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タイトルを書くと誰かがストーリーを書いてくれるスレ part7

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92 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/01/19(日) 22:00:19.39 ID:Drmlam5e0
タイトル「鈴ヶ谷ハルカの憂鬱」
93 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/01/19(日) 22:48:18.79 ID:xHGYNUFH0
>>47「代理屋」

「はい、承りました」

 今日十一件目の依頼を受け取って、Fは自分の机に戻った。そして、机に貼った予定のメモを確認する。それはディスプレイにまで進出し、一部を隠していた。
 
 大した盛況ぶりだな、と彼はほくそ笑んだ。初めは退職代行サービス業として始め、今ではあらゆる依頼に対してそれを代わりに遂行する、いわゆる何でも屋のようになった。今では業界でも指折りである。かつては代理人の代理人を務めたこともあるし、草野球の大会に出られなくなった選手の代理としてサードを守ったことだってある。

 その他依頼の中にはかなりの難易度のものもあったが、それらもほぼやり遂げた。成功率が彼の会社の最大の売りである。

「Dさん、来てないですね」
 
 若手のMが言った。確かに、Dの席には誰も座っておらず、せわしなく駆け回るオフィスにあって一つだけぽっかりと空いてそこだけ時間が停滞しているようだった。

 このところ、失踪する社員が多い。AにG、先々週に至っては直属の上司のJが消えた。もともと社員の入れ替わりが激しいから、さほど気にすることではないと思っていたものの、指摘されるとさすがに怖くなってくる。
 
「またバックレだろう、よくあることだ」
 
 Mは首を傾げて不服そうな顔をしたが、予定されていた電話がかかってきた、と呼び出されて行ってしまった。


 次の日Mは来なかった。その時は依頼を実行しに行ったのだろうと思った。

 しかし次の日もMはやって来なかった。二日、三日、一週間たっても、Mは帰ってこなかったのである。


 ある日、Fは残業をして、日付の変わった人通り寂しい路地を歩いていた。乾いた空気が骨身に染み、小さく縮こまって躓きだけはしないように用心していた。左右のフェンスや壁の足元には煙草の吸い殻や雨ざらしの漫画雑誌が落ちている。

 正面から襟を立てたコートに中折れ帽を深くかぶった男が歩いてきた。顔が見えず、明らかに怪しい風体であったが、足元を見ていたFは気づかない。

 二人の距離は一メートル、また一メートルと近づき、すれ違うと、襟を立てたコートの男は踵を返してFにぶつかっていった。

 Fは背中に熱いものを感じた。それと同時に足の力が抜け、アスファルトの路面に倒れ伏した。Fははじめ何が起こったがわからなかったが、男が誰かと話している声を聴いて合点がいった。

「はい、現在代行中です。まだたぶん死んでないので、ちゃんととどめを刺しておきます……えっ、死体処理も僕らの代行なんですか……はい……それは別の担当者が代理でやる、と……了解です……」
94 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/01/20(月) 09:32:47.60 ID:umc6EMyA0
>>90
読んだのだが、タイトルとの関連性がわからん…
解説を頼む
95 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/01/20(月) 21:28:07.71 ID:d2AIYlTh0
タイトル「Another Book」
タイトル「Last Message」
96 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/01/21(火) 18:00:03.20 ID:e+fEgvRGO
タイトル「囲中に止まろう!」
97 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/01/22(水) 18:30:11.56 ID:9ymznbZAO
タイトル「かみながや」
98 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/01/23(木) 16:39:20.77 ID:3oW8s0BFO
タイトル「音尾算数一致」
99 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/01/23(木) 16:47:24.64 ID:3oW8s0BFO
タイトル「ATARIMAE Exercise」
100 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/01/25(土) 23:31:54.85 ID:kMfuE8xN0
タイトル「俺の家にサキュバスがいる件」
101 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2020/01/26(日) 02:23:00.98 ID:EQtcKe8l0
>>68
タイトル「忘れ去られた村」

父「今回の葉物野菜は王都では間違いなく高く売れるぞぉ」

父「この前の瓜は海辺の街では全く相手にもしてもらえなかったけどな」

父「……あの街の商人は物を見る目がない」

父「人が丹精込めて育てたかわいい野菜だというのに、所詮、あの街は場末の掃き溜めよ」

子「…………」

父「でも、王都は違う」

子「…………」

父「何だ、さっきから黙っているけど、言いたいことがあるなら言ったらどうだ?」

子「…………」

父「王都での売れ行きが心配か? それなら他所の村の出荷状況もしっかりリサーチ……」

子「うるせえよ!」

父「えっ……!?」

子「どうしてもと言うから仕方なく付いてきたのに、野菜の売れ行きとかグダグダと……」

子「知らねえよそんなこと!」

父「いや、王都の商人と取り引きが決まったら、青果店への出荷とか色々と作業がだな」

子「そんなくだらねえことに子供を使うんじゃねーよ!」

父「くだらないって……うちの家計を支える誇らしい作物だぞ」

子「泥だらけになって商人に頭下げる奴のどこが誇らしいんだよ!」

子「周囲を見てみろよ! 荒廃した街道、廃墟と化した集落、労働に追われる人々……」

子「そんな状況を見て見ぬふりをして、『すいません商人様、野菜買って下せえ』って、小せえんだよ」

父「……っと、ここはあの村のあった所か」

子「俺はなあ、この世界を変えるための仕事に就きてえんだよ! 野菜なんて……」

父「すまん、ちょっとあの村に寄ってくる。お前は馬車の中で待っててくれ」

子「おい! 俺の話はまだ終わってねえだろ」

子「……って、おーい、どこに行っちゃったんだ?」

子「村? あれのことか? えらく高い城壁のような壁が一部に残るだけの不気味な廃墟だけど……?」
102 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2020/01/26(日) 02:26:48.08 ID:EQtcKe8l0
子「こんなところで頭を下げて何してんだよ」

父「ああ、お前か。馬車の中で待っていろと言っただろ」

子「いきなり馬車から飛び出していったら気になるだろうが。一体何なんだよ、この墓標は。いや、それよりこの廃墟は何なんだよ」

父「ここはな、勇者の村だ」

子「勇者……?」

子「勇者って、俺が産まれる前にこの王国が魔物に襲われたとき、魔界に乗り込んで魔王を封印したと言われているあれのことか?」

父「ああ」

子「でも確か、その後闇に落ちたか何かで王様に刃を向け、処刑されたとかいう残念なやつだろ」

父「……ここに来てしまったんだ。お前も真実を知るべきなのかもな」

父「かつて、勇者たちが魔物を追って魔界に乗り込んだ頃、魔物たちによる王国への攻撃は最も激しくてな」

父「王都のすぐそばにあるこの村にも魔物が大挙して押し寄せたらしい」

父「勇者出身の村とはいえ、勇者が不在だったため村人は逃げ惑うしかなかった」

父「この遺跡には高い壁があるだろ?」

子「ああ、確かに」

父「かつてこの王国では、村から王都まですべての集落はああいう壁で覆われていたんだ」

父「さて、この村から逃げ出した村人たちは、隣の王都に助けを求めて駆け込もうとした」

子「そりゃ、王都だから護りの兵士も多いだろうしな」

父「ところが、王宮は魔物の襲来を目の前にして、王都の市門を固く閉ざした」

子「は? じゃあ逃げてきた村人たちは?」

父「王都の門の外側で、魔物にされるがままの状態だった」

父「王都は、門の外に兵士一人たりとも出さなかったらしい」

子「いやいや、魔界に乗り込んでいる最中の勇者が産まれた村だろ? 全力で守るってのが筋ってもんだろ?」

父「当時の王宮としては王族たちを全力で守るのが筋ってもんだろ?」

子「いやいや……、で、その結果この村はこんな廃墟になったと?」
103 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2020/01/26(日) 02:29:43.91 ID:EQtcKe8l0
父「いや、話にはまだ続きがあってな。ごく少数の村人はまだ遺っていたんだ」

