何も無いロレンシア
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47: ◆SbXzuGhlwpak[sage]
2019/06/01(土) 03:00:02.27 ID:zJUkddjZ0
 足元にあった拳ほどの大きさの石を拾うと、両手で顔をかばう発起人に飛びかかり、何度も何度も腕の上から石を叩きつけた。やがて腕がダランと下がると、今度は頭に振り下ろし、目をつぶし鼻をつぶし口をつぶした。

 そして男の息が止まると同時に、石を振り下ろすのを止めた。  

 そうしてしばらくの間、引き続いて俺は腫物を触るように扱われた。俺を排除しようにも、一人や二人でやる勇気が奴らには無かった。それ以上の数となると、まとめる者が必要となる。発起人の無残な死に方を知らない住人は誰もおらず、そんなことを引き受けようとする奴もいなかった。

 俺は最弱だったが、路地裏の支配者となっていた。残飯を貪り、体を少しずつ大きく逞しくした。

 やがて新たな面倒ごとが俺のところに来た。路地裏は薄汚い取引の場所に都合よく、路地裏の支配者である俺を部下にしようとする男がいた。男はマフィアの幹部で、あの日俺にパンを投げ捨てた男だった。

 男はマフィアの幹部なだけあり、話が通じた。だが部下は馬鹿だった。部下になれという男の提案に、衣食住に特に不満の無かった俺は従う意味を見い出せず、静かに断った。男は時間をかけて俺を説き伏せるつもりだったため、俺の拒絶をあっさりと流した。しかし部下は孤児の分際で兄貴の顔に泥を塗りやがってと怒り狂ってしまう。そして俺に成り代わり路地裏の支配者になろうとして、返り討ちにあった。

 部下をやられては幹部も黙っているわけにはいかず、俺を始末して管理が面倒な路地裏を自分のものにしようとした。

 血まみれの争いが再び始まった。争いの中で俺は強くなっていく。それと引き替えに大切なモノを無くしていたなど気づく余裕がないほど、生と死の狭間を行き来した。

 たった一人のガキに予想以上に手こずり、やがてギャングは見栄よりも実利を優先して手を引いた。たった子ども一人に情けないと笑う奴が、街には一人もいなかったことも大きかっただろう。路地裏の“アレ”、路地裏の“アイツ”と呼ばれる存在を知らない奴はいなかった。

 平穏が訪れ、腹を空かすこともなくなった時、ふと気が付いた。ボロボロになった体を他人事のように見る自分は何者なのかと。俺に残されているモノは何なのかと。

 気づけばもう、俺はたくさんのモノを無くしていた。そしてそれらがあった頃の記憶が非常にあいまいで、自分のモノと感じられなかった。

 考える時間と余裕はいくらでもあり、やがて俺は無くしたモノを取り戻したい気持ちが固まっていく。そしてそれは、俺のことを知らない者がいないこの街ではできそうになかった。

 旅立つことにした俺は街の門に向かう。衛兵は入門の札を持たない、いつの間にか街に入り込んでいた俺を喜んで見送った。

 街の外に出て頬に風を感じながら髪をなびかせていると、名前が無いとこれから先不便なことに思い至る。記号なら前に持っていたが、そんなものを名乗る気にはなれなかった。

 ロレンシア。

 確かここから遠く離れた地域の一般的な名前だったはず。行商人同士の会話を物陰からなんとなく聞いていた記憶から掘り起こした名前を、俺の名前にするにした。理由はこの地域の名前でなかったから、ここでないどこかに行こうとする俺にふさわしいように感じたからだったはず。

 “何も無い”ロレンシアと呼ばれるようになるのは、それから数年後のことだった―― 


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