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姫子「グッド・ラック」 - SS速報VIP 過去ログ倉庫

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1 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/15(日) 09:43:46.80 ID:45Owf8ybo


「くれぐれも、お気をつけて」


わたし達を見送る大人びた表情の彼女。

これからの期待を言葉に込めて、しばしの別れを伝える。


「うん。行って来るね」

「行ってきま〜す」


船に向けて歩き出す。

わたし達の旅が始まる――


「旅、か……」

「楽しみ〜♪」



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ビーノどっさりパック @ 2025/07/23(水) 20:04:42.82 ID:dVhNYsSZ0
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コナン「博士からメールが来たぞ」 @ 2025/07/23(水) 00:53:42.50 ID:QmEFnDwEO
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クリスタ「かわいいだけじゃだめですか?」 @ 2025/07/19(土) 08:45:13.17 ID:AK1WfFLxO
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八幡「新はまち劇場」【俺ガイル】Part1 @ 2025/07/19(土) 06:35:32.67 ID:BGCulupRO
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【安価・コンマ】力と魔法が支配した世界で【二次創作】 @ 2025/07/18(金) 23:44:57.84 ID:Xc8IdKRvO
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2 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/15(日) 09:45:51.47 ID:45Owf8ybo


わたしの相棒は二人。

一人は隣に並んで歩く彼女。

レンズの奥で輝く瞳が歳には不釣合いだと思う。
それが彼女の最大の長所であり魅力である。


「どうしたの姫ちゃん?」

姫子「……高校を卒業して二年。もう二十歳だよ、わたし達」

「そうだね」

姫子「……その呼び方はどうかな、と」

「嫌じゃないでしょ?」

姫子「決め付けないでくれるかな」


変わらない。

長く伸びた髪をそのままにしていても、時折子どものような表情を見せる彼女。
卒業してからも付き合っているから、その変化に気づかないだけなのかもしれない。

そんな彼女に何度も助けられているけど、それを改めて実感すると少し気恥ずかしい。


姫ちゃん

この呼び名を浸透させたのは、平沢唯。
高校三年生の時に席が隣だった女の子。
軽音部のギターとボーカルをしていた、元気で周りを楽しませていた女の子。
ここ最近会っていないけど元気にしているかな。

3 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/15(日) 09:47:06.10 ID:45Owf8ybo

「姫ちゃん?」

姫子「な、なに?」

「辛そうな顔してる。せっかくのこの傷心旅行が――」

姫子「傷心なんてしてないよ」


遠慮なく言葉を遮る。
勝手に傷心させないでくれないかな、と少し呆れる。

人を困らせては楽しんでいる節があり、今のように隙を突いてはからかってくる。
彼女のそうした意地悪に付き合っていると、してやったりとした顔をされるのでなぜか悔しくなる。

そうはさせまいとした今のどうでもいい攻防の一端。
他人には説明しても理解できないだろうこのやりとりは卒業してからもずっと続いている。


「……」

姫子「……」


よし、勝った。

思い通りに話が進まなかったからつまらなさそうな顔をしている。
勝ち負けを気にしている時点でわたしも子どもかな。


姫子「風子、ガム食べる?」

風子「……」


特に意味もなくキシリトール配合のペパーミントガムを差し出してみる。
これを食べると彼女はくしゃみが出るそうだけど、よく分からない。
自分で言うくらいだから本当なんだろうけど。


風子「ありがとう」

姫子「そろそろ出発だね」

風子「うん」

姫子「あ、あっちに梓がいる。船出までいてくれたんだ」

風子「ホントだ。……っ…」

姫子「行ってくるねー!」

風子「ひっくしゅん!」


梓「行ってらっしゃーい!」


小さな体で大きく手を振る彼女、中野梓。
高校時代、軽音部でギターを弾いていた一つ下の女の子。
唯の話は彼女を通して時折聞いているから、心配はしていない。
わたし達と唯が繋がっていられるのは、梓のおかげ。

風子と同じくらい梓とも付き合っていられるのは、とある人のおかげ。
4 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/15(日) 09:48:44.80 ID:45Owf8ybo


ボォォォオオオオオオ


風子「出船の合図だよ」

姫子「うん」



汽笛が鳴る。

わたし達を乗せた船がゆっくり、ゆっくりと陸から離れていく。
それと同時に心が弾んでいくのが分かる。

まだ手を振っている梓に同じように応える風子。
彼女からそれが移ってくるのかもしれない。


風子「お土産期待しててねー!」

姫子「……」

5 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/15(日) 09:50:17.62 ID:45Owf8ybo


高橋風子

彼女とは高校三年の春に出会った。
それまでは顔と名前すら知らなかった存在なのに、今こうして並んでいられるのが不思議だと感じる。


―――――


立花姫子

彼女とは高校三年の春に出会った。
それまでは面識がなかった。
それなのに、こうして並んで梓ちゃんに手を振っているのが不思議に感じる。

姫ちゃんとこうして付き合っていられるのは、梓ちゃんと、とある人のおかげ。

6 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/15(日) 09:51:07.96 ID:45Owf8ybo

風子「……」

姫子「……とりあえず、どうしようか」

風子「寝てくるね」

姫子「えっ!?」

風子「朝まで楽しみで眠れなかったから……ふぁあ」

姫子「……」


姫ちゃんが絶句している。
この日が来るのを楽しみにしていたせいで、昨夜は一睡もできなかったんだよ。だから今はただ眠りたい。
船旅は長いからいいよね、眠りたい時に寝てもいいよね。


姫子「せめて陸が見えなくなるまでここに居たら?」

風子「……」

姫子「ほら、あっちにデッキチェアがあるから」

風子「そうしようかな」


去り行く大陸、迫り来る大陸。

旅雑誌にそう書かれていたのを姫ちゃんのおかげで思い出した。

だけど、気が抜けたせいか、とても眠りたい。



風子「見えなくなったね……」

姫子「そりゃ反対方向みてるからね。……ちょっと待ってて」


そういうなり甲板から姿を消してしまった。
7 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/15(日) 09:52:24.99 ID:45Owf8ybo


風子「……」


ニャーニャー

海鳥が飛んでいる。
後でなにかあげてみよう。
なにがいいかな……。


………

……




アツイ。

暑い、熱い、熱い、暑い。


風子「あつ…い……!」

姫子「まだ初夏と言っても、この日差しはアツイよね」


隣のデッキチェアにもたれながらなにかを手にしている。
なんだろう、偶に読んでいる小説かな、それとも愛読している雑誌?
視界がぼやけているから確認できない。
メガネをかけていないからだよね。

いつ外したっけ……?


風子「……?」

姫子「あ、メガネならそこのテーブルにあるよ」

風子「外してくれたんだ」

姫子「まぁ、一応」


姫ちゃんがよく読んでいる雑誌だね。
航行中の体験談が記されていた本。私も貸してもらって読んだ事がある。

姫ちゃんはその記事を書いたルポライターを慕っている。
8 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/15(日) 09:53:38.96 ID:45Owf8ybo


風子「タオルケットもありがとう」

姫子「んー……」

風子「ふぁあ……」

姫子「……」

風子「どのくらい寝てたの?」

姫子「…………んー?」


私の声が届いていないみたい。文字に入り込んでいる時の姫ちゃんはいつもこうなる。
日差しが強いとはいってもここは海の上なので冷たい風も吹いている。
半袖で寝ていては体が冷えてしまうから、風邪を引かないように持って来てくれたんだ。暑かったけど。

とりあえず、左腕の時計を確認してみる。


風子「あ、まだ4時間しか経っていないんだ」

姫子「……んー」

風子「……」

姫子「……ん?」

風子「……」

姫子「あれ、……4時の割には太陽の位置が」


ウソなんだけどね。
姫ちゃんはこういう些細な悪戯に引っ掛かってくれるから面白い。

だけど、2時間も寝ていたなんて驚いたな。それほどに熟睡していたみたい。
私もなにか読み物を取ってこよう。

あ、ケータイで確認してる。今のうちに移動しておこうっと。


風子「私も読み物を取ってくるね」

姫子「……やられた」

9 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/15(日) 09:54:52.53 ID:45Owf8ybo


――…


すでに陽が沈む時間帯だけど、私と姫ちゃんは真逆の空を眺めていた。
他の乗客は、夕陽の沈む空を見るため反対側に集まっているのに。

そう、私たち二人は天邪鬼。


姫子「……夜が始まるね」

風子「……うん。夕陽が沈んでいく向こうは終わり、暗闇が覆っていくこっちは始まり」

姫子「夜行性じゃないんだから」

風子「結局4時間も寝てしまったから、逆転しちゃったかも」

姫子「初めからそんな調子で大丈夫なの?」

風子「うん、もちろん。大丈夫。はい。絶対平気」

姫子「そんなに強調されると逆に不安になるから」

風子「……そう簡単にはイルカの群れとは出会えないよね」

姫子「このあたりでそういう話聞かないから、希望は持たないほうがいいよ」

風子「見てみたいなぁ」

姫子「まぁ、ね」


たまに思う。
姫ちゃんは他の誰よりも女の子なんじゃないかって。
幼馴染のなっちゃんと英子ちゃんにそれを聞いてみたら驚かれたけど。


姫子「そろそろ冷えてきたね。お腹も空いたし、中に入ろうか」

風子「うん、そうしよう」

10 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/15(日) 09:56:08.03 ID:45Owf8ybo


甲板から移動する。
二人で本を読み終えた後、船内を散策したからなにがどこにあるのかは分かる。分かるよ。


姫子「あれ、レストランってどっちだっけ」

風子「こっちだよ」


先導して歩く。

歩く。

歩く。




ジャジャーン

ババババババー

姫子「ゲーセンじゃん」

風子「うん」

姫子「してやったりな顔してるけど、間違えたんならそう言ってよ」

風子「間違えました」

姫子「途中で案内版あったの気付かなかった?」

風子「え……」

姫子「じゃあ、行こうか」


そう言いながら勝ち誇った顔をする姫ちゃん。

やられたよ。
知ってて私の後に付いてきたんだね。


こういう無駄なことに付き合ってくれる人はそうはいない。


最短で結果に辿りつく事が大切だ。と、テレビで名前をすぐに忘れそうな偉い人が言っていた。

それが大人である、と。

名前は……なんだっけ。
11 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/15(日) 09:57:01.03 ID:45Owf8ybo


姫子「この時間だと他のお客で埋まっているかもね」

風子「そうだね」


高校三年の一年間で、私に付き合って遠回りをしてくれる友達がたくさんできた。
あの時間が楽しかったから、今の時間も楽しい。


姫子「なにを食べようかな」

風子「カレーと、ライス」

姫子「それ、一つにしていいんだよ」

風子「そうだよね」

姫子「……」

風子「でも、牛肉とうどんを足しても牛丼にはならない。……うん」

姫子「……風子?」

風子「なに?」

姫子「どうしてテンションが高いの、というか徹夜明けのテンションが今更上がってきた?」

風子「ううん。ただ、登山をするなら足元にある花にも目を向けていきたいよね」

姫子「……うん」

風子「頂上だけを目指すのも大変だなぁって、そう思っただけだよ」

姫子「……そっか」


ずっと前に姫ちゃん自身が言っていた言葉。
今の反応では覚えていないようにみえるけど、どうなのかな

あ、いい匂い。


「いらっしゃいませー」

姫子「……そんなに混んでもいないんだ」

風子「牛丼をお願いします」

「はいよー。そっちのお姉さんはー?」

姫子「天ソバを」

「かしこまりましたー。席に運ぶからこの番号札をもって座っててねー」

姫子「どうも」

風子「はーい」


父と母と子供二人の四人家族、カップル、男友達らしき三人組。
一人で食事を取る女性、お髭を生やした男性。
色んな人たちが思い思いにここで休んでいる。

12 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/15(日) 09:58:33.31 ID:45Owf8ybo


姫子「この席でいいよね」

風子「うん。……あ」

姫子「どうしたの?」

風子「お水セルフサービスみたい。とってくるね」

姫子「うん、よろしく」




カチャ

コップをセットして、
このボタンを、押す。

コポコポコポコポ

熱いお茶もあるんだね。
姫ちゃんはどっちがいいかな。

両方もって行けばいいよね。

カチャ

このボタンが熱〜いお茶だね。

コポコポコポコポ

湯気が凄いな。熱そうだから気をつけて……。







「あつっ!」

― ……――。

「うん。だいじょ――」



「……?」







あれ、今のはなんだろう。

大丈夫か? って訊く男の子の声が聞こえた気がしたけど……。

13 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/15(日) 10:00:35.62 ID:45Owf8ybo


空耳だったのかな。


姫子「どうしたの?」

風子「ううん、なんでも。熱いお茶と冷たい水、どっちがいい?」

姫子「お茶を貰おうかな」

風子「どうぞ」

姫子「ありがと」

風子「どういたしまして」

姫子「……」

風子「窓の風景は海だけだよね」

姫子「うん。……あっつ」

風子「熱いから気をつけてね」

姫子「早く言ってね」

風子「……」

姫子「何か見えるの?
   真っ暗だから外の景色なんて見られないと思うけど……」

風子「うん。そうだよね」


窓から外を眺めていた。姫ちゃんの言うとおり外は太陽が沈んだ暗闇の世界。
灯を放っているのはこの船だけなんだろうな。

遠くからこの船をみたら、ポツンと浮かぶ光の玉なんだろう。

想像したら少し怖くなってしまった。


「はい、天ソバおまたせー」

姫子「あ、どうも。いただきます」

「はーい。牛丼もうちょっとで来るからねー」

風子「……」

姫子「……」


料理は見た目じゃないとは言うけれど。
牛丼は期待できないかなぁ。なんて、失礼かな。

あれ、どうして牛丼を頼んだんだろう……勢いかな。


「牛丼おまたせー。ごゆっくりー」

風子「いただきまーす」

姫子「……」モグモグ



こ、これは。


風子「普通の味だね」

姫子「まぁね」


私と姫ちゃんは普通の味がする夕食を黙々と食べた。

14 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/15(日) 10:02:38.26 ID:45Owf8ybo


風子「ごちそうさまでした」

姫子「ごちそうさまです」

「はいよー」


代金を支払い、客室に戻る。明日の準備をしよう。

歩いていると他の乗客もちらほらと見えたのでなんとなく安心する。


風子「もし、この船に誰も乗っていなかったらどうなるかな」

姫子「船が止まる」


うーん……。
興味ないみたいだから、この話題は止めておこう。
後でしよう。


風子「お風呂は後でいいよね」

姫子「うん。食べ終わってすぐより、1時間後くらいがいいかも」

風子「そうすると、入浴は8時だから……、乗務員さんに何時まで入れるか聞いてくる」

姫子「じゃ、先に戻ってるよ」

風子「うん」



姫ちゃんと別れて一人で船内を歩く。

向こうに家族連れが見える。子どもが走っているのを両親が暖かく見守っている。
いい光景だと心から思える。

朝が来ないで、この時間が続けばいいと思ってしまった。
それが叶えば、子どもはいつまでも無邪気なままで走り回れる。
父と母は一緒に並んで子どもを愛おしく見つめられる。

だけど、時間は流れて朝は必ず来てしまう。
いつか、あの子どもも私と同じ歳になって、違う世界を見ることになるんだろうな。

時間は止まらないから貴重なんだって教えられた。
だからいつまでも変わらない時間が続いて欲しとも願ってしまう。

掌で腕時計を包む。

まだ初日なのに、どうしてこんなこと――

15 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/15(日) 10:04:35.28 ID:45Owf8ybo


あ、あの人がそうかな。船に乗り込むときに見たマークが胸に付いている。


風子「すみません」

「はい、なにか?」

風子「この船の乗務員さんですか?」

「そうです。なにかお困りのことでもありましたか?」

風子「お風呂の入浴時間を教えてください」

「入浴時間は深夜の24時半までとなります」

風子「そうですか……。混む時間帯は決まっていますか?」

「そうですね、ただ今の時間帯は混んでいると思われます。
 ゆっくりと入られるなら1時間後くらいがいいと思いますよ」

風子「分かりました。ありがとうございました」

「いえ、御用がありましたらなんなりとお尋ねください」


笑顔で答えてくれた、丁寧な人。

見た感じだと乗客が少ないように思ったけど、結構乗っているみたい。
1時間後までは人が多いんだね、丁度良かったな。

客室に戻ろうか、それとも一人で散策してみようか。
決めた、一人で船内探索しよう。




風子「……」


特に何もなくて客室へ戻ってきたけど。
姫ちゃん寝てるのかな。
二段ベッドの上にいるはず。そっと覗いてみると……。


ジャカジャカ

姫子「……」

風子「……」


音楽を聴いて一人の世界へ閉じこもっていた。
ノイズキャンセルされるから、そっとしておこう。

読みかけの小説でも読もうっと。





――リン。





耳の奥で鈴の音が鳴ったような気がした。

16 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/15(日) 10:07:29.90 ID:45Owf8ybo

――…


うん。主人公の女の子が覚悟を決めて現実を受け入れるこのシーンは読み応えが――


姫子「風子いたの?」

風子「え?」


上から顔を出して覗いてくる姫ちゃん。
驚いてるね。


姫子「戻ってこないから探しに行こうかと思ってたんだけど……」

風子「ずっとここにいたよ」

姫子「……いつからいたの?」

風子「えっと……」


左手首に装着した時計を確認してみる。

あれ――


風子「止まってる……」

姫子「?」

風子「もうネジが切れたのかな……?」

姫子「いいけど、何時まで入れるって?」

風子「24時半まで入れるよ」

姫子「んー、大体1時間くらい経ったから行こうか」


姫ちゃんの言葉に反応して腕時計をまた確認してしまった。
止まっているのを知っていたのに、ついやってしまう。
これをヒューマンエラーと呼ばれている。そこまで大きな失敗ではないけどね。


姫子「……」

風子「……」


姫ちゃんと並んで歩く。

歩く。

歩く。



ジャジャーン

ババババババー

姫子「ゲーセンじゃん」

風子「うん」

姫子「してやったりな顔しないでくれるかな」

風子「ゲームでもしていかない?」

姫子「しないよ。目的を忘れないでね」

風子「はい」


やれやれといった表情でも付き合ってくれる。
それが自然になっているので、なんだか嬉しかったりする。
17 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/15(日) 10:08:38.21 ID:45Owf8ybo


脱衣所で服を脱いで浴場へのガラスを開ける。
予想を上回る空間でビックリした。湯船までが広くていい感じだね。


姫子「船に湯船があるよ」

風子「……」

姫子「へぇ……」

風子「……」


楽しそうでなによりです。




湯船に浸かること10分。
そろそろ出たいなぁと思うけど、姫ちゃんはまだゆっくりしたいみたい。


姫子「面白いよね」

風子「うん。湯船に波が立っているなんてね」

姫子「変な感じがする」

風子「あ、そうだ」

姫子「?」

風子「朝早くに入ってさ、ここで水平線から昇る太陽を拝まない?」

姫子「いいね」


楽しそうに返事をしてくれる。それがとても嬉しい。

客室とは違って窓枠が大きいので海の世界が広がっている。今は見えないけど。


姫子「日の出時間を調べておくよ」

風子「うん」


嬉しくて声が弾んでしまう。
これは止められないからしょうがないよね。

18 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/15(日) 10:11:01.88 ID:45Owf8ybo


服を着て脱衣所をあとにする。

サッパリとした気分がとてもいい。これだからお風呂は大好きなんだよね。


風子「部屋に戻る?」

姫子「ちょっと売店へ……」

風子「お酒なんて買わないよね」

姫子「えーっと……」


目が泳いでるよ、姫ちゃん。
しょうがないなぁ。


風子「一缶だけなら付き合うよ」

姫子「サンキュ」




売店で購入した缶ビールが二本。
年頃の女の子が船でそれを飲むなんて。風情に欠けるよ、姫ちゃん。


客室へ戻ってきて私のベッドで向かい合って座る。


プシュッ

姫子「それじゃ、初日おつかれ」

風子「おつかれさま〜♪」

コツン


軽く乾杯をとる。
悪くないよね。むしろ、いいよね。


姫子「……」

風子「……」


ゴクゴクと喉を鳴らしてビールを飲む二人。
風情どころの話じゃなくなったけど、この客室には私たち以外誰もいない。

いいよね。


姫子「ぷふぅ……」

風子「ぷはっ」


おいしい。
始まりの日の終わりにこんな時間を過ごせることが嬉しい。


それからは、これからの予定について話をしたんだけど、
それは確認作業になるから、イマイチ盛り上がらない。
10回目の確認になるからしょうがないんだけどね。

19 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/15(日) 10:13:17.20 ID:45Owf8ybo


私たちはこの旅が楽しみで仕方がなかった。
久しぶりに会う友人たち。
顔を合わせることがなによりも嬉しくて楽しみ。
それは姫ちゃんも同じみたい。


風子「もうなくなちゃった」

姫子「一缶だけだって、自分で言ったでしょ」

風子「……うん」

姫子「朝起きられなくなるよ?」

風子「それは困るね」

姫子「確かに、物足りないけどね」


我慢しておこう。
姫ちゃんと二人でこんな時間を過ごすことはこれからないかもしれない。
だから、今の時間を深く味わいたかった。
それなら、尚更控えるべきだよね。

明日の予定を確認して、今日の予定は終わってしまった。


風子「ふぁあ……、眠い……」

姫子「時間的には少し早い気がするけど、……寝ようか」

風子「……うん」

姫子「それじゃ、おやすみ」

風子「おやすみ」

姫子「……」


挨拶を交わして姫ちゃんはベッドに上がって行った。

布団に入って仰向けの体勢になる。

記録も書いたし……、後は寝るだけ。

少しだけ、眠るのがもったいなく感じる。


風子「……」


上の段にいるのが姫ちゃん。
また一人の世界に閉じこもっているのかな。
20 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/15(日) 10:14:28.94 ID:45Owf8ybo


こっそりカーテンを開いて覗いてみる。
音楽を聞きながら携帯ゲーム機で遊んでいる。


ジャカジャカ

姫子「……」

風子「気付かないね」


こっちに気が付かないほど閉じこもっているみたいです。
独りは寂しいよ。


風子「よいしょ」

姫子「ん、うわっ!?」

風子「お邪魔します」

姫子「邪魔だよっ、狭いって!」

風子「それ、ゲーム?」

姫子「いいから、ベッドから降りて!」


聞き流す。
体の右半分が完全に密着している状態だけど、別にいいよね。


風子「なにこれ、シミュレーションゲーム?」

姫子「狭いっての! 早く降りてよ!」

風子「面白そうだね」

姫子「話を聞けって!」


本気で嫌がってるみたい。
それなら、梃子でも動かないからね。
21 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/15(日) 10:15:15.68 ID:45Owf8ybo


姫子「ちょっ、風子!」

風子「見ているから進めていいよ」

姫子「あのね……」

風子「うん?」

姫子「……ハァ」

風子「……」


勝った。


―――――


負けた。

偶にこの子の意図が見えない時がある。見えたところでどうにもならないけど。

とりあえずゲームを続けてみよう。絶対飽きるだろう。


風子「……」

姫子「……」

ピッピッピ

ピコピコピコ

風子「……ふぁあ」

姫子「……音楽でも聴く?」

風子「うん。聴かせて」

姫子「ほら」


愛用しているウォークマンを渡す。

聴いていた曲は風子が聞くような音楽じゃないと思うけど、退屈しているなら気も紛れるかな。
22 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/15(日) 10:16:15.41 ID:45Owf8ybo


姫子「……」

風子「……」


ウトウトとしだした。眠たいなら自分のベッドに戻ればいいのに。

しょうがない、眠ってしまったらわたしが風子のベッドで寝よう。


風子「……すー」

姫子「……」


やっぱり寝てしまった。
この体勢で風子を起こさずに移動するのって難しいんだけどな。
どうしよう。

とりあえず、イヤホンを返してもらおう。


姫子「……」

風子「……ふー」



ジャカジャカ

やっぱりこの曲を聴いていると落ち着く。

わたしにこの曲を教えてくれた女の子、田井中律。
彼女とは卒業して以来会っていない。
どこでなにをしているのか、足取りがつかめなくて少し心配している。
これから再会する友人が詳しいかもしれないから、その時に聞いてみよう。

23 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/15(日) 10:20:43.53 ID:45Owf8ybo


長いようで短かった一日が終わる。
まだ初日だけど、こんな日が続けばいいなと思う。
これからの一週間がそうであってほしいと心から思う。


この船が辿り着く先は、釧路港。

北の大地、北海道へ向けて船は進んでいく。


わたしと相棒達を乗せて……。



風子「……すぅ」

姫子「おやすみ、風子」



一日目終了

24 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2012/04/15(日) 15:26:41.09 ID:FDtnXlR9o
おつん
タイトルからもしかしてと思って開いたらやっぱりそうだったww
期待してるからがんばってね
25 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/15(日) 19:43:57.34 ID:023AcAoSO
姫子はかろうじて覚えてるが、風子なんてキャラいたかな?
アニメ放送から二年経つから、すっかり忘れてるなぁ
26 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2012/04/15(日) 20:05:59.10 ID:FDtnXlR9o
モブスレから参考画像もってきた
http://www.uproda.net/down/uproda406247.jpg
http://www.uproda.net/down/uproda406209.jpg
http://www.uproda.net/down/uproda406224.jpg
27 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [saga]:2012/04/16(月) 19:58:57.02 ID:jhabFmV8o


二日目



誰かがわたしの名前を呼んでいる。

母さん……?
今日は休みだからもう少し…………。


風子「おはよう」

姫子「……」


少しずつ覚醒してくる。

そうだった。
ここは船の客室であってわたしの部屋じゃない。


風子「ほら、はやく行こう。お風呂入ろう」

姫子「……」


お風呂……。
そうだ、日の出を見るって話をしていたっけ。

体を起こしながら窓を通して外を眺める。
この角度では波打つ水面しかみえない。

 
風子「……私はお母さんじゃないんだけどなぁ」

姫子「……」


梯子伝いに降りていくと、風子の呟く声が耳に入った。
どういう意味だろう。

……いいや、気にしないでおくとしよう。
28 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/16(月) 20:00:52.79 ID:jhabFmV8o


結局わたしもそのまま寝てしまって、夜中に目を覚ますと風子は律儀に下のベッドへ移動していた。

窓からもう一度外の景色を覗く。

そこには夜明け前の碧い世界があった。東の空が白く染まりかけている。


一人きりでいるとき

私は水平線を夢見る


姫子「……」

風子「見惚れていないで、早く行こうよ。準備できてる?」


とある歌詞を思い出していた。

見惚れていたわけじゃないよ。ただ、ぼんやりしていただけ。
着替えの服を取りに梯子を伝いながら上る。

イタリア語の歌詞。

29 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/16(月) 20:02:23.95 ID:jhabFmV8o


風子と並んで歩く。

わたしは身軽だからという理由で持ってきたジャージを着ているけど、風子は違う。
プリントTシャツに、ハーフパンツをうまく着こなしている。


風子「……」

姫子「風子……?」

風子「……?」

姫子「?」


足を止めて周りを見渡している。
わたしと目が合って、不思議そうな顔をしている。なぜか不安になる。


姫子「どうしたの?」

風子「鈴の音……」

姫子「鈴?」

風子「聞こえたような……?」


わたしの問いかけに答えてはいない。
自分で言って自分で確認しているような口調になっている。

よく分からない。


姫子「……」

風子「気のせいかな」


答えに辿り着いたようだ。
もう一度聞いてみよう。


姫子「どうしたの?」

風子「どこか遠くから、鈴の音が聞こえてきたの。――リン。って」

姫子「へぇ……」

風子「気のせいだったみたい」


再び足を進める。


姫子「……なんだろうね。風鈴とか」

風子「風鈴はチリンチリンだよ」

姫子「じゃあ、一回だけ鳴ったんだ?」

風子「うん。一回だけ」

30 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/16(月) 20:03:26.21 ID:jhabFmV8o


一回だけ鳴る鈴の音かぁ。
なんだろう。連続して鳴るのが普通だと思うんだけど、微妙に気になってしまった。

うーん……。
鈴虫……は、適当すぎるかな。猫の首輪の鈴とか……、船の上にいるわけないか。
誰かの持ってるケータイのストラップか、お守り辺りが濃厚かな。
それじゃなかったらやっぱり風鈴になる。

自分の判断材料の乏しさに少し呆れる。そんなことを考えている間にお風呂場へと辿り着いた。


風子「朝ごはんなに食べようかな」

姫子「……」


朝だからまだ頭の回転が遅いってことにしておこう。
気にしていた自分を忘れよう。本人より深く考えていても仕方が無いんだから。
振り回された気分になったのを忘れよう。

軽く息を吐く。


姫子「……ふぅ」

風子「?」

31 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/16(月) 20:05:54.69 ID:jhabFmV8o


ガラガラッ

脱衣所で服を脱いで、ガラス戸を開いて浴場に入る。
湯気が体を纏ってきた。


風子「……」

姫子「……」


先客が三人。
高校生くらいの子、わたし達と同じくらいの人 二人は妹姉かな?
もう一人は背をこっちに向けているから分からない。
考えることは同じで、湯船に浸かりながら朝日を見に来たのだろう。


風子「……」

姫子「……」


いつも使用しているシャンプーとリンスを取り出す。
風子も同じく持ち込んできている。
一応取り付けられているシャンプーがあるけど、それは使わない。
ボディシャンプーは借りるけど。


風子「……」ゴシゴシ

姫子「……」ゴシゴシ


二人黙って頭を洗う。
この風景を高校時代の誰かに見られたら大笑いされるんだろうなぁ。
客観的にみて、わたし達のこの黙々と頭を洗っている行動は面白いと思う。
いつも騒いでお風呂に入っているわけでもないんだけど、なぜか可笑しい。

普通の事のはずなのに……。

風子の手が頭から離れて蛇口に伸びる。
わたしの前の蛇口に、しかも青い蛇口に!!


姫子「風子ッ!」

風子「えいっ」

キュッ

ジャーー


勢いよく水が吹きかかる。水が。


姫子「冷たっ!」

風子「……」


キュッキュッ

急いで蛇口を捻る、と同時に赤い蛇口を緩める。


キュッ

ジャーー


姫子「つ、つめたかったー……」

風子「……」ゴシゴシ

32 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/16(月) 20:07:58.69 ID:jhabFmV8o

なにごともなかったかのように……、頭に付いた泡を洗い流している隣人。

やられっぱなしはさすがに、ね。

風子の前にある蛇口を止める。

キュッ

ピチョン ピチョン


姫子「……」

風子「……」


風子の髪に中途半端に泡が残っている。
ゆっくりと視線をこっちに向けられるけど、わたしは自分の泡を落とす為に無視をする。


ジャーー

姫子「……」ゴシゴシ

風子「……」


また風子の手が伸びてくる。
今頃止めてももう遅いよ。すでに泡は落としているから、シャンプーはおしまい。


キュッキュッキュッキュッキュ


勢いよく蛇口を回す風子。
それに比例してシャワーの水圧が増していく。

ジャーーー!!!!!


姫子「いっ、いつっ」

風子「……」


水圧が痛い! 温いを通り越して冷たくなってるから変に痛い!

キュッキュッキュッキュッキュ

お湯だったら火傷していたかもしれない。なんてことを考えながら蛇口を締める。


ピチョンピチョン


姫子「……」

風子「……」ゴシゴシ


普段の行いを通している、高橋風子。
ボディシャンプーで泡を纏っている。チャンスだ。


キュッ

ジャーー


風子「……」

姫子「……」


風子を纏っていた泡がみるみるうちに流れ落ちていく。
予想通りまだ洗い終わっていなかったみたいだ。

気が済んだ。
33 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/16(月) 20:09:37.17 ID:jhabFmV8o

リンスをかけておこう。
わたしに合わせて風子も同じくリンスをかけ始めた様子。


風子「……」ゴシゴシ

姫子「……」ゴシゴシ


わたしも体を洗いたいんだけど、風子が邪魔をしそうだな。

というか、絶対してくるから今は様子を見よう。


風子「……」

姫子「……」


ピチョン ピチョン


風子「…………」

姫子「…………」


どっちも動かない。よく分からない膠着状態が続く。
すると、背後から笑い声が聞こえてきた。


「クスクス」

「こら」

「だってぇ」

「……」


今のやりとりを見られていたみたいだ。
途端に恥ずかしくなってきた。顔が熱くなっていくのが分かる。


キュッ

ジャーー

風子「……」ゴシゴシ

姫子「……」


髪を洗い始める風子。

なるほど、終戦の合図だね。分かったよ。

と、気を許したと同時に手が伸びてきた!


キュッキュッキュッ

ジャーー

姫子「冷たっ、しつこいよ!」

風子「あはは」


笑ってるよ、なにがしたいのホントに……。
朝日を見に来たんじゃなかったの……?


姫子「……ハァ」

風子「……」ゴシゴシ
34 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/16(月) 20:13:11.81 ID:jhabFmV8o


朝風呂ってこんなに疲れるものだったかな。

まぁ、いいや。暖かいお湯に浸かって朝日を眺めながら癒そう。


姫子「……」


脚から湯船に浸かっていくと徐々に温かさが体全体に広がっていく。
うん、いい湯加減。

わたしはそのまま腰を下ろす。
風子はそのままじゃぶじゃぶと窓際まで進んでいった。

窓が割合大きくなっているので、この位置からも外の景色が見える。
だけど、風子はもっと広く見たいんだと思う。

群青の空を白に染めていく太陽。
もう少し青を感じていたかったけど、しょうがないか。風子に付き合っていたせいだ。


「お姉さんたち、面白いですね」

姫子「はは……」


引きつってしまった。
高校生くらいの女の子、好奇心からか目がくりくりしていて可愛いと思った。


「すいません、突然失礼なことを」

姫子「いえ、気にしてませんから……」


隣で申し訳なさそうに謝る、この子の姉らしき人。

さっきのは子どもがよくやる、やられたらやりかえす、みたいなものだから恥ずかしい。

風子はわたし達を気にせずに外を眺めている。そんなに見惚れるくらい綺麗なんだろうか。
わたしも並んで朝日を浴びよう。風子はすでにヒカリを受けながらぼんやりしている。


「失礼ですがおいくつですか?」

姫子「あ、えっと、今年で21です」

「わぁ〜、一緒だぁ〜」

姫子「えっ!?」

「ん?」


びっくりしたぁ。てっきり4つか3つ下だと思っていたのに……。
それより、なにに驚いたのか不思議な顔をしているこの子になにか返さないと。


「お姉が割と若いもんだから驚いたんじゃない?」

「そうなんですか?」

姫子「……はい」

「よく言われます」

姫子「お姉……?」

「そう、この人の一つ下の妹なのアタシ」

姫子「……」


そうなんだ、逆だったんだ……。大きいリアクションしなくてよかった。
35 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/16(月) 20:14:54.61 ID:jhabFmV8o


「で、あっちで静かにしているのがアタシの3つ上の姉」

姫子「……」


そういえば、この場にもう一人いたね。
体の向きを変えてそっちを見る。軽く会釈をされたから、つられて返す。
22歳の落ち着きには見えないな、この三姉妹には色々と驚かされる。


「お姉さん達はご旅行ですか?」

姫子「はい。これから北海道の道東を中心に見て回ろうと思っています」

「わぁ〜、いいなぁ〜」

姫子「……」


見た目だけじゃなくて、言動も幼く感じるな。

風子とは違う感覚。どっちかというと――


風子「姫子さん?」

姫子「ん?」

風子「……」

姫子「……」

「……?」


この人は? と目で問いかけている。紹介して欲しいみたいだ。

風子は呼び名を使い分ける。姫子さんと呼ぶときは社交辞令モードになったとき。
わざわざ使い分ける必要がわたしには分からないけど、本人は楽しいのかもしれない。


風子「……」

姫子「えっと……」

「?」

「ほら、お姉……朝日を拝みに来たんでしょ」

「うんうん」

姫子「……」


うなずきながら窓際へ移動する彼女。
名前を聞こうと思っていたところへ、遮らるように言葉が挟まれた。


「……」

姫子「……」

風子「……」


3人並んで静かになる。どうも空気がおかしくなったような気がする。
わたしだけかな。
36 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/16(月) 20:18:12.68 ID:jhabFmV8o


「お姉は体が弱くて、入退院を繰り返していたんですよ。
 だから同年代より若く見られて、少し言動が幼稚なんですよね」

風子「……」

姫子「……」


そういう子とは接したことがあるから、なんとなく分かる。
これから会いに行く子がそうだった。だから、その子と感覚が似通っていたんだ。

この子が危惧している理由もなんとなく分かる。
それを理由に分け隔ててしまうことが嫌なんだろうな。

そう思って、同い年でありながら少し幼さを見せる子に近づいていく。


「……」

姫子「……」


見惚れている。
風子もこの子と同じ表情をしていたんだろうな。そう思うとなんだか可笑しい。


「キレイですね。イロノナイセカイ」

姫子「?」


どういう意味だろう。

夜は黒? 夕方は茜色? 昼は暖かい色? 色が無いってことは白?
白は色じゃない?


風子「太陽に反射した海が輝いているよ、光色」

「本当だ」

姫子「???」



わたしの隣に並んだ風子がイロノナイセカイに色を付けた。

その色を確認した彼女が笑っている。
イロを見つけたみたいでなんとなく嬉しい。

色の無い世界は寂しいと思ったから。



ガラガラッ

「おかあさーん、はやくー」

戸が開くと同時に女の子の声が響き渡る。


「ダメでしょ、大きい声をだしちゃ」

「だってぇ、おひさまが〜!」

「はいはい、まずは体を洗ってからね〜」


二人の親子がこの世界を支配したようだ。のんびりとした空気に包まれる。

37 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/16(月) 20:20:01.20 ID:jhabFmV8o


「先にあがっているから」

「うん」


そう言って、長女さんは風呂場から出て行った。
それに応えた三女さんがこっちに、次女さんに向かって言葉を繋ぐ。


「アタシたちも出よう、お姉」

「うん。それでは」

姫子「……うん」

風子「……」


風子は軽く会釈をするだけだった。
わたしは視線を戻して、朝日に輝く海を見つめる。
光色なんて聞いたことなかった。


姫子「風子、光色って?」

風子「見たまんまだよ?」


分からないから聞いたのに……。



――…


グァングァン

コインランドリーを有効活用しておくと後々楽になる。と雑誌に書かれていた。

服を洗濯機に入れて待つこと20分。
節約を兼ねて風子と一緒に入れたのに、ここにはわたし一人。話し相手になって欲しかった。
ウォークマンか雑誌を持って来たらよかったな。手持ち無沙汰で時間を持て余している。


姫子「……ふぅ」


風子が何か持ってきてくれるのを期待していよう。

38 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/16(月) 20:21:26.86 ID:jhabFmV8o


グァングァン

洗濯機から服を取り出して、そのまま乾燥機へ放り込んで回している。

結局風子は来なかった。まさか、一人で朝食を取っていたりしないだろうか。
さすがにそれはないか。
風子は基本的に意地悪だけど……って、


姫子「む……」


あそこに座っているのは風子なのかな?
いや、風子だ。なんでそこに座っているんだか……。



風子「……♪」

姫子「……」


視線を窓の外へ向けてわたしのウォークマンで音楽を聴いている。
一応、風子にも聴かせられるようにとクラシック音楽を入れていたけど、
こんな使い方をされるのは心外だなぁ。

背後に回って、そっとイヤホンを外す。


風子「!」

姫子「ここでなにをしてんの」


風子の肩が跳ねた。


風子「びっくりした……。のんびりと音楽を聴いていただけだよ」

姫子「一人で待っていたんだけど、話し相手くらい……」

風子「ごめんね」

姫子「謝って欲しいわけじゃないんだけどさ。
   風子、わたしがあそこでヒマを持て余していたこと気づいていたでしょ?」

風子「うん」

姫子「……」


しれっと頷く風子。脱力するわたし。

本当に意地悪だ、この子。
慣れてしまったから、特に嫌って訳じゃないけど……。

39 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/16(月) 20:24:34.30 ID:jhabFmV8o


姫子「……」

風子「乾燥機に入れてどれくらい経つの?」

姫子「入れたばかりだから、あと20分くらいかな」

風子「20分後……」


そう言って、腕時計を確認している。

年季の入った腕時計。
時代には合わないらしいその時計を風子は大事にしている。
前に聞いた話では、亡くなった祖母が愛用していたとか。
その祖母も母から譲り受けた代物だとか。つまり風子の曾祖母から受け継がれた時計ということになる。

写真でしか知らない、その人からの贈り物。と少し切なそうに紹介してくれた。


風子「今、8時20分だから……、45分にレストランでいい?」

姫子「服を持っていってくれるの?」

風子「うん。それじゃ後でね」

姫子「……」


コインランドリーへ歩いていく風子。わたしのウォークマンを手にして。


姫子「別に、いいけどさ……」


時間の使い方を考えてみる。

特に思いつかないので、客室へ戻ろうと決めた。
その前に、コインロッカーから貴重品をまとめた鞄をとってこなくては。



客室へ辿り着く。歩いて見た限りでは乗客はそんなにいないみたいだった。この季節だから当然かな。
自分のベッドへ上り、荷物から携帯ゲーム機を取り出し、起動しようとしてやめる。
ゲームをしていたら20分なんてすぐ過ぎてしまう。そんな短時間ではろくに進まないから、別のことをしよう。


姫子「……」


ケータイの着信ランプが点滅している。
メールだろうと思って、開いてみる。2件のメールが届いていた。

『 行ってらっしゃい。
  気をつけてね。 』

和からだった。
しっかりしているようで、どこか抜けている彼女、真鍋和。
卒業してからも半年に一度の頻度で会っていた。
4ヶ月前にこの旅の話をしていたけど、


姫子「覚えていたんだ……」


気にかけてくれるのは嬉しい。

もう一件は風子だった。


『 ウォークマン借りるね。 』


時刻は30分前。
一応断りの連絡は入れていたみたいだ。これは事後承諾になるのかな。
というか、ここに置きっぱなしだったんだ。風子が気づいてくれて良かったのかもしれない。

40 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/16(月) 20:28:23.04 ID:jhabFmV8o

姫子「……」


横になって天井をみつめる。

憧れていた大地へ航路は進んでいるのに、なぜか落ち着いている。
昨日、汽笛の音を聞いた時は柄にもなく気持ちが弾んだのに。
見送る彼女に手を振っている時、自分の心は期待に満ち溢れていたのに。

この静けさはなんだろう。
物思いに耽っていると、まぶたが重くなっていくのに気づく。


姫子「……!」


いけない……、眠ってしまう。
体を起こして窓を通して外を眺める。波打っている海が見えた。

イロノナイセカイ

その世界に迷いもなく色を付けた風子。
わたしは何色を付けることができるんだろう。

そんなことを考えながらベッドから降りる。


姫子「おっと……」


貴重品の入った鞄を置いていくところだった。
貸切状態といっても、貴重品をまた置き忘れるのはわたしの失態に違いは無い。

ちゃんと管理をしなければいけない。気を引き締めていかなくてはいけない。


姫子「気をつけよう」



船内を歩いて時間を過ごしているうちに約束の時間になっていた。

レストランの入り口へ辿り着く。

風子は居ない。
中を覗いてみても、それらしき人物は居ない。あの三姉妹も見当たらない。


ポケットからケータイを取り出して時間をみる。
8時50分。

窓に向けて備え付けられた椅子があるので座って待つことにする。

風子は時間を決めた約束には厳しいから、本人が遅れるのは珍しいと思った。
待つことにはいいらしい。待たせることが嫌だと。

水平線を眺めていると後ろから声が掛かる。


風子「ごめんね、姫ちゃん」

姫子「……来たね。行こうか」

風子「……」

姫子「……」


申し訳なさそうにしている風子。
5分くらいの遅れでは怒ったりしないのにね。


姫子「服、預かっててくれているんでしょ? ありがと」

風子「……うん」


なにを食べようかな。
41 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/04/16(月) 20:34:37.39 ID:PBTqRcQjo
小説なら自分のペースで読めるから気にならないけど
SSであんまり引っ張った展開だと読むモチベが切れちゃうよ
42 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [saga]:2012/04/16(月) 20:39:02.10 ID:jhabFmV8o


朝ごはんを軽く済ませ、後は甲板でのんびり過ごすことにした。


時間は10時前、外へ出ると同時に太陽の眩しさに目が眩む。

風子は時間を気にしている。


―――――


今の時間は……あ、また止まってる。

お祖母ちゃんから譲り受けた腕時計。
今までは何事も無く時を刻んでいたのに、昨日から調子が悪い。
ネジを巻いているのに止まるってことはもう、時間が無いのかな……。


姫子「風子?」

風子「?」

姫子「どうしたの」

風子「ううん、なんでもないよ」


長年動いていた時計だから、その時が来たんじゃないかと胸をよぎった。
それを悟られまいと、姫ちゃんの言葉を自然に返す。




――リン。




風子「……!」

姫子「ね、船首まで行ってみようよ」

風子「う、うん……」

姫子「やっぱり船旅は長いね」


そう言って歩き出す姫ちゃん。
聞こえなかったみたい、あの鈴の音が。3度目の……、違う、4度目の鈴の音が。



姫子「夕方には着くんだよね」

風子「うん、あと6時間くらいかな」

姫子「そっか……」

風子「……」


私を吹き抜ける少しだけ肌寒く感じる風。
太陽の日差しはまだ弱くて、これから徐々に力を発揮するといったところかな。

43 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/16(月) 20:43:54.37 ID:jhabFmV8o


潮の香りが心地いい。
この船が進む海の先に大陸があって、そこで私たちの友人達が待っているんだよね。
いやが上にも期待は高まっていく。


風子「……」

姫子「んー……!」


体を伸ばす姫ちゃん。

あと6時間かぁ……、空を仰ぎながら想いを馳せる。
今までのこと、これからのこと、卒業してから身に着け始めた腕時計のこと。

視線を下ろすと、姫ちゃんがどこかに視線を送っていた。


姫子「……」

風子「……」


あの人は……。誰だっけ。


風子「知り合い?」

姫子「ほら、朝に風呂場で出会った三姉妹の長女さんだよ」

風子「……」

姫子「一人で遠くを見てる……」


誰が次女で三女なのかは分からないけど。
あの、人を寄せ付けない雰囲気を纏った人が長女さんなんだね。

時間はまだあるから。これからどうしようかな。



――…



私と姫ちゃんの二人は昨日と同じようにデッキチェアにもたれて寝ていた。
起きた時には3時間も過ぎていたよ。朝早かったからしょうがないよね。


風子「……あれ」

姫子「……」ジャカジャカ

風子「動いてる……」

姫子「……」ジャカジャカ


音楽を聴きながら目を瞑って寝ている姫ちゃんは置いておいて。

止まっていた腕時計が今は再び時を刻んでいる。
ポケットから携帯電話を取り出して誤差を確認する。1時間と20分の時間がズレていた。

44 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/16(月) 20:48:04.34 ID:jhabFmV8o


時間を合わせるためネジを操作する。

ゼンマイ動力だから電池は必要ないので、毎日欠かさず巻いていた。
いままでずっと時を知らせてくれていたのにな。

アナログ式の時計。
曾祖母が購入してから70年くらい時を刻んでいることになる。

正確には63年。私が7年間もの時を止めてしまったから。


風子「時間を止めるなんて凄いな……。なんて」

姫子「……」

風子「……全然凄くないよね」

姫子「……」ジャカジャカ


まだ頑張って動いてくれる時計をゆっくりとなぞる。
ベルトはお祖母ちゃんが交換してくれたから、綺麗で鮮やか。
昔はこの鮮やかさが嫌だった。
子供が大人ぶっていたから、この良さに気付かなかった。


風子「よいしょ」

姫子「……」ジャカジャカ


テーブルにあるペットボトルを取って、水分補給。
寝ている間に少し汗をかいたので体を潤す。

ペットボトルと入れ替えに雑誌を取る。
姫ちゃんが愛読している雑誌。
3週間前に発売された新刊。
偶然見つけた時の姫ちゃんのテンションが高さは凄かった。
そんな姿を見たのも久しぶりだった。2年ぶりだったかな。

不定期に発売されているから、分からないでもないけど。
もしかしたら、私のいないところでもテンションの上がる時があるのかもしれない。


風子「ねぇ、姫ちゃん」

姫子「……」ジャカジャカ

風子「……よっ…」

姫子「……」ジャカジャカ


目一杯に姫ちゃんがかけているイヤホンに手を伸ばす。
デッキチェアから降りずに耳から外すのが目標。


姫子「なにしてんの?」

風子「負けた」

姫子「勝ったんだわたし……」

風子「この雑誌って不定期で発売でしょ?」

姫子「うん」

風子「前の刊って、発売されたのいつくらいなの?」

姫子「卒業して3ヶ月くらい後だよ」

風子「それじゃ、ちょうど2年くらい前だよね」

姫子「うん……」

風子「見つけたときのテンションどうだった?」

45 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/16(月) 20:51:11.84 ID:jhabFmV8o

姫子「どうだったって……。そりゃ、嬉しかったけど……」

風子「これを買った時と同じくらいにはしゃいだ?」

姫子「別にいいでしょ、そんなこと……」

風子「……」


そう言ってイヤホンをかけ直す。
そうかぁ、はしゃいだんだね。


雑誌を読む。

うん。姫ちゃんが好きなだけあるな。
筆者が体験したことをストレートに書かれている。私たちには勉強になる内容。


風子「ふむふむ……」


書き手が女性だから共感できる箇所もあるし、男勝りの行動力にも驚かされる。
天真爛漫な彼女を私も憧れている部分がある。

時計を確認すると時刻は午後2時、7分前……。
まだまだ余裕がある。のんびりしていよう。


風子「あれ……?」


隣に居る姫ちゃんを確認する。居ない。
そのうち戻ってくるだろうから続きを読もう。


前に読んだ、白川郷の記事が印象に残っている。
そこに住む人と一緒にご飯食べたり、学生と話をしたり、綺麗な写真が添えてあったり。
ここにもいつか行こう、と姫ちゃんと約束をした。記事の内容は夏だったから私たちは秋に行こうって。

ふと声が掛かる。


姫子「風子、お昼ご飯食べないの?」

風子「あ……、忘れてた」

姫子「ほら、売店で見繕ってきたよ。おにぎり、サンドイッチ。好きなの取って」

風子「ありがと〜」

姫子「もう少しで見えてくるかもね」

風子「釧路?」

姫子「うん。北の大地。楽しみだな」

風子「うん」


そう言いながらサンドイッチを口にする姫ちゃん。
おにぎりの包装紙を開けながら、わくわくしてきた自分の心を落ち着かせる。


風子「いただきまーす♪」

姫子「テンション上がってきたね、風子」
46 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/16(月) 20:52:51.85 ID:jhabFmV8o

――…


えっと、ゴミ箱はどこかな。

船内を歩いているけど中々みつからない。
自動販売機のところにあったような気がするけど、その販売機もどこにあったか覚えていない。

やっぱり、見たものを記憶できるくらいの集中力は持っていたほうがいいよね。
小さなロスが大きく予定を遅らせることに繋がるかもしれない。
計画が遅れるとその分だけ、周れる場所が減るということだから。
姫ちゃんに迷惑をかけるのは嫌だから。


風子「あ、あった……」


ゴミを放り込んで、時計を見る。
到着予定時刻の1時間前。そろそろ大陸が見えてくるかもしれない。
甲板に急ごう。姫ちゃんと大陸発見を味わいたい。


扉を開けて甲板に足を踏み出そうとした時――




――リン。




また聞こえた。

耳の奥で鳴るように、遠く離れた場所から響いてくるように、
幻聴のように、儚げに、幽かに、弱く、小さく、確かに鳴った。

音の主を探そうとした時、姫ちゃんに呼ばれる。


姫子「風子ー!」

風子「はしゃいじゃって……」


ケータイのカメラで今の姫ちゃんを残しておこうかと思ったけど……。

見えてきたんだ、北の大地が!


姫子「うわ、凄い……!」

風子「わぁ……!」


夢の続きを見ているかのような感覚。
姫ちゃんと私は、ずっと憧れていたんだ。

あの大地を。


―――――


あの大地を。

風子とわたしは、ずっと憧れていた。
47 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/16(月) 20:56:05.43 ID:jhabFmV8o


とても憧れているルポライターがいる。
その人が一番最初の旅に訪れた場所が北海道だった。
船で釧路港から入り、バイクと共に道東から道北にかけて走ったらしい。

らしいというのは、その北海道の旅を記事にしていなかったから。
どうして知っているのかというと、その人と出会って直接聞いたから。
断片しか聞いていなかったので、細かいことは知らない。

出会って最初の印象が人懐っこい人だと思った。
明るくて笑顔を絶やさなくて、
それでいて背負っているものが大きいのに、そんな自分を見せることは無くて。

それがこの人の強さなんだと知った時、とても惹かれてしまった。
天真爛漫な人柄に憧れてしまった。

それからその人が書いた記事を読み始めた。
親父の趣味がバイク関連だったので、載っている雑誌を探すのに苦労はしなかった。

身近にある宝物に気づかない過去の自分に教えてやりたい。
でも、あの時に出会わなかったらそれもただの文字列だったのかもしれない。
それはそれで悲しい。

そんなことを考えていると風子から声がかかった。


風子「姫ちゃん、一人で大丈夫?」

姫子「うん、バランスも悪くないから大丈夫だよ。このまま船から降りるよ」

風子「おっけぃ」

姫子「わたしの分の手荷物お願いね」

風子「これくらい大丈夫だよ」

姫子「じゃあ、降りたら駐車場にいるから」

風子「うん。すぐ見つけるよ」

姫子「……」

風子「……」


姫子風子「「 それじゃ、後で 」」


二人の声が重なって、笑いあう。
とても気分がいい。

風子は別の出口に向かう。歩いて降りるためだ。
わたしはここ、車両甲板から降りる。

もう一人の相棒と共に。

あの人もここから降りたんだろうな。
一台のバイクと共に。
今のわたしと同じ気分なんだろうか、と想いを巡らせる。
48 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/16(月) 20:58:21.86 ID:jhabFmV8o


ドッドッドッドッドッ

周りのバイクのエンジン音がわたしの胸に振動を与え、共鳴する。

驚いたことに他にもライダーがいた。
この人数は船のどこに居たのだろう。

ゆっくりと扉が降りていく。

外の景色が見えた。すぐそこは北の大地、北海道だ。
胸が高鳴る。

車が下りていくのを確認して、ヘルメットを被る。
そして、鍵を差込み、エンジンをかけた。


ドルルルルン

姫子「……」


いけない。気が急いで落ち着かない。
一番最初にこの船に乗ったから、降りる時は一番最後になる。
お預けを食らっているみたいだ、この感覚は。

あ、バイクが降りはじめた。

いよいよだ。いよいよ……。


姫子「……ふぅ」


一つだけゆっくりと息を吐く。

足を地面から離して、アクセルを少し回す。


ドルルルルル

姫子「……」


ゆっくりと、着実に進むわたし達。


排気ガスで充満した船内から外へと流れ出す。

船から降りると同時に長い船旅が終わったことを認識する。


新鮮な風が吹いている。

実感がまだ沸かないけど、ここは憧れた大地なんだ。



姫子「すぅ……」


深く空気を吸うことで体全体にそれを浸透させていく。




着いた。



49 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/16(月) 21:00:29.62 ID:jhabFmV8o




――― 北海道 ―――




空は快晴。旅の始まりには最高のコンディション。

もう一度、息を吸い込む。


姫子「……すぅ」


忘れられそうに無いくらいの最高な気分――


「姫ちゃんさーん!!!」

姫子「ごほっ」


不意をつかれてむせてしまった。
人が気分に浸っているのに……。

広い場所へ移動し、バイクを止める。
ヘルメットを外しながら彼女の名を呼ぶ。


姫子「冬、久しぶり」

冬「お久しぶりですっ!」

姫子「……」

冬「おぉー、かっこいいですよー!」


髪をショートにして、活発な印象を与える女の子、斉藤冬。
一つ下で高校時代の後輩になる。わたしが所属していたソフト部のマネージャー。
卒業後、旭川の大学へ進学したので会うのは冬達の卒業式以来になる。

彼女も体が弱くて入退院を繰り返していた。言動が幼いのはこの子の個性。
でも、偶にわたしよりも達観した表情になることがある。


冬「どうかしたんですか?」

姫子「ううん。久しぶり、会いたかったよ」

冬「は、はい……私もです」

姫子「……」


少し恥ずかしそうにしている。1年で人はそんなに変わらないものなんだろうな。

友人との再会に早くも来てよかったと思う。


姫子「風子と会った?」

冬「はい」

姫子「どこ?」

冬「あっちで座ってますよ」

姫子「……」

冬「急ぎの用でもあるんですか?」


とりあえず予定はないから、急ぐ必要なはい。
風子は時間を気にしているんじゃなくて、時計を気にしている。
50 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/16(月) 21:02:59.77 ID:jhabFmV8o


「あー、疲れたー」

「……」

「こんにちは。ようやく着きましたね〜」

姫子「そうですね。長い船旅でした」

冬「……」

「それじゃ、ここでお別れですね。ごきげんよう〜」

「じゃーねー」

「……」

姫子「そ、それじゃ」

冬「どちらさんですか?」

姫子「船で出会った人たちだよ」

風子「名前は聞いたの?」

姫子「長女の万葉さん、次女の栞さん、三女の沙夜さん」

風子「……そうなんだ」

冬「……」

姫子「移動しようか」

冬「そうですね。えっと、どうしましょう」

風子「本当にいいのかな?」

冬「はい。お母さんもそのつもりですから」

姫子「助かるよ」


冬達のお母さんの姉妹にあたる方が釧路で暮らしているらしい。

初日のこの時間ではキャンプ地を探すのも大変になる。
風子と相談した時はビジネスホテルか民宿にでも泊まろうという事になっていた。


冬「本当に来てくれたんですねぇ〜」

風子「もちろん〜」

姫子「……」


嬉しそうな冬に嬉しそうに返す風子。

冬達が参加するにあたって、初日はその家へ宿泊してはどうかとお母さんに勧められた。
わたしと風子は冬のご両親とも面識があるので甘えることにした。

テント用具はこのバイクに装備してあって、航海中に何度もチェックをしたんだけど、
明日まではそれらの用具は待機ということになる。

風子と二人で準備したから、大丈夫。

51 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/16(月) 21:04:17.45 ID:jhabFmV8o


「おひさしぶりです」

姫子「お久しぶりです。今日はお世話になります」

風子「お世話になります」


冬のお母さんに二人で軽く挨拶を交わす。


母「姫子さんは後からついて来るということでいいのね?」

姫子「はい」

冬「お願いね、お母さん」

母「はいはい。さ、乗ってください風子さん」

風子「はい。あ、姫子さん」

姫子「?」

風子「ちゃんと付いて来てね」


風子が言う台詞じゃないでしょ。笑ってしまいそうだったけど。


姫子「それじゃ、後で」


―――――


風子「それじゃ、後で」


姫ちゃんと声を重ねて車に乗り込む。
助手席には誰も居ない。
冬ちゃんは後ろの座席に乗るんだね。姫ちゃんを観察するためだね、分かるよ。


母「荷物少ないですね、後で送ってもらうんですか?」

風子「いえ、これで全部です」

母「まぁ、女性の荷物にしては足りないと思いますが」

風子「かさばるのを避けました」

母「なるほどです」

風子「……」


ギュルルルルン

ガチャガチャ

エンジンをかけてサイドブレーキを下ろす。一連の動作が慣れていてカッコイイ。
マニュアルトランスミッションだ。

隣でシートベルトをしている冬ちゃんになんとなく違和感を感じる


冬「……」

風子「……」


目でなにかを訴えてるね。分かった、私もシートベルトしておくよ。

カチャ


母「では、しゅっぱ〜つ」
52 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/16(月) 21:06:24.00 ID:jhabFmV8o


北海道で一番最初に見る縦型の信号機にて一旦停止。
姫ちゃんはどうかな、と確認するために身を翻す。

いたいた、表情がヘルメットで分からないけど、ちょっと羨ましいな。
後ろに乗せてもらったことがあるけど、風を受ける感覚が気持ちが良かった。
ヘルメットは二つある。ここでも乗せてもらうつもり。


冬「……」


隣で冬ちゃんが姫ちゃんに手を振っている。
それを返す姫ちゃん。律儀だよね。

そうか、北海道をバイクで走るんだ、姫ちゃんは……。

いいな。



釧路を走る。

とても不思議な感覚を味わっていた。
知らない風景を、知らない場所を、知らない人たちが暮らしている街を私は眺めている。

隣町ではない、遠く遠く離れた街だからかな。

心がムズムズしてくる。



母「……」

ガチャガチャガチャ

ギアチェンジが様になっていて左手がカッコイイ。
私も一応免許を持っているけど、オートマチックの経験しかないんだよね。


冬「あ、そっか。姫ちゃんさんのためにも制限しているんだ」

風子「?」


冬ちゃんが独り言のようにつぶやいていた。

後方を確認すると、姫ちゃんの運転するバイクがいる。不思議な光景。

53 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [saga]:2012/04/16(月) 21:07:54.28 ID:jhabFmV8o


母「はい、到着でーす」

ガチャ


サイドブレーキを引いてお母さんは冬ちゃんに確認する。


母「ちょっとお買い物してくるから、準備よろしくね」

冬「うん。分かった」

風子「ありがとうございました」

母「いえいえ〜」


お礼を言って車から降りる。ちょうど姫ちゃんも到着したみたい。


ドルルルルルル


姫子「ここでいいの?」

冬「はい。あ、先にガレージに入れてください」

姫子「?」

冬「お母さんが買い物に行くので」

姫子「そっか。うん」


エンジンを止めて、バイクから降りる。ヘルメットを外しながら一息をつく姫ちゃん。


姫子「……ふぅ」

風子「どうだった?」


トランクの荷物を降ろしながら尋ねる。


冬「よいしょっ」

姫子「うん。まずまず」


そんなこといいながらも口が緩んでいる。楽しかったんだね。


姫子「わたしも買いたい物があるので、乗っていってもいいですか?」

母「いいわよ〜。それじゃ行きましょうか」

姫子「はい。あ、荷物お願いね風子」

風子「うん。任せて」

母「よいしょっとぉ」

冬「気をつけてくださいね」

姫子「?」


疑問符を頭に浮かべながら車に乗り込む姫ちゃん。なるほど、と納得する私。



ブォォオオオオオ

54 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/16(月) 21:09:12.52 ID:jhabFmV8o


冬「それじゃ、わたし達は家に入りましょうか。ふぅさん」

風子「うん。重くない?」

冬「これくらい余裕ですよ〜」

風子「よかった。ありがとう」


冬ちゃんは体が弱くて、小学校の頃から入退院を繰り返していた。
今ではすっかり元気になったので、旅行にもよく行くみたい。

よかった、本当に。


ガチャッ

冬ちゃんが玄関の扉を開けようとしている。だけど、ドアノブが回転しない。


冬「?」

風子「……?」



ガチャガチャッ

さっきと同じように回らないみたい。どうしたんだろう。


風子「???」

『冬ねぇ?』

冬「夏?」

『待って、あたしが開けるから』

冬「うん」

風子「なるほど」


扉の外側と内側の両方から同時にドアノブを回していたみたい。それなら回転しないよね。
双子の成せる技を間近で観察できて嬉しい。


ガチャ

夏「ひさしぶりです、ふぅちゃんさん!」

風子「うん。久しぶりだね」

夏「一年振りですねー……」

冬「夏、中に入りたいんだけど」

夏「はいはい。あれ、姫子さんは?」

風子「お母さんと買出しにいったよ」

夏「なんだ、バイクの音がしたから到着したと思ったのに」

風子「再会はお預けだね」

夏「そうですね〜。あ、荷物持ちますよ」

風子「ありがとう」


冬ちゃんと双子の妹、斉藤夏ちゃん。
姫ちゃんと同じソフト部員で仲の良い先輩後輩の関係。冬ちゃんと同じく1年振りの再会。

55 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/16(月) 21:11:56.17 ID:jhabFmV8o


夏「さあ、どうぞ」

風子「お邪魔します」


差し出されたスリッパを履く。やっぱり他人のお家は緊張するな。



「あら、いらっしゃい」

風子「初めまして。高橋風子と申します」

「初めまして。この子達の叔母をやっています」

風子「押し掛けてしまって申し訳ありません」

叔母「いいんですよ。……こんな家だから硬くする必要もないわよ。
   飲み物もっていかせるから居間に座ってて、むぎ茶でいいかな」

風子「はい。ありがとうございます」


遠慮をさせないように言葉を使い分けてくれた。気さくな人みたいだね、夏ちゃんと似た雰囲気。


冬「よいしょ、よいしょ」


叔母さんの隣で忙しそうにしている冬ちゃん。


夏「あたし達は座ってましょう」


夏ちゃんに促されて歩を進める。広くて大きいお家だなぁ……。


夏「ふぅちゃんさん、適当に座ってください」

風子「うん」


ちょっと緊張するけど、暖かい雰囲気のこのお家が好きになってしまった。
夏ちゃんの実家にも訪ねたことがあるけど、ここと同じ印象だったな。
ご両親も優しくて、冬ちゃん、夏ちゃんをとても大切に想っていて。

あたたかくて……。


夏「新聞読みますか? テレビ見ますか? 地方のニュース番組って面白いですよ」

冬「夏、ふぅさんは疲れているんだから、大人しくしてなきゃ」

夏「はいはい。あたしはうるさいですよー」

風子「ふふ」

冬「すいません。夏ってば……」

風子「ううん。ニュースが面白いの?」

夏「ローカル番組って、地元のお店とか紹介するじゃないですか」

冬「住んでいる人には変わり映えしない内容でも、他所から来た人は新鮮なんですね」

風子「なるほどなるほど」

夏「それじゃテレビで」

ピッ


テレビに知らないレポーターが映る。誰ですか、あなたは。
慣れた進行手順からみてベテランさんみたいだけど。

……うん、新鮮だな。
56 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/16(月) 21:13:34.20 ID:jhabFmV8o


冬「どうぞ。お菓子もありますよ」

風子「ありがとう」

夏「……」


夏ちゃんは私の隣に座って、お菓子に手を伸ばしている。
差し出されたむぎ茶を口にして、少しだけ緊張が解れていくのを実感する。


夏「もぐもぐ」

冬「……」

風子「……」


『見てくださいよ、このカジカ!』

『ごついですねー』

『見てくれが悪いものほど美味なんですよー!』

『わぁーおいしそうー!』


魚を紹介するレポーターと、スタジオでコメントする司会者のやりとり。
三人並んでテレビを見ている。

なんだか、和むな。


冬「明日、行きましょう」

風子「もちろん」

夏「……」ピッピッピ


明日の朝ごはんは釧路港で勝手丼を食べる予定。
テレビで紹介している魚の刺身がおいしそうだから期待が膨らんでいく。とても楽しみになってきた。

夏ちゃんは携帯電話を操作している。メールかな。


北海道に到着したのは4時半。今の時間は……。えっと……。
動いていない時計を確認して、お洒落な壁掛け時計に視線を向ける。針は5時14分を指していた。

まだ動いてくれない。もう動いてくれないのかな。



叔母「そろそろ帰ってくると思うんだけどね」

風子「……」


時計を気にしている私に答えてくれた叔母さん。
姫ちゃんの帰りを待っていると思われたみたい。


叔母「冬と夏は準備できているの?」

冬「はい」

夏「うん」

風子「……」


冬ちゃんと夏ちゃんもこの旅に参加する。

姫ちゃんとわたしが計画しているところへ二人が乗ってきた形になる。
元々一緒に周ろうと思っていたから、順序が逆になっただけ。なんだけどね。

計5人で道東から道北を周ることになる。
57 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/16(月) 21:15:39.67 ID:jhabFmV8o


叔母「おばさんも、もう少〜し若かったら参加できたんだけどねぇ」

夏「えー、まだ……。うん、ざんねーん」

叔母「夏ちゃんの晩御飯はもやしとキャベツだけね」

夏「あぁ、ごめんなさい」

冬「ちゃんと否定しなきゃだめだよ、夏」

叔母「冬ちゃんもねー」

冬「あぁ、ごめんなさい」

風子「クスクス」


いいなぁ。暖かい空気がここにある。


ガチャ


私が和んでいると、玄関の扉が開いた。姫ちゃんとお母さんが帰ってきたみたい。

お迎えにいってみよう。

居間を後にして玄関へ向かう。夏ちゃん、冬ちゃん、私。


母「ただいま〜」

冬「おかえりなさい。荷物持つよ」

母「ありがとう」

夏「お久しぶりです、姫子さん!」

姫子「う、うん……。久しぶりだね、夏……」

夏「あぁ、母さん……加減を知らないから……」

母「楽しかったわ〜」


冬ちゃんが台所へ荷物を届ける。夏ちゃんが呆れ顔をしている。
お母さんと姫ちゃんの表情がまるで違う。予想は当たっていたみたい。


風子「おかえり」


姫ちゃんを迎え入れる。


―――――


風子に迎えられる。


姫子「ただいま……」

風子「大丈夫?」

姫子「まぁ、うん」

夏「すぐ晩御飯ですから、居間で待っていましょう」


夏がわたし達を促して進んでいく。
隣で興味深そうに訊ねてくる風子。
58 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/16(月) 21:16:53.35 ID:jhabFmV8o

風子「お母さんの運転、どうだったの?」

姫子「まぁ、うん」


凄かった。ハンドルさばきが、ギアチェンジが、スピードが、運転が。

お腹が空いているから、余計ダメージが大きいのかもしれない。
船の疲れが押し寄せてきたみたい。とにかく座りたかった。

台所で忙しそうにしている冬とお母さんと、叔母さん……かな。
挨拶をしておかなくては。


姫子「初めまして、立花姫子と言います。ご厚意に甘えることになりました。
   よろしくお願いします」

風子「……」


風子と並んで挨拶をする。


母「いいのよ〜、我が家だと思ってゆっくりしていってね〜」

叔母「アンタの家じゃないでしょ」

冬「夏、これを持っていって」

夏「うん」


軽く流されてしまった。けど、ありがたいな。
こんな風に受け入れてくれたらこっちも気が楽になる。


風子「なにか手伝えることはありませんか」

叔母「んー、そうね。野菜を洗ってもらおうかな」

風子「はい」

母「あら」

叔母「こっちは三人でやるから、アンタは居間で休んでてよ」

冬「うん」

母「あらー……」


お母さんが追い出さる形になってしまった……。

二人で居間に進むと、夏がテレビのチャンネルを変えていた。
忙しなく切り替わる画面にちょっと興味を引かれる。どんな番組をやっているのかな。


夏「あ、姫子さん、ソーダでいいですよね。どうぞ」

姫子「うん。ありがとう」


ありがたい。疲れているときはこれがおいしいから好きなんだよね。
冬が気を利かせてくれたのかな。

口に含むと炭酸が弾ける。おいしい。


夏「おかしもどうぞ」

姫子「……ありがと」

母「……」
59 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/16(月) 21:18:33.12 ID:jhabFmV8o