父「魔王の封印を済ませて帰ってきた勇者隊は、変わり果てた故郷の惨状を見て愕然とした」

父「そして、遺った村人から事情を訊き、王宮に対して立ち上がることにした」

子「ま、当然だろうな」

父「ところが、王宮は『用済みの勇者を討ち取る絶好の機会』とばかりに勇者たちに総攻撃を仕掛けた」

子「いやいやさっきから色々おかしいんだけどさ、そんな話王都の民が納得するわけないだろ?」

父「じゃあ訊くが、お前の知ってる勇者の物語はどうなってるんだ?」

子「そりゃ、勇者は悪の手先となって王様に刃を……・って、あれ?」

父「そういうことだ。魔王戦線を経て絶対的な権力を手にした王宮は、情報をすべて自分たちに都合の良いように発信した」

父「で、勇者隊プラス遺された村人数十人 対 王国の精鋭部隊プラス王国の民約百万の戦いが始まった」

子「おっ、異世界転生勇者チート無双の展開だな」

父「何の話だ?勇者はこの村の出身だと言ったろ」

父「勇者隊は圧倒的少数をカバーするため、対象を当時の国王一人に絞った作戦を立てた結果、当時の国王を討ち取ることに成功した」

子「はい出たチート無双」

父「ところが敵将を討てばいいなんて作戦は誰でも考えつくことだ」

父「勇者と当時の国王は相討ち死した」

父「そして、王国の精鋭部隊はこの村を村人もろとも徹底的に破壊した」

子「…………」

子「いやいやいや、おかしいだろ! 狂ってるだろこの王国は!」

父「でもな、最後に遺った勇者隊の仲間は、王宮と交渉を続けて王国の改革を約束させた」

父「勇者の命と引き換えに約束させた改革はいくつもあるが、その一つが城壁の撤廃だ」

父「これでようやく、もう誰も、王宮の保身の犠牲にはならなくて済む世の中になったんだ」

子「それは確かに大きい一歩なのかも知れないけどさ……」

子「あんたもそこまで知ってるなら、なんで真実をもっと発信しないんだよ!」

子「勇者に着せられた汚名をそそいでやれよ!」

父「勇者隊は、結果的にこの村を殲滅させたんだぞ」

子「じゃあ何で、こんな廃墟に立ち寄って、こんな墓標に頭を下げてんだよ!」

父「真実を知っている人間が勇者の功績に思いを巡らせるくらい許してくれ」

子「だから、真実を真実として……」

子「そういえばあんた、何でそんなに詳しいんだよ」

父「そりゃあな……」

父「俺は3人いる勇者隊の生き遺りの一人だからな」

父「この村を忘れ去られた村にした俺たちには、そそぐべき汚名も回復すべき名誉もありはしない」

父「でもな、誰も王宮の都合に振り回されることなく、のんびり農業ができるような世の中を作ることが、俺たち勇者隊に遺された使命なんだ」

【完】
104 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/01/27(月) 17:39:49.27 ID:y33+InJ2O
タイトル「We are aliens」
105 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/01/27(月) 18:13:57.21 ID:zTn9PPdu0
タイトル「それが大切 大切Wowanシスターズバンド」
106 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/01/29(水) 20:44:06.93 ID:nurf2izN0
タイトル「黒猫狂詩曲」
107 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/01/30(木) 17:39:06.71 ID:sz2Q6FcaO
タイトル「原小学校、略してハラショー」
108 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/01/31(金) 18:48:27.68 ID:C8izCabdO
タイトル「原小学校の原翔くんはハラショー」
109 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/01/31(金) 19:39:20.15 ID:C8izCabdO
タイトル「HANEDA EXPRESS FOR HANEDA AIRPORT」
110 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/01/31(金) 20:40:59.42 ID:bLnjM0Fp0
>>「自殺保険」

叔父が死んだ翌日、真っ黒な男が来た。スーツ、ネクタイ、革靴はおろか、靴下、髪、果てはワイシャツ、肌まで黒かった。それは人種的な黒い肌ではなく、人工的な黒い肌である。日焼けサロンに足繁く通ったかのようだ。

「田川寿彦さんのことで参りました」と男は言った。田川寿彦というのが叔父の名前である。

「あなたは誰ですか。初めて見ますが」

「こういうものでございます」遅くなりましたともいわずに一枚の名刺が二人の間に置かれた。明海保険自殺保険部・藤村操二。

 自殺保険?

「田川さんが自殺なされましたので、受取人のあなたをお伺いした次第です。保険金の受取については後程お話いたします」

「受取人にされていること自体、初耳なのですが」

「もちろんです。自殺保険ではご本人からの自発的な申し込みがない限り、契約を売り込むなどいたしませんからね」

「その自殺保険というのはいったい何なんですか?」

「自殺にかかる保険です。自殺のみにしかかからないのですが、手厚いですよ」

 ぼんやりと頷いた。独り身だった叔父が私を受取人にするほど信用していた、そのことは私をわずかに上気させた。

「しかしあなた、自殺保険についてわかっているはずではないでしょうか。……」

「そうですね。しかし叔父が入っていたことにやや動転してしまって……」

 垂れてきた鼻をすする。花粉のせいか、このところ調子が悪い。

「叔父の最後はどうだったのですか」

「詰めが甘かったんですかね、彼は首吊りの縄を締めたはいいものの、いざぶら下がるとそれが抜けてしまったんですね。可哀そうに、痛みでのたうち回っていました。だからね、僕ではないんですが担当者がきっちりと絞めてあげましたよ。僕が彼の体を支えてね」

>>94 それは僕のミスです。あんまりにも隠しすぎました。
111 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/02/01(土) 02:26:42.69 ID:SEDaqwc+0
タイトル「さっきの地震、ビビったな……」
112 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/02/01(土) 18:06:35.66 ID:3y7CSrQ50
タイトル「震度1の大地震」
113 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/02/01(土) 23:15:29.20 ID:WLGh21j40
タイトル「カミサマパラダイス」
114 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/02/02(日) 13:42:59.05 ID:ImZHvvTxO
タイトル「欲深な盗賊と無欲な少女〜徒然二人旅〜」
115 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/02/02(日) 22:04:41.13 ID:4B6Twt6R0
タイトル「嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼」
116 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/02/03(月) 16:25:17.88 ID:IoJx17Ij0
タイトル「呪われた家族」
117 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/02/04(火) 00:02:47.31 ID:QlF1YNCV0
タイトル「銀河に願いを」
118 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/02/05(水) 09:02:29.10 ID:fsltPqug0
タイトル「シューティングスター」
119 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/02/05(水) 16:58:27.42 ID:pKzSlIfVO
タイトル「たそがれ、さみだれ、きみだれ」
120 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/02/05(水) 19:50:52.92 ID:pKzSlIfVO
タイトル「黄昏時に君は誰」
121 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/02/06(木) 17:40:55.72 ID:RbNfRLrpO
タイトル「BIG TSUNAMI ALERT」
122 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/02/06(木) 18:58:19.51 ID:7YxXmOIX0
タイトル「Last Japanese Human」
123 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/02/08(土) 12:30:16.88 ID:OlDpP5dZ0
タイトル「拳銃と少女」
124 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/02/08(土) 18:31:50.26 ID:xQiuWquH0
上方から街灯の光がわずかに射し込んでいるのみで、辺りはほぼ真っ暗だ。
俺は独りでここにいる。体は、動かない。
しかし、俺にはエモノがいる。諦めるわけにはいかない。


