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【ガルパン】 不死の感情
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459 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/10(木) 22:55:38.24 ID:U2snit8u0
それが目の前の精鋭の車輌の砲塔が、いきなりいくつも宙を舞うのを目にしたときの驚きは、想像を絶するものだった。何発もの砲弾による揺れで思わずバランスを崩す
その原因を察するのは非常に容易だった
アハトアハト
一撃でプラウダ戦車を穿つ威力、それと発砲音、どちらもこの仮説を証明するに足るものだった。そして向きと数からして、大洗の部隊ではない
「副隊長!右です!右の尾根から撃たれています!」
「何だ!」
右の物見窓から双眼鏡で眺めた先にあったのは、こちらから台形に見える戦車の群れ、それと茶色
「くっ……」
予想は無慈悲にも当たっていた、思わず拳を握り締める。奴らが、悪魔が、鬼畜生がやってきた
「黒森峰……」
ドイツ戦車の殻を纏った奴らの群れだった
「馬鹿な!黒森峰が……何故!」
理解が出来なかった。何故西住流を破門された西住みほと黒森峰が協力するのだ。黒森峰からすれば西住流の敵だからさっさと死んでもらうのが吉なはずだ
仮に我々を倒すために同盟しようとしても、決勝の方が継続など戦力的に大洗よりかマシな味方が参戦するはずだ。わざわざ今、ここで、我々を倒さねばならない理屈はない
だがまずは、同志カチューシャに、同志に確認を取らねば……
「無線を……無線をすぐに繋げなさい!」
460 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/10(木) 22:56:21.50 ID:U2snit8u0
カチューシャはその身に反して大きな決断を迫られた。尾根の様子を見るに、黒森峰は多くても20輌、大洗を倒せば試合には勝てるが、決勝で黒森峰と戦う為の戦力が削がれる。敵は既に我らの精鋭を射程に入れている。このまま大洗に勝利しても損害は計り知れない
ならば今の数的優位をもって、戦力的に上である黒森峰を殲滅し、その後右の尾根から大洗側へ進撃し、両方潰すのが得策。大洗だけなら、精鋭が削られてもその時点での残存部隊でも勝てる
被害は大きくなるが、黒森峰の重戦車部隊に横っ腹を見せ続けるよりは、大洗に見せた方がマシ。砲と車輌の質が違う
そして精鋭を削られた上で主力の残る黒森峰と戦っても……勝てぬ。そしてそれは私には許されない。勝利を、悪魔たる黒森峰からの勝利を、学園は求めている
カチューシャは手元の2本の旗を掴み、キューポラの外に飛び出す。車内の者からの呼び止めも気にしない
「全車右旋回!尾根の敵を撃破せよ!」
旗は黒森峰の方を向いていた。勝ちにより近いのは、どう考えてもこちらである
「突っ込め!ファシスト共を皆殺しにするのよ!狼共の血で尾根を真っ赤に染め上げてやりなさい!」
「ウラー!」
撃たれたことによる混乱はそこまで重症ではない。プラウダの車輌は次々に右に周り、黒森峰への砲撃を開始した。宿敵の壊滅を目指して
461 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/10(木) 22:57:42.46 ID:U2snit8u0
???黒森峰の試合はこのプラウダ対大洗戦が終わった後である。逸見エリカ率いる部隊はこの戦いで大洗を勝たせなければならなかった
決勝に大洗を連れてこい、それが学園長からの指示だった。その意味は勿論理解している。しかし彼女がここに来た理由はそれだけではなかった
「全車砲撃開始、左が精鋭よ!1号車から12号車までは左を、それ以外は右を潰しなさい!下手に車輌を見せるんじゃないわよ!」
「ヤボール!」
黒森峰の最強選抜部隊の88ミリが、一斉にプラウダ戦車隊を攻撃した。再び砲塔がいくつか空を舞う
「馬鹿ね、あんたら舐めすぎなのよ、あいつを。仮にも1年で栄光の黒森峰女学園SS装甲部隊の副隊長を務めたのよ。あの女が簡単に勝負を捨てる訳ないじゃない。ま、それでウチを頼ろうとするところが甘いわよね
でも条件は合った。動かない理はないわ。たとえあいつが学園の裏切り者だとしてもね!
腐った建物から来た劣等学校が調子に乗りやがって!お前らが隊長や黒森峰隊員にした仕打ちは10倍どころか兆倍にして返してやるからね!
敵の砲撃に怯むな!イワン共に確実に1輌ずつ地獄を見せてやりなさい!」
462 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/10(木) 22:58:32.47 ID:U2snit8u0
「に、西住さん……敵車輌が……」
左側面から当面の味方が現れてからしばらく、敵車輌が一斉に横っ腹を見せ始めた。まさに、まさにプラウダはデスバレー行きのレールに跨ってくれたのだ
「……敵部隊左へターンします!チャンスです!撃ち続けてください!」
叫ぶ。この奇跡が何分続くかわからない。今この隙を逃せばこの距離では勝ち目はない。エリカさんは来てくれた。熊本が私を求めているのだ。ここで負けるわけにはいかない
こちら唯一のアハトアハトも、突撃砲も、日本の中戦車も、フランスのエースも、そして私の乗る歩兵の母も、皆ロシアの量産車をまともな反撃なく潰していた
しかしそうしている間に、視界に収めていたIS2が砲塔から火を吹いた
463 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/10(木) 23:02:09.02 ID:U2snit8u0
「撃て!撃ちながら進め!撃ち負けるなッ!」
同志カチューシャは正面へと旗をふりかざす。私からの通信なぞ気にも止めてないようだ。丘を登り尾根を目指しながらプラウダの戦車は砲撃を行う
だが元から向こうが高台にいて、劣悪な照準器の上この凸凹地面。こちらの砲弾はなかなか向こうに到達しない。尾根の上で口角が上がるクソよりも下賤な女の様が、消そうとしても浮かび上がる
そしてその現実を示すかのように、プラウダの部隊は前進を阻まれ、悪戯に被害を生んでいる。それも先程みたく補欠やかき集めではない。精鋭が含まれている。如何に同志カチューシャが歯をくいしばろうと、状況は変わらない
私の乗るIS2も、いくら射撃の腕が良くとも残弾を考えると、そうバカスカ撃てる状態ではない。先頭にいた部隊は敵を減らせていない。後方にいた精鋭が敵に数発命中させているものの、撃破しているのはたった3輌だけだ。こちらはもう残り半分を切りつつある。通常の部隊なら壊滅状態だ。だが同志は進軍を止めようとはしない
これが本来の目的ではないはず。しかし今の同志は聞かない。ならば行動で、それに必要なことを示し、勝ちに近づく
「止まれ」
操縦手に声をかける
「はっ?しかし……」
「止まって正面の大洗を狙う」
「は、はぁ……」
言われた通り操縦手は車輌を止め、狙いを定め始める。距離は若干伸びて1500、狙える
464 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/10(木) 23:02:51.63 ID:U2snit8u0
「あーんもう、命中しているのに中々止まらないっちゃ!」
3式の照準器を覗きながらぴよたんが愚痴る
「ぴよたん変わるなり!私にも狙わせるっぞな!」
ももがーは2つ上の先輩に普通にタメ口である。しかしぴよたんもそれに反論する気配はない。75ミリ砲弾を装填し終わると紐を掴む
「はいよ、お二人さん。次の弾ね」
手の空いたももがーの手にラムから砲弾
「助かるなり!」
「なに、こんぐらいいいってことよ。あれから特に通信はないから、遠慮なく撃っていこうや」
「そうっちゃ!早く次次っ!今度こそは撃破してやるゥ!」
その時、IS2がその飛び出た砲身から122ミリ徹甲弾を発射させた。ティーガーの正面装甲をぶち抜く弾である。正面から食らった3式は、まさしく砕けるという語が適当な様子で撃破された。砲塔は車体から分離され炎をあげていた
465 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/10(木) 23:03:17.39 ID:U2snit8u0
第74回戦車道大会公式記録
大洗女子学園犠牲者
小鳥遊 一恵
プラウダ 砲撃死 死体損壊が激しく致命傷は不明 即死
桃川 郷子
プラウダ 砲撃死 死体損壊が激しく致命傷は不明 即死
西島 とうみ
プラウダ 砲撃死 死体損壊が激しく致命傷は不明 即死
466 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/10(木) 23:04:02.86 ID:U2snit8u0
「3式撃破確認!」
「200m移動後また撃つ。装填せよ」
「はっ!」
これで大洗はこちらの主力、最精鋭に捉えられ始めたと理解したはずだ。ヘッツァーは囮だろう。前衛との練度の差をあの西住みほが理解できぬはずはない
そして彼女の正面ではプラウダという現在の敵と、黒森峰という将来の敵が戦力を削り合っている。このままガチンコで戦わせ続けるのが、彼女が優勝するための最善策。そしてそれは彼女らが参加した目的の達成に必要なこと
ようは生き残れば良いのだ。それも戦力を残しつつ
これらの情報を組み合わせれば、撤退を彼女は選ぶはず。そしてそれはこちらにとっても側面からの砲撃を避けられる。戦力を同志の命ずる黒森峰に終結させることができる
同志の命令は変えられない。そして確かに同志の決定にも一理ある
467 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/10(木) 23:04:57.01 ID:U2snit8u0
装填と移動の完了まで少々時間があったため、後ろの物見窓から双眼鏡で外を眺める。やはり損害は大きく、煙をあげるプラウダの戦車達が視界の多くを占めた。そこから運良く生き残った者たちが車輌から這い出し、戦線を離れる
そこから先の彼女達の運命を、私は見てしまった。言葉を出すための声帯をその光景が固定した
会場の後方に1台のトラックと3人の男が見えた。恐らく同志が話を付けて呼んだNKVDの奴らだろう。一番厚手のコートを着た1人は立ったまま動かず、1人はPM1910重機関銃の後ろで膝をつき、残り1人は銃身に雪を突っ込み続けている
絶えず弾丸が発射され、逃げようとする者らを躊躇なく襲う。足、腿、背中、腹、胸、首、頭を撃ちぬき続け、地面に倒れた者はそのまま重機関銃の的と化す。地面は白から服の黒と隙間の紅に変わってゆく
同志は敗者に、脱走者に、彼女にとっての叛逆者に、死を命じているのだ
ただじっと人が止まっていくのを見続け、気がつくとキューポラから身を乗り出していた
「副隊長!外は危険です!」
車内の者が止めるが気にもとめず、車輌から飛び降り、煙にむせながら水の混じった雪原を一直線に駆けていた。時々足元を取られるが、転ぶわけにはいかない。こうしている間にも、人材が、プラウダの未来が……
「同志カチューシャ!」
目標はT34/85だ。キューポラから身を乗り出し旗で指示を出し続ける彼女に向け駆け寄り、背後から車輌に登る。相互の砲弾が風を切る
468 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/10(木) 23:05:24.20 ID:U2snit8u0
「おやめください。十字砲火の中突撃を強行しても無駄です!今すぐ停戦をッ!それか撤退をッ!」
旗を持つ人の両肩を掴む。しかし彼女の眼光は黒森峰を見据えている
「うるさい!」
振り向きざまの拳をぶつけられる。背後に弾き飛ばされる。戦車の排気口からの熱とかすかな痛みを背中に感じつつ、ただ次の言葉を聞くしかなかった
「突っ込みなさい!後退する者は地域の裏切り者よ。その場で射殺する!前進しなさい!戦車がやられたらモシンナガンを持って!それさえもない奴は、黒森峰の戦車に近づいて車長を殴り殺しなさい!」
左手の旗は正面に向けられていた。そうしている間にも1輌、また1輌とアハトアハトの餌食となるし、機銃の的も増えていく。その一言が私を本当に人にしてしまったのかもしれない
人として、ではない部分もある。ここにある人は、ここでさえなければ黒森峰のクソを殺せる者たちなのだ。そしてそれに必要な団結をみだりに崩した存在ではない。それを……それを自分たちで……
469 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/10(木) 23:07:35.81 ID:U2snit8u0
トカレフTT-33、私のポケットに入っていたそれ。弾薬は僅かなれど、最悪の事態、そして接近戦での防衛に備えて持っていた、本来は使わない方がいい代物。だがやむを得ない。この結果私が死のうとも、黒森峰を倒す助けになれば
それを、私は彼女の後頭部に当てた。接触させたのは、その銃口
「なんの真似よ、ノンナ」
「お願いします、同志カチューシャ……どうか……どうか命令を……同志ジュコフスキーの仰ったことをお忘れですか!」
本来の目的。これまで幾十年に渡り溜まりに溜まった恨みの全てを清算するために、私はこれを取ろう
「バカ者が、戦場でメソメソ泣いちゃって。ノンナ、お前も焼きが回ったわね」
自分でも気づかぬ間に大粒の涙が?を伝う暇もなく零れ落ちていた。全く彼女のその通りである。今の私の顔にはブの字も存在しない
顔は向けてこないが、いつもより低い声とその発言に鋭い視線の様なものを感じる。本気だ。信念とも言って良い
「カチューシャの命令は絶対よ!撤回はないわ!最後の1人まで突っ込ませなさい!生徒なんていくらでも補充できるわ!最大の、最強の学園の特権よ!
