50: ◆SbXzuGhlwpak[sage]
2019/06/01(土) 03:01:56.22 ID:zJUkddjZ0
魔に心を呑まれたモノ、“深緑”のア―ソン。
今からたしか二年ほど前。南西の小さな村で、住民全員が緑色に膨れ上がって死んでいる事件があった。悪臭が漂う中での調査で、村の名簿七十六人に対して死体が七十五であることがわかる。見つかっていないのが誰なのか調べようにも、死体はどれも誰であったかわからない惨状で、村に何度も出入りしている行商人に立ち会わせても見分けがつかなかった。しかし行商人は、村の嫌われ者ア―ソンが怪しいと思うと衛兵に告げる。
捜査には教会も協力していて、捜査結果からア―ソンが魔に心を呑まれたと判断を下し、聖騎士ベンジャミンに討伐を命じた。
ベンジャミンは代々聖騎士を輩出してきた名家の跡取りであり、その名に恥じぬ武芸に秀でた美丈夫である。彼が仲間の騎士と従騎士、合わせて十二名で出立した際には、大勢の婦女子が中心となって歓声をおくった。
そして一ヵ月後、端正な顔立ちを緑色に膨らませ、はらわたが何十という蛇に巣食われた状態で発見されることとなる。
「話には聞いていたが……聞いていた以上に蛇だな」
後ろから静かに這い寄ってきていた蛇を踏みつぶしながら、初めて目にする生物に見入る。これまで魔に心を呑まれたモノを三回見たことがあり、それは硬質な肌に上半身が以上に大きくなってしまった姉弟と、地獄を夢見て地獄そのものと化してしまった侯爵だ。どれもこれも独特で似通っているのは不快感だけである。
その三度の経験を踏まえて考えるに、“深緑”のア―ソンの深みは姉弟以上侯爵未満。異界侵食を引き起こす一歩手前の、極めて危険な状態であった。
「何モ……無イ……ロレンシア」
その声は甲高く、それでいてくぐもっていた。シュマグで口を覆っているとしても不可解な声質だが、人であることをやめた者の声帯に常識など通じないのか。
「私ヲ見テ……眉一ツ動カサナイ……ナルホド、噂通リノ……男ダナ」
「物珍しくはあるが、驚くほどのことじゃない。ところでオマエの肌だが」
剣を抜きながら後退すると、ア―ソンの傷口から流れる血が一層激しくなる。だが血の流れは一気に緩み、ボコボコと泡立ちながら収束していき、やがて蛇の頭がそこでうごめき始めた。生えたばかりの深緑の蛇はチロチロと舌を不気味に動かす。
「……オマエの肌はウロコなのかと訊こうと思ったが、ウロコと蛇が半々のようだな」
「ククク……呆気二トラレルダケカ……愉快、愉快クカカカカカカカカカカカカ――デモ、何故ダ」
身を震わせ、その重量で廊下を軋ませながら思う存分笑っていたが、ピタリと不快な振動を終える。そして子どもの玩具のようにガクンと首を横に傾げた。
「何故……依頼カラ降リタ? 標的ハ思ッタヨリ強イヨウダガ……ソレニ臆スル男ニハ、見エナイ」
「臆したんじゃないんなら、他に理由があるんだろ。それをわざわざオマエに話すつもりはないが」
「……ナルホド、ナルホドナルホド」
何故依頼から降りたのか。それは他人に軽々と話せない、俺の在り方に関わるもの。付け加えれば、俺の彼女への気持ちも確信できない状態で口になどできない。相手が魔に心を呑まれたモノとなれば言わずもがな。
だが俺のそんな微妙な心境が声に出ていたのか、ア―ソンはこれまた愉快そうに笑いだす。
「オマエヲ……狂ッテイルオマエヲ……惑ワスホドカ……ソレハソレハ」
シュマグで見えないが、常人では口を裂かないと不可能な笑みをソレはしてみせながら――
「孕マセガイガ――」
――不快な音色を流し始めたので、その発生源目がけて下から剣を突き上げる。
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