何も無いロレンシア
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37: ◆SbXzuGhlwpak[sage]
2019/06/01(土) 02:52:16.96 ID:zJUkddjZ0
「シャルケがオマエを狙ったのは、オマエを[ピーーー]依頼を十億で引き受けたからだ。そして俺も雇われた一人でね。もっとも、なぜオマエに十億もかけられるのかは知らんが」

「……嘘、ですよね?」

 つい先ほど一生ものになりかねないトラウマを負ったばかりだというのに、それがもう一度襲いかかろうとしているからだろう。彼女は泣きながら笑っているような顔で、青ざめた唇から祈るように囁く。

 まあ実のところ、嘘といえば嘘である。もう俺はあまりやる気がなかった。

 しかし奴は――イヴ・ヴィリンガムはどうだろうか。元からマリアは隙だらけだったが、今はもう放っておいても死ぬのではというほど無力に見える。奴ならば、次の瞬間にでも最初からそこにいたかのように現れ、音も無くマリアの喉元を引き裂きかねない。

 その時俺は、どうすべきなのか。黙ってイヴがマリアを[ピーーー]のを見ているだけか。

 選択の時が再び迫ってきた。

 いつもいつも間違えてばかりの選択肢。

 必死に悩み、相手のことを“何も無い”俺なりに考え、そして何かを得たいという俺の願いにつながってくれと選んだ答えに待つのは、罵声や侮蔑、そして悲しみと怒り。今度も結局そうなるのだろうか。

 ここでマリアを助けたところで、今は立て続けに起きた事態に混乱していて俺の異常性に気づいていないが、俺を汚らしい存在と嫌悪するのではないか。初めて見惚れてしまった相手に、その上あの“かぐわしき残滓”から命がけで守った結果がそれでは、もう俺は、何年も目を逸らし続けていた事実を受け入れなければならない。

 かといってこのまま見過ごすのか。俺の前でマリアが、俺にとって特別な何かを持っているかもしれない彼女が目の前で喉を裂かれ、口から血を零し、恐怖と痛みと不安に混乱しながら死んでいく姿をただただ見ておけと言うのか。

 どちらを選んでも、俺という微妙なバランスで成り立っている存在が崩壊しかねない。

 マリアは何者なのか。

 俺にとって彼女は、何になりえるのか。

 最後の決断のため、祈るような気持ちで彼女を見る。彼女もまた、祈るように俺を見ていた。
 
「君は……何者なんだ?」

 なぜオマエは、こんな目にあっている。なぜオマエは、こんなにも俺の心を揺さぶる。オマエは――君は、俺にとっての何なんだ?

「わかり……ません」

「……わからない?」

「わかるわけ……ありません。つい一年ほど前まで、私は森の中で父と二人っきりで生きていたんです。父が亡くなり遺言通り森を出て、色んな人と出会い、様々な物を見て……初めてのことばかりで苦労も多かったけれど、だからこそ新鮮で楽しかった。楽しかったのに……っ!」

 耐え切れずにマリアは頭を抱え、声が高く乱れる。彼女を慰めていた小鳥や蝶が、風に吹かれたタンポポの花のように飛び散るが、それでも彼女を慰めようと辺りをたゆたう。 

「少し前から、誰かが私を追いかけ始めました。別の街に行っても、その誰かは……誰かたちはいました。森を出て人を話すことが楽しかったのに、だんだん人と会うのが怖くなり、気が付けば追い立てられるようにこの山に入って……ついには、命まで狙われて……理由なんか、私が聞きたいぐらいです。私が、何をしたんですか? 私は――」



――私は……何者なんですか?



 それは嗚咽とも、慟哭とも判断しかねる悲痛な訴えだった。山の中に一人で、誰に打ち明けることもできずにただ自分に味方してくれる自然たちで寂しさを慰めながら、それでも恐怖と不安は高まる一方だったのだろう。そしてそれは、初めての戦いで限界を迎えてしまった。

 そんな彼女の姿を見て、自然と大きく息を吐いていた。


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