ここから生きて戻るのはカチューシャとノンナの2人だけでいい。ただし、戻ったらカチューシャに銃口を向けたペナルティは受けてもらうわよ。
分かったら残りもさっさと突っ込ませなさい。黒森峰を少しでも傷つけてやるわ。いや、距離さえ詰めてしまえば、勝てる!」
返事はしない。無言の涙が頬を駆け抜ける。彼女は何もせずその場に直立する
彼女は逃げも隠れもしない。その精神力はさすが皆の上に立つもの。されど、私は
「とっととやりな」
470 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/10(木) 23:08:54.11 ID:U2snit8u0
指が、動いた
先ほどまでの砲撃に比べ今回は接射だ。外しはしない
軽い爆発音が、周りのもの全ての耳を突いた。薬莢がエンジン上部を跳ねまわり、止まる。眼前に広がったのは、前に倒れ顔から血の池に突っ込まれた彼女の後頭部と背中、だった
ただそれを視界に収めるが、それさえ瞬く間に歪んでいく。車内の者は背後にいた人間が突然絶命したことに愕然となっている
これは、我らがプラウダの為……プラウダが永遠に続く繁栄の道を進む為
その死を確認すると、素早く振り返った
「ジャッジ?」
471 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/10(木) 23:11:10.29 ID:U2snit8u0
「試合終了!」
その合図がかけられたのはホイッスルの音と同時だった
「プラウダ高校の試合放棄により終了します!よって準決勝第1試合、大洗女子学園の勝利です!」
審判の声がこの土地に一時の平和をもたらそうとする。丘の下では煙が山の様に立ち昇り、全て風で南へ流されている
終わった、ようだ
ついさっきまで逡巡を繰り返していた私の頭は、叫びながら抱きついてくる優花里さんに何も反応出来ないほどに急停止を喰らっていた
「西住どのぉぉぉ!」
「……また、勝ったの?」
「嘘……」
優花里さんを除く皆も同様。だが少しの間を置いて、このささやかな肉の丘を包み込む叫び声が広がっていた。僅かな損害はもはや頭には残っていないらしい
プラウダに、勝った。これが今年の夏、そして去年の冬に聞けていれば……
いや、これ以上はよそう
472 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/10(木) 23:11:49.31 ID:U2snit8u0
「戦闘行為停止!」
「両校直ちに戦闘行為を停止してください!」
あちこちから笛の音と審判による声が響く。私のもつ力は、もう使い終わった。頭をだらんと反らせた彼女をキューポラがら引っ張り出して抱え、車輌の後部に立つ。視線の先は丘の上だ
西住みほ。こうなってしまった今、同志ジュコフスキーの提案を実施する為に彼女は必須の存在となってしまった
ふと、戦車の残骸を通り過ぎた丘の上と視線が合った気がしたが、丘の上から視線を外して車輌から飛び降りた
私は、同志をこの手で殺した。それだけだ。
地元生まれの、といっても津軽がプラウダとなる前の時代のことではあるが、作家がこんな言葉を用いていたな
『恥の多い生涯を送って来ました』
文学はロシアが至高、日本の言文一致などロシアの受け売り、だとは思っているが、これは強く印象に残っている
別に私がその主みたく心が安定しない奴だ、というわけじゃない。むしろ彼女に、学園に捧げてきた思いは変わらないし、きっとこのまま変わらないだろう。いや、逆に『学園に心を捧げてきた私』というものを信じたいだけなのかもしれない
実際、私の歴史は恥辱にまみれている。父を、母を、妹を、家族皆を殺した奴の娘に取り入って出世し、その過去を封じ込める為に、好きでもなんでもないNKVDの奴らに、下着を馬鹿にされながら何回も犯された。そしてまた、人生は最悪の恥とともにフィナーレを迎える
「……結局、裏切り者の子は、裏切り者。同志カチューシャ、貴女は私を信頼しすぎました」
プラウダの主力の残りがいた所の一角から聞こえたのは、静寂を破る銃声だった
「発砲はやめなさい!試合は終わりました!」
審判の1人が大声で注意する。近くのものは互いに見渡すが、返事はない。その音源たるモノに答えられるはずがない。自分の車輌の転輪に寄りかかるカチューシャとその足元でこめかみに引き金を引いたノンナしかいなかったのだから
473 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/10(木) 23:16:45.16 ID:U2snit8u0
第74回戦車道大会公式記録
プラウダ高校犠牲者
エカチェリーナ ウラジーミロヴナ イワノワ
大洗 銃殺 脳後部から額にかけて貫通による脳死 即死 ノンナ ニコラエヴナ ノヴィコヴァの持つ銃により射殺
ノンナ ニコラエヴナ ノヴィコヴァ
大洗 銃殺 右側頭部から左側頭部にかけて貫通による脳死 即死 自殺と思われる
◯大洗女子学園高等学校vsXプラウダ高等学校
被害 大洗3輌 プラウダ153輌
(大洗側同盟 黒森峰4輌)
プラウダ高校の試合放棄
474 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/10(木) 23:17:41.99 ID:U2snit8u0
試合中一度治っていた雪は、今再びしんしんと舞い始めた。私たちの所に1台の車輌が向かってくる。それは前で止まり、黒森峰の生徒が降りてくる。懐かしい。私も良く知っている顔だ
「失礼します。黒森峰女学園戦車道選抜部隊副隊長の小島と申します」
彼女、小島さんは頭を下げる。所属こそ違ったが、礼儀正しかったという記憶は間違ってなかったらしい
「大洗女子学園戦車道隊長の河嶋だ」
「副隊長の西住です。お久しぶりです、小島さん」
それと共に大洗側の2人があいさつし、たまたま周りにいた者も会釈する
「大洗の皆様、決勝進出おめでとうございます。逸見隊長から決勝はお互い全力を尽くしましょうとの伝言を預かっております」
雪がますますちらついてくる。次、ね……ま、礼儀正しさには礼儀で応じよう
「ありがとうございます。黒森峰の皆さんの同盟あればこそです」
嘘ではない。いや、これが勝利の根幹であるのは事実
「なお、プラウダの捕虜はこちらで引き取りますので、了解を得るように言われました」
「お断りします」
「は?」
475 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/10(木) 23:18:21.26 ID:U2snit8u0
はっきりと言ったその言葉に小島さんは思わず耳を疑ったらしい。だろうな
「捕虜の権利を持っているのはあくまで勝利校である大洗です。申し訳ありませんが黒森峰には引き渡しません」
「……それは今回の400人近い捕虜数と捕虜の管理費用が全てそちら持ちであるというのを理解なさっている上で、ですか?」
「勿論です」
彼女の言うことは正しい。大量のプラウダ捕虜に食わせる飯に必要な金があるなら、とっとと押し付けて戦車を補強した方がいい。そう考えるのも当然だろう
だが私には出来ない。現実を知る者として、それは許さない
小島さんはじっと見つめてくる。その意思は曲がらない、と分かったらしく、少し首を回し、視線を隊長の河嶋に移そうとする
「今大会に関する決定については西住に一任してある。西住がそう言うなら、引き渡しはしない」
「しかしですね……」
「2度は言わない」
「……分かりました。失礼します」
小島さんは仕方なさそうに頭を下げ、背を向けて車輌に乗って帰って行く。その場にいたあんこうチームのみんなと河嶋隊長の視線はその背中をじっと追っていた。やがてそれも雪原の奥の谷間に消えていった
476 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/10(木) 23:18:57.75 ID:U2snit8u0
「西住殿、どうしたでありますか?捕虜を取っても我々はどうしようもないでありますよ」
右脇から優花里さんが側に出てきた
「黒森峰の第2試合はこれからなのにもう決勝の挨拶とはすごい自信だな
しかしお前を信用して受け入れたはいいが、どうする気だ?向こうが求めるなら、今回の援軍の件を考えて、乗っても良かった気がするが
信用するから、その理由だけは隠し事なく教えてくれないか?それが……生き残るのに必要かもしれん」
信用。確かに重要だ。止むに止まれぬ理由でまとまらざるを得ないチームが勝てるほど、黒森峰の団結は甘くない
前に一度似たようなことを話したからか、果ては私がかつての私に戻りきってしまったからか、前みたいに倒れたりするようなことはなさそうだった
それに私だけ腰掛けるのも、皆に雪の上で座布団もなく座らせるのも、どちらも気が引ける
「皆さんすいません、ワガママ言って……まだ話してませんでしたね。私が黒森峰を去り、戦車道を辞めた、いえ、辞めようとした理由……」
「聞いたぞ?プラウダに虐待されたからじゃないのか?」
河嶋隊長の指摘に笑顔を見せようとした。しかし記憶が口角を上げるのを邪魔する
「いえ……確かにそれは辛かったんですが、自分のせいじゃない辛さです。苦痛で泣いても、終わればまた明るい気持ちにもなれます」
周りは少し近くの者の顔をのぞいていた。前に話を聞いているだけに、これまた飲み込める話ではないのかもしれないが、事実だ
「それよりも耐えがたい、日が昇るように何時までも思い起こされ続くもの」
華さんの顔に水滴が見える。雪が溶けたものでは無いようだ。きっと勘の良さを備え付けているのだろう。華道とはそういうものなのか?
「私が戦車道を辞めた本当の理由は……」
優花里さんが吐く息も白く染まる。周りを漂う霧の中から、私はまた嫌なことを引きずり出す。流石に本能が、足を震えさせ止めようとしてくる。五感も次第にあの場へ引き戻される
が、話さない意味はない。戦いの意味の一部はここにあり、1番長く生きるのは私ではないのかもしれないのだから
477 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/10(木) 23:19:24.40 ID:U2snit8u0
アインザッツグルッペン(特別行動部隊)
私は見てしまったんです
黒森峰が戦車道大会に君臨していた9年間敗退した相手校に対して行っていたことを
私が加害者だったということを
あの悲劇と匂いを知ってしまったんです
478 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/10(木) 23:20:02.22 ID:U2snit8u0
広報部より報告
プラウダ学園の動向
内容
同校からの連絡によると
「指導者の死をもって終焉としよう」
を
「準決勝の大損害」
において選択したとのことです
大洗校歌
http://sp.nicovideo.jp/watch/sm33893159?viewing_source_detail=%7B%22nicorepo%22%3A%22reaction_id%3Dfce1ad48-f627-4eaa-b4c5-563bc8ab79f6%2C1537516382785-b7c7da49806a1e4d20cb209866b0046a492b74b2%22%7D
479 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/13(日) 23:11:46.47 ID:ps5/gbfR0
もうすぐ始めますよー
480 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/13(日) 23:18:13.93 ID:ps5/gbfR0
〜
最後まで生き残る者は抵抗力の強い人間であるから、彼らに対しては『相応の対応』が必要になる。
ラインハルト ハイドリヒ
〜
481 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/13(日) 23:19:17.71 ID:ps5/gbfR0
宿舎から10分走った所、有刺鉄線で囲われた禍々しい所でバスは止まり、歩哨のいる門の前で降ろされました。そこは肉が腐った、思わず眩むような臭いが立ち込めていて、咳き込みながら持っていたハンカチで口を塞ぎました。それでも臭いは抑えきれません
すると門から男が出てきました。その男こそ今回の戦車道大会の実行委員長の北野です。教官とかと似た服を着ていますから、普通に見ればただのおじさんです。周りの臭いとハエと異様な雰囲気さえなければ
「こちらは特別行動部隊施設所長の北野氏だ。全員、敬礼!」
教員の号令とともに私たちは右腕を空に伸ばしました。出来ればその手は鼻や口をふさぐのに使いたかったんですが
「ようこそいらっしゃいました。黒森峰女学園の偉大なる戦車道隊員の皆さん。所長の北野です。皆さんほど華々しくなくとも我々もプラウダソヴィエトの絶滅という目標に向け日々努力しています。今日はその成果をしっかりご覧になってください」
私の他にも何人かが鼻や口を塞いでいました。目もそれを拒否するらしく、涙が止まらない人もいました。それを見た北野が急に笑いだしました
「到着する前から匂っていたでしょう。こればかりは防ぎようがないので。なに嗅覚はすぐに麻痺します。我々はここで飯すら食ってますからな
あまり私の後ろから離れないでください。ここも広いですからな。それに迷われたりしたら、私の責任問題じゃすまないもんでね。未来を絶たれるのはプラウダの野郎だけで十分です。では行きましょう」
北野はゆっくり背を向け歩き出そうとしていました。教官が私達を並ばせ、語りました
「いいか、これから見ることは一般生徒や父兄も知らないことだ。だが我が校の未来を背負うお前達はこれらの意味を理解しなければならない」
「はい!」
舗装は特になく、建物の周りを含めて土は丸出し。入り口の近くは僅かな警備がいるのみ。逆にその手薄さが不気味でした。ですがその奥へと進まざるを得なかったのです
482 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/13(日) 23:20:55.02 ID:ps5/gbfR0
歩いているとある人から水溜りに踏み入れるような音がしました。その人が足を確認すると靴から赤い液体が垂れていました。その足元の赤い流れの源は死体が積み重ねられた所の血の池でした
「ああ、埋めるのが間に合いませんでな、置き場所が無いんですわ。試合があるといっつもこうです。ま、この先もちょくちょくあるんで、滑らんように気いつけてください。特に内臓は滑りますからな」
建物の脇の血の池と反対側に視線を移すと、縦縞の作業服を着せられたプラウダ生が、リアカーで運ばれた味方の死体を深く広い穴を掘って埋めていました
「……それにしてもいつ来ても強烈な臭いだな。目にまで染みる」
教官は目を軽く抑えていました
「埋めた死体が腐ってガスが発生するんですよ。やる時はいっつもこんなんですわ。こんな場所だから換気もクソもありませんしな」
淡々とその光景を前に2人は話します。血を踏んだものは壁際に走って行き嘔吐を繰り返し、姉も吐き気を催したようで口を抑えていました。そしてその吐瀉物も、別の流れとして血に合わさって、穴の中へと流れていきました
ふと、その穴を掘り死体を埋めるプラウダ生を監視していた者がポケットから酒瓶を取り出し、それをラッパ飲みします。一気にある程度飲んだあと、大きく息を吐きます。ビンの様子を見るに、その中身は容易に推察できました
「勤務中に酒を許可してるのか?」
「はい、ここの環境は最悪ですが、酒だけは自由に飲めるようになっています。ま、プラウダの奴らからかっぱらったウオッカが真っ先にはけますな」
北野自身もポケットから水筒を取り出し、キャップを外し、乾杯するように教官のほうに上げます
「酒を飲まない奴はすぐにノイローゼで頭がおかしくなってしまってしまうんですわ。教官さん、あなたも別で酒を用意しますから一杯どうです?」
教官は手のひらを其奴の顔に寄せ、生徒の前だから、と断っていました
483 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/13(日) 23:21:29.91 ID:ps5/gbfR0
すると私達の前を縦縞の作業服を着た女子がすぐそばを死体を大量に載せたリアカーを引いて通り過ぎていきます。その顔をつい最近見たことがありました
