過去ログ - 渋谷凛「私は――負けたくない」
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263: ◆SHIBURINzgLf[saga]
2015/08/10(月) 03:46:44.19 ID:s8phhYh5O
Pは、梅雨が好きではない。

それは、所有している楽器が湿気を吸ってコンディションを保ち難いと云う個人的な理由が一番大きいが――
無論、世の中が陰気になる、この時期特有の性質も、苦手と形容するに充分な理由だ。

以下略



264: ◆SHIBURINzgLf[saga]
2015/08/10(月) 03:47:31.37 ID:s8phhYh5O
「おはようございます」

入ってきたのは、スクールバッグを肩へ掛けた凛。

既に夕刻であるが、芸能界の挨拶はいつでも『おはよう』だ。それはたとえ陽が落ちていようとも変わらない。
以下略



265: ◆SHIBURINzgLf[saga]
2015/08/10(月) 03:48:02.05 ID:s8phhYh5O
凛は、ちひろに会釈を返しつつ、Pが書類と格闘している事務机まで、つかつかと直行する。

「ねぇ、プロデューサー。私が云うのは変かも知れないけどさ――」

矢庭に話しかけると、机の天板に右手を添えて、Pを覗き込んだ。
以下略



266: ◆SHIBURINzgLf[saga]
2015/08/10(月) 03:48:32.08 ID:s8phhYh5O
彼女の瞳はやや険しくなっている。

無作法で、無遠慮で、無愛想な、碧い宝石。

その奥に在るものを、吐き出したいのに吐き出し切れない、そんな眼。
以下略



267: ◆SHIBURINzgLf[saga]
2015/08/10(月) 03:49:02.09 ID:s8phhYh5O
軽く頷いて、棚から一つのファイルを取り出す。

「俺も、そろそろかなと思っていたんだ」

何枚か束ねられている紙には、中堅企業の広告モデル案件が書かれていた。
以下略



268: ◆SHIBURINzgLf[saga]
2015/08/10(月) 03:49:37.89 ID:s8phhYh5O


――

結論から云えば、仕事は失敗した。
以下略



269: ◆SHIBURINzgLf[saga]
2015/08/10(月) 03:50:05.75 ID:s8phhYh5O
日頃のトレーニングでは、ビジュアルレッスンの項目で様々な感情の表現を練習してはいるのだが――
こと笑顔に関しては、そこですら満足にこなせないのだ、急に仕事でやろうとしたところで結果は云わずもがな。

この日の彼女は、『爽やかさ』『爽快感』とはおよそ懸け離れた体たらくだった。

以下略



270: ◆SHIBURINzgLf[saga]
2015/08/10(月) 03:51:02.31 ID:s8phhYh5O
結局、撮影スタジオを押さえられる時間の限界がきて、この話はご破算。

「だから私は愛想よく振る舞えないって云ったでしょ!」

「そんなこと云われたって、まさかここまでとは思わないだろ!」
以下略



271: ◆SHIBURINzgLf[saga]
2015/08/10(月) 03:51:42.25 ID:s8phhYh5O
やれ先輩の顔に泥を塗った、やれ前途が気がかりだ、やれ事務所の悪評が広がってしまう、エトセトラ。

ここが往来の多い道ではないのは、不幸中の幸いだろう。

社会人として、他人の面目を潰すのは最も重い行為だ。Pが語気を強めるのも、これまた無理のないこと。
以下略



272: ◆SHIBURINzgLf[saga]
2015/08/10(月) 03:52:09.16 ID:s8phhYh5O
「普通って何、普通って!? 私にとっては……この自分が普通なのに……!」

拳を握って、身体を震わせる。

確かに、Pが社長から渡された彼女に関する書類の注記欄には、無愛想を考慮すべきこととして挙げられていた。
以下略



273: ◆SHIBURINzgLf[saga]
2015/08/10(月) 03:52:43.37 ID:s8phhYh5O
凛の覇気が急速にしぼんだことで、Pはやや冷静さを取り戻した。

そしてようやく、目の前で弱々しい瞳が揺れている事実に気付いた。

アイドルは偶像で、商品であることに疑いの余地はあるまい。
以下略



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