高嶋友奈「結城ちゃんは勇者である」

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64 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/28(木) 22:28:51.44 ID:uJnylGQwo

風「千景から見て、乃木園子って言う先代勇者の話は……正直、どう思った?」

千景(やはりその件しかないわよね)

千景「それはさっきの話の真偽を確認するため?」

風「……ええ。もちろん東郷たちの話を信用していないわけではないわ。ただ、あの子たちは素直過ぎるから……大赦にも確認を取るつもり。幸い、あの場にはあんたも居たのよね? なら、千景には、勇者部で一番冷静なあんたには、昨日のやり取りがどう見えていたのか、それをアタシは知りたいの」

千景「随分と、過剰評価をしてくれていたのね?」

千景(芝居染みた動きで肩をすくめてみる。けれど、いつもだったら即時返ってくる犬吠埼姉の突っ込みはない)

風「ごめん、今のアタシはいつものような調子であんたに返す言葉を多分持っていないと思う」

千景(笑顔の気配すら見せずに固い口調で犬吠埼姉は言った。……なら、こちらもそれに付き合うまで、ね)

千景「……乃木園子の状況と台詞を、全て演技と考えるのは無理があるでしょうね。あまりにも大掛かり過ぎるし、そもそも勇者たちを呼び出せる段階で超上の、神樹側の人間であることは明らか」

千景(もちろん、昨日の乃木園子の台詞が真実であることを私は知っているから、この分析はあくまでも客観的な視点で見た場合のものとなる)

千景「そんな彼女であるのだから、その言葉にはおおよその真が含まれていると考えるのは自然でしょうね。嘘をつくメリットを見いだせないのだから。したがって、現時点の信憑性としても、そうね、七割以上と私は判断したわ。これが率直な私の感想よ」

風「……」

風「……そう、ありがと。……参考に、させてもらうわ」サァー

千景「ちょっと──」

風「ん、何?」ニコ

千景(今あからさまに顔から血の気が引いていたでしょうに……。何故、あなたは今も笑顔を張り付けるの……? そんなんじゃ、こっちだって……何も言えなく、なるじゃない……)

千景「……いえ、何でもないわ」

千景(結局私は、自身の後ろめたさも相まって、彼女の顔色について触れることは出来なかった)

風「……ごめんね、その、時間を取らせちゃって。悪いけど気が向いた時で良いから東郷と銀を気に掛けてもらえると助かるわ。……じゃあ、教室に行きましょうか」

千景(……空元気を出してもらったところ悪いけれど、私にはこれからの用事がすでに入っている)

千景「いえ、生憎だけれど、私用で私はこのまま欠席するわ」

風「私用……?」

千景「ええ──定期健診で通院する日なのよ」

千景(私は堂々と嘘をつく。犬吠埼姉はあっさり信じ、あまつさえ見送ってくれさえした。……本当に悪いわね、色々と)

千景(そして私は、偽らざる"病院"へと向かって行った)



65 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/28(木) 22:29:17.33 ID:uJnylGQwo
次回、千景VS園子

66 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 18:59:10.19 ID:Z+ozzRtCo

*特別病室

千景「昨日の今日とは流石に思っていなかったわ」

園子「うん。でも、早いうちに会っておかないと、わっしーが本格的に行動を始めてしまうからね。その頃だともう遅いでしょ?」

千景「そうね、賢明な判断だと思うわ」

千景(大きな病室の中、寝たきりの少女は祀られている。神事の類でしょうけれど、生憎この部屋は鳥肌が立つくらいに薄気味悪くて長居したいと思える場所ではなかった。表情の機能も喪失しているのか、はたまた慣れてしまっているのか、部屋の主は平然としている)

園子「それで、千景ちゃんは私にどんなお話があるのかな?」

千景(早速ね。なら、私も簡潔に答えましょう)

千景「私の求めるものはシンプルよ。あなたの知っている情報を全て寄越しなさい」

園子「私の知っている情報? あ! イネスのジェラートってとっても美味しいんだよ〜。醤油ジェラートもちゃんと甘いのには驚きだよねー」

千景(あまりにも場違いな話題が飛んでくるが)

千景「……あなたも、そんな情報を私が求めているとは思っていないのでしょう? あと、ジェラート店はイネスから撤退したそうよ」

園子「がーん! 地味にショックかも……」

千景(今が腹の探り合いであることは互いに承知している。その上で如何にイニシアチブを取ることが出来るか、それが今後の話の流れを大きく左右していく。……ただ、何を考えているのか分からない乃木園子相手には相当分が悪いようではあった。──手札を一枚切ることにしよう)

千景「あなたはどこまで知っているの?」

園子「勇者システムのこと? それとも大赦のことかな?」

千景「いいえ」



千景「──これから起こる未来のことよ」



園子「……」



67 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 18:59:35.26 ID:Z+ozzRtCo

千景(乃木園子からの返答が止んだわね。つまり、ある程度以上の心当たりがあると言うこと)

千景「あなたは昨日言っていたわよね? 大赦から教えられてはいなかったけれど、自身が今の状態になってしまうことは知っていた、と」

園子「……そんなこと言ったかな?」

千景(言葉に動揺は一切見せず、平坦な口調で彼女は言う。……でもね、煙に巻こうとしても無駄なのよ)カチッ

『分かってても、友達ともっともっと、遊んでいたかった──』

園子「あー、ボイスレコーダーか……。これはちょっと予想していなかったかな?」

千景「昨日の会話は全て録音してあるわ。だから、あなたの発した言葉に虚偽を生じさせようとしても一切が無駄なのよ」

園子「千景ちゃんは普段から会話を録音しておく人なのかな?」

千景「ええ、生まれつき気弱な性根なものでね」

園子「それなら仕方がないかな」

千景(お互いに飾り繕った言葉だけでの応酬。それでも、先ほどの一件で私に利が生じていることは確かだった。なら、追撃の一手のみ)

千景「──さて、理解してもらったところで訊ねましょう。あなたは何故未来を知っていたの?」

園子「それに答える前に、千景ちゃんの最終的な目的を教えて貰っても良いかな? お互い、お腹の中を探りあっていても時間がもったいないだけだよね」

千景(……腹の探り合いは止めましょう、と言いたいわけね)

千景「ええ、それは同意ね」

千景(ただし、利がこちらにある以上限定的な了承であり、手の内全てを見せるような愚は冒さないことが大前提である)

千景(ゆえに、いずれ伝えなければならない話題であるところの、自身の目的は、要望通り伝えておくことにした)

千景「……元居た世界へと帰る、それが最終的な私の目的よ」

園子「元の世界……なるほど、ね」

千景(驚いた素振りも見せず乃木園子は静かに理解を示していた)



68 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 19:00:27.22 ID:Z+ozzRtCo

園子「私も予想はしていたんよ。この世界とは別の世界があって、そこから千景ちゃんが来たんじゃないかって」

千景「それは天才の発想? それとも、根拠あってのもの?」

千景(ある程度こちらも予想していた範囲の発言ではあったので、私も的確に言葉を紡いでいく)

園子「もちろん後者だよー。……多分、千景ちゃんは"これ"を知っているよね?」

千景(だけど、次の一言だけは流石に平然としていられず──)

園子「『鷲尾須美は勇者である』『結城友奈は勇者である』」

千景「っ!?」

園子「──という二つの作品のことを」

千景(……)

千景(……そう)

千景(いきなりで多少驚いてしまったけれど、私の推測は間違っていなかったことに他ならない。こちらを見透かすような左目を私は正面から受け止め直す)

千景(──明確なきっかけは、素性の知れぬ私が大赦から厚遇を受け始めた時。その裏に、権力を有している乃木園子の顔が浮かび上がるのは自然なことで、そこから芋づる式で"もしや"の思考を連ねていった)

千景(そして、三ノ輪さんの存在が決定打となる。先代勇者である三ノ輪銀が生きているのなら、それは明確に歴史が変わっていると言うこと。"もしや"の想像と合わせて、乃木園子が未来を知っているという推測に辿り着いた。だから、これはある意味必然的な思考と言える)

千景「あなたが持っていたのね?」

園子「それに関しては否定かな。だけど、私が"神書"を読んだことに関しては、事実だよ」

千景「シンショ?」

園子「神の書で神書。未来に起こることが神様の視点で書かれた本だからね」

千景「……あなたたちにしてみたら、確かにそうなのかもしれないわね」

千景(こちらとして見ればライトノベルの一種が神の書なんて笑える冗句ではあるのだけれど)

園子「ねぇ、千景ちゃん」

園子「私は、私の知っていることであれば全てをあなたに教えてあげるつもりではあるんだよ。……だからね、代わりに教えて欲しいの。あなたの居た世界は、バーテックスに侵略されていない正常な世界なんだよね?」

千景(質問の意図は読み切れない。けれど、その言葉には今までなかった彼女の生の感情
が存在しているように感じて、私は素直に答えていた)

千景「……正常かどうかは分からないけれど、少なくとも人々は地球のいたるところで生活していて化け物の脅威に脅かされていない、そんな西暦であることは間違いないわ」

園子「……そっか。その言葉を聞くことが出来て、うん……私は救われた心地だよ」

千景(乃木園子がこの時どんな思考に至ったのかも理解は出来ない。けれども、その安堵の声から本心であることは間違いないようだった)



69 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 19:01:21.74 ID:Z+ozzRtCo

園子「私が神書を拾ったのは二年前の……本来だったらミノさんが亡くなってしまうはずの日。戦闘が終わって、樹海化から戻ったら私の隣に落ちていたんだよ」

千景(乃木園子は書籍の出所について語っていく)

園子「正直、ね。戸惑ったよ。私とわっしー、ミノさんが登場人物の小説だったんだから。誰かがいたずらで作ったのかなとも思ったくらい。だけど、そこに書かれていた内容は私たちでないと知り得ないもので、ううん、私たち以上に知っている人が書いた内容であることはすぐに分かったよ」

園子「それでも最初は単なる偶然だと思い込もうとした。でも、バーテックスの次の襲来時期も一致していて、私たちの誰も死ぬことなく敵を追い払うことまで出来てしまった。だから私は、その時にはもう受け入れるしかなかったんだよ」

千景(……つまり、私と手甲が飛ばされた今より二年前に『鷲尾須美は勇者である』の小説もこの世界に飛ばされていたと言うことになる)

千景(……動悸が嫌なくらいに大きくなってくる。その質問をするには多大な躊躇があった。けれど、聞かずにいることは当然出来なくて──)

千景「た、たかしまさん……高嶋さん……高嶋友奈と言う人は、一緒に居なかったの……?」

千景(この世界に飛ばされてきた時からずっと自分の中で否定してきた可能性だった。……元の世界に残されているほうが不自然だと、私はきっと知っていたのだから)

園子「……」

園子「ごめんね。落ちていたのは神書だけなんだ。……でも、高嶋友奈さんという名前に聞き覚えはあるよ」

千景「どこッ! 高嶋さんはどこに居るの!?」

千景(否定され、すぐに可能性を提示される。冷静でいられるはずがない)

