羽川翼「それが……我が主人のお望みとあらば」阿良々木暦「決まりだな」
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名無しNIPPER
[sage saga]
2020/09/08(火) 22:36:31.22 ID:lUuaoiGOO
月の裏を見たことがあるか。
多くの人たちにとって、その質問自体が意味不明だと思うけれど、ある程度の趣旨はわかる。
月は自転と公転周期が同期しているーー要するに常に同じ面を地球に向けているので、地球上では肉眼で月の裏側を観測することが出来ないことから質問として成り立っている。
無論、科学や工業が進歩を遂げた現代ならば、探査機やら有人ロケットを打ち上げて月の裏側を観測することか容易なのは言うまでもない。
それらの手段を用いて撮影された画像は現代人ならばインターネットなどですぐに見つけられるのだけど、それを実際に肉眼で見た者は宇宙飛行士に限られ、極々少数であると言えよう。
興味がある者はそれを見てみたいという理由だけで宇宙飛行士を目指しても良いくらいロマン溢れる話ではあるけど、興味のない者にとってはネットで画像検索するだけで済む話である。
この物語はそんな理屈で私、羽川翼が観測したーーいや、希望的観測を基に綴ったーー阿良々木暦の裏側にまつわる物語なので、やはり興味のある者だけが読むべきものだと、そう思う。
「どうか、私の血を吸ってください」
あの日。高校2年の最悪で最低で最高の春休み。
吸血鬼となった阿良々木くんに自らの首筋を差し出したその瞬間から、物語は幕を開ける。
阿良々木暦の裏側。裏の顔。夜の王の、素顔。
私はそんな物語を望んで、彼の眷属となった。
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2
:
名無しNIPPER
[sage saga]
2020/09/08(火) 22:39:40.71 ID:lUuaoiGOO
「うっ……」
「目が覚めたようだな、羽川」
その覚醒は摩訶不思議な初めての感覚だった。
阿良々木くんに血を吸われた私は、目覚めた。
以下略
AAS
3
:
名無しNIPPER
[sage saga]
2020/09/08(火) 22:42:15.35 ID:lUuaoiGOO
「阿良々木くんは私に傅かれるのは迷惑?」
「め、迷惑って言うか、困る」
「ほう? どうして困るの?」
彼のことだからきっと従僕となった私にえっちな命令をする妄想をしているのかと思ったら。
以下略
AAS
4
:
名無しNIPPER
[sage saga]
2020/09/08(火) 22:45:29.21 ID:lUuaoiGOO
「目が覚めたようじゃな」
私と阿良々木くんがいちゃついていると、時代がかった口調の美しい声の持ち主が現れた。
その瞬間、形容し難い感覚に襲われ、跪いた。
以下略
AAS
5
:
名無しNIPPER
[sage saga]
2020/09/08(火) 22:47:06.05 ID:lUuaoiGOO
「あ、あがっ……ぐっ」
「かかっ。苦しいか?」
心臓を抜かれた私は無様にのたうち回る。
それでも吸血鬼は死なない。不死だから。
以下略
AAS
6
:
名無しNIPPER
[sage saga]
2020/09/08(火) 22:48:56.65 ID:lUuaoiGOO
「そこまでだ、キスショット」
「ん?」
このまま心臓が握り潰されるのではないかと思われたその時、阿良々木くんが割って入った。
以下略
AAS
7
:
名無しNIPPER
[sage saga]
2020/09/08(火) 22:50:19.26 ID:lUuaoiGOO
「ほら、羽川。心臓を取り返してやったぜ」
「あり、がと……阿良々木、くん」
取り戻した心臓を掲げる阿良々木くんはなかなか凄惨な絵面ではあったが、それでも有難い。
以下略
AAS
8
:
名無しNIPPER
[sage saga]
2020/09/08(火) 22:51:32.43 ID:lUuaoiGOO
「さあ、キスショット。羽川に謝るんだ」
「嫌じゃ! 儂は絶対に謝らんぞ!」
しばらくして阿良々木くんがハートアンダーブレードさんを引き連れて戻ってきた。何やら揉めている。
謝罪を強要する阿良々木くんとそれを頑なに拒むキスショットさんはまるで兄妹みたいだ。
以下略
AAS
9
:
名無しNIPPER
[sage saga]
2020/09/08(火) 22:53:49.24 ID:lUuaoiGOO
「まったくもう、阿良々木くんったら」
「わ、悪い。僕はどうも羽川のこととなると、ついつい見境がなくなってしまうんだ」
「私にはどう見てもただハートアンダーブレードさんのお尻を叩きたかっただけのように見えたけど?」
「おいおい、羽川。見損なうなよ。僕はお前の尻だっていつでも叩きたいと思ってるぜ?」
「見損なわせないで、私のご主人様」
以下略
AAS
10
:
名無しNIPPER
[sage saga]
2020/09/08(火) 22:56:04.54 ID:lUuaoiGOO
「それは結果であって理由ではない。理由を述べよ。吸血鬼になりたいと望んだそのわけを」
「はっ。私のような弱者を救済するためです」
「かかっ。吸血鬼が弱き者に救いの手を述べようとは……頭がおかしいとしか思えんな」
弱者の救済。
以下略
AAS
11
:
名無しNIPPER
[sage saga]
2020/09/08(火) 22:57:30.52 ID:lUuaoiGOO
「儂の従僕を王に? 正気か?」
「はい。誰よりも相応しい逸材かと」
