【艦これ】龍驤「たりないもの」外伝

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127 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/03(日) 06:25:06.08 ID:NdMAUcQDO


「うわ…」


予想はしていた


何処かの国の漁村が深海棲艦に襲われていた


もはや海上ではなく上陸してまで人間を襲う深海棲艦、数人の艦娘が必死に守ろうと戦っているが程無く全滅してしまった


必死の抵抗だったのか深海棲艦の亡骸も少なくはなかったが残った深海棲艦は全く意に介してはいなかった


そして生き残りも居なくなった村で更に深海棲艦はあろうことか人間の、艦娘の亡骸を喰らい始める


128 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/03(日) 06:27:41.18 ID:NdMAUcQDO


「うっ…」


吐き気がこみ上げ私はモニターから目を反らす


損壊した遺体なら見た事はあるし私自身が損壊させた事もあるがさすがに口にするという光景からの嫌悪感は初めて感じるものだった


私の様子を見てY子さんがテレビを消してくれた


『仲間を食べる深海棲艦は知ってるよね?』


「ええ…コア…?でしたっけ、それを食べて強くなると」


『でも今のやつらは違った…どうしてだと思う?』


「解りません…仲間以外でも強くなるようになったとかでしょうか」


129 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/03(日) 06:29:26.20 ID:NdMAUcQDO


『求めるものが違うから』


「求めるもの?」


『まーあの程度の数ならすぐ討伐されて持ち帰られる事は無いかな、その辺はお姉ちゃんしっかり見張ってるみたいだし、噂すら広まってないからねー』


「あの…それはどういう…」


『秘密ー、朝ちゃんが自分で可能性を考えてみたら?時間はたっぷりあるよ?』


130 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/03(日) 06:31:09.29 ID:NdMAUcQDO


こっちではね…という最後の言葉は私には意味が解らなかった、答えを教える気はなさそうだ


彼女はこういう問答からの丸投げをよくする


私は諦めてすっかり冷めてしまったお茶で喉を潤すのだった


131 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/03(日) 06:32:52.06 ID:NdMAUcQDO


『ところでさー』


「はいはい、みかんですか」


『ちが…ああ違わない、みかん剥いてー剥きながら聞いてー』


「はいはい…なんでしょう」


…そういえばこのみかんは何処から…いやこの部屋だって不思議だ、外に出れば扉以外は彼岸花と三途の川しか見えない…彼女が言うにはこの場所を買ったとか何とか…あの世でも土地の売買は可能なのだろうか


『気にならないの?皆の事』


132 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/03(日) 06:35:03.14 ID:NdMAUcQDO


ピタリと手が止まる


皆…か、…彼女の言う皆が何の事なのかはすぐに解った


『剥きながらー』


はいはい…とみかん剥きを再開しながら言う


「少しは気になりますよ、多分」


『多分かあー、やっぱり色々抜けたんだねぇ』


「抜けたとは」


133 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/03(日) 06:37:08.52 ID:NdMAUcQDO


『執着、未練、そして怨念…そういうものは結局皆現世のものだから、後に残るのは記憶と業と情くらい』


確かに…ここに来てからはあれ程ぐちゃぐちゃだった私の思考がクリアになっていたのは気付いていた


『朝ちゃんの業は深いけど今の朝ちゃんが本来の朝ちゃんなんだろうね』


まあ…例えば私が殺人を犯す発端の存在を思い出せば多少ムカつきはするけどそれでも殺したい程ではない


そもそも今更という思いの方が強いのだ、彼らが幸せになろうがもう勝手にしてくれという感じだ


134 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/03(日) 06:39:08.12 ID:NdMAUcQDO


ただ…また同じ事を繰り返すかもという思考をしてみると…


『ストップ、駄目だよー朝ちゃん』


「ごめんなさい…また…」


『多分だけど現世にまだ朝ちゃんの怨念が残ってるのかも…あれも一応朝ちゃんだから何処かで繋がってるんじゃないかな』


「あんなシリアルキラーみたいな私を私とは認めたくないですね…二言目には殺す殺すと…」


135 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/03(日) 06:41:13.88 ID:NdMAUcQDO


「怨念が残っているとしてどうしたらいいんでしょう」


『まあねー…居場所も解らないからまた夢枕しても説明のしようがないね』


「また祓ってくださいでも何処に居るかは解りませんで丸投げではさすがに悪いですね…」


『まあいずれ力尽きて勝手に消滅してくれるよ!多分ね!』


「だといいんですが…」


136 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/03(日) 06:43:30.38 ID:NdMAUcQDO


『考えてもしょうがない事は考えない、長生きの秘訣だよー』


「もう死んでるんですというツッコミ待ちですか」


『でさー、気にならないの?』


「まあ…少しは…」


『じゃあ見ちゃおう!』


と、再び彼女がリモコンを手に取るとボタンをいじり出す


137 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/03(日) 06:46:52.46 ID:NdMAUcQDO


ドキドキする…心臓もう止まってるけど…気分的に


執着も未練も消えた、それでもこんな気持ちになれる…私はちゃんと司令官の事を愛していたのだと…


司令官は元気だろうか、龍驤さんを泣かせてはいないだろうか、それともまた彼女を増やしているのだろうか


そんな風に考えながらモニターを見つめる私、そして…


138 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/03(日) 06:49:22.57 ID:NdMAUcQDO


<あぉぉぉぉ!イグッ!イグゥー!


ピンク髪の見慣れた誰かが同じくピンク髪の見慣れない誰かに襲われている光景だった


「なんでよりによってこんな場面なんですかぁぁぁ!!!」


『あっあれぇ!?おかしいなぁ…チャンネル設定間違えたかな…アンテナかなあ…』


「不思議な道具の割には変に現代的ですね!!!」


<んほぉぉぉ!またイグゥ!


「早く消してください!!!殺しますよ!!?」


せっかく怨念から離れられたのにまた怨霊化しそうな私だった


139 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/03(日) 06:51:15.56 ID:NdMAUcQDO
ここまで
また何か思い付けば
140 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/03(日) 14:04:59.20 ID:Br3BWx6hO
乙、よりにもよって春雨が漣犯してるシーンかよwwww
141 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/03(日) 15:48:57.77 ID:B/EcnNgio
おつです
やしm、Y子ちゃんは「まだ」姉と違ってやるときゃやってくれる感残ってる
あとそのTVください
142 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/15(金) 20:57:31.67 ID:nQ+6pbjDO
>>138から



「うふ…司令官はやはり素敵ですね」


『そーですねー』


私の名前は朝潮、かつて人間に買われ人間を殺し、人間を好きになった私だけど最後には自らの憎しみに負けて自決の道を選んだ


何の因果か成仏せずに三途の川の片隅でこうしてかつて暮らしていた場所を覗き見る生活を送っている


現世の様子を観る事が出来る謎テレビの使い方を何故かあった説明書を読んでからはその好きになった人間、司令官を眺めては悦に入っている私


テレビという物で観ているせいか何となく現実感が薄いように感じる



143 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/15(金) 20:59:39.52 ID:nQ+6pbjDO



「それにしても少し見ない間に新しい顔ぶれもちらほらといますね」


『あれから色々あったみたいだよー、球磨がチェストバスターしたり、長門がスパイで得意技は頭突きだったり、朝霜が提督と龍驤の子供になったり、ガングートの子供が国家間戦争を引き起こしかけたり』


「まるで意味が解らないんですけど…え?…は?司令官の子供に!?」


『食い付くのはそこなんだねぇ』


私も司令官の子供になってみたかったかも…司令官をパパと呼んで甘える私、龍驤さんをママと呼びお世話をする私…川の字になって眠る親子三人…いいかもしれない


『…なんか何考えてるか解っちゃう顔してるなぁ』



144 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/15(金) 21:02:01.98 ID:nQ+6pbjDO



「そういう事ですか…球磨さんとはあまり接点は無かったけど生きていて良かったですね…」


詳しく説明を受けた私はそう本心から思う、ついでに下着料理が出来なくなったらしいのも心から良かったとも激しく思う、実は私も被害者なのだ。下着が減っていると不審に思い探しているとその自分の下着が鍋で煮込まれていた私の気持ちが解るだろうか


