1:名無しNIPPER[saga]
2015/11/26(木) 16:49:51.74 ID:+iT0SMHJo
「歌って踊れる声優アイドル目指して、ナナはウサミン星からやってきたんですよぉっ!
キャハっ! メイドさんのお仕事しながら夢に向かって頑張ってまーすっ!」
私は一息にまくしたてて、ポーズをとった。
喫茶店のお客は急に席を立った私へ冷えた目を向けていたけれど、そんな目にはもう慣れっこだった。
前回のオーディションも、前々回のオーディションも、
前々々回だって前々々々回だって私は同じセリフを言って、同じポーズをとった。
審査員を務める誰々さんは毎度毎度違う人だったけれど、
私に見せる表情は毎度毎度同じで、この喫茶店のお客と似ていた。
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2:名無しNIPPER[saga]
2015/11/26(木) 16:50:39.15 ID:+iT0SMHJo
さて、肝心のプロデューサーさんはテーブルの向かいで身じろぎ一つせず、
私の自己紹介に苦笑いするでもなく呆れるでもなく「ふむ」と軽く頷いただけだった。
「僕の受け取ったデータには、まったく記録されていませんでした」
3:名無しNIPPER[saga]
2015/11/26(木) 16:51:20.34 ID:+iT0SMHJo
「ここで言う小惑星というのは岩の塊ではなく天体のことなんですけれども、
小惑星センターに正式登録された天体には小惑星番号っていうのがあるんですよ。それで、ご存知だったら……」
「え、えーっと……すみません、ご存知じゃないです」
4:名無しNIPPER[saga]
2015/11/26(木) 16:52:00.97 ID:+iT0SMHJo
彼の話を聞いているうちに、胸の辺りがジーンと熱くなり、鼻がツンとしてきた。
――私、本当にアイドルになれるんだ。
ピー年間の紆余曲折を経て、ようやく夢を叶えたという実感がわいてきた。
5:名無しNIPPER[saga]
2015/11/26(木) 16:53:19.42 ID:+iT0SMHJo
「それで、これからのスケジュールですが……」
プロデューサーさんは一通りの話を終えると、ホチキスで留めた紙束をテーブルへ出した。
これが恐ろしかった。彼は「最初のライブへの出演を目処に」と前置いて、紙束を捲りながら一日刻みのスケジュールを説明した。
この日は何時から何時までどこで何のレッスンをして、次の日は……という具合に。
6:名無しNIPPER[saga]
2015/11/26(木) 16:54:23.10 ID:+iT0SMHJo
私は姿勢を正して「ひとつだけいいですか」と言った。
「月曜日と水曜日と日曜日のレッスンは、時間をずらしてもらっても、いいでしょうか」
「では午前中にレッスンをするということですか?」
7:名無しNIPPER[saga]
2015/11/26(木) 16:55:43.69 ID:+iT0SMHJo
「先ほども説明しましたけど、プロダクションから給料は出ますよ」
「あ、はい……それは、わかってます」
私に支給されるらしい給料の額は高くないけれど、私のような候補生へ出すには恐らく破格の金額だった。
8:名無しNIPPER[saga]
2015/11/26(木) 16:59:38.46 ID:+iT0SMHJo
プロデューサーさんは紙束を鞄にしまった。
あの細密なスケジュールは彼自身が作ったものなのだろう。
それを淡々と説明する彼は、どこか人間的な温かみを拒絶するような雰囲気があった。
スマートで背が高く、整った顔立ちではあるけれど、そのマネキンのような顔がニコリと笑うのは想像しづらい。
9:名無しNIPPER[saga]
2015/11/26(木) 17:00:09.00 ID:+iT0SMHJo
「改めて、よろしく。ナナさん」
差し出された手を条件反射的に握る――と体温が伝わってくる。
「プロデューサーさんの手、あったかいですけど……」
10:名無しNIPPER[saga]
2015/11/26(木) 17:01:09.67 ID:+iT0SMHJo
――――
今日から始まったレッスンは、ほとんどスケジュール通りに実行された。
11:名無しNIPPER[saga]
2015/11/26(木) 17:01:36.24 ID:+iT0SMHJo
