47:こーじろう侍[sage]
2010/12/01(水) 04:44:55.68 ID:DhwUcOA0
その数日後、今度は「澪が帰って来るまで大学には行かない。帰って来た時に私達だけ上の学年だったら、澪が寂しがるからな」などと(そう言えば、昔見たアニメで主人公が事故で意識を失っている間、自身も学校に行かないで一緒に留年してしまうという、主人公依存にも程があるヒロインが居た事を思い出しながら、それみたいな)事まで言い出す等、正に澪姉が心配した通りの展開になってしまった。
だが、澪姉に姉ちゃんの事を託された以上(まあ、そうじゃなくても一応、家族だし)何とかしなければならないと思い、宥めたり、叱咤したり、澪姉の事を引き合いに出したりして、苦心の末どうにか立ち直らせたかと思えば、落ち込んでいた時の反動か、「よーし!こうなったら澪の分まで頑張っちゃうぞー!。それで澪が帰って来たら、私の事を梓と一緒に律先輩と呼ばせてやるんだ!」などと叫んで、俄然、気合とやる気を出し、昼夜を問わない猛勉強の末、姉ちゃんは第一志望の女子大に合格。幸い他の軽音部の人たちも全員、同じ大学に合格したみたいだった。
48:こーじろう侍[sage]
2010/12/01(水) 04:46:45.70 ID:DhwUcOA0
かくいう俺も、いつかは行ってしまうという事を知っていたとはいえ、この不意打ちの如き突然の電撃入隊にはショックを隠せなかった。澪姉の為に結局何も出来なかった事。何よりも期限不明(とうぶん)の間、会えなくなった事が、現実となって俺を苦しめた。それでも知っているのと知らないのでは違うもので、ある程度の覚悟が出来ていた事。メールでの連絡の取り合いが可能な事。澪姉は暫らくの間、留学しているのだと、都合よく解釈する事で、どうにか形だけでも立ち直る事が出来た。まあ、どうにもならなくなった時は、友人の鈴木をカラオケに誘ったりして、思いっきり歌う事でストレスを発散させたりしていたのだが。
それから俺は、澪姉を通じて彼女のメールとか、自分で調べたりして、現在の宇宙開発等、知った事も多かった。
まず驚いたのが、携帯のメールに関しては宇宙からでも普通に遅れるという事。知識として知っていただけで、実際に月から火星から届いたのには正直驚き、感動した。少なくても太陽系からなら、光速の早さでクリアに送受信できる様だ。しかし、それならばと一度、澪姉に直接、電話を掛けてみたのだが、流石に繋がらなかった。技術的には問題無い様なのだが、どうも通話や画像の送受信に関しては、ブロックが掛けられているらしかった。
49:こーじろう侍[sage]
2010/12/01(水) 04:48:55.14 ID:DhwUcOA0
今現在、月を中心に三万人以上の人が宇宙で働いているのだが、こと宇宙に関する情報、特にタルシス遺跡の出土品から得られたタルシアン文明の超テクノロジーの情報は、米国を中軸とする国連宇宙軍とNASAによってほぼ独占され、一般には情報規制されていた。
その様な宇宙情報関連の現状の中で、タルシアン調査団の情報だけは、例外的に数多く報道され、規制も比較的穏やかだった。
人類共通の謎の外敵タルシアンの脅威に曝(さら)されていると、人々に認識させることによって、計画の正当性を強調させるのと同時に、ある程度、調査団の情報を公開する事で、元々、一般人である選抜クルーへの処遇が人道的なものである事を示して、非難を避けようとする狙いがあったのかもしれない。
この様に、澪姉のメールは彼女の日常生活や訓練内容、安否を知る事が出来るのと同時に、今まで遠い世界の話だった宇宙を一気に身近なものへと感じさせ、宇宙への興味を抱かせた。
最初のメールが送られて来た月では、主にトレーサーの基本的動作の習得に時間を充てられたみたいだった。殆んどの選抜メンバーが習得出来た中、澪姉もどうにか習得できたようだった。中には精神的なものや事故等で落伍者が出て、地球に帰還した人もいたみたいだが、悪いとは思いつつも、それでもいいから還ってきてほしいなどと、どこか心の片隅で思ってしまう自分が居た。
50:こーじろう侍[sage]
2010/12/01(水) 04:50:00.24 ID:DhwUcOA0
月での訓練が終わると、火星に移っての訓練になるわけだが、ここでの訓練内容は対タルシアンを仮想した戦闘訓練に特化したもののように思えた。元々トレーサーは、惑星調査が目的で開発された物だが、その装備品によっては戦闘型モビルスーツと言われてもおかしく無いものになる。仮想タルシアンを敵とみなし、打つ、斬る、破壊する訓練(こうい)は、当初の目的であるタルシアンを追跡調査しコンタクトを取り、その目的や情報を得るというものだったと思うのだが、これでは戦闘になるのを前提にしているとしか思えない様に思う。澪姉達は調査員としてではなく戦士として養成されているのと同時に、命の危険に晒されているのと同じなのではないかと心配になって来る。
その後のメールによると、火星での訓練がひと段落したら、火星の名所(オリンポス山、マリネリス峡谷、タルシス遺跡等)を観光した様で、火星を出たらその次は、木星のエウロパに向かい、更には冥王星まで進み、そこではショートカット・アンカー探索をするらしかった。
