2: ◆aC0nKsFZuuYT[saga]
2014/07/29(火) 19:51:54.56 ID:fTmjfMZhO
暑さが厳しい夏の日。すっかりメジャーとなった765プロ。その事務所の中で、キーボードを打つ音が響く。
「暑いわね…。」
日は傾いていた。それでも夏の蒸し暑さは緩まず、誰もいない事務所で、そう呟いた。
3: ◆aC0nKsFZuuYT[saga]
2014/07/29(火) 19:53:35.69 ID:fTmjfMZhO
『水瀬伊織』という名を半年前まではおそらく知らぬ人はいなかっただろう。彼女がトップアイドルの地位を確立したのは5年前の話だが、その人気は一向に衰えなかった。
「髪、短くなったわね。」
「そうね、少し邪魔だったから。」
4: ◆aC0nKsFZuuYT[saga]
2014/07/29(火) 19:55:00.70 ID:fTmjfMZhO
「やっぱり、彼のことかしら。」
「…そうよ、あいつは…一年で戻ってくるって言った。でも…二年経っても、三年経っても帰ってこなかったわ。それでも…もしかしたら帰ってくるかもしれないから待っていたわ。心の中ではわかっていたのよ…。でもっ…!」
「伊織…。」
5: ◆aC0nKsFZuuYT[saga]
2014/07/29(火) 19:57:13.18 ID:fTmjfMZhO
その後の言葉を、律子は言わなかった。いや、言えなかったのだろう。5年という長い年月で、彼女がどれほど苦しんだのだろう。彼女はその苦しみを乗り越えようとしている。この先の言葉を言ったら、また彼女を苦しめることになるかもしれない。そんなことを考えていると、律子は言葉がでなかった。
「…結局。プロデューサーという職に就いた時点で、あいつのことを諦めきれていない証拠なのよね。」
そう言うと、伊織は力無く鼻で笑った。夕日を浴びた顔は、一層輝きを増していた。
6: ◆aC0nKsFZuuYT[saga]
2014/07/29(火) 19:58:34.65 ID:fTmjfMZhO
「私だけだわ。いまだに現実を見ていない。みんな、しっかり現実を見ようとしているのに…。」
「ねぇ、伊織。あなたがプロデューサー殿とどういう関係だったかは、この事務所のみんなが知っているわ。だからみんな、あなたがどれだけ傷ついているかわかっているつもりよ。でも、過去に縛られたままで、楽しかった思い出までも無くしてしまうのはダメだと思うわ。」
「あんたと私。さっきと言っていることが逆ね。」
7: ◆aC0nKsFZuuYT[saga]
2014/07/29(火) 20:00:47.81 ID:fTmjfMZhO
車を運転しながら、伊織は考えていた。逃げていると言われ、何も言い返せなかった。自覚はあった。みんなが、彼の思いを受け取り、アイドルを続けていた。美希だって辛かったであろう。いや、今も苦しんでいるかもしれない。それでもアイドルを続けていた。彼の願いを実現させるために。それなのに、みんなより先にトップアイドルになった自分はアイドルを引退した。彼がいない苦しみに耐えきれず、逃げていた。笑うことまで…忘れていた。
「…わかっているわよ…そんなこと。」
自分に言い聞かせるように言った。その目は泳いでいた。逃げていただけの自分を一番変えたいのは、他ならない自分だからだ。
8: ◆aC0nKsFZuuYT[saga]
2014/07/29(火) 20:02:04.18 ID:fTmjfMZhO
「…もしもし律子?どうしたの。」
『伊織。今ね、ハリウッドにいた凄腕の敏腕プロデューサーが日本に来ているの。そういうのは私よりあなたが適任だと思ってね。行ってくれるかしら?』
「はぁ?ハリウッドの敏腕プロデューサー?なんでわざわざ私が会わなきゃいけないわけ?春香はどうすんのよ。」
9: ◆aC0nKsFZuuYT[saga]
2014/07/29(火) 20:03:33.26 ID:fTmjfMZhO
「ハリウッド…ねぇ…。」
その言葉を聞くと嫌でも思い出してしまう。ついさっき、決意を固めたはずなのに。
「私、こんなに弱い女だったかしら。」
10: ◆aC0nKsFZuuYT[saga]
2014/07/29(火) 20:05:26.98 ID:fTmjfMZhO
「…好都合ね。さて、敏腕プロデューサーとやらはどこかしら。」
その時。伊織は少し疑問を持った。
「律子は、なんでこのことを知っていたの…?」
11: ◆aC0nKsFZuuYT[saga]
2014/07/29(火) 20:06:43.48 ID:fTmjfMZhO
ハリウッドに律子の知り合いはいたか。そんなことを聞いたことはない。…いや、聞いたことがなくても知っているはずだ。
「まさか…。いや、そんな…。」
あるわけがない。5年も音信不通だった人間が、いまさらひょっこりと帰ってくるのか。だが、一番しっくりくる回答だった。
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