51: ◆ukweaVAfH6[saga]
2014/01/18(土) 00:43:20.58 ID:x25tlFGs0
けれども、いくら繰り返し、繰り返し僕が練習を重ねても弾けそうにもない難曲というのが
この世には沢山あって、少しずつ褒めてもらえることが減っていった。
観客からの喝采は飽きるほどに浴びることができていたのに。
母『もっと頑張れるよ男なら!』
52: ◆ukweaVAfH6[saga]
2014/01/18(土) 00:48:41.65 ID:x25tlFGs0
ある日、僕はピアノのレッスンの最中にうまく弾けないことに苛立って、
癇癪を起こしてしまった。
講師からの連絡を受けた慌てて母が駆けつけて、見慣れない僕の姿を見て、こう言った。
53: ◆ukweaVAfH6[saga]
2014/01/18(土) 00:51:50.37 ID:x25tlFGs0
そして今の僕は、道の駅の剥製のように。古ぼけたあのアップライトピアノのように……。
ひたすらに始まりのメヌエットを弾くだけになってしまった。
そして、母と父も壊れてしまった。
僕の事故をきっかけに父は家に帰るのが遅くなり、母は僕に気を遣いすぎて……
54: ◆ukweaVAfH6[saga]
2014/01/18(土) 00:57:45.14 ID:x25tlFGs0
女「あんた、いい加減前に進んだらどうなの?」
男「前に進むったって……どうしようもないよ」
努めて冷静に言おうとしても、声が震えているのが自分でもよく分かる。
55: ◆ukweaVAfH6[saga]
2014/01/18(土) 01:06:26.44 ID:x25tlFGs0
重苦しい沈黙を破るように女が口を開いた。
女「店長さんから聞いたよ。すごい久しぶりにメヌエット以外の曲を弾いたんだってね。店長さんと女の
子のために」
56: ◆ukweaVAfH6[saga]
2014/01/18(土) 01:09:48.52 ID:x25tlFGs0
手を引かれるがまま、僕は店長のお店に連れて行かれ、
女といくつか言葉を交わした店長によってタキシードに着替えされられていた。
着慣れない服に居心地の悪さを感じながらも、相棒の前に座って女が帰ってくるのを待つ。
57: ◆ukweaVAfH6[saga]
2014/01/18(土) 01:17:31.63 ID:x25tlFGs0
幾ばくか緊張がほぐれたおかげで少しだけ周囲を見る余裕が生まれていた。
日焼けしてぼろぼろの僕の相棒を慈しむように撫でる。
本当に僕とお前は似たもの同士だな……。
少しだけ、力を貸してくれるかな……。
58: ◆ukweaVAfH6[saga]
2014/01/18(土) 01:22:37.65 ID:x25tlFGs0
簡単なこの曲を慈しむように奏でる。3才の僕が奏でて褒められたメヌエットを。
多少のミスタッチは気にしない。響いてくれればいい。歌ってくれればいい。
僅か1分と少しのこの曲をこの場所にいる幾人かに届けられればいい。
59: ◆ukweaVAfH6[saga]
2014/01/18(土) 01:26:53.39 ID:x25tlFGs0
最後の一音が目の前に迫ってくる。後少し、あと少しで終わる。
……僕の手が最後の鍵盤を押さえている。これを離してしまえば、
全てが終わってしまう。どうしようもなく怖い。見捨てられてしまうのがとても怖い。
60: ◆ukweaVAfH6[saga]
2014/01/18(土) 01:30:30.20 ID:x25tlFGs0
母「……男、よく頑張ったわね。上手だったわ」
父「男、お前は凄いよ。ずっとピアニストだ。俺たちの誇りだ」
男「お母さん、お父さん……。ありがとう」
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