部活帰りによく一緒に飲んでいたから、夏が隣にいると懐かしく感じる。
高校時代を思い出せるようで、なんだか嬉しい。

お母さんが夏を眺めながらニコニコしている。


夏「なに?」

母「お父さんにも気を使ってあげたらいいのに」

夏「気が向いたらね」

姫子「……」

母「二人がお家から出て行ったもんだから、寂しいみたいよ?」

夏「だから、気が向いたらね!」

姫子「……」


親子のやりとりを聞きながらソーダを飲む。
しゅわしゅわーとした喉越しが疲れを取ってくれるようで、楽になれる。


姫子「……ふぅ」


少しだけ元気になれたみたいだ。風子は疲れがないのかな。

気になって、台所に目を向ける。


姫子「あ……」

風子「?」


ホットプレートを持ってきた風子と目が合う。
なんだろう、丸い形で鉄板の真ん中が盛り上がっている。焼肉をするのかな。

ネットでみたことがあったけど…、なんだっけ。


冬「ジンギスカン鍋ですよ」

姫子「あぁ……それだ」

風子「よいしょっと」

叔母「夏〜!」

夏「はいはーい」

母「……」


叔母さんに呼ばれて台所へ跳んでいく夏。

風子と冬が支度を進めている中、わたしとお母さんはジッと座っていた。
動作がテキパキとしていて、手の出しようが無い。大人しくしていよう。
60 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/16(月) 21:19:40.06 ID:jhabFmV8o

夏と叔母さんがお肉を持ってきた。あれが羊の肉なんだ……見るのは初めて。

切られた肉なんて見分けがつかないけど。


冬「ヘルシーだから、女性にも優しい肉なんですよ」

風子「そうなんだぁ」

母「何年ぶりかしら」

叔母「私はいつでも食べられるんだけどね」

姫子「夏達は?」

夏「去年食べて以来ですよ、大学の新歓でごちそうになったんで」

姫子「へぇ……」


旭川の大学でも楽しそうに暮らしているみたいだ。
その表情からそれが伝わってきた。

冬がホットプレートの電源を入れる。
夏と風子がラム肉と野菜を鉄板の上に乗せる。


ジュゥー ジュー

次第に焼ける音が聞こえてくる。匂いが食欲をそそる。
うぅ、お腹空いた……。



母「今日の疲れはこれで取ってしまって、明日から頑張れるようゆっくり休まないとね」

姫子「……」

風子「……」

夏「冬ねぇもだからね」

冬「うん。食べる」

叔母「あ、私のご飯が無い」


恵まれているなと思った。
遠い空の下で、先輩後輩という繋がりでしかなかったわたし達。

時間が経ってもここまでしてくれる人がいる。


叔母「みんな揃ってるよね」

母「うん、ご飯とタレ、豚汁っと……」

夏「早く、いただきますしようよ」

冬「……」

風子「……」

姫子「夏、お腹空いてるの?」

夏「うん、お昼ご飯あんまり食べてなかったから」


一緒だ。
わたし達もあまり食べていないから、この匂いにお腹が騒いでいるような感覚になっている。

61 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/16(月) 21:20:55.61 ID:jhabFmV8o


母「いただきまーす」

夏「いただきます!」

冬「いただきます」

風子「……いただきます」

姫子「いただきます」

叔母「どうぞ、召し上がれ」

夏「うまーい」

冬「このタレって叔母さんの自家製なんですよ」

姫子「へぇ……」


鉄板から肉と野菜をとってタレに入れる。そのまま口に入れて、噛み締める。
えごまの香りが口の中に広がった。


姫子「おいしい……」

風子「おいしいです」

叔母「よかったよかった」

夏「うまーい」

母「夏はそればっかりねぇ」

冬「もぐもぐ」


クセが無く柔らかくておいしい。牛肉とも豚肉とも違う食感が新鮮でいいな。

北海道での最初の食事がこんな風景なのは幸運なことなんだろう。

船旅の疲れなんてすぐに癒せそうだ。


食卓を囲んで色んな話をした。
高校在学中のこと、夏とソフト部で活動していたこと、冬がマネージャーとして入部してきたこと。
部活帰りに寄り道したこと、クラスの友達のこと、いままでのこと、これからのこと。



叔母「車の予約は大丈夫なの?」

冬「はい、ちゃんと取れているから問題ないよ」

叔母「ふーん、用意周到なのね」

夏「キャンピングカーがいいのにぃ」

風子「……」

母「あら、テントの用意していたじゃないの。まだそんなこと言ってるのね」

冬「レンタルでも高いよ」

姫子「……」



冬の言う通りキャンピングカーは高い。
設備が整っているから楽ではあるけれど、それでは旅の醍醐味も半減してしまう。

風子と黙って食事を進める。
62 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/16(月) 21:22:29.79 ID:jhabFmV8o


冬「不自由さを工夫と手間を掛けて、自由に楽しむのが醍醐味なんだよ」

夏「分かってるって。言ってみただけだっての」


冬が夏を言い聞かせる。わたし達が卒業する間際によくみた構図だった。


叔母「女の子なのに苦労するほうを選ぶのねぇ」

母「楽しいみたいだから、それでいいんじゃないかしら」

風子「……」

姫子「……」


お母さんの言葉に頷く風子。
確かに楽しそうだ。何度かキャンプの経験があるから実際に楽しいのも知っている。

高校三年生の秋、木々が紅く色付き始める頃にクラスの友人達とキャンプをした。
何にでも楽しそうに取り組む友人達の成長に驚き、感銘を受けたのを思い出す。

キャンプ場であの人とも出会い、心に触れた。忘れられない出会い。


よくよく考えてみると、女性がキャンプを楽しむなんて……。


叔母「叔母さんはそれだけが心配なの、大丈夫なの?」

夏「だいじょーぶだって」

風子「姫子さんと一緒に護身術を学んでいます」

冬「柔道のですか?」

母「お友達に柔道の強い方がいるって聞いていたわね」

姫子「はい。その友人から学んでいます、けど柔道じゃないですよ。
   テレビとかで紹介しているような形なので、投げたりはしません」

冬「そうなんですかぁ」

風子「体力をつけるためにね、一緒に練習したりしてるよ」

夏「すごいなぁ、あたしもなにか続ければよかったな」

姫子「練習量が桁違いだからついていけないけどね。夏はソフトを辞めたの?」

夏「一応サークルに入ってますけど、適当って感じですよ」

姫子「……そっか」


少し退屈そうな表情をみせた、そんな顔を初めて見たから驚く。

63 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/16(月) 21:24:00.21 ID:jhabFmV8o


楽しい食卓は終わりを迎える。


冬「ごちそうさま〜。おなかいっぱい」

夏「おいしかったー。タレがおいしかったよ、叔母さん」

叔母「ありがと。当然だけどね」

風子「ごちそうさまでした」

姫子「おいしかった……」

母「お粗末さまでした〜」


用意された食材が綺麗になくなっていた。おいしかったから当然だと思う。
さっそく北海道名物を食べることができてとても満足。風子も同じみたいだ。


叔母「よいしょっ」

姫子「あ、わたし洗います」


空っぽになった食器を片付けるため立ち上がった叔母さんに申し出る。
他人を台所に入れるのはさすがに嫌かもしれない。
だけど、それくらいはさせて欲しかった。


叔母「そう、よろしくね」

母「女手があると楽ね〜」


させてくれるのがありがたい。
初日から甘えっぱなしでは、この先に待ち受ける不便さに屈してしまいそうだから。



ゴシゴシ

風子「この鉄板って、面白い構造なんだね」

姫子「煙が出ないようになっているって」

風子「叔母さんが言っていたね」

姫子「北海道は食材が豊富だね」

風子「……うん」

姫子「食べ過ぎたかも……」

風子「…………うん」

姫子「……」


二人並んで食器を洗う。

いくらジンギスカンがヘルシーとはいっても、結構な量を食べた気がする。
これから食べる頻度が高くなるから少し怖くなる。
それが頭をよぎって沈黙していると後ろから声がかかった。


冬「洗い終わった食器ありますか?」

姫子「これだよ」

風子「……」

冬「分かりました。えーっと布巾は……」

風子「どうしよっか……」

姫子「気をつければいいんじゃないかな……」
64 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/16(月) 21:26:25.28 ID:jhabFmV8o

食材が豊富だから、食べるのを止めたくはない。むしろ食べたい。
食べすぎが良くないと、わたしは判断した。


冬「おいしいアイスクリームがあるんですよ〜、後で食べましょうね」

風子「……」

姫子「……」


食器を拭きながら、天使のような声で悪魔の囁きをする女の子。
自然と風子と目が合って、頷き合う。


風子姫子「「 いただきます 」」

冬「?」


――…


夏「これでよしっと」

風子「4人でやるとはやいね」

冬「そうですね、少し楽しかったです」

姫子「……」


夏が最後のお皿を棚に片付けて仕事は終わり。
滅多に無い時間だからわたしも楽しかった。

冬を残して居間に移動するとテレビは天気予報を伝えていた。
わたしと風子は凝視する。


『東部のお天気はご覧のとおりです』

女性アナウンサーの後に北海道の東部分が映し出される。太陽マークが並んでいた。
よかった。と、胸をなでおろす。

いつも見ている地形じゃなかったので、違和感があった。


叔母「晴れみたいね」

母「気温も安定しているから問題ないみたいね〜」

風子「よかった」

姫子「……」

夏「どうしたんですか?」

姫子「明日の天気晴れみたいだよ」

夏「北海道は梅雨がないですからね」


そういってテーブルの横に座る。ずっとそこに座っているから夏の定位置みたいだ。
居場所っていうのかな……、なんだか可笑しい。

時計を見ると7時を回っていた。
夕陽をみようと窓に寄って西の空を眺める。そこは茜色に染まっていた。

昨日のこの時間は船の上だったな、明日はどこでこの空を見ているのかなと考える。
風子が隣に並ぶ。


風子「おいしかったね……」

姫子「…………うん」


まったく違うことを考えていた。
65 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/16(月) 21:27:46.05 ID:jhabFmV8o


6人でアイスを食べながらDVDを見ている。


『あんたがそういったんでしょぉ!』

『いやいやいやいや、わたしじゃないですよぉ』


夏叔母「「 あっはっはっは!! 」」

風子「クスクス」

姫子「……」


3人は笑っている。

ローカルバラエティ番組なんだけど、なぜか風子も知っているみたいだ。
風子曰く、旅番組なんだけどディレクターと出演者のやりとりが面白い。とか……。
初めて見るから笑いどころが掴めず、ただ見つめるだけになる。


冬「おいしぃ〜」

母「これ、どこで買ってきたの?」

姫子「……」


おいしそうに食べる仕草は変わってない。
こっちはこっちで、テレビ画面すら見ていなかった。

うん、このアイスはおいしい。


明日の朝9時に釧路駅に到着しなければならない。
朝ごはんを食べて移動になるけど。さて、その後どうなるのかな。

予定は未定だった。


――…


夏「はー、面白かったー」

叔母「久しぶりに見たけど、やっぱり面白いわぁ」

風子「このシリーズ初めて見ました」

叔母「あら、そうなの。内地は情報が遅いのね」

夏「これ録画したやつなんで、DVD化されてないんですよねー」

風子「そうなんだぁ」

姫子「……」


エンディング曲がいいな、と思った。

隣で冬が寝ている。時計の針は9時を指していた。
66 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/16(月) 21:29:17.67 ID:jhabFmV8o

冬「……すー」

姫子「……」

夏「冬ねぇ、起きてー」


夏が冬を揺する。疲れているのかな……。


冬「んー……?」

夏「寝るならちゃんと歯を磨かないと、それに風呂はどうすんの」

冬「入るよー……」

叔母「おっと、もうこんな時間か」

母「お湯沸いているから入っちゃって〜」

叔母「あら……仕事早いわね」

夏「姫子さんたちから先に入ってください」

風子「いいの?」

夏「どうぞどうぞ。冬ねぇ、こんなだし」

冬「うー……ん……」

姫子「それじゃ遠慮なく」



歯を磨き終えてお風呂に入る。


ジャーー

姫子「……」


温かいシャワーを浴びていると少しずつ眠気が襲ってくる。やっぱり疲れているみたいだ……。


風子「姫ちゃん、眠たそうだね」

姫子「もう少し船に揺られていたら、酔っていたかも」

風子「海荒れていなくてよかったね」

姫子「ホントに……って、風子は疲れてないの?」

風子「なんだかんだで、寝て過ごしていたからかな」

姫子「……なるほど」


風子が湯船に浸かりながら話しかける。体を洗いながらわたしは返事をする。
寝ていたら酔わないものなのかな……?


お風呂から上がって、風子と並んで居間に着くとすでに布団が敷かれていた。


姫子「4つ……?」


―――――


風子「……?」


お風呂から上がって、姫ちゃんと並んで居間に着くと布団が4つ並んで敷かれていた。不思議に思う。
あ、冬ちゃんたちもここで寝るんだね。

67 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/16(月) 21:30:31.52 ID:jhabFmV8o


冬「あ、どうでしたか湯加減は」

風子「さっぱりできてよかったよ」

夏「あ、飲み物用意しますね」

姫子「ありがとう」


台所へトントンと跳ねていく夏ちゃん。
気が利くいい子です。


冬「ドライヤーはこっちで使ってください」

風子「……うん、ありがとう。お母さん達は?」

冬「掛け布団を取りに、上にいますよ」

姫子「そっか……」

夏「姫子さん、ふぅちゃんさん、こっちに置いておきますから」

風子「うん」

夏「冬ねぇ、入るよー」

冬「うんー。それではー」


二人でトントンと跳ねていく。
仲のいい姉妹。この光景が嬉しい。


姫子「先に使っていい?」

風子「うん、どうぞ」

姫子「お先」

風子「……」


最初は一緒にお風呂に入ることへの抵抗があった。
そんなの気にしていたら、キャンプなんて出来ない。
恥ずかしいと思うから恥ずかしくなるんだよね。


叔母「お、もう敷いたんだねー。仕事早いね双子はー」

母「夏たちがいないわ」

風子「お風呂に入っています」

母「そうですか……では」


そういってお風呂に向かっていくお母さん。
3人で入るスペースはあるから、問題はないと思う。……うん。
68 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/16(月) 21:32:21.68 ID:jhabFmV8o


叔母「夏ったら、むぎ茶なんか出しちゃってー」

風子「……」


テーブルに用意されたコップを見てつぶやく叔母さん。
冷蔵庫を開けてアルコール入りむぎ茶を取り出す。


叔母「どう?」

風子「……」


心が揺れる。でも、明日が早いので、我慢。


風子「朝早いので、お気持ちだけいただきます」

叔母「そう、残念ねー……」


バタンと冷蔵庫の扉が閉まる。
叔母さんと一緒に晩酌をすることなんてもうないんだろうな。
そう感じたら、少しだけ寂しくなった。一緒に過ごしたのはたった数時間なのに。


姫子「風子、ドライヤー空いたよ」

風子「うん」

叔母「姫子さんに話があるんだけど……」

姫子「は、はい……」


なんだろう……。
気になるけど、髪を乾かすという決められた役をこなさなくてはいけない。
話を聞きたいから残る。なんて理由では許されないみたいに思った。


カチッ

ブォォオオオオ

熱風がかかる。寸前に叔母さんの声が聞こえた。
あの二人のことなんだけど、と……。

なんとなく分かってしまった。その話の続きを。


冬ちゃんは命を落としそうになったことがある。
病院のベッドの中、夏ちゃんが居眠りをしている隣で。

それは高校に入ってすぐのこと。
69 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/16(月) 21:33:40.35 ID:jhabFmV8o


風子「……っ」


体が弱くて、入退院を繰り返していた冬ちゃん。
小学校の卒業式。中学校の入学式、卒業式。高校の入学式。
これらの人生の節目を冬ちゃんは体験していなかった。

夏ちゃんはそれに心を痛めていた。どうしてそれはあたしじゃないのか、と。
一命を取り留めた冬ちゃんに、夏ちゃんは接し方を忘れてしまった。

姫ちゃんの行動があって、今の二人がある。
クラスの友人たちも二人を通じて深く繋がることが出来た。

それは辛くも眩しい想い出。忘れられない高校三年、秋の出来事だった。

だんだん目頭が熱くなっていく。


風子「あつっ」


慌ててドライヤーを放す。あの時間を思い出してボンヤリしていたみたい。
おかげで涙をこぼさずにすんだけど。

髪も乾いていたのでリビングに向かう。私もむぎ茶をいただこうかな。


叔母「……そっか」

姫子「はい……」

風子「……」


話は終わったみたい。
姫ちゃんの隣の椅子に座る。


叔母「……」

姫子「……」

風子「……」


目の前のビール缶を優しくなでている。
色々な事を考えているんだろうな。
優しい表情をしている。


叔母「姉さんの気持ちも分かるんだ〜」

姫子「……お母さんの事ですよね」

叔母「うん〜」

風子「……」

叔母「私も二次の母だからさ」

風子「!」

姫子「えっ!?」

叔母「ん?」

風子「……」

姫子「い、いえ……」

叔母「なにに驚いたの?」

姫子「えっと……」


焦ってるね、姫ちゃん。
お母さんと叔母さんの雰囲気はまるで違うから、私もビックリした。失礼かな。
70 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/16(月) 21:35:05.94 ID:jhabFmV8o

叔母「……」

姫子「今日はどちらへ?」

叔母「あぁ、野朗どもは母の実家に居るよ。今日は女の子が来るからね、追い出してやったさ」

姫子「そう…ですか……」

風子「……」


まだ動いてくれない時計をそっとなでる。


風子「叔母さんの実家は近くに?」

叔母「そうだよ、苫小牧に住んでいたからね」

風子「そうですかぁ。なんだか悪いことしてしまいましたね」

叔母「気にしないでいいよぉ。週末だし、まだガキだから遠出すんのが好きなんだよ。
   母も喜んでくれるから、丁度いいってね」

風子「いいな……」

姫子「……」


掌でそっと包む。
こうやったら動いてくれるような気がしたから。




――リン。




叔母「そうだ、学園祭はどう過ごしたのかね」

風子「?」

姫子「叔母さんに学園祭までのことを話したんだよ。話の流れでね」

風子「そっか……」



しばらく三人で話をした。
私が見た学園祭、クラスの出し物、冬ちゃんのお化け屋敷、ソフト部の仮装喫茶、
体育館での演奏、各部が出展した露店、などを。

冬ちゃんたちがお風呂から上がってくるまで、あの時間を振り返って……。






『怒られても知らないからね』

『うん』

『干渉しすぎなんだよ、いつもいつも』

『ごめんね、ダニー』




71 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/16(月) 21:36:20.56 ID:jhabFmV8o

姫ちゃんが明日の確認をする。


姫子「明日の朝なんですけど、シャワー借りていいですか?」

叔母「いいけど……?」

姫子「ジョギングをしておこうと思って」

母「そうなの、頑張るのね〜」

姫子「体を動かしていた方が後々楽なんです」

夏「いいですね、あたしも行きます」

姫子「久しぶりに一緒に走ろうか」

夏「はいー!」

冬「あ、あぁ……」

風子「……」

叔母「いいよぉー、好きに使ってちょうだい」

姫子「ありがとうございます」


冬ちゃんも行きたそうだけど、大人しくしていてもらう。
まだハードな運動はしてはいけないと聞いたから。


台所と居間を仕切り戸で隔てる。
戸を閉めていると叔母さんが声をかけてきた。


叔母「気をつけてね。二人のことくれぐれもよろしく」

風子「?」

姫子「?」

母「朝早くに出かけるらしいから、ここで挨拶するのよ」

風子「え、あ……! お、お世話になりました」

姫子「お世話になりました」


慌てて頭を下げる。
ここでお別れなんだと思うと動揺してしまう。


夏「叔母さん、ありがとね」

冬「ありがとうございました」

叔母「ううん。また、いらっしゃいね」

冬夏「「 うん! 」」

叔母「縁があったらまた会いましょう、それじゃおやすみー」

母「おやすみ〜」

風子「……おやすみなさい」

姫子「……」

72 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/16(月) 21:37:56.28 ID:jhabFmV8o

二人は二階へ上っていった。

一緒にご飯を食べて、アイスを食べて、DVDを鑑賞して、話をして。
短い時間がさらに凝縮されたように感じたひと時だった。


風子「……」

夏「何時に起きます?」

姫子「5時がいいかな」

夏「そうですね」

冬「目覚まし時計オッケー」


冬ちゃんが指差し確認をしている。
夏ちゃんがケータイのアラーム設定をしている。
姫ちゃんは布団を被って目を瞑っている。早い。


私は腕時計を外し――

チッチッチッチ


風子「あ……」


動いている。
時計の針は3時を指していた。


姫子「」スヤスヤ

夏「照明消しますよーって、姫子さんはやっ!」

冬「」スヤスヤ

夏「ふぅちゃんさん?」

風子「あ、うん……」

夏「消しますよ?」

風子「うん、いいよー」

夏「それじゃ、おやすみなさーい」

風子「おやすみー……」



まだ動いてくれる時間が嬉しい。

まだ止まらないで欲しい。

おやすみ、みんな。



二日目終了

73 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/04/16(月) 21:44:15.36 ID:No2ZMz45o
ホーリーブラウニー?
74 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/16(月) 21:53:34.21 ID:0yw7IL5SO
オリキャラっぽいのがいるな
75 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [saga]:2012/04/18(水) 20:51:36.72 ID:NyxJEUCoo


三日目



姫子「ふぅこぉー、わたしのケータイ、電源落としておいてー」

風子「はぁーぃ」

冬「」スヤスヤ


冬ちゃんを起こさないように、ヒソヒソ声で言葉を交わす。
私のケータイも落としておこう。アラームが鳴って起こしては悪いからね。

服を着替えて玄関へ向かうと夏ちゃんが待っていた。


夏「さ、行きましょう」

姫子「うん」

風子「……」


玄関の扉を開くと冷たい空気に触れる。


道路に出る私たち。
チュンチュンと電信柱の上にいる数匹のスズメ達が鳴いていた。
こういう風景はどこも一緒なのかな。


姫子「……」

風子「……」

夏「?」


太陽がすでに昇っていた、それも結構な高さだよね。


夏「あぁ、明石市より結構東にあるんで、ある意味時差ボケってやつですかね」

姫子「な、なるほど」

風子「時間を間違えているわけじゃないんだよね」

夏「そうですよ、日本は全国的に朝の5時を迎えました」


ストレッチしながら話す夏ちゃん。
それじゃ、日本の最西端では今太陽が昇り始めているのかな。
なんてことを考えながら体を解す。


夏「それではしゅっぱーつ!」

姫子「釧路の町を走るなんてね、面白いよ」

夏「そうですね〜」

風子「……っ」


三人で駆け出す。

私はっ、文化系なんですっ。


76 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/18(水) 20:53:32.51 ID:NyxJEUCoo


3kmくらいの地点で休憩。

なんだけどっ、二人の姿が小さいっ。


風子「はぁっ、っはぁ……!」


休んでいる二人にようやく追いついた……。


風子「っ……はぁ……」

夏「今日はいつもの半分ですか」

姫子「うん。早起きと体を慣らしておくのが目的だから」

夏「そうですかぁ」

姫子「夏も走ってたりするの?」

夏「体がなまってきたなぁと感じた時だけですね、最近は」

姫子「そっか」

風子「すぅ……はぁ……」


さすが運動部だね、爽やかな雰囲気を身に纏っているよ……。


夏「ふぅちゃんさんも足はやいですね」

風子「そ、そう?」

姫子「風子は根性あるよ」

風子「お、おかげさまで」


意味も無く気取ってみせる。
姫ちゃんたちとトレーニングするのは好きだから、苦じゃないんだよ。


夏「そんじゃ、ラス1です。行きましょう!」

姫子「うん」

風子「よ、よし」


三人で同時に駆け出す。

追いかけるのがっ、大変だけどねっ。

77 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/18(水) 20:55:08.74 ID:NyxJEUCoo


――…


風子「はぁ……はぁ……、はぁ……」

夏「んしょっ……とぉ」

姫子「……」


私がゆっくりと息を整えている間に二人はクールダウンをしていた。
私も真似て柔軟体操を始める。

知らない土地を走るのは新鮮で面白かったな。夏ちゃんがいなかったら迷子になっていたでしょう。


夏「そんじゃ、早く風呂に入って洗濯機を回しましょう」

姫子「そうだね。乾燥機もあるの?」

夏「ありますよー」

風子「それは助かった」


洗いっぱなしで置いていけないよね。






――…


お風呂に入り軽く汗を流す。その間に洗濯機を回しておく。

お風呂から出ると同時に洗濯が終わっていたので、そのまま乾燥機へ放り込む。


風子「これでよし、と」


居間に移動して、夏ちゃんが用意してくれたむぎ茶を飲む。


風子「……ふぅ」


体が潤っていくのを感じる。おいしい。

朝起きてすぐに時間を調整した時計は6時半を指していた。
冬ちゃんはまだ寝ている。かわいい。


冬「」スヤスヤ

姫子「6時半ね……」

風子「ふぁあ……、どうしよっか……」

夏「朝の番組もアレですからねぇ……」


テレビに向かってつぶやく夏ちゃん。
全国ネットのワイドショーが流れている。よく知っている顔だけど、今はいいかな。

78 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/18(水) 20:56:52.00 ID:NyxJEUCoo


冬「」スヤスヤ

風子「よいしょ……」

姫子「寝るの?」

風子「横になるだけだよ」

姫子「ふーん……」

夏「……」

風子「……」


テレビが色んな人を映していく。
司会者、解説者、最近有名になった人、俳優に、歌手に、影響を受けて応援している人。
あ、この子って新作映画にも出るよね。贔屓にしていますよ。


夏「この子、女優に転身したのかな」

姫子「そうみたいね」

風子「トップアイドルだったのにね」


ゆっくりと時間が流れていく。

メガネを外し、安全な場所へ置く。
そして、目を瞑り、まどろみの中へ溺れていく……。

ちょっとだけおやすみ。


―――――


寝ちゃった。
横になったから眠る気だとは思っていたけどね。

冬に寄り添って眠る風子。妹のように可愛がっているから、そっとしておこう。
2、30分の仮眠を取る時間はある。

ソファに深く座ってテレビを眺める。だけど、興味は外へ向いていた。

79 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/18(水) 20:58:06.79 ID:NyxJEUCoo


夏「あと1時間ちょっとですから、少しだけのんびりしますか」

姫子「そうだねー……」


30分で支度して、30分で移動。9時に到着できる……。


…………

……



遠くで母さんの呼ぶ声がする……。

母さんじゃなくて……。

冬たちのお母さんの声だ。


姫子「!」

母「もう9時なんだけど……」

姫子「えっ!?」


時計を確認すると8時54分。6分前を指していた。

まずいマズイ不味い!


姫子「冬っ、夏っ! 風子!」

風子「んー……」

夏「なにぃー……?」

冬「」スヤスヤ

母「冬が時計を止めちゃったのね……」


冬の右手が目覚まし時計を押さえていた。寝ぼけて止めたまま二度寝したんだ。

お風呂から上がった後に用意した服を着る。
お母さんが用意してくれた鏡を見る。


姫子「二度寝して寝過ごすなんて……!」

母「ごめんね、私ものんびりしちゃって〜」

姫子「いえ……」

母「ほら、冬もちゃんと起きなさい」

冬「うん……、ふぅさん?」

風子「うん……?」


寝ぼけ合っている。


80 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [saga]:2012/04/18(水) 21:00:23.38 ID:NyxJEUCoo


鏡に映る自分を確認。
これは……ちょっと、良くない。けど、整えている時間は無い。

釧路駅で人を待たせている。

昨日の夜に準備は概ね整えておいた。手荷物を持って玄関へ向かう。

っと、その前にちゃんと風子に確認をしておこう。


姫子「風子! 先に行ってるから!」

風子「うん、大丈夫」

姫子「あ、お母さん、後はお願いします」

母「釧路駅よね、大丈夫よ」

姫子「それでは後でっ!」


ガチャッ


玄関の扉を開けて車庫へ飛び出す。車があった。


姫子「あ……」

母「すぐどかすわね〜」

姫子「……ふぅ」


少し落ち着こう。慌てて運転して事故でも起こしたら元も子もない。

事故だけは避けなければいけない。絶対に。

バイクの前に立って一通り確認する。
異常は無し。
昨日の夜にも点検はしていたけど、念の為。

今日からたくさんの距離を走る大切な相棒なのだから。


姫子「……よし」


母「それじゃ、後でね」

姫子「はい」



ヘルメットを被り、バイクに跨る。鍵を差込み、エンジンをかける。

もうここで寝泊りすることは無いんだなと思いながら、その場所をあとにする。


ドルルルルルルルル

81 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/18(水) 21:02:08.38 ID:NyxJEUCoo


昨晩に教えてもらった道なりを走る。
初めての土地、道路を走るのは緊張する。況してや人を待たせている。

気が緩んだせいで二度寝してしまった……。
とにかく謝ろう。



ドルルルルン

エンジンを止めて辺りを見回す。駐車場にそれらしき人物は居ない。
バイクから降りて、駅の改札口まで走ってみるけどやっぱり居ない。


姫子「どこにいるんだろう……」


彼女は深夜バスに乗って朝の6時に到着しているはず。

今の時間は……。
ポケットからケータイを取り出すけど画面が表示されなかった。
風子に落としてもらったことを思い出す。
電源を入れて再度時間を確認。9時半。
そのまま電話帳を開き、クラス名簿の一番最初に登録されている番号にかける。


プー、プー


繋がらない……。
風子も電源を落としているから、わたし達にかけても出られない。


姫子「……」


非常に不味い。

リダイヤルしてみる。

pipipipipipi

後ろから着信音が鳴った。

82 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [saga]:2012/04/18(水) 21:05:32.31 ID:NyxJEUCoo


「遅いぞ」

姫子「ごめん、澪」

澪「……」


若干潤んだ瞳でわたしを睨んでいる彼女、秋山澪。
高校卒業後、札幌の大学へ進学した彼女。二年ぶりの再会がこれでは、申し訳が立たない。


姫子「本当に、ごめん……」

澪「……」

姫子「……」

澪「……」

姫子「…………」

澪「…………」



船旅の疲れを気遣って、9時の集合にしてくれた。
先に車を借りて休んでいたと思う。
それなのに……寝坊して待たせてしまった。


澪「心配…したん……だぞ……」

姫子「……うん」

澪「……」

姫子「……」


在学中、澪と喋ったことはそんなにはない。
あったとしても、それは一対一ではなく、間に誰かがいた。
二人でこうやって話すのは初めてだった。だから距離のとり方が分からない。

澪もそうなのかな――

83 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) :2012/04/18(水) 21:07:10.19 ID:NyxJEUCoo


澪「よかった……」

姫子「……え?」

澪「なにかあったんじゃないかって……」

姫子「で、電源入れ忘れていただけだよ。風子も元気だから」

澪「う、うん…安心……した……」

姫子「……」


距離を取ったのはわたしだった。
澪は、あの頃のままの澪だった。

待たせたことに怒っているんじゃなくて、心配かけたことに怒っていた。

不謹慎だけど、嬉しかった。
久しぶりの友人の再会に、
2年という月日が経っても変わらない、
あの頃のままの距離に、わたしは喜んだ。


澪「貸し……」

姫子「貸し?」

澪「一つだ」

姫子「……うん」


誰の受け売りなんだろう。
こういうこと言う子じゃないと思っていただけに驚いた。
それだけのことをしたんだから当然なんだけど。

やっぱり幼馴染かな。


澪「風子たちは?」

姫子「あー、そろそろ来るんじゃない?」

澪「そうか……。ここで待ってていいのかな」

姫子「近くの公園に移動しようか。荷物の移動もしたいし、お母さんにちゃんと挨拶もしたいから」

澪「冬たちのお母さんも来てたんだ」

姫子「うん」

澪「そうか……。久しぶりだな」

姫子「……」



話をリードしてくれる。
ちょっとだけ、ぎこちないわたしを察してくれたみたいだ。

やっぱり彼女達は面白い。

84 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/18(水) 21:08:18.78 ID:NyxJEUCoo


冬に電話をして、その旨を伝える。


姫子「――うん。分かった」

プツッ

澪「これが姫子のバイク?」

姫子「うん」

澪「おぉ……」

姫子「……」


なんだか照れてしまう。

そうだ、聞きたいことがあったんだ。


姫子「澪……」

澪「うん?」

姫子「連絡来てる?」

澪「ううん。半年前まではちゃんとメールが届いていたけど、ここ最近は全然来なくなった」

姫子「……心配じゃない?」

澪「心配だけど、アイツはあれでなんとかしていくから」

姫子「……」

澪「お調子者だから、どこでもうまくやっているよ。この遠い空の下で」

姫子「……そっか」

澪「……」


空を眺めて想うは澪の幼馴染のこと。

遥かなる空の下で、彼女らしく楽しくやっているんだろう。
澪の表情から、言葉からそれが読み取ることが出来た。
不思議と安心した。


85 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) :2012/04/18(水) 21:10:13.37 ID:NyxJEUCoo


――…


冬夏「「 お久しぶりですっ! 」」

澪「久しぶり、二人とも。一年振りだな」

冬「はいっ」

夏「たまには旭川まで来てくださいよー」

澪「ふふ、バイトとか忙しくてな」

夏「バイトですか! どんなバイトを!?」

澪「喫茶店のウェイトレスだけど……」

夏「なーんだ」

澪「?」

冬「夏は飲食店なんです。ラーメン店ですね」

澪「もしかして、厨房で働いてる?」

夏「そうなんです! 同じ系列なら――」

母「ほらほら、姫子さんたちに荷物移動させてないで手伝いなさい」

夏「おっと」

冬「あっ!」

澪「お久しぶりです」

母「はい。あの秋以来ですね」

澪「はい」

姫子「……」

母「澪さんも泊まってくださったらよかったのに」

澪「ありがとうございます。昨日までに提出しておきたいレポートがありましたので……」

母「そうですか。……そうですね」

姫子「色々とお世話になりました」

風子「お世話になりました」


二人で挨拶をする。


母「二人のことよろしくお願いしますね」

風子姫子澪「「「 はい 」」」

冬「お母さん、帰るんだよね」

夏「気をつけてよ」

母「はいはい。二人とも体には気をつけて、ね」

冬夏「「 うん 」」

母「……」

冬「……」

夏「……」


三人の時間が流れる。

86 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/18(水) 21:11:31.16 ID:NyxJEUCoo


母「じゃあね」

冬「うん。気をつけてね」

夏「バイバイ」


車に乗って走っていく。

いい親子だと思う。こういう家族がいることを知る事ができた。

二人はずっと見送っていた。


冬「……」

夏「……」

風子「どうして髪を切ったの?」

澪「?」


静寂を打ち破る風子の一言。
わたしも気になっていた。


夏「そうですね、去年は長かったのに……」

冬「……」

澪「こ、これは……」

姫子「……」


澪の髪が短くなっていた。風子と同じ長さでいたのに。


澪「願掛け……かな」

姫子「なにを願掛けたの?」

澪「腐れ縁のアイツが無事に帰ってこられるように……」

夏冬「「 ? 」」

風子「そっか……。てっきり……」

澪「てっきり……?」

風子「恋を失――」

姫子「さて、どこへ行こう」


わたしが風子の言葉を遮る。

旅をはじめよう。


―――――


姫ちゃんが私の言葉を遮る。

旅がはじまる。

87 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) :2012/04/18(水) 21:14:43.81 ID:NyxJEUCoo


澪「まだ決めてなかったんだ……」

姫子「まぁね。最初の場所はみんなで決めたいからさ」

風子「いいこと言うね、姫ちゃんは」

冬「わぁ、なんだか楽しくなってきました!」

夏「うんうん!」

澪「そうだ、ちょっと待ってて。地図が車に……」


澪ちゃんが走って車へ向かう。


風子「地図があるなら、みんなで行きたい場所を指そうよ。多数決ね」

冬「いいですね!」

夏「賛成ー!」

姫子「夏と冬が重なったらそこに決まっちゃうじゃん」

風子「それでもいいでしょ?」

姫子「まぁ、ね」


予定をその場で決めるのが楽しいよね。



澪「お店の人が貸してくれたんだ」

姫子「へぇ……」


アスファルトの上に北海道が広がった。

これから5日間、行ける所まで行ってみたい。


風子「それじゃあ、行きたい場所を――」

澪「ここに行きたいんだ」

風子姫子夏冬「「「「 う……! 」」」」

澪「?」


先手を打たれたことで私たちの希望は潰える。


風子「お、帯広……?」

澪「幸福駅があるんだ」

風子「そ、そうなんだ……」

姫子「幸福駅……ね……」

夏「い、いいんじゃないかなー」

冬「幸福駅……」

澪「どうかな」


そんなに輝いた表情をされたら……。

88 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/18(水) 21:15:47.20 ID:NyxJEUCoo


澪「……ダメ?」

姫子「いいと思う」

冬「そうですね、そこを出発点にしましょう」

夏「もう廃駅になっているけど、敢えてそこからスタートなんだ……」

風子「……いいかも」

澪「いいの?」

風子姫子「「 行こう 」」

夏冬「「 行きましょう 」」



――…


澪ちゃんの運転で走ること5分。
目的地へ到着した私たちは冬ちゃんを先頭に活気溢れる市場へ。


冬「おぉー……」

夏「魚ー、新鮮だー」

澪「お、落ち着け、二人とも」

冬夏「「 あはは、つい〜 」」

姫子「扱いに慣れてるね」

澪「懐かしい感じだったな。似た二人がいたから」

風子「……」


鷹揚とした雰囲気を醸し出している。
これが人の成長ということなんだろうな。

札幌で一人暮らしをしている澪ちゃん。
新しい環境で、過酷な季節を通す北海道での暮らしは、ここまで人を強くするんだね。

彼女をみつめながらそんなことを感じました。


澪「勝手丼か……」

風子「澪ちゃん、初めてみるの?」

澪「うん、あまりよくは知らないんだ……」

夏「冬ねぇ、詳しく教えてくんない?」

冬「新鮮ですねー、うん?」

姫子「掻い摘んで、でいいからね」


姫ちゃんが釘を刺す。
読書が好きということで、知識が豊富なので冬ちゃんは生き字引として大活躍。

89 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/18(水) 21:18:26.11 ID:NyxJEUCoo

勝手丼とは、
貧乏旅行をしていたライダーに懐具合を配慮した店主がご飯を買ってこさせて、
その上に少しずつ海産物を提供したことが始まりだそうです。

小・中・大の器入り白ご飯を購入して、市場に並んである新鮮な切り身を購入する。
自分が食べたい具材を乗せる、これが勝手丼。

という説明を受けたはいいのだけれど……。


冬「――このシステムは青森の、のっけ丼にも活用されてですね」

姫子「お腹空いたから、そこまで」

冬「……はい」

澪「そうか、分かったよ。ありがとう、冬」

冬「いえいえ」

風子「それじゃ、さっき通ったテーブルに集合でいいかな」

姫子「うん」

澪「冬、一緒にいかないか?」

冬「はい!」

風子「それじゃ、一旦解散〜」


夏ちゃんは冬ちゃんの解説を聞かずに行ってしまった。
楽しみにしていたんだろうな。

まずは小のご飯を購入。さすがに朝からはそんなに食べられないよね。


風子「……♪」


一人でご飯を片手に散策。
タラバガニ、ホタテ、えび、マグロ、ホッキ……。
新鮮でおいしそうな具材が並んでいる。
こんな気分になれるのが楽しい。地元では絶対に味わえない感覚。

ツブ、サンマ、タラバ、ホッキを乗せて、お店の人に醤油をかけてもらいました。
みんなの丼にはどんな魚がいるのかな。


二人が先に座っている。

冬ちゃんと澪ちゃんはまだみたいだね。
夏ちゃんがまたメールを送っている。私も後で送ってみよう。


姫子「風子ー、こっちー」

夏「おいしそうでしょ……」ピッピッピ

風子「はーい」

夏「送信……っと。フフフ」

風子「二人ともはやいね」

夏「一緒に選んだので、似通ってますけどね」

姫子「わたしが釣られちゃったみたい」

風子「あはは」


確かに似通っているけど、彩りが綺麗でおいしそうだね。

隣の花は赤い。

違うかな、この場合は隣の丼はおいしそうが正しいよね。
90 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/18(水) 21:19:39.49 ID:NyxJEUCoo

冬「おまたせしました〜」

澪「おまたせ」

姫子「それじゃさっそく食べようか」

夏「それじゃ、いただき――」

澪「一緒だ!」

風子「?」


あ、本当だ。
夏ちゃんと冬ちゃんの丼を見比べる。

マグロ、えび、いくら、たまご、ウニ。

寸分違わずに……。うん、凄い。


夏「よくあるんですよ。いただきまーす」

姫子「いただきます」

冬「いただきまーす」

澪「い、いただきます……」

風子「いただきます」


テーブルに座って5人でいただきます。


夏冬「「 おいしぃ〜 」」

澪「うん、おいしい」

姫子「来てよかったね」

風子「うん」

冬「澪さんのおかげで安く買えましたよ」

姫子「どうして?」

夏「うまうま」

風子「?」

澪「ちょっとだけ、やってみたかったんだ……」


おいしそうに食べ続ける夏ちゃんをよそに、疑問を投げかける。


風子「もしかして、値切り交渉したの?」

澪「うん……」

姫子「え?!」

夏「ん?」

姫子「……」

冬「『もうひとこえ』って」

澪「あはは」

夏「あたしも澪さんと回ればよかったなー」

風子「……」

姫子「……」

91 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/18(水) 21:20:50.40 ID:NyxJEUCoo

おかしい。
どう考えてもそんなことをする人じゃないはずだよね。

姫ちゃんと目を合わせるけど、謎が深まるばかりで、腑に落ちない……。

やっぱり逞しくなったってことなのかな。


姫子「ねぇ、澪……」

澪「うん……?」

風子「?」

姫子「ひょっとして、寝てないんじゃない?」

澪「うん。寝てないよ」

風子「……あ」


私たちが寝坊して、澪ちゃん独り釧路駅で待たせてしまったことを思い出す。

それと同時に、思い出す。

大切な約束を守れなかったこと、破ってしまったこと。

そして、この時計のこと。


夏「ふぅちゃんさん?」

風子「う、うん……?」

冬「どうかしたんですか?」

風子「ううん、なんでも〜」

澪「私、気にしていないから……な?」

風子「う、うん。……ごめんね」

姫子「……」


気にしていないと言ってくれたのに、謝ってしまう。

いけない。みんなとの食事中にこんなことを……。


姫子「でも、どうして深夜バスを選んだの?」

澪「え、えっと……それはだな……」

冬「もっと早くてもよかったです」

夏「そうそう」

風子「……」


姫ちゃんが話を逸らしてくれた。

楽しまないといけないよね。

92 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/18(水) 21:22:38.46 ID:NyxJEUCoo

澪「一度だけ、乗ってみたかったんだ」

風子「深夜バスに……?」

澪「……うん」

姫子「へ、へぇ……」

夏「あ、それ分かるかも」

冬「夏も?」

夏「うん。あの番組みてたらさ、どれだけのものかと思うでしょ」

風子「ということは、澪ちゃんもあの番組見てるんだ?」

澪「うん、旅番組として見てるよ」

夏「どうでした、深夜バスの体験は?」

澪「予想通り、眠れなかったよ」

風子「そうなんだ……」

姫子「ずっと起きてたんだ?」

澪「到着寸前に眠くなったんだけど……な。面白い経験だった」

夏「面白いんだ……」

冬「そうなんですかぁ」

澪「車を借りて、後ろの座席で仮眠を取ろうと思ったんだけど……」

冬夏姫子「「「 すいませんでした 」」」

風子「……」


電話をかけても、私と姫ちゃんは電源を落としていたから繋がらない。メールをしても返事がない。
冬ちゃんと夏ちゃんの番号は登録されていないから、こんな事態になってしまった。
気になって、心配で仮眠を取れなかった澪ちゃん。

ごめんね。


やっぱり、人を待たせることが怖い。



――…


勝手丼を堪能して、弾む足取りで駐車場へ向かう私たち。


夏「満足満足、勝手どーん」

冬「おいしかったぁ」

風子「いい天気だね」

澪「眩しい……灰になる……」

姫子「徹夜明けのテンションだね」

冬「太陽の光を浴びて灰になるなんて、まるで吸血鬼ですね」

夏「そんなツッコミいらないから」


澪ちゃんのテンションがおかしい。疲れもあるんだろうな。

車へと辿り着く。
冬ちゃん、夏ちゃん、澪ちゃん、私の4人はこの車で移動をする。
トランクにはテントと荷物が収納されているけど、ギュウギュウ詰めになっているね。
極力減らしたつもりだったけど、しょうがないよね。

93 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/18(水) 21:24:07.00 ID:NyxJEUCoo


澪「よし、行こうか」


ガチャ

そう言って運転席のドアを開ける澪ちゃん。


夏「いやいやいやいや」

冬「えっと、危ないですよ……?」

澪「え……」

姫子「澪が運転するのはダメでしょ」

風子「うん」

澪「な……」


みんなから警告を受けた澪ちゃん。
信じられないといった表情をしている。

危険だと思います。


夏「それじゃ、あたしが〜」


ガチャ

そう言って運転席のドアを開ける夏ちゃん。


冬「ダメだよ」

姫子「仮免だっけ?」

冬「そうです」

夏「やってみただけー」

風子「澪ちゃんは卒業してから取ったの?」

澪「……うん」

94 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/18(水) 21:25:28.73 ID:NyxJEUCoo


姫子「……」


ガチャ

黙して語らず。運転席のドアを開ける姫ちゃん。


夏「……」

冬「……」

澪「……」

風子「……」

姫子「……」


バタン

表情を変えずそのままドアを閉める。


姫子「なにか言ってよ」

夏「ギャグ?」

姫子「……まぁ、うん」

夏「なにをしてんだろーって思いました」

冬「バイクをどうするのかなーと」

澪「ギャグだったのか……」

風子「……」

姫子「ぅ……」



みるみるうちに顔が赤くなっていく。両手で顔を覆った。

語らずに行動したせいで伝わらなかったみたい。私は気付いたけど。



風子「それじゃ行こっか」


ガチャ

帯広へ出発!

95 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) :2012/04/18(水) 21:26:33.94 ID:NyxJEUCoo


時折、左手に映る海を眺めながら車を走らせること30分。

天気も良くて景色も広々としていて運転するには最高のコンディション。
幅の広い道をスイスイと走らせる。

とても楽しい。

助手席で地図を眺める夏ちゃん。
後ろの席には冬ちゃんと、冬ちゃんにもたれて寝ている澪ちゃん。
今日は早めにキャンプ地へ向かったほうがいいのかもしれない。


夏「今の時間は、11時半だから……」

風子「……」

冬「……」

澪「」スヤスヤ

夏「到着は1時くらいですねー」

風子「お昼ご飯どうしよっか」

冬「帯広といったら、豚丼ですよ〜」

夏「おぉー、いいね〜」

風子「……」


また、丼ですか。

船で牛丼食べて、さっき勝手丼食べて、続いて豚丼……。

ううん、初日だから栄養つけたほうがいいよ。
うん、そうだよね。

なんだか自分に言い聞かせているみたい。

96 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/18(水) 21:27:37.50 ID:NyxJEUCoo


――…


途中で10分の休憩を挟むこと1時間半。

私たちは目的の場所へと到着しました。

幸福という名の駅から私たち5人の旅は始まるんだよね。



風子「とうちゃーく」

夏「楽しみになってきた」


ガチャ

一番手に降りる夏ちゃん。


冬「澪さん、起きてください、到着しましたよー」

澪「」スヤスヤ


余程疲れが溜まっていたみたい。
冬ちゃんが揺すっても起きる気配が無い。

よぉし、私が起こしてみよう。
澪ちゃんの耳元へそっと近づき――


風子「一枚……二枚……」

澪「」スヤスヤ

冬「……」

風子「三枚……四枚……」

澪「うぅ……」

冬「顔色が悪くなりましたね」

風子「五枚……六枚……」

澪「やめろ……バ……つ……」

冬「おぉ」

風子「八枚……九枚……」

澪「七枚…目は……どう…し……」

冬「律儀ですね」

風子「澪ちゃん、起きて」

澪「う……ぅん……?」

冬「おはようございます」

風子「おはよう」

澪「う、うん……おは……よ……う?」

風子「幸福駅に着いたよ」


97 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) :2012/04/18(水) 21:29:03.69 ID:NyxJEUCoo


――― 幸福駅 ―――



澪「ふぁ……」

姫子「第一声があくびなんだ……」

澪「中途半端に眠るとダメだな……顔洗ってくる」

風子「あ、私もお手洗い〜」

夏「あたしも〜」

冬「……」

姫子「……」

風子「先に行かないで待っててね」


―――――


姫子「待ってるよ」


そう伝えると三人は歩いていった。

目の前にある建物を一目見ただけで……。


冬「列車はこの駅を通過していた……」

姫子「……」

冬「今はもう使われなくなった駅……」

姫子「……」


冬が言葉に出して、この場所が持つ独特の雰囲気を伝える。


冬「わたしたちは、この場所から始まるんですね」

姫子「うん」


ようやくスタートラインに立てた気がする。

家から出た時、船に乗った時、北海道に到着した時、釧路駅を出発した時。

それぞれが旅の始まりと呼べたかもしれない。

だけど、この瞬間がわたし達5人の旅の始まり、なのかもしれない。


姫子「冬、手を出して」

冬「は、はい」


突然の要求に戸惑いながらも、手を広げて見せる。


姫子「掲げて」

冬「は、はい……」


冬の掲げた手にわたしの手を合わせて叩く。

ハイタッチ。


パァン
98 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) :2012/04/18(水) 21:31:26.11 ID:NyxJEUCoo


冬「……?」

姫子「なんとなく、儀式」


旅の始まりの儀式。


ただの気まぐれを目の前の女の子は感激したみたいだ。


冬「も、もう一度やりましょう!」

姫子「一度でいいじゃん」

冬「気が抜けていたんです!」

姫子「そう……」


視線を逸らして建物を眺める。


姫子「幸福……か……」

冬「姫ちゃんさん! もう一度です!」



鳴き声が聞こえた。



冬「姫ちゃ――」

姫子「しずかに」

冬「?」

姫子「……」


耳をすます。

声に誘われるように足が動く。


姫子「あっちかな……」

冬「どこへ行くんですか?」


好奇心からか、わたしのおかしな行動に疑いもせずに付いて来る。

駅舎の近くかな。


姫子「……」

冬「……」

「ぴぃぴぃ」


雛鳥がそこにいた。

建物に添って見上げると、案の定そこには鳥の巣があった。

巣の中には三匹。

地面には一匹。

99 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/18(水) 21:33:00.49 ID:NyxJEUCoo


雛「……」

姫子「……」

冬「落ちちゃったんだ……」




無頓着 無神経 不用意 不覚 不注意 迂闊 鈍感 軽薄 軽率 

要するに、わたしは馬鹿だった。




姫子「……」

雛「ぴぃぴぃ」

「待て」

冬「!」



命を拾ってしまった。

手の中にある小さな命、わたしは考えも無しにすくってしまっていた。



「……」

姫子「……」


わたしの行動を制止しようとした男の人。

わたしと似た格好をしているからこの人も同じバイク乗りだと分かった。



「どうするの、それ」

姫子「……」

雛「ぴぃぴぃ」



それと言われた命がわたしの手の中で鳴いている。

灰色の毛に黄色い嘴。



姫子「……」



落ちてきたであろう巣を見上げる。駅舎の軒下から複数の鳴き声が聞こえる。
この仔の兄弟達が元気良く鳴いていた。

梯子があれば届く高さ。

巣に戻すのが原理、わたしが取るべき行動のセオリー。

そうじゃないのかな、と視線を戻す。


100 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/18(水) 21:36:30.88 ID:NyxJEUCoo


「……それが一番なんだけどな」

冬「ダメなんですか?」

姫子「……」



わたしの代わりに冬が訊ねる。



「……今はダメだな。見て、丁度帰ってきたみたいだ」

冬「……あ」

姫子「燕……」



一羽の燕が幸福駅周辺を大きく旋回している。この仔の親かな。
と、思っていると巣へ降り立った。

親鳥は巣の中にいる雛達に餌を与えている。



姫子「……」

雛「ぴぃぴぃ」



初めからこの仔が居なかった様に。

そして、飛び立っていく。

次の餌を捕る為に、お腹を空かせた子ども達の為に、親としての責任を果たす為に。



「自ら落ちたのかもしれない」

姫子「……」

「それとも、落とされたかもしれない」

冬「……!」



親鳥が世話を放棄したから、兄弟達が生存率を上げるためとか。

だけど可能性にしかすぎない。



「親鳥はヒナが病気やダニを持っていたら落とすことがある。
 まだ兄弟たちが巣に残っているってことは、つがいの雄が替わった訳でもないみたいだけど」

冬「……」

姫子「……」

「不運なことに、俺たちがここにいることを見られた。そのせいで親鳥は警戒している」

姫子「……」



空を一匹の燕が旋回している。今戻すのは危険なのかな。


101 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/18(水) 21:39:31.74 ID:NyxJEUCoo


「人間の掌でも雛にとっては寒いんだ。だからすぐに衰弱してしまう」

冬「……」

「もう一度聞くけど、それをどうするの?」

雛「……ぴぃ」

姫子「……」


問い質される。

手の中にある命。

制止されたのはこの詰問が待ち受けていたから。


わたしは咎められたのだろうか。

その男性から目を逸らすことが出来なかった。

その目からはなぜか感情を感じられなかったから――


―――――


姫ちゃんの真剣な表情。

対峙している雰囲気には見えないけど、今まで見たことがない表情をしているから向こうへ行けない。


風子「……」

夏「なんだか、近づけませんね……」

澪「……うん」







ダニー『ねぇ、モモ。あの雛、死んじゃうよね』

モモ『まだ分からないよ』

ダニー『どうかなぁ……』

モモ『……』







船の上で、熱いお茶を取る時に聞いた小さな男の子のような声。
あの時とは違って、なにを言っているのかは分からなかった。

どこから聞こえてきたんだろう。

102 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/18(水) 21:40:44.00 ID:NyxJEUCoo


風子「……」

澪「風子……?」

風子「え、な、なに……?」

澪「なにを……さ、探しているんだ?」

風子「う、ううん。なんでもないよ」

澪「そ、そうか……。急に辺りを見渡したから……驚いた……」

風子「……」

夏「澪さん、ふぅちゃんさん、姫子さんたち行っちゃいますよ」

澪「あ、うん……」

風子「……」



不安にさせちゃったみたい。

なんだろう、幻聴とか? そんなまさか、ね……。
もう一つ、女の子の声も聞こえた気がする。不思議な響きの声。


名も知らないであろう男の人。見た目は私たちと同じくらいだと思うけど、誰なんだろう。

その人を先頭に姫ちゃんと冬ちゃんは歩いていく。……どこに行くんだろう。


夏「姫子さんが手に持っている物ってなにか分かります?」

澪「いや……よく見えないな」

風子「……私も見えない」


私も澪ちゃんと同じく目を凝らしてみるけど、両手で包んでいるそれが何かは分からなかった。


3人が辿り着いたのは草の生い茂る一角。

男の人がその草を乱暴に蹴りだした。


風子「……!」

夏「いやいやいや、さすがに怖くなってきた」

澪「う、うん」


姫ちゃんと冬ちゃんに急いで駆け寄る。

103 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/18(水) 21:42:39.36 ID:NyxJEUCoo


夏「冬ねぇ!」

冬「あ、夏……」

澪「な、なにをして……?」

姫子「ちょっと、この仔をね……」

風子「鳥の雛……?」

姫子「そう、燕の雛……」

夏「で、あの人はなんなの?」

冬「餌を捕るって……」

夏「うん?」

澪「え、餌?」

姫子「うん。わたしが育てるって言ったから……」

風子「……詳しく教えてくれる?」

姫子「うん――」


巣から落ちた雛を姫ちゃんが救った。

目の前で虫を捕まえている男の人によって、選択を迫られた。

この雛を巣へ戻すことに葛藤が生まれた。

親鳥にもう一度捨てられるのか、それとも兄弟たちにもう一度追い出されるのか。

そのときに落ちて怪我をさせるかもしれない。

巣へ戻すのはそれを覚悟しなくてはいけない、と。

だけど、聞いている限りでは――


夏「誘導されたみたいじゃん」

冬「……」

澪「……」

風子「……」

姫子「……」

雛「ぴぃぴぃ」

「そうだな、答えを誘導したみたいだ。ほら、食え」


そう言ってピンセットで挟んだ虫を雛の口に入れる。

雛はそれをちゃんと食べた。


「親鳥の代わりに虫を集めて、口の中に入れる。これからこのバッタの足を引き千切るから見てて」

姫子「!」

冬「……!」

澪「うっ……」

風子「そ、そこまで……」

夏「ア、アンタねぇ!」

「バッタの足は硬いから雛の喉を突き破るかもしれないんだ。これもやらなきゃいけないことだ」

夏「……っ」
104 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/18(水) 21:44:11.00 ID:NyxJEUCoo


「鳥類はとにかく食うよ。
 ツバメは昆虫を主食にしているから、それに合わせた餌と量を採取しなくちゃいけない」

澪「……」

「ツバメの雛は生き餌じゃないと食べてくれないから、育てるのが難しいんだ」

雛「ぴぃ……」


姫ちゃんの手の中で鳴いている。


「キミにこのバッタの足を引き千切ることが出来る?
 バッタの命に遠慮していたらその雛は生きていけない」

姫子「……」

風子「……」


姫ちゃんがバッタを見つめている。
昆虫を平気で触れる女の子を私は知らない。姫ちゃんも例外ではないはず……。


姫子「冬、ちょっと預かってて」

冬「は、はい」

「……」

姫子「……」

風子「……」


冬ちゃんに雛を渡して、虫と向き合う。
恐る恐る手が伸びていく。その手が震えているのが分かった。

怖いんだと思う。私も怖いから距離を置きたいけど、それは出来なかった。
姫ちゃんを置いて逃げることは許されないと思ったから。


「……」

姫子「……っ」


男の人から受け取る。虫を持った手が震えている。
姫ちゃんはきっと、今の状態で精一杯だと思う。

105 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/18(水) 21:45:29.02 ID:NyxJEUCoo


「後悔してる?」

姫子「ぇ……?」

「その命を拾ったこと」

雛「ぴぃぴぃ」

姫子「……」

冬「……」

夏「……」

澪「……」


沈黙。


風子「……」

姫子「いいえ」

「……」


震えが止まっていた。その表情からは決意が見えたような気がした。

それだけじゃなく、相手に立ち向かう意思のようなものがあった。


「そうか……」

姫子「澪は下がっててよ」

澪「な、なぜゆえ……」

姫子「言葉おかしいよ。顔色も悪いし」

澪「だ、だだ……だ……」

姫子「大丈夫じゃないでしょ」

夏「あたしがやりますよ」

姫子「……」

夏「この中で度胸があるのあたしじゃないですか」

姫子「い、いいよ」

風子「あ……」

冬「逃げられました」


夏ちゃんの言葉に少し震えが戻った姫ちゃんからバッタが飛んで行ってしまった。

106 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/18(水) 21:46:52.01 ID:NyxJEUCoo


「……」

姫子「あ、えっと……」

「いいよ、もう……」

姫子「え?」

「俺が面倒をみるよ」

姫子「……」

「キミ達、見たところ観光客じゃないよな」

風子「……」


私たちは機能性を重視した服を着ている。
動きやすくて丈夫な素材なので、お洒落をするには少し難しい。
特に姫ちゃんは変わった格好をしている。
ライダースジャケットとレザーパンツ、レースアップブーツ。


夏「で、それがなにかー?」

冬「ちょっと、なつ……!」

「自然を舐めている風でもないし、真剣に考えていたみたいでこの問題を放り投げなかったから、
 感心したついでにその雛は俺が受け継いで育てるよ」

姫子「いや……でも……」

「面倒だろ?」

風子「……」

澪「最初からそのつもりだった……?」

「まぁ、うん。すぐに手放すだろうと思っていたけどな……。
 俺には経験も知識もあるから信用してくれないかな」

冬「え、えっと……」

姫子「……」


差し出された手にどう対応していいのかと冬ちゃんが戸惑っている。
姫ちゃんの返答を待っているようだった。

107 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/18(水) 21:49:32.17 ID:NyxJEUCoo


姫子「……」

「……?」

冬「?」

風子「姫子さん……?」

姫子「最初からそのつもりだった、ってどういう意味ですか?」

「え?」

澪「……」

姫子「わたし達は追い払われる為に啓発された、と」

「いや……。まぁ、違わないけどさ……」

夏「けいはつって?」

冬「気づかないでいることを教えて、より高い理解に導くこと……」

夏「ご高説を承ったと?」

冬「そういうのじゃないよ……」

風子「どうしたの、姫子さん」

冬「……」


冬ちゃんは何も返してくれなかった。


姫子「……」

「変わってるな」

姫子「?」

「その命を育てる為に必要な覚悟を一つ一つ教えたはずだ」

夏「偉そうに……」

冬「なつ……!」

姫子「はい、覚悟を知りました」

「その覚悟が生まれたってのも感心したし、驚いた。
 キミのような若さで芯のある女性に出会ったことがないから余計にな」

風子「……」

姫子「……冬」

冬「は、はい。……お願いします」

「うん。責任を持って面倒を見るよ。約束する」

姫子「信用できないからじゃないですよ」

「じゃあ、どうして躊躇った?」

姫子「……」

「俺に託せば話はすぐ終わっただろう……?」

風子「……」


どうしてかな、重い空気に包まれたような気分になる。

108 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) :2012/04/18(水) 21:51:22.43 ID:NyxJEUCoo


姫子「感情が無いから」

「え……?」

姫子「人と話しているのに、今あなたの手の中に命があるのに、
   まるで自分ひとりしかここに居ないような振る舞いをしているから」

「……!」


男の人の顔が険しくなった。


姫子「知識の無いわたしより、危険だと思っただけです」

「ッ!」

姫子「行こう、みんな」

冬「は、はい」

夏「……」

澪「……」

風子「……」

姫子「勝手で悪いですけど、託しましたから」

「……」




――…


幸福駅には廃線となった線路の上に車両がそのまま保存されている。

記念撮影をするために私たち4人は線路の上に並んでいる。

少し離れてカメラを構えているのは……。


姫子「はい笑ってー」

夏「笑えませんよ!」

冬「説明してください!」

姫子「いいね、冬もこういうノリで行こうね」

冬「は、はい。こんな感じですね!」

夏「こらこら、乗せられないでよ」

風子「……」

澪「聞かせてもらおうか……」

姫子「な、なにを?」


顔を逸らしてとぼけた顔をしている。

初めて見る態度だった。

109 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/18(水) 21:52:38.50 ID:NyxJEUCoo

風子「姫子ちゃん」

姫子「!」

風子「どうしたの?」

姫子「う、うん……」

澪「夏はあの人のやり方をどう思った?」

夏「え、えーっと……。あたし達、女性に嫌がらせしてさっさとどっかいけーって感じでした」

冬「……」

澪「うん、それは私も感じた。餌の与え方がダイレクトだったからな……」

風子「……」


私も同じ。わざわざ露骨な表現で姫ちゃんに伝えていたから。

真っ直ぐな表現じゃないと伝わらないであろう意味なのかもしれない。命が関わっているんだから。
自然の営みは直球で感じるから素直に表現できる。その逆もまた然り。

あの雛を育てられるくらいの知識を持っているなら、その表現方法は当たり前なのかもしれない。


冬「悪い人ではないと思いますけど……」

夏「まぁねー」

澪「丁寧に説明していたからな……」

風子「多分、相手が男性でも同じ説明だったと思う……」

姫子「……」

冬「はい、あの人は性別関係なく、誰にでもあんなやりとりをしたと思います」

夏「そうなのかなぁー」

澪「あの雛を育てるのが面倒だと教えている節もあったな」

風子「……うん」

姫子「なんだか、怖かったんだよね……」

澪「え……?」

姫子「感情が感じられなかったって言ったでしょ?」

澪「う、うん……」

夏「姫子さんのそれが引っかかっていたんですけど、あの人、一応愛想笑いしてたじゃないですか」

姫子「それはそうなんだけど、なんていうか……」


頭に手を当てて考えている。

姫ちゃんは怖いというけど、愛想笑いは感情表現の一部だと思う。

110 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/18(水) 21:55:08.48 ID:NyxJEUCoo


風子「……」

姫子「わたし達は5人がそれぞれ違う服を着てるでしょ?」

夏「はい」

澪「うん」

姫子「それは自分が選んで買った服、もしくは自分の為に買ってもらった服のはずだよね」

冬「そうですね」

風子「……」

姫子「上辺だけになるけど、その服を着ることでその人のらしさが生まれる。
   似合っている似合っていないは別として、ね」

澪「ふむ……」

姫子「でも、あの人は服を着ることであの人自身が消えているみたいだった」

夏「え?」

澪「うんー……?」

冬「えっと……?」

風子「……」


相変わらず例えが下手だよね、姫ちゃんは。


感情が無かったから怖いと感じた。

人と話をしている、ということは人と触れ合っているということ。
それにも関わらずひとりで居ると言い当てた。

らしさがないから消えるということ。


風子「愛想笑いでも笑えてないってことかな……」

姫子「うん。それ……」

冬「え?」

澪「……」

夏「あ……」

風子「目の前の人が大口開けて笑っているのに、頭の中では来世のこと真剣に考えられたら怖いよね」

澪「ヒィッ!」

夏「こわっ!」

冬「そんな感じですか?」

姫子「うん」

澪「聞こえない聞こえない」

姫子「いや、違うかな。嬉しいことを嬉しいと言えない、悲しいことを悲しいと言えない人だと感じた」

夏「でも、初対面じゃないですか」

冬「はい……」

姫子「高校時代に楽しいから笑う。それをそのまま表現している人がいたでしょ」

風子「うん……」

夏「あー、うん」

111 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/18(水) 21:56:25.48 ID:NyxJEUCoo


冬「そうですね、そう考えれば、悲しいかもしれませんね」

姫子「悲しさが積もって笑えていないのが怖いと感じた、ってことかな。
   勝手な私見で、わたしもよく分からないんだけどね」

風子「そっか……」

夏「それじゃ、気がかりも解消された事ですし、改めて幸福駅を見て周りましょうー!」

澪「聞こえない聞こえない」


そっか、姫ちゃんが気にかけていた理由はそれだったんだね

びっくりしたよ。あのやり取りの後に説明をしてくれないんだから……。

姫ちゃんが姫ちゃんじゃないみたいで……。


風子「……」


―――――


姫子「……」


わたしらしくなかったかな……。


姫子「わたしらしくなかった?」

風子「うん」


即答だった。
でも、風子もいつもの風子に戻った気がする。
さっきまでらしくない表情をしていたから、気になっていた。

らしくないわたしと風子。

それは新しい自分を発見したことなのかな……。


澪「姫子……?」

姫子「うん……?」

澪「どうかした?」

姫子「あ、えっと……あの雛を押し付けちゃっていいのかなって……」

夏「いいんじゃないかなー。あたし達より確実に育てられると思いますし〜」

冬「……」

風子「託したんだから、信じようよ」

姫子「……そうだね」
 
澪「私が撮る?」


写真のこと。
わたしが持っているこのカメラはフィルム式で親父から借りてきた物。
112 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/18(水) 21:57:30.54 ID:NyxJEUCoo

澪もまだ写真を撮るのが趣味らしい。


姫子「ううん。わたしが撮るから……みんなもう一回並んで」

冬「はーい」

夏「よっろしくー」

風子「最初の一枚だね」

姫子「うん」

澪「撮ってなかったの?」

姫子「船の上で3枚撮っただけ。上陸してからが初めてだよ」

澪「……そっか」


短くなった髪をなびかせて翻す。

澪もわたしと同じ気分なのかな。

わたしは呼び止める。


姫子「……澪」

澪「うん……?」

姫子「新しい自分がさっそく見つかったよ」

澪「……」

姫子「……なんでもない」

澪「まだ姫子が知らない事がどこかで、姫子にしか出来ない事がどこかで、待っているんだ。
  新たな場所には何が待っているのか、楽しみだなっ」

姫子「――うん」


走っていく後姿に眺めていると、少しの不安と大きな期待が生まれた。
楽しみなのはわたしも同じ。


空を眺める。

そこにはどこまでも透けるような青空が、見渡せないくらいの広くて大きな空があった。


期待が予感に変わる手応えを合図に、



――――旅がはじまる。

113 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) :2012/04/18(水) 21:58:12.34 ID:NyxJEUCoo



姫子「すぅー……」


大きく息を吸って、旅の仲間達に視線を戻す。なぜか4人とも空を眺めていた。
わたしにつられたみたいだ。

面白いから、今を撮っちゃおう。


姫子「はい、チーズ」




カシャッ





シャッターが降りると同時にわたし達の旅が始まった――――



114 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/18(水) 22:14:13.40 ID:QWZdBFXKo
ヴェガシリーズか待ってた
卒業から2年後ってことはあの人の声はまだ・・・
115 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/04/18(水) 22:16:00.32 ID:NyxJEUCoo


















姫子たちの旅はこれからだ!




