何も無いロレンシア
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36: ◆SbXzuGhlwpak[sage]
2019/06/01(土) 02:51:43.49 ID:zJUkddjZ0
 別に教える必要は無い。むしろやる気が無くなりつつあるとはいえ、姿を隠しているイヴと共に彼女を殺そうとしていたのに、彼女に気力を与えてどうするというのか。

 しかし何故だろう。彼女の周りにいる小鳥や蝶たちではあるまいし、このまま彼女を悲しみに暮れさせるわけにはいかないという想いでも湧き出たのか、気づけば口にしていた。

「本当……ですか? 良かった……本当に、良かった。私は、てっきり」

 それ以上は言葉にならず、悲しみではなく安堵の涙を流し始める。

 その姿を見て、なぜシャルケが彼女をかばおうとしたのかがわかった。

「“沸血”のシャルケと戦っていたのはオマエか?」

 念のための確認に、マリアは安堵から気が緩んだのか隠そうともせず静かにうなずく。いや、そもそも彼女に隠し事ができるのだろうか。

「……はい。あの人は自分の名前を名乗られると、私に決闘を申し込まれたのです」

「シャルケの奴」

 予想通りの展開についため息が漏れる。

 マリアが只者ではないことは明らかだが、争いごとに向いていないことも一目で見て取れる。そんな相手に武人である“沸血”が戦おうとするのはよほどの理由があるか、正常な判断ができていないかだ。 

 ようするに武人肌のあの男は、自分も含めて五人の実力者を揃えさせたマリアという存在に興奮しきっていたわけだ。

 とはいえ“沸血”に加えて“かぐわしき残滓”、挙句の果てに“深緑”と“血まみれの暴虐”に“何も無い”という不吉極まりないメンツを揃えて、さらに報酬額が十億。見た目通りの女子供ではないと決めてかかっても仕方がないと言えば仕方がない。

「さ、最初は何とか防げていたんですけど……あの人、どんどん動きが速くなって……怖くなって、気が付けば私は……あの人を」

 その時のことを思い出し、マリアは罪悪感から再び表情を暗くする。別に身を守っただけで、何一つ罪を犯したわけでもないだろうに。

 思い出しただけでこれならば、シャルケを殺してしまったと勘違いした時はこの世の終わりのような顔をしていたことだろう。そしてその顔が、シャルケが意識を失う前に見た最後のものだとすれば辻褄が合う。

 仕方がないとはいえ争い事とは無縁の女に鍛え上げた力を振るい、さらに一生もののトラウマを植え付けてしまったのだ。意識を取り戻し冷静になったシャルケがそのことを後悔し、俺たちにこの依頼を降りるように頼んだのは当然の流れだろう。

――しかし疑問は残る。結局彼女は、どうやってシャルケの攻撃を防ぎ、そして倒したのか。俺ですら神聖視せざるを得ないなど只者ではないことはわかるが、こうして目の前に対峙してもあの“沸血”が敗れたとは信じられない。

「命を狙われる理由に心当たりはないのか?」

 結局のところ話はここに行き着く。なぜ彼女を[ピーーー]ために俺たち五人が集められたのか。なぜ十億もの金額がかけられるのか。なぜ彼女は人目を避けるように山に一人でいたのか。

 彼女は――何者だ?

「そ、それは……」

 マリアは逡巡からか視線を逸らし、そして瞬く間にその表情を凍り付かせた。その視線の先にあるのは、俺が手に持つ抜き身の剣だ。

「ん? 気づいてなかったのか」

 初対面の男が武器を持って現れたというのに、呑気なものだ。いや、それだけシャルケのことがショックだったのか。


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