何も無いロレンシア
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48: ◆SbXzuGhlwpak[sage]
2019/06/01(土) 03:00:35.93 ID:zJUkddjZ0
※ ※ ※



「……ふん」

 目覚めたのは追憶が終わったからか、仮眠が十分とれたからか。あるいは離れた街の門の方から、犬や鳥などの小動物がざわめく気配を感じ取ったからなのか。どれであっても構わなかったが、久しぶりに見た夢につい鼻を鳴らす。

 さて、久しぶりに子ども時代の夢を見たのは何故だろうか。硬いベッドを軋ませながら上体を起こし、みずぼらしい部屋の中で窓を見る。眠りにつく前に兆候はあったが、空が薄暗く染まりひんやりとした外気があちらこちらの隙間から流れ来る。雨が降るのを感じ取ったから、雨が降る夢を見たのだろうか。

「違うな」

 肯定するように雷が鳴り、轟音の振動が窓を通して肌をうつ。だいぶ近かったようだが、どうせなら門の方から這うように近づく気配に直撃してくれればいいものを。残された時間があまりないことを察しつつ、最後となるかもしれない思索にふける。

 やはり原因はマリア・アッシュベリーのせいだろう。彼女が自分が何者なのかわからないなどと、絶望で憔悴しきった様子で言うからだ。だから俺が、何者でもなくなっていく過程を思い起こしてしまった。

 “何も無い”ロレンシア。不便だから自分でつけた名前と、自分の身に降りかかる災いをもはや他人事のように感じる虚ろな存在。ひょっとしたら俺は何者かであった頃の残照にすぎないのかもしれない。かすかに残されたこの感情も、残りカスだと考えればつじつまが合う。

――ロレンシア。せめて死ぬ前に、今その胸にあるものが恋だと気づきなさい。認めなさい。それができないままなのは、あまりにも惨めだから。

 イヴは俺がマリアに恋をしていると言った。残照にそんなことができるのか。できるのならば残照ではないのか。仮定の上に仮定を積み重ねても実のある結論はでそうになかった。

 もうあまり考える時間は残されていない。だから一つだけでも結論を出そう。彼女は俺にとって何なのか。胸に手をあてながらそっと目を閉じる。

 街の往来から、人々のどよめきが聞こえる。肌の下を虫が這いずり回る感触があったが黙[ピーーー]る。今はそれどころではないのだから。

 暗闇の中で思い起こすのは、今にも壊れそうなほど悲しみに暮れるマリアの姿。蜂蜜色の髪を揺らし、その細い肩を震わせて泣く姿。これ以上彼女を苦しめるわけにはいかない。

 目をゆっくりと開く。光が差し込む中で思い起こすのは、別れ際のマリアの咲き誇る花のような笑顔。もう一度あの笑顔を見たかった。

 冷たい外気と喧騒、不快な気配。それらとは別に、ほんのりと胸が暖かいような気がした。その暖かなモノは心臓に乗って全身を駆け巡り、体中に力を漲らせていく。これはマリアのことを考えているからなのか。

「……もう一度、彼女に会おう」

 これが恋だとは思えなかった。けど彼女に会いたかった。誰かに会いたいと思ったのは十何年ぶりだろう。ひょっとしたら初めてなのかもしれない。

 これが希望なのか。それとも希望を装った絶望なのか。わからないが、だからこそわかるまで死ぬわけにはいかない。

 先ほどまでと比べて、ボロ部屋の中の明るさが増したように思えた。とても裏路地にある、訳ありの人間のための宿とは思えない。造りは貧相なくせに、代金は並の宿の数倍とられてしまった。もっとも、その半分近くは官憲に流れるのだろうが。


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