あとがき。

澪が浮いていないか心配でしたが、どうでしょう。
最初、出そうか出すまいか悩みました。
名前がビッグすぎて、扱いに困ります。



>>24 ありがとうございます。嬉しいです。
>>25 二年!? マジっすか

>>73 ? ググってみたけど、?でした。チガイマス!
>>74 一人だけです。あとはチャンプルー(ごちゃ混ぜ)です。

姫子たちが出会う人たちは全員すれ違うだけの人たちです。名前が出たからといって重要でもなんでもありません。


続きがまだ書き終えていないので、しばらく投下できません。すいません。(只今、摩周第三展望台)
書き終えたときVIPで宣伝がてら、けいおんネタssを投下します。

中途半端なところで切って申し訳ないですが、
しばらくおまちくださいませ……。
116 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/18(水) 22:18:06.02 ID:wf84dKdSO

だが、宣伝はやめた方がいい
117 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [sage]:2012/04/19(木) 17:18:16.65 ID:mW3lnllto
おつ
ウィンタージャーニーの人か
この一連の世界観結構好きだったり
118 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/04/22(日) 07:14:20.57 ID:T+rNHcVHo
姫子って単語だけでぱにぽにssかと思ったぜ

>>1
119 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) :2012/05/01(火) 22:08:08.01 ID:V8vPfQTUo

>>114 一応、回避された世界なんですが、それはあとがきにでも書きますね。
>>116 おk。
>>117 本当ですか、かなり嬉しいです。
>>118 マーホホ マホホ マーホホ♪(ロート製薬)


まだ書き終えていませんが、
プロットは出来上がっているのですが、
時間かかりそうだけど、最後まで見届けてやってください。

少しだけ投下して、また執筆に戻ります。(ただ今、層雲峡)
120 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [saga]:2012/05/01(火) 22:09:41.48 ID:V8vPfQTUo


冬「駅名の縁起の良さから乗車券や入場券を求める観光客が後を絶たないそうです」

姫子「ふーん……」

澪「ひ、姫子は興味無いのかな?」

風子「ううん、興味はあるみたいだよ」

澪「よ、よかった……」

夏「姫ちゃんはじっくりと感慨に耽るタイプですからねー」

姫子「…………えいっ」

夏「あいたっ」


ビシッと夏の頭に軽い一撃を与える。


姫子「……」

冬「クスクス、久しぶりのやりとりですね」


夏がわたしのことを姫ちゃんと呼ぶと叩く、恒例だったやりとり。
ちょっと戸惑ったけどなんとなくやってみた。




澪「す、すごい量だな……」

風子「うん……」


駅舎の中と外に願い事が書かれた紙が埋め尽くされている。


姫子「願い事……」


願うとしたらなんだろう、とりあえず旅の安全かな……。


そのままわたし達は願い事も貼らずに元いた場所、雛を拾った場所へ戻ってきた。


姫子「……」

冬「いいところでしたね」

澪「線路側に出た時、景色が広がっていくようでよかった……」

夏「これぞ北海道って感じだったなぁ」

風子「広くて大きいよね」

姫子「……うん」


居る訳ないか。

121 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [saga]:2012/05/01(火) 22:12:08.65 ID:V8vPfQTUo

冬「鐘も鳴らしたことですし、満足ですね」

澪「いい音だったな」

夏「鳴らしたの冬ねぇだけじゃん」

風子「夏ちゃんも一緒に鳴らせばよかったのに」

夏「い、いやー……」

冬「クスクス、夏には似合いませんから」

夏「冬ねぇ、それは自分には似合ってる、って言ってるんだけど?」

冬「あ、えっと……似合ってますよね!?」

澪風子「「 う、うん 」」

冬「あぁ、そうじゃなくって……っ」

夏「自分で言うかな」

風子「ふふっ」

澪「あはは」

冬「もぅ、なつ……!」

夏「あはははっ」

姫子「……」



夏がからかっているのを知って怒ってみせる冬。

恥ずかしいのを誤魔化しているだけだとみんな分かっているから、不思議な雰囲気に包まれる。

それは優しい雰囲気が生まれたと言っていいのかもしれない。これは冬が持つ特有の温かさ。


ずっと入院生活を繰り返していた冬。ずっとずっと自分の運命と闘っていた冬。

体が弱いことを苦にせず、ちゃんと向かい合って、普通の人が歩むそれとは違った道を進んで来た冬。

わたしだったら辟易してそれを他人に当たっていたかもしれない。
それほどの苦難・苦痛な道のりだったと思う。

122 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [saga]:2012/05/01(火) 22:13:14.80 ID:V8vPfQTUo


わたしより少し低い位置にある、冬の頭に手を乗せて……。


姫子「――。」

冬「え……?」

姫子「なんでもない」

冬「……」


適当に誤魔化して冬達を置いていく。
自然と口から零れてしまっただけに、恥ずかしさがこみ上がってきた。

どうしよう、とっても恥ずかしい……顔が熱くなっていくのが分かる。
早く車へ行ってしまおう。


姫子「……っ」

夏「姫子さん?」

澪「どうしたんだ……?」

風子「姫ちゃんはなんて言ったの?」

冬「えっと、旅の始まりにはふさわしくないような……?」


わたしは冬の上にたくさんの幸福が舞い降りてくることを願った。


123 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [saga]:2012/05/01(火) 22:15:04.15 ID:V8vPfQTUo

澪「さて……」


バサッっと澪が地図を広げた。車のボンネット上に北海道が広がる。

これから行き先を決める為、なんだけど……。


姫子「指を差すの?」

風子「そうだよ」


方向によってキャンプ場を決めればいいのかな……?


夏「それじゃ、せーっので指しましょうね」

冬「ふふっ」


この二人……、打ち合わせとかしてないだろうか。


風子「それじゃっ、せーっの!!」


ビシッと5人それぞれが北海道の行きたい場所を指差す。

見事に3人が同じ場所を差していた。


姫子「稚内!?」

澪「うん」

夏「はい」

冬「そうです」

風子「姫ちゃんはそこへ行きたがっていたよね」

姫子「うん、トドワラ……」


風子は釧路を差しているけど、今は流しておこう。


姫子「今から?」

夏「まっさかぁ、軽く見積もってもここ帯広からは8時間かかりますよ、あはは」

風子「今は午後の2時……」

澪「うん、無理だな」

冬「澪さんはどうしてですか?」

澪「ちょっと、最北端にある駅に興味があって……な」

姫子「……えっと」


頭の中で軽く計算をする。

2日……最長でも3日あれば道東には戻ってこれる。……かな?

124 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [saga]:2012/05/01(火) 22:18:00.83 ID:V8vPfQTUo


姫子「はい」

冬「はい」


冬にヘルメットを渡す。

わたしはバイクに跨り、ヘルメットを被る。


姫子「いいよ」

冬「はい、失礼します」


わたしの合図でタンデムシートに跨る冬。


姫子「あ、右足もちゃんとステップに乗せて」

冬「は、はい……ここでいいですか?」

姫子「うん、そう」

冬「き、緊張しますね」

姫子「リラックスしてね、安全運転するから」

冬「はい」


うん、大丈夫そうだ。

冬を乗せて走るのは初めてだから、なんとなく楽しくなってきた。


『姫ちゃん、聞こえる?』

姫子「うん、聞こえるよ」

『私は夏ちゃんです』

姫子「夏は自分でちゃん付けしないでしょ」

『そうだよね、はい夏ちゃん』

姫子「……代わらなくていいのに」

『準備はいいですか?』

姫子「うん、いつでもいいよ」

『それではしゅっぱーつ。ふぅちゃんさん、行きましょう』

姫子「行くよ、冬」

冬「はーい」


無線機を通して伝わってきた夏の声に返して、後ろに乗る冬に確認をとる。


インカムを使って車と連絡を取り合う。
途中で方向指示を受けたり出したりできる便利なアイテム。


少しだけ腰周りに違和感を感じながらエンジンをかける。


ドルルルン


ゆっくりとアクセルを回して、わたし達は帯広の街を走り出す。

125 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [saga]:2012/05/01(火) 22:20:41.17 ID:V8vPfQTUo


ドルルルルルル


夏が見つけた豚丼屋へとバイクは進んで行く。

後ろから力を込めて腕を回していた冬だけど、
段々と力が抜けてきたみたい、リラックスできている証拠。

それにしても、運転しやすいのはどうしてかな。


ザザッとノイズが走る。


『姫子?』

姫子「聞こえてるよ」

『えっと、大丈夫なのかな、話をしても』

姫子「長い時間じゃなければね」

『分かった。そろそろ左手に看板が見えてくるから、……豚丼と書かれているはず』

姫子「左ね」

『うん、私たちが先に曲がるから通り過ごすことは無いと思うけど、一応な』

姫子「うん、ありがと」

『えっと、……気持ち良さそうだな』

姫子「……うん」


距離を置いて前を走っている車、後部座席の窓から澪が手を振りながらわたし達を確認している。


姫子「今は街中だけど、さっき林道を走っている時はとても良かったよ」

『そうか……』

姫子「澪も乗る?」

『うん、お願い』

姫子「貸し一つ返しで」

『ふふっ、うん』


ザザッとノイズが走り、音が切れる。

見えてきた、あの看板だ。


前を走る車のウィンカーが点滅して駐車場へ入って行く。

わたしもスピードを落として、ハンドルを左に傾けると同時に体も傾ける。
やっぱり冬は慣れているような気がする。運転しやすい。


ドルルルルン


姫子「ふぅ……」

冬「はぁ、お疲れ様でしたー……」

姫子「どうだった?」

冬「楽しかったです!」


良かった。

126 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [saga]:2012/05/01(火) 22:22:41.63 ID:V8vPfQTUo


「いらっしゃいませー」


店員がわたし達を迎える。


店員「5名様でよろしいでしょうか?」

姫子「はい」

店員「こちらへどうぞ」

夏「いい匂い〜」

冬「ほんとだ」

澪「……」

店員「こちらの席へどうぞ」

風子「はい」

夏「よいしょ、よいしょ」

姫子「……ふぅ」

冬「よいしょ」

風子「みんな並でいいよね」

澪「うん」

夏冬「「 はい 」」

姫子「うん、それで」

風子「注文をお願いします」

店員「はい」

風子「牛丼の並を5つお願いします」

店員「はい、かしこまりました」

澪「あれ?」

夏「ここまで来て牛丼ですか……?」

姫子「え、牛丼?」

風子冬「「 ? 」」

店員「あ、すいません、牛丼は置いていません……」

風子「えっ!? あっ、えっと……豚丼で……」

姫子「あと、サラダを」

店員「は、はい。かしこまりました」


気まずそうに厨房へ入っていった店員。
127 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [saga]:2012/05/01(火) 22:25:54.43 ID:V8vPfQTUo


澪「まぁ、その、なんだ……」

冬「ありますよね、うん、よくありますよ」

夏「店員さんもおっちょこちょいってことで」

姫子「どんまい、風子」

風子「うぅ……」


偶に今のようなうっかりミスをする風子。

そうだ、キャンプ場を決めないと。


姫子「今日のキャンプ場はどこにする?」



―――――



風子「屈斜路湖がいいんじゃないかな」


姫ちゃんの問いに私が答える。

弟子屈町にある屈斜路湖には和琴半島があり、そこがキャンプ場となっています。


夏「でも、それだとまた移動に3時間費やしますよ?」

姫子「食べ終わって、向かったとして……着くのは6時くらいだね」

澪「日の入りは何時?」

冬「えっと……7時です」

風子「テントを張るには問題ないね」


私と姫ちゃんは何度かキャンプ経験がある。
テントの張り方も心得ているので太陽が沈まない程度なら平気。

会議の流れは大体決まったみたい。
夏ちゃんが問題提起、姫ちゃんが大まかに選択を決めて、
澪ちゃんがその方向に合わせて冬ちゃんに確認、それを私がまとめる。


夏「夕ご飯どうしましょう?」

姫子「昼はここで食べるから、向こうではそんなに食べなくてもいいよね」

澪「うん。それじゃあ、食材は向かう途中で軽めに買出ししよう」

冬「移動中にスーパーを探しておきます」

風子「えっと、屈斜路湖へ向かい、途中で買出しして、テントを張る……と」


ノートにその会話記録を取っていると、


澪「ノート?」

風子「うん、寝る前に姫ちゃんと今日の記録を取るつもりだから。
   私がメモをする係り」

姫子「わたしがその一日を纏める係り」

澪「そうか。……私もやろうっと」
128 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [saga]:2012/05/01(火) 22:27:42.64 ID:V8vPfQTUo

冬「船の記録もあるんですか?」

風子「あるよ。読む?」

冬「読みたいです」

姫子「面白くないと思うけど」

夏「またまた、ご謙遜を」

姫子「悪党の三下みたなこと言わないでね」


夏ちゃんは姫ちゃんにだけ軽口を叩く。
仲のいい姉妹みたい。


冬「朝に見た景色の情景が浮かびました」

姫子「そ、そうなんだ……」

夏「次、あたしが読みますね」

澪「読むの早いね」

冬「本を読むことしかなかったので」

風子「……」


少し寂しそうにはにかんだ冬ちゃんに私の胸が締め付けられる。


店員「お待たせしました」

澪「あ、来た……」

夏「はい、ノート返します」

風子「うん」

夏「うわ、ご飯がみえない〜」

冬「……食べきれるかな」

夏「食べないとこれから持たなくなるよ」

冬「う、うん」

姫子「夏……どうだった?」

夏「いただ――え?」


冬ちゃんは素直に姫ちゃんの文体に驚いていたみたいだけど、
夏ちゃんはそんなことがなかったみたい。

だから気になったのかな。


夏「模写ですよね」

姫子「まぁ、ね」

夏「姫子さんらしくないなって思いました」

姫子「そっか……うん、さんきゅ」

冬「姫子さん、書き手になるんですか?」

姫子「ううん、そういうんじゃないけどね」

澪「いただきます、していいのかな?」

風子「うん、いただきまーす」
129 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [saga]:2012/05/01(火) 22:29:04.07 ID:V8vPfQTUo

夏「いただきまーす」

冬「もぐもぐ、……おいしぃ〜」

澪「……うん、おいしいな」

夏「タレが生きてますね」

姫子「あれ、なんで澪だけザーサイなの?」

澪「私の分の漬物を切らしたって、後で提供するって言ってたんだけど……」

姫子「ふーん……」

風子「漬物おいしいね」

夏「はい、こだわりがありますよね。気合入ってますよ」

冬「おいしぃ〜」

澪「ざ、ザーサイだっておいしいぞ」

姫子「そんな対抗心出さなくてもいいでしょ……」


夜は野菜を多めに取ったほうがいいかな。


風子「買出しのときは野菜多めに買おうか」

冬「そうですね」

夏「バランスをしっかり取らないといけませんよね」

澪「うんうん」

姫子「……冬ってさ、バイクに乗ったことあるの?」

冬「いいえ……?」

姫子「重心移動がスムーズだったからさ、運転しやすかったんだよね」

冬「そうなんですかぁ」

風子「……」


天性かな? 


夏「冬ねぇはバイクの後ろに乗ることが夢でもありましたから」

澪「うん、憧れるのも分かる」

冬「えへへ」

姫子「へぇ……」

風子「誰の後ろに憧れてるの……?」


ちょっとだけ気になったので聞いてみたんだけど……。


夏「もちろんカレシですよぉ〜」

冬「ちょっと、なつ!」

姫子「え……」

澪「え……」

風子「え……」


な、なんですって……?
130 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [saga]:2012/05/01(火) 22:30:40.04 ID:V8vPfQTUo


夏「あたしが信用できない人には許可を出さないんで――」

姫子「ちょ、冬……いるの?」

冬「はい、……いますよ?」

澪風子「「 な……ッ!? 」」


…………お姉さん、聞いていませんけど。

気になる。


風子「どんな人?」

夏「あたしの感覚ではワイルドって印象ですけど――」

澪「冬……綺麗になったと思ったらそういう事だったのか」

冬「そ、そんな……」

姫子「なんか驚いたな……」

夏「手がごつごつしてて傷が絶えないって印象で――」

風子「写真は持ち歩いてないの?」

冬「え、えぇと……車にあったかな……」

澪「……」

夏「ちょっと、最後まで聞いてくださいよ」

姫子「ワイルドねぇ……」

夏「まぁ、海外行っちゃいましたけどね」

澪「超長距離恋愛か……」

夏「あははっ」

冬「もぅ、なつってば……」


モジモジしていて可愛いんだけど、なんだか遠いところへ行ったみたいで寂しい。


澪「ひ、姫子は……いるのか?」

姫子「い、いるよ?」

風子「え……」

夏「そんな人がいてもおかしくないですよねー」

冬「ど、どんな人なんですか?」


初耳です。

131 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [saga]:2012/05/01(火) 22:32:14.93 ID:V8vPfQTUo

姫子「どんな人って……その、笑顔が良くて……一緒に居ると楽しくて……、
   わたしも頑張ろうって気持ちにさせてくれて……」

夏「姫子さんにそこまで言わせる人なんだ」

風子「……」

姫子「そういう夏はいるの、彼氏」

夏「え!? えっと……い、いますよ?」

冬「……どんな人?」

澪「冬は知らないのか……」

夏「夢を持ってて、その夢にひたすら進んでて、どんな壁にも真正面から立ち向かって行って……」

冬「……」

澪「おいしいな、ザーサイ」

夏「なんかあからさまに話題から逃げようとした澪さんはどうなんですか?」

澪「い、いうぞ?」

冬「なにをですか?」

澪「いるぞって言ったんだぞ」

姫子「へ、へぇ……」

風子「どんな人?」

澪「え、えっと、……みんなが楽しむことを優先にするヤツ……だ」

風子「……」


なんだ……。


澪「ふ、風子はいるのか、彼氏って……」

風子「いるよ」

姫子「えっ!?」

夏「ほほぉ」

冬「教えてください」

風子「えーとね、ヒントはサゴだよ」

澪「ん?」

夏「沙悟浄?」

姫子「失礼でしょ、なんとなく……。
   風子の近くに居るわたしでもよく分からないんだけど……?」

冬「???」
132 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [saga]:2012/05/01(火) 22:33:40.53 ID:V8vPfQTUo

風子「別名あーさん」

冬「あぁ、なんだ……」

夏「冬ねぇ、誰か分かるの!?」

冬「だって――」


私は言葉を遮る。


風子「冬ちゃんの憧れの君は夢を追いかけて海外へ行ったんだよね」

冬「は、はい……」

澪「憧れの君……」

姫子「風子は誰か知ってるの?」

風子「もちろん」

夏「え、だって――」


私は言葉をまた遮る。


風子「さすが双子の二人だよね、タイプも似てる」

夏「うっ……」

澪「風子が白澤のような佇まいをしている」

風子「ハクタク?」

姫子「万物に精通する妖怪だっけ」

冬「そうです。牛ですよ、牛の妖怪」

姫子「妖怪ねぇ……、らしいっちゃらしいけど」


らしいってどういう意味かな。

そろそろネタばらししちゃおう。


風子「冬ちゃんって彼氏さんいる?」

冬「いいえ、いません」

澪姫子「「 えっ!? 」」

夏「冬ねぇはお子様ですから〜」

冬「夏もでしょ……」

姫子「え、でもさっきのは……?」

冬「?」

風子「夏ちゃんがカレシって言ったから勘違いしたんだよ、私たち」

澪「え?」

夏「勘違いさせちゃいましたか?」

冬「夏がその……わたしが憧れている人のことを勝手にカレシと言ってからかうんですよ」

姫子「あ……そう……」

澪「な、なんだ……」

風子「澪ちゃんは彼氏さんいる?」

澪「……………………いない」
133 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [saga]:2012/05/01(火) 22:34:39.81 ID:V8vPfQTUo

風子「とりあえず思いついた性格を言ってみただけだよね」

澪「ぅ……」

冬「ふぅちゃんさんは白澤ですね」

夏「え、じゃあ姫子さんは?」

姫子「いない……ね」

夏「えぇーなにそれー」

風子「夏ちゃんも冬ちゃんに合わせただけで、いないよね」

夏「う……」

澪「ふ、風子はどうなんだ?」

夏「そうですよ」

姫子「……もぅ」

風子「あーさん、サゴってことは……」

澪「暗号?」

冬「あ行三、さ行五」

風子「嘘。いないよ」

夏「えぇー……」

澪「姫子の話は?」

風子「憧れているルポライターさんだよ。女性のね」

姫子「……うん」

冬「……えっと」

夏「なんといいますか……」

澪「私たち、一体なにをやっていたんだ……」



新緑の野山に萌える今日この頃、

北の大地、北海道十勝平野の中央に位置するとある豚丼専門店にて、

私たちは見栄を張り合いました。


ごちそうさまでした。

134 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [saga]:2012/05/01(火) 22:36:50.26 ID:V8vPfQTUo

夏「それじゃ、寂しい時は無線機で応答しますんで、声をかけてくださいね」

姫子「うん、でもバッテリーの無駄遣いは避けようね」

夏「もちろん」

冬「それじゃ、休憩地点で会いましょう」

澪「風子、悪いな」

風子「ううん、澪ちゃんは寝不足なんだから運転は避けるべきだよ」

澪「うん、明日から任せてくれ」

風子「分かった」

姫子「それじゃ、行こうか」


姫ちゃんの合図で私たちは車に乗り込む。

目指すは、屈斜路湖の和琴半島へ。

そこは私たちが宿泊したいと思っていた場所の一つ。



――旅はもう始まっている。


135 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [saga]:2012/05/01(火) 22:38:14.19 ID:V8vPfQTUo


ブォォオオオオ


帯広から出発すること1時間と少し。

ハンドルを持ちながら左腕を確認。時計は4時を指している。

助手席には澪ちゃんが、後ろの座席には夏ちゃんと冬ちゃんが座っている。


澪「平野から抜けて緑が多くなってきたな」

風子「うん、木々が鮮やかで気持ちがいいね」

澪「あぁ…いいな、ここは……」

風子「澪ちゃんが寝ている間、海を見ながら走っていたんだよ」

澪「そうか、太平洋が見えたのか」

冬「姫ちゃんさん、見えなくなりましたね」

夏「はやいなー」


姫ちゃんは私たちより先を走っている。あまり遠く離れてはいないと思うけど……。


風子「バイクで走ってるのが気持ちがいいのかもしれないね」

冬「そうですね、後ろに少し乗っただけですけど、楽しかったですよ」

夏「あー、はやく運転したいなー」

澪「ふふ、冬は免許取らないの?」

冬「はい、学校と通院で時間が取れないので」

夏「……」


運転は控えるように指示を受けているのかな……。


澪「通院してるの?」

冬「あ、月に一度の定期診察ですよ」

澪「そうか……」

風子「体は大丈夫?」

冬「はい。……あ、あまり気兼ねしないでくださいね」

風子「……うん」

夏「一応あたしも見てますから、無理はさせませんよ……」

風子「……」



夏ちゃんの声に力が入っていなかったような気がする。



――リン。

136 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [saga]:2012/05/01(火) 22:40:11.42 ID:V8vPfQTUo




モモ『……』

ダニー『どうしてあの場にニコルがいたのかなぁ……』

モモ『アンも居たってことだよね』

ダニー『そうだよ』

モモ『リストに載っていないよね、あの男の人』

ダニー『うんー……、ないねー』

モモ『……』

ダニー『どういうことなんだろ、ボクにはぜんぜん分からないよ』

モモ『……でも、あの人から匂いがした』

ダニー『ふーん……、じゃあそういう事なんだよね』

モモ『……』

ダニー『死んじゃうってことでしょ』

モモ『まだ分からないよ』

ダニー『だって、モモは――』






――――え。


男の子の声から零れるとても信じられない言葉。それを聞いて背筋が凍った。



夏「だって、冬ねぇってばあたしがいいって言ってんのにその記事を読ませようとするんですよー?」

澪「あはは」

冬「読んで欲しいから勧めただけですよ」

澪「うん、分かる」

夏「あんたのカレシじゃないんだから嬉しそうにしないでよーって言ったら、静かになったんですよ」

澪「な、夏? それは言ってはいけないことじゃないのか……?」

夏「あたしもヤパーって思ってたら、開き直ったんですよ」

冬「いいんです。わたしが勝手に憧れて、勝手に応援するんですから」

澪「……うん、そうだな。いいぞ、冬」

風子「……死神」

夏「で、いつの間にかそのルポライターの人をあたしがカレシって呼ぶようになったんですよねー」

冬「なんだか、恥ずかしいですよね……」

澪「冬らしくていいんじゃないかな……。……風子?」

風子「……みんな、聞こえた?」

夏「え?」

澪「聞こえない聞こえない」

冬「なにをですか?」

風子「男の子の声なんだけど……」
137 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [saga]:2012/05/01(火) 22:41:59.49 ID:V8vPfQTUo

夏「怪談話ですか?」

澪「くかー」

冬「澪さんが狸寝入りを……、聞こえませんでしたよ?」

風子「…夏ちゃんも……?」

夏「はい。……って、顔色悪いですけど、ふぅちゃんさん?」

冬「大丈夫ですか?」

風子「……」



死神に取り憑かれてるってこと……?

なんで、なんで、なんで?



冬「夏、姫子さんに連絡して」

夏「うん」

澪「風子、大丈夫?」

風子「……うん」

『どうかした?』

夏「ちょっと休憩したいんですけど、コンビニか公園があったら入ってくれませんか?」

『えっと……』

冬「はい、お水です」

風子「う、うん」

澪「……」

『左手にコンビニがあるからそこで』

夏「了解です」

冬「風子さん、左手にコンビニがあるそうなので、そこで休憩しましょう」

風子「……うん」



お祖母ちゃんから譲り受けたこの時計が止まったり動いたり……。

それはこの旅の暗示なのではないかと、頭の片隅においやっていた懸念だった。

いやだよ……。

138 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [saga]:2012/05/01(火) 22:43:40.28 ID:V8vPfQTUo


姫ちゃんがいる駐車場に入ってエンジンを止める。


風子「……」


車から降りて少し離れた場所へ歩いていく。


少しだけ一人でいたかった。


姫子「風子?」

風子「ごめんね……。ちょっと、休んでくるね」

姫子「……うん」

夏「……」

冬「……」

澪「……」



風子「……いやだ」


腰を下ろして深くため息を溢す。

時折聞こえていた声が私に恐怖を植えつけた。


死神。


それを口にしたのは男の子の声、
その声に応えていたのは女の子の声、
二つの声が聞こえる時に聞くのは鈴の音。




理由が分からない。分かったら、私が? それともこの中の誰かが……?

考えたくないのにとても嫌な単語が浮かんでしまう。


風子「なんで……」


なんだってこんなことを……。

なんで、なんで、なんで聴こえたの。

なんなの、あの声は――

139 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [saga]:2012/05/01(火) 22:45:19.93 ID:V8vPfQTUo





モモ『ダニエル……』

ダニー『いやいや、ボク知らないよ』

モモ『どうして聴こえているの?』

ダニー『モモがやったんでしょ』

モモ『人のせいにしないで』

ダニー『じゃあ離れればいいじゃん。人間との距離が近すぎるんだよ、いつもいつも』

モモ『……』

ダニー『あのお祖母さんと約束したから? そんなの死神のモモが守る義理はないんだよ?』

モモ『……』

ダニー『それに、モモのお節介であの子が戸惑ってるじゃんか』

モモ『……分かった。離れる』

ダニー『分かればいいんだよ。ようやくボクを仕え魔として見てくれたんだね、嬉しいよ』

モモ『でも、約束は守るよ』

ダニー『全然分かってないよ!』






風子「……」


やっぱり、時計は止まっている。

鈴が鳴るとそれが合図のようにお祖母ちゃんの時計は止まったり、動いたりしている。

さっきも、聞こえたから……。止まる番だったんだ……。

140 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [saga]:2012/05/01(火) 22:46:28.18 ID:V8vPfQTUo





― 聞こえる?

「ッ!?」

― あたしは命を司る者。

「――ッ!」



ハッキリと響く声。不思議な響きの声。

声の主は見えない。



― あなたの祖母から預かってる言葉があるの。

「――え」

― だけど、今はまだ伝えていい時じゃないみたい。

「……」

― あなたを困らせるつもりも、この中の誰かの命を運ぶつもりもないから。

「……」

― 安心して。

「……」

― その時が来たら、伝えに来るよ。それじゃ。

「あ……」


――リン。


鈴の音色。小さく、微かに、空に溶け込むように、鳴った。




141 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [saga]:2012/05/01(火) 22:47:55.97 ID:V8vPfQTUo


冬「風子さん?」

夏「大丈夫ですか?」

澪「……」

姫子「……風子」


気がつくとみんなが覗き込んでいた。


風子「だいじょうぶ。ごめんね、心配掛けて」


安心したのか、笑ってしまった。心配掛けていたのに、不謹慎にも笑ってしまった。


冬「……」

夏「……」

澪「姫子、コーヒー買いたいから付き合ってくれないかな」

姫子「う、うん……。飲めたっけ?」

澪「うん、ブラックでおいしいやつを教えて欲しい」

姫子「……いいけど」


二人は並んで店内へ入ってく。


優しい女の子の声、その声で不安は拭われた。
不思議と信用できた声。

お祖母ちゃんが伝えたかったことってなんだろう……。

その時がいつなのか分からないけど、少し楽しみかもしれない。

安心できた。

142 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [saga]:2012/05/01(火) 22:51:29.99 ID:V8vPfQTUo


風子「んー……っと」

夏「少し時間が押してるなぁ」

冬「そういえば、テントを張るスペースが無いってことは……」

風子「ど、どうなんだろう……」

夏「うーん、まだ初夏だし、キャンプシーズンに入ってないから大丈夫だと思うけど」

冬「でも、週末だよ」


ドルルルルン


一台のバイクがコンビニの駐車場へ入ってくる。
あれ、あの人って……。






アン『まだリストに載らないのか』

ニコル『はい、まだのようです』

アン『チッ、面倒だな。無視してもいいんだが……どうしてアイツがいたのか気になる』

ニコル『……変わり者の死神ディス≠フことですか?』

アン『……』

ニコル『……』

アン『コイツの死の匂いは本物だ。載ったらすぐに教えろニコラウス』

ニコル『分かっています、マスター』

アン『望み通り死ねる時も近いだろう。オレに狩られた魂はあの世へ逝けやしないが』

ニコル『……』

アン『楽しみは後だ。次に行くぞ』

ニコル『はい』







音が響いたような気がした。


冬「ツバメさんだ……」

夏「あ、ほんとだ……」

風子「ツバメさん?」

「?」

冬「はい、雛鳥の親ツバメです」

「キミ達……誰?」

夏「若年性健忘症かぁ」

「失礼だな……」

風子「……」


今の夏ちゃんは失礼だったと思います。
143 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [saga]:2012/05/01(火) 22:53:18.01 ID:V8vPfQTUo

夏「だって、アンタと会ったの今日の昼だよ?」

「……会った?」

冬「幸福駅で……」

「あ、……あぁ」

風子「……」


思い出したみたい。
そんなに経っていない時間なのに、
雛を通じて出会ったから、それなりの印象があると思っていたのに。
私たちのことは忘れていたみたい。


夏「ヒナは?」

「バイクに乗せてるけど……」

夏「見ていい?」

「今開けると元に戻すのが面倒になるから遠慮してくれ」

夏「ケチだなぁ」

「……」

冬「……」

風子「……」


やけにつっかかる夏ちゃん。口が悪くなったのはどうしてだろう。


「じゃ、じゃあな」

冬「あの、ツバメさん」

ツバメ「ん?」

冬「あのバイク……ホーネットに載ってる荷物はキャンプ用ですか?」

ツバメ「そうだよ。って、誰がツバメだ」

夏「反応したじゃん」

ツバメ「……昔のあだ名…というか、……つい…な」

風子「?」


嫌な思い出でもあるのかな、表情に影が落ちたような……。


夏「この道を走ってるって事は、屈斜路湖?」

ツバメ「あぁ、そうだけど」

冬「……」

風子「……」


不穏な空気が流れる。そうしたのは男の人、ツバメさんの声のトーンが下がったから。

144 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [saga]:2012/05/01(火) 22:55:44.94 ID:V8vPfQTUo

夏「じゃあさ、先に行ってあたしらの場所取って置いてよ、和琴半島でしょ?」

冬「なつ!」

ツバメ「なんで俺が?」

夏「いいじゃん、あたし等もキャンプするんだけど、ちょっと間に合いそうにないんだよねー」

風子「……」

ツバメ「知らないな、そんな都合は。それに和琴へ行くなんて言ってないだろ」

夏「えー、じゃあ和琴にすればいいじゃん」

ツバメ「五月蝿い、俺に構うな」

風子「!」


思いきり不愉快そうな声を出した。それははっきりとした拒絶。


夏「待ってよ、アンタが幸福駅で取った態度、許せないんだよね」

ツバメ「……?」


話は終わりというように店内へ向かおうとした足を夏ちゃんがまだ引きとめる。


夏「言葉で言えば分かるでしょ、女性にさせることじゃないよね」

ツバメ「ヒナから見れば、餌を与えてくれる存在の性別なんて問題にならないんだが?」


射るような二人の視線。夏ちゃんが本気で何かを伝えようとしているのが分かる。


夏「追い払うような言動だったじゃん」

ツバメ「……」

冬「……」

風子「……」

夏「あたし達を追い払うために理念を通そうとしたのが気に入らないって言ってんの」

ツバメ「……」

夏「あんたさ、人をなんだと思ってんの?」

ツバメ「……!」

冬「夏、もう止めて」

夏「……」

ツバメ「キミの言うとおりだ。俺は追い払いたいがために、ああいう態度を取った。不快にしたなら謝る」

風子「……」

夏「別に、あたしはいいですけどー」

ツバメ「悪か――」

「なにしてるの?」

ツバメ「……?」

風子「あ、姫子さん」

姫子「?」

ツバメ「――!」


振り返ったツバメさんの肩がビクッと震えたような気がする。
145 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [saga]:2012/05/01(火) 22:56:54.19 ID:V8vPfQTUo

姫子「あ……」

ツバメ「え、えっと……じゃ」

風子「?」


そそくさとツバメさんはバイクに跨って走り去って行った。


夏「なにあれ?」

冬「もぅ、夏があんな言い方するから」

夏「えー、あたしが悪いんじゃないでしょ」

風子「ううん、夏ちゃんだよ」

夏「うーん、あ……お手洗いに行ってきます」

姫子「やっぱり、あのホーネット……」

風子「どうしてあの人……ツバメさんは逃げるように去って行ったのかな?」

冬「うーん……」


顎に手を当てて姫ちゃんの顔をジッと見つめる冬ちゃん。仕草が可愛いです。


姫子「どうしたの、冬?」

冬「姫ちゃんさんが怖いのかもしれませんね……」

風子「……どうして?」

冬「顔が強張っていましたから」

姫子「……なにそれ」


でも、なんとなく分かるかもしれないな。

悪さをしている子供が親に見つかったような、
教え子が先生に怒られる時のような、
苦手な人と会った時のような反応だった。

ツバメさんが抱えていることの核心を突いたのか、それとも……心の傷に触れたのかもしれない。
146 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [saga]:2012/05/01(火) 22:58:52.00 ID:V8vPfQTUo

澪「風子、私が運転するから任せてくれ」

風子「え……?」

冬「眠気は無いんですか?」

澪「あぁ、バッチリさ」

姫子「……苦手なコーヒーを飲んで気分が晴れたって」

澪「うん、大丈夫だぞ」

風子「……」


表情が爽やかだね。

うん……ありがとう、澪ちゃん。


風子「大丈夫だよ。私が運転するから」

澪「いや……でも……」

姫子「別の理由で任せられないよね」

冬「……」

夏「お待たせしました、行きましょうー」

風子「ちょっと気分が悪くなっただけだから」

澪「え……」

風子「ありがとう、澪ちゃん」

澪「……え」


澪ちゃんの心遣いを胸に受け止めて、私は運転席へ乗り込み、エンジンをかけた。

再び向かうは和琴半島へ。

冬ちゃんが助手席、後ろに夏ちゃん、澪ちゃんの配置になっています。



車を走らせること30分、腕時計は5時前を指している。

気になっていることを夏ちゃんに訊ねてみる。


風子「あの時、どうして当たったりしたの? 夏ちゃん」

夏「だって、腹立つじゃないですか、人を人として扱わないなんて」

澪「……?」

冬「……」

風子「よく分からない……けど……?」

夏「あ……うん。……えっと」


ルームミラーで夏ちゃんを見ると、視線は助手席で地図を眺めている冬ちゃんへ向かっていた。
147 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [saga]:2012/05/01(火) 23:01:29.98 ID:V8vPfQTUo

夏「えっと……、あたしちょっと自暴自棄になってた時があるじゃないですか……」

風子「……」


それは冬ちゃんが命を落しそうになった時の心の傷。

私は黙って進行方向を見据える。


夏「あの時……、なんで自分じゃないのか。っていつも思っていたんですね」

風子「……」

夏「だから、冬ねぇに対して、距離を、取っていた、訳で」

風子「……うん」


静かに耳を傾ける。


夏「それとあの人……ツバメと重なっていたんですよ……」

冬「ツバメさんも人と距離を取ってるってこと?」

夏「……うん。だってさ、あたしらの顔を全然覚えてなかったじゃん」

風子「……うん、そうだね」

夏「自分以外どうでもいい。というより……自分もどうでもいいって言うんですかね」

澪「?」

夏「自暴自棄より危ないって思ったんですね、あの時。だから気に障ったというかなんというか」

風子「……そっか」


確かに、姫ちゃんの言った通りだね。

自分を含めた周り全てを否定しているようで、怖い。


夏「でも、謝ろうとしたり、ヒナを育てたりと良く分からないんですよねー」

冬「……うん」

澪「誰の話をしているんだ?」

夏「ツバメですよ、ツバメ」

澪「ツバメ?」

風子「俗語で年上の女性に養われている男性だっけ?」

冬「そうですね」

夏「あはは、失礼かもしんないけど、おもしろいー」

冬「失礼だよ」

澪「あぁ、男やもめに取り憑くっていう……」

風子冬「「 それは影女 」」

冬「です」

澪「……あれ?」

ザザッ


話がひと段落したところに、無線機にノイズが走る。

先を走る姫ちゃんからの通信だね。
148 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [saga]:2012/05/01(火) 23:03:08.79 ID:V8vPfQTUo


『応答して』

冬「はい、なんでしょう」

『ちょっと、冒険してみない?』

風子「冒険?」



―――――



姫子「そう、冒険」

『ただ今の時刻は、えっと……5時前ですよ?』


冬が注意を促す。


姫子「ランタンがあれば大丈夫だよ」

『……そうですか』


太陽が沈む前にテントを張り始めた方が楽に決まっている。だから冬が戸惑うのも分かる。

冬一人では判断できないだろうから……。


姫子「そっちで多数決して決めていいからさ。少し先で待ってるよ」

『了解です』


ノイズが走って無音になった無線機をしまいながら、太陽の位置を確認する。

和琴半島へはあと1時間もあれば着くはず。まだまだ今日は終わっていない、行ける。

みんなが楽しんで旅をするためにもやってみたい事は提案をする、というのがわたし達が決めたルール。

先を急ぐのも重要だから、反対されてもいい。


視線を降ろすと風子が運転する車が走ってきた。

バイクのサイドスタンドを立てて近づいてくる車に歩み寄る。
同時に助手席のウィンドウが下がって冬が顔を出してきた。


冬「賛成です」

姫子「あ、そう……」

風子「冒険ってどうするの?」


少し期待をしている表情が伺えた。

149 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [saga]:2012/05/01(火) 23:04:49.42 ID:V8vPfQTUo


姫子「白藤の滝があるんだけどさ、行ってみない?」

澪「白藤の滝……」

夏「場所を知ってるんですか?」


澪と夏が降りてきて会議に加わる。


姫子「大体なんだけどね」

冬「そうですよね」

風子「初めて来たもんね」

澪「だから冒険なのか……」

姫子「そういうこと」

夏「時間押してますから決まったら即行動!」

姫子「よし、行こうか」


夏の掛け声で動き出すわたし達。

国道からはそんなに離れてはいないはず、ネットや雑誌で大体の位置は掴んでいる。
掴んではいるけど、やっぱりその場に立ってみないと分からない空気というものがある。

写真からは木々のざわめきは伝わってこない。地図の上からはデコボコ道があるかなんて分からない。

今、わたしはこの場所にいるから、憧れた大地にいるから、臨めば行くことができる。
写真や文字だけでは伝わってこない、臨場感ではない本物の空気に触れることができる。


心の中でそんな想いに耽っていると、


姫子「あ、あった」


白藤の滝と書かれた看板を見つけた。あっさり見つけることが出来た。

150 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [saga]:2012/05/01(火) 23:10:45.26 ID:V8vPfQTUo


今回はこれで。
また中途半端に切ってしまいます。

気付いた方もおられると思いますが、今回『も』重たい話です。
軽くするためのクロスオバーです。

優しい死神モモが主役の しにがみのバラッド。 という作品です。

おやすみなさいませ。
151 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/01(火) 23:22:25.84 ID:lQjICJluo
ひとまず乙
楽しみに待ってる
152 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/02(水) 01:18:09.48 ID:E/MEPMH1o
けいおん×風雨来記×しにがみのバラッドってことか
期待
153 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/05/05(土) 22:28:55.18 ID:I25VY44mo


姫子「妖怪?」

澪「そう、影女」

風子「自然の中だね〜」

冬「本当ですね、川の流れが凄いですよ〜」

夏「ジャングルだ……」


先を歩く三人。

目の前の光景に一つ一つ感心している。


姫子「澪って怖い話とか嫌いじゃなかった?」

澪「う、うん。だけど、怖くない妖怪もいるそうなんだ」

姫子「ふ、ふーん……」

澪「……だから、怖く……ない」

姫子「……そう」


よく分からないけど。まぁ、いいかな。

今の太陽の角度では木々に囲まれたこの場所を暗くしている。
歩くには十分な明るさだから、平気なんだけど。

目的の滝までは整備されていて山歩きが苦手な人でも無理なく歩ける。


姫子「冬、大丈夫?」

冬「え? ……あ、大丈夫ですよこれくらい」


わたしの問いに振り返って笑顔で答える。
余裕を感じるので安心した。


風子「北海道の一つを味わっているって感じだね」

姫子「……うん」


風子が楽しそうに伝えてくる。
154 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) :2012/05/05(土) 22:30:22.30 ID:I25VY44mo

澪「一つ?」

姫子「北海道を堪能した項目ってやつかな。一つは料理、一つはこの自然ってとこ」

澪「……なるほど」

姫子「澪がお勧めする一つ、ってある?」

澪「そうだな……、やっぱり冬かな?」

冬「はい?」


冬が振り返る。


澪「ううん、なんでもない」

冬「……そうですか」

姫子「足元気をつけてよ」

冬「はーい」


わたしの注意に応えて進んで行く。


澪「北海道の魅力はやっぱりウィンターシーズンだと思う」

姫子「……」

澪「生まれてから高校まで過ごしていた土地とは全然……、
  いや、圧倒的に雪の量が違うから生活も変わってくる」

姫子「……うん」

澪「言うなれば文化が違うってことかな。
  外の極寒で厳しい環境とは対称的で、建物の中の温かさはとても魅力的だ」

姫子「……」


まるで別人のようだった。

2年間を通した生活でそれだけの視野を持つことが出来たんだ……。


澪「それでも、最初の冬は風邪をこじらせてしまって、大変だったけどな」

姫子「へぇ……」


自嘲気味に笑う澪。


姫子「北海道での生活はどう……?」

澪「うん……。一応、札幌圏内にも親戚がいるから安心しているところはあるけど、
  最初の数ヶ月は不安の方が大きくて、寂しさもあった」

姫子「……」

澪「なにより、頼っていた仲間がいなかったから……。私は本当の寂しさを味わったよ」

姫子「……」

澪「だけど、みんなを想っていたから乗り越えられた。乗り越えた先でまた新しい友達にも出会えた」

姫子「……!」

澪「それがとっても嬉しくて楽しくて、な」


前を見て笑う澪に力強さを感じた。
155 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) :2012/05/05(土) 22:33:33.33 ID:I25VY44mo

澪「風邪をこじらせた時なんだけど、一応買い溜めしておいた食料が3日分はあったし、
  ジッとしていればすぐ治ると思っていたんだ」

姫子「……」

澪「ところが、だ。4日、5日経っても治ってくれなくて……。
  病院へ行こうにも外は豪雪で、その光景を窓から見ているだけでわずかな力さえ奪われていったんだ」

姫子「……過酷だね」

澪「うん、本当に……。一応、暖房はつけていたけど、とても寒く感じた。
  そのままの状態で1週間経った頃、ついに食べる物が無くなった」

姫子「……」


笑って話を続ける彼女に驚く。


澪「ある意味クローズドサークルだ。
  今冷静に考えればタクシーを呼んで病院へ行くって手もあったんだけど」

姫子「動けなかった……?」

澪「うん。お湯を沸かすために台所へ行くにも遠く感じたから、
  その時はそんな思考回路すら止まっていた。
  布団の中でただひたすらジッとしていれば治るって……」

姫子「……」

澪「吹雪いている外の音を聞きながらぼんやりと天井を眺めていると、チャイムが鳴ったんだ。
  サークルの……、音楽サークルなんだけど、
  同じ1年の子が買い物袋を提げて、生きてるかどうか確認しに来たと言って来てくれた……」

姫子「……」

澪「私が1週間近く講義を休んでいるのを知ってわざわざ来てくれた」

姫子「……」

澪「番号もメールアドレスも知らない子だから、とても驚いた。
  バイトと課題で忙しくて、サークルに顔を出しづらくなっていた時だったから余計に……」

姫子「へぇ……」


それはとても嬉しかったに違いない。


澪「渡したらすぐに帰って行ったんだ。猛吹雪の中を、深い雪道を引き返して……。
  あまり話したことのない私を気遣って来てくれた。もらった果物を食べている間、涙が出そうだった」

姫子「……」


嬉しそうに、楽しそうに笑う。


澪「おかげで完治して、お礼を言ったんだ。その時に友達になれたよ」

姫子「……」

澪「病み上がりの私に雪合戦を挑んできたりする子だから、誰かさんに似て可笑しかった。
  それをきっかけに輪が広がっていった」

姫子「そっか……」

澪「外は極寒と呼ばれる冷たくも厳しい季節だけど、
  サークルでその子たちと一緒にお喋りをしている空間はとても温かいんだ」

姫子「……いいね」

澪「人はやっぱり温かい方が好きなんだなぁって、思った。これが私の言う冬の魅力」

姫子「……うん」
156 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/05/05(土) 22:37:25.08 ID:I25VY44mo

寒い中、温かさを求めるのは生存本能なのかもしれない。

だからといって、一人で温かい場所に居るのと、友人達と一緒に寒い場所に居るとでは、
やはり違う物なんだろうな。

わたしよりずっと先にいる澪にあの人の姿が重なった。
それはやっぱり、わたしが未熟ということなんだろう。
  

澪「ごめん、変な話をして」

姫子「ううん、考えさせられたし、納得した」

澪「納得?」

姫子「成長している澪を確認したってことかな」

澪「そ、そうか……」

姫子「なんか、羨ましいかも」

澪「……きっかけがあれば、それを望む気持ちがあれば、人はどこまでも行けると思う」

姫子「そうかな……」

澪「姫子は今、北海道に居る。これが事実だから」

姫子「……」


人生が道だとする。

わたしの道。澪の道がある。

人と出会うということはそれぞれの道が重なるということ。

そして、時間が経てば別々の道を進んで行く。

その道が重なって同じ時間を共に歩いているだけ、なのだろう。

道を振り返ればその人たちはそこに立っているのかもしれない。

想い出として。


やがては隣を歩いている澪も想い出になるのだろう。

少し前を歩いている、冬も夏も。

そして、風子も。


いつかは必ず来る別れ。それぞれの道を進むわたし達。

その時、わたしは成長できるのか。

高校三年間を共にした仲間達と別れた澪のように……。


姫子「……」

澪「風子たちは見えなくなるほど離れてしまったのか……」

姫子「……あのさ」

澪「うん?」

姫子「……寂しくない?」

澪「?」

姫子「えっと……」

澪「……」

姫子「仲間と別れるの」

澪「…………いや」
157 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) :2012/05/05(土) 22:38:41.43 ID:I25VY44mo


わたしの言葉を否定する。


姫子「強いんだ……」

澪「ううん。私はまだ弱いし、臆病なままだ」

姫子「……それはないよ」

澪「それを否定してくれるのは嬉しいけど、姫子は勘違いしていると思う」

姫子「……え?」

澪「会えなくなっただけで、別れた訳ではないんだ」

姫子「!」

澪「私のわがままで悪いけど、これからもずっと一緒にいてもらうつもりだ」


少し照れくさそうに笑う。


澪「あまり人に言うことじゃないと思うんだけど……」

姫子「?」

澪「バイトや課題で忙しいと言ったけど、そうじゃないんだ」

姫子「……どういうこと?」

澪「えっと、初めての一人暮らしやアルバイト、慣れない土地での生活は忙しくて大変だったのは本当だ。
  だけど、それが理由で……友達が出来ない……なんてことはないんだ」

姫子「……!」

澪「風邪をひいて心細い時に来てくれた彼女が北海道での最初の友人、それは1年目の冬」

姫子「……」

澪「春から冬まで顔を覚える人、覚えてくれる人はいても、
  気心知れる人が出来なかったのもまた事実なんだ」

姫子「……」


私はまだ弱いし、臆病なままだ


そう聞いたけど、やっぱりそれはないと思うよ、澪。

充分強いよ。
158 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) :2012/05/05(土) 22:39:39.00 ID:I25VY44mo


姫子「乗り越えたんだ……?」

澪「うん、高校三年間がわたしを支えてくれた」

「なるほど、いい話ですね」

澪「ヒァッ!」

姫子「なんで後ろにいるの」


振り返ると前を歩いていたはずの三人がいた。


風子「二人が話しに夢中になっていたから、木に隠れてやり過ごしたんだよ」

姫子「あ、そう……」


そうする必要性がよく分からない。


冬「一人暮らしの大変さを感じました」

夏「あたし達は二人暮らしなんで」

風子「そうなんだ」

澪「……」

姫子「澪、大丈夫?」


背後から声をかけられたショックで顔が蒼白になり固まっていた。


さらに10分歩いて目的地へ辿り着く。

159 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/05/05(土) 22:40:31.30 ID:I25VY44mo


――― 白藤の滝 ―――


ゴォォォオオオ

轟音と水しぶきを上げながら落下している。


冬「落差20メートルだそうですよ」

姫子「へぇ……」

夏「滝の周辺は肌寒いですよ、行ってみたあたしが言うから間違いないです」

澪「そうか……」

姫子「水流が岩に当たり砕けて霧になってるから、あっちは気温が落ちてるって分かるでしょ」

夏「行ってみたくなるじゃないですか」

風子「……」

冬「うん」


夏に同意して歩み寄ろうとする冬。


姫子「体冷えるからやめといたら」

冬「う……」


服を引っ張って足を止める。


夏「好奇心旺盛なんですよね」

風子「一緒だね」

夏「う……」

澪「水に勢いがあって、迫力あるな……」

姫子「力強いね」

冬「滝周辺の色が赤茶色になっているのは、雌阿寒岳から湧き出す白水川に硫黄が含まれているからだそうです」

夏「雌阿寒岳ってことは雄阿寒岳ってのもあるんだ?」

冬「うん、前に阿寒湖から望む写真を見せたと思うけど」

夏「忘れた。山なんてどれも一緒じゃん」

風子「うん。その通りだね」

姫子「それはそうかもしれないけどさ……」


山に興味がないのはしょうがないけど、なんとなく可哀想だと思った。
160 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/05/05(土) 22:41:46.24 ID:I25VY44mo

澪「北海道の山は季節毎に色が変わって面白いな」

冬「はい、夏は緑が生い茂っていて、秋は真っ赤に燃えて、冬は真っ白ですよね」

風子「ということは、春は桜色なんだ?」

姫子「そんなわけないでしょ」

夏「山一杯に桜を植えれば実現できそうですけど」

姫子「そろそろ行こうか」

澪「堪能した」

冬「もう一度だけ目に焼き付けます」

風子「私も」


ジーっと滝を睨む二人。


夏「行きましょう」

姫子「うん」


わたし達は二人を残してその場をあとにする。

161 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/05/05(土) 22:44:28.78 ID:I25VY44mo

夏「山が桜色になるなんて可能なのかな」

澪「低い山ならできそうだな」

姫子「……」


なんの話をしてるんだか。

でも、山一面に桜の花が咲いているところは見てみたい。

想像してみる。


姫子「……」

夏「澪さん、山で滑ったことあります?」

澪「あるよ。スノボが楽しかった」

夏「スノボ派ですか。あたしはスキー派なんですよ」

澪「友達が楽しそうに滑っていたな……」

夏「今シーズンは一緒に行きましょうよ!」

澪「いいな……。どっちで滑る?」

夏「旭川に来ませんか?」

澪「……いいかも」

夏「冬ねぇも行くと思いますし」

澪「冬も滑るんだ」

夏「何往復もできませんけど、それなりに動けますよ」

澪「分かった。秋ごろに連絡入れるよ」

夏「約束ですよ!」

澪「ふふ、うん。守るよ」

姫子「……」


うん、とても綺麗だな。

遠くから眺めるだけではもったいないので、その木々の中を歩いてみる。

道の両端に桜の木が並ぶ。

日差しは温かく、時折頬を撫でる風に乗って桜の花びらが舞う。

春の匂いと、桜の雨。


夏「姫子さん?」

姫子「……え?」

夏「どうしたんですか、一人黙りこくって」

姫子「桜の山を……なんでもない」

澪「?」

夏「春もいいですが、冬にも来ませんか?」

姫子「冬?」


来た道を振り返ってみると、風子と冬が並んで歩いている。

おしゃべりをしているみたいで楽しそうだった。
162 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) :2012/05/05(土) 22:46:45.77 ID:I25VY44mo

姫子「冬にも来いってどういうこと?」

澪「ウィンタースポーツしようって話」

姫子「えっと……」

夏「無理してでも来て欲しいんですけど」

姫子「期待しないで待ってて」

夏「来る気ゼロだ……」

澪「遠いから、しょうがないな」

姫子「冬、か……」


でも楽しそうだ。

澪が卒業する前にもう一度来るのもありかな。



夏「パウダースノウなんですよねー」

澪「そうそう、転んでも痛くない」

姫子「へぇ……」

夏「雪質がいいんで、結構上手く滑れるんですよね。だから初心者の姫子さんでも安心ですよ」

澪「うんうん、海外のスポーツ選手も北海道に来るぐらい上質なんだ」

姫子「……」


二人の売り込みを聞いているうちに入り口へ到着する。

時刻は5時40分。


澪「あと1時間で日の入りか……。あっという間だな」

姫子「うん……」

夏「なんだか、楽しそうですね。冬ねぇとふぅちゃんさん」


確かに。

なんの話をしているんだろう。

163 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) :2012/05/05(土) 22:50:08.73 ID:I25VY44mo

冬「クスクス」

風子「姫ちゃんがまたはしゃいじゃって」

姫子「ちょっと、なんの話をしてんの」

風子「姫ちゃんの話だよ?」

姫子「本人が聞いているんだから止めて欲しいんだけど」

風子「大丈夫だよ。それでね――」

姫子「大丈夫かどうかこっちが決めるって」

冬「大丈夫ですよ。楽しい話ばかりでしたから」

姫子「わたしにとって大丈夫じゃないよ」

夏「ほらほら、移動しますよ」

澪「うん」

風子「続きは車の中でしようね」

冬「そうですね。時間が推してますから」

姫子「ちょっと」

風子「それじゃ、あとでね」


そう言って車に向かって歩いていった。


澪「無線で少し打ち合わせしておこう」

夏「そうですね」

姫子「……うん」


なんだろう。風子の手の平で遊ばれているみたいだ。

164 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/05/05(土) 22:52:54.70 ID:I25VY44mo


夏「あー、あたしも免許持っていたら負担を減らせたのにぃー」

澪「それじゃ、あとで」

姫子「……澪」

澪「ん?」

姫子「後悔とか感じなかった?」

澪「……」


春から冬までの間、寂しさが募っていたと思う。


姫子「高校三年間が濃い分、北海道に一人でいる時間は辛かったんじゃない?」

澪「……」


わたしは何を訊いているんだろう。

嬉しい、楽しいと言っていたのに。

それを乗り越えた事が重要なのに。


姫子「ごめん、なんでもない」

澪「……」

姫子「忘れて」

澪「……」


触れなくてもいい部分に触れてしまった。


澪「……そうだな」

姫子「?」


澪は空へと視線を送る。

空を眺めて何を想っているのだろう。


澪「高校三年間が濃かったのは間違いない。
  けど、高校三年生の夏からが大きく変わったんだ」

姫子「……」


自分に言い聞かせるように。


澪「私が札幌の大学に進学しようと決めたのは学園祭中だ。だから……」

姫子「……」


あの時間を思い出して言葉を紡いでいる。


澪「私が決めた道だから、辛いとは思っても後悔はしていない。これからもしないよ、きっと」


また、力強い笑顔になる。

165 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) :2012/05/05(土) 22:54:30.74 ID:I25VY44mo

姫子「そっか……」

澪「……」

姫子「……」

澪「どうしてそんなことを?」


どうしてだろう。


「おーい!」


遠くで夏が呼んでいる。


姫子「ここで澪とこんな話をしていること、それが不思議に思ってさ」

澪「……確かにそうだな」



二人並んで友人達が待つ場所へ歩いて行く。



―――――



二人並んで私たちが待つ場所へ歩いてくる。



風子「どんな話をしていたの?」

夏「姫子さんとですか? 冬の北海道にも来て下さいって、勧誘していました」

冬「?」

夏「詳しくは後で話すとして、向かいましょう」

澪「お待たせ」


ドアを開けて澪ちゃんが乗ってきた。

姫ちゃんがヘルメットを被るのを確認して無線機のスイッチを入れる。


ザザッ


風子「……」

『あれ……もしもし?』

風子「……」

『スイッチ入ってない……?』

風子「聞こえてるよ」

『……あのね』

風子「はい、澪ちゃん」

澪「う、うん」


澪ちゃんに無線機を渡してエンジンをかける。

急いで和琴半島へ。
166 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) :2012/05/05(土) 22:55:40.09 ID:I25VY44mo

澪「しゅ、出発」

『おっけ……』

冬「あ……」

夏「どうしたの?」

冬「近くにオンネトーがあるよ。キャンプ場もそこに……」

風子「キャンプをするだけなら、そこでもいいね」

冬「温泉の滝というのもあるそうですよ」

夏「なにそれ! 面白そう!」

澪「温泉で滝なのか……」

風子「……」


3人はオンネトーに気持ちが変わりそうだね。


風子「澪ちゃん、姫ちゃんに確認してみて」

澪「うん。……姫子?」

『どうしたの? 車動いていないけど』

澪「キャンプ場が近くにあるらしいんだ」

『あぁ、オンネトーね』

冬「知っていたんですね」

風子「……」


私も知っていた。

167 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) :2012/05/05(土) 23:00:00.53 ID:I25VY44mo

澪「和琴半島への距離を考えて、この時間ならオンネトーへ変更した方ががいいと思う」

『……ごめん。和琴半島へ行きたい』

澪「……」

風子「借りるね」


澪ちゃんから無線機を借りる。


風子「どうして?」

『……憧れている場所だから』

風子「みんな、どうする?」

夏「いいんじゃないですか? 和琴で」

冬「はい。和琴半島へ行きましょう」

澪「うん。是が非でもオンネトーという訳でもないからな」

風子「変更なしだよ」

『いいの?』

風子「それじゃ、塘路湖キャンプ場にしよう」

『それじゃ、なにかあったら連絡してね』


ザザッとノイズが走って無音になる。

私の意見は通らなかった。


冬「塘路湖キャンプ場ですか……」

夏「釧路方面ですから、完全に日が暮れますね」

澪「……」

風子「じょ、冗談だよ」


冗談も通じていなかったみたい。


さぁ、出発。

168 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) :2012/05/15(火) 22:11:00.69 ID:cZyQGuAxo


まりも国道に乗って走り、阿寒湖横断道路へ。


夏「今見に行くと遅れたかもしれないね」

冬「なにが……?」

夏「婚期が」

澪「……」

風子「……」


私と澪ちゃんは黙り込む。


……あれ?


冬「なつ……」

夏「なに?」

冬「阿寒湖じゃなくて摩周湖だよ」

夏「え!?」

風子「あ、やっぱり」

澪「……」

夏「うわ、恥ずかしい」

風子「霧の摩周湖だよね。霧の阿寒湖じゃないよね」

冬「そうですよねー」

夏「やめてっ」

澪「そうか……婚期が……」

風子「大丈夫だよ。3年遅れるだけだから、その間に…育めば…いいんだよ……」

冬「何をですか?」

風子「っ!」


ミスを犯しました。


夏「なにを育むんですか、ふぅちゃんさん」

風子「あ、ええっと……」

冬「?」


ハッキリと言えない気恥ずかしさがある。
姫ちゃんなら言ってしまうだろうけど、私には勢いやノリがないと言えない。

どうやって誤魔化そうかな……。

169 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/05/15(火) 22:13:05.69 ID:cZyQGuAxo

澪「こん……き……が」

風子「……?」


助手席でウトウトしている澪ちゃん。

よし、話題を逸らすには今しかない。


風子「澪ちゃん、眠たい?」

澪「……うん」

風子「テント建てたらすぐに寝る?」

澪「……でも、温泉とご飯……食べたい」

冬「温泉ですね」

夏「和琴の温泉は人目が気になりますよ、どうします?」

風子「近くに公衆浴場があるから、そこへ入ろう」


愛だよ。愛。
愛を育めばいいんだよ。

やっぱり恥ずかしいね。


そして、澪ちゃんは仮眠に入った。


釧路本線を二度跨ぐ。


冬「線路っていいですよね」

夏「どこが?」

冬「線路の向こうになにがあるのか、想像してみると、とてもワクワクする」

夏「ふーん……」

風子「……」


街から街へ運んでくれる列車の旅……。


二人向かい合ってのんびりおしゃべりして。

窓を開けると、吹き込む風が気持ちが良くて。

流れる景色を胸に、想いが募る街。そこが私たちの目的地。


それはいいかもしれない。

170 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/05/15(火) 22:14:25.70 ID:cZyQGuAxo

冬「駅のホームで列車を待っていると、
  夏が指差して、来たよ来たよ、と言ってはしゃいでいたよ」

夏「そうだっけ?」

冬「そうだよ〜」

風子「二人で乗ったの?」

冬「はい。小さなおつかいを」

夏「あったような、なかったような」

風子「……」


か、かわいい。

仲の良い姉妹。

うーん、タイムマシンはどこにあるのかな。

すぐにでも現場へかけつけるのに。


ザザッ


『着いたよ』


眠っている澪ちゃんの手の中にある無線機がそれを伝えた。


冬「一足先に到着したんですね」

夏「さっさとテント建てなきゃ」

風子「そうだね」


後ろでソワソワしている二人。


『応答して欲しいんだけど……』


スヤスヤと寝ている澪ちゃん。

一人で呼びかける姫ちゃん。

面白いね。


『また風子の悪巧み?』


し、失礼な。


澪「」スヤスヤ

夏「失礼しますよ、っと」

風子「悪巧みじゃないって伝えてね」

夏「はーい。……はい、こちら風車です」


風子の運転する車で風車……。

なるほど、なるほど。
171 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/05/15(火) 22:16:54.51 ID:cZyQGuAxo

『駐車場で待ってるから』

夏「すぐ着くと思います」

『了解』


ザザッとノイズが走る。

濡れ衣は晴れなかった。



風子「……」

冬「澪さん、澪さん」


ユサユサと澪ちゃんを揺すっている。


澪「ん……」

冬「到着しますよ」

澪「……ん……」

風子「夏ちゃん、車掌さんの物マネできる?」

夏「えっ!? ……無茶振りですね」

風子「勘違いするかもしれないよ」

冬「ガタンゴトン」

夏「効果音まで用意するのか……ゴホン」


意外とノリはいいみたい。



「毎度ご乗車ありがとうございます。えー、次はー、鹿児島〜」

澪「……え」

冬「……」

風子「……」

澪「……びっくりした」

夏「どうでした、あたしの車掌さん」

澪「似てなかったな」

夏「あらら」

冬「クスクス」

風子「えー、次はー、和琴半島〜、和琴半島〜。間もなく到着します」

夏「似せようとしてませんよね、ふぅちゃんさん」

風子「少し恥ずかしいよね」

夏「……」


あ……。

姫ちゃんを相手にしてるような物言いをしてしまった。

私の、この人をからかう言い方は相手を不愉快にさせる。

気をつけていたのに――
172 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) :2012/05/15(火) 22:17:57.74 ID:cZyQGuAxo

冬「えー、次はー……和……琴……」

夏「……」

冬「照れるね」

夏「……あー、あれは〜、姫ちゃん〜、姫ちゃん〜」

澪「ブフッ」

風子「……」

冬「夏が自棄になってます」

夏「この車は間もなく停車致します。ブレーキにご注意下さい」

澪「……ふふっ」

冬「急いでキャンプ場へ向かいましょう」

風子「……そうだね」


ここで夏ちゃんに謝るのは間違いなんだよね。

不愉快にさせてしまうのは、私の性格が意地悪だから。

決して人を馬鹿にする訳じゃないんだけど……ね。

173 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/05/15(火) 22:23:04.89 ID:cZyQGuAxo

――― 和琴半島 ―――


姫子「……」

夏「お待たせしました〜。あたし達が向かう駅はキャンプ場〜、キャンプ場〜」

姫子「どうしたの、夏は?」

澪「あはははっ」

姫子「……?」

冬「よいしょっ」

風子「行こう」


一人ずつ荷物を持って湖のほとりへ。

姫ちゃんはバイクをそのまま押して。



姫子「車掌さんの物マネ、ねぇ……」

夏「旅の恥は掻き捨てってことで」

冬「それは旅先で出会った人たちに対しての諺なんだよ」

夏「あー、もういいよ! 無かったことにしてよ!」

澪「……」

風子「澪ちゃん、どうしたの?」

澪「いや、懐かしい夢を見ていたから……。感傷気味になっただけ」

風子「そうなんだ……」


さっきまで笑っていたから、良い夢を見ていたと思っていた。

懐かしいと言っていたから、悪い夢ではないと思う。


夏「なんとか間に合ったー」

姫子「うん」

冬「ちらほらと建っていますね」

澪「うん……」

風子「どこに建てようか」

姫子「あっちは?」


姫ちゃんが指を差した場所は私たちのテントを二つ建てるには丁度いいスペースを保っていた。

少し離れて小さなテントがある。


夏「よいしょっとー」

姫子「夏、物は大切にしないと」


ドサッと荷物を降ろした夏ちゃんに注意している。

174 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) :2012/05/15(火) 22:25:50.73 ID:cZyQGuAxo


冬「よいしょっと」

澪「さぁ…今のうちに……建てよう」


気迫の無い声が零れる。

西の空にある雲が太陽の光を反射している。

今はまだ、少し明るいから大丈夫。


風子「残照もあるから――」

「あー、悪いけど、ここに建てちゃダメだよ」

姫子「?」

澪「……?」

夏「?」

冬「……あ、ツバメさん」

ツバメ「あ、キミたちか」


ツバメさんがいた。


夏「うわっ、なんでアンタがここにいんの!?」

ツバメ「……」

姫子「……」


屈斜路湖へ行くと言っていたような……?


ツバメ「ここに行くって言ったと思うけど……」

夏「そういうことじゃないっての!」

澪「な、夏?」

夏「なんでここにいるのかって訊いてんの!」



支離滅裂。

夏ちゃんがいきり立っている。


ツバメ「あれが俺の…寝床……」

夏「えッ!?」

風子「……」


テントを見て驚く夏ちゃん。

それがツバメさんのテントなんだ。
175 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) :2012/05/15(火) 22:27:42.90 ID:cZyQGuAxo

夏「移動しましょう! 移動! ここはダメです!」

冬「夏……」

澪「……」


澪ちゃんが目を擦っている。

眠りたいみたい。


風子「どうしましょう、姫子さん」

姫子「夏、どうしてここはダメなの?」

夏「この人がいるからですよ!」

ツバメ「……」


キッと睨む。ううん、表情は見えないけど、そう感じるんです。

思いっきり敵意をむき出しにしているんです。


辺りを見回すと、ポツンポツンと一定範囲でテントが建っていて、
私たちのテントを二つ並べると肩身が狭くなりそう。


冬「夏、ツバメさんに言ったよね。場所を取って置いてって」

夏「あれは……!」

姫子「え?」

風子「……言ったね」

ツバメ「……嫌ならしょうがないな」

夏「だから、嫌だって言ってんじゃん!」

ツバメ「まぁ、好きにしてくれ」


そう言ってテントへ入っていった。

176 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/05/15(火) 22:29:34.86 ID:cZyQGuAxo

澪「……眠い」

姫子「夏、どういうこと?」

夏「え?」

姫子「場所取りを頼んでいたの?」

夏「えっと……うん」

姫子「……」

冬「場所を取っていてくれた人にあんなこと言っちゃダメだよ」

夏「……」

冬「夏のお願いを守ってくれたんだよ。
  わたし達が来なくて、そのまま待っていたらどうするの?」

夏「あんな押し付けを守っているとは思わないじゃん……」

冬「お礼は言ってもあんなこと言っちゃダメだよ」

夏「だって……」

冬「……」

夏「姫子さんに酷いことしてたじゃん」

澪「……」

風子「……」


その姫ちゃんはテント設営に取り掛かっていた。


姫子「よいしょっと」

風子「もう一つの建てるね」

姫子「こっちはわたし一人でいいから、一通り出来たら手伝って」

風子「うん」


姫ちゃんが建てているのはツーリングテント。
バイクと並べて設営が出来るので丁度いい。
私と二人でよく過ごしているテント。

これから建てる、もう一つは冬ちゃんたちが用意したテント。
177 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/05/15(火) 22:31:44.33 ID:cZyQGuAxo

風子「これは、Aフレーム型テントだね」

冬「そうなんですか」

澪「……」

夏「……」


立ったまま目を瞑っている澪ちゃん。

大人しくなった夏ちゃん。


風子「夏ちゃん、澪ちゃんを起こして。すぐに買出しへ行こう」

夏「……うん」

冬「わたしにも指示を下さい」

風子「まずは説明からね。
   これはムーンライトテントとも言って、
   月明かりの下でも素早く建てられるとても便利な仕組みなんだよ」

冬「へぇ……。よく知ってますね」


そうだね、私のテントじゃないのにね。

骨組みを取り出して組み立てます。


風子「こうやって引っ張るの。ポールの中にゴムが入っているので……」

冬「ふむふむ」

姫子「風子、シート敷いてないよ」

風子「敷いといてー、なんちゃって」

冬「?」

風子「……っ」


ギャグが通用しないって恥ずかしい……。


風子「夏ちゃん、澪ちゃんはそのままでいいからシートをお願いね」

夏「はーい」


少し自分を取り戻したみたい。


風子「こうやって、繋げる」

冬「分かりました!」


そう言ってもう一つのポールに手をつける冬ちゃん。

178 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/05/15(火) 22:33:29.70 ID:cZyQGuAxo

夏「ふぅちゃんさん、敷きました」

風子「それじゃインナーテントをその上に被せておいてくれるかな」

夏「方向はどうします?」

風子「そうだね……、姫ちゃんのテントと出入り口を合わせるようにしよう」

夏「朝日とか気にしないでもいいんですか?」

冬「東は向こうです」

風子「そうだね……」

夏「朝日に起こされるのって嫌かなーって」

風子「嫌?」

夏「うーん……。どうなんだろ」

冬「経験無いから分からないですね」

風子「夏はともかく……。サマーはともかく、この季節は気持ちがいいと思うよ」

夏「そうなんですか」

風子「朝早くて夜も早いのがキャンプだから」

夏「そうですね、ぐうたら寝ているわけじゃないですもんね」

冬「うんうん」


お喋りをしながら組み立てる。

楽しい時間は過ぎるのが早い。


風子「こうやって建てて、と……。冬ちゃん、ここを見て」

冬「これが固定用金具ですね」

風子「そう。ここにシートを取り付ける部分をセットするの」

夏「了解ですっ」


そう言って反対側へ跳んでいく。

冬ちゃんも跳ねて行った。

どうしよう、みんなで建てる作業が楽しい。


風子「よいしょっ」


インナーテントを吊り下げ用フックにかける。

腕を伸ばしても届かない、思いっきり背伸びをする。


風子「〜ッ」


カチと引っかかる音が鳴る。

よし、かかった。

179 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/05/15(火) 22:34:50.19 ID:cZyQGuAxo

最後に、フライシートを被せて終わり。

向きは、こうかな?


