に活かすために策を弄するのだ。

烏合の衆だろうが何だろうが数さえいれば意外とどうにかなる。
三人寄れば何とやら、だ。何だったかは忘れたが。

そもそもがそのための――集団だったのだから。

けれど今、彼らは――そして彼女らはいない。
浜面はたった一人でこの眼前の敵を撃破しなければならない。

たった一人。

圧倒的に差のある相手を前に。
615 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/08(月) 21:29:01.19 ID:LmFstawo
「――――――、」

そういえば前に一度、そんな奴を見た事がある。

彼はたった一人で圧倒的な人数差をひっくり返して見せた。

思えば奴が諸悪の根源だ。
いや、どうみても悪いのは自分たちなのだが、彼さえいなければとたまに思う。

「――――――」

彼。

浜面の前に立ち塞がった少年。
                   ヒーロー
それはたった一人で立ち向かう主人公のような。

最後の最後で浜面を、一対一で殴り飛ばした。

上条当麻。

「――――――、」

気付く。

そう、上条当麻だ。
そして眼前のスーツの少年だ。

夕方、街中で繰り広げられた戦闘。
その時は垣根がいて、圧倒的な暴力を振り翳す彼にあの少年の姿を模した得体の知れない能力者は、

――――待て。

それ以上の事は必要ない。重要なのはそこだけだ。

そう。



――――どうして一度対面した相手にわざわざ姿を変える必要がある――――!
616 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/11/09(火) 11:53:37.30 ID:NQi3XdIo
心理掌握怖いな
617 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/11/09(火) 15:03:20.09 ID:Z2rJJOUo
心理掌握さんマジこえぇ
618 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/09(火) 18:25:35.40 ID:4UgZ62Io
思えば、あの少年がわざわざ上条当麻の姿をしていた理由も知らない。

――そんな事は重要ではない。

どうして自分たちに敵対するのかも知らない。

――そんな事は重要ではない。

重要な事はただ一つ。

視界の奥。少年の背後にある転落防止用の鉄柵。



それが何か強い力を受けてあたかも交通事故の時のガードレールのように捻じ曲がり砕けいる事で。



「テメエは――っ!」

ようやく気付いた。

「本物の――海原光貴――!」

両手で銃把を包むように握り、衝撃を両肩で受け止めるように構え、浜面は銃口を真っ直ぐに彼に向け、

「ですから言っているでしょう」

スーツ姿の少年――海原光貴は、薄っぺらな笑顔を浜面に向け、

「どっちでもいいじゃないですか」

――気付いたけれど遅すぎた。

発砲。

砲声が静かな病院の屋上に響き、風のうねりにかき消され、しかし銃弾は真っ直ぐに飛び出し、

――――ごぎんっ、

と嫌な音を立てて、正面から放たれた『何か』が銃弾を吹き飛ばし浜面を直撃し骨が嫌な音を立てて砕けた。
619 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/09(火) 18:39:22.57 ID:4UgZ62Io
力は見えなかった。

けれどその力が放たれた銃弾を吹き飛ばし、握った銃を押し上げ、伸ばされた腕をこじ開け、真正面から直撃する様子は見て取れた。

トラックにでも撥ねられたかと思うような硬い衝撃。

胸を強打され、その力に体が後ろに流れる。
受け止め切れなかった両足はふわりと地を離れ、

浜面の体は木の葉のように吹き飛ばされた。

「ごっ――――がぁ――――!」

屋上から叩き出すような一撃。
それは浜面をそのまま夜の空に弾き出し、重力のままに落下させるはずだった。

だが、背中に硬い衝撃。

空を飛ぶ事のできない浜面を救ったのは屋上に張り巡らされた鉄柵だった。
あまりの力にみしみしと鳴いたのは鉄柵か、それとも自分の体か。
そんな中唯一浜面が幸運だったと思えるのは、手にした薄っぺらい拳銃を取り落とさなかった事だ。
620 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/09(火) 18:42:54.24 ID:4UgZ62Io
だが、同時に理解する。

(コイツはちょっと――厳しいかなぁ――)

力を失い、浜面は前のめりにどさりと倒れ込んだ。
受身を取る余裕すらない。先程のそれと比べればどうという事もないような衝撃に体が悲鳴を上げた。

肋骨は砕け、きっと内臓もイカれてる。
拳銃を握る手にも力が入らない。

――そんな事はどうだっていい。

それでも浜面は立ち上がった。

痛みを頭から蹴り出し、思考に掛かった霞を振り払うように顔を上げた。

勝ち目はきっと万に一つもない。
能力者と無能力者。正攻法では通用せず、策を弄する機会も手段も奪われた。

だが、だからと言って倒れる訳にはいかない。

(万に一つもなければ――――億に一つの可能性を掴み取ればいい――――!)

重要なのはたったの二択。

勝つか、負けるか。
ただそれだけだ。
621 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/09(火) 18:45:46.57 ID:4UgZ62Io
不安材料は何一つない。

相手の能力は絹旗が教えてくれた。
撃ち抜く武器は麦野が渡してくれた。
失いかけた心は滝壺が支えてくれた。

そして自分はまだ立てる。

(俺は――アイツらを守るって決め――)

手は震え、足には力が入らず、息は血の味がする。
喉がぜひぜひと嫌な音を立て、意識は半ば白濁している。

その上視界までぼやけてきて、ありもしない幻影まで見える。

「――――――、」

幻影。そう、幻影だ。
さっきの衝撃で脳がバグって妙な幻が見えているだけだ。

そうでなければ。

こんな最悪な展開は、誰がどう見たって最悪だろう。

最悪を通り越して笑いすらこみ上げてくる。

――――なあ、オマエの出番はもうちょっと後だろ。

そう。彼女の出番はもっと後。

――――どうしてよりによってオマエが来るかなあ。

現れるにしてもタイミングが悪い。

凱旋するヒーローを出迎える役こそがヒロインの役回りだろうに。



「――――――はまづら!!」



見慣れたお気に入りのピンクのジャージの上から浜面のウィンドブレイカーを着込んだ少女が。

滝壺理后が、開かれた扉の前に立っていた。



――――――――――――――――――――
622 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/09(火) 20:43:23.01 ID:4UgZ62Io
蓋を開ければどうという事もない。

浅い眠りから覚めた滝壺は、絹旗と、そして浜面のいるという病院にやってきた。

垣根の言っていた『冥土帰し』と呼ばれる医師。
彼のいた病院はすぐに分かった。矢張り高名な医師だったようだ。

夜の帳は下り、病院にはどこか辛気臭い気配が漂っていた。
入院患者への見舞いも帰ったのだろう。救急救命の部署は知らないが玄関とロビーに人気はない。

友人が担ぎこまれた事を小さな詰所にいた警備員(本来の意味での警備員だ)に告げると、その病室をあっさりと教えてくれた。

エレベーターを使おうと思ったがボックスの位置を表示するランプの数字は大きく、待つのが何だか嫌で滝壺は階段を上った。

院内は空調が効いていて仄暖かかったが、滝壺は上に羽織ったウィンドブレイカーの裾を合わせ目尻を下げた。

勝手に持ち出した事を彼は怒るだろうか。
それとも苦笑しながら頭を撫でてくれるだろうか。

外は寒く、シャツ一枚では凍える事は目に見えていたのでいつものようにジャージを着た。
上だけだとおかしいかなと思って下も履き替え、それでもやっぱり寒いだろうなと思って部屋にあった彼の上着を拝借したのだ。

それは確かに暖かく、それから少しだけ彼の匂いがした。
623 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/09(火) 20:56:56.48 ID:4UgZ62Io
階段を一段一段踏みしめながら滝壺は思う。

浜面は今何をしているだろうか。

絹旗の手術は終わっただろうか。

「……、……」

立ち止まる。

垣根は絹旗の怪我は――潰された手はもう無理だと言っていた。
『冥土帰し』と呼ばれた医者の手であればどうにかできただろうと垣根は呟いた。
ならば逆説的に、彼でなければどうにもならない。そう言っていた。

大怪我をすれば相応の傷を負う。
致命傷を得ればあっさり死ぬ。

元々世界はそういう風に出来ている。
そういう意味では――『冥土帰し』と呼ばれた彼こそが異端なのだ。

死者を蘇らせる事は出来ない。
それは世界の大前提だ。

ならば、死ぬはずだった者を救う事もまた同じだろう。
閻魔帳に記されたものを覆してはいけない。
それを出来ると言うのなら、それは神の領域だ。
聖書に於いて神の子が見せたという奇跡に他ならない。
それは人の身で行うには余りにも過ぎた事だ。
624 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/09(火) 21:05:07.09 ID:4UgZ62Io
けれどもし。

彼が、浜面がそうなった時は。

きっと自分はどんな事をしてでもそれを食い止めようとするだろう。
手段は選ばず、例え悪魔に魂を売り渡してでも食い止めようとするだろう。

きっとそれが人というものなのだ。

そこまで考えて滝壺は自嘲に顔を歪ませる。

こんな地獄の底にあってまだ己を人だと言う自分に。

そして、今現在の絹旗を知った上でこんな事を考えてしまう自分に。

何が仲間だ。何が友達だ。
所詮自分はこの程度でしかない。

綺麗事を言っているようで――その実エゴに塗れた最悪でしかない。

きっと浜面と絹旗を天秤に掛けられたら自分は迷わず浜面を選ぶ。
迷わない。考える余地はない。二人ともという意志すら現れない。

どちらかを確実に選べるのであればどちらも台無しにする可能性は切って捨てる。

それでもまだ――――自分は声を大にして彼女を友と呼べるだろうか。
625 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/11/10(水) 05:54:29.36 ID:Vw73q4Ao
今読んできた
明らか妹達も海原本物も、レベル4以上の力使ってるよなー
つーか海原偽には本当にしてやられた、確かにトラパンなら分解できるかもしれんけど
その発想は無かったわ

戦闘描写も、ちゃんと能力をフル活用してる感じでいい
冥土帰しが患者残して死ぬ所なんて想像つかないな
626 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/11/10(水) 12:47:26.48 ID:SxE7UtEo
読み応えが半端ねぇ。ペースもすげえし。
応援してる。
627 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/11/10(水) 14:47:10.09 ID:NvMUxz6o
ひきこまれるなー
628 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/11/10(水) 16:41:38.32 ID:gfOCxqUo
レベル4なら兵器並みの強さがあるって設定だったはず
629 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/11/10(水) 17:50:15.59 ID:U5Px52Qo
滝壺はんはAIMに干渉できんじゃなったっけ?

だが滝壺はんの可愛さに海原も死んだな!
630 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/11/10(水) 23:03:41.84 ID:Vw73q4Ao
>>628
レベル4で軍隊に戦術的価値があるレベルだから
微妙だなー、イケそうな気もするな
631 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/10(水) 23:10:24.62 ID:0i/Twk.o
そうして滝壺は明言せぬままなし崩しに日々を過ごす。

何が一番大切かなんて分かり切っている。
彼のためならなんだってできる。そうはっきりと言える。
けれどそれを言ってしまったら、それ以外の全てを失ってしまうような気がして滝壺は無言でいる。

明確な解答を出さぬまま、滝壺は全てを笑って誤魔化している。
それを自覚しているのだからなおさら性質が悪い。

麦野は気付いているだろう。
彼女は自己中心的でいるように見えて、その実他人の心の機微に敏感だ。

絹旗は気付いていないだろう。
気付かれていないはずだ。もしそうでないなら――考えたくない。

そして、彼女は。

「――――――」

どうだったのだろう。

あの底抜けに明るい金髪の少女は。
632 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/10(水) 23:28:37.42 ID:0i/Twk.o
何故か急に寒気を感じて、滝壺はふるりと肩を震わせる。

いつまでも階段に立ちんぼでは埒も明かない。
絹旗の具合も心配だし、何より無性に浜面の顔が見たかった。

――――うん。

思考を意識して放棄し、滝壺は階段をまた上り始め――。



「――――――え?」



そして、あの呼び出しを聞く。

――なんで、

滝壺の体は否応なく再び停止し、思考は全てそれに向けられた。

――なんではまづらが――ミサカ――失踪――超電磁砲――行方不明?――追跡――ピンセット――
――屋上――罠――待ち伏せ――誘き出し――みさかみこと――かきね――一方通行――一〇月九日――



一〇月九日?



がづっ! と、拳を壁に叩き付けた。

何かが分かりそうな気がしたけれど、核心だとか真相だとか、そんな事はどうでもいい。
ただ一つ大切な事は何も変わってはいないのだ。

「――――はまづら――」

他の大事な事は何一つ口にはしないけれど。
大切な人の名を呼ぶのはこんなに簡単にできるのに。
633 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/10(水) 23:51:53.13 ID:0i/Twk.o
「屋上――――」

どうにも嫌な予感がしてならなかった。
危険だとか罠だとか、そんな当たり前の事ではなく、もっと漠然とした気配がしたのだ。
それはまるで虫の知らせのような、意識する事自体が難しいような強烈な感覚。

何故だか分からないけれど予知じみた絶対的な嫌な予感がしてならなかった。

「――――――っ、」

言い様もない不快感と倦怠感に滝壺は膝を折り、その場に崩れた。

手摺りを握る指だけが取り残され、必死で滝壺の体を支えている。
加減を無視して力を入れ過ぎた余りもはや白くなっている指はぶるぶると震え今にも零れ落ちそうだ。

貧血のような寒気と喪失感。あの全身から熱の消えていくような感覚が滝壺を襲った。
視界はぶよぶよとして触れれば崩れてしまいそうで、鼓膜はさっきからどうどうと流れる飛沫の音を捉えている。
モザイク画のような色とりどりの世界は天地がひっくり返ってしまって天井に落ちてしまいそうになる。

「っ――――、げ――――ぁ――――!」

堪らずその場に嘔吐した。
634 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/11(木) 00:12:15.67 ID:Bp1dJNso
びちゃびちゃと粘っこい水音が階段を叩く。

黄色い胃液が口から溢れ、嫌な味と臭いが舌と鼻を焼く。
生理的な嫌悪感を抱くそれに滝壺は僅かに正気を取り戻した。



――――はま――づら――、



そう、大切なのはたった一つ。

感じる寒気も、止まない耳鳴りも、舌の上を這う胃液の味もどうだっていい。
口の中に残るねばねばとした酸味を舌でこそげ取り吐き出した。

この不可解な予感も、行方の知れない少女の事も、病室にいるはずの絹旗も、

「――はまづら――――」

零れ落ちた胃液の中に混ざる赤黒いものもどうだっていいのだ。

得体の知れない感覚に苛まれながらも滝壺は手摺りに掴まり己の体を引き摺るようにして階段を進む。

上へ。上へ。上へ。

屋上へ。



――――――――――――――――――――
635 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/11(木) 00:21:11.60 ID:Bp1dJNso
なんか熱っぽかったり咳が出たり妙に眠かったりで短いですけどここまでで
楽しみにしてくれている方には申し訳ないです

感想コメントもありがとうございます。励みになります頑張ります
(´;ω;`)おっおっううぇああぁああぅぅおぉぉおお
636 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/11/11(木) 00:25:44.24 ID:4Vkb06AO
乙カレー
637 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/11/11(木) 00:37:31.84 ID:NqSoZUDO
乙カレー
ゆっくり休め
638 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/11/11(木) 00:38:24.00 ID:4LQ.CR2o
滝壺の吐瀉物を回収した

先着3人、8兆円だ
639 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/11/11(木) 00:56:46.83 ID:vc2TPEAO
>>638
浜面さんが良さげな洞窟見つけたらしいぞ
640 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/11/11(木) 00:57:08.60 ID:Ax3MA9ko
吐いた滝壺は愛せるけど、流石に吐瀉物自体は愛せないわ
641 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/11/12(金) 13:25:30.69 ID:zKkT52DO
美琴が着てる黒い上着って上条さんの学ランだったりして
642 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/13(土) 12:57:41.13 ID:v9yoJQEo
「――――はまづら!!」

滝壺の叫びはどこか掠れていて、けれどはっきりと浜面の耳朶を打った。

「滝壺――オマエ――どうして――」

他方、浜面の声も似たようなものだった。
喉はごろごろと痛いし息は鉄臭い。おまけに舌もろくに動きやしない。
滝壺に向ける言葉もどこか錆びたような響きを持つ。

――――――待、てオイコラ、

思考はぼやけてしまってまともに動いてくれはしない。
こちらに駆け寄ってくる滝壺の姿もふらふらと揺れていて。

――――――待てよオイ、

頭が上手く働かない。
先程、海原の一撃を受けて鉄柵に突っ込んだ時にでも打っただろうか。
生憎ここは病院だ。手っ取り早く診てもらうのもいいだろう。目の前のコイツをぶち殺してからだが。

――――――待て、

滝壺の両手が触れる。どこか遠慮さえ見える手の動きは浜面を支えるものだ。
胸と肩。二点に触れる滝壺の手は、寒さの所為か冷たい。
肌も白くなってしまって、唇だけが赤く、

――――――待、

唇が赤いのではない。

口の端に僅かに残る擦れるような血の跡が。

赤い。
643 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/13(土) 15:02:13.26 ID:v9yoJQEo
「――――――っ!!」

直後、浜面の思考は反射的に正常を取り戻す。
背中に氷水をぶち込まれたような、そんな寒気――否、怖気が浜面の全身を震え上がらせた。

『ナニガ』とか、『ドウシテ』とか、そんな事は分からない。
ただ焦燥感にも似た漠然としたもの。
思考するのも拒否してしまうような、直視するのも拒絶したくなるような、そんなどうしようもなく最悪な気配がそこにあった。

鉄錆の臭いがするのは、

壊れかけているのは、

自分か、

それとも彼女か、

「――――はまづら」

滝壺はいつもの眠たげな目ではなく、酷く真剣な眼差しで浜面を見、笑顔で頷いた。

その笑顔がどうしてだか浜面には泣きたくなるほどに狂おしいものに思えて。

「大丈夫。大丈夫だよ、はまづら」

彼女は頷く。

滝壺は紙のように白いその顔で浜面に微笑む。

「ありがとう。でも、もう大丈夫だよ」
644 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/13(土) 15:20:51.76 ID:v9yoJQEo
――――やめろ、

「こんなにボロボロになるまで頑張って」



口は動かない。まるで顎が凍りついてしまったかのように少しも動いてくれやしない。
頭ははっきりとしているのに体がどうしてだか言う事を聞いてくれないのだ。

体の時は止まったようになってしまっているのに。
世界は無情にも足を止めようとはしない。そして最悪な事に頭はそれをはっきりと認識している。



――――やめろ、

「でも、だからこそ、私が間に合った」



滝壺。なあ滝壺。オマエは一体何をしようとしてるんだ。
俺が今まで必死に足掻きまわっていたのは何のためだったんだ。

全部全部全部全部たった一つのどうしようもない最後の一手を回避しようとして。
たった一つの冴えないやり方をどうにかしたくて。



――――やめろ、

「大丈夫。だって私は、大能力者だから」



今まで必死で抗ってきた俺は。

これじゃあまるで道化師じゃないか。



――――やめろ!
645 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/13(土) 15:43:12.92 ID:v9yoJQEo
――――――――――――――――――――



ありがとう

それから ごめんなさい

私はやっぱり こういうやり方しかできないみたいです
あなたがしてくれた事を全部無駄にするとしても 私はこれ以外に何もないから
だから ごめんなさい

でも ありがとう

あなたがいてくれたから私はこうして決断できる

あなたと出会うまで 私はきっと燻る火だった
このまま燻り続けて その内ゆっくりと消えてしまうんだろうなって そう思ってた

でもあなたが理由をくれたから 私に生きる意味を教えてくれたから

あなたの隣が私の居場所 それを失いたくない
あなたが決して望まないっていうのは分かってるけど
ごめんなさい ただの我侭です



やり方は彼が教えてくれた
きっとこうなるのが分かってたんだろう
きっと全部 最初から最後が分かってたんだろう

頭いいし れべるふぁいぶだし 格好付けだけど
もう少し優しくしてあげればよかったかな

でも私にはあなたがいるから いいや ごめんね
646 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/13(土) 15:51:34.03 ID:v9yoJQEo
ありがとう ごめんなさい

いっぱい いっぱい ありがとう

キスしてくれた時は うれしかった
強く抱き締められて しあわせだった
困ったような笑顔が いとおしかった

好きになってくれて ありがとう

好きになっちゃって ごめんなさい

ごめんなさい ごめんなさい ごめんなさい

私はたぶん ただ理由が欲しかっただけなんだ
その役割をあなたに求めただけ
犬に噛まれた方がきっとましな そんな理由

でもあなたは きっと分かってたんだろうな
れべるぜろのあなたでも 他の気持ちには鈍感だけど
こういう事だけは聡いから



私はあなたに いっぱいいっぱい 貰ったのに
でも私には 他にあなたにあげられるものがないから

せめて 『       』 を あなたに

きっとあなたはいらないって言うけど
いいじゃない せっかくだから ね?

ごめんなさい

ありがとう

だいすき



――――――――――――――――――――
647 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/13(土) 15:59:19.88 ID:v9yoJQEo
そして、彼女はジャージのポケットから、

おもむろに、本当に何でもないような動作で、

シャーペンの芯を入れておくプラスチックのケースみたいな容器を、
                  、 、 、 、 、
がしゃりと、擦れて音を立て、五本纏めて口を切り、










私は ねえ はまづら



「無能力者のはまづらを、きっと守ってみせる」



私ははまづらのために燃え尽きるよ










中に込められた粉末をざらざらざらざらと喉に流し込み咳き込みそうになるのを気力で抑え残らず嚥下した。
648 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/13(土) 16:20:25.03 ID:v9yoJQEo
びくん! と滝壺の背が跳ねる。
胸を逸らすように彼女は顎を上げ天を凝視する。
目尻からは堰を切ったように涙が流れ、口の端からも似たようなものだった。。

「ぎ――――か――――」

喉からは何だか分からないものが溢れてくる。

「――――gy――ghjr」

みしみしと全身の関節が嫌な音を立てる。
首がぶるぶると震え、口から吐き出される音は果たして意味を持っているのか。

「――――grrweor――――gyorhkam――」

浜面はそんな様子を停止した思考で呆然と見つめるしか。
強く彼女の体を抱き締めるしかできなかった。

どうしてそんな事をしているのかは分からない。
どこかに行ってしまわぬように引き止めてるのかもしれない。
彼女が弾けてしまわぬように支えてるのかもしれない。
単純に幼子のように縋り付いているだけかもしれない。

ただ一つだけはっきりしているのは。

浜面の切な願いは当の本人をして断たれ、僅かな可能性すらもう、どうしようもなくなった。
649 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/13(土) 16:39:12.13 ID:v9yoJQEo
そんな様子を海原は、今にも泣き出しそうな笑顔で見つめている。
黒曜石のナイフを握る右手は力なくだらりと垂れ下がり、今にも取り落としそうだ。

彼は滝壺の様子にゆっくりと、小さく頷き、傍らの、御坂美琴と同じ顔をした少女に笑み。

「――――――」

何かを言おうとしてほんの少し口を開き、それでも止めたのか唇を引き頭を振った。

そして手に持った鉱石の刃物を投げ捨てる。
からん、と硬く、乾いた音を立てたそれに視線を向けることもなく海原は目を瞑る。

視覚は失われ、聴覚には相変わらずの風の音と、そして声。
それは慟哭か産声か。そこに込められた感情は分からなかったが、そこに込められたものの強さだけははっきりと分かる。

――――自分が、壊したんですね。

たった二つ、小さな小さな世界。
きっと自分が何もしなければそこで完結していた。
それを、この手で。

「ええ、分かってます。どうせ手加減なんてできないですよ。慣れてないんですから、こういうの」

自嘲して彼はつい、と腕を振り上げ。

「――――ごめんなさい」

そこにどんな想いを込めて握り締めたのか。
拳で空を殴りつけるように振り下ろした。
650 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/13(土) 17:01:26.31 ID:v9yoJQEo
放たれた不可視の力。

虚空に現れた力の塊は風を押し退けるように空間を抉る。
人体くらいなら軽く挽肉にする程度の質量を持つ力の塊は、二人を潰すように頭上から降り注ぎ。



「――――――imz砕rke」



ばぎん、と砕けて風を生んだ。

「………………」

何が起こったのか、海原は直感的に理解する。
力が砕けた。内側から爆ぜた。自壊するように。

前方、視線を向ける。
そこにはまるで十字架に縋りつく修道士のように少女を抱く少年と。

人体の限界まで折り曲げられた背首をなおも曲げようとぎしぎしと関節を軋ませる少女の血走って真っ赤になった目が合い、

「――――――kwl壊squv」

錆び付いた歯車が軋んだような耳障りな音が少女の喉から溢れ。

己の意志を伴わず生まれた力は、彼の右手をぐしゃりと砕き圧し折り曲げ纏め縮ませた。
651 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/13(土) 17:45:51.45 ID:v9yoJQEo
耳にするのは二度目。
一度目よりも大分近い場所から聞こえた音は自分の腕が発したものだ。

湿った音と乾いた音。血肉の音と骨の音。
それが纏めて砕けて圧縮される音。

その音を海原はどこか納得したまま聞いた。

きっとこうなるだろうと、どこかで理解していた。
絹旗の腕を潰したあの瞬間、きっと全部が終わって全部が失われた。
そして、彼女が目の前で爆ぜた瞬間、壊れてしまった。
世界とか、心とか、何か大切なものが。

だからだろうか。
激しい痛みは感じるけれど、どこか他人事のように思える。

肘から先を丸ごと肉団子にされている。
何やらその様子が滑稽で海原は力なく笑った。

ずるい、と自分でも思う。
夕方、海原が腕を潰した少女は痛みに吠えながら真っ赤に焼けたような感情を自分に向けてきたというのに。
今、海原自身が同じ境遇にあってその感情は凍りついたように動かず痛みに叫ぶ事もない。

でもそれは、人として失格なんだろうと思って。

ここは地獄だから仕方ない、と納得した。
652 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/13(土) 18:22:28.89 ID:v9yoJQEo
抱き締めていた温もりが消えた。

一瞬遅れて浜面は腕の中の感触が消えた事に気付く。
気付いたからといって何もない。浜面の感情は麻痺したままだ。
機械的に、普通きっとそうだろうという理由で浜面は力なく崩れ落ちそうになりながらも視線を前方へ投げる。

宙を、滝壺が舞っていた。

背を逸らし胸を空に向け、緩やかな放物線を描き彼女は跳ねた。
支えるのは不可視の力だ。つい先程浜面を撥ね飛ばした力が、今は彼女の体を捧げるように宙へと持ち上げている。

「――――――」

その先は、海原光貴。
両手は手はだらりと下げられ、その顔は笑んでいる。

宙を跳ねる彼女は海原に抱きつきキスするように両の手を伸ばす。

浜面はその様子をただ見ているだけしかできない。
どうしてだか両の目からは涙が溢れ頬を濡らしていた。
それが何故なのか、浜面の凍り付いた感情は理解できず――理解しようとしなかった。

そして彼女の両手は、海原の頬を両側から挟むように触れ。

力を奪われた少年は柔らかく笑みを向け。

そのまま顔をごしゃりとコンクリートの床に叩きつけられた。
653 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/13(土) 18:35:25.38 ID:v9yoJQEo
何かが割れるようなひしゃげるような砕けるような音。
屋上の床面には放射状に皹が走り、中心部には彼女と、そして叩き伏せられた海原。

浜面の位置からは彼女の姿が陰になって何が起こっているのか正確には分からない。

「――――たき、つぼ」

ただ、今し方響いた音はもし人体の立てたものであれば。
それは人の耐えられるものではない事だけは容易に理解できた。

見えるのは少女の着た自分のウィンドブレイカーの背と、少年の足と革靴。
組み伏せた海原の体に馬乗りになった彼女は右手を上げ緩やかに五指を広げる。

「――――やめ」



――――ごしゃっ、



浜面の呟きは直後再び響いた音に掻き消された。

潰れる音。圧力に広がる音。コンクリートの割れる音。
それが一緒くたに響いて、気味の悪い不協和音を奏でる。

手は何度も何度も振り上げられ、その度に音が響く。
彼女の手が上がる度に何か赤い液体が尾を引く。
それが一体何なのか、理解したくもなかった。
654 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/13(土) 18:45:46.88 ID:v9yoJQEo
何度も。何度も。何度も。

振り降ろされる度に振動が足を伝わってくる。
もはやそれは乾いた音ではなく、どこか湿ったような粘っこい音になっていた。

ぐちゃ、ぐちゃ、にちゃ。

どこかで聞いた事があると思ったら。
一度だけ、ついこの間だが、滝壺が手料理を振舞ってくれるというので。
その時にキッチンから聞こえてきた。

ええと。なんていったっけ。

ああ、そうそう。

ハンバーグだ。

そんな音を生きてる人間が立てられるはずもないのだが。
叩きつける音は止まない。

――――違和感。

こんな音を彼が立ててるのであれば、当然生きているはずもない。
生きていられる訳ないのだが、生きていなければならない。

AIM拡散力場というのが死人から出ているはずがないのだから。

そして素手で人体を捏ね回す事などできるはずもない。

だから、力を奪い取るためには、生きていなければならないのだが。
655 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/13(土) 18:51:16.50 ID:v9yoJQEo
「――――――、」

どうしてだろう。

気付いてしまった。

風に乗って少女の意味を成さない呟きが耳に届く。

彼女の振るうその力は。





「――――――orh窒fzz――awf装甲nmv」





ぐぢゅ、とイキモノが立てられるはずもない音が鼓膜を震わせる。

振り上げられた少女の掌は。

どうしてだか汚れ一つなくて。

べしゃりとまた叩きつけられ、何か赤っぽいものが飛び散った。
656 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [saga]:2010/11/13(土) 19:27:40.59 ID:v9yoJQEo
余りに酷い描写でテンションガタ落ちなので休憩
ここまで書いておいて正直やってしまった感がひしひしと
力量不足ですみません
657 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/11/13(土) 19:28:19.56 ID:Fjn0tXco
まさかのレベル6か
まだ、レベル6かわからんけど
658 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/11/13(土) 19:33:23.18 ID:USUTxUDO
乗っ取るだけなら未元物質のときもできたからレベル4だろ
659 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/11/13(土) 19:36:15.30 ID:Os8m8EAo
滝壺おおおorおお
660 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/11/13(土) 19:57:05.61 ID:1Enlu.6o
何が起きたの?
滝壷が覚醒したのはわかるけどなんで黒曜石のナイフ壊れたの?
661 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/11/13(土) 20:30:15.74 ID:OhwVP76o
さあ何度もスレ頭から読み返す作業に戻るんだ
662 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/11/13(土) 21:29:46.95 ID:nVAcrVIo
滝壺さん・・・ヘッダが足りない領域にでも踏み込んだのか・・・
663 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/11/13(土) 22:23:35.42 ID:rmSr786o
滝壺・・・(´;ω;`)
664 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/11/13(土) 23:15:05.27 ID:Sa/n/fgo
海原・・・(´;ω;`)
665 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/11/13(土) 23:17:37.50 ID:FMWN9Y6o
雄山・・・(´;ω;`)
666 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/11/13(土) 23:29:18.50 ID:rmSr786o
    _ □□    _      ___、、、
  //_   [][]//   ,,-―''':::::::::::::::ヽヾヽ':::::/、  
//  \\  //  /::::::::::::::::::::::::::::::i l | l i:::::::ミ 
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―`―--^--、__   /:::::::::=ソ   / ヽ、 /   ,,|/ 
/f ),fヽ,-、     ノ  | 三 i <ニ`-, ノ /、-ニニ' 」' 
  i'/ /^~i f-iノ   |三 彡 t ̄ 。` ソ ハ_゙'、 ̄。,フ |
,,,     l'ノ j    ノ::i⌒ヽ;;|   ̄ ̄ / _ヽ、 ̄  ゙i 
  ` '' -  /    ノ::| ヽミ   `_,(_  i\_  `i
     ///  |:::| ( ミ   / __ニ'__`i | 
   ,-"        ,|:::ヽ  ミ   /-───―-`l  | 
   |  //    l::::::::l\    ||||||||||||||||||||||/  | 
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 /゙ー、,-―'''XXXX `''l::,/|    ー- 、__ ̄_,,-"、_,-''XXXXX |
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667 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします [sage]:2010/11/13(土) 23:35:07.75 ID:rrnwdS.o











