10:名無しNIPPER[saga]
2019/09/09(月) 20:05:02.66 ID:W6D0RAKy0
 「降りないの?」 
  
 少女の問いに答えようとして、固まる。 
  
 このまま電車に乗っていれば、電車は反対方向に、つまり事務所の方向へ再び走り出すだろう。 
11:名無しNIPPER[saga]
2019/09/09(月) 20:06:16.42 ID:W6D0RAKy0
 「海……」 
  
 言われてみれば、潮の香りを感じる気がする。 
  
 「海は好き?」 
12:名無しNIPPER[saga]
2019/09/09(月) 20:07:16.03 ID:W6D0RAKy0
 少女のすぐ後を追うように、知らない道を歩く。 
  
 自然と並んで歩くようになっていたが、互いに無言だった。 
  
 だんだん大きく聞こえてくる波音で充分だった。 
13:名無しNIPPER[saga]
2019/09/09(月) 20:08:10.16 ID:W6D0RAKy0
 夏と呼ぶにはもう遅い時期、どんよりとした曇り空の下で見た海は、物寂しかった。 
  
 風は冷たいが、寒いというほどではない。 
  
 空は曇っているが、雨が降る様子はない。 
14:名無しNIPPER[saga]
2019/09/09(月) 20:09:04.15 ID:W6D0RAKy0
 水平線が見える。 
  
 波の音がする。 
  
 潮の香りがする。 
15:名無しNIPPER[saga]
2019/09/09(月) 20:10:14.87 ID:W6D0RAKy0
 何分か、何十分か、波音だけに包まれた静寂を破ったのはまたしても俺だった。 
  
 「毎日楽しいんだ」 
  
 「……」 
16:名無しNIPPER[saga]
2019/09/09(月) 20:11:14.13 ID:W6D0RAKy0
 「自分でもわからないけど、つらくて苦しくて仕方がないんだ。あんなに幸せなのに、喜びこそすれ嫌がる理由なんてないのに」 
  
 「……」 
  
 「俺、おかしくなったみたいだ」 
17:名無しNIPPER[saga]
2019/09/09(月) 20:13:16.34 ID:W6D0RAKy0
 「それはね、つらいじゃなくて、疲れたっていうんだよ」 
  
 「いつも通りの自分に疲れたんだよ」 
  
 「好きなことに全力を注げて、寂しいと思う暇がないくらいまわりにみんながいて」 
18:名無しNIPPER[saga]
2019/09/09(月) 20:14:29.30 ID:W6D0RAKy0
 海を見る少女の横顔を見ながら、俺は今さら気付いた。 
  
 制服を着た少女が、学校ではなく海にいるということが普通ではないことに。 
  
 ああ、きっと、この子は俺と同じだ。 
19:名無しNIPPER[saga]
2019/09/09(月) 20:15:54.60 ID:W6D0RAKy0
 「海が好きなのか?」 
  
 「わからない」 
  
 ああ、そういえばそう言っていた。 
20:名無しNIPPER[saga]
2019/09/09(月) 20:17:10.21 ID:W6D0RAKy0
 水平線が見える。遠くで動いているのは船だろうか。 
  
 波の音がする。ぴちゃりと魚がはねた。 
  
 潮の香りがする。深呼吸したらむせそうだ。 
21:名無しNIPPER[saga]
2019/09/09(月) 20:18:27.06 ID:W6D0RAKy0
 ぼんやりとそんなことを考えていたら、少女がこちらを見ていた。 
  
 あんまりに俺が気の抜けた顔をしているのが面白かったのか、含み笑いをしながら少女は言う。 
  
 「事務所に連絡、しておいた方がいいよ」 
22:名無しNIPPER[saga]
2019/09/09(月) 20:19:38.11 ID:W6D0RAKy0
 それにしても、美少女だとは思っていたが、笑ったらさらに魅力的な子だ。 
  
 本気でスカウトした方がいいかもしれない。 
  
 今の俺がスカウトして信頼してくれるかは別として。 
23:名無しNIPPER[saga]
2019/09/09(月) 20:20:43.95 ID:W6D0RAKy0
 「……」 
  
 少女を見る。 
  
 中学生ぐらいの、赤みがかった髪の少女。 
24:名無しNIPPER[saga]
2019/09/09(月) 20:21:36.32 ID:W6D0RAKy0
 しばらくして。 
  
 「そろそろ行くよ」 
  
 少女が立ち上がった。 
25:名無しNIPPER[saga]
2019/09/09(月) 20:24:21.82 ID:W6D0RAKy0
 翌日。 
  
 「こら愛海!お前は病み上がりなんだからジッとしてろ!登山は禁止だ!っていうか事務所来るな!」 
  
 「病み上がりだからお山で回復しにきてるんだよ。プロデューサーもそうでしょ?」 
26:名無しNIPPER[saga]
2019/09/09(月) 20:25:17.03 ID:W6D0RAKy0
 俺の手元には、秋服のファッションショーに関する企画書。 
  
 「もう夏も終わりですね。これからは秋の仕事ですか」 
  
 ちひろさんがしみじみと言うので、俺も同意する。 
27:名無しNIPPER[sage]
2019/09/09(月) 20:26:53.16 ID:W6D0RAKy0
 おしまい! 
28:名無しNIPPER[sage]
2019/09/09(月) 20:33:24.87 ID:47zcJK46o
 乙でした 
 時々、いつもの自分を離れたくなる 
 そんな日ってあるよね 
  
 登山家が海に行く日もある 
29:名無しNIPPER[sage]
2019/09/09(月) 20:34:31.27 ID:+ncOTMSDO
 なるほど、山に登りたがるはずだ 
30:名無しNIPPER[sage]
2019/09/09(月) 20:36:35.73 ID:Sm6x+zJzo
 おうおつ 
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