2: ◆sIPDGEqLDE[sage saga]
2015/10/07(水) 15:28:46.52 ID:1tXlvZV40
都心から少しだけ外れた場所に、その古びた建物は立っています。
今でこそ郊外に、お城のような居を構える私達の事務所ですが、始まりは、こんな小さな雑居ビルの一室でした。
ビルの一階にはコンビニが入っていて、事務所の皆と、レッスンの前後に飲み物やお菓子を買いに行ったのが、昨日の事のように思い出せます。
看板やら何やら全て撤去されたそこには、掲示されてからだいぶ経つであろうテナント募集の文字が。
3: ◆sIPDGEqLDE[sage saga]
2015/10/07(水) 15:29:18.19 ID:1tXlvZV40
ドアノブに伸ばした手を引っ込め、数歩後ろに下がり、背後にある手すりに両肘をついて身体を預けます。
ビルの三階から見える景色は、あの頃とはあまり変わっていません。
けれど、同じ場所から見る景色は、確かに変わってしまったのだと思えました。
19歳になった私は、ここに事務所を構えていた頃よりも背は伸び、視点が変わって、あの頃見えなかった物も見えてしまいます。
4: ◆sIPDGEqLDE[sage saga]
2015/10/07(水) 15:30:27.56 ID:1tXlvZV40
ため息を一つ。
そして改めて背後にある扉へと向き直りました。
開かないと分かっていても、それでも試さずにはいられませんでした。
5: ◆sIPDGEqLDE[sage saga]
2015/10/07(水) 15:31:38.17 ID:1tXlvZV40
オフィス部分は窓から陽の光が差し込んでいたためまだ明るかったけれど、ここは開いたドアから入ってくる僅かな光しかないため薄暗い。
入ってすぐの所に置かれたソファーのホコリをタオルで拭い、腰掛けて、それから横になります。
髪にホコリがつかないように、タオルの綺麗な部分を頭に当てて、目を閉じたら、すぐに眠気が訪れました。
このまま一眠りしようかな、と思った時です。
6: ◆sIPDGEqLDE[sage saga]
2015/10/07(水) 15:32:22.51 ID:1tXlvZV40
誰にも何も言わずやって来たのに、どうしてプロデューサーさんがここにいるのでしょうか。
「どう……して……?」
7: ◆sIPDGEqLDE[sage saga]
2015/10/07(水) 15:32:51.16 ID:1tXlvZV40
今朝のちひろさんとの話は、ここを取り壊すことが決まったという話でした。
訳も分からず受けたオーディションで、訳も分からず合格して、やって来たこの事務所。
ホラー映画とかに出てきそうな外観が最初に気に入って、でも、レッスンしたり、皆とお話したりしたこの事務所が、私は好きでした。
おっきなお城のような事務所に変わった今でも、私はこの場所が、好きです。
8: ◆sIPDGEqLDE[sage saga]
2015/10/07(水) 15:33:20.99 ID:1tXlvZV40
「わ、私は……ここが好き……だから。な、なくなっちゃう……のは……いやです」
こんなことを言って、困らせちゃうかな。
けれど、これが私の本心だから。
9: ◆sIPDGEqLDE[sage saga]
2015/10/07(水) 15:34:08.05 ID:1tXlvZV40
「でもな、小梅。確かにここは取り壊される。けど、ここで皆と過ごした時間は、ちゃんと小梅の中にある」
むき出しのコンクリートの床に、ゴツゴツとした靴音が響きます。
音が止むと、プロデューサーさんが目の前にしゃがんでいました。
10: ◆sIPDGEqLDE[sage saga]
2015/10/07(水) 15:34:40.92 ID:1tXlvZV40
「さて、そろそろ帰ろう。いくら元事務所とはいえ、こう薄暗いとなんか、出そうというか……」
「だ、大丈夫……だよ……み、みんな一緒に……今の事務所に……行ったから……こ、ここには誰も……」
11: ◆sIPDGEqLDE[sage saga]
2015/10/07(水) 15:35:19.68 ID:1tXlvZV40
プロデューサーさんに手を引かれて、外に出てコンクリートの階段を降りまします。
帰り際、少しだけ振り返ると、何となく建物が悲しそうに見えました。
その姿に、ここが、終わってしまった場所なんだと、思えてしまって。
だから私は。
12: ◆sIPDGEqLDE[sage saga]
2015/10/07(水) 15:35:45.55 ID:1tXlvZV40
――――それから一年が経って。
「よし、それじゃあレッスン行くぞ」
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