1:名無しNIPPER[saga]
2016/12/21(水) 17:32:10.15 ID:Mbdc4egm0
「嫌です。私、そんなことする時間ありませんから」
そうきっぱり断ると、南条光さんは細肩をしょんぼり下げてうなだれました。
「むぅ……実際に体験してみたら、コツが掴めると想ったんだけどなあ。……どうしてもダメかな?」
しかし彼女は諦めたりせず、また交渉を持ちかけてきます。
そんな根気強い彼女の左手は、平べったい縄をいくつも結びつけた鞭を握っていました。
人を傷つけない特殊加工をされた撮影用の鞭が、打ち据える先を見定められずぶらりとしなっています。
「文香さんから借りた本を、早く読み進めたいんです。演技のレッスンがしたいなら、私以外の人にあたってください」
先ほどと同じことを表現を変えて返します。
応じて彼女はしばし押し黙り、そしてまたつっかえつっかえに口を開きました。
「うーん、……今みんな出払ってるからさ、橘ちゃんしか頼める人がいなくって」
「戻ってくるまで待てばいいんじゃないですか」
「できれば早めにレッスンしたいんだ。次のドラマに備えて、なるべくたくさん!」
言うと同時に、スマートフォンを突きつけてきました。
画面の中央には神妙な顔をした角刈りの男性が大写しになっていて、その隣では、理知的な面持ちをした女優さんが鉄砲をまっすぐ構えてます。
その二人を囲んで並ぶおよそ九人の男女の表情や、その背景で廃墟同然に破壊されてる国会議事堂が、政治めいた物を主張したがっている三流アクションの風味を醸し出してました。
「警察モノ……あるいはスパイモノ、ですか?」
「うん。これの監督さんが某特撮の音楽プロデューサーさんと懇意で、あわよくば、ってさ。ちなみに某特撮って言うのは」
「あ、それはいいです。それと、縁がずいぶん遠いのでは?」
油を差したように舌が回り始めた彼女を制します。
「う……ま、まぁ、世の中何がご縁になるかはわかんないって言うし、それに賭けたいかもというかだな……」
すると、一転してしゅんと縮こまり、翼みたいな外ハネが垂れて見える程、しどろもどろに落ち込んでしまいました。
日頃やましいことが何もないみたいに堂々としてる彼女が弱々しくなっているのを見て、罪悪感に似たものが込み上げてきます。
「……まぁ、とにかく、だ。この番組にゲストとして出して貰うことになってさ、拘束されてコレでぶたれたりするシーンがあるんだ」
言うや否や彼女は手首をスナップし、ひゅんっ、と軽く音を立てました。
「ずいぶん大時代的なんですね」
「そういう設定だから! ……ねぇ、どうしても時間がないかな。もう少しでモノにできそうなんだ。イチゴパフェとかごちそうしても、ダメ?」
私、食べ物で釣られるような安い子だって思われてたんですね。
そう不満を素直に告げて、会話を打ち切って読書に戻ろうと思ったのですが。
雲一つない雨上がりの空みたいに澄み切った瞳を見て、言うのを思いとどまりました。
反射の関係か時折水色に輝くその眼差しが、熱心に本を薦めてくる時の文香さんに似た煌めきを宿していたからです。
私が聞き役に徹せざるを得ないほど本の話をして、脇目も振らず夢中になってる文香さん。
そんな彼女が漂わせている、一つのことに心奪われた人特有の美しさは、私があこがれるものの一つです。
それに近いものを目の当たりにして、目の前で緊張して立ち尽くしてる女性を無碍に扱えなくなりました。
思えば、私は光さんとの仲が悪いわけではありません。
L.M.B.Gの合同レッスンでご一緒する時には、年長組として意見交換をしたりしますし、たまに作詞経験者同士で話し合ったりもします。
呼ばれるのがあまり好きじゃない私の名前だって、名字で呼んで欲しいと伝えたら、今もちゃんと従ってくれています。
「……ちょっとだけ、ですよ」
「本当!? ありがとう橘ちゃんっ! この恩は一生忘れないよっ♪」
私の同意を受けて、光さんは嬉しさが溢れ出てるみたいに飛び跳ねました。
喜んだり落ち込んだり、しょんぼりしたり飛び跳ねたり、見ていて非常に忙しい。
そうやって一瞬たりとも同じ表情を見せない姿は、まるで生きた万華鏡みたいです。
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2:名無しNIPPER[saga]
2016/12/21(水) 17:33:42.86 ID:Mbdc4egm0
# # #
時間を理由に断ってた手前、予定が決まってモタついてられません。
光さんに導かれるまま行動を開始し、荷物を背負って移動しました。
3:名無しNIPPER[saga]
2016/12/21(水) 17:35:41.73 ID:Mbdc4egm0
「……『往生際が悪い人ですね。次は、コレ、使いますから。傷口に塗るのは塩とマスタードのどちらがお好みですか』」
「『口上だけは一丁前だな。死んだって口を割るなとは、初期課程の頃から教育されてるんだよ、私は……!』」
4:名無しNIPPER[saga]
2016/12/21(水) 17:39:34.40 ID:Mbdc4egm0
事実が胸を雨雲のように覆い、罪悪感が背筋と心を凍らせます。
(身を捩ることすらできずに震えてる、彼女こそ被害者だ)
そう当たり前のことを繰り返し唱えていなければ、どう手当てすればいいかすらわからない恐怖で、ふてぶてしくも叫んでいたかもしれません。
5:名無しNIPPER[saga]
2016/12/21(水) 17:40:27.12 ID:Mbdc4egm0
# # #
そしておよそ一ヶ月後。
収録を終えた光さんに連れられて、質素なカフェテリアでパフェをごちそうになっていました。
6:名無しNIPPER[saga]
2016/12/21(水) 17:42:25.11 ID:Mbdc4egm0
以上です。以前のイベントで時子さまが言及してたありすの才能が気になったので書きました。依頼出してきます。
7:名無しNIPPER[sage]
2016/12/22(木) 00:20:23.80 ID:nh5XeLLJ0
なにこれすごくいい……
乙
8:名無しNIPPER[sage]
2016/12/22(木) 12:38:31.06 ID:beUXaTMTO
良かった
続きが欲しい。
乙
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