48: ◆ukweaVAfH6[saga]
2014/01/18(土) 00:32:12.40 ID:x25tlFGs0
 女「あんた……どうしたのそれ?」 
  
 男「……はあはあ……」 
  
 女「もやしの癖に走るから……まあいいや、入りなよ」 
49: ◆ukweaVAfH6[saga]
2014/01/18(土) 00:34:51.94 ID:x25tlFGs0
 女「ほれ、飲みなよ」 
  
 男「ありがとう」 
  
 一息に水を飲み干して、ようやく一息つくことができた。 
50: ◆ukweaVAfH6[saga]
2014/01/18(土) 00:39:59.25 ID:x25tlFGs0
 僕は、将来を嘱望されたピアニスト……正確にはピアニストの卵だった。 
 色々なコンクールに出て、当たり前のように優勝して、難しい曲だって何でも弾ける、 
 そう思っていた。 
  
 父と母も僕のことを大いに応援してくれていて、時に厳しく、時に優しく僕のことを 
51: ◆ukweaVAfH6[saga]
2014/01/18(土) 00:43:20.58 ID:x25tlFGs0
 けれども、いくら繰り返し、繰り返し僕が練習を重ねても弾けそうにもない難曲というのが 
 この世には沢山あって、少しずつ褒めてもらえることが減っていった。 
 観客からの喝采は飽きるほどに浴びることができていたのに。 
  
 母『もっと頑張れるよ男なら!』 
52: ◆ukweaVAfH6[saga]
2014/01/18(土) 00:48:41.65 ID:x25tlFGs0
 ある日、僕はピアノのレッスンの最中にうまく弾けないことに苛立って、 
 癇癪を起こしてしまった。 
  
 講師からの連絡を受けた慌てて母が駆けつけて、見慣れない僕の姿を見て、こう言った。 
  
53: ◆ukweaVAfH6[saga]
2014/01/18(土) 00:51:50.37 ID:x25tlFGs0
 そして今の僕は、道の駅の剥製のように。古ぼけたあのアップライトピアノのように……。 
 ひたすらに始まりのメヌエットを弾くだけになってしまった。 
  
 そして、母と父も壊れてしまった。 
 僕の事故をきっかけに父は家に帰るのが遅くなり、母は僕に気を遣いすぎて…… 
54: ◆ukweaVAfH6[saga]
2014/01/18(土) 00:57:45.14 ID:x25tlFGs0
 女「あんた、いい加減前に進んだらどうなの?」 
  
 男「前に進むったって……どうしようもないよ」 
  
 努めて冷静に言おうとしても、声が震えているのが自分でもよく分かる。 
55: ◆ukweaVAfH6[saga]
2014/01/18(土) 01:06:26.44 ID:x25tlFGs0
 重苦しい沈黙を破るように女が口を開いた。 
  
 女「店長さんから聞いたよ。すごい久しぶりにメヌエット以外の曲を弾いたんだってね。店長さんと女の 
   子のために」 
  
56: ◆ukweaVAfH6[saga]
2014/01/18(土) 01:09:48.52 ID:x25tlFGs0
 手を引かれるがまま、僕は店長のお店に連れて行かれ、 
 女といくつか言葉を交わした店長によってタキシードに着替えされられていた。 
  
 着慣れない服に居心地の悪さを感じながらも、相棒の前に座って女が帰ってくるのを待つ。 
  
57: ◆ukweaVAfH6[saga]
2014/01/18(土) 01:17:31.63 ID:x25tlFGs0
 幾ばくか緊張がほぐれたおかげで少しだけ周囲を見る余裕が生まれていた。 
 日焼けしてぼろぼろの僕の相棒を慈しむように撫でる。 
 本当に僕とお前は似たもの同士だな……。 
 少しだけ、力を貸してくれるかな……。 
  
58: ◆ukweaVAfH6[saga]
2014/01/18(土) 01:22:37.65 ID:x25tlFGs0
 簡単なこの曲を慈しむように奏でる。3才の僕が奏でて褒められたメヌエットを。 
 多少のミスタッチは気にしない。響いてくれればいい。歌ってくれればいい。 
  
 僅か1分と少しのこの曲をこの場所にいる幾人かに届けられればいい。 
  
59: ◆ukweaVAfH6[saga]
2014/01/18(土) 01:26:53.39 ID:x25tlFGs0
 最後の一音が目の前に迫ってくる。後少し、あと少しで終わる。 
  
 ……僕の手が最後の鍵盤を押さえている。これを離してしまえば、 
 全てが終わってしまう。どうしようもなく怖い。見捨てられてしまうのがとても怖い。 
  
60: ◆ukweaVAfH6[saga]
2014/01/18(土) 01:30:30.20 ID:x25tlFGs0
 母「……男、よく頑張ったわね。上手だったわ」 
  
 父「男、お前は凄いよ。ずっとピアニストだ。俺たちの誇りだ」 
  
 男「お母さん、お父さん……。ありがとう」 
61: ◆ukweaVAfH6[saga]
2014/01/18(土) 01:37:32.05 ID:x25tlFGs0
 エピローグ 
  
 女「ほんと良かったよね。無事元通りになれて」 
  
 男「うるさいなー。もういいだろ?それは……」 
62: ◆ukweaVAfH6[saga]
2014/01/18(土) 01:43:37.98 ID:x25tlFGs0
 www.youtube.com 
 ラヴェル……亡き王女のためのパヴァーヌ 
  
 www.youtube.com 
 ショパン……エチュード10-3 別れの曲 
63: ◆ukweaVAfH6[saga]
2014/01/18(土) 01:47:00.39 ID:x25tlFGs0
 追記。 
  
 >>43様 
 コメントへの返信が遅くなり申し訳ありません。 
 ピアノいいですよね。昔習っていましたが今は 
64:以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします[sage]
2014/01/18(土) 01:55:09.00 ID:rBxDwmFn0
 乙です。とても綺麗で引き込まれる物語でした! 
  
65:以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします[sage]
2014/01/18(土) 02:15:27.45 ID:KmrBJlipo
 ピアノは私も同時に片手しか動かないです。 
 ト音記号を左手で、右手で交互に弾く以外両手は使いません。 
  
 右手に、左手のヘ音記号の楽譜部分を合わせるのなんか厳しすぎてもう……… 
66:以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします[sage]
2014/01/18(土) 02:42:08.70 ID:P4jVgn+/o
 乙 
 ペツォールトのメヌエットなら昔弾けたんだが今はどうだか 
67: ◆ukweaVAfH6[saga]
2014/01/18(土) 10:23:42.56 ID:8rt3euZD0
 皆様コメントありがとうございます。 
  
 >>64様 
 とても嬉しいコメントありがとうございます。 
 綺麗なんて、最大限の褒め言葉ありがとうございます。 
68: ◆ukweaVAfH6[saga]
2014/01/18(土) 15:51:56.92 ID:7HGpu+hU0
 それでは皆様ありがとうございました。 
  
 見なおしてみると一人称が変わってたり、名前が統一されていなかったり、 
 ちょろちょろっとやらかしていましたが、そんなもんかなと思います。 
  
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