俺は、木星に基地があるなんて聞いた事もないし、ネットのもどこにも情報の無い機密事項なのではないのかと、知ってしまった事に焦りを覚えたが、それよりも冥王星と言う単語が、俺と澪姉の距離を物理的にも精神的にも更に大きくさせた。
幼い頃、図鑑等で見た太陽系の最も外側にある準惑星。光速で跳べば大凡五時間程度の距離でも、ある意味、リアルな感覚として何十何百光年先の星々よりも、その果てしない距離感を感じさせた。
51:こーじろう侍[sage]
2010/12/01(水) 04:52:01.50 ID:DhwUcOA0
そして、ゆくゆくはショートカット・アンカーを使い、タルシアンに近づいてゆくのかもしれない。確かにショートカット・アンカーで彼ら(?)の軌跡をたどって往けば、彼らと接触できる可能性はかなり高くなると思う。しかし、彼に接触出来たとしてそれからどうなるのか、無事に任務を達成出来たとしてどうやって還ってくるのか、俺が調べた限りでは、ショートカット・アンカーは云わばワープ装置で一瞬にして何光年も先まで跳んで行けるというものだが、今まで見付かったアンカーは全て一方通行で行きのものに入ってしまったら、帰りのアンカーを使わない限り自力で帰らなければならない。しかも仮に見つかったとしてもどこに出るのか入ってみないと判らないので、迂闊には使えないというものだった。リシティアにはハイパードライブと言うワープ装置はあるにはあるのだが、不安な事ばかりだ。スケールが大き過ぎて考えれば考える程、気の遠くなる話だった。
あと、ある日を境に澪姉からメールが送られて来る件数が急に増えた。内容は、俺の大学受験の事、艦隊生活等の他愛もない事、それから頻(しき)りに俺の日常や高校生活等を聞いてくる様になった。結構細かいところまで聞いてくるので、俺は少し辟易気味だったのだが、こんな状況下であっても俺の事を心配してくれるのかと思うと嬉しくもあった。俺としては、澪姉が無事に任務を終えて、出来るだけ早く帰ってきてほしいと願うばかりだった。
と、言うか既に宇宙軍に特別に選ばれたメンバーとして入隊して、それ相応の年棒と将来が約束されているであろう澪姉より寧(むし)ろ、今年受験なのに未だどの大学、学部にするのかすら決めていなくて、何となく一日一日を過ごしている状態の俺の方が、心配しなければならない状況なんじゃないのかと思うのだった・・・。
52:こーじろう侍[sage]
2010/12/01(水) 04:55:25.99 ID:DhwUcOA0
2012年8月
白い雪が深々と降り積もる聖なる夜。街に広場に立てられた、電飾や煌びやかな飾りに彩られたクリスマスツリーの周りには、数多くの恋人達が、寄り添いながらツリーを見上げていた。
そして、私に傍らにも、私を包み込むようにして寄り添ってくれている男の子がいた。
53:こーじろう侍[sage]
2010/12/01(水) 04:56:49.71 ID:DhwUcOA0
「――――山さん、秋山さん!」
「あっ、あ、ひゃい!」
54:こーじろう侍[sage]
2010/12/01(水) 05:00:07.24 ID:DhwUcOA0
私は今、冥王星にいる。これまでの訓練で、トレーサーの操縦をほぼマスターした私達のここでの任務は、ショートカット・アンカーの探索とタルシアンの監視だった。とは言っても、探索、索敵そのものはトレーサー内蔵のコンピューターがやってくれるので、私達がやる事と言えば、気になった所を自由に飛び回る位なのだが、私達はこれを艦ごとに3班に分けて、8時間交代で行っていた。
「また、聡君の事を考えていたんでしょ」
先輩には珍しい少し非難する様な声だった。
55:こーじろう侍[sage]
2010/12/01(水) 05:04:00.11 ID:DhwUcOA0
「とにかく、帰艦しましょう。四房さんも戻って来てるから」
四房さんは、冥王星(ここ)に来る前、火星から木星に移動した頃に曽我部先輩に紹介されて知り合った人だ。彼女の駆るトレーサーは私達よりもかなりリシティアから離れていた所を探索していたのだが、こちらに向かって来るのが望遠モニター越しに確認出来た。ここ最近は、私と先輩と彼女の三人グループで探索する事が多くなった。
四房立旗(よつふさ たつき)さん。
56:こーじろう侍[sage]
2010/12/01(水) 05:06:06.69 ID:DhwUcOA0
「分かりました」
私はそう応えると、スティぐまを反転させ、曽我部先輩の駆るトレーサーと共にもう粗方、他のトレーサーが帰艦をし終えている、リシティアの着艦ゲートに向かって、アクセルペダルを踏む。その時だった!、突然、コックピット内に警戒アラームが鳴り響いた。
スティぐまに乗って初めての警戒アラームに、私の身体に緊張が奔(はし)った。私は、先輩との回線を一時的に切って警報(アラーム)の内容に耳を傾ける。
57:こーじろう侍[sage]
2010/12/01(水) 05:07:38.66 ID:DhwUcOA0
『探索作業中のトレーサーは、直ちに各母艦に帰艦せよ!』
艦からの指示に、内心安堵するが、念のため索敵をすると、赤い反応点が一つ、他のどのトレーサーよりも、私達を示す三つの緑の点の近くにあった。
「うそっ!近い!!」
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