「それに長門さんが大本営のスパイですか…まああの人の事もよく知りませんでしたけど…それに朝霜さんが幼児退行するのは意外ですね」


あの人への私のイメージはとにかく強い、喧嘩っ早い、逆境にも耐性のあるドM、と思っていたけど弱点もあったんだなあ


『一見強いように見えても何かを抱えてる、そんな人が集まる鎮守府なんだよね、運命か…それとも何かの意志が働いてるのかな』



145 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/15(金) 21:05:01.06 ID:nQ+6pbjDO
 
 
 
「貴女の仕業ではないんですか?」


『どうだろうねぇ、そんな人の巡り合わせを操る力があったらこんな世界にした私をどうする?』


「…世界は別にどうでもいいですが、始めから司令官に会わせてほしかったと文句を言います」


『それだけ?復讐してやろうとか無いんだ?』


「それだけです、もう恨むとか復讐だとか懲り懲りなんですよ私は」


『そっかぁ…ふーん…そっかぁ…』


意味深なニヤニヤ顔で何処か嬉しそうに頷くY子さん、何だか正直気持ち悪い。実際彼女は底が知れない不気味さはあるけれど多分そんな力は無いと思う、あったとしたら私はここには居なかっただろうと思えるくらいには何となく信用している
 
 
 
146 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/15(金) 21:07:23.71 ID:nQ+6pbjDO
 
 
何故私をここに繋ぎ止めているのか聞いた時その理由をはぐらかした彼女だったが、ある時一瞬見た申し訳なさそうな顔を私は忘れられなかった


はっきりとは聞いてないが多分彼女は私に罪悪感を抱いている…何故かは解らないがそれなら私がやるべきは出来る限り気楽に振る舞う事。恩はあれど何一つ悪くなどない彼女の為にも…


「それにしてもガングートさんにも子供が出来たのも驚きですね、しかも双子なんて」


『そうだねぇ…途轍も無く低い確率の筈なんだけどよっぽどの回数だったのかなぁ』


回数って…まぁその…私程ある意味で経験豊富な艦娘もなかなか居ないだろうけどその内容が酷かったせいで正直な所その手の話題は苦手なのだ。司令官に迫ってみたりした事もあったがむしろあれは我を忘れた暴走みたいなもので


「他には何か無かったんですか?他には」


露骨に話を反らす作戦に出る私だった


147 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/15(金) 21:09:54.90 ID:nQ+6pbjDO


他の話も大概だった


不知火や陽炎さんが実は大本営製の傀儡だったとか、和平派の深海棲艦が同族に虐殺されいくつかの鎮守府が全滅したとか、あわや外交問題勃発からの鎮守府取り潰しの危機だったりとか聞いてるだけで震えが走る


その話の中で潜水新棲姫のせいで司令官が倒れた話を聞いた時私がその場に居なくて良かったと思った


「その時点であの私が居たら確実に殺しにかかってましたね…」


『まあそうかもねぇ、でも今はもうそんな事にはならないみたいだよ』


と彼女がモニターを指し示すとその小さな深海棲艦がべったりとピンクの初期艦に付き従っていた


148 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/15(金) 21:12:03.07 ID:nQ+6pbjDO
 
 
「同一人物ですかこれ…私が見た時はもっとこう…キリリとしていて厳しい雰囲気でしたけど」


『恋は人を変えるというやつだねぇ』


初期艦さんに付き従う深海棲艦ははっきり言ってデレデレだった。それを受けている彼女は何処かこそばゆいような困った表情を浮かべている


「和平派の深海棲艦集めで付いてきたという話でしたけどいつの間に…」


『最初は身体目当てだったみたいだよー。でも多分刷り込みに近いものもあるんじゃないかな』


「身体目当て…ああ…そういう…」


何かにつけてそういう話題に行かざるを得ないのはあの鎮守府の呪いか何かなのだろうか


149 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/15(金) 21:14:45.95 ID:nQ+6pbjDO
 
 
『あの小さな深海棲艦はほとんど外の世界を知らなかった。人類や艦娘と戦う事が全てだと思っていた。だけど子供らしい好奇心旺盛さから初めて見たものに強い興味を抱いた』


「そういえば初期艦さんが一度捕まったと聞きましたが…」


『色々見たんだろうねぇ』


「不純じゃないですか」


『始まりなんてそんなものだよー。だけど最初に出会った相手だというのも強く影響していたと思うよ。もしかすると退屈な世界から連れ出してくれた王子様?みたいに思っているのかも』


「ふぅん…王子様ですか…」


悪い癖だとは思いつつ、つい自分と重ねてしまう。自分にはあの地獄から救い出してくれる王子様は現れなかった。その後にさすがに王子様とは呼べないけれど素敵な人に巡り会ったので私はまだ恵まれていたのだと今なら思える


150 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/15(金) 21:17:35.32 ID:nQ+6pbjDO
 
 
「は?司令官に付いていけないから和平派を抜ける?何考えてるんですかこの石頭は、司令官以上に和平に相応しい人は居ないでしょうに」


『どうどう、抑えて朝ちゃーん』


それからしばらくして和平派の会合を覗き見していた私はそんな場面に腹を立て聞こえる筈の無いブーイングを飛ばしていた


生前は決して見る事の無かった和平のリーダーとしての司令官の勇姿を見ようと思ったらいきなり会合は崩壊していた


「だいたい何ですか具体案出せって、無茶振りにも程があります。あの襲撃からまだそんなに経っていないじゃないですか、そんな簡単に対策出来るならそもそも襲撃自体を防げる筈です。いやそれよりも何で司令官に丸投げしてるんですか、無能だから自分では考えられないんですか」


『朝ちゃーん、落ち着いて朝ちゃーん』


はっ…私とした事が…いけない、思わずヒートアップしてしまった


151 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/15(金) 21:20:41.24 ID:nQ+6pbjDO
 
 
「すみません…思わず何か…」


『まあ仕方ないよ、だけどあの彼の言い分も解るかなー』


「そう…ですけど…」


私自身もそれまでの経験から割とシビアな価値観を持っている。誰も傷付けず、何も失わず平和を勝ち取る、それがどれだけ難しい事かは理解出来る


だけど司令官のあの優しさに救われた私はむしろその甘さこそが司令官の武器なのではないかと思う部分もある


『実際今の提督のままだとちょーっと難しいよねぇ…』


「むぅ…確かに完全に敵対している相手なら倒す覚悟も必要なのは解りますけど…だけど話し合いが出来る場に引っ張り出せれば司令官ならきっと…」


『言葉が通じても話が通じない相手は必ず出てくるよ、同じ人間同士でそうなんだから違う種族なら尚の事』


「それは…」


『笑顔で銃を突き付けながら説得が出来るような図々しさがあの提督にあればいいんだけどねぇ…』


152 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/15(金) 21:22:21.90 ID:nQ+6pbjDO
 
 
「それはまあ…そうかもしれませんね…でも多分司令官はあのままでも大丈夫な気がします」


『へぇ…それはどうして?』


「あの鎮守府は足りないものを補い合う鎮守府です、司令官に足りないそういう非情さ、シビアさは他の誰かがきっと補ってくれます」


そして司令官はそんな誰かをきっとまた優しく受け止めるだろう。むしろ謝ったりするかもしれない、自分の代わりに手を汚させてすまないと


だけど心配なのはあの鎮守府はそういう思いの強さからか独断専行しがちな人が多いという事だ、それが悪い方向に進まない事を私は祈るしか出来ない


そしてまた現世の様子を観る私達


153 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/15(金) 21:24:20.40 ID:nQ+6pbjDO
 
 
司令官も参加するという提督達の集まりがテロリストに狙われていると匿名の電話が入り密かに初期艦さんが護衛に向かうという


「よりによって司令官が居る時を狙われるとは…私も居たら…鎮守府から出られない私では無理ですね…」


『せめてもう少し人数を揃えて行けばいいのにねぇ、テロリストが何人かも判らないのに』


「私も同じ立場だったら同じ事してた気がします…一刻も早く駆け付けなければと、それで頭が一杯なのではないでしょうか」


そんな事を話していると早くも犯人の潜伏場所を発見する初期艦さん、そういう所は流石だと思う、しかしやはり複数居るようで対応に困っている様子


154 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/15(金) 21:26:20.02 ID:nQ+6pbjDO
 
