過去ログ - 恒一「『ある年』の3年3組の追憶」
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46:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2012/08/06(月) 21:41:16.65 ID:4DOG5YTr0

知香姉さんはボクの家の近くにある喫茶店『イノヤ』のウェイトレスで、
昼間の間は実質上店長もしている。
この『イノヤ』は、元々姉さんの旦那さんである猪瀬さんが経営するバーで、
今は昼間が姉さん、夜は猪瀬さんがそれぞれメインとなって、店を切り盛りしている。
姉さんは職場でも“望月”の旧姓を使っているけれど、
戸籍上は“猪瀬知香”となっている、れっきとした既婚者なのだ。

ボクと姉さんは10歳以上も年が離れていて、
共働きのために家を留守にすることが多い母に代わって、
ボクが物心が付く前から、よく面倒をみていたらしい。
小さい頃から背が低く、華奢で女の子とよく間違えられるボクは、
幼稚園から小学校低学年の頃は、よく周りにからかわれて
泣きながら家に帰ったことが何度もあった。
そんな時、いつも優しく慰めてくれたのが姉さんだった。
三神先生のような年上の大人が好きになったのも、
ボクがいつも姉さんの後を追いかけていたからだという自覚はある。

ボクと姉さんが母親の違う腹違いの姉弟ということを知ったのは、
小学校に上がったばかりの頃だっただろうか?
お盆にお墓参りに行った時に目にした、
赤字で書かれたボクのお父さんの名前に記された妻という漢字。
お母さんはいるのに、なんでだろう?と思ってお母さんに尋ねて、
ボクは知香姉さんの事情を知った。

確かに言われてみれば、姉が弟に「○○君」と言うのも今思えば不自然だったし、
年があまり離れていないお母さんと姉さんは、
まるで姉妹のように仲が良かったが、
お互いに必要以上に気を遣っているところも窺えた。

数年前に姉さんが話してくれたことがある。

「実はね。新しいお母さんができるってお父さんから言われた時は、
本当言うと嫌で仕方なかったの。結構くずったみたいだし。
お父さんを、新しいお母さんに取られるんじゃないかなって思ったのかな?
でもね。お母さんはあたしを本当の子供のように可愛がってくれたわ。
それこそあたしと優矢君を分け隔て無く、育ててくれたし・・・
あたしはこの家に生まれて育ったことを誇りに思ってるわ。
だから結婚しても、こうして“望月”の名前を使ってるのよ」

望月家の人間であり続けることが、お嫁に行くまで育ててくれた、
お父さんと今のお母さんへの恩返しの一つなのだろう。

そして今、コーヒーを飲んでいるボクに、姉さんはこう言った。

「優矢君。もし何か辛いことがあっても、あたしは優矢君の味方だからね。
一人で思い詰めて苦しんでる優矢君の姿は見たくないし、
悩みがあったら、このお姉ちゃんが相談に乗ってあげるわ。
嬉しいことは二倍分、悲しみは半分こ。それが姉弟でしょ?」

ああ、聞いているうちに、目の前の姉さんがどんどんぼやけて見えた。
今日の辛くて恐ろしい出来事で、氷のように凍てついたボクの心を溶かしてくれる。
姉さんの言葉は、このコーヒーの何百倍も温かかった。

「ぐすっ、姉さん・・・ボクは・・・ボクはっ・・・!」

緊張の糸が一旦解れたら、後はもう涙が出るに任せる他なかった。
うつむいたまま泣いているボクを、姉さんは黙って抱きしめた。
後で思えば、むちゃくちゃ恥ずかしい思い出である。
でも、その時は姉さんの温もりが、ただひたすら愛しかった。



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