668 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/15(月) 00:36:29.76 ID:YLNwdr60
なんだこの流れww
669 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/15(月) 02:27:43.11 ID:snJvdUSO
何かおかしい
670 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/15(月) 04:22:35.76 ID:snJvdUSO
うわあ
671 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/15(月) 13:09:18.15 ID:SclfNWs0
知らぬ間に引き込まれちまうほど面白い
でも、滝壷がぁぁぁぁ
672 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/15(月) 19:51:23.17 ID:itzeYMUo
くそ、大事にとっておいたのに追いついちまった…!!
1乙頑張れ超頑張れ。
673 :チラ裏 [saga]:2010/11/15(月) 23:00:35.26 ID:wu8W1Pko
正直やっちまった感が激しく
ここのシーンは細かく詰めずに書いたので展開速度もぐだぐだで最悪ですはいすみません
グロいだけで痛くないのはただ色んなものを貶めてるだけじゃないのかなぁ

とりあえずこのシーンは明日にでも終わらせて、次に行きます
書き直す事があれば大幅に加筆修正するとは思いますが。あるのかなそういう場面
674 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/15(月) 23:02:19.78 ID:wu8W1Pko
あ、上げちゃった。すみませんすみません

それでテンション下がりっぱなしなのでどうしたものかなぁ
絹旗戦とか垣根戦とかノリノリで書いてたのに
675 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/15(月) 23:33:12.07 ID:Af3RCp20
グロかろうと「やっちまった」んだろうと
>>1がこの作品で何を読者に伝えたいか
テーマがしっかりしてればおk
676 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/16(火) 08:17:49.64 ID:5Dau8B6o
多少欝なれど、めちゃくちゃ面白い展開とか思ってたのに
燃える展開もいいけどこういう展開も好きですのよ
677 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/17(水) 00:42:47.27 ID:m3Iffqgo
どこか機械的な作業にすら見えるその『行為』を浜面は呆然と立ち尽くしたまま茫と見続けていた。
何が起こっているのかは分かるのだが、脳がそれを受け入れるのを拒否していた。

余りに残酷で、悲惨で、救いようのない事態を。



最悪の地獄という世界が今まさに目の前にあった。



今まで自分がいたと思っていた地獄はなんて生温かったのだろうと思う事すらできない。
この最悪な世界を認める事を生存本能にも似た心の装置が受け付けなかった。

ただ、目の前にいる彼女はどうしようもなく滝壺その人で。

その事実が鋭い刃のように心の隙間から入り込んで深々と突き刺さった。

びゅうびゅうと泣いているのは風か、それとも自分なのか。
涙は不思議と出なかった。
678 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/17(水) 00:53:57.79 ID:m3Iffqgo
「――――たき、つぼ」

そんな地獄を直視できなくて、目を瞑れば声が出せた。

ゆら、とよろめくように浜面は一歩、足を進める。

耳に響く湿った肉の音は続いている。
けれど視覚がなければ幾分かましだった。

呼ぶ名に応える声はない。

きっとそうだろうとどこかが分かっていた。
だとしても、彼女の名を呼ぶ以外になかった。

まるで縋るように浜面はその名を呼ぶ。

「――――たきつぼ」

それはある意味自分への投げかけだった。

その名が浜面の心に突き刺さる刃であると同時に。
その名は浜面の心を繋ぎ止めている最後の糸だった。

「――――滝壺」

その名が辛うじて浜面の正気を保っていた。

そして、その名が歩みを進ませた。
679 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/17(水) 01:13:35.68 ID:m3Iffqgo
ふらり、ゆらりと夢遊病の様に、けれど確かに彼女に近付いていった。

そして不意に、かくり、と糸の切れた人形のように膝を突いた。

ぐちゃりとどこかで音がした。

その音がどうにも耳障りで、耳を塞ぎたかったけれど。

「――――滝壺」

浜面は己の顔の両脇に手を向けはせず、前へ伸ばした。

触れる感触がある。

いかにも安っぽい、合成繊維の手触り。
知っている感触だ。何か知らないべっとりとしたぬめるものもある気がしたけど無視した。

「――――滝壺」

無機質のそれは凍るように冷たい。
柔らかい氷を触っているような気配。
手の感触がみるみる消えていくような、指の先から溶け落ちてしまうような錯覚。

だがその先に確かに何かがあるのだ。
それが何かと知りたくて、でもどうにも怖くて、粉雪で作った細工を扱うような繊細な指の動きで確かめた。

恐る恐る、指でなぞる。

もはや手の全ては硝子になってしまったように覚えがなかったが。

仄かな感触があった。

――――ああ。

それは暖かかった。

血と肉の熱さだ。

そして人の肌の温度だ。

「――――滝壺――っ!」

引き寄せ、抱き締めた。
680 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/17(水) 01:45:58.31 ID:m3Iffqgo
「――――twsegra――」

何か声が聞こえた。

聞こえたけれど、構わなかった。

構わず抱き締めた。

「滝壺――滝壺――っ!」

腕の中でもぞもぞと肉が動く感触。
それを逃がさぬように、強く抱き締める。

「――――hartqdpe――」

また声が聞こえた。

それが何を意味しているのかは分からない。
言葉として理解するには何かが圧倒的に欠落していたし、思考も失われていた。

けれど。

「――――――ham浜zzl」

感情も思考も思慮も想念も、お互いに失くしてしまっているはずなのに。

どうしてだかその音が。



「――――――hlw助dep」



知らないはずの、彼女の泣き声に聞こえた。
681 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/17(水) 01:58:51.99 ID:m3Iffqgo
圧倒的な地獄で、殺戮的な否定を前にしても。

浜面も。

滝壺も。

どうしようもなく、まだ生きていた。

何もかもが嫌で嫌で仕方なかった。
いっそ死んでしまった方が幾らか楽だっただろう。

人としての最低限の部分まで犯されるような世界の只中に二人はいたし、
当人たちも――望むと望まざると――それを自ら選択してしまったのに。

それでもまだ彼と彼女は、どうしようもなく人だった。

心が破壊しつくされるような現実を前にしても、最後の最後で壊れきれずにいた。

「滝壺! 滝壺! 滝壺ぉっ!!」

それこそが最悪だというのに。

「くそ! ちくしょう! 死ねっ! みんな死んじまえっ! 残らず呪われてしまえっ!!」

愛とか夢とか希望とか、そういう大切なものがあったはずの少年はそれを全部かなぐり捨てて呪いの言葉を叫んだ。
682 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/17(水) 02:10:05.43 ID:m3Iffqgo
ばち、と何かが爆ぜた。

「殺す! 皆殺しにしてやる! 俺と! 滝壺と!
 世界中の何もかも壊しやがったヤツら全部全部全部!」

ばち、ばぢ、ばぎん。

風が、地面が、大気が、世界が悲鳴を上げた。

それは炎だったかもしれないし、氷だったかもしれない。
雷だったかもしれないし、そうでもない別の何かかもしれなかった。

ただそれは、彼の、どうしようもなく原形を失ってしまったのに砕けてしまわないココロの罅割れの隙間から漏れ出したものだ。

薬でも電流でも言葉でもなく。

地獄の毒を以ってして壊された彼の心はようやく自分だけの現実を手に入れた。

「――――こんな最低最悪な世界なんて滅ぼしてやる!!」

ただの少年だったはずの彼は、もしかしたらその時。

人が悪魔と呼ぶモノになってしまったのかもしれなかった。
683 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/17(水) 02:17:18.56 ID:extVNLY0
能力者………?
684 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/17(水) 02:30:43.76 ID:m3Iffqgo
そうして人の大事な何かと引き換えに、人として不要な何かを手に入れた少年の腕の中。

「――――――ham浜zzl」

彼女は涙を流していた。
涙を流せない彼の代わりにとでもいうように、人形のように無機質めいた表情の上を涙滴が伝う。
少年の慟哭に包まれながら涙で濡れた唇が震えるように動く。

何を言っているのか、彼も、そして当の彼女も分かっていなかった。
分かるための心は壊れ崩れる寸前の辛うじて形だけが残された状態だというのに、どうしてだか勝手に声と涙は溢れてきた。

「――――――olv好yew」

誰にも理解されない音の形で、失い切れなかったものが溢れてきた。

「――――――lojf愛txsk」

機械的に、そこにあったはずの感情を自ら否定しながら、彼女は泣く。

「――――――ham浜zzl」

その音は彼の耳には届かず、行方を失い吹き付ける風に流され消えていった。
685 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/17(水) 02:46:44.44 ID:m3Iffqgo
既に人の形を失った、血と肉と骨を叩いて引き伸ばした舞台。
文字通りの屍山血河の上で、少年だったものは少女だったものを抱き締め吼える。

「呪われろ! 呪われろ! 呪われろ!
 壊してやる! 微塵にしてやる!
 何もかも俺が残らず殺しつくしてやる――――!!」










「実に魅力的な提案ですが、先約はこちらですので譲っていただけますか」










応える声があった。

それはすぐ傍。

上品なブレザーとスカートの制服を身に纏う。

御坂美琴の姿をした少女の形。






手には、黒曜石で作られた刃があった。





そして、殺戮と狂気と呪いの神の力を模した光が、少年だったものを貫いた。
686 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga !red_res]:2010/11/17(水) 02:50:49.95 ID:m3Iffqgo





びしゃ、




687 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/17(水) 03:06:49.46 ID:m3Iffqgo
何か水っぽいものが一杯に詰まったバケツをひっくり返したような音と同時。

ずるりと、それが滝壺と呼ばれた少女の上に降り注いだ。

生暖かいというには熱すぎる、人の温もり自体だ。
命そのものの熱がぶちまけられ、同時に冷却が開始される。

急速に失われてゆく生の残滓を肌に得ているのに彼女は微動だにできなかった。

ごとり、と、一瞬遅れて地に付けられた膝の上に何かが落ちてきた。

「――――――」

彼女は、まったく揺れない瞳でそれを見て、それからゆっくりと手を伸ばした。
両手で優しく包み込むように抱き、持ち上げる。

「――――――」

それが何か。

彼女は理解したくてもできないし、できたとしてもしたくないだろう。

それなのに彼女の体は勝手に動き。



「――――――ham浜zzl――――?」



矢張り全くの無表情のまま、頭一つ分の大きさのそれを胸に優しく抱き締めた。
688 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/17(水) 03:28:43.82 ID:m3Iffqgo
「まったく見向きもされないというのは寂しいですね」

表情を失った少女の隣に立つ人影が言う。

常盤台中学のブレザーにスカート、そして手に黒曜石のナイフを持つ少女が――いや、
少女の姿をした、魔術師の少年が借り物の面貌に薄い笑顔を浮かべ血肉の海に座り込んだ少女を見下ろしていた。

「駄目ですよ。いくら必死だったからって、考えなしに行動するのは。
 ……AIM拡散力場でしたっけ。あなたの能力が感知するというもの。

 能力を暴走状態にしたはいいですけど、彼はそれでどうにかできたようですけど、
 視覚も聴覚も、五感のほとんどを最小限以下にまで抑えてそれに頼りきりになるのは駄目ですよ」

「――――――」

少女の姿をした少年の言葉は彼女の耳に届いてはいない。
彼女は虚ろな目をどこかへ投げながら腕の中にそれを抱き締め続けている。

そんな様子に全く構わず、彼は続ける。

「ええ、残念ながら自分はそのAIM某が無いので」
689 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/17(水) 03:38:32.11 ID:m3Iffqgo
シーン途中ですがry

明日は心理定規の方に行ければいいなあ
690 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/17(水) 07:14:43.50 ID:2e8h86DO
ぉっ
691 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/17(水) 07:34:10.48 ID:4/9pSu60
は ま づ ら が 溶 け ち ゃ っ た ・ ・ ・
692 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/17(水) 08:36:39.88 ID:ITdzio2o
首落とされたんじゃね?
693 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/17(水) 09:27:29.86 ID:Y4j1PhEo
うわあああああああああああああああああああああああああああああああああ
694 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/17(水) 10:35:02.52 ID:BYTb0.DO
おおお…浜面脱落かあ。能力者になった途端にさよならとは…
695 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/17(水) 10:42:04.54 ID:J2poPGIo
は/まづらになっちゃったな
696 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/17(水) 12:49:52.89 ID:atT4bQAO
浜面は、こなみじんになって死んだ…
697 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/17(水) 14:47:44.74 ID:3DmmQT6o
何故効かないと思ったらそういう事か
698 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/17(水) 15:55:16.47 ID:j5ItfKc0
は/ま/づ/ら
699 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/17(水) 16:38:02.76 ID:m3Iffqgo
「――――――」

身動ぎ一つしない彼女を前に、彼は独白じみた言葉を続ける。

「そもそもあんな院内放送をしておいて他に誰も来ないという状況がありえませんよね。
 あれ、自分が人払いの魔術を布いたからなんですが。見る人が見れば分かるでしょうけど、
 この街の住人はどうにもそういう方面は否定的で。だからこそ付け入る隙になる訳なんですが」

言葉に少女は反応しない。

「ともあれ邪魔になりそうなので先手を打たせてもらいました。
 なんとなく、一番怖いのは彼とあなたのような気がしたので」

彼はそんな少女を傍らで見下ろし、手の中で転がしていた黒曜石のナイフを一度宙に弾き、ぱしっと掴み直す。

「……彼女には釘を刺されましたけど、海原光貴も、戦闘不能にする程度で済ませるつもりだったようですけど。
 そんな生易しい事で済ませられる訳が無いですよね。あなたも、『アイテム』なんですから。
 まあ、そうですね――運が悪かった――とでも思ってください。
 あなたも、彼も、自分も。誰も彼もが不幸だった。そうじゃないですか。ねえ?」

そう薄っぺらい笑顔で微笑み掛け、軽く振りかぶるように右手に持つ刃を掲げ――。

「…………お喋りすぎるのもいけませんね。金星が沈んでしまいました。まぁ――」

彼は前屈するように腰を折り、動かない少女の顔を覗き込むようにして見る。

少女の顔に表情は無く、虚ろな視線はどこか虚空を見詰め、僅かに開いた唇から言葉が紡がれる事もない。

ただ。

とろ――――、と。

言葉の代わりに、そこにあった熱の名残のように赤黒い液体が零れ落ちた。

「――その必要もないようですが」

彼はどこか満足げに頷いて、桃色のジャージを染めつつある赤から視線を逸らした。
700 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/17(水) 17:02:52.79 ID:m3Iffqgo
「さて、それでは自分もそれに倣うとしましょうか」

誰にともなく彼は呟いて歩き出す。

その先は屋上と院内を繋ぐ扉ではなく、逆。
転落防止用の鉄柵のその先だった。

「夜の空、夜の風、夜の翼、黒煙の化身、霜の王、捻れた鏡。姿は見えず、それはどこにでもいて、どこにもいない」

とん、と背に翼の生えたような軽やかさで跳躍し、彼は鉄柵の上に立つ。
前方からは風。方向は南への北風。

スカートを風に翻し、少女の姿をした少年は肩越しに一度振り返り。

「――それではまた、曙の頃に」

再び軽やかに跳躍し、その姿は夜闇の中へと落ちていった。



後には吹き続ける風に身を晒す、血肉の海に座り込む少女だったものだけが残される。

胸の中に大事そうに少年の形を抱きかかえて。



――――――――――――――――――――
701 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/17(水) 18:44:25.04 ID:m3Iffqgo
突然生まれた喪失感に絹旗は覚醒する。

「――――――!」

一瞬、何がどうなっているのか分からなかった。

見覚えのない天井。鼻につく消毒液の臭い。擬音語で表現できないほどに小さい水滴の音。
清潔すぎるシーツとベッド。左手に繋がれた点滴の針と管。

それらをどこか曖昧模糊とした思考のまま順に見て、ようやくここが病院だという事に気付いた。

ええと、そうだ、私は――――。

手術に使われた麻酔の影響か、思考も体の感覚も朧気であやふやで、絹旗は半分夢の中にいるような態で身動ぎする。

――そうだ。屋上で、あの念動の能力者と。

思い出した。自分がこうして病院のベッドの上にいるのは不可視の力を操る少年に右手を――。

「………………」

右腕の感覚は、ない。
麻酔の所為だろう。肩から先にあるはずの触感は失われていた。
702 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/17(水) 19:54:02.77 ID:m3Iffqgo
首を動かし、視線を右下――という表現もおかしいが、感覚の無い右腕の方へ向ける。

白いシーツ。そして肩。

感覚の無い右腕を動かそうと試みる。
そこに感触はないが、シーツが僅かに動いた。

更に力を入れる。

する――と衣擦れの音。
右腕が持ち上がる。

「………………」

何となく想像はついた。
予感というか、直感というか。何か漠然とした気配がその先の事実を察せさせた。

けれどそれ以上の事をして事実を確認するのが酷く恐ろしかった。
                         、 、 、 、 、 、
……いや、事実そのものではないのだ。その程度の事ならどうだっていい。
本当に恐ろしいのはそれに付随する――――ほんの些細な喪失だ。
703 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/17(水) 20:30:00.19 ID:m3Iffqgo
「………………」

目を瞑り、息を深く吸い、少し止めて、それから静かに長く吐き出した。
肺の中から澱んだものを吐き出すような錯覚。
再び息を吸うと消毒液の臭いの混じる清潔すぎる空気が肺に満ちた。

閉じたままの目をそのままに絹旗は記憶と経験だけで存在しない感覚を動かす。
しゅ――――と布の擦れる音。力を入れた部位に感触は無いが、空気の動きはあった。

そして、ゆっくりと目を開けばそこには。

「――――――ああ」

眼前、掲げられた右腕の先には真っ白な包帯が巻かれ。

「やっぱり」

その先端は手首の位置と同じだった。
704 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/17(水) 21:58:22.33 ID:m3Iffqgo
麻酔で失われた感覚。その一部は永遠に戻ってこない。
目の前の現実はそう絹旗に告げていた。

きっと学園都市の技術を以ってすれば精巧な義手を作る程度の事は容易だろう。
だがそれは義手であって、本物の手ではない。
絹旗の右手という掛け替えのない唯一無二は欠けてしまった。

ただ、胸中に燻る喪失感は失った右手だけの所為ではない。
失くしてしまったのは肉ではなく、もっと別のものだ。

手の先の、感覚が無いまま見えない右の手指を記憶で握り、絹旗は震える声で小さく呻いた。





「これじゃあ――――もう好きな人の手を超握れないじゃないですか」





不思議と涙は出なかった。
705 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/17(水) 22:14:09.29 ID:WLm/GxM0
>>1の思う壺なんだろうけど御坂陣営に全く好意が持てない話の流れだなあ
706 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/17(水) 22:37:27.03 ID:vgv9OcAO
集団自殺でもしてるのか…
707 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/17(水) 23:42:17.14 ID:QZljVsAO
シリアスな話でていとくんとむぎのんに頑張ってもらいたいのは初めてだ
708 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/17(水) 23:43:00.88 ID:lPke8mEo
こういう推理小説的なSSは初めて見たかも。
どんな結なんだろうかといろいろ考えてしまうわー。
709 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/17(水) 23:49:00.40 ID:uCy4Otwo
>>705
逆に御坂上条陣営の復讐劇な気がしてならんけどなぁ
710 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/18(木) 00:19:58.73 ID:qqgNT62o
絹旗の胸中には失望と諦念と、それから矢張り最後の最後で切りの悪い妄執が蟠っていた。

けれどどうしてだろう。涙が出ない。
本当ならこういう時にこそ流すもので、それ以外に要らないはずなのに。

「………………」

理由は分かっている。
己の中にある感情と、それを否定する理性。

激しく動揺しているはずの心は、麻酔と消毒液の臭いと、
心の中にいるもう一人の冷めた目の自分に雁字搦めにされて涙一つ流せないでいる。

それでも、口に出す事はおろか考える事すらも自ら否定するそれが、心の片隅にこびり付いて離れない想いが確かにあるのだ。

努めて意識しないようにしているそれが、僅かに感情を揺さぶっている。
だから『泣けない』と、そう思うのだ。

代わりに溜め息が一つ、小さく開いた口から漏れた。
711 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/18(木) 00:54:33.96 ID:S9GHUs.0
>>709
それはテロリストに近い発想だね
712 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/18(木) 00:58:40.56 ID:UniYT7wo
つか殺し殺されが暗部なんだからテロも糞もないだろ
713 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/18(木) 00:59:10.21 ID:qqgNT62o
それから絹旗はしばらく無言で右腕の包帯とその先の空間を見ていた。
掌を太陽に透かしてみれば、とか馬鹿な冗談が浮かんだがまったく面白くない。
自分のセンスの無さに反吐が出そうだ。

「超つまんねー」

掠れた声で絹旗は一人自嘲して、喉の痒みに似た引っ掛かりを自覚する。

水が飲みたい。そう思って何となしに首を動かす。
ナースコールのボタンが付いたコードが目に留まり、それを押そうと手を伸ばし――寸前で止めて、逆の手を伸ばした。

手の中に小さな硬く冷たい合成樹脂の感触。
それを絹旗は少しの間意味もなく手の中で転がしながら呆と視線を泳がせていた。

病院の壁は白く、染み一つない。
その事がどうしてか絹旗の心に苛立ちを生んだ。

きっとその感情に理由などないのだろう。ただ何かに当たりたかっただけだ。
鬱積した感情が捌け口を求めて、何でもいいから圧搾されたそれをぶつけたかったのだ。

つまるところ、ただの八つ当たりだ。

安い女だ、と絹旗は小さく心中で零した。
714 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/18(木) 01:23:41.48 ID:iiuvbic0
エツァリにここまで恐怖させられるとは・・・
てかエツァリ頑張りすぎ
715 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/18(木) 01:42:28.19 ID:qfwztQAO
というかそもそもエツァリの魔術は
こういう風に使うのが正当な気がするけどな
元々そのための変装魔術だろう
716 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/18(木) 01:50:52.82 ID:qqgNT62o
「あ」

と、唐突に声を出す。

視界の隅、ベッドの脇に据えられた入院患者用の小さな棚の上に水差しとグラスを見つけた。

これならわざわざナースコールをする必要もない。
目が覚めたのを知らせる必要はきっとあるのだろうが、できる事ならもうしばらくの間一人でいたかった。

起き上がれるだろうか、と一瞬疑問が浮かんだが、人間の体というものは意外と丈夫に出来ていた。
ただ左の胸から脇腹に鋭い痛みがあった。見ればギプスのような、コルセットのようなものが着けられている。

回想。多分、最後の横からの打撃だ。あばらを何本か持っていかれた感触があった。
障害物を無視する力の作用だ。内臓も幾らか、やられているかもしれない。

そんな事を頭の端で考えつつ、視線は自分の体でも水差しでもなく、他へ向けられていた。

ベッドの横、少しの空間の先にある、丸いパイプ椅子。
その位置は絹旗の眠っていたベッドに近く、僅かに思慮が見える遠さ。
張られた黒に近い色の化学繊維には微かな凹みと皺がある。

誰かが座っていたのだろう。

それは誰か。

「……、……」

考えなくても分かる。

その事に顔が微かに笑むのが、少し悲しかった。
717 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/18(木) 01:51:33.09 ID:y0/xogQo
エツァリと心理掌握のせいで誰の姿をしていても疑いたくなってしまうww
718 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/18(木) 02:05:19.70 ID:qqgNT62o
何か、自分の中のどこかが満たされるような感じがした。

死ななかっただけ儲け物。そう、ここはそういう世界だ。
右手を失っても、左手がある。それ以外の四体は満足なのだ。

体は動くし、言葉も紡げる。頭は麻酔の眠気で鈍いが、大丈夫だろう。

どうしようもなく辛い。どうして自分がと世界を呪いたくもなる。
けれど、自分はまだ生きていて、そうでなくても世界は回り続ける。

だから。

――――大丈夫だ。きっと、笑える。

そう思えた。確証は無いが。

「……うん」

小さく声に出して頷き、





――――――どうしてだろう。涙が零れた。
719 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/18(木) 02:18:12.93 ID:qqgNT62o
「あ――れ――?」

ぽろぽろと、目から塩辛い液体が流れ落ちる。
感情に因るものではない。それとは別の何かだ。

つい今し方に得た満たされたという朧気な感覚からだろうか。
安心とか、そういうもので心の堰が緩んで漏れ出したのだろうか。

――――いや、違う。

しかし当たらずとも遠からず、それは得た感覚に因るものだ。

何かに満たされ、同時に、何か不吉なものが絹旗の中に入り込んだ。

震えるには僅かに及ばない寒気。
精神的なものだ。病室には気持ち悪いほどに最適に調整された空調が効いている。

「………………」

得体の知れない虚無感。
どうしてだか――――酷く取り返しの付かない事をしてしまったような気がした。
720 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/18(木) 03:17:06.81 ID:qqgNT62o
何か形の無いものに、じぃ――と見られているような、そんな薄ら寒い気配。
その感覚を形容する言葉が分からなくて、絹旗はしばらくの間ぞわぞわと背筋を撫でる気持ちの悪いものに肩を竦めていた。

点滴の雫の落ちる音が一定のリズムで鼓膜を微動させる。
その空気と左腕に繋がる管の震えを感じながら絹旗は視線を少しだけ天井の方へ向ける。

「……、……」

どうすればいいのか。考えるとも迷うともつかぬ思考に絹旗は眉を顰める。
明確な答えは見つからない。見つかるとも思えなかった。

――けれど、どうしてだろうか。

目を瞑り、息を吸い、吐き出し、目を開く。
それから左手を持ち上げ、顔の前に翳す。

そして、ぶつっ、と点滴の管を噛み手と首の動きで針を引き抜いた。
針の開けた穴からはじくじくと痛みと共に血が浮かぶが、貼り付けられたガーゼに吸い取られそれを赤く染めた。

軋む左半身に口の端を僅かに引き攣らせながら身を捩るようにしてベッドから降りる。
裸の足裏の触れる床はひやりと冷たい。
力を入れればよろめくような事もなく、絹旗は立った。

それからパイプ椅子を左の指先で恐る恐るといった風に掠め、そのほんの少しの感触を確かめるように胸の前で抓むように握る。

胸元の指を絹旗はどこか悲しげな微笑で見下ろして。

「………………、」

きっと前を見据えた。

その先には病室の戸がある。

行くべき先は、どうしてだか分かってしまった。
721 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/18(木) 03:23:38.89 ID:qqgNT62o
――――――――――――――――――――
722 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/18(木) 03:31:31.88 ID:qqgNT62o
ああ、無駄に区切り線入れ忘れてレス消費した
眠いので今日はここまで

よろしくないと思いつつちょこっとだけコメント

>>715
エツァリの本領は変身魔術での正面からの暗殺だと
文字通り光速の一撃必殺魔術があるけどほぼ日中限定なので

>>717
もうあんまりないはず。トラryは金星が沈んでしまったので
海原対浜面・滝壺戦で妹達になっていたのは思いつきなので、思いつきでまた登場するかもしれません

ネタバレ?展開封印だから、まあいいか。出番はまだあるし
723 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/18(木) 06:18:23.92 ID:S9GHUs.0
>>712
暗部って言うか学園都市の機構そのものに喧嘩売ってるんでしょ
暗部については単に邪魔だから排除しようというだけで
724 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/18(木) 06:26:26.48 ID:S9GHUs.0
まあついでに言えばエツァリ本人も暗部だし

「復習劇」と一言で言ってしまったらまるである政府組織が
反政府組織によるテロ攻撃を受け続けて報復合戦をしている
かのような単純な構図になってしまう
>>1は明らかにもっと違う事を狙ってるでしょ
725 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/18(木) 07:50:04.50 ID:qmt./2oo
あぁ、どこに向かってるのかわからないのがこんなに面白いなんて。
完結まで応援してる。
726 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/18(木) 13:19:29.06 ID:UniYT7wo
>>723
いや俺が言いたいのは普段から殺し殺されが当たり前の暗部にいるんだから
どうなろうと自業自得って言いたかった
727 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/18(木) 20:57:26.66 ID:b65bjRUo
この作品、起承転結の起が描かれていないんだと思う。
たぶん起は結の中で見えることになるんだろな。
短い承から始まってクッソ長い転をさまよってる感じがする。
実はただの散文でしたってオチだったら>>1の耳元で拍手し続けて鼓膜破ってやるww
728 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/18(木) 23:43:38.08 ID:KJQmFmoo
じゃあ俺後ろの穴貰うわ
729 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/19(金) 00:27:51.96 ID:6LQ5ddgo
起の部分はちょこちょこ情報の出てる一方通行と垣根が激突した日に起きた出来事なんだろうな
>>4-5ってそういうことだろ?
730 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/19(金) 00:45:21.14 ID:XzfbjcMo
ちょっと遅くなりすぎたので今日はなしで。すみません
明日は早目から書き始める予定ですのでご容赦を

ようやく白井さんにスポットが当たります


あと大きいシーン2つ、小さいの1つで2幕が終わるので適当に駄弁ってて貰っても大丈夫ですの
どう考えても3幕は次スレ
731 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/19(金) 01:15:29.86 ID:rmIS1MAO
おしょうゆ仮面
732 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/19(金) 06:46:04.62 ID:rchrOJQo
>>727
必ずしも起承転結ではなく序破急なのかもしれない
733 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/19(金) 11:27:04.97 ID:tCX20xMo
>>732
序がなくなるだけじゃねーかwwwwww
734 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/19(金) 17:15:36.81 ID:SEbzTUAO
「起」が無いんじゃなく「起」で出た情報が少なすぎるだけじゃね
物語の核に関わる事だからあえて隠したとか
だからこそ「承」や「転」で情報が小出しになってるんじゃね?
てかまだ「承」な気がするんだが気のせいかなww
735 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/19(金) 17:34:53.06 ID:XzfbjcMo
廃ビル。

出入りする人の絶え、死んだコンクリートの塊と成り果てた建造物の外。
表口を横に、薄汚れた壁面を気にしながら彼女はそれに背を預け腕を組んでいた。

辺りは既に暗くなって久しい。表通りを照らす光の残滓が路地裏とも変わらぬ細い道を薄ぼんやりと浮かび上がらせていた。
彼女は目を瞑り、何かを考え込んでいるようにも見える態で寒風の吹き抜けるそこにいた。

スカートから見える足は防寒対策などしておらずそのままの肌を晒し、寒さに表面を粟立たせている。
けれどそんな事には委細構わず彼女はそこでただじっと壁に背を預け佇んでいた。

こつ、と足音が聞こえた。
それに彼女は薄く目を開け、しかしまたすぐに閉じる。

足音は続く。それは建物の中から聞こえてくる。
硬質の音が一定のリズムで響き、歩む速度のそれはゆっくりと近付いてくる。

彼女はそれを僅かに気にしながらもただじっと出入り口の横にいた。

そして、開け放たれたビルの四角い口から漏れていた音は徐々に足音は大きくなる。
そしてついにそこを飛び出し彼女の真横で鳴り、止まった。
                 う ち
「なぁに、出待ち? 結局、常盤台じゃあ今そういうのが流行ってるの?」

帽子から金色の髪を零しながら、フレンダと呼ばれる少女は後輩の少女――白井黒子に向けて悪戯っぽい笑みを向けた。
736 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/19(金) 17:54:01.16 ID:XzfbjcMo
フレンダのおどけたような言葉に白井は特に何もとばかりに顔色一つ変える事も眉一つ動かす事もなく、
先程までと変わらぬ姿のまま、片目だけを薄く開き彼女を見るとお座なりな態度で返した。
                                               じょうおう
「……まさか。それと、わたくしはあなたを待っていた訳ではありませんので。『心理掌握』様」