 
そこに後を付けてきたらしい潜水新棲姫も現れ、何やらアドバイスをしている。それを聞いた初期艦さんがテロリストの武器弾薬の集積場所を砲撃した


大爆発


『うわぁ…無茶するなぁ…爆弾もあったみたいだし、下手したら皆吹っ飛ぶよあれ』


「こちらの人数が少ないですからね、多少の無茶は必要ですよ」


驚き、浮き足立った犯人達は計画の失敗を悟ったのか、側にあった装甲車に乗り込み逃走していく、それを見た深海棲艦が初期艦さんを引っ張って近くの車に乗り込み後を追う、そしてカーチェイスが始まった


155 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/15(金) 21:28:01.73 ID:nQ+6pbjDO
 
 
「テレビで見ている事もあって本当に映画みたいですね」


『あはは、そうだねぇ。あ、でももう終わりそうだよ』


しばらく追いかけっこをしていたテロリストの車がカーブを曲がりきれずガードレールに突っ込んでいく


「ドジですねぇ。引き際は鮮やかでしたけど、運転は素人なんでしょうか」


『装甲車だからどんなのが運転してるのかよく見えないねぇ』


「『あ』」


ガードレールを突き破り半分近く崖に乗り出した犯人の車に追いかける二人の車も突っ込んでいく、その衝撃で装甲車は崖下に落ちていき二人の車は停車した


「ドジですねぇ」


『仕方ないんじゃないかな…いきなり道を塞がれたんだし』


156 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/15(金) 21:29:43.84 ID:nQ+6pbjDO
 
 
爆発はしていなかったようなので運が良ければ犯人達はまだ生きているだろう。初期艦さんがふらふらと車から出るとなんと助けに行こうとしている、どうやら深海棲艦は気絶しているようだ


この人も司令官至上主義を公言しているが私とは違い大概甘いのだ。私なら助けには行かず止めを刺す事を考えていただろう。ましてや司令官も狙われていたのだ、放ってはおけない


事故のすぐ後に崖下に降りようなんて無茶もいいところだと思っていると程なく警察が追い付いて来て初期艦さんと深海棲艦は保護された


「どうやらこれで解決のようですね」


『あ、これから病院に運ばれるみたいだよ』


「それにしても通報はしていたとはいえたったの二人でテロリストを追い掛けるなんて無謀ですね。しかも一人は戦力にならない、さすがは突っ走りの初期艦さんですね」


『この場合あの深海の子が焚き付けたようにも見えたけどねぇ』


157 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/15(金) 21:31:35.60 ID:nQ+6pbjDO
 
 
「酷い怪我はしていないように見えましたけど頭とか打ってなければいいのですが…」


何となく心配なので病院での風景を見ていると意識を取り戻した深海棲艦が初期艦さんに抱き付く。よほど怖かったのか心配していたのかと思ったていたらカッコよかった、また惚れ直したと目をキラキラさせていた


『熱烈だねぇ、何て言うかすっかりメロメロ』


「あの…あんまりこういう場面を見るのは…」


などと言いつつテレビを消そうとはしない私。やはり気になるのは気になるのだ


そして小さな深海棲艦の頭を優しく撫でる初期艦さん。うわぁ…何かすごい優しい顔してる…割といつも賑やかなイメージだったけれどああいう顔も出来るんだ…


158 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/15(金) 21:33:30.11 ID:nQ+6pbjDO
 
 
やがて司令官や龍驤さんもお見舞いに来て少しの間入院という事になったようだ


それからもちょくちょくお見舞いをしている司令官に初期艦さんが今度は和平派の会合が狙われていると話していた


つい最近テロがあったのにまたという事は別口なのだろうか、この国にはテロリストがどれだけ居るのだろう


「別口のテロリストか内部抗争とかなんですかね」


『うーん…』


いつものように鎮守府の様子を眺めて一週間近くが経ったがどうも何も起きてはいないらしい


「デマだったんですかね。そもそも初期艦さんはこの情報を誰から…そういえば先のテロ情報も初期艦さんへの匿名電話だったらしいですが、彼女はテロテロ詐欺の標的にでもなっているのでしょうか」


『そんな詐欺は聞いた事…いや割とあるのかな、大抵はすぐ特定されて捕まるけど』


159 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/15(金) 21:36:24.13 ID:nQ+6pbjDO
 
 
何となく気になって病院の様子をモニターに映すと初期艦さんは退院の準備で荷物の整理をしていた。そういえば明日退院という話だったと思い出していると看護師さんが病室へ入ってくる


「特に変わった所は無いみたいですね。ただのイタズラだったんでしょうか」


『…あいつは…』


「え?」


いつになく真剣な彼女の声に私はそちらに振り向こうと―――





ご主…!





―――空気が噴き出すような音と何かが倒れる音がした
160 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/15(金) 21:39:41.67 ID:nQ+6pbjDO
 
 
「え?」


再びモニターに目を戻すと先程の看護師さんが何かを手に持ちそれを倒れている初期艦さんに向けていた


『…!』


再び先程の空気が噴き出す音、今度は連続で。初期艦さんの身体が僅かに痙攣してそのまま動かなくなった


「え?なんで…?あれってもしかして銃…どうして看護師さんが…?」


『朝ちゃん!もういいから!リモコン貸して!』


Y子さんが何かを叫んでいる。だけど私はモニターから目を離せなくなっていた

そしてその看護師さんが顔を上げ私はその目を―――


――見た
161 : ◆B54oURI0sg [sage saga !red_res]:2019/03/15(金) 21:44:46.90 ID:nQ+6pbjDO
 
 
 
あああああああああああああああ痛いああああ嫌だああああああああ指あああああ痛い痛いあああ痛いああああああああああああああ止めてあああああ痛いああああああああ助けてああああお腹がああああ止めろああああ目あああ痛いああああああ助けてああ殺すああああどうしてあああああああああああああ止めてあああああ痛いあああああ殺してああああああ嫌だあああああああああ死にたくないあ殺すあああああ痛いあああああ死にたいあああああああああ助けてあああああ誰かああああああああああ司令官ああああああああ―――
 
 
 
162 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/15(金) 21:46:52.40 ID:nQ+6pbjDO
 
 
 
 
 
『―――朝潮―――』
 
 
 
 
163 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/15(金) 21:48:25.17 ID:nQ+6pbjDO
 
 
「あれ…?」


ふと私が我に返るといつの間にか目の前にY子さんが居て私の頭を両手で挟んでいた。彼女の目は不思議な輝きを放っていたがそれもすぐに消え、手を離す


「私…今…何か…?」


何か…途轍もない悪夢を視ていたような気がする。私が思い返そうとすると


『―――何も無いよ―――』


その彼女の声を聞くと頭の中の何かが霧散していくのを感じる


『―――何も起きなかった―――貴女はアレには会った事も無い―――それは存在しない記憶――』


「何を言って…」


あれ…?本当に何も無かったような気がする。いやそうじゃなくて私は確か病室の様子を見ていて…


164 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/15(金) 21:49:59.12 ID:nQ+6pbjDO
 
 
「初期艦さん!」


思い出した。初期艦さんがあの看護師にいきなり撃たれて…あれは一体誰だったのか、見覚えは全く無かったが嫌な目をしていた、まともな人間ではないのは確実だろう


『…大丈夫?朝ちゃん?』


「え?私は別に何ともないですよ、いきなりショッキングな場面でびっくりはしましたが」


『そっか…なら良かった』

妙に心配そうなY子さん。こんな彼女は珍しい、いやそれよりも…


再びテレビモニターを見ると先程の看護師は既に居らず、血の海に沈んでいる初期艦さんが居るだけだった

「ああ…なんてことに…」

165 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/15(金) 21:52:26.27 ID:nQ+6pbjDO
 
 
司令官に限らず初期艦というのは提督にとっては特別な存在だと聞いた事がある。それが轟沈どころか陸で何者かに殺されたとなればあの優しい司令官がどれ程心を痛めるか想像も付かない


それにあの人には私もお世話になっていた。その顔見知りが目の前で殺された。私の中にとある感情が沸き上がるのを感じる


これは憎しみとは違う。恨みや怨念とも違う。理不尽に対する、仲間を傷付けた者に対する正当な怒り


ああ…私は司令官だけでなくちゃんと他の皆の事も大切に感じていたのだと今更ながら…遅すぎる…今になって気付いたのか…


「彼女も…ここに来るんでしょうか…海ではなく陸で死んだとなれば私と同じく…」


『まだそうと決まった訳じゃないみたいだよ』


166 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/15(金) 21:55:56.87 ID:nQ+6pbjDO
 
