何も無いロレンシア
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35: ◆SbXzuGhlwpak[sage]
2019/06/01(土) 02:51:05.20 ID:zJUkddjZ0
 背丈は一六〇半ばで、年はシモン・マクナイトに聞いていた通り二十歳程度。その髪は膝を着いていると地面にふれそうな長さで、蜂蜜色のそれは陽光の下で黄金の如き輝きを放っている。

 涙を流し悲しみ暮れるその様子は、何をしたわけでもないのに罪悪感と、無尽の献身を舞い起こすものなのか。その神秘さは、鳥や蝶ならず木々にさえ影響を及ぼしていた。

 村娘のように青と白のコットを重ねて着ており、緩やかな服の上からでもふくよかな肉付きをしているのが見て取れた。だが彼女は世間知らずのただの純粋な村娘などではない。

 その美しさは絶世の美女であるイヴ・ヴィリンガムに匹敵するだろう。しかしそれだけなら、俺が見惚れることはありえない。

 気品のせいかと思ったが、彼女から感じられるものは純朴さであって、気品においてはイヴに軍配が上がる。

 彼女にあるものは神聖さだ。

 天使か、はたまた女神か。男が女に入れ込み過ぎてそう思ってしまうのではない。老若男女問わず、彼女が人を超えた、それでいて人と相容れる存在だと敬いかしずく。

 俺は果たして彼女を斬れるのか。

 うまく力が入らず、今にも剣を取りこぼしそうな手を視界の片隅に収めながら、自問自答してみた。

 斬る理由があれば、何の問題もなく斬れると答えは即座に出た。

 ではシモン・マクナイトの依頼は彼女を斬る理由に足るものかと再び問うてみた。

 これも答えはすぐに出た。まるで、足りやしない。

 俺は黙ったまま驚きからか、あるいは悲しみからか、うまく二の句が継げないマリア・アッシュベリーの言葉を待つことにした。

 しかし待っていた言葉は、とても理解できるものではなかった。

「夜の――――――湖」

「……なに?」

 今は夜ではなく、ここに湖と呼べるようなものも無い。

「あ……ち、違うんです。今の言葉はつい出たもので……意味は特にないので、どうか気にしないでください!」

 意図のわからない言葉に眉をしかめると、彼女は両手を振りながら慌てて否定した。その姿は神聖さを依然としてそなえながらも、年相応の少女らしいものだった。

「あのっ……私は……私は、その……」

 彼女は意を決して話しかけてこようとしたが、段々とその言葉は尻すぼみになり、また悲しそうにうつむく。

 “何も無い”俺に、争いごとに無縁そうな女が話しかけるのは並々ならぬ事情があるものだが、そんな経験則を彼女にあてはめられることができるのか。それはわからないし、彼女が何を言おうとしたかもわからない。だが彼女がここまで悲しむ理由に、ここでようやく思い至った。

「“沸血”のシャルケなら死んでないぞ」

「えっ!?」

 その言葉にマリアは、うつむいていた顔を跳ね上げる。


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