園子「……西暦の時代の終わり、神世紀が始まる以前。この四国には"四人"の初代勇者が居たとされるんだよ。その中の一人が高嶋友奈さん」

千景(落胆と共に、ホッとしたのも事実だった)

千景「……つまり同性同名の別人と言うことね」

園子「……」

園子「これは私の勝手な想像になるからそれを踏まえた上で聞いてね。神書が発行されたのが2014年12月、バーテックスが襲来したとされる『7・30天災』が2015年7月末、その間は半年程度しか時間が空いていないんだよ」

千景「待って……。バーテックスの襲来は2015年なの……?」

千景(図書館等で調べても出て来なかった情報である。大赦が守秘していた情報かもしれない)

園子「うん。千景ちゃんが居た時代のすぐ後が2015年なんだよね?」

千景「……ええ……。──っ! そ、それじゃあもしかして!?」

千景(今更ながらに、私の居た時代とこの世界の歴史があまりにも直線上にあることを知る。それはすなわち──)

園子「ううん、その想像は多分違うと思うよ。私の結論としてはね、二つの世界はどこかで分岐したんじゃないかな、ってことなんだよ。そうでなければ神書が現存していないのは流石におかしいから。大赦が検閲して情報を制限している可能性もあるけど、私の知り得る大赦の現状に対してそれはあまりにも不都合が多すぎるよ」

千景「……要するに、あなたは私が居た元の世界とこの世界をパラレルワールドと解釈したと言うこと?」

園子「それが一番適当な言葉かな。神書が書かれていない世界と書かれた世界。バーテックスが襲来した世界と襲来するかは未知の世界。フィクションだと思われている世界とフィクションを作った者が居る世界。この二つの世界は似ているけど、やっぱり違う世界だと私は思うんだ」

千景(推測だと口にするが、彼女の言葉には確かな自信がにじんでいた)

千景「根拠は?」

千景(そして、乃木園子はあっさりと答える)

園子「あなたの使った手甲」

千景「……あれが何なのか分かるの?」

園子「あれはね、精霊の集合体のようなものなんだよ。そして、それを作ったのは……」






園子「私のご先祖様である──乃木、若葉様」






千景(私の中で全ての点が、一本の線で結ばれた瞬間だった)



70 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 19:02:12.02 ID:Z+ozzRtCo

園子「……驚いていないね? 今の言葉って、本来なら千景ちゃんにとってはびっくりすることだったんじゃないのかな?」

千景「驚いてはいるわ。ただ……あの人、と言うよりその近しい人ならそこまですると思ってしまったのよ」

園子「もしかして、私のご先祖様とも知り合いだったりするの?」

千景「面識はないし、元の世界に存在しているかも不明よ。私が"彼女たち"を知っているのは、単に、初代勇者たちの記憶を植え付けられてしまっているからに過ぎないわ」

園子「記憶を植え付けられている?」

千景「……どうやらあなたもそこまでは知らないようね。あの手甲は私ではない郡千景の記憶が収められているの。……力を使えば使うほど、私がその郡千景に塗りつぶされてしまうほど強烈にね」

千景(現に七人御先を使用してから私の記憶の半分程度は書き換えられてしまっていた。正確には勇者部に入部した辺りから異変は起きていたように思うから、急速に進行してしまったと言うのが正しいのか)

千景(ただ、幸いだったのは、書き換えは過去から行われるらしく高嶋さんと出会ってからの記憶は現状一切冒されていない。……その分、胸糞悪くなるような隣人たちとの思い出が頭の中に詰め込まれてしまったのだけれどね)

園子「……乃木若葉様、高嶋友奈さん、伊予島杏様、土居球子様。最初の勇者はこの四人だったと言われているけど、残された御記には明らかに検閲された痕跡が多数見受けられた。……そっか、千景ちゃんは五人目の、歴史の中に葬られた勇者だったんだね……」

千景(……)

千景「初代勇者である郡千景と私を同一視しないでもらえるかしら? 私は私。ここに居る私は歴史に抹消された郡千景じゃない」

千景(……あなたに記憶を侵食されていく気持ちが分かるの? 自分自身、気付かないうちに別の自分に変わっていくのよ? 恐怖すら感じずに、当たり前だと受け入れて。……本当は怒りを見せる場面だったのかもしれないが、今の私は怒りすら浮かんでこない)

園子「ごめんね、失言だった。……恨んでいる? 私もご先祖さまも」

千景(その質問は正直答えに迷う部分がある。それでも、本音だけで言葉を作るのであれば)

千景「……恨み妬みは不思議なことに、今の段階ではないわね。大分郡千景の記憶にやられているからなのかもしれないけれど。ただ、こんな無責任なことをされたことに対する怒りだけはあると思うわ」

千景(本当は怒りなどない。きっと失われた記憶部分の私ならそう言うと想像して発言しただけに過ぎない。なのに、乃木園子は初めてその左目の瞳を揺らし、神妙な顔つきで、言葉で私に告げる)

園子「若葉様の分も私が謝ります。……ごめんなさい。こんな言葉で許してもらえるとは思いませんが、どうか──」

千景「それこそ、そんな言葉は要らないわ。私に必要なのは、元の世界へと戻る方法。そして、私は高嶋さんのところに必ず帰るのよ」

千景(それが、まだ失われていないはずの私自身の記憶から生じた、郡千景の唯一の願いだった)



71 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 19:03:03.06 ID:Z+ozzRtCo

園子「……うん、謝罪の分まで私に出来ることをさせてもらうね」

千景「じゃあ、もう一度質問するわ。私が元の世界に戻るためにはどうすれば良いの?」

千景(先ほどの様子から全面的な協力は取り付けられたと見た。だから、腹芸なしで率直に訊ねる)

園子「……若葉様が辛うじて残していたのは手記の一部だけだから、大まかな答えになってしまうのことは最初に謝っておくね」

千景(頷く)

園子「千景ちゃんが元の世界に戻るためには……この世界の危機を解決すること。そうすれば役目を終えて勇者は元の場所に帰って行く、と記述されていたことは間違いないよ」

千景「……酷く曖昧ね」

千景(けれど、これでようやく目途はついた。要するに、ゆゆゆで言う十二話ラストを迎えろと言うことなんでしょう、乃木さん? ……私は垣間見た記憶でしか知らない人へと心の中で語りかけていた)

園子「もし、それ以上のことを知りたい場合は大赦の創設から現在まで、その実質的な権力を握ってきた一族にお願いするしかないんだよ」

千景「大赦のトップと言うこと?」

園子「そうでもあるし、そうでもないと言えるかな。……初代勇者を支え、大赦の基礎を築き、表舞台へ出てくることには消極的。それでも勇者の末裔である乃木家に並ぶ名家──」

千景「……腹に何かを抱えていそうな子だったけれど、後世に色々と影響を与えているようね。──初代巫女の子孫のことなのでしょう?」

園子「うん、それが上里家」

千景(上里ひなたの子孫ね……。やりづらい相手ではあることが予想されるけれど、それでも──)

千景「私がこれから行うことは明確になったようね」

園子「……残念ながら上里家に接触できても、簡単に代々伝わる手記を見せてもらうことは叶わないと思うかな」

千景「しかもどこの馬の骨とも言えない私では、ね。あなたでも難しいことなの?」

園子「私は大赦から敬われているようではあるけれど、実質的には軟禁に等しいからね。大赦も一枚岩でない以上、私から上里家に接触することはとても難しいんだ」

千景「それでも、この話をしているのだから、何らかの手段は用意しているのでしょう?」

園子「うん。……もう入ってきても良いよ」

千景「なっ……!」






銀「あ、あははは……。き、気まずいなぁ、もう!」






千景(……三ノ輪さんが、ばつの悪い顔をして病室へと入って来た──)



72 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 19:04:27.21 ID:Z+ozzRtCo
ここまで
皆さん、良いお年を!
73 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/12/31(日) 19:08:19.56 ID:7gNIcBPh0
須賀京太郎本日入部する浄化担当のS17だ
74 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/31(日) 19:40:22.19 ID:uuIc+OjX0

良いお年を!
75 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/05(金) 21:20:41.65 ID:BSpRr3gRo
あけましておめでとうございます
久しぶりになりますが、続きを投下していきます
76 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/05(金) 21:26:48.47 ID:BSpRr3gRo

千景「……やってくれたわね、乃木園子」

園子「ごめんね。でも、この先に進むためにはミノさんの協力が必要なんだよ。それに、千景ちゃんも奥の手は隠しているよね? それで何とかおあいこにはならない?」

千景(最初から見透かされている予感はあったけれど、こうも堂々と謝罪に混ぜてくるとはね)

千景「……そう言うところが、あなたを今一つ信用出来ない理由よ。ここまでの全てがあなたの思惑通りなのでしょう?」

園子「ううん、私は神様ではないから流石に全てを見通すことはできないよ。だけど、千景ちゃんとの話がどんな流れを辿ったとしても、この場面に行きつくことだけは予想できたからね、千景ちゃんと同じ時間にミノさんとも会う約束をしていたんだよ」

千景(同じ時間に約束?)

千景「三ノ輪さんと鉢合わせしてしまっても不思議ではなかった、と言いたいのかしら? どう好意的に考えてもあり得ない話ね」

園子「……そうだね。だから、私はミノさんに約束の時間よりも早く来ちゃ駄目だよって付け足したんだ。ミノさんは昔から不幸体質で、待ち合わせ場所に時間ぴったし来るのはとても難しかったから」

千景「……今の話、本当なの三ノ輪さん?」

銀「あ、実はアタシのこと見えていないんじゃないかな? とか思っていたんですけど、違ったんですね。……良かったぁ」ホッ

千景「何を言っているの、あなたは?」

園子「ミノさんは変わらないねー」

銀「園子はともかく千景さんの真顔が胸に痛い! あ、さっきの答えなんですけど、はい、どうもアタシは不幸体質に間違いないようです。さっきも木に引っかかった帽子を取ってあげたり、三回くらい道を聞かれたりしましたし。なので、皆との集まりの日とかは結構早めに家を出ていたりするんですよねー」アハハ…

千景(……その様子を見る限り、本当のようね。けれど、それは何と言えば良いのか)

千景「実はあなた、イベントと必ず遭遇するノベルゲームの主人公だったりするの?」

銀「ふ、普通の中学生ですってば! 千景さんも知っているでしょ!?」



77 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/05(金) 21:33:23.21 ID:BSpRr3gRo

千景「甚だ疑問は残るところだけれど、いい加減本題から逸れすぎたわね。これが乃木園子の策謀なのはよく分かったわ。──それで、三ノ輪さんは私たちの会話をどこから聞いていて、どこまで理解したのかしら?」