「誰でもいい!誰か!俺を見つけてくれ!俺はここにいる!」


精一杯呼びかけてみるが、いつも通り誰も応えない。
俺が完全に朽ちる前に、なんとしてもエモノを見つけなければならないのに。

日々、俺の体は……実にゆっくりと……朽ちていき、それを実感する度に焦る気持ちが募っていく。
「誰かいないのか。誰か、俺の声を聴いてくれるやつは……」と。
昼も夜も、俺はただ見上げながら助けを呼び続けることしかできない。


……


ここに来てから……たぶん……数年経ったある日の夜。
ギリギリの体で、いつものように呼びかけていた。


「助けてくれ!ここにいるんだ!ここから出してくれ!」


そうしていると突然、辺りが真っ暗になった。
いや違う。誰かがこちらを覗き込んでいる。あれは女……か?暗くてよくわからん。


「聞こえたのか!?」


女は俺の声を聞いて目と動かし、疑問の表情を浮かべた。


「ここにいる!俺をここから出してくれ!お前なら簡単だろう!」


そいつは頷くと、何も言わずにたやすく天井をどけてみせた。
腕を伸ばし、俺の身の丈よりも大きい手で俺を持ち上げる。
明るくなってわかったが、どうもまだ子供のようだ。十五、六ってところか?なるほど、学校の制服を着てるな。

ようやく得物が手に入ったが、子供か。まあ贅沢は言ってられんな……


……


「俺の声が聞こえたってことは、お前には才能があるってことだ。きっとヒーローになれる!」

「それに、お前のような才能を持ったやつは遅かれ早かれこの戦いに巻き込まれんだ。そら、後ろを見てみな」


手の中から聞こえてくる声に従って振り向くと、スーツを着た男が立って、私の手元を見ている。
血のついたナイフを持っているのはまだしも、翼まで生えている。
しかしそんな中で一番不思議なのは、声の主やナイフの男に対する恐怖が湧き上がってこないことだ。


「俺を構えろ!」


声が聞こえると、私の体が動く。知らない金属の塊を、箸やペンを持つように自然に構えた。
視界の中ですぐに、金属の突起と男の頭が重なった。その突起は走り出した男の頭にくっついて離れない。


「撃て!」


声が導くまま、驚くほどあっさりと、私は引き金を引いた。



>>123のタイトル「拳銃と少女」
このタイトルだと拳銃が主体なんじゃ?と思ったので……
125 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/02/09(日) 17:46:42.47 ID:k8vb/slw0
タイトル「ハジメシャチョウ」
126 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/02/10(月) 12:47:06.00 ID:XhlY3PGh0
タイトル「苦情ネギ」
127 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/02/10(月) 20:12:04.72 ID:tsfKTfpqO
タイトル「おまえらは勉強ができない」
128 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/02/11(火) 14:59:50.39 ID:ZYOxeX9V0
タイトル「パラドックスボックス」
129 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/02/11(火) 17:20:24.18 ID:P1xQ1Sx10
タイトル「5京年ボタン」
130 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/02/12(水) 12:25:30.05 ID:gSfHDqMS0
タイトル「後悔と懺悔」
131 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/02/13(木) 01:11:03.04 ID:LYiFRwOS0
>>51「線引き家族」


居間につながる襖を引くと、何者かがキッチンに引っ込む気配がした。
炬燵机の上には、ミカンの皮が数枚、筋が置かれたティッシュペーパー。居間から抜け出したのは母らしい。

「ただいま」

 キッチンからおかえり、と声がした。遅れて二回からも同じ言葉。弟だ。バックグラウンド再生みたいに気のない声である。
ミカンを一つ手に持って僕は自室へと上がっていった。家はひっそりと静まっている。階段を踏みしめるぎい、ぎいという音が嫌に大きく響いた。
母はキッチンに潜んだままで物音を立てなかった。微かな息遣いの雰囲気が、沈滞する家の空気に伝播して感じられるような気がする。
掌中のミカンはひんやりと冷めていて心地よかった。幾度か手で冷たさを楽しんだ後、徐に頬につけてみる。快い感触であった。

 部屋に入ると、西側にある弟のベッドが慌ただしく暴れ、布団が立ち上がって冷徹な紅葉柄の壁を作った。
表情はなく、頑として受け入れないといったような格好である。
 僕は荷物を自分の机の足元に置くと、部屋の中央のカーテンを引いた。
兄弟共用の部屋が、これで二つに分けられたことになる。
弟のベッドに直立した布団の壁が崩壊する音がして、小麦粉が満載された袋が爆ぜるような衝撃がカーテン越しに届いた。
 鬼滅の16巻ある、と弟が僕に呼び掛けた。
ある、と返事をすると
「じゃあ読ませて」
 そう言って布団の中で背を向けたようだ。
 本棚から16,17,18巻を抜き出してカーテンの隙間から差し入れてやった。机に向かって座りなおしたころに、慎重な足取りで『鬼滅の刃』は回収された。

 夕飯に呼ばれて弟がベッドから立つ気配がしたので、階段のきしむ音がしなくなるのを待ってからカーテンをくぐって一階に降りた。
居間の炬燵の上には八宝菜とサラダ、ご飯がお盆に乗って置いてあった。八宝菜に手をかざすと、温いものが感じられる。
階段がぎち、ぎちとなった。弟が上がっているらしい。
少し待って、弟と同じ道をたどって僕も部屋に戻った。部屋に入るとき、弟が再び布団の壁を作ったことは言うまでもない。

 翌朝も同じようにまず弟がとって、入れ替わりで僕が居間にある自分の分を持って部屋に戻る。母親はそのあとで最後に残ったのを食べる。父親は弟よりもさらに早く食べ、まだ兄弟が目を覚まさないうちに出て行ってしまう。帰宅するのも遅いから、あまり僕たちは気にかけていない。

 その日に帰ると、弟は部屋に彼女を連れ込んでいるようだった。ドアノブに手をかけてひねって中に入り、僕は宿題をしようと思った。
朝って提出の数学の宿題で、量が多いうえにまだ手を付けていなかった。
弟は僕の雰囲気が侵入してくるのを感じるや否や布団にくるまって彼女を抱いた。
きっと後押しが足りなかったのだろう、二人は脱いではいなかった。ただ微妙に視線を合わせたり外したりし、恥ずかしそうにうつむいた雰囲気だった。
机に座って問題集を開いたちょうどその時に、くぐもったような押し込めたような、短い上気した高い声が聞こえた。僕は音をたてないようにカーテンのほうを見た。
弟と彼の彼女のシルエットが映っている。二人の顔は接近し、くっついているようだった。弟の手は彼女の胸のあたりにある。

彼女が両腕を背中側で引き合わせるように上半身をよじると肩から大き目の何かが滑り落ちた。弟はそれを確認するとさっきまで落ちた何かがあったところに顔を近づけ、シルエットの中に融合されていった。おそらく体の前面だろう。彼女は天を仰いでのけぞった。血が集中し始めていた。
 
 肉がぶつかる音がする。我慢するような声が漏れてくる。彼女の豊満なものが揺れる。直接は見えないが顔は赤くなっていそうだ。弟よ、それでいいのだ。
僕たちは君らになんだって言いやしないからな! ただ、影と空気を見るだけだ。そこから十分な情報を目に引き受けて融合させてやる。
それがどうなっているのか君はたぶん知らないだろうが、心配することはない、このことは僕たち家族の心裡にだけ保存されて、不外出の一次資料だ。
いかなる令状によっても出されないのだ。僕たちは僕たちの秘密を共有する代わりに、その秘密を秘匿する義務を相互に課している。
そうしないとたちまち我が家の在り方は瓦解してしまう。こうするしかないのだ。

 だから。

 彼女はまたがって体を上下に振る。

 君はこのように間接的に。

 唇は半開きになっているだろうか?

