53: ◆SbXzuGhlwpak[sage]
2019/06/01(土) 03:03:49.20 ID:zJUkddjZ0
希代の名工アレッサンドロの遺作にして怪作、さらには最大の失敗作と評せられた槍。
それが皆殺朱。
長さはおよそ三メートルだが三段式となっており、握りの部分を操作しながら動かすことによってその射程は五メートル、七メートルと変化する。これにより戦況に応じた長さに変化させることが狙いだった。
しかし複雑な造りは自然と強度がもろくなるため、その補強により槍としては規格外の十三キロという重量を持つ。槍の中心を支点とするのならともかく、端を握ってこの重量を振り回すのは大男であっても骨であった。
さらにその操作には繊細な技術が求められ、重さに耐えながらの槍の伸縮は修練の場ですら困難であり、目まぐるしく状況が変わる戦場での使用が不可能なことは誰の目から見ても明らかだった。
アレッサンドロであっても耄碌はするものだ。最初の一年ほどは刀工や騎士たちの笑い話や嘆きとして話題に上り、やがて故人の名誉のために口にするのがはばかれるようになり、そして存在を忘れられていった。
それが突如、十年の時を経てフィアンマの凶行と共に蘇る。
聖地イーリスで大司教との問答である貴族の青年が激高し、椅子を蹴飛ばしながら席を離れた。その態度に周りの者たちは色めき立つも、大司教は手をあげてそれを諫めた。その寛容な態度は、ほんの数分で吹き飛ぶこととなる。
貴族の青年であるフィアンマは槍を片手に戻ってきて、押しとどめようとする立ち番を刺殺し、逃げ惑う大司教とその間に立ちはだかる護衛を一突きでまとめて殺してしまった。
彼は騒ぎを聞きつけて駆け付ける兵たちを蹴散らし馬に乗り、追いかける騎士たちを皆殺朱を自在に操ることにより射程外から一方的に殺してのけた。かろうじて槍の懐に潜り込めた者もいたが、次の瞬間短く変化した皆殺朱に貫かれる結果となる。これによりフィアンマが聖地を飛び出るまでに二百余人が犠牲となった。
卓抜した膂力と技術、そして精神。この三つを持つ者が皆殺朱を手に持てばどれだけの力を持つか、かつて失敗作と笑っていた者たちはその頬を引きつらせながら知ることとなる。
こうしてアレッサンドロの名工としての誉れは保たれた。しかし皆殺朱の持ち主がいかなる戦況でも槍捌きが損なわれない精神は持ってはいたが、人としての人格があまりにも欠落していたため、悪名も得てしまったが。
「ほう……っ」
必殺の一撃を防いだうえ、戦意を微塵も衰えさえない俺たちに、フィアンマの兜の向こうにある碧い瞳が嗜虐に濡れる。
「これは運命(さだめ)、我が使命」
天井の高さは二メートル半ほど、廊下の幅は二メートル程度。その中で三メートルほどの長さとなっている皆殺朱を、屋内の狭さを忘れそうになるほど自在に舞わしながらフィアンマは謳う。
「この世は愚物で満ちている。この世は穢れであふれている。故に、俺は天から舞い降りた。貴様らを在るべき形に、罪のないただの肉塊にするために」
陶酔しきった様子を見るに、この戯言は本気のようだ。たしかフィアンマは貴族の生まれではあるが、妾腹の子だったと聞く。そのコンプレックスからこんな歪んだ思想を持つようになったのだろうか。
「在るべき形に還らせてやろう」
舞いを止め、槍の穂先を俺とア―ソンに向ける。
フィアンマは謳う。それにア―ソンは嗤う。そして俺は――安堵した。
俺に二人とも来た。一人残らず来た。同時に来た。
ならばここで終わらせよう。取りこぼしなく、一人も残さず、彼女の視界に入れることなく消し去ろう。
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