風子「えっと……」

澪「あれ?」

風子「?」

澪「……いつの間に建てたんだ?」

冬「澪さんが寝ている間にですよ」

澪「何を言っているんだ、寝ていたわけが……え?」

風子「寝ていたみたいだね」

澪「立ったまま……!?」

夏「最後にこれを被せるんですね」

風子「そうなんだけど、……ちょっと待っててね」


えっと、北向きだから、こうかな。


姫子「順調だね」

風子「ね、姫ちゃん、フライシートなんだけど」

姫子「……うん、合っているんじゃないかな。被せてみよう」

風子「うん」

冬「あ、全員で完成させると気持ちが盛り上がりますね」

夏「うん、やったぞーみたいな達成感」

澪「最後だけで、恐縮だけど……」

姫子「よっ……と」


バサバサとテントが形を成していく。

方向は正しかった。

これで私たちのお城が完成。


姫子「複雑な形だから分かりにくいね」

風子「でも合ってた……。凄いね」

姫子「自画自賛ね」

風子「凄いね、私」

姫子「風子、こっちも手伝って」

風子「しょうがないなぁ」


ツーリングテントを一人で建てるのは大変だよね。
180 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/05/15(火) 22:37:05.05 ID:cZyQGuAxo

夏「どうするんですか?」

冬「教えてください」

澪「うん」


三人は手伝う気満々だった。


姫子「それより、貴重品以外の荷物を運んでおいて」

風子「買出しから帰ってきてすぐご飯だからね」

夏「あ、そうか」

冬「分担ですね。行ってきます」

澪「うん」


三人は車へ歩いていった。


姫子「澪はどうしたの?」

風子「立ったまま寝ていたから、朦朧としているんじゃないかな」

姫子「あ、危ないんじゃない?」

風子「二人が付いてるから大丈夫だよ」


ツーリングテントのフライシートを被せながらのやりとり。

姫ちゃんは一人でここまで設営できたんだね。

凄いね。


姫子「……」

風子「……」


テントとフライを固定する為、フライの四隅あるプラスチックのフックをテントに引っ掛ける。

姫ちゃんの要領が良かったのでスムーズに作業ができる。
慣れている私には朝飯前です。


風子「こっちは終わったよ」

姫子「うんー……」


あ、ペグ打ちがまだあったんだ……。


風子「まだ終わってないよー」

姫子「うんー……?」

夏「振り分けはどうします?」

風子「そうだねー……」

冬「姫ちゃんさん達の荷物ですっ」

姫子「うん、ありがとう」


あ、姫ちゃんのとこは終わったみたい……。
181 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/05/15(火) 22:39:05.63 ID:cZyQGuAxo

ツバメ「早いな……」

風子「?」


バイクを押しながら声をかけるツバメさん。


冬「どこかへ出かけるんですか?」

ツバメ「うん、弁当を買いに」

姫子「……え」

風子「え……」

夏「……」

冬「……」

澪「ん?」


私たちの間に冷たい空気が流れる。


ツバメ「な、なに?」

夏「なにって……、キャンプで弁当って……」

姫子「人それぞれかな……」

風子「そうだね」

澪「?」

冬「なにか、あったんですか?」

ツバメ「――ッ!」


――どうしたんだろう。


夏「キャンプに来て弁当って……。キャンプの醍醐味を9割5分見失ってるなぁ……」

冬「そうですよ」

ツバメ「――そっちか」

姫子「……」

風子「……」

澪「野菜に塩をかけるだけで……うん」


澪ちゃんがおかしい。

それより、一瞬だけ、ツバメさんの空気が張り詰めた。
182 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) :2012/05/15(火) 22:41:27.81 ID:cZyQGuAxo

ツバメ「別にいいだろ」

夏「良くないよ、隣で虚しく弁当食べられたら嫌だっての」

姫子「……確かに。聞いちゃったから、気まずいね」

ツバメ「き、気まずいのか」

冬「少し遅れますけど、ご一緒にどうですか?」

夏「えぇー!?」

ツバメ「……」

風子「……」


冬ちゃんと同じ事を考えていた。と、思った。
夏ちゃんはどうしたいのか分からないなぁ。


澪「あ、ユーフォーが見える」

ツバメ「いや……」

姫子「ほら、行こう」

風子「そうですね、急ぎましょう」

ツバメ「遠慮しておくよ」

冬「なにかの縁かもしれませんよ」

ツバメ「……」

冬「すいませんが、お留守番お願いしますね」

夏「えぇー……」

姫子「ほら、行くよ澪」

澪「ユーフォーじゃなくて月だった……」


澪ちゃんはもう、どうでもいいのかもしれない。
眠ることが最優先なんだね。

早く買出しをしよう。



―――――



眠たそうな澪。

早く買出しをしなくては。


姫子「はい」

夏「やった!」


ヘルメットを夏に渡す。

後ろに夏を乗せて走り出す。


ドルルルルル

ザザッとノイズが走る。


『澪さんが寝ています』

姫子「起こして」
183 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/05/15(火) 22:42:44.78 ID:cZyQGuAxo

キャンプ場からはそんなに離れていない場所へたどり着く。

そこは混浴じゃない露天風呂。


フラフラと歩く澪を引き連れて脱衣所へ。


夏「急げ急げ〜♪」

冬「……ふぅ」

風子「露天風呂っていいよね」

澪「……」

姫子「ほら、澪」


澪の手を引っ張る。


ガラガラッ

ガラス戸を開くと湯気の立つ温泉がそこにあった。


かけ湯で体を温めて、ゆっくりと湯へ浸かる。


夏「あちっ」

冬「ゆっくり……ゆっくり……」


おそるおそる足を入れていく冬。

夏は急ぎすぎてびっくりしていた。

風子は……。


風子「あぁー、いい気持ち〜♪」

澪「……うん、いいな」


澪も少しは覚醒したみたいだ。


夏「テントで弁当ってありえない」

冬「まだ言ってる……」

夏「ありえないでしょー」

姫子「まぁ、ね」

風子「……」


キャンプへ来て、それはないだろう。と、わたしも思った。

184 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) :2012/05/15(火) 22:44:46.05 ID:cZyQGuAxo

風子「姫ちゃん、気付いた?」

姫子「なに、が?」

風子「……」

姫子「?」


なんだろう。

あの人のテントが雑だったことかな。


姫子「テントのこと?」

澪「ごめんな、寝てた」

姫子「それは別にいいよ」

風子「……」

冬「テントがどうしたんですか?」

姫子「あの人のテントさ、わたし達と同じツーリングテントだけど、雑だったんだよね」

夏「初心者ですよ、初心者」

冬「夏もでしょ」

夏「……」

澪「気持ちよくて疲れは取れるけど、同時に眠くなるな……」

姫子「違った?」

風子「ううん、なんでもない」


話の流れではあの人のことかと思ったけど、違ったのかな。

まぁ、いいかな。


冬「ツバメさんのリクエスト聞いてないね」

夏「いいっていいって、キャベツの芯だけでも喜ぶって」

姫子「あの人、燕って名前なの?」

冬「あ、えっと――」

風子「そうだよ」

姫子「ふーん……」


変なの。

燕という名の人が、燕の雛を育てるなんて。

変じゃなく、当然の成り行きなのかもしれない。

所謂、必然。
185 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) :2012/05/15(火) 22:46:59.42 ID:cZyQGuAxo

夏「そういえば、姫子さんはカレシ作らないんですか?」

姫子「……どうしてそんなこと聞くの?」

夏「帯広で豚丼を食べた後に思い出したんですよ」

冬「帯広には伝説があるそうです」

風子「伝説?」

夏「そうそう、それを思い出した」

冬「二人でダイヤモンドダストを見ると幸せになれるっていう伝説です」

澪「人と人を結ぶ伝説ってたくさんあるんだな。どの伝説も素敵だ」

姫子「ダイヤモンドダスト……ね」

夏「それで、どうして作らないのかなーって」

風子「……」

姫子「……」

冬「?」

夏「あれ、地雷でしたか?」

姫子「そうじゃないけど」

風子「聞かせてもらいましょう、姫ちゃんの恋愛観」

姫子「別に、大した理由じゃないけどさ」

冬「理由があるんですか?」

姫子「うーん……」

風子「ほらほら」

姫子「急かさないでよ」

澪「……」

夏「言いたくないならいいですけど」

姫子「なんとなくね、周りやテレビの情報を見たり聞いたりしてると、冷めてしまう」

風子「……」


くっついたり離れたり。

それは壊れた磁石のように。


姫子「バイトの子たちの話を聞いてても、そんなものか、って思ってしまう」

夏「……」


たぶん、わたしが本気になれないだけ。

一生懸命になれないだけ。

人を好きになることに魅力を感じないだけ。

恋に恋する人たちを見てきたから、本気で恋をしている人を見たことがないから。

ただ、それだけ。


姫子「ただ、それだけだよ」

夏「そうですか……」

冬「……」

風子「……」
186 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) :2012/05/15(火) 22:47:51.06 ID:cZyQGuAxo

ジャブンと音がした。


澪「ぶくぶく……」

姫子「……なにしてんの」


澪がうつ伏せになっていた。


夏「寝てる!」

冬「澪さん!?」

澪「ぶくぶく」

風子「あはは」

姫子「笑い事じゃないって!」


急いで駆け寄り、顔を上げさせる。


澪「ごほっ」

姫子「なにしてんの!」

澪「……極楽極楽って感じだった」

姫子「洒落にならないから!」


本当に洒落にならない。

もう限界なのだろう。


冬「びっくりしました……」

夏「で、出ましょうか」

風子「そうだね」

姫子「ほら、行くよ」

澪「うん」


もう少しのんびりしていても良かったけど、
さっさとご飯を食べて、今日はもう早く寝てしまおう。

疲れを残すのは良くない。
187 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/05/15(火) 22:50:10.40 ID:cZyQGuAxo

湯から上がって、体を纏う水滴を拭う。
そして服を着る。


姫子「ほら、ボタン掛け間違えてるよ」

澪「んー?」


若干不機嫌になってるような……。


夏「子供を躾けるお母さんみたいですね〜」

風子「そうですね〜」

冬「あ、ドライヤー忘れてしまいましたね」

姫子「髪痛むかな……」

風子「テントに運んじゃったからね」


小型発電機があるけど、テントに戻らないと使用できない。

外の気温は少しずつ下がってきているので乾くまで時間が掛かる。


姫子「しょうがないか……」

夏「じゃ、行きましょう」

澪「待って」

風子「?」

冬「どうしたんですか?」

澪「フルーツ牛乳を飲んでないぞ」

姫子「ここには売店が無いよ」

澪「そんなわけないだろう」

夏「なんか、酔っ払いみたいですね」

風子「澪ちゃんが酔っ払うとこうなるのかな」

姫子「いいから行くよ」

澪「あれは大切な行事……」

姫子「分かるけど、今は諦めて」

澪「そうか……」


手を引っ張って温泉をあとにする。

手が掛かるな。
188 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/05/15(火) 22:52:00.92 ID:cZyQGuAxo

車の前にて相談。
時間が押しているので少し焦ってしまう。


風子「8時を過ぎてます」

姫子「……うん」

夏「大きいお店は検索にかかるんですけど……」

冬「近くにはなかったよね」

澪「食べないで寝ようか」

姫子「それは澪の最優先事項ってだけでしょ」

風子「できるだけ一日三食は欠かさないほうがいいよ」

澪「うん、……そうだな」

夏「北海道特有のコンビニがありますけど、行ってみます?」


わたしと風子はまだ入っていないコンビニ。

さっき止まったコンビニは全国展開している。


姫子「行ってみようか」

風子「そうだね」


とりあえず、そこへ行ってみよう。

買出しに梃子摺るとは思わなかった。



走ること十数分。


夏「楽しかったー!」

姫子「そう、良かった」


ヘルメットを外しながら楽しそうな顔をしている夏にわたしも嬉しくなる。


風子「ここが……」

姫子「北海道にしかないコンビニ……」

夏「いえ、他の県にもあるらしいんですけどね。
  24時間営業じゃないのがいいですよねー」


さっそく店内へ。



「いらっしゃいませー」


店員の出迎えは変わらない。

だけど、店内配置が見慣れないので軽くカルチャーショックを受ける。

こういう違いを知ることが楽しい。
189 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) :2012/05/15(火) 22:53:19.56 ID:cZyQGuAxo

冬「明日の朝ごはんも買っていきましょうか」

風子「そうだったね、忘れていたよ」

姫子「磁石って壊れたらどうなるの?」

夏「……ん?」

姫子「えっと、なんとなく」

夏「磁石って壊れるものなんですか?」

姫子「……さぁ」


どうなんだろう。

とりあえず、さっきは口にしなくてよかった。


澪「ジサクには砂鉄が付くんだぞ」

姫子「言えてないよ。磁石ね」

風子「砂鉄……懐かしい……」

夏「最近見ませんよね」

冬「離れた場所にいるから」


店内を散策しながらのやりとり。

もっと他に話すべきことはあるんじゃないだろうか。


風子「キャベツとタマネギを確保」

夏「もやしも確保」

姫子「網だから……焼けないよ」

夏「もやしを放流します」

澪「あぁ……もやし」

冬「残念ですね」

澪「……うん」


落ち込むほど好きだったらしい。
190 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) :2012/05/15(火) 22:54:56.27 ID:cZyQGuAxo

澪「冷凍みかんはどこだ?」

姫子「澪、もう寝た方がいいんじゃない?」

澪「……どうして」

姫子「なんだか、夢遊病みたいだよ」

澪「……」

姫子「否定してよ」

夏「お肉が無いですよ」

冬「ほんとだ……」

風子「かまぼこ……っと」

姫子「こら」

風子「はい」

澪「ふふっ」


食べたいなら別にいいけど、戻すってことはそういうことだったらしい。

澪と風子は疲れが一回りして楽しそうだ。
テンションがハイになっている。


お会計をするためレジへ。


夏「結局タマネギとキャベツだけ…かぁ……」

店員「キャンプですか?」

姫子「はい、そうなんですけど、足りなくて……。近くに無人販売所はありませんか?」

店員「ありますよ。和琴半島ですよね?」

風子「そうです」

店員「それなら、道を戻られる途中の右手側にあると思います。
   ペンションの手前なので注意して下さい」

澪「ありがとうございます。お礼にバナナ一房とパンを買っていきます」

冬「お願いします」

店員「ありがとうございます」

姫子「それ明日の朝ごはんだから、お礼になってないからね」

澪「……」


目をシパシパとさせている。

乾燥しているらしい。


代金を支払い、外へ出る。


姫子「お待たせ」

風子「行こうか。暗いから見落とさないようにしないとね」

夏「売り切れてないことを祈りましょう」

澪「思い立ったが吉日。さぁ、行こう」

冬「行きましょう」


買出しは毎日思い立つものだと思うけど。
191 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage]:2012/05/15(火) 22:56:36.09 ID:cZyQGuAxo

――…


少し走って、無事に見つけることができた。


ヘルメットを脱ぎながら、先に到着していた風子たちを眺める。

なにをしているんだろう。

3人で品定めをしているのかな。


夏「どうしたの?」

冬「見て、虫がいる」

澪「カマキリだ」

姫子「本当だ……」

風子「……」


風子の持つペンライトがその姿を照らす。

暗闇の中に存在する異形な姿に少し後ずさってしまう。


姫子「……っ」

夏「野菜は買わないの?」

風子「うん……」


風子がカマキリだけを照らして動かない。


姫子「風子?」

風子「あ、うん……。あのね、私は昔、触れたんだよ」

冬「このカマキリをですか?」

風子「うん。虫なんて平気だった」

夏「触る機会が減っていくから、それに比例して拒否反応が沸いてくるんじゃないかな」

風子「そうだね……」

姫子「……」


カマキリから、野菜へ方向を変える。


姫子「なにか想い出でもあるの?」

風子「うん、あるけど、それは火を囲んでから聞いてくれる?」

姫子「……うん」

冬「……」

夏「残っててよかったですね、ピーマンとジャガイモ」

澪「ニンジン」


なんとか種類は揃えることができた。

急いで戻ろう。

澪が心配だ。この場に人参は無いから。
192 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/05/15(火) 22:58:14.21 ID:cZyQGuAxo

――…


キャンプ場へ戻ってきた。

作業を分担するために班を分ける。


姫子「わたしは火を起こしてるから」

風子「それじゃ、私は材料を切ってくるね」


夏と冬は風子に付いて行って……。
澪は、


澪「私も火を起こして消す」

姫子「……」


そっとしておく。


わたし達のテント場へ着くと燕さんが待っていた。


ツバメ「やっと来たか」

姫子「……」

澪「……火だ」


火を焚いていた。

その火を貰うことにしよう。

わたしはそのままテントの中に入り、バーベキューコンロを取り出す。


ツバメ「?」

姫子「……これは、少人数用のコンロ」

澪「これに薪を入れるんだな」

姫子「違う。火のついた炭、熾を入れる」

澪「おき……。そうか、赤く燃えた炭を熾というのか」


初めてみる子供のようなリアクションをしている。


ツバメ「さて、と」

姫子「……燕さん、どこへ?」

燕「……」

姫子「燕さん?」

燕「……ん? あ、俺か……なに?」


今の間はなんだろう。


姫子「どこへ……行くのかなって」

燕「雛の餌を取ってくる。俺の飯はいいから」


そう言って去っていった。

火を貰ってもいいかと、言葉を紡ぎそこねた。
193 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/05/15(火) 22:59:32.43 ID:cZyQGuAxo

姫子「ま、いいか……」

澪「……」


隣で瞼が半分降りている澪を確認して、わたしは仕事にとりかかる。


姫子「失敗したなぁ……」


炭に火がつくには時間が掛かるので、つけてから買出しに行けばよかった。
火を起こす作業が無くなった分、時間短縮になってはいるけど……。
でも、それは燕さんが居てこそ成り立つ段取りだ。

結果論で物事を考えてもしょうがないか。


パキパキパキと薪が燃える音が響く。

暗闇の中で赤く火が燃えている。


澪「……」

姫子「……」


わたしと澪はその火をジッと見つめていた。


10分くらい経った頃、風子が走ってきた。


風子「……っ」

姫子「?」

風子「……た、大変!」

澪「ど、どうした?」

姫子「どうしたの?」

風子「……ッ」


焦りを落ち着かせるためか息を整えている。

わたし達は息を呑んで言葉を待つ。
194 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) :2012/05/15(火) 23:01:54.71 ID:cZyQGuAxo

風子「クッシーがいたの!」

姫子「……」

澪「クッシー?」

姫子「……」

風子「……ダメ?」

姫子「うん、ダメ」

風子「そっか……」

姫子「風子、燕さんが居ないことを確認したでしょ?」

風子「……うん」

姫子「その間があったから、ワザとらしかった」

風子「間がなければ騙せたのに、惜しかったなぁ」

澪「クッシーって?」

姫子「屈斜路湖に住む恐竜」

澪「え!?」

姫子「だから、嘘なんだって。惜しくもないからね、風子」

風子「……。炊事場が狭くて時間が掛かってるよ」

姫子「こっちも、もう少し時間が掛かるかな」

風子「分かった」


そういうなり踵を返して走っていった。

わたし達の他にもキャンプ利用者が居るのでそれはしょうがない。


姫子「澪、待ってるの退屈だったら音楽でも聴く?」

澪「うん、聴きたい」

姫子「待ってて」

澪「……」


テントの中へ入って鞄からウォークマンを取り出す。

澪に合う曲は……、なんだろう。


姫子「はい」

澪「ありがとう。あ、これって高校の時に使ってたウォークマン?」

姫子「そう。わたし、物持ちがいい方だから」

澪「そうか……。大事にしてるんだな」

姫子「そういう訳じゃないけどね。適当に入れてあるから」

澪「うん」


イヤホンを耳にかけて操作している。
195 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) :2012/05/15(火) 23:06:46.99 ID:cZyQGuAxo

澪「あ……」

姫子「?」

澪「懐かしい曲だ」

姫子「……」


お気に入りの音楽が重なるのは嬉しいこと。
澪の表情がわたしを喜ばせた。


澪「can't you see? time to say goodbye.」


両脚の膝を立てて、その上に頭を乗せたまま目を瞑って聴いている。

訳は確か、

分からないかい、お別れの時間さ


焚き火の中にある炭を確認すると白く変色していた。
取り出してコンロに移して、うちわでパタパタと扇いで火のまわりを早める。

すると火の向こうから人の気配が近づいてきた。


「こんばんはー」

「お二人っすか〜」


うっとおしい。


姫子「違います。わたし達は相手に出来ませんので、他を当たってください」

「連れないね〜」

「いいじゃん、一緒にキャンプしようずぇ〜」


事務的に、相手を見ずに、興味は無いと伝える。


姫子「すいません。迷惑です」

「うっわ、きっつー」

「京都の盆地よりへこむぜ〜」


寒い。


燕「なにか用?」

寒い男「ちっ、野郎連れかよ」

アホ「なんだよ、行こうぜ」

寒い男「誰だよ、キャンプ地は出会いの場だって言ったの」

アホ「北海道まで来たのに……」


袋を持った燕さんが居た。

196 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/05/15(火) 23:08:34.85 ID:cZyQGuAxo

姫子「それは?」

燕「雛の餌。自動販売機の光に寄せられて虫が集まってくるから一網打尽だ」

姫子「……なるほど」

燕「……じゃ」


そう言って去ろうとする背中に声をかける。


姫子「雛のお礼にどうですか」

燕「要らない」


とりつく島がなかった。


〜♪


携帯電話の着信メロディが流れる。

よく知る曲の序奏だった。

燕さんの携帯電話から鳴っていた。


燕「……」


歩を止めて、ディスプレイを眺めている。


気になった。


姫子「後で持って行きますから」

燕「?」

姫子「些細なお礼ですけど」

燕「……ハァ。要らないって言っただろ」


わたしを見ずに、そう呟いた。

メロディが止まった。


気になった事を訊く。


姫子「その曲の和訳されたタイトルを知っていますか?」

燕「……?」

姫子「……」

燕「……たしか、さよならを言う時=@だったか」


それは、英語の訳。


燕「言っておくけど、気に入っているから登録した訳じゃないんだ」

姫子「?」

燕「俺の罪だ」

姫子「――ッ」


197 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/05/15(火) 23:10:48.40 ID:cZyQGuAxo


高校時代に音楽が好きになった。

音楽の持つ魅力を教えてくれた人たちがいたから、その延長でたくさんの曲を聴いた。

その時に出会った曲の一つだった。

この曲をネットの動画で見たわたしは、感動に包まれた。


壮大なオーケストラの演奏、二人の男女が織り成す美しいハーモニー。


心を鷲掴みにされた。

この曲がとても素敵だと思ったから。


二人の歌声は大きなホールを呑み込んでいた。

言葉では到底表現出来ないであろう時間を大きな拍手で応える観衆。

その場面を見ていると、わたしもその場で聞きたいという想いが強くなった。


だから、この曲を好きになった。


だから、この曲を罪の象徴と捉えている目の前の人の寂しさに胸が苦しくなった。


こみ上げてくるものを抑え切れなかった。



姫子「……っ」

燕「!」


一滴、わたしの頬を伝う。


姫子「……!」


あわててそれを拭った。

素敵な曲を共有している事が何よりも嬉しかったのに、

それを、拒絶されたことにショックを受けたのか。

それとも、燕の持つ冷たい心に哀しくなったのか。


後ろからわたしを追い越した人影が燕に襲い掛かる。

198 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/05/15(火) 23:12:06.92 ID:cZyQGuAxo

夏「アンタねえッ!!」

燕「!」


燕の胸倉を掴む夏。


夏「なにやってんのよ!」

燕「……!」

姫子「ちがっ、違うよ夏!」


後ろから夏を引き剥がす。

それでも掴みかからんとする夏の勢いを止めるのに必死だった。


夏「アンタの境遇なんて知らないけど! それを理由に他人を傷つけるなよッ!」

姫子「夏ッ!」

燕「……」

夏「独りで生きてるって顔してるのが気に入らない!」

燕「……」

夏「近い人を傷つけてるだけだっての!」

燕「……」

夏「この世で独りって顔してんなよ!」

燕「……」

姫子「……」


わたしは何も言えなかった。


冬「お待たせしました〜、ご飯にしましょう〜」


背後から届いた、冬の間延びした声。のんびりとした空気が生まれた。


冬「どう…したんですか……?」

姫子「……夏、違うからさ」

夏「……あたしはどっちでもいいから、……アンタの好きにすればいい」

燕「……」

夏「独りで生きていくのは諦めろ」


そう言って、わたしから離れていく夏。


わたしは燕を見ることができなかった。
199 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/05/15(火) 23:14:03.14 ID:cZyQGuAxo

風子「よいしょっと。さ、焼こうよ」

冬「は、はい」

澪「あ、準備できたんだ」

夏「澪さん、音楽聴いていたんですか」

澪「うん、姫子から借りたんだ。……姫子?」


後ろから声がかかる。

今までのやりとりを聞いていなかった様子だ。


姫子「女性だけなので、気まずいと思いますけど」

燕「おまけに、今日会ったばかりだな」

姫子「……旅は道連れともいうから」

燕「……」

澪「旅は道連れ、世は情け…ねぇ……。ブフッ」


澪のクールな姿勢は崩壊していた。

だけど、少しだけ気分が楽になった。


燕「……」

姫子「お好きにどうぞ」


後は燕に委ねる。

雛の話が聞きたかったけど、無理強いも出来ない。


冬「夏はこのホイルだったよね」

夏「違う、違うよ」

澪「?」

冬「ホイルの中にじゃがいもが入っているんですね、夏は皮を剥く作業に手を抜いたんですよ」

澪「……なんと」

夏「これは当たりハズレっていう遊び感覚であって」

姫子「わたしが焼こうか」

風子「ううん、私に任せていいよ」


ジュージューと野菜が焼ける音。

木が燃える独特の匂いに包まれながら、なんともいえない充実した気持ちになる。

重厚な雰囲気が、凝縮された時間がここにある。


これは受け売り。



燕「ここに座るけど、いい?」

夏「なんであたしの隣なの」

燕「いいスペースだから」

夏「……あっそ」

200 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) :2012/05/15(火) 23:15:37.12 ID:cZyQGuAxo

わたしの隣に風子。
風子が網の上で野菜を焼いている。

風子の隣には澪が座っている。
澪の目はもう覚醒していた。

澪の隣で冬が焚き火に薪をくべている。
冬の隣には夏。

夏はボンヤリと火を見つめていた。
夏の隣に燕ときて、わたしがいて、ひと回りして火を囲んでいる。



燕「キミたちは学生?」

冬「はい、旭川の大学に通っています」

燕「ふーん……」

姫子「わたしはフリーター。他は学生」

夏「他って……そんな、適当な」

澪「ホカホカだな」

冬「ツバメさんは?」

燕「……4回生だ」


と、年上だった。


夏「どこの学校?」

燕「……」

夏「そんなことどうでもいいか……」

冬「今年卒業なんですね」

燕「……いや、あと…2年もある」

風子「……」

姫子「?」

風子「姫子さん、ツバメさんに回して下さい」

姫子「うん」

燕「そのお皿からみるに、とても熟れているみたいだな」

夏「ツバメ、アンタのテントさ、雑だってよ」

燕「え……」

姫子「!」


温泉でわたしが言った事だ。


姫子「燕、質素な料理で悪いけど受け取って」

燕「う、うん。ありがと」


押し付けるように渡す。

わたしの発言だという事は隠したい。

雑だろうが何だろうが、一晩持てばいい話なので玄人ぶるのが恥ずかしい。
201 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/05/15(火) 23:18:13.42 ID:cZyQGuAxo

夏「初心者?」

燕「……うん。キャンプの経験はそんなにないな」

風子「澪さん、どうぞ」

澪「ありがと……?」


社交辞令モード。

澪はさん付けに困惑している。


燕「こうやって、知らない人と火を囲むことに抵抗無いんだ?」

夏「……無いかな」

冬「夏、初心者でしょ」

夏「そうだった」

燕「……」

風子「私と姫子さんの二人でよくキャンプをしています。
   そこで出会った女性キャンパーと話をしたりしていますよ」

姫子「うん、女性同士気が楽だから。仲良くなった人もいるよね」

風子「はい、そうですね」

燕「……へぇ」

冬「夏、ツバメさんに渡して」


冬はコップを夏に渡す。


燕「なんだか、悪いな」

夏「これくらいのことを悪いと思わなくていいから、ヒナをよろしく」

燕「あぁ、動物関連にだけはしぶといから」

風子「……」

姫子「……?」


風子の視線が燕を捉えて離さなかった。

感情の無い表情にわたしは戸惑う。
202 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/05/15(火) 23:20:22.07 ID:cZyQGuAxo

姫子「風子、どうしたの?」

風子「ううん……、なんでも。はい、冬ちゃん」

冬「ありがとうございます」

燕「キミ達、北海道生まれじゃないよな」

夏「うん、本州から移り住んでる」

澪「……」

燕「わざわざ内地から、こんなに寒い北海道に来たのか……」

風子「はい、夏ちゃん」

夏「ありがとうございまーす」

姫子「内地って?」

澪「北海道、沖縄から見て、本州をさす言葉なんだ」

風子「そうなんだ……」

姫子「沖縄に移り住んでいる友達も居るけどね」

燕「それは、面白いな」


ネタの尽きない友人たちが居る。


澪「一人は沖縄、一人は北海道。あとは……」

燕「……」

風子「はい、冬ちゃん」

冬「ありがとうございます。姫子さん、飲み物をどうぞ」

澪「あとは、……どこだろうな」

姫子「さぁ……。ありがと、冬」


澪が知らないことを聞かれても困るよ。


燕「面白いな、キミ達は……」


苦笑している。

炎に照らされた表情にわたしは少しだけ竦んだ。


風子「はい、姫子さん」


風子の声に救われる。


姫子「……ありがと」


わたしは、燕の表情に恐れを抱いた。


風子「楽しくなさそうに笑うんですね」

姫子「――!」

燕「?」


わたしが思っていた事を、風子は代弁してくれた。
203 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/05/15(火) 23:25:24.01 ID:cZyQGuAxo

燕「……?」

夏「ツバメ、アンタだよ」

燕「え、……俺?」

冬「……」

澪「……」

燕「ごめん、よく分からない」


ここまで来たのなら、突き進んでみよう。


姫子「高校時代に、楽しいから笑う。それをそのままを表現していた人がいました」

澪「……」

姫子「だから、周りのみんなも楽しくなって、楽しいからずっと一緒に居ることができて、
   みんなが繋がっていくことができたのだと思います」

風子「……」

姫子「燕とは正反対の表情で笑っていました。
   だから、楽しくなさそうに笑っている、と風子は言ったんです。
   言葉と表情がかけ離れていると、わたしもそう思いました」

燕「……」


事務的に伝える。
その方がいいと思ったから。


夏「冬ねぇとあたしは双子。あたしは、生まれる前から冬ねぇの良い所を奪ってきた」

冬「……」

夏「いつもいつも、奪ってばっかりで、なにも返せない自分が嫌で嫌でしょうがなかった」

風子「……っ」

夏「だけど、姫子さん達と一緒にいて、中途半端な距離に居るあたしは人を、
  冬ねぇを傷つけているだけだと教えられた」

姫子「……」

夏「あたしは、冬ねぇから離れて独りで生きていくことを諦めた。  
  思い切って飛び込むことにした。だから、ここにいる」


夏が燕を見ずに、火を愛おしく見つめるようにして言葉を零していく。

火の中に二人の未来を思い描いているのかもしれない。


燕「……」

夏「ツバメ、アンタもあたしとの約束を守ったのはそういうことなんじゃないの?」

燕「――ッ!」

夏「さっきの行動と、今の行動。それは中途半端な距離だよ。
  あたしとアンタはなんとなく似ていたから言ったの。諦めろって」


夏の一方的な約束を守ったことに対してわたしへの拒絶。

それが中途半端な距離。
204 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/05/15(火) 23:26:54.10 ID:cZyQGuAxo

燕「分からない。今日初めて逢った俺にそこまで踏み込んでくる理由が……」

澪「私、人見知りをするし、男の人は苦手なんですけど」

姫子「……」

澪「それはその人を知らないから怖いんだと思いました。  
  そして気付きました。
  他人を怖がっているなら、他人も私を怖がるだろうな、って」
  
姫子「……」

澪「でも、そんなことはない、怖くない、って言う自分もいて……」


燕とは違う苦笑。


澪「世界はとっても広いんだぞ、って教えてくれた人たちがいたから、
  そんなことはないって言う自分を信じていきたんです」

姫子「……」

澪「手を伸ばして触れた世界が暖かくて、心地良い世界だったから、
  これからも手をのばしていくんだと……思う」

燕「よく知らない人間ほど怖いはずだ」

澪「経験上、雰囲気で分かる」

冬「良い人か、悪い人かを判別できるんですね」

澪「うん」


言い切った。


風子「野菜を網にどんどん載せていくので、取って食べてくださいね」

夏「それじゃ、いただきまーす」

澪「いただきます」

冬「いただきます」

燕「……」

姫子「……」

澪「あ、結局、私なにもしてない」


どうでもいいことを思い出していた。

伝えるべきことは伝えたであろう。

あとは……。


燕「いただき…ます……」

姫子「……」

燕「……からいな」


確かに塩辛い。

もしかして……。


姫子「冬……、野菜になにかした?」

冬「はい。塩もみをしました」


朗らかに笑っている。
205 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) :2012/05/15(火) 23:27:56.05 ID:cZyQGuAxo

姫子「夏……」

夏「目を離した隙にやられました」


風子を見る。


風子「……」


静かに首を振る。

風子は知らなかったみたいだ。

冬が料理に実験めいたことをすることに。


冬「砂糖も入れたかったんですけど」

澪「……」


澪は黙々と食べている。


燕「……」

姫子「……」


燕は皿の上にある野菜を見つめていた。

辛いから戸惑っているのか、それとも……。


姫子「旅なんだから、気楽に行こう」

燕「……」


なにも返してくれなかった。


燕「捨てに来た筈なんだ……」

姫子「……?」

燕「煩わしいから……、逃げてきた筈なのに……」

姫子「……」


聞かないほうがいいのかもしれない。

一人、思い悩む燕を今は触れずにいよう。

206 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) :2012/05/15(火) 23:30:00.95 ID:cZyQGuAxo

姫子「明日の予定を立てようか」

夏「この辺りを周るのもいいと思いますけど」

姫子「北へ向かうのは決まってるから、
   この周辺を午前中に周って、午後から北へ。夜はその途中で泊まることにする。
   稚内に到着するのは明後日。という案はどう?」

澪「うん、明日に稚内到着は急ぎすぎる……。向かう途中にキャンプ場あるかな」

冬「朱鞠内湖キャンプ場がいいと思います。ここから約5時間ですよ」

風子「それなら、お昼ご飯を食べるのを早めにした方がよさそうだね」

夏「決定ですね。……ジャガイモ焼けたかな〜」

冬「なつ、それじゃないよ」


焚き火の中にあるホイルを突く夏に冬は目を光らせる。


風子「チーズとバターがあります。それは開いてからのお楽しみです」

澪「そうか……。それは…楽しみだ……」


言葉に風格を感じさせる。

ジャガイモのホイル焼きがそこまで楽しみなのかな。

さっき言い切ったのもおかしいと思ったけど、やはり限界なのかな。


燕「……」

夏「ほら、食べて」


黙って箸を進めていた燕のお皿に夏がホイルを乗せる。


冬「なつってば……」

夏「だいじょうぶ、だいじょうぶ」

風子「はい、澪さん」

澪「ありがとう」

姫子「チーズかバターか……」


ホイルを一つ火の中から取り出す。

開いてみるとホクホクとしたジャガイモが顔を出した。
207 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) :2012/05/15(火) 23:31:18.13 ID:cZyQGuAxo

姫子「チーズだ」

夏「当たりですね」

澪「私はバターだ」

冬「当たりですね」

燕「チーズ……」

夏「えっ!?」

冬「あれ……?」

姫子「どうしたの?」

夏「ツバメのは塩だけのはず……」

冬「……あ」

風子「私のはバターだよ」


火の中に残った一つのホイル。


冬「それ、なつのだね」

夏「……」

姫子「冬のは?」

冬「バターとチーズの大当たりでした」

姫子「そう……」


夏はハズレらしい。


初夏といっても、北国のこの時間は冷える。

だからこのホクホクのジャガイモがとても美味しく感じる。


澪「おいしい」

姫子「うん」

冬「おいふぃでふね」

風子「そうだね、アツアツなのがより美味しく感じるね」


冬と夏は半分ずつに分け合っていた。


夏「おいしいおいしい」

燕「……」

夏「そうだ、ここに向かう途中の話に戻るんですけど」

姫子「?」


車の中での話かな。


夏「あたしたちが摩周湖に行くとして――」

風子「明日、霧が晴れたら婚期が遅れちゃうね」

澪「……そうだな」


風子が夏の言葉を遮ったように聞こえた。
208 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/05/15(火) 23:32:59.02 ID:cZyQGuAxo

風子「3年も婚期が遅れたら大変だよね」

冬「そうですね〜」

燕「……」

夏「3年の間なにを育むんですか?」

風子「なにを育むと思う、姫子さん」

姫子「え、愛でしょ?」

夏「……」

澪「……」

冬「……はい」

姫子「あ――」


やられた……。

ナゾナゾの答えのように反応してしまった。


風子「……そっか」


風子の罠だった……!


い、いや、だいじょうぶ。

ここで恥ずかしがっては、余計に立場が苦しくなる。

平常心、平常心。


冬「愛ですよね」

姫子「〜ッ!」


素敵な笑顔の冬……!

ダメだ、恥ずかしい……!!


夏「言い切りましたね」

澪「すごいな、姫子は……」

風子「うん、なかなか言えないよね」


くぅ……、言わせたの風子なのに!


燕「面白いな」

姫子「……?」


燕は苦笑いしていた。


―――――


ツバメさんは苦笑いをしていた。

だけど、さっきのような表情ではなかった。


風子「……」


火に照らされた姫ちゃんの顔が輝いているように見えた。
209 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/05/15(火) 23:35:26.78 ID:cZyQGuAxo

燕「ごちそうさま」

姫子「あのさ、聞きたいことがあるんだけど……」

燕「……?」

姫子「あの雛はどれくらいで飛べるの?」

燕「二、三週間くらいかな」

夏「もうすぐじゃん。今月中には飛べるんだ」

冬「巣立ちを見てみたいな……」

風子「……」


ツバメさんの話を聞きながら沸かしたお湯が入った小さなお鍋を降ろす。
そして網を取って、コンロの中にある熾を取り出し、そのまま焚き火の中へ。


風子「よいしょ」


パキパキパキと薪が音を立てて燃え上がる。


火の粉が空へと舞っていく。

目で追っていくと、空に降り注ぐ銀色の光の雨が映し出される。


風子「綺麗……」

澪「……うん」


澪ちゃんも同じく空を眺める。

隣では姫ちゃんと夏ちゃんの質問にツバメさんが丁寧に答えているね。

冬ちゃんの声が聞こえない。


風子「冬ちゃん?」

冬「はい?」

風子「……えっと、しずかになったから」

冬「ふふ、楽しくて」

風子「……」

冬「さっきの、なつの言葉が嬉しかったので、今をじっくりと味わっていました」


私は夏ちゃんに視線を向ける。


夏「そんなに珍しいの?」

燕「あぁ、南部での繁殖は記録にあるけど、それより東にはあまり例がないんだ」

姫子「へぇ……、帯広の巣は稀だったんだ」
210 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/05/15(火) 23:36:38.97 ID:cZyQGuAxo

風子「……」

冬「ツバメさんによる燕の講義ですね」

澪「ふぁあ……」


もしかして、

夢を見ている心地で。

驚くほどあっけなく。


姫子「澪、もう眠る?」

澪「うん、もう眠る」


親子のような会話だね。


燕「それじゃ、俺も失礼するかな。ごちそうさま」

夏「ヒナをよろしく」

燕「うん。おやすみ」

姫子「……おやすみ」

風子「……」

澪「みんな、おやすみ」

姫子「ほら、歯を磨いてこよう」

澪「……そうだな」

風子「後片付けは任せてよ」

冬「はい、わたし達でやりますから」

澪「明日、頑張る」

風子「姫ちゃんも疲れたんじゃない?」

姫子「わたしも早めに寝ることにするよ」

風子「うん」


疲れは残さないほうがいいよね。

わたし達3人で後片付け。


冬「ふぅちゃんさん、このお湯はなんですか?」

風子「そのお湯を使って洗い物をするの。
   汚れも落ちるし、冷たい水で洗うより楽でしょ?」

夏「なるほどぉー」


運ぶのが大変なんだけどね、しょうがないよね。
211 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/05/15(火) 23:37:34.27 ID:cZyQGuAxo

冬「よいしょ」

夏「……しょっと」

風子「……ふぅ」


流し場へ到着。

蛇口を捻って水の温度を確認すると……。


風子「やっぱり冷たいね」

冬「蛇口を捻ってお湯が出るなんて、とっても便利なんですね」

夏「うん、こういう時に便利さを実感するよ」


さくさく作業を進める。


普段味わえない事を体験する。

それは大変な事だから貴重で、楽しめたらそれが力になるのだと、私は思う。

楽しんだもの勝ち。


それは、お祖母ちゃんの口癖だったな。


冬「つめったいですっ!」

風子「ほら、お湯に手を入れて!」

冬「……あったかい」

夏「ふ、冬ねぇっ」

冬「はいっ」

夏「あったかい……」

風子「ふふっ」


面白くて、楽しい。



風子「これで、終わりだよね」

夏「うん」

冬「は、はい」

風子「それじゃ、急いで戻ろう」


冬ちゃんが寒そうに震えている。

焚き火で温まらないといけない。


風子「先に行ってるね!」

夏「あ……」

冬「わたしもっ」

夏「ちょっ、ふゆねぇ!」


ダダダダダッと焚き火まで走ってしまった。
212 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/05/15(火) 23:38:47.82 ID:cZyQGuAxo

冬「はぁっ、はぁ」

風子「あれ……?」

燕「っ!?」

夏「なにしてんの?」

燕「びっくりした……」

風子「ほら、冬ちゃん」

冬「寒かった〜」

燕「火に薪を入れていただけ…だが…」

風子「どうしてですか?」

燕「いや……、留守番というか……」


火を守っていてくれたのかな。


冬「はぁ、あったかいです」

夏「まだ寝ないのなら、話でもする?」

燕「……寝るから、いい」

風子「……」


なにか戸惑っている印象を受ける。


冬「袖触れ合うも他生の縁、といいますよ」

燕「……」


それを察知したのかは分からないけど、冬ちゃんが縁を引き寄せる。


燕「……――。」

風子「……」

冬「え……?」

夏「?」

燕「おやすみ」


そう言って……、テントへ戻っていった。

その背中を見つめてしまう。

暗闇に溶け込んで行く後ろ姿に少し恐れを感じた。


彼が抱えているものはとてもじゃないけど私には理解できない。


夏「なんて言ったの?」

冬「聞こえなかった……」

風子「……」


――そんな縁、持たないほうがいい。


彼はそう呟いた。
213 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/05/15(火) 23:39:39.51 ID:cZyQGuAxo

澪「和訳されたタイトルってなにかな」

姫子「……?」

澪「……」

姫子「あっ! 聞いてたの!?」

澪「うん」

風子「……あ」

夏「来ましたね」

冬「それじゃ、わたし達も歯を磨きに行きましょう」

夏「行きましょう、ふぅちゃんさん」

風子「うん」


努めて私らしく、姫ちゃんに伝えなくていいものを伝えないように。


風子「それじゃ、火の番よろしくね、すぐ戻るからね」

姫子「うん……」


3人並んでその場をあとにする。



シャカシャカと歯を磨く音が響く。


風子「……」

冬「……」

夏「……」


磨き終わるまで私は重たい何かを考えていた。

214 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/05/15(火) 23:40:39.77 ID:cZyQGuAxo




――♪


ダニー『調べてきたよ』

モモ『ありがと』

ダニー『やっぱり、周りの記録が出てきたよ』

モモ『そう……』

ダニー『偶にいるんだよね、こういう人間って』

モモ『……アンが関わってるの?』

ダニー『ううん、それぞれ運んだ担当が違うからね。
    偶然が重なりすぎると、一人の死神が疑われて当然なんだけどさ』

モモ『……』

ダニー『でも、二コルがあの場所に居たって事は、アンが狙っているって事かな』

モモ『……』

ダニー『あの様子じゃちょっと危なかったなぁ』

モモ『見てくる』

ダニー『ダメだよモモ、次のリストが着ちゃったもん。
    あの子にばかり構ってられないよ』

モモ『……』


――♪


215 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/05/15(火) 23:42:26.28 ID:cZyQGuAxo

姫子「どうしたの?」

風子「ううん、なんでも。澪ちゃんは?」

姫子「今は夢の中」

夏「やっと寝れたーって感じですかね」

冬「ふぅー、あったかぁい」


火に手をかざしている冬ちゃん。

座って火を眺めると吸い込まれていきそうになる。


姫子「風子」

風子「……うん?」

姫子「どうしたの?」

風子「……なに…が?」


成り立たない会話。

わざと成り立たせなかった。


姫子「別に、いいけどさ」

風子「……」


ツバメさんの持つ雰囲気に気後れされた心を、振り払う。

時計を見るとすでに10時を回っていた。


私は話題を変える。


風子「カマキリいたよね」

夏「いましたね、久しぶりに見ましたけど、あんな形だったかなーって」

冬「前に見たのはいつだったかな……」

姫子「……」

風子「姫ちゃん、眠らないの?」

姫子「うん、少しだけ暖まっていくよ」

冬「聞かせてください」

風子「……」


姫ちゃんが、焚き火を見つめ、

夏ちゃんが星降る空を仰ぎ、

冬ちゃんが私を見つめる。

無人販売店での続きを話したかった。

腕時計を右手で包んで、時間を遡った私の心を聞いて貰う。


風子「お母さんの実家が絵に描いたような田舎でね……」


少しだけ想い出話を……。
216 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) :2012/05/15(火) 23:45:29.83 ID:cZyQGuAxo

半年に一度、年に二回だけの帰省。
車でも新幹線でも時間のかかる距離だから、
泊りがけのちょっとした旅行になる。


祖父と祖母が耕している畑があって、そこで採れる野菜がおいしかったんだよ。

物心が付いた頃には祖父と一緒に畑へ出かけては晩御飯に並ぶ野菜を採っていたの。

祖父は物静かな人で、怒ったり、笑ったりしないけど、いつも家の真ん中にいて、
広くて緑豊かな畑の中でもすぐに居場所をみつけられるくらいの、大きな存在感があったんだ。

帰りの車の中で、お母さんが言う言葉はいつも決まっていた。

風子がいるとお祖父ちゃん楽しそう。

それがなんとなく分かっていたから付いて周っていたんだと思う。
相手が嬉しいと、私も嬉しい。と、幼心ながらに感じていたんだろうね。

お祖母ちゃんとは逆で、感情というものを少ししか見せない人だった。

手の平に虫を乗せて、この虫は畑に重要な役割をもたらしてくれるんだ。と説明をしてくれた。

虫がいるから鳥が来る。鳥が来るからここは賑やかだと言っていた。

その事をお祖母ちゃんに聞いたら、おかげで虫と鳥に野菜が食われてねぇ、と言っていたけどね。


冬「クスクス」

姫子「お祖父さんのその時の反応は?」

風子「そ知らぬ顔をしていたよ」

夏「いい夫婦ですね……」

風子「……うん」


そんな環境に居たから、私は昆虫を触ることに抵抗は無かった。

従兄妹も近い年齢だから、一緒に畑や川原で遊びに出かけたりもしたよ。

半年に一度のその三日間はとても輝いていたような気がする。

子どもの頃の三日はとっても長くて、あっけないぐらい短かった。


毎年毎年、楽しい想い出が溢れていった。

お祖父ちゃんたちとお別れして、家へと向かう途中の胸の苦しさは最後まで慣れなかったな……。


冬「最…後……?」

風子「うん。毎年欠かさなかった旅行は私が中学へ上がると同時に終わってしまったの」

夏「そうですか……」

風子「話はこれでおしまい。寝ようか」

姫子「……」


217 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/05/15(火) 23:47:22.60 ID:cZyQGuAxo

パキパキパキと薪が音を立てている。

暗闇を照らす炎の灯りが少しだけ心強かった。

その火を消す。


冬ちゃんたちと別れてテントの中へ。



――――――



冬たちと別れてテントの中へ。


体が冷えないように、シュラフで身を包む。


姫子「よいしょっと」

風子「もしもし」

『はい、聞こえますよ』


風子は無線機で遊んでいた。

遊び相手は冬だ。


風子「澪ちゃんはどうですか?」

『とっても幸せそうに寝ていますよ』

姫子「……なにしてんの」

風子「無線機で遊んでいるの」

姫子「見れば分かるけど……」


まぁ、いいや。

おやすみ。


『姫ちゃんさん、寝ちゃいましたか?』

風子「うん、寝つきがいいからね。問題ないよ」

姫子「……」


起きていたら問題ありなんだろうか。


少しずつ意識が遠のいていく。

意識のスイッチが入ったり、消えたり。

218 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) :2012/05/15(火) 23:48:19.89 ID:cZyQGuAxo


風子「それでね、先月に行った服屋さんで――」


先月に行った…………服屋……?

あぁ……あの時は…………店員さんに……迷惑を……。


姫子「!」

風子「姫ちゃんは隣に私が居ると思って、店員さんにずっと話しかけていたんだよね」

姫子「風子っ」

風子「あ、起きてたんだ」


しれっと応えている風子を無視して無線機を奪い取る。


『面白いですね、姫子さん』

姫子「な、夏?」

『冬ねぇ、もう寝ましたよ』

姫子「どうでもいいけど、さっさと寝るからね」

『はーい。おやすみなさーい』

姫子「まったく……」


ブツッと途切れる。

と、同時にテント内の灯りも消える。

風子がランタンを消した。


風子「おやすみぃ」

姫子「っ!」


完全に覚醒してしまった。


姫子「……ハァ」

風子「ふぁあ……」

姫子「眠たそうだね」

風子「運転して疲れたからね」

姫子「……はいはい、そうでしょうけど」

風子「む……、大変だったんだよ? この疲れの深さを姫ちゃんに分かるわけないよ」

姫子「意味も無くムキにならないでよ」

風子「……」


訳の分からないつっかかりを軽くかわす。

219 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/05/15(火) 23:49:34.05 ID:cZyQGuAxo

姫子「…………あのさ」

風子「……?」

姫子「一度は行くの?」


話の続き。


風子「……うん。年に一度は行ってるよ」

姫子「そっか……」

風子「……」

姫子「澪がさ……」


歯磨きを終えてから聞いた言葉。


姫子「誰かに話したかった、って……」

風子「……」

姫子「風子も誰かに話したかったから、小さい頃の話をしたんでしょ?」

風子「……うん、そうだよ」

姫子「……」

風子「聞いてもらったよ」


焚き火を囲んで。

夏と冬も一緒に。

でも……。



姫子「話の続きがあるんでしょ?」

風子「……」


珍しく押し黙る風子。


風子「……」

姫子「……」


わたしは言葉を待つだけ。
220 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage]:2012/05/15(火) 23:55:49.49 ID:cZyQGuAxo


姫子「……ふぅ」


横になって天井を見つめる。


風子「おやすみ」

姫子「……」

風子「私が小学校4年生の頃に、お祖父ちゃんが他界してね」

姫子「……」

風子「……お祖母ちゃん、寂しそうだったのに」

姫子「……」

風子「私は……、この時計の時間を止めてしまったの」

姫子「……」

風子「色んなこと話したかった。それはいつか叶うと思っていた」


言葉の断片。

わたしにはそれを繋ぐことが出来なかった。


姫子「……」

風子「永遠のさよならになった」


その声には悲しさが詰まっていた。


今の風子は、気持ちの整理が出来ていないように聞こえる。

だから言葉が途切れ途切れになっているのだろう。


だから言葉に出して一つずつ確かめているのだろう。



風子「姫ちゃん」

姫子「ん?」

風子「ありがとう」

姫子「うん」

風子「おやすみ」

姫子「おやすみ」



とても長かった一日が終わる。


この旅の中で、たくさんのものに出会いたいと、密かに願いながら、

まどろみの中へ沈んでいった。



三日目終了

221 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/05/15(火) 23:59:56.58 ID:cZyQGuAxo
本土復帰40周年に間に合いましたね。(意味不)

それでは、また!
222 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/05/17(木) 21:16:24.57 ID:5IhuTtKoo
やべ、また読者を置いてけぼりにしてるかな……。

焦って投稿した結果がこれだよ
大事な場面なのに(溜息)
>>220 失敗です
223 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/05/17(木) 21:17:28.34 ID:5IhuTtKoo

姫子「話の続きがあるんでしょ?」

風子「……」


珍しく押し黙る風子。


風子「……」

姫子「……」


わたしは言葉を待つだけ。


姫子「……」

風子「私が小学校4年生の頃に、お祖父ちゃんが他界してね」

姫子「……」

風子「……お祖母ちゃん、寂しそうだったのに」

姫子「……」

風子「私は……、この時計の時間を止めてしまったの」

姫子「……」

風子「色んなこと話したかった。それはいつか叶うと思っていた」


言葉の断片。

わたしにはそれを繋ぐことが出来なかった。


姫子「……」

風子「永遠のさよならになった」


その声には悲しさが詰まっていた。


今の風子は、気持ちの整理が出来ていないように聞こえる。

だから、言葉が途切れ途切れになっているのだろう。


だから、言葉に出して一つずつ確かめているのだろう。



風子「姫ちゃん」

姫子「ん?」

風子「ありがとう」

姫子「うん」

風子「おやすみ」

姫子「おやすみ」



とても長かった一日が終わる。


この旅の中で、たくさんのものに出会いたいと、密かに願いながら、

まどろみの中へ沈んでいった。



三日目終了
224 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/05/18(金) 17:39:18.69 ID:SvXa0+COo





モモ『……』

ダニー『今日と明日の狭間』

モモ『……』

ダニー『昨日と今日の透間』

モモ『……どうしたの?』

ダニー『いやいや、ボクが気取っているみたいな空気にしないでよ』

モモ『そうじゃないの?』

ダニー『いやいや、いつもモモが言ってた言葉だからね』

モモ『……だいぶ晴れたみたい』

ダニー『死の匂いが? って、急に話題を変えないでよ!』

モモ『うん。だから、しばらくは平気かな』

ダニー『あくまでスルー……。
    まったく、仕え魔のボクをなんだと思ってるのさ。
    言うことも聞かないで、またここに来て……』

モモ『怒らないで、行くよ』

ダニー『もぉ〜、しょうがないなぁ』

モモ『人は変われるよね』

ダニー『そういう人間を見てきたからね』

モモ『うん、大丈夫』

ダニー『本当に死神らしくないね、モモは』

モモ『……そうだね』

ダニー『別にいいんだけどさ〜』




225 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/05/19(土) 23:26:06.95 ID:orfFVqjIo

四日目



夢を見た。

真っ白い少女と、その横をパタパタと飛ぶ黒猫の夢を。




話し声が聞こえる。


目を開くとテントの天井が目に入った。


すぐにここが北海道の和琴半島だと認識する。

北の大地でキャンプをしているという事実。


トクン、と胸が跳ねたような気がした。


顔を横に向けると、風子の寝顔が目に入る。


風子「すぅー……」

姫子「……」


珍しい。


わたしが風子より先に起きることは今までになかった。

それは、今までされた悪戯を返すチャンスということにも繋がる。


そう思ったら寝ていられなかった。


姫子「……よいしょ」


テントから外へ出る。

226 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/05/19(土) 23:27:56.88 ID:orfFVqjIo


夏「あ、おはよーです」

姫子「おは……」

燕「おはよう」


しまった。

寝起きのまま出てきてしまった。

あわてて自分の頭を押さえる。


夏「……うん。寝癖がね」

姫子「……っ」

燕「……」


燕はチラッとこっちをみただけで、背を向けたままなにかをしていた。


雛「ぴぃぴぃ」

夏「それにしてもたくさん食べるな」

燕「食べることが生き抜くことに繋がっている。本能だな」

夏「ふーん」


雛に餌をあげているらしい。ここからは確認できないけど。


それより、風子に復讐をしたい。


姫子「どうしようかな……」

夏「なにがです?」

姫子「今までさ、風子に悪戯されて起こされてきたんだよね」

夏「……」

姫子「氷握らされたり、リボンを結われたり…大きいサイズね。あとは……」

夏「仕返しをしたい……と」

姫子「やられっぱなしだから」

夏「……頑張ってください」

姫子「なにか、案とか無い?」

夏「……いえ」


乗ってくると思ったんだけどな。


燕「他にはなにをされたの?」

姫子「……?」


背中越しに声が届いた。
興味が沸いたのかな。

227 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/05/19(土) 23:29:29.77 ID:orfFVqjIo

姫子「掌に、ごめんね、と文字を書かれたり……」

夏「謝るなら書くなよって流れかな」

燕「……」

雛「ぴぃぴぃ」

姫子「……寝てはダメだよ、って起こされたり」

夏「寝ている人に……」

燕「……そうか」


今までこんな話を他人にすると、

え、あの大人しそうな子が……。

と驚かれるんだけどな。
社交辞令モードとのギャップの差が大きいから余計に。


それより、どうしようかな。

よし、炭で落書きをしよう。

夏か燕が焚いた火に近寄り炭を探す。

ついでに燕の手の中にいる雛を確認する。


雛「ぴぃ」

燕「……」

夏「どうしたんですか?」

姫子「なんでもない」


見つけた。


屈んで、燃え尽きた炭を人差し指でなぞる。


夏「その燃え尽きた炭でなにを?」

姫子「……顔にらくがきをする」

夏「白い炭が付いてしまいますね」

姫子「……」


説明口調っぽい夏に少し違和感を感じる。

なんだろう。


まぁ、いいや。

テントの中に入り、まだ寝ている風子に静かに近づく。


風子「……すぅ」


そぉーっと、人差し指を伸ばす。
228 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/05/19(土) 23:31:15.81 ID:orfFVqjIo

風子「最後のはしてないよ」

姫子「うわっ!」


パチッと目を開いた風子。一種のホラーのようだ。


風子「過去を改竄してはいけないよね」

姫子「……」


驚いたわたしの心臓はドクドクと脈打つ。

起きてた……!


風子「あ、姫ちゃんの右頬に髪の毛がついてる……」

姫子「え……?」

風子「取るね」

姫子「いや、いい――」


風子の口元が緩んだのを見て気が付く。が、遅かった。

わたしの右手人差し指は頬に触れていた。

見えないけど、炭が付いた。

手で払ったら広がりそうだから、鏡で確認して拭かなければいけない。
我ながら面倒なことをしてしまった……。


姫子「早くに起きてたんだ」

風子「うん」

姫子「夏と打ち合わせしてたんだ……」

風子「うん。そうだよ」


くぅ……。また手の平で踊らされた……!


夏の説明口調で気付けた筈なのに。

負けた。


姫子「……」
229 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/05/19(土) 23:32:28.65 ID:orfFVqjIo

テントからもう一度出る。

わたし達のテントを横切ろうとした澪がいた。


澪「おはよう」

風子「おはよう、よく眠れた?」

澪「うん。ぐっすり……と。……頬に白いの付いてる」

姫子「うん、知ってる。おはよう」

澪「おは…よう……?」

夏「やりましたね」

風子「うん。バッチリ」


二人の間に余計な信頼関係が芽生えていた。


冬「おはようございま〜……姫ちゃんさん」

姫子「うん、顔洗ってくる」


昇る太陽を確認して、洗面所へ向かう。



誰も付いてこないってことは、みんな起床してからの準備を済ませているということ。

最後まで寝ていたのはわたしだけだった。


洗面所へたどり着く。
他に利用者がいないうちに済ませよう。


姫子「……っ」


ジャブジャブと顔を洗う。
冷たい水の温度がわたしの意識をはっきりとさせてくれる。

清々しい気持ちだ。
さっきまではどことなく、納得のいかない気持ちだった。
風子に遊ばれたせいで。


浮かれているのだろうか。
230 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/05/19(土) 23:33:24.52 ID:orfFVqjIo

焚き火へ戻ると甘い匂いが漂っていた。


姫子「?」

冬「どうぞ、座ってください」


黒くてトローリとしたものが鍋の中に入っている。
冬が楽しそうにかきまぜていた。


夏「チョコフォンデュですよ」

姫子「……チョコレートなんて買った?」

風子「チョコはツバメさんからいただきました」

澪「最初はミルクを温めていただけ、だったんだけどな」


なるほど。
そこへ冬がチョコレートを投入したのか。


姫子「……チョコ、ありがと」

燕「昨日のお礼だから気にしないでくれ。……一応、非常食として渡したんだけどな」

雛「ぴぃぴぃ」

夏「さっそく使ったけどね」


よくみると、切られた果物がいくつか並んであった。
さくらんぼ、みかん……なつみかんかな。
パイン、バナナ、いちご。
どこからこれだけの量を……。


姫子「これは、どこから?」

風子「昨日食材を切っているときにおしゃべりしたお姉さん方がいて、
   その方達からいただきました」


今さら社交辞令モードになっても意味がないと思ったけど、それは置いておくとして。


姫子「そっか……」


風子は風子で旅の出会いがあったということ。

わたしにも出会いがあった。

今日も見知らぬ誰かに会えるのだろうか。

軽く言葉を交わすだけでもいい。

船の上でそうしたように、コンビニでいつもとは違った店員とのやりとりのように。

旅は人生の縮図とはよく言ったものだ。
231 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/05/19(土) 23:34:45.95 ID:orfFVqjIo

そんなことを冬の作業をみつめながら巡らせていた。

鍋を網の上から降ろし、適度に切られた果物をチョコレートで包んでいく。


姫子「……わたしが起きる前に朝食の準備は終わったんだ」

冬「はい、澪さんと一緒にフルーツを切りました」

澪「昨日はなにもできなかったから」


みんなが動いている間、わたし一人が寝ていたんだ……。

よくない傾向だと思う。みんなに甘えすぎかもしれない。


夏「はい、澪さん」

澪「ありがとう」


夏が澪に朝食を渡す。

甘そうだ。


燕「さて、と……」

スッと立ち上がった。
いつの間にか燕の手の中にいた雛は箱の中に納まっている。

箱の中から声がしないのは、お腹が膨れて満足だからなのかな。


夏「せっかくだから、食べていけば?」

燕「……」


熟思黙想。
だっけ、十分に考えて、考えを巡らせることの四字熟語。

232 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/05/19(土) 23:36:04.16 ID:orfFVqjIo

姫子「朝ごはん用意してるの?」

燕「いや、飴玉やチョコレートで済ますつもりだ」


必要最小限の食事なのかな。
果物にチョコがかかっているのに抵抗があるのかもしれない。


姫子「冬、パンも買ってたよね」

冬「はーい」


わたしの意図を察知したのか、パンを取り出す。


燕「おせっかいだね、キミは」

姫子「……」

夏「……」


そうかな、と火を見つめながら思う。
たしかに、昨日の夜に燕に掴みかかった事はわたしもびっくりしたけど、
夏はおせっかいという性格でもないような……。


姫子「……」

燕「……」

夏「いや、姫子さんのことですよ」

姫子「……え?」

風子「あ、冬ちゃん……」

冬「なんでしょう?」

澪「パンにもチョコがデコレートされたな」

燕「いや、気を遣わなくてもいいよ。それ、くれるかな」

冬「あ、はい。どうぞ……」

風子「どうぞ、姫子さん」

姫子「う、うん。ありがと」


準備が整って、


夏「いただきまーす」


夏の合図でわたし達も食べ始める。


カカオの香りとかすかな苦み。
それと同時に甘くとろけていく食感。
噛み締めるといちごの酸味が口の中で広がった。
233 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/05/19(土) 23:37:33.08 ID:orfFVqjIo

――…


朝食の片付けも終わり、テントもたたんで車に乗せた。

周りのテントの方々を見ると、まだゆっくりとしている。


夏「あれ、アンタ、片づけないの?」

燕「どうしてだ?」

姫子「……」


わたし達が撤収作業をしている間、燕はどこかへ行っていた。

テントはそのまま建てられている。



夏「さっき、ふぅ……子さんとこの辺りの名所の話をしていたでしょ?」

燕「うん……、そうだけど」

夏「……あ、いや、なんでもない」

燕「???」

姫子「……」


わたしが起きる前の話かな。


燕「うん?」

夏「なんでもないって」

冬「一緒に周ると思ってたんだ」

夏「ちがっ」

風子「これからの予定を話していただけだよ」

姫子「……ふぅん」

澪「準備できたよ」

冬「行きましょうか」


それぞれ荷物を持って、駐車場へ歩き出す。

わたしはバイクを押して。

同じく、燕も。


向こうから三人組が歩いてくる。

すれ違う。


「おはようございます」

風子「おはようございます」


あれ、知り合いなんだ。

ぐったりしていて妙な格好をした女性。
その人を心配そうにしている男性。
風子と話をしている女性の三人組。
234 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/05/19(土) 23:38:48.13 ID:orfFVqjIo

「うぅ、呑みすぎた……」

「どうしてそこまで飲むんですか」

「眩しいのきらい〜、肩貸して恭介〜」

「ちょっと成美! あ……そ、それでは…」

風子「は、はい。さようなら……」

夏「本物の吸血鬼ですね」

澪「……そうだな」

冬「大変そうですね、京香さん」

風子「うん……。でも、楽しそうだよね」

冬「そうですね〜」

澪「えっと、誰かな?」

姫子「朝のフルーツの人たちだと思う……」

澪「そうか、お礼を言えばよかったな」

姫子「うん、そうだね」

燕「……」


袖触れ合うも他生の縁、か……。


風子「京香さんは探偵事務所を守っているそうですよ」

姫子「ふーん……」


もしかして、調査かな。


姫子「調査に来たのかな」

風子「キャンプをしに来たそうです」

姫子「あ、そう……」

燕「それじゃ、元気で」


駐車場に辿り着いた。


そうか、わたしも夏と同じ気持ちになっていた。


燕とわたし達は雛を通して繋がっていたから、ここでお別れだという事実が薄れていた。


冬「気をつけてください」

燕「あぁ……」

夏「転ばないように」

燕「……うん」

澪「えっと、お元気で」

燕「うん」

風子「良い旅を」

燕「……」


一時、躊躇う。
235 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/05/19(土) 23:40:01.70 ID:orfFVqjIo

燕「分からないな、俺の旅なんて」

夏「それがアンタの旅なんでしょ」

燕「……考えてみる」

姫子「……雛の事、よろしく」

燕「任せてくれ」


バイクに跨って、ヘルメットを被る燕。


燕「あ……」


ヘルメットを外し、


燕「久しぶりに楽しめた……のかもしれない」

冬「そうですか、よかったです」

燕「さよなら」

夏「じゃあね」

澪「さようなら」

姫子「さよう…なら……」

風子「バイバイ」


ドルルルン


ドルルルルルルル


テントをそのままにしているってことは、雛の餌でも取りに行ったのだろう。


燕はそのまま走り去って行く。

最後の最後まで笑うことは無かった。


わたしには彼の抱えているものが分からなかった――



―――――



私には彼の抱えているものが分からない。

けど、姫ちゃんのおせっかいで、少しだけ抱えているものを降ろせたようにみえた。


姫子「風子」

風子「うん?」

姫子「なんで、バイバイなの?」

風子「えっと……」


なんとなく。

予感。
236 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/05/19(土) 23:40:44.23 ID:orfFVqjIo

澪「グッド・バイ」

姫子「!」

澪「さよならを言う時、なのにな」

姫子「それを言わなくていいって!」

風子「なんの話?」

姫子「い、いや、なんでもないよ」

澪「別に、からかっている訳じゃ……」

姫子「わ、分かっているけど、恥ずかしいからさ」


あたふたしている。面白い。


風子「グッド・バイ…か……。
   どういう意味だろう」

姫子「……」


あ、からかってはいけない事みたい。

やめよう。

でも、裏付けになったね。



冬「さぁ、わたし達も行きましょう」

風子「うん、行こう」


昨日は移動に時間を掛けてしまった。

今日は、たくさん周っていきたいな。

先ず最初は温泉へ。朝風呂っていいよね。


時刻は7時。

さぁ、新たな旅を始めよう!


237 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/05/19(土) 23:42:44.43 ID:orfFVqjIo


――― コタン ―――



和琴半島からそんなに離れていない温泉へ到着。

車を降りながら考えてしまう。

ここは混浴なので、うーん……。


冬「どうしたんですか?」

風子「水着に着替えるべきかなぁ」

冬「あ、そうですね」

澪「……」

夏「朝から温泉に入るなんて贅沢〜♪」

澪「夏は、嬉しそうだな……」

夏「さっぱりとしたいだけなんですけど〜♪」

澪「……うーん」

姫子「ねぇ、女王蜂って知ってる?」


突然どうしたのかな。

昨日の夜、昆虫の話をしたからその話の続きかな?