 
見ると倒れている初期艦さんの右腕だけが動きナースコールを押そうとしていた。間違いなく意識は無い、これは…


『あの子の中の深海棲艦が頑張っているみたいだね、普通なら艦娘だろうと即死だけど深海棲艦が何とか繋ぎ止めてる』


そしてどうにかボタンを押せたのか別の看護師さんが駆け込んできてそれからはもう大騒ぎだった


泣き叫ぶ小さな深海棲艦はまるで母親が死んでしまった幼子のようで見ている私も辛かった。そして連絡を受けて駆け付けてきた司令官は想像していた通りに狼狽して痛々しく、そして龍驤さんは思っていたよりは冷静に、だけど顔面は蒼白のまま司令官を慰めていた


ICUに担ぎ込まれた初期艦さんはどうにか一命を取り止めたようで私も胸を撫で下ろす。だがまだ予断は許さない状態のようで…



167 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/15(金) 21:58:11.86 ID:nQ+6pbjDO
 
 
それから司令官の様子を見守っていると何処となく雰囲気が変わっている事に気付く


「司令官…やっぱりすごく怒っていますね…」


『いくら優しい甘いと言ってもそりゃあねぇ。これで怒らなかったらそれこそ異常だよ』


ただそれが私のような暗い憎悪でなく正道に立てるような怒りであればいいのだけれど…


そして龍驤さんが誰かを呼んだようで見た事の無い海外艦と連れ立って病院に向かうようだ。どうやらあの人なら助けられるらしい


168 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/15(金) 22:00:07.45 ID:nQ+6pbjDO
 
 
「凄腕のお医者さんとかでしょうか」


『まあそんなようなものかな。…ん?お姉ちゃんがお話始めたみたいだねぇ…どうなるかなぁ…』


「ふ…じさんですか?」


『はっきり言っちゃっていいんじゃないかな。別にお姉ちゃんも止めてないし。そもそも色々な所で結構名指しされてるよお姉ちゃんは』


「秘密裏に何かしていると聞きましたが」


『活動している限りその存在を隠し通すなんて不可能だよ。というかドックに関わる人間なら元から知ってる事だし、そこからお姉ちゃんに行き着くのに時間は掛からなかったと思うよ』

169 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/15(金) 22:02:23.95 ID:nQ+6pbjDO
 
 
『どれぇ、ちょっと様子をっと…』


Y子さんがリモコンを操作する、すると画面が切り替わり見た事のない風景が映る。白い何も無い空間に初期艦さんと黒い着物の女の子が何かを話している


「これが富士さん…」


服装は和洋真逆だが姉と呼んでいるだけあって顔立ちはよく似ている、だけど見た感じ富士さんの方が背も小さくこちらの方が妹のようにも見える、それに胸も…


ふと富士さんがピクリと反応してちらりとこちらを見た気がした


『お?さすがに解っちゃうかあ…まあ気にせず続けてねーお姉ちゃん?』


170 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/15(金) 22:05:09.09 ID:nQ+6pbjDO
 
 
溜め息をひとつ吐き富士さんが初期艦さんに向き直り話を続ける


初期艦さんが話す内容もまた私にとっては興味深かった

あの龍驤さんの独占欲は私も知っている。それに確かに龍驤さんは今回の事でも私が自殺した事でも悲しんでくれていた、しかし本人にも自覚は無く無意識だとしても私や初期艦さんを邪魔だと感じていてもおかしくはないかもしれない


そもそも横恋慕していた私の方が悪いのだからそう思われていても仕方がないとも思う


それとは別に確かに仲間を大切に思う気持ちは本物だったと確信している。そうでなければあれほど親身に接してはくれないし、私から断ったとはいえ司令官を分けようなどと言い出す筈がない


171 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/15(金) 22:07:23.78 ID:nQ+6pbjDO
 
 
そして初期艦さんが自らの想いを吐き出す。いつの間にか彼女はあの小さな深海棲艦の事が司令官よりも好きになっていたらしい。はっきり言ってこれが一番の驚きだった


「…意外ですね…いつも司令官第一だとばかり思っていましたが…」


『朝ちゃんもあの提督ばっかり見てたから知らなかっただろうけど、あの深海棲艦頻繁にアプローチしてたみたいだよ。多分そんな風に求められるのは初めてだったんじゃないかな』


「ものの見事に落とされてしまった訳ですか…」


『あのピンクの子も色々面倒を見てる内に情が移っていったみたいだねぇ』


…もしかしたら私にもそんな相手がいたらもっと楽に生きていけたのだろうか、憎しみも忘れ、横恋慕の負い目など無く、幸せに…


172 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/15(金) 22:09:50.00 ID:nQ+6pbjDO
 
 
ふとモニターを見ると初期艦さんの姿が薄れていっている所だった


「えっ…消え…?」


『ここは精神世界だから現実に戻るだけだよ。お姉ちゃんあの子を見逃したみたいだねぇ…珍しいなぁ』


Y子さんがやたらニヤニヤとしながらそう言ってモニターの中の富士さんに手を振っている。すると今度ははっきりとこちらを見た富士さんが苦虫を噛み潰したような顔をして顔を反らしている


『照れるな照れるな。後で誉めてあげるからぁ』


何だかやたら嬉しそうなY子さん。この二人もよく解らない、仲は悪くはないのかな


そして映像が切り替わり病室にの場面に。あの深海棲艦が初期艦さんに抱き付いて泣きじゃくっていた


173 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/15(金) 22:12:35.00 ID:nQ+6pbjDO
 
 
どうやらあの海外艦の人がどうやったのか治療したらしい。あれほどの重傷を完全に治すなんて信じられない、だけど…


「良かったですね…本当に…ぐすっ」


『朝ちゃん…』


私なんかとは違う、彼女はあの鎮守府には無くてはならない存在だ。私は結局司令官や皆に迷惑ばかりかけてしまった…せめて死ぬ前に恩を返したかったなあ…

『朝ちゃんこっちに』


「…?なんでしょう」


Y子さんが私を手招きする

174 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/15(金) 22:15:15.72 ID:nQ+6pbjDO
 
 
「あ…」


彼女が私を抱き締め優しく頭を撫でてくる


『…ごめんね』


「なんでY子さんが謝るんですか…何もしてないのに」


それには答えず彼女は私を抱き締め頭を撫で続ける


私は不思議と安らぎを感じそれに身を任せるのだった 
175 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/15(金) 22:17:35.91 ID:nQ+6pbjDO
ここまで
二人で外野視点で好き勝手言っていくスタイル…の筈
176 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/15(金) 23:21:22.38 ID:zmTIfQUBo
おつです
オーディオコメンタリーなやり取り好きなんだよなー
そして朝潮にも平原といわれる富士さん……ステータスだ元気だせ
177 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/15(金) 23:23:21.99 ID:TghJSXsHo
タシュケントはトラウマ
178 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/15(金) 23:58:35.86 ID:Lu6v8KbVO
素晴らしかったです
179 : ◆lxd9gSfG6A [sage]:2019/03/16(土) 01:19:19.66 ID:cetMpEXN0

「……失礼しました」

「はい。おやすみ、不知火」


バタン

コツコツコツコツ…………


千歳さんのカウンセリングが終わり、誰もいない廊下に出ました。

黒潮の付き添いから始まったカウンセリングは、思ったよりずっと長かったようで、月明かりを頼りに歩きます。

同室の陽炎も、帰りが遅いことを心配していることでしょう。
180 : ◆lxd9gSfG6A [sage]:2019/03/16(土) 01:20:23.85 ID:cetMpEXN0