銀「うっ……えーと、それは……」

園子「千景ちゃんが別の世界の人で、私も千景ちゃんも未来のことをある程度知っているってことは本当なんだよ、ミノさん」

銀「半信半疑だった部分をいきなり断言されたよ!?」

千景「ほぼ最初から立ち聞きしていたわけね」

銀「今のだけで何故か伝わっているし!? ……でも、やっぱり本当のことだったんですね。扉の前で聞いていた限り、冗談で言い合っていたようには到底思えませんでしたから」

千景(三ノ輪さんの言葉、今の殊勝な様子から見ても、ほとんどの部分を彼女は理解出来ていたと見て間違いないだろう。……普段ゲームや漫画を嗜んでいることだけあって突飛なことへの適応力がそれなりに高いわけね)

千景「乃木園子、今の三ノ輪さんの言葉を私が肯定か否定かするには大切な情報が一つ欠けているわ。上里家への接触のために何故三ノ輪さんが必要となってくるのかしら? 返答によっては三ノ輪さんを用意した謀を水に流してあげても良いわ」

園子「身から出た錆だけど、千景ちゃんは手厳しいなあ……。ねぇ、ミノさん。今のミノさんは戸惑っているけど混乱はしていないよね? もしかして"読んだ"のかな?」

銀「……ああ。忠告を聞かずにごめんな。けど、今のアタシに絶対必要なものだとも思ったんだ。そして、それは間違いじゃなかった」

千景(一転して真剣な表情になる三ノ輪さん。そして、乃木園子の言った"読んだ"と言う単語。そこから示されるのは──)

千景「……理解したわ。『鷲尾須美は勇者である』の小説を持っていたのは三ノ輪さん、あなただったのね?」

園子「うん。私がこんな身体になることは最初から分かっていたからね、信頼できる人にあらかじめ頼んでおいて、後でミノさんの手に渡るよう手配していたんだよ」

千景「……てっきり大赦の手に渡っているものとばかり思っていたわ」

園子「大赦に知られるとマズイことも多く書かれているからね。第一、大赦がすでに知っていたら今のこの場面は生まれていなかったはずだよ?」

千景「……」

園子「そっか……。千景ちゃんの所有物だけど、まだ読んでいない本だったんだね」

千景「……沈黙だろうが発声だろうがあなたの観察眼には一切関係なしね。……ええ、届いたばかりで、まさに読もうとしていた時に、私はこうして巻き込まれたのよ」



78 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/05(金) 21:44:52.68 ID:BSpRr3gRo

銀「……すみません、千景さんのものだとは知らずにアタシが先に読んでしまって。──この本で間違いないですよね?」

千景(それは三ノ輪さんが持っていたポシェットから取り出され、私は久方ぶりに儚げに微笑む鷲尾須美の姿を目にしていた)

園子「ミノさんに渡る時に、この本はある程度厳重に梱包していてね、それを解いたら近しい人に良くないことが起こるって、ちょっと怖い注意書きをしていたんだ。わっしーに教えてもらった不幸の手紙の真似事だね」

銀「ただでさえ不幸体質のアタシだから、本当に起きるんじゃないかってほんと怖くて怖くて、昨日までタンスの奥深くに眠らせていたんですよ。……と言うかさ、アタシのことをよく知っているなら脅かすようなことはやめてくれよ、園子!」

園子「でも、そうする必要があったことは今のミノさんなら理解しているんだよね?」

銀「嫌ってほどにな。……千景さんの本がなければ、自分で言うのも抵抗があるけど──アタシは死んでいたんだよな?」

園子「……」

園子「小説の中のミノさんはとってもカッコよかったし、心の底から尊いと思っていたよ。でも……あんな歴史、私は絶対に認めたくなかった」

千景「だから、本来起こるはずだった未来を変えた、と?」

園子「偶然の要素は大きかったと思うんだよ。実際、私は神書に仄めかされていた状態とほとんど変わらない身体の状態になってしまっているからね。……だけど、ミノさんがこうして生きていて、千景ちゃんもここに居る。それは本来の道筋とは違う、神書から外れた可能性の今。──私はあの頃に、未来は変えられると……知ったんだ」

千景(悲惨としか言いようない現状の乃木園子だったけれど、今この時、そう宣言した瞬間だけは、希望に満ちた瞳が確かに存在しているように見えた)



79 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/05(金) 21:53:00.08 ID:BSpRr3gRo

*帰り道

千景(三ノ輪さんを乃木園子の病室に残し、私は夕焼けの中を一人歩いていた)

千景(話はまとまり、三ノ輪さんの協力を得て明日から私たちはそれぞれ動いていく。私の肩に下がるのは三ノ輪さんから預かったポシェット。中には少し古びてしまった『鷲尾須美は勇者である』のノベライズ。……私の体感時間では一ヶ月、けれどこの本は二年の月日をこの世界で過ごした換算となる)

千景「……」

千景(不思議な感慨のような感情が胸の中に微かに浮かんだ。それは回顧を呼び起こし、直近の記憶から順に想いを巡らせていく)

千景(先ほどの病室での場面。三ノ輪さんは私の素性に終始戸惑ってはいたが、一方で一貫して協力的でもあった。わすゆの内容がそれだけ悲惨であるのか……あるいは、本当にあるいはの話であるが、この世界で三ノ輪さんと築いてきた親交が、目に見えない確かな何かが、彼女の心情に語り掛けた結果……だったのかもしれない)

千景(私らしくない思考だと思った。……そして、これはさらに輪をかけて私らしくない感傷)

千景(今朝からずっと頭の中に浮かんでいた場面。それは、そう、小雨の屋上で見た風先輩のあの作り物のような笑顔で──)

友奈「あれ? ぐんちゃん?」

千景「!? ゆ、結城さん……?」

千景(考え事をしていたからか私の歩みは遅く、振り向くと結城さんの眩いばかりの笑顔が目の前にあった)

友奈「もしかして病院の帰り? 奇遇だね〜」

千景「……ええ、奇遇ね。結城さんは珍しく一人のようだけれど?」

千景(結城さんは東郷さんの家の隣と言うこともあって、基本二人は送迎車での帰宅となる。だからこうして、一人帰宅の途を行く結城さんは非常に稀な姿だった)

友奈「そうなんだよね。今日は東郷さん、ちょっと用事があるらしくて先に帰っちゃったんだ。千景ちゃんも銀ちゃんもお休みだったから、勇者部がちょっと寂しかったかな……なんて」

千景「それは……申し訳ないことをしてしまったわ。そして、重なる時は重なるものなのね」

千景(全員が故意であることは知っていたが、まさか本当のことを結城さんに言えるはずもない)

友奈「だね。でも、こうしてぐんちゃんと会えたから私は元気いっぱいになったよ! ──あ、そうだ! ぐんちゃん、これから私の家に来ない? 旅行の時に言っていたマンガもあるよ?」

千景「ええ! 行くわ!」

友奈「わーい、やったー!」

千景(……反射的に答えてしまったけれど、よくよく考えれば夕食に近い時間帯だった。迷惑になると思いつつも結城さんの嬉しそうな表情を見てしまったら、結局何も言えなくなってしまうのが私なのよね……)



80 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/05(金) 22:02:00.06 ID:BSpRr3gRo

*友奈の部屋

千景「ここが……結城さんの部屋……」クンクン

千景(凄い! この空間全てに結城さんを感じるわ!)

友奈「散らかっててごめんね。──ええと、この辺りにあるのがマサオさんだよ」

千景(本棚の一角には旅館に置かれていた漫画と同じシリーズが並んでいた)

千景「いいえ、とても綺麗な部屋だと思うわ。……ただ、結城さんがこう言った本を持っているのは少し意外ね」

友奈「あはは。私もどっちかと言えば少女漫画を読むほうなんだけど、お父さんからいっぱい貰っちゃったんだよね。でもでも! 読むととっても面白いんだよ!」

千景「……」

千景「……お父さんから譲り受けた本だったのね。色々と納得したわ」

千景(結城さんの性格を考えれば不自然なラインナップであると、慰安旅行の時から思ってはいた。しかし、そう言った理由であれば理解は出来る。そして、西暦時代の書籍をここまで忠実に復刻し、世間に浸透している光景が改めて目の前にあった。それに鑑みると、確かに乃木園子の言った通り"わすゆ"がこの世界で執筆されていないことは間違いないだろう)

千景(……乃木園子の名前を出してしまったことで、結城さんの部屋に居る喜びが霧散していくのをありありと感じた。彼女の目的はある程度かみ砕けたし、私自身も手段を選ばない性質であることは否定しない。けれど、私たちの思惑の過程で私たち以外の……勇者部の皆は傷つき、実際、風先輩にあんな顔をさせてしまったのは紛れもなく──)

友奈「勇者部五ヶ条!! ひとおお〜つ!」

千景「!?」ビクッ

友奈「あ、ごめんね。思ったより声が出ちゃった」エヘヘ

友奈「──でも、ぐんちゃん。悩んだら相談、だよ? さっき会った時からずっとぐんちゃんは何かに悩んでいたよね?」

千景(……結城さんに見透かされていた、いえ、今の私が分かりやす過ぎるのかもしれないわね。自覚して、自身がこれほどまで何に引っ掛かりを覚えていたのかを、理解してしまう。だから)

千景「……結城さんには敵わないわ」

友奈「うん……。もし良ければだけど、私にぐんちゃんの悩み事を聞かせてもらえるかな?」

千景(躊躇はあったけれど、結城さんの言葉があまりにも優しくて、結局私は)

千景「……お言葉に甘えさせてもらおうかしら。面白くない話になるとは思うのだけれど──」



81 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/05(金) 22:07:53.49 ID:BSpRr3gRo

千景「──それであの時、犬吠埼姉にもう少しかけてあげられる言葉があったかもしれない、と思ってしまったのよ」

友奈「……そっか。落ち込んでいた風先輩が笑顔を作っちゃったから、ぐんちゃんは何も言葉をかけられなかったんだね」

千景(大分ぼかしてはあったけれど、朝の一幕を結城さんへと伝えることが出来ていた)

千景「私自身、何故その程度のことをここまで気に掛けてしまうのか不思議ではあるのよ。でも……どうにも、犬吠埼姉のあの見せかけの笑顔が、頭から離れないのよ……」

友奈「……風先輩の笑顔はいつもひまわりみたいだからね、私もそんな姿を見ちゃえば絶対気にしてしまうと思うよ。……ねぇ、ぐんちゃん。もしかしてだけど」

千景(珍しく、探るように結城さんが上目遣いを私に投げかけてくる。次に出てきた言葉はある意味想定していたもので──)

友奈「昨日の、ぐんちゃんたちが前の勇者の方から聞いたお話が、今の話の原因だよね?」

千景「……結城さんは知っていたのね。情報元は東郷さん?」

友奈「……うん。昨日、東郷さんが教えてくれたんだ。先代勇者のこと……満開の代償のこと、を」

千景(……なるほど合点がいったわ。東郷さんの朝の意味深な無言はそう言うことだったのね)

千景「東郷さんの性格を考えれば当然の話ね。むしろ結城さんに相談出来るだけまだ余裕があったとも言えるわ。……それで、結城さんはその、平気なの? 大分ショッキングな話だったと思うのだけれど」