冬「知ってますよ、蜂の巣の女王様ですね」

姫子「昆虫じゃなくて、えっと……北海道をバイクでツーリングする人の事を指す言葉が、
   ミツバチ族と呼ばれているんだけど」

澪「どうしてミツバチ?」

風子「蜂の羽音とバイクの排気音が似ている事からだよ」

澪「ふむふむ」

姫子「そう、その女王となる人を女王蜂って言うらしい」

夏「……それがどうしたんですか?」


温泉へ向かいながら姫ちゃんの話に耳を傾ける私たち。


姫子「今年も女王蜂が来ているって……、小耳に挟んだからさ」

風子「ふーん。アイヌ民族資料館の裏に露天風呂があるそうだよ」

夏「さっさと入っちゃいましょう」

澪「男の人がいませんように、男の人がいませんように――」

姫子「うん、どうでもいい情報なんだけどさ」

冬「今年もってことは、毎年来ているという事……。貫禄のある人なんでしょうか」

姫子「そうだね。……正直、その人についてはどうでもいいって部分はあるんだけど、
   こういう話が流れているってことは面白いと思った」

冬「そうですね」


姫ちゃんの話を笑顔で返している冬ちゃんはいい子です。
238 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/05/19(土) 23:44:02.54 ID:orfFVqjIo

脱衣所は男女別に分けられている。

人気が無いので安心。


夏「まだ誰もいませんでしたよー」

澪「そ、そうか。良かった」


偵察に行っていた夏ちゃんの言葉で安堵の胸をなでおろしたみたい。

今のうちだね。


みんなで外の空気に触れる。

肌寒いので急ぎ足で温泉へ向かうことになる。


風子「わぁ……」

冬「太陽に反射してキラキラしてますね」


湯気が沸き立つ温泉の向こうに屈斜路湖が広がっている。

大きい岩が温泉の真ん中にあって、男女を隔てているけど……意味が無いよね。


冬「冬には白鳥を眺めながら温泉につかれるそうです」

姫子「へぇ……、いいね」

風子「……」


白鳥の湖。


澪「……ふぅ、少し熱めなんだな」

夏「本当だ……、熱いかも」

風子「湖で体を冷やしてくる人もいるみたいだよ」

夏「のぼせそうになったらそうします」

姫子「静かでいいね……」


長い時間のんびりしていたら疲れそうなので早めに上がらないといけないのが残念。


「お邪魔するね」

風子「……」

澪「……!」


いつの間にか背後に人が立っていたので、内心驚いた。

澪ちゃんが起こした波が広がっていく。


夏「スタイルいいなぁ」

冬「夏ってば……」

「うん? ありがと」


……いいなぁ。
239 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/05/19(土) 23:44:49.78 ID:orfFVqjIo

「あなたたちは同グループ?」

姫子「はい、そうです」

「そうなんだ……。そういうのもいいよね」

風子「……」


意味有り気な言葉に引っかかるものを感じる。

タオルを一枚も巻いていないことに貫禄を感じるね。

スタイルいいなぁ!


「……」

姫子「…?」

風子「……??」

澪「………???」


私たちの顔を見比べている。どうしたのかな。


「あなたがバイク乗りね?」

姫子「え、は、はい」

風子「?」

「どこまで行くの?」

姫子「えっと、行ける所まで、です」

「……ふふ」

姫子「?」

冬「どうしたんですか?」


姫ちゃんの答えにどう思ったのか、笑みで返したスタイルのいい女性。


「ちょっと、思い出し笑いしたの、ごめんね」

姫子「いえ……」

風子「……」

夏「ふぅー、やっぱり熱いな、この湯は」

澪「そうだな、少し冷まそう」


二人は湯から腰を上げて、石の上に座って体を冷まさせている。


風子「あなたは、どこまで行くのですか?」

「…そうね、適当なところまで行ってそれから適当に寝るの、どこに行くかも考えずにね…」

姫子「……」

冬「バイクで来ているんですか?」

「そうよ……。結構走ってきたかな」



だから、姫ちゃんと同じ雰囲気を持っているのかな。

バイク乗りの雰囲気。
240 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/05/19(土) 23:46:25.07 ID:orfFVqjIo

姫子「旅に慣れているみたいですね」

「うん、まぁね」


姫ちゃんの口癖まで似ている。


夏「冬ねぇ、大丈夫?」

姫子「本当だ、顔が真っ赤だよ」

冬「はい……」

風子「そろそろ出ようか」

澪「ま、待って……」

夏「あたしたち、もう一度温まっていきますから」

風子「うん」

「んー……気持ちいいなー」


体を伸ばしている。

視線に困るよ。
いいなぁ……。


脱衣所にて水滴を拭く。


姫子「あ、近くに販売機あったよね」

風子「澪ちゃんの為に、フルーツ牛乳でも買ってこようかな」

冬「……」

姫子「冬、大丈夫?」

風子「水分補給だね、急いで買ってくる!」


急いで服を着て、私は脱衣所をあとにして駆け出す!

けど、私も少し体がだるいので、歩き直す。


風子「ゆっくりしすぎたかな……」


あ、あった。自動販売機。


風子「えーっと」


冬ちゃんにはスポーツ飲料水がいいよね。


ピッ

ガコン


風子「姫ちゃんにはお汁粉……」


やめておこう。

241 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage]:2012/05/19(土) 23:47:42.11 ID:orfFVqjIo

冷えた缶を持って脱衣所に戻ってくると、スタイルのいいお姉さんも上がっていた。

余分に買ってて良かった。


風子「はい、飲んで!」

冬「あ、ありがとうございます」

姫子「少しぼんやりとしていただけ、大丈夫みたいよ」

風子「そうなんだ……」


よかった。


澪「ふ、風子……、それは……」

風子「フルーツ牛乳だよ、どうぞ」

澪「お、おぉ……」

「?」


お姉さんが不思議な顔をしている。


姫子「じゃ、澪に音頭をとってもらおうかな」

澪「みんな、持った?」

姫子「あ、乗り気なんだ」

夏「冬ねぇとあたしは半分ずつね」

冬「うん、ありがとう」


あぁ、癒されるやりとり。


風子「お姉さんもどうぞ」

「遠慮しとく。……せっかくなのにごめんね」


断れて、私の差し出したフルーツ牛乳が行き場を失う。


姫子「名所を教えてもらったお礼ってことで」

「……そう。ありがと」


受け取ってくれた。

242 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/05/19(土) 23:48:42.02 ID:orfFVqjIo

澪「では、腰に手を当てて――」

「そういう歳でもないんだけどな」

夏「旅の恥は――」

姫子「旅の恥は掻き捨てってことで」

「若いっていいね」

夏「……」

澪「いただきます!」

冬夏「「 いただきます! 」」

姫子「いただきます」

風子「いただきまーす」

「いただきます」


ゴクゴクゴク、並んでフルーツ牛乳を飲む私たち。


私は姫ちゃんをつつく。


姫子「……」


スッと距離を取って避けられた。残念。



澪「これだな」

冬「はぁ、おいしいです」

夏「ゴクゴク」

姫子「みんなで飲むからおいしいのかな」

風子「そうかもしれないね」

「……ふう、ごちそうさま」


お姉さんも満足したみたい。


「それじゃ、元気でね」

姫子「はい、それでは」


そのまま歩いていってしまった。

ミステリアスな雰囲気を醸し出していた女性。


夏「彼女、千歳さんって名前なんですよ」

姫子「自己紹介したんだ」

澪「うん。苗字かと思ってびっくりしたよ」


澪ちゃんが含み笑いをしている。
243 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/05/19(土) 23:50:08.88 ID:orfFVqjIo

冬「ゴクゴク」

夏「摩周湖と神の子池、どっちから行きますか?」

風子「神の子池?」

姫子「そう、千歳さんから教えてもらった名所」

風子「神の…子……」


行ってみたい。


澪「それじゃ、多数決で決めようか」

冬「そうですね」

夏「あ、でも、時間経つと観光客が増えそうですね、摩周湖」

姫子「……たしかに、そうなりそうだね」

風子「摩周湖から行こう」

澪「そうしよう」


人ごみは避けたいよね。



車に到着して、姫ちゃんに確認する。


風子「第一摩周湖だよ、間違えないでね」

姫子「あれ、第三展望台じゃなかったっけ?」

風子「そうそう、第三だよね」

姫子「……」


疑われている。間違えただけなのに。

気を取り直して、私たちは摩周湖へ。
244 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/05/20(日) 07:56:41.29 ID:aeoKvsS6o
乙です

去年、仕事でだけど弟子屈行ってちょこっと観光したから
その時の風景を思い出しながらみてるよww
245 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/05/24(木) 21:57:25.60 ID:8oo2UOh+o


――― 摩周第三展望台 ―――



到着。



夏「コタンからそんなに離れていないんですねー」

風子「名所がたくさんあるね、北海道」

澪「いいな、北の大地は……」

冬「姫ちゃんさん遅れてますね」

風子「もしかして、第一の方に行ったのかな」


私は無線機を車から取り出す。
念のために連絡しておこう。


澪「どうして?」

風子「コタンの駐車場でね、摩周第一展望台に来て、と間違えて念を押してしまったの」

夏「うーん、まさかとは思いますけど」

冬「ちょっとお借りしますね」


無線機を冬ちゃんに譲る。


冬「もしもし、もしもし?」

風子「……」


携帯電話はなるべく使わないようにしているんだけど、こっちにかけてみようかな。


夏「電話は使わないはずでは?」

風子「うん……そうだね、もう少し待ってみよう」


不便さを楽しめるようにしたいよね。

246 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/05/24(木) 21:58:37.41 ID:8oo2UOh+o


冬「おしゃべりでもして待っていましょう」

風子「うん。……北海道の景色って本当に外国みたいだよね」

夏「たとえば?」

風子「建物の屋根が鉄板とか、ね」

夏「いいところに目がつきますね!」

澪「て、鉄板な、うん」

夏「トタン屋根といいますけど、それは雪の重さに考慮された素材なんですよ」

風子「そうなんだぁ、面白いね」


地域によって大きく変わる文化。

同じ国で違う文化。とっても面白い。


澪「あ、来たよ」

風子「……」


心配しすぎたみたいだね、よかった。

見慣れたバイクが私たちに向かってくる。


ドルルルン


姫子「おまたせ」

風子「今何時だと思ってるの?」


少し声のトーンを下げてみる。


姫子「8時でしょ。よいしょ」

風子「……」


バイクから降りて一息ついている。
うーん、軽くかわされてしまった。

247 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/05/24(木) 22:34:48.59 ID:8oo2UOh+o

姫子「行こうか。観光バスも増えてきたよ」

風子「あ、本当だ」

夏「行きましょ、行きましょ」

冬「……」

澪「どうした、冬?」

冬「あ、いえ……。少しだけ胸がギュって締め付けられました」


笑顔で応える冬ちゃん。
私もあの記事を読んだから少しだけ切ない。

その内容は、記者とモデルの二人が旅立つ奇跡のような時間。

二人の旅は、別々の道を歩むことで終わりを迎える。
その結末に私の胸も締め付けられた。

二人で過ごした温かい時間が、別れを一層辛くしたのだと思う。
吹き荒んだ風に怯えるように、挫けそうな心へと変えていったのだと思う。

だけど、記者は別れを受け入れ、新たに歩き出している。
未来へと続く道を信じて歩いている。


寂しさは琥珀となり 密やかに輝きだす


その二人が見ていた景色がすぐそこにある。

階段を上がっていくと、両端に花の咲いた上り坂になっている。

右手を見れば、摩周湖が見えるんだけど、
私は顔をそっちへ向けないようにして展望台へ進んでいく。


澪「冬と風子はどうして見ないんだ?」

冬「どうせだから、展望台で見たいと思いまして」

風子「そうそう、今はまだお預け」

夏「あ、なんだか損したような気分」

姫子「はたから見たら変だよ二人とも」


どう見られようと構いません。

248 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/05/24(木) 22:41:41.24 ID:8oo2UOh+o

いよいよご対面です。

私はしずかに顔を上げていく。


風子「すごい……!」

冬「うわ……!」

澪「「綺麗だ……」

夏「空の蒼とは違う濃さだ……」

姫子「吸い込まれそうな、静かな迫力があるね……」


雑誌の写真や観光ガイドでは何度も見ていたけれど、実際にこの目でみると全然違うんだね。

神秘の湖……。


風子「あの湖の真ん中に浮いている島があるよね」

姫子「行けるのかな」

澪「行けるのなら、行ってみたいな」

冬「あの島でキャンプをしてみたいですね」

夏「……」


来て良かったな。

目の前に広がる世界。景色全体が美しく見渡せる。


夏「……晴れたね」

澪「……晴れたか」

風子「……晴れちゃったね」

冬「大丈夫、育めば――」

姫子「……っ」

冬「ふぐぐ」


姫ちゃんが冬ちゃんの口を押さえていた。


風子「世界一の透明度を競うほど綺麗なんだって」

夏「ここからだと、その透明度って分かりませんね」

風子「そうだね〜」

姫子「この湖は流れ込む川もなければ、流れ出る川もないんだって。
   それなのに、水位は常に一定に保たれているらしいよ」

澪「不思議な湖なんだな」

冬「……」

風子「……」


私の寂しさも琥珀になっているのかな。

輝きを持つことができるのかな。


次の神の子池へ行く前に、
私たちはしばらくこの美しい風景を眺めることにした。

249 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/05/25(金) 20:44:52.42 ID:yPzQCM/co


――― 神の子池 ―――



案内板を見つけて、未舗装の道を進んでいく。


入り口には大きな看板があって、
神の子池の水が摩周湖から湧き出していることや湧水量などが書かれている。


夏「へぇ、摩周湖の水なんだ」

冬「それは綺麗なんだろうね」

風子「……すごい」


摩周湖の水位が変わらないのは、神の子池に理由がある。
摩周湖の地下を通り、伏流水として一日12,000トンもの量が湧き出していると記されている。

自然の不思議な魅力に惹かれてしまった。


風子「仕組みは分かっても、想像が追いつかない……」

姫子「……うん、一日にそれだけの水が沸いているなんてね」

冬「行きましょう」


期待溢れる表情の冬ちゃん。

摩周湖の世界一を競う水がここと繋がっているのなら、
その透明度がこの目で確認できるんだね。

先に進んでいくと、


姫子「あ、あれかな――!」

澪「――!」

風子「――!」


あまりにも澄んだ水、そして静けさに包まれたこの池に、私も絶句した。


夏「この透明度……!」

冬「すごい……!」


私も、すごい、という言葉以上の表現方法が分からない。
それほどの美しさがそこにはあった。

きれい……。

250 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/05/25(金) 20:46:36.00 ID:yPzQCM/co

姫子「水深5メートルもあるんだって……」

風子「光の屈折なのかな、浅くみえるね」

澪「はぁー……」

冬「うっとりしますね」

夏「言葉にできないよ」

姫子「蒼く光ってるね、神秘的……」

風子「うん……」

澪「素敵だ……」


しばし、時間を忘れてこの雰囲気に呑まれる。


風子「……」

冬「アイヌの先住民がこの不思議な池を、神様の贈り物として神の子池と示したそうです」

夏「へぇ……、なるほどねぇ」


神様の贈り物かぁ……。
最初にこの池を見つけた人は、とても驚いたことでしょう。


風子「……驚かずにはいられないね」

姫子「うん」


通路の方向から人の気配を感じる。
観光客だね。


「oh! fantastic!」


外国人さんだ。

日本の美しい場所を外国の美しい人が感銘を受けている場面。


「さすがね、ここも聖域として力が溢れてるわ」


池を見つめながら一人頷いていた。
日本語がとても上手。


風子「……」


ブロンドヘアの整った顔立ち。
そして、流暢な日本語。
とても魅力的な人です。

私の視線に気付いたみたい。


「ハロー」

澪「Hello」


澪ちゃんがインターナショナルになった。
251 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/05/25(金) 21:02:45.08 ID:yPzQCM/co

澪「Where are you from?」

「アメリカよ」

澪「Which part of the States?」

「アイオワ州ね」


日本人が英語で訊ねてアメリカ人が日本語で返している。

摩訶不思議な光景。

どうして出身州を聞いたのかな。


「やぁねぇ、この看板」

風子「?」


神の子池と記された看板を見て呆れた声で、呆れた顔で看板をコンコンと突く外国人さん。

サングラスを頭に乗せ、ロングヘアーを後ろで結っていて、頭を動かす度に揺れてなんだか可愛い。
年は16くらいでアーミーパンツと、半袖の白いTシャツを巧く着こなしている。

どうして呆れているのかな。


風子「どうして……?」

「だって、この池を見ればここが神の子池だって分かりきってるじゃない」

姫子「……」

冬「うんうん」

夏「そういえば、一枚の看板が自然を観光地に変えてしまうって記事があったような……」

「いいとこに気が付いたわね」


嬉しそうな彼女が目を光らせる。
この子が言っていることも分かるかもしれない。


「自然の景観が良いとされる観光地の多くは、最初は知る人ぞ知る場所であることが多いのよ」

風子「そして、時間が経つにつれ人が訪れるようになり、有名になって看板が立つそうですね」

「そうそう、名所から観光地へ変わってしまうのよねぇ」

姫子「一枚の看板が観光地になる……。複雑な話だね」


有名にならなければ、私たちはここへ来られなかったかもしれない。


夏「あたし達は人づてにここを知ったから、看板が無くても来られたけどね」

姫子「そういうことになるね」

澪「そうだな」

風子「……」


そっか。

今日の朝にこの場所があることを知った。

それは看板が無くても同じことだったということ、だよね。

良い出会いがまた一つ。

252 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/05/25(金) 21:05:12.78 ID:yPzQCM/co


冬「あれ……」

「あ……」


冬ちゃんと外国人さんの二人が同時に一つの方向を向く。


風子「どうしたの?」

冬「……聞こえました?」

姫子「え?」

澪「風の囁きのことだな、うん。とても聞き心地がいいな」


話題を逸らそうとしている澪ちゃん。


風子「なにが聞こえたの?」

冬「鈴の音です」

澪「鈴?」

夏「鳴ったかなー?」

風子「……」


聞こえなかった。

腕時計を確認してみたけど、ちゃんと動いている。
あの音じゃないみたい。


「わたしも聞こえたわ。こっちね」

冬「そうです」

姫子「ちょっと、冬」


冬ちゃんはその外国人さんについていく。


風子「気になる」

姫子「ちょっと、風子まで」


私も冬ちゃんの後を追う。


10mほど進んでいくと、外国人さんがしゃがみ込んで、その横で冬ちゃんもしゃがんだ。
何かを拾ったみたい。

なにかな。


「こんなところに……」

冬「誰かの落し物でしょうか」

風子「……鈴」

「神の子……」


紐鈴を掌に乗せて、驚いている様子のブロンド少女。

253 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/05/25(金) 21:07:56.84 ID:yPzQCM/co

「ねぇ、あなた」

冬「わたしですか?」

「そうよ。あなた、マブイを落としたことある?」

澪「マブイ?」


冬ちゃんの代わりに澪ちゃんが訊ねる。

姫ちゃんと夏ちゃんはここには来ないで、もといた場所で待機をしている。
あまり興味が無いみたい。


「魂のことよ」

冬「……」


魂……。


冬「えっと、わたしは体が弱くて、4年前に生死の境を……」

「そう……、ごめんね、変なことを聞いて」

冬「いえ……」

澪「……」

風子「……」

「だからあなたにもこの鈴の音が、聞こえた、のね」

冬「……」

澪「???」


澪ちゃんは不思議な顔をしているけど、私にはなんとなく分かるような気がした。
あの鈴の音を、姫ちゃんと一緒にいるのに、私だけにしか聞こえなかった鈴の音を聞いたから。


「この鈴は、幸御霊よ」

澪「サキミタマ?」

冬「一霊四魂ですね」

「よく知ってるわね」

冬「本で得た知識です」

「私も見るのは初めてよ」

冬「魂が鈴に宿っているんですか?」

「えぇ、そう捉えて構わないわ」

澪「……」

風子「……」


私と澪ちゃんを残して話を進めていく二人。


「私はカレッジで日本の神道学を研究しているの」

冬「失礼ですが、おいくつですか?」

「fourteen よ」


ニッコリと笑顔で答える彼女。
そんな無垢な表情に少しだけ羨ましく思った。

254 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/05/25(金) 21:10:09.71 ID:yPzQCM/co

澪「14……」

「ようやく入学できたんだけどね」

風子「……」


カレッジ……。
私たちと同じ学生で14歳……。


「これ、持ってて」

冬「え……?」


紐鈴を冬ちゃんに差し出す。


冬「どうして……?」

「あのバイク乗りの人」

風子「?」


視線を私たちから逸らして、その奥、姫ちゃんたちのいる場所を見据える。


澪「……?」

冬「えっと?」

「あの人によくない風が吹いているわ」

風子「姫ちゃん……?」

「正確には悪い風を貰った……というべきね」


言っていることの意味が分からない。


風子「……」

「その子が守ってくれる、かもしれないから持っているといいわ。
 まだ眠っているけれど」


鈴を指して、その子、と呼んだ。


冬「あ、あの、風ってなんですか?」

「人に流れている風よ。私にはその良し悪しが先天的に分かるの。
 霊感のようなものね」


そう言って翻す。


「にぃにぃのせいよ、まったくぅ……」

風子「あの、悪い風って……」

「悪いけどそれだけしか言えないの。詳しくは見えないから……。
 それじゃ、ぐぶり〜さびら」

風子「?」


英語ではない、どこかの方言かな。
もう一度翻し、手の平をヒラヒラとさせて去っていった。
容姿端麗 頭脳明晰。
完璧な存在でした。
255 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/05/25(金) 21:11:53.86 ID:yPzQCM/co

冬「寝ていると言っていましたけど」

澪「うん……」


冬ちゃんが鈴をしずかに揺らす。


……。

音が鳴らなかった。


風子「熊よけに使えるかと思ったのにね」

澪「熊か……」

冬「そうですねぇ、いても不思議ではありませんよね」


出会ったら困るけどね。


夏「水温八度、地下を通っているから一定なのかなぁ」

姫子「水の中の倒木が鮮やかに見えるよ。綺麗だよね」


二人は宝物をみつめるように池を眺めていた。


風子「姫ちゃん、悪い風が吹いているって」

姫子「……うん?」

冬「どうぞ」


冬ちゃんが掌に鈴を置いて差し出す。


姫子「?」

風子「これは幸御霊と言って、姫ちゃんを守ってくれるそうだよ」

夏「さっきの金髪の子が言ったんですか?」

澪「うん」

姫子「悪い風ってのに繋がってるの?」

冬「そうらしいです」

姫子「……」


真剣な表情で鈴を見つめる。

256 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/05/25(金) 21:13:33.17 ID:yPzQCM/co

姫子「買わされたわけじゃないよね」

風子「ここで見付けたものだから、変な物じゃないよ」

姫子「突然そんなこと言われてもな……」

冬「安心してください、大丈夫ですから」

夏「話を聞いていないから逆に不安だって」

姫子「あの鈴と関係あるの?」

風子「あの鈴?」

姫子「船の上で言ってた鈴の音」

風子「……」


気にかけてくれていたんだね。


風子「無いと思う。この鈴は鳴らないから」

姫子「ふーん……って、鳴らないの?」

冬「はい。だけど、お守りですよ」

姫子「……うん」


理解できたのかどうかは分からないけど、
冬ちゃんの言葉に後押しされるように姫ちゃんは鈴を受け取った。

寝ているってどういうことなんだろう。


澪「さて、次はどこへ行こうか」

夏「まだ早いですけど、昼食とりましょうか」

冬「もう……?」

風子「11時には出発して、朱鞠内湖へ向かいたいからね」

姫子「それなら、阿寒湖に行きたいな」


しょうがないなぁ。
姫ちゃんの提案に乗りましょう。


もう一度だけ神秘的な池をみつめて、その場をあとにする。
なにを食べよう。
257 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/05/30(水) 20:01:35.71 ID:w4MT3SHDo


――― 阿寒湖 ―――



澪「このお店でいいの?」

風子「そうだよ、入ろう」

澪「ワカサギか……」

姫子「旬は冬なんだけどね」

冬「ワカサギ釣りの様子をテレビでやってますよね」


カランカランとドアの鐘が鳴る。


「いらっしゃいませー」

夏「5人です」

「こちらへどうぞー」

澪「……丁寧な案内だな、勉強になる」

風子「梟がいたね」

姫子「鳥居の上にね」

冬「大きかったです」


アイヌの風俗では、梟は村の守り神とされている。

ここ、アイヌコタンの広場には鳥居があって、
その鳥居の上から外敵が村に入ってこないように目を光らせている梟の頼もしい姿がある。
作り物なんだけど、頼りになるよね。


夏「澪さん?」

澪「つい、店員さんの動作が気になってしまって」

夏「分かる分かる。同業のよしみって感じですね」

澪「そうだな」

風子「ウェイトレスだよね」

澪「うん。……やっぱり最初は緊張しまくっていたけど」

姫子「風子も緊張していたよね」

風子「うん、初めてのアルバイトだったからね」

冬「どんなアルバイトを?」

風子「姫ちゃんと同じところだよ」

夏「へぇ……って、高校の時から同じ場所なんですか?」

姫子「うん。いくつか掛け持ちでやってるけど、風子とはコンビニで一緒にね」


大変だったなぁ。
覚えることが沢山あって、細かく決められた予定が時間きっちりに進んでいくから、
一日がとっても短く感じたよ。
258 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/05/30(水) 20:03:24.37 ID:w4MT3SHDo

風子「色んなお客さんが来て、面白いんだけど……」

冬「けど……?」

風子「みんな急いでいるみたいで、落ち着かない」

姫子「それが日本のコンビニだからね」

夏「……なんだか、重みがありますね」

澪「うん……」

店員「ご注文は決まりましたか?」


話に夢中で忘れていたね。


澪「え、えっと……」

姫子「ワカサギ天ぷら定食を」

店員「はい」

夏「あたしはざるそばでいいや、お腹空いてないし」

冬「後でお腹空いたー、って言うんだよね」

夏「言うね、絶対」

風子「途中でアイスクリーム食べようか」

夏「あ、それいいですね!」

姫子「それで、冬は?」

冬「ざるそばを……」

風子「うんうん」


そうだろうな、と思いました。


澪「私もわかさぎ天麩羅定食を」

店員「はい」

風子「私は姫鱒丼をお願いします」

澪「ヒメ…マス……?」

風子「以上です」

店員「かしこまりました〜」

姫子「……」

風子「……」


美味しそうだからです。

姫ちゃんは関係ありませんよ。

259 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/05/30(水) 20:05:40.92 ID:w4MT3SHDo

夏「ここに来る途中で硫黄山を素通りしましたよね」

姫子「行きたかったの?」

夏「そうじゃないんですけど、
  姫子さんはその硫黄山をアイヌ語でなんと呼ぶか分かります?」

姫子「あ、えっと……」

風子「雑誌で読んだことあるけど、忘れちゃった」

冬「アトサヌプリ」

夏「裸の山と呼ばれています」

澪「……硫黄の山だから、裸の山?」

夏「そうです」

姫子「……うん」

風子「……」


ガスが噴出していて、周りには草が生えていないと読んだ記憶がある。

裸の山なんて、そのままなんだけど土地の様子が素直に表されていて面白い。


風子「神の子池もそのままに表現された名前だったね」

夏「そうです。だから、なんというか……」

冬「アイヌ民族の人たちは、心が綺麗だったのでしょうね」

風子「うん、そうだね。間違いないよ。冬ちゃんの言う通りだね」

姫子「そんな、力いっぱい同意しなくてもいいでしょ」

澪「……なるほど」


料理が運び込まれるまで、クッシーの話、砂湯、川湯、裏摩周湖の話をしました。


――…


ごちそうさま。

うん、美味しかった。


澪「ごちそうさま」

夏「そんじゃ、出ましょうか」

冬「うん」

風子「美味しかった、姫鱒丼」

姫子「そう、良かったね」

260 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/05/30(水) 20:07:53.10 ID:w4MT3SHDo


お店から出て、少しの時間だけアイヌコタンを散策することに。


夏「木材で造られた建物が多いね」

冬「落ち着く雰囲気だね」

夏「木はなぜか暖かい雰囲気を作るなぁ、どうしてだろ」

風子「人間も動物だからね」

姫子「……そうだね」

澪「民芸品が多いんだな」

風子「アイヌ民族の品が多いって話だよ」

姫子「アイヌ人と琉球人は繋がっているらしいね」

澪「琉球人って沖縄の?」

姫子「そう。詳しくは知らないけどね」

風子「私も少しだけ本で読んだよ」


日本列島の端と端の地域なのに、繋がっているという話が興味を引いた。

大昔、一つの大陸に文明があって、そこから各地へ移動したという説がある


風子「一夜にして海の底に沈んだ大陸って、なんだっけ」

澪「ヌ…ムー大陸だな」

姫子「……」

風子「うん? ぬがどうしたの?」

澪「いや、その……」

風子「姫ちゃん、アフリカで群れを成して大移動をする動物ってなんだっけ」

姫子「……ヌーでしょ」

澪「あ、お守りが売られているな。どれどれ、良い品を発掘できるかな」


澪ちゃんは私たちから離れて店先へと吸い寄せられる。


姫子「聞き流してあげなよ」

風子「拾わないともったいないよ」

姫子「別にボケようとしたわけじゃないでしょ」

風子「それもそうだね」


振り返ると少し離れた店先で夏ちゃんと冬ちゃんが土産品を見物していた。

冬ちゃんの持っている布に興味が湧いた。
261 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/05/30(水) 20:10:54.64 ID:w4MT3SHDo

風子「あっちのお店を覗いてくるね」


そう姫ちゃんに伝える。



―――――



姫子「10分後に出発しよう」

風子「はーい」


走っていく風子に時間を伝えておく。

わたしは澪の所へ。


澪「……?」


何かを持って様々な角度から眺めている。


姫子「それは?」

澪「分からない。説明書きもなくて……」

「それは、トカプチュプカムイと言うんだよ」


落ち着いた表情の男性が話しかけてきた。
店主さんかな。


澪「ト…と…とかぷ……?」

店主「トカプチュプカムイ。
   カムイは動物や植物、自然現象に宿る神とされているアイヌの言葉だよ。
   これは太陽の神だね」

澪「太陽の……」

姫子「……」


抽象的な形なのでよく分からないけど、なんとなく太陽の形をしているようにも見える。


澪「自然現象にも神が宿る……と聞きましたが、豪雪や干ばつにも神が?」

店主「干ばつか、面白いことを訊くね」


店主の頬がほころぶ。


姫子「……」

店主「最近は都合のいいことばかりを神だと崇めるみたいだけどね、
   昔の人たちは荒々しい自然の猛威にも神の存在を認めていたんだね」

澪「人に試練を与えるためですか?」

店主「いや違う。神はそこに存在するだけだよ。
   人がそこにいて、神がそこにいて、自然がそこにあるだけ。
   都合が悪くなったら神を恨むなんて変な話だね」


微笑みながら話す言葉に少しだけ胸に重みが増す。
怒られているような感覚だった。

冬は太陽の温かさに有難みを感じて、夏は太陽の暑さに嫌気がさして。
端的に言えばそういうことかもしれない。太陽はそこにあるだけなのに。
262 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/05/30(水) 20:17:34.73 ID:w4MT3SHDo

姫子「人間は身勝手なのかな」

店主「それが人間だんだけどね。恨まずにはいられない、憎まずにはいられない。
   それらから離れていくために、我儘になって考えて生きていくのさ。
   だけど、干ばつの神に感謝する生命なんていやしないだろうね」

姫子「それもそうですね」

澪「これ、ください」

店主「はい、ありがとう。若い子にしては珍しいね、こんな話に付き合ってくれて」


商品を袋に納めながら笑顔で話す店主に、そんなに珍しいのかなと考える。


店主「太陽神に興味があるのかい?」

澪「……はい」

店主「なら、面白い話を教えよう」

姫子「?」


なんだろう。
アイヌの民話に触れたようで面白かったから、
その続きを聞けるみたいで少しワクワクする。


店主「今年は日食があったね」

澪「はい。半年まえに」

姫子「……」


太陽と月が重なり合う現象。

太陽全体が月に隠される皆既日食。

月の外側に太陽がはみ出して環が出来る金環日食。

月の一部が太陽を隠す部分日食。

半年前には日食が……どこかであった。
場所は覚えていない。


澪「ペルーで、金環日食があったと……」

店主「そうそう。
   日本では取り上げられなかったのに、よく覚えてるね」

澪「友人がそこに向かっていたので……」

店主「そうかい。それでね、
   来年はインドで皆既日食が起こるらしいよ」

澪「……」

姫子「インドの太陽神といったら、ヴィシュヌ……?」

店主「ほほっ、詳しいねぇ」

姫子「本を読んでいて、出てきた名前だったので調べていただけです」

店主「そうかい」


本当はゲームなんだけど、伏せておく。

263 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/05/30(水) 20:21:50.03 ID:w4MT3SHDo

澪「それで……」


澪が急かし気味に促している。


店主「少しだけど、太陽が蝕まれたみたいだね」

澪「!」

姫子「え……」

店主「なんてね、ジジィの戯言だよ」


子どものように口元を緩ませて微笑んでいる。

白髪に一つもないのに、その言葉は合わない。まだまだ元気そうな雰囲気。


わたしと澪はからかわれたのだろう。

日食と日蝕。

言葉遊びなのかもしれない。


店主「あなた方といい、友人といい、楽な道を選ばないんだねぇ」

姫子「……」

澪「観光客ではないですから」

店主「うん?」

澪「私たちも、その友人も旅人なんです」

店主「そうかい、そうかい」


面白い話が聞けた。

10分経ったので、お店から出る。



澪「半年前、か……。偶然だよな……うん」

姫子「?」

澪「旅人って、かっこいいな私達」

姫子「……そうだね」


なぜか楽しそうにニコニコとしている隣人に、同意するしかなかった。
楽しそうなのは、遠い場所に居る友人と同じ旅人だと名乗れたからなのか。
風子達が近づいてきた。


風子「なにか買ったの?」

澪「うん、トチュカプカムイだ」


風子の問いに手を広げて見せる。
神の名前を間違えていた。

264 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/05/30(水) 20:24:08.07 ID:w4MT3SHDo

夏「変な名前ですね」

冬「とても抽象的な形です」

姫子「トカプチュプカムイ、ね」

澪「そう。トカチュプカムイ」

姫子「澪、この文字読んで」


メモ帳に書いた文字を読ませる。
わたしがネタを拾ったら書いて、夜にまとめる為に必要なメモ帳。


澪「トカプ…チュプカムイ」

姫子「自然が身近にあったから、それが当たり前だったんだろうね」

風子「?」

姫子「なんでもない、朱鞠内湖へ向かおうか」

冬「行きましょう」

夏「あ、マリモを見ました?」

姫子「見たよ」


特別天然記念物。
綺麗な丸の形をしている藻。


風子「和琴半島にいるミンミンゼミも天然記念物だよね」

澪「もう少し時期がずれていたら聞けたかもしれないな」

冬「夏の風物詩ですよね」

姫子「セミとマリモに神が宿っていたら、どんな姿をしているのかな」

夏「……え?」

澪「きっと小さくて、可愛いんだ」

姫子「……うん」


可愛い姿らしい。

駐車場へ着く前にポケットの中にある鍵を取り出す。
ひとつ、違和感を感じて鍵と一緒に取り出す。

違和感の正体は鈴だった。


悪い風が吹いている。


それがなにを意味するのかは分からないけど、用心をするに越したことはない。
気を引き締めて行こう。


風子「それじゃ、お互い気をつけようね」

姫子「うん、それじゃ休憩地点で」


風子にそう告げてバイクに跨る。

北海道を走るのは想像以上に気持ちがいい。

5時間なんてすぐだろう。

さぁ、出発だ。

265 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/05/30(水) 20:39:54.06 ID:w4MT3SHDo

――…


走り出して1時間と少し。


ドルルルルルル


視界に映る雄大な景色。
右にも左にも広い広い牧草地があって、そこでは牛がのんびりまったりとしていた。
そこにいる生き物達はあるがままの時間を過ごしている。

とても長閑な風景。


『姫ちゃん、わき見運転していたら危ないよ』

姫子「そうだね」


前を走る車の後部座席から、風子がわたしに注意を促してきた。

目がいいな。
風子の隣で冬が同じようにこっちを見ている。
こっちを見ないで、周りの景色を見たらいいのに。


『疲れてきたら注意力が散漫になるよね』

姫子「そうだね」

『太陽の日差しも強くて、風も穏やかだからアイスクリームを食べるには丁度いいよね』

姫子「……そうだね」


そうだね、としか言えないように話しかけてくるな……。


『林業を営む人が木を切り倒すときに使う道具は?』

姫子「チェンソーだよ。ノコギリじゃないよ」

『ソウだね』

姫子「……」


そろそろ無視しようかな。

266 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/05/30(水) 20:42:43.50 ID:w4MT3SHDo

向こうから一台のバイクが走ってくる。


姫子「……」


わたしは右手で手を振り、親指だけを立てて、突き出す。


わたしと見知らぬ誰か、


ドルルルルル!!


二つのバイクがすれ違った。


バックミラーで確認すると挨拶を返してくれた。
なんだか、嬉しい。
これだけで疲れは吹き飛ぶ。
バイク乗りの特権かな。


『それが、ヤエー?』

姫子「そうだよ」


観察されたようで恥ずかしかったりする。


ライダー同士がすれ違い様にする挨拶。
ピースサインでもいいんだけどね。


『冬ちゃんもヤエーをやってみよう』

『は、はい』

姫子「……」


高橋風子はなにをやらせる気だろうか。


後部座席の右窓から手を出して大きく振っている。
わたしにやっているんだよね。返さなくてはいけないのかな。


とりあえず手を振り返しておく。


わたしがすれ違ったライダーにしたように、風子が親指を立てている。


相手の幸運を祈る別れの挨拶。
267 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/05/30(水) 20:47:17.97 ID:w4MT3SHDo


わたしは出会った人たちにちゃんと別れの挨拶ができただろうか。


相手を知る時間なんて無かった。
わたしを知ってもらうには時間が足りなかった。
だけど、時間を共有したことには変わりは無い。

だから、わたしはピースではなく、親指を立てて突き出す。


顔すら確認できない、すれ違っただけの、たったそれだけの縁だけど、





わたしは、あなたの、旅路の幸運を祈る。





最初は恥ずかしくて出来なかったけれど、
挨拶に返事をしないのはとても失礼なことだと気付く。
だから、わたしが積極的にするようにした。

返されなかったら、それは少しへこむけれど。




バイクを走らせる。


北海道に来てよかった。

とても広い景色がわたしの心に余裕をもたらしてくれるようで、良い経験になっている。






そんなことを考えていると一台のバイクが手を振りながら近づいてくる。


挨拶を返し損ねてはいけないと、慌てて右手を離してしまった――

268 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/05/30(水) 21:32:23.66 ID:w4MT3SHDo





――チリン。





反対車線側から小動物が飛び出してきた
離していた右手を慌ててハンドルに着けるがブレーキが間に合わない
左へ切ると轢いてしまうので右へハンドルを操作するが
運悪く緩いカーブへとさしかかり
加速されたわたしのバイクは反対車線へ流れ出す
さらに運悪く対向車が向かってくる
二つの車体の距離にはブレーキングに0コンマ何秒かが足りない
このままでは衝突は避けられない
一か八か身体と車体の全体を道路の外側へと倒しこむが
体が緊張して固まりそれが邪魔をして車体が傾かず
進行方向が僅かしかズレなかった


かわし切れない



このままではぶつかる




先にあるのは











――チリン!




269 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/05/30(水) 21:55:06.11 ID:w4MT3SHDo

ブォォン!


向かってくる車体の角度が急激にズレた。
その分だけ微かな空間が生まれる。

本来ならそこで衝突した空間。

わたしと相棒はその空間を削る。

しかしこのままでは車の後方部分にぶつかってしまう。

千載一遇を活かすべく、
バイクの中心へ体重をかけ、体が覚えているかのように傾ける。
頭が冴え、体の緊張も解かれる。
五感全ての情報を脳へと伝達をせず、体で分析・処理をする。


ブォォン!!
ブォォン!!


二つの排気音だけが鳴り響く。




かわせた。




最悪の事態を免れたわたしと相棒はそのまままっすぐへ。

舗装されたアスファルトから、路肩からも外れて草の生い茂る一帯へ突っ込む。

砂利で出来た地面。ブレーキをかけると後ろタイヤが滑っていく。


ザザーッ


ドルルルルル


姫子「……ハァッ……ッ」


ドルルン


エンジンを切ると同時に体中に冷たい汗が流れてくる。


姫子「そうだ、車!」


振り返って見ると同じように反対側の路肩へ下りていた。
バイクを、相棒をそのまま倒して車へ駆け寄る。
ガチャンと高い音が悲鳴のように鳴り響いた。

胸が痛む。


「姫ちゃん!」

「姫子さん!」


後ろから二人の声が聞こえる。
270 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/05/30(水) 21:58:16.46 ID:w4MT3SHDo


車を確認するけど外傷は無い。
運転席で女性がぐったりとハンドルにもたれ掛っていた。


姫子「だいじょうぶですか!」


ドアを開けて女性に触れると、


「あぁー、だいじょうぶよー……」

姫子「……っ」


その声に安堵する。
その声を聞くまで生きた心地がしなかった。

よかったぁ……。


「とりあえず、下りるからどいてくれないかしら」

姫子「あ……はい……」


綺麗な人。
着ている服がこの人の上品な雰囲気を象っている。


「あなたこそ大丈夫?」

姫子「はい。あなたがハンドルを上手く切ってくれたので、衝突は避けられました」

「私の名前は森岡由美。由美でいいわ」

姫子「由美……さん」

由美「私もぶつかると思ったんだけど……」


アスファルトを眺める彼女。


風子「二人とも怪我は……」

姫子「うん。わたしは大丈夫」

由美「私も体のどこかをぶつけたわけじゃないから、大丈夫よ」

風子「そうですか……」

冬「よかったぁ……」

澪「なにが……あったんだ……?」

夏「急に風子さんが、車を止めてっていうから、びっくりしたんですよ……」

風子「……びっくりしたよ」

姫子「……うん。ごめん」

由美「ここじゃなんだから、移動しましょうか」



チリンチリン。

271 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/06/05(火) 21:20:05.53 ID:8hjPKLcEo


――― 酪農家 ―――



姫子「あの、いただいてもいいんですか?」

由美「これくらいの奢りで恐縮しないの」

夏「うまうま」

冬「おいしぃ〜」

澪「甘い……濃厚な味だ」

風子「おいしいです」


酪農家が運営しているアイスクリーム屋さん。
売店の近くにあるベンチにわたし達6人は座ってアイスを食べている。

出来立てだからとてもおいしい。……らしい。
わたしはまだ口にしていなかった。
手が震えていたから。


由美「ん〜、おいしい〜♪」

姫子「……」

風子「姫ちゃ――」

由美「あなた、運がいいわよ」

姫子「……?」


子供のようにコーンを齧っている由美さん。


由美「もぐもぐ、私じゃなかったらかわし切れなかった……かもね」

夏「運転技術に自信あるんだ」

由美「そうじゃなくて……。おいしかったぁ」

姫子「……」


口元をハンカチで拭いて、満足気味の彼女。


由美「ブレーキ痕を見た?」

姫子「……はい」


話を聞くために、アイスにひとくちだけ口をつけて、夏に渡す。


夏「いいんですか?」

姫子「うん」

由美「あら、そのひとくちは私への礼儀?」

姫子「えっと……」

由美「ふふ」


一応、礼儀かなって。

震えも少しだけ治まってきた。
272 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/06/05(火) 21:22:41.55 ID:8hjPKLcEo


由美「おかしな所があったよね」

澪「おかしなところ?」

風子「濡れた草がありましたね」

由美「そう。あの草の上でハンドルを切ったから車体が滑ったのよ」

冬「凍結した路上のようにですか?」

夏「そこまで滑らないでしょ」

由美「そこまでじゃなかったな」

姫子「……」


あの一角だけ草が敷かれていた。
刈った牧草が風に飛ばされてきたのかもしれない。
飛ばされてきた草に水がかかったのか、水溜りに草が運ばれてきたのか。
分からないことだらけだった。

でも、偶然が重なってわたし達はここにいる、ということだけは分かった。


由美「でも、それだけで車体が滑るものかなぁ……」

姫子「……」


テーブルに肘をつき、顎に手を当てて遠くを見ていた。


冬「職業は医者ですか?」

由美「あら、自己紹介したかしら」

冬「いえ、なんとなく、掛かり付けの先生に似ているような気がしたので」

由美「似ている?」

冬「はい。レントゲン写真を見つめながら見えない何かを探しているようでした」

由美「そう……、癖になっているのかもね。
   冬ちゃんの言うとおり、私は釧路で町医者をしているわ」


笑顔で答える。


由美「でも、やっぱり私の回避能力の賜物かもしれない」

夏「自信あり気だね」

由美「実を言うと、事故経験者なの」

姫子「……」


事故。

あの瞬間が脳裏に蘇る。

迫ってくる車、衝突する相棒、投げ出されるわたしの体。



そして、最悪の事態。



死。


273 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/06/05(火) 21:25:06.90 ID:8hjPKLcEo

もしもの時を考えてしまう。
無意識に手を握りしめている。その拳が震えていた。


姫子「……っ」

澪「……」

夏「怪我の痕が無いみたいだから、大したことなかったんだ」

由美「とんでもない。記憶を無くすほどの事故だったんだから」

夏「いや、そんな勝ち誇られても」

風子「記憶喪失ですか……」

由美「えぇ、すべて思い出したからもう過去の話なんだけどね」

姫子「……」


どうしてぼんやりとしていたのだろう。
どうして無理に返事をしようとしたのだろう。
少しだけ自己嫌悪になっている。


由美「さっきの話に戻るけど、姫子ちゃんもよく倒れずに止まることができたわね」

姫子「……」

風子「姫…ちゃん……?」

由美「?」

姫子「……」


わたしは木製のテーブルに刻まれた傷跡をみつめていた。


「姫子っ!」


バシッっと音がすると同時に背中に激痛が走った!


姫子「いったッ!!」


背中がヒリヒリする。
私の隣に座っている冬なのか。

え……、


姫子「冬?」

冬「ち、違いますよ」


両手を振っている。
というか、冬にこんな力はないはず。
じゃあ、反対に座っている風子かな。

と、思っていると両肩に少しだけ重みが増した。


澪「下を向いていたらダメだ。繰り返してしまうぞ」

姫子「澪……?」


澪の両手がわたしの肩にもたれている。

俯き加減だったわたしに渇を入れてくれたみたいだ。

274 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/06/05(火) 21:28:30.76 ID:8hjPKLcEo

由美「事故の話をしたでしょ。
   その事故はちょうどあの道だったのよね」

姫子「……え?」

由美「2年前のあの道を通った時、姫子ちゃんと同じバイク乗りにぶつかりそうになった経験があるの。
   だから、ある程度慎重になっていたし、かわす感覚もあったのよね」

夏「だから、運がいいって?」

由美「そうよ。他の人だったらどうなっていたことか」

冬「由美さんが運転手でよかったです」

姫子「わたしの不注意だから……」

風子「……」

澪「この経験が未来の事故を防ぐことになる、って話じゃないかな」

姫子「……そっか」


澪に励まされる。
そうだ。後ろ向きで運転するのは危険すぎる。
前を向いて見極めることが大事なんだ。


由美「あなたたち、観光客?」

姫子「旅…人……です」

由美「……そう」

風子「……」


澪の言葉を借りる。
何を探しているのか、何を求めているのかは分からないけど、
楽しいだけの旅行ではないとハッキリと言える。


由美「あなた、なんとなくだけど私に似てる」

姫子「……?」


わたしを見つめる瞳が少しだけ困惑していた。
どういう意味なのか。
275 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/06/05(火) 21:30:10.03 ID:8hjPKLcEo

由美「すれ違った時、私ね、姫子ちゃんは転ぶと思っていたの」

姫子「……はい」

由美「でも、転ぶことなくまっすぐに進んだでしょ」

姫子「……」

由美「どうしてかな、って」

姫子「無意識だったんです。正直、分かりません」


本当の事だった。
転ばずに立て直す方法が体で覚えていたということかな……。


姫子「あ……」

由美「?」

姫子「……いえ」

風子「……」


一度だけ、親父の後ろに乗ったんだ。
バイクの免許を取ったその日の内に。
最後に教えてやる、って真剣な顔をしていたから、学ぶつもりで乗ったことを思い出した。

わたしを乗せているのに荒い運転だった。

けど、親父の運転技術を直に教えてもらった。
だから体が何かを覚えていたのかもしれない。二度と後ろに乗らないけど。


風子「姫子さんは免許を取ったその日に、お父さんの後ろに乗せてもらったんだよね」

姫子「!」

夏「……」

冬「仲がいいんですね〜」

澪「……悪いことじゃないと思うぞ」

由美「しがみついたんだ」

姫子「しがみついてません」


有り得ないって。
いい歳した親父にしがみつくなんて。

その光景を見ていた風子。
言わなくていい話題だったのに……。


由美「おじさまの教えがよかったのねぇ」

姫子「……アクセルワークやクラッチ操作を見てもらったりはしてました」

由美「いいわね、そういうの」

夏「……さて、そろそろ行きましょうか」

風子「そうだね。ごちそうさまでした、由美さん」

澪「ごちそうさまです」

冬「おいしかったです」

由美「ん……」


顎に手を当ててなにか考え込んでいる。

この仕草が癖なのかな。
276 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/06/05(火) 21:35:19.36 ID:8hjPKLcEo

夏「ごちそうさまでしたー」

姫子「それじゃ――」

由美「ねぇ、姫子ちゃん」

姫子「はい……?」

由美「あなたの言う、旅ってなに?」

姫子「え……?」


わたしの言う、旅。
旅の意味を訊いているのかな。

由美さんが立ち上がって、わたしと同じ目線になる。


姫子「…………えっと」

由美「私ね、ある理由があって、逃げてきたの」


言い淀んでいるわたしを察して、由美さんが話し出す。


由美「逃げてきたから、事故の拍子に記憶が飛んでしまったのね、きっと……」

姫子「……」

由美「私は教科書通りの人生を歩んできたから、まっすぐに歩いて来れたわ」

姫子「……」

由美「教科書に書かれていることを自分の物差しにしていたの。
   だから、自分に自信が持てなかったのね。
   そんな自分だから、立ち向かう自信が無いから、私は逃げ出したの」

風子「……」

由美「でも、その事故にあったバイク乗りの人と少しだけ交わって、自分に自信を持つことができた。
   逃げてきた現実に正面から向き合えるだけの勇気を貰った」

澪「……」

由美「それが私の旅になった」

冬「……」

夏「……」

由美「あなたの旅は?」

姫子「……」


意味なんて考えたこと無かった。

でも、わたしも不安があったのかもしれない。
漠然とした不安。

だから、強くなりたかった。

後ろでわたしを励ましてくれた澪のように、澪達のように。

だから、旅に出たかった。

何かが得られるかもしれないという期待を持って、北海道へ来た。
277 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/06/05(火) 21:37:40.44 ID:8hjPKLcEo

姫子「探している場所があるんです」

由美「そこは?」

姫子「正直、まだ分かりません。
   だから、求めている場所を探しているのかも」

由美「……」

姫子「今のこの時間も、そのうちに忘れられていくのだと思います」

由美「……うん」

姫子「だから、新しい時間を見つけるために旅をしている」

由美「……」


抽象的な表現だらけだ。
由美さんに伝わっていないことがはっきりと分かる。
表情がそう言っていた。

わたしも今の自分に自信が無い。


由美「ね、これからどこに行くの?」

風子「えっと、朱鞠内湖へ……」

由美「それなら、向かう途中にある層雲峡へ行かない?」

夏「ん?」

冬「どうしてですか?」

由美「いいところなのよ〜。ね、寄り道して行こうよ♪」

風子「えぇっと……」

澪「……」

姫子「……」


わたしの言葉は伝わったのかな。


由美「少しだけ、私と旅をしましょ」

姫子「?」

278 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/06/05(火) 21:39:44.34 ID:8hjPKLcEo

駐車場へ辿り着く。

由美さんの車はオープンカー。どうしてか、澪が助手席に乗るみたいだ。


澪「オープンカーに乗ってみたかったんだ」


嬉しそうにキラキラと光を放っている。
テンションも上昇しているみたいだった。

それとは裏腹に、わたしの心は再び沈んでいく。


姫子「……」


赤いタンクに一線の縦傷。

倒した地面に大きめな石があって、その石がわたしの相棒に傷をつけていた。
地面を気にしている場合じゃなかったけど……。

やっぱりへこむ。


風子「姫ちゃんっ」


バシ……と、
叩かれるというより、背中に手を添えられる感覚。
澪よりは手加減されていた。


姫子「勲章ということにしようかな」

風子「男の子なんだ?」

姫子「性別は無いよ」

夏「……」


夏に怪訝な顔をされた。

いい加減に気持ちを切り替えよう。情けないにも程がある。


チリン。


風子「あれ……?」

冬「鳴りましたね」

姫子「?」

冬「姫ちゃんさん、鈴を見せてくれますか?」

姫子「……うん?」


ポケットから取り出す。


チリンチリン。
279 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/06/05(火) 21:45:43.93 ID:8hjPKLcEo

ブォォオン


由美さんの車が排気音を通して呻りをあげる。


澪「さぁ、行こうか」

由美「車に乗ると人が変わるタイプ?」

姫子「いえ、楽しいと人が変わるタイプ」

由美「なるほど」

夏「それじゃ、ふぅちゃんさん行きましょ〜」

風子「はい、行きましょう」

冬「起きたのかな……」

姫子「うん?」

冬「あ、いえ。それでは後で」


チリン……。


姫子「……?」


鈴を揺らしてみる。


……。


鳴らなくなった。


姫子「まぁ、いいか」


鈴を胸のポケットにしまう。


バイクに跨って、エンジンをかける。


ドルルルルン


アクセルを回す。


バァン!


姫子「気をつけるから、これからもよろしく」


そっと声をかけて、わたし達は走り出す。

280 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/06/10(日) 23:24:47.68 ID:O1mKhtT1o


――― 層雲峡 ―――


約1時間のドライブ。

由美さんの車に続いてわたし達も駐車場へ。

渓谷が美しいことで有名な場所。
予定にはなかった行程だけど、こういうのもいいと思う。


由美「あ、風子ちゃんたちも来たわね」

澪「やっぱりオープンカーはいいですね」

由美「乗った事あるんだ?」

澪「はい。演奏に乗せて、アメリカ西部を走りました」

由美「?」

姫子「そういうノリで演奏したそうです」

由美「気分の話だったのね」

澪「そうです」

風子「おまたせしました」

夏「銀河の滝、ねぇ……」

冬「写真でみたことあるよね」

夏「うん、だから期待はしないでおこうかな」

風子「消極的だね」

夏「滝は近くで見てこそだと思うんですね」

由美「そんなことないわよ、温泉も有名なんだから」

姫子「……」


滝のアピールしないんですね。


風子「これからどうするんですか?」

由美「そうね、お決まりのコースを行ってみましょう」

夏「お決まり?」

由美「大函、小函をみながら銀河、流星の滝まで下っていこう」

澪「流れる星か……」

姫子「……」


由美さんはここに来たことがあるのだろう。

率先して歩いていく。
281 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/06/10(日) 23:27:16.45 ID:O1mKhtT1o

冬「ここが大函ですね」

由美「そうよ」

風子「……あ」

姫子「……」


目の前に川が流れているけど、その中にごみを見つけてしまった。
なんだか、悲しくなる。

川の向こうが断崖となっていて自然の偉大さを感じる。
ところなんだけど、ごみが邪魔をして少し損をした気分になった。


由美「どんどん進みましょ」


先へ進んでいくとトンネルへとさしかかる。
ここを抜けないといけない。


澪「……嫌だ」

由美「確かに、このトンネルは怖いわねぇ」

夏「この金網は通行人の安全の為に作られたんだろうけど……」

風子「それがかえって恐怖感を与えるよね」

澪「怖い」

由美「あら、テンションがガタ落ちね」

姫子「これは、わたしも怖いかも」

冬「真っ暗ですね」


わたしと澪がまごまごしていると、先を歩いていた冬がそのまま突き進んでいく。
その後を由美さんと夏が続く。


風子「怖いね〜」

澪「……」

姫子「……」


風子も続いていく。
ここを通り抜ければ絶景が待っているんだ、行こう。


姫子「澪、行くよ」

澪「……」


ザッ、ザッと足を鳴らして歩く。
わたしに続く、澪の足音が聞こえなかった。

振り返ると困り顔で立ち往生していた。

しょうがない。


姫子「ほら」

澪「……うん」


澪の手をひっぱる。

わたしはおせっかいかな。
282 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/06/10(日) 23:29:38.94 ID:O1mKhtT1o

トンネルの中を通ると、特有の静けさと肌寒さがまとわりつく。
それに加えて崩落の危険性もあるから怖い。


澪「〜っ!」

姫子「痛い痛い」


澪の両手がわたしの右手をギュウっと握り締める。
違う意味で早く抜けなければいけない。
怖かった気持ちがどこかへ飛んでいた。

暗闇を抜け、光の中へとたどり着く。


姫子「目を開けてもいいよ」

澪「……ふぅ」


4人が待っていた。


夏「やっと来た」

姫子「おまたせ」

冬「いえいえ、それじゃ進みましょう」

由美「退屈なら、花札でもしようって話をしていたところだよ」

姫子「花札?」

由美「こうみえてもおねぇさん、強いのよ〜」


そういって歩き出す由美さん。
つられて夏達も歩き出す。


冬「失礼ですが、由美さんはおいくつですか?」

由美「26歳よ」

冬「すごいですねぇ、その歳で先生なんて」

由美「ふふ、ありがと」

姫子「……」


わたしも冬に同意する。
自分の道を進んでいるなんて、凄いことだと思う。


由美「でもね、2年前よ」

風子「?」

由美「26だったのが、ね」

夏「おねぇさん、ねぇ」

由美「なによぉ」

夏「いいえ、別に」

由美「あなたたちもいずれそうなるんだからね!」

風子「……」

姫子「……」


その歳に、わたし達はどうしているのだろう。
ふと、そんなことを考える。

先のことばっかりで、目の前が見えていないような気がする。
283 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/06/10(日) 23:31:39.41 ID:O1mKhtT1o

由美「さぁ、ついたわ」

澪「駐車場?」

夏「あ、向こうに見えますよ、滝が」

姫子「あれが流星の滝……」


150メートルの絶壁がそそり立つ、美しい自然がそこにはあった。
岩体が柱状になっていて、その間から滝が流れている。

これは、絶景。


由美「力強い線になっていて男らしいことで、男滝とも呼ばれているそうよ」

澪「流星の滝がいいな」

夏「そうですね、男滝って、なんだかなぁって」

風子「観光地として改めて名づけたのかな」

姫子「……そうかもね」


広い駐車場に、小さな景勝地。
そして、ごみ。

神の子池のやりとりが思い出される。

人が集まることはこの場所にとってそれは良いことなのか、
悪いことなのか、わたしには判断できない。

けど、この地に来たからには、最大の敬意を払おうかな。


姫子「……うん」

由美「ふふ」

姫子「?」

由美「向こうにある銀河の滝はね、女性のようなはかなさから別名、女滝となるのよ。
   夏ちゃんが流星で、冬ちゃんが銀河かな?」

夏「はいはい、どうせあたしは気が強くて意地っ張りでぶっきらぼうですよー」

姫子「そこまで言ってないでしょ」

冬「滝の高さはどのくらいあるんですか?」

由美「えっと、銀河が120メートル、流星が90メートルだったかしら」

風子「本当に、日本じゃないみたい」

澪「……うん」


しばし見とれるわたし達。


「あー、みてみて、ゆう君〜!」

ゆう「はぁ、美しいね。弘子、君には敵わないが」

弘子「もぉ〜、ゆう君ってば」

ゆう「あはは、本当のことを言ったまでさ」

夏「うーん、絵に描いたようなバカップ――」

姫子「さて、行こうか」

夏「ふぐぐ」


余計な一言を防ぐ。
あのカップルにはいつまでもそのままでいて欲しい、と勝手に願う。
284 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/06/10(日) 23:34:20.22 ID:O1mKhtT1o

わたし達はその場を引き返す。
夏と冬に引っ張られた澪を確認してからトンネルを通過し、駐車場へと戻ってきた。


二台のバイクを並べて、男性二人がなにかをしていた。
よく見ると、ガソリンを分け合っているようだ。


姫子「給油しておこうか」

風子「あ、そうだね」


向かう途中にあるはず。
ガソリンスタンドの位置は昨晩の内に把握してある。


由美「それじゃ、朱鞠内湖へ行こうか」

夏冬「「 え? 」」

由美「うん?」

澪「一緒に行くってこと……ですか?」

由美「ダメ?」

姫子「……」


みたところ車にはテントが装備されていなかった。

冬と夏を別けたテント配置にすれば、スペースは空くかな……。


由美「冗談よぉ」

姫子「……」


真に受けてしまった。


夏「変なこと言わないでよ」

由美「じゃあ、私が花札勝負に勝ったら付いて行っていい、ってことで」

夏「付いて来たいならそう言えばいいじゃん」

由美「だってぇ、遊びたかったんだもん」

夏「だもんじゃないっての」

冬「それじゃ、一局だけ」

由美「時間無いでしょ?」

冬「あ……」

風子「……」


風子が時計を確認する。


風子「2時7分だね……」

夏「悪いけど、先を急ぐから」

由美「うん」


笑顔の彼女に、少しだけ寂しさを感じる。

ここでお別れなんだ。
285 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/06/10(日) 23:37:37.78 ID:O1mKhtT1o

夏「じゃあね、楽しかったよ」

由美「私も。じゃあね」

風子「さようなら」

由美「さようなら」

冬「……」


冬は静かにお辞儀をする。


由美「途中で風邪なんかひかないいように」

澪「由美さんも事故にはお気をつけて」

由美「ふふ、りょーかい。あなたたちもね」

澪「ふふ、はい」


額に右手を当てて敬礼のポーズを取る由美さん。
澪も同じく敬礼を返している。

二人にはどこか繋がっているものを感じた。


由美「姫子ちゃん」

姫子「……?」


真剣な表情の由美さんにわたしは少し戸惑う。


由美「さっき聞いた姫子ちゃんの言葉、ね」

姫子「……」


アイスを食べた後にわたしが言ったことの返し、なのかな。


由美「あの言葉、あなたの言葉じゃないわよね」

姫子「――!」


核心を衝かれる。


由美「誰かから譲り受けた言葉、じゃないかしら」

姫子「ッ!」


的を射ている。

どこか抜けている彼女から教えられたことだった。

大人びている彼女から聞いたことだった。

あの言葉はわたしの言葉ではない。


アスファルトの地面をみつめてしまう。
286 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/06/10(日) 23:41:27.79 ID:O1mKhtT1o

由美「どうして俯くの?」

姫子「……?」

由美「あなたは、あなたの旅をすればいいだけのことじゃない」

姫子「あ……」

由美「というか、しているでしょ?」

姫子「……」


風子が隣にいて、澪がいる。

夏と冬がいる。

旅の仲間がいる。


姫子「うん」

由美「ふふ」


嬉しくて笑いながら返事をしたわたしをみて、由美さんは微笑む。

まるで子供をみているような、そんな笑みを浮かべて。


―――――


まるで子どもの成長を見守るお母さんのような、そんな表情の由美さん。

姫ちゃんはなにかを見つけたみたい。


由美「それじゃ、私もガソリンスタンドまでいこうかな」

夏「さっき別れの言葉交わしたじゃん!」

由美「まぁまぁ、細かいこと気にしないの。行きましょ」

冬「クスクス」

姫子「ふふ」

風子「……」


私たちもそれぞれの配置へ。
287 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/06/10(日) 23:44:30.65 ID:O1mKhtT1o

澪「あ、私が運転するよ」

風子「?」

由美「風子ちゃんもこっちの助手席に乗る〜?」

冬「わたしもいいですか?」

由美「いいわよ〜、おいでおいで」

夏「それじゃ、あたしも〜」

澪「え……」

風子「えっと、後でね」

澪「え……ぁ……」


澪ちゃんは一人で運転することになった。


2ドアのオープンカー。

二人が先に後部座席に乗って、私が助手席へ。


風子「時間があるなら、キャンプをご一緒しませんか?」

夏「花札ならそこでやろうよ」

由美「あ、ごめんねぇ。実をいうとね、夜には旭川に居なくちゃいけないの」

冬「残念ですね……」

由美「そうね〜」


シートベルトを装着、と。

焚き火を囲んで色々と話を聞きたかったな。


由美「行くわよぉ〜」

夏「安全運転でお願いね」

由美「任せなさいって」

風子「……」


ブォンブォォン


エンジンが鳴り響く。
姫ちゃんと澪ちゃんを確認すると、準備が出来たみたい。


太陽の光が心地いい。


私たちは層雲峡をあとにする。
288 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/06/10(日) 23:47:54.48 ID:O1mKhtT1o

――…


ブォォォオオオ


由美さんの車を先頭に北へと進んでいく。
この先で国道273号線に突き当たり、左折してそのまま行くと旭川に着く。


夏「え、函館から車で!?」

由美「今更そんなこと言うのぉ?」

風子「……♪」

冬「ふぅさん、楽しそうですね」

風子「……あ、聞こえてたかな」

冬「はい」

由美「なんていう曲なの?」


知らずの内にハミングしていたみたい。


風子「よく知らない曲なんです」

由美「?」

風子「we're running through a summer day.
   という歌詞が今にピッタリだと思って」

由美「わたしたちは夏の日を走り抜ける……でいいのかしら」

風子「はい」

夏「あたしもその曲持ってますよ」

冬「姫ちゃんさんから教えてもらって曲だよね」

夏「そうそう。って、あのバンドの曲を聴くんですか?」

風子「暇だから、船の上で聴いただけだよ」

夏「ですよねー、ふぅちゃんさんには若干合いませんもん」


そうなのかな。
メロディアスな曲は好きだよ。


風子「疾走感のある曲で、光の中へ走っていく情景が好きになったの」

冬「そうなんですかぁ」

由美「ドライブするには最適な曲なのね」

風子「そうですね」


特に、バイクとか。

曲のラストへ向けての雨上がりのような晴れやかな気分になる所もよかった。
歌詞は分からない。ただ、雰囲気がそう感じた。
289 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/06/10(日) 23:48:52.76 ID:O1mKhtT1o

サイドミラーで姫ちゃんを確認する。
その後ろに一人で運転している澪ちゃんの車が見えた。


夏「ん〜、気持ちいいなぁ」

冬「うん、太陽の日差しも柔らかく感じるね」

由美「澪ちゃんにも話をしたんだけど、高校時代の繋がりなんだって?」

風子「そうです。冬ちゃんと夏ちゃんは一年ぶり、澪ちゃんは二年ぶりになります」

由美「姫子ちゃんとは一緒なんだ?」

風子「はい、よく遊びに行ってます」


時間が合えば買い物したり、食事にいったり、三人と一匹でお酒を飲んだり。


由美「楽しそうね」

風子「?」

由美「顔に出てたわよ」

風子「……そう、ですか」

由美「ふふ」

風子「……」


今は目の前のことを楽しまなきゃね。


由美「姫子ちゃん、少しだけ危なっかしいから、よく見ててあげて」

風子「?」


さっきの事故は本当に稀で、今までになかったことなんだけどな。
だから、危なっかしいのかな。


由美「余計なお世話だけどね」


そういって微笑みながらハンドルを操作する姿に、私は不思議な気持ちになる。


風子「どうして、そこまで……?」

由美「だって、可愛いじゃない。走り続けている姿が」

夏「可愛いって表現は変じゃない?」

冬「かっこいいですよ」

由美「そうね」


後ろを走る姫ちゃんを中心に話が膨らんでいく。
290 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/06/10(日) 23:50:33.56 ID:O1mKhtT1o

私たちはガソリンスタンドへ到着する。


澪「楽しそうだった……」

姫子「何の話をしていたの?」

冬「えっと……」

風子「サロベツ原野のこととか、海とか山とか」

姫子「サロベツか、いいね」

夏「ふぅちゃんさん、サラッと言うんですね」

風子「嘘じゃないでしょ?」

夏「そうですけどぉ……」


姫ちゃんの面白話をしていたのはここだけの話。

ガソリンスタンドの店員さんが駆け寄ってくる。


店員「給油終わりましたー!」

風子「ありがとうございます」


爽やかな笑顔は全国共通なんだね。


店員「いやー、いいですねー、観光ですか?」


フレンドリーなのは初めてです。


風子「そうです。これから、北へ。」

店員「そうですかぁ、北海道を楽しんでいってくださいね!」

夏「うん、まかせて」

店員「ありぁとざっしたぁー!」


聞き取れなかった。


由美「道央から道北にかけて、夜半過ぎから雨が降るらしいわよ」

冬「そうですか、体を冷えないように装備しなくてはいけませんね」

風子「……」


休憩所から出てきた由美さん。
サングラスをかけている。ワイルドです。


由美「はい、風子ちゃん」

風子「これは、花札……ですよね?」

由美「うん、あげる。暇になったら遊んでね」

風子「あ、ありがとうございます」

由美「そうだ、姫子ちゃん」

姫子「はい……?」

風子「?」


なんだろう。
291 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/06/10(日) 23:51:55.09 ID:O1mKhtT1o

由美「あなたになら出来る。あなたにしか出来ないことがある」

姫子「……」

由美「なんてね。
   それじゃ、みんな元気でね〜」

風子「……」


手を振りながら車へ向けて歩いていく。

挨拶を済ませてはあるけれど、少しだけ、あと少しだけ一緒に居たいと思った。


風子「行こう」

姫子「……うん」

冬「……はい」

夏「……」

澪「……」


車に乗り込む。
私は運転席へ座りエンジンをかけた。



20分ほど走っていると景色が変わっているのに気付く。

今までは緑の強い車窓の景色だった。

ここは都会だね。


夏「見慣れた景色だ」

冬「そうなの? この辺りは来たことないから、わたしは分からないけど」

澪「ここが旭川か……」

風子「次の信号を右でいいの?」

夏「そうですよ。冬ねぇ、よろしく」

冬「姫ちゃんさん、次の信号を右です」

『おっけ』


冬ちゃんが後ろを走る姫ちゃんに進路を伝える。
292 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/06/10(日) 23:58:56.56 ID:O1mKhtT1o

