6: ◆bsVOk5U9Es[saga]
2013/08/28(水) 21:11:47.43 ID:0wTRHLBzo
そんな穏やかさを見せる景色とは裏腹に、病院内は大童でありました。その時分には、既に母の陣痛が始まっていたそうなのです。
商売とはいえ、年末年始も休むことの出来ないお医者様には大変頭が下がる思いで一杯です。特にお正月に生まれた私は足を向けて寝る訳にはいかないでしょう。
俄に慌ただしくなった院内でしたが、そんな中で父が目を覚ましたのは、お産も済み後は産湯に入れるだけとなった頃合いだったそうです。
我が父ながら、初産の母をおいて一人眠りこけていたというのですから、さすがに閉口せざるを得ませんでした。
7: ◆bsVOk5U9Es[saga]
2013/08/28(水) 21:12:21.37 ID:0wTRHLBzo
私を抱いた父は、酷く興奮して何度も何度も夢をみたと医師に看護師に、そして母に繰り返しました。
産後の疲れもあり、要領の得ない父の言葉に母は苛立ちを隠せなかったらしく、院内に響き渡るほどの声量で彼を一喝した話は、いまだに我が家の笑い話として残っています。
そのお陰で漸く落ち着いた父が口にしたのは次のようなことでした。
8: ◆bsVOk5U9Es[saga]
2013/08/28(水) 21:12:53.47 ID:0wTRHLBzo
曰く
夢をみた。それも大変ありがたい夢であった。
初夢に出ると良いとされる富士と鷹と、そして茄子が出てきた。
目が覚めたら娘は既に産まれており、昔の人の話も馬鹿にできないと思った。
9: ◆bsVOk5U9Es[saga]
2013/08/28(水) 21:13:19.69 ID:0wTRHLBzo
そうしてこの世に生を受けたのがこの私であるのです。
鷹富士というありがたい家に生まれ、茄子と書いてカコ。一月一日に両親の腕へと迎えられ、院内の窓からは八雲山を望む景色が広がっておりました。
10: ◆bsVOk5U9Es[saga]
2013/08/28(水) 21:14:15.60 ID:0wTRHLBzo
出生から出来過ぎていた私でしたが、まさか自分の運命までも大きく変えてしまうような出来事にまでも遭遇するとは露ほどにも思ってはいませんでした。
11: ◆bsVOk5U9Es[saga]
2013/08/28(水) 21:14:55.88 ID:0wTRHLBzo
その日の私は、島根の実家を出て一人岡山駅へと向かっておりました。
いま話題のアイドルグループである、トライアドプリムスの三人が岡山で小さいながらもライブを行うとの話を耳にしたのです。
私はアイドルに熱烈な興味を抱いていた訳ではありませんでしたが、運の良さで世の中を二十年とちょっとを渡り歩いてきた自負があります。
ブラウン管の向こうに住まう方々が、こんなにも近くまで来るというのはきっと何かの巡り合わせ。
12: ◆bsVOk5U9Es[saga]
2013/08/28(水) 21:15:26.47 ID:0wTRHLBzo
トライアドプリムスの一人、渋谷凛さんは既にソロデビューを果たし、ヒットチャートにも名前が挙がり始めた頃合いでしたので、ユニット結成の報は人々の興味を充分に惹いたことでありましょう。
ですから、チケットを入手するのも困難かと思われましたが、そこは運の良さに定評のある私です。大して労せずにそれなりの席を確保することが出来ました。
そして迎えた当日であり始まりの日。
今日は一体どんな面白いことが待ち構えているのだろう。
13: ◆bsVOk5U9Es[saga]
2013/08/28(水) 21:16:07.79 ID:0wTRHLBzo
岡山駅に着いたのは、時計の針が十二を指して綺麗に重なっていた時のことです。
入場が十六時半からですので、少し時間が空くことになります。
すっかり空っぽになってしまったお腹が今にも悲鳴を上げそうでしたが、私はまず宿の確保へと向かいました。
折角遠出をして来たのですから、明日一日は街中を面白いことを探して練り歩き、明後日の電車で島根へと帰るつもりでいたのです。
14: ◆bsVOk5U9Es[saga]
2013/08/28(水) 21:17:03.53 ID:0wTRHLBzo
土曜の昼間ということもあり、往来は人々で賑わっておりました。
大変に天気の良い日ですから、家族連れの姿も多々目につきます。
両親に挟まれた女の子が仲睦まじく両の手を繋いでいる様子などを見れば、自身の幼かった頃が思い出されて非常に温かな気持ちとなりました。
「次の休日は、両親と一緒に何処かへ行こうかしら。」
15: ◆bsVOk5U9Es[saga]
2013/08/28(水) 21:17:56.14 ID:0wTRHLBzo
スーツ姿の男性と、双子なのでしょうか顔つきの似通った女の子が二人。甘い香りが漂う洋菓子屋さんの前で話し込んでいました。
私が立ち止まって見ていると、男性は彼女たちを残して一人店内へと入っていきます。
すると彼女のたちは、弾かれるようにしてその隣にあるコンビニへとぱたぱた駆けて行くのです。
とりたて珍しい光景ではないのかもしれませんが、なぜだがその時の私は彼女たちのことが無性に気になってしまい、後を追うようにしてコンビニの自動ドアを抜けました。
店内をきょろきょろと見渡すと、先程の二人が化粧室へと駆け込む姿が見られます。
16: ◆bsVOk5U9Es[saga]
2013/08/28(水) 21:18:31.83 ID:0wTRHLBzo
コンビニを出ますと、先程の二人は洋菓子屋さんの前できゃあきゃあと何やら楽しげな様子であります。
男性の姿はありません。まだ店内から戻ってはいないようです。それも無理のないことでしょう。
少し離れたこの場所でさえ、甘く幸せな匂いが鼻腔へと届くのです。店の外ですらそうなのですから、中の様子は言わずもがな。
それに加えて視覚にまで訴えかけてくるのですから、時間がかかるのも当然でしょう。
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