過去ログ - 六畳世界から考察するチョコレートと恋愛ごとにおける関係
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◆jZl6E5/9IU
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2017/02/16(木) 23:01:01.35 ID:ZX+GwLVA0
と、そんな馬鹿げた話はともかく、用件が済んで同じく家路につかんとしているらしい明石さんに私は一歩精神的に歩みを進めた。昔であれば二、三言交わしてからはいさようならであったが、今は違う。女性相手にこのような言葉を告げることは私にとって実にハードルが高く、もはや棒高跳びでもするのではないか、いやむしろ私は実は棒高跳びに挑戦していたのではないかと思わされてしまう高さに位置する。
しかしながら私も様々な小冒険を重ね、多少の勇気を無謀とは履き違えずに使うことができるようになった。今こそその勇気を奮う時なのだ。
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◆jZl6E5/9IU
[saga]
2017/02/16(木) 23:04:53.99 ID:ZX+GwLVA0
「明石さん。よければちょっと歩かないか? この間話したオススメの本を偶然にも古本屋で見つけたのだ。君さえよければ、少し見に行くのもいいと思ったのだけれど」
こうして回想しながら述べている最中でも、我ながらあれは見事な誘いだったと自画自賛の念に駆られてしまう。
彼女とはよく、私がこれまでに読んできた小説や寓話、あるいは伝記などとにかく本と名の付く物であればどんな物でも、彼女が気を惹かれそうな本のことを話したものだった。そもそも私が彼女と出会ったのは下鴨の古本市である。お互いに相手の読む物には興味を持ち合っていたのだ。
彼女の返事を待ちながら、私は自分の言葉に何か問題はなかったか、少しでも噛んではいなかったかと自分の口から飛び出て耳を通して帰ってきた言葉をもう一度頭の中で無意味と知っていながら精査した。元々言葉を口にする際は何度も何度も石橋を叩き割る勢いで慎重に検査する私である。こうして出て行った言葉でさえ、どこかで失敗を疑ってしまうのだ。特にこういう大切な場面ではなおさらに。
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◆jZl6E5/9IU
[saga]
2017/02/16(木) 23:05:58.05 ID:ZX+GwLVA0
心臓が跳ねに跳ねているのを胸の鼓動から感じる。彼女の方を顔は向いているものの、まともに視界には彼女の顔は映っていない。靄がかったように、彼女の顔の輪郭がぼやけてしまうのだ。私は耳にまで振動音を及ぼすうるさい心臓に向かって「静かにせんか! これでは彼女の返事も聞こえぬではないか!」と抗議した。しかし心臓は心臓でそれどころではないらしく「うるさい! 仕方ないだろうが! だいたいあんたが脳でそういう風に命令してるんだ! 静かにさせたかったら自分が落ち着け!」と小生意気にも反論を寄越してきた。
16
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◆jZl6E5/9IU
[saga]
2017/02/16(木) 23:10:10.80 ID:ZX+GwLVA0
このようなやり取りを何度となく心の中で私は緊張を晴らすついでに行っている。そうでもしないと、慣れない誘いからの緊張に堪えきれず変な悲鳴を上げながら明石さんの前から走り去ってしまいそうだったのである。と、時間にして十秒も経っていないであろう中でつまらない諍いを大事な器官と行う私を尻目に、明石さんはあっさりとした調子で「いいですね。ちょうど今日はもう特に予定はありませんし。行きましょうか、先輩」と気軽に言うと、私の右隣に自然に並んだ。
私はどれほどに見ても慣れぬ光景に曖昧な笑みを浮かべると、「では行こうか」と小さく零すように返すとゆっくりと足に力を入れて進みだした。明石さんは私の右隣を維持したまま私と歩みを共にしながら、そうして私と二人で大学構内から出て行くのであった。
17
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◆jZl6E5/9IU
[saga]
2017/02/16(木) 23:24:53.82 ID:ZX+GwLVA0
世の中、どんな物にも鮮度というものがございます。それは食べ物だけではなく、ちょっとした話題などにも存在するのです。たとえば、仮に八月に行われた花火大会についてのニュースがあるとしましょう。当然ながらそのニュースは出来事のあった当日かあるいは翌日には報道しなくては話の旬を過ぎてしまいます。クリスマスの時期に夏の花火大会の話を聞いて価値があると考える人間もそうはいないでしょう。
前置きが長くなりましたが、つまり私がここで読者諸兄にお伝えしたいのは、バレンタインというイベントの鮮度の話でございます。このイベントは当然ながら二月十四日だけの物であり、二月十三日や十五日が所有するわけではございません。ということはつまり、二月十六日の今日の時点でもう鮮度は落ちに落ちて発酵を始める頃合なのです。これほどに足の早い鮮度の話題をチョイスし、あろうことか四月辺りまでは終わることのないであろう話を私は書こうとしているということを読者諸兄にお詫び申し上げたかったのです。私は読者諸兄に対してまったく鮮度のない価値なきものを提供し続けることとなるのです。どうかそれについて寛大な心を持ってお付き合いいただけることをお願い申し上げます。