信号が見えてきた。

右折専用レーンに乗る。


澪「……あ」

風子「……」


そういえば、姫ちゃんの後ろには――


パァーーン


私たちだけが知っている挨拶。

クラクションを合図に、一台の車が私たちを通り過ぎていった。


出会いがあって、別れがあった。


少しだけ、寂しく感じるけれど、

私たちは別の道へ進んでいく。

ゆっくりと、しっかりハンドルを切る。


風子「まだまだ、これからだよね」

澪「そうだな」

夏「うん!」

冬「……」


さようなら、由美さん。
293 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/06/15(金) 17:32:20.75 ID:hVp+zQVTo

――…


しばらく走っていると、あることに気付く。


風子「そうだ……」

『買出ししておこう』

夏「あ、そうですよ。忘れてました」

澪「今夜は私が料理しよう」


ドンと胸を叩く澪ちゃん。


冬「なにを作るんですか?」

澪「ペペロンチーノはどうかな」

夏「あ、いいですねー」

風子「いたりあーの」

澪「ぺぺろんちーの」

風子「え?」

澪「ん?」

夏「あ! 今のお店がいいんじゃないですか!?」

冬「姫ちゃんさん、右手側にお店がありますから、そこで買い物をしましょう」

『了解』


ユーターンをして、夏ちゃんが見つけたお店へ。

294 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/06/15(金) 17:34:06.75 ID:hVp+zQVTo

〜♪


聴いたことの無い音楽が流れている。
このお店の専用曲かもしれない。

ここに通う人たちには聞きなれた曲なんだろうな。


冬ちゃんがショッピングカートを押してくる。

見慣れない光景に楽しくなってくる。


冬「なんだか、お祭りみたいで楽しいですね♪」

風子「そうだね、何を買おうか♪」

姫子「まずはなにを作るか決めないと」

夏「決まってますよ。ペペロンチーノを澪さんが披露してくれるそうです」

澪「披露するぞ」

姫子「あ、そう……」

澪「カルボナーラにする?」

姫子「ペペロンチーノがいいな」

澪「分かった!」


姫ちゃんの賛同に気合が入ったみたいで、食品コーナーへ駆け出して行った澪ちゃん。


冬「それじゃ、わたしも鮮魚コーナーへ」

姫子「ちょっと待った」

冬「?」

姫子「今夜は澪に任せよう、ね」

冬「でも……」

夏「デモもストもない、ってね」

姫子「……」

風子「……」


携帯電話を操作しながら冬ちゃんにクギをさしているけど、


風子「その表現、久しぶりに聞いたね」

夏「そうですか? ……送信っと。フフフ」


楽しそうだね。
295 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/06/15(金) 17:35:28.69 ID:hVp+zQVTo

風子「返事来てる?」

夏「たまにスルーされますけど、興味がある内容には喰いついてきますよ」

風子「そうなんだ。釣りみたいだね」

夏「あはは」

姫子「相手は魚じゃなくて、猫だけどね」

冬「うんうん」

風子「あ……!」


瓶が立ち並ぶ一角を見つけた。
食品を取り扱うお店には大抵あるよね。

みんなで焚き火を囲みながら、一杯。

想像しただけで、楽しくなってくる。


姫子「ちょっと、風子」

風子「?」

姫子「不思議そうな顔しないでよ。お酒はいらないからね」

風子「……またまた」

姫子「冗談じゃないって」

風子「一升瓶はさすがにね」

姫子「問題はそこじゃない」

冬「一杯だけならいいのでは?」

夏「そうですよ」

風子「固いよ、姫ちゃん」

姫子「あのね……」


一杯で満足できないよね。

……あ、そうか。


風子「利尻島だよね」

姫子「そう、忘れないでよ」

風子「……残念」

冬「利尻へのフェリーは朝早いですよね」

姫子「そういうこと。時間は限られてるからさ」

夏「我慢させてしまって申し訳ないですね」

冬「すいません、わたし達に付き合ってもらって」

風子「……ううん、私も行きたいから。気にしないで」

姫子「……」


稚内から利尻島へフェリーが出ている。
その後の予定を考えると、早めに乗って行き、早めに帰ってこなくてはいけない。

私の我侭は抑えるべきだよね。

みんなに迷惑をかけるのは嫌だから。
296 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/06/15(金) 17:36:49.52 ID:hVp+zQVTo

姫子「なんて、乗り遅れたらそれでもいいかな……」

風子「…………いいの?」

姫子「我慢して旅を続けても、楽しさが薄れるだけかなと思ってさ……」
   
風子「……」

姫子「予定は遅れてもいいか。……一応、飲みすぎない程度で」

風子「うん。冬ちゃん、探してこよう」

冬「は、はい」


相手に合わせているだけでは、楽しめない。

楽しめないのなら、相手も楽しめられない。

姫ちゃんが時間の鎖を断ち切ってくれた。

この気持ちを持ち続けていれば、楽しさは倍になる。

とことん、楽しもう。


風子「これがしそ焼酎なんだね」

冬「えっと……詳しくは分かりません」

風子「北海道生まれの焼酎だよ」

冬「リズムのいい名前ですね」

風子「うん。ラン ララ ラン♪」

冬「クスクス」


でも、これは私たちの地元でも見たことがあるから、また今度。


風子「うーん、これでいいかな」


目に留まった瓶を手に取る。


冬「それですか?」

風子「うん、これにしよう」


旭川の地酒を入手。
297 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/06/15(金) 17:37:56.02 ID:hVp+zQVTo

野菜コーナーで澪ちゃんたちを発見。

4合瓶を大切に持っている冬ちゃん。


夏「なんで、そんな持ち方してんの?」

冬「落とさないように」

夏「ふーん」

姫子「他に買うものない?」

澪「えーと、ベーコン、ほうれん草、にんにく、赤唐辛子……。こっちは大丈夫」

風子「えーと、お酒。こっちも大丈夫」

夏「えーと、冷凍みかん。オッケー」

澪「冷凍みかん、あったんだ……?」

夏「4個入りなので、一つ足りませんけど」

澪「よ、よし。ジャンケンだな」

冬「負けませんよ」

夏「こっちだって、見つけたのあたしだからねー」

風子「よーし、ジャンケン――」

姫子「先ず会計が先ね」


燃え上がる闘志に水を差す姫ちゃん。



「ありがとうございましたー」


会計を済ませて自動ドアをくぐると、柔らかくも眩しい日差しを受けた。

外の空気がおいしいのは気のせいじゃないよね。

298 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/06/15(金) 17:39:25.50 ID:hVp+zQVTo

ジャンケンは姫ちゃんが負けた。


姫子「おいしいね、冷凍みかん」

澪「夏の風物詩だからな」

風子「風物詩なんだ」


ベンチに座ってみんなで食べる。
シャクシャクと音がする。

ひんやりとした食感、それと同時に口の中に広がるみかんの甘み、程よい酸味がとても美味しい。
この香りも好き。


冬「どうぞ」

姫子「ありがと」

夏「どうぞ」

姫子「……ありがと」

澪「どうぞ」

姫子「…………うん」

風子「はい」

姫子「……」


姫ちゃんの手の平にたくさんの房が載せられていく。


風子「ごちそうさま、っと」


ベンチから腰を上げて、みんなから受け取ったみかんの皮を捨てるためにゴミ箱へ。


風子「……」

「……」


かごを持って、店内へ入っていく女性とすれ違う。
これから夕飯を買うのかな。
ありふれた日常が隣にあるのに、私は、私たちは遠く離れた場所にいる。


風子「……」

「……」


スーツ姿の男性。

仕事帰りなのかな、それとも会社の買出しなのかな。


「おかぁさ〜ん」

「お菓子食べながらゲームするでしょ、だーめ」

風子「……」


お母さんに甘える男の子。
これから学校の宿題が待っているのかもしれない。
299 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/06/15(金) 17:45:57.06 ID:hVp+zQVTo

夏「戻ってきたよ、しゅっぱーつ」

冬「まだ姫ちゃんさんが食べ終わってないよ」

姫子「もぐもぐ」

澪「いい天気なんだけど、雨降るのか……」


みんなの顔を見て、そんな時間から離れているという実感が沸く。心がくすぐられる。
腕時計は4時12分を示している。
いつもの私はこの時間になにをしていたっけ。


風子「まだ大学で勉強……と」


ダメダメ。
北海道まで来て、学校のことを考えるなんて。

遠くへとんでいた気持ちを引き戻す。

朱鞠内湖はもうすぐそこのはず。
到着してからの工程も頭に入れておく。

昨日と今日でバタバタとしている私たち。
キャンプ地でのんびりしたい気持ちもあるけれど、出会いたい場所と時間がある。
まだ出会える人も居るかもしれない。

期待が大きく膨らんでいく。


風子「……」

姫子「もぐもぐ」


最後の一房を口に入れて立ち上がる姫ちゃん。


姫子「……行こうか」

冬「朱鞠内湖まで、あとどのくらいでしょう」

風子「1時間くらいだよ」

夏「あ、今川焼きが売ってますよ」

姫子「夕飯食べられなくなるよ」

夏「いい匂い〜」

澪「んー……っと」


体を伸ばしている澪ちゃん。

本当だ、甘い香りが漂ってきた。

冬ちゃんを先頭に駐車場へ。


車に乗り込み、出発。

300 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/06/15(金) 17:47:32.16 ID:hVp+zQVTo

夏「今日は早く眠れそうですね」

澪「そうだな。ゆっくりできそうだ」

風子「昨日と同じ役割分担でいいかな」

冬「……はい」

風子「?」


助手席に座っている冬ちゃんの声が弱くなっている。
ゆらりと頭が揺れていた。
車の移動ばかりで体の負担が大きいのかもしれない。

こっちの運転は澪ちゃんと交代交替しているけれど、姫ちゃんは一人で運転している。
だから疲れもそれなりにありそうだね。あとで聞いてみよう。


目的地へ走る車内はしずかになった。


澪「……」


窓の外を眺める澪ちゃん。


夏「……」


同じく反対側の窓を眺める夏ちゃん。


冬「……すー」


シートに体を預けて眠る冬ちゃん。


風子「……」


前を見てハンドルを握る私。


ゆっくりとした時間が車内を流れていく。

301 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/06/15(金) 17:48:20.57 ID:hVp+zQVTo


――…


風子「とうちゃく〜」

夏「ほら、冬ねぇ、起きて」

冬「……うんー」

夏「起きてってば」

冬「んー……」


なかなか目を覚ましてくれないね。可愛いからそのままでもいいけど。


澪「それじゃ、受付には私が行ってくるな」

冬「あぁ、ダメですっ、わたしが行きます!」

澪「う、うん。任せる」

冬「はいっ」


車から降りて駆けて行った。
ヘルメットを外しながら姫ちゃんが近づいてくる。


姫子「どうしたの、慌てていたみたいだけど」

夏「澪さんが行こうとしたので」

姫子「?」

夏「細かい処理はあたしらがやりますから」

風子「……」


いい子です。
302 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/06/15(金) 17:50:33.84 ID:hVp+zQVTo

冬ちゃんが戻るまで雑談タイム。


夏「いきなり澪さんが叫ぶからびっくりしましたよ〜」

澪「私もびっくりだ」

姫子「なんて叫んだの?」

夏「馬だっ! って」

姫子「道中にたくさん見たでしょ」

澪「そうだけど、あんなにたくさん並んでいたの初めて見たから……」

姫子「あ、だから徐行したんだ」

風子「そうです」


群れを成して走っていたのでゆっくりと運転をしました。


澪「もっと近くで見たかったな」

夏「でも、馬は臆病な性格らしいですよ。逃げられるかも」

澪「そうか、私と一緒だな」

姫子「……」

風子「乗馬してみたいね」

姫子「いいね」


そんな話をしている内に冬ちゃんが駆け寄ってきた。


冬「手続き済ませてきました」

風子「ありがと〜、お疲れ様〜♪」

冬「いえいえ〜」

姫子「サイトは?」

冬「第3サイトですよ」


キャンプ場は第1サイトから第3サイトまであって、
第1サイトはコインランドリー、シャワー室、レストラン、売店の各施設が整っていて便利。
第2サイトはそれより奥にあって、湖の傍でテントを張ることができる。
そこでも良かったんだけど、どうせならということでさらに奥にあるサイトで過ごすことに決定。
303 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/06/20(水) 23:36:56.02 ID:3VYXPwr4o

――― 朱鞠湖内 ―――


姫子「いいね、ここ」

風子「とってもいいね」

姫子「そこに座ろう」

風子「うん」


湖のほとりで、二人並んで草の上に腰を下ろす。

目の前には綺麗な風景が広がっていて、私たちを優しく包んでくれているみたい。
これから夕陽に変わる時間帯、一日の終わりに入っていく。
湖に反射している木々は太陽に照らされていて緑鮮やかに映っている。

木々から視線を移して、遠くにある対岸の森をみつめる。
向こうからこっちをみても同じ光景なのかな。ここには私たちがいるんだけど見えているのかな。

そして、そのまま視線を上に移動して、少し褪せたような薄い青空を瞳に映す。
白が混ざったような、黒が混ざったような、そんな薄い空。

風は無く、木々も穏やかに佇んでいて、
土の匂いと鳥たちの囀りが時の流れを緩やかにする。

気持ちが落ち着くのは空気が澄んでいるせいかな。
自然の中はどこまでも穏やかな気持ちになれるから好き。

生きている者としての本能だね。


空を眺めていると小さな光が反射した。

飛行機が飛んでいる。

雲の上、遥か、遥か上空を、私に見つかったことにも気付かないで、まっすぐに飛んでいく。


湖に反射した木々、対岸の森、空に留まる薄い雲、青と黒が混ざった空、
風、匂い、見るもの全て、感じるものの全てがゆっくりと流れていた。

304 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/06/23(土) 16:59:17.32 ID:cdyeIgfIo


姫子「ねぇ風子、なんだっけ、夕日が似合う曲」

風子「……」


前に二人で聞いて、紹介したことがある曲のことかな。


風子「イパネマの娘?」

姫子「それはボサノバでしょ?
   クラシックで……えっと、ピアノソロだったような」

風子「ジムノペディ?」

姫子「そうそれ」


私の答えに納得して、ポケットからオーディオプレイヤーを取り出している。


姫子「聴いてみようかな」

風子「ずるい」

姫子「……ずるくはないでしょ。ほら」

風子「ありがと」


姫ちゃんに寄って、右側のイヤホンを借りる。


〜♪


聴きなれたテンポに聴きなれた音階が流れてくる。
だけど、特別な音に聴こえるのはどうしてだろう。
いつもとは違う空間にいるから、かもしれない。


私たちも自然に溶け込むようにしずかで特別な時間を味わう。


せつなくて、物悲しげな雰囲気のこの曲。
一日の終わりのこの時間に合っていて、とても感傷的になる。


風子「……」

姫子「……」


いつもとは違う4分間が終わった。

あぁ、せつない。


風子「あぁ、切ない」

姫子「……感情がこもってないんだけど」

風子「あぁ、せつない」

姫子「わざとらしい」


私たちだけの時間。
305 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/06/23(土) 17:00:16.34 ID:cdyeIgfIo

風子「やっぱり、自然の音には敵わないね」

姫子「そうだね」


自然が奏でる音楽。

そしてまた、さっきと同じ時間を共有する。


風子「……」

姫子「……」


何を見るでもなく、何を話すでもなく、ただ、同じ場所で同じ景色を眺めているだけ。

心を目の前の風景に合わせているだけ。


迫られる事が今はない。

あれをしなくてはいけない、これをしておきたい、それをどうしよう、どれをえらぼう。

それらから離れて、自由気ままに過ごせる。


「姫子さーん、建てましたよー」


夏ちゃんが呼んでいる。


「ふぅちゃんさーん!」


姫子「わたし達も手伝うのにね」

風子「自分たちでやってみたいんだよ」

姫子「それは分かるけど」

風子「おかげでのんびりできたね」


三人で建ててみたいと提案されたので、テントの設営は任せたんだけど、
どうなっているかな。
306 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/06/23(土) 17:06:56.05 ID:cdyeIgfIo

私たちがツーリングテントを建て終わっても、三人はまだムーンライトテントの設営に悪戦苦闘していた。
一通りやってみるから、と助言を遮られたので二人でほとりへと散策したわけです。

ちゃんと設営できたみたい。


風子「昨日の設営だけで、よく建てられたね」

夏「大変でしたよ」

冬「楽しかったね」

姫子「まだ太陽は沈んでいないけど、火をつけようか」

澪「それもやりたい!」

風子「姫ちゃんは上手なんだよ、枝と板があればなんのその」

澪「分かった!」


駆け出していった澪ちゃん。
なにが分かったのかな。


冬「原始時代でも生きていけますね」

姫子「ライター使うから、そんな技術ないから」

夏「なぁんだ」

冬「そうですか」

姫子「というか、原始時代ってなに?」

冬「えっと……」

風子「旧石器時代とも言われていて〜」

姫子「はいはい。概要を聞いているんじゃないって」

澪「持ってきたぞ」


右手に木の枝、左手に薄い板を持っている。


姫子「違う、出来ないから」

澪「……そうか」

風子「やってみようよ」

冬「いいですね、やってみましょう」

夏「それじゃあ、ふぅちゃんさん達はそっちで、あたし達はこっちで火を起こしましょう」

姫子「ライターですぐなんだけど」

風子「それはどうかな」

姫子「……いいけど」


二手に別れて勝負が始まる。
307 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/06/23(土) 17:08:10.75 ID:cdyeIgfIo

風子「頑張ろうね」

冬「はい!」


冬ちゃんは枯れた葉っぱや枝を集めてその上に板を乗せる。
私は摩擦箇所を作るために穴を空け――


姫子「終わったよ」


私たちは勝負に負けた。


―――――


わたし達は勝負に勝った。……のかな。
文明の利器に抗おうとしたらしい。


風子「僅差だったね」

姫子「煙すら出てないでしょ」

夏「あれで火が付くんですか?」

風子「どうなのかな? 適当にやっただけだから、分からないよ」

姫子「ちゃんと責任持ってよ。澪が今頑張っているでしょ」


投げ出した風子の変わりに澪が懸命に枝を擦っていた。


冬「澪さんの代わりにわたしが料理をしますね」

姫子「!」


袖を捲くってやる気を出している。冬は本気で料理をするつもりだ。
ちゃんと食べられるような夕飯にするために止めなくてはいけない。


澪「だ、ダメだ冬っ……。私が作るから休んでいて」

冬「そうですか……」

夏「……危ない」


夏もわたしと同じ気持ちだった。

薪をくべて火力を強めること5分近く。


姫子「こんなものかな」

夏「手際がいいですね」

姫子「まぁ、ね」

冬「ふむふむ」


冬が観察して火の起こし方を吸収しているみたいだ。
308 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/06/23(土) 17:10:23.33 ID:cdyeIgfIo

澪「……」


その横で澪が下準備をしていた。

一人暮らしの澪の調理に興味がある。


澪「よしっ」

姫子「……」

風子「本当に手伝わなくていいの?」

澪「声をかけるから、その時にお願い」

風子「分かった」

澪「さて、と」


買ってきた水をコッヘルという万能鍋に移している。


姫子「あ、ちょっといい?」

澪「ん?」

姫子「沸かして茹でた水は捨てるだけだよね」

澪「あ、そうか。もったいないな」

夏「水汲んできます!」

冬「行ってきます!」


二人で駆け出していった。
容器を持たずに。


風子「しょうがないなぁ」


そう言って駆け出す風子も何も持っていない。


澪「容器はここなんだけど……」

姫子「風子は遊んでいるだけだから」


折りたたみ式容器。
小さく折りたためて携帯するには便利なアイテム。


澪「どのくらい入れたらいい?」

姫子「半分くらいかな……」

澪「全部入れると重くなる?」

姫子「うん。でも、夏もいるから、一緒に持てば軽いよ」

澪「うん、行ってくる」

姫子「……」


走っていく後ろ姿を見送って、わたしは自分の作業にとりかかる。
309 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/06/23(土) 17:13:38.36 ID:cdyeIgfIo

目の前で火が燃えさかっている。


姫子「……」


太陽がまだ沈んでいないので、目の前の火が頼りなく映る。


姫子「同じ火なのに」


少し自分勝手な心に呆れた。


視線を上げて、テントに横付けされた相棒を眺める。
相棒だなんて、それも自分勝手に聞こえる。

傷をつけてしまった。

自分で手に入れた最良のもの。
だから、愛情を込めて相棒と呼んで大切にしていた。
なのに、不注意から傷をつけてしまった。


姫子「違うか……」


そうじゃない。

最良のものだから、わたしの相棒だから、
今、ここに居ることができる。と信じよう。

楽天的なのかもしれないけど、救われたのは確かだから、これからももっと大切にしたい。


姫子「……」


立ち上がって車体に近づく。

ゆっくりと縦線の傷をなぞる。

そして、流れるように車体をなぞっていく。


風子「……」

姫子「よく転ばなかったな……」

風子「……」

姫子「……よかった」

風子「……」

姫子「コイツのおかげかな」


メーターのすぐ下にフクロウの飾りがある。
守り神として買ったストラップだった。
縁起物として高校時代から――


風子「それ、高校の時から持っているよね」

姫子「……そうだけど。なにしてるの?」


振り返って尋ねる。
310 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/06/23(土) 17:17:36.59 ID:cdyeIgfIo

風子「?」

姫子「いや、いつからそこにいるのかなって」

風子「その子を愛おしそうに見つめている時からかな」

姫子「……あ、そう」


客観的に指摘されると恥ずかしかったりする。
再び向き直り、傷を右の掌で包む。


姫子「……」


わたしだけではなく、周りの人をも不幸にしてしまうところだった。
それから守ってくれたことに感謝して、新たに誓う。

もう事故は起こさないから、と。


姫子「さて、と」


腰を上げて焚き火へと足を向ける。

自分で手に入れたからこそ、愛しい気持ちが湧いていく。


冬「なにかあったんですか?」

姫子「え?」

夏「なんというか、顔付きが勇ましくなってます」

冬「はい」

姫子「女性に使う言葉じゃないでしょ」

風子「これから事故は起こさないって」

姫子「……口に出てた?」

風子「ううん、なんとなく」

澪「……」


なんとなくであてられた。


澪「よし、やるぞ」


澪が袖を巻くっている。

その横で冬が鍋に水を汲んでいた。


姫子「どうしてなにも持たずに走っていったの?」

夏「持っていきましたよ、一応」


そう言って1.5Lのペットボトル容器を見せる。
311 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/06/23(土) 17:20:48.16 ID:cdyeIgfIo

澪と目が合う。


澪「出来上がるまで暇だろうから、遊んできていいよ」

姫子「それじゃ、お言葉に甘えて」

夏「あ、そうだ……!」


夏は何を思ったのか、テントに向かって走って行った。


風子「私が手伝うから、冬ちゃんも遊んできていいよ」

冬「え、でも……」


いい判断だと思った。


澪「姫子と遊んできて」

冬「は、はい」

夏「姫子さん! これやりましょう!」


手に持っているのはボールだった。
キャッチボールか。

ひさしぶりだな。


姫子「うん」

夏「あっちでやりましょ」


澪の作るペペロンチーノを密かに期待しながらその場をあとにする。

夏が指した方向はキャンプ場らしく広々とした場所。
わたしたち以外には……、


姫子「人、あんまりいないね」

冬「そうですね、平日だからでしょうか」


そうだった。
世間ではまだ夏休みも入っていない、初夏の季節。


夏「いきますよー!」

姫子「うん」

夏「えいっ」


シュー

冬「……」


夏が投げたボールを冬が目で追っている。

低い弧を描いてわたしへ飛んで来たのを右手で捉える。

素手でも取れる軟球だった。
312 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/06/23(土) 17:23:08.68 ID:cdyeIgfIo

夏「反射神経、衰えていませんね」

姫子「まぁ、ねっ」


シュッ

夏に投げ返す。

シュー

冬「……」


バシッ

夏「おっとぉ」

姫子「あれ……」


コントロールの悪さは相変わらずだった。


夏「相変わらずノーコンです、ねっ」


シュー

冬「……」


パシッ

姫子「……」


シュッ

無言で返す。

わたしは小さい頃からコントロールが悪い。
ソフト部に入ってすぐに、新入部員と上級生で練習試合を行った。

打者が打ち返したボールをグローブへ納めたまではよかった。
しかし、ファーストへ送球した筈なのに、フォローに走っていたライト選手にボールが飛んでいってしまった。
この間抜けな展開にチームメイト、対戦相手、ベンチに座っている上級生、監督に笑われた。


夏「それっ」

シュー

冬「……」


緊張するとノーコンになる。
最初から上手くしようとするからコントロールがダメになる。
変な癖がついていた。
だからキャッチボールをして感覚を掴まないといけない。


姫子「……」

シュッ

冬「……」

夏「よっ、と」

パシッ


小さめにジャンプをして掌に収める夏。
313 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/06/23(土) 17:27:02.49 ID:cdyeIgfIo

部活前には必ずキャッチボールをしなくてはいけなくなった。

部員はいい人たちばかりで、わたしが変なところへ投げても笑顔で付き合ってくれた。
気にしないで、ドンマイ、いい運動になるよと分かりやすい嫌味で笑ってくれた。
自然とローテーションが組まれ、わたしの相手をしてくれる人が日替わりになる。
おかげで部員達とも早く仲良くなれたので、得をしたのかもしれない。

一年が過ぎ、3年生が卒業をして新一年生が入学してきた。

綺麗なユニフォームを着た夏がわたしの相手となった。


夏「なんですか?」

姫子「え?」

冬「楽しそうです」

姫子「まぁ、ね」


口元が緩んでいたみたいだ。


夏「んー?」

シュッ


冬「……」


パシッ

姫子「夏、一番最初にキャッチボールをした時の事、覚えてる?」

夏「え? ……覚えてますよ」

冬「……」

姫子「思い出してたっ」

シュッ


少し強めに投げる。


冬「あ……」

夏「あ、っと!」


ちゃんと掴んだ。


夏「薄暗くなっているんだから、気をつけてよ!」

姫子「ごめんごめん」


口で謝っても、わたしは笑っているんだろう。


夏「もぅっ」

シュッ


あの時とは変わったようで、変わっていない関係だな。

わたしが投げたボールは夏の遥か上空を飛んでいった。
それを目で追って、わたしを呆れ顔で見返していた。
いや、呆れていたんじゃなくて困っていたのだろう、あの時の夏は。
314 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/06/23(土) 17:29:36.70 ID:cdyeIgfIo

バシッ

姫子「あ……」


少し物思いに耽っていたせいで、飛んできたボールを手で弾いてしまった。
掴み損ねたボールは冬の足元へ転がっていく。


わたしの制球の悪いボールを一所懸命に追いかけてグローブに収めた夏。

わたしもそれに応えたくなって、真剣になっていた。

その日から、夏がわたしのキャッチボール相手になる。


冬「どうぞ」

姫子「さんきゅ」


今のように会話は無かった。仲良くもならなかった。
夏が冬とのことを抱えていたから、夏自身が少しだけ自分らしさを失っていた。
わたしはそれに気付きもしないまま、キャッチボールだけの日々は続いていく。

高校三年生の秋までは。


冬「わたしもキャッチボールをしたいです」

夏「なに言ってんの、冬ねぇはとろいからダメだって」

姫子「……じゃ、はい」


陽の沈んだ空に高く投げた。


夏「取れるわけ無いでしょ」


と、呆れ顔の夏。


姫子「取れなくてもいいよ」

冬「おっと……っと……と?」


フラフラとボールを追っかけている。


姫子「オチが見えた」

夏「あたしも」

ポンッ

冬「った……!」


予想通り、額でボールを受け止めた。
そのボールがわたしに向かってきた!


ポスッ

姫子「った……!」

夏「な、なにやってるんですか」

姫子「び、びっくりしたー……」

冬「痛くないですけど、びっくりして声が出ますよね」


気を抜くとすぐこれだ。
しばらくは気を張っていた方が良いかもしれない。
315 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/06/23(土) 21:47:29.11 ID:cdyeIgfIo

焚き火に戻ると、鍋にパスタを投入している所だった。
ジューと野菜の焼ける音と、いい香りが漂っている。


風子「もうすぐ出来上がるよ」

姫子「……うん」

冬「なんですか、それ?」

澪「塩だ。タイミングが難しくてな……」


サッサと塩をかけている。
ペペロンチーノ澪風と言ったところかな。


夏「いい匂い」

澪「胡椒は……今っ」

冬「ジャムもありますよ」

姫子「いらないから!」

冬「……そうですか」


こんな風に実験をしているのだろうか。

夏と目が合って、コクリと頷かれた。
わたしとなにかが通じたみたいだった。


澪「こんなものかなっ」

風子「冬ちゃん、鍋から取り分けてくれるかな」

冬「はいっ」

夏「姫子さん、どうしてあたしが姫子さんの相手を続けたのか分かります?」

姫子「ううん、理由があったの?」

夏「最初の部活が終わってから、部室でキャッチボールのこと聞かれたんですよ」

姫子「そう……」


キャプテンかな。
夏とは結構気があっていたような……。


夏「あの先輩、ノーコンだろう、って」

姫子「……」


キャプテンだ。人をからかうのがその証拠。


夏「その時、姫子先輩が馬鹿にされている、と思ったんですね」


久しぶりに先輩と呼ばれた。


夏「だから、変な意地が出てきて、
  次の日もあたしがキャッチボールの相手をすることにしたんです」

姫子「……ふーん」


確かに変な意地だな、と思った。
316 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/06/23(土) 21:50:27.41 ID:cdyeIgfIo

夏「真剣に投げる人を馬鹿にしているようで、少し腹が立った。って訳ですよ」

姫子「……」

風子「ふむふむ」

夏「でも、それはあたしの勘違いだと次の日に気付いたんですけどねー」

澪「それじゃ、その日でお終いだった?」

夏「いえ、キャプテンがあたしを姫子さんのパートナーに押し付けたんですよ」

姫子「そうだったの?」

夏「そうですよー」

冬「……」


わたしの一つ上の先輩だった人で、夏の二つ上。
冬がマネージャーとして入部したのは2年生の春だから、
キャプテンだったあの人のことを冬は知らない。


風子「私の知ってる人?」

姫子「ううん、知らない人」

風子「なぁんだ」

冬「どんな人?」

夏「キャプテンに任命される人は大抵、大らかな人って相場が決まっているんだよ」

冬「そうだね、本に登場する人たちはそんな雰囲気だね」

夏「あ、ごめん、適当だから」

冬「……」

澪「だ、騙された」


もう一つの鍋で作ったスープ、澪はそれを容器に移しながらショックを受けていた。


姫子「コーンスープも作ったんだ」

澪「うん。どうぞ」

姫子「ありがと」

風子「はい、ペペロンチーノ初夏の香りに乗せて〜、だよ」

夏「なんですかそれ」

風子「メニューに書かれてるでしょ?」

夏「あぁ、シェフの気まぐれソース、とかですね。
  というか、初夏の具材を使ってないですよ?」

風子「私が気まぐれに名づけたからいいんじゃないかな」

姫子「作ってないでしょ」

澪「Stylish Peperoncino Mio.だ」

冬「おいしそうですね」


自分の名を入れる程の自信作らしい。
317 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/06/23(土) 21:52:23.43 ID:cdyeIgfIo

見た目は……、うん、おいしそうだ。

みんなの手元に配られたのを見届けて、


夏「いただきまーす」

冬「いただきま〜す」

風子「いただきます」

姫子「いただきます」

澪「……」


パスタをソースで絡めていく。
フォークを口元へ運ぶと、ガーリックの香りが食欲をくすぐった。


夏「ん!」

冬「おいしいですっ!」

姫子「……うん」


同意。
こってりとしているけど、しつこくない。わたしに合っている。
今度はほうれん草を。


姫子「……うん」


バターで炒めたはずなのに、あっさりしていて……本当においしい。


姫子「おいしいよ」

澪「……よかった」

風子「コーンスープを作ったの私なんだよ」

姫子「うん、今はパスタを食べてるから、スープの感想は後でね」

風子「……」


感想を強請る子どもじゃないんだから。

箸が進む。フォークだけど。


冬「箸が進みますよ」

夏「フォークだけどね」

澪「ふふっ」

姫子「……」

風子「パスタの茹で具合が絶妙だよね」

澪「……そ、そうだな」


澪が困っている。
風子が自画自賛しているのだろう。

スープにも口をつけて、おいしさを噛み締めた。
318 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/06/23(土) 22:18:30.40 ID:cdyeIgfIo

――…


ジャブジャブと風子が温めたお湯を使って皿を洗う。
最後に冷えた手を暖める為、少しづつ使うのがコツ。


姫子「昨日サボってた分、わたし一人でいいのに」

澪「それは寂しい、ぞ」


澪は料理をしたから休んでいてもよかった。
でも、ここに一人で皿を洗っているのは寂しいだろうな。

ここのサイトは利用者が少ない。
テントが3つだけで、灯りが適度な間隔を保っている。

太陽が沈んで、辺りはすでに暗くなっていた。


澪「終わった?」


洗い終わった皿を確認。


姫子「うん、戻ろうか」

澪「……うん」


変なの。
洗っている最中は夢中になっていたからそんなことなかったのに、
今の澪は何かに脅えるようにビクビクしている。


澪「……」

姫子「……」

澪「……っ」

姫子「……っ」


いけない、わたしも少しだけ怖くなってきた。

視線を感じて、よくわからない緊張が走った。


澪「……」


視線の主は隣を歩いていた澪だった。
その不安そうな目がわたしの心を怯えさせる。


姫子「な、なに?」

澪「な、なんでもない」


スッと目を逸らされる。
思わせぶりな態度とか、やめてほしいんだけど……!


姫子「さ、最近映画観た?」


テントへ辿りつくまで雑談をしよう。
他愛のない話だから大丈夫。


澪「見た。人と……妖怪が触れ合う内容の映画」


ま、また妖怪……。
319 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/06/23(土) 22:19:47.49 ID:cdyeIgfIo

姫子「触れ合うってことはいい映画だった?」

澪「うん。優しいストーリーだった」


それなら大丈夫かな。


澪「妖怪と人の寿命は違うから、遺された妖怪がせつないんだ」

姫子「何千年と生きるらしいからね」

澪「う……」

姫子「どうしたの?」

澪「……思い出してしまった」

姫子「なに、を――」


しまった。訊かない方が良かった。


澪「机の下から二つの目が覗いてくるんだッ……!」

姫子「言わなくていいから!」


ダッと走り出す。


澪「ま、待って!」


止める言葉を振り切り、わたしは走り続ける。
風子達はすぐそこだ。

火の灯りが見えて、安心すると同時に不安に陥る。


姫子「え――」


三人の姿はそこにはなかった。

代わりにあるのは、
冬が着ていたカーディガンと、
夏が履いていたスニーカーの片方。

その二つがゆらゆらと燃える火に照らされていた。


澪「な――」

姫子「なに、これ」


なにが起こったのか。

三人が姿が忽然と消えた。


姫子「……」


風子が座っていた場所にメガネがある。

体中の力が抜けていく。
320 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/06/23(土) 22:22:01.11 ID:cdyeIgfIo

澪「こ、これは一体……」

姫子「ま、いいか」

澪「よ、よくないぞ」

姫子「いいって。座ってよ」

澪「で、でも」

姫子「そろそろ出てくるんじゃないかな」


薪を拾って放り投げる。
見事に火から外れて飛んで行った。


「ダメじゃないですか、ふぅちゃんさん」


夏がその薪を拾う。

夏の肩に持たれながら風子も火に照らされる。
その横には風子が着ていたチェックのジャケットを着た冬。


風子「どうして引っかからなかったの?」

姫子「それ」

冬「?」

夏「眼鏡?」


丁寧にハンカチの上に置かれているメガネ。
違和感ありありだった。


澪「?」

姫子「次からは無造作に置いた方がいいよ」

風子「そうする」

澪「あ、そうか。そういうことか」

夏「どうして走って来たの?」

澪姫子「「 べ、別に? 」」


怖かったからとは言えず、ただ誤魔化す。


冬「どうぞ」

風子「ありがと、それじゃ、みんなでいただこうか♪」


大事そうに抱えていた瓶を風子に渡している。
スーパーで購入したお酒だ。

そして、澪は風子のメガネをなにを思ったのか、自分にかけた。


澪「うっ、チカチカするっ」

風子「度数強いから」

夏「くんくん……ふむっ!?」


注がれたコップの匂いを嗅いでいる。
アルコールがきつかったようだ。
321 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/06/23(土) 22:25:42.30 ID:cdyeIgfIo

姫子「飲むの?」

夏「……好奇心ですよ」

姫子「止めはしないけど」

風子「どうぞ〜」

澪「あ、ありがとう」

風子「みんなに行き届いたね、それじゃカンパ〜イ」


風子一人、焚き火に向かって祝杯を掲げている。

右手に持った小さな器を揺らすと、水面にゆらめく炎が反射する。
不思議と心がくすぐられたのを感じて、そのまま口へと運ぶ。


姫子「……ふぅ」


おいしい。
まろやかな香りと、喉を通り過ぎた後、胸にくる心地よい熱さ。

そういえば、
さっきの夏の反応ではお酒には慣れていなかったみたいだけど、大丈夫かな。


夏「…ッ……かはっ」

姫子「大丈夫?」

夏「だ、だいじょう…ぶ」

風子「それじゃ、二杯目注いであげるね」

夏「あ、いや、自分のペースでやりますから、平気ですっ」

風子「そう?」

夏「はい、……はい」


風子を静止させた。
澪はどうだろう。


澪「……っ」

姫子「一気!?」

澪「…………はぁ」

姫子「……」


慣れてるみたい。

風子は、


風子「……はぁ〜」


幸せそうだった。

風子はこんな時間をとても楽しんでいる節がある。

気が解れるから楽しいのか、人が集まるから楽しいのか、
わたしにはその理由が分からない。
ありとあらゆる緊張を解いて満足そうにしているから、
それが移ってわたしの疲れも吹き飛んでいく。

まだまだ頑張れるって気になれる。
322 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/06/23(土) 22:27:07.40 ID:cdyeIgfIo

風子「冬ちゃんは飲んだことないの?」

冬「はい、ありません」

澪「だ、大丈夫?」

冬「せっかくですから、いただきますっ」

夏「ちょっ、冬ねぇ!」

姫子「澪のマネしなくても――」


くいっと傾けた。


冬「――ふぅ」


違和感。


夏「なんでそんなに落ち着いてんの?」

冬「そう?」

夏「初めて飲んだでしょ……?」

冬「うん」

風子「適正があるんだね、どうぞ〜♪」

冬「あ、ありがとうございます」

澪「風子、割った方がいいんじゃないかな」

風子「そうだね」

姫子「はい、水」

風子「ありがと〜♪」


アルコールに強いのかな。

と、冬をみつめていると背後から声がかかった。


「こんばんは〜」


男性の声。
軽くてのんびりとした声がわたし達の視線を集める。


軽男「やぁやぁ、オレも仲間に入れて…く……れ……」

風子「……」

澪「……」

夏「……」


今までの空気が薄れていった。


軽男「うわ、ひょっとしてオレ、空気壊した? もしかして、グループで囲んでんの?」

姫子「……そうです」

軽男「あっちゃ〜、悪いことしたわ。すまんね〜」

澪「……」


翻して去って行こうとする。
さて、どうしようかな。
323 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/06/23(土) 22:28:32.36 ID:cdyeIgfIo

風子に視線を送って、判断を委ねる。


風子「……澪ちゃん、どう?」

澪「ど、どうって?」

夏「悪い人ですか?」


ヒソヒソと交わしている。

確か、見て分かるんだっけ。
良い人か、悪い人か。
印象では悪い人には見えなかったけど。


澪「……さ、さぁ?」


判断付かないみたいだ。
そういえば、昨日の夜はハイテンションだった。


風子「あの、その瓶は……?」

軽男「うん? あぁ、これは新潟のお酒だよ」


一升瓶を軽く傾けると、チャプンと音が鳴った。


姫子「どうぞ」


掌で空いているスペースへ座るように促す。


軽男「悪いね〜、独りは寂しくってさぁ〜、ダッハッハ!」

冬「……」


大口を空けて笑っている。
その豪快さに冬が驚いていた。

年の頃は25,6といったところかな。


軽男「飲むかい?」

澪「い、いえ、私はもういいです」

軽男「せっかくの上等酒だ、もったいないぞ〜?」

澪「……う、うーん」


困っていた。


風子「あ、飲んでみたいです」

軽男「……え?」


陽気でエネルギー溢れていた男性が鳴りを潜める。

それが普通の反応かもしれない。
初対面の人は風子の外見だけで判断すると真面目な子、という印象なのだろう。
わたしがそうだったように。
324 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/06/23(土) 22:29:54.68 ID:cdyeIgfIo

夏「あ、注ぎます」

風子「あ、ありがとう……」


今度は風子が夏の様子に驚いている。

風子が顔を寄せてくる。


風子「夏ちゃん、どうしたの?」

姫子「夏は知らない男性には顔見知りするから」

風子「え、昨日の夜は……?」

姫子「たぶん、自分を見ているようだったから、かな」

風子「……」

夏「どうしたんですか?」

風子「ううん、なんでも」


北海道に来てから、風子のこの誤魔化すような台詞が多くなったような気がする。


軽男「――ってなヤツがいたんだよ!」

澪「そ、そうですか」

冬「そ、そうなんですかぁ」

軽男「面白いなぁ! ダッハッハ!」

姫子「何の話してんの?」

澪「北海道って、毎年変な名物ライダーが登場するらしいんだ」


わたしが話しかけたからかな、ホッとしている澪。
興味のある話だから混ぜてもらう。


姫子「わたしも聞きたいです」

軽男「あぁ、いいぞぉ〜。
   去年はな、仔犬をかごに乗せて走っていたスクーター娘がいたんだよ!」

夏「へぇ……」

軽男「犬を飼うのに反対されて家出をして、そのままフェリーに乗ったらしいんだ!」


軽快に、楽しそうに話を続けている。


風子「おいしい……!」

軽男「そうかそうか、どんどん飲んでくれ!
   そんでなー、風の噂でそのスクーター娘の話を聞くと、
   どんどん犬が大きくなっているんだよ!」

冬「クスクス」

姫子「色んな人がいるんですね」

軽男「そうだなー、だから旅を止められないんだけどな!」

夏「一人旅?」

軽男「おうよ! だから、さびしーくなった時はこうやって混ぜてもらってんだ!」


寂しいという言葉が似合わないと思った。
325 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/06/23(土) 22:32:09.51 ID:cdyeIgfIo

軽男「一人旅は常に独りだから、人に飛び込んでいかなきゃ本当に孤独になるんだよな」

姫子「……」

軽男「だからさっきは結構勇気がいったぞ〜」

澪「……」


澪が静かに頷いて同意している。
わたしもそれは分かる。知らない人達の輪に入るのは勇気がいる。


冬「毎年、ここ北海道に来ているんですか?」

軽男「あぁ、今年で7年目だ。おっと、ありがとさん」

冬「いえいえ」

夏「お勧めの名所ってある?」


風子が選んだ種類のお酒を冬が男性に注いでいた。

夏がいい質問をした。


軽男「そうだなー。オレは知床が一番だなー」

風子「……!」

姫子「……」


風子の目が輝いた気がした。


―――――


私が行って見たいと思った景色。


風子「知床ですか……」

軽男「しかし、だ。ヒグマに注意! の看板が出ててくつろげなかったけどな!」

澪「く、熊……」

軽男「自然が綺麗だったぞ。さすがは世界遺産だ」

姫子「世界遺産か……。見てみたいね」

風子「……うん」


姫ちゃんに返事をして、器に入った日本酒に酔っていく。

おいしい。
326 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/06/23(土) 22:34:33.94 ID:cdyeIgfIo

軽男「オレにも教えてくれ。
   お勧めな場所はあるかい?」

夏「……うーん」

冬「神の子池はどうでしょう」

軽男「あぁ、あの場所はよかったなぁ! 透明度が高くてな!」

姫子「北海道を走り始めて、まだ2日なので7年の方にお勧めできるような場所はないかも」

軽男「そんなこと言わずにさ、教えてくれ!」

澪「うーん……」

姫子「えっと……」

冬「そうですねぇ……」

夏「……」

風子「勝手丼は食べましたか?」

軽男「それだっ! よし、明日は釧路へ行くぞー!」

夏「……釧路ですよ?」

軽男「余裕だって、そんくらいの距離」


す、すごい。


風子「今日、私たちが走った距離はどのくらいかな?」

姫子「えっと、大体……400kmくらいだね」


姫ちゃんがメモ帳を取り出して確認をしている。

8時間くらい走ったことになるね。


軽男「うまいなー、このお酒」

風子「旭川のお酒だそうです」

軽男「ふーむ、いいなぁ」

風子「このお酒も美味しいです」

軽男「そうかそうか。地元の味だから喜んでくれると嬉しいわ」

夏「少しだけいただきます……」

冬「わたしも……」

澪「わ、私も」

軽男「勝手に注いでくれー」


気持ちの良い人だなぁ。

と思っていると、眼鏡のレンズに水滴が付いた。
327 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/06/23(土) 22:35:34.24 ID:cdyeIgfIo

軽男「ありゃ?」

姫子「……雨」

軽男「強い雨が来そうだな。オレはこれで失礼するよ!
   楽しかったぞー」

風子「あ、このお酒!」

軽男「輪に入れてくれたお礼だ! 受け取ってくれい!」

風子「それじゃ、これを持っていってください」

軽男「おっとぉ、ありがたくいただくよ! それじゃーいい旅をしろよー!」

風子「……」

夏「……」


台風一過というのかな。
急にしずかになってしまったね。

ポツポツポツと雨足が強くなっていく。


冬「わっ、急いでテントに戻りましょう!」

夏「いっそげ、いっそげー」

澪「そ、それじゃ!」

姫子「おやすみ」

風子「おやすみ〜!」


二手に別れてテントの中へ。


ザァー

雨音が屋根を鳴らしている。

本格的に降り出したみたい。


風子「天気予報が当たったね」

夏「夜でよかった」

澪「そうだな」
328 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/06/23(土) 22:37:02.54 ID:cdyeIgfIo

ランタンを点けて一安心。
私と夏ちゃん、澪ちゃんの三人でテントを過ごすことに。
腕時計を確認すると9時に入るところでした。

もうちょっと火を囲んでいたかったけど、しょうがないよね。
さて、どうしようかな。


澪「せっかくの晩酌が物足りなくなったな」

風子「それじゃ、飲もうか♪」

夏「え……」

風子「慣れれば美味しく感じるよ」

夏「そ、そうですかぁ」

澪「まだ寝るには早いかな……?」

風子「疲れてない?」

澪「どうなんだろう、遊んでいる時って大抵疲れを忘れているからな」

夏「知らずのうちに溜めているかもしれませんよ」

風子「そうだね、それじゃあ……」


控えめにして、早々に寝てしまおう。
と、話をしていると、テントの入口に人の気配が。


冬「お邪魔します」

夏「どうしたの?」

冬「姫ちゃんさんの邪魔をしてはいけないと思って」

澪「あ、私も今日のことまとめておこう」


澪ちゃんは手帳とペンを取り出してランタンの前に移動している。

姫ちゃんに遠慮してここに来たんだね。


風子「それじゃ、花札しよう〜」

夏「あたし、花札のルールを知りません」

風子「教えてあげるよ。と言っても、細かい採点方法は分からないけどね」

冬「わたしも大体は知ってますよ」

風子「配るね」


シュッシュッシュッと三人分の手札を配る。


澪「わ、私もやるっ」

風子「うんー、分かった。まとめ終わったら声かけてね」

澪「わ、分かった」

風子「練習しながらやってみよう」

冬「はい」

夏「よーし」

風子「冬ちゃん、どう?」


頂いたお酒を傾ける。
高いお酒なのかもしれない。飲んでもスッキリとしていて、いい感じ。
329 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/06/23(土) 22:41:08.18 ID:cdyeIgfIo

冬「明日に響くといけないので、少しだけ……」

夏「えー、そんなにおいしいかなぁ」

風子「おいしいよ〜。多分、上等品だと思う」


冬ちゃんのグラスにゆっくりと注いでいく。
私も一緒にいただきます。


冬「いただきます」

風子「……ふぅ」


少量を口に含んだだけなのに、全身が緩んでいく。


夏「誰から始めますか?」

風子「夏ちゃんからでいいよ」

夏「それじゃスタート。……えっと、これは松ですか?」

風子「そう。同じ絵柄だから、その札を取ることができるよ」

冬「あ、ふぅさん……」


もう一つ、場には松の札があるけれど、夏ちゃんは同じ柄の札を取った。
私の手札にも松の札があるから、鶴がいる札は私のもの。


夏「それで、終わりですか?」

風子「山札から一枚取って、場にあれば取得できるよ」

夏「かるたみたいなものですね、っと。この梅ですね」

冬「鶯がいる札がいいよ」

夏「え、ペアで取るんじゃないの?」

冬「本当は、この鶴の方が点数が高いんだよ」

風子「これは、私がゲットするね。20点」

夏「20点?」

風子「夏ちゃんが取ったのは1点なんだ」

夏「えっ!? ふぅちゃんさん!?」

冬「ふぅさん、意地悪ですね」

風子「大丈夫、この方が覚えやすいでしょ?」

夏「なんだか、納得できないなぁ」


パラパラパラとテントを打つ雨。
雨音が弱くなってきたから、通り雨かな。


札を取る冬ちゃん。
杯を興味深そうに掲げている夏ちゃん。
メモ帳にペンを走らせている澪ちゃん。
私は一つ息を吸い込んで、この時間を堪能する。


楽しかった一日が終わる。


明日に期待を膨らませていく。


四日目終了
330 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/06/25(月) 23:26:37.91 ID:5G8crL5co


ふと、目が覚める。
外にナニカの気配を感じた。

誰かがいる。

ガサガサと物音が聞こえたのは気のせいなのか。
不安が付きまとう。

得体の知れないものが近くにいるという恐怖。


テントが揺れている。


少しだけ、耳を澄ますと気配の正体、


それは風が起こした悪戯だと知る。


不安と緊張が薄らいでいき、意識が隣で眠る二人に移る。
寝息が微かに聞こえ、自然と落ち着いていき、
鋭くなっていた神経がゆっくりと柔らかく解かれる。

どうして真夜中の目覚めはこうも人の心をかき乱すのだろうか。

小さいころの体験と似ている。
お母さんと一緒に横になってお話をしながら眠りに就くころ、
お母さんだけが先に寝てしまい、一人だけ起きているのが不安でしょうがなかった。
暗闇に私、独りだけが放り出されたような感覚に陥り、心細さが眠りを遠ざける。
早く寝てしまおうと目をギュッと閉じてしまい、それが逆効果になってしまったり。


夏「すぅー……」

澪「……すぅ」

風子「……」


今の私にはそんな焦りが薄れて無くなっていた。

早く、寝よう。


331 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/07/10(火) 23:02:04.96 ID:REPI6OzIo
すいません。
書き溜めておりますが、投下は当分出来ません。
起承転結の転結がうまくまとまりません。
すいません。
332 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/07/18(水) 23:13:37.89 ID:H404HLgb0
待ってます!
333 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/08/10(金) 22:41:22.37 ID:3Ict7fmUo
あぁ……早一ヶ月……

舞ってくれている方、ありがとうございます。すいません。

今まで貯めていたプロットが今、空中分解してます。
梅雨までには終わるだろうという目論見が外れました。

書きたいところは書き終えているんですがうがが
ぐずぐずしてたら夏が終わってしまう<('A`;)>

せめて風子は今夏中に……!
334 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/08/10(金) 22:50:20.34 ID:UBuAmzMEo
声が無事だったあの人の登場まで待たねばなるまい
335 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/01(土) 00:16:20.23 ID:CFhswu2Go
あの……その……ね。えっと、その……出ません。
こんなことを言ってしまうのは非常に心苦しいのですが……出てきません。
あの人ですよね……話が余計にこじれてしまうので……はい。
本編には出てきません!! ごめんなさい!!!


夏が終わってしまいました……ので細々と投下します。
336 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/01(土) 00:21:00.16 ID:CFhswu2Go


五日目


朝、目を覚ますと澪ちゃんはいなかった。
眼鏡を探し当て、かけると同時に腕時計を手に取る。


夏「……すぅー」

風子「4時……」


1時間くらいかな、おしゃべりしながら花札を楽しんだのは。
6時間くらいの睡眠だから、少し体に重たさを感じる。
夏ちゃんを起こさないようにして、しずかにテントを出る。


ひんやりと冷たい空気に触れて、ぼんやりとしていた意識が引き締まっていく。
……はずなんだけど、いつものような体の軽さが感じられない。

寝不足が原因ではなく、


悪い 夢 を見たからかもしれない。


体を伸ばしながら瑞々しい空気を吸い込む。


風子「ん…っと……」


少しだけ楽になったような気がした。

夜に降った雨は上がって、薄い霧が立ち込めるキャンプ場。

この景色と同じく私の心にも霞がかっているようだった。

疲れが取れていないのかもしれない。
自分の体の調子を確認していると、向かいのテントから姫ちゃんが顔を出してきた。


姫子「おはよう」

風子「おはよう」

姫子「今、何時?」

風子「4時だよ」

姫子「4時……。どうしようかな」

風子「?」

姫子「走ってこようかなって思ってさ」

風子「……」


第一サイトにはシャワーとコインランドリーが設置されているから、
ランニングをするにはちょうどいいかもしれない。

私も一緒に走りたいけど、体が少し重い。どうしようかな。
337 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/01(土) 00:25:07.53 ID:CFhswu2Go

姫子「決めた、走ってくる」

風子「……うん」

姫子「風子は3人が起きてくるの待っててよ」

風子「……分かった」

澪「おはよう」

姫子「おはよう、どこに行ってたの?」

澪「湖の方へ散歩してきた」


朝の清清しい空気のように、すっきりとした顔をしている。

後ろからテントのジッパーを降ろす音が聞こえた。


夏「はよーございま〜」

姫子「おはよう」

夏「んー……冬ねぇ起こしてきま〜」

風子「……」


夏ちゃんがもう一つのテントへ入っていく。

一日の始まり、みんなが活動的になったのに私の体がまだ重たく感じるのは、

……夢のせい。


「冬ねぇ〜、おきてぇ〜……」

風子「……」

姫子「風子」

風子「……?」

姫子「どうしたの?」

風子「……」


いけない。
黙っていては心配をかけてしまう。
338 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/01(土) 00:30:05.83 ID:CFhswu2Go

風子「こ…この霧のように……私の心も……」

澪「……霧が晴れていくな」

風子「まだ頭が覚めてないみたい」

姫子「……そう」

澪「お酒を飲んだ次の日だから、二日酔いかな?」

風子「……」

姫子「二日酔いとは違うような……」


鋭く察知してしまう姫ちゃん。


風子「眠りすぎてボンヤリしているだけだよ」


怖い夢を見たから少しだけ気分が悪い、なんて言えないよ。


姫子「……疲れたらすぐに言ってね、澪が頑張るから」

澪「私かい。……頑張るけどな!」

風子「ふふっ、……うん」


あの言葉、


― この中の誰かの命を運ぶつもりもないから。


信じてもいいんだよね。


澪「見て、入道雲」

姫子「あ、本当だ……」

風子「……」


壮大な雲が西の黒味がかった空を押しのけるように、
朝日を受けて白く輝き、もくもくと、どっしりと、
大きく、鮮やかに、とても綺麗な形をしている。

私はその大きな存在に見惚れていた。


澪「あれ、二人が出てこないな」

風子「……一緒に寝てるのかも」

姫子「着替えて走ってくるから、のんびりしてて」


そう言ってテントの中へ。


「起きて、朝だよ」

「ん〜……?」

「……あ…れ、朝…ですか?」

澪「ジョギングするってこと?」

風子「うん。キャンプ場内を軽く走る程度だと思うよ」

澪「私も付いていこうっと」


澪ちゃんもテントへ戻り、私一人だけ外に取り残される。
339 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/01(土) 00:33:54.46 ID:CFhswu2Go

昨日の背筋が凍るニアミスが悪夢を招いたんだと思う。

不吉で恐ろしいあの夢を早く忘れたかった。

不思議な響きの声を疑った。

死神の声を信じていいのだろうか、と。


冬「おはようございます」

夏「あれ、霧が晴れてる」


二人の顔を確認して、私は悲観的な思考を止める。


風子「おはよう」


出来るだけ笑顔を作って朝の挨拶を言葉に出す。


冬「……」

夏「あたしもはーしろっと」


夏ちゃんも着替える為にテントの中へ。冬ちゃんは私をじっと見ている。


風子「?」

冬「なにか、あったんですか?」

風子「ううん、なにもないよ」

冬「……」


そんな目で見られたら、弱さをみせてしまいそう……。


冬「嘘は……よくないんですよ」

風子「……」

冬「心が疲れちゃいます」

風子「うん……。…………実はね――」

澪「アウトドアシューズでも大丈夫かな」

夏「うん、平気平気」

姫子「よいしょっと。行ってくるね」

風子「行ってらっしゃい」


手を振って見送る。
その後ろ姿を見て、夢だったんだと自分に言い聞かせる。


冬「……」

風子「……怖い夢を見たの」

冬「……」

風子「……」


怖い夢を見たから元気が無い。なんて、子供みたいだよね。
だけど、冬ちゃんは真剣に聞いてくれている。
340 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/01(土) 00:37:53.97 ID:CFhswu2Go

冬「どんな……夢を?」

風子「ごめんね、口に出すのはとてもじゃないけど……」

冬「そうですね。……夢は夢ですよ」

風子「うん」


弱った私の心を励ましてくれる。
少しずつ元気が湧いてくるようだった。


冬「悪い風……ですか?」

風子「……うん」

冬「あの話の後にあの事故でしたから、わたしも気になっていたんです」

風子「……」


悪夢の内容が分かったみたい。


私が見たのは――姫ちゃんが、不運に見舞われる夢。


悪い風、ニアミスの事故。

死神の言葉を信じてもいいのかと疑惑が生まれた。


冬「そうだ、顔を洗ってこなきゃ」

風子「私も行くよ」

冬「タオルを取ってきますね」

風子「うん」


テントの中へ入って行ったのを見送って、
一つ、体中に溜まった悪いものを押し出すように息を吐く。


風子「……ふぅ」


私もタオルを準備しなくてはいけない。

テントへ入り、鞄からタオルを取り出す。


誰かの足音が近づいてくる。
冬ちゃんのいるテントの方からではなく、反対側から聞こえてくる。


「大変大変」


夏ちゃんの声。
なにが大変なのか……。
胸の鼓動が早くなる。

気持ちが先走って、急いで外へ出る。

鼓動を抑えつつ、夏ちゃんに問いかける。


風子「どう、したの?」

夏「姫子さんが倒れた――」


目を合わせない夏ちゃんの仕草にドクンと大きく胸を打つ。
341 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/01(土) 00:43:06.19 ID:CFhswu2Go

夏「いや、倒されたのかな」

風子「姫…ちゃんは…どこ?」

夏「え?」

風子「倒れたってどういうこと……!」

夏「ふ、風子さん?」

冬「風子さん」

風子「!」


冬ちゃんの優しい声に私は自分の感情に気付く。

倒れたという予想外の言葉に気が動転していた。


冬「夏の表情を見てください」

風子「あ……」

夏「?」


深刻な顔をしていない。


冬「姫子さんがどうしたの?」

夏「……うん。
  走り始めようとした時に、澪さんの靴ひもが解けてて、
  それが原因で澪さんが、姫子さんを後ろから押し倒したって訳」

風子「……」

夏「ランニングを中止して、シャワーに向かった……から、大変だと……」

冬「……うん」

夏「変なこと言った?」

風子「ううん」


私のはやとちりだったんだね。


冬「怪我は無いんだよね」

夏「うん。二人ともよろめきながら水分の含んだ芝生の上をズサーッと、ね」

風子「……」

夏「アスファルトの上じゃなかったのが不幸中の幸いってとこかな」

冬「わたし達も一緒に行きましょう」

風子「……うん、そうだね」

夏「……?」

冬「夏、澪さんの着替えを」

夏「う、うん……。どうしたの、風子さんは」

冬「なんでもないよ。早く行かないとフェリーに乗り遅れちゃうよ」

夏「うん……」

風子「……」


私のほうが年上なのに……気を遣われた。
ううん、年のことは関係ない。同じ視線でモノを見ていかなくてはいけない。
私はそうしないとそれ以上に楽しめない……なんて、かっこいいこと言える状態じゃないよね。
342 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/01(土) 00:50:19.17 ID:CFhswu2Go

二人を待つこと数分。


姫子「お待たせ」

夏「見事なヘッドスライディングでしたよ」

姫子「狙ってやったわけじゃないけどね」

澪「……ごめん」

姫子「いいって、大したことじゃないから、そう何度も謝られると困るよ」

澪「……うん」

風子「……」

姫子「風子?」

冬「夏が、姫ちゃんさんが倒れた〜、なんて言うからふぅさんが心配していたんです」

夏「だって、あれは転んだというより、倒れた、倒された〜の方がしっくりくるんだもん」

風子「……」

姫子「それだけ?」

風子「……え?」


何かを察知したかのように、姫ちゃんが私の心を覗き込んでくる。


姫子「昨日の夜とで全然様子が違うからさ、気になっていたんだけど」

風子「……」


私を心配してくれている声だから、余計に胸が苦しくなる。

あの夢の姿が浮かんでくるから。


姫ちゃんの自由を奪った悪夢

壊れたバイクの横で血を流して倒れている姿――
343 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/01(土) 00:51:57.31 ID:CFhswu2Go

姫子「風子、ちょっとこっちに来て」

風子「え……?」


手を引っ張られて歩いていく。

手の温もりを感じて、私の心が落ち着いていくことに気付く。

あれは、紛れも無い夢だったと、気付かされる。


姫子「ちょっと、ここに立ってて」

風子「???」


木の下に立たされる。
どうしたんだろう。


姫子「えいっ」


どかっと木を蹴った。

ひどい。

パラパラパラと雫が落ちると同時に姫ちゃんは走って行った。


姫子「……あれ?」

澪「威力が小さいんだ」

夏「3人でやりましょう」

冬「……」

風子「……」


冬ちゃんを残して、3人が近づいてくる。

そして、


姫子夏澪 「「「 えいっ 」」」


どかっと、木を蹴ると同時に沢山の雫が、雨が降ってきた。
344 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/01(土) 00:53:30.11 ID:CFhswu2Go

逃げようとする姫ちゃんの手を掴まえる。


姫子「ちょっ!」

風子「雨だね……」

姫子「シャワー浴びたばっかりなのに!」

風子「人を呪わば穴二つっていうよね」

姫子「呪ってないって!」

風子「そうだよね、姫ちゃんはそんなことしないよね」

冬「着替え持ってきますね」

夏「急いでくださいね〜」


二人は駆け出していく。


澪「私たちで洗濯しておくから、シャワー入ってきて」

風子「うん」

姫子「……ハァ」


あれは夢なんだ。
私はあの声を信じることにする。
345 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/01(土) 00:56:12.79 ID:CFhswu2Go

――…


朱鞠湖内を出発して1時間半。
ちょうど、稚内港まで半分の距離。

あと1時間北へ走ればサロベツ原野を通るね。


澪「10分経ったな」

風子「休憩終わり〜」

夏「姫子さん、疲れていませんか?」

姫子「平気。朝の空気を受けて気持ちがいいくらいだよ」

冬「厳かな雰囲気で、とてもいいですよね」


冬ちゃんの言うとおり、朝の早い時間帯だから対向車も無く、とてもしずかなドライブになっている。

左手側に利尻富士を確認しつつ、綺麗な朝焼けを眺めながら車を走らせていく。

346 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/01(土) 01:00:16.79 ID:CFhswu2Go

――…


朱鞠内湖から約3時間をかけて稚内港に到着する。
スムーズに走ることが出来て予定より早めに着けて良かった。


風子「急いで手続きしてこよう」

澪「そうだなっ」

夏「うんっ」

冬「はいっ」

姫子「んー……」


体を伸ばしている姫ちゃん。


風子「ほらっ、姫ちゃんも!」

姫子「出港まで30分近くあるから、余裕でしょ」

風子「それじゃ、20分かけて受付まで来てよ?」

姫子「意味が分からないけど、分かった。わたしも走るよ」


ターミナルへ入って受付へと足を進める。
姫ちゃんのバイクに乗せていた荷物は車の中へ一時収納してあるので、
持っていくのは軽い手荷物だけになる。

乗船手続きを済ませ、朝ごはんを買いに行くことに。


澪「カニ御膳だっ!」

冬「ほんとだ」

澪「これがカニ御膳か……よし」

夏「カニ御膳弁当なんて、セレブですね」

澪「買わないけどな」

夏「あれ?」

風子「よし、って?」

澪「確認しただけなんだ。おいしいと評判だったから」

風子「……そうなんだ」

姫子「わたしはサンドイッチ買ってくるよ」

夏「あたしもサンドイッチにしよ〜」
347 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/01(土) 01:01:14.23 ID:CFhswu2Go

冬「わたしはおにぎりにしようかな」

風子「利尻昆布だね」

冬「はい、おいしそうです」

澪「カニ味のおにぎりもあるな」

風子「澪ちゃん、どうしてそんなに楽しそうなの?」

澪「いや、その……。行ってみたかったからな、最北端に」


そういえば、最初に北海道の地図を指した時、そう言っていたね。


澪「戻ってきたときに稚内駅を少し見ていきたい」

冬「それはいいですね。最北の駅ですから、なにか発見がありそうです」

澪「うん」

風子「それじゃ、私も昆布おにぎりにしようっと」


朝ごはんは軽めに取って、お昼は利尻で食べてもいいな。

そうこうしている内に乗船の時間になり、5人の短い船旅となる。

348 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/02(日) 23:34:43.68 ID:Ip3w1roro


ボォォォオオオオオオ


夏「陸が離れていくとわくわくする……」

冬「うん……、うん……!」

姫子「……とりあえず、どうしようか」

風子「寝てくるね」

澪「えっ!?」

夏「出航してすぐ!?」

姫子「そう言うだろうとは思っていたけど……」

風子「朝はやかったから……ふぁぁ」

冬「約二時間の航海です。いい仮眠になりそうです」


冬ちゃんも眠りたいみたいだね。

3人を残して私と冬ちゃんは船内へ。


風子「少しだけ荒れてるね」

冬「はい。夜中の雨が影響しているみたいですね」


太陽は顔を出さない曇りの天気で、少しだけ気分も晴れない。

客室へ入って毛布を被り、


風子「おやすみ」

冬「おやすみなさい」


私はあっという間に夢の中へ。



「お客さん、お客さん!」


誰……?