その返答が気に入ったのか、フレンダはくつくつと笑った。

「アンタからその呼び方が出るとは思わなかったわよ。結局、一年には私のシンパはいないしね」

「初めてお目にかかった時に直感しましたの。確かにあなたは間違いなく女王と呼ぶのが相応しい。
 ……もっとも、歴史に名を残す女王といえば大抵は、残虐非道の悪女ですけれど」

先輩に向かってアンタも言うわねぇ、とフレンダがまた笑う。

それを見て思う。白井は彼女の笑顔以外の表情を見た事がない。

白井がつい先日、初めて常盤台の女王たるもう一人の超能力者と対面してからというもの、
彼女はずっとわざとらしい笑顔を浮かべたままだ。

少し機嫌の悪そうな時もある。膨れ面をしている時もあったし、泣いている素振りをする事もあった。
けれどどうしてもその裏側に、何かが可笑しくてしかたないという薄気味悪い笑顔があるのだ。

まるでピエロの化粧のようにべったりと張り付いたそれを白井は気持ち悪いと思う。
人は誰しも仮面を被るとは言うが、彼女の場合――仮面しかない――そんな気配がするのだ。
737 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/19(金) 18:29:53.35 ID:XzfbjcMo
「結局、あながち間違ってないのが怖いわね。優秀な後輩が多くて先輩としては鼻が高いわ」

「心を読まないでくださいます? 乙女の秘密に踏み込むのはマナー違反ですのよ」

「これくらいの距離だと勝手に見えちゃうのよ。…………嘘だけどねっ」

わざとらしい無邪気な顔で笑う彼女に白井は羞恥や恐怖や憤慨よりも先に、嫌悪感を覚える。
目の前にいるのが人ではないような気さえした。
人外の化け物という意味ではない。絵画や画面の中の人物を相手にしているような、そんな手応えのない会話。

言葉のキャッチボールという表現が頭に浮かぶ。
今のこれはまるで壁に向かって投げているような感じだ。要するに――張り合いが絶無なまでに無いのだ。

「ちなみに嘘っていうのは結局、見えるのがってのよ? 能力使った訳じゃないからね。
 それくらい表情を読むだけでなんとなく分かるし、あとはカマにかけただけ。やーい引っかかったー」

「………………」

「反応ないとセンパイ寂しいなー。もうちょっと愛想よくしてもバチは当たらないわよ?」

笑顔のまま顔を覗き込んでくるフレンダに、白井は、はぁ、と溜め息を隠す事なく吐いた。

「お喋りですのね、あなたは。遠慮もなし、容赦もなし。緊張感もまるでない。あなた、それで本当に『心理掌握』なんですの?」
738 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/19(金) 18:50:17.30 ID:XzfbjcMo
白井の言葉にフレンダは下から半ば見上げるようにしていた格好から背を伸ばし、大仰に頷いた。

「そうよー。そしてアンタのともだち。いいじゃない、仲良くしようよ。結局、人類皆兄弟で平和が一番って訳よ!」

「わたくし、友人は選ぶ性質ですので。お生憎様」

よくもまあ白々しい、と心中で吐き捨てながら白井は少し憂鬱な気分で僅かに視線を下げ俯いた。

友人は捨てた。そして自分が待っているのは彼女ではない。
言葉の端々が癪に障る彼女の言動はまともに相手をするだけ無駄だと結論付けた。

「つれないわねぇ。ほらほら、握手しましょ。おてて繋いで一緒に踊りましょ」

「遠慮しておきますわ」

そう、にべもなく返すがそんな白井の言を無視してフレンダは胸の前で組んだ手を強引に握ってきた。

そして強く手を引く。
その動作に白井は少し驚いて、よろめくようにしてフレンダの方に向かってたたらを踏んだ。
739 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/19(金) 19:05:41.02 ID:XzfbjcMo
「ちょっと――――」

口から出かけた白井の言葉は、直後に生まれた音によってその先を絶たれる。

ばちん! という大きな、そして短い破裂音と共に石が跳ね、刹那の後、遅れて不自然な風が髪を嬲る。

「――――――」

その発生源は背後、今まさに白井が背を預けていたコンクリートの壁面。
ゆっくりと首を回し、それを見れば――そこには放射状の大きな皹が走っていた。

「……おーぅ、危険があっぶなーい」

そう相変わらずの巫山戯た調子でフレンダが嘯くが白井はそれに耳を傾けない。

皹の生まれ方とあの音。白井には覚えがある。
そしてやや離れた路上、同じようにして生まれた皹と抉れがあった。

それは跳弾によって生まれた弾痕だ。

「――――狙撃――――!」

息を呑む白井を見ながら、金髪の超能力者の少女は変わらぬ様子で微笑んだ。



――――――――――――――――――――
740 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/19(金) 20:30:22.01 ID:vRv8mhoo
さすが俺のフレンダーはいい奴だ
741 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/19(金) 21:31:46.75 ID:XzfbjcMo
そこから少し離れた、とある研究施設の階段。
砂皿はその明かり取り窓から外に向けて構えていた銃のスコープから目を離した。

手にした銃はMSR-001、電磁石を用いた磁力狙撃砲だ。

日中に、ほとんど同じ場所を狙撃するのに用いたメイルイーターではなくこの銃を選んだ理由はひとえにその特徴にある。
磁力による、火薬を用いない射撃のために銃声や硝煙の臭いが発生せず、威力は通常のそれに劣るものの隠密性に優れる。

電磁系能力者の最高位である御坂美琴にはその予兆を察知されるかもしれないとは思ったが、夕の一件でどちらにせよ無駄だと判断した。

自分が撃ち殺した相手が件の少女ではないという事は垣根から知らされた。

クローン、と。そう言っていた。
だがそれが意味するものは、本物の超能力者の少女はまだ生きているという事だけだった。

能力に劣る――足元にも及ばないらしいクローンの少女でさえ、本来狙っていた海原からその能力で射線を逸らした。
まさか自分の肉と命すら犠牲にするとは思わなかったが、本来の標的には届かなかった。

その電磁を操る能力の贋作でさえあれだ。
真作がどれほどのものなのかは見当が付かない。
だが自分の唯一の武器である銃弾が通用しない事は目に見えた。

だから砂皿は素直に御坂美琴を標的から外した。

だからこそ今、白井黒子を狙ったのだが。
742 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/19(金) 22:22:37.04 ID:XzfbjcMo
少し前。砂皿はドレスの少女と一度合流しようとしたが、携帯電話には出なかった。
どころか相手が圏外にいるというアナウンスが流れた。

きっとまた御坂か、クローンの少女の仕業だろう。なんとなく直感した。
となれば、彼女が狙われているか、もしくは交戦中という事になる。

直前に受けた連絡では、彼女は砂皿の撃ち殺したクローンの少女の死体を調べると言っていた。
一度使った狙撃ポイントは何らかの力によって粉砕され使えなかったので代わりの場所としてこの研究所を選んだ。
もっとも、一度使った地点から狙撃するなど愚の骨頂でしかないのだが。

八月あたりまでは稼動していたようだが、研究が凍結したらしく今は使われていない。
どういった経緯でそうなったのかはどうでもよかった。
ただ、人気が無く外からも見えないというこの場所は絶好のポイントだった。

しかしようやくこの場に到着し、彼女がいるであろう屋上を見てみれば、そこに人影はなく、どころか自分の作った死体もなかった。
疑問に思いながら周辺を見回せば、ビルの下には白井と、そしてもう一人の少女がいた。

だから、とりあえず撃った。

彼女らが事態の原因であり、また自分たち『スクール』、ないし『アイテム』に対し殺意を伴う敵対行為を見せているのは明白だった。

最悪自分が放棄した御坂あたりと垣根か麦野が接触すれば真相は解明されるだろうと、
そういうどこか楽観的で短絡的な思考と直感で砂皿はトリガーを引いた。
743 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/19(金) 22:31:29.74 ID:XzfbjcMo
だが。

(能力者というものは実に厄介だ)

心中でごちて砂皿は無意識に歯噛みした。
どのようにして察知したのか。砂皿の放った銃弾はすんでのところで避けられ血花を咲かせる事はなかった。

偶然にしてはあまりに出来過ぎだった。
それは矢張り、出来過ぎたタイミングで手を引いた見覚えのない少女の能力だろうか。
気取られるような行為は見せていないはずだ。もしかしたらあの少女もまた電磁系の能力者なのだろうか。
それとも、単に運が悪かったか。

もしくは自分が、外したか。

「……、……」

逡巡して、即座にそれはないと否定した。

暗殺を生業にしている者として、相手が誰であれその頭部を弾く事に躊躇いはない。はずだ。
けれど、スコープ越しに見えるその髪は――彼女の顔が頭をよぎる。

あの天真爛漫で、腐った泥の中にあってはならない黄金を。

頭を振る。狙撃が失敗したという事は相手に位置が露見する事と同義だ。
遠距離から狙撃する事しか能のない自分だと思うからこそ、その位置が露見する事は致命的だ。

落ち着いて、けれど迅速に装備を分解し離脱の準備にかかる。

――――けれど。



「残念、遅すぎですわ」



……本当に能力者というものは厄介だ。



――――――――――――――――――――
744 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/19(金) 22:54:24.44 ID:S5qYDPw0
>>742

>とりあえず撃った

思わず飲んでたお茶吹いた
745 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/19(金) 23:06:54.91 ID:Upv1kC.0
あれ?『アイテム』のフレンダが心理掌握?
746 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/19(金) 23:08:46.03 ID:F9PJYlAo
>>745
最初から読んでこようか。面白いぜ
747 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/19(金) 23:11:24.69 ID:9Pa7XTko
>>744
殺れることは、今殺ろうという教訓の賜物です
748 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/19(金) 23:53:19.67 ID:lWf0DuUo
砂皿生きてたんだ
てっきり海原にやられたものだと…
749 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/20(土) 01:49:09.25 ID:IDZotkDO
情景描写だか場面説明が極端に下手くそだな
誰が何してるかを毎回途中まで明かさないのは
もうこういうものだって言い聞かせることにしたわ
750 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/20(土) 02:18:25.65 ID:N69HDQwo
明らかにそういう書き方なのにそれを下手と思う人もいるんだなあ。
文庫数冊レベルの長編小説を読み始めたら10ページごとに全体説明入ってないからクソだとか思うんだろうか。
751 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/20(土) 02:55:39.44 ID:ZlbVV4.0
自分の趣味嗜好にそぐわないからってケチつけるのは良くないなぁ
食べ物と一緒で好みは人それぞれだから、気に入らないなら他のSSでも読めばいいと思うぜ
752 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/20(土) 11:12:27.61 ID:4EqdjJ.0
名前伏せられてる間に
「こいつ○○じゃね?」とか
予想すんの楽しいから個人的にはおk
753 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/20(土) 20:28:35.23 ID:yB5uyuQ0
これは名前伏せておかないと一気に面白みが無くなるSSな気がする
754 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/20(土) 20:36:06.43 ID:yB5uyuQ0
あーすまん貶してるわけじゃないよ
この書き方が気に入ってるだけだ
755 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/20(土) 22:21:27.75 ID:4UQS8Vgo
「運がよかったわね。私がアイツみたいな真似ができて。殺気に反応するなんて、結局、私くらいしかできないんじゃない?」

第五位は伊達じゃないっ! などと嘯くフレンダを無視して白井は尋ねる。

「では第五位様、狙撃手の場所を教えてくださいます? 一っ走り行ってきますの」

「あっち。見える? 三階と四階の間の階段踊場」

それだけ聞けば十分だった。

直後、白井の見ている景色は変わる。

その能力で刹那の間に直線距離で六十メートルほどの空間を渡り、白井は夜の空に飛び上がる。
街から空に向けて放たれる光の中にその身を躍らせながら、直後に再び白井の体は空を跳ねた。

数度の跳躍を経て、時間にして十秒余りで目的の場所へ辿り着く。
外観からして何かの研究施設だろう。装飾的なものを徹底的に除外した無機質な建造物だ。

地上十数メートルの空中から眼下を見れば、建物の壁面、垂直に数メートル毎に配された小さな窓の中に一つだけ開かれたものがある。
一瞬の自由落下を以って視角を合わせ内部の様子を確認し、白井は最後の一回の能力使用を行う。

その先は建物内部、フレンダの示した階段の踊場。

銃を分解するために構えを降ろした砂皿の、すぐ背後だった。

「――――残念、遅すぎですわ」

小さく言って、白井は苦笑して殴りつけるように右手を伸ばした。
756 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/20(土) 22:47:05.95 ID:4UQS8Vgo
しかしその手はすんでのところで避けられ空を掻いた。

砂皿は反射的に体を右回りに九十度回転させながら膝を折り胸を上にし倒れるように身を屈める。
「――――っ!」

白井の能力、『空間移動』は対象を三次元軸を無視して移動させるという強力なものだが、それには幾つかの制限がある。

対象の重量や距離なども関係するのだが、彼女の場合、最大のネックとも言えるのが発動条件である『自身の接触』だ。
白井は自身の体を基点として能力を発動させるために、自身以外にその能力を行使するためには肌で直接触れなければならない。

触れてさえしまえば瞬時に物体を移動させる事ができるのだが、触れなければそれは適わない。

白井の指は、ほぼ水平に近い状態で高度を下げた砂皿の軍用ベストに僅かに届かない。
前にのめるようにして体制を崩す白井。
彼女の身に纏った常盤台中学の制服の胸に砂皿の構えた銃が向けられた。

砂皿の着ている、時期にはまだいくらか早い黒のロングコート。
その布地に隠されるようにして右腿のホルスターに差されていた拳銃を砂皿は瞬間で抜き取り構えた。

ぱん! ぱん! と乾いた火薬の音が階段に響いた。

しかし銃弾は空を穿つ。
弾丸は目的の地点を過ぎすぐ先の建物の壁に弾痕を刻みその内部にめり込んだ。

白井の姿は砂皿の視界から消えていた。

直感と本能で首を動かす。

上だ。

目が合った。
757 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/20(土) 23:14:49.71 ID:4UQS8Vgo
白井は瞬時に能力を自身に用い、その矮躯を空間跳躍させていた。

その距離はほんの数メートル。
砂皿の真上、建物の低い天井ぎりぎりだ。

ただし、移動の際にz軸を逆転させ天に足を、地に頭を向けた逆立ちの状態で。
両の手はまるで砂皿を押し潰さんとばかりに五指を大きく広げ、距離を稼ぐために限界まで伸ばされていた。

見上げるように見下ろす白井の視線と真正面から見上げる砂皿の視線が交差する。

直後、宙に浮いた白井の小さな体は自由落下を始める。

そして同時に折り曲げた膝を伸ばし白井は靴底で天井を蹴り付けた。
反動と重力により同方向へのベクトルを重ねた体は弾丸となって加速する。

「ぐうっ――――!」

呻き、砂皿は左手を床に叩きつけるように振り下ろす。
その拳の円運動によって生まれた力は即座に床で止められた。
しかし砂皿の腕で伝達された力はその胴を左方へと回転させる。

まるで跳ねるように身を回転させた砂皿は背を壁に当て衝撃を殺し、再度銃を向ける。
その銃の動きと連動するように白井が視界に物凄い勢いで飛び込んでくる。

しかし引き金を引くより早く、その伸ばされた手が床に触れる直前、白井の姿は掻き消えた。
758 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/20(土) 23:40:42.58 ID:LzI2PZgo
おっさんがんばれ!
759 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/20(土) 23:42:50.73 ID:xqQH9Hgo
>>749
そういうモノだからと言いたいが
だがしかし祭囃しのお陰でひぐらしアンチになった俺としては胡散臭さをぬぐいきれないのは事実
心理掌握とクローンと海原エツァリ使ってんだから相手の正体が誰かなんて部分に関しては何でもアリだしそれこそ後出しジャンケンだってし放題
だから叙述トリックものではない、これは。
単にエンタテイメントとして読んだほうが精神的には楽だと思う
760 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/21(日) 00:09:40.55 ID:kKaFwT2o
砂皿は確認よりも早く体勢を立て直す。

昨夜の会合の際、能力者との戦闘に慣れていない砂皿は敵対しかねない能力者についての対策を幾らか受けていた。
無論、それはリストの中に二人いる空間移動能力者に対してもだ。

空間移動能力の最大の長所はその名の通りに空間の制圧にある。

白井に限って言えばその最大射程は八十メートル超。自身を中心としてその空間は彼女の必殺の間合いだ。
ほぼゼロタイムで物体を移動させる能力の元では距離は無に等しい。

ただ同時に、それは欠点でもある。
裏を返せば制圧圏内から逃れるのが最大の防御だ。
しかし今の砂皿にはそれが可能とは到底思えなかった。

故に、代案を用いる。
空間を操る能力に対して、三次元に捕らわれる人の身では対抗できない。
だから能力者自身を無力化する他にない。

そして狙撃手たる砂皿にとって、それは対象の殺害と同義だった。

空間移動能力者の戦闘形態は二種類ある。

一つは今、白井が取ったような格闘戦。
相手に触れなければならないという制約の上にあるためだが、例えば触れずとも能力を行使できる結標淡希に対しても同じことが言える。

その意味するところは、相手への直接の能力使用。
防御できない空間移動を直接叩き込めば、それは必殺だ。

障害物を無視するその能力を用いれば、遥か上空へ飛ばし墜落させる事もできるし、地下や建材の内部へと直接送り込み埋め込む事も可能だ。
直接的な威力は持たないもののその威力は絶大で、生身の人間が八十メートルもの落下やコンクリート詰めから逃れる術はない。

そしてもう一つ。

二度に渡って奇襲が失敗した白井は戦法を変えてくる。
そう、根拠のない確信を長年の殺人者としての経験が言っていた。
761 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/21(日) 00:42:22.47 ID:kKaFwT2o
立ち上がり、砂皿は投げ出された磁力狙撃砲を捨て拳銃を構える。

スナイパーを名乗ってはいるが、それは自身の事であり武器は関係ないと考える砂皿にとって愛銃などというものは存在しない。

もしあるとすればそれは自身の目と指だ。

単純であるが故に決断は早い。
砂皿は狙撃に特化した銃を捨て、重量と銃身と殺傷能力において格段に劣る拳銃を武器とする。

小さな音を耳が捉える。

視線は向けず、銃口だけを向けた。

果たしてその先には、階段の先、一つ上の階の廊下に降り立った白井が今まさにスカートを翻し、
砂皿を見据えながらその内側に隠された鉄矢に手を伸ばすところだった。

発砲。二連射。

炸裂と発射によって生じた衝撃によって銃口が跳ね上がり、異なる軌道を描いて二発の銃弾は飛翔する。

同時、砂皿は半ば転げ落ちるようにして階段を駆け下りた。
762 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/21(日) 01:03:53.82 ID:oCnFbNMo
砂皿のおっさんマジがんばれ
763 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/21(日) 01:08:28.97 ID:kKaFwT2o
軽快なリズムを足が刻む。しかし足音はない。

狙撃手にとって己の姿を隠す事は必須課題だ。
長大な銃は相手に察知されずに一撃で仕留めるためのものであり、まして近接しての格闘戦や弾幕を用いた銃撃戦ではない。
故に隠密行動は自他共に狙撃手と称される砂皿にとってもはや息をすると同じほどに容易いものだ。

不自然な無音と共に砂皿は階段を滑るように移動する。
先には建物三階部分の廊下。しかし砂皿は階段の途中で急にその足を止めた。

刹那の後、砂皿の眼前に白井の鉄矢が唐突に生じた。

白井の空間移動によって放たれた三次元ベクトルを持たない弾丸。
それは階段を下りきったすぐの位置に奇妙な空を切り裂く音と共に現れ、一瞬の静止の後、重力に引かれ落下した。

それを砂皿は慌てる事なく掴み取る。

空間移動能力者のもう一つの戦法。
今の鉄矢のように対象物を弾丸として打ち出す射撃戦だ。

銃と違い遮蔽物を無視する十一次元狙撃によって打ち出された物体は、防御も装甲も無視し無条件に貫通する魔弾となる。
例えそれが小石であれ紙切れであれ、空間を割り開き出現するそれは弾丸の形状そのままの狙撃だ。
弾丸となった物体の強度や質量に意味はなく、故にそれら全ては等しく必殺となる。
764 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/21(日) 01:32:32.58 ID:kKaFwT2o
砂皿と同じく、獲物を選ばぬ狙撃。
しかし砂皿の武器は銃に限られ、弾丸も限りある。

ただ、決定的に違う点がある。
それは白井の放つ弾丸はあくまで『空間移動』によるものだ。

十一次元ベクトルを用いる、通常は観測する事すらできぬ高位からの攻撃。
しかしそれは同時に、三次元下におけるベクトルを持たない事を意味する。

それ故、空間移動能力者の狙撃は必ず『点』となる。
対し、銃撃によるそれは『線』だ。銃弾は三次元空間を移動し、壁に遮られ、しかし『点』よりも圧倒的に大きな制圧圏を持つ。

さらに点に対しては三次元の上下、前後、左右の三方向への回避が可能だが、
線に対してはそれが正面から来る場合上下左右しかなく、前後への移動は無意味だ。

そして銃弾を見切る事など人には不可能だ。
戦闘のスペシャリストがそれを行うように見えるのは、単に銃口や視線を読んで先にその射線から体を逸らしているだけだ。
少なくとも数十メートル程度では弾丸が発射されるのを見てから避けるなど不可能だ。

空間を穿つ点と空間を走る線。

瞬間と瞬間。

確かに『空間移動』は強力な能力ではあるが――砂皿には己の銃がそれに劣るなどとは思えなかった。
765 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/21(日) 02:01:35.35 ID:kKaFwT2o
明日早いので今日はここまでで

幾らか言われているので、自由な想像部分を削る事とは思いますがコメントをば

名前を伏せる表現に関してですが、人物の入れ替わりが行われる(可能性がある)ためのものです
あとはまあ、単に演出とか。だから「そういうもの」だと思ってください。まれによくある

ただ、人物の入れ替わり等が激しい本作においてルールが幾つかあります
次レスを反転表示にてどうぞ
766 :以下「表記・設定のルール」(反転表示) [saga !orz_res]:2010/11/21(日) 02:05:56.87 ID:kKaFwT2o
・可能な限り原作を遵守する。
 演出上独自設定を入れる事はあっても曲解や拡大解釈の粋に収める。

・入れ替わりは原作において可能と思われるもののみで行う。

・唯一『フレンダ/心理掌握』のみ例外とする。
 ただし能力を使用し主観観測者の認識を操る事はあってもそれが決定的なものとはならない。
 また道化師的な役回りとし、物語の根本部分に大きく関与はしない。

・地の文では基本的に『嘘』をつかない。
 表現技法の一つとして反語のような用い方をする事はあるが、可能な限り即座に否定する。
 (例外的に、エツァリ→妹達に関してのみ表現しきれなかったため『少女』と表記しました。この場を借りてお詫び申し上げます)
767 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/21(日) 02:07:35.81 ID:kKaFwT2o
以上、要らぬ事ではないかとも思いますが


そういえば>>7に関しては反応ないけど、気付いてるんだろうか……
768 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/21(日) 02:10:37.41 ID:1W6Dc.AO
おつ!
ぶっちゃけ気づいてなかったから愕然とした
769 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/21(日) 02:47:22.53 ID:NikA8IAO

あれだな登場しないって時点で絶望感ぱねぇ
770 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/21(日) 03:36:29.50 ID:cDNdZIgo
まて実は性転換されて上嬢あbbbbbbbbb
771 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/21(日) 08:32:05.38 ID:tFAizRY0
上条当麻が登場しないとすると題名の「幻想殺し」は一体・・・?
772 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/21(日) 13:00:45.98 ID:RYYPs6DO
携帯だと読みづらいから過剰な演出はやめてほしい
773 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/21(日) 16:43:58.52 ID:gkHp/wco
>>772
はやくPCを購入する為の作業に戻るんだ!
774 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/21(日) 17:52:00.55 ID:zwJ2L/co
これ感想が二極化してるのってこの作品を群像劇として捉えてるか否かなんだろうなあ。
美琴はもしかしたらテーマと直結してるかもしれないけど今の段階では判らないし。
俺的には「能の否定」と「…の肯定」てあたりがテーマなんだと考えてる。
「…」に入るのはヒトか自身か可能性あたりかなと思ってんだけども。
上条が登場しないのは、原作に対して
個人という個体が物事の舵を取れるという幻想をぶち壊された世界
だからだと思うんよね。この物語が始まった時点でその存在理由が死んでるというか。
まああれ、こんなに妄想を広げちゃうぐらいこの作品が好きってことですよ。
775 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/21(日) 18:55:53.54 ID:kKaFwT2o
掴んだ鉄矢を握り締めたまま砂皿は滑るように無人の廊下を駆け抜ける。

白井の能力の及ぶ範囲は八十メートル強。これはあくまで『身体検査』の結果に過ぎない。
データ採取の日付はまだ新しいものの、変動している可能性もある。

だがどちらにせよ、研究所の敷地はは大目に見積もっても数十メートル。
その全てが白井の射程圏内だった。敷地内のどこにいようと白井と隣り合っているに等しい。

しかし強力無比なその能力にも最大の弱点がある。

認知。

いくら瞬間で距離を詰め、あらゆる防御を貫通する術を持っていても相手を見つけられなければ意味がない。

十一次元座標などという想像すらも困難な次元を操る能力であってもそれを行使するのはあくまで三次元に捕らわれた少女だ。
故に五感が絶対となる。狙いを外した鉄矢を手に取ったのもそのためだ。
そのまま放っておけば鉄矢は重力に引かれ落下し、甲高い音を立てていた事だろう。

いくら十一次元において隣り合っているからといって、その手を離れたからには白井の触覚は通用せず、
『手応え』などという曖昧なものを得られるはずもない。

足音を響かせないのもそのためで、あえて階段を下ったのも視角を遮る行為だった。

あの瞬間においてこちらの視角はあってないようなものだ。
白井はいつでもその身を十一次元軸を介して移動させる事ができる。
対し砂皿は己の足でしか移動する事ができない。それは白井にとって絶対的な優位性だ。
776 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/21(日) 19:25:43.15 ID:kKaFwT2o
だから一度、仕切り直した。

白井の有利を打ち消すために砂皿は自らの不利を用いる。
あえて白井から視線を外す事で不利を確実なものとしながらも、同時にその欠落を白井にも押し付けた。

視覚と聴覚という、人の外部を知覚するための感覚器官としてその多くを占める部位を削ぎ落とす。
触覚は行動に伴う振動だ。しかし砂皿はそれを極限まで小さくする術を持つ。
そして嗅覚は薬品の臭いの染み付いたこの場において役に立たず、味覚に関しては言うまでもない。

廊下を端まで進む前に、途中にある角を砂皿は速度を落とさず曲がる。
長い黒のコートの裾を引きながら砂皿は音もなく廊下を走り続けた。

だが、砂皿の不利は変わらない。

それは大きく二つ。一つは認識から攻撃へのタイムラグ。
砂皿は相手を認識してから銃を構え引き金を引くという動作を必要とする。
対し白井にはその予備動作は必要ない。
弾丸となるものさえあれば構える事なく射出でき、さらにそれは自身でも構わない。格闘戦に持ち込めばいいだけの話だ。

もう一つは白井の能力はあらゆる障害を無視するという点だ。
砂皿は足でしか動けないが、白井はそうではない。自前の足と、『空間移動』がある。
要するに、その先さえ分かっていれば『空間移動』を使う事に躊躇いは生まれない。
777 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/21(日) 19:58:27.72 ID:kKaFwT2o
しかし幸運にも建物内はまるで迷路のように入り組んでいて、
まだ施設が生きていた頃の名残か所々にダンボール箱の山や用途不明の機械が積まれている。

この事実で白井の自身を跳躍させての先回りは封じられた。
もし障害物と重なれば、前述の『埋め込み』を白井自身が行う事となる。

仮にも、そしてあくまでも白井は中学生の少女だ。
音の反響で建物の構造を探ったり、嗅覚で獲物の逃走経路を計るなどできるはずもない。
その点においては砂皿が勝る。暗殺者としての経験という曖昧ものを、けれど確かに持っている。

砂皿が生きているのは偏にそのためだ。

彼女は殺人者ではなく、自身は殺人者。
もし仮に白井が『殺し』に慣れた人物であれば生きてはいられなかっただろう。

しかし砂皿は生きている。圧倒的な不利を抱えているにも拘らず。
そういう意味では――総合的に、優劣は対等だった。

瞬間の一撃必殺を用いる者同士、先に見つけた方が生き残り、そうでない者が死ぬ。



つまりこれは――――かくれんぼだ。
778 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/21(日) 20:16:50.20 ID:kKaFwT2o
しかし、具体的には一方的な鬼ごっこが展開される。

砂皿は肩ほどまである色とりどりのコードの垂れ下がった用途不明の機械の影に身を隠し、
その半ばほどに僅かに空いた隙間から今来た方向を覗き見る。

視界の先、砂皿が曲がってきた角に白井が駆け込んでくる。

銃を両手で握り締める。
相手の姿は見えているが確実に中てるにはまだ距離が足りない。
しかしこちらから距離を詰める事もできず、砂皿はじっと息を殺していた。

白井は曲がり角に入ると同時にこちらに顔を向ける。

その視線から放たれるように、冷たい風が廊下を吹き抜けた。

「――――――っ!」

その意味するところを考えるよりも早く、砂皿は屈んだ体を更に低くし伏せるようにしゃがみ込んだ。

それが砂皿の命を救った。

直後、甲高い音と共に身を隠していたはずの合金の箱にガラス板が生えた。
779 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/21(日) 21:42:41.55 ID:kKaFwT2o
白井は曲がり角に駆け込むと同時に、砂皿からは見えない位置、
一挙動前に壁に立てかけるようにして移動させておいた窓ガラスだったものを掠めるように撫でる。
そしてろくに確認もしないまま廊下の先、一メートルの高さに水平に出現するように打ち込んだ。

その数、五枚。
それら全てを数メートルの間隔で射出した。

内一枚が廊下に鎮座していた機械に突き刺さるものの、残りは落下し連続してがしゃがしゃと耳障りな音を立てて割れる。
大きな音が四連続するのを耳で捉え、狭い視界の中に飛び散ったガラス片の舞い方から逆算し他に障害物がない事を確認する。

白井はどのように戦えばいいかをほぼ完全に把握していた。
銃の長所であり短所である『線』の攻撃。その長所だけを抽出した戦闘方法を白井はものにしていた。

弾幕。

完全な連続として『空間移動』を行使することは出来ないながらも、可能な限り断続的に『空間移動』で弾丸を撃ち込む。

それは即ち『点線』だ。
銃と違うのは射線が一定でない事だ。
『空間移動』を使えば基点は白井自身だが、三次元下におけるその続きはどこへでも設定できる。
更に言えば、線に限らず、弾丸の大きささえあれば面としても打ち込むことができる。

縦横無尽に描かれるモザイク画。

白井の持つ『空間移動』の真骨頂はその名に冠した空間の制圧力にある。
780 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/21(日) 22:33:32.36 ID:kKaFwT2o
どうにも描写が難しいのでかなり遅くなってます
今日ここを終わらせたかったけど明日、もしかすると明後日でも無理かもしれない
上手い展開思いつかないようおう
781 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/22(月) 00:08:06.03 ID:NjJImEAO
782 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/22(月) 01:37:48.13 ID:3jfSI2A0
楽しみにしてるよーがんばれ!
783 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/22(月) 17:09:36.75 ID:p.uHtQAo
やべぇマジで面白すぎる
頑張ってください
784 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/23(火) 03:31:16.12 ID:DKIN0AIo
なんとかなりそうな程度には纏まりました
でも一日で書き切れそうもない

とりあえず報告だけ。寝ます
785 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/23(火) 08:42:18.94 ID:MS6Ie92o
まったり待ってる。
自分のペースで投下してくれ。
786 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/23(火) 23:11:17.26 ID:DKIN0AIo
だが空間。