千景(結城さんと視線が真っすぐに交差する。真摯で迷いのない美しい瞳だった)

友奈「正直、驚きはしたよ。だけど、私の分まで東郷さんが悲しんでくれたから、私は案外大丈夫だったんだ。それに、銀ちゃんが何とかするって言ってくれたらしいし、私も何か出来ないか一生懸命調べてみるつもり……で結局何もできていないんだけどね」アハハ…

千景「……結城さんも強いわね」

千景(三ノ輪さんにも同じ感想を抱いたが、勇者部のメンバーは本当に心が強い。それが真の勇者たる資質なのかもしれない)

友奈「私は何も強くないよ。皆が居るから、私の傍には勇者部の皆が居てくれるから、私は前を向くことができる。……ただそれだけなんだ」

千景「……それが強いと言うことなのよ」

千景(あえて聞こえないように、私は微かに呟いていた)



82 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/05(金) 22:11:28.14 ID:BSpRr3gRo

友奈「色々と脱線しちゃったね。風先輩にかけてあげられる言葉が何かあったかもしれない、だったよね?」

千景「……結局、こうやって静観しているのが正解だったのでしょうね」

友奈「……うん。風先輩にかえって気を遣わせてしまうことはどうしても考えちゃうよね。……言葉とか関係なく、ぐんちゃんは風先輩に何かしてあげたいことってある?」

千景「犬吠埼姉にしてあげたいこと……?」

友奈「多分ぐんちゃんが悩んじゃったのは、ぐんちゃんにできることが他にあったのに、それをすることができなかったからだと思うんだ。だから、ぐんちゃんが風先輩にしてあげたいことをすれば、きっと解決するんじゃないかなって……上手く言えないけど、そういうことだと私は思うよ」

千景(私が風先輩に出来るはずだったこと……)

千景(結城さんの言葉を自分の中でゆっくりかみ砕いていく。すると、容易にその答えへと辿り着いていた。……結局の話、私は最初からその答えを知っていて、ずっと見ない振りをしていたに過ぎなかったのだろう)

千景「……」

千景「結城さん。あなたのおかげで答えは得たわ。……ありがとう」

友奈「うん。ぐんちゃんの顔が少しだけ晴れやかになってくれて嬉しいよ。……でも、今出た答えで少し困っているように見えるけど……そこまで聞いちゃいけないよね?」

千景「……結城さんにだったら教えても良いのだけれど、これは私自身で解決すべき問題だとも思うのよ」

友奈「そっかぁ。……それじゃあ、もしまた悩んじゃったらその時に聞かせてね」

千景「……ええ、必ず」

千景(結城さんとの約束も高嶋さんとのそれと同じように必ず果たそう、そう心に誓った)



83 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/05(金) 22:30:10.49 ID:BSpRr3gRo

友奈「勇者部の五箇条はほんとに凄いよね? 私たちの人生に必要なものが全部そろっていると言っても過言じゃな……っ!」ズキン

千景「結城さん!?」

千景(私自身の答えが出た頃、結城さんが唐突に頭を押さえていた)

友奈「あ、ううん、だ、大丈夫だから」ズキズキ

千景「も、もしかして、頭が痛むの……?」

千景(思い浮かぶのは母の姿。どちらの郡千景の記憶かは最早分からないが、それは自分自身認めたくない、いわゆるトラウマと呼ばれるものを刺激した。だから、心が酷くざわつき始める)

友奈「……うん。でも、本当に大丈夫だから。多分偏頭痛ってやつなのかな?」

千景「今すぐ! 今すぐ病院に行きましょう!!」

友奈「えぇ!? お、大袈裟だよ……?」

千景「いえ、頭の不調は大病の合図よ。事態は一刻も争うわ!」

千景(母は空を見上げるだけで狂乱するようになった。もし、結城さんもそうなったら──!?)ゾクリ

友奈「え、ええとね、ぐんちゃん……?」

千景「救急車、そう、救急車を呼ばなくちゃいけないのよ!」プルル…

友奈「わー! 落ち着こ! ねっ、ぐんちゃん! あー! 電話するのはほんとにやめてー!」アタフタ

友奈「うぅ、ごめんね。一旦これだけ預かるから」ヒョイ

千景「あ……!」

千景(……結城さんにスマホを取られてしまった。……そして、私は幾分落ち着きを取り戻していた。──自分が狂乱してしまってどうするのよ、郡千景……)

友奈「あ、ぐんちゃん、落ち込まないで! 私のことを考えてくれたんだよね?」

千景「……」コクン

友奈「その気持ちは嬉しかったよ。でも、本当にただの頭痛だからね」

千景(そう言われても私の不安はどうにも消えてくれない。見かねたのか結城さんは、先ほどの言葉を補足するのように静かな声で)

友奈「……実を言うと私ね、少しでも寝不足になると昔から頭痛になりやすいんだ」

千景「……寝不足?」

千景(その理由はありふれたもの。だからこそ、そんな単純な理由を結城さんに当てはめると言う発想を、今の今まで持つことが出来なかった)

友奈「うん。……実は、昨日東郷さんから満開の真相を教えてもらってから、ええとね……その、ほとんど眠ることができなかったようで……」

千景(結城さんの様子で、寝不足が頭痛の理由であるとようやく得心に至る。……重い荷物を下ろしたかのような疲労感だけが私の中に残り、それは安心と言う感情を私の中に生んだ)

千景「そう、だったのね……」

千景(考えてみれば当然のことで結城さんも十三歳の少女なのだ、あれだけ酷な話を聞いて安眠できるほうが異常と言える。ほぼ部外者である私でさえ昨日の寝つきは良くなかったのだから)

友奈「でも、何でかな、隣にぐんちゃんが居てくれると……ちょっと眠くなってきたかも」コトン

千景(結城さんが私の右肩に頭を預けてくる)

千景「……ふふっ、東郷さんに怒られるわね、私」

友奈「……東郷さんは優しいから大丈夫だよ。……でも、本当に……ぐんちゃんの隣って……落ち着く、なぁ……」

千景(ほとんど時間もおかずに寝息がすぐ傍で聞こえ出す。──思いがけず訪れた幸福に、私はそのまま身をゆだね、束の間の穏やかな時間を過ごしていった)



友奈「……」ズキズキ…



84 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/05(金) 22:34:31.31 ID:BSpRr3gRo

*翌朝・学校屋上

千景「あら、遅かったわね?」

風「あ、ごめん。樹が中々起きなくてね」

千景「そう言えば樹さんのお姉さんだったわね、あなた。あまりにも樹さんが可愛らしいから忘れていたわ」

風「樹が可愛いのは仕方ないけど一応言っておくわ、それってどういう意味よ!? 女子力の申し子と呼ばれたアタシが可愛くないと!? それと、アタシのこと毎回犬吠埼姉って呼んでいるでしょうがッ!」

千景「今日は平常運転のようで何よりだわ」

風「……その、昨日は迷惑かけたわね。あの後、大赦に連絡をとったらさ、やっぱりアタシたちの身体は治るって言われたわ。まったく……何かの間違いで情報が錯綜して困ったものよね」

千景「……」

千景「……そう」

風「それで今日呼び出した用事って何? はっ! もしかして、アタシのことを気遣ってくれていたとか!」

千景「その通りよ」

風「なーんてことあるわけ……あったし!? え、ほんとに? 千景ってば、熱があるとか言わないわよね……?」

千景「随分と失礼な犬ね」

風「遂に吠埼姉まで無くなったわよ!? ……いや、ごめん。まさか千景がそう素直に答えてくれるとは思っていなかったからさ」

千景「心が鬼の霍乱になってしまっただけよ。でも、その様子なら杞憂だったようね」

風「鬼のカクランってどう言う意味だっけ? あ、わざわざスマホで調べてくれたの? って! 心の病気になったからアタシを心配したってどういうことよ!?」

千景「健常であなたを心配する道理があるはずないでしょう?」

風「さも当然だという感じで言わないで! アタシの心がそれこそ病むから!」



85 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/05(金) 22:41:20.99 ID:BSpRr3gRo

千景「冗談はほどほどにするとして、あなたはそれで納得しているの?」

風「……正直なところ、気持ちは半々よ。実際に千景たちは先代勇者の姿を見てしまっているわけだし。でも、大赦は治るって答えてくれた。後は、どちらを信じるかの話よね」

千景(そう言って、風先輩は空を見上げる。昨日とは打って変わっての快晴だった)

風「──で、アタシは大赦を信じることにしたのよ。……両親が亡くなってから生活の面倒を見てくれたのは大赦だった。大赦がなければアタシも樹も路頭に迷っているところだったのよね……。千景たちの話も信じているけど、今その大赦を信じなければ、ここまでの全てが、アタシの中の前提が、きっと崩れてしまうと思うから──それは絶対に駄目なのよ」

千景(……この段階で彼女はある程度察していたと言うことね。けれど、風先輩の事情が自分自身に認めることを許してくれないのだろうと予想がついた)

千景「……あなたの結論に私が口出し出来ることはないわ。ただ一つだけ、いえ、二つ言葉をかけるとしたら──」

風「……何だかその言い回しも懐かしいわね。あんたと初めて話した時もそう言っていたことを覚えているわ」

千景(あれから一ヶ月。私は少々この世界に長居をし過ぎてしまったらしい。だから、こうしてらしくないことを行っている)

千景「一つは、あなたの信じる道を進みなさい、と言うこと」

風「……ありがと。千景にそう言ってもらえると心強いわ」

千景「例え、あなたが誤った道に進んだとしても、あなたの仲間が、勇者部の皆があなたを正してくれると思うわ」

風「……それも肝に銘じておく。当然、千景もアタシを正しい道に戻してくれるのでしょう?」

千景「……ノーコメントよ」

風「そこは『うん』とか『ええ』とか言っておきなさいよ! そう言う場面でしょ!?」

千景「そして、二つ目は──」

風「あ、無視して普通に続けるのね。あんたらしいと言えばらしいけど」



千景「──私の正体は未来からやって来た未来人よ。あなたが悩みに悩んだ時だけ、助言を与えてあげなくはないわ」



風「は……?」

風「──えぇっ!? あ、あんたいきなり何言ってんの!? ……その、頭大丈夫?」

千景「あなたに頭を心配をされる日が来るとはね。煉獄に落ちてしまえば良いのに!」

風「確かに今のはアタシが悪い部分もあったけど、流石にそう聞くしかないでしょ……」



86 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/05(金) 22:44:13.57 ID:BSpRr3gRo

風「ええと……今の言葉って普通に冗談よね?」

千景「煉獄に落ちてしまえば良いと本気で思っているわ」

風「そっちじゃないわよ! って、それはそれでやめてー!」

千景「……あなたね、私が冗談で未来から来たと申告するとでも思っているの?」

風「いや、まぁそれはそうなんだけどね。いくらなんでも信じられないっていうか……」

千景「……近いうちに樹さんの担任にあなたは一つ相談、と言うよりは報告を受けることになると思うわ」

風「……もしかして、予知ってやつなの?」

千景「万能ではないけれど、限定的になら未来を言い当てることが私には出来るのよ」

風「……ちょっと待って。 もしそれが本当だとしたら、樹が何か悪いことをするってことなの? いやいや! あの子はそんな子じゃないわよ!」

千景「そう言った類の話ではないわ。あなたにも樹さんにも非のないことが原因よ」

風「よく分からないけど……それなら、良いのかしら……?」

千景「未来から来たことの真偽に関してはそれから判断してもらって構わないわ」

風「……ええとさ、もしかしてだけど、要はアタシが困った時、相談に乗ってくれるって話をしてくれているのよね?」

千景「解釈はあなたに任せるわ。私が伝えたかったことは以上よ。さっさと帰りなさい」

風「いや、同じ教室でしょ!? ……でも、千景が未来から来たって言われると──」ソウイエバ…

風「ううん、ごめん、やっぱり保留で。その樹の担任からの話があった時にもう一度考えてみるわ」

千景「それで良いと言っているでしょう? あと、当然の話だけれど、他言無用よ」

風「誰も信じないでしょ、こんな話……。いや、銀なら信じるか。あの子、変に男子っぽいノリな時あるし──って、無言で一人立ち去らないでよ!」

千景「ごめんなさい、そろそろホームルームが始まるから自分の教室まで戻らないといけないの」

風「だから、同じ教室でしょう!?」

千景(……さて、これが現状の私に出来る精一杯ね。──こう言うことで良いのよね、結城さん?)