 そのプライベートを身内に。

 表情はきっとだいぶとけてきているはずだ……。

 晒す代わりにうちに閉じ。

 彼女の裸体が痙攣した。鼠径部あたりに手を持ってきて抑えている。

 こめて外界からそのプライバシーを完全に保護しているのだ。わかっているね?

 息切れしたようで、肩で息をしている。カーテン越しの背筋が気になった。

 弟よ、我が家のルールをきちんと把握しているか?

 扉の向こうに神社の境内の隅に居ついた狐のような雰囲気があった。

 君は絶対的な澱ものに覆われているんだ。

 母もまた弟の性交を感じに来たようだ。淡い雰囲気を発して扉の向こうに潜んでいる。

 だから不満を抱いて改革を訴えてはならないのである。

 母もまた、どこか上気しているようでもあった。
132 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/02/13(木) 01:49:39.63 ID:TCPxq+YN0
>ただし、板のローカルルールに則って、R-18内容を含むものを書くことはタイトル・SS共にご遠慮ください。
133 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/02/13(木) 17:03:29.66 ID:5APzoLhL0
タイトル「強肉弱食」
134 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2020/02/13(木) 22:59:17.38 ID:LYiFRwOS0
>>69「愛の薔薇」

 詰襟の二人の少年が、橙色の差す坂道を下っている。西の空に一羽のカラスが飛び、夕陽をわずかに陰らせた。
背の低い方の少年が空を見上げて、

「あーあ、大学どうすっかなー。全然わかんねえや」
「まだ決めてなかったのか? センターの出願来週だろ」
「そうなんだよ、そうなんだけどさー……」

口をとがらせて大きな目をくりくりさせて歩いた。僕はその顔が好きだった。髪は柔らかくて滑らかだ。風が吹くたびに一本一本がさらさらとなびく。
瞳は色が薄く、夏になると彼はよく目の上に手を当てて影を作り、その上目を細め、
「ずいぶん眩しいね。目を開けてるのがつらいや」
 とはにかみながら言うのだ。普段白い首が強い日差しに晒されて赤くなっている。そこからあふれてくるのは彼の活きて熱く滾る血潮……。

 休み時間になると彼はよく僕の元にやってくる。小学生のころからそうだった。いつもいつも、休み時間になると僕の席にやってきて他愛もないことを話すのだ。
 流行りのアイドルのこと。
 昨日のバラエティのこと。
 勉強のこと。
 行事のこと。
 部活のこと。
 そして学校の女の子のこと。
 
 女の子の話をされると胸が締めつけられるように感じ始めたのは中学に上がった頃だろうか?
 僕はその正体を量りかねた。と同時に、可愛いと思う女の子、交わりたい子はいるのに恋愛感情が彼女らに対して湧かないのも不思議だったのだが……。
しかし彼が楽しそうに話をしているので、僕はそのことを告白することができずにいた。今でもできていない。きっとこれからも心のうちに秘め続けるだろう。どんな顔を彼がするのか本当に知ってしまうのが怖いからだ……。

「お」
 と彼は足を止めて店頭を見た。そこにあったのは花屋で、軒先に可憐な薔薇が立ててあった。いったい何輪あるだろう。百は下らないかもしれない。

「薔薇、あげてみたいよな。一生を誓った運命の人に。そのときどんな顔をしてくれるんだろう、俺のフィアンセは……どんな人なのかな」

 さあな、と僕は哀愁を心の底に沈めてから言った。膝に手をついて薔薇に見入る彼の顔は溌溂としていた。まるで将来の希望が既定の事柄であるとでも言いたげな表情だ。同意を求めるように笑いかけてきたので適切な相槌を打つ。

「出会えるといいな、そんな素敵な人に」

 無邪気な顔をして彼はまた笑った。しかし立派な薔薇だなー、ずっと見ていたいや。

 僕もそうだ、と声に出さずに言った。しかし薔薇は二の次である。薔薇に喜ぶ彼がなによりも喜ばしかった。素晴らしかった。愛らしかった!
 自然と幸福そうな笑顔に変わっているのが自分でもわかった。薔薇に目を移す。
 深紅の花弁が盛大に咲き誇り、火炎のように心の中をかき乱していた。熱く、火をつけようとしているようでもある。
 
 でも――そうするわけにはいかないんだ、わかってほしい。応援してくれるのはうれしいけどさ、それはなされてはならないんだ。僕が彼のすぐ近くに居続けるためにも。
 
 薔薇の花は立派で、深紅色、他のどんなものにも勝る純粋な深紅色であった。
135 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/02/14(金) 00:24:26.86 ID:dvW6l1140
タイトル「花一問目」
136 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/02/14(金) 07:35:24.04 ID:fQV3XqoJ0
タイトル「ボルボットボボックス」
137 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/02/15(土) 18:16:45.76 ID:dBfwLC+PO
タイトル「廃人の街」
138 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/02/16(日) 09:25:20.28 ID:GEgX33O/O

五月雨さんは僕のクラスの学級委員長である。

容姿端麗、文武両道、清廉潔白、純粋無垢と彼女を言葉で現すとこれでもかと彼女を褒め称える言葉しか出てこない。
実際五月雨さんはクラス中でも人気者で先生たちとの信頼も厚く、何だったら彼女のファンクラブなるものが存在するほどの有名人だ。

同姓のクラスメイトでも彼女を嫌う人は少ない。それは彼女が自分を嫌う者であっても分け隔てなく接しようとする慈愛と献身からもたらす人徳のお陰なのかもしれない。


「…◯◯くん? ホームルーム終わってだいぶ経つだけど帰らないの?」

そう、クラスの中でも地味で目立たず友達も少ない僕に対してもそれは変わらずで、僕にはそんな彼女に眩しさを覚え気後れすらしてしまう程に。


「あっ…ごめん、花瓶の水だけ取り替えたら帰ります…」

「ふふ、同じクラスなのになんで敬語?」

小さくはにかむ彼女に心臓がキュっと締め付けられるような気持ちになる。彼女は誰に対してもこうだ。

だから変に勘違いなどしてはいけない。


「私ももう少しで帰るけど……もうすぐ夕方だし暗くなると通り魔とか出て危ないから早くに帰った方がいいよ?」

「うん、ありがとう五月雨さん」

「どういたしまして」

そう言い残して五月雨さんはニコリと笑いながら教室から去っていく、純白のセーラー服と腰まで伸びた黒髪をなびかせながら。
139 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/02/16(日) 09:28:09.40 ID:GEgX33O/O


どうやらこれが走馬灯というものらしいが、こんな直近の思い出しか出てこない限り、なんて僕の人生は薄っぺらいものだったのだろうか。

最近この辺りで通り魔による猟奇殺人事件が多発しているのは分かっていた、だけど自分が襲われるとはつゆにも思っていなかったが。

それよりも何も、僕が恐れ戦いてるのは眼前にいる通り魔と呼ばれるものがもはや人間のカタチを成していない化け物であるということだ。
その身からは肩や背中からは棘が生えており、肌は青白く血のように染まっている眼からは理性というものを感じられない。

僕は死ぬんだろうか?