「ハッ「ハハッ「ハハハッ「ハハハハッ「ハハハハハハッ」ハァーッハハハハハッ!!!!」
主人の主人は上機嫌に高笑いを響かせて、迸る絶対的な強者の波動に当てられた私は、崩れ落ちるように跪いた。すごく、すごく怖かった。
以下略
AAS
12
:
名無しNIPPER
[sage saga]
2020/09/08(火) 22:59:07.74 ID:lUuaoiGOO
「しかし、此奴が悪党に成れるとは思わん」
「はい。それについては私も同感です」
「ではどうする? 洗脳でも施すか?」
ハートアンダーブレードさんほどの吸血鬼ならばそれも可能なのだろうけど、主人の主人の力はなるべく借りずに、従僕の私は主人を王にしたかった。
以下略
AAS
13
:
名無しNIPPER
[sage saga]
2020/09/08(火) 23:00:33.33 ID:lUuaoiGOO
「うぬが虐待されて育たなければ、そんな拗らせた極論には至らぬと思うが、違うかの?」
「恐らく幸せな家庭に育っていたとしても、いずれ現実を知り、行動に移していたでしょう」
「自らが聡いことを自慢しておるのか?」
「いいえ。私は愚かなので、自分が知っている解決策しか思いつかなかっただけです」
以下略
AAS
14
:
名無しNIPPER
[sage saga]
2020/09/08(火) 23:01:55.87 ID:lUuaoiGOO
「儂と同じく、従僕にも食事が必要だ。無論、断食しても死なんがいずれは正気を失う。さあ、どうするつかもりかの? 従僕の従僕よ」
楽しげに問いかける吸血鬼。悪意が伝わる。
「私が食料を見繕います」
以下略
AAS
15
:
名無しNIPPER
[sage saga]
2020/09/08(火) 23:03:32.45 ID:lUuaoiGOO
「なあ、羽川」
わざわざ下僕に目線を合わせるように跪き、優しい優しい私のご主人さまは甘い言葉を紡ぐ。
「僕は別に王になんかなれなくたって、お前と一緒に穏やかに死んでいければそれで良かったんだ。そのために、お前を眷属にしたんだよ」
以下略
AAS
16
:
名無しNIPPER
[sage saga]
2020/09/08(火) 23:06:14.97 ID:lUuaoiGOO
「かかっ。とんだ茶番じゃな」
「せっかく完全体になれたハートアンダーブレードさんには申し訳ないですけど……よろしいですか?」
「是非もないわ。所詮は余生。良きに計らえ」
「ははっ」
以下略
AAS
17
:
名無しNIPPER
[sage saga]
2020/09/08(火) 23:09:21.83 ID:lUuaoiGOO
「忍野……忍野、メメ」
「おやおや、これはこれは。僕みたいな下賤な一般庶民の名前を覚えてくれているとは光栄だね。てっきり君は僕のことなんてすっかり忘れて、襲いかかってくるんじゃないかとヒヤヒヤしていたよ。今日は随分、機嫌が良いんだね」
「お前を襲ったりするかよ。お前は羽川をどう扱うべきか困った僕にアドバイスをくれただろう? その助言のおかげで今の僕たちは在る」
「助言なんてしてないよ。言葉のひとつで助かる事象はこの世に存在しない。君たちが助かったと感じるのは自由だけど、そう甘くはない」
以下略
AAS
18
:
名無しNIPPER
[sage saga]
2020/09/08(火) 23:19:25.52 ID:lUuaoiGOO
「おい、忍野。そんな言い方はないだろう」
「いや、あるね。僕はこの元・委員長ちゃんのような『害悪』は、もともと大嫌いなんだよ」
「害悪って……羽川をそんな風に言うなよ!」
「はっはー! 怒るのは筋違いだぜ? 君だって持て余していたじゃないか、この害悪をさ。この子はきっと吸血鬼になって悪に染まらずとも人間のまま持ち前の正しさを振りかざし、最低限の必要悪すら認めず調和を崩して、結果的に世界に仇なす敵になっていたと、僕はそう確信しているよ」
「黙れよ、忍野っ!」
以下略
AAS
19
:
名無しNIPPER
[sage saga]
2020/09/08(火) 23:26:25.25 ID:lUuaoiGOO
「ぐっ……くそっ……忍野のやつ……!」
「ああ、従僕……我が従僕よ。大丈夫じゃ。心臓を抜かれたくらいで吸血鬼は死なん。儂とて、そうじゃ。ああ、ようやく気づいた。どうやら儂も、あの小僧に心臓を抜かれとったらしい」
喘ぐ阿良々木くんを膝に乗せ、ハートアンダーブレードさんは悔しそうに備忘を歪ませて自らの不覚を告げた。彼女もまた、心臓を抜かれていたのだ。
以下略
AAS
20
:
名無しNIPPER
[sage saga]
2020/09/08(火) 23:30:43.11 ID:lUuaoiGOO
「復讐や仇討ちなどくだらん。そんなことよりも、うぬは自分の主人のために今するべきことがあるじゃろう。害悪ではないと証明せんか」
害悪ではない証明。自分の必要性を明示する。
「よいか、従僕の従僕よ。うぬは儂らの中で唯一血を送り出す心臓を持っておる。仮にも吸血鬼ならその意味くらい理解出来るじゃろう?」
以下略
AAS
21
:
名無しNIPPER
[sage saga]
2020/09/08(火) 23:35:58.70 ID:lUuaoiGOO
「ハッ「ハハッ「ハハハッ「ハハハハッ「ハハハハハハッ」ハァーッハハハハハッ!!!!」
私のはしたない申し出をハートアンダーブレードさんが嘲嗤う。うう。恥ずかしくてもう涙が出てきた。
「羽川、本気なのか……?」
以下略
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