それは無限の三乗に等しい。
アキレスのパラドクス然り、有限と有限の隙間には無限が潜んでいる。
その間隙を全て埋める事は不可能に近い。

「…………」

白井は廊下の奥を見遣り、ほんの少しだけ躊躇うように逡巡する。

視界には長い廊下と、腰ほどの位置にガラス板を生やした機械の塊。

――その裏には砂皿が息を潜めている。

砂皿は銃を握り締めたまま仰向けになり、腹筋運動をするように身を起こす。
銃口の先は真上。出来る限り最小限の動きで全方向に対応できるようにするために、直下と対極の位置。

ただひたすらに長いだけの沈黙に思える一瞬が過ぎた。

白井はもう一度だけT字路の二方向へ首を巡らせる。
僅かな焦燥。白井は二方を順に見て、その進路を決定しようとする。

直進か、それとも。
787 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/24(水) 00:10:33.59 ID:dGber2Uo
白井の取った行動はそのどちらでもなかった。

手にした細長い金属製の杭。金属製の矢。白井の主兵装だ。
それを白井は『空間移動』で打ち込んだ。

見えない位置を手探りで確かめるように。

砂皿の潜む、金属塊の裏へと。

そしてそれは不幸にも――もしくは幸運にも――砂皿の左腕、肘と手首の中ほどを貫いた。

「っ――――、――――!!」

激痛と呼ぶにも生易しいような衝撃が神経を伝い髄を焼く。
鉄棒は肉はおろか骨を貫通し、無理矢理こじ開けられた骨がぎしぎしと軋むのがはっきりと分かった。

しかしその痛みに砂皿は、声は出さなかった。

どこか漠然とではあるがそれを予感していた。
何がそれを予知させていたのかは分からない。

しかし砂皿はどこか、……そう、客観的というか――――まるで自身の写るテレビを違う自分がソファに座って見ているような――――感覚でそれを得ていた。

だから不意の出来事にも関わらず、砂皿は至極落ち着いた様子で、予め用意しておいたそれを使った。
788 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/24(水) 00:39:25.95 ID:0qASUiU0
今までのバトルはちょっと一方的なものが多かったけれど
この黒子と砂皿のバトルは今までにない淡々とした描写が
一進一退息を呑む感じで何かいいな
789 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/24(水) 00:48:26.51 ID:EOs.7MQ0
砂皿さん良い味出してるwwwwww
頑張れちっさいオッサン!!
790 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/24(水) 01:07:38.29 ID:dGber2Uo
――――ちゃりぃぃん……、



金属の小気味よい音が空間に響く。
ハガネイロが床を跳ね、どこか音楽的な済んだ声で空気を振るわせた。

砂皿の、痛みにろくに動かぬ左手に突き刺さったままの鉄矢。

それとまったく同じ姿形をした鉄矢を手放し、重力に惹かれるがままに落下した金属片は確かな音を放った。

先程、階段を駆け下りる際に掴み取ったものだ。

砂皿自身もこういう使い方を想定していた訳ではない。
ただ頭のどこかで理解していた。どこかで必要になると。

「………………」

白井は音を口内で転がすように息を吸うと、ふいと視線を逸らし、そのまま真っ直ぐに進路を変えず『空間移動』を使用した。

ひゅん、ひゅんという『空間移動』の生み出す風切り音が遠くなるのを耳に、砂皿は熱を持った息を吐き出した。

腕を貫く金属は骨を貫通している。尋常ではない痛みが砂皿の心拍に合わせてごりごりと神経を削る。
それでもなお平静でいられる砂皿が異常とも言えた。
791 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/24(水) 01:12:57.86 ID:uXnJ0Z2o
おっさんマジがんばれよ
792 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/24(水) 02:58:52.94 ID:dGber2Uo
できる事なら鉄矢を取り除きたかったが大量出血しては困るのでそのままにしておく。
もっとも引き抜くともなれば今の比でない、痛みという言葉がその万分の一も表現できないようなものが身を貫く事になるのだろうが。

身を隠していた機械からコードをぶちぶちと引き抜くと、それで左腕の付け根あたりにきつく縛り止血する。

もしあのまま、白井が直進していたら、あるいはこちらに曲がってきたら。

砂皿は彼女の知覚するよりも早く、そして容赦なくその頭部に弾丸を叩き込んでいただろう。
しかし白井のその念押しが、砂皿の左手を殺し、片腕と激痛というハンデを強要する事になる。

しかし砂皿は至って冷静だった。

狙撃主にとって大事なのは相手に弾丸を叩き込むというただ一点であり、以外の事はたとえ自身であろうとも必要ない。
そういう意味では砂皿は稀に見る最高のスナイパーだった。

痛みは確かに感じるし、反射的に嫌な汗が肌を伝い落ちる。
だが砂皿はそれをまるで他人事のように――どうでもいいといった風に無視する事ができた。

しかしながら主観と客観は食い違う。

痛みは確かに存在するし、左手は言う事を聞きやしない。
どころか、痛みは神経をごりごりと削るように他の部位にまでその影響を及ぼす。
793 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/24(水) 03:09:58.98 ID:dGber2Uo
だが、砂皿の意識はそれら全てを冷静に処理する。
視界の左下が赤い。無論それは錯覚だ。口の中に感じる鉄の味も同様。
ふらつく体と震える手足を意志の力で捻じ伏せる。

「………………」

十全とは行かぬものの充分だ。
片腕は動かす事ができないが、残る三肢は生きている。
戦闘には支障はないと判断した。

だが、それだけでは足りない。
元より圧倒的なハンデが存在するのだ。

能力者とそうでない者の差は圧倒だ。
まして白井のようなトリッキーな動きを得意とする能力には一朝一夕では反応する事すら難しい。
砂皿がこうして有効な手段を取り白井の動きや思考に対処できている事自体がおかしいのだ。

しかし砂皿がその穴を埋められたとしても、確実に殺すにはまだ足りない。

まるで詰め将棋を指しているような気分。
最初から最後までの道筋が決められているような――そんな気配さえ、

……いや、そんな事はどうでもいい。
重要なのは、白井の頭を弾けばいいというただ。一点だ。それ以外は必要ない。

砂皿は熱病に浮かされたような頭を軽く振り思考を切り替える。
こういう場面で有効な手段は――――ある。ただ問題は。

…………あまり気乗りはしないのだが。

砂皿は一つの手段を取るべく行動を開始する。
何、事は実に簡単だ。すぐに終わる。



――――――――――――――――――――
794 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/24(水) 03:13:43.61 ID:dGber2Uo
思ったよりも進まず。あと一日では終わりそうにないです
砂皿・白井戦はまだ続きますが、ちょっと疲れてきたから明日は別のシーンにも足掛けしようかしらん
795 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/24(水) 03:29:03.00 ID:BREd9Cso
この戦闘描写いいな
すごくいい

そしてシリアスに立場が振り切ってしまった黒子が怖すぎる…
SSを読んでここまで能力者の恐怖を感じるとは
796 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/24(水) 10:17:40.60 ID:KVsw07so

テレポーターとか実際にいたら、脅威の度合いがマッハでヤバい
797 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/24(水) 12:10:40.29 ID:G3/kqOYo
黒子と妹達が怖い……
798 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/24(水) 13:12:32.51 ID:zVhWH2AO
黒子も怖いけど砂皿も怖い
799 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/24(水) 14:15:29.21 ID:b8wf7rYo
俺の中でのおっさんのランクがシモ・ヘイヘに並びつつある
800 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/24(水) 19:33:17.88 ID:DQl.0Foo
製作速報で良SSあったぞ
中の人「おっ!目が覚めたか」 上条「テメェ……」
全部読んでないけど作者が上琴派らひい
801 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/24(水) 19:34:17.29 ID:DQl.0Foo
>>800は誤爆
ごめん
802 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/25(木) 00:10:59.01 ID:Ub50X7oo
絹旗は苦しげな呼吸を繰り返しながら階段を上っていた。

誰か、医師か看護士にでも見つかればきっと病室に連れ戻されてしまうだろうが、
不思議な事に院内はしん――と静まり返っていて、他の誰とも会わなかった。

その事に微かな疑問を抱きつつも絹旗はふらふらと階段を上る。
スリッパの立てるぱたんぱたんという平べったい音が狭い空間に反響する。

絹旗の体は絶えず揺れていて、ともすればふらりとその身を壁に寄り掛からせる事もある。
当然だが、まだ体力は回復していない。それを病室から出て数歩してようやく気付いた。
本来ならばまだ絹旗は病室のベッドの上で大人しくしていなければならなかったし、そもそも動けるはずがなかったのだ。
けれどどういう訳か、絹旗はこうしてふらつきながらも歩いていた。

ゆっくりと足が差し上げられ、階段を踏みしめる。
少女の矮躯は相応の重量しか持たず、それ故に負担が少ないのが救いだった。
ただ、絹旗が一歩踏み出すごとに、みしぃ、と建物が微かに軋む。

その能力を使って絹旗は強引に体を動かしていた。

とはいえ、それはあくまで運動補助具のようなものだ。
内臓にダメージを負っているものの比較的軽症だ。運動自体には支障はない。

けれどまた絹旗の体はふらりと左方に流れる。
ほんの些細な、指摘するにも揚げ足取りになるような事だが、確かに絹旗は、真っ直ぐに歩けていない。

……右手の欠損。原因は確かにそれだった。

体力を奪われているのも、何かにつけて動き辛いのも、平衡感覚を失っているのも、原因は全てその一点に集約される。
803 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/25(木) 00:41:37.88 ID:Ub50X7oo
ただの怪我ではない。怪我、と一言で済ませることができるならどれだけ楽か。

なにしろ体の一部を失っているのだ。それも取り分け重要な部位を。
感覚が集中し、意識して多用する身体の先端。その欠落は大きな意味を持つ。

精神的にも、肉体的にも、意識的にも、無意識的にも。
利き手を丸ごと失うという事態を――人はろくに想像できない。

それほどまでに『手』の存在は欠かせない。
重要すぎて当然になり、失う事など想定できないのだ。

ほぼ完璧に処置がされ、そこに痛みはない。
ただ、同時に数時間前まであったはずの感覚もない。

最悪にも絹旗は右手を完全に喪失した。
実感として必要なはずの痛みと共に。

だからこそ絹旗の体は見た目以上に、そして本人も気付かぬままに大きな損失を受けていた。
804 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/25(木) 01:27:16.81 ID:Ub50X7oo
斯くして右手は使えず、かといって左手も、体を支えるための手摺りを握ってなどいなかった。
左手の内には、小さな四角が握られている。

絹旗にとってそれは、なんというか――お守り――みたいなものだ。

病室を出る時に何故か持ってきてしまったそれは、本当は絹旗の着ていた服のポケットに突っ込んでいたはずだ。
しかし手術の際だろう、目覚めてみれば病院着を着ていて、ぼろぼろになった服と一緒に纏められていた。

――――まさか、見られただろうか。

そう不安になりながらも、絹旗はどこかで期待すらしていた。

こんなものを後生大事そうに持ち歩いている事を知ったとしたら、彼はどんな顔をするだろうか。

一時限りの使い捨てでしかないはずのそれを未だに持っているのは、どうしてだか捨ててしまうのが惜しかったからだ。
片手の中に納まってしまうような小さなそれが、他の皆にはない、自分だけの特権のような、そんな気さえしたのだ。

二度と使う事はないだろうけれど。

けれど、いつか使う事があると、どうしようもなく淡い期待を捨てきれずにいる。

……R指定の映画など、そうそう見に行く事はないのに。
805 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/25(木) 01:50:23.28 ID:Ub50X7oo
ぜんっぜん進まねえ
残り200弱で砂皿VS白井、絹旗、あと心理定規ちゃん
……行けるよね?
806 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/25(木) 02:18:04.67 ID:fZfFG6Qo
R指定の桃色映画を絹旗ちゃんと一緒に見に行きたいです
807 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/25(木) 20:20:31.20 ID:Ub50X7oo
左手の内に握られた偽りのプロフィール。
いっそ本当にその通りになれたらとたまに思う。

何も知らない、ただの少女だったなら。

もしかしたら――今頃どうしようもなく下らない映画をポップコーン片手に見ていられただろうか。

そんな妄想じみた事を考えそうになって絹旗は頭を振る。
現実は容赦なく残酷だ。ポップコーンを掴む手はなく、目の前に広がる世界は映画よりも下らない。
               i f
そんなどうしようもない夢物語は少なくともこの場に於いて何の足しにもならない。

下らない妄想は捨ててしまえと絹旗は階段を踏みしめた。
夢の世界に逃げ込む事はできたとしても、それは現実からの逃避でしかない。
今、何よりも重要な事は。

「………………」

何をすればいいのだろう。

何が起こっているのか。分からない。
垣根はどうにも窓のないビルへ侵入したいらしいが、正直なところ絹旗にはどうでもいい。
ただ、絹旗の願いは。

(下らない映画を見て――それで、馬鹿みたいに笑っていたいんです)
808 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/25(木) 20:42:26.97 ID:Ub50X7oo
決して叶わぬ事であるのは重々承知している。
けれど、それを願う事で人は生きていけるのではないのだろうか。

何も高望みをしている訳ではない。
どうしようもなく平凡で仕方ない、愚にもつかないような日常が欲しいだけだ。
ただただ笑って過ごせる日々が、年相応の楽しげな日々が。

暗部に身を窶している自分がそれを言うのは傲慢とは思えども。
どうしようもなく輝いて見える日々を思うからこそ、こんな地獄の中でも生きていけるのだ。

そして――――。

(願わくば――みんなも同じであらん事を)

そう。

人は皆、笑って生きていたいのだ。
悲嘆も憤怒も哀悼も狂気も必要ない世界を生きていたいのだ。
だからこそ、それが叶わぬと知ってなお抗い続けられる。
809 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/25(木) 22:30:15.33 ID:Ub50X7oo
「あ――――」

不意に襲う酩酊。
ふらりと、体の力が抜け絹旗は身を横に流す。

階段を踏み外すほどではないがよろめいた体。
体力は最初から限界に近いのだ。忘れていたとは言わないが、高を括っていた事も否めない。

安静にしていなければならない体を無理矢理に動かしているのだ。気力だけでどうにかなるものでもない。
思わず手摺りを掴み、絹旗は歯噛みした。歩く事すらままならぬ。そんな自分が動けたとして、足手纏いでしかないだろう。
けれど何かせずにはいられないのだ。この妙な気配のような感覚もだが、何より絹旗は現状に抗いたいのだ。

手を拱いているだけでは木偶人形も同じだ。
少なくとも絹旗は、こうまで目の前で何かが起きているのに黙っていられるほど寛容でも無感動でもなかった。

そして何よりも。嫌な予感がするのだ。
虫の知らせに近いそれは最悪な事態を絹旗に予感させている。

何か途轍もなく嫌な、救いようのない最悪が起こるような気がするのだ。
810 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/25(木) 23:15:00.28 ID:Ub50X7oo
急かすそれに焦れったさを感じながら絹旗は――――。

「…………あれ?」

違和感があった。

何かが違うのではない。
おかしいのでも、間違っているのでもない。

そう、何かが正しい――そんな違和感。

まるで騙し絵のような錯覚の中にあった。
なんて事はない、物凄く単純な解。

いや、単純だからこそ、簡単だからこそすぐには気付けなかった。

「――――――、」

――そしてようやく気付いた。

視線は右。

手。失われたはずの。

手首から先が切断され、傷口は真っ白な包帯で塞がれている。
そんな木偶にも等しい右腕が。

存在しないはずの指先が感覚を得ていた。

階段の手摺りを、見えない手が掴んでいるのだ。
811 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/26(金) 02:34:20.76 ID:YyHBNqoo
それはあまりにも自然で、絹旗が一時の間錯覚してしまうほどに。

分かっている。
それは正しくは手ではない。絹旗の持つ能力、不可視の気体だ。

けれど。

何か、曖昧で不確かで、目には見えないけれど。
それでも確かなものを掴めた気がしたのだ。

「………………ええ」

形を変えてしまわないように気を付けながら左手が握る。

目には見えなくとも。形はなくとも。
確かに、絹旗の手は大事なものを握れるのだ。

そう確信した。

大丈夫だ。自分はまだ戦える。
まだ大事なものと、大事な人の為に。

絹旗最愛は生きていける。
812 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/26(金) 02:46:09.46 ID:YyHBNqoo
そう思った矢先だった。



「………………え?」



絹旗は思わず声を出してしまった。

目に飛び込んできた光景がどうしようもなく現実味を帯びていなかったのだ。

赤。

それは一面に広がる赤だった。

闇の中にあってなお赤いその景色はどこか異国のようにも見え、絹旗は一瞬自分の立つ場所すら錯覚してしまう。

金属の軋む小さな音がして、やがてばたんと大きな音と共に扉が閉まった。
その事が嫌が応にも絹旗を現実に連れ戻す。

絹旗の立つのは極々平凡なコンクリートの地面で、それは病院の屋上だ。
背後の音は鉄扉の閉まる音で、体が感じるのは近付きつつある冬の風で、目の前に広がるのは。

真っ赤な、人の命そのものだ。
813 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/26(金) 03:11:16.03 ID:YyHBNqoo
棒立ちになる絹旗の心の裏、ほんの少しの高みにいたもう一人の絹旗は妙に悟った思考でいた。
嫌な予感はこの事だったのだ。どうしようもない最悪は気付いた時には手遅れで、全てが終わった後だったのだ。

屋上の中心。風の吹く夜闇の中に赤の塊があった。
それが何かは闇と距離に紛れて分からなかったが、絹旗は直感的にそれを理解してしまった。

その大きさは、ちょうど人が蹲るほどの塊で。
床にべっとりと張り付いたものの端から伸びるそれは靴を履いた人の脚のようにも見える。

そして何より――強い風に片っ端から吹き飛ばされているが圧倒的な質量を屋上に広げるそれは――生臭い鉄錆の香だ。

生々しい、血液の臭い。

「あ――――ああ――――」

ようやく掴めたと思ったものはするりと指の先から零れてしまった。
その事を確かに胸中に欠落として、右手以上の喪失感として得た絹旗はどこか達観した視線で受け止めていた。

そう、ここは地獄だ。

全ては失われ、壊され、砕け散り、何もかもが残さず業火に焼き尽くされてしまう。

そんな世界だと理解していたはずだ。
だから何を今さら絶望する必要がある。
814 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/26(金) 04:40:27.84 ID:YyHBNqoo
意識の乖離したまま絹旗はふらり、ふらりと赤に近付いていく。

それは確かに人だった。

粘質の赤い液体を被ったそれは悪趣味な前衛芸術にも見えるが、間違いなく人の形をしていた。

まるで血と肉と臓物の一杯に入ったバケツを頭からぶちまけたような格好で――そしてそれは恐らく間違ってはいない――
その人は微動だにせず、屋上の中心でぺたんと座り込んでいた。

肩に、腰に、腕に、足に、何やらべろべろとしたものが引っかかって風に靡いている。
その周囲には夥しい血の赤と、そしてそれを内包していたものの残骸であろう欠片がべっとりと広がっていた。

近付く度に、一歩を進む度に濃くなる血の臭いは、まだその中心の輪郭も茫としているにも拘らず最早むせ返りそうなほどだった。

さながらそこは屠殺場か、そうでなければ缶詰を開けたようだ。
フレデリック=ベイカーがそこで羊でも解体したのではないかと思うような有様は、あながち間違っていない。

その中で唯一、原形を止めてしまっているものがある。
矢張り真っ赤に染まった、長く横たわるもの。
それはどう足掻いても――人の下半身にしか見えない。
815 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/26(金) 07:31:58.07 ID:7bVzgF.o
くおぉぉぉぉ……
816 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/26(金) 07:52:45.69 ID:PYM81roo
下半身……?
817 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/26(金) 08:14:56.72 ID:Bcq0Ziso
これで主人公トリオ全滅か…

仕方ない俺が
818 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/26(金) 08:35:47.78 ID:tpUZrVE0
絹/旗に・・・
819 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/26(金) 09:17:10.48 ID:JKnurAEo
てす
820 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/26(金) 22:33:19.38 ID:YyHBNqoo
ぐっしょりと赤黒い血に染まるスラックスと革靴。
その爪先あたりは辛うじて元の色を残しているが、暗闇に溶けてしまってはっきりとは見えない。

その上部、人の上半身に当たる部分。
まるで粘土の塊を掌の付け根で擦り付けたかのように伸されていた。
極限まで薄くされた肉が屋上の床面にこびり付いてしまっていた。

その量を外見だけで判断できない。何しろ辺り一面に丁寧にびっちりと敷き詰められているのだ。
ただ――俯瞰視点から正確に表現するならば、それは人の上半身が一人分ほどの量だ。

無論、原形を留めていないそれを絹旗が海原光貴のものだと理解できるはずもなかった。

絹旗は夢遊病患者のように、まるで吸い寄せられるかのようにその中心部に向かって歩く。

スリッパの靴裏が湿った音を立てる。
さながらクレーターのように広がる血の海に踏み入れられた足が吹く風に半ば乾いてしまった水分を叩いた。
粘つくような不快感を僅かに裏面に残しながら、進む足を名残惜しそうに生々しい感触が引いた。
ぶよぶよとしたものを踏み付け、足は勝手に動く。一歩、一歩と近付いていく。
821 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/27(土) 01:16:55.94 ID:Lz7zVR.o
「――――――」

それは両足を正座から崩したように外にずらし尻を冷たい石面に直に密着させていた。
肩口の、血に濡れ乾いてしまい本来の質感を失ってしまったフェイクファーが風に微かに揺れる。

合成繊維で模られた背は引き伸ばされた血液にまるで油絵を塗りたくったのカンバスのような質感で、
ところどころが乾いた所為で罅割れている。それがどうにも気持ちが悪い。

地上から見上げるように伸ばされた僅かな光ではまともに見る事などできようもないだろうが、最早それとは数メートルもない。
徐々に血肉の中央にいる人影の陰影がはっきりとしてくる。

血塗れになってしまって見るも無残な様子ではあるが、その髪と雰囲気に覚えがある。

こちらに向けた背を回り込むようにゆっくりと移動する。
じわり、じわりとぼやけていた印象が記憶の中のものと結び付き形を成していく。

そして真横を過ぎた辺りでばらばらだったパズルのピースが一気に組み上がるように結実した。

それは――――滝壺理后だった。
822 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/27(土) 10:57:25.36 ID:uHybARco
お疲れのようだな。
823 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/27(土) 22:16:33.03 ID:Lz7zVR.o
「滝壺――――さん――――?」

震える声が唇の端から漏れる。

滝壺は寒さに身動ぎする事もなくその場に座り込んだままだった。
呆然と、どこか陶酔すら感じさせるような無機質めいた表情でいた。
その生気のない瞳は俯いたままどこかを茫と見詰めている。

そしてその口から溢れた血液が真っ白い肌を濡らし顎を伝い落ちていた。

「滝壺さん――――!」

思わず叫び、絹旗は両の手を滝壺に伸ばす。
右手の先が無くなってしまっている事も忘れたまま、見えない手で滝壺の肩を掴む。

しかし返ってきた感触はあまりにも頼りないものだった。
羽織ったウィンドブレイカー越しに伝わるそれは人の肌のものではない。

ぐにゃりとした、余りにも生々しくおぞましい――死肉の感触だ。
824 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/28(日) 00:28:49.05 ID:0KeQzDEo
「ひっ――――」

思わず漏れた悲鳴と共に、半ば突き飛ばすように絹旗は手を離してしまう。

その衝撃に滝壺の体が傾ぎ――そのままごとんと屋上に倒れた。
重量の多く硬い頭部が速度をそのままに石の床に重々しい音を立て激突する。
にも関わらずその顔は相変わらずの無表情で――――。



滝壺は死んでいた。



「――――――!!」

声にならない絶叫が喉をごくりと蠢かせる。
「どうして」だとか「何が」だとかいう現実逃避に似た疑問が脳裏を掠める。
しかし本当に重要なたった一つの事実の前に絹旗の思考はショートしかけ、思わず数歩後ずさる。

目の前で、大好きだった少女が死んでいた。

びちゃりと湿った感触が足裏を叩く。
混乱しきった絹旗はそんな事に構っている余裕などなかった。

容赦ない現実と自身の叶うはずのない希望との軋轢に精神をごりごりと削られ心が悲鳴を上げていた。
825 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/28(日) 00:52:06.35 ID:0KeQzDEo
認識したくない、理解できない、受け入れ難い現実を目の当たりにした時、人の精神は己を守るためにその奥底に閉じ篭る。
そして絹旗も例外ではなかった。反射的にシャッターを全力で下ろし、防衛機能のままにその心を封じ込めようとした。

しかしそれも叶わなかった。

他でもない滝壺――絹旗の世界の中心と言ってもいい、『アイテム』の中でも特別に親しい感情を抱いていた少女。
絹旗自身が最年少だというのに唯一敬称を付けて呼んでいた『滝壺さん』。
他の誰よりも――絹旗の中心に近かった、少女。

その向ける感情の比重故に大きい否定だが、同時に最も高い重要性のために絹旗は凝視してしまう。
見ようとしてしまった。

だから、間に合わなかった。
                        げんじつ
少女の心を一つ打ち砕くには十分すぎる悪夢が閉め損なった障壁の隙間から転がり込む。

ごろりと。

崩れた滝壺の体、その胸に抱き締めるように抱かれていたものが冷たい石床の上を転がった。

「――――――は、」

最初、絹旗はそれが何か認識できなかった。
いや、理解しようとしなかったのだ。

――人の心は防衛機能を持ち、精神の毒となる現実を受け入れる事を拒絶しようとする。

歪な球形。

所々が血の赤と黒に塗れ、カラフルでグロテスクな彩色をしたもの。
大半は肌の色で、やや乱れた短い糸のような人工の茶色のものが半分ほどを覆ったそれは。



「――――は――――ま、づら?」



――――よく知った少年の首だった。
826 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/28(日) 00:58:33.70 ID:OxlNaoAO
ヒュー 中一にこれはキツイぜ…!
827 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/28(日) 02:08:56.45 ID:0KeQzDEo
「い――――」



時が止まったような錯覚。
自分の周りだけが時の流れから切り取られてしまったような疎外感と孤独感。

世界から隔絶されたかのようなそれはまるで箱庭だ。

実際、目の前の景色は見慣れた現実味を帯びていない、シュルレアリスムの支配する様相だった。
血と肉と闇とが彩る世界。それは余りにも地獄的だった。



「や――――」



だが地獄。

そもそも最初から分かっていたはずだった。
少なくとも絹旗が身を置く世界は地獄そのものだ。
煌びやかな表舞台の影で蠢く最低最悪の世界。

そう知っていたはずなのに――絹旗は今の今までそれを本当の意味で理解していなかった。



「あ――――」



どうしようもなく最悪と醜悪と狂気と瘴気の塊でしかない現実。
知識と感覚だけで分かったつもりではいたもの。


               じごく
真の意味で想像を絶する現実が今、絹旗の目の前に広がっていた。
828 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/28(日) 02:50:15.52 ID:0KeQzDEo
涙が意思とは無関係に溢れてくる。
それは眼球を覆い視界を滲ませる。余りにも辛すぎる光景を直視しないために。
ぼろぼろと零れる涙滴を気にする余裕もないまま、絹旗は一つの事実に気付く。

ぼやけた視界の中。
それはきっと偶然だろう。いや、偶然以外の何物でもないはずだ。
けれど最低に悪趣味な神様とかいう演出家はこの場に於いて絹旗に最も効果的な偶然で舞台を脚色する。

四肢を力なく投げ出し横向きに倒れた滝壺。

ごろりと、浜面の、首。

それが偶然にも、お互いをその正面に、見詰め合うような絶妙な配置で転がっていた。

勿論そこに当人たちの意思などは関係していようはずもない。
生気の欠片も感じられない虚ろな瞳。真っ白な死人の肌。
それは血に彩られた惨劇の跡でしかない。

けれど確かに、二人は見詰め合っていたのだ。



そして同時に絹旗は悟る。





この二人の世界はそれだけで完結し切っていて、その間に自分の入る余地など一片たりともなかったのだ。










「――――いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
829 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/28(日) 02:52:17.20 ID:0KeQzDEo





――――ぶつん、





――――――――――――――――――――
830 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/28(日) 03:19:05.43 ID:0KeQzDEo
意識を失い、崩れ落ちる小さな体を優しく受け止めた。

「――――絹旗」

直前まで狂気に焼き尽くされていた彼女の顔だったが、眠る幼子のような安らかな表情にはその残滓もない。

それをどこか悲しげな微笑で見詰め、聞こえぬと分かっていても語り掛けずにはいられなかった。

「私、アンタの事さ、友達だと思ってたんだ。アンタはどうか知らないけど、少なくとも私はそう思ってた」

普通ならここは涙の一つでも流す場面なのだろうが、生憎とそんな高尚な物は持ち合わせていなかった。
抱く手に力を込め、肩越しに頭を垂れ、意識のない絹旗を後ろから抱き締める。その程度だった。

「んで、友達には絶対に使わない事にしてたんだ。だってそんな事したら友達だなんて言えなくなるじゃん」

全身の力を失いだらりと垂れ下がった両腕の上から抱えるように回し胸の前で交差させた手は震えてなどいなかった。
それを意識して己を忌々しく思う。「どうして」だとかそんな事はもう言う気はないが、それでも最低だと思うことに変わりはなかった。

「――――でも、ごめん。結局、使っちゃった」

だからせめて無表情でいようと、フレンダは目を伏せた。
831 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/28(日) 03:33:21.89 ID:zedpKCc0
え?