87 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/05(金) 22:46:23.56 ID:BSpRr3gRo
ここまで
2期の最終話が今から楽しみです

特に意図のないゆゆゆいの画像を何となく置いておきます
https://i.imgur.com/chsRqyJ.jpg
88 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/05(金) 23:12:14.73 ID:r2LS2+UY0

待ってたから来てくれて嬉しい
89 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/06(土) 20:32:56.75 ID:eJvlprTto

*夜・自室

千景(表面上は何事もない一日が終わろうとしている。……二日連続で欠席するわけにもいかないと思い勇者部にまで顔を出したのが失敗だったわね。実質一日を無為にしてしまった形となる)

銀「いやー、町内会のおばちゃんたちが作ってくれた夕飯美味しかったですねー」

千景(いつものように三ノ輪さんが私の部屋でゲームのコントローラーを握っている。プレイしているわけでないため、モニターではデモ画面のループが続いていた。三ノ輪さんなりに現状を鑑みてくれているのだろう)

千景「あの年代の女性は何故あそこまでパワフルなのかしら……。自称女子力の塊でさえ断ることが出来ていなかったわよ」

銀「おばちゃんってそういうものッスよ。ボランティアはお礼を求めてするものじゃないのは分かっていますけど、やっぱりたまにはこういう役得があっても良いですよね」

千景「おかげさまで上里家へ行く時間がなくなってしまったのだけれどね」

銀「あー、だから少し機嫌が悪かったんですね?」

千景「東郷美森の性格を考えるのであれば、明日からの祝日を利用しないと言う選択肢は存在しないわ」

銀「……その、本当に東郷さんは、じ、自殺を……何度も試したりするんですか?」

千景「実際にアニメで描写もされていたし、私が接してきた彼女の実像とも合致している行動よ。アレは裏付けをとらなければ気が済まない厄介な性格をしていることはあなたも承知しているでしょう?」

銀「……須美もそうですけど、要するに真面目が過ぎるんですよね……」

千景「真面目という言葉は定義が広いせいで物事を曖昧にするわ。東郷美森の場合、自分の中の価値観に強く束縛されている、つまりは自己ルールを曲げることが出来ない人間であると言うのが適当ね」

銀「自己ルールって、横断歩道の白いところしか渡っちゃいけない的なアレですか?」

千景「ええ、それが常態化したようなものよ。朝は六時に目を覚ます、玄関の施錠後には必ず三度ドアノブを回す、テストを受ける時には一度消しゴムに左手を触れさせてから回答用紙をめくる。究極的には食事前のいただきますのような常識的な事柄さえ一種の自己ルールよ」

銀「なんか分かるようなものと分からないものが半々ですけど……あ、そうか! 自分でルールを決められるから本当に何であっても良いのか!」

千景「そう言うことよ。"勇者が死ねないと言うことを何があっても確かめなければならない"と言う自己ルールを東郷美森は設けた。遵守するためにあらゆる手段を用いるのが彼女の性格なら、自身の中で最も価値の低いであろう自分の命をファーストチョイスにするのは当然の結論ね」

銀「……自分が犠牲になるんだったら許せる。だけど、親しい人が犠牲になるのは絶対に許せない。……そう言うことなんでしょうけど、アタシは東郷さんのその考え方を認めたくないです」

千景「勇者部にも二通りの人間が居るわ。程度の差はあれ東郷さんのように自己犠牲をいとわないタイプと、自分を含めた全てを救おうとするタイプ。そして、後者に当たるのが三ノ輪さんと樹さんの二人だけと私見しているわ。……もっとも東郷さんの価値観から今の話に至るまで全てが私の妄言かもしれないけれどね」

銀「──いえ、多分全部当たっていると思います。だって、小説の中の三ノ輪銀は園子も須美も弟たちも、アタシ自身も救うために戦い抜いたんですから」

千景「……ええ、その点に関してだけは間違いようのない事実でしょうね」

千景(私もその勇士は小説で確認済みだった)



90 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/06(土) 20:33:38.18 ID:eJvlprTto

銀「結局、東郷さんの自殺未遂を止めることは……しちゃ駄目なんですよね?」

千景「捧げた供物がそのままで良いのなら一考は出来るけれど、結城さんの味覚をそのままにしておくことはあり得ない話よ。……それに、こう見えてハッピーエンドが好きなのよ、私」

銀「アタシも好きですよハッピーエンド! ……じゃあ、どんなに止めたくても知らない振りをしておくしかないんですね……」

千景「ええ。どうしても東郷美森の行動はこの先の未来に必要なのよ」

千景(幾度もあらゆる道筋をシミュレートしてみた。けれど、どの道を選択したとしても東郷美森の行動は外せない。結局のところ、ゆゆゆの物語は結城さんを主人公としていながら東郷さんの選択なしには結末へとたどり着けないのだから、実質彼女が影の主人公と言えるのかもしれない)

千景「鑑みると、明日に複数回の自殺未遂実験とその分析、明後日に犬吠埼姉たちを呼んでの実験結果報告と見ることが出来るわ。当然、歴史は変わってきているのだから過信は出来ないけれど、時間の強制力と言えば良いのかしら、そう言ったものが働いているのか、ゆゆゆで起こった現状ほぼ全てのイベントが発生していることは間違いない。だから、史実に沿った計画とイレギュラーに対応する二案での行動を昨日提唱したのよ」

銀「……正直、アタシが必要かな? って思うくらいに千景さんも園子も色々考えてくれていて……ほんとアタシって何なんだろう?」

千景「三ノ輪さんは三ノ輪さんよ。私たちの計画に重要な人物であり、歴史が変わったことを証明する生き証人でもある。……それと、私の、その……友人、でしょう?」カァー

銀「!」パァー

銀「も、もう! 嬉しいことを言ってくるですから! ──アタシにとっても千景さんは大切な友達です。尊敬している先輩でもありますよ」

千景「……っ……」///

千景「わ、私を殺したいでしょう!」

銀「顔を真っ赤にしながら何言っているんスか!?」

千景「……こほん」

千景「では、計画のおさらいをしていきましょうか」

銀「そ、そうですね。アタシもちょっと照れ臭かったですし」

千景「……まず明朝、私は単身上里家へ向かい──」

千景(三ノ輪さんとこれからについての最終確認を行っていく。やり取りは深夜を回り、はやる気持ちを抑えつつ束の間の就寝へと就く──そして、訪れるのは明朝、その日は遂にやってくる)



91 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/06(土) 20:35:10.68 ID:eJvlprTto

*上里家・書庫

千景(……ここまであっさり通されると、拍子抜けを通り越して罠でもあるのではないかと警戒してしまうわね)

千景(午前の早い時間、上里家へと訪れた私は『鷲尾須美は勇者である』の小説をこの家の者に渡していた。いくつかの交渉を覚悟していたけれど、彼女は恭しく小説を受け取り、こうして上里家秘蔵の書庫へと真っすぐ通してくれた。……上里ひなた似の女性の様子から、生前の知人が何か言い残したことは明らかであり、私の知る上里さんらしいとも思ってしまう)

千景(……)

千景(そう、先日勇者服姿になったのが悪かったのか、今日に至っては乃木さんたちと行った模擬演習の記憶すら私は所有していた。他方で小学校以前の記憶もあちらの郡千景の記憶に全てすり替わってしまっているようだった。……もう私には猶予がないと言うことだろう)

千景「でも、させないわよ、郡千景。高嶋さんの記憶だけは、あなたに絶対に渡したりなんかしない!」

千景(発声し、私は決意を再び胸に宿す。──閑話休題、手早く目的のものを探し出してしまおう)

千景(屋敷の中の書庫だけあって広く蔵書も多いが、反面整頓は為されていて、家の者から聞いた情報があれば目的に辿り着くことは容易だった。だから、本棚の左上から本を数冊抜き出し、出てきた背面の平板を右へスライドする。……隠し扉の向こうには御記と呼ぶにふさわしい冊子が三冊収められていた)

千景「……なるほど、そう言うこと」

千景(三冊の中の一冊、そこには綺麗な楷書で『勇者郡千景様』と書かれていた。この状況を予測していたのだろうか? ……など色々思うところはあったが、表紙をめくり躊躇なく中に目を通していった)

千景(『西暦の終わり、人の中に神器を扱える者が現れました。彼女たちはその力を用いてバーテックスと戦い、今の世の中の礎を築いたのです。人々は神器に選ばれた少女たちを"勇者"と呼び称えました』)

千景(『初代勇者の数は六名。大赦に残される書物には五名とかしか書かれていないでしょうが、確かにもう一人の勇者が居たのです。彼女の名前は──郡千景。私たちの友人であり、他の勇者たちと戦い抜き世界を守った紛うことなき英雄。しかし、大赦はその独断で歴史から彼女を抹消してしまいました』)

千景(『人に刃を向けようとしたこと、それは確かに人々が思い描く勇者とは乖離してしまうのかもしれません。ですが、我ら人が、その罪が、彼女を凶刃へと駆り立てたことも間違いようのない事実です。周囲の人が彼女を追い詰め、大赦もまた、精霊使用による穢れの累積を認識するところまでたどり着いていても尚、我々が生き残るために、勇者たちへは精霊使用の厳禁を言い渡すことはありませんでした』)

