24:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/01(火) 23:10:09.95 ID:6NLLeJ5C0
 「千夜ちゃん……? そんなにぼくのことすこって」 
 「いいえ」 
 「ア即オチッ⁉︎ やむ‼︎」 
 「そりゃあまた――」と、魔法使いが口を切った。「――リトルなリドルがあるもんだ。《幸せって何?》《不幸せって何?》」 
 (「あ、それ知ってるー☆」 
25:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/01(火) 23:10:40.37 ID:6NLLeJ5C0
 「困ったなぁ。実はこれ、完全に脚色なんだよね。元の話には全然ない台詞なんだ」 
  演出家は言う。魔法使いが答えた。 
  
 「脚色ですか? それでは先生のお考えで……」 
 「いやいや、皆さんの個性に頼ると言った手前だからね。ただ……」 
26:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/01(火) 23:11:26.03 ID:6NLLeJ5C0
 「というわけだから…… 白雪さん、考えておいてくれる?」 
 「考える、というと……」 
 「勿論、最後の台詞だよ」 
  
  与えられた試練、というわけだ。千夜は初めて、自分の役柄に重みを感じた。ただこなす、というわけにいかなくなった。 
27:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/01(火) 23:13:25.96 ID:6NLLeJ5C0
  クッキーを焼いた。シートを敷いた天板に、並べたのは花や木やハート。皿に移していた時、どうかした弾みに一つ、取り落とした。ペシャ、と小気味良くもない音を立て、それはへし折れた。元は星型だったそれの、テーブルの上、一つ角が分かたれた無残な姿に、首を撥ねられた死体の印象を重ね、体が首を離すまいと抗い続けたような屑の軌跡を眺め、不気味に感じるのと、虚しい気持ちとに襲われた。 
  
  昔の話だ。思い出しても色の付いていないような、いかにもノイズの走りそうな、瞳が紅く輝いていたのは信じられるけれど、それも感覚ではなく理屈でそれと分かるような、白と黒しかない世界の、その中で。 
  
  ちとせは優しく微笑んだ。優しく、優しく囁いた。 
28:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/01(火) 23:14:08.68 ID:6NLLeJ5C0
  そんな記憶を、バラバラになった陶器の破片を眺めながら喚び起こしていた。たまには事務所でトルコ風コーヒーを、気分も良いし、折角だから彼にもと、その机からマグカップを奪って来たのが失敗の始まりだった。一条を通じて述べるには千夜の記憶が飛んでしまったが、とにかく給湯室の床、かつては《ME BOSS,YOU NOT》と声高だったそれは、今や手榴弾にでもやられたように無残な最期を晒して散らばっている。 
  
  断末魔の叫びを聞きつけたか、タッタと足音を鳴らし、彼が顔を覗かせた。 
  
 「割れたか?」 
29:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/01(火) 23:14:51.14 ID:6NLLeJ5C0
  彼は悪戯っ子のように笑い、 
 「だな。怪我ないか?」 
 「いえ…… すみません。弁償します」 
 「弁償? そんなのいいんだよ。千夜が怪我してなくてよかった」 
 「……、それはまた後で、として。すぐ片付けますので」 
30:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/01(火) 23:15:28.44 ID:6NLLeJ5C0
  振り返ると、双葉杏が口に右手を当てている。千夜より頭ひとつ分低い妖精じみた身体に、着ているというより引っ掛けたような白いシャツは大胆に《ホリデイ》とあった。短いパンツから華奢な生脚がすらっと伸びており、千夜は裸足を連想してどきりとしたが、スリッパを履いていたので深い心配は要らないのだと分かった。一応手の平を向けて《危ないですよ》の意を通わせておく。 
  
  杏は床に、しげしげと視線を注いだまま言う。 
 「プロデューサーの? 見事にバラバラだねー。怒られたでしょ?」 
  
31:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/01(火) 23:15:55.55 ID:6NLLeJ5C0
 「いいえ」とかぶりを振って、ちょっと甘えていたかもしれない、と省みた。実際、罰されて当然の事はした。それで怒られると思わなかったとは、虫がいいのではなかろうか。 
  
 「そうなの? ふーん」 
  杏は尚も、概観以上の何かを見出そうとしているようだった。 
 「意外だなー。杏が落として割りかけたときは、こっぴどく言われたもんだけどね」顔も向けず話す。 
32:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/01(火) 23:16:28.69 ID:6NLLeJ5C0
 「贈り物……」 
 「そーそー」杏は声を低くして語った。「その先輩、プロデューサーに一から十まで叩き込んだ人なんだけどね、お母さんが病気になって、田舎に帰らなきゃいけなくなったんだって。プロデューサーも何とか引き留めようとしたんだけど、やっぱり駄目でね。それで最後の日、夏の日ね、ヒグラシとか鳴いてたの。見送りに行った電車の改札でさ、絶対トップアイドル育てて、世界のはじっこまで輝き届けてくれって、このカップ託されたんだ」 
  
  何かを確かめるように、千夜を覗き込む。 
 「それ以来、このカップは約束の…… ううん、これはプロデューサーの一等星――夢の象徴だったんだよ」 
33:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/01(火) 23:16:57.24 ID:6NLLeJ5C0
  話を聞いて、ふたたび破片を見返した。細かいものは少ないし、何処かが消えてなくなったということもないと思う。 
 「そっかそっか。こんなに大事な物壊されても、千夜の方を心配してたんだね」としみじみ杏。「ふーん。なんか、分かっちゃったなぁ。千夜がどんなに思われてるか」 
  
  千夜は落としていた視線を持ち上げた。 
 「それは、どういう――」 
34:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/01(火) 23:17:48.85 ID:6NLLeJ5C0
  彼が胸中の痛みなど感じさせない、いつも通りの顔をしていただけに、かえって躊躇われるなか、千夜は「あの」と切り出した。 
  
 「ん?」 
 「この度は、すみませんでした」 
  ここは誠心誠意と思い、頭も下げた。会釈程度に。 
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