「お姉ちゃん、あの娘……私達に投降したプラウダの戦車兵です」
姉はその光景から目を背けていました。その姉の袖を軽く掴み、少々無理にこちらに注意を惹かせます
「いや……全く記憶にないがそうなのか?」
「はい、間違いありません。人の顔や名前はよく覚えているんです」
「そうか……」
そのリアカーは掘られた穴の前へ運ばれて行きました
次に北野に案内されたのは1階建てらしいのですが、そうは思えないほどとても高く広い建物でした。そこの扉が縦縞の作業服を着た人に閉じられ鍵がかけられると、轟音がなりました。飛行機のエンジンのような音です。それをすぐ近くで聞いているような感じです
暫くただその音を聞いた後、鉄の扉が重い音を立てて開き、中から人が大勢倒れこんできました。何重にも重なり、喋ることはありません。北野からそこから出てくる煙は吸わないようにと言われました
484 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/13(日) 23:22:02.18 ID:ps5/gbfR0
日が傾いてきた頃、作業服を脱がされたさっきの女子が穴の中に他の数人の者とともに立たされ、間も無く数発の銃声がそちらに向けられます
「こうして朝会場近くの仮置き場から移送され1日働かせた者は夕方に処理し、翌日朝にまた作業員を選びます。これを期間中に数度繰り返して、全員処分します。その間飯らしき飯は用意してません。ま、最後に処分する奴は大概爪や唇がひでぇことになってますな。場合によっちゃ歯型があることすら……」
「食事も寝床も必要なしか。効率のいいことだ」
「恐縮です。住処は移動用の貨物車ですしな。ところでお連れの隊員の方達はいかがなさいました?」
北野は辺りを見回します。
「向こうで泣いている」
「しょうがありませんな。ここを訪れた者は男だろうと女だろうと初日はああなります。ま、慣れですな、慣れ」
建物の裏でみな座ったり壁に顔を伏せたり立ったまま涙を流し続けました。私と姉はお互い強く抱きしめ合い、姉は声を堪えつつ、私はその胸に顔を埋め、号泣しました。醜聞もなにもありませんでした
教官は顔の歪みに歪んだ私たちの前で以上のことを説明として加えると、私たちに試合に臨む精神力が足りない、と叱責して帰りのバスに押し込みました
485 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/13(日) 23:24:04.59 ID:ps5/gbfR0
次の日、12月8日の朝
遠軽町 大洗女子学園陣地 捕虜収容所
河嶋が南京錠に鍵を挿し込む。そのまま高い金網でできた扉を、ギイと力を込めて押し開く
「よーし、出ていいぞ、みんな。我が校は諸君らを解放する。学校なり家なり、好きな場所に帰るがいい」
体育座りのまま俯く者たちに告げる。するとその前にガタイの良い2人の女が近づき、立ち塞がる
「むっ?」
「大洗ッ!汚い手を使って同志カチューシャを死に追いやったお前達をこんな事で許すと思っているのか!お前らの温情など断固拒否する!」
カチューシャの忠臣、政治委員である。彼らもきっと戦車に乗せられて、たまたま生き残ったのだろう
「ああそうかい。私も言われたから開けに来ただけだ。居たけりゃいつまでもここに居ろ。だが帰る金をやるんだから、ここでは飯はやらんぞ」
「黙れ!政治委員!」
後ろの隊員が立ち上がり、叫ぶ
「出してくれるんだ!余計な事言うな!」
「大洗に感謝します!」
「さあ、出よう出よう!」
「帰ろう、プラウダへ!」
騒ぎはますます大きくなる。後ろへ、そしてまたその後ろへ。その立ち上がりの波が数百人程度に波及するまで、時間はかからなかった。なにせここにいても飯も何も出ないのである。もう命の危険はない。帰ったほうが何倍もマシだ
「な、何だと、貴様ら……」
「スパシーバ」
「スパシーバ大洗」
そう言って河嶋の開けた扉から、礼を述べつつ次々とプラウダ隊員が外に出る。前に出ていた2人は止めようとするも、その流れは止められるものではない
やがてその2人も喰いかかろうとするかのような河嶋の覇気の前に、舌を鳴らして引き下がるしかなかった
486 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/13(日) 23:24:34.24 ID:ps5/gbfR0
「何か……釈然とせんな」
広がる無人の捕虜収容所を見渡す。先ほどまでの喧騒はすでになく、仕事と呼べるものはここを明け渡した上で、学園にある資産を元手に帰宅資金を用意し、彼らに渡すのみだ
「まあよろしいではないですか。西住副隊長たってのお願いですし、何よりカネはかけたくないでしょう?」
共に来ていたエルヴィンが帽子を整える
「まぁな……しかし、これを見る限り、あのカチューシャ独裁政権も終わりか……」
「元々黒森峰打倒を目指していましたから、こうなってしまった以上仕方ないのではないですか?」
「それもそうか。そうなると……このままプラウダと黒森峰の対立は続くわけか……果たしてこの先、生き残っても学園はどうなるんだろうな」
「……恩は売ったとはいえ、親プラウダで立ち回るのは無理そうですね。ま、勝ってから考えましょう。いよいよ次は決勝ですしね」
「……ああ、そうだな」
会長なら……と考えようとしてやめた。しばらく涙は必要ない
487 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/13(日) 23:26:15.89 ID:ps5/gbfR0
12月8日の昼に出た列車は、丸2日かけて旧熊本県嘉島町にある黒森峰女学園に向かう。決勝戦会場は黒森峰女学園の南東の森林地帯と高台である。黒森峰が相手を呼んで試合を行うときは決まってここだった。地形や風の通りなど、状況は今でも詳細に思い起こせる
本州を日本海側と瀬戸内沿岸を通って縦断し、関門トンネルを越えて熊本から豊肥本線に直通し、水前寺から黒森峰支線に入る。健軍本町、秋津を通過し、到着するのは黒森峰駅貨物ターミナル。やはり戦車の積み下ろしがある為、旅客ホームに入れないのだ
ホームがないため乗降口には梯子が取り付けられ、それを降りて久々にこの地を踏んだ
「ここが……黒森峰。西住殿の生まれ故郷。立ち並ぶレンガの建物。戦車マガジンで何度も見た通りであります」
「んー。やっと着いたのね。しっかし、ホント長かったぁ〜」
感動し辺りを見回す優花里さんの傍で沙織さんが大きくのびをした。そんなご立派なモンでもないぞ。ただ玄関だけは立派にする貧乏人だ。それにレンガだって外観だけだ。中や裏にゃ大概鉄骨が通ってる
暫くして河嶋隊長と小山さんからの指示で戦車を降ろす作業が始まった。とはいえ軽く戦車の確認を取った上で、連盟から指定された場所まで移動させるだけだ。あとはここで車輌内部の確認、弾薬の補充などが済まされ、明日の戦線に投入される
あとは乗員に関して一つ動きがあった。やはり風紀委員と船舶科の息が合わないらしく、カトラスさんと河嶋隊長の入れ替えを要求してきた。あの時返事したからそのまま押し切ろうとも思ったが、河嶋隊長が足並みが揃わなくなるのは良くない、と交代に応じたため、止む無く私も認めた。交代させたんだから、明日活躍しろよ
488 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/13(日) 23:27:18.79 ID:ps5/gbfR0
その日の夜、泊まった建物は欧米調の立派なものだったが、部屋は全員同じ和室の大部屋である。17人が布団を並べる。因みに隣とさらに隣の大部屋2つも空き部屋だが、使いようがない。この部屋1つでも空きスペースがかなりあるし、わざわざ離れ離れになる理由もない
夕飯はそこそこまともな代物が出た。一応プラウダ潰しに協力した縁もあるのだろう。腹にも溜まったし、何よりそこそこ美味かった。珍しい
で、夜寝ることになったのだが、あの乗り心地の悪い車輌も戦車より遥かにマシと思えばなんとかなるもので、車内で爆睡を続けていた私にはあまり眠気は残っていなかった。ま、それ以外に寝る気がしなかったし、眠れなかったというのもあるが
さて、隣の優花里さんであるが、こちらも私と同じく眠れないらしい。列車のなかで私ほど眠れていたようには見えなかったが、それでも眠れないのだろうか
目を開けたまま天井を暫く見上げていたあと、ごそごそと布団を抜け出して自分のカバンをさっと漁り、紙とペンと厚めの本を取り出して、その本を下敷きがわりに何かを書き始めた
何行か書き続けたのち、その内容が不満だったのか、その紙を置いて枕に頭を突っ込んだまま悶えている。厨二病か
以上、小動物優花里さんの観察日記でした
もはや可愛いは通り過ぎている気がする。出会った日に殺しかけようとした時の姿はもうない。ぬひひ、このまま眺めていても良いのだが、そのまま気怠げに天井を眺め始めたので、今度は私から動いてこの可愛いさを堪能することにする
「優花里さん……」
彼女の右から声をかける
「は?あ……すみません。音しましたか?」
「いえ……あの、そちらの布団に行ってもいいですか?」
「ええ!……あ……も、もちろんであります!」
急に言われたことに驚きはあったようだが、すぐに紙と本を枕元に置いて布団を捲り上げてくれた。そうすると隣からのそのそと入っていく
489 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/13(日) 23:28:03.90 ID:ps5/gbfR0
近い。近い。本当に近い。同じ布団に入った2人が顔を見合わせているのだから当然といえば当然だ
「フフ」
この時はまだ私の方が余裕があると思っていたし、どう見ても向こうは慌てていた。だがゆでダコの触手が手に触れた時、私の手が細かく震えていたことに気づいた。向こうの表情は驚き。ホントに分かりやすくて助かる
何故か。戦場、敵、そしてそれが示す運命
この震えの原因は一つしかない
そうか。私は分かってしまっているのだ。そこにいたが故に
「みっともないでしょう?私……死にたくない。明日の試合が怖くて、手が……震えてしまうんです」
「そ、そんなの当然です!誰だって死ぬのは怖いであります!」
思わず半身を跳ね上げる。そうだよな。だが私がその感情を持っていること、それが何よりも恐ろしいのだ
「だから、こうして人の近くにいれば、治って眠れるかなって」
その隠匿に比べりゃ、このぐらいの嘘は遥かにマシな代物だろう
見合わせたまま視線をそらそうとはしない。気をそらそうと辺りに耳を傾けようとすると、周りから小さいが淫猥な声がする。場所は一ヶ所からだけではない。彼女の顔が赤い理由も、一部はそこにあるだろう
「えっ……と、西住殿が近づいてらっしゃるのは……周りの事が少し……関係しているのでありますか?」
しっかし久々だなぁ、この環境。私は混じる気は無いが
「周り?ああ、この声のことですか。それなら関係無いです。もう慣れましたから」
「へっ?」
「どうやら人間命の危険を感じると、そうしたくなるらしいです。黒森峰の時も硬式の試合前の夜毎回聞かされましたから」
「……なんかイメージ崩れるであります……」
「やっぱり黒森峰の者でも人間なんです。当たり前ですけれど……」
基本戦車道を見るとしたら、テレビか雑誌かあたりだろう。そこにあるのは、戦車道の中でもかろうじてまともな部分だけ。最早それは『戦車道』ではない
天井を眺める。天井にはうっすらと木の黒い年輪が流れる
490 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/13(日) 23:28:51.49 ID:ps5/gbfR0
「そういえば、先ほどまでは何を?」
「は……えっと、その……私も眠れないのです。だから遺書でも残そうかと思ったんですけど、明日は生き残りたいですし……」
遺書ね。確かに普通の両親とかには伝えたいこともあるだろう。特に学園艦在住だしな。私の親にか……呪いのメールでいいな。マナーモードを突破して、深夜3時頃に鳴らしてやる
「なるほど。では私も眠れませんし、この騒音に耳を傾け続けるのもなんなので、何か話しません?眠れないといって天井の筋を数えるようなことはしたくないので。でも迷惑だったら……」
「いえ、私も眠れなくて……遺書に書く様なことばかり頭に浮かぶので、お話したいであります。といっても私が話すことは浮かばないので、西住殿からどうぞ」
「……2つ話したいことがあるのですが、どっちからがいいですか?」
「何でありますか?」
「ただ私が話したいことと、勝った時のために知っておいてもらいたいことです」
「では話したいことの方からお願いします」
「……分かりました」
そう切り出したものの、このことを話して大丈夫なのか。これは前の話とはレベルが違う。彼女らにとっての私の存在、その根底をひっくり返しかねないことだ
「……これから何を言っても、信じてくださいますか?」
「えっ……は、はい。この状況で嘘をつかれるとも思えませんし……前の話も本当でしょうから……」
「そこじゃありません。私を、です」
「西住殿を?」
「はい」
「も、もちろんであります!西住殿は仲間であり、かけがえのない友人であり、尊敬すべき方であります!信じるに決まってます!」
「そうですか……」
話そうか迷ったが、次の試合だけはまともではない。この、この事実を知っている人間を私以外に作っておくべきだ。それが私に物語を吐き出させた
491 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/13(日) 23:29:31.64 ID:ps5/gbfR0
黒森峰女学園 学園歌 「緑川の護り」
その叫びは高揚か 黎明の炎のように
緑 緑川よ 川と共に進もう
愛する母校よ 永遠に安泰であれ
緑の護りは盤石なるぞ
火の国にそびえる 乙女の園よ
胸は打ち震え 光り輝く瞳
黒森峰の女子は 篤実で堂々と
偉大な母校よ 永遠に堅実であれ
緑の護りは盤石なるぞ
清正公の意思継ぐ 乙女の園よ
先達の見る下 天の貴女を仰ぎ
固き意志持ちて 黒き森を抜けん
希望たる母校よ 永遠に昌盛であれ
緑の護りは盤石なるぞ
御阿蘇の威光有る 乙女の園よ
血流は輝き 強くある拳は
腕と共にありて 敵の撃を塞ぐ
美しい母校よ 永遠に実着であれ
緑の護りは盤石なるぞ
清流の下にある 乙女の園よ
何事あろうと この地は渡さじ
黒森峰の民は 英雄の血脈ぞ
精強なる母校よ 永遠に明哲であれ
緑の護りは盤石なるぞ
豊穣の地にある 乙女の園よ
宣誓は響き渡り 旗は翻る
緑 緑川よ 護り人は我ぞ
毅然たる母校よ 永遠に隆盛であれ
緑の護りは盤石なるぞ
黒森峰女学園 我らの誇り
黒森峰女学園の中心部は南を緑川と吉野山、北から西を加勢川、東を船野山、飯田山、白旗山に囲まれた、天然の要害の中にある
南西の県立宇城学園を実質的に支配下に収め、その管轄地域内の三角を海軍の拠点としている
ちなみにこの校歌について、『校歌は大講堂以外では歌わない』という話が、黒森峰内部では流れている
492 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/13(日) 23:30:00.42 ID:ps5/gbfR0
26時間寝台列車は普通に辛かったので今日はここまでです
493 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
:2019/10/14(月) 21:10:18.17 ID:RkUNHFgJO
荒らし速報
ID: +vAJUinAO、ID: XxAEAIo80、ID:vuMJPVEE0、ID: Ao8Lv9x9O、ID: cJcQzrkpo 、ID: 6ra6liDjO
ID: 89tlEEMSo
以上のIDが他スレにて悪質な荒らし行為をしている事が確認されました。
これ等のIDは荒らし目的のクソ安価を出しますのでご注意ください。
494 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/17(木) 20:31:47.75 ID:zgNk9AA8O
もう直ぐ始めます
495 :
◆ujHylXatJU
:2019/10/17(木) 20:35:23.18 ID:zgNk9AA8O
〜
私はあなたに助言する。友よ、人を懲らしめたいという強い衝動を持つ者を信用するな!