死体ははらわたがぐちゃぐちゃの状態で発見されているらしい。きっと僕も腹を裂かれ、内蔵を貪るように喰われるのだろう。
そんなのは嫌だ、死にたくない。
駄目でも無茶でも好きな娘に告白の一つもできないまま終わりたくない。

そんな僕の意思を無視するかのように目の前の化け物は鋭く血に汚れた爪を僕に振り下ろした。


「見ぃ〜つけた♡」


爪は僕に届かなかった。
僕を引き裂こうとした瞬間、何かに腕を切り落とされ明後日の方向へと飛んでいった。
痛みに悶える化け物の視線を追うと一人の女の子が立っていた、手には刀を持っていてきっとあれで化け物を斬ったのだろう。


化け物が怒り狂うように女の子へと飛びかかる、女の子は軽くいなすように避け再び化け物を斬りつける。化け物が必死に女の子を捕らえようとするも地を、宙を舞うように動き回る彼女には当たらない。

彼女は化け物を斬り裂いていく、しかし致命傷を与えるような攻撃ではなく少しずつ身体を削いでいくような、じわじわといたぶるように追い詰め、純白の制服を紅く染め上げ、背中まで伸びた黒髪をたなびかせながら………そんな、嘘だ、ありえない。

だって彼女は


「あれ…? あはっ♡もうおしまいかぁ……もう少し遊びたかったんだけどしょうがないか、それよりも…」


彼女の笑顔は清楚で、眩しく太陽のようだった。
しかし今の彼女は…妖艶で、どこか恐ろしく。


「暗くなると危ないよって……わたし、言ったんだけどなぁ……◯◯くん?」

「…さ…さみだれ、さん…?」



黄昏に染まる景色の中、恍惚とした妖しい笑顔を携えたきみは……だれなんだ?



>>119「たそがれ、さみだれ、きみだれ」
>>120「黄昏時に君は誰」

----------

お目汚し失礼、拙い文章でごめんよ
140 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2020/02/16(日) 10:45:14.07 ID:FETyfwn30
>>「どす恋」

「そうは言いましてもな、わたくしは食わねばならんのであります、大きくあらねばならないのであります」
甚兵衛の巨漢は米をひたすら口に押し込んで噛みながら、不乱に口説く努力をしていた。
目の前の女もまた巨体であり、男とは異なり飲み込むまで口を開かない。

「浅香さん、箸が止まっていらしてますな。どうなさったのか? どんどん、お食べになってください。同業ですから、遠慮する必要などないのでありますよ」

「別に」浅香と呼ばれた女は噛んでいたものを嚥下して言った。
「何も遠慮しちゃあいないよ。噛んでる間に新しいものを一気呵成に詰め込むことができんだけですわ」
「そうですか」

 二人は力士であった。男は前頭で、女は女性力士として活躍していた。
男は斯波山と言い、幕下転落の危機に瀕している。斯波山がそれを自覚しているのかいないのか、それは態度からうかがうことはできない。
何しろ彼は軟派な質で、遠征する毎に女を誘い買いなどしていたので、相撲協会の人間からよくは思われていなかったのだ。
 そんな彼も三十を目前にし、身を固めたいと思うようになったのだ。

 しかし彼の性質を知る女は皆敬遠して逃げていくし、せっかく新たにまぐわえそうな女をひっかけても、彼の性的な無節操が顔を出してこれまた逃げられてしまうのだった。
 そういうわけだから、浅香に狙いを絞って食事に来ているのである。

 浅香はかつて女力士として名を馳せていたが、長い伝統とはいえ土俵に上がることができないのに我慢がいかず電撃引退し、今は斯波山の所属する部屋で働いている。
知人は、痩せれば美人に違いないと皆言う。そしてそれは浅香自身もそうだろうと思っている。相撲なんかやっていなければ、男などいくらでもとっかえひっかえできるだろう。うぶな童貞を食い荒らして彼らが泣く姿を想像すると、彼女はエクスタシーのような勝利感を味わうのだった。

 しかし女力士になってしまったのだから仕方がない、言い寄る男は少なかった。だから浅香は斯波山の誘いを受けたのだ。
彼女とて斯波山のことは嫌いではない。嫌いだったら誘いを受けていないはずだ。それに斯波山に対しては、自分と似た雰囲気を感じ取っていた。
同じ異性を誑かす人間として、同族的な連帯感を感じていたのだ。おそらく自分が結ばれるならもうこういった男しか残ってこないだろう、ともどこか確信めいた考えも心中にあった。

 それは斯波山とて同じであった。軟派物の俺が捕まえられるのはこんなの程度だろう。痩せれば美人だしな。
相互の同情も重なって、彼らの間には冷めきった恋愛の感情が横たわっていた。それは燃えない。燃えないが、一通の太い運河のようなもので、その間を確かな交流は二人に強いつながりを抱かせた。
 
 もう一押しだ、と浅香は思う。つながろう、とかそれに類することを言ってくれれば、私もすぐに手をつないでいこうと言い出せるのに。

 斯波山は言った。
「浅香さん、あなたいつになったら身を固めてやるおつもりですか」

「いつでも構わんですよ、私は。今固めてやってもいいくらいです。来年でも、再来年でも。しかし早い方がありがたい。斯波山さん、あんたの方は」
「わたくしですか、早くしないと生涯独り身ですからね、早急にお願いしたいですね」
「では私はどうですか」
「良いですね、では浅香さんわたくしは」
「ええ、いいと思いますよ」
「そうですか、ではお願いしたいですね」
「はい、そうしましょう」
「それではこの後、仲を深めるためにちょっくらホテルに参りませんか」
「大丈夫でしょう。親方が何というか心配ですが」
「そのあたりは平気です。以前にわたくしはそういった話を親方としたことがあります。自由恋愛で婚姻を進めるのはいかが思うか、と。親方は言いました。現代は見合い結婚よりも恋愛結婚が主流だ。部屋の顔とか大企業、名家の跡継ぎならともかくお前は部屋に所属する単なる一力士だから、気にする必要はない」
「それはあなた期待されてないんじゃ?」
 笑いながら朝香は言った。
「そうでしょうな。でもそれがどうしたというのでしょう。気楽に相撲を取ることができますし、好きな女を食って捨てるも自由にできるのであります。本命を捕まえるまでの間の性欲を吐き出す相手を好きにできるのもいいもんですぞ」
「それを交際を申し込んだ人の前で言いますか。私も似たような考えを持っているので、あまり強いことは言えませんが」
「そうでしょうとも! 我々は似た人間なのではないでしょうか。だからこそともにいようというのです。同じ所帯で、浮気のような恋愛を続けるのです」
「面白いですね」

 二人は静かに食事を終え、勘定を済ませた。外に出ると温い風が足許に吹きつけ、互いの首筋のにおいをかいだ。
 安心した表情で見つめあった。その脚で二人は夜を過ごすホテルへと向かった。