千景(『人の心の醜さが、被害者であるはずの彼女を歴史から抹消してしまったのです。大赦に席を置く身で言えることではありませんが、彼女を決して忘れないために、それ以上に友として、私は彼女に関する記述をこうして残すこととしました。上里の子孫は永延、郡千景が確かに居た証を守り抜くよう厳命とします。──千景ちゃん、これくらいしかできない私を、叶うことなら許してください』)



92 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/06(土) 20:36:08.21 ID:eJvlprTto

千景「……」

千景(思うことがなかったかと言えば嘘になる。けれど、今の私に必要な情報であるかと問われればそれも否。几帳面な字でびっしりと書かれているため、最初の数ページを読んだだけで疲労と、それなりの時間が経過していた)

千景「……必要な部分だけ読みこんで、後は流し読みが最善のようね」

千景(改めて続きを読んでいく。先ほどのペースでは本日の夜に至っても三冊の読了に至らないだろう。本当に必要な情報だけを精査しながら目と手を動かしていった)

千景(ふと、ある記述を見つけ手が止まる)

千景「──玉藻前とは、随分大層な名前ね」

千景(一冊目の御記の中ほど、大赦の保有する三大精霊、三大妖怪に関する記述があった。乃木家が保有する鴉天狗、この世界の高嶋さんが使用したとされる酒呑童子、──そして、郡千景に実装されて結局使われることのなかった玉藻前)

千景(玉藻前、要するに九尾の狐ね。その知名度、妖怪としての格の高さから、相当に強力な精霊だったことは容易に想像がつく。……正直、私の帰還に一切関係しない情報ではあるが、頭の中に念のため留めておこう。なにぶん、現状の七人御先ではバーテックスとまともに戦うことすら難しいのだから)

千景(けれど、あの手甲が精霊の集合体で郡千景の記憶を持つものなら、七人御先と言う精霊はおそらく──)

ブルルル

千景(着信? ……三ノ輪さんからね)

千景「千景よ。動きがあったの?」

銀『あ、千景さん! 実は今、東郷さんの家に呼び出されてしまったんですよ!』

千景「……予想よりも一日早いわね」

銀『しかも東郷さんの家の周りを監視していたところを見つかってしまって、もうすでに東郷さんの家にアタシと風先輩、友奈さんが揃っているんです。今、トイレで電話をしていますけど、そんなに長くは居れないですし、どうしましょう……? あと、東郷さんは何故か千景さんだけ呼んでいないんですよね?』

千景(大方三ノ輪さんの不幸体質で見つかったと言う理由なのでしょうけれど、東郷家への事前配置がアダとなったわね……)

千景「状況は飲み込めたわ。三ノ輪さんはこのまま史実通り物語を進めなさい。私もすぐに上里家から出て次の計画へ進むわ。正直口惜しいことがあることは確かだけれど、臨機応変に対応するしかない場面よ。私が呼ばれていない理由も想像は出来るから、その辺は気にしなくて良いわ」

銀『わ、分かりました。何かあったらまた連絡します。……そんで、東郷さんを思わず止めてしまわないように努力してみます』

千景「ええ、お願いするわね」

千景(通話を切り、早速行動を開始する。全然読み進められていないが、物語は動いてしまい、ゆゆゆで言う第十話から最終話までの局面が一斉に押し寄せてくることは必至。最早贅沢は言っていられない状況だった)



93 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/06(土) 20:37:26.44 ID:eJvlprTto

*一時間後・自室

風「……ごめん、いきなり呼び出したりなんかして」

千景「昨日、私もあなたを呼び出したのだからお相子と言うものよ。それでどう言った用件なのかしら?」

千景(上里家を出て目的地へ向かう途中、風先輩からの着信があった。最初は不在着信も考えたが、結局通話を取り、こうして自室で顔を向かい合わせる流れとなっている)

風「……アタシ……もう、どうしたらいいのか……」

千景(彼女は酷い顔をしていた。今にも泣きわめきそうな赤子のような顔。それを辛うじて理性が抑えていると言った様子だ)

千景「……何があったの?」

千景(当然、先ほどの三ノ輪さんからの連絡で理由は察している。けれど、こんな惨状の人に非情な言葉を掛けられるほど私はまだまだ……非情にはなりきれていないようだった)

風「……満開の、後遺症は……治らない……だって! 勇者は死ねなかった! 先代勇者の話は本当だったんだッ!!」

千景「落ち着きなさい! ──と言っても難しいようね。自販機でミルクティーを買ってきているのよ、ひとまず一口でも飲んでおきなさい。……話はしっかり聞いてあげるから」

千景(考えることすら辛いのか、風先輩は言われた通りミルクティーに一口だけ口をつけた。そして、ポロポロと片目から水滴をこぼしていく。眼帯も水分を吸収しきれなくなったのか、間もなくそちらからもこぼれ出す)

風「アタシが……アタシが! ……ゆ、勇者部なんか作らなければ! ……皆、こんな目に……あわなくても……済んだ、はずで……」

千景「それはないわね。何故なら讃州中学には東郷美森と結城さんが居るのだから。先代勇者と勇者適正値最高値が揃っているのよ? 必ずお役目には讃州中学勇者部が選ばれていたはずよ」

風「……先代勇者……? え……誰が……?」

千景「東郷美森よ。彼女は先代勇者としてバーテックスと戦い、足の機能と記憶を失ってしまったのよ」

風「……え……。……ご、ごめん……多分、アタシ……今全然何も考えられなくて、よく分からなくて……」

千景「そう、なら分かりやすい言葉で言い換えましょうか」



千景「讃州中学勇者部のメンバーは皆、大赦によって仕組まれた者しか存在していないのよ」



風「……っ……!」



94 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/06(土) 20:38:17.47 ID:eJvlprTto

千景「三ノ輪さんも先代勇者の一人よ。お察しの通り彼女は記憶の全てを供物として奪われた。結城さんは勇者適性値最高位。三好夏凜は言うに及ばず、両親が大赦関係者で勇者適性もあり、讃州中学に席を置くあなたと樹さん、犬吠埼姉妹が選ばれないなんてこともありえない。──つまり、あなたに非は一切ないのよ」

風「……」

風「……アタシ、……本当に何も知らなかった……」

千景「そうであるように大赦は仕組んだのだろうし、何も知らないことは大赦にとってはあまりに都合が良かったのでしょうね」

風「……ねぇ、千景。……あんたも仕組まれていたの?」

千景「私だけは欄外……と言いたいところだけれど、大赦ではなく初代勇者様に仕組まれていたようね」

風「初代、勇者が……」

千景「……」

千景「……このままあなたを慰めてあげたいところだけれど、生憎私は予定が押していてね、あなたが私と会いたかった本題に移ってもらっても良いかしら? 今なら可能な限り答えてあげるわよ?」

風「……」

千景(風先輩は幾度か逡巡し、けれど意を決したのか私を真正面から見つめて口を開く。涙はいつの間にか枯れていた)



風「教えて……教えて欲しいの! 皆は、勇者部の皆は! 本当にこのまま治らないの!? 未来から来た千景なら知っているのよね? ねぇ!」



千景(切実な、風先輩の想いが私の中に確かに伝わっていた)



95 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/06(土) 20:40:05.95 ID:eJvlprTto

千景「……ええ、知っているわ」

風「なら!」

千景「けれど、答えはもうすでにあなたに与えていたはずよ」

風「え……? いつ!?」

千景「言ったはずよね? あなたの信じる道を進みなさいと。そして、間違っていたら勇者部の皆が正してくれると。……答えにはなっていないかしら?」

風「……」

千景(その沈黙は重い。けれど、彼女なりに落としどころを見つけたのか、少しだけまともな顔になり)

風「……ありがと。あんたが居てくれて本当に良かった」スクッ

千景「行くの?」

風「……ええ。樹と夏凜にも伝えないといけないから。これはアタシの、勇者部を始めてしまった部長の務めで、アタシが今やらなければならないことだから」

千景「そうね。隣の部屋の三好さんは出かけているようだから、まずは樹さんに伝えてあげると良いわ」

風「そのつもり。……ほんと千景には迷惑をかけるわね」

千景「……」

千景「一度しか言わないからよく聞きなさい」

千景「知り合いの居ないこの世界で、あなたと樹さんはこんな私に、親身にしてくれた。……救われていたのよ。ありがたいと思っていたのよ。……だから、私はそれを返しただけ。ただそれだけ」

風「……」

千景「さぁ、行きなさい。あなたも為すことがあるのでしょう?」

風「……ええ! ……よく分からないけどさ、千景も頑張りなさいよ? アタシが言える言葉かは分からないけど一応」

千景「まったくね」クスッ

風「……もう、そう言われると思ったわ」フフッ

千景(犬吠埼姉は玄関を通り過ぎる間際、一度だけ振り返り、その言葉を残して出て行った)

風「それと、ありがと。──またね、千景」

千景「ええ、またどこかで」



千景「──風先輩」



96 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/06(土) 20:45:56.23 ID:eJvlprTto

*結界の壁

銀『風先輩が大赦を潰すって言っています。それを夏凜さんと友奈さんが説得しようとしているんですが……その……千景さんの言っていた通りではあるんですけど、やっぱり実際に見ると堪えますね……』

千景「辛い役目を押し付けてしまったわね。申し訳ないけれど、最後までお願いするわ」

銀『……千景さんからのお願いを断れるわけなんてありませんし、何よりこれはアタシたち勇者の物語ですからね。大口をたたいてしまった以上、アタシはやりますよ!』

千景「ええ、頼りにしているわよ」

銀『はい。千景さんこそ……須美をよろしくお願いします』

千景「確かに、頼まれたわ」ピッ

千景「──さて」

千景「なんとか間に合ったようね。正直、足が棒になりそうなくらい今日は歩いてしまったし、タクシーなんて言うものも何度か使ってしまったわ。──ねぇ、東郷さん?」

美森「……どうして、千景ちゃんがここに……」

千景「こちらこそ言葉を返しましょうか? 勇者服姿になって、嘔吐して、あなたこそどうしたのかしら?」

美森「……」

千景(局面はゆゆゆ第十話。いよいよクライマックスが迫っている)



97 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/06(土) 20:48:10.72 ID:eJvlprTto

美森「……千景ちゃん。私はこの世界の真実を知ってしまったのよ」

千景「世界は炎に呑まれていて、バーテックスが無限に湧いてくることかしら?」

美森「!? な、何故それを……!?」

千景(目を見開くほど驚くとはね)

美森「……以前から疑問ではあったのだけれど、訊ねることをしないままここまで来てしまったのがそもそもの間違いだったのね……」

美森「──千景ちゃん、あなたは誰なの?」

千景「随分と抽象的な質問ね。なら、あなたこそ誰なのか答えることは出来るの?」

美森「私は東郷美森。かつて鷲尾須美の名で勇者を努め、今またそのお役目に縛られる者の一人よ」

千景「へぇ、よく分かっているようね。少しだけ見直したわ」

美森「……私は答えたわ。今度は千景ちゃんの番よ」

千景「私は郡千景。歴史に抹消された西暦時代の初代勇者、郡千景本人よ。乃木園子の先祖であり気にくわない友人であるところの乃木若葉の手によって、この時代に飛ばされた者、それが私よ」