え?
832 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/28(日) 03:50:44.31 ID:0KeQzDEo
冷たい夜風の吹き荒ぶ屋上には惨劇の跡しかなかった。

その悲惨な場景は人の心を瓦解させるには十分過ぎる。
まして、ほんの中学生の少女ともなればなおさらだ。

自分も実は中学生だけど、と心のどこかで嘯いて、フレンダは抱き締めた少女の温もりをしばらくの間感じていた。
風はあまりに冷たい。人の温もりはそれを和らげてくれる。
けれど自分にそんな資格はない。それは家族か恋人か、せめて友人に求めるものだ。

「ごめん、ごめんね――――絹旗――――滝壺」

記憶を彼女たちの笑顔が過ぎった。
もう二度と自分に向けられる事はないと理解しながらもフレンダは追憶する。
これは飴であり鞭だ。その眩しすぎる記憶は感傷と共に責め立てる。
それを失わせたのは――奪ったのは、自分だ。

「――――浜面」

目を向けず、記憶の中だけでその顔を思い返し、フレンダは言葉を繰り返す。

「ごめんねぇ……っ……」



――――結局、この懺悔も偽者だけど。そうせずにはいられないという事もなかったけれど。



そんな冷めた事を思いつつも、それでも形式ばかりの言葉を繰り返した。
833 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/11/28(日) 03:56:21.89 ID:9QZTguco
心理掌握おおおおおおおおおおおおああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!
834 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/28(日) 04:15:25.06 ID:0KeQzDEo
「…………そうね。結局、ただの自己満足よ」

そう囁く/嘆くようにフレンダは独白/告白を続ける。

「笑っちゃうわよね、ほんと。柄にもないって事は自覚してるわ」

は、と息を吐き出す。寒さに白くぼやけるそれはすぐさま風に流され霧散した。

「本っ当に滑稽だわ。結局、私はこれ以外に上手い方法が思いつかなかった訳よ」

けれど同時に、フレンダは安堵する理由を得る。

――――これで全ての退路は絶たれ、残るは地獄の底までひたすらに突き進むだけの至極簡単な道だ。

滝壺は死んだ。
浜面も死んだ。
絹旗にはこうして禁忌を用いてしまった。

原因の全てとは言わないが、量の問題ではない。そうなる要因を自分が作り出した。
この結末に至る道があると予感してもなお――自分はそれを決断した。

もう彼女の帰るべき『アイテム』は、存在しない。

残る一人に会った時、何て言おうか、と頭の片隅で考えながら、

「ごめんね。でも、私もさ――」

言い訳だと理解し自嘲しつつ、誰かが見る事もない表情を顔に浮かべ、呟いた。

「――――結局、自分の居場所を壊されて黙ってられるほど大人じゃないのよ」
835 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/28(日) 04:45:04.62 ID:0KeQzDEo
びゅう、と冷たい夜風が吹く。

寒いと感じてようやくフレンダは絹旗の格好に意識を向ける。
彼女は薄い病院着しか身に着けていない。ただでさえ彼女は体力が落ちているのだ。

このままでは風邪を引いてしまうだろうとフレンダはせめて屋内に移動させようと閉じていたままの目を開く。
暗闇の中の世界は相変わらずの血と死しかない悪夢で、そしてどうしようもなく現実だった。

少ししゃがむようにして体を折り、片手を絹旗の膝の裏に回し、もう片方の手で上半身を支える。
矮躯といえどフレンダも同じようなものだ。重い、と思ってしまう。当人が聞いたらきっと怒るだろうが。

(……そんな事、結局もうある訳ないじゃない)

どこまで自分は能天気なのだろうか。気持ち悪い。

そんな侮蔑を自らに向け、フレンダは立ち上がろうとして――――。

「………………」

足元に落ちていた物に気付く。

四角い、名刺ほどの大きさの物だ。
836 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/28(日) 04:57:27.90 ID:0KeQzDEo
少しだけ迷って、フレンダはしゃがみ込んだ膝を絹旗の尻に当て彼女の体を支えると左手でそれを拾う。

幸いにも床に広がった血は乾いてしまっていて汚れてはいなかった。

それは学生証だ。
記憶にある、絹旗が大事そうに持っていた紙切れ同然の重さしかないもの。
けれど彼女にとっては何よりも重いはずのもの。

視線を学生証に落とす。
そこには絹旗の顔写真が貼られ、そして偽りの名が書かれていた。



『 氏名 : 鈴科 百合子 』



「……結局、張ってた伏線は無駄になっちゃったけどさ」

小さく呟いて。

「大事なものなんでしょ? 結局、落としちゃダメじゃない」

学生証を絹旗の胸の上に置き、それを絹旗の残された左手に握らせる。
それから包帯の巻かれ手首一つ分短くなった彼女の右手をそれに沿えた。
837 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/28(日) 05:24:51.82 ID:0KeQzDEo
絹旗の胸の上の学生証を落とさぬように気を付けながら再び抱き上げ、立ち上がる。

強く吹く風に髪を靡かせ顔を顰める。
ゆっくりと扉に向かって歩き、けれど二、三歩進んだところで立ち止まり肩越しに振り返った。

そこには血肉の海に沈む滝壺と浜面がいる。

「……ほんと、不幸だわ。結局、誰も彼もが不幸だった……としか言えないわね。
 運が悪かったのよ。そうでも思わないとやってらんないわ」

誰に向けてでもなく言いながら、でも、とフレンダは続ける。

「でも……アンタたちはむしろ、それで幸運なのかもしれないわね。
 もちろんそんな事が言えるはずもないんだけど、……こっから先を見なくてすむんだもの。それに、……、……」

それに、の後に続く言葉を言うのを止めフレンダは頭を振った。
柔らかく溜め息を付き視線を抱いた絹旗に向ける。
どんな顔を向けていいのか分からなかったのでとりあえず笑顔にしておいた。

「眠りなさい、絹旗。そしてせめて、その間くらいは幸せな夢を見なさい。結局、私はそれくらいしかアンタにしてやれないけど」

囁くように語りかけ、ようやくフレンダはゆっくりと歩き出す。

かつ、かつ、と靴底が床を叩く硬い音が響く。
やがて金属の軋む音に続きばたんと扉の閉まる音がした。



そして誰もいなくなった屋上。

二組の瞳がお互いをずっと見詰め合っていた。



――――――――――――――――――――
838 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/11/28(日) 05:28:17.04 ID:0KeQzDEo
アイテム三人組、退場です
よくがんばりました。残念賞

でも一番可哀想なのは描写までないがしろにされた海原君じゃないのかとか
839 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/28(日) 05:44:27.97 ID:5GEsgG2o
おつ
海原とは一体なんだったのか
いやめっちゃ頑張ってたけどさ!

しかしこのSSの「胃腸破壊」はすごいな
アセロラもウニ条も馬面までいないとかまじこえーよ…
840 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/28(日) 11:16:10.84 ID:C/p4X6AO
>アイテム三人組、退場です
>よくがんばりました。残念賞
 
ゾクッとした
841 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/11/29(月) 22:13:32.47 ID:k6EYukDO
斜め読みすれば内容がわかるけど文型ごとに読んでいくと意味がわからない
ふしぎ!
842 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/01(水) 09:51:45.26 ID:THz9nTg0
百合子ェ…
843 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/02(木) 00:49:19.65 ID:VcegyEIo
光が瞬いた。

唐突に暗い施設内を照らした眩い閃光に白井は足を止めた。
無色の人工的な光。直後、轟音が響き窓ガラスがびりびりとその身を震わせた。

しかし光は一瞬で消える。
廊下を白く染めた輝きが消えると同時に、白井の前に伸びた影も闇に溶けてしまった。

(閃光音響弾……非殺傷性のスタングレネードですわね)

振り返りながら白井は酷く冷静に分析していた。

学園都市の治安部隊である警備員に配備されているのでその存在はよく知っている。
光と音で視角と聴覚を奪う、暴徒鎮圧用の武装だ。

一体誰が。
……決まっている。砂皿の他にいない。

だが、何のために。
一瞬白井は考えるがすぐに思い当たった。
何故ならそれは白井自身、よく知った感覚だからだ。
     アンチスキル
(――――警備員を呼ぶために――っ)

ぎり、と思わず歯噛みする。

砂皿は暗部の人間だ。それも人の頭を打ち抜く事を生業とする生粋の殺人者だ。
その砂皿が自ら警察機構を呼ぶなど正気の沙汰ではない。
言うなればそれは盗みに入った泥棒がわざわざ一一〇番通報するようなものだった。
844 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/02(木) 01:19:23.90 ID:VcegyEIo
しかし意味もなくそんな真似をするはずもない。

(わたくしを――ここから逃がすために――)

警備員に見つかって困るのはこちらも同じだ。

色々と疚しい事も抱えているし、見つかれば最低でも施設への不法侵入で取調べを受ける事になる。
その上、面倒な事に白井は警備員の間でも人気者だ。風紀委員きっての問題児として。

特徴的な小柄な外見と髪型。嫌でも目立つ制服。そして特異な能力。
逃げるにしても間違いなく『空間移動』を使う事になり、それを察せられれば確実にそれが白井黒子だと露見する事となる。

対し砂皿のプロフィールは公にはなっていない。はずだ。

学生が大部分を占める学園都市。
総人口二三〇万弱の内、おおよそ八割が学生だ。
そこばかりがひたすらに強調されているために子供しかいないように思えるが、しかし。

残る二割、数にして四六万。

学校や寮生活、そして研究所に縛られ管理されている学生ではない『大人』。
一個の国と称してもあながち間違っていない大都市を子供だけで運営できるはずがない。
そのコロニーとしての機能を担えるだけの人口がそこにはあるのだ。

そして超能力を開発するために作られた都市に於いて最重要は被検体である子供で。
            うらかた
都市の運営に必要な歯車である大人ではない。
845 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/02(木) 01:48:36.81 ID:VcegyEIo
そして砂皿は、元より学園都市の裏側に巣食う者だ。
その中に紛れ込む事は容易いだろう。元々がそういう存在なのだから。

だから見つかってしまって困るのは白井だけだ。もっとも、逃げられたとしてだが。

「く…………」

白井は険しく歪めた表情を隠そうともせず今来た方向を睨みつける。

砂皿の狙いは恐らく第三者の介入、そしてそれに伴う完全な仕切り直し。

一見お互いに何の利益も齎さないようにも見えるが、その実砂皿が一方的に得をする。
狙撃手の最大の弱点は発見される事にあるのだ。
元々が相手に気取られず一方的に虐殺するための戦法だ。見つかってしまっては元も子もない。
そして、砂皿に身を隠されてしまっては狙撃の持つもう一つの意味――『銃口に狙われているかもしれない』というプレッシャーに再び身を晒す事になる。

白井が砂皿の位置を知る事ができたのはフレンダの能力があってこそだ。
元々銃を相手にする機会などそうそうない。似たような事はあっても大抵の場合、相手は能力者だ。

超能力の跋扈する学園都市。

風紀委員という立場でその渦中の最先端にいた白井は鉄火場に慣れてはいるが――。

極々普通の、ありふれた兵器とありふれた暗殺者を相手取る機会などなかったのだ。
846 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/02(木) 02:37:31.23 ID:VcegyEIo
警備員が到着するまで、命令系統や関係機関、一番近い詰所の位置などを思い返して概算する。

――十五分弱。それが制限時間だ。

攻勢に出るとは決意しても、あくまでそれは暗躍としてだ。

夕刻、あの少年の姿をした別人が往来で派手に立ち回ったようだがそれは白井の本意ではない。

学園都市の影。暗部組織。そして、自分たち。
それを警備員などという表の組織に気取られてはならない。

こんな最低な茶番劇に表舞台の住人を付き合わせていいはずがない。
何もかもが手遅れで、だからこそ手出しをさせてはいけない。
そうでなければ――――殺人も同然の行いをした自分は何なのだ。

白井は拳を握り目を強く瞑り、何か溢れそうになる感情を抑えるように細く、深く深呼吸をした。

「すうぅぅ――――…………くふぅぅ――――…………」

夏の気配はどこへ行ったのか、冷たく尖り、澄んだ夜気が肺腑を撫でる。
呼気と共に心の奥底で蟠っていた何かを吐き出した気がした。
847 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/02(木) 03:31:19.84 ID:VcegyEIo
(――何を考える必要がありますの)

超能力者である垣根帝督率いる『スクール』の一人として選ばれたのだ。
それほどまでに砂皿の狙撃手としての腕は評価されている。
異能者でないにしろそれに見合う能力と考えるべきだ。

砂皿は恐らく、まだ施設を出てはいない。

今の爆発は陽動などではない。
地下通路などという気の利いたものもない極々ありふれた研究施設から外へ逃げるには確実に屋外に出る必要がある。
『単身で空から俯瞰する事が可能な』白井にそれは自殺行為以外の何物でもない。

空間移動の異能を持っているにしろ、動きは読まれていと考えていいだろう。
狙撃手とはそういうものだ。どこかで待ち伏せをしている。
狩人は獲物の行動パターンを読んで予め罠を仕掛けるのだから。

だが白井は、砂皿を排除しなければならない。
それも今。制限時間内に。
848 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/02(木) 03:58:22.54 ID:VcegyEIo
狙撃は空間移動能力者に対し限りある有効な手段だ。

この世界は四次元時空間に捕らわれている。
三次元空間プラス一次元時間。立体は全て時の流れに支配される。
それは、何をするにも必ず時間という概念が付き纏う事を意味する。

そんな限られた枠組みの中でしか動けない世界で、白井の『空間移動』は例外だ。
瞬間でも刹那でもない、ゼロ時間。白井がそれを攻撃と認識したと同時に回避が完了しているのだ。

しかし十一次元空間に干渉する能力を持っていたとして、それを操る白井自身は高次の存在などではない。
白井もまた、間違いなく三次元空間からは逃れられない。

そして行動するには意思を持たなければならない。だから相手に気取られぬ事こそを武器とする長距離からの射撃は天敵だ。
先ほど回避できたのはフレンダがいたからに他ならない。運以外の何物でもなかった。

だが次もまたフレンダが都合よくその場にいて感付いてくれる保証はないし――
彼女の事だ。気付いたとして、そのまま何もしないという可能性すらある。

白井はあの名無しの少女を信用してはいない。
元より『彼女』以外にその信頼を寄せようとも思わないが。

白井の持つ『空間移動』には絶対的な価値がある。
あの序列第一位、『一方通行』でさえ空間移動系能力は御しきれないという。
学園都市の頂点に君臨する最強無比の異能が屈服させきれない『空間移動』。
それは二三〇万の内にたった五八人しか持たない希少能力だ。代えは利かない。

などという事を考えて白井は一瞬薄笑いを浮かべた。
そこには至極自然に――酷く冷静に自分を駒として分析している白井がいた。
849 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/02(木) 04:15:46.07 ID:VcegyEIo
脱線しかけた思考を戻す。
逃げなければならないのは砂皿も同じだ。

ただ違うとすれば、白井は瞬間で距離を移動できるのに対し、砂皿は自らの足で動かなければならない。

能力者を相手にする警備員の基本戦法は物量で圧殺する事だ。
装甲車の山で道路を封鎖する事など日常茶飯事でしかない。
物理的に包囲されては文字通りの袋の鼠となる。もっとも、白井は悠々と逃げ遂せられるだろうが。

それを考慮した上で結論付ける。
要はそのタイムリミットまでに全て片を付けてしまえばいいのだ。

何、簡単な事だ。いつものようにその能力で鉄矢を放てばいい。
唯一違うとすれば、その目的が相手を拘束する事ではなく、心臓を貫くためだという事だ。

一番大事なもののために二番より後を切り捨てた自分には容易い事だ。

歩みかけた足を止め、白井は半ば振り返るように上半身を捻り横を向く。

外。夜闇に煌々と輝く街の灯に紛れて。

窓ガラスにはどうしてだか笑みを浮かべる自分の顔が映っていた。



――――――――――――――――――――
850 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/02(木) 04:19:21.26 ID:VcegyEIo
選択肢は限られていて、唯一を選ばなければならない
逃げ道回り道はなく、時は常に一方通行
次回、ようやく白井・砂皿戦です

……ええと、前のはほら、前哨戦って事で
851 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/02(木) 06:10:13.35 ID:wmmoHAAO
何も進んでなくてワロタ
852 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/02(木) 12:45:19.55 ID:M12rsd6o
おっさんの終末かレズビアンの終末か
853 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/02(木) 18:36:05.82 ID:FWCXEBAo
相討ちもあり得るぞ。
854 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/03(金) 00:59:49.79 ID:mZpYbpIo
小刻みに空間移動を繰り返しながら白井は廊下を移動する。

狙撃を警戒しての事だ。
常に移動し続けていれば狙いは付け難い。

床から数センチの高さに移動し、着地と同時に蹴るようにして更に位置をずらす。
些細な事だが即死を考えられる相手には十分に有効だ。

砂皿を見失ってから多少の時間は経過している。
爆薬の類を所持している事も分かったし、通路に罠が張られている事も考えられた。
どうせ自分では看破できないだろうとは思っても警戒してしまう。

待ち伏せに飛び込む事は自殺行為でしかない。
狙撃銃を持たないとはいえ砂皿は狙撃手だ。標的をじっと待ち続ける事にこそ卓越した技能を持つ。
                  キリングフィールド
つまり白井の往く先は文字通りの『死地』だ。
そこには暴力と流血と殺意しか必要ない。余分な感情は足枷となり死を招く。

(ですから他の事は考えず――わたくしは一個の殺人機となりましょう)

口の端が吊り上がっているのを自覚しながら、白井は自分でも不思議なほどに冷めた思考でいた。
855 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/03(金) 01:29:03.14 ID:mZpYbpIo
白井黒子は常に殺意と戦い続けている。

他人のではない。自身の中にある殺人衝動だ。

白井の『空間移動』は学園都市に存在するあらゆる能力の中でも最高クラスの殺傷能力を持つ。
薄紙一枚であらゆる鉄壁を両断する事ができるその異能は、人に向けて使えば文字通りの必殺だ。
頸を刎ねる事も心臓を穿つ事も圧死も縊死も墜死も窒死も思いのままの力。

それは常に目の前の相手を殺すことが可能なスイッチを手に持ち歩くような日々。

日常で誰かに敵意を抱かない者はいない。

例えば口煩い教師。
例えば気に入らない同級生。
例えば気持ち悪い視線を向ける研究者。
例えばファミレスで声高に談笑する学生グループ。
例えば道で肩がぶつかってしまった通行人。
例えばバス停で前に並んでいるカップル。
例えばコンビニのレジ打ち店員。
例えば目の前を通った誰か。

誰であろうと白井はその相手を殺せる。殺そうと思った次の瞬間には殺せる。
簡単だ。適当に能力を使ってやるだけで生物は死ぬ。

だが白井はただの人畜無害な女学生でいるために――殺人を犯さないでいた。
856 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/03(金) 01:51:22.05 ID:mZpYbpIo
だが考えてもみれば、飲酒や喫煙をする未成年がどれだけ多い事か。
理由は何か。単純な解でしかない。あまりにも手軽だからだ。

殺人という云わば最大の禁忌との差は、その非日常性と、刑の重さでしかない。

だが考えてもみれば。
最も手軽な殺人武器である銃の所持が規制されている日本とされていない米国。
両国で起こる殺人・傷害事件の発生率はまったく違う。
銃があまりにも気軽に手に入る国では、言うまでもなく手軽に殺人事件が起きる。

常に手元に銃があったら。
引き金を引くだけで人を殺せたら。
手軽に人を殺す事が可能ならば。

『空間移動』。同時に最高クラスの機動性と隠密性を持つ能力。
死体の隠蔽も簡単だ。実際にそれはやった。
見つかったとして、学園都市を取り囲む壁など簡単に飛び越えられる。
誰も白井を捕まえる事はできない。

もはや白井の殺人を押し止めているのは白井自身の理性でしかない。
自分の中に無限に湧いてくる殺人衝動と白井の理性は常に戦い続けている。
それは普段、誰しもが抱えている一面ではあるが――白井の場合、少しだけその性質が違っただけだ。

だが数日前まで被っていた少女の仮面は必要なくなった。
日常は失せ、そしてここは血と硝煙の臭いしかしない地獄の舞台だ。

故に白井を止める要素は何一つない。
誰にも邪魔される事なく、白井自身もそれを止める理由もなく、衝動の赴くままに殺人ができる。
857 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/03(金) 02:20:24.95 ID:mZpYbpIo
だが、その枷が外れたからといって殺人を楽しむのは狂人でしかない。
ルールが変更され、砂皿を殺害する必要はあれど、それはあくまで必要性に駆られての事だ。
そもそも同族に大した意味もなく殺意を抱く生物などヒト以外に存在しない。

殺人という人として最低下劣な行いは白井自身忌み嫌っているものだ。
風紀委員――審判という名の治安組織に身を置いていた白井が殺人を許容できるはずもなかった。

仕方なく、そう、これは仕方ない事だ。砂皿を殺さなければ自分が殺される。
それに、殺人を躊躇わない者を野放しにしておいては、白井の一番大事なものが殺される可能性すらある。
万に一つもないとは思えど、その可能性は完全に否定する事ができなかった。

だから殺す。そう躍起になって言い訳をしている自分に気付いて白井は薄く自嘲の笑みを浮かべた。

――だがそれは本当に自嘲のものだけだったのだろうか。

これから死しか存在しない場へ赴くというのに。
白井は酷く冷静で、その一方で高揚していた。


                             白井黒子
冷徹に、正確に、機械的に行動を起こそうとする『理性』のすぐ横で。


              しらいくろこ
鏡写しのようにもう一人の『本能』が歓喜の声を上げていた。





『ようやく人を殺せる!』
858 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/03(金) 02:40:47.12 ID:b8KA8kco
すげー自分本位だな。この黒子はマジ狂ってる

がんばれ砂皿さん
859 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/03(金) 03:25:34.86 ID:h.q8fmko
目の前にいる人にいきなり殴りかかったらどんな反応をするか気になって仕方ないみたいなのの延長みたいなかんじか

なんにせよ本気の黒子さんまじこわい
自動防御のある上位二人以外は簡単に殺せるんじゃ…
860 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/03(金) 06:44:56.92 ID:ICdspyM0
そもそもこのスレの狂人黒子がここまで人を殺したことが無かったという事の方が驚き
861 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/03(金) 12:17:04.47 ID:WWzQ7nMo
俺は逆に美琴側勢力?がこうまで狂ってしまった原因が気になって仕方ないな
勿論それがこの物語の肝で終盤か最後まで隠される内容なんだろうけど
862 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/03(金) 13:02:02.19 ID:l.jTZADO
能力の差が戦闘力の差じゃないってのも禁書なんだがこの対決はどうなんだろうな
テレポーターなんて禁書を代表するチート能力だけど、おっさん一応殺しのプロだし
ただこの黒子の思考は一般的には負けフラグじゃね?
863 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/03(金) 15:26:28.35 ID:flN40.DO
そうかなあ?別に狂ってるようには感じないな
いつでも振るえる[ピーーー]力があるあたりのくだりとか凄く分かるじゃん
凄く早い車持ってて、でも制限速度があるから全力でぶっ飛ばせないとかと似たようなもんだろ
864 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/03(金) 17:48:35.66 ID:mZpYbpIo
軽快な、空を踏む足取りをそのままに、白井は内面の衝動を無理矢理に押さえ込んだ。

今、感情は必要ない。

白井に要求されているのは確実に砂皿を殺害する事だけだ。
そのために邪魔になるのであれば『白井黒子』個人ですらも必要ない。

白井にとって最も大切なものは自身ではないのだ。

それ以外は全て、そのために存在する歯車でしかない。
白井自身もその例外ではない。邪魔になるのであれば自ら命を絶つことすら辞さない。

掃除をする箒に感情など必要ない。ただ必要な仕事をこなせばいいだけだ。

そう自分に言い聞かせて、白井は状況を再確認する。

爆音と光の具合から見て、爆発点はこの辺りだ。
元来た道を逆走しながらも既にここは知らない場所と考えた方が良い。

時限装置でも組んでいた可能性もあったが、そもそも白井が砂皿の姿を見失ってから多少の時間は過ぎたといってもまだ数分。
爆発からは一分も経っていない。周囲に砂皿がいる可能性が高い。一歩進むごとに危険性は上がる。
865 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/03(金) 18:29:21.94 ID:mZpYbpIo
何度目かの空間跳躍から着地、右手を後ろに窓に当て、踏み込むように前に体を前進させながら掠るように手を前に。



――対象指定:接触物 基点指定:右手五指 範囲指定:同系統物質/発動時点

――次元定理演算(代入)→絶対座標(正・五〇〇〇、負・一〇〇、負・八六〇)、相対仰角(正・〇、正・一〇、正・〇)

――『起爆』(持続:単位時間・一〇)。



演算が終了し白井の『空間移動』が発動する。

白井の右手指の触れた窓ガラスが掻き消え、撫で擦るように前へ伸ばした指に触れた窓が次々と空に溶ける。
その数四枚。転移先はすぐ目の前。
床から一センチにも満たない高さに現れた窓枠から外されたガラス板は小さな衝突音を立て折り重なるように壁に自重を預ける。

勢いをそのまま白井は半ば屈むように体を前傾に、手を下に。
壁に立て掛けられたガラス板を浚うように手を伸ばす。

だが視線は前方左、廊下のT字路の先。
白井の位置からは死角となっている空間だ。



――再演算:繰り返し(手順六八まで)

――設定:固有値n

――代入数値変更:(座標、仰角)

――連続使用:変数y+二〇〇/n毎

――『起爆』(瞬間)



そして『空間移動』を再使用する。

ガラス板が纏めて消え失せ、一瞬のタイムラグの後。
白井の見えぬ位置でガラス板が、点線として通路を上下二つに両断した。
866 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/03(金) 20:59:19.15 ID:mZpYbpIo
白井の能力は再使用までにおおよそ一秒程度のクールタイムを必要とする。

更に『空間移動』の特性から、自身を移動させる場合その先を若干の空中に設定しなければならず、
移動と同時に運動エネルギーを消失する事ために初動は確実に落下となる。

その僅かだが絶対の隙を嫌っての行動だ。
さらにガラス板での広域割断に加え、そのまま落下した際に発生する甲高い破砕音。
あの耳障りな音は確実に注意を惹く。

ほんの少しでも意識を逸らせる事で白井の隙は減る。

ガラスの砕ける音を合図として自らの足で分岐路に踏み込む。
左足を床面に押し付け軸に、回転するように左へ九〇度方向を変える。
重心を低く、右足で運動を殺し白井は曲がり角に飛び込むと同時にその先へ視線を向ける。

目の前に壁が立ちはだかっていた。

「――――――!」

いや、壁ではない。開かれた、室内への扉だ。

次瞬、扉の裏側、白井に見えない場所に貼り付けられたC4爆薬がオレンジ色の閃光を伴って炸裂した。
867 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/03(金) 20:59:35.74 ID:h24b07I0
>>863が攻撃的な思考の持ち主で危険な人物だという事が良く分かった
868 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/03(金) 21:04:40.64 ID:GsqwYvwo
>>867
ばかだなぁお前……

人間ってのは日頃からそういう衝動を無意識に抑えてる理性のある生き物なんだよ
869 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/03(金) 21:10:30.95 ID:h24b07I0
>>868
ばかだなぁお前……
そういう衝動を>>863は自覚してしまっているのだから無意識に抑え切れていないじゃないか
870 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/03(金) 21:21:50.57 ID:mZpYbpIo
「くぅ…………っ!」

白井は爆発の直前、背筋を這い上がった怖気に咄嗟に空間を跳躍し、今来た廊下を曲がり角から二〇メートルほど後方に移動していた。
爆発は衝撃と共に金属製の薄い扉を粉々にし、その破片を周囲にばら撒く。
視界の前方、曲がり角の床は焼け焦げた黒い装飾と金属片の爪痕によって見るも無残に引き裂かれていた。

二重のトラップ。

一つは不用意に障害物を無視し空間移動した時、本来その位置にあるべきではない扉に対し発生する『埋め込み』。
曲がり角の向こう側には白井の横にあるものと同じ、サッシだけとなった窓が並んでいる。
ここは先ほど砂皿が身を隠していた場所だ。一度確認した場所だからこそ警戒が甘くなる。
少なくとも構造は理解してしまっているのだから、白井が『空間移動』を使う事は十分に考えられた。

そしてもう一つは白井の視界外、明確な敵影もない場所からの遠隔攻撃。
爆発と扉の破片での無差別な広範囲破壊。
実際、白井の判断がもう一瞬遅ければ今頃彼女の体はずたずたに引き裂かれて転がっていただろう。

念入りに、慎重に、そして臆病に行動していた事が白井の命を救った。
白井の懸念通りに徒歩移動でなければ回避は間に合わなかった。

だが今の位置、人影は見えず、まして自動で起爆させるための感知装置の類はなかったように思える。

だとしたら手動。暗殺者はすぐ傍にいる。
871 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/03(金) 21:37:48.72 ID:mZpYbpIo
最も可能性の高いのは開いていた扉から通じる室内――ではない。

爆発は開かれた扉の裏側に貼り付けられていた。
そして扉の蝶番は手前にあり、取っ手は白井から見て右側に付いていた。
室内から爆薬は丸見えだ。無論、爆発は遮るもののない室内まで破壊するだろう。

そして視界外から白井の位置をどうやって特定したのか。
簡単だ。白井の足音、そして建物僅かに震わせる振動。
それがはっきりと分かる位置は。

(逆正面――対面の室内!)

がらんどうになった窓枠を掴み『空間移動』を使用。
転送先は左前方斜向かいの室内。内部構造の確認は必要ない。
元より面積の少ない物体だ。命中は期待しない。必要なのは相手の注意を逸らす事だ。

瞬時に必要な十一次元演算を完了させる。

――起爆

足を踏み出すと同時に白井は能力を発動させた。
872 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/03(金) 22:11:04.23 ID:mZpYbpIo
障害物を無視し枠組みだけが空間を跳躍する。
結果を意識から除外し、白井は更にもう一度能力を使用する。
その対象は焼け焦げ傷の付いた、閉じた扉。

右の人差し指と中指で軽く触れ発動条件を解放。

――『起

「――――ぃぎ、」

         爆』

能力が発動し扉が消え、一瞬の後に室内にただの金属板と成り果てた平面が現れる。

しかし不意の事に演算を多少間違えた。
水平に角度を変更するつもりだったものは向きを変えず、垂直のまま現出する。
それも床に突き刺さって。金属板は意味を変え壁となって直立した。

演算ミスの原因は扉そのものだ。触れた途端に猛烈な痛みが指先を襲った。

その正体は熱だ。
扉の裏に貼り付けられたC4爆薬は雷管がなければ爆発しない。
雷管を付けぬまま着火された爆薬は単純に燃え上がり、その結果金属製の扉を高温に熱していたのだ。

指先を削るような火傷の痛みに白井は顔を顰めながらも室内を見回す。

室内は照明が点けられてはおらず、暗く見辛かった。



対しこちらは右手の外周沿いの廊下から街明かりが遮られる事なく差し込んでいる。



(拙い――――!)