コツコツコツコツ…………


…………陽炎に、どこから話せばいいのでしょう。

龍驤さんに反発する黒潮と話したこと。

異変を感じて千歳さんのところに付き添ったこと。

千歳さんのカウンセリングを受けたこと。




激昂した黒潮に綾波が重なって見えたこと。

その黒潮に傀儡と呼ばれたこと。

そして、不知火はPTSDであると診断されたこと…………


……………………

181 : ◆lxd9gSfG6A [sage]:2019/03/16(土) 01:21:42.18 ID:cetMpEXN0


ザザーン……ザザーン……


あてもなく歩いて、近くの海岸にたどり着きました。


綺麗な海が見たくて、なんとなく散歩をしていただけです。


決して、部屋に帰りたくなかったわけではないのです。


誰も聞いていないひとりごとを呟きながら、砂浜に腰を降ろしました。

水面に大きな満月が揺れる、穏やかな夜の海です。



182 : ◆lxd9gSfG6A [sage]:2019/03/16(土) 01:23:03.44 ID:cetMpEXN0

ザザーン……ザザーン……




暴力。

綾波。

傀儡。

PTSD。


千歳さんのカウンセリングで、不知火は自らの過去を話しました。



不知火は、多くの過ちを犯してきました。


かつての仲間に、数えきれないほどの暴力を振るったこと。

葛城さんに無理をさせてしまった瑞鶴さんを、正義面をして糾弾したこと。

鎮守府が消滅して、唯一の生き残りだった綾波が、私を恨んでいたこと。

その綾波さえ、廃人となって解体されたこと…………

183 : ◆lxd9gSfG6A [sage]:2019/03/16(土) 01:25:55.36 ID:cetMpEXN0


この鎮守府に来て、不知火はたしかに変わりました。

ですが、それで不知火の過去が無かったことにも、生まれ変わったことにもなりません。

不知火は今でも、感情に振り回されて、暴力に訴える艦娘だと考えています。





ですが。

もし不知火の過ちが、未来を変えるために活かせるなら。

不知火のように過ちに囚われた仲間に、寄り添うことができるなら。


それが彼女への、せめてもの手向けになればと、思います。
184 : ◆lxd9gSfG6A [sage]:2019/03/16(土) 01:28:26.35 ID:cetMpEXN0


水面に揺らぐ、夜月の輝き。

浮かんでは消える、いくつもの影。


執念に満ちた心を抱えて、絶望の中に沈んでいった彼女には、決して届かないとわかっていも。

残されたこの命を、償いのために捧げることができれば。

彼女が生きていたこの世界を、未来につなぐことができれば。


正しいかどうかは分かりません。

自己満足かもしれません。



それでも。





それでも、不知火は…………………………






185 : ◆lxd9gSfG6A [sage]:2019/03/16(土) 01:29:49.15 ID:cetMpEXN0



「…………あっ、やっと見つけた!」



「もー!いつまでたっても帰ってこないから心配したじゃない!なんでこんなところにいるのよ!!」


「ほら明日も朝早いん…………?」


「いや、だって……そのかおわぷっ!?」




「ど、どうしたのよ急に……あーあーそんなにぐしゃぐしゃにしちゃって………よしよし………………」



186 : ◆lxd9gSfG6A [saga]:2019/03/16(土) 01:30:47.72 ID:cetMpEXN0
『ここにいないあなたへ』
187 : ◆lxd9gSfG6A [sage]:2019/03/16(土) 01:33:09.01 ID:cetMpEXN0
元ネタは[たぬき]の映画で流れた星野源の楽曲です。
YouTubeにあるのでよかったら是非。
188 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/16(土) 11:41:13.79 ID:b/w0V1i8o

ん゛ん゛っいい曲!
出てきた陽炎型は皆主役張れるエピソード持ってるよね
189 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/16(土) 13:40:23.59 ID:dZzWUhhDO
おつです
ここの物語は割と姉妹艦の繋がりが弱いように感じていたけど陽炎はちゃんとお姉ちゃんしてるみたいで安心した
金ピカだけど
190 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/19(火) 17:18:33.14 ID:1VtF/uQA0
>>91からの続きです
191 : ◆6yAIjHWMyQ [saga]:2019/03/19(火) 17:21:20.37 ID:1VtF/uQA0


 玄関ポーチに到達し、烏山提督の革靴の音が止む。一拍遅れて、私と玉砂利の演奏も幕を引いた。灰色の碁盤の上に二人で並ぶ。

 正面へ顔を上げる。木で作られた両引き戸が鎮座していた。木製縦格子に、それらを繋ぐように整然と填められた乳白色の擦りガラスは自形の石英、つまり水晶、その結晶面のような形をとっている。