ニーチェ
〜
496 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/17(木) 20:36:30.35 ID:zgNk9AA8O
「私は……人殺しです」
「へっ?えっ……と」
「私は、この手で人の命を止めたのです」
右手を布団から出して上に掲げ、それを見つめる。この手が、この手がやったのだ
「お、お言葉ですが、今ここにいるものは、酷い話ですが、みなサンダース、アンツィオ、プラウダの犠牲があって生きております。それは特に西住殿だけが気にする事ではないのでは?」
それではない
「……あ、もしかしてお銀さんのことを……あれはやむを得ませんでした。あの傷と衰弱ではとても……そして彼女がそれを受け入れたんです。気にし過ぎることは……」
何とか私をフォローしようとしているらしいが、残念だったな
「どちらもハズレです。悩める要因がそれだったら、私の心労は数百倍軽くなったはずです
皆さんは戦車道のルールに則り犠牲を生んでいます。私は戦車道のルールの下ではなく、自衛の為でもなく、相手のことを思ったわけでもなく、ただ自分の保身の為に人の命を奪ったのです」
「……どういうことでありますか?」
「……私が黒森峰のSS装甲師団にいたことはご存知ですよね」
「はい。SS12部隊副隊長だったこ」
497 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/17(木) 20:37:08.07 ID:zgNk9AA8O
「いえ、それだけでいいんです。SS装甲師団には戦車道大会に参加する以外にも役割があります
それは学園の防衛、および治安維持。それが実行されたのが、昨年の黒森峰の等良政権への反乱の鎮圧です」
「え……そんな事を高校生に!あれは防衛隊主導かと思ってましたが……」
「デモ隊や武装した部隊に戦車で突撃するのです。それが学園の敵を壊滅させる最も早く効果的だと、姉は……単調な声でそれを命じていました
機銃の音、榴弾の音、全てが命を奪う為に響いていました。私は耳を塞ぎました。無線が、それも大音量で入ってくることを心底期待していました。履帯で人が踏みつぶされる音、身体が砲弾で砕け散る音なんて聞きたく無かった……」
今でも思い起こせば吐き気をもたらすものだ。されど……これまた事実にして、伝えておきたいことなのだ
「ですが当時の私は西住の者として、頭を出したまま外を見なければなりませんでした。知ってますか?人間の身体って思ったより弾が貫通しないので、大量の弾丸をくらうとまずは身体が吹っ飛ばされるんですよ?ま、流石に上半身丸ごと消し飛ぶほどじゃないですけど
そして榴弾になると、本当に腕や脚だけが宙を舞ったりするんです。骨と血肉を丸出しにしたままね
来年高3になれば私が隊長となり、もし反乱が起きれば私が鎮圧を指揮することになります。平然とした顔でこなせる姉と違い、私には出来る気がしなかった。それから逃げたかったのも、私が大洗に来た理由の一つです」
「なんということを……」
「ですが、それもまだマシです。攻撃しなければ自分も死ぬ、と自分自身を説得できましたから……本当に自分が許せなくなるのは、自分が死ぬ可能性の直接的な原因ではない人を殺した、あの時です」
498 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/17(木) 20:37:41.20 ID:zgNk9AA8O
あれは私が高校に入って、装甲師団に入団してから直ぐのことでした。黒森峰では師団に入った者は必ず最初の1年間、処刑人の任に付くか歩兵として一定期間任に付くことになっていました。配属先によって異なりますが、SSだと4ヶ月くらい、でしたね
何でかって?硬式戦に赴いたり、さっきみたいに反乱を鎮圧する時、躊躇わないように、すなわち人を殺す経験を作っておくためです。名目上は防衛時の歩兵協調の訓練や学園への忠誠心云々でしたが
私が選んだのは、処刑人になることでした。そもそも私が一年生の時点でSSでも精鋭部隊に配属されてしまったので、歩兵訓練に回す時間がなかったのもありますし、勿論反乱や学園における重大犯罪などが無ければ何もしなくて良い、ということもありました
しかし残念ながら、その時先ほどとは別件の反乱の計画をしていた者が捕らえられ、銃殺刑になることが決まりました。その処刑人に私が決まったのです。外から見てそういうのは苦手だと即座に分かったのでしょう。やらせなければならない、と。私に拒否権などありませんでした
実施が決まっても、私には何もできませんでした。無論その者との面会などはできませんでしたし、そうなれば心の準備も何もありません。が、私がここにいるためにはやらねばならないのだ、とは理解していました
499 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/17(木) 20:38:13.33 ID:zgNk9AA8O
処刑当日、目の前の者はコンクリートの床の上で口を塞がれ、手足を縛られて転がっていました。周りには姉を含む他の隊員が立っていました。きっと私の醜態を見届ける気だったのでしょうね。床の上の者が暴れれば直ぐに近くの者が殴って黙らせます
私の手には処刑用のモーゼルC96が握られていました。本来は拳銃の中でも遠距離向きなものなのですが、国内でも日中戦争での将校の捕獲品として辛うじて残っていたため、黒森峰でもステータスシンボルとして使われていました
心臓が激しく鼓動し、手は汗で銃を滑って落としそうなほど濡れていました。元から重かった、というのもありますが
「みほ、早く撃て」
足は震え、顔は硬直し、口は手とは逆にたった一滴の水分も含んでいませんでした
「撃たないと周りの者がこいつが暴れる毎に抑えているんだ」
脳の半分は認めていました。しかし残りの脳の半分と身体が撃つことに抗っていました
「その者たちの苦労も考えろ」
目の前の者が再び暴れ出し、他の隊員が顔面を何度も殴って鎮めます
「お前は、自分の意思で人を撃つことを決めたんだ。撃たなければならないんだ」
そう、それを自分の意思で決めたこと。歩兵ではなく処刑人になること、それを決めたのが私であることが重く心にのしかかります。そしてここにいるためには、撃たなければならないことも
「どうした。こいつは黒森峰の敵なんだ。撃つんだ。お前は学園長に忠誠を誓ったんじゃないのか」
目の前の者は反抗する力を失ったのか、唸りながら涙を流します。撃ったらどうなるとかは考えられませんでした。ただ引くか引かないか、それだけが頭の中で揉めていました
「その指を、引け、引くんだ、早く。お前が黒森峰SS装甲師団の者ならば」
この揉めごとの決着はなかなか着きません。頭の混乱が内臓にまで及ぶような感覚に襲われます。胃が裂けるのでは、と本気で思いましたよ、あの時は
500 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/17(木) 20:38:57.57 ID:zgNk9AA8O
「お前がどうしても撃たないなら……仕方ない」
左側頭部に金属らしきものが当たるのを感じました
「お前を反乱罪で処刑するしかない」
「ちょ、ちょっと!副隊長!」
横にいたのは、こちらに別のモーゼルC96の銃口を向けた姉の姿でした。親指でハンマーを固定します。口調、顔いずれもいつもと変わりませんでした。向けた相手は家族ではなかったみたいです
「流石に後継ではないとはいえ西住の娘さんですし、学園長や隊長の許可を得たほうが……」
「必要ない。反乱罪であることはお前達が証言してくれるしな。みほが殺さないなら、こいつは私が殺す」
恐怖とともに少しの油断が生じます。姉が西住の血を引く私を本当に殺すわけがない、そう高を括っていました。相変わらず手は汗で濡れ、足は震えています
501 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/17(木) 20:39:25.83 ID:zgNk9AA8O
その時でした。首の後ろを一筋の風が吹き抜けます。後ろの髪の数本が自分ではなくなります。耳元では鼓膜がちぎれんばかりの音が轟きます。壁には弾丸がめり込み、その周辺も放射状にひび割れていました
恐る恐る左を見ると、高く挙げられた姉の銃からは縦に煙が登っています
「まさか撃たないとでも思っていたのか?お前が黒森峰、ひいては西住流の敵となるなら、遠慮なく頭に撃ち込むぞ」
恐怖で支配され、声帯は固定されました。考える余裕は全くありませんでした
「さあ、やれ」
姉は次弾発射の用意を終えて冷酷に言い放ちます。私はハンマーを移動させましたが、手の震えで狙いが定まりません
すると姉は部下2人に指示をして、床にいた者の肩を掬い上げて、頭が銃口に当たるようにさせます。目の前の者はあと数分もないことに気づいたのか号泣し、口を塞がれていても分かる程大きく嗚咽を繰り返しています。その目は路上に捨てられた猫が助けを求めるようでした
「さあ、早く。なんなら私がこいつを撃った上で、お前を銃床で殴り殺すか?確かに反逆者に銃弾を捧げる価値もなさそうだしな」
姉が銃口で左側頭部を突きます。次はありません。生きることが、全てでした
私は大きく息を吐いたあと、目を瞑り指に大きく力を込めました。先程と同じ大きな音がして、私の指には温かい液体がかかります。その者の背中側には、放射線状に広がるヒビの入ったコンクリートの壁がありました
涙を流さなくなったその者は肩を離され、力なく顔からコンクリートの床に倒されました。私の手はその時が限界でした。手を滑らせて床に落ちるモーゼルの音は私の耳に焼き付いています
「よくやった」
「西住みほ伍長、万歳」
姉が銃を降ろし、左手で肩をたたきます。周りの者も右手を掲げて敬礼します
「これでお前は本当に我々の一員となったのだ。ただ銃は手放すなよ。暴発されたら厄介だ」
その時から、私は命のやり取りの場でも冷静になれるようになってしまったのです。そう、これよりはマシだ、と
502 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/17(木) 20:40:13.18 ID:zgNk9AA8O
無言で言うことを聞き続けてくれた。口を挟むのは野暮だと思ったのか
「これが、私です。これでも、私を友達と思ってくれますか?人と付き合う時、あなたはその人が殺人者であると考えますか?