地の文こそ森見作品の魅力という意見も尤もだと思い、やはり地の文でがんばることにしました 毎日とは言いませんがそれなりのペースで短く書いていこうと思います 一日三レスでも二十日も経てば六十レス その頃には短い話にするつもりなので終わることでしょう ではまた 長い文章で失礼
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名無しNIPPER
[sage]
2017/02/17(金) 12:03:39.90 ID:pfCpEzGho
大変でしょうが楽しみにしてます
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◆jZl6E5/9IU
[saga]
2017/02/17(金) 22:07:53.85 ID:FaAku7hO0
大学の門を通ると、私と明石さんは東一条通を鴨川方面へと歩き、そこから最初の交差点を右に曲がって道なりに進んで百万遍交差点へと到達した。そのまま東方向、つまり銀閣寺方面へと新たに歩みを進め、我々は道の北側に渡って何度となく見慣れた目的の古本屋の軒先へと向かう。
目的地に到着した私と明石さんは、先日見つけたときとまったく同じところにあった目当ての本を特に苦労することなく探し当てると、その値段を見ながら本の購入を検討しあい、最終的には美人であれば誰にでも弱いらしい古本屋の主が値段をまけて、明石さんは目的を達成したのだった。その金額は、私の知る料金よりもずっと安く、私はまったくもってなんといい加減な商売をするのだろうと思ったけれど、それほどに明石さんは魅力的に見られるのだと考えれば私も少しは目を瞑ろうと思わないこともなかった。その後せっかくだから少しばかりコーヒーでも啜りながら話をしようと近くの喫茶店まで二人で向かうことにしたのだった。
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◆jZl6E5/9IU
[saga]
2017/02/17(金) 22:13:10.42 ID:FaAku7hO0
「しかし……何だか街が騒がしいように思うね」
ただ歩いているだけでは沈黙が生じて互いにとってあまりいい雰囲気ではないだろう、と考えた私はその明晰なる頭脳をフル活用し、彼女との話題を模索した。結果的に思いついた話題は歩いているだけで浮き足立った雰囲気が伝わってくる街の様子についてのことだった。どこもかしこも、見たところうら若き乙女たちがそこらのスーパーや菓子店に赴き、何やら朱に染めた顔で同じような顔をした女性たちときゃっきゃっと言いながら包みを持って出て行く姿が目に付く。
いったいどういうことなのか、先々で目に入る多くの店に垂れ下がっている、純粋たる乙女たちをある一つの情念に意図的に駆り立てんとせんとする汚らしいオトナたちの必死な気持ちが先走っているように感じられるかわいらしく桃色に染まったのぼりやら看板やらを観察すれば、それははっきりと見えてくる。そんなことも分からぬような私ではないのだ。
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◆jZl6E5/9IU
[saga]
2017/02/17(金) 22:16:03.98 ID:FaAku7hO0
「それはバレンタインというやつが明日に迫っているからでしょう」
冷静に私と同じ分析をしたらしい明石さんは自分と同じ女性たちをどこか遠い世界の者たちを見るような目で眺めながら淡々と言った。
「ああ、そうか。……明石さんは、その、興味はないのかい? こういうことには」
さも明日はそんな日だったかと今さらになって思い出したような顔で頷きながら、私はチラリと目をやるくらいの気持ちで明石さんに流し目で視線を一瞬送った。
以下略
22
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◆jZl6E5/9IU
[saga]
2017/02/17(金) 22:17:08.28 ID:FaAku7hO0
明石さんは私の方をちらと眺め、それから周りの店や乙女たちを一瞥すると、小さくため息を吐いた。
「先輩。先輩はチョコがほしいのですか?」
「なぜ?」
以下略
23
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◆jZl6E5/9IU
[saga]
2017/02/17(金) 22:24:37.60 ID:FaAku7hO0
そのように何だか恋仲の男女らしい、いわゆる『でーと』などという私のような非活動的な男子とは到底縁のないようなまさしく憧れの薔薇色のキャンパスライフの一部に含まれるであろうスバラシキ活動の予定を立てる会話を明石さんとしていると、目標の喫茶店が見えてきた。
明日の予定を詰めましょう、と足取り軽く先へと歩みを進める明石さんのその上機嫌な後ろ姿を私は眺めながら、しかし、何故だか力の抜ける、しょんぼりとした気持ちを心に抱いていた。
理由は知らぬ。知っているやもしらぬが知らぬと主張させていただく。確かに一瞬だけ心にその理由が浮かんだことは認めるが、それはすぐに間違いだと気付いたのである。読者諸賢ももしかしたら何やら考えたかもしらぬがそれも間違いであるとついでに主張させていただく。
世の中には、掘り下げない方が幸せなこともあるのだ。
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