風子「うん?」

「と、到着していますよ」

風子「えっ、あ!」

「……」


気まずそうにしている乗務員さん。
私たち5人が並んで寝ていただけに、とても困っていたと思う。

深い眠りに入っていたみたい。
349 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/02(日) 23:39:25.27 ID:Ip3w1roro

冬「すぅー……」

夏「すぅ……」

姫子「……すぅ」

澪「ん……」

風子「はい、すぐに降ります」

乗務員「はい、よろしくお願いします」


最後まで引きつった顔のまま部屋から出て行った……少し恥ずかしい。

周りを見渡しても私たち以外には誰もいない。


風子「冬ちゃん、夏ちゃん」


二人を揺する。
朝早かったからしょうがないよね。


夏「あー……、もう着いたんですかぁ……」

冬「うん……」


なぜか冬ちゃんが応えている。


風子「姫ちゃん、澪ちゃん」

姫子「……あ…れ、着いた?」

風子「うん」

澪「2時間も寝ていたのか……」

風子「2時間?」

姫子「わたし達も出港してから、すぐにここに来たから……眠れるもんだね」

夏「さぁ、行きましょー」

冬「約束の場所です」


約束の場所。


冬ちゃんと夏ちゃん、二人の間には大切な約束があった。
それは、冬ちゃんが入院する前……小学校に入学する前の話。

二人のご両親は商社関連の仕事をしていて、いつも家に居なかったという。
長期間、家を空けることになり北海道の親戚に預けられる。

両親の居ないその旅行。
数日経ったある日、夏ちゃんがわがままを言う。

お父さんとお母さんに会いたい。

会えない寂しさ、心細さが幼い夏ちゃんの胸を締め付けたのだと思う。
そんな妹を優しく励ます姉。


夕陽を見に行こう。


二人を包んだ夕陽が綺麗で忘れられない。

稚内港へ向かう車の中で聞いたせつない話。
350 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/02(日) 23:42:05.74 ID:Ip3w1roro


――― 利尻 ―――



船から降りて、私たちは二人にその場所へと誘われる。


見渡しのいい崖の上。

広い海が見渡せる場所。


夏「こっちだっけ?」

冬「もう少し奥に行かないと……」

風子「小さい頃の二人がここまで来ることなんて、出来ないよね……」

澪「そういえば……」

姫子「……うん」

夏「……どうやって来たんだっけ、冬ねぇ」

冬「叔母さんと一緒に、だよ」


でも、ジンギスカンを囲んだ時はそんな話、少しも出てこなかった……。


姫子「夏、ひょっとして、詳しくは覚えていないの?」

夏「う、うん……。冬ねぇはここだって覚えていたみたいですけど」

冬「はい、覚えていますよ」

風子「どうして叔母さんは黙っていたのかな……?」

澪「……」

夏「そうだよね、黙っている理由が無いのに」

冬「わたしと、なつの二人の約束だから。
  叔母さんは見守っていてくれているんだよ」

夏「……そっか」

澪「約束、か……。それが今、果たせる訳か」

風子「……」

351 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/02(日) 23:44:29.43 ID:Ip3w1roro

約束が守られるのは幸せなこと。

それは、人と人を結ぶという固い繋がりを意味するから。

だから、人は約束を守ろうとするのだろう。


私は、破ってしまったけれど――


冬「いえ、今日は果たせません」

澪「?」

夏「そうだね、時間が違うから」

姫子「どういうこと?」

風子「……」

冬夏「「 ここで夕陽を見ることが約束ですから 」」



私たちに気を遣っているのかな。



風子「……その時が来るまで待っていようよ」

冬「いえ、わたし達は約束の場所へ来ることが重要なんです」

夏「そうそう、夕陽にはこだわっていません。
  小さい頃に見た夕陽をもう一度見たいのなら、またここへ来たらいいんです」

冬「……はい」

風子「でも、また次にここへ来れる保証なんてないんだよ?」

澪「ふ、風子……?」

姫子「……」

冬「それは……」

夏「正直に言いますけど、本当はあたし、まだ約束を果たしたくないんですよね」

風子「?」


どういうことだろう。

約束を守れるチャンスはそう何度もないと思う。
これからはきっと忙しい時間に追われていく。

この旅をするために、私は大学の授業をズル休みしてきた。
澪ちゃんも、冬ちゃんも、夏ちゃんも。
そして、掛け持ちで働いている姫ちゃんも。

私たち5人がそれぞれの時間を作ってきて、今ここにいる。


姫子「まだ果たしたくないって、どういうこと?」

夏「えっと……」

冬「……」


私の疑問を代弁してくれた姫ちゃん。

352 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/09/02(日) 23:44:29.69 ID:Q0Jysqjio
乙。
ここで朱鞠内の地名を聞くことになるとは。
もう国鉄も廃線になってしまったが死んだ爺さんの故郷だ。
サロベツの原生花園も10年程昔に行った。
可憐な花々が短い夏を懸命に生きていて美しかった。
353 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/02(日) 23:48:12.22 ID:Ip3w1roro

夏「約束は果たされたらそこで、解消されちゃうじゃないですか」

澪「……」

夏「あたしは、また冬ねぇとここに来て、一緒に夕陽を眺めたいです」

風子「それは、冬ちゃんに甘えているんだよ」

姫子「……」

澪「……」

冬「……」

風子「今のこの時間を逃したら、次は無いかもしれないよ」

夏「……」


私はあえて、それを言葉にする。

お祖母ちゃんが原因で幼馴染との約束を破ってしまったことに辛い記憶として持っているから。

今、約束を果たせるのに、それを先延ばしにすることは冬ちゃんを待たせることになる。

本当は、いつでも果たすことができる夏ちゃんが少しだけ羨ましいのかもしれない。
それとも、私の悪い部分が出てきて、夏ちゃんを困らせたいだけなのかもしれない。


風子「……」

夏「そうですよ、あたしは冬ねぇに甘えているんですっ」


そう言って冬ちゃんと腕を組む夏ちゃん。
嬉しそうな、寂しそうな、少しだけ切なそうな、そんな表情を浮かべて。


夏「あたしのせいで冬ねぇを失うところだったから――」


それは、病院のベッドの上で冬ちゃんが命を落としそうになったとき。


夏「――冬ねぇをしっかりと掴まえていくんですっ!」

冬「……もぅ」

澪「……」

姫子「……」

夏「向こうの景色が綺麗に見えますよ、行きましょ〜」

冬「……うん」

澪「……晴れてきたな」


私を置いて、何事も無かったように進んでいった。

それがとても嬉しかった。


風子「……ごめん、ね」


誰にも届かないくらいの小さな声で謝る。

あんなこと言うつもりはなかったのに。

夏ちゃんの強さに惹かれて、憧れて、嬉しくて、
色んな感情が私の視界を滲ませていく。


風子「……っ」


私は約束に囚われているのかな。
354 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/02(日) 23:51:33.95 ID:Ip3w1roro

ポンポンと背中を軽く叩かれた。


風子「!」

姫子「時々真面目になるよね、風子は」

風子「……」

姫子「それが風子らしさでもあるから、いいんじゃない?」

風子「そうだよね」

姫子「認めるの早いね……」


呆れ声の姫ちゃんに、背中を押された気分になった。

立ち止まってはいけないと私を支えてくれる。

私はこの旅で何を得られるのかな。


澪「あ、危ないぞ」

夏「平気ですって、落ちませんよ」

冬「夏、こっちに来て」

夏「大丈夫だって」


夏ちゃんが崖の端に寄り、身を乗り出している。


姫子「まったく、夏は……」


姫ちゃんがしようがないと言いながら進んでいく。




――リン。


あの鈴の音が、鳴り響いた。






― 落ちるよ。


「――え」






ビュゥウウウ


一陣の風が私たちの背中を押す

海の底を覗きこんでいる夏ちゃんの背中をも――


風子「夏ちゃんッ!」

夏「おっと……と……?」


柵のない崖の端で夏ちゃんはバランスを崩した
355 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/02(日) 23:54:44.02 ID:Ip3w1roro

夏「あっ……うわっ……」

冬「なつッ!」


足元にあった小石がパラパラと海へ投げ出される
夏ちゃんも小石と同じように崖の向こう側に放り出されようとしている


――落ちる



澪「――ッ!」


声にならない叫び


姫子「夏ッ!!」


傾きかけた体を姫ちゃんの手が追いかける


夏「ひ、ひめ――!」


落ち行く夏ちゃんの手を姫子さんは掴まえた


引っ張られてそのままの勢いで姫ちゃんの腕の中に引き寄せられる


夏「あ、あぶなかったー」

姫子「危ないって言われたでしょ」


右手を夏ちゃんの頭に乗せてため息を零している


冬「本当にすいません……」

姫子「わたしはいいけど、冬もだよ」

冬「う……」

夏「?」

姫子「あのまま冬が突進してたら、二人とも落ちてたから……気をつけて」

冬「……はい」

澪「はぁ……びっくりしたぁ」


澪ちゃんは座り込む。


夏「姫子さん、なんで動悸が激しいんですか?」

姫子「……今更ながら、緊張してきたから」

夏「温泉に入っているときも思ったんですけど、姫子さんって意外と――」

姫子「うるさいっ」

夏「いたっ」

冬「……もぅ」


軽くチョップをして、緊張した空気が解けた。
356 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/02(日) 23:57:00.93 ID:Ip3w1roro

風子「……」


私は、ここで、立ち尽くしている、だけ、だった。


昨日の、姫ちゃんの、ニアミス。

そして、今、夏ちゃんが、崖から、転落しようと、していた。


朝の、決意が、揺らいで、いた。




――♪


ダニー『保留されたリストかぁ、こんなものがあったなんてね』

モモ『……』

ダニー『あ、見て見て! モモ!』

モモ『……名前が消えていくね』

ダニー『モモが直接関わらないで帳消しになるなんて、珍しいよ』

モモ『そんなことないよ。人と人が繋ぎとめれば、運命は変わるから』

ダニー『そういうものなのかなぁ。簡単な話じゃないんだけどなぁ』

モモ『……よかった』

ダニー『姉の魂を運ばずに済んで?』

モモ『……うん』

ダニー『ねぇ、モモ』

モモ『?』

ダニー『あの子、様子が変だよ』

モモ『……』


――♪




死神が手招いているみたいだった。

命に関わること立て続けに起こっている。

あるいは、夢の出来事を示唆しているのかもしれない。


なんて、いくらなんでもそれはない。

馬鹿げた自分の思考を止める。
357 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/03(月) 00:00:04.65 ID:oS5apEg6o

風子「……」


お祖母ちゃんはこの世に留まっているのかな。
こんな私を心配しているのかな。

譲り受けたこの……時計。


風子「…………止まる番…だったんだ……」


さっきの鈴の音はそういうことだった。
また、止まってしまった腕時計。

譲り受けたのに、私は嫌だと言って身に着けることはなかった。
お祖母ちゃんに悲しい顔をさせた。

それからはその時が来るまで、笑顔を見ることはなかった。
その時が過ぎた今、永遠に笑顔を見ることができなくなった。

それが後悔に繋がった。

お祖母ちゃんはこんな私を見て、心配しているのかもしれない。
だから、この世に留まっているのかもしれない。

死神の声が聞こえるのはそういうこと……?
そうだとしたら……お祖父ちゃんの元へいけないのは私のせい……。


風子「それは、嫌だな……」


― あなたの祖母から預かってる言葉があるの
― だけど、今はまだ伝えていい時じゃないみたい


姿を見せないその声の主はそう言った。

大事な言葉なんだと思った。
だから、その言葉を受け取らなければならない。

この旅の中で、どこかにある答えを見つけて、安心させたい。

だけど、何を見つければいいのか、

五里霧中。

その四字熟語がぴったり当てはまる。
358 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/03(月) 00:03:47.28 ID:oS5apEg6o

風子「……」

夏「猪好きだよね、冬ねぇ」

冬「そんなことないよ」

姫子「猪……?」

澪「猪鹿蝶の役を揃えようとするんだ、冬は」

姫子「……なにそれ」

冬「あぁ、いい風が吹いてますよ〜」

澪「誤魔化そうとしてるな」

夏「最初に覚えた役ってだけですよ、きっと」

姫子「…………へぇ」

冬「なんだか、語感が良いですよね」

夏「猪、鹿、蝶……そうかな」

澪「猪鹿蝶……。うん」

冬「イノシカチョウ」

姫子「……」


風子「……」



崖の上から水平線を眺める。
少しだけ荒れていた海が落ち着きを取り戻し、
雲で覆われていた空が蒼をのぞかせている。

そして、穏やかに雲は流れていき、太陽のヒカリが海の上に降り注ぐ。

暖かいような、涼しいような、柔らかい風が崖の上にいる私を吹き抜けた。


私は姫ちゃんたちとは距離を置いている。


早く見つけなければいけないと気付いたから、周りを気にしている余裕は無くなった。


―――――


わたし達とは距離を置いて、海の向こう側を眺めていた。

風子の表情に焦りや戸惑い、悲しみ、寂しさが表れている。
右手で時計を包んで、それでも瞳は何かを捉えるように真っ直ぐ見据えていた。


冬「ふぅさん、どうしたんですか?」

姫子「さぁ、よく分からない。風子は抱えているものを教えてくれないから」

夏「……自分からは言いませんよね、そういうこと」


聞き出せばいい、と夏に言われているような気がした。


澪「いい場所だなここは……」


澪の言葉を背中に、わたしは風子に歩み寄る。
359 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/03(月) 00:07:10.67 ID:oS5apEg6o

風子「……」

姫子「なに、見てるの?」


いつもの風子なら、見たままのことを言う。
海とか空とか水平線とか、具体的な事は言わずに、大まかに、適当に。


風子「考え事してたから、なにも見てないよ」

姫子「……なにを、考えてるの?」

風子「昔の事」

姫子「そう……」


こっちを見ずに、淡々と呟くように言葉を吐き出す。


夏「さて、どこでお昼を食べるか予定を組みましょう」

風子「もういいの?」

夏「うん。あたし達は北海道に住んでいて、何度でも来ることができるから」

風子「……そうだね」

冬「……」


冬が穏やかな顔で頷く。


澪「暖かな記憶、だな……」

冬「……はい、そうです」

夏「あぁ、もういいから、次行きましょー」

風子「……」

姫子「えっと、この時間だと……」


フェリーの時刻表を確認していると、少し離れた箇所に一羽の鳥が空から降り立った。


姫子「あれは……?」

冬「ノビタキという野鳥ですね」

夏「スズメに似てる」

冬「季節によって羽の色が変わる鳥で、越冬するために南へ渡る鳥です。
  海外へ渡っていく鳥ですが、少数が八重山諸島に残るそうですよ」

澪「……本当に、よく知ってるね」

冬「利尻に来るということで、少し調べていたんです」

風子「この花も分かる?」

姫子「白くて可愛いね」

澪「本当だ、可愛いな」

冬「チョウノスケソウですね。花言葉は、家庭の徳、だったと思います」

風子「家庭の徳……」

姫子「……」


敷き詰められた茎に少しだけ背を伸ばして咲く白い花。
その小さな花を風子はじっとみつめていた。
360 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/03(月) 00:12:50.96 ID:oS5apEg6o

夏「サロベツを通る時に見た花、エゾカンゾウも良かったですねー」

冬「黄色やピンクのハマナスも良かったね」

姫子「急ぎで戻ることになるけど、いいかな?」

夏「どういうこと?」

姫子「ここで少しゆっくりしていると、丁度良い時間に船に乗ることが出来るよ」

澪「……ん?」

夏「急ぎで戻るのにゆっくり? よく分かりません」

姫子「えっと、ね……」

風子「……稚内でお昼を取った方が後の行動も楽に決められるよ」


視線は花を捉えたまま、わたしの言葉に補足をする風子。


冬「急いで稚内に戻るけど、船の出港までは時間があるからここでのんびりできるよ。ということですね」

姫子「そういうこと」

夏「そうしますか。澪さん、あっちからの景色も良いですよ。北海道が見えます」

澪「ふふっ、そうか」

姫子「ここも北海道だけどね」

冬「利尻富士にも登ってみたいですね」

姫子「山登りか……」

夏「冬ねぇは体力つけてからねー」

風子「……」


それから、風子は表情を出さなくなった。

夏が話題を振ればちゃんと応えてはいるけど、心ここにあらずなのは誰が見ても分かった。


わたし達は時刻通りに港へ到着。
冬と夏の約束は延期され、わたし達は利尻島をあとにする。


ボォォォオオオオオオ


澪「船出っていいな。旅の始まりって感じで……」

姫子「……うん」

夏「あの夕陽って、季節は何時だっけ?」

冬「夏だよ」

夏「……そっか、そうだよね」

冬「今度は冬に来ようか」

夏「雪道が大変だっての」

冬「大丈夫だよ」

姫子「冬の夕陽は綺麗だろうね」

澪「……うん。あの場所から見る夕陽はきっと綺麗だ」

風子「……」


冬に北海道へ。
なんて本気で考えてみてもいいかもしれない。
361 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/03(月) 00:16:22.45 ID:oS5apEg6o

風子「姫子さん、今の内に休んでおいた方がいいと思う」

姫子「そうする」

夏「え、まだ寝るの?」

姫子「うん、……まだ寝足りないからさ」

澪「そうだな、私も眠りたいかも」

夏「行きの船で2時間も寝たのに……」

冬「ふぅさんは、どうします?」

風子「私は……起きてるよ。時間になったら起こしに行くから」

夏「あたしもここにいるんで、ごゆっくり」

姫子「分かった」


夏と風子を残して、わたし達3人は船内へ。

扉を閉める前に、風子を盗み見る。


風子「……」


甲板で去り行く島を眺めている。

姫子さん、か。


起こす時、悪戯なんてしないだろうな。

そんな余裕が感じられない。

子どもの様な、してやったり顔が見られないのは、少し寂しいかもしれない。

毛布を被りながら、そんなことを考えていると、


冬「姫ちゃんさん、ふぅさんのこと教えてくれますか?」

姫子「……え?」


隣でわたしの心を覗き込むかのような視線を向けてくる冬。
いきなりで、間の抜けた反応をしてしまった。


澪「聞きたい」

姫子「澪まで……?」


布団を被って、天井を眺めながら3人並んでいる。

変な風景だった。
362 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/03(月) 00:18:27.93 ID:oS5apEg6o

姫子「風子が身に着けている腕時計、あるよね」

冬「はい」

姫子「その時計、亡くなった祖母から譲り受けたものなんだって」

澪「……」

姫子「祖母の母、つまり風子の曾祖母からネジを巻き始めて、時間を刻んでいたんだけど」

冬「けど……?」

姫子「風子が、時間を止めてしまったんだって。そう聞いた」

澪「時間を……」

姫子「それがどういうことかは、分からない。今、話していい事かどうかも、分からないよ」

冬「…………たまに、時計を包むようにして、辛そうな表情をしていますよね」

澪「うん」

姫子「……」


事情を知らない冬達でも、それは気付くものなんだね。

それがなんだか、頼りになるようで、わたしの心は不思議と落ち着いた。


姫子「それと、昔交わした約束が関係しているみたい」

澪「約束?」

冬「……」

姫子「風子は、他人が約束の時間に遅れても気にしないのに、
   自分が遅れてしまうと、とても申し訳なさそうな顔をする」

澪「……」

姫子「約束を破ってトラウマになっているのかもしれない」


余計なことを言っていると思う。

友人の心の傷を、本人が居ない今、わたしが曝け出している。
363 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/03(月) 00:19:59.57 ID:oS5apEg6o

冬「利尻島で、夏に言ったのはそういう事だった訳ですね」

姫子「うん」

澪「そうか。抱えているものを言わないって、それだったんだな」

姫子「そういうこと」


風子はこのことを自分からは言わないだろう。

そんな風子を見て、冬と夏、澪が心配して風子を気遣い、
この旅が味気ないものになってしまうのは風子が望むものではないと思う。

それなら、わたしが悪者になってでも、風子の弱いところを曝け出す。

それでわたしと風子の関係が壊れるなんて、微塵も思わないから。

わたし達は、仲間だから。


澪「……」

冬「……」

姫子「……」


静寂が訪れる。


風子も、わたしと同じように思っていてくれるといいな。

なんて、照れくさいことを考えながら瞼が重くなっていくのを、受け入れて……眠りに就く。

364 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/03(月) 00:22:04.15 ID:oS5apEg6o

――…


「姫子さん」


声に呼ばれて、わたしの意識は少しずつ覚醒していく。


姫子「……ん」

夏「ほら、冬ねぇ」

冬「……もう朝?」

夏「昼だっての」

澪「……あれ?」

風子「あと、10分くらいで到着するよ」

澪「あれ?」

姫子「……どうしたの?」

澪「今……夏?」

夏「夏ですよー」

冬「ふぁあ……」


夏がややこしいことを言っている隣で冬があくびをしている。

なぜかあくびは移る。


姫子「ふぁ……」

夏「夏がどうかしたんですか?」

澪「いや……、少し愉快な夢を見ていたんだ……」

冬「愉快?」

風子「甲板で待ってるね」

姫子「……うん」


澪の話を聞かずに、一人で先に行ってしまった。

気にならないのかな。
365 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/03(月) 00:23:32.28 ID:oS5apEg6o

姫子「どんな夢?」

夏「気になる」

冬「はい」

澪「さっきの場所で、夕陽を眺めているんだ」

姫子「……へぇ」

夏「……そうですか」

冬「……」

澪「大晦日なんだ……。ありえない顔ぶれで、なんだか楽しかった」

姫子「冬、布団畳むから貸して」

冬「あ、お願いします」

夏「荷物はこれくらいですよね」

澪「正夢にしよう」


なぜかわたしの袖を引っ張って楽しそうにしている。


姫子「え? わたしもいたの?」

澪「そうだ、風子も夏も冬も……、とにかくみんなだ」


夢は見た本人が一番楽しいわけで。

だから、そのテンションで話をされてもついていけなかったりする。
今が正に、その状況。


次は稚内駅だから、澪の楽しい、にしばらく付き合うことになるのかもしれない。
366 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/03(月) 00:33:49.99 ID:oS5apEg6o
今日はこれにて。読んでくれている方、ありがとうございます。

>>352 レスありがとうございます。
北海道の今は、もう秋の色に移り変わっている頃でしょうね。
北の夏は短いから草木の生命がとても煌いてみえます。
(石狩までしか行った事無いのは秘密だ……)

おやすみなさいませ。
367 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/04(火) 23:28:06.76 ID:YD73mxJ0o

――― 稚内駅 ―――


澪「ここが……!」

夏「最北端の駅……」

冬「ここから北に線路は無い……。
  なんだか、旅の情緒が感じられますね!」

風子「……うん」

姫子「……」


盛り上がっている3人には悪いけれど、わたしは相棒のチェックで忙しいから気持ちを合わせられない。


澪「か、カメラ借りていいかな……!」

姫子「どうぞ」

澪「すぐ戻ってくるから!」

冬「わたしも行きます!」

夏「あたしも!」


澪に連れられて、冬と夏が駆け出していった。

駅前には、わたしと風子が残される。


姫子「風子は行かないの?」

風子「……うん」


風子は街灯にもたれて駅を眺めていた。

わたしは相棒のチェックを続ける。


姫子「……」

風子「……」


なんだか、風子がわたしの言葉を待っているような気がする。

稚内駅の話題でも振ろうか、と悩んでいると、
一枚の小さい何かがタイヤに飛びついた。


姫子「?」


拾ってすぐに気付く。これは――


「うっわー! 無くしちゃった!!」

姫子「……」

「大事なものなのに!」

風子「……」

「うーん、しょうがないか……」

姫子「……え」


諦めの早さに呆気に取られてしまった。
368 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/04(火) 23:29:46.74 ID:YD73mxJ0o

姫子「大事なものってこれですか?」

「うん? そう、それ! 危ない危ないヤバかったー!」

風子「!」


大きな声に少しわたしと風子は圧倒されて怯んでしまう。

タイヤに飛びついた物を持ち主に渡す。


姫子「バンドをやっているんですか?」

「いやいや、やってないよん」

姫子「???」

「あー、これは貰い物でね〜。財布の中から飛び出して行っちゃって、あっはっは!」

風子「……」


豪快に笑うこの人になんとなく、親しみを覚える。

どうしてだろうか。


「ありがとね」

姫子「い、いえ……」

風子「ライブで貰ったピックですか?」


風子がなぜか興味を持ったようだった。


「ちょいと前にね、旅仲間から貰った代物なのよ。曰く付きってヤツ?」

姫子「曰くの使い方間違えてますけど」

「あっはっは! ナイスツッコミ〜」

風子「……」

「おねーちゃーん!」

「おねぇちゃぁん!」

「こっち、こっち! お姉ちゃんはここですよー!」


小学校中学年くらいかな、女の子と男の子が姉と呼んだこの人に駆け寄ってくる。


「可愛いでしょ〜、私の自慢の妹弟なんだ〜」

姫子「……」

「目に入れても痛くないんだよね、偶に痛いけど」

風子「……」

妹「お仕事おつかれさま」

「ただいま、徹夜で疲れちゃったよ〜」

弟「かばん持つよ!!」

「お、気が利くようになったね〜」

姫子「……」


微笑ましいやりとりに、自然に心が緩んでいくのを感じる。

この子達は心から姉を慕っているのだろう。
369 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/04(火) 23:32:48.08 ID:YD73mxJ0o

弟「帰ったらポテチ作って!」

妹「お姉ちゃんはお仕事で疲れているんだから、ワガママ言っちゃダメ!」

弟「え〜!」

妹「え〜、じゃない!」

「作ってあげるから、ケンカしちゃだめだよ〜」

妹「もぅ! すぐそうやって甘やかすんだから!」

「むくれないの」


妹の頭を撫でようと手を伸ばしたその時、


妹「!」

「あっ、どうして避ける!?」

妹「そういうのは卒業したの」

「猫かあんたは……」


素早い身のこなしで掌を軽く避けた。
もう姉離れの時なのかな。


「くっくっく、ネコかぁ。懐かしいにゃ〜」

弟「さぁ、帰ろう〜」


まだ姉離れの時ではないらしい弟は、姉の手を嬉しそうに握っている。


「あ、そんじゃあね〜」

姫子「……それじゃ」

風子「それでは」

「いい旅を〜!」

妹「……」


妹は空いている姉の片手にそっと手を重ねていた。


姫子「ふふっ、まだ姉離れは出来なさそうだね」

風子「……うん」


楽しそうに歩いていく3人の後姿に惹かれるものを感じる。


風子「……なんだか、小説に登場した人物に出会ったような、そんな不思議な気持ち」

姫子「だからかな、なんとなく他人とは思えない印象があったのは……」


風子の言葉に納得してしまう。
どこかで会ったかのような気持ちになったのは、あの人の持つ特有の雰囲気に惹かれたからかもしれない。
370 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/04(火) 23:34:13.24 ID:YD73mxJ0o

夏「お待たせしましたー」

澪「そう簡単に逢える訳ないか……」

冬「誰にですか?」

澪「いや……なんでもない」

風子「どうして、旅の途中だって分かったのかな……」

姫子「バイクの装備を見たから、かな」

風子「……そうだね」

冬「夏がおいしいお店を見つけたので、そこに入りましょう」

姫子「お店を探してくれたんだ?」

冬「観光ガイドがありましたから」


一枚の紙を差し出してきたのは、稚内の観光ガイドだった。

371 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/04(火) 23:36:16.64 ID:YD73mxJ0o

――…


店員「空いているお皿、お下げしまーす」

澪「ごちそうさまです」

夏「あと、お茶もお願いします」

転任「はい、少々お待ちくださいませ」

姫子「美味しかった」

冬「蟹の爪が入っていましたね」

姫子「うん。美味しかった、原野ラーメン」

風子「……」


美味しかったと、二回言ったのに風子は拾ってこなかった。


冬「サロベツの料理だそうですよ」

姫子「らしいね。朝に走った道を思い出したよ」

冬「片方は海岸で、もう片方は原野でしたね」

姫子「うん、両方見ながら走るのは気持ちがよかった」

風子「……」


風子はしずかにお茶を啜っていた。


店員「失礼します」

風子「あ、私にもお茶を……」

店員「はい」

夏「……澪さんはどうしてウェイトレスを?」

澪「楽しそうに仕事をこなしている店員さんを知っていて、
  私もやってみたいと思っていたんだ」

夏「そうですかぁ」

澪「夏はホールをやりたいと思わないの?」

夏「あたし、接客が苦手なんですよね」

冬「人見知りしますから」

澪「私もするけどな」

夏「だから、少し凄いなって思うんですよ。……やってみようかなぁ」

店員「はい、どうぞ」

姫子「……どうも」


温かいお茶を両手で包む。

暖かい場所がここにあった。
372 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/04(火) 23:39:26.97 ID:YD73mxJ0o

姫子「どうだった? 稚内駅は」

澪「うん……」


わたしとは違った景色がみられたかもしれない、と興味があった。
澪はとても楽しそうにしていたから。


澪「旅の始まりの場所であり、終わりの場所なんだと思ったら素敵な場所に見えた」

姫子「……そう」

夏「澪さん、駅のホームに降りていましたけど、何をしたんです?」

澪「空の写真をな……撮った」


わたしのカメラを借りていたけど、空の写真を……。


姫子「ホームの様子じゃなくて、空なんだ?」

澪「なんとなく、な」

姫子「ふぅん……」

風子「お手洗いに行って来るね」


スッと立って、歩いていく風子。

稚内駅での出会いで、少しだけ和らいでいた表情だったのに、
少しだけ歩いた公園で、一段と思い悩んでいるようになった。


姫子「さっきの公園で、なにかあった?」

夏「稚内公園……?」

澪「えっと……」

冬「九人の乙女の像、氷雪の門がありましたよね」

姫子「……あぁ、そっか」

夏「……?」

冬「なにか心当たりがあるんですか?」

姫子「……」


風子のことを訊いている。

みんな、旅仲間を心配していた。


姫子「その二つは戦争で亡くなった人たちの慰霊碑だよね」

澪「……」

夏「……」

冬「……」


戦争。

今を生きるわたし達には遠く、現実味の無い言葉。


今、世界のどこかで起きている現実。

昔、この国で起きた悲惨な出来事。

映画や本などを通してみても、それをノンフィクションとして捉えるのは難しい。
373 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/04(火) 23:40:22.91 ID:YD73mxJ0o

戦争と風子を結ぶもの、それは戦後を生き抜いた祖父、祖母。


姫子「……」

澪「……」

夏「……」

冬「……」


澪、夏、冬は何を想っているのだろう。

黙りこくってしまった。


わたしはもう一度、温かいお茶を両手で包み、今ある暖かさに有難味を感じる。


風子「どう、したの……?」

姫子「ううん、なんでも」


風子のマネをしてみる。


風子「……そう」


空気を察知したのだろう。

椅子に座りながらわたし達の間に生まれた違和感を肌に感じているようだ。

その空気を振り払うために、話題を変える。


姫子「やっぱり、行きたいよね、宗谷岬」

夏「行くべきですよ!」

冬「はい! 行きましょう!」

澪「ここまで来たら、行くべきだな!」

風子「……」


次の目的地は宗谷岬に決まった。
374 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/04(火) 23:43:36.57 ID:YD73mxJ0o

――― 宗谷岬 ―――


冬「北緯45度31分14秒。海を挟んで43キロ先にはサハリンの島影が見えます」

夏「あ、ほんとだ」

冬「あのモニュメントは高さ544メートルで――」

姫子「北極星の一稜を型どった三角錐をデザインしたものだよね」

冬「……はい」

澪「日本の最北まで来たか……」

風子「……」

姫子「さいほくにきた、ってね」

夏「?」

冬「音読みと訓読みをかけているんですね、姫ちゃんさん」

姫子「……うん」

夏「……あ……うん……なるほど」

澪「……」

風子「……」

冬「……えっと」

姫子「……」


とても気まずい雰囲気になる。


夏「や、やっぱり観光客が多いなー」

冬「有名な場所だから」

澪「そうだな。バイクが多かったから、旅人の人気スポットなんだろうな」


モニュメントへ歩いていく3人。


風子「……ふぅ」

姫子「……」


風子が小さく溜息を零す。

わたしも3人を追うように進んでいく。


風子「ごめんね、姫子さん」

姫子「……」


なにに対して謝っているのか……なんとなく分かる。。

自分の気持ちにけじめをつけることができなくて、
様々な感情がグルグルと胸の中を回っているのだろう。
375 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/04(火) 23:44:59.43 ID:YD73mxJ0o

風子「……」

姫子「……」


右手の掌で包む時計。

心の傷となる大事な約束。

その間にいる祖母。


冬、夏、澪、わたし。

今、この旅の時間を壊しているのではないかという心苦しさを感じているはず。


大人なら、スッパリと割り切ってしまえるのだろう。

子どもなら、思い悩んで、誰かが訊くまで抱え込むのだろう。


わたし達は敢えて風子には訊ねることはしなかった。

風子からの言葉をただ待っているだけだった。



姫子「風子が抱えているものが何かは分からないけどさ、
   見つかるまで一緒に探そうよ」

風子「……」

姫子「この旅が最後って訳でもないんだから」

風子「……でも」

姫子「……」

風子「この5人で……旅をするのは……最後……だと…………思う……」

姫子「……」


確かにそうかもしれない。

未来のことなんて誰も分からない。


風子「このままだと……時間を…………潰しているだけ……になる……」

姫子「わたしはそうは思わないよ」

風子「…………どう……して……?」

姫子「楽しいから」

風子「……」

姫子「それに、この時間が失われるわけじゃないでしょ?」

風子「……」

姫子「……」

風子「……」

姫子「……」


返事は無かった。
376 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/04(火) 23:46:51.59 ID:YD73mxJ0o

雲に隠れて顔を出す。太陽がそれを繰り返している。

日差しを受けては影に入る風子がなぜか儚く見えた。


風子「時間は失うものだよ」

姫子「……」

風子「私とお祖母ちゃんの時間は、永遠に去っていった」

姫子「……!」


昨日、わたしは一歩間違っていれば、今の時間を失っていることになる。

風子はそれを示唆している。


風子「どうして、今なんだろう」

姫子「……」

風子「大切な時間なのに、ね」

姫子「……じっくり考えなさいってことじゃない?」


止めた。

風子の抱えているものを一緒に背負わなければいけないと思い込んでいた。
風子が自身で答えを見つけなければならないのなら、とことん探してもらおう。

寄り添う必要は無い。

わたしと風子は行き着くところ他人なのだから。


姫子「きっと、今がチャンスなんだよ」

風子「……そうかな」

姫子「よく分からないけど、正しい答えなんてないと思う」

風子「……」

姫子「たとえ間違っていたとしても、それは悔いにはならないよ」

風子「時間は戻らないのに?」


今、風子は戸惑っているんだ。

取り戻せない時間があることを知っているから。

この旅を大切にしたいという気持ちと、
この旅でなにかしらの答えに辿り着きたいという意思。

それらが渦巻いている。

今までの自分と決別をする為に。
377 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/04(火) 23:48:26.36 ID:YD73mxJ0o

わたしの知る限り、風子はそういうところで器用じゃない。


姫子「時間は戻らないけどさ……なんていうか」

風子「……」

姫子「これからも……風子と……友達で……いられれば……」

風子「……」

姫子「ずっと……その……」

風子「……」

姫子「支えあっていけるかな……なんて……」

風子「……」


自分でも恥ずかしい事を言っていると自覚している。

高校時代ならそれもよかったのだろう。

この台詞はさすがに照れる。


姫子「……」

風子「……」


いつもならからかってくるけれど、今はそれも無かった。


姫子「行こう」

風子「……」



雲に遮られていた太陽がヒカリを照らし出す。




冬、夏、澪、3人が待っている場所へわたしは歩き始める。


初夏の心地よい風と、柔らかな日差しが少し曇りがちだったわたしの気持ちを晴らしていく。


この旅が終わって、北海道から離れる時のわたしはどんな自分になっているのか、楽しみになってきた。


きっと何かが得られるのだろう、今のわたしの気持ちがそう告げていた。




旅はまだまだ続くから。



378 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/12(水) 20:38:57.95 ID:EN5LpQ9ho


― ―  高橋風子  ― ―


立花姫子

彼女とは高校三年の春に出会った。
その年の秋まで言葉を交わしたのはほんの数回。
どれも用事を伝えるだけで、感情を伝えたことはなかった。



時間は戻らないけど

これからも風子と友達でいられれば

ずっと支えあっていける



そう言ってくれた。
いつしか彼女は私にとってかけがえの無い存在になっていた。
高校三年生の春には思いもしなかった時間がここにある。





それなのに私は、この時間を潰そうとしていた――





姫子「北方領土か……」


海の向こうを眺めて姫子さんが呟く。

その先にあるのは樺太。
かつて、この国で起こった戦争。その爪痕が今もなお解決されないでいる。

連想されるのは戦後を生き抜いた、祖父と祖母の強くて暖かい精神だった。


夏「戦争か、ピンとこないなぁ」

澪「うん。それはいいことなのかな」

冬「……」

風子「ピンとこなくていいんだよ」


私は戦争で失った命を知らない。


姫子「どうして? 悲惨さを知ることで回避しようとする気持ちが生まれるでしょ?」

風子「うん。お祖母ちゃんの言葉なんだけどね――」


私が子どもの頃に聞いた言葉。

畑で採れた野菜を洗いながら聞いた、生涯忘れることが出来ない言葉。


風子「――もっと学校で勉強していたかった、って」


私は目を閉じる。

皺が深くて、優しくて暖かい笑顔を、瞼の裏に映しながら言葉を紡ぐ。


風子「ただ、その一言だけだったけど、色んな想いが込められているように感じた」


優しくて暖かい笑顔の裏には、悲しくて、寂しそうなイロが隠されていた。
379 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/12(水) 20:42:08.11 ID:EN5LpQ9ho

風子「お祖母ちゃんは疎開して田舎に移った身なんだ」

夏「……」

冬「……」

澪「……」

姫子「……学校で、友達と一緒に勉強をしていたかった。ってことかな」


お祖母ちゃんから聞いたその言葉を私も同じように解釈した。

生まれ育った土地から戦火を逃れる為に離れ、辿り着いた場所でお祖父ちゃんと出会った、と母から聞く。

それは一緒に育ってきた友人達と別れて来たということ。


冬「戦争がなければ、風子さんのお祖母様は、
  学校で楽しい時間を過ごせていたのかもしれませんね」

夏「うん、きっとね」

澪「……うん」

風子「私がそれを聞いたのは、小学校6年生の夏だったんだ……」


みんながお祖母ちゃんの抗えない寂しさを感じ取ってくれたようで、不思議と嬉しかった。

嬉しくて視界が滲むけれど、涙は零さない。


風子「畑で採れた野菜をね、洗っているときに聞いた言葉……」


声が震えそうになるけど、涙は零さない。


風子「野菜を洗う手がきれいだった。しわしわで、皮が厚くて、何十年もそうしてきた手」


思い出して、心が締め付けられるけど、涙は零せない。


風子「家族を守っていた……暖かい…………しわしわの手に……触れたかった……」


私は叶えられない願いを言葉に出していた。

堪えるのが限界に感じたとき、背中に暖かさを感じた。


風子「!」

姫子「風子って名前、お祖母さんが名づけてくれたんだっけ?」

風子「う、うん」

夏「由来はなんですか?」

冬「……」

澪「……」


見守ってくれたお祖母ちゃんはもう居ないけれど、代わりに、私を見守ってくれる友人達がいる。
380 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/12(水) 21:01:11.86 ID:EN5LpQ9ho

風子「大空を駆け抜ける強い風のような、海を抱きしめる優しい風のような、
   そんな子になるように、って」

夏「……」

冬「……」

澪「風の子、か」

姫子「……」


永遠は刹那に去っても、風はいつか生まれる

その言葉も貰ったけれど、それはまだ理解できていない。


風子「戦争の悲惨さを学ぶより、戦争の無い未来を信じて、楽しんで生きていた方がいいって、
   お祖母ちゃんは教えてくれた」

姫子「でも、人は過ちを何度も繰り返してるよね」


そう。
今も世界のどこかで戦争が起きている。

お祖母ちゃんが教えてくれたことに、私も姫子さんと同じ言葉で返した。

テレビドラマで俳優が使っていた台詞だから、覚えたままを使った。

姫子さんとは違って、その言葉の意味を理解していなかったけれど。
悲惨さを伝えていかないと、人はまた争いを繰り返すのではないか、という疑問。


風子「人の考えは千差万別だから、ワタシの言葉だけを真実として受け取るなって、返してくれた」

冬「……」

風子「後半の意味が分からなかったけどね」

夏「……あたしも少し分からないかな」

澪「……」

姫子「分からなかった。ということは今は分かるんだ」

風子「……うん」


人と人は必ず衝突する。

それはお互いの主張が大事だから避けられない。

どっちも正しい、どっちも間違っているなんてことは沢山ある。


風子「例えば、ここにいる5人の考えを尊重すること」

姫子「……それはお祖母さんの教えだよね」

風子「…………そうだね」


姫子さんに指摘された私の言葉はお祖母ちゃんの言葉を言い換えただけだった。

私自身がみつけた考えでは無い。


姫子「今の風子自身が見つけたその真実はあるの?」

風子「……無い……かな」
381 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/12(水) 21:02:59.18 ID:EN5LpQ9ho

戦争のことだけじゃない。

状況によって物事の良し悪しは変わってくる。


風子「……私は、そこまで深く考えていなかったみたい」

姫子「……」


だから、この旅の途中で、
お祖母ちゃんの時計が動かなくなった事実をどう受け止めていいのか分からない。

受け止め方が分からないからといって、かけがえのない今の時間を潰していいのかも分からない。

解からない事だらけで、進んでいかない自分が少し、嫌だ。


風子「……」

夏「うーん、まさかここで戦争について考えるなんて思ってもみなかったなー」

澪「……そうだな」

冬「……」

姫子「……」




なんで、こんな話をしてしまったんだろう。

戦争の話なんて、楽しい旅には相応しくないのに。




風子「ごめんね、こんな話しちゃって……」

夏「えっと……」

澪「……」

冬「風子さん……」

姫子「……何を謝っているのか知らないけど、観光しにここまで来たわけじゃないでしょ」

風子「……」


溜息交じりに諭される。


姫子「お祖母さんの教えを風子が受け継いでもいいでしょ。たとえ、戦争を経験していないとしても」

風子「……!」

姫子「考えすぎて頭が固まってるみたいだよ、風子」

風子「……」


その通りだね。

なにをやっているんだろう、私は。
382 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/12(水) 21:04:22.89 ID:EN5LpQ9ho

姫子「みんなに明日の事で提案があるんだけどさ」

夏「提案?」

澪「?」

冬「なんですか?」

風子「……」


観光しにここまで来たわけじゃない。

その言葉の意味が理解できないでいる。


姫子「明後日まで、だよね。この北海道の旅は」

夏「そうですね」

冬「明々後日のお昼までに釧路駅発の列車に乗ればいいんですよね」

澪「うん」

風子「……」



地元に帰ってからも、こんな風に思い悩むのかな。



姫子「だから、明日一日は個人で行きたいところに行こう」

風子「――!」


胸がザワザワと嫌な音を立てた。


夏「別行動ってことですか?」

姫子「そういうこと」

澪「今日泊まる場所によって変わってくるな」

姫子「うん。だから、今日はコムケでどうかな?」

冬「コムケなら網走が近いですから、移動に必要な足は心配ないですね」

姫子「うん。……風子はどう?」

風子「……」


独りで悩めと、突き離されたような気分になった。


姫子「……風子?」

風子「あ、うん。いいと…思う……」

夏「じゃ、決まりー!」

冬「網走かぁ」

澪「……」


ダメだな…………私は……。

383 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/12(水) 21:06:04.77 ID:EN5LpQ9ho

――…


コムケに向けて車を走らせる。


夏「流氷かぁ、いいなぁ、見てみたいなぁ」

冬「うん。見てみたい」


後ろの席でオホーツク海を眺めながら夏ちゃんが目を煌かせている。

冬ちゃんも助手席で同意をしながら同じ姿勢で眺めている。


澪「ガリンコ号に乗って海上を進むんだって」

冬「あ、知ってますよ。砕氷船ですよね」

夏「さいひょう?」

澪「そう、氷を砕きながら進むんだ」

夏「うわぁー、楽しそう〜」

冬「この海に渡ってくるんだね」

澪「……見てみたいな」

風子「……」




――…


『これがクッチャロ湖?』

冬「そうですよ。冬には白鳥が舞い踊ります。白鳥の湖です」

『ふーん……』

夏「反応薄いな、姫子さんは。だからいつも澄まし顔になってしまうんだよ」

『聞こえてるよ、夏』

澪「姫子は薄情だな」

夏「白鳥と薄情っ! あっはっはは!!」

冬「ツボに入ったようです」

『あ、そう』

風子「……」

384 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/12(水) 21:07:50.54 ID:EN5LpQ9ho

――…


澪「ずっと真っ直ぐな道が続くな」

夏「いいなー、この道!」

冬「姫ちゃんさん、気持ちよさそうだったよね」

夏「姫子さん、応答してください」

『』

夏「うーん……。あの荷物でスピード出しても大丈夫かなぁ」

澪「確かに、心配だな」


ザッザザッ


『応答…て』

夏「はいはい」

『……距離…けす…た…な?』

夏「うん、何回か呼びかけてたけど……、って電波も悪いみたいですよ」

『……』

冬「わぁ、あんなところにいますよ」

澪「姫子との距離、結構離れているんだな」

『どう? 聞こえる?』

夏「良くなりました」

『おっけ』

風子「……」

385 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/12(水) 21:10:08.84 ID:EN5LpQ9ho

――…


前を走る車も、後ろを走る車も、対向車も無い。

真っ直ぐな道をひたすら前に進んでいく。

澪ちゃんのリクエストで、姫子さんのお気に入り曲を聴いている。
この曲は疾走感があって、好きなんだけど……。


風子「……」

夏「〜♪」


ジャカジャカジャカ


ここからの歌詞も良い。


  友達よ、日ごとに僕らは年を取っていくね

  友達よ、髪が白くなるまで僕らは共に過ごせるかな

  車で出かけよう、光の速さの中へ君を連れて行こう

  そして僕たちは、星の光の合図に気づくだろう


そして、物語はクライマックスへ。


澪「AND NOW I GOT NO WORDS TO EXPLAN

  HOW I FEEL SO I CLOSE MY EYES AGAIN

  AND I WISH I'LL SEE YOU IN MY DREAM

  SO THAT WE CAN STAY FOREVER EVER MORE」


SOME BODY IS WAVING AT

A THOUSAND LIGHT YARS AWAY AWAY...


澪「風子、ありがとう」

風子「いいよ、これくらい」


音声をラジオへ切り変える。


冬「聞こえました?」

『うん、ちゃんと聴こえたよ。澪、巧いよね』

澪「ぇ」

夏「ボーカルやってただけありますよね!」

冬「英語の歌詞を綺麗な声で素敵でした!」

澪「はぅっ」


顔を両手で覆っていた。



宗谷から3時間半のドライブ。

私たちを乗せた車はコムケへと到着する。
386 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/12(水) 21:13:25.09 ID:EN5LpQ9ho


――― コムケ ―――


姫子「楽しそうだったね」

夏「楽しかった! うーん、早く運転したい!」

冬「夏がああやってはしゃぐのは珍しいですよ」

澪「それが移ったからかな、私も気持ちがはしゃいでしまった」

夏「それじゃ、テント班と買出し班に別れましょうー!」

澪「買出しの運転は私がするよ」

姫子「それじゃ二人で行こうか」

澪「うん。行ってくるな」

冬「行ってらっしゃい」

夏「じゃあ、冬ねぇとあたしでテントを建てますんで!」

冬「ふぅさんは休んでいてくださいね」

風子「大丈夫、疲れてないよ」

夏「とういうより、二人で建ててみたいので監督しててください」

風子「……分かった」

冬「それじゃ、始めよう」


それを開始の合図に二人は器材を組み立てていく。

夏ちゃんはテキパキと作業をこなしていく。

冬ちゃんは丁寧に作業をこなしていく。

二人が足りない分を補い合ってバランスよく作業が進んでいく。


私はベンチに座ってそれを眺めている。



私が運転する車の中で、3人は楽しそうにしていた。


私の出す雰囲気に呑み込まれず、笑顔が途切れることは無かった。


運転に集中していたから、気づかれずに済んだのかもしれない。


少しだけ疲れを感じていた。

体力的にも精神的にも。



夕陽に照らされる雲を見つめ、何を考えるでもなく、時間が流れるの待っていた。


ただ、風が吹いている。


ただ、それだけ。

387 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/12(水) 21:15:21.44 ID:EN5LpQ9ho

――…


夏「ごちそうさまでしたぁ」

冬「ごちそうさまです」


二人が食べ終えると同時に、一緒に食事をすることになった女の子が切り出す。


女の子「ね、ギター弾いていいかな?」

澪「ギター?」

女の子「そう、アコースティックギターなんだけど。引き語りってやつね」

澪「聞きたいかも」

女の子「取ってくるね!」


澪ちゃんの応えに喜びを浮かべて、自分のテントへ走っていった。


澪「ベース持ってこればよかったかな」

姫子「邪魔にならなければね」

澪「……うん、邪魔になるな」

夏「変わった子だな。ギター持ってキャンプするなんて」

冬「どんな曲を聞かせてくれるんでしょう」

風子「じゃあ、お皿洗ってくるね」

冬「あ、わたしも手伝います」

風子「ううん。すぐ終わるから、待ってて」


みんなのお皿を回収して、私は一人流し場へ足を向ける。
388 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/12(水) 21:16:29.83 ID:EN5LpQ9ho

風子「……ふぅ」


蛇口を捻って水を流し、汚れを落とす。


ジャーー


家でやっているみたいに、毎日の作業のようで少し物足りなさを感じる。


風子「……」


全部洗い終えて、食器の入った籠を持つけど、足が動かない。

焚き火の場所へ戻るのは気が進まなかった。


楽しそうな雰囲気に気後れしてしまうから。


もう少し、独りでいたかった。

それなのに――


姫子「洗い物終わった?」

風子「うん」

姫子「果物切るから、ちょっと待ってて」

風子「……あの子から?」

姫子「そう。夕飯のお礼だって」

風子「高そうなメロンだね」

姫子「富良野から来たってさ」

風子「……」


今年初めてのキャンプだと言っていた。


風子「私たちより二つ下だよね」

姫子「今年高校を卒業したって言ってたね」

風子「一人でキャンプなんて、凄いね、あの子」

姫子「そうだね」


私に応えながらメロンを切り分ける。

私はそれをただボンヤリと見つめているだけで、お皿が必要だということに気が回らなかった。
389 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/12(水) 21:20:31.54 ID:EN5LpQ9ho

――…


女の子「初めての一人旅だったので、色々と助かりましたー」

姫子「初めてなんだ……度胸あるね」

女の子「へへ、無謀ともいいますけどね。それじゃ、おやすみなさい!」

澪「おやすみ。何かあったら声かけてもいいからな」

女の子「その時はよろしくってことで。じゃね〜」

夏「おやすみー」


手を振りながら自分のテントへ戻っていく。

その後姿に、私にはない強さが垣間見えて羨ましいと感じた。


夏「テントで寝なよ、冬ねぇ」

冬「ん……ぅん……」

姫子「しょうがない。ほら、掴まって」

冬「…は…ぃ……」


姫子さんは冬ちゃんを抱えてそのままテントへ。


姫子「今日はもう寝ようか」

風子「……うん」

澪「ふぁぁ」

夏「おやすみなさーい」

冬「……なさ……い」


冬ちゃんと夏ちゃんと姫子さんの三人はムーンライトテントへ。

私と澪ちゃんはツーリングテントへ。


澪「よいしょっと……」

風子「……」

澪「風子は今日の記憶、もう書いたの?」

風子「……うん」


記憶……。


澪「すぐ書き終わるから、眩しいかもしれないけど」

風子「大丈夫だよ。気にしないで」

澪「ありがと」

風子「今日の記録じゃないの?」

澪「想い出みたいなものだけど、日記とも少し違うから……記憶なんだ」

風子「……」
390 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/12(水) 21:21:57.94 ID:EN5LpQ9ho

手帳に今日の想いを残しているのかな。

少しずつ眠気が増していくのを感じて、思考を止める。


明日は――


澪「風子」

風子「……なに?」

澪「悪いけど、少しだけ話に付き合ってくれないか?」

風子「……うん。いいよ」

澪「ありがと」

風子「……」


お礼を言われるほどのことじゃないのに。


澪「あの子のギター、まったりしててとても良かった」

風子「……」

澪「独学らしいから、メロディラインの技術とか不足してるところが幾つかあったけど」

風子「……」

澪「それを払拭するぐらいの大切なもの、音を楽しんでいるという純粋な気持ちが伝わってきたんだ」

風子「……」

澪「それが、なんだか気持ちが良かったな」

風子「そうなんだ……」


私は視聴するだけだから、音楽の核心に触れることはできないかもしれない。

だけど、言っていることの意味はなんとなくだけど分かるような気がした。


澪「……また……みんなで…演奏…………したいな……」

風子「……」


私に伝える言葉ではなく、自分の心に聞かせるような声で囁いでいた。



風子「……」


私は天井を見つめて。

その向こうにあるはずの星空を思い浮かべて。


風子「…………ふぅ」


一つ、息を零して。


澪「……」


隣でペンを走らせる音、それ以外が、ただ、静かで……。
391 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/12(水) 21:24:10.53 ID:EN5LpQ9ho

澪「……空に……な」

風子「?」


視線は手帳に落としたまま、私に話しかける。


澪「空に、記憶を残した人がいるんだ」

風子「……空に?」

澪「そう、空に」


どういう意味なのかな。



澪「たとえ、遠く離れてしまっても、同じ空を見上げて想い合っていれば、
  私はこの道を信じて進んでいける」


ペンを走らせながら紡ぎだされる言葉を、私は聞き零さないように耳を傾ける。


澪「あの頃、いつも一緒にいたみんなは今、隣にいないけど……」


それは、高校3年間を共にした仲間達。


澪「今は同じ景色を見ることが出来なくて、少し寂しさを感じるけど……」


言葉とは裏腹に、寂しさなんて微塵も感じない表情。


澪「私はあの時間に勇気を貰って、進んでいける」

風子「その、一緒に過ごした時間の記憶を空に……」

澪「……うん」


少し微笑んで、手帳を閉じる。


澪「高校2年生の時には、こんな時間が……風子たちと北海道のコムケでキャンプをして、
  こうやって話をしているなんて、思っても見なかったな……」

風子「そうだね…」


その頃の私は、楽しい学校生活が過ぎていくのをただ感じているだけ。


澪「風子、誘ってくれてありがと」

風子「……」


お礼を言われるようなことではない……と思う。


澪「そうだ、旅に誘ってくれた御礼に私の宝物を見てくれ」

風子「?」


カバンをゴソゴソと探っている。
392 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/12(水) 21:25:07.24 ID:EN5LpQ9ho

澪「これだ」


少し色の褪せたブレスレット。


澪「旅の醍醐味は、過去の思い出と、今の景色と、未来の期待が一度に得られるところ」

風子「……!」

澪「だから、旅の中なら私は成長できそうな気がする」

風子「成長……」


成長できるのかな、私は。


澪「醍醐味のところは友人の言葉なんだ」


嬉しそうに、寂しそうに、蒼いヒカリで輝いでいたブレスレットをそっと掌で包んで、カバンの中へしまった。


澪「私を通してその人の言葉が伝えられたら、それはとても素敵なことなんだと思う」

風子「……」

澪「語りすぎてしまったな……寝ようか」

風子「……うん」

澪「……よいしょっと。灯りを消すけどいい?」

風子「うん」


ランプの灯りが消え、テントの中には暗闇が侵食していく。


澪「おやすみ」

風子「……おやすみ」



澪ちゃんの声がとても穏やかだったので安心すると同時に不安になる。



風子「……」



早く、辿り着かなければいけない――



五日目終了
393 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/12(水) 21:26:53.57 ID:EN5LpQ9ho
旅の終わりが見えてきました。

今回はこれにて、おやすみなさいませ。
394 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/09/12(水) 21:28:34.38 ID:EXEqYCsIo
おつおつ
395 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/09/12(水) 23:40:57.76 ID:orVe4X6fo
ああ、高校生のときに読んだ三木清の「旅について」を思い出すなあ……
396 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/19(水) 22:59:32.24 ID:GhIMPtKUo
>>395
哲学者なんですね。知らなかった……。
読みました。すんなり心に入ってくるというか、なんというか。いいですね。

不定期で本当にすいません。
397 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/19(水) 23:01:52.61 ID:GhIMPtKUo

六日目



一日が始まる。


東の空にヒカリが昇り始める頃。

私は一人。


夏「ふぁぁ……」

姫子「眠い……」


夏ちゃんが目を擦りながら、
姫子さんは髪を一部はねらせたまま、
テントから出てくる。


風子「おはよう」

夏「おはよ〜」

姫子「……はやいね」

風子「うん。ご飯出来てるよ」

夏「準備いいですねー……ふぁぁ」

姫子「……」

風子「私、先に出てるね」

夏「……え」

姫子「車、風子が使うの?」

風子「澪ちゃんに鍵を渡してあるから」

姫子「分かった。気をつけてね」

風子「――うん」


私は一人で答えを見つける為、みんなからいち早く離れることにした。



昨日、姫子さんの提案を聞いてから網走のレンタカーを端末から探していた。


行って見たい場所があった。

398 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/19(水) 23:20:35.66 ID:GhIMPtKUo


――― 知床五湖 ―――



針葉樹の原生林が湖を囲む。

木々の間を朝靄が流れ、湖面上を漂い、幻想的な世界を創り出す。


この湖を囲むように遊歩道が設けられていて、難なく観光できるけれど、
私はそれらから離れて一人、ナニカに誘われるように湖のほとりへ歩いていく。


風子「……」


本当に、幻想的で見惚れてしまう。
一人で過ごしているのがもったいなく感じていた。



――リン。



あの鈴の音が鳴り響く。




風子「……」





時計を確認したけれど、針は止まったまま――

399 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/19(水) 23:24:13.34 ID:GhIMPtKUo





「――え」

モモ『……』



天使。



白い少女が、突如、私の目の前に舞い降りた。



ダニー『あれ、視えてるのかな?』

「……うん」

ダニー『えぇぇええええー!!』

「っ!?」


驚いた声が大きくて、私も驚いた。

黒い猫が蝙蝠のような羽をパタパタと羽ばたかせて舞っている。


ダニー『なんでリアクション薄いの!?』

モモ『ちょっと、黙っててダニー』

ダニー『ふぎゅっ!?』

「……」


頭を鷲づかみにされた黒猫、ダニーと呼ばれた仔は天使の腕の中に納まり、
そのまま顎を撫でられ、至福を与えられている。


モモ『あたしの名はモモ。こっちは仕え魔のダニー』

ダニー『ゴロゴロゴロ』

「……」


赫い靴に白い服、腰まで伸びた綺麗で純白な髪。

白く透明な肌。


そして、その後ろには……鈍色に光る鎌を携えていた。


それは昔から伝えられている者の象徴。


モモ『あたしは死神。命を司る者』

「……!」

400 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/19(水) 23:25:57.39 ID:GhIMPtKUo

天使ではなく、死神。


引き逢わせてくれるのなら、どっちでもいい。

一言だけ伝えたい言葉がある。


「お、お祖母ちゃんに……、あ、逢わせて……!」

モモ『……』

ダニー『……』


二人の目が私をまっすぐに見据えている。

怖くは無い。

ただ、願いを叶えてくれるなら誰でもいい。


「お願いっ! 一言だけっ! 伝えなきゃいけないの!」

モモ『……』

「そうしないと、安心して逝けないでしょ!?」

モモ『……』


悲しそうな、辛そうな、
今にも涙を零してしまいそうな瞳で、死神と名乗った子は私を見つめていた。


ダニー『おい、人間』

「!」

ダニー『お前は勘違いをしている』

「え……?」

ダニー『モモ達、死神は魂をあの世へ運ぶのが仕事なんだ』

「……」


聞きたくない……。


ダニー『もう、お前の祖母は――』

モモ『ごめんね』

「――ッ!」


少し赤みを帯た頬を涙が伝う。


モモ『もう、逢えないの』

「……」


叶えられると思っていた。

一言、


ごめんなさい


と、
401 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/19(水) 23:28:39.63 ID:GhIMPtKUo

謝ることができる、お祖母ちゃんに伝えられると信じきっていた。

だから、常識から遠い出来事が起きても自然と受け入れられた。


モモ『……』

「……」


涙を拭おうともせず、止め処なく零れ落ちるのを気にする様子もなく。

ただ、目の前の死神は泣いていた。


モモ『死ぬというのは、そういうことだから』

「…………うん」


そんな都合のいい話はない。

私がお祖母ちゃんを傷つけたのを、今更謝って許されようなんて虫が良すぎる話だと分かっていた。


私の言葉は永遠に届かない。



死んだ人はもういないのだから。


それが別れというものなのだから。



モモ『ごめんね』

「……う、ううん。…………うん…」


あなたが謝ることじゃないと、言いかけた。
どうしようもない事に気付いてしまい、状況を受け止めなくてはいけないという現実に私はただ、頷いた。


「……」


視線を落として、足元をみつめる。

靴が湖に浸かっていた。

水が染み込んできそうな深さ。

どうでもよくなってきた。


結局、


答えなんてなかった。



ここまで辿り着いたのに、何も無かった――

402 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/19(水) 23:40:28.91 ID:GhIMPtKUo

――8年前の春


私が小学校を卒業した次の日に、祖母が倒れたという報せが入る。
母と急いで支度をして、父と連絡を取り、私たちは祖母の暮らす土地へと向かった。

数時間かけて病院へ辿り着き、そこで私たちが目にしたものは、
出入り口から歩いて出てきた祖母の姿だった。

母と父が困惑していると、一緒に出てきた従兄弟のお兄さんがこういった。


転んで怪我をしただけだから。


今なら解る。
その言葉がどれだけ母と父を安心させたのかを。

だけど、あの時の私は解らなかった。
その、怪我をしただけ、という言葉がどれだけの意味を持っていたのかを。

だから、私の姿を見て喜んだ祖母に嫌悪感を抱いてしまった。

約束を思い出したから。
幼馴染との大切な約束。
別々の中学へ通い、離れることになる私たちがその時交わす約束。


また、逢おうね、と。


高校入学式の日にここでまた逢おうね、と。
再会を誓う約束が交わされるはずだった。
私たちなりのけじめをつけて、お互いが成長した姿を見せ合う。
大人が聞いたら笑われそうな約束。

だけど、私たちは真剣だった。

少なくとも私とっては、とてもとても大事で、宝物のように輝かしいものだったから絶対に守りたかった。
403 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/19(水) 23:46:35.16 ID:GhIMPtKUo

小学校を卒業したはずなのに、まだまだ子供だった私は、笑顔で近づいてくる祖母に怒りをぶつけた。

お祖母ちゃんなんか大嫌いっ! って。

祖母の 軽い怪我 のせいで約束が守れなかったという事実に感情を抑えられなかった。


初めて拒絶されたことに、祖母はただただ驚くだけ。

私も自分の声の大きさに驚いた。

母の、 まだ子供だから気にしないで。 という言葉で、落ち着きそうだった感情がまた溢れ出した。

父から携帯電話を奪うように借りて、幼馴染のお家に電話をして泣いて謝った。


約束を守れなくてごめんなさい。
ずっとずっと一緒にいたけれど、最後にこんな別れになってごめんなさい。
約束を交わせなくてごめんなさい。
約束を破ってしまってごめんなさい。

そして、こころのどこかで、祖母に酷い事を言ってごめんなさい。と、謝ったつもりでいた。

色々な感情が沸いては吐き出した。
ちゃんとした説明も出来ないまま電話を切る。

私の怒りは収まらず、いつまで経っても不機嫌のまま。

そんな私を見かねた母が祖母に約束の件を伝えたのかもしれない。

すまなさそうな表情で持ってきたのがこの腕時計だった。

中学の入学祝に、と渡されたけれど、それがご機嫌取りのようで見向きもしなかった。



私は子供だった。



家に戻り、次の日、幼馴染たちの家を訪ねたけれど留守で顔を合わすことも出来ず、そんなすれ違いが何度も続いた。
春休みに一度だけ会ったけれど、私が落ち込んでいるのをみて、幼馴染たちは、気にしないで、の一言だけ伝えた。
こういう時の私は周りが見えないことを知っていたから、そっとしておいてくれていた。

中学へと進学して、新しい生活でお互い忙しくて、新しい環境に馴染むために頑張るようなり、
ずっと一緒にいられた幼馴染たちとの時間は、遠い時間の彼方へと流れ去った。

年に2回の里帰りも、中学に上がってからは1回になる。

もう、以前の様に祖母と会話を交わせなくなっていた。
一言二言、言葉を交わすだけで、気持ちや感情を伝えることは無くなった。


それが大人になるという事だと、そう信じていたから。


祖母が身に着けていた時は、皮が所々剥がれ落ちたベルトだったけれど、
私に譲った時は新しく変えていて、可愛らしいデザインになっていた。

ずっと時を刻みつけていた腕時計。


――それが今は止まっている。

404 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/19(水) 23:48:59.58 ID:GhIMPtKUo


モモ『あなたの祖母から預かっている言葉があるの』

「――え」

モモ『 またね。 』

「――ッ!」

モモ『……』

「そ、それだけ……!?」

モモ『うん』

ダニー『本当にそれだけだぞ』

「な……なんで!」

モモ『あなたなら、その言葉の意味が解るんじゃないの?』

「わ、解らない……! な…なに……それ……!」

モモ『あたしもそれ以上の言葉は預かっていないの』


スゥゥ


色が褪せていく様に、周りの景色に溶け込んでいく様に、白い姿をした少女が消えていく。


『見守っているのはあなたの祖母、一人だけじゃないよ』


――リン。




405 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/19(水) 23:51:28.26 ID:GhIMPtKUo

風子「……!」


不思議な響きの声を追うように、鈴の音が鳴った。


靄が少しずつ晴れていき、幻想的な世界は終わりを迎える。


風子「……」


結局何も無かった。
何も得られなかった。

どこまで行っても変わらない。この先、傷が癒えるまで待つしかない。
癒えるというより慣れる、に近い気がする。
痛みに慣れる。それを成長と呼ぶのかな。


風子「……」


踵を返すと、一つの影が視界に入った。



風子「え……」



立花姫子


彼女がそこにいた。



「……」


彼女は私の視線に気付かず、幻想的な世界に目を奪われている。


私は彼女にこの場所を教えていない。

個人で自由に動ける時間を作った彼女がどうしてここにいるのか、理解できなかった。


風子「……どうして」

姫子「ん? あ、あぁ……もういいの?」


近くまで寄った私に気が付いて、少し驚いている。


風子「どうして、ここにいるの?」

姫子「風子の後を追ってきたから」

風子「どうして?」

姫子「心配だったから……」



気持ちをどう整理したらいいのか、分からなかった。

嬉しいのと、哀しいのと、切ないのと、焦りと、……まだ燻っているあの時と同じ怒りと。

406 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/19(水) 23:55:07.86 ID:GhIMPtKUo

だから、言葉に出していた。


木々に囲まれた湖のほとりで、大自然の中、私は彼女に寄りかかるように。


風子「聞いて欲しい……ことが……あるんだけど……」

姫子「?」

風子「この腕時計……のこと……」

姫子「うん」


彼女は私の目をまっすぐ見て、頷いた。



譲り受けたその日から、ネジを巻かずに収納棚の奥に眠らせていたこの腕時計。


高校を卒業した春に祖母は旅立った。


進学する大学へ気持ちが動いていたとき、母から連絡を受け、あの時と同じように祖母の住む家へ向かった。


白い布団の上で横になっている祖母を見て、母は泣いた。

私は呆然と見つめるだけで、事態を受け入れるのに必死だった。


白い布を取り、最後の対面をすることになった時、

安らかな寝顔に、私の胸は痛みを増し、少しずつ 死 という言葉の意味を理解していく。

胸の上で結ばれた両手に触れてみたけど、冷たくて、かつての温かさは無くて、私の喉が痛くした。

私はその場から離れて、息を潜めて泣いた。




後悔が生まれた。




なんで、温かい手に触れようとしなかったのか。

どうして、もっと色んな話をしようとしなかったのか。


祖父が亡くなって寂しそうにしていたのに、どうしてなにもしなかったのか。

いつも見守ってくれていたのに、なぜ気付かないでいたのか。



永遠の別れの時、私はそれに気付いた。



407 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/19(水) 23:57:03.24 ID:GhIMPtKUo

いつしか、私は泣いていた。


風子「気付くのが……遅かった……っ」

姫子「……」

風子「あの手に触れて……いたかっ…たのに……っ」

姫子「……風子」


そっと温かさに包まれる。

メガネを外して、涙を拭っていた私は硬直する。


姫子「優しい人だったんだね」

風子「――ッ!」


彼女の腕に力が入り、私の心が春のヒカリに包まれたような穏やかさが生まれた。

だから、甘えた。


風子「優しく……なんって……ない……っ」


いつも祖母は私にだけ意地悪をしてきた。


風子「いつも……驚かされてっ……騙し…てっ」


従兄弟には普通に接して、私にだけに意地悪をしてきた。


姫子「風子と一緒だよね、それ」

風子「ち、違う…よ……っ!」


引いていた涙がまた溢れ出してくる。


姫子「違わないでしょ」


祖父が亡くなって、それが身を潜めると同時に、私も寂しさを覚えた。


風子「優しい人なら、最後に またね。 なんて言わない……!」


そんな言葉を遺さない。


姫子「……?」

風子「あ……」


色んな感情が混ざり合って、彼女には解らない事まで口走ってしまった。


姫子「そっか……」

風子「……?」


体を離して、落ち着いた声で彼女は言葉を紡ぐ。


姫子「旅立ったお祖母さんは、風子にまた逢おうと約束したんだよ」

風子「……っ、……どうしてそう言えるの……! だって……生きてる人と死んだ人は交わらないっ!」
408 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/20(木) 00:00:00.83 ID:4HX1iNoco

最後の最後の意地悪だった。

私はよくからかわれた。ふざけられて、おちょくられて、冷やかされて、茶化されて。

本気で怒って おばあちゃんのバカっ! と叫んだ事もある。

だから、私には分かる。

最後の最後に、叶えられない約束をした祖母の意地悪が。

預かっている言葉があると聞いたとき、私がどれだけ楽しみにしていたのかを知らないだろう。

だから、行き場の無い怒りを彼女にぶつけてしまう。


風子「お祖母ちゃんの性格を知らないから! そんなこと言えるんだよ!」

姫子「……!」

風子「あの人は、私に意地悪をして楽しんでいたんだから……!」

姫子「……」


言葉に出して気付く。


姫子「風子と同じ。……でしょ」

風子「――!」


人に言われて初めて気付く。


祖母にからかわれた時のあの恥ずかしさ。

祖母にふざけられた時のあの憤り。

お祖母ちゃんにおちょくられた時の苛立ち。

お祖母ちゃんに冷やかされた時の気の沈み。

お祖母ちゃんに茶化された時の煩わしさ。


そして、そのあとに謝りながら頭を撫でてくる仕草。 


ごめんね、風子。

それだけで、許してしまった。

私は子どもだったから。


409 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/20(木) 00:10:11.58 ID:4HX1iNoco

彼女が同じように私の頭を撫でてくる。


姫子「わたしは、難しいこと知らないけど」

風子「う……っ、うぅっ……」

姫子「風子と別れた後でも、また逢えると信じてる」

風子「うぅ……ぐすっ…………ぅぅ……っ」


拭っても拭っても涙が止まらない。

彼女の優しさを感じて、お祖母ちゃんの優しさを思い出して。


姫子「たとえ、今生の別れになっても」

風子「ぐすっ……っ……」

姫子「いつか、どこかで逢おうよ。ね、風子」

風子「うぅっ! ぁああっ……!」


後悔の念は消え、寂しさが生まれる。


葬式の日から、後悔しか感じなかった。

もっと早くに気付いていられれば、お祖母ちゃんに寂しい思いをさせずに済んだのにって。


風子「ごめんね……っ! ごめんね…おばぁちゃん……!」


お祖父ちゃんの傍で大人しくしていた風子は、お祖母ちゃんによって掴みどころの無い子にされた。
母はそう言った。

私にはお祖母ちゃんの 意地悪 が受け継がれている。



風子「さ…っ……さよう……なら……っ」



意地悪をしても許してくれる友達を作りなさい。



お祖母ちゃんが子どもだった私に教えてくれた大切な言葉。


風子「さようなら……っ……お祖母ちゃん……!」


私は別れを告げていた。この言葉が届くと信じて。

また逢えると信じて。




優しい風が私を包み、肌を撫でていく。


心の中に初夏の鮮やかな空気が満たされていく。





ただ、風が吹いている。



410 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/20(木) 00:12:46.93 ID:4HX1iNoco

――…


気恥ずかしさを吹き払うように、穏やかな風が私の前髪を揺らしている。

かんだ鼻が痛い。


風子「ぐすっ……」

姫子「落ち着いた……?」

風子「……うん」

姫子「ほら、好きなの選んで」


紅茶とオレンジジュースのペットボトルを差し出される。


風子「……ありがと」

姫子「いいって……」


オレンジジュースを取った私に驚いているみたい。


風子「?」

姫子「紅茶を取ると思ってた」

風子「小さい頃にいつも飲まされていたから」

姫子「オレンジを?」

風子「うん。子どもはこれ飲んでいなさいって」

姫子「……子供、ね」

風子「炭酸飲料は絶対にダメだって。自分は飲んでいたのにね」

姫子「……そっか」


遠い昔の思い出。


風子「ねぇ、姫ちゃん」

姫子「……うん?」


紅茶を飲むのを遮るように話しかける。
聞きたいことがあった。


風子「どうしてここに居るって分かったの?」

姫子「……」


私が行ってみたい場所は、誰にも言っていない。

幼馴染たちにも、姫ちゃんにも。
心に留めておいた私の我侭だった。


姫子「風子さ、わたしと行きたい場所を探しているとき、たまに目が輝いていたんだよね」

風子「……え?」

姫子「それはもう、子どものように」

風子「む……」


冗談めかして、笑いながらの言葉に不思議と悔しさが沸いた。
411 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/20(木) 00:14:18.68 ID:4HX1iNoco