考えないでしょう。自分と同じく、真っ当に生きてきているはずだ。そう思うのが普通ですし、そうするのが信頼の基本です。が……私はそうではない
このことを伏せ続けてきた以上、この先も私の友であれ、とまでは言いません。しかし明日だけでも結構です。私を信じてくださいませんか?そして……どちらかが生き残ったら、この話を、伝えてください」
どちらも生き残る。不可能ではないかもしれないし、そうあって欲しいが、現実はそうはいかない。普通に考えればどっちも死んでいる可能性が最も高いのだ
さてこの話を聞いてどう動く。装填手、その身の上である彼女に伝えたのも、最悪の事態も想定しているからだ。もしそうなったら、損害は大きいが
「私は……」
さぁ、話せ。結果を受け入れる用意はできている
「……私は、申し訳ないですが、西住殿に恐怖を感じました。サンダース戦の時、バレー部チームがやられても、動じた素振りを見せずに、むしろ笑顔で指示を出すその様子が、たとえ仲間が死のうとも、淡々と指示を出す様子が、不気味でした。きっと私が死んだとしても、そう対応なさると思います。それは正しいのです。分かっているのですが、その気持ちを、私は否定できません」
あり?私サンダース戦でそんなにサイコパスじみたことやったっけ……
まぁいいや。確かに後半はその通り……かもしれない。状況によるかな
「それでも、それは9月から育んだ友情全てを否定する理由としては不十分であります。例え西住殿が殺人者であっても、我々との友情を信じられないとしても、私は西住殿を友達と思いますし、戦車道の選手として尊敬しますし、大洗の仲間の一人としてついてまいりたい
確かに3ヶ月という期間は短いかもしれません。しかし時間というものはそこまで重要でありますか?ひと時とはいえ、心を通わず時間を得られたら、それは友情であり、決して消えぬと思います。そして幸いにも、それは一度のみではありませんでした」
503 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/17(木) 20:40:52.11 ID:zgNk9AA8O
友情、ねぇ。ついこの前までそれを否定するようにされてきた、というのに、今はその言葉を聞いて、言いようのない安心に包まれている
「育んだ友情……」
「ええ、それは簡単には崩れません。以前がどうであれ、今の西住殿は我々の友達であります」
先ほどと距離は同じ。されど顔から赤みは抜け、真剣な眼差しのみがこちらに突き刺さる。そうか……彼女に話したのは正解だな
「やっと……果実が実りましたか……」
向こうはこの言葉に納得いかないようだが、自分で納得しているから問題ない
純粋な、果実が実った。今まで花が咲いたことはあった。しかし実る前に相手が亡くなったり、花を咲かせた目的が西住流に対するもので純粋でなかったりと様々だった。全く運がなく、境遇が最悪だ。自分への後ろめたさもあり、実らせることを躊躇っていたのかもしれない
大きく深呼吸した
「……今の話を聞いてそれ程言ってくれるなら、信じるしかない……ね」
「ありがとうごさいます」
「だったら、その友情が長く続くよう頑張りましょう」
「そうでありますね……」
長く続く。それは明日までかもしれない
504 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/17(木) 20:42:07.67 ID:zgNk9AA8O
「それにしても、どうして西住殿のお姉さまは妹に銃を突きつけるなんて事ができたのでしょう?私に兄弟はいませんが、父や母に銃を向けるなんて考えただけで……」
「……一度だけ、聞いた事があります。本当に撃つ気だったか、と。姉は頷き、
『どうして人を無慈悲に撃つなんて事が出来るの?』
と私が聞くと、暫く考えて言いました
『私が西住流そのものだからだ』
と。ですが私はそうはなれませんでした」
人を躊躇なく殺すのが西住流。それは硬式戦車道という環境と絶対勝利という条件を同時に満たすために、最もやり易い手法。そしてその為には、人間を壊さねばならぬ
姉は病院のお世話になる前に、すでに壊れていたのだろう
505 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/17(木) 20:42:36.30 ID:zgNk9AA8O
「ところで、もう一つのお話というのは何でありますか?」
優花里さんが次の話を振ってきた。ありがたい。精神的交流を図れた以上あまり用はない。そもそもどちらも好んで使いたい話題じゃないんだから
「もう一つは、生き残ったあとにあることです。生き残った後、私達は亡くなった方の親御さんに会わなくてはなりません。そこであるのは、親御さんからの追求です。生き残ったら避けられません」
「……でも、我々にはどうしようもないでありますよ」
「そうです。もうどうもできないのです。しかし向こうは大事な家族を失ったのです。どうしてあなたが生きていて、娘が死んだのだ、と思う気持ちは止められないのです。たとえそれが運に左右されるものだとしても」
「……大事な人を失う……でありますか」
「そうです。それも自分の腹を痛めて産んだ子を
私も去年の大会の後、多くの親御さんに会いました。姉は植物状態だった為、私が公式記録や見た情報を元に報告しました
とはいえ文字では不十分な上、私も全てを見たわけじゃありません。特に収容所に入れられてからは、同じ奴らに嬲られた集団を語るだけで精一杯でした
そんな不完全な情報でしたから、親御さんの一部は『報告なんて聞きたくない!』と叫んだり、人によっては私に掴みかかってくる人もいました。そういう人はSS歩兵師団の人に有無を言わせず連れ出されていきました。わめきながら肩を掴まれて連れ出される姿は、どんどん私の中に蓄積されました」
「……そう言いたくなるのもわかる気がするであります」
そうだろう。特に親に手紙を残したいと思わせる親なら、親からの愛情も相当だろうし
「もしかしたら明日私が死んで優花里さんが生き残るかもしれません。そういう事もあるのだと知っておいてください」
「……分かりました」
506 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/17(木) 20:44:22.62 ID:zgNk9AA8O
「……明日は、勝てたとしても被害が確実に出ます」
これだけは、避けられない
「できるだけ出ない様に考えていますが、この戦力差だけはどうにも出来ません」
「それは……敵は20輌の精鋭、こちらは質は悪くはないとはいえ4輌。しかも敵にはティーガIIなどがいますから」
「作戦にも、残念ながら運が混じります。それのせいで皆が死ぬのが怖いのです」
「どんな作戦であっても私は西住殿についていくであります」
「……それが、怖いのです。皆が私を信じているからこそ……」
「かといっても命令を守らない方がいいわけではないでしょう」
「そうなんですけど……」
疲れた。この話はせねばならないとは思っていたが、やはり精神的な疲労が肉体に添加されてのしかかってきた。電車での眠りは浅いものだったのかもしれん
その返事を考える体力は、眠りに落ちる前に尽きてしまった
507 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/17(木) 20:45:59.23 ID:zgNk9AA8O
小さな地震の様な揺れでホシノは目を覚ました。折角眠ってたのに。イラつきながら身を起こすとそのせいか隣のナカジマも起きる
「ごめん、起こした?」
「いや、この揺れと声が……」
「ああ……」
周りには3つ程の山があるそれは上下に揺れ、吉原を歩けば聞こえそうな音が中から響く
「な、なんだ……おかしな連中だとは思っていたがここまでとは……マトモなのは自動車部だけか」
ホシノは山脈を眺めたあと、周りを確認する。近くのスズキとツチヤは熟睡中だ。ある意味安心した
「軍隊に同性愛は付き物らしいよ」
ナカジマも乾いた笑いを浮かべるしかなかった
「ほんと……戦車道って軍隊だよなぁ」
508 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/17(木) 20:46:41.16 ID:zgNk9AA8O
〜
防衛隊と親衛隊
黒森峰女学園には2つの軍事組織がある。学園都市防衛隊と学園長親衛隊である。これら2つは成立経緯が異なり、防衛隊は学園艦時代の船舶科を、親衛隊は学園艦時代の治安維持隊をルーツとしており、地位的には親衛隊が優位とされている
親衛隊が外部派兵と監視、防衛隊が防衛即応と役割がわけられているが、昨今はその境目が薄れつつある。それぞれ歩兵、砲兵、戦車各師団が所属している。この師団は各兵種の総合的呼称であり、他の組織のものとは異なる
西住姉妹がいたのは親衛隊戦車師団学生大隊第4中隊第12小隊。大隊長が隊長を兼任する形をとる精鋭である
〜
509 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/21(月) 22:52:23.65 ID:YuTUMZY30
昨日はできなくてすみません
2315からやります
510 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/21(月) 23:27:20.31 ID:YuTUMZY30
〜
黒森峰女学園は学園都市の戦争がなんたるか、を真っ先に把握していた。それは高い士気と精鋭化、そして軍需物資の十分な備蓄である、と。
学園都市間の戦争はその都市の規模から、必然的に短期戦となった。すなわち長期戦にするメリットが双方なかったのである。だからこそいかに集中的に勝利を収めるのかが戦局を左右することとなった。
山鹿涼『日本の学園都市』 より
〜
511 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/21(月) 23:28:06.27 ID:YuTUMZY30
天気は……どんよりとした曇り。遂に当日だ。風は大きくなく、湿度も高くない。そして6時10分に起きた私は、窓の外の様子からそれを冷静に察知できている。隣の人もすぐに寝ていたらしく、まだ起きる気配はない
ゆっくりと布団から這い出て一度大きく伸びをしたあと、部屋の外の洗面台で顔を洗いにいく。まだ起きている人はいない。皆の寝顔はまだ生きてそこにある
冷たい水を顔に浴びせ、部屋に戻って寝間着から着替えている間に、ちらほらと目覚める人が現れた。その中で何故かパイタッチを狙ってきたマゾに対しては、お望み通り張り手を一発。やはり煩いな、これは。そしてそこまで嫌そうでもないところを見ると、やはり本物らしい
ま、周囲には引かれているぞ
512 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/21(月) 23:29:00.26 ID:YuTUMZY30
部屋の中央にテーブルが置かれ、大皿の上には17個の黒パンのサンドイッチがある。ラップで包まれており、こぼれにくくなっているが、1個当たりはそこまで大きくない。それを1人を除いて食べ終えると、皆自分の支度に戻る。私もぱっぱと済ませ、水を一杯飲み干すと、やるべきことを脳内でまとめ始める
次の試合は圧倒的不利だ。車輌数とその質のみならず、会場が黒森峰学園都市内部に存在しており、黒森峰の戦車道や戦車師団が日常的に使っている演習場である、という点も勘案しなくてはならない
土地に関してはむしろ向こうに利がある。会場内の散開、奇襲狙いほど阿呆な手はないだろう
だから勝つためには3つの奇跡が必要だ。私のみみっちい外交知識もフル動員して概要は作ってある。だが一つ一つも奇跡な上、それを確実に起こさねばならない。殆どの人間がこの案を見ても、負けるしかないじゃん、と答えるだろう
私もである
逆に、これが1番勝ち目のある策、というのが大洗の哀しいところだ
513 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/21(月) 23:30:00.63 ID:YuTUMZY30
6時50分、出発予定時刻10分前。その1人を布団から引っぺがそうと沙織さんが奮闘する
「麻子起きて!あと10分でみんな出発しちゃうよ!」
「人間が7時に起きれるか…….」
沙織さんが布団を引っ張るが、麻子さんはがっちりと角を抑えている。答えられるなら起きてほしいものだが
「何言ってんのよ!起きなきゃ試合出来ないんだよ!着替えても無いし朝ご飯も食べて無いんでしょう!お腹減っても知らないよ!」
「それも今朝2時まで叩き起こしていた張本人が何を言う……」
「麻子夜型なんだからいいでしょう!それはそれ、これはこれ、早く起きて!私だってそうなんだから!」
「沙織がこっち来たんだろ…それに5時間睡眠で人間が起きれるか……無理だ。出来るわけがない」
沙織さんはかなり苦戦している。華さんが一瞬スカートを留める手を止めた
さて、起きろ
カバンのチャックを閉じて麻子さんの正面に向かう。正面に腰をおろすと、枕の前で思いっきりと部屋の空気が震えるほど手を叩いた
「麻子さん!来てください!今日の作戦に、勝つ為に麻子さんは欠かせないのです!」
手を合わせたまま深く頭を下げる。彼女が欠かせないのは事実だ、というよりこの場にいる人間すべての参加は必須事項だ
麻子さんがようやく動き、むくりと顔を上げた
「どうか……」
「わかった」
そう言うが早いか、すぐ様ゆっくりながら布団から身を起こし、机の上のサンドイッチを手早く食べ、先程からは想像できないくらいの速さでテキパキと着替え始めた
「なんで私がやってこんなに起きなくて、みぽりんが声かけるとすぐ起きるのよー」
「西住さんには恩義がある」
「私にはないの!」
「ない。最悪でも西住さんには及ばない」
「もー!」
沙織さんが口を尖らせる。そんなもんかぁ
「沙織さん、支度は終わってらっしゃいますの?」
「あ、そうだ!やらないと!」
沙織さんは自分の荷物の方へ戻った。他にこれなさそうな人もいない。あとは現場に突入するのみだ
514 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/21(月) 23:30:47.50 ID:YuTUMZY30
皆の支度が終わり、窓の外を眺めたり床に横たわってくつろいでいた頃、予定時刻丁度に扉が開く
「大洗女子学園の皆さん、時間です。出発してください」
係の者の案内のもと、移動用のバスまで行く。入り口を出ると、上からゆっくりと落ちてきている物がある。白いが、雪ではない。雪にしてはあまりにも大きすぎる
「ビラだ」
「あれ……黒森峰?」
「フォッケ、アハゲリス……間違いありません、黒森峰です」
それぞれ近くのビラを手に取る。空中のものを捕まえる者もいれば落ちたものを拾う者もいる。私も適当に捕まえた。
「何これ、アルファベットに点々が付いてる」
「ドイツ語だな。英訳も書いてある」
「日本語で書けばいいのに……」
麻子さんは少しその英文を眺め、スラスラと訳し始めた。流石だな。私も意味はないと予測しつつも、文面には一応目を通す
「大洗女子学園の皆さん。我が校は皆さんに投降を勧告します。試合だからとはいえ、我々はいたずらに犠牲者を出すことを望みません。戦闘を放棄して投降した者には危害を加えません。私物は没収せず、友人達と同室にて収監し、その後はただちに全員解放し帰宅させることを約束します、かな」
フン、自分の顔を鏡で見ながらそれをしゃべってみやがれ
「えっ、それって!」
「戦わなくても降伏すれば無事帰れるの!」
一部の者の顔が変わる。アホか、私の話を聞いてなかっ……たか。だが私に従ってきた者たちだ。何をするか……予想できるだろう
「くさいな」
左衛門佐さんが首をひねる。ま、武田を知ってりゃこれくらいの罠は分かるか
「うむ、これは敵の某略。相手の士気を鈍らせる常套手段。今まで捕虜を殺しまくっておいてどの口が言うんだ!」
「甘く見るなよ、黒森峰!」
河嶋隊長が縦にビラを引き裂き、その音で皆の少し浮かれた感情は突き崩された
よかったよかった。本当に離脱だけは避けてほしいもんだったし
バスに乗り、都市の南西の郊外にある会場、前線へ向かう
515 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/21(月) 23:31:33.37 ID:YuTUMZY30
黒森峰学園都市 ライヒ病院
学園の施設の集中する中心部、フリードリヒ地区にある、都市のみならず県内でもトップを争う総合病院である。だがこの病院といえど、どうも出来ない患者もいる
その病室の一番奥、若干隔離されているのかとも思える位置に、その人の病室はある
「それでは、そろそろ出発します」
席を立ち、靴の踵同士を当てて鳴らし、右手をまっすぐ掲げる。誰もが同等の仕草を返すべき敬礼だ
しかしベッドの上の者から返事は無い。ただ点滴の管によって生かされたものとなっており、その目には一切の光が差し込まない
西住まほ、黒森峰と提携する西住流の家元後継者にして、『本当の』黒森峰女学園選抜戦車隊隊長。私なんて……到底かなわない方
「プラウダに奪われた優勝杯、必ず取り戻して参ります」
最後に一礼して、病室の外に出る。外には緊張の面持ちで一列に隊員が並んでいる。ドアは空気圧が抜ける音をさせて閉じた
「逸見隊長代行。西住隊長の容態は……」
そう、私は代行。その呼び名が、懐旧の情にかられていることをひしひしと伝えてくる。先頭にいる者が尋ねてくるが、表情からもう読まれているだろう
「ダメだ、完全に昏睡状態だ。話すこともできない。出場は無理だ。残念だが選手登録は抹消しよう」
奥歯を噛み締める。周りの者の表情は変わらず緊張の面持ちだ
隊長はただ隊長であるだけではない。西住の正嫡、それはあいつに対抗するに余りある名声であった
516 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/21(月) 23:32:13.21 ID:YuTUMZY30
「そんな……」
「決勝でも西住隊長の指揮がないなんて……」
それがないのである。この不安は私では止められない
「相手は部隊戦術なら姉をも上回るとさえ言われるあのみほ元副隊長」
冷や汗を流しながら顔を見合わせ続ける
「硬式の実績は相手の隊長が明らかに格上 上……」
「クッ!」
流石に聞き流せず、その者を睨みつけようとした。しかしすぐに思い直す。あいつと私では格が遥かに違う。それは確かだ
出場した試合はあいつが1年生から合計7試合、私はこの大会が硬式初出場で、出場した試合は準決勝の参戦を含めて3回、そのうち1回がほとんど戦闘なく飛行機で逃亡しやがった知波単戦であるため、実質2回である
いや、そのうち1度もヨーグルトが協定通り降伏し、こちらも捕らえておく意味もないので解放した。彼らの捕虜の中にはグロリアーナもいたが、上から彼らも解放するように言われ、あの紅茶中毒患者どもを解放するのは若干癪だが解放した
つまり実戦経験1回、あの大洗への参戦のみだ。そしてここにいる者の多くも、経験は同様である
「エリカさんの指揮で西住流に勝てるの……」
しかも黒森峰は7月の大会、プラウダ戦で硬式経験者を失いつつある。その為今回の試合に参加する者には初出場の者が多い。数や火力で学園は勝っても、殺られたら自分達は終わり。その恐怖を揉み消せていない者たちばかりなのだ
その点では今回の大洗にさえ劣るやもしれない
?一列に不安が連なる。緊張の面持ちどころではなく悲愴感で溢れている。しかし1人だけそうでない者がいる。赤星小梅だ
中学の頃から精鋭に所属した学年でも有数の実力者であり、あいつ以外に昨年の軟式大会の選抜戦車隊の車長に選ばれた唯一の人物である。そう、本来であれば私の学年であいつの補佐をするべきだったのは、その時予備車輌車長だった私ではなく彼女なのだ
ではなぜ私か。一つは精鋭が虐殺されたこと。これにより一つ上の世代で隊長を務められる人がいなくなったから。もう一つは彼女、小梅が黒森峰での軟式での10連覇を妨げたもう1人、とされているからだ
517 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/21(月) 23:33:56.88 ID:YuTUMZY30
彼女の乗った偵察用のIII号が、豪雨でぬかるんだ道が崩れたために川に落ちた。そこで後続にいたフラッグ車の車長だったあいつが、助けるために車輌を放棄して川に飛び込んだのである
無論頭のなくなった戦車に何もできはしない。フラッグ車は撃破され、黒森峰は忘れることのできない敗北を喫したのである
あいつの行動のみならず、川に落ちた際の対応が遅れた彼女もまた批判の対象となった。そして今年は基本精鋭部隊からは外れていたし、昇進もなされなかった
そして夏の硬式戦で階級が軍曹以上の方々が殆ど死亡。あいつもいなくなった結果、当時伍長だった私が二階級特進で曹長になり、代行を務めるに至ったわけである
逆に言えば、私を代行にしたり彼女を出して文句が出ないほどに、今の黒森峰選抜戦車隊は人材が逼迫しているのだ
何もできないでいた。この場の雰囲気を正す手段など、いや手段の問題ではないな。私自身が力不足なのだ
その中で焦燥が渦巻いていた中で、急に彼女が首を左右に回した後、靴の裏で3度床を叩いた
518 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/21(月) 23:35:49.12 ID:YuTUMZY30
♪オブ シュトゥーム オーダ シュナイツ
Ob's st?rmt oder schneit
(嵐の時も雪の時も)
♪オブ ディ ゾーンネ ウーンス ラハト
Ob die Sonne uns lacht
(太陽が照る時も)
再び靴の裏で2度床を蹴る。いきなり歌い出したことに周りの者は茫然とする。私もだ
だがこの歌はよく知っている
♪ディア ダーク グリューエン ハイス
Der Tag gl?hend hei?