美森「千景ちゃんが初代勇者……? ……ありえないわ、そんな非現実的な話」

千景「あなたの着ているそれは何? そこに落ちている銃は何? 私からすればこの神樹と言う箱庭世界自体が余程非現実的なのだけれどね」

美森「……」

美森「本当なの?」

千景「ええ」

美森「……本気なのね。ひとまず納得することにするわ」

千景「そう、私はどちらでも良かったのだけれどね」



98 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/06(土) 20:50:37.07 ID:eJvlprTto

美森「初代勇者の千景ちゃんは、私を止めてに来たの?」

千景「現勇者の東郷さんを止めに来る道理など、私にあるわけないでしょう?」

美森「……なら、何故ここに居るの?」

千景「物語の行く末を見届けに」

美森「……そう、私が行おうとしていることさえ、あなたは見透かすのね」

千景「気にくわないけれど、あなたの思考はある程度読めてしまうのよ」

美森「……そうね。私も千景ちゃんの思考はある程度読めるわ」

千景「例えば、私を"ちゃん"付けする理由。あなたの性格なら郡さんと呼ぶのが後輩と言う立場から考えても自然ではある。けれど、自己申告のあなた以外は全員名前で呼ぶことが勇者部では暗黙の了解となってしまっていた。なら、千景さんと呼ぶ? いいえ、それだと私との心理的距離がさらに離れてしまう。だから、自戒のためにあなたは私を千景ちゃんと呼ぶ選択をした」

美森「……例えば、友奈ちゃんに抱いているあなたの感情。友奈ちゃんも気付いているけれど、千景ちゃんは友奈ちゃんに誰かを重ねている。重ねないように努力しようとするけれど、どうしても重なってしまうのね、気付けばその誰かと同一視してしまっている。──それが、私は本当に嫌なの」

千景「まるでノベルゲームで言うところの正妻気取りの幼馴染ね、あなたは。本当に気持ち悪い」

美森「横から入って来たくせに私の友奈ちゃんを取らないでよ!」

千景「結城さんはあなたの所有物ではないわ。何様のつもり?」

美森「銀だって! 最近は千景さん、千景さんって! なんで私の大切な人ばかり!」

千景「あなた気付いているの? それは二股の気質よ?」

美森「何も知らないくせに! 私がどれだけ友奈ちゃんと銀に救われたと思っているの!?」

千景「知るわけないでしょう。友情は結局のところ双方向でしか成り立たないのだから、あなたの一方通行はただの戯言でしかないわ」

美森「……また私を見透かした上で煽っているのね?」

千景「ええ、当然の話じゃない? 私は最初からあなたが気にくわなかったのよ?」

美森「……奇遇ね。私もよ」

千景「意見が合うわね」

美森「そうね。……きっと私たちは似た者同士、だから同族嫌悪するのよ」

千景「そう、結局はそう言う話よ」

千景(私の東郷さんへ抱く想いは、アニメ視聴後から一切変わっていなかった)



99 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/06(土) 20:52:34.43 ID:eJvlprTto

千景「人と人が居るのだから仲良しこよしの楽園空間であることのほうがおかしいのよ」

美森「それを考えれば私と千景ちゃんのほうが健全な状態にあるのかもしれないわね」

千景「女と女のドロドロさがにじみ出ている素敵空間ね」

美森「……噂には聞いたことがあるけれど、女性同士って本来そう言うものなの?」

千景「そうね。欺瞞を顔に張り付けていながら同調圧力をかけ続ける、それがよくある女性社会よ。私はクズだと思っているけれど」

美森「よく分からない世界だわ。そもそも神世紀の情操教育であればそう言ったことは悪であると皆理解しているはずなのに」

千景「……やはり意見は合うわね。出会い方が違っていれば親友同士になれたかしら、私たち?」

美森「そう言う台詞こそが嫌いなのでしょう? 心にも思っていないことは言わないほうが良いわ」

千景「ごもっともね」

美森「……」

千景「……」

千景「──これで、お互いの胸の中に溜まっていたものは吐き出せたかしら?」

美森「あと三日は最低必要ね」

千景「私は三ヶ月ね」

美森「なら三年よ」

千景「三百年」

美森「……もう、それじゃあ神世紀の歴史が出来上がってしまうじゃない」

千景「……ふふっ」

美森「うふふ……」

千景(気にくわない相手同士だが、それ故に相手のことが読め過ぎて、逆におかしくなってしまった。──それが私たち二人の関係でもある)



100 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/06(土) 20:55:46.91 ID:eJvlprTto

美森「多分、正面からこう言う風に言い合いをしたのは生まれて初めての経験だと思うわ」

千景「本当は幼少期に体験しておく事柄なのでしょうけれど、環境と性格によっては中々難しいのよね」

美森「まったくその通りだわ」

千景「……」

千景「……世界を終わらせるの?」

美森「……ええ、そうするしか皆を、友奈ちゃんを救う手立てはないから」

千景「延々と続く辛い延命治療よりは死による救いを、かしら?」

美森「……私だけなら我慢することは出来る。でも、友奈ちゃんが、大切な人が苦しむ姿は見たくないの」

千景「同意見ね」

美森「……」

美森「ねぇ、千景ちゃんの本当に大切な人の名前は何て言うの?」

千景「高嶋さん、高嶋友奈さん。容姿から性格まで何から何まで結城さんにそっくりな素敵な人よ」

美森「それは是非ともお会いしてみたいわね」

千景「あら? それは浮気かしら? 結城さんに告げ口するわよ?」

美森「千景ちゃんこそ現在進行形で浮気中でしょう?」

千景「私は結城さんにも真剣よ」

美森「浮気のよくある言い訳ね……と言いたいところだけれど、何となく気持ちが分かってしまう自分が憎いわ」

千景「本当に難儀な性分ね、私たち」

美森「ええ。でも、こんな自分と一生付き合っていかないといけないのよ」

千景「そうね、それが人生と呼ばれるものなのでしょうね。そして、あなたのその一生の最期を私が看取ってあげるわ」

美森「……本当に私を止めに来たわけではなかったのね」

千景「馬鹿な女の末路を笑いに来ただけよ」

美森「……」クスッ

美森「……うん。見てて、千景ちゃん。私の一世一代の大馬鹿を」

千景「見届けましょう。似た者同士のあなたが世界へと売るその大喧嘩を」

千景(東郷さんは銃を取り、私も勇者服姿となってその後を追う。目の前には神樹の作り上げた頑強な壁。そこへ彼女は標準を合わせ)

美森「──待っててね友奈ちゃん。今、救ってあげるから」



千景(そして、東郷さんは壁を破壊した。間もなく大量の星屑たちが箱庭世界に侵入してくる。──こうして『結城友奈は勇者である』の最終話は幕を上げた)



101 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/06(土) 21:00:06.29 ID:eJvlprTto

*エピローグ&プロローグ『結城友奈』

友奈「はぁ、はぁ……はぁっ……!」

友奈(ぐんちゃんが帰ってからも頭痛は収まることがなくて、私はベッドの上で毛布をかぶりながら自分の頭を抱え続けていた)

友奈(とっても苦しくて、何故だか昔のことを次々に思い出していた。走馬燈、という縁起でもない言葉浮かんでしまったけれど、ぴったりだと思った)

友奈(……あれは私たちが初めてバーテックスと戦った時の記憶で──)

友奈(思い出そうとして、そこでピタリと私の頭の中は止まってしまう)

友奈(……初めて、戦った……?)

友奈(自分の考えたことなのに、私はどうしようないくらいの違和感を抱いてしまう)

友奈(私が初めて変身して戦ったのは、あの時のはずなのに……どうして……どうして!)

友奈(──どうして、銀ちゃんが戦う姿を私は見ているの!?)

友奈「……っ……!」ズキン

友奈(…………)ズキン

友奈(……)ズキッ

友奈(……ああ、そうだった。そうだったよね。そうだったんだ)

友奈(また)

友奈(また……私が私でなくなる時間が長くなっているんだ)ズキズキ

友奈(この頭痛がなくなったら、きっと私は本当に思い出せなくなってしまう)

友奈(本当にギリギリのところで私は保たれていた)

友奈(思い出す。思い出した。……そう、私は……私の名前は──)



友奈(高嶋友奈)



友奈(結城ちゃんではない、高嶋友奈なんだ)

友奈(──大丈夫、私はまだ覚えている)ズキズキ



102 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/06(土) 21:02:11.33 ID:eJvlprTto

友奈(自分のことを思い出してしまえば、一緒に元の世界の記憶だって思い出せる。……根性でぐんちゃんとの記憶だけはまだ残してあった。だから私はまだまだ私で居ることができる)

友奈(ぐんちゃん……)

友奈(先ほどまでそこに居た人の温かさを思い出して、私は途端に泣きそうになるけど、今行わないといけないのはそれを思い返すことじゃない)

友奈(──私が園子ちゃんにしてしまった過ちは、もう二度繰り返してはいけない。あの時に私はそう心に誓ったんだ)

友奈(……私はしょくざいをどれだけできていたのだろう? 銀ちゃんに『鷲尾須美は勇者である』の本を届けて、園子ちゃんの言う通りに勇者部で自分らしさを貫いて……でも、それじゃあ全然足りない。小説の中で須美ちゃんに忘れられてしまった園子ちゃんに、"誰だっけ?"と私は聞いてしまった。どれだけ傷つけてしまったんだろう……。今だって須美ちゃんと銀ちゃんに忘れられてしまっているのに、私がしてしまったことは……)スクッ

友奈(立ち上がる。服が汗びっしょりで気持ち悪かったから着替える。気付けば、今はぐんちゃんさがさっきまで居た木曜の日じゃない。多分、一日か二日経ってしまっている。時間間隔さえ高嶋友奈は曖昧になってしまっていて、近いうちに私は本当の意味で結城ちゃんに成り果ててしまうのだろう)

友奈(結城ちゃんになってしまうことは正直に言うと怖いけれど、仕方がないことではあると思う。お義父さんとお義母さんもこんな身寄りのない私に優しくしてくれて大好きだから不安もない。だから、受け入れている。──でも、それは今じゃない。私は何も行うべきことを行っていない。全てはその後じゃないと駄目なんだ!)