 そこにただ存在しているだけの空虚な玄関だった。不用意に人を近付けさせまいと威圧感をだしていた正門とは打って変わった印象を受ける。

 それと同時に何かが引っかかった。4枚建戸のあちこちに視線を巡らす。後頭部に火花が散った。京都の料亭で見た、銅製蝶が飾られた合掌引手にそっくりだ。 

 あの料亭は、前の提督が――――。思考を断絶。ここで思い出したところで何になるのか。多少は晴れた心を無駄に曇らす必要はない。

 思考の破片を振り払うように顔を右に向ける。烏山提督は、玄関の壁にある呼鈴を押さずに扉を見つめているだけだった。


「そのインターホン、鳴らさないの?」


「鳴らさなくてもあちらから来るよ。」


 烏山提督は口に手を当て、軽くあくびをしながら答えた。ずっと運転をしていたから少し疲れているのかしら。後で何か恩返しをしよう。

 あくびが収まると、彼はあぁと声を出した。


「ここの提督にだけは荒潮の事情をすでに話した。彼女に話を通しておいたほうが安全性および秘匿性が高まる。」


 笑顔で大事なことを世間話のように話された。

 一瞬身構えたが、しかしこのタイミングで公開されたのならこの情報はさほど重要ではないのだろう。彼を信じよう。


「それ、大丈夫なの?」


 されど念には念をいれる。用心には網を張れ。


「大丈夫。信頼出来る人だよ。小生と同じ、いわゆる上層部の一人だからね。」


「あぁ、でもあっちのほうが上だ。」という彼の呟きがすぅっと消えて、そこそこの権力という無駄な謙遜はいらないと思った。


192 : ◆6yAIjHWMyQ [saga]:2019/03/19(火) 17:23:16.96 ID:1VtF/uQA0


 程なくしてガラス越しに人影がみえた。ぴたぴたと張り付くような音が微かに聞こえる。

 影は小さくなり、カタン。左へ移動しまたカタン。大根をゆっくり輪切りにした時の音に近い。

 そして戸車の回り擦れる音を響かせながら、二枚の扉は左右に離れていく。その間から現れた人間は――――。


「烏山、待っていたよ。」


 聞き覚えのある声だった。その声はカシミヤのように柔らかく、そして軽く弾んでいた。

 見覚えのある顔だった。下手に化粧を施せば価値が失われるであろう肌と顔立ち。

 その顔には黒曜石が如き双眸と眉が、高い左右対称性で配置されている。あまりに整い過ぎて地味な印象さえあった。

 豊かな黒髪からつくられた一本の三つ編みが陽光の当たらぬ影の中で、蜜蝋でも塗られたような光沢を放ちながら、胸元へ垂れ下がっている。

 枯れた蔓が赤褐色で描かれた、黒茶地の着物を纏った女がそこにいた。


「――――」


 心臓が、自壊してしまいそうなほどに大きく鼓動を刻み、一瞬停止。

 眼球がころりと抜け落ちてしまうのではないか。そう自覚できるほどに私の瞼は開かれた。きっと瞳孔も散大しているに違いない。

 口内が粘つく。朽木がねじ込まれ、そのまま張り付いたかのように喉が窄まる。水分が体の中心へと向かっていく感覚があった。

 その感覚に乗じて、烏山提督とこの女に気取られないように息を吸う。慎重に吐く。女の姿を見た瞬間から反射的に握りこんでいた拳が、弛緩していくのがわかった。

 最前線の第一艦隊から長く離れていたこともあってか、不測の事態が起こってからの、精神の立て直しに、あの頃よりも時間がかかっている。

193 : ◆6yAIjHWMyQ [saga]:2019/03/19(火) 17:24:28.96 ID:1VtF/uQA0


「それが本当なら、門衛に誰が来るのかをしっかり伝えてあげてやれ。狼狽していたぞ。」


 隣から聞こえる、男の語気鋭い声。菊月達と話すときの調子とは違う。私は知らなかった。


「不測の事態にも対応できるように鍛えてあげる。この親心が分からないかなぁ。」


 女の眉根に一瞬皺が刻まれたが、すぐに戻った。しかしこの対応はまさに暖簾に腕押し。私の知らない、彼女の応対だった。


「そして初めまして。君が曙さんに会いたいっていう荒潮さんだね。」


 女は相対するように私へ体を向き直し、腰をかがめた。視線が合う。懐かしさが鼻先を仄かにくすぐる。甘くスパイシーな香り。

 頭をよぎるのは『澪標』。秘書艦を必要としない彼女が愛用していた、恐らく最初で最後の秘書艦になったときに聞いた、香水の名前。


「ボクはここの提督で、雲林院っていいます。どうぞよろしく。」


 手を差し出される。握手を求めているのでしょう。右手を差し出す。陶器のような見た目から放射されたこの熱の感触を、私は知っている。


「手、冷たいね。烏山、荒潮さんに防寒着を用意しなかったのかい?」


 女の視線が烏山提督へと向けられる。私はその視線をたどる。


「合うものがなかったんだよ。」


 目をそらされた。4つの瞳の圧力に屈してしまったのかしら。合うものがなかったのは確かだけれど。


「そっか、じゃあ仕方ないね。ささっ、上がって上がって。」


 女は身を翻し、扉の内へと進む。続く烏山提督の背後に、私もまた続く。




 予想外の出来事というものは得てして確認不足によって起こる、と思う。

 確かめてもらったのは今の曙の提督の名前が、旧世界の曙の前の提督の名前と一致しないということだけだった。自分のその浅慮さを恨む。

 いや、これは見様によっては好都合だ。曙の様子とこの女の様子を一度に把握できる。

 あなたを見極めよう。かつて、あなたの麾下にいたこの私が。


194 : ◆6yAIjHWMyQ [saga]:2019/03/19(火) 17:29:04.47 ID:1VtF/uQA0
一旦ここまで
質問や確認したいこと等がありましたら、どうぞ
195 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/20(水) 07:38:38.97 ID:KHOibW1ko
おつおつ
196 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/22(金) 02:12:21.24 ID:XmkdBCEDO
>>174から
 
 
「ふぁあ…」


いつもの様にテレビを通して私がかつて居た鎮守府の様子を見ている私


私の名は朝潮、他に特に言うべき事も無い、独房!連れていけ!まあ私はむしろ独房に入れられる側ですが


…じゃなくて、幽霊生活にもだんだん慣れてきたけれど特にする事も無い私


この現世テレビを観るか、Y子さんのお世話をするか、部屋の掃除…とは言え普通の家の様に埃が積もったりはしないので専ら彼女が散らかした本やらお菓子やらを片付けるくらい


そのY子さんも今日は部屋で寝ているのでここには私一人だった


あれから司令官達は殺し屋を探すも見付けられずあっさり諦めて初期艦さんの復帰パーティーを始めた


司令官と別れる場面は少しだけ意外だった。少なくとも現状維持するのではと思っていたけど彼女も随分思い切ったものだと思う
197 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/22(金) 02:14:12.62 ID:XmkdBCEDO
 
 
パーティーの後は特に何事も無く普段通りの鎮守府に戻った様子で今は夜。それぞれ思い思いの時を過ごしている様子を流し見る


何やら猫耳を着けた龍驤さん朝霜さん響さんに壁まで追いやられている司令官が居た


「相変わらず司令官は猫耳に弱いんですね…」


正直誘惑というよりもその司令官の反応が楽しくて玩具にしている感が強い。私もやった事があるがつい調子に乗って龍驤さんに怒られたのも良い思い出


それから龍驤さんと司令官を残し部屋から退出する響さんと朝霜さん。ここからはプライベート、いくら見放題と言ってもそこは私も弁えている


リモコンを操作し場面を変える


「…ええ見ませんよ、私は夕張さんとは違うんです。そういうのは見ちゃ駄目なんです」


誰にともなくそう言い訳をするのは別に見たいからではありません。断じて違います
198 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/22(金) 02:16:38.87 ID:XmkdBCEDO
 
 
ふと覗いた書庫で潜水新棲姫に膝枕している初期艦さんと北上さんが話していた


≪霊は成仏してなんぼですけど、ここで見てて欲しいって気持ちもありますよ≫


すみません成仏してません…そこじゃないけど見てます


何となく心の中で謝る私



――と



ガチャ



背後から扉の開く音が聞こえた。Y子さん起きたのかなと振り向くとそこに居たのはあの精神世界で見た黒い着物の少女


【あの子は居ないのね】


「あ…はい、Y子さんはお部屋で寝てます」


【そう…】


何処かホッとしたような、それでいて寂しいような複雑な表情を浮かべ


そして何も言わずに炬燵に入り項垂れる
199 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/22(金) 02:18:51.69 ID:XmkdBCEDO
 
 
「あの…大丈夫ですか?何処か具合が…」


【私にも少し休みたいと思う事くらいあるわ…】


と疲れた顔で言う彼女


「とりあえずお茶でも淹れますね」


【…えぇ】


この人は確か富士さん…始まりの艦娘でありY子さんの姉、詳しい事は知らないし具体的に彼女が何をしているのかも私は聞いていなかった


以前Y子さんから聞いたのは全ての艦娘の中に眠っていてきっかけがあると目覚めるという事だけ


この際本人に聞いてみるのもいいだろうか
200 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/22(金) 02:20:32.57 ID:XmkdBCEDO
 
 
「はい、どうぞ」


【ありがとう…】


お茶を受け取り啜る富士さん。同じくお茶を啜る私と目が会った


あの目だ


Y子さんが時折私に向けるあの申し訳無さそうなあの目を彼女もしていた


【…私の話はあの子から聞いている?】


「始まりの艦娘で全ての艦娘の中に居るという事くらいでよく知りません」


【そう…ならいい機会だから貴女にも説明するわ、私が何を目指しているのか…】


「いいんですか?」


【えぇ…今の貴女には知る権利がある。全てとはいかないけれど話せる事は話すわ】
201 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/22(金) 02:22:22.94 ID:XmkdBCEDO
 
 
「理想郷の扉…艦娘達を救う…ですか…」


【えぇそうよ】


艦娘達がどのようにして生まれたのか、その話は私にとって驚きではあった


つまりはこの人は私達のお母さんでY子さんは叔母さんという事になるのだろうか


【私は私の娘達を戦いの道具のままにしておくつもりは無いの。…この世界に居る限りそれは死ぬまで付いて回る】


「その扉を開く為に艦娘達の魂を集めていると…何か矛盾していませんか」


【…解っているわ。けれど私だけの力では扉は開けない、どうしても取捨選択は必要になってしまう…】


…失言だったかもしれない。彼女の辛そうな顔はとてもじゃないけどそれを好きでやっている訳ではないと雄弁に語っていた
202 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/22(金) 02:24:32.46 ID:XmkdBCEDO
 
 
【…だけど最近、予想外の事実が判明してしまったの…】


「それは…?」


彼女はここに来た時に見せていた疲れた表情を浮かべ


【傀儡艦娘…聞いた事はある?大本営が独自に、私の建造ドックを通さずに艦娘を作っていた…】


そこで私は以前Y子さんから聞いた話を思い出した


「不知火さんや陽炎さんが確かそうだと…」


【そうよ…おかしいとは思っていた…彼女達は特別精神が強靭な訳じゃない普通の艦娘。きっかけは充分あった筈なのにいつまで経っても私は目覚めない…】


そして悔しげに目を伏せ溜め息を吐く
203 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/22(金) 02:26:47.74 ID:XmkdBCEDO
 
 
【あそこ以外の艦娘もそう。彼女達が苦しんでいるのを他の艦娘の目を通して見ている事しか出来なかった。少なくとも私が中で目覚めていれば少しは良い方向に誘導してあげたりしようと思っていた…】


「誘導…ですか」


【えぇ…完全に乗っ取ったりしない限りは限定的にしか干渉は出来ない、無意識に働きかけて助けてくれそうな人の元に行かせてみたり…初雪のように】


そこで意外な名前が出て私は驚いた


「初雪ってあの初雪ですか?」


【そうよ、不自然なまでに貴女に構おうとしたあの初雪。…あの子も結構危ない状態だったけれど】


確かに今思うと不自然にも程がある。そして彼女が言うにはあの初雪も憎しみを持っていたから私と会わせ上手く事が運ばないか期待していたらしい


…ん?何だか…この人…もしかして
204 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/22(金) 02:30:04.31 ID:XmkdBCEDO
 