(灼熱の昼であろうと)
♪オーダ アーイスカールディ ナハト
Oder eiskalt die Nacht
(極寒の夜であろうと)
隣の者が歌に加わったのを皮切りにその隣、その隣と歌を歌い始め、リズムに合わせ床を叩く
♪ベジュ タウ ジン ディゲ ジヒター
Bestaubt sind die Gesichter
(顔が埃にまみれようとも)
そうだ、我々は引いてはいけないのだ。学園都市のため、学園長のため、戦車道のため、黒森峰のため、そしてここにいる全ての者のために、引いてはいけないのだ。それがすべきこと。私が弱気になんてなってはいけない
♪ドッホ フロー イスト ウン ザ ジーン
Doch froh ist unser Sinn
(高らかなる我らの士気)
♪イスト ウン ザ ジーン
Ist unser Sinn
(我らの士気)
歌に加わる。自らの決意を自分自身に浸透させようと下腹部に力を込める。すべての者が歌う、この士気よ
そしてこれを彼女が歌い始めたのだ。あいつにあの時救われた彼女が
♪エス ブラースト ウーンザ パンツァー
Es braust unser Panzer
(我らが戦車は突き進む)
♪イム シュトゥーム ヴィーン ダヒーン
Im Sturmwind dahin
(戦いの嵐の中へ)
やっとここのベービたちも、戦いの嵐の中に身を投じることを決めた。礼は後だ。今は病院の看護師に謝罪して、向かうのだ
519 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/21(月) 23:36:50.75 ID:YuTUMZY30
黒森峰学園都市コットブス地区 試合会場外の一角
「ダージリン様、そろそろ始まりますね」
「ええ。それにしても今日の紅茶、貴女が淹れたにしては少し濃いですわね」
「すみません」
ペコは顔を伏せる
「いえ、いいですわ。大方私達がここにいていいものかと考えていたのでしょう?」
「……はい」
「こんな言葉をご存知?
All is fair in love and war.
イギリス人は恋愛と戦争では手段を選ばない」
「正直今一番聞きたくなかったです。私達、ヨーグルトに降伏し、彼らが黒森峰に降伏することで全員解放してもらったのですから」
「良いじゃない。私たちは生きているんですよ?」
「でもそれは犠牲の上です。BC自由の離反組を……倒していますし、そして今目の前ではあの時好敵手として戦った大洗が殲滅されんとしている……」
「全く、同じチームくらい方針を一致させておいてほしいものですわ。あそこを支援するサンダースの気が知れない」
「何か……申し訳ないんです。その人たちの命の上に、のうのうと生きていることが」
「人は生きていなければ何も出来ませんわ。アンチョビさんも死んでしまっては何もできませんもの。一方で我が校は犠牲者をあまり出さずに済み、その上安泰ですわ」
「安泰ですか?戦車の数を元に戻すことに予算を取られるうえに、それをしたらしたで黒森峰に目をつけられて面倒だと思いますけど。プラウダのカチューシャさんも……」
「関東情勢はこの大会で変わりますし、その黒森峰も今まで、そしてこれから力を削られようとしているではないですか」
「へっ?」
520 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/21(月) 23:37:22.10 ID:YuTUMZY30
「ペコさん、貴女には聞えませんか?熊と象の足音が」
「熊と……象?」
「今後はその間を取り持つことに尽力すればいい、それこそが我が校の安泰の道とお上は思うかもしれませんが……ふふ」
ペコは首を傾げる。その時、2人の後ろからローズヒップがダージリンのもとにきた
「あらローズヒップさん、どうしました?」
「GI6から情報です。上層部から得たため、信頼性は高いとのことですわ」
「ありがとう。それとオレンジヴァールとの交渉は?」
「なんとか纏まりそうらしいですわ」
「素晴らしい報告をありがとう。そう言われてこそ、あの小煩い3会派のお姉さま方を説得した甲斐があるものです」
「あとお二方も現在こちらに向かってらっしゃいますわ」
「そう。風邪をひいてないといいけど。場合によっては途中の学園都市に連絡して食事と飲料の手配を。もちろん温かいもので」
「もっちろんですわ」
ダージリンは手紙をローズヒップから受け取ると、すぐに開く。と思ったらすぐに確認を終え元に戻した
「どうしました?」
「象の足音はやはり本物のようですわ。ウチのGI6相手にこれほどのプランを伏せ続けてきたとは、流石は彼らといったところでしょうか
そういえばそろそろ試合が始まりますわね。果たしてみほさんはどんな戦いを見せてくださるのでしょう。あの時みたいにハラハラさせてくださるといいわね。楽しみです」
「え、ええ。そうですね……」
521 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/21(月) 23:40:17.71 ID:YuTUMZY30
決勝戦 黒森峰側陣地 7時40分
「全車輌エンジン入ったか?」
「まだ13号車が終わってません」
「遅いわよ、早くしなさい!」
「すみません」
「エンジン始動終わった車輌の者はこちらに集まりなさい」
遅い。あと30分もないのだ。脇にいた小島さんがそれを抑えにきた
「焦りは敗北に繋がりますよ。エリカ隊長。まだすぐに試合が始まるわけじゃないんですから」
「小島曹長……」
「その呼び方はやめてくださいよ。今は貴女が隊長なのですから」
こんな試合の前なのに、笑顔とまではいかないが、緊張が見えない
「いやしかし、貴女は夏のほぼ唯一の生存者です。尊敬しないわけには……」
「はっはっは。同じ曹長とはいえ、貴女は親衛隊、私は防衛隊です。顎で使ってくださって構いません。私にあるのは実に残酷な経験だけ。精鋭を指揮をすることはできませんからね」
冗談をよく言うものだ。防衛隊の軍曹であった際に乗員の一人として夏を生き延び、そして普通に一段階昇進して防衛隊の学生大隊長を務めているのが彼女だ。人を纏められぬはずはない
「普通に考えれば勝ち目しかありませんが……相手があのみほさんですからねぇ。しかも母校の運命が背景にあるとなれば……一応の士気もありそうですね」
全く、国も面倒なことをしてくれるものだ
「きっと何か手を打ってきますが……それは読めませんね。援軍の可能性は相当低いと思われますし」
「ま、プラウダとサンダースを共に敵に回していますしね。他は……」
「ウチらの相手になりそうなところだと、聖グロもないでしょうね……でも戦いを挑んできているところを見ると、やはり何かしら期待があるのかもしれないわね」
522 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/21(月) 23:41:08.07 ID:YuTUMZY30
「みほさんにですか?」
背後からもう一人の声。歌の始まりの声だ
「小梅……」
「期待があるなら丸ごと押し潰すのみ。その力を我々は持ってます。私も黒森峰の人間ですし、敵と害を倒すことに躊躇いはありません」
「そうよね……さきほどはありがとう。あの時の歌が無かったら、統制も何も無かったし、私は何も……」
「いえ、あれが私の役目です。試合に集中しましょう」
ただ静かにそう返事してきた。私と小島さんの間から、遥か先を見据えるような目をして。きっと答えても、話は聞いていない
「そうね……」
「13号車、エンジン始動しました」
やっとか。時間が残っているのは幸いだ
「全員集まりなさい」
523 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/21(月) 23:41:43.04 ID:YuTUMZY30
車長を先頭にその後ろに乗員が整列する。ティーガーIが1輌、ティーガー2が2輌、ヤークトティーガーが1輌、エレファントが1輌、マウスが1輌にパンターが7輌、ランクが4輌、III号が3輌。車輌総計20輌。決勝に参戦可能な戦車数の最大だ
視界には合計96人の隊員が並ぶ。その命が私の指揮に掛かっている。だが見せるわけにはいかない。その不安を唾と共に飲み込むと一息つき、口を開いた
「私達はこれから戦わなくてはならないわ。その相手はつい半年前まで共に戦い、勝利と敗北を分かち合ってきた仲間よ
されど彼女は西住流を破門され、黒森峰から追放された。しかしその力は大洗で、この大会で何倍にも膨れ上がったわ。残念なことにね
大洗は今年度限りでの廃校、学園都市の廃止を通告され、それの撤回という微かな希望に戦車道を結びつけ、それにしがみついてきているのよ。そしてこの様な状況の中でも、仲間達と彼女自身の愚かさ故に戦い続けているわ
しかし!我々黒森峰は戦車道の絶対王者よ!撃ては必中、守りは固く、進む姿に乱れなし、鉄の心、鋼の掟、それらを我々は持ち続け、それを我々の中で膨らませているわ。たとえ何が相手だとしても我々は戦い、勝たなければならない!
??大洗女子学園を粉砕しなさい!敵4輌全車撃破し、1人でも多く生き残るわよ!生き残り、この戦いを次に伝えていくことが、学園長への最大の忠誠と思いなさい!」
「ヤヴォール!」
その返事をしない者はいなかった。油断はない。皆あいつを知っているから。だからこそ、私たちは勝てる
時を待つ。始まりの笛を。燃料の浪費はこれ以上必要ない。あとはすぐに、手早く、この場で倒す!