103 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/06(土) 21:04:51.49 ID:eJvlprTto

友奈(高嶋友奈であることを暫く思い出せなかった頃、私は樹海の中に居た。風先輩と樹ちゃんが戦っていて、私と東郷さんはそれを見ているしかなくて)

友奈(怖かった。何で私たちが、って思った。でも、風先輩と樹ちゃんの姿にとっても勇気を感じて、勇者だと思った。私もそうありたいと憧れた)

友奈(そして、私と東郷さんに危機が迫り、今度は私の番で、その時がやって来る)

友奈『私は……讃州中学勇者部、結城友奈!』

友奈(この瞬間、久しぶりに私は自分が高嶋友奈であることを思い出していた。とんでもなく間の悪いタイミングだったと思う。でも、ちょうど良いタイミングでもあった。だから、私はバーテックスに向けて、自分自身に向けて、結城ちゃんに向けて、こう宣言したんだ)

友奈(全てが終わるまで私は高嶋友奈であることを忘れたりなんかしない。だけど、本物の結城ちゃんが居ないこの世界なんだから、ここに居る高嶋友奈が結城友奈として──)

友奈『私が! 勇者になる!』

友奈(それが、今の私の本当の意味での始まり──高嶋友奈でありながら私が結城友奈になった日だった)



104 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/06(土) 21:06:30.10 ID:eJvlprTto

友奈「……そうだ……高嶋友奈の役目は、まだ……まだ終わってなんかいない……!」

友奈(記憶は大分曖昧になってしまっているけど、これだけは覚えている。風先輩を止めて、それから、それから──!)

友奈「東郷さんの、心を……守って、あげないと……」ズキッ!

友奈(頭痛がひどい。吐き気と共に、今すぐにでも高嶋友奈が消えそうになる。このまま結城友奈で良いような気さえしてくる)

友奈(だけど、耐える! 私は絶対に成し遂げなければならないことがあるから!)

友奈(──私は友奈!)

友奈(ほんの少し前まで知っていたはずなのに、今はなに友奈かは思い出せないけど……友奈であるならそれで十分!)

友奈(どんな友奈であっても友達を助けたいという気持ちに変わりはないから)

友奈(部屋を出て、外に出て、道路に出る。大赦からメールが来ていた。風先輩を止めて欲しいと書かれていた。東郷さんにも注意してあげて欲しいと書かれていた)

友奈(頷く)

友奈(ふらつく足取りが途端にはっきりした)

友奈(──私は友奈)

友奈(結城友奈であり、高嶋友奈!)

友奈(……今度は思い出すことができた。多分、これが最後になるのだろう)

友奈(私は友達を守るため、前へと進んで行った──)






                     高嶋友奈「結城ちゃんは勇者である」終






105 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/06(土) 21:08:59.95 ID:eJvlprTto

【次回予告】

犬吠埼姉妹の女子力を見せてあげるわッ!

                        やるじゃない、先輩!

私がこの悲劇を終わらせてみせる!

      それがきっと! アタシがここに居た理由だからッ!

勇者たちよ! 私に続け!



                『満開!』

一目連っ!

                             七人御先ッ!



               『私たちは!』



             『勇者に──なる!!』






           高嶋友奈の章 第三話「純潔」






106 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/06(土) 21:10:01.95 ID:eJvlprTto

ここまでお読みいただき誠にありがとうございました

これにて『高嶋友奈の章 第二話「心の平安」』は終了となります
お察しの方もいるかもしれませんが今話は『心の平安=ホオズキ=偽り』が物語のテーマです
と言うことは純潔は……と言うお話なのですが、事前告知通りこの第二話で一旦物語は終了となります

また、執筆時間があまり取れず長期間となってしまい誠に申し訳ございませんでした
加えて誤字脱字、重複表現、違和感のある台詞等が多々ありましたので、ほぼ全編に渡って修正したものを下記に上げております(内容に変更はありません)
もし今からお読みいただける場合はこちらがお勧めです
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9063709

ゆゆゆ2期も先日最終回を迎え、綺麗な終わりでありながら続ける余地を残していたのが嬉しい限りです(ちなみに次の純潔の話で一部似た展開があったりなかったり……)

では、またどこかで

107 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/06(土) 21:11:40.47 ID:eJvlprTto
【おまけ・小ネタ解説】
・なんか凄いマッサージチェア→今住んでいるところのイオンに置いてあったので実際に体験済みです
・北条って結局誰よ?→チャットシリーズから名前だけ友情出演(番外編で肩もみを書いていたため)
・マサオさんとぬーぼー→友奈ちゃんの部屋にある漫画の名前を一部だけ変更
・わかばード→早速取り入れていることからも分かるようにこのSSは割と即興です
・前回の予告の台詞回収→上のため結構大変でした
・番外編で出てきた少女って?→くめゆを読もう!

多々あるけど、パッと思いついたところではこんなところでしょうか?
他にも探してみるのも一興かもしれません
108 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/06(土) 21:40:38.82 ID:aJn1eCkK0

次も楽しみにしてる
109 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/01/08(月) 01:00:44.90 ID:WsjyoplN0
110 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/08(月) 19:58:17.10 ID:W+XkJAfGo
多々誤字等ありますが、物語上マズイ誤字がありましたので2レス分修正しておきます


>>91

*上里家・書庫


千景(……ここまであっさり通されると、拍子抜けを通り越して罠でもあるのではないかと警戒してしまうわね)


千景(午前の早い時間、上里家へと訪れた私は『鷲尾須美は勇者である』の小説をこの家の者に渡していた。いくつかの交渉を覚悟していたけれど、彼女は恭しく小説を受け取り、こうして上里家秘蔵の書庫へと真っすぐ通してくれた。……上里ひなた似の女性の様子から、生前の知人が何か言い残したことは明らかであり、私の知る上里さんらしいとも思ってしまう)


千景(……)


千景(そう、先日勇者服姿になったのが悪かったのか、今日に至っては乃木さんたちと行った模擬演習の記憶すら私は所有していた。他方で小学校以前の記憶もあちらの郡千景の記憶に全てすり替わってしまっているようだった。……もう私には猶予がないと言うことだろう)


千景「でも、させないわよ、郡千景。高嶋さんの記憶だけは、あなたに絶対に渡したりなんかしない!」


千景(発声し、私は決意を再び胸に宿す。──閑話休題、手早く目的のものを探し出してしまおう)


千景(屋敷の中の書庫だけあって広く蔵書も多いが、反面整頓は為されていて、家の者から聞いた情報があれば目的に辿り着くことは容易だった。だから、本棚の左上から本を数冊抜き出し、出てきた背面の平板を右へスライドする。……隠し扉の向こうには御記と呼ぶにふさわしい冊子が三冊収められていた)


千景「……なるほど、そう言うこと」


千景(三冊の中の一冊、そこには綺麗な楷書で『勇者郡千景様』と書かれていた。この状況を予測していたのだろうか? ……など色々思うところはあったが、表紙をめくり躊躇なく中に目を通していった)


千景(『西暦の終わり、人の中に神器を扱える者が現れました。彼女たちはその力を用いてバーテックスと戦い、今の世の中の礎を築いたのです。人々は神器に選ばれた少女たちを"勇者"と呼び称えました』)


千景(『初代勇者の数は五名。大赦に残される書物には四名とかしか書かれていないでしょうが、確かにもう一人の勇者が居たのです。彼女の名前は──郡千景。私たちの友人であり、他の勇者たちと戦い抜き世界を守った紛うことなき英雄。しかし、大赦はその独断で歴史から彼女を抹消してしまいました』)


千景(『人に刃を向けようとしたこと、それは確かに人々が思い描く勇者とは乖離してしまうのかもしれません。ですが、我ら人が、その罪が、彼女を凶刃へと駆り立てたことも間違いようのない事実です。周囲の人が彼女を追い詰め、大赦もまた、精霊使用による穢れの累積を認識するところまでたどり着いていても尚、我々が生き残るために、勇者たちへは精霊使用の厳禁を言い渡すことはありませんでした』)


千景(『人の心の醜さが、被害者であるはずの彼女を歴史から抹消してしまったのです。大赦に席を置く身で言えることではありませんが、彼女を決して忘れないために、それ以上に友として、私は彼女に関する記述をこうして残すこととしました。上里の子孫は永延、郡千景が確かに居た証を守り抜くよう厳命とします。──千景ちゃん、これくらいしかできない私を、叶うことなら許してください』)



111 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/08(月) 19:59:26.37 ID:W+XkJAfGo

>>92

千景「……」


千景(思うことがなかったかと言えば嘘になる。けれど、今の私に必要な情報であるかと問われればそれも否。几帳面な字でびっしりと書かれているため、最初の数ページを読んだだけで疲労と、それなりの時間が経過していた)


千景「……必要な部分だけ読みこんで、後は流し読みが最善のようね」


千景(改めて続きを読んでいく。先ほどのペースでは本日の夜に至っても三冊の読了に至らないだろう。本当に必要な情報だけを精査しながら目と手を動かしていった)


千景(ふと、ある記述を見つけ手が止まる)


千景「──玉藻前とは、随分大層な名前ね」


千景(一冊目の御記の中ほど、大赦の保有する三大精霊、三大妖怪に関する記述があった。乃木家が保有する大天狗、この世界の高嶋さんが使用したとされる酒呑童子、──そして、郡千景に実装されて結局使われることのなかった玉藻前)


千景(玉藻前、要するに九尾の狐ね。その知名度、妖怪としての格の高さから、相当に強力な精霊だったことは容易に想像がつく。……正直、私の帰還に一切関係しない情報ではあるが、頭の中に念のため留めておこう。なにぶん、現状の七人御先ではバーテックスとまともに戦うことすら難しいのだから)


千景(けれど、あの手甲が精霊の集合体で郡千景の記憶を持つものなら、七人御先と言う精霊はおそらく──)


ブルルル


千景(着信? ……三ノ輪さんからね)


千景「千景よ。動きがあったの?」


銀『あ、千景さん! 実は今、東郷さんの家に呼び出されてしまったんですよ!』


千景「……予想よりも一日早いわね」


銀『しかも東郷さんの家の周りを監視していたところを見つかってしまって、もうすでに東郷さんの家にアタシと風先輩、友奈さんが揃っているんです。今、トイレで電話をしていますけど、そんなに長くは居れないですし、どうしましょう……? あと、東郷さんは何故か千景さんだけ呼んでいないんですよね?』


千景(大方三ノ輪さんの不幸体質で見つかったと言う理由なのでしょうけれど、東郷家への事前配置がアダとなったわね……)


千景「状況は飲み込めたわ。三ノ輪さんはこのまま史実通り物語を進めなさい。私もすぐに上里家から出て次の計画へ進むわ。正直口惜しいことがあることは確かだけれど、臨機応変に対応するしかない場面よ。私が呼ばれていない理由も想像は出来るから、その辺は気にしなくて良いわ」


銀『わ、分かりました。何かあったらまた連絡します。……そんで、東郷さんを思わず止めてしまわないように努力してみます』


千景「ええ、お願いするわね」


千景(通話を切り、早速行動を開始する。全然読み進められていないが、物語は動いてしまい、ゆゆゆで言う第十話から最終話までの局面が一斉に押し寄せてくることは必至。最早贅沢は言っていられない状況だった)



112 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/08(月) 20:03:12.33 ID:W+XkJAfGo
上記修正箇所は『初代勇者の人数』と『鴉天狗→大天狗』になります
113 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/12(金) 22:20:33.57 ID:QHT5/WDno
続ける予定はないと言っておきながら……下記が次スレとなります

結城友奈「これは勇者たちの物語」
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