身を翻そうとした時にはもう遅い。

銃声が響いた。
873 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/03(金) 22:18:03.09 ID:mZpYbpIo
休憩。二人の接敵までが長い長い

白井さんの思考はある意味で正常、ある意味で狂っていると思いながら書いています
一度も人を殴った事がない人も、「あーくそ、マジ死ねよ」とか言った事ない人も少ないんじゃないでしょうか
ちなみに私は殺人の経験はありません。人を殴った事ならあります

何十年も前に独裁スイッチを考案したF先生すげえ
874 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/03(金) 23:08:32.25 ID:Q69mEQAO

殺人の経験はありません……、

ここってツッコミどころなのだろうか
875 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/03(金) 23:15:39.74 ID:OGYBAdIo
人を殴った事はないぞ…殴られた事ならあるが
876 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/04(土) 00:42:54.08 ID:se6S25c0
>「あーくそ、マジ[ピーーー]よ」
この「[ピーーー]よ」は通常「自分の思い通りになってくれないなら目の前から消えて欲しい」という願望であって殺人願望とは違うと思うが・・・?
それとカッとなって人を殴ったとか、勢い余って殺してしまった場合、それは衝動であったとしても願望では無いしね。
もしそうではなくて、特に理由もなく、或いは面白そうだからという理由で人を殺してみたくなったのだとしたら、それは危険人物だと言える。
尤も、一番危険なのは独善的理由により「正義」の名の下に殺人を犯す奴らだけれど。
877 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage saga]:2010/12/04(土) 00:46:39.41 ID:u6ABkMAO
思考に本物の殺意が混じっちゃうと異常だと思う
例えばムカついて死ねとか思って人を殴っても
人を殺すために殴ってるわけじゃないだろう
878 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/04(土) 01:27:00.34 ID:Ctbg5P2o
「この」白井さんの場合、そう思った時に>>856で書いたようなものだったのが不幸だったのではとかなんとか
ある意味そういうのの一つの解決策として風紀委員所属だったとか、そういうどうでもいい事を考えてたり
銃と違って手放せないしね

さて、再開です
879 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/04(土) 01:46:05.65 ID:Ctbg5P2o
砂皿は室内の床に這い蹲ったまま拳銃を突き出すように構えていた。

この体制が最も慣れた射撃姿勢だ。体重を最大まで殺し、銃口のブレを抑える。
銃の種類は変われども銃弾を発射するその機構は変わらない。得意とする構えで白井を待ち構えていた。

撹乱に撹乱を重ね、白井の焦りを生む行動も全てはそのためだ。
先のガラス板掃射を参考に床に伏せた。
この体制では行動が鈍るが水平の割断はその特性から最も命中し辛い。

万が一白井自身が室内に『空間移動』で飛び込んできたとしても闇の中では黒のコートが迷彩となり発見が遅れる。

そう何重にも張り巡らされた策が一点に結実し、標的の姿を砂皿が先に捉える事に成功した。

トリガーを引き絞る。

ライフル弾と比べて余りに軽い炸薬の爆ぜる音と共に銃弾は発射され、それは過たず白井を貫いた。

ただ予想外だったのは、白井の反応が想定よりも余りに早かった事だ。

銃弾は咄嗟に身を捻った白井の肩に喰らい付く。
ぱっと暗闇に血飛沫が舞うがそれは致命傷には程遠い。
880 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/04(土) 01:53:46.82 ID:se6S25c0
何か砂皿とゴルゴが被って見えるww
881 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/04(土) 01:58:57.02 ID:Ctbg5P2o
百戦錬磨は白井も同じだ。
相手も状況も違えど風紀委員として数多の能力者を相手取ってきた白井もまた、戦闘の勘というものを持っている。

判断が遅れたとはいえ致命傷を回避した白井の勘は賞賛にすら値する。
中学一年生の少女。もし彼女があと数年成長していたらと考えるとぞっとする。
無論、そんな事を交戦中に考えられるほど砂皿は感情的ではなかったが。

「――――――」

射撃と同時に砂皿は一動作で身を起こす。
まるでばね仕掛けの人形であるかのように上半身を跳ね上げ、その運動を腰と膝を介しベクトルを変換。
蹲踞にも似た体制で、しかし銃口は依然前方へ向けたまま。

視界には髪を左右で二つに括った少女、白井黒子。
手は握られ、その指の間には得物である鉄矢が挟まれている。

――『空間移動』を用いた射撃。

即座に判断した砂皿は折り曲げた膝を一気に伸ばし飛び上がるように立ち上がる。
靴底を床に噛ませ、摩擦で足を固定し右方へ飛ぶ。
上半身に続き下半身がその後を追い、一瞬遅れてその残像を棒杭が貫いた。
882 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/04(土) 02:15:19.84 ID:Ctbg5P2o
――動きを止めては貫かれる。

――軌道も一定ではいけない。

――常に変化し続ける移動が必要。

大能力者と非能力者。女子中学生と成人男性。風紀委員と暗殺者。

正反対の二人だが、お互いの行動は余りにも似ていた。

部屋は元は事務を司っていたのか、大量生産品のデスクが綺麗に整列している。
その上には元々あっただろう書類の山も業務用のパソコンもなくがらんどうだったが、障害物としては大差ない。
いや、白井が銃弾として使えない分は砂皿にとって幸運だっただろう。そういう場所だからこそ選んだのだが。

机上を前転をするように背中で受け砂皿は平面の障害物を乗り越える。
本来であれば左手で受け体を横に飛び越えたいところだが鉄矢が刺さったままだ。痛みに確実に体制を崩す。
勿論こうしても痛みは伴うが幾分かましだった。

両足で床を踏み上半身を捻る。
右手に握った拳銃を振り抜くように構え銃口を向けた。
883 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/04(土) 02:30:41.62 ID:Ctbg5P2o
しかしその先に白井の姿はない。
とん、と軽い音。ローファーが机を叩く音だ。

白井は自身の能力で空間を跳躍し、砂皿から数メートル離れた机の上に着地していた。

「っ――――」

振り向かず、砂皿は己の勘だけを頼りに砂皿は垂直に飛び上がる。
同時、床から十センチほどの高さに鉄矢が現れた。

本来射撃戦では急所の多い上半身、とりわけ面積の多い胸の辺りを狙うのが定石だ。
重く、宙に浮いた上半身は狙いを付けさせぬように動かすのも難しい。

それは射撃を受ける方も理解している。
その回答の一つとして、ボクサーのように上体を左右に振る事で頭と胸を動かす術がある。

だがそれは同時に、軸となる足の停滞を意味している。
人が行動する際、歩むにも駆けるにも飛ぶにも、基点となる足の移動順は最後だ。

中空の水平攻撃を繰り返し、最も適した回避行動が身を低くさせることだと条件付けした後での低空狙い。

ブラフとフェイントの上での攻撃を勘だけで看破した砂皿は乾いた音を立て落下した金属棒を踏み付けるように着地する。
884 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/04(土) 02:55:08.67 ID:Ctbg5P2o
(――――癪だが、感謝すべきなのだろう)

記憶の中にある金髪を思い出し、砂皿は柄にもないと感じつつも笑みを浮かべた。

近接銃撃戦など、長距離狙撃を武器とする砂皿とは対極の位置にある戦い方だ。
だが今それに対応できているのは、狙撃手とは名ばかりの、派手好きでどこか間の抜けた彼女のお陰なのだろう。

対極の位置にあるはずのクロスレンジを得意とするスナイパー。
彼女の存在に感謝する事など考えもしなかったが、実際にこうして役立ってしまっているのだから困る。

もし再び会う事があればキスのひとつでもしてやるべきだろうか。
もっとも、その機会があればの話だが。

思考を遮断する。
今はセンチメンタリズムなどを感じている暇はない。
戦闘に集中できなければそれは死を意味する。

ぐるりと体を回転させ室内の様子を再確認する。
砂皿からは室内の様子はある程度見えるできる。少なくとも机の位置や人影の動きを把握する程度には。
じっと身を潜めていた事で砂皿の目は闇に慣れていた。

とはいっても、闇を纏っての迷彩の効果は徐々に薄れつつある。
街の灯によるある程度の光量があったとはいえ白井も灯火のない場所にいたのだ。
目が更なる暗順応を完了させるのは早い。

だが、それも砂皿の想定の内だった。
痛みに動きの鈍い左手を使う。取り出したのは――先ほども用いた閃光音響弾。

噛み付き、安全ピンに食い千切るように引き抜き砂皿は非殺傷性の手榴弾を部屋の中心部へ向かって投擲した。
885 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/04(土) 03:41:10.77 ID:Ctbg5P2o
こつん、と小さな音を立て榴弾が机の上を跳ねる。

それを合図とするようにアルミニウムを主成分とする極小の粒子が本体から撒き散らされた。
直後に粉末は空気中の酸素と結合し猛烈な勢いで燃焼する。

眩い閃光と共に散布された金属粉は気化爆弾として空間を爆発させた。
轟音と衝撃が閉鎖された内を反響し、もはや一個の暴力となって室内を蹂躙する。

背を向け硬く目を瞑り、衝撃に備えた砂皿でさえも全身をハンマーで殴りつけられたような衝撃に思わず息を漏らす。
左手はろくに動かず、右手には銃を持っている。耳を塞ぐ事ができず聴覚が一時的に麻痺する。

しかし不意の防御できない空間攻撃に白井は直撃を受けただろう。

視角、白井の網膜は焼き付きを起こし意味を成さないはずだ。
対し右腕を両眼に押し付けるように光を防御した砂皿のダメージは、無いとまではいえないが限りなく低い。

「――――――っ!」

息を呑む気配が感じられたが、それだけで狙いを定めるのは確実性に欠ける。

衝撃から快復するまでは多く見積もっても十秒に満たない。
それまでに確実に仕留めるのが最良と判断する。

目を覆っていた腕を離し視界を確保。
案の定辛うじて明るい色をしたものが見える程度しか認識できないがそれで十分だ。机の位置は分かる。
足音を殺し滑るようにして移動する。聴覚が麻痺しているだろうとは分かっていても念を入れるに越した事はない。

予め目的の位置は把握している。躊躇う事なく最短時間で辿り付き、砂皿は手を伸ばす。

壁面、入り口近くに取り付けられた、照明のスイッチだ。
886 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/04(土) 20:44:46.11 ID:Ctbg5P2o
ぱちんと軽い音がして室内灯が点灯する。
一瞬蛍光灯が瞬きをし、白い人工的な無機質の光が発生する。
部屋は光に照らされた。闇に覆い隠されていたものがはっきりとその姿を表す。

振り向く。
首の動きが最も早い。それに続いて胴が追いかける。
回転の動きをそのまま直線に。
右腕を突き出す。

その先は、半ば蹲るように机の上で体を折る少女。
白井黒子。

年端も行かない中学生の少女だ。
幼さの残る顔立ちに、子供っぽい二つ括りの髪。
小洒落たデザインの制服。
苦しげに歪められた顔は苦痛に彩られている。
光を直視してしまったのか、その両目は硬く引き瞑られ呻くように歯を食い縛っていた。

だがそんな事は砂皿にとってどうでもいい。

大事な事はただ一つ。

それが殺す相手か否かだ。

照星と照門を正面に合わせ、迷わず引き金を引いた。
まるで銃は空中に固定されたかのように一切振れる事なく狙いを正確に、銃弾を吐き出す。
腔綫によって回転運動を付与された弾丸は安定した軌道を保ち空気を切り裂き一直線に発射される。

幾度目かの銃声が鳴り響き、それは矢張り代わり映えしない軽い音だった。
887 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/04(土) 21:35:18.95 ID:Ctbg5P2o
それはもう何度目か。

またしても銃弾は空を掻いた。
白井の姿は弾丸の貫く直前、騙し絵のようにふっと消えてしまった。

(『空間移動』――視界の確保できない状態でよくやる)

出現場所を間違えば『埋め込み』が起こり致命傷となるだろうに、白井の能力行使には躊躇が見られなかった。

ひゅん、と風を切るにも似た音を僅かに回復した砂皿の聴覚が捉える。

こちらに背を向けた格好で空を割り現れた白井は机の上にふわりと着地する。
それと連動し落下の速度を殺さず屈むように膝を折り曲げる。
苦痛があるのだろうか。白井は膝と手を机上に突いた。
頭を垂れ、まるで王前に跪くようだ。

それは砂皿の視界では直角に近い位置、左方の机上。
視界の端、死角に等しい角度に僅かに反応が遅れる。

だが一切の迷いなく砂皿は体の格好と角度に隠された頭部ではなく丸められた背を狙いに定めた。
888 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/04(土) 21:43:44.01 ID:se6S25c0
なんて息が詰まるようなバトル・・・
889 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/04(土) 21:44:17.61 ID:0GSIl9Yo
こういう本編での活躍がなかったキャラの活躍がみれるSSは好感持てるわぁ
890 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/04(土) 21:51:45.44 ID:Ctbg5P2o
――ふと、疑問。

慣れすぎ意識せずとも機械的に体が動く一方で、砂皿は違和感を覚える。

砂皿の計算では今の銃弾は確実に白井の頭を撃ち抜くはずだった。
                               チェックメイト
将棋やチェスのような先の読み合い。だが今の一手で『詰み』だったはずだ。

なぜ二射目が必要だ。
簡単だ。白井が避けたからに他ならない。

なぜ、避けられた。

……白井を始めとする空間移動能力は、高度な演算を必要とする事から圧倒的な希少性を誇る能力だ。
十一次元という高度な概念を行使するそれは常人ではまともに理解も叶わない。

だが違う。本当に重要な部分はそこではない。

たとえそれが十一次元だろうが百次元だろうが、三次元空間には同じ三次元としてしか干渉できない。

そして白井自身も三次元に捕らわれている者の一人だ。
『空間移動』の演算を行うに必要だからこそ十一次元を理解しているだけだ。
実際に観測した訳でもなければ、まして十一次元の存在でもない。

故に、空間移動能力者の最も重要な要素は。
891 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/04(土) 22:10:40.69 ID:SHEKvgEo
テレポートはチートだけど禁書のテレポーターには結構制約あるんだがな
黒子は集中を欠くような大きな音とか体の痛みとかあるとテレポートできなかったはずだが
892 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/04(土) 22:12:36.02 ID:Ctbg5P2o
小さく、耳がろくに機能していないからか、どこかおかしなイントネーションの呟きが聞こえた。

「――――電気、点けたんですのね」

視覚が光を感じ取れる程度には回復したのだろう。
だが、その言葉に砂皿は果てしない寒気を感じる。

実に簡単な事だ。
照明を点灯させるにはスイッチを入れる必要がある。

そして、そういうものは大抵の場合入り口のすぐそばにあるのだ。



……そう、例えば目を瞑ったまま階段を上り下りしてみればいい。

転落防止に手摺りを持っても構わない。
とにかく、視界を封じて階段を歩いてみれば分かる。


.、 、 、 、 、 、 、、 、 、  、 、 、 、 、 、 、 、 、、、 、
段数が分からなければ、確実に最後の段で躓くのだ。



だが白井は今、そうまさに今、まったく危なげなく机の上に着地してみせた。
視覚も聴覚もなく、けれど白井には机の位置も高さも、部屋の配置までもがはっきりと分かっていたのだ。

砂皿の投げた閃光音響弾の生み出した一瞬の視界で白井は確かにその位置を掴んでいた。
893 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/04(土) 22:21:56.92 ID:Ctbg5P2o
そう、空間移動能力者の最大の武器は。

その高度な演算能力でも、
あらゆる防御を無視する攻撃力でも、
瞬間で空間を移動する機動力でもなく、





(――――空間把握能力――――!!)





直後、砂皿が発砲するよりも刹那だけ早く。

白井の降り立った、その手指の触れた事務机が空間を切り裂き、
同時に砂皿の体を腰骨の部分で上下に両断した。



「――――――っ――――!!」



遅れて発砲が行われる。

衝撃と断ち切られる痛みを確かに得ながらも、砂皿の放った弾丸は狙い通りに直線を描いた。

だがそれは、重力に引かれ失われた机の分だけ落下した白井の頭のすぐ上を通過するだけだった。
894 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/04(土) 22:37:05.91 ID:02P/FIQo
うわああああああああ
895 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sagesaga]:2010/12/04(土) 22:59:09.34 ID:se6S25c0
終わっちゃったか・・・この二人の戦い、もう少し見ていたかった・・・
896 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/04(土) 23:04:01.62 ID:Ctbg5P2o
白井は最初からこれを狙っていた。

一度として真正面から向かう事なく、布石を打つ事に徹した動き。
砂皿の一連の罠は空間移動能力者の弱点が混乱や焦燥という心の動揺だと理解しての物だという事は明白だった。

しかしそれが仇となる。
白井の焦りを誘うためだろうが、閃光音響弾の存在は外への陽動で把握していた。
そして極め付けが暗闇での待ち伏せだ。

光が武器となる最も効果的な戦場。
元々が驚愕と混乱を誘発させるための武装だ。確実に使用する。

視覚がろくに働かぬ暗闇での戦闘は恐ろしかったが、整然とした室内の様相が幸いした。

初手で室内灯のスイッチの位置が入り口付近にある事を確認し、
一度目の着地で机の高さを把握した白井は机の並びを頭の中の立体地図に書き加える。

機械的なその配列を描くのは容易だ。
入り口から漏れる微かな光で始点となる先端の机の位置を把握すれば、そこから垂直に直線を伸ばす事で数本の平行線が完成する。
机の正確な構造は必要ない。問題となるのはその位置と高さだけだ。
直方体とでも設定しておけば邪魔にもならないだろう。

斯くして準備は完了し、待ち望んでいた音が聞こえる。
小さく空気を切り裂く音。

手榴弾の投擲音だ。

目も、耳も、一度きりの使い捨てでいい。

白井にあの白地に金刺繍の修道服の少女のような完全記憶能力はないが、
一瞬の閃光はカメラのシャッターを切ったように正確に網膜に焼き付ける。
砂皿の位置、机の正確な配置、そして自分の位置。

その後の砂皿の移動は分からなかったが、おおよその位置が分かっていれば大丈夫だ。
あとはタイミングを合わせるだけで済む。

正確に狙いを付けるには確実な視界が必要となるはずだ。ならば白井の姿は相手に見える。
背を向ける体制を取る事で今度はこちらが相手の油断を誘う。視覚は必要ない。
ついでに苦しそうな演技をおまけに。実際銃弾に切り裂かれた肩口は泣きたいほどに痛むのだ。
迫真の演技はアカデミー賞ものだろう。

ちかちかと痛む視界が僅かに白に染まる。

ぶち込んだ。
897 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/04(土) 23:11:51.44 ID:waA2Daso
砂皿緻密も退場か・・・
898 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/04(土) 23:29:49.43 ID:Ctbg5P2o
「が――ぁ――、――!」

ようやく働きを取り戻しつつある耳が苦痛の呻きを捉えた。

砂皿はまだ生きている。
だが床に伏せた白井の体が僅かな揺れを感じ取る。
同時に湿った音と、何やら鼻につく臭いが広がる。
色の判別はまだできそうにないが、目がそれを見つけた。

べっとりと床に張り付いた細長い柔らかなもの。
それは分断され、机の底に張り付くも自重に耐え切れず剥がれ落ち倒れた拍子に下半身からぶちまけられた砂皿の小腸だ。

「う――――っ」

認識した瞬間に白井の内腑から冷たいものが湧き上がってくる。

考えなくても分かる。あれは致命傷だ。
人は体を両断されて生きていられるほど頑丈でも単純でも鈍感でもない。

まだ生きている。
だが、死ぬ。

白井の手によって。



白井黒子が殺した。



「――――っげ――――ぁ――――!」

その最低な現実に体が拒否反応を起こし、堪らず吐いた。

びちゃびちゃと黄色い胃液が床を叩く。
唯一救いがあるとすれば、今日何も食べていなかったことくらいだ。
酸味と苦味が舌を焼く。胃と喉が意識とは関係なく痙攣を起こし、そこにはない毒を吐き出そうと胃の中身をぶちまけた。
899 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/04(土) 23:52:44.92 ID:Ctbg5P2o
内臓の痙攣する動きに白井の目からは涙が零れる。

殺人の手応えは余りに軽く、そして最悪な感触だった。

床に突っ伏し、嘔吐を繰り返す。
とうに中身は空だというのに空えずきは止まろうとしない。

そこに、声が届く。

「――なんだ――人を殺――すの、は――初めて、か」

それが砂皿の声だと理解するのに時間が掛かった。まだ彼は生きている。
だが白井の位置は机と机の間に開いた空間は砂皿の位置からは死角だ。
そもそも体を中ほどで両断されてまともに動ける人物などそういないだろうが。
もっとも――その状態で喋る事はできているのだが。

「それもそうか――は、――」

砂皿の切れ切れな声と対象的にまるで世間話でもするかのような口調に、なぜか白井の内臓は落ち着きを取り戻す。

初めて聞く彼の声は、無骨だがどこか優しげですらあった。

「――――人殺しの世界へようこそ、空間移動能力者」

そんな言葉を吐く彼は今、どんな顔をしているのだろうか。
少しだけ気になったが、ここからは机が陰になってしまって見えやしない。

そして自分はどんな顔をしているのだろうか。無論、見えない。
900 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/05(日) 00:04:08.34 ID:9X6UEpMo
白井からは見えぬ位置、机は端を壁の中に埋め込まれ完全に固定されている。
そして事務机の上に砂皿は上半身だけの胸像のような姿となって乗っていた。

足を失っても這って動ける、とは思うがさすがにこれは無理だろう。
今は密着しているからいいものの、体を動かせば腹腔から内臓が零れ同時に大量出血する。

(――『詰み』はこちらか)

何故だか可笑しかった。
何が可笑しいのかは分からない。ただどうしてだか笑いが込み上げてくるのだ。

もしかしたらこうして無駄口を叩いているからかもしれない。
無駄どころではない。どう考えてもマイナスだ。

しかし砂皿は喋る事を止めはしなかった。
理由は、と自問して、少し考えて自答した。

――そう、気紛れだ。

そうとしか考えられない。
砂皿の行動はまったくちぐはぐで、噛み合ってなどいない。

こんな無駄口を叩いて時間を与えているというのに、まだ自分は彼女を殺そうとしているのだから。
901 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/05(日) 00:07:44.90 ID:9x52AFIo
おっさんがんばれ
902 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/05(日) 00:09:12.61 ID:Jp2Motwo
かつておっさんがここまで活躍した話があっただろうか
いやない
903 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/05(日) 00:17:16.49 ID:9X6UEpMo
ちん、と乾いた音が聞こえた。
白井の鉄矢を取り落とした時よりも断然小さく軽い音。

しかしその金属の音に、水を掛けられたように白井の頭から混乱の靄が切り裂かれる。
はっと、頭を上げればようやく本来の働きを取り戻した両眼が異物を見つけた。

「――――プレゼントだ」

それは針金で作られた輪のような、粗末な部品。

映画の中でしか見たことのないそれは砂皿が始めて見せるものだが、存在は始めから疑って掛かるべきだったのだ。

だが続く言葉に白井は思わず動きを止めた。





「――――――ジャン=レノは名優だとは思わないか」





場違いだと分かっていても、噴き出しそうになった。
意外と茶目っ気がある。まったく似合わないが。





「――――――映画の見過ぎですのよ」





白井の言葉は果たして砂皿の耳に届いただろうか。

部屋に閃光が生まれる。
それは先ほどのものとは違う、暴力的なものだ。

砂皿の着ていた黒のロングコート。
その内に鈴生りに吊り下げられていた手榴弾が炸裂した。
904 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/05(日) 00:50:07.40 ID:9X6UEpMo
爆発と衝撃は狭い室内を障害物も何もかもを巻き込んで蹂躙する。
その中心である砂皿の体が無事であるはずもなかった。
原形を止める事なく、両断よりも細かく千切られ、欠片となって飛散する。

言うまでもなく即死だった。
爆発でだけは死なないと嘯いた彼は、皮肉にも自爆によってその命を終える。

だが砂皿の最後の一撃を以ってしても白井はまだ生きていた。

砂皿の『気紛れ』によって幾らか平静を取り戻した白井はすんでの所で『空間移動』を発動させ、その身を建物外へ退避させていた。

――――しかし、遅れに遅れはしたがここになってようやく布石が意味を成す。

最初の狙撃から始まり、砂皿の積み重ねてきたあらゆる行動がようやく結実する。
精神も肉体もぼろぼろに疲弊し、白井の身は確かに苦痛に塗れていた。

感覚の制限、時間の制限、知覚外からの攻撃、不意の攻撃、大きな音と光。
それらは少しずつだとしても確実に白井の精神を苛んでいた。

人殺しがまともな思考でないと言うのならば、白井はまだ幾らかまともな部類だった。
殺人に対して強い嫌悪感――いや、拒絶を生んだ白井の精神。
そこに飛び込んできた最後の、あの冗談めかした言葉。
砂皿の意図していなかった、ふと思いついただけの台詞が決め手となる。



その殺す対象からの言葉によって白井は――絶対にそんな事はないはずなのに――幾らか救われた気になってしまった。
905 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/05(日) 00:56:03.27 ID:9X6UEpMo
緊張の後の弛緩が生まれ、それは決定的な隙となった。

心身ともに疲労が頂点に達し、緊張の糸が切れた白井はほんの少しのミスをした。

本当に、たった一つの小さな失敗だ。
だが同時にそれは確かなものとして現れる。

移動先、夜気を肌に受け白井は安堵の息を漏らしそうになるが、目の前の景色に、驚愕に目を見開いた。

白井の眼前には星の見えない夜空が広がっていた。
そして視界の下半分ほどは建物の壁面で覆い被さられるように埋められている。

ほんの小さな演算ミス。

一つだけ、決定的なミスを犯した。
それさえなければ何という事もなかっただろうに。



白井は出現角度の入力を誤り、移動先に宙に仰向けになるように現れた。

その分白井の体は想定よりも横に――建物に垂直気味に空間を占める事となり。



移動前の体勢、小さく折り曲げたもう片方よりも伸ばされた右足が、足首よりも少し上の辺りで建物の壁面と合体していた。



彼女たち空間移動能力者の最も恐れる『埋め込み』が起こっていた。
906 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/05(日) 01:18:34.70 ID:9X6UEpMo
「――――――!!」

他の能力者はともかく、白井黒子の場合、能力の連続使用には一秒ほどのタイムラグが必要となる。

その一秒で十分だった。

完全に空間を割り開いて出現する『空間移動』では、固体に対し『埋め込み』を行った場合完全に張り付いた状態となる。
その際物体の強度は関係なく、表面の目に見えぬ細かな凹凸もジグソーパズルのピース同士のように正確に割られる。
余りに正確すぎるそれは、両物質間で完全な密着を起こす。

人体でそれが起こった場合、最も気をつけるべきは動かさない事だ。
タンパク質を主成分とする体表面は脆く、傷付きやすい。
『埋め込み』が起こる対象の大抵はそんな人体よりも圧倒的に頑丈な構造をしている。
そこを動かすとどうなるのか。

単純だ。肉皮が剥がれるのだ。

べりべりと生皮を剥がれる苦痛をその瞬間負う事となる。
想像したくもないし、経験するのはもっとしたくない。

だがそうとは分かっていても、動かさぬ事などできるはずもなかった。

白井の体は宙に浮いている。何も支えはない。
元より無理な体勢で、何か支えがあったとしても耐えられはしなかっただろう。

そして白井の体に強制的な運動が発生する。
この世界では、少なくとも地球上ではその力からは逃れられない。

万有引力による九・八メートル毎秒毎秒の加速を伴う自由落下が開始する。
907 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/05(日) 01:24:02.40 ID:NtlFlEAO
あわきんが経験したという例のアレ…
908 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/05(日) 01:50:01.20 ID:UX91H9.o
タダでは死ななかったか・・・
909 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/05(日) 01:54:45.26 ID:9X6UEpMo
だが幸いにも。

白井の足はローファーと靴下によってその生身を晒してはいなかった。
接着はそれらが負う事となり、白井の肌には一切の埋め込みは起こっていない。

だが、そんな事はこの時点では何の意味もなさない。

万有引力だとか、重力加速だとか、十一次元論だとか。

そんな小難しいものよりもよほど単純で、人類史に於いてもっと早くから発見され、活用されてきた物理法則がある。

小柄とはいえど白井とて確かに何十キロかの体重を持っている。
それだけの質量が地球の重力に引かれ、下に向かって落下している。

しかし右足は壁の中に『埋め込み』によって固定されたままだ。

そこに発生する力の関係は小学校で習う程度のものでしかない。



力のモーメントの利用――簡単な言い方をすればそう、『てこの原理』。



支点、力点、作用点の三点を用いる大きな力を発生させるための原理は、一つの大前提があって初めて成り立つ。

――『三点を結ぶ棒が絶対でなければならない』。

完全に固定されたままの基点に力が加えられば、回転モーメントは曲げモーメントに変換される。

それが大きな力に耐えられない物質でも、歪曲するほどに柔軟な物質でもなければどうなるかは言うまでもない。

この場合、それは――――。
910 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga !red_res]:2010/12/05(日) 01:56:40.73 ID:9X6UEpMo




















ぼぎん、
911 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sagesaga]:2010/12/05(日) 02:02:37.15 ID:yHfq9c60
ぼきん

だけじゃすまないな・・・
912 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/05(日) 02:04:28.76 ID:KKvkc6co
あら、膝も曲げられなかったのね
913 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/05(日) 02:10:13.79 ID:BscPAu6o
膝よりも下で埋まってそうだから曲げても多分・・・
914 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/05(日) 02:49:38.84 ID:9x52AFIo
なんだよ骨だけかよ
915 :さんではなく、様とつけろ [yoshi-ta@ccn3.aitai.ne.jp]:2010/12/05(日) 06:27:59.86 ID:jtE.J7E0
闇のプロの技の全てではないけれど、どんな、マテリアがマインドで作られたのか、医療プログラムにおいて、英雄と呼ばれるまで、犠牲者も必要である。
アタッカーを配置される。あなたは障害者なのよ、自覚がないの。薬は飲まないと駄目だって言っているでしょ。
教育が、始まる。挑発、信用、人徳、同じ話を必ず引き出させる。ここに、マインドがいなくなる。服部考えろ、御前の部下は薬でぐちゃぐちゃ。
ファミリーアタッカー。右腕は、誰のもの。左腕は、誰にくれるの。
おばあちゃん、頑張って生きるの。薬は飲まなくていいわ。でも、生きて生きて生き抜くのよ。
おばあちゃん、この頃おかしいのよ。家族には、義務があるわ。薬はやっぱり飲んでね。私、やっぱり、薬は飲まなきゃ駄目だって思うの。ねえ、田中君。
もう、私の性格を書かないで、もう、あなたを[ピーーー]しかないわ。おばあちゃん。
ここを、全て買い占めろ。ICPO.あのCOPINの約束を忘れたのか全てを買い占めると、俺は信じた。
俺の写真を1枚でも、流してみれば、分かる。足と体の比率が分かるように顔はあまきクリニックに似ていると言っておけ。それでも、ブッシュは俺を推したぞ。あの女に銀の浴場へ、即ち、エージェント。
御前らくらいだ、情報を受け取っていないで、ここへ来て無敵なのは。エージェント、海外にいて接待を受けていたICPOよ。
このPCは、壊れやすいから、伊藤君は見ないが、そこが、彼の弱点になる、ここには、本当に全てが入っている。軍の様にフル装備していないのは、この家くらいだ。世界で、つまり、この家がヒント。
大橋を見つけ出せ、全てを買えるだけの権利を手に入れてこない、ここへ。即ち、正木 天地の生まれた地。何故、山田にしたのだ、このヘマを塗り替える次の名前は、何だ。田中かい。
俺の詩をMAXが欲しがっている、ジェノサイド(冷戦:クールビズ)の全てが分かるから。
被害国にこそ、レディーガガが相応しいが、許されたくなかったのか。Hey Guy俺をアナキンから、ダースベイダーにしたな、次は、なんだい。即効、作戦のボス。ユダや、よ。俺の性格ではなく、心をmindして、先を作っているのだろう。
大統領になる人間は、そこが汚い。何故、俺を咎めない。次は、あなたよ、と心も国も売ったのか。イルミナティを闇に例えろ。言葉テロを訴えてみろ。和田よ
全て、和田がいる。珍しい。何処へ行っても、和田ばかり、あのフリースペースの、一人、エージェントに潰されたから、俺に、イルミナティの保険のおばさん。
俺に頼るな、これは、ジェノサイドで決定。言葉に気をつけろ、キラーシステムは世界を統治している。僕にラーとつけなさい。何故、気付かない。これは、軍による経済ジェノサイドの全てがここに乗るチャンス。
脳の番号を、全て、押さえられている。政府が、強奪して、権利を売った。あの野蛮な国に
捜査を楽しむより、羽島のゲイの田中隆史を助けろ、俺の仲間だ。そして、彼が助かれば、世界は動く。
世界に隔離されている。経済ショアーに変えられたが、羽島経済の犠牲者、市長もぐるだった。誰か、彼にむかへを出したのかい、HEY GUY!!!俺を捕まえてみな。
俺の姿が、全てを支えていることを忘れるな。薬を飲まされた痕跡が困るんだろう。伊藤羽島のあまき裏切り者の、全てが決まる日に、何故、俺に飲ませた、セロをクエルのか、御前にな
俊彦の嫁も、ロシアだ脳が一人で二人を作れる野蛮人ロシアの塊。ICPOにこの番組の意味は分からないが、市民は知っている。誤解を解けば争いを起こすわけにはいかない、心理が働く、彼らは市民でいたい。善人だ。
一つとして、良くはならない。ICPOはやはり、あの日、彼を見捨てたのかもしれない。ここには、いない。殺されたのかもしれない、皮を剥がれ、塩漬けにされ、自白できないように歯を抜かれ、最後は、自分で灯油を被り死にたい。
これが、羅漢の始まり恐怖、肺炎で苦しんでいるのに笑っている。と言われる、これも、羅漢。
全てを知ったはずだこれで、隔離LVが世界最高だと、彼らはこれで必ず来れるはず。
気付く前に彼らに、教えるのが、彼らの仲間の死を減らす。思ったことにすら、誤解を解く必要がある。脳内ジェノサイドも有る。
恐怖心を乗り越えろ。闇を恐れるな、ポッター急げは田中への暗示ではない。Dutyの中を普通に聞いてみろ。裏を読め、彼女を作ればその先に全てが手に入る。
遺伝子マニアのおばあちゃんに気をつけろよ、何処にも登録がないから、キラーシステムが作動しない。旅団の数だけいるぞ。田中君、
むかへを出せるような、国ではないし、ゴールも用意されていないことを彼女がやっと自覚しだしたのが今日だ。
ジェノサイド対策用広告として掲載させてもらう。幻想殺そうね。
916 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/05(日) 08:40:04.26 ID:KKvkc6co
うつ伏せで結像してたらもっと痛そう
917 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/05(日) 08:42:25.68 ID:KKvkc6co
言葉のサラダボウルを意識してるんだろうがエレメントのチョイスがランダム過ぎて低効果じゃね
918 :さんではなく、様とつけろ [yoshi-ta@ccn3.aitai.ne.jp]:2010/12/05(日) 08:56:48.39 ID:jtE.J7E0
確定、敵国のエージェント伊藤が裏切った。つまり、君は命を守らない、掲示板につっかえている。