 
「あの…もしかしてそれだけですか?」


【………どういう意味かしら】


今解った。この富士さん割と行き当たりばったりなんだ


【…仕方ないでしょう、何故か貴女には直接干渉出来なかったのだから。あの時点で私が誘導しやすかったのがあの初雪しか居なかったのよ】


私が胡散臭げに見やると咳払いひとつして富士さんはそう言った


【…でもそれも結局は無駄だったわ。私の力不足で…ね】


そして彼女は私に向き直り


【…ごめんなさい、本当に。貴女があの人間に売られ、酷い仕打ちを受けているのを私は見ているしか出来なかった】


そうして私に頭を下げる
205 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/22(金) 02:32:25.64 ID:XmkdBCEDO
 
 
ああ…そうか…やっと解った。この人やY子さんがどうして私にそんな目を向けるのか


これまでは単に私を死なせた事に罪悪感を抱いているのだとばかり思っていた


最初から…それこそ私が艦娘としてこの世に生を受けてからずっと…見ていたんだ…見守っていたんだと


頭を下げ続ける富士さんを見ながら私はすっと立ち上がり近付く


私の接近を察した彼女の肩がぴくりと動く。しかし頭は下げたままだ


…多分私が報復行動に出るとでも思っているのかもしれない
206 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/22(金) 02:34:06.62 ID:XmkdBCEDO
 
 
「頭を上げてください」


彼女の前に立ち敢えて強い口調で言う


【…】


ゆっくりと顔を上げ私の目を見返してくる。その目はどんな罵倒も暴力も受け入れようという意志が感じられた


…やれやれ、生前ならいざ知らず今の私はそんな事はしたくない。けれど富士さんはおそらくあの私しか知らないのだ


だから私は思い切って彼女に飛び付いた


【えっ…】


困惑する声が聞こえるが無視して思い切り抱き付く、頭をぐりぐりと押し付けて甘えて見せる
207 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/22(金) 02:37:48.12 ID:XmkdBCEDO
 
 
良い香りがした。何処か懐かしいような、切ないような


幼少の時期など無い筈の私が、それでもまるで自分が子供になったような


母親など知らない筈の私が長らく離ればなれになっていた肉親に会えたような


「うっ…ぐ…ひっ」


ああ…駄目だ…彼女を慰めるつもりでこんな行動に出たが自分でもこれは予想外だった…多分、本当にこの人は私達の…


私はいつしか彼女にすがり付き泣きじゃくる


そんな私の背中に手を回し優しくぽんぽんと叩く富士さんに私はますます声を上げて泣いてしまうのだった
208 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/22(金) 02:39:16.14 ID:XmkdBCEDO
 
 
【落ち着いたかしら?】


「はい…あの…すみません」


【構わないわ】


何となく気恥ずかしくなって顔を伏せながらもまだ抱き付くのは止めない、離れ難い気持ちが強くて自分でも抑えられない


【もう私が貴女にしてあげられる事はほとんど無いのだから…遠慮はしなくてもいいのよ】


「はい…ありがとうございます…」


多分今鏡を覗いたら私の顔は真っ赤になっているだろうと頭の中の冷静な部分で考えていた


こうなったらもう開き直るしかないとしばらく甘え続ける私なのだった
209 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/22(金) 02:40:53.49 ID:XmkdBCEDO
 
 
それから彼女の膝枕の上でぽつりぽつりとそれまであった楽しかった事を話す私

私にとって良い記憶というものはほとんどがあの鎮守府のもの。もちろん彼女は知っている事ばかりの筈たけれどそんな事は口に出さず相槌を打ってくれていた


不思議に思う


これが本来の富士さんであり私達にとても優しく接してくれる


先の話では歪んだ艦娘の魂を集め…つまりは命を奪っているという


…我が子のように思っているのだとして、その魂を狩らなければならない…その心情は私には想像するに余りあった


そんな事を考えていると点けっぱなしにしていたテレビから騒がしい声が聞こえた
210 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/22(金) 02:43:20.10 ID:XmkdBCEDO
 
 
見ると鎮守府の様子がおかしい、何やら有毒なガスが発生したと騒ぎになっていた


すると富士さんが


【…どうやらこれは事故のようね…あら?これは…】


少し遠くを視るような目をした後にそう言った彼女が窓の外に顔を向けた


釣られ私もその方向を見ると妙なものが遠くに見える

烏に吊られた誰かがこちらに近付いてくる


【…あれは貴女の所の秋津洲ね。どうやらあのガスを吸い込んだみたい、あのままだと死者の仲間入りね】


「ええ!?」


私は慌てて外に飛び出す
211 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/22(金) 02:45:34.31 ID:XmkdBCEDO
 
 
「こっちに来ちゃ駄目です!こっちに来ちゃ駄目!」


私は遠くに見える秋津洲さんに向かってブンブンと手を振ってジェスチャーをする。さすがに遠すぎてどんな顔をしているのかは見えないが目が合ったような気がする


【どうやら治療は間に合ったみたいね、臨死体験で済む筈よ】


と、吊られた糸が切れ、秋津洲さんが落下、あわや地面に激突という所でその姿が掻き消えた


改めて鎮守府の様子を見るとどうやら戦艦の人の料理が原因だったらしい、どんな料理だったらそんな有毒ガスが発生するのだろう…

【そんな事であっさりこっちにこられたら堪ったものじゃないわね…】


「ですよね…」


と溜め息を吐く富士さんと私
212 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/22(金) 02:47:34.56 ID:XmkdBCEDO
 
 
「でもあれ?魂を集めるなら好都合だったのでは?」


言ってからまたしまったと思う。私は割と思った事がすぐ口に出てしまうのだ。それで結構トラブルに見舞われたりもしたがこの悪癖は死んでも治らなかったようだ


しかし彼女は特に気にした風も無くそれに答える


【仮にあの魂を狩っても大した力にはならないわね。私が求めているのは強い感情の歪んだ魂】


「それってもしかして私のような?」


【…そうね。でも今の貴女はもう大分落ち着いているからそこまでではないわ】


むしろ貴女から別れた怨念の方が強い力を持っていた、生憎と見失ってしまったけれどと富士さんは締め括った
213 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/22(金) 02:49:42.04 ID:XmkdBCEDO
 
 
部屋に戻るとY子さんが起きてきていてこちらに手を振る


『やっほ、お姉ちゃん久しぶり』


【…調子はどうかしら】


『んー、悪くはないかな。お姉ちゃんこそお疲れみたいだねぇ』


【問題無いわ。少し休憩させてもらったしね。それにこの子に力も貰った。また頑張れるわ】


と私の頭を撫でる富士さん。力?何か吸われたんだろうか、よく解らない。でもこうして撫でられるの落ち着く
214 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/22(金) 02:51:44.91 ID:XmkdBCEDO
 
 
【さて…私はそろそろ行くわ。あまり悠長にはしていられない】


『もう行くの?もう少しゆっくりしたっていいんじゃないかな』


【…こうしてる間にも不幸になる子達が増えている。何とか出来るのは私しか居ないのよ】


『だって傀儡の艦娘だってどれだけ居るか解らないのに集めきれるの?そろそろ別の方法を考えたら?』


【…他の方法を考えている時間は無いわ。直接連れて行けなくともやりようはある】


『相変わらず強情なんだから…』


困った姉だなとY子さんが肩を竦める。何となく話に入れない私は二人の顔を交互に見るしか出来ない。首が痛い
215 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/22(金) 02:54:07.52 ID:XmkdBCEDO
 
 
そして部屋から出ていこうと扉に手を掛ける富士さんに私は思わず


「あのっ…!」


【何かしら?】


振り向き私を見る目はやはり優しい。これっきりなんて何か嫌だ


「良かったらまた来てください!またお話してください!」


そう上目遣いで…とはならないけど必死に訴える。富士さんの背丈は私とそう変わらないのだ


少し困ったような顔をした富士さんがY子さんに目線を送ると彼女はにやりと笑うだけで何も言わない


決して逃がすまいと意志を込めて見返す私に富士さんはやがて諦めたように溜め息を吐き


【…解ったわ。たまになら、またお話しましょう】
216 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/22(金) 02:56:13.77 ID:XmkdBCEDO
 
