何も無いロレンシア
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51: ◆SbXzuGhlwpak[sage]
2019/06/01(土) 03:02:35.17 ID:zJUkddjZ0
 ア―ソンは首を斜め後ろに逸らして刃をかわす。しかし切っ先は肉を斬ることはできなかったが、醜い心情を言い表す汚らしい穴を覆うシュマグを破いた。

「ソウ……興奮スルナ。私ダッテ……興奮シテ、イルンダ」

 二股に別れた舌を別の生き物のように動かしながら、それはベチャリベチャリと大きな音を立てて舌なめずりをする。少し視線を下にやれば、奴の股ぐらが馬のソレのように膨らみ、蛇のように蠢いていた。

 ア―ソンへの殺意が鋭くなっていく。殺意と狂気が入り交じり、鬼気がこんこんと湧き起こる。下の階から引きつった悲鳴が鳴り響く。

 その一方で、俺は静かに自分の判断は正しかったと安堵もしていた。

 こんな奴を、マリアに見せるわけにはいかない。

 彼女を守るには、傍にいるだけだでは駄目だった。傍にいたら、コイツを間近にまで近寄らせてしまう。だが俺が離れれば――イヴ・ヴィリンガムを裏切った俺が彼女へと駆け付けられる場所にいれば話は別だ。

 “沸血”のシャルケを倒すほどの力を持つ、未知の存在であるマリア。彼女と戦っている時に、後ろから“何も無い”ロレンシアに襲われてはならない。まず片付けるべきは“何も無い”ロレンシアだ。未知の存在であるマリアの情報は、“何も無い”ロレンシアを無力化させてから聞き出せばいい。

「不思議ダ……」

 ア―ソンの狂態を前にかえって心が落ち着いていると、これまでのじゃれ合いとは違う本当の殺し合いが始まる寸前だというのに、奴は本当に不思議そうに言う。

 壊滅的な出来事が起こることを察した下の階の連中が、もはやここにはいられないと転がるように逃げ出し始める中で、奴は続けた。

「何故……オマエハ、剣二手ヲ伸バシテイナイノカ?」

「……ッ!?」

 俺は既に、剣を手にしている。そんなこと胸に風穴を開けられ、シュマグを切り払われたア―ソンが身をもって知っていること。それなのにそんなことを言う意味とは、つまり。



――暗い暗い闇の中、よくよく目を凝らせば遠くにゴツゴツした壁がある。

――空を仰げば星は無く、やはり遠くにゴツゴツとしたヒビが見える。

――広い広い空間の中、真夜中の平原かと見間違う何も無い場所で、俺の前に剣が大地に刺さっている。

――大地の下はグツグツと煮えているのか、刺さった剣は揺れている。

――元は純白であったろう刀身は、もう半ばまで真っ黒で、残りも黒ずみつつある。

――大地の下で、沸き立つモノが囁く。

――剣に触れろと。



「アレを……オマエも、見たのか?」

 一瞬の間にいくつもの場面が次々と思い返される。直接見たわけではないのに生々しく、それでいて陽炎を通したかのようにぼやけた非現実的な光景。

 同じ体験があるのか、ア―ソンはその黒光りする瞳孔を興奮で見開き――

「ヤハリ――――オ?」

「これは……」


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