222:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/11(土) 19:10:42.15 ID:87ru5DuQ0
硬直しているゼマルディに気づいていないのか、カランは疲れきった顔で目を閉じた。そして、よほど疲弊していたのか、何分も経たずにゼマルディの手を握りながら寝息を立て始める。
その手は、異常なほど冷たかった。体力が著しく低下しているせいがあるんだろう。事実、彼女の部屋の隅に丸められたシーツはほぼ血みどろの様子を呈していた。ここで行った羽生やしの儀式は、予想を遥かに超えて血を奪ったのだ。それに加えて無茶な動き、そしておそらくは大して食事を行っていないことで回復をしていないのだ。
左手でコップを握りながら、ゼマルディは小さくて柔らかい手をそっと外し、折れんばかりに歯を噛み締めた。
――俺は。
223:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/11(土) 19:11:11.09 ID:87ru5DuQ0
一目惚れとでもいうのだろうか。
それとも、運命とでもいうのだろうか。
あの腐った下層からこの子を見た瞬間、自分のことを救ってくれるのは彼女だけだと理由なき確信をした。
そう。
理由はないけど。
224:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/11(土) 19:11:46.88 ID:87ru5DuQ0
ここでルケンの花を置き去りにして逃げるのは容易かった。でも、それをしてしまったら。
彼女の願いを打ち払ってしまったら。
本当にこの子は、味方が誰一人といなくなってしまう。それは昨日、今日とストーカーのように花を通して気配や状況を感じたことによる一つの結論だった。
この子は今、自分を支えにして生きている。本当にそれだけなのだ。
折ることは出来ない。
225:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/11(土) 19:12:12.29 ID:87ru5DuQ0
俺に。
捨ててこいというのか。
正気の沙汰ではなかった。
ルケンの侮蔑を含んだ、見下すような視線を思い出す。あのクソガキの目を思い出す。
226:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/11(土) 19:12:40.57 ID:87ru5DuQ0
できる、わけがない。
無理だ。
無理だよ。
227:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/11(土) 19:13:27.68 ID:87ru5DuQ0
ゼマルディは発しかけていた滓のようなドス黒いものを、必死に喉の奥に飲み込んだ。そして何度か深呼吸をし、コップに入っている赤い花に目をやる。
――捨てるだけだ。
そう、捨てるだけ。
228:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/11(土) 19:14:26.49 ID:87ru5DuQ0
8 顔焼き
目が覚めた時、そこにゼマルディはいなかった。カランはもぞもぞと毛布の中で動き、しっかりと掴んでいたはずの手に暖かさがないのを、ぼんやりと瞳を開いて見つめていた。
――夢。
229:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/11(土) 19:14:54.98 ID:87ru5DuQ0
そうなのかもしれない。
そうなのかも、しれない。
何度も手を握って、そして開いてを繰り返す。
ルケンはこう言いたかったのかもしれない。
230:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/11(土) 19:15:25.60 ID:87ru5DuQ0
そうだ。
自分はそうやって馬鹿にされて、暴力のはけ口にされて。それでもニコニコ笑っていて。
我慢して。
我慢して、そして死ぬのを待っている。
231:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/11(土) 19:15:53.62 ID:87ru5DuQ0
――そうだよ。
夢なんだよ。
だから。
だから。
232:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/11(土) 19:16:22.49 ID:87ru5DuQ0
ゼマルディがいくら強くても、彼がルケンに太刀打ちできるとはカランは思っていなかった。信じていないわけではない。しかし、匂いを嗅いだだけで相手の本質をある程度理解できてしまうカランにとって、彼らを比べるのはあまりにも酷な事実だった。
どんなに頭が足りないカランでも、ゼマルディ、そしてルケンの違いなんてはっきりと分かる。
例えるなら白と黒。太陽と月。決して混ざり合わない、別物……対極に位置する本質を持つ人たちだ。
ゼマルディは、優しい。
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