 
そう言ってまた頭を撫でてくれる


「っ!ありがとうございます!お母さん!」


【え…】


『ぷっ…』


あっ…私は思った事がすぐ口に…


「そそそ…そうじゃなくて!富士さんがお母さんならY子さんは叔母さんなのかなとか思ってなく…」


ガッ


おや?急に視界が暗く…


『うんうん、朝ちゃんはそのすぐ口に出る癖を直そうね、ね?』


ギリギリ


「ああぁぁあぁぁぁ!?」

Y子さんのアイアンクローを受け三途の川に私の絶叫が響き渡る


【はぁ…】


富士さんの溜め息を聞きながら私は意識を手放したのだった
217 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/22(金) 02:57:21.02 ID:XmkdBCEDO
ここまで
次は…
218 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/22(金) 07:52:01.68 ID:ZJWIXrrZo
おつおつ
……扉開ける前のルーツから考えると三日月が八島造ったから、富士さんはおばあちゃn
219 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/27(水) 01:16:01.20 ID:OVYeofFDO
>>216から
 
 
『いやあぁぁぁ!やめてぇぇぇ!』


部屋にY子さんの絶叫が響き渡る


「往生際が悪いです。いいから大人しくしていてください」


『往生してるのは朝ちゃんもじゃんかぁ…お願いだから考え直してよぉ』


いつに無く情けない声で懇願する彼女。しかし私は断固として拒否


「駄目です。諦めてください。この炬燵は片付けます」


『しょんなぁ…』


私の名は朝潮。幽霊生活数ヶ月の新米です。そろそろ炬燵の季節じゃないので片付けましょうかと言った所この有り様。炬燵の魔力は彼岸も此岸も関係無いようで

1◇
 
 
「だいたい眠りたいなら部屋にベッドがあるじゃないですか」


『それとこれとは別なんだよぅ…朝ちゃんは炬燵が恋しくないの…?』


「確かに快適ではありますがもう春なんですからそういうのはきっちりするべきです」


『ここでは四季なんて関係無いと思うんだけど…』


ここは三途の川の片隅に作られた家。夏も冬もあまり変わらない気候…というかここに居ると正直季節感どころか時間の感覚も曖昧になりそうになる


だからこそしっかり日付を確認してそれに見合った状態にするべきだ


『くぅ…この真面目ちゃんめぇ…』


そう言った私に諦めたように項垂れるY子さん。ちょっと罪悪感…いや、ここで折れたが最後、きっとずっと出しっぱなしになるに決まっている


そうして私はてきぱきと炬燵を仕舞いようやく洋室らしさを取り戻した部屋を見て満足するのだった
220 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/27(水) 01:18:53.73 ID:OVYeofFDO
 
 
あれからまた鎮守府では色々あってガングートさんがついに双子を出産した


一時危険な状態に陥ったらしいが結果無事に済んだようで私もホッとした


赤ん坊の顔を私も覗き見したけれど何とも小さくて守ってあげなければという気にさせる。…ちょっとだけ心残りが増えたかもしれない。私も…と


そんなニュースを聞き鎮守府も明るくなっている最中、あの人の…龍驤さんの様子がおかしい事に気付いた


義肢も付けずに廊下を這いずる龍驤さんを初期艦さんが抱えていく


龍驤さんは司令官との子供を欲しがっていた。だけど自分の身体では出産に耐えきれない、だから子供は作れない、だけどやっぱり子供が欲しい


そんな思考の袋小路


聞いた話では身体を治す事も可能らしいが詳しい事は私は知らない。だけど龍驤さんはそれを拒否していると


かつて龍驤さんが救えなかった子供への義理立てなのだろうか。幸せになれるチャンスを敢えて掴まない、私にはその部分はあまり理解出来なかった

221 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/27(水) 01:21:22.71 ID:OVYeofFDO
 
 
不安定になった龍驤さんを隔離室で拘束している場面は正直見ていられなかった


連絡を受け駆け付けてきた司令官が必死に訴えかけている


そして私は…今ほど聞くんじゃなかったと後悔した事は無い龍驤さんの告白を聞いてしまった


『えっ…』


「ふた…また…?龍…驤…さんが…?」


私は信じられない気持ちでモニターを眺める。同様に驚くY子さんの声が聞こえた気がした


そしてその後鎮守府の皆の前で懺悔をする龍驤さんは司令官の事も最初は別に好きではなく財布程度にしか思っていなかったと、そして電車に轢かれそうな子供を自らの点数稼ぎに利用しようとして失敗し、あの身体になったと語る


その姿を私は呆然と眺めるしか出来ない

222 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/27(水) 01:23:12.95 ID:OVYeofFDO
 
 
私にとって司令官と龍驤さんは理想の恋人だった。多少歪な部分もあったけれどお互いに想い合う気持ちは本物だと思っていた


だからこそ私は司令官や龍驤さんの申し出を断り続けてきた。理想の二人に割って入るなんて駄目だと自分を抑え続けてきた


『朝ちゃん!駄目!それ以上考えなくていいから!』


さすがに耐えきれない時には甘えさせてもらったりもしたけれど一線は越えなかった


『朝ちゃん!!』


お嫁さんを裏切るような事はさせてはいけない。…だけど先に裏切っていたのはそのお嫁さんの方だった…?


なのに…そんな…始めから知っていたら私は…私は…?


―奪えばよかったんですよ―

223 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/27(水) 01:24:53.42 ID:OVYeofFDO
 
 
「…え?」


『…!』


声が聞こえた。私の声が


―貴女は/私は幸せになりたかった―


―そんな不貞を働く女は司令官には相応しくありません―


『まずい…!繋がりが強まってる…』


私であって私じゃない声がだんだん近付いてくる


―いっしょに行きましょう?あの女を殺して今度こそ司令官を私/貴女のものに―


「―さあ―」


その声が後ろから聞こえた

私が振り向くとそこには私が居た

224 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/27(水) 01:26:38.81 ID:OVYeofFDO
 
 
鏡に写した自分自身、しかし決定的に違う、笑顔を浮かべているのに歪んで見えるその顔、そしてその目は黒く塗り潰したかの様な暗闇で


かつて私がその死を以て切り離した怨念の姿だった


「―さあ、行きましょう?―」


その私がこちらに手を差し伸べる


「あ…あ…わた…しは…」


怖い…これが…こんなのが生前私の中に…私が育てた…これが…


こんなのは人の姿をした怪物だ…深海棲艦の方が遥かにマシに思える憎悪の塊


『お生憎様。朝ちゃんは渡さないよ』


そう言って私に背を向け間に割って入るY子さん

225 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/27(水) 01:29:17.39 ID:OVYeofFDO
 
 
「―…貴女は?―」


『私はこの子の保護者よ、悪い友達のお誘いはお断りさせてもらうね』


「―私も朝潮ですよ?―」


『オマエは違う。朝ちゃんに巣食った怨念に過ぎない。軽々しく朝潮を騙らないでもらえる?』


「―そう…邪魔をするんですね…―」


そう言って顔を伏せたその私が突然絶叫した


「―アアアアァァァァァァッ!!!!―」


その瞬間あの私を中心に黒い染みが急激に広がり床を、壁を侵食していく。侵食された部分が一気に朽ち果て、ボロボロと崩れていく


『やばい!』


Y子さんが慌てた声を上げ私の手を掴み部屋から飛び出した


その次の瞬間私達の居た部屋が崩れ去り瓦礫の山になっていくのが肩越しに見えた

226 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/27(水) 01:31:26.26 ID:OVYeofFDO
 
 
「ああ…部屋が…」


『く…消えかかってるとばかり思っていたけど何処にこんな力を…』


「―あの男の鎮守府から追い払われて確かに消えかけましたね―」


歪んだ笑顔を貼り付けた見るに堪えない私が瓦礫の中から染み出すように現れて言う


「―だけど海には私の餌になるものが沢山ありました。海で死んだ者達の無念な魂が―」


『食べたのか…浮かばれない魂を…』


「―えぇそうですよ、おかげでだいぶ力を蓄えられました。後はそこの私を連れて行けば完全になる。そうすれば私を祓える者はもう誰も居なくなります―」


そう言って再びあの黒い染みを解き放つ


「―そうしたら今度こそアイツラを…そしてあの女も…うふふ…司令官…待っていてくださいね…―」

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