水本ゆかり「人形の檻」【ゆかさえ】
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115: ◆wsnmryEd4g[saga]
2020/10/18(日) 13:25:55.54 ID:iX/HvtXE0

そしてもうひとつ、私にとって大事だったのは、まさにフルートを吹いているこの時間だった。

実を言うと、ここ最近は特に自主練習のために一人でスタジオを予約することが多くなった。
会社のスタジオが予約で埋まっている時は、多少遠出をしてでも楽器店に行き、そこでスタジオを借りたりした。
今では学校でも、放課後、たまに音楽室の一角を借りて気ままにフルートを吹いている。


元からフルートは私の心のよすがだった。
これがなければきっと私は東京でアイドルを続けていくこともできなかっただろう。
そしてそれは紗枝ちゃんと付き合い始めてから今に至るまでの間も変わっていない。

確かに私は、あの夏の日以来、生活の全てを彼女に捧げてきたつもりだった。

けれど、ただひとつフルートだけは、私の生活の一部でありながら彼女の愛にその居場所を奪われることはなかった。
フルートは私にとって、紗枝ちゃんの存在と同じくらい、侵しがたい聖域だったのだ。

私がそのことをはっきりと感じるようになったのはつい最近のことである。

あの誕生日のことがあって、私はこれまでより一層フルートに執心するようになった。
そんなことを言うと、まるで私の心が紗枝ちゃんから離れて行ってしまったように聞こえるかもしれない。
もちろん、その推測は間違っている……と言い切りたいけれど、本当のところは私自身にもよく分からない。

ただ、近頃は紗枝ちゃんの甘え方もなんだかストレートになってきて、世話が焼ける、というほどでもないけれど、そんな彼女の際限のない要求に応えるのが大変でもあり、また楽しくもあった。

おそらく、私にとって紗枝ちゃんとフルートは天秤のはかりのようなものなのだ。
一方が傾くと、もう片方にも比重をかけて均衡を保とうとするような心の機構……
そんな未知の力学の支点に立って、私は、ひとつの素朴な疑問を頭に浮かべていた。

なぜ、この二つは区別されなくてはならなかったのだろう?
まるで水と油のように、この二つは私の中では決してお互い相容れないものだった。

改めて考えてみると不思議なことだった。

私は、その気になれば彼女のためにフルートを吹くことだって出来たはずなのだ。
それなのに私は端からその可能性を考えたことすらなかった……。



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