524 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/21(月) 23:42:46.31 ID:YuTUMZY30
〜
広報部より報告
黒森峰女学園の動向
同校からの連絡によりますと
「即刻叩け」
を
「西住と戦う決勝戦」
において選択をしたとのことです。
〜
525 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/21(月) 23:43:25.58 ID:YuTUMZY30
ここまでです
526 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/24(木) 20:38:00.88 ID:EGYyJA4LO
2045から始めます
527 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/24(木) 20:49:00.09 ID:EGYyJA4LO
〜
大洗女子学園戦車道チーム、最後の戦い
彼女たちは何を求めて戦うのか
〜
528 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/24(木) 20:50:22.40 ID:EGYyJA4LO
2012年12月11日火曜日 午前8時 黒森峰学園
都市南東部、ブレスラウ地区の高台で審判の右手が挙がる。最後の戦いの始まりを告げる笛の音色は単調だった。たったこれだけで、何人もの命を吹き飛ばすゲームが幕を開けるのだ
「全車反転!あんこうに続いてください」
大洗戦車隊は続々と会場中央に背を向ける。運はそちらにしか微笑んでいない。ここは会場の西側。黒森峰がこちらに向かってくるまで、思っているほど時間はないはずだ
なにせ戦力差がこれだ。わざわざ中央の森林地帯でこちらが出てくるのを待つ必要はない。さっさと距離を詰めて撃破、黒森峰らしい、かつ手間かからないいい手だ。私がその場で指揮を取っていてもきっとそうするだろう。躊躇う理由がないからだ
そしてその時、相手は私たちの行き先を知るだろう。だから急ぐのだ。作戦も移動中に伝えて間に合うだろう
529 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/24(木) 20:50:55.49 ID:EGYyJA4LO
undefined
530 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/24(木) 20:51:35.48 ID:EGYyJA4LO
「……に、西住。正気か?」
「はい。私は至って正気です」
無線越しで初めて作戦を伝えられた各車長の中で、一番早く言い返したのは河嶋隊長である。そういうのももっともな作戦だ。正気と答えたが、勝ちに囚われまともではないのかもしれん
「……しかし、本当に可能なのですか?私にはとてもそうは思えません」
その次はエルヴィンさん。確かにスターリングラードと維持とどっちが難しいか、となればどっこいどっこいだろうな
「……なんとも言えません。しかし会場内で戦うよりかはまだ勝ち目が見えます。会場内は向こうも知り尽くしてますし、何より黒森峰の戦術に合うよう平地を軸に設計された敷地です。ここでの勝ち目はありません
それよりは向こうも慣れない黒森峰市街地を戦場にするべきかと」
「万一脱出出来たとしても、自衛隊に追撃されるということは無いのか?戦車の質、練度共にどう考えても勝ち目はないだろう。秋山と松本も言っていたが……」
「いえ。硬式戦での暗黙の了解として、もし包囲網を突破したら会場を脱出したチームが行き着く先まで拡大する、というものがあります」
「無茶苦茶だな。日本全国どこでもありじゃないか」
「全くそうだとは思いますが、ずっと走っていると燃料切れを起こして動けなくなるので、一応範囲は制御可能、というところではないでしょうか。今回はこれに賭けます。私自身、本当に見るのは初めてですけれど」
531 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/24(木) 20:52:15.10 ID:EGYyJA4LO
「宇津木さんの件を忘れたわけじゃありませんが……西住隊長がそこまで言うなら、やってみましょう」
「……そうだな。それをやめさせたところで、私たちがどうこう出来るものでもない。西住、任せた」
「行きましょう、西住さん」
「分かりました。全車引き続きあんこうに一列でついて来てください」
元々陣地はかなり西寄りにある。目標を見つけるのにさほど時間は必要としなかった
草原を駆けていくと、さきの会場あちこちに見えるのは自衛隊の戦車。それも最新の10式が混じっている。黒森峰の戦車と見比べても、はるかにゴツい
それは大洗チームが近づけば近づくほど大きくなる。そしてついに段差に関わらず履帯の全容が確認できるほどまで近づいた
「……撃たれたら、発射光の後に移動を。それより前だと追尾されます。避けても無理だとは思いますが……信じましょう」
「何をだ?」
「さぁ?」
532 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/24(木) 20:52:55.82 ID:EGYyJA4LO
大洗の戦車隊には前進を継続させた
「……距離、1100です」
「に、西住殿。正面の戦車を……」
優花里さんが横のハッチから顔を出して指差す先の戦車の上に、人が立っている。格好からして自衛官だ
「……大洗女子学園の諸君、警告します。すぐに引き返し、試合に戻りなさい」
拡声器でも使っているのか、声ははっきり聞こえる
「ね、ねぇ、みぽりん。大丈夫なの?注意受けてるよ!」
「多分」
「多分って……」
長々と話を聞ける余裕はない。光があるかないか……私だって死にたくないのだ
「引き返しなさい」
構わず前進する
「西住……」
「私たちには、前進以外の選択肢はありません。躊躇ったら黒森峰に追いつかれます。各車、車間距離を開けていってください」
砲塔の一つが、ゆっくりとこちらを向いた。狙っているのは、間違いなくIV号である
「麻子さん、向きを変える時間はありません。戦車のどれかから光が見えたら急停車を。それで……少しはなんとかなるかも……」
「横には避けないのか?」
「そんな時間はありません。まぁ、この方法も何度も使えるわけじゃないんですが。麻子さん以外はどこかに捕まっておいてください。止まって砲弾が落ちたらすごく揺れますから」
「う、うん……」
533 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/24(木) 20:55:44.69 ID:EGYyJA4LO
距離700。敵車輌のうち1輌発砲。タイミングはバラバラだったが、後ろの方からも忙しない金属音がした。無論足元からも。キューポラの枠に捕まっていた私の上半身も思わず前に揺り動かされる。
放たれた弾は右側にそこそこ大きくて逸れ、地面を丸ごと吹き飛ばしていった。そして勢いのままにそれを広げていた。平原の中に一瞬にして窪地が生まれたのである
「ひっ……」
「流石は120ミリ滑腔砲……威力も段違いであります……」
ビビる仲間はともかく、私はある一つの予感を確信に変えつつあった。可能性は増した
「各車、砲弾装填」
「お、おい……大丈夫なのか?」
「やるしかありません。安全装置も外してください」
「……はい」
近くのだ。何としても近づくのだ
「華さん。さっき撃った1輌の履帯に照準を。走行間で難しいとは思いますが、狙いはずらさないで」
「はい」
向こうだって実際に狙われるのは慣れていないはず。いざという時はただ走っているだけではないと見せねばならない
「あの、みほさん。砲塔と車輌の隙間にしますか?」
「いえ、履帯にします。彼らは戦車道の参加者ではありませんから。もともと脅しが通じる力量差ではありませんし」
534 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/24(木) 20:56:37.74 ID:EGYyJA4LO
距離400。だが恐らくこの距離でも私たちのチンケな砲では傷さえつけられないだろう。車輌を揺らすので精一杯だ
向こうの車輌の鼻先全てに焦点を当てつつ、耳の情報を一時遮断する
再び、今度は別の車輌が火を吹いた。それは右前方から左側へIV号の正面を素通りし、同様のくぼみを形成した
「うおっ!」
「きゃっ!」
履帯が浮きそうな揺れが車内を支配する。こんな時期だというのに、手袋もまともにしていない手は汗で滑りそうである
「に、西住さん……撃たれたら教えてくれ!流石に今のは心臓に悪すぎる!」
「……あ、自衛隊はわざと外しています。そのまま前進を!」
正直私にとっても心臓に悪い。が……本題は彼らの上官が現状を踏まえどのような判断を下すか、だ。どうする。近づいてから一斉射撃して殺すか、それとも生かすか。生かされてもそれが何時間伸びるかだけかもしれないが、ないよりマシだと信じよう
「このまま最初に撃った車輌の右脇を通過します!各車速度を上げて通過してください!砲撃はしなくてけっこうです!」
ここから先はお上のみぞ知る
「ここまで来たら狙われたらおしまいです。できるだけここにいる時間を短く済ませましょう」
正面の最初に発砲した車輌の車長の顔も認識できるようになっていた。ただ正面のIV号を、場合によっては私をどうするつもりか、判断材料は増えたかに思えたが、無表情のそれは何も伝えてこなかった
僅かな揺れさえも大きな変化として足元から伝わってくる。凛々しく見える顔が益々大きくなる
535 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/24(木) 20:58:31.43 ID:EGYyJA4LO
残り200。腕を振り上げた彼女の手が降ろされると共に、さらに多くの砲弾が周囲にばら撒かれ始めた。流石の私も頭を出していたら怪我どころでは済まない程である
「麻子さん、前進継続!止まらないで!下手にスピード落としたら、死にます!」
「……冗談も大概にして欲しいな……」
「他の車輌も止まらないで!車間維持!これを各車輌に厳重に通達!」
「そ、それどころじゃないよぉ……」
弾はことごとく外れる。むしろ私たちの行き先を、二本の線のような砲弾の跡の隙間が指し示している。しゃがんでないと、何かに掴まっていても重心ごと体が車内を駆け巡りそうになる。最早こちらも砲撃どころではない
まもなく間を抜けようとした時、ぱたりと砲撃が止んだ。絶え間無く上がっていた土煙が舞い落ちて、視界に久々の灰色が浮かび上がる。上に乗った土ごとキューポラを押し上げると、左側で先ほどの人が表情はそのまま敬礼しているのが、まだ微かにある空飛ぶ砂つぶの向こうに見えた。右手を掲げるものではない。肘を張った敬礼
どこの誰だか知らないが私もさらに身を乗り出し、僅かな間だったが目を合わせたまま同じ姿勢をとり、脇を駆け抜けていった。その後に他の車輌も続いてくる
536 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/24(木) 20:59:02.30 ID:EGYyJA4LO
ここに一つ目の奇跡は達成された。自衛隊包囲網の突破である。全車輌土埃を浴びまくったのを除けば損害なく脱出できた。
「……に、西住……」
「はい、これで最初の難関はクリアです。全車輌前進継続。コットブス地区方面の市街地へ向かいます」
一方で砲撃音からこちらに逃げているのはバレたはず。本格的に時間が限られてきている
「敵もすぐにこちらに来ます。急ぎましょう」
「分かりました!」
「しかし……本当に成功するとはな……」
「10式なら我々を撃破することは、自動追尾機能を考えれば造作もないはず。しかし威嚇してくるだけで撃破はしなかった……ということは、誰かが大洗の勝利を、生存を望んでいるかもしれない、ということです」
「ウチの勝利をですか?いったい誰が?サンダースもプラウダも敵に回してるんだぞ?私たちは」
「分かりません。ですが、誰かが味方だってだけで、少し気分はマシになりません?」
537 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/24(木) 21:02:26.19 ID:EGYyJA4LO
私直属の黒森峰の先発隊が、森を突破して大洗がいた場所に突入する。しかしそこにもう大洗の姿はない。森から来たから、森の中にはいないと思われる
「大洗は?」
「それが……履帯の跡を見るに、緑川の方に向かった模様です」
「はぁ?そっちは会場外でしょ?どうなってんのよ……でもそっちの方に行って、まだ試合が終わっていないことをみると……」
「自衛隊の包囲網の前で止まっているか、それともまだ会場内にいるか……まさか」
「分からないけど合流は待たずに取り敢えず追うわよ。ここはいくら相手がウチの元副隊長だとしても、他の人間からすれば走り慣れない場所。奇襲はないわ
でも時間を稼がれると罠を仕掛けてくるかもしれないから、先を急ぐわよ」
その時であった。確かに先ほど聞いた緑川の方向から、断続的に砲声が鳴り響いた。黒森峰の精鋭はここにいるか森を迂回しているし、何よりこの時間で音のする方まで行けるはずがない
「砲声?」
「ここで演習なんて今日ありましたっけ?まさか試合の日に?」
「……いや、これは黒森峰のじゃないわね。何かしら……」
538 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/24(木) 21:02:59.77 ID:EGYyJA4LO
「……10式、自衛隊の砲声……」
「えっ?本当に?」
「間違いありません。前に研修で自衛隊の演習を見学した際に近くで聞きましたから」
「となると、大洗は本当に自衛隊に突っ込んだのでは……」
「まさか。あんなオンボロ戦車たちが自衛隊を突破出来る訳ないじゃない」
「ですよね……」
戦わずして勝てる。それならそれでいい。プラウダを負かして優勝。それでこの学園の恥辱は一応の終焉を見せる。私のような才のない人間には丁度いい貢献方法なのかもしれない。通信手も何かが気になるのか、音のする方を注視しているが、どうも何もあるまい
539 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/24(木) 21:03:34.68 ID:EGYyJA4LO
砲手や装填手との話を済ませ、全車に指示を出そうとした時、通信手がそれを止めた
「エリカ隊長……ルフトバッフェから……」
しかもやけに震えた声である。別に戦場の雰囲気に当てられた訳ではないだろう。今までも一緒にいた者だ
「何よ。試合中にわざわざルフトバッフェからなんて」
「それが……」
「早くしなさい」
「……大洗が自衛隊の包囲網を突破、した模様です」
「……え?」
「その後は市街地南東部へと進んでいるようです……」
「……本当に?」
「ええ、ルフトバッフェが唯一のフオッケアハゲリスを出して空から確認したそうですから、間違いないかと」
「……どうやって……いや、今はそんな時じゃないわね」
「会場外に出て我らも誘引し、指導による引き分け狙いでしょうか?」
装填手が上を向いてきて尋ねる
「まさか、そこまで鈍ってはいないでしょう。それにそんなのをウチが認めるはずないわ
いずれにせよこちらの優位は揺らがない。小島さんの迂回部隊の到着を待って追うわよ。向こうが突破しているなら、こちらも出来るはずよ。ただし2000メートル以上の距離を維持しなさい」
「ヤヴォール!」
540 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/24(木) 21:04:11.96 ID:EGYyJA4LO
彼女らの右側から森林を迂回したヤークトパンター、ヤークトティーガー、エレファント、マウスなどを含む重戦車部隊が合流し、市街地方面へ出発した
「……なるほど、話は分かりました」
ヤークトパンターにつなげた無線にて、小島さんは冷静に返してきた
「小島さん、あまり驚かれないのですね」
「砲声の数です」
「数?」
「こちらが戦ってないとなれば、あの数はあまりにも多すぎました。たった数輌の旧式戦車を止めるには」
「……なるほど。だとしたら、自衛隊はなぜ突破を許したのかしら。意図的じゃなきゃできないでしょうに」
「そこまでは流石に。何か裏はあると思いますが……」
「なるほど、ありがとうございます」
そこで一度無線を切り、小梅に同じことを尋ねた。少し唸ってから返事が来た
541 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/24(木) 21:04:38.41 ID:EGYyJA4LO
「……エリカさん。恐らく……」
「小梅、どうしたの?」
「学園が依頼したのかも……」
「学園が?なんでよ。会場内の方が勝ちやすいことは知ってるでしょ?」
「はい、乗員、車輌ともに質的には圧勝しています。だからこそ会場外でもこちらが十分勝てると考えているのでは?」
「だからってなんで会場外でやるのよ、面倒じゃない」
「……恐らく、学園が『勝ち以上のもの』を求めているからではないかと」
「勝ち以上のもの?圧倒的な勝利じゃなくて?」
「戦力差的に圧倒的な勝利は当然と考えられているでしょう。それを市民のより近くで見せることを考えているのかと……というより大会実行委員長があの人である以上、自衛隊とのツテがあるのはウチぐらいでは?」
「ま、確かに今の状況でプラウダやグロリアーナが自衛隊を動かせるわけもないしね。
しかし市民の前で……黒森峰戦車道の威信を示すのかしら。確かに昨今の大会では負け続き。いくら反乱は抑えているとはいえ、市民にも不安があるはずよね