前置きもそこそこにいざレッスンを始めると、基礎練習からすでに息が上がってしまった。
今まで自分なりに体力作りはしているつもりだっただけに、少しばかり落ち込んだ。
プロデューサーさんが「では、もう一度」と言いかけるのを制して、私は手を上げた。
12:名無しNIPPER[saga]
2015/11/26(木) 17:02:02.16 ID:+iT0SMHJo
「そ、それは……わかってるんですけどぉ……」
「すみません、僕のミスです。ナナさんの体力を見誤っていた」
「あ、いや……ナナこそ、ごめんなさい。もっと、しっかりしてたら……」
13:名無しNIPPER[saga]
2015/11/26(木) 17:02:45.19 ID:+iT0SMHJo
「それほどに融通の利かないロボットは時代遅れですよ」
彼が胸を張ってそう言うので、本当の最新型のロボットに見えてくる。
「へぇ。プロデューサーさんはいつ生まれたんですか?」
14:名無しNIPPER[saga]
2015/11/26(木) 17:04:07.27 ID:+iT0SMHJo
ふっと、今までのオーディションで出会った審査員のことが頭に浮かぶ。
苦笑混じりに「今どき、流行らないよ」とか言われるのはいいほうで、
嫌悪感を隠そうともせず「バカじゃないか」と言われたこともある。
「……プロデューサーさんは、私がウサミン星から来たウサミン星人だって、信じてくれるんですよね?」
15:名無しNIPPER[saga]
2015/11/26(木) 17:05:59.76 ID:+iT0SMHJo
そうしてレッスンが終わったあと、再度スケジュールの確認のため二人で事務所へ向かった。
面接で一度来たことはあったけれど、オフィスに入るのは初めてだったので、少し緊張した。
デスクのパソコンに二人で顔を寄せて、スケジュールの最終確認をした。
16:名無しNIPPER[saga]
2015/11/26(木) 17:06:36.61 ID:+iT0SMHJo
「あのプロデューサー、やりにくくない?」
「あ、いえ……全然、そんなことはないです。むしろ、似た者同士っていうか……」
「へえ、菜々ちゃんもロボットなの?」
17:名無しNIPPER[saga]
2015/11/26(木) 17:06:53.10 ID:+iT0SMHJo
「そうです、僕はロボットですよ」
私はスケジュール表を受け取りつつ、クスリと笑った。
「プロデューサーさんって面白いですよね」
18:名無しNIPPER[saga]
2015/11/26(木) 17:08:02.62 ID:+iT0SMHJo
――――
しばらくするとレッスンにも慣れてきて、ライブで歌う予定の曲の練習も始まった。
基礎練習が嫌いというわけではないけれど、ようやくアイドルらしいレッスンを受けられて、胸の内側で泉が湧くような気持ちがしていた。
19:名無しNIPPER[saga]
2015/11/26(木) 17:08:45.66 ID:+iT0SMHJo
私がウサミン星人であることを機密にする――つまり、このキャラをやめるということに違いない。
誰がそんなことをプロデューサーさんに言ったのだろう、このあいだ話した隣のデスクの彼だろうか。
「宇宙人であることを隠さず活動している例もありますよ」
20:名無しNIPPER[saga]
2015/11/26(木) 17:11:39.38 ID:+iT0SMHJo
人生、思い通りにならないことは少なからずある。
少なからずというか、思い通りにならないことばっかりだ。
やっとアイドルとして採用されたけれど、プロダクションは「ウサミン星人のナナ」ではなく「普通の菜々」を見込んでいたらしい。
それは喜ぶべきことかもしれないけれど、私を採用したプロダクションも結局はウサミン星を信じてくれなかった。
21:名無しNIPPER[saga]
2015/11/26(木) 17:12:45.56 ID:+iT0SMHJo
「菜々、大丈夫? ツラかったら無理して出なくてもいいからね」
私は「平気」と返事をして、制服の袖に腕を通した。
私と彼女は何年も前からこの店で一緒に働いている。
歳は少し(ほんの少しばかり)離れているけれど、気の合う友達だ。
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