感想求ム
141 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2020/02/16(日) 10:45:50.40 ID:FETyfwn30
>>70
142 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/02/17(月) 09:17:18.71 ID:0vVDSc8x0
タイトル「平行世界ツアー」
143 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/02/17(月) 17:56:23.10 ID:pDzRV5FZO
タイトル「さいたまーず」
144 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/02/18(火) 17:45:25.28 ID:W/yKhBi4O
タイトル「さいたまーずvsちばーず」
145 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/02/18(火) 22:13:12.33 ID:AqahJRTk0
タイトル「オッドアイの猫」
146 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/02/19(水) 16:38:18.49 ID:8fjNKSxm0
タイトル「瞳の中の私」
147 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/02/19(水) 19:37:57.51 ID:yHszG1C+O
タイトル「浮上戦隊アゲルマン」
148 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/02/19(水) 20:47:48.43 ID:37XcMRc7O
タイトル「はじめての世界」
149 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/02/20(木) 00:19:39.57 ID:X60C8czQ0
タイトル「隅付き括弧(鍵括弧)<丸括弧>」
150 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/02/20(木) 02:10:10.13 ID:4eljQqP40
タイトル「月刊''アナタの秘密’’」
151 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/02/20(木) 13:57:50.01 ID:GjcoaCgqO
タイトル「とある魔術の教書抜粋」
152 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/02/20(木) 14:19:11.54 ID:GjcoaCgqO
タイトル「Maleman vs Femalewoman」
153 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/02/21(金) 07:17:51.29 ID:OmPE0e520
タイトル「ローソンどきどき四丁目店」
154 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/02/21(金) 23:34:56.76 ID:OtUQF87N0
タイトル「こちら葛飾区亀有公園前セブンイレブン」
155 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/02/22(土) 19:35:53.00 ID:6fJuAN6qO
タイトル「スタンド能力関連犯罪対策捜査部」
156 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/02/23(日) 20:03:25.67 ID:+xaTAyFMO
タイトル「最果ての村」
157 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/02/23(日) 21:26:13.38 ID:H3jULl5R0
タイトル「こちら横浜港ダイヤモンドプリンセス号派出所」
158 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/02/24(月) 10:01:36.26 ID:y6LTa1CE0
タイトル「愛され系飼い猫になりたいだけの人間だった」
159 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/02/24(月) 14:29:08.90 ID:jlNj+JE40
タイトル「ご注文はうなぎですか?」
160 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/02/26(水) 17:44:09.76 ID:Tf5+R/ntO
タイトル「沈黙戦隊サゲルマン」
161 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/02/28(金) 11:36:04.38 ID:k8I8eIugO
タイトル「サトーマンvsスズキマン」
162 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/02/28(金) 21:24:02.64 ID:ET8gWwAh0
タイトル「てやんDAY」
163 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/02/29(土) 17:29:03.52 ID:6Buit0Or0
タイトル「テンサイ馬鹿凡」
164 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/02/29(土) 22:21:25.14 ID:6Buit0Or0
タイトル「ご注文はうさぎですか!?」
165 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2020/03/02(月) 19:17:40.28 ID:VBQn1btn0
>>74「海底の花火」

 ――聞こえるか? おい、返事ができるやつは返事をしろ。

 …………いいや、やめだ。点呼だ、点呼を取る。番号!

 ――いち!

 ――に!
 
 ――…………………………

 ――よん!

 ――…………………………

 ――…………………………

 ――…………なな。

 ――…………………………

 ――きゅう!

 そうか、半分しかいないか。みんな、艦内前方に集まってくれ。真っ暗だから、壁を伝ってな。



 明かりは全滅、計器類はほとんどダウン。動いてるのは酸素メーターと深度計、あとは酸素供給系統か……。

くそっ、通信、レーダー、発信機はことごとくだめか! ハッチもいかれてて脱出も試みられやしない!

なまじ生きられるだけあって、かえって地獄だな、これは……。

 ちくしょうめ、と手の中でライターを揉んでいる。彼は艦員の中で一番若く、短絡な男だった。整髪剤で逆立てた髪の乱れを気にしている。

 焦っても仕方ないさ、と壮年の男がたしなめるような優しい声で言った。こちらは三十代前半の整備士である。

左手の薬指にはプラチナの指輪がきらめきを待ちつつはめられている。指の背に触れるところには、Hirochika Yanaseの文字が刻まれている。

 その彼の背中にしがみついているのは髪の長い、三十路ちょうどくらいの若い女だ。

こちらも左手の薬指にリングがあって、やはりMasano Yanaseと刻印されている。二人は夫婦で、結婚してから三か月だった。

出航した直後には、二人向かい合って笑い、早く子供が欲しいな、などといちゃついて桃色の関係を披露していた。

 航海士は生存こそしているものの、全身を打って衰弱甚だしい。すでに意識はもうろうとし、へし曲がった腕はタオルで簡易的に縛られている。

舌の周りが随分と悪い。急性硬膜下血腫だろうか?

 艦長は動けない航海士の代わりに操舵を担っているが、動かないものはどうしようもないから、レンズをのぞきあたりを見回している。

見えるのは青ざめた砂である。のっぺりとした感触に思われ、おそらくはかき回す存在がまれなのだろう。

 うっすらとした影が見えた。オオグチホヤである。透明な口をばっくり開け、流れてくる微細な餌を飲み込んでいる。

近くには小さなエビ。長いひげを垂らして歩いていた。従容とした態度が艦長には気に入らなかった。

エビごときがあんなに悠々としておいて、どうしておれたちがこれほどに静かに絶望しなければいけないのか?

 明かり、使っていぞ。動ける三人の艦員はそろって顔を上げた。

闇のヴェールがかかった輪郭しかわからず、どんな表情をしているのか知ることはできない。

ただ確かなのは、Yanase夫妻が濃厚なキスをしようとしていたことだけだ。

二人は見つめ合うと、MasanoはHirochikaの首に手を回し、曖昧な香りの息をして顔を寄せた。そして吸いつくように二つの唇を重ねたのである。

 今さら愛するものたちが絡み合っても、場が華やぐということは決してなかった。

そうなるためには、機能をほとんど停止し、生殺しに処されている潜水艦内はあまりに希望がなかった。

その証拠に――Yanase夫妻は涙を流しながら舌を絡めあっている!

「あっ」と艦長が声を上げた。艦員は――航海士はわずかに首を傾けたのみだが――一斉に艦長のほうを振り向いた。「火山が揺れている」

「噴火ですか」「ああ、海底火山の噴火だ」「でも火口は」「いや……低い。かなり深いところから裾野はつながっているみたいだ」「では火山灰は我々の上に積もるのでは」「そうなるだろう」「わたしたちは移動することができないんですよね」「無論」「灰に埋まってグッド・バイですか」「そうなるな」「じゃあ、僕らは二度度発見されないというわけですか! 結婚したばかり、可憐な子供が生まれたかもしれないのに」「残念だ」「いやですよ、そんなの……」「もっと、燃えるように生きたかったぜ、馬鹿野郎が! ナナ、ちくしょう!」