より近くで裏切り者相手に圧倒的勝利。なるほど、あり得そうね。人気取りに使われるのは癪だけど」
「第一戦車科には市民の金も使われてますからね。相応の安心感を返さねばならないでしょう」
「……それもそうね」
戦車道は学園の駒。私はその駒は指せない。それを思い知らされた
542 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/24(木) 21:05:35.29 ID:EGYyJA4LO
〜
広報部より報告
黒森峰女学園の動向
同校からの連絡によりますと
「追撃せよ。西住に逃げるという道はなし」
を
「大洗曰く逃げるは恥だが役に立つ」
において選択したとのことです
〜
ここまでです
543 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/27(日) 22:05:23.50 ID:cH77cM4bO
2245から始めます
544 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/27(日) 22:47:18.63 ID:cH77cM4bO
〜
幼児を抱いた母親ほど、見る目に清らかなものはなく、多くの子に囲まれた母親ほど、敬愛を感じさせるものはない。
ゲーテ
〜
545 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/27(日) 22:47:46.62 ID:cH77cM4bO
大洗戦車隊は北西の方にある市街地に向かい、草地の丘陵を越えて行く。しかし後ろのポルシェティーガーが他の3輌に比べ大きく遅れを取っている。元からそこまでスピードを重視している車輌ではないが、坂道でもないのに遅れが大きすぎる
「沙織さん、ポルシェティーガーが遅れているようです。何が起きたのか聞いてみてください」
「分かった。こちらあんこう、レオポンさんチーム、異常ありませんか?」
返事がない。しかし後ろにいるポルシェティーガーは停止はしてない。暫くして、やっと無線が繋がったらしい
「え?ナカジマ、さん?」
沙織さんの口調が少し変わった
「あ、カトラスさんかぁ……そっかそっか、入れ替わってたんだっけ。ところでナカジマさんに繋いでもらっていい?」
あの人そんなに声大きくないと思うけど、こういう時はきちんと話してくれるようだ
「エンジン修理中、って何があったんですか!」
とすこし安心しつつあった私の耳には、叫び声に近いものが入り込んできた。向こうの説明はそこそこ長く、沙織さんの微かな返事を挟んで、車内を緊張とエンジン音のみが包み込む
「止まるって……」
止まる?何が……
考える間も無く、ただでさえ蒸す車内なのに、さらに粘着質な汗がどんどん顔と背中を伝っていく
「と、とにかくみぽりんに繋ぐよ!」
沙織さんはすぐさまこちらに無線を繋げてきた。話し方と漏れた言葉から、尋常じゃない事態が予想される。尋常じゃない、それがどのようなことかは、いくつか候補が挙げられるが、どれか
546 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/27(日) 22:49:08.90 ID:cH77cM4bO
「み、みぽりん!大変!レオポンさんチームエンジン止まりそうだって!」
すぐにヘッドホンに手を当てる。それか。だが焦ってばかりもいられない。まずはただ真摯に現実を受け止めねばならない
「レオポンさんチーム、現状は」
「はい。恐らくプラウダ戦の環境が主要因かと思われる空冷エンジンの出力低下が発生しています。現状可能な修繕も行いましたが、効果ありません。あと15分すればエンジンが停止するのは間違いないです」
確かにポルシェティーガーのエンジンは元から強くない。彼女らの技術をもってしてもどうにもならないとなれば、如何なる人間にも何もできないだろう。だがこの損失は余りにも大きすぎる。車輌、人員ともに
「……どうにも、なりませんか?」
「どうにもなりません。本来ならエンジンごと取り替えないといけない故障です。こちらはツチヤとフリントさんを脱出させます。他はこの88ミリを有効活用する為残ります。できれば2人を回収してください」
「2人だけですか……もう1人これませんか?戦車はともかく、人は来れるのでは……」
「行きません。西住さん、学園を残してください!なに、ここで20輌全部撃破して戻ってくるから心配しないで!」
……説得をかけるのも無理だな。それに彼女らの言うことにも筋がないわけじゃない。黒森峰と正面切って戦える唯一の車輌。足止めには十分すぎるし、数だって削れるかもしれない。そして稼げる時間はこちらの味方だ。その分準備できる
「……よろしくお願いします……おふたりには川を渡って市街地へと向かうように伝えてください」
長時間会話用のスイッチを切る。そうは分かっていても、額から鼻に向けてさらに大量の汗が流れる
「どーする、戻ってツチヤさんとかを回収するか?」
そうしたいのは山々だが、それを許せる時間と余裕がない
「いえ……黒森峰の射程に入ってしまいます。回収は……リスクが大きすぎます。2人とはあとあと合流できることを期待します」
嘘だ。いくら戦車とはいえ、走ってくるものを待って拾えるはずがない。可能性になってもらうか
547 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/27(日) 22:49:59.65 ID:cH77cM4bO
「どうした、西住。ポルシェティーガーに何かあったのか?」
河嶋さんが無線を繋げる
「……エンジン不調によりこちらに来れないそうです」
「こっから88ミリが抜けるのか……」
向こうの河嶋さんは溜息を深く吐きながらもやけに冷静だ。普段の彼女なら泣き喚くだろう。しかし頼って呼ぶ人がいない、それが彼女を隊長たらしめていた
そして彼女の発言もまた事実だ。黒森峰に容易に損害を与えられるアハトアハトが欠ける。今後の戦略にも影響するのは間違いなかった
548 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/27(日) 22:50:48.16 ID:cH77cM4bO
レオポンさんチームの車内で2人声を上げる者がいた
「どういうことですか!私だけ脱出する?先輩方も脱出しましょう!」
「……自分から死ににいくのは……良くない」
ツチヤが操縦席からナカジマに向かって叫ぶ。もう一人脱出を命じられたカトラスさんもいつになく低い声で、小さいとはいえ抗議の意思を示す
ナカジマは少しの間、返事を躊躇った
「……ツチヤ、お前に2つの命令をする。聞いてもらいたい。ひとつはこの車輌をエンジンが止まる前に敵の方に向けろ。もうひとつはお前は脱出しろ、そして生き延びろ!」
「何故です!何故先輩方はここに残るんですか!死にたいのですか!」
「我々はここで黒森峰を1輌でも多く減らす!そして、大洗を優勝に貢献するんだ!ここでこのレオポンを放棄して逃亡したり降伏なんかしたら今まで死んだ者たちに顔向けできない!
このレオポンが動かないとしても、88ミリは役に立つはずだ!いや、役立てなくちゃいけない!」
「……だからって、なんで脱出するのが私なんですか!」
「お前が死んだら、誰が自動車部を残すんだ!他の者は生き残って学校が勝っても3月で引退だ。そして春までに新入部員が来るとも思えない
西住さんは必ず来年も学園を存続させてくれる!その時にお前が来年も自動車部をやってもらう為に生き伸びろ!生きるべきは……若い奴だ
黒森峰が迫っている。時間が無い!」
「……たった一年の差じゃないですか……先輩方に夢はないのですか!それをここで犠牲に出来るのですか!」
「お前は……12月14日を迎えずに死ねるのか?11月23日に行ったのがお前の最後のドリキンで良いのか!この中で一番叶えやすい夢を持っているのはお前だ。生きて、生きて生き延びて、絶対叶えろ!」
549 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/27(日) 22:51:28.13 ID:cH77cM4bO
「……私だけレオポンチームとしての本分を捨てろとは、酷いわがままもあるんですね」
ツチヤは悪態を吐きつつも、奥歯を噛みゆっくりと、されど確実に車輌を逆方面に向け始める
「……さて、カトラスさん。ツチヤを助けてやってくれ。こう見えてコイツはかなりの寂しがり屋でな、誰かが見守ってやんないと残るウチらも不安でしょうがない。それにもう……ここに通信手は必要ない」
「……そして、このチームの勝手は、このチームの人にしか分からない、と?」
「ああそうだ。それにお銀さんから言いつけられたこともあるんだろう?私たちは艦の上の人間だから、底のことはよく知らないさ。でもそれを真に伝えられるのは、貴女しかいないんじゃないかい?」
「……大したことは……それにあの場には西住さんや桃さんも……」
「ならあの2人を助けるために動いてくれ。私たちの、これまで戦った人たちも含めて、その意味を示すために」
小規模の半径を使って描かれた半円にて、重戦車はしっかりと黒森峰の想定を捉える位置で停止した
「……無駄にはしたくないだろう」
「……わかった」
「そう言ってくれると助かる」
視線を外し、目を細めながらそうこぼすと、レバーから手を外した人を見定めた
「さあ、ツチヤ。これがお前のレオポンへの最後の奉公だ。トンプソンはくれてやるよ。自動車部を、大洗を頼んだよ」
ツチヤはトンプソンM1を掴み、無言で振り返ることなくキューポラから身を乗り出した。それに続く形でカトラスも外に出る
「……ありがとうございました」
そう言い残して機関部の上に降り立ち、先輩たちの背後に向け走り出した。そしてポルシェ101/1は共にその最期の力を出し切って、2度と動かぬ塊となった
550 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/27(日) 22:52:41.09 ID:cH77cM4bO
「さて、大変なモンを背負わせちまったね。なら先輩として不甲斐ない様を見せる訳にはいかないね」
ヘッドホンを外し、咽頭マイクも外したナカジマが袖を捲り上げながら砲塔から降りる
「よかったじゃないか、ナカジマ」
「なにが、ホシノ?こんな時に」
「地球最後の日が来るなら、その前に雨の日に出かけたいと前に言ってただろう?」
「そうだけど、今日は曇りでしょ?かといって雨が降る感じでもないし」
「いや、砲弾の雨の中だ」
「生憎それは理想じゃないな……」
「まあ、私もオーナーにはなれなかったけど、このレオポンがここまで走ってくれたからな、満足か」
車輌を撫でるスズキの肩をナカジマが叩く
「なに言ってんの2人とも、シケた顔しちゃって。私達はここで黒森峰戦車隊20輌を撃破するんだよ!」
「……そうだな、やるだけやるか!」
ホシノも照準器に向き直る。ナカジマとスズキも88ミリ砲弾の装填に移る。黒森峰の戦車群のエンジン音が遠くから聞こえる。しかも徐々に大きくなる
「ここから先は行かせないよー」
だがそこに鉄壁が立ち塞がる
551 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/27(日) 22:53:09.53 ID:cH77cM4bO
パンツァーカイルの行き先は黒森峰市街地だ。しかしその途中に最主力を、しかも単独で平原に配置するなど誰が考えようか。真っ先に稜線を越えようとしたティーガーIIを大きな揺れが襲う
正面から撃ち抜かれはしなかったが部隊に動揺が走る。目の前にあったのはポルシェティーガー、大洗唯一のアハトアハト装備車輌だ
「て、敵襲です!車輌は……ぽ、ポルシェティーガー!」
「ポルシェティーガー?な、何故あんな隠れるところも何もない場所にいるのよ?とにかく早く撃破しなさい!各車輌稜線に展開!砲撃開始!」
しかし次弾装填前にポルシェティーガーの砲身は火を噴き、パンター1輌を撃ち抜く
「距離は600!早く撃ちなさい!」
エリカは指示を出すが、やはり今までの者達と比べて装填速度が劣る。装填し終わった車輌は次々と砲弾を撃ち込もうとするが、命中率は芳しくない。正面に3発ほど命中するが、戦果は履帯を破損させ、右側面のライオンのマークを削れたくらいだ
ポルシェティーガーからの次の弾はランク、その次は別のパンターと、黒森峰からの砲撃を喰らいながらも頭を出した奴から的確に仕留めていく
「何やってるのよ!失敗兵器相手に!」
キューポラから身を乗り出そうとするが、部下に服の裾を抑えられる。しかし一部が両翼から稜線を一斉に超えて展開し側面を殴れるようになると、向こうの車輌も揺れるのか狙いが緩んできた。被害はあったが、このまま敵最主力相手に勝てるのは確実だった
552 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/27(日) 22:54:21.53 ID:cH77cM4bO
黒森峰重戦車の砲弾を立て続けに喰らっているポルシェティーガー車内も、貫通弾こそないもののただではすんでいない。衝撃で車内を振り回され、身体のあちこちをぶつけている。ホシノは特に隣の砲身などに頭を打ちつけて出血している
「ホシノ、大丈夫か?」
ナカジマが砲弾を押し込む
「……ふぅ……これは……やばいかも……」
次に放たれた砲弾はティーガーIの足元に外れる。頭から垂れた血は顎からスカートへと垂れる
「くそッ」
「スズキ!次弾装填!」
車輌だけでなくあちこち痛む身体までも酷使して砲弾を撃つ
「慌てず、急いで、正確に……な」
「……ああ」
その直後、正面に砲弾が命中したらしく、凄まじい振動が車輌を襲う。車内で砲弾を抱えていたスズキが壁に打ち付けられる
「がはっ!」
2つの鉄にサンドイッチされたスズキの身体から何かが折れる音が聞こえ、砲弾を離して床に倒れた。
「スズキ、大丈夫か!」
「おぐ……あ……」
胸と腹の間辺りを手で抑え、息荒く突っ伏す。肋骨が数本いってしまったようで、辺りの器材を掴んで痛みをこらえている
553 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/27(日) 22:55:09.76 ID:cH77cM4bO
「……ナカジマ、次弾装填……頼む」
ホシノはさらに頭を打ち付けたようで、出血量が増している
「……くっ」
スズキの落とした砲弾を2本の腕で拾い上げ、足元に力を込めながら砲身に押し込む
「……く、らえ……」
意識は朦朧としかけている。トリガーに指を掛けたホシノは今使える全精神力をその狙いに定め、全体力を砲弾の発射に使う。思いを込めた砲撃はエリカ車の履帯を破壊する。転輪も外れた様だ
?しかし、総計10発以上攻撃を受けた装甲はもう限界だった。エレファント重駆逐戦車の128ミリ砲に堪えるには。左側面より機関部まで到達した砲弾によって燃料に引火したらしく、大きな爆発とともにポルシェティーガーとレオポンチームはその働きを終えた。その残滓の爆風の残る中で、前方部から伸びた白旗が、僅かにその裾をあげていた
554 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/27(日) 22:55:38.07 ID:cH77cM4bO
黒森峰側は隊長車が2度も砲撃を受けたことに少々混乱を見せている。だが無事だ。別にこの隙を突いて逆襲してくるとは思えない
「履帯、転輪破壊されました!」
仮にしてきたとしても、ティーガーの系譜以外ならこの部隊でも十分勝てる。一応その対応はしておくか
「急いで修理しなさい!他の車輌はブレスラウ地区の緑川沿いの高台の上まで移動!敵の行動を補足しなさい!
これで敵の主力は撃破できたわ!こいつさえ撃破すれば、ティーガーや他の重駆逐戦車を易々と撃破できる車輌は大洗にはない!構わず進みなさい!」
「や、ヤヴォール!」
素早い指示が功を奏したのか、被害はあったものの悲観的なムードは落ち着いた。しかしまた敵もよくこんな役目をやろうとしたものだ。私たちみたいに経験を積まされている訳でもなく、たった2週間前までは普通の女子だったというのに
かくいう私も、学園のためと思えばこうして試合に躊躇いなく出ているし、砲撃を命じている。何も変わらないのかもしれない
555 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/27(日) 22:56:08.82 ID:cH77cM4bO
第74回戦車道大会公式記録
大洗女子学園犠牲者
中島 悟子
黒森峰 砲撃死 死体損壊が激しく死因は不明 即死
鈴木 久里
黒森峰 砲撃死 死体損壊が激しく死因は不明 即死
星野 義美
黒森峰 砲撃死 死体損壊が激しく死因は不明 即死
556 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/27(日) 22:56:39.50 ID:cH77cM4bO
〜
広報部より報告
大洗女子学園の動向
同校からの連絡によると
「子を産みてしんがりを努めよう」
を
「陸上の動かぬ船」
において選択したとのことです
〜
今日はここまでです
557 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/31(木) 20:33:39.86 ID:1TDhW2kZO
2040から始めます
558 :
◆ujHylXatJU
[saga]:2019/10/31(木) 20:42:32.42 ID:1TDhW2kZO
〜
女とは生産力であり、継承の種だ。だからこそこちらの女を餌にしても女を釣り出すのだ。そして断て。それが命だ。
黒森峰女学園の内部文書
〜
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