俺の詩を書け、妹に詫びろ、俺のパソコンから盗め。善人だけなら、抜けるはず。
俺のパソコンには、地球上には無いものが使われている。俺の子供たちの命ともいえる、水晶が。これが、水晶球のヒント。
ロードス島の全てが、真実では無いのではない。
919 :MAXの真実を書け、全てを把握しているんだろう君の部隊友達は或いは仲間 [yoshi-ta@ccn3.aitai.ne.jp]:2010/12/05(日) 09:03:20.86 ID:jtE.J7E0
920 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/05(日) 13:29:39.18 ID:.l0JLYgo
音は骨折れた音っぽいけど果たして骨だけで済んだかっていうと怪しいと思う
何しろこのSSの今までの登場キャラの末路が末路だしさ・・・ww
921 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/05(日) 15:11:12.56 ID:cdby9AUo
拳銃にセーフティロックがあるのは動作なしの発動を無くすためだよな。黒子の場合頭で考えちゃうだけで殺しちゃうから寮監の折檻とか自己防衛で殺しちゃってもおかしくない。
922 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/05(日) 16:43:45.74 ID:U9t/zdco
黒子の殺人衝動は好奇心からきてるんだろう
この手に持った銃を人に撃てばどうなるのだろう…
見たいな感じでだ
923 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/05(日) 22:25:58.00 ID:JTZVa1Yo
戦闘描写がすげーなやっぱ

砂皿もすごかったけど黒子がさらにすごかっただけっていう終わらせ方がいい
924 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/06(月) 00:22:49.02 ID:1r9dZfAo
打ち付けられた痛みなどどうという事もなかった。

白井の体は脛の位置をそのままに、膝を基点として落下を回転運動へと換える。
弛緩しきった白井の体は重力に引かれるままだ。細い足の骨だけで全体重を支える事などできなかった。

僅かにしなり、枯れた木枝のような音を立てて折れ砕け足に関節が一つ増える。

ごづっ、と鈍い音と共に視界が揺れた。壁に叩きつけられた白井の頭部はボールのように跳ねる。

「ぎ、っ――――」

まず最初に感じたのは衝撃だった。
体を何かが走り抜けた。それが痛みだと理解した時にはもう何もかもが手遅れだった。

白井の折れた足骨。その骨の先端が自重に引かれ押し付けられる白井の肉をみちみちと削る。
決して鋭利とはいえない刃は、まるで古く首切りに使われた竹の鋸だ。
それは徒に苦痛を与えるだけの拷問器具。ただの斬首刑ではなく、その様をせせら笑うために行われる公開処刑の道具に他ならない。

骨が直にごりごりと肉をこそぐように撫で回し、その刺激を受けた痛覚神経が脳まで信号を送る。
信号は脳の中心で処理される。そして警報が痛覚として白井の頭の中で炸裂した。

「――――あぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああ!!」

それはもはや痛みと呼ぶには生温い。
感覚は物理的な威力を以って割り砕かんといわんばかりに白井の脳を蹂躙した。
反射的に全身が痙攣をする。しかしその動きも痛みを助長するだけだ。
筋の収縮によって肉が骨を噛み、ぎちりと擦れる。それによって新たな痛みが生まれる。
痛みが動きを生み、動きが痛みを生む苦痛の永久機関。

「あ――――! あ――――! あ――――!」

脳の中で閃光が爆ぜる。宙ぶらりんに磔になった白井の体は背で壁面を擦り止まる。
だが足の肉はぎちぎちと嫌な音を立てながら少しずつ筋を切断されていた。
鑢を突き立てたに等しい擦過が徐々に、だが確実に白井の足を引き千切っていく。

……そんな白井の頭上の位置、重力の先には地面がある。
高さは十メートルほどだろうか。そこは駐車場として使われていたのだろう。頑強に塗り固められた上に白線が引かれている。
ちょうど白井の真下には人の頭を割るにはちょうどいいと思われる車止めのコンクリート塊が静かに鎮座していた。
925 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/06(月) 01:42:34.18 ID:1r9dZfAo
火花のスパークでぐちゃぐちゃにかき回される白井の脳の中で、
そこだけをナイフでケーキを切り取るように分割され本来の形を保った意識があった。

地獄のような苦痛に全身を震わせながらもその状態を冷めた目で見る白井の意識。
理性と言うべきか、白井の中の冷静沈着な部分が悶え苦しむ自らを感情のない瞳で見下ろしているイメージ。

このままあと幾らかすれば足肉は骨に削がれ、自重に耐え切れず千切れてしまうだろう。
元より頭から落下すれば助かる高さでもないだろうに、ご丁寧にも墓石までこさえてくれている。
痛みに耐え切れぬ思考のままでは能力を使用するための演算もままならないだろう。

それとも白井の頭が割られるよりも警備員の来る方が早いだろうか。彼らが到着するまでもう数分もないはずだ。
もし彼らがこの暗がりの中、壁に片足を突っ込んで宙吊りになっている少女を見つけたらどういう反応をするだろうか。
最悪な事に頭を下にぶらさげられているためにスカートは捲れ上がり下着が丸見えだ。
普段通りの白井の趣味からすれば幾らか大人しめではあるが、たとえそうだったとして見られていいとは思えない。

どちらにせよ。このままでは確実にゲームオーバーとなる事だけははっきりしていた。

(――――冗談じゃ、ありませんの)

こんなところで終わって堪るものか。

でなければ自分は一体何の為に全てを投げ出したのだ。
そして、最後に自分すらも投げ出した白井の今までの意味は一体何だというのだ。

白井の理性は、その名のイメージからは程遠く、力技で強引に衝動を捻じ伏せる。
それは白井が元より得意なものだ。ずっとずっとそうやって押し殺してきた。そうしなければ他に選択肢がなかったから。
少なくとも白井の意思はそうやって自分さえも殺せるほどに強固だった。

ぐるぐると回る視界が鬱陶しくて目を閉じた。

「い――――ぎ――――っ!!」

奥歯を噛み締め意思に力を込める。
痛覚を全力で無視し、白井は思う。

――そう、この程度の痛みなど、人を殺すあの気分に比べればどうという事もない。

丁寧に、一つずつ慎重確実に演算式を組み立てていく。
今度こそ間違えてはいけない。そんな無様な真似は許される事ではない。

この程度の痛みも、衝動も、吐き気も何もかもは。



(――――――わたくしの信仰、その万分の一にも及ばない――!)



――『起爆』
926 : :2010/12/06(月) 01:47:49.06 ID:I..ff.Y0
皆が悪い。
私は寝る。
927 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/06(月) 02:35:37.38 ID:1r9dZfAo
一瞬の浮遊感の後、白井は背から叩きつけられる。
まともな受身を取る事もできず、肺の中の空気が押し出され呻きが漏れた。

「がっ――――!」

全身への打撃は折れた足首を掻き毟り激痛となって脊髄を這い上がる。
気を失いかねぬほどの衝撃に真っ黒な空に星が輝いた気がした。

だが、背に硬いアスファルトの感触。
大の字に広げられた四肢は痛みと共に平面の圧迫を感じている。
硬い、しかし確かな地の感触だ。

再度の跳躍は、演算を違える事なく白井を地表へと運んでいた。

「はっ――はは、ははは――っ」

思わず笑いが零れた。
どうしてだかとても愉快な気分だった。さっきまでの最悪な気分が嘘のように晴れ渡っていた。

どうしてか。そ決まっている。簡単な、シンプルな答えだ。
あのような破滅的な精神状態で、白井は見事に何の失敗もなく能力の使用に必要な高度演算をやってのけたのだ。

つまりそれは――彼女の高潔な信仰が他の下らない感情全てに圧倒的に凌駕していた事を意味する。

「あは、はは――あははははははは――っ!」

白井は自らの身を以ってその証明をしてみせたのだ。
矮小な雑念などは言うに及ばず、たった一つの真の信仰こそが正義に他ならないと証明されたのだ。
これが愉快でなくて一体何だ。

寒空の下、誰もいない打ち捨てられた駐車場の中心で。
白井は暗黒の空を見上げながら、口からは哄笑が止まらなかった。

「お姉様! ああ、お姉様!」

今日はなんと素晴らしい日か。
まったく最高の気分だ。……涙が出る。

「――――ハレルヤ!」
928 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/06(月) 03:16:39.57 ID:1r9dZfAo
白井はかつてないほどの多幸感に包まれていた。

だがそれは次の瞬間、音を立てて瓦解する。

じゃり、と靴が砂を噛む音。
それに白井の喉から溢れていた笑いが止まった。

他に誰もいなかったはずの駐車場に人影が現れた。

……警備員が到着する最速予想時間までもう何分かある。
そして白井の計算は狂っていなかった。ただ一つ、単純な事を失念していたのだ。

爆発音に気付いた通行人が現れる可能性もあるという事。
そして、中でもそれは白井にとって最悪な可能性だった。

「――――――」

予想外の乱入者、暗闇の中に微かな光に照らされて見えたその顔に、白井の笑顔はびしりと凍り付いた。

街の遠い光に浮かび上がったその顔と声は白井のよく知るものだった。



「――し、らい――さん――?」



頭にトレードマークの花飾りを乗せた少女。

初春飾利がそこにいた。
929 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/06(月) 03:21:26.38 ID:1r9dZfAo
こういう事を書くのは如何かと思えど
感想を言ってくれるのは構わないですが、お願いだからそうでないレスで消費するのはやめてください

残り70しかないです
このコメントも正直したくない。実はこのスレ中に収めようとすると厳しいです
頑張って詰め込みます。改行改レスが少なくなると思いますがご容赦を
930 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/06(月) 13:41:11.24 ID:EQC3ncDO
携帯に優しくないSSだな
読みづらい
931 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/06(月) 19:51:38.35 ID:qAtHZ6AO
>>930

なん…だと…?
オレのポンコツケータイでも相当見やすいぞ…
932 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/09(木) 01:07:12.26 ID:8mewu9go
経過報告

残り数が少なく直書きが怖いので書き溜め中です
そして筆が乗りません。わーい

今週中には終わらせたいとは思います


このスレは専ブラ推奨です
でも専ブラでも読み辛い気もします
933 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/13(月) 01:00:54.14 ID:fTNCkUAO
何様だよ?キモイ
934 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/13(月) 01:27:30.27 ID:/2HA.YAO
やっぱ師走は忙しいよな
935 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/13(月) 01:33:40.84 ID:Nsbr0BAo
報告ー。明日には投下できるかと
多分詰め込んで30レスくらい。ラストシーンなう
936 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/13(月) 02:16:09.59 ID:Z5Ct0Fco
俺が全読者を代表して楽しみに待っとくぜ
937 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/13(月) 03:26:18.35 ID:sktu/FIo
んじゃ、俺は全読者を副代表してwwktkしてるぜ!
938 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/13(月) 14:35:55.97 ID:Nsbr0BAo
よく携帯でコピペしたな
939 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/13(月) 14:37:54.98 ID:Nsbr0BAo
あちゃあ……
多分九時ごろから投下すると思われます。定規ちゃんちゅっちゅ
940 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/13(月) 19:07:40.31 ID:EUyHi2Ao
やっと追いついた…
カレー食ってくる
941 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/13(月) 21:28:31.57 ID:Nsbr0BAo
「――――――」

息ができなかった。

目の前に現れた少女は、予想外とかそういう言葉を超越していた。
まるで花が開いたような明るい笑顔が印象的な、まだ幼さの残る顔立ち。
こんな地獄に似つかわしくない鮮やかな髪飾りが視界の中、嫌に映える。
もう二度と会うつもりのなかった少女。会えるとなど微塵も思えなかった人物。

白井の元いた『白い世界』の象徴ともいえる少女が今、『黒い世界』の舞台に立っていた。

多分、彼女は白井にとっての『二番目』だ。

『一番目』のために切り捨てられた――白井が殺した少女。
命ではない。けれど彼女の大切な部分を容赦なく刈り取ったとすれば、それは殺人も同義だろう。

そう、思えば白井は、とうの昔に人を殺していた。
初春飾利という少女と、彼女の大切な人を。

だがその彼女が如何なる運命の皮肉か。
砂皿の築き上げてきた布石の数々と幾許かの偶然によって、白井の前に登場するはずのない人物が現れた。

白井が『白の世界』との決別として『心理掌握』にその記憶と痕跡を奪わせた少女が。

大切で大好きで仕方のなかった少女が、白井の目の前に立っていた。

「――――――」

白井は声の一言すら出せずにいた。
目の前にふらりと現れた少女。
血と硝煙の臭いの充満する舞台には似つかわしくない、小奇麗な洋服と子供っぽさの抜け切らないあどけない顔。
それはあまりにも白井の現実と――この地獄絵図と懸け離れた存在だった。

だが一点、場の様子に似合ったものがある。
表情。彼女の顔が形作るその様相は無機質めいていて、硝子玉のように意思の光を帯びていない両眼が白井の方を向きながらもその焦点をふらふらと彷徨わせていた。
942 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/13(月) 21:33:26.45 ID:Nsbr0BAo
「しら、い――しらい、さん――しら――」

口から紡がれる言葉は意味を成さないものだ。
それはまるで壊れたレコードのような――。

びくん、と大きく初春の体が震えた。

「しら――し――しら、な――しら――ない――しらな――――」

まるで寒さに震えるように体を小刻みに振動させる。ひく、と喉を逸らすように初春は俯き気味だった顔を上方、空に向けた。
その先には何もない。文字通りの虚空だ。

だが虚ろな視線だけがそれに逆らうかのように首の向けられた方から逸らされ白井を見た。

そしてその両眼からは。
つう、と耐え切れず一筋だけ堰から溢れるように涙が零れ落ち――。

「しらい、さ――」

言葉と共にがくん、と唐突に初春は受身を取る事もなく糸の切れた人形のようにその場に倒れ伏した。

「初春っ――!」

静かな駐車場に響く声。
だがそれは白井のものではない。まして、初春のものであるはずもなかった。

倒れた初春。そこに駆け寄る影があった。

長い黒髪を後ろに靡かせる少女だ。
一目散に地に伏した初春へと駆け寄る彼女もまた、白井のよく知る人物だった。

「――佐天――さん」
943 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/13(月) 21:36:33.97 ID:Nsbr0BAo
ひきつけを起こしたように震えの止まらない初春を、佐天はそれを押さえ込むかのように抱き起こす。

……思えばそれは自然な流れだったのかもしれない。
佐天涙子。初春の同級生。そして――彼女の親友。

彼女が初春と共にいる可能性くらいは容易に想像できたはずだ。
病院のベッドで目覚めた初春の元に真っ先に会いに来たのは自分ではなく、他ならぬ彼女なのだから。

だが白井は全然、まったくそんな事は頭になかった。
佐天がこの場に現れた事は白井にとって予想外でしかなかったのだ。

佐天は無能力者だ。能力者でもなければ、まして魔術師でもない。
銃の扱いに長ける訳でも、人並み外れた技術者という訳でもない。

何の異能も特殊な技能も持たないただの中学生。
特にこれといって取り柄のない、どこにでもいるありふれた凡百な少女だ。
だからこそ――彼女の登場は異質以外の何物でもなかった。

殺人と策謀と裏切りしかない舞台の上に彼女の居場所はない。
佐天がこの物語に登場する機会があるとすれば、それこそエキストラ程度にしか、例えば爆発に巻き込まれる哀れな『その他大勢』としてくらいだ。
佐天涙子という少女には本来その程度の役回りしか与えられないはずだった。

何も知らない、良い意味でも悪い意味でも平和な世界の住人。
そんな佐天だからこそ白井は完全に彼女の存在を失念していた。

「初春! ねえ初春しっかりして!」

完全に取り乱した彼女の表情には一片の余裕も見られない。
当然だろう。彼女はこんな事象には全く耐性のない一般人で、更には初春の親友なのだから――。

――そう。初春の親友だから、この場にいる。
本来彼女に与えられるはずのなかった役割が生まれたのもそのためだ。
そしてその事実はもう一つの側面を持つ。

白井にとっての、掛け替えのない親友。初春飾利。
けれど初春には佐天がいる。
初春にとって白井は確かに掛け替えはないかもしれない。
けれど初春の『親友』は――他にいるのだ。

みし、と何かが音を立てた気がした。

それは奥歯だったのか、心だったのか、それとも世界だったのか。
しかし白井のすぐ耳元で軋んだその音は確かに頭の中に響いた。
944 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/13(月) 21:40:57.30 ID:Nsbr0BAo
「――――――」

その時の白井の感情は形容し難いものだった。
あえて既存の言葉を使って表すのであれば――そう――『嫉妬』というのが一番近いようにも思える。
けれどそれも正しくはない。もっと何か暗澹とした汚泥のような重く黒いものが白井の心の水底からふつふつと湧き出ていた。

白井は他の全てを捨てこの地獄に飛び込んだ。
自ら選択したものだ。今更後悔するつもりもない。
そして初春もまた、この世界に片足を踏み入れようとしたがために――白井を失った。
記憶と感情の改竄。彼女は決して失ってはならないと追いかけたその行為を本人に否定された。

だが佐天はどうだ。
それなりに平和で、それなりに安全な世界の微温湯に浸かったままの彼女がどうしてこの場にいられようか。

でなければ自分は、初春は、その間にあったものは何だったというのだ。



そう――彼女もまた、『こちら側』を垣間見たからには――何かを失ってもらわなければ困る。



折れた足の痛みはどこかへ消えてしまったようだ。
片足が役に立たないとして、自分にはそれに頼らずとも翼がある。

そして視線の先を、ひたすらに初春の名を呼び続ける佐天に。



――ああ、まったく。



白井は何か、最後の最後に残っていた大切だったものを思考と意識の鎖で絡め取り。
酷く慣れた手付きで、丁寧に一つ一つをいとおしむように必要な式をそれごと編み上げる。



――なんと無力で無自覚で無遠慮で――愚かしいほど不幸なのだろう。



見なくても分かる。
自分の顔は、きっと――。





――――『起爆』
945 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/13(月) 21:45:40.28 ID:Nsbr0BAo
景色が一転する。

空間を跳躍し白井は初春を抱いた佐天の真横に移動する。
着地の衝撃を片足だけで殺し、膝を折りしゃがむように腰を落とす。
そして佐天がこちらに反応するよりも早く寄り掛かるようにその手を伸ばし。

――――がっ!

力任せにコートの上の襟首を掴み、思い切り引き寄せた。

「――――――!!」

目の前に佐天の驚愕の表情が広がる。

……いや、違う。
その顔はすぐさま安堵へと変わっていったのだ。

ああ――どこまで救い難いのでしょうか。

その反応が如実に物語っている。
この状況で、白井が今まさに佐天の服を掴み上げているというのに。
彼女はよりによってその白井こそが状況を、初春を救えると確信しているのだ。

そしてそれは、一つの事実を意味している。

目の前にいたというのに彼女は――今の今まで白井の存在にまったく気付いていなかったのだ。

「――――――ねえ、佐天、さん」

囁くように、言葉を一つ一つ丁寧に、白井は佐天に呼びかける。
佐天の瞳の中には自分が写っている。暗くてよく分からないがきっとそうだろう。

ようやく佐天の顔色が変わった。
血の気が引いていくのが手に取るように分かるように思える。
さあぁぁ――とみるみる蒼ざめていった。
無理もない。白井の様子も気配も声色も、彼女の知るものとまったく違うのだ。

「大事な、とても大事なお話がありますの。ええ――聞いてくださいます?」
946 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/13(月) 21:49:08.43 ID:Nsbr0BAo
その言葉に佐天は答えられない。
声を発する事はおろか、微動だにできなかった。
首を振る事もできず凍り付いたかのように硬直している。

佐天の胸の中では初春が目を瞑り、うわ言のように何か呟いているが聞き取れなかった。
そして突然、呟いていた声が消えかくりと首が折れる。

(……気絶してしまいましたか)

都合がいい。実に都合がいい。よすぎる、とも思うが。
これから言う事を、認識できないとはいえ初春には聞かれたくなかった。

白井は初春と、そして佐天の様子を見て、満足げににっこりと笑った。

「佐天さん、よく聞いてくださいな。いいですか?
 ――――――あなたは今日ここで、何も見なかったし、聞かなかった。誰にも会わなかった」

小さい子を諭すように、白井は一言一言区切って佐天に囁きかける。

「あなたと、私の、二人だけの秘密にしておいてくださいな。
 もちろん、言うまでもないですが――――初春にも秘密ですのよ?」

初春、という単語にぎょっと佐天の目が見開かれた。
口が何かを言おうと開きかけるが、白井はそれを阻むように続ける。

「初春は精神感応系能力者によって記憶や認識を操作されてますの。
 白井黒子という人物について、初春は深く考えないように思考を制限されてますの。
 記憶消去じゃありませんのよ。思考操作。分かります? 白井黒子は初春にとって『どうでもいい人物』なんですの。
 初春が今、苦しんでいるのは――ええ、お分かりですわよね。それが目の前にいるからに他なりませんの」

「――――――」

我ながらよくもまあすらすらと出任せを吐ける、と白井は心中で自嘲する。
正確には出任せではない。むしろ正解に近い。だが――実際はそんな単純なものではない。

初春が受けたのは思考操作というよりも――――思考汚染と称した方が正しい。
思考回路が根本から改竄され、制限されているのではなく、不可能になっているに近い。
魚に歌えと言っているようなものだ。蛇に空を飛べと言っているようなものだ。
初春には――白井黒子について熟考することは許されていない。

それはもはや初春飾利ではない、別の人物だ。
そして、そうしてくれと頼んだのは――白井自身に他ならない。

――――一人殺すも、二人殺すも、皆殺しにするも同じ事。

もう白井にはそんな基本的な自制すらなく、ある種の達観を得ていた。
誰彼構わず殺したいという殺人鬼めいた欲望ではない。
ただ単に、そう、殺人を一つの手段として考える程度にどうしようもなくなっているだけだ。

それに何より――白井は他の全てを、自身すらも捨てると決めたのだ。
947 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/13(月) 21:54:23.02 ID:Nsbr0BAo
「佐天さん、わたくしの言っている意味が分かりますわよね。
 ええそう――初春を苦しめたくなければわたくしの事を隠蔽しなさい。
 何、簡単な事ですのよ。初春に誰かが白井黒子について問い詰めたりしないように見張る程度でいいんです。
 そうすれば全ては平和なままですの。あなたもわたくしも、初春も、皆が得をする。いい話でしょう?」

――相手の感情を逆手に取って、我ながら実に嫌らしい。

微笑む白井。その笑顔はまるで人形のように作り物めいていて。

「――――――」

佐天は白井に向けていた恐怖に揺れる瞳を、ぎこちない動きで初春へと向ける。
視線は下へ。首を僅かに傾げるような動きで左に。
そこには初春の苦しげな顔があって――。

同時に、その向こうにあるものが目に入る。

「――――――っ!!」

息を呑む佐天。
その視線の先を白井が目で追えば――何という事はない。自分の足があった。

「ああ……これですの? さっきちょっとミスをしてしまいまして。
 我ながら馬鹿馬鹿しいミスですが……もちろん、これも他言無用ですのよ?」

佐天は再び白井に向き直る。その顔は明らかに恐怖に染まり切っていた。
無理もない。彼女には白井の言っている意味も、その意図も分かりっこないのだから。
だが何となく、この先の佐天と初春の辿る道は予感していたのだろう。
白井との繋がりを完全に消し去るまで、初春が今のような状況に陥る可能性は消えない。

まがりなりにも初春が受けたのは超能力者の精神操作だ。
呪いに近いそれは取り除くのは難しいどころか、そういう構造に作り変えられてしまっている以上は同じように元の状態に作り直す必要がある。
学園都市といえども精神などという曖昧なものを具体的に、かつ精密に操作する事が可能な技術はおろか、第五位に匹敵する精神感応系能力者がいるはずもない。

つまるところ初春の受けた精神操作を完全に除去する事など不可能なのだ。

施術者はその内効果が切れるとか言っていたが、それがどれほどのものなのかとは明言していない。
一週間かもしれないし、一ヶ月かもしれない。一年か、もしかするとそれ以上か。
それに彼女の事だ。そんなものは初めからなくて、平気な顔で大嘘を吐いていた可能性すらある。
正直なところ白井自身にも分からなかったのだ。
948 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/13(月) 22:01:23.35 ID:Nsbr0BAo
だがそれを佐天に教えてやる必要もない。
永久にそのままだと勝手に勘違いするならそれでいい。
どうせ後からばれたところで彼女は何もできやしない。

初春はもう二度と白井の事を考える事ができない。
もししてしまえば今のように錯乱した末に昏倒する事となるだろう。
その事がどれだけ彼女の精神に負担をかけているかは言うまでもない。

それが嫌なら、初春に誰かが白井について考える事を強要しないかどうか常に気を付けて――怯えていろ、と。

「もうすぐここに警備員の方々がくると思うんですが。ああ、どうしてかは聞かないで下さいね?
 もちろん、その人たちにも内緒ですのよ。初春が大切なら、分かってくださいますよね。……よろしい?」

念押しにもう一度微笑んでやる。
佐天は恐怖に凍り付いた表情のままで返事はなかったが、まあ大丈夫だろう。

掴んでいた襟を放し、白井は立ち上がろうとして、足が折れていた事を思い出す。
不思議な事に痛みすらもすっかりと忘れていた。

誤魔化すように、はあ、と溜め息を吐いた。

「それではさようなら、佐天さん。もう二度と会わない事を願ってますの。
 くれぐれも……初春をお願いしますわね」

笑顔のままそう言い放ち。

「白井さんっ…………!」

ようやく発せられた佐天の声を無視し、ひゅん、と空気の掠れる音と共に白井の姿は消え去ってしまった。

後に残された佐天は、気絶したままの初春を抱いたまま呆然と虚空を見詰めるしかなかった。

……遠くから装甲車の群れの立てる物々しいエンジン音が聞こえてきた。



――――――――――――――――――――
949 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/13(月) 22:04:42.76 ID:Nsbr0BAo
ふーっ、ふーっ、という荒い息が嫌に耳につく。
街の光も届かない、小さな切れかけの蛍光灯がちかちかと明滅する路地裏の壁に片手を突き、白井は膝を折り蹲っていた。

初春と佐天の元を離れ、数回空間を跳躍した直後、ようやく思い出したように右足が猛烈な痛みを放った。

堪らず白井はその場に崩れ落ち、それから一歩も動けずにいた。
意識は激痛と熱に朦朧としている。足は元から役立たずそのものだし、沸騰した脳では能力を使用するにもまともな演算もできない。
やってやれない事もないだろうが、狭い路地だ。左右の壁にでも突っ込んだら目も当てられない。
今の自分なら失敗しないだろうとも思うが矢張り危険な事には変わりな――――。

「うぐ……ぇ……」

吐き気にも似た倦怠感が唐突に襲い掛かった。
思考が一気に白濁する。それは大熱を出して寝込んだ時の感覚に近い。五感がまともに用を成さず、ごうごうと耳鳴りが酷い。
平衡感覚すら失われ、自分の体がどこを向いているのかも分からなくなる。
僅かに感じる地面の感触は足部だけで、まだ辛うじて倒れていない事だけは理解できた。

「……うえぇ……、……」

何もないのに目からは涙が溢れてきた。嫌な味の唾が口の中を濡らす。
直感的に拙いと悟る。だがどうにかしようにもその具体的な方法が分からず、考えるだけの余力もない。

ふらりと、体が傾いだ。
しかし白井にはもはやそれを感じ取れるだけの思考も残っていなかった。

(こんな――――で――――訳には――――)

意識は急速に落下してゆく。

だが完全に途切れるその直前。

白井の朧気な視界の端で何かが動いた気がした。

「――――、――」

そして白井の意識はふつりと糸が切れるように失われる。

どさり、と人の体重の作る音が狭い路地に響いた。
950 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/13(月) 22:07:11.43 ID:Nsbr0BAo
「………………」

じゃり、と靴底が砂を噛む音。

いつのまにか白井の横には人影が立っていた。

その人物はしばらく無言のままで地に伏した白井を見下ろしていた。



そして、にぃ――と口の端を吊り上げて楽しげ笑い、それから口笛を短く吹いた。










「いいもんみーっけ。昼もだけど、今日の俺って結構ツイてるんじゃねぇ?」



――――――――――――――――――――
951 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/13(月) 22:10:34.21 ID:Nsbr0BAo
家具のない、大きなベッドだけがぽつりと置かれた部屋。
強い風の吹く屋外とはうってかわって室内は空調によって暖かさに包まれていた。

だが辺りにはゴミが散乱していた。その大半はコンビニなどで売られている出来合いの加工食品のパッケージだ。
それは一体何日分のものだろうか。そこから発生したすえた臭いが部屋に満ちている。

ベッドの脇、カーテンの隙間からは街の光が差し込み、けれど確かに夜闇に包まれた部屋の中、少年はうずくまったまま動こうとはしなかった。

「――――大丈夫だ。大丈夫だ」

言い聞かせるように、同じ言葉を繰り返し呟く。
ベッドに背を預け、少年は床に直接腰を降ろしていた。
ともすれば折れそうな細い体を抱き締め、少年は囁き続ける。
濁った、静脈血のような錆色の目に力はなく、血だまりのように揺れていた。

「大丈夫だ――オマエは俺が守るから――」

抱き締めた矮躯に力を込める。そっと、壊してしまわぬように。けれど。

「………………」

「あァ――心配すンな。オマエは俺が、守る」

答える声はない。
彼の腕の中、少女が虚ろな瞳を虚空に投げかけていた。
十歳ほどの、年端も行かない少女だ。
首は僅かに傾げられ、少年の胸に当てられている。その上から少年の腕に支えられるように優しく抱き締められていた。
繰り返し、語りかけるように同じ言葉を呟き続ける少年の胸の中、少女はぴくりとも動きもせずその身を任せていた。

瞳に意思の色はない。ともすれば簡単に折れてしまいそうなほど細い手足をまるで壊れた人形のように重力に任せたまま放り出している。
部屋は暖かいといっても彼女の着ているものは見るからに寒々しいものだった。
淡い空色のキャミソール一枚。下着として作られた薄手のものだ。柔らかい生地の所為か、見るからに皺が目立っている。

薄く開いた少女の口。その端から、つ――――と何かが垂れた。
少年はそれに気付かない。ぶつぶつとうわ言のように同じ言葉を繰り返し続ける。
それはゆっくりと顎を伝い先端に溜りを作る。少しずつ肥大していく滴はやがて張力に耐え切れなくなって――。

ぽたり、水滴となって少年の腕の上に落ちた。
952 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/13(月) 22:13:04.33 ID:Nsbr0BAo
「、――――――」

動いていた口が止まり、少年は濁った視線をゆっくりと自分の腕へと向ける。
そこには透明な滴が歪な円を描いていた。

「………………」

「あーあァ……ったく、仕方ねェなァ」

口調は乱暴だがその声はどこか優しげだった。
少年はベッドの上からシーツを手繰り寄せ、それを握り少女の口元へと押し付ける。
そのまま何度か撫で擦るように動かし、手を離すと少女の顔をしげしげと眺め、やがて満足そうに頷いた。

「よし、綺麗になった」

「………………」

虚ろな瞳の少女は何も語らず、少年の声すら届いているのか分からなかった。

その時だ。ぴ、と小さな電子音が鳴った。
それはこの部屋の扉、マンションのオートロックの鍵を外すカードキーを感知した音だ。

――――がちゃ、

扉が開く。少年のいる部屋と短い廊下で繋がれた、室外とを繋ぐ大きな扉だ。
無造作に開かれたその先から冷たい外気が流れ込んでくる。
風と共に入ってきたのは――。

「…………オマエか」

「こんばんは。……とりあえずその手に持った物騒なものを降ろしてくれませんか、とミサカは懇切丁寧にお願いします」

中学の制服、ブレザーを着た少女だった。
少年の腕の中にいる少女と気持ち悪いほど似た、彼女をそのまま成長させたかのような顔立ちの少女。
額には軍用のものだろうか、端正な顔の少女には似合わぬ厳しいゴーグルが付けられている。
少女は玄関で靴を脱ぐと、遠慮する素振りもなく慣れた足取りで部屋へと上がってきた。