 あ、と航海士が細い声を上げた。モニターが点灯していた。「外が見える……」

 マリンスノーが、彼らを葬らんばかりに美しく振っていた。桜吹雪が散るみたいに……そして奥の海底火山が二度、三度震えて火を噴いた。

 赤いマグマは瞬間的に冷えて黒くなる。そのわずかな光の繚乱さを彼らは認めないわけにはいかなかった。

166 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/03/04(水) 10:40:40.09 ID:gz7GqTzzO
タイトル「笑う男」
タイトル「Mr.Box」
タイトル「13」
タイトル「半透明人間」
タイトル「暗闇の中で」
167 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/03/04(水) 23:27:48.99 ID:guu+Gjm20
タイトル「死神と少女」
168 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/03/05(木) 16:38:43.60 ID:JzJrDIMM0
>>123の少女視点バージョンも見たいかな
169 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/03/05(木) 17:57:21.52 ID:bleRoA02O
タイトル「高輪ゲートウェイ駅一番乗り男」
170 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/03/06(金) 17:17:56.42 ID:IGMWxUYCO
タイトル「矢野がうつになりまして。」
171 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/03/06(金) 18:19:59.28 ID:L1Shuw9h0
タイトル「アヤカシゴロシ」
タイトル「ヒトゴロシ」
タイトル「ケモノゴロシ」
タイトル「アクマゴロシ」
タイトル「カミゴロシ」
タイトル「悪魔の銃」
172 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/03/06(金) 18:22:48.96 ID:L1Shuw9h0
タイトル「異世界行き特急」
173 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/03/07(土) 16:47:21.47 ID:M27Mh1hUO
タイトル「ハートに火をつける簡単なお仕事」
174 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/03/08(日) 20:04:46.82 ID:S1rLa3gk0
タイトル「熱湯甲子園」
175 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/03/10(火) 08:36:16.53 ID:dWNEOc0m0
タイトル「癒しの実」
176 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/03/11(水) 19:04:56.29 ID:XCx+uM5+O
タイトル「FORCE OUT」
177 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/03/11(水) 22:41:18.05 ID:+6L7oJRI0
タイトル「セカイノハジマリ」
タイトル「セカイノフシギ」
タイトル「セカイノルール」
178 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/03/11(水) 23:40:04.68 ID:+6L7oJRI0
タイトル「全人類蘇生計画」
179 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/03/13(金) 14:43:29.22 ID:NObtlSibO
タイトル「殺人列車〜murder train〜」
タイトル「ヒトクイレッシャ」
180 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/03/16(月) 03:42:47.80 ID:oK5p3SwZ0
タイトル「その時、当たり前の事が起こった」
181 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/03/17(火) 21:37:04.08 ID:pbsJoG2po
SSって書き手も読み手も悪い意味での「大人」になったら成り立たない文化だと思う
182 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/03/19(木) 19:11:44.11 ID:r123igW4O
タイトル「THIS IS 蘇」
183 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/03/19(木) 20:48:00.55 ID:YkUUXEQ/0
>>165
乙です。雰囲気好き
184 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/03/20(金) 00:31:15.06 ID:5ljZ8Sf2O
タイトル「異形姫」
185 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/03/20(金) 22:23:56.47 ID:DefHUZV/0
タイトル「鈴木戦隊サトーマン」
186 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/03/20(金) 22:25:15.27 ID:DefHUZV/0
タイトル「蘇に愛された男」
187 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/03/21(土) 22:09:44.42 ID:6PrV1mXi0
タイトル「100手後に死ぬ黒石」
188 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2020/03/26(木) 23:49:16.99 ID:HzwCLkz90
>>77「停止した惑星」

北方――これはあくまで便宜的な呼び名ではあるが――に、爛々と太陽が燃えている。
その場所に北中してから、同じ箇所を延々と照らし続け、杏子色の空には南へとたなびいていく雲があった。

 周辺は嫌というほど荒涼としている。かつて青かったこの地も、夜が来ず強烈な日差しにやられ、強風も手伝って植物の痕跡は骨粗しょう症になった骨のように穴が開いた黒い樹木の幹のみだ。移動ができる生物は皆ここから離れ、昼と夜の(すでにその二元的な概念は消滅している)境目に盛んに集まって過ごしていた。
 扁平な生物が太陽に向かって飛んでいく。コシライである。昼半球にずっと生息しているのはこの生物くらいのものである。コシライは風に乗って飛来するプランクトンを、網目状の大きな口で漉しとるようにして食べる。地球の生物でいったら、最も近いのはジンベエザメだろうか? 少なくとも食事に関しては近似するものとして考えてもいい。そして地上を移動する機構というものを持っていないために、ずっと空中に留まっていなければならないのだが、夜半球には風が少ないために、そこでは生存が困難になってしまう。だからコシライは昼半球の強風に向かってプランクトンがやってくるのをひたすら食う生活を行っているのである。
 
 昼半球と夜半球の間。砂埃がもうもうと舞うところに、のっぺりとした肌の生物がうずくまっている。扁平な頭、短い手足、その手足と胴を結ぶ膜、目を覆う瞼のようなもの。ハレイノーだ。後ろ足で立つことが可能になり、全体的にいっそう扁平に、鰓の張り出しがより極端になったブラキオプス類のような見た目?
 一匹だけ取り残されている。砂埃に巻き込まれるとハレイノーはぷよぷよした肌が砂にまみれて身動きが取れなくなる。水分が吸い取られて強張ってしまうのだ。仲間は逃げ出せたが、ふるふる一匹だけうつぶせたままだ。
 
 それを狙う大きな生物。鋭角的な作りの頭部、細い体、薄い翼、無駄のないひょろりとして締まった脚、その先には鋭い爪と細かい棘がある。エッキノーダーという。この惑星最大の捕食者である。普段は流れる砂の中で体を縮めて動かない。そして腹が減った頃になって首を伸ばして獲物を探し、それめがけて一気にとびかかって仕留める。不意打ち、そしてスピード勝負だ。

 エッキノーダーはしばし取り残されたハレイノーを見つめていた。同情しているような見方ではなく、どの角度から襲おうか見分している、残酷な目つきである。
 あッ……と息をつく暇もなく、可哀そうなハレイノーはエッキノーダーの口で背骨を砕かれてぐったりしていた。目にもとまらぬ早業。砂埃の引いた岩の上にハレイノーをいったん落とすと、爪でその体を抑えて弾力のある肌を裂こうと尽力し始めた。脂肪が豊富にあって、エネルギーには困るまい……。

 
 どれだけ時間が流れようと、夜は来ないし昼もまた同様に来ない。一方はずっと昼であり、一方はずっと夜である。太陽は地軸の真上にあって変わらない。影は常に、最も近い状態だ。その光を直に受ける極地は、冷酷な表情をしたクレーター状に大地が削れていて、そこからオニヒトデの触手のように幾筋かがそこから伸び、流れていく雲と同じく強い風の存在を示している。

 星は止まっている。それでも、この星に適応した生き物が生きている。
189 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2020/03/31(火) 00:32:12.87 ID:UxSSfY4l0
>>80「寂れた街」

一番小高いところに続く、コンクリートの階段を駆け上がって振り返る。蔦の這った壁が消えて、のろのろと漁船がやってくる細い湾港と、仄かに揺らぐ更紗のような雲が水平線の彼方までを覆っているのが、初夏の植物の青臭さと潮の香りが混じった風と共に届いた。

「ほら見てみい、ヤッちゃんとこのおじちゃんがかえってきとるが!」真っ白いランニングに白いラインの入った短パンを身に着けた褐色の少年が声を上げた。安物のサンダルは酷使されて足裏が擦れて溝はほとんどなくなっている。

「ちょっと待ってぇな、登るの早いんよ、カッツンは」一つ下の踊り場をようやく越した辺りから、大柄な少年が息を切らせて褐色の少年を見上げていた。白い靴下に青いスニーカー。アイボリーのポロシャツに鉄紺の半ズボン。「そない走られたら、おれはどうやったって追いつけんよ」

