43: ◆SbXzuGhlwpak[sage]
2019/06/01(土) 02:56:13.06 ID:zJUkddjZ0
「あ、それと」
何故かピタリと歩みを止め振り返った彼女は、真剣に、そしてとてつもない質問をした。
「マリア・アッシュベリーに本当に惚れたの?」
「……冗談で言ったわけじゃなかったのか」
イブの罵声というには幼稚な発言を思い出し、本気だったのかと驚く。
「貴方がどんな考えでこの依頼を受けたかは知りません。しかし依頼から降りるだけでなく、私の妨害までした。その結果これから起きる事態についてわからないほど馬鹿ではなく、覚悟もできている。彼女に惚れてしまったと考えるのは、それほど的外れしょうか?」
言われてみれば確かに、はたから見ればそう思えても不思議ではなった。
しかし決して俺はマリア・アッシュベリーに惚れてなどいない。
「惚れたなんて、そんな甘く優しいものじゃけっしてないさ」
俺が彼女に何を想っているのか。それは今から整理することだったが、決して惚れたわけではないという自信だけはあった。
しかし俺の答えに、イブはここにきて蔑みではなく初めて哀れんだ眼をした。
「“何も無い”ロレンシア。貴方は初めての感情に戸惑っている」
「何を」
「貴方は自分のマリア・アッシュベリーへの想いが、甘く優しいものじゃないという。だから惚れたわけではないと判断している。それは、恋をしたことが無い者の考え」
何百という暗殺を成し遂げた生ける伝説とは思えない仕草で、イヴは自分の胸を抱きしめる。
「本当に惚れたのなら、愛してしまったのなら、正常な判断なんてできなくなる。その人のためならば、たとえ命の危険があろうと立ち向かえる。そして、そんな無謀なことができるのに、拒絶されることが怖くて想いを告げられない」
これまでずっと抑揚の無かったイヴの声に、段々と抑えきれないかのように熱が帯びていく。何かを求めるように伸ばされたその細い指先は、かつて誰かを求めて、それを思い出しているのか。
「でも胸に抑えていくうちに想いは強まる一方で、拒まれた時が怖いのに、不安なのに、ついには我慢できずに恋い慕っていることを伝えてしまう。あるいは恋しているからこそ、それほどの想いを押し[ピーーー]。――それが、恋よ」
「……なるほど。確かに俺は、恋をしたことがないな」
そんな狂おしいまでの情熱に振り回されたことが一度でもあるのならば、“何も無い”なんてことありえないのだから。
それにしても――
「……いや、甘く優しいわけじゃないって言うが、オマエが今言ったのもそうとうなんというか、ロマンチックというか少女的というかオマエいくつだっけ?」
「…………さて。聞きたいことは訊けたわけだし、私は山を下りる」
やや早口で頬をかすかに赤らめながら、二十代半ばの女は話を逸らした。
「依頼を降りるにあたって、当然事情は話す。私は貴方がどうなろうとどうでも良かった。でも今の話を聞いて応援ぐらいならしてもいいと思えた……けど、やはり無理でしょうね」
イヴは陽炎のようにその姿を消しながら、言葉だけ残していく。
「ロレンシア。せめて死ぬ前に、今その胸にあるものが恋だと気づきなさい。認めなさい。それができないままなのは、あまりにも惨めだから」
「……だから、違うと言っただろうが」
もういなくなった相手に悪態をつき、ここに残っているもう一人に目を向ける。シャルケの容態は特に変わり無く、このまま山に放っておいても問題は無さそうだ。とはいえ今後利用できるかもしれないのでその重い体を起こし、背中に背負う。
「いくらこいつでも、戦闘可能になるのは一週間は必要か」
そして、その時はとうに決着がついていることだろう。無駄なことになると予想できたが、俺は山のふもとにある街までシャルケをかついで降りることにした。
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