「……何しに来やがった」

少年は不機嫌さを隠しもせず右手を下ろす。
その内にはいつのまにか黒光りする合金の塊――拳銃が握られていた。

ごとり、と放り出された拳銃が立てる物々しい音と少女が足を止めるのは同時だった。
少女の胸元で小さな音を立て鎖が揺れる。

「一つ、報告すべきかと思いまして、とミサカはメッセンジャーとしての使命を遂行します」
953 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/13(月) 22:15:53.64 ID:Nsbr0BAo
「――――――」

少年の顔が一段と険しくなる。
そんな顔色の変化は暗闇に紛れて見えていないのか、少女は気にする様子もなかった。

「本日四名のミサカが死亡しました、とミサカは簡潔に事実を伝えます」

「なン……っ!?」

その言葉に少年は思わず絶句するが、少女は意にも介さず淡々と言葉を続ける。

「死亡したのはミサカ一〇〇三九号、一三五七七号、一八四一三号、一九〇九〇号の四名です。
 ちなみにこれからもその数は増えるかと、とミサカは予想します」

「どういう事だ……っ!」

激昂する少年。しかし少女は相変わらずの妙に冷めた視線のまま、僅かにその先を下げる。
そこには少年の胸に体を預ける自分と似た顔の、自分よりも幼い少女がいる。

「……本日十七時ごろ、ミサカ一八四一三号が超能力者第二位、垣根帝督と接触。交戦の末に自害しました。
 さらに同時刻、一三五七七号が暗部組織『スクール』構成員、砂皿緻密によって射殺されています、とミサカは簡潔に事実を述べます。
 一〇〇三九号、一九〇九〇号は先ほど超能力者第四位、麦野沈利と接触後、通信が途絶。死体の確認は取れませんが恐らく死亡しているものと思われます、とミサカは客観的に推察します」

「そンな事を言ってるンじゃねェ……!」

低く叫び、少年はつらつらと連ねられる事務的な報告を遮った。

「どうしてそンな事になってる!
 オマエらが死ぬ理由なンて、アイツらと戦う理由なンてねェだろォがっ!!」

「いいえ、あります。でなければわざわざ集団自殺のような真似などするはずもありましょうか、とミサカは即座に否定します」

「っ……だったらどうして……!」
954 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/13(月) 22:20:17.27 ID:Nsbr0BAo
少年の顔は暗くてよく見えない。だが少女にはそれがどんなものか想像できた。

きっと今まで誰にも見せた事もないような、今にも泣きそうな顔をしているだろう。
最強と言われた少年が、誰もがその足元にも及ばなかった少年が。
悲痛に顔を染め哀願するような瞳でこちらを見詰めているだろう。

嘘だと。悪い冗談だと言ってくれと。
きっと悪夢にうなされ母親に縋りつく幼子のような目をしている。

「…………、……」

できる事なら嘘だと言ってやりたい。冗談だと笑ってやりたい。
だが、今告げた事は確然たる事実なのだ。どれだけ悪夢的なものであれ、既に起こってしまった過去なのだ。
それを否定するなど誰にもできるはずもない。

だからせめて、真実を伝えよう。



そして彼女は真実を告げた。










「          」
955 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/13(月) 22:23:16.23 ID:Nsbr0BAo
……少年の顔はよく見えない。

短くない静寂が流れた。
しん――と耳鳴りが聞こえるほどの静けさの後、少年はゆっくりと口を開く。

「なンだよ……なンだよそれはよォ……」

耳に響く声は震えていた。
かつて一度でもこんな弱々しい声を聞いた事があっただろうか。

少女が――少女自身が始めて少年と相対したあの日。圧倒的な力の片鱗を見せたあの少年の姿はそこにはなく。
目の前にいるのはまるで、初夜のベッドで震える処女のようだった。

「クソっ、クソッタレェ……ちくしょう、何がどう狂ってこンな……」

「……きっと、何もかもが」

少女は踵を返し少年に背を向ける
きっと暗くて見えないからといって、視線を投げ掛けられたくないはずだ。

「何もかもが、悉く狂ってしまったのです。
 歯車一つの喪失で動きを止めてしまう時計のように、とミサカは呟きます」

その返答に少年はどんな顔をしているのか。

「…………それでは、ミサカもそろそろ参ります。
 まだやらねばならぬ事が残っているので、とミサカは用事を済ませるや否や退出します」

「………………」

応えは、ない。

少女は、ふ、と小さく息を吐き、そろそろと歩き出す。
つい先ほど歩いた短い廊下を今度は逆に進み、玄関口で靴を履く。
靴の傷むのも気にせず爪先をとんとんと打ち付け踵を押し込むと、少女はドアノブに手を伸ばし――。

「……決断するならお早めに。時間はもう余り残されてはいません、とミサカは最後に余計な一言を残して颯爽と去ります」

返事を待たず少女は扉を小さく開き、その隙間をするりと抜けるように外に出ていった。

「………………」

後には再び静寂。
いや、吐息が微かに響いている。

しかし腕の中、少女は相変わらずの瞳を虚空に投げているだけだった。



――――――――――――――――――――
956 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/13(月) 23:31:42.59 ID:Nsbr0BAo
少女は声の一つすら出せずにいた。

今、自分の前にいるのは確かに探していた人物に他ならない。
だがそれは言うまでもなく、こうして数メートルもない距離で、密閉された狭い空間で相対する事を思っての事ではない。

エレベーターの数メートル四方の狭い空間内で、ドレスの少女は彼女と二人きりに閉じ込められた。

少女の背はエレベーターの冷たい壁面にべったりと押し付けられている。
思わず後退りをした結果だった。体重は完全に後ろへ向けられ、足も体を後ろへ押し出そうと床を前へと踏みつけている。

狭い箱の中を照らす灯火が瞬きをするように明滅し、がくん、と大きく揺れが走った。
ほぼ同時にモーターの音が消えエレベーターは完全に停止する。

「あれー? どうしたんだろ、止まっちゃった」

彼女はどこか陽気な声で白々しい言葉を吐く。考えるまでもない。彼女の仕業に他ならない。
電子機器を完全に統制する彼女の異能によって強引に本来停止するべきでない場所で停止させられたのだ。

目の前、白い無機質な光に照らされた人物。

短い髪に花を模した髪飾り。
どこか気品をばら撒いているようなブレザーとチェックのスカート。
その上から羽織った、彼女の丈に合わない生地が痛んでいる事が一目瞭然の黒い上着が妙に異質だった。

学園都市の七人の超能力者、その序列第三位。
電磁を操る『電撃使い』の頂点に君臨する、名門常盤台中学に籍を置く少女。



『超電磁砲』、御坂美琴。



それが今まさに目の前にいた。
957 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/13(月) 23:35:01.48 ID:Nsbr0BAo
しかし彼女の様子はどうにもおかしい。
余りにも場の空気とギャップがありすぎるのだ。
まさかまたフレンダ――『心理掌握』の仕業か、とも勘ぐるが。

「ねえ、どうしたの。顔色悪いわよ」

振り返る顔は、確かに御坂美琴のものだ。
『心理掌握』の力がどれほどのものかは知らないが、覚醒した状態の相手に対してこれほどまでに強い精神操作ができるだろうか。

そもそも自分は御坂美琴という少女と直接接した事がない。
顔写真は見たが本人を見ていないのだ。声も知らなければ雰囲気も知らない。
そういう『まったく知らない相手』を直接相手の脳に投影する事ができるだろうか――?

先ほどの青い髪の少年の幻影はフレンダという基礎部分があっての事だ。
彼女の声や動きの認識を改竄されていたに過ぎず、大雑把に言ってしまえば錯覚していただけに過ぎない。

『心理定規』の能力は同系列能力からの干渉を知らせてはいない。
錯覚程度ではなく、人一人分の虚像の投射ともなれば余程の干渉が必要だ。
いくら何でもそれほどの力ならば察知できないのはおかしい。

それに――――彼女の着ているその黒い上着。
彼女を構成する要素の中で唯一浮いたパーツ。
錯覚させるにしてもわざわざそんな違和感でしかない余分な要素を入れる必要などない。





常盤台というブランドを纏う少女と対極に位置する、そこら中にありふれた学ランなど異質以外の何物でもない。





断言する。目の前にいるのは正真正銘の――『御坂美琴』本人だ。

ざあああ、と血の気の引く音が聞こえた気がした。
眩暈すら覚える。目の前にいるのは中学生の少女でしかないのに、飢えた猛獣の檻に入れられるよりも大きな恐怖が彼女の身を苛んでいた。
958 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/13(月) 23:38:29.79 ID:Nsbr0BAo
「ちょっと、聞いてるの?」

そんなドレスの少女の様子を気にする様子もなく彼女――御坂は対極的に妙に明るい笑顔でそう問うた。

学ランのポケットに左の手を突っ込んださり気ない様子。
それはまるで長閑な午後に談笑しているような雰囲気さえする。

だがそれは異常そのものでしかない。
ここは停止したエレベーターの箱の内で、相対しているのは暗部組織の構成員だ。
この状況と、この相手で。悲劇が起こらないはずがないのだ。

狭い立方内の空気は淀んだ沼の水のように冷たく濁っていた。
そんなものが充満している中で、御坂は飄々とした雰囲気を崩さず少女に笑みを向ける。

「アンタ、名前なんていうの?」

答える代わりにドレスの少女は反射的に自身の能力を行使する。
恐怖と混乱によって一種のパニック状態に陥った少女は自分の能力が相手に通用しないと分かっていても発作的に使用してしまった。

御坂の顔に向けて押し出すようにばっと右手を伸ばし、同時に編み上げた演算式によって彼女の精神に干渉する。
精神の中での他者との関係図。そこを直接覗き込む。白井の時のような躊躇いを感じる余裕もなかった。
タグに付けられた名前は感情の向けられる先を示す。その感情の性質は分からないものの名前からある程度は推測できる。
その中でも中心に最も近いタグを三つ抽出する。都合のいい事にどれも見覚えのある名だった。





『一方通行』 距離単位:三二

『白井黒子』 距離単位:二五

『上条当麻』 距離単位:一〇
959 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/13(月) 23:38:43.90 ID:LAhMONY0
960 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/13(月) 23:40:26.62 ID:K5wn6Pso
一方さんが意外に近いな
961 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/13(月) 23:41:38.55 ID:Nsbr0BAo
「っ――――!」

迷わず『上条当麻』を選択。それを基準に己に対する距離を改竄、上書きする。

側近ともいえる白井よりも、仇敵ともいえる『一方通行』よりも上位に位置する名。
データでは『TOP SECRET』の字でしか表記されていなかったとはいえ、字面である程度は見当は付く。

超能力者である『一方通行』でもプロフィールが伏せられていなかったという事実。
間違いなく『彼』は学生だ。そう、この街は学園都市。学生の、異能を持つ者のための造られた箱庭だ。
その中で最重要である人物が学生でないはずがなかった。

男性名。そして学生。

間違いなく相手は御坂が思慕の念を抱いている相手だ。

どこか馬鹿らしくすらある。御坂美琴も結局のところ単なる恋する乙女だったのだ。

――――『COMPLETED』

距離設定は呆気なく終了した。

(…………あれ?)

何かぬるりとした違和感。そう、あまりにも呆気なさすぎた。
何一つ障害も抵抗もなく、能力の行使と実行に成功してしまった。

……考察は後回しでいい。今は現状を脱出する事が先決だ。
幸いな事に相手への能力干渉は成功したのだ。御坂は自分を傷付けられないはずだ。当面の安全は確保され

「――――聞いてるのよ、ねえ。返事くらいしなさいよ」

ばちん、と空気が爆ぜ紫電が舞った。
962 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/13(月) 23:46:11.90 ID:Nsbr0BAo
「ぎあっ――!?」

痺れではない。明確な痛みが体を貫き少女は思わず悲鳴を上げた。

短い空間を瞬間で走り抜けた電流は鎌首をもたげる蛇のような光の軌跡を描き差し出された少女の右手に喰らい付いた。
雷蛇は右の人差し指から体内に入り込むと血液の流れに乗り腕を内側から蹂躙する。
びくんと意識とも無意識とも無関係にひとりでに右腕が跳ねる。
神経を伝達する生体電気の信号を誤認した筋肉が反射を起こしひとりでに収縮したのだ。

「あ、ごめんね。痛かった?」

そんなドレスの少女の様子を見て御坂は、言葉の持つ意味とは裏腹に悪びれる様子もなく笑顔のままそう言った。
まるで気心の知れた友人を相手にちょっとした悪戯を誤魔化すようだった。

「どうして――私の『心理定規』が――今のアンタと私の距離単位は、一〇だっていうのに――」

明らかに想定とは違う反応。
そして、そもそもの疑問。



彼女はどうして自分=上条当麻に対して能力を攻撃の意味で行使できる――!?



(まさか――コイツは――御坂は――)

最悪な予想が脳裏を掠める。

(元から上条当麻に対する能力の使用に一切の躊躇いを持たない――!?)

唐突に。パズルのピースがかちりと嵌った気がした。
御坂はおろか、垣根や、そしてあの『一方通行』よりも上位の機密レベル。
七人の超能力者以上のトップシークレット。その理由。

上条当麻は能力を消去、無効化、ないし妨害する能力者だ。

能力者にとって天敵。
相手のアイデンティティを根本から否定する、破壊でも制圧でも蹂躙でも服従でも侵略でも統制ない力。
相手の『自分だけの現実』を全否定する最悪の異能。

それは原因も結果も過程も思想も無視して相手を一方的に全否定する『弾圧』だ。
963 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/13(月) 23:46:15.67 ID:ynOsXMAO
心理定規=上条当麻ってことはつまり…?
うわあああああああああ
964 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/13(月) 23:52:29.77 ID:Nsbr0BAo
(拙い――――!)

このままでは何の抵抗もできず殺され――、

(――て、堪るもんですか――!)

自分にはまだ成すべき事も、意思も、そして往くべき場所がある。
立ち止まってなどいられない。一時一時ですら無駄になどできない――!

(距離を再設定……無茶を承知で更に距離を縮める……!)

現在の自分と御坂の間の心的距離は距離単位一〇。行動原理に直結するほどの近すぎる位置だ。
一挙手一投足にすら反応させるほどの圧倒的な存在感を発揮する『近過ぎる』距離。

それは危険極まりないものだ。些細な仕草や言葉遣いでさえ彼女の感情を左右し、時には逆鱗に触れかねない。
近過ぎる距離は感情の大きさを反比例させる。近ければ近いほど人は盲目になる。
乙女心と秋の空、とはよくいったものだ。それが正の感情であればいいが、人は気紛れな生き物だ。簡単に負の感情を抱く。

だがそれを理解した上で、更に短い距離を設定する。



――――設定――――距離単位:六

――――『COMPLETED』



距離を一気に半分近く詰める。
距離単位六。それは嫌でも意識してしまうとか、そんな生易しい域を越えている。
思考が対象に塗り潰されて他の事が考えられなくなるほどの距離だ。相手への感情に思考は制圧され他の事が考えられなくなる。

例えば好意を持っていたとして。
相手の事が好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで堪らない。そういう距離だ。

思考に肉体は捕らわれ思考のままに行動する他になくなる。思考すら許されない。
直感的な反応によって行動は全て決定されてしまうほどに『頭が働かなくなる』。
まともな思考ができないのであればまだ活路はあるのだ。
何、能力などなくとも心理操作などは自分のような精神感応系能力者の独壇場だ。口八丁でどうにでもできる。

だが現実は彼女の思惑通りには動かない。

こつ――――と、靴音。

御坂が一歩、こちらに向けて歩みを進めた。
965 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/13(月) 23:52:51.68 ID:LAhMONY0
さるさん?
966 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/13(月) 23:54:16.10 ID:Nsbr0BAo
「っ――――――!」

どうして、と。驚愕と混乱が少女の思考を埋め尽くす。
少女には訳が分からなかった。能力が効いていない訳ではない。
確かに設定は完了している。自分の相手の精神距離を操る能力はきちんと効果を発揮していて。

なのに何故、どうして彼女は――――。



――――――先程までとまったく変わらぬ様子で笑っていられる――――。



「何? 私の顔、何か付いてる?」

そう彼女は相変わらずの左の手をポケットに突っ込んだままの格好で、無邪気な笑顔をこちらに向けてくる。
余りにも場違い。余りにも異質。どう考えても異常そのものでしかない笑顔。
まるでそれは感情と完全に乖離してしまった笑顔の仮面だ。

ひ、と喉が引き攣る音を出す。
今や正常な思考が出来ていないのは少女の方だった。恐怖と混乱、狭い密室内に異常なモノと二人きりで閉じ込められてしまっているという事実。
状況が、世界の全てが少女を錯乱に陥れていた。

そんな少女の恐怖に歪む顔をまったく顔色を変えずに御坂は見詰める。

「ふうん? どうして能力が効かないか不思議?」

――そんなはずはない――!

確かに自分の異能は効果を発揮している。失敗しているのならそうと分かる。
そして確かに御坂は自分の術中にいるのに――。

「なんでだと思う? 問題にもならない簡単な事よ」

少女に声は届かない。錯乱しきった少女は目の前の現実を否定するように更に能力を上書きする。

――――設定――――距離単位:四

――――『COMPLETED』
967 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/13(月) 23:56:39.22 ID:Nsbr0BAo
確かに設定は完了した。
……なのに御坂の様子は変わらない。

こつ、とまた足音。

一歩、一歩と彼女が近付いてくる。

「脳の中の神経細胞間の伝達信号を操って自分の意思を操作してる? ハズレ」

――――距離単位:三

……一歩。

「それとも最初からアンタの能力にダミーを噛ませて回避してる? ハズレ」

――――距離単位:二

……一歩。

「なんかミサカネットワーク? っていう便利な代物があってね。
 それと接続して遠隔操作? とかしてたりして。
 もしかして一万近い相手に全部距離設定しなくちゃいけない? ――――ハズレ」





――――――設定



――――――距離単位:一



――――――『COMPLETED』





………………一歩。
968 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/13(月) 23:58:21.32 ID:Nsbr0BAo
もう吐息が感じられるほどの距離。ともすれば相手の心音すら聞き取れられそうだ。
だがドレスの少女には、己の早鐘のような鼓動に掻き消されそれらは聞き取れなかった。

視界のほとんどは御坂の顔と体に埋め尽くされている。
恐怖に目を閉じる事すらできず、ただただ凝視するしかない。
目からは涙が零れるがそれはどうしてだか視界を覆い隠してはくれなかった。

そんな少女に御坂はまったく変わらぬ様子で、まるで仲のいいクラスメイトにでも語りかけるような口調で柔らかく微笑み。

「簡単な答えよ。そうね、アンタ風に言うなら――――私とアイツの距離単位は、ゼロ」

言い、御坂は右手を高速で突き出し、がっ! とドレスの少女の頭を鷲掴みにした。
同時に体に電流が走る。びくん、と全身が痙攣する。……だが不思議と痛みは感じなかった。

「ア――あ――」

少女はそれから背を壁に当てながらもずるずるとへたり込んでしまう。
意識はある。だが痛覚どころか、体の触覚がない。
全身が麻痺してしまったかのように肉体がいう事を聞かず実感が失われてしまった。

「――ねえ。話は変わるんだけどさ」

声の調子とは裏腹に手には目一杯に力が込められている。
後頭部がエレベーターの壁面に押し付けられ、ごりごりと嫌な音が頭の中で木霊した。

一呼吸置いて御坂は続ける。

「脳ってさ、極論言っちゃうと、神経細胞が生体電気に反応してるだけよね。
 ゴルジ体とかニューロンとかシナプスとか、そういうのは専門外だからあんまり分からないんだけどさ」

「――――――」

何を――――。

彼女は何を言っているんだ――――?

彼女の言っている意味は分かる。むしろ専門分野だ。
だが彼女は、どういう意図を持ってその話を出した――?
969 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/14(火) 00:01:10.52 ID:/aDkuUwo
「えっとね、何が言いたいかって言うとね、うん。えへへ」

照れ笑い。が、御坂の表情はすぐに曇る。

顔を顰め視線を上へ。
まるで頭の周りから離れない羽虫を目で追うように虚空を泳がせ。

「ああもう、やっぱり鬱陶しいわねこれ。
 効かないって分かってるけど、アンタがその……距離単位? にいるのは癪だし」

不機嫌そうにそう言い放つと、御坂は首の関節を鳴らすように左右に軽く振り。

ポケットから抜いた左腕を掲げ五指を広げると、自分の頬に叩き付けた。

「――――――!」

甲高い破裂音。ばぢん、と何かが爆ぜ割れる音。
そんな破壊的な音なのに、彼女はどこか満ち足りた表情で目を細める。

「ん、これでよし」

柔らかな笑顔。しかし可愛らしい顔にはまるで似合わない手が覆い被さっている。
指は大きく開かれ、親指はまるで目を抉ろうとしているかのようだ。
人の肉で出来た半面を被っているかのような奇妙な顔。

親指と人差し指の間から覗く左目はもう片方と同じく笑っている。
それはどこか醜悪に思えて――――、

(………………え?)
970 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/14(火) 00:03:32.31 ID:/aDkuUwo
また奇妙な違和感。
何かがまた――ちぐはぐだった。

だが何がそうなのか、瞬時には分からない。
そう、余りに自然だった。まったくの自然体でそれが現れたからで――。

「――――――!!」

息が、止まる。
思考が停止しかける。
心臓も止まるかと思った。

何が、何がおかしいのか分かった。分かってしまった。

確かにそれは分かり辛い。
けれど確かに、絶対的におかしいのだ。

「あ――――」

口が意思とは関係なく動いてしまった。
思考はただその事だけに集中していた。

信じられないし、信じたくなかった。
それはどうしようもなく歪で、醜悪で、認める事などできるはずもなかった。

「アンタ――それ――」

「うん?」

御坂は相変わらずの笑顔で聞き返してくる。
自然すぎる、そして歪んだ奇妙な笑顔を向け、僅かに首を傾げ――。

口が勝手に動いた。










「なんで――――その――――親指が前にあるの――――?」
971 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/14(火) 00:06:26.92 ID:nhm2IYAO
(左手の親指を前にしてみる)

…!
972 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/14(火) 00:07:58.59 ID:45CMIl60
左手に右手を移植?
973 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/14(火) 00:08:16.75 ID:/aDkuUwo
「あ。これ?」

御坂は相変わらずの調子のまま、どこか誇らしげですらある顔で微笑み返し。

「――だから言ったじゃん。ゼロ、って」

その声と、顔に、今まで感じた事のない怖気が少女を襲った。
ぞぞぞぞぞぞっ!! と背筋を物凄い勢いで吐き気を催すな気配が這い上がり脳を焼き尽くす。

御坂の顔、向かって右側に押し当てられている、左腕。



その、手。









           、 、 、 、 、
それは――――右手だった。


. 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、、 、
彼女の左腕には、右手が付いていた。










耐え難い現実に脳が拒否反応を示し凄まじい嘔吐感が溢れる。
だが体は――どうしてだかぴくりとも動かない。

「――あ、えっとね。んっと……私の、彼氏」

もはや少女には目の前にいるモノが怪物にしか見えなかった。
駄目だ。現実に、この悪夢のような光景に人の精神が耐えられない。
だが少女は気絶する事も発狂する事もできぬまま、ただ目の前の彼女を凝視するしかできなかった。
ふーっ、ふーっ、と荒い息だけが少女の動きだ。
瞬きをする事すらできず、ただじっ――――と見続けるしかできなかった。
974 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/14(火) 00:11:38.50 ID:stwq50co
         ,. -‐'''''""¨¨¨ヽ
         (.___,,,... -ァァフ|  
          |i i|    }! }} //|
         |l、{   j} /,,ィ//|  両手が右手の奴を見付けたと聞いて
        i|:!ヾ、_ノ/ u {:}//ヘ       
        |リ u' }  ,ノ _,!V,ハ |
       /´fト、_{ル{,ィ'eラ , タ人  
     /'   ヾ|宀| {´,)⌒`/ |<ヽトiゝ 
    ,゙  / )ヽ iLレ  u' | | ヾlトハ〉
     |/_/  ハ !ニ⊇ '/:}  V:::::ヽ  
    // 二二二7'T'' /u' __ /:::::::/`ヽ
   /'´r -―一ァ‐゙T´ '"´ /::::/-‐  \ 
   / //   广¨´  /'   /:::::/´ ̄`ヽ ⌒ヽ
  ノ ' /  ノ:::::`ー-、___/::::://       ヽ  }
_/`丶 /:::::::::::::::::::::::::: ̄`ー-{:::...       イ
975 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/14(火) 00:15:44.15 ID:/aDkuUwo
そんな少女とは対照的に、御坂はやっぱり笑顔のまま。

「あ、話戻すけどさ。脳の話。電気信号よね、あれ」

一息置いて。

「じゃあさ――――私にも『それ』――――できるかなぁ――――?」

彼女の言葉の指す『それ』と。
『それ』の先にある結果は。

「や――――――」



――――垣根――――!!

「おやすみ、アリス」



優しく呟かれた言葉の直後。



少女の意識は真っ直ぐに暗い穴に
                     落ちて
                        落ちて
                            落
                             ち
                            て
                           落    
                          ち     
                        落て     
                     落てち       
                ち落てち          
             落て               
         落てち                     
       てち 
      落  
       ちて
         落ちて
            落ちて落
                 ち
                 て
               ち落
              て
               ……
976 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga !orz_res]:2010/12/14(火) 00:17:16.19 ID:/aDkuUwo





「そうだ。一つお話を聞かせてあげる。つまらない、どこにでもあるような不幸の話」




977 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/14(火) 00:18:13.94 ID:/aDkuUwo
――――――――――――――――――――

・第二幕
(或いは登場人物Aの解、とある少女の舞台証明)

『せかい』

Closed.

――――――――――――――――――――
978 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/14(火) 00:20:10.71 ID:nhm2IYAO
美琴さん…正直…キモイです…
979 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/14(火) 00:25:36.41 ID:45CMIl60
投下乙。おやすみ
980 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [saga]:2010/12/14(火) 00:26:34.15 ID:/aDkuUwo
れっでぃーすえーんじぇんとるめーん!

長かったけれど二幕もこれで終わり。ようやく前半終了ってトコかしら。まだまだ先は長いわねー。
ここまで付き合ってくれた観客の皆々様にはお礼とお詫びにちゅーでもしてあげたいところだけど画面越しじゃ無理みたいね。てへっ☆

さて、ここで皆様に残念なお知らせがあります。
先に謝っとくわよ? ごめんね?



     『次スレへの誘導はありませーん』



まあその内立つと思うから適当に見つけてちょーだい。
総合スレでも一言あると思うけど、はてさていつになる事やら。

そうそう。一つ大事な事を言い忘れてたわ。
次スレでは最初にまた妙な仕掛けをカマすつもりらしいんだけど、もし気付いても明言するまではスルーしてちょーだいね?

あ、書いてるバカ? こっちにかまけて仕事が溜まってるからひーこら言ってるわよ。
長くなるの最初から分かってるのにねー。ばーか、ばーか。

それじゃ幕後挨拶はこのくらいにしておこうかしら。
そもそもまだ終わってないしね。



それじゃ結局、お話の続きはまた次の晩にでもって訳で。





(……本当にこんな調子で大丈夫なのかしら。あと結局、麦野の出番はどこよ)
981 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/14(火) 00:27:46.90 ID:6SBUbZko
おおお……乙…!
美琴さん怖いっす…てか一方さん漸くktkr
打ち止めがヤバそうだけど
982 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/14(火) 00:29:04.13 ID:stwq50co
乙、結局、スレタイはこのスレと同じで立てる訳?
983 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/14(火) 00:32:04.53 ID:ZQ2zfIUo
この調子だと
俺の嫁もといインデックスも死んでるな(´;ω;`)
984 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/14(火) 00:32:44.17 ID:itNQbgSO
投下乙

某スレの疑似幻想殺しどころじゃないじゃないですかここの美琴さんは…
985 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/14(火) 00:42:51.84 ID:ta.bfqoo
乙。
色々考えながら読んでたが見事に予想を裏切られたぜ。
斜め上どころの話じゃないよ美琴さん。
986 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/14(火) 00:46:21.94 ID:A5cyYmk0
旦那ェ……
987 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/14(火) 01:34:41.57 ID:nH5UOa.o
いいぜ

てめえが俺が次スレを見つけられないってんなら

まずはその幻想を

ぶち壊す!

二幕もたのしみにしてるぜええええええ!!!
ひゃっふううううう!!
988 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/14(火) 01:36:14.34 ID:DVD9QR2o
二幕終わったぞ
989 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/14(火) 01:38:01.00 ID:6SBUbZko
>>987
ぷふークスクス

しかし本当に次が楽しみだ
990 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/14(火) 02:13:59.60 ID:prwnT0.o
第3幕もたーのしみだねー、はーまづらぁー
991 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage ]:2010/12/14(火) 02:34:40.52 ID:RULmxN.0

これで前半終了ならあと2、3幕ぐらいで終わりかな
それにしても、終わりがまったく予想できない
992 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/14(火) 02:42:54.09 ID:Y.PGBp20
うおぅこのスレ内でキリのいいとこまでいけてよかった
次スレ絶対見つけてやんぜ!!
993 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/14(火) 02:50:53.37 ID:R8hY0WEo
何がどうなってるんだってばよ…
994 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/14(火) 03:26:46.39 ID:adswmOoo
左腕に右手とか実際見たらトラウマになりそう
995 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/14(火) 03:27:47.13 ID:buGvK2Uo
左手を何らかの理由で欠損したか
996 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/14(火) 04:19:03.07 ID:LyK/4AAO
暗部勢もていとくんと麦のんだけ?
なんかすげえ頑張って欲しい
997 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/14(火) 09:54:25.39 ID:rmS1.rM0
面白かったぜ
一先ず乙
998 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/14(火) 11:46:54.45 ID:ZJVUhDw0
美琴もやばいけど通行止めもヤバイ
おつおつ
999 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします [sage]:2010/12/14(火) 12:34:07.70 ID:L1zW4X6o
第三幕はしばらく間が空くってことかな
>>1いたら>>1000とっちゃいなよ
1000 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/14(火) 12:35:37.58 ID:/aDkuUwo
次幕までこれより休憩です
しばらくお待ち下さい
1001 :1001 :Over 1000 Thread
    ´⌒(⌒(⌒`⌒,⌒ヽ
   (()@(ヽノ(@)ノ(ノヽ)
   (o)ゝノ`ー'ゝーヽ-' /8)
   ゝー '_ W   (9)ノ(@)
   「 ̄ ・| 「 ̄ ̄|─-r ヽ
   `、_ノol・__ノ    ノ   【呪いのトンファーパーマン】
   ノ          /     このスレッドは1000を超えました。
   ヽ⌒ー⌒ー⌒ー ノ      このレスを見たら期限内に完成させないと死にます。
    `ー─┬─ l´-、      完成させても死にます。
        /:::::::::::::::::l   /77
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       l;;ノ:::::::::::::::l l;.,.,.!  |
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       /:::::::;へ:::::::l~   |ヌ|
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      .〔:::::l     l:::l   凵                  http://ex14.vip2ch.com/news4gep/
      ヽ;;;>     \;;>

1002 :最近建ったスレッドのご案内★ :Powered By VIP Service
アスカ「シンジぃー」シンジ「ちょ、姉さん乗っかからないで…」 @ 2010/12/14(火) 12:25:22.76 ID:9Cz0f2AO
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ネズミゲームやろうずwww part2 @ 2010/12/14(火) 12:03:38.56 ID:rVrere20
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剣帝レーヴェ「…学園都市……?」 @ 2010/12/14(火) 12:01:46.20 ID:fdC6GEAO
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ガソリン高杉ワロエナイ @ 2010/12/14(火) 11:35:26.98
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とーま「クリスマス?ボコボコにしてやんよ」 @ 2010/12/14(火) 09:43:07.07 ID:zQiDf46o
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