 カッツンと呼ばれた少年は縁に設置された手すりに肘を乗せ、口をとがらせて彼を見ていた。まるで対戦カードゲームのカードの交換を断られた時みたいに。「そんなでっかい体しといて、すぐ疲れたとか情けないことやで! ぐちゃぐちゃ言わんと、早よきい!」



 彼らは町に二人だけの中学三年生で、来年には島を出て高校に通う公算である。過疎が進んで高校がなくなって十年以上が経ち、それを当然のこととして受け入れていた。彼らの下の学年はおらず、島を出ていくと同時に中学校には一人だけが入学する。その下の三学年にそれぞれ一人、二人、一人。限界集落として国の資料には記載されていたりもする、そんな町で彼らは育ってきた。

「けーちゃんはええな、勉強ができて! 大学にも行かせてくれるんやろ? そないなったらずっと自慢でけるわ、けーちゃんのこと」
 けーちゃんと呼ばれた大柄な少年は、肩をすぼめてうつむいて少し恥ずかしそうに手を揉んだ。声が大きく活発なカッツンとは反対に気が弱く物静かだったため、二人が並んでいると身長差が縮まったか、あるいはないような感じがする。
「そうでもないで、おれくらいのやつはそこら中におるし、むしろおれは追っかける側やと思う。全然知らんことが山ほどあってな、不安で不安でしょうがないんや。いつここが帰られへん場所になってまうかもわからんしな」
「そない考える必要がどこにあってん、けーちゃん! 悪いことばっか考えとってもあかんで、楽しないやろ! ええこと考え、ええこと!」
「いや、それはおれもわかってん。でも見てみ、おれらが知っとんのはこの島ん中だけやろ? 外にはな、もっとぎょうさん人がおんのや! 望月さんとかな、そんな人がいてん、おれには理解が追いつかんのやよ、どうやったらあないな人がいることができるんかっちゅうことが!」

 カッツンは黙って聞いていた。何か思うところがあったのかもしれないし、あるいは言っていることを理解できる頭がなかったのかもしれない。だがいずれにせよ、無理に説得する姿勢はその場では見せなかった。これまでに身に着けた人付き合いについての学習から、ここは余計な励ましをするべきではないと、意識的にせよ無意識にせよ判断したことは確かだった。

「それにな、見てみい、カッツン。こっから見下ろしたら結構な数の家が見えるやろ? 高台からの景色で言ったら栄えているように見えるやんな? でもな、この家の中で人が住んどる家がどれほどあるっちゅう話や!」                                     一旦中絶
190 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/03/31(火) 07:59:44.56 ID:qyHliMANO
タイトル「盤取」
191 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2020/03/31(火) 22:07:28.42 ID:UxSSfY4l0
>>189の続き

 とけーちゃんは家の並びを指さし、町の縁の斜面に沿うようにして示した。窓の中身は真っ黒く、ガラスが破れているのもちらほら見える。
あるいは外壁を蔓が這って覆い、玄関わきの柱が濃緑色に隠されてしまっている。
「見えたやろ。どうや、そう思わんか。あれが悲しうてたまらんのや、ちっさいころに可愛がってもろたかもわからんのに、いつの間にかいなくなってもうとんねん。お礼も何も言われへんねやぞ!」
「そないに空いてるんばっかやったか? そのうち帰ってきよるかも知らんで」
「帰ってくるもんか! 年々人が減っとるのに気づかへんの、カッツン? 現実見い」
 
 カッツンは黙り込んだ。現実見い、この言葉が引っかかって考えざるを得なかったのだ。
 俺がおったんは、現実ちゃうかったんか?――けーちゃんのオヤジさんにアイスクリームおごってもらったんとか、ヤッちゃん家の漁船の排気のうるさい響きとか、また今度な、と言ってサヨナラした矢壁の秀おじさんとか、あれはみんな嘘やったん? ……やや、混乱が来ていた。現実と現状とをない交ぜにしてしまったのが原因ではあるが、それをきっぱり見分けることができるほど彼は諦めがよい性格ではなかった。できる限り自分が抱く感触と近いように、現実を認識する質だったのである。

「カッツン」けーちゃんはウミネコが鳴く沖のほうを見て、
「俺は高校を出たら、もうこの島には戻って来ん。外で億万長者になれるような人間でないんはわかっとるけどな、ここにずっといるほうがあかん、というのはほとんど確信しとる」
 なにゆうとん、と言おうとしたが出てこなかった。カッツン自身は高校卒業後に島に戻って漁師になるつもりでいた。そしていつでもけーちゃんに会うことができると、いかにも当然のように思っていたから、けーちゃんと将来顔を合わせることが二度となくなるかもしれないという、たった今告げられた告白が明らかにした事実をうまく自分の発言と紐つけることができなかったのである。数拍待って、彼はなして、と絞り出した。

「なして、ってな、今ここで物買えるとこがどんだけある? おれは田端さんとこの八百屋と楡おばちゃんのお店しか知らんで。ほんであとは工事屋の行木さんやろ。こんなとこで、どうやって生きて行けばええんや!」
「魚や、魚を取るんや! それを冷やしたり干したりしてな、山ほど売ってやるんよ。それでな、いいもん食ってな、それで十分やんか」
「いや、」とけーちゃんは頑強な、断固とした声音で、
「それじゃあかん。魚じゃあ今どきどうにもならへん。いくらうちが漁師町やというてもな、そもそも規模がちっさいもんで、懐が潤ってしゃあないということにはならへんのよ。悲しいけどな。それに、外に出てって帰ってきたんは何人おるん? おれは二、三人しか知らんで。毎年二人くらい外に出ていくのを、十年近く見とったんによ!」

 カッツンは驚きつつけーちゃんの顔に見入っていた。彼はけーちゃんがこれほど強く自分の気持ちを述べることを見たことがなかった。いつも彼が訊かれもしないうちに自分からべらべらと公開して、その流れでけーちゃんに言わせていた。それが自然であった。常にけーちゃんが彼の後ろについてくるような状態だったので、彼が自分の影響下から外れてしまった気分になっていたのかもしれない。それをわかってはおらずに呆然と反論を探している。

「わかったか、カッツン? おれが戻っても、ここじゃいかんのや。いくら勉強ができたって、体を動かせなここでは生きてけん。はっきり言って、もう二度と船には乗りたないし、かといってそれを助ける裏方の役も勉強がまったく意味ないもんや。せっかく効率いい方法探しても聞き入れてもらえんような気がするしな」
「気がするだけやろ、そんなことないで」

 けーちゃんはカッツンの無邪気な顔を見た。「そんなことないで」明るく、無垢な希望の言葉。彼は根本的にカッツンと違うことを再度思い知らされた。
おれはこいつにはかなわない、この街の論理にはカッツンの方があっている。おれとは違って……。

「なあカッツン、降りようよ」感じた劣等感を完全に隠してけーちゃんは言った。かまへんけど早ないか、とカッツンは少し不服そうだ。
「早やないで」噛みしめる表情を見せないようにして、カッツンに止められる前に階段を一段一弾降り始めた。
 ちょい待ってな、まだ降りるとか言ってへんやろ、と抵抗するような言葉を口にしながらもカッツンはけーちゃんの後をついて行った。
沖に出る漁船はなく、帰ってくる漁船も当然なかった。止まっている船は水揚げを全て済ませ、海水に使った網の絡まった部分をほどきながら点検している最中であった。
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