姫子「バレバレだよね。食い入るように見てるんだから」

風子「……」


負けているような気分なので強引に話題を変える。


風子「今生の対語って分かる?」

姫子「いきなり話題を変えるね。…………えっと」


突然の話題にも付き合ってくれる。


今生はこの世を指す言葉。


姫子「他生……だよね」

風子「うん。袖触れ合うも他生の縁。の他生」


前世、今生、来世。
今生で袖が触れ合うほどの僅かな縁だけど、前世では深い間柄だったのではないか。
そして、この縁は来世へ紡がれるであろうという諺。


姫子「……それがどうかした?」

風子「来世で会えるってことなのかなって」


姫ちゃんが私に言ってくれたこと。


姫子「それって、仏教の輪廻転生だよね」

風子「……うん」

姫子「そうなのかもしれないし、違うのかもしれない。言ったでしょ、難しいことは分からないって」

風子「……」


来世に辿り着けば分かることかな。


風子「前世で、私と姫ちゃんの関係はどういう間柄だったのかな」

姫子「さぁ……」


興味無いみたい。


風子「姫ちゃんはお姫様で」

姫子「車に戻ろうか」


私を無視して歩いていく。
412 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/20(木) 00:16:14.21 ID:4HX1iNoco

駐車場に辿り着くと、車に持たれながら携帯ゲーム機で遊ぶ3人の姿が目に入った。


夏「倒せない……」

冬「サポート役のキャラクターが説明してたのに、カットするからだよ」

夏「進めれば分かると思ったんだけど……」

澪「あ、分かった。魔法を使うんじゃないか?」

夏「魔法のコマンドありませんよ?」

澪「そうか……」

冬「うーん」



姫子「あの3人は?」

風子「夏ちゃんと冬ちゃんは隣国の双子姫。澪ちゃんは舞妓さん」

姫子「風子は?」

風子「町娘」


知床まで来てくれたことに、嬉しくて胸がいっぱいになる。


澪「あ……」

夏「来ましたね、それじゃカムイワッカに行きますか」

冬「……」

風子「どうして……?」


ここまで来てくれたのだろう。


夏「呉越同舟ですよ」

冬「それ、使い方間違ってるよ」

夏「そうなの?」

冬「その舟は仲の悪いもの同士が乗っているんだよ」

夏「そっか……あたし達、仲は悪くないですもんね」

澪「……」

姫子「……」

風子「……」

夏「え……なんで黙るの……」

冬「わたし達は仲良しだよね」

夏「あぁ……ちが……くない…けど……そうじゃない、違う」


気持ちを真っ直ぐに表現し、ニコニコしている冬ちゃんに心がくすぐられる。
413 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/20(木) 00:17:31.32 ID:4HX1iNoco

澪「ご飯、ごちそうさま」

風子「ううん」

夏「どうして、ここに来たかったの?」

風子「雑誌で読んでてとても行きたかったからだよ」

冬「どうして、指さなかったのですか?」


最初に行きたい場所を地図で決める時……。


風子「我侭かな……と思って……」

澪「あの時、釧路指してなかった?」

風子「……あれは」

姫子「……」


面白いかな、って思いました。


姫子「コムケから大体3時間くらい……か……」

風子「朝の道だから快適だったね」

冬「一度、網走に戻らないといけないですよね?」

風子「レンタカーは乗り捨てだから、平気」

夏「高くつくんじゃない?」

風子「そうなんだよね。帰ったらバイト探さなきゃ」


そう言って姫ちゃんに視線を送る。


姫子「じゃあ、書店のバイトでもする?」

風子「お願いします」

姫子「まだ空いていたらね」

夏「早くカムイワッカにいこうよ」


夏ちゃんが急かしている。そんなに温泉に入りたいのかな。


風子「知床五湖はみていかないの?」

澪「そうだな、少し観ていこうか」

冬「人が増えてきましたね」

姫子「……うん、早く廻ろうか」

夏「そういえば、知床って熊が出るんだよね」

姫子「運が悪ければね」


私はもう一度、知床の自然を満喫できることになった。

414 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/20(木) 00:23:49.61 ID:4HX1iNoco

澪「いい所だな……」

夏「静寂があるんでしょうけど、人が多いから、それも味わえないかな……」

冬「悲観的にならないで。ここは動植物の楽園として守られているんだから」

姫子「そうだね」

夏「あたし等もここに来てる訳だから文句を言える立場じゃないね」

風子「……あの人、猟師かな」

澪「……え」


散策路を歩いていると、向こう側から一人の男性が歩いてきた。


男性「ここからは立ち入り禁止だから、入らないでね」

夏「どうして?」

男性「出たんだよ」

澪「出っ……!?」


私の前で男性の話を聞いた澪ちゃんの体がビクついた。


冬「熊ですか……」

男性「あぁ。テープで塞いでおくけど、くぐってはいらないようにね」

夏「そこまでして入る人が居るの?」

男性「いるんだよ。まぁ……その人はカメラを持っていたから仕事だったのかもしれないけどね。
   出会ってからじゃ遅いんだ、相手の生息地にお邪魔していることを忘れないようにね」


そう言葉を言い残し、去って言った。


風子「……」

姫子「キツく言われたね」

澪「熊の子なら……いいな」

冬「?」

風子「相手は野生だから……いつ本能の牙をむくのか……」

澪「そ、そうだな……うん」

夏「こ、怖……」

風子「鈴はまだ持ってる?」

姫子「熊避けの鈴代わりに使うわけね。でも、どうしてか鳴らないんだけど」


鈴をポケットから取り出し、振って見せるけど、音を響かせることは無かった。

415 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/20(木) 00:28:08.59 ID:4HX1iNoco

――― カムイワッカ ―――


冬「……ふうっ…………はぁっ……はぁ……」

風子「大丈夫?」

冬「だ……だいじょう……っ……ぶ…ですっ……行きましょうっ」

風子「じゃあ、休憩にしようね。姫ちゃーん!」


先を歩いている3人に声をかける。
知床半島の秘湯。
カムイワッカ湯の滝に入るため、私たちは険しい温泉の流れる滝を登っている。


冬「だいじょうぶ……って……言いましたっ……」

風子「帰りのことも考えて、ね」

姫子「休憩ね」

風子「うん」

夏「足元が滑りやすくなってるから、全身の神経を使いますよねー」

澪「雪道を歩くときと同じ感覚だな。あれは慣れるまで怖くてしょうがなかった」

夏「そうそう、足の裏全面に体重をかけるように歩くんですよね」

澪「うんうん」

姫子「それじゃあ、最初は滑ってばっかり?」

澪「人が歩く場所はツルツルになってるからな。私はそこを避けるように歩いてた」

風子「……雪道に違いがあるの?」

夏「雪の轍は人が踏みすぎて路面が凍結していたりね。
  だからあたし達は少しでも雪が積もっている箇所を歩くようにしてる」

澪「私もだ。そうすると安心するからな」

姫子「ふぅん……」

澪「辺り一面の雪景色を歩いて、振り返ると自分の足跡だけ……というのもあって、良かった」

夏「分かる分かる! ちょっと感動しますよね!」


楽しそう。冬の北海道もいいかもしれない。


冬「ふぅ……。充分に休めましたので、行けます!」

姫子「あと10分くらいで辿り着ける……かな?」

風子「うん。それくらいだと思う」


川の流れを隣に感じながら、5人で歩く道のり。
そろそろ湯気の立つ場所に辿り着けると予想。


澪「ツルっと足を奪われた時は背中がゾクっとするんだよな!」

夏「そう! 変な汗を掻きますよね、ジワ〜っと」


北海道の生活を共感できて楽しそうだね。
二人をそのままにして。


風子「レッツゴー」

姫子「……」

冬「楽しんで歩けば疲れなんて感じませんよね」
416 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/20(木) 00:29:42.66 ID:4HX1iNoco

――…


風子「あ〜、いい気持ち〜♪」

姫子「……」

夏「いいですねー、真昼から秘境で温泉!」

冬「うん〜」

澪「……」

風子「どうしたの、澪ちゃん?」

澪「い、いや……」


少し恥ずかしいのかもしれない。
私たち以外にこの天然温泉を利用している人物がいた。
初対面の二人だけど、男性じゃなくて良かった。
東京から来たという、千春さんと容子さん。


千春「あぁ〜、しあわせ〜」

容子「はぁ〜、やっぱりここはいいね〜」

千春「そうだね〜、んーっと!!」


両腕を天に伸ばして上半身を解している。

なんだか、私の気持ちも二人の解放的な空気につられて良くなったので話しかけたくなった。


風子「何度もここへ足を運んでいらっしゃるんですか?」

千春「まだ二回目。前に来たのは……3年前の今と同じ季節だよ」

容子「あの時も知らない人と一緒に入ったよね〜」

千春「そうそう。今日と違うのは男性だった、って所だけどね」

風子「混浴……ですか?」

容子「うん、そうだよ〜」

澪「っ!?」

姫子「……」

風子「今回も仕事を休まれてカムイワッカまで……?」

千春「……!」

容子「……!」


二人、驚いてお互いに顔を合わせ、


千春容子「「 あははははっ! 」」


とても楽しそうに笑いあった。

417 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/20(木) 00:31:33.97 ID:4HX1iNoco

風子「?」

夏「なにがそんなに可笑しいんです?」

千春「あははっ! ごっ、ごめんね〜!」

容子「私たち、前にここに来たときは会社に戻るのが嫌で、連絡もしないで遊んでたの」

冬「え……それじゃあ……」

千春「そう、二人ともクビになった♪」

澪「おぉ……」

千春「それでぇ、東京でこの不況の中、なんとか再就職してぇ」

容子「お金を貯めてぇ」

姫子「今回も……?」

千春「ううん、今回はちゃんと予定日には帰るよ」

容子「前回で懲りたもんね〜」


束の間の休息。

二人はとても幸せそうな表情を浮かべている。


千春「前はあの日常に戻るのが嫌で嫌で、貯金が尽きるまで遊びまくってたね」

容子「うん。その後が大変だったけど……」

千春「そうだね……」


途端に沈む空気。

楽しかった時間のあとには、過酷な時間が待っていたのかな。
二人の表情がそれを物語っていた。


千春「でも、あの日の私たちは間違いなく輝いてた」

容子「うん。輝いてた〜」


そして、二人に笑顔が戻る。


千春「容子、またあの場所へ行ってみない?」

容子「私も行きたいと思ってた」

風子「予定を決めない旅行ですか?」

千春「ううん。決めてはいるけど、今思い出したから」

容子「偶然見つけた丘なんだけど、景色がとっても綺麗でね〜」

風子「……」


北海道ではそんな景色が沢山ある。


夏「楽しそう」

冬「うん」

澪「大人だな」

姫子「……」


私たちはしばらくの間、千春さんと容子さんと話をしながら天然の温泉を満喫しました。
418 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/20(木) 00:34:15.00 ID:4HX1iNoco

――…


千春さん、容子さんと駐車場で別れ、次の目的地へ車を走らせる。


夏「そろそろお昼食べよう、お腹すいた」

澪「……そうだな。いい時間だ」

冬「どこで食べましょうか」


『羅臼漁港よりボタンエビが大漁に――』


風子「……」


助手席で車のナビをしていた私はラジオのボリュームを上げる。
今、耳寄りな情報が流れていたような気がする。


『――へお越しいただくと、ただいまリーズナブルな値段でボタンエビが味わえますよ』

『羅臼か〜、ここからは遠いな〜』


年配の男性が残念がっている。


夏「ボタンエビ……食べたい!」

澪「ボタン?」

冬「高級エビなんです」

風子「お昼は決定だね」


男性アナウンサーに代わって私たちが高級食材を堪能することにした。

後で感想のメールを送ってみようかな。

419 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/20(木) 00:36:31.79 ID:4HX1iNoco

――― 定食屋・羅臼 ―――


『それでは次のお便り〜』

『えっと、ラジオネーム、ネコ娘さんから頂きましたー』


姫子「……」


姫ちゃんから視線を感じる。

私は気付かないフリをして窓から外を見つめる。


『あ、羅臼のボタンエビを食べているところらしいですよ』

『さっそくですかー!』


男性アナウンサーが悔しそうにしている。

おいしいですよ。


冬「ぷりぷりしてて」

夏「甘みがあって」

澪「お、おいしい……!」


私たちはローカルラジオから得た情報を活用し、羅臼漁港の定食屋にて舌鼓を打つ。

とってもおいしい。

定食屋にはこのお店を紹介した番組が流れていた。


『私は知床へ3人の旅仲間と訪れました』

『ははは、いいですねえ、旅ですかぁ!』


姫子「風子でしょ、これ」

風子「4人組みらしいよ?」

姫子「カモフラージュでしょ……周りに気付かれないようにって」

風子「……」


私は黙ってボタンエビの刺身を口へと運ぶ。


風子「おいしい!」

姫子「……」
420 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/20(木) 00:37:20.17 ID:4HX1iNoco

『ぷりぷりしていて、甘くてとってもおいしいです! だそうですよ』

『あー、いいないいなー私も食べたいですよぉ!』


ある程度予想通りの味だったので、下書きを終えて、
一口頂いてから送信したので、味の感想に嘘はないよね。


夏「ふぅー、おいしかった」

冬「新鮮な味を堪能できて、ラッキーだね」

澪「どうして、姫子だけ貝なんだ?」

姫子「店員さんが聞き間違えた、らしい……」

夏「ボタンの刺身五つと頼めばよかったのに、わざわざ悩むから」

姫子「そうなんだけど……」

風子「ラウスバイだって。おいしい?」

姫子「まぁ、ね」


みんなからエビと貝を譲りあっていたから損はないと思うけど。


ごちそうさまでした。

421 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/20(木) 00:39:45.20 ID:4HX1iNoco






ダニー『ほんと、心配性だなぁ……用は無いのにぃ……』

モモ『……』

ダニー『ふぁぁ……』

モモ『……まだ寝てるみたいだね』

ダニー『うん。……ボクも…ネムイよ……モモぉ…』

モモ『………………あの子、運が傾いてる』

ダニー『リスト……ってない…から……丈夫だ…よぉ』

モモ『……』

ダニー『ぐぅ……すぅ……』

モモ『大丈夫、だよね』

ダニー『ぴぃ……すぅ……』

モモ『……』






422 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/20(木) 00:42:32.65 ID:4HX1iNoco
今回はこれにて。
知床……難しいなぁ……。

読んでくれている方、ありがとうございます。おやすみなさいませ。
423 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/22(土) 23:21:07.96 ID:1caGwVu4o

――…


次の目的地、野付半島へ向けてハンドルを握る。


1時間ほど走っていると、左に自転車を漕ぐ人の姿が目に入った。

充分に距離を保って追い越す。


夏「あ、あれ……!?」

冬「今の……!」

澪「どうした?」

風子「?」


左座席に座る夏ちゃんと冬ちゃんが通り過ぎた道を見送っている。


夏「あの子の目的地って聞いた? 冬ねぇ」

冬「ううん。聞いてないよ」

澪「あの子って……もしかして」


ザザッ

『風子、車を停めて待ってて』


風子「?」

澪「どうかした?」


『光を見つけた』

424 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/22(土) 23:32:58.23 ID:1caGwVu4o

――― 尾岱沼キャンプ場 ―――



ログハウス風のバンガローがここにはある。

一旦荷物をここに置いてから移動することに。


姫子「よくここまで来たね」

光「大変でしたよぉー」

風子「カンバって来たんだね」

光「頑張りましたよー!」


疲れを見せないその笑顔に和んでしまう。


風子「すごいね、ここまでガンバって来たんだよ。私たちもこれからガンバロウね」

姫子「う、うん……」

風子「今日はロッジにしようか」

姫子「いや、あれはロッジじゃなくてガンバロー……う――!」


ロッジは炊事施設等がある宿泊施設。

姫ちゃんが言い間違えたバンガローはお風呂や炊事施設も無い、ただ休むだけの小屋。

ガンバローではなくバンガロー。


夏「あはは、ガンバローガンバロー」

姫子「くぅ……頑張るを強調するから変だと思っていたのに……!」


頭を抱えている姫ちゃんをよそに、光ちゃんに話しかける。

彼女はコムケで会った自転車で北海道を旅する少女。


風子「怖くなかったの?」

光「い、いえ。快適で楽しかったです……。失礼ですけど、昨日は調子が悪かったんですか?」

風子「うん。悩みを抱えていたからね」

光「……すっきりしてますね」

風子「うん。スッキリしたよ」

光「……そうですか」


姫ちゃんのバイクにロープで自転車を繋いでここまで走ってきた。
もちろん、違法行為にあたる。
話しかけると自転車の調子が悪いというので、姫ちゃんが引っ張ることになりました。
425 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/22(土) 23:34:23.93 ID:1caGwVu4o

光「いいんですか、私なんかに合わせて」

風子「いいのいいの。光ちゃんは人類に必要な存在だから」

光「どういう……?」

姫子「風子っ」

風子「?」

姫子「あのね……!」

夏「あたし達は、暗い暗い闇の中を歩いていた」

澪「だけど、ついに、姫子がその場所へと辿り着く」

冬「光を、見つけた。と」

光「そ、そうですかぁ……」

姫子「〜っ!」


名言だったよ。

車を停めた後、誰も言葉を発することは無く、
二人が到着するまでは水を打ったような静けさだった。


姫子「ぜったい後ろに乗せないから!」

澪夏冬「「「 え――! 」」」

風子「それは……」


困ったなぁ。

姫ちゃんの後ろに載せてもらって、トドワラまで走る気分でいたのに。

あの道はとても印象に残っていると雑誌で語られていた。
私たち、特に姫ちゃんがとても楽しみにしている場所。


ここに泊まる予定の光ちゃんに合わせて私たちもここでキャンプをすることに決定。

どうせだからトドワラ、ナラワナも同行してもらう。


バンガローに荷物を放り込んで、姫ちゃんの後ろに光ちゃんが、
残った私たちは変わり映えも無く、車に乗り込んだのでした。
426 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/22(土) 23:40:08.96 ID:1caGwVu4o

――― 野付半島 ―――



光「バイクって良い! すっごく良い!!」


目を煌かせて興奮気味の光ちゃん。

28kmも伸びる細い半島。
その中間地点であるナラワナでの第一声がそれだった。


姫子「うん。楽しんでくれてよかった」


ヘルメットを脱いで、圧縮された髪を振り解しながら楽しそうな表情の姫ちゃん。


風子「視界の右と左に海があるって凄い景色だよね」

姫子「どこが良かった?」

光「風を切って走ってて、とっても気持ちがよくて!」

姫子「うんうん。分かる分かる」

風子「……あれ」


無視された。


夏「風子さん……今、無視された?」

風子「された、ね」

冬「……」

澪「夢や憧れ探して、西に東に……うん。いいかも」


創作活動してる澪ちゃん。


澪「はい! 姫子!」

姫子「っ!?」


姫ちゃんに向けて右手をかざしている。これ以上の主張は無いと思う。


澪「貸しだ!」

姫子「……あ、……うん」

風子「貸し?」

姫子「えっと……」

澪「釧路駅で待ちぼうけだったからな」

夏冬風子「「「 すいませんでした 」」」

光「?」

427 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/22(土) 23:54:21.87 ID:1caGwVu4o

――…


そして、トドワラに到着。


海水の浸透、潮風の影響で立ち枯れたマツが点在する荒涼とした林。
この光景も時間が経てばいつか消えてしまう。

風化。

時間は残酷にも在るもの全てを忘却の彼方へ流していく。


光「どうしたんです?」

風子「……うん」


みんなからこっそりと抜け出してきたけど、光ちゃんに見つかったみたい。


風子「寂しい風景だよね」

光「そうですね。せつなくなる、という言葉が合うような……」


二人並んで海の向こうを見つめる。


風子「どうして、一人で旅をしてるの?」


昨日の夜。
みんなで焚き火を囲んでいる時に不思議に思った。

この子は、どうしてこんなにも強いんだろう。


光「オーロラを探しています」

風子「……」


姫ちゃんが持っている雑誌の内容を思い出す。

北海道でもオーロラを観測したという記録がある。


光「10年近くも前に、雑誌を読んで得た情報だけど、不思議と心に残ってて……」

風子「でも、南に移動してない?」

光「昨日も言いましたけど、納沙布に行きたいんです!」

風子「……」


聞いてなかった。
自分のことで頭がいっぱいだった証拠だね。


納沙布岬……。

これは暗示なのかな。


光「私って、居場所が無いんですよ」

風子「――!」


突然の告白に心臓が大きく音を立てる。
428 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/22(土) 23:58:27.11 ID:1caGwVu4o

光「両親は私が小学校のときから喧嘩ばっかりしてて、こんな――自転車で一人旅するような性格だから、
  学校でも浮いてて。あ、別にいじめられていたわけじゃないですよ」


言葉を繕いながら微笑む顔に寂しさがあった。


光「初めてのキャンプの夜、それがあんなに楽しかった」


ヒカリを浴びて瞳を輝かせる彼女に、太陽のような存在だと思った。


風子「太陽みたいだね。なんだか眩しい」

光「?」

風子「光ちゃんが」

光「え……そんなこと言われたの初めてですよ……」


照れくさそうに頭をかいている。


光「太陽ですか、いいですね。憧れます」


空に輝く太陽を仰いでいる。


風子「――!?」


一瞬だけ、光ちゃんの姿が見えなくなったような気がした。


光「?」


私の視線に気付いて不思議そうな表情を浮かべている。
多分、気のせい。


風子「地球の自転が止まったら、長期間の間、朝か、昼か、夕方か、夜か……になるよね。どっちがいい?」

光「???」


強引に話題を変えたので光ちゃんは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。


風子「そう考えたら、毎日朝が来るんだから地球は凄いよね」

光「……そう…ですね」

風子「自転していない星ってあるのかな」

光「月……とか……?」

風子「月は自転しているそうだよ」

光「……」

風子「太陽の自転の周期は28日。月の満ち欠けは28日周期。……なんの話だっけ」

光「……その」

風子「?」

光「風子さんって、変な人ですね」

風子「この性格はお祖母ちゃん譲りだから」


どこか誇らしげに言葉が出てしまう。
429 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/23(日) 00:02:04.49 ID:T7Yrl8t/o

光「ふふっ、初めて会いましたよ、風子さんみたいな人」

風子「ありがとう」


褒め言葉として受け取ります。
荒涼とした世界で、昨日あったばかりの私たちは笑いあった。

北海道に来て、本当に良かった。

気持ちの良い北の空の下で、大きく息を吸う為に両腕を広げて、
あの言葉を思い出していた。


風子「永遠は刹那に去っても、風はいつか生まれる」


その意味が分かったような気がした。

右手の甲に柔らかいような固いような感触が伝わった。


姫子「いっ!」


伸ばした私の右手は姫ちゃんのお腹に衝撃を与えていた。


風子「ご、ごめんね」

姫子「ビックリして大きな声出しただけ、痛くないよ……」

冬「大丈夫ですか?」

姫子「……うん」

夏「なにしてんだか……」

澪「ッ……グフッ」

姫子「澪、笑いすぎ……」

澪「だって……っ…ずっと隣にいたのに気付かないで……ッ……タイミングがっ」


故意じゃないよ。


風子「事故だよ」

姫子「笑ってるよね。本当はワザとなんじゃないの?」

風子「ううん、全然気付かなかった。どこから話を聞いてたの?」

姫子「地球の自転の辺りから」

夏「変な話してるなーって」

冬「……入り込めませんでした」

風子「そうなんだ」

澪「……フフッ」

姫子「はぁ……なに、この澪のテンションは……」

澪「バイクの初乗りが楽しくて……なっ」

光「なんだか楽しそうで――あ」

「ママーはやくはやくー」

「待って、走ると危ないから待ってー!」


光ちゃんの視線を追うと、小さな男の子が駆けてくるのが見えた。
つたない走り方にハラハラしながら一所懸命に追いかけてくるお母さん。
430 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/23(日) 00:06:10.37 ID:T7Yrl8t/o

子「わぁっ――!」

風子「あぶない!」


地面に足を取られて転んでしまった。


冬「あぁー!」

夏「うわっ!」


私たちは駆け寄り、男の子の体を起こす。


子「ぅ〜〜っ!」


じわーっと目に涙が溜まっていく。
痛いのとビックリした感情が混ざり合い、安らぎを求め駆けつけたお母さんの方へ視線を向ける。


ママ「だから走ったら駄目って言ったでしょー」

子「うぅ〜〜っ」


軽めの叱りに居場所を無くした男の子の目に涙が溜まっていく。


光「ほら、痛くないよね?」


服に付いた埃を優しく叩いて落とし、声をかける。


子「……ぐすっ」

光「負けるな、男の子」

子「……ぅ…ん」

光「よぉし、良い子良い子〜」


涙を堪え、痛みに耐えたご褒美をあげるように優しく頭を撫でる。


ママ「ほんと、すいません〜」

子「……っ」


お母さんはヒョイと抱え上げる。
男の子は恥ずかしいのか、私たちから顔を背けてしまった。


夏「家族で旅行ですか?」

ママ「そうです。あっちで一心不乱に写真を撮ってるのがパパです」

澪「……」


少し離れた場所で撮影ポイントを見つけたのか、文字通り一心不乱にシャッターを下ろしていた。


ママ「それでは、私たちはこれで。ほら、摩耶もあいさつして」

摩耶「……」


頭をお母さんの肩に乗せて身動きしない。

男の子でマヤという名は珍しい……ような。……もしかして。
431 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/23(日) 00:07:43.26 ID:T7Yrl8t/o

風子「女の…子……ですか?」

ママ「ふふ、女の子よねー、摩耶〜?」

摩耶「……」

光姫子「「 えっ! 」」


男の子の服を着ているから先入観から間違えてしまったね。


光「ごめんね〜」

摩耶「ん〜」


少し拗ねているような声。


ママ「ほーら、そんな顔しないの〜」

姫子「ご、ごめんね」

摩耶「……ん」


姫ちゃんがぎこちなく謝ると、仕方ないと言った声が返ってくる。
許してくれたのかな。


ママ「この子、少し人見知りするので」

夏「そんな感じですね」

冬「これだけ知らない人に囲まれたら、戸惑いますよね」

ママ「ふふ、ほら、パパが呼んでる。みなさんに、ばいばーい、して」

摩耶「……」


なかなかこっちを見てくれない。
注目されて恥ずかしいのかもしれないね。


光「ばいばーい」

冬「ばいばい」

摩耶「……ば…ばいばぃ」

ママ「それでは」

風子「はい、それでは……」

姫子「……」


女の子はこっちを向いて手を振り続けている。
冬ちゃんと光ちゃん、澪ちゃんはそれに応え、姫ちゃんは難しい顔をしていた。
432 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/23(日) 00:09:44.40 ID:T7Yrl8t/o

風子「どうしたの?」

姫子「……子どもって凄いよね」

夏「なにが凄いの?」

姫子「あの子にとって、私たちは未知の世界の住人でしょ?」

風子「異星人?」

姫子「いや、そういう意味じゃなくて、ハードルを越えたっていうか」


よく分かりません。


夏「冬ねぇ、あっちに行ってみよう」

冬「う、うん……」

風子「10分くらい経ったら集合しよう」

冬「分かりました」

夏「江戸時代にはこの辺り歓楽街で武家屋敷もあったらしいよ」

冬「海の底に、今も存在してるのかもしれないんだね」


二人は歩いて行く。


光「私もそこら辺を歩いてきます」

風子「うん、後でね」

澪「五里霧中 道に迷っても 即興で軌道修正……うん」

姫子「……」


創作活動を続けている、澪ちゃん。

姫ちゃんは考え事をしているみたいなので……そっとしておこうかな。

私たちはそれぞれの時間を楽しむことになった。
433 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/23(日) 00:55:25.05 ID:T7Yrl8t/o

――…


尾岱沼キャンプ場に戻ってきて、自然と役割分担が行われ、それぞれの仕事に取り掛かる。


光ちゃんは外でテントを張るというので、私たちもお邪魔します。


風子「私たち邪魔してるかな」

光「そんなことないですよ?」

姫子「はい、邪魔してます。って言えないでしょ」

風子「そうだよね。一人で過ごしたいのなら言ってね」

光「えぇと……」

姫子「だから、困らせるような言い方しないでよ」


姫ちゃんの忠告を心に受け止め、私は食材を焼き続ける。




――…


食事を終えて三人で火を囲む。


澪「邪魔じゃなかった?」

光「邪魔でした。でも一緒に旅することに後悔はないです」

澪「……そうか」

風子「どうして一緒に?」


ジャン ジャジャン

澪ちゃんが弾いているギターは光ちゃんが自転車と共に走ってきた大切な相棒だと聞いた。


光「……形見なんです」

澪「――!」


音を奏でていた澪ちゃんの手が止まる。


光「澪さんほど上手くなかったけど、不思議と落ち着く音を――」

澪「ご、ごめん。気安く弾かせて欲しいって……無神経だった」

光「いえいえ、いい音奏でた方が楽器も嬉しいでしょうから、遠慮なく弾いてください」

澪「うん……」

光「アイツの隣が……唯一の居場所だったのになぁ……」

風子「……」


膝を抱えて表情を隠してしまう。
澪ちゃんはその手を止めない。


光「ありがとう……。隣に居てくれるような気がして…落ち着く……」

434 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/23(日) 00:59:25.84 ID:T7Yrl8t/o

風子「……」

澪「……」


私は静かに立ち上がり、澪ちゃんに頷きその場を後にした。


光ちゃんの心の中にはその人が居て、澪ちゃんがギターを弾くことで想いが溢れているのだと思う。

なんとなく、あの場にいるのは無粋だと感じた。


洗い場で片付けをしている三人の元へ私は心なしか急いで向かう。


姫子「大人が子どもをよく、凄いね、よくできたね、って褒めるでしょ?」

冬「はい、よく聞きますね」

夏「小さい頃、そんな風に言われたよね」


話の邪魔にならないよう、少し離れていることにしよう。
三人並んで背を向けているから、姫ちゃんは私に気付かないまま話を続ける。


姫子「わたしはアレって教育方針だと思ってたんだけど」

夏「教育方針……?」

姫子「なんというか……褒めて伸ばすっていうのかな。
   もちろん、褒めることに嘘を吐いているわけじゃないんだけど、
   本心で褒めているってこと……だけど、上手く言葉にできないな」

冬「子どもが今まで出来なかった事、それが出来るようになった。
  大人はそれを成長の証として心から感激して子にそれを伝えた、ということですよね」

姫子「うん。大人は子どもの一瞬の成長を常に見守っているということ。
   だから、その言葉は今までは教育方針だと思っていたんだけど、そうじゃない……と思った」

夏「昼の親子だよね」

姫子「あの子はわたし達を……極端な話、怖かったわけでしょ? 見知らぬ人だから」

冬「照れていたというのもありそうですけど、そうですね。
  それを頑張って克服して、わたし達に挨拶してくれました」

姫子「そう、あの子はその時に成長した」

夏「……そうですね、うん。あたしぐらいになるとやっかいな人見知りだけど、あの子は出来た」


終わったかな?
驚かしてみようかな、後ろからカエルでも放り込めばきっと――


姫子「風子って子どもでしょ?」


う……。頭の中の行動を指摘された。


夏「そうですね」

冬「……はい」


同意された。

435 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/23(日) 01:01:40.64 ID:T7Yrl8t/o

姫子「子どもは一つずつ階段を上って成長していく。ゆっくりと、だけど確実に」


姫子「ある程度大人になると、一段飛ばして上がっていくものだと思う。
   一つずつ上がっていく時間と余裕が無いから。だけど、風子は……」

冬「一つずつ階段を上っている……?」

姫子「うん。通り過ぎた大事なことを見て見ぬフリをしないで、ちゃんと振り返って……。
   だから、凄いって思う」

夏「……?」


ナニカを感じたのか、振り向いた夏ちゃんと目が合う。
気まずいので人差し指を口元へ。


夏「……」

冬「トドワラで難しい顔をしていたのはそれを考えていたんですね」

姫子「まぁね」

夏「どうしてそんな話を?」

姫子「あの親子と風子を見ていて感じたことが重なったから、なんとなく」

夏「そうですか」

冬「……?」


同じように人差し指を口元へ。
立ち聞きもよくないから引き返そうかな。


冬「……」

姫子「自分が出来ないことだから、それを教えられた」

夏「姫子さんと風子さんの関係って一言で表すと……?」

姫子「姫と町娘」

冬「身分違いの友情ですかぁ……とてもいいです!」

夏「……姫……ですか……そうですか」

姫子「違う。あっちが姫でわたしが町娘だから」

夏「……」

冬「……」

姫子「ちょっと……!」


姫ちゃんが声を高めるけど、二人は笑ってる。

本当の姉妹みたいで微笑ましい。


三人の雰囲気を邪魔したくないので、辺りを散歩しよう。

436 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/23(日) 01:05:43.11 ID:T7Yrl8t/o

――…


満ちていない月灯りの下。


今日一日の出来事を思い返しながら歩く。


朝起きて。

スープを作って。

一人で知床五湖まで運転して。


そこで、少女と召使と出会って……召使だったかな。

そして、別れを受け入れた。

受け入れたのは、自分勝手な解釈……?


ううん、そうじゃない。

お祖母ちゃんは別れの言葉を遺してくれた。

それに応えられたから、ちゃんとお別れが出来たんだ。


風子「ちゃんと振り返って……」


姫ちゃんが言ってくれたこと。

それを聞けただけでも、この旅に意味はあった。



慌しい数日。

それが明日で終わる。


これからの時間の中で糧となる道だった。



風子「ここからは海なんだ……」


目の前に海がある。潮の香り。

いつの間にか、ここまで来ていた。



あの死神は私の幻想だったのかもしれない。

自分が創りだした幻。

別れを受け入れられない自分自身にけじめをつけるため。



風子「……なんて」



あの一瞬が現実なのは間違いないけど、どこか自信が持てない。


腕時計を確認して、みんながいる場所へ戻るため、来た道を戻る。

437 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/23(日) 13:16:12.10 ID:T7Yrl8t/o

――…


パキパキパキ


薪が燃えている。

私は木の枝を折って、少し離れている火の中へ放り込む。


風子「……うん」

姫子「……」


まっすぐに飛んで吸い込まれていった。


風子「はい、姫ちゃん」

姫子「……いいから、わたしは」


枝を渡したけど受け取り拒否されました。


夏「どうして納沙布岬に行くの?」

光「私?」

夏「他にいないでしょ」

光「あ、うん。……えっと、行きたい場所のひとつだったから……だけど」

夏「ふーん」

冬「ハマナスの花が綺麗でしたね〜」

澪「うん、野付半島は良い道だ」

風子「フラワーロードと呼ばれるだけあるよね」

姫子「視界の両端に海が見えるのは、とてもいい経験だった」

光「姫子さんの後ろはとっても楽しかった!」

姫子「……うん」


嬉しそうな表情。


光「私も自分で運転してみたかったなぁ」

夏「? 頑張って免許取ればいいじゃん」

光「……そうだね」

風子「?」


寂しそうな表情。

438 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/23(日) 13:17:01.12 ID:T7Yrl8t/o

冬「実質、明日が最終日ですよ。予定を確認しましょう」

光「明日で終わり……?」

夏「うん。明後日の昼にはそれぞれ住むまちへ帰って、いつもの日常に戻るってわけ」

光「……いつもの日常」


光ちゃんは日常へ戻るということに少しの不安があるのかもしれない。それは現実と向き合うこと。
隣に立ててあるギターを見て、何かできないかな、と考えてみる。


風子「カヌーの予約は何時からだっけ?」

姫子「10時に塘路湖」

風子「……午前だよね?」

姫子「うん。午前10時……午後の10時にカヌー出来ないでしょ」

夏「真っ暗だよ」


二人に呆れ気味に諭される。
そうだよね。

午後からなら、納沙布に行けたかな……。


姫子「どこか寄ってみたい所でもあるの?」

風子「最東端……とか」


光ちゃんを伺う。


光「……」

澪「……いいな!」


澪ちゃんが乗って来てくれた。


夏「10時に間に合うの?」

冬「……とっても難しい」

姫子「単純計算でここから納沙布岬へ行って、塘路湖までの道のりは4時間」

澪「5時にここから出発すれば、どう?」

姫子「それでもギリギリの計算。道中、何があるか分からないから、それに光に合わせるなら尚更厳しい」

風子「……」

光「合わせなくても、姫子さん達のペースで走ればいいかと……」


希望としては、一緒に観たい。


姫子「どうなの?」

風子「……」


私の心情を見透かしたように聞いてくる。それが嬉しい。

439 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/23(日) 13:19:03.02 ID:T7Yrl8t/o

風子「光ちゃんと一緒じゃないと、意味が無いかな」

澪「……うん」

光「あ……もしかして、私に気を遣って?」

風子「そういう訳じゃ……ないんだけ…ど」

夏「?」

姫子「……」


私と澪ちゃんはさっきの光ちゃんの態度が気になっていた。


姫子「光の一人旅だから、邪魔になるよ」

風子「あ……そっか」

光「じゃ、邪魔という訳じゃ」

冬「……」

光「えっと……どうしよう……参ったな」

風子「ごめんね、困らせるつもりは無かったんだけど」

光「そうじゃ無いんです……――。」


顔を伏せながら呟いた言葉は私に伝わることは無かった。


冬「残りの旅路、頑張ろうね」

光「……うん」

風子「ガンバロウ」

光「うん……?」

姫子「……?」

風子「ガンバロー」

姫子「!」


バンガローを指差すと、からかわれていると気付いた姫ちゃんは一瞬だけムッとなった。


姫子「……どうしようかな」

澪「何を悩んでいるんだ?」

姫子「風子への仕返し」

風子「飲み会でたくさんお酒を飲ませるとか?」

姫子「得してるでしょ」

冬「クラス会とか、していますか?」

姫子「うん。ネコ娘が企画を立ててくれるから」

澪「……ふふ、そうか」

夏「メールしよっと」


夏ちゃんが携帯電話を操作する。

澪ちゃんが目を細めて焚き火を見つめ、懐かしんでいる。
440 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/23(日) 13:20:24.49 ID:T7Yrl8t/o

冬「わたしも会いたくなりました」

風子「帰ったら、一緒に騒ごうね」

姫子「騒ぐのが目的なんだ」

風子「もちろん」

夏「ふっふっふ」

光「……」

風子「あ、ごめんね、私たちだけで……」

光「……いえいえ」

澪「光、もう一回弾いていいかな」

光「どうぞどうぞ」

澪「ありがとう」


澪ちゃんは一つ一つ、とても大切そうに音を奏でる。


澪「……♪」

光「……」


光ちゃんは、またさっきと同じ表情になる。


風子「光ちゃん」

光「はい……?」

風子「一緒に行けない旅路だけど、応援しているからね」

光「はい」


気になるけれど、一緒には居られない。

それぞれの道があるから。

だけど、応援はできる。

ここで出会ったのも大切な縁だから。


ジャジャン ジャジャジャン


姫子「この曲知ってる」

冬「有名な曲ですよね」

夏「……なんだっけ」

風子「……」


海外の男性アーティストが歌っている曲。


光「歌えますか?」

風子「もちろん」

姫子「本当に?」

澪「う、うん。それじゃ、僭越ながら……」

441 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/23(日) 13:23:26.94 ID:T7Yrl8t/o

優しいメロディが流れる。

その音に声が重なり歌となった。


トン トン

 ジャジャラ ジャ ジャ ジャン


澪「 If I can reach the stars
   Pull one down for you
   Shine it on my heart
   So you could see the truth
   That this love I have inside
   Is everything it seems
   But for now I find
   It's only in my dreams 」


  僕は世界を変えることができる

  僕が君の世界の太陽になるよ
 
  君は僕の愛が本当に心地よいものだと感じるだろう
 
  もし僕が世界を変えることができたなら



歌詞の一部がタイトルになっているので、夏ちゃんも思い出したみたい。


ジャン


澪「途中だけどここまでなんだ」

夏「えぇー」


ゆっくりと流れていた時間の突然の終幕。


姫子「最後まで聞きたかった」

冬「はい」

風子「うん。聞きたい」

澪「ここから先は、勉強不足なんだ……」

光「……ふふ」

夏「なんでも歌えますね」

澪「なんでもってことはないけどな。暇を見つけては弾いていたんだ。
  サークルのキョージュが覚えろって言うから、しょうがなく」

風子「楽しくやってるんだね」

澪「……うん。楽しい」


ジャ ジャジャン

続けて奏でるメロディ。アコースティックギターのBGMがとても贅沢に感じる。

442 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/23(日) 13:24:35.80 ID:T7Yrl8t/o

光「姫子さんの車種はなんですか?」

姫子「バリオスUだよ」

夏「どうしてこの車種を選んだの?」

姫子「……えっと」

冬「意味がおありなんですね?」

風子「姫ちゃんが尊敬している雑誌記者がね、同じ車種なの」

夏「あ……ただのミーハー」

姫子「ミーハーじゃないからっ!」


ビシッ


夏「いつっ」

冬「失礼だよ、夏」

夏「じゃあ理由があるんですね」

姫子「じゃじゃ馬は可愛いって言うでしょ?」

夏「乗らないと分からないじゃん」

姫子「……」

風子「一目惚れしてたよ」

姫子「言わなくていいからっ」

風子「もちろん、事前に情報はもっていたんだけどね、お店で並んでいるあの子を見て、
   目を輝かせていた。本当に、文字通り輝いていたからね」

光「そうですか。分かりました」

夏「ミーハーなんて言ってすいませんでした」

冬「運命ですね〜」

風子「しばらく見つめて動かなかったから。あぁ、この子を選ぶんだろうな。って、直感したよ」

夏「あははっ」

光「ふふっ」

姫子「笑うところじゃないでしょ……。ハァ……」

443 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/23(日) 13:28:05.60 ID:T7Yrl8t/o

BGMはまだ止まない。

続いて私の昔話。


風子「縁側で、ジッとセミの幼虫をお祖母ちゃんの言いつけ通り、遠くから観察してたんだけど……」

冬「羽化する直前ですね」

風子「途中で夕飯を食べなきゃいけなくて、目を離したの」

夏「羽化してしまった、と」

風子「ううん。まだ羽化していないから、観察を続けたよ」

姫子「……」

風子「夜の10時くらいになっても羽化しなくて。眠りたいけど頑張って起きていました。……ところが」

光「どうなりました?」

風子「諦めて寝なさいと言う母と一緒に近寄って見たら、抜け殻だった」

夏「?」

風子「お祖母ちゃんがすり替えてたの。本物の幼虫と抜け殻をね。私が夕飯を食べている間にね」

冬「抜け殻をずっと観ていたんですね」

姫子「騙されたんだ」

風子「うん。この子はまた騙された、って朝ご飯を食べるときにみんなに笑われたよ」


これは小学校低学年の頃の話。


澪「いい思い出だな」


ちょうど、弾き終えた澪ちゃんが話しかけてきた。


風子「いい思い出なのかな」

冬「その時のふぅちゃんさんには悪いですけど、今、楽しく話しているのはその証なんだと思います」

風子「うん……そうだね」


時計を右手で包んで、気持ちが落ち着いていくのが分かる。


姫子「そろそろ寝ようか」

夏「うん」

冬「ふぁぁ……」

澪「今日はガンバ……バンガローでみんな一緒に寝ることができるんだな」

風子「うん。テントも洗濯できたから、丁度良かったね。ガン……バンガローがあって」

姫子「はいはい。後片付けして寝るよー」

光「今日はありがとうございました」


急にお礼を言われて、私たちは戸惑ってしまう。


姫子「ど、どうしたの?」

光「本当は、傷心旅行だったわけですが、みなさんと一緒で楽しめました」


お辞儀をして、顔を上げた光ちゃんの表情には穏やかなイロが映っていた。
444 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/23(日) 13:30:30.80 ID:T7Yrl8t/o

――…


バンガローで5人横になって話をしている。

明日のこと、カヌーのこと、別の場所のこと。

私は光ちゃんの事を考えていた。


風子「……」

姫子「どうしたの、風子? しずかだけど」

風子「光ちゃん、太陽に憧れるって言ってた」

姫子「太陽、ね」

風子「どういう意味だと思う?」

姫子「みんなのヒカリになりたいとか、そういう意味かな……?」

風子「……」


本人に聞こうにも、隣にいないんだからそれは叶わない。
それに、触れてはいけないような事かもしれないから、きっと聞けない。


風子「おせっかいだよね」

姫子「……かもね」


光ちゃんについては、もう考えるのをやめる。
また会えたらいいな。

冬ちゃんの話に耳を傾ける。
三人で民話について語っているみたい。


冬「今、わたし達が住んでいる旭川の近くにですね、天人峡がありまして、
  そこには羽衣の滝という名所があるんですね」

澪「ほぅ……。北海道にもあったのか」

姫子「沖縄にもあるらしいね」

冬「羽衣伝説というのは、全国にありまして、話も大体似通っているんです」


大体のあらすじとしては。

 湖に降り立った天女が水浴びをする
 男性が天女の美しさに心を奪われ羽衣を隠してしまう
 帰れなくなり困ってしまう天女
 男性と結婚をして子を授かる
 天女は羽衣を見つけて天に帰ってしまう


冬「天女の気持ち――家族を残していく側の気持ちを考えると、複雑になるんです」

夏「男がずるいなぁって、あたしはいつも思う」

冬「でも、家族が出来たんだよ?」

夏「そうだけどさ……」

澪「どういう気持ちだったと思う?」

冬「そうですね……」

風子「故郷と家族を天秤にかけた想い。だけど、天女は前者を選んだ……」

姫子「結果的にはそうだね」

冬「でも、わたしはこう想うんです」
445 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/23(日) 13:33:47.83 ID:T7Yrl8t/o

誰かを残して往く気持ち――


冬「きっと、また会える。って」

風子「!」


知床で姫ちゃんが言ってくれたのと同じ。


冬「なんて、ただの夢想なんですけど」

姫子「あながち、外れてもいないと思うよ」

冬「そうだといいです」

夏「あ、もうこんな時間」


夏ちゃんの声に反応してつい、癖で左腕を確認してしまった。

時計を外して枕元に置いて、見つめてしまう。


風子「……」

姫子「風子、ランタン消すけど、いい?」

風子「うん」

姫子「みんな消すよー」

澪「いいよ」

夏「ふぁぁ……」

冬「お願いします」


灯りが消え、小屋の中は静けさが漂い始める。

誰かが身じろぎ、服の擦れる音が聞こえた。


配置は、私が真ん中で、左に姫ちゃん、右に澪ちゃん。
頭側に二人が横になっている。

澪ちゃんが落ち着かない様子。

どうしたのかな。


澪「……リ…………」


り?


澪「リコピーン」


風子姫子「「 え? 」」


私たちは体を起こして何が起こったのか、状況を確認する。
446 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/23(日) 13:35:21.56 ID:T7Yrl8t/o

冬「デコピン?」

夏「どうしたんですか?」

澪「な、なんでもないっ!」


タオルを被って顔を隠した。


風子「澪ちゃん?」

澪「忘れてくれっ」

姫子「なんて言ったの?」

冬「デコピンと……」

夏「違うよ、リコピンだよ」

冬「トマトのリコピン効果ですね……」

姫子「え、ここでダイエットの話?」

澪「くかー」

冬「何か暗号でしょうか」

夏「意図が解らないんだけど」

澪「くかー、くかー」

風子「帰ったら聞いてみよう」

澪「やめてくれっ!」


しばらく頭の熱を冷ましながらの澪ちゃんに説明を受ける。


澪「言わなきゃよかった……」


空気が違うから、どうしようもないよね。


冬「すぅ……ふぅ……」

夏「ねむ……」

風子「朝起きたら、姫ちゃんの髪の毛が逆立ってたりして」

姫子「やってもいいけど、怒るよ?」


それ、やるなと言ってるんだよ。


澪「……おやすみ」

姫子「おやすみ」

風子「おやすみ」




一周忌の春に再び時を刻みだしたこの時計。



もう動かなくなってしまったけど、この旅の終わりまで一緒に。




六日目終了

447 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/23(日) 13:38:19.81 ID:T7Yrl8t/o
もう終わっているといっても過言ではないので、後は淡々と。
歌詞っぽいのが出てきたら、繋ぎに困っている翔子です。
448 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/09/24(月) 22:54:41.79 ID:OtW/Y8sAo
俺は読んでるよ。
449 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/27(木) 08:29:47.92 ID:K8/zrCv3o
おはようございます、嬉しいです。・゚・(ノД`)・゚・。
投下します。
450 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/27(木) 08:30:58.74 ID:K8/zrCv3o

七日目



あれ、今……何時……?


姫子「すぅ……」

夏「くー……」

冬「ふぅ……」

澪「すー……」


携帯電話を取って時間を確認すると――


風子「え……!」


8時!?

寝過ごした!


やっぱりみんな、旅の疲れが出ていたんだ。


風子「起きて、起きて」

姫子「ん……」


寝返ってしまった。

姫ちゃんは後にしよう。


風子「澪ちゃん」

澪「……すぅ」


おかしいな、今まではすぐに目を覚ましたのに。余程疲れているみたい。


風子「リコピン」

澪「――!」


カッと目が開いた。


風子「冬ちゃん、夏ちゃん」

冬「ぅ…ん……」

夏「……ん」

澪「んー……あいつの顔が出てきた……なんの夢だ……?」


三人は起きてくれた。後は……。

451 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/27(木) 08:32:53.53 ID:K8/zrCv3o

姫子「すぅ……」

風子「みんな、顔洗ってきて。時間が無いよ」

夏「うわ、8時になる……!」

冬「たいへん」

澪「姫子は?」

風子「ちょっと工夫をした起こし方で……」

夏「どうするの?」


好奇心からか期待した表情になっている。


風子「一度、外に出よう。電話で起こすから」

冬「わ、分かりました」

澪「ん?」


入り口の扉の下に、一枚の紙があった。

夏ちゃんが拾上げる。


夏「……」

風子「?」


覗き込むと、


 一緒に過ごせてとても楽しかったです。

 先に出ますね。また会えると嬉しいです。
 さようなら。

                   光


ちゃんと挨拶したかったな。

さようなら、光ちゃん。



風子「さ、みんな外に出て」


そう促して私たちは姫ちゃんを残して外に出る。


冬「なにを……?」

風子「電話して、起こすよ」


ピッピッピ


trrrrrr

452 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/27(木) 08:35:02.84 ID:K8/zrCv3o

澪「部屋の中から着信音が鳴ってるな」

夏「まさか寝坊するなんて……」

冬「うん……」

夏「冬ねぇはいつもでしょ」

風子「……もしもし?」

『……な、……なに?』

風子「おはよう。もう朝だよ」

『ん……なんで、電話?』

風子「起こしても起きなかったから……」

『……いまどこ?』

風子「近場の温泉。今、出てきたところ」

『……』


あ、いけない。罪悪感が沸いてきた。


ドアを開けて、嘘だと伝える。


ガチャ


風子「嘘だよー」


ゴッ


姫子「いつっ!?」

夏「え!?」


鈍い音が鳴り、頭を抑えた姫ちゃんの姿が……。
悪ふざけが過ぎた。


風子「ご、ごめんなさい」

姫子「ん……? もう帰ってきたの?」

風子「ううん、私たちもさっき起きたばかり……」

姫子「???」


状況を把握できていないみたい。

姫ちゃんの額の一部が赤くなっている。


風子「ちょっと待っててね」


患部に濡らしたハンカチをあてて冷やそう。

453 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/27(木) 08:36:13.30 ID:K8/zrCv3o

澪「冬が行ったから、待ってて」

風子「あ……うん」

夏「失礼〜」

姫子「……?」


夏ちゃんが腕を伸ばして姫ちゃんの額に掌をあてる。


夏「手当て」

姫子「……手当て?」

夏「手を当てるだけの治療法。昔、冬ねぇによくされたから」

姫子「そう……でも、恥ずかしいからいいよ」

夏「ですね」

風子「本当に、ごめんね」

姫子「いいよ……。間が悪かっただけだから」

夏「運も悪いような気がする」

姫子「…………うん」

冬「どうぞ、使ってください」

姫子「ありがと」


冬ちゃんのハンカチを額に当てる。


やりすぎたと反省。

454 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [saga]:2012/09/27(木) 08:39:51.50 ID:K8/zrCv3o

――…


塘路湖へ向かう車の中。

おにぎりの包装紙を解いて運転する澪ちゃんに渡す。


風子「はい」

澪「ありがと」

夏「うまうま」

冬「ふぅちゃんさん、これどうぞ。澪さんの分もです」

風子「ありがとう〜」


ストローがさされた容器を渡される。


澪「もぐもぐ」

夏「緑が活き活きしてていいなー」

冬「うん。綺麗」

風子「空気も澄んでておいしそう」

夏「空気がおいしそうって初めて聞いた」


私も初めて言ったかもしれない。

455 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/27(木) 08:42:38.68 ID:K8/zrCv3o

――…


ザザッ


『ね、見た?』

澪「?」

夏「何を?」


姫ちゃんの突然の問いかけに私たちは疑問符を浮かべる。


『リス。反対車線ですれ違ったよ』

冬「そうですかぁ」

澪「よし」


ガチャ 


風子「……えっと?」


ハンドルを握る澪ちゃんは左に車を寄せ、ユーターンを始めた。


夏「み、澪さん?」

澪「私は……見たいんだ」

風子「……うん」


あまりにも真剣だったから、私は言葉を失った。

向こうから走ってくる姫ちゃんとすれ違う。


冬「姫ちゃんさーん」


『いまの冬だよね。どうしたの?』

夏「リスを見に行きます」

『……あ、そう』

夏「どのくらい戻ればいいの?」

『100か200くらい……』

澪「……」


私は助手席でリスの姿を探す。そろそろかな……。


風子「……あ」


いた。けど、すぐに左の森の中へ消えて行った。


澪「いた?」

風子「……うん。停めて探してみよう」

澪「分かった!」


キキッ
456 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/27(木) 08:43:54.56 ID:K8/zrCv3o

私たちは降りて目的の獲物を探す。


冬「森の中へ入っていったのでしょうか」

夏「木の上にいるかも」

澪「出てこーい」

風子「ちっちっち」


動物を呼ぶ声はこれでいいのかな。


ドルルルルン


姫子「いた?」

夏「いえ、まだ。エゾリスですよね?」

姫子「多分ね。数秒だったから」

澪「相手は野生だからな、警戒しているのかもしれない」

冬「お茶をどうぞ」

姫子「ありがと、少し休憩しようか」

風子「そうだね」


それから20分、姿を見せることはありませんでした。

457 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/27(木) 08:45:55.63 ID:K8/zrCv3o

――― 釧路川 ―――


尾岱沼から約2時間のドライブで到着。


冬「あの〜、ガイドの方ですか?」

ガイド「はい、そうです。予約された立花さんでよろしいでしょうか?」

姫子「は、はい。よろしくお願いします」


走ってきた姫ちゃんが息を切らしながら応える。


姫子「すいません、遅れました」

ガイド「いえいえ、このくらいの遅れは構いませんよ」


笑って許してくれたガイドさんに私たちは胸を撫で下ろす。


ガイド「何かありましたか?」

澪「リスを……探していました」

ガイド「その様子だと、見つからなかったみたいですね」

澪「…………はい」

ガイド「釧路川にはたくさんの生き物が生息していますから、期待していてください」

澪「はい!」

夏「煌いた」

冬「煌きました」

姫子「煌いたね」

風子「うん」


煌く星のような笑顔でした。


458 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/27(木) 08:48:06.17 ID:K8/zrCv3o

――…


ガイドさんにしっかりとレクチャーを受け、出発。


私たち5人は二つの船に分かれる。

私の乗る船は夏ちゃんを先頭とした二人乗り。
もう一つは澪ちゃんが先頭、冬ちゃん、姫ちゃん。
ガイドさんは専用のカヌーで誘導してくれる。


天気は快晴。
日差しが強くて、風も穏やか。
夏を感じることができて、とても気持ちがいい。



息を合わせて漕ぐ。

ゆっくりゆっくりと進んでいく。


姫子「鹿だよ、澪」

澪「鹿か……」


お気に召さない様子。

走っている車の中で何度も見ているから感動は薄いのかもしれない。


姫子「……」

風子「どんまい、姫ちゃん」

姫子「訳の分からない励ましはやめて」


オールを漕ぎながらの会話。今まで味わったことのない体験だから、新鮮で楽しい。


キキキ〜!

何かの泣き声が聞こえた。


冬「ヒスイが鳴いてる」

夏「翡翠って宝石の?」

冬「ううん。カワ――」

風子「上見て、あの鳥だよ」


私が指した鳥はヒスイより大きな鳥。低空飛行していてより大きく見えるね。


ガイド「……」

澪「うわ、近い!」

姫子「え、あれワシじゃないの?」

風子「学名ではヒスイって言うらしいよ」

冬「……」


いいのかな、って表情で困っている冬ちゃん。可愛いから、そのままにしよう。
459 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/27(木) 08:50:56.32 ID:K8/zrCv3o

姫子「……嘘っぽいな」

澪「すごいな〜」

ガイド「左側の木々の間に一羽の鳥がいますよ」

澪「!」


木から木へ飛び移る声の主――カワセミがいた。


キキキ〜


姫子「あれがヒスイだよね」

冬「……はい。別名、カワセミです」

姫子「カワセミとヒスイね」


姫ちゃんの視線を感じるけど、ガイドさんに訊きたいことがあるので流します。


風子「さっき飛んでいたワシはオジロワシですか?」

ガイド「そうですよ。詳しいですね」

風子「写真でしか見たことありませんでした」

ガイド「他にも観察できると思いますよ。ベニマシコ、オオジュリン……見つけてからにしましょうか」

風子「……そうですね」


その時に説明を聞いたほうがいいよね。


夏「あ、熊!」

澪「……」

ガイド「えぇ!?」

夏「すいません、嘘です」

ガイド「はぁ……びっくりしました」

冬「夏……」

夏「ごめんごめん。澪さんを驚かそうとしたんだけど」

姫子「反応無かったね」

澪「熊は怖くないぞ」

風子「危機管理を意識しているガイドさんには複雑ですね」

ガイド「あはは……」

姫子「実際に遭ったら危機意識が変わるかも」

夏「遭ってからじゃ遅いでしょ」

澪「タンチョウはまだかな」


私たちの心配をよそに、本人は川の流れに身を任せていた。


ガイド「運が良ければ観察できますよ」

夏「楽しみ〜」
460 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/27(木) 08:52:43.02 ID:K8/zrCv3o

水を前から後ろへオールで漕いでいく。

みんなで力を合わせて進んでいく過程が楽しい。


ガイド「二千種もの貴重な動植物が生息する、野生生物の楽園です」


ここで生きる命が輝いている。


ガイド「平成5年にはラムサール条約にも登録され、世界的にも自然保護の重要性を持つ湿原です」


ここはいつまでもそのままで在って欲しい。


冬「ずっとこの時間が続けばいいですね」

夏「繰り返されてきた時間だからね」

風子「また来たいね」

姫子「……」

澪「あれはコムクドリかな?」


植物や川に棲む魚の話もたくさん聞けて世界が広がっていった。

結局タンチョウには会えませんでした。

461 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/27(木) 08:56:42.17 ID:K8/zrCv3o

――…


冬「よいしょ、よいしょ」

夏「よいしょ〜」

風子「ゴール」

澪「到着!」

姫子「面白かった」

ガイド「みなさん、お疲れ様です」


ゴール地点に辿り着き、3時間のカヌー体験は終わってしまった。


ガイド「足元気をつけてくださいね」

風子「はい」

夏「はいよっ」

澪「よいしょ」

姫子「……」


一人一人、岸へ上がっていく。

最後に冬ちゃん。


冬「よいしょ、と」


右足が岸へ移った時、カヌーが揺れた。


冬「おっと」

姫子「冬っ!」


冬ちゃんの体が川の方に傾いたとき、姫ちゃんの手が追いついた。

けど、


姫子「っと――!」

冬「ひめ――きゃ!」


ザッブーーン


風子「ひ、姫ちゃん!?」

夏「冬ねぇ!!」


二人はそのまま川に落ちてしまった。


姫子「あぁー……」

冬「す、すいません……」


底は浅いようで、二人はずぶ濡れのまま立ち上がった。

大事には至らなかったみたいで、一安心。

462 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/27(木) 09:34:31.08 ID:K8/zrCv3o

――…


姫子「くしゅっ」


ガイドさんが貸してくれたタオルに身を包んだ姫ちゃんのくしゃみ。


冬「どうぞ、お茶です」

姫子「ありがと……冬の服はもう乾いたの?」

冬「はい。軽装ですから」

風子「姫ちゃんはまだ乾かないね」

姫子「うん……くしゅっ!」


この日差しで服もすぐに乾くと思っていたけれど、姫ちゃんの服装は水分を含みやすい素材になっている。

乾く前に風邪をひいてしまわないか心配。


出発地点に戻るにはガイドさんの車に乗らなくてはいけない為、ここで足止めになっていた。


夏「冬ねぇ〜!」


ガイドさんと話をしていた夏ちゃんが声を上げながら駆け寄って来る。


冬「どうしたの?」

夏「塘路駅にレンタサイクルがあるんだって、自転車で行けるところまで行ってみようよ!」

冬「うん……でも」

姫子「いいんじゃない? 午後は……って、もう午後だけど、夕飯までは自由行動にするってのはどう?」

澪「いいんじゃないかな」

風子「……」


もしかして……。


風子「多和平に行くの?」

姫子「う……うん……」

澪「それじゃ、別行動だな」

冬「澪さんはどうしますか?」

夏「一緒に行きましょうよ」

澪「どこか行きたい場所でもあるの?」

夏「コッタロ展望台はどうかなって」

澪「……どうしようかな」

風子「そこでならタンチョウも見られるかもしれないよ」

澪「行く」

風子「それじゃあ、今日は……最後の夜は塘路湖キャンプ場で決まりだね」

姫子「うん……って、風子はどうするの?」

風子「考え中」


私たちの最後の目的地が決まった。
463 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/27(木) 09:35:59.78 ID:K8/zrCv3o

――― 多和平 ―――



ドルルルルン


塘路湖からバイクで40分で到着。


ただいまの時間、午後3時半。


まだまだ陽は高い。



風子「過ごしやすいね〜」

姫子「ほんと、いい季節だね」


駐車場から展望台への道。

私たちは並んで歩き出す。


その途中で姫ちゃんがわたしに問いかける。


姫子「ねぇ、風子……」

風子「?」

姫子「どうして、此処に来たの?」

風子「えっと……場所はどこでも良かったんだけど、姫ちゃんの後ろに乗せてもらって、
   北海道の道を楽しみたかったから……です」

姫子「……うん。……そうじゃなくて」

風子「???」


姫ちゃんにしては珍しく戸惑っている。
余程聞きにくいことなのだろう。

私たちは歩き続ける。
464 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/27(木) 09:38:15.35 ID:K8/zrCv3o

姫子「どうして、北海道に来たの……ってこと」

風子「……」


最初は姫ちゃんが読んでいた雑誌を見て、いいな、程度だった。

沖縄に気持ちが傾いていた。
友達と一緒に沖縄旅行へ行くはずだった。


だけど、私は此処にいる。


それは――


風子「なんとなく……かな」

姫子「そっか」

風子「あ、本当は深い意味があって誤魔化したのかもしれないよ?」

姫子「それだったら、今、言ってたでしょ?」

風子「まぁ、ね」

姫子「地平線が見える大牧場多和平」


看板の文字を読み上げている。

階段を昇れば絶景が私たちを待っている。


風子「沖縄に興味は無いの?」

姫子「今のところは無いかな」


そっか、残念。


階段を一段一段踏みしめ、展望台に上がっていく。


目の前にある地平線。


大地の緑と空の青のツートンカラーの世界、
どこをみても地平線、どっちを向いても空と大地。視界のほとんどが空。


風子「…………すごい……」

姫子「……うん…………」


360度の地平線。


やっぱり写真で見るのとは全然違う迫力がある。

圧巻される景色に私たちは言葉を忘れた。




3分ほど。
465 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/27(木) 09:41:33.00 ID:K8/zrCv3o

風子「あれが雄阿寒岳かな」

姫子「……うん」


数日前にも雄阿寒岳を見たけれど、今日は別の角度からその姿を確認している。

数ヶ月前のような気がしてくる。


姫子「与えられた自由、か」

風子「?」


視線を下ろし、羊の群れを見つめている。

思い出した。
姫ちゃんが尊敬している記者がここを訪れた時の記事を。

それは自由について。


風子「あの羊は柵を越えたら自由になるよね」

姫子「うん。……でも、生きていけるかどうかは、分からないよね」

風子「……そうだね」

姫子「自由ってなんだろね」


手すりにもたれて考え込んでいる。

答えを求めているわけじゃなく、ただ気になるという声だった。

466 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/27(木) 09:45:23.65 ID:K8/zrCv3o

――…


塘路湖へ向かう途中、見慣れた3人の姿を見つけた。


夏「あ、偶然」

風子「どうしたの?」

澪「休憩中なんだ」

冬「……はい」

姫子「コッタロ展望台は――」

澪「タンチョウいた!」


それはもう少女のように。


姫子「そ、そう。良かったね」

澪「綺麗な姿だったぞ!」

風子「他には?」

澪「あぁ……うん」


テンションが急降下?


夏「キタキツネは人に慣れてますから、しょうがないですよ」

澪「うん……でも……ショックだ」

姫子「そんなにショックなことがあったの?」

冬「えっと……澪さんは、草陰の隙間からこっちを警戒している場面を浮かべていたそうです」

夏「あ、いた! って指を差したらササッと隠れるような、そんな野生を見たかったそうです」

風子「……うん」

澪「ところが、だ。私たちを後ろから追い越していったんだ」

冬「タッタッタ……と」

姫子「……へぇ」

澪「ネコかと思ったら……キツネだった」

夏「野生の血はどうした、って言ってましたね」

澪「観光客に餌付けされてて人間に慣れてるそうだ」

風子「危険な寄生虫を持ってるから、危ないね」

姫子「触ってないよね?」

冬「だいじょうぶです」

澪「うん」

夏「タンチョウ、カメラで撮ったけど……自信無い。返します」

姫子「ブレてるって意味?」

夏「……まぁ、そんな感じで」

風子「冬ちゃん、交代しようか」

冬「え……?」

467 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/27(木) 09:49:35.85 ID:K8/zrCv3o

私はヘルメットを外し、冬ちゃんに渡す。

自転車を漕いでみたかった。


冬「あ……お願いします。ちょっと疲れちゃってて、澪さんに迷惑かけてしまいました」

風子「ううん、私も自転車に乗りたかったから」

澪「ちょっと待って、もう少ししたら、あの線路を電車が通るはずなんだ」


指を差したのはここから少し離れた線路。

ここは見晴らしがいいからいい光景が見られそうだね。


姫子「電車ってことは――」

風子「コッタロ」

姫子「ノコッタ電車……違う、えっと!」

夏「ノロッコ電車」

姫子「そう……ノロッコ…………ハァ」


大きな溜め息が零れる。


澪「ノコッタノコッタ、相撲か」

風子「電車同士で……それは大事故になるからダメだよね」

夏「あははっ」

姫子「……」

冬「あれ、今何時ですか?」


携帯電話を開いて確認すると、


風子「4時過ぎだよ」

冬「あ……もう釧路駅到着してます」

澪「そうか、残念だ」
468 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/27(木) 09:50:58.92 ID:K8/zrCv3o

釧網本線を走る電車。


秋は釧路駅から川湯温泉駅までを走り、
夏は釧路駅から塘路駅区間までしか走らない。

そう、


風子「塘路駅を過ぎたこの地点はノロッコ電車、走らないよ」

夏「あ、そうなんですか」

澪「そうか……」

冬「……ふふ」

夏「なんだか」

冬「わたしたち」

澪「間抜けだな」


三人で笑い合っていた。


姫子「ふふっ、さぁ、行くよ」

冬「はい! お願いします!」

風子「私たちも姫ちゃんに負けないように頑張ろう!」

夏「いやー、無理です」

澪「やってみないと分からないぞ!」

風子「エンジン相手に無理だよね」

澪「おぉい!」

姫子「先に行くよー」


ドルルルルル

469 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/27(木) 09:52:50.37 ID:K8/zrCv3o

――…


私たち三人は風を受けて走り続ける。

数メートル先で姫ちゃんたちが待っていた。


風子「負けない……!」

夏「風子さん、姫子さんの所まで勝負しましょう!」

澪「私も参戦だ!」

風子「よーい」

夏澪「「 どん! 」」


シャーー!


凄い勢いで走っていった。


私は一人でゆっくりとペダルを漕ぎ続ける。


風子「私は自分に負けない、って意味だったんだけど」


夏ちゃんが人差し指を天に向けていた。


みんなの待っている場所へ辿り着く。


風子「ごめんね」

夏「先に謝るのってズルイ」

澪「二人、一生懸命だったんだぞ」

風子「負けた私は何をしようか?」

姫子「罰ゲームは受けるんだ」

夏「じゃあ、夕飯は風子さんが……って、ほとんどやってたっけ」

澪「そうだな。……うーん」

冬「とりあえず、走りながら考えたらどうでしょう」

風子「お手柔らかに、ね」


あと3kmくらいで着くかな。



――…



私は一人で買い物に行くことになった。

キャンプ地が早めに決まったこともあって時間に余裕もある。

最後の夜はゆっくりと過ごせそう。


470 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/27(木) 09:55:11.90 ID:K8/zrCv3o

――― 塘路湖 ―――


テントに着くと既に料理の準備が出来ていた。


風子「それじゃ、さっそく取り掛かるね」

姫子「あ、わたしがやるからいいよ」

風子「ううん、私がやりたいから」

夏「それじゃ、あたしも手伝います」

澪「私もやるぞ」


みんなでやったほうが早いのかな。


冬「わたしも頑張りますね!」

夏姫子澪「「「 それは駄目(だ) 」」」

冬「そんな……」

風子「……」


フォローができない……。
ごめんね、冬ちゃん、涙を呑んでもらうよ!


風子「私と姫ちゃんで料理するから、ね?」

澪「わ、分かった」

夏「そ、そうですね」

冬「……料理したいですよ」


落ち込み気味の冬ちゃん……。


風子「夏ちゃんが帰ったらたくさん食べたいって言ってた!」

冬「……そうします」

夏「――え」

姫子「そうなんだ、それじゃ、洗い場に行こう風子!」

風子「うん!」


急ぎ足で洗い場へ。

471 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/27(木) 09:57:44.98 ID:K8/zrCv3o

姫子「それで、何を作るの?」

風子「鮭のちゃんちゃん焼き」

姫子「……うん。冬に触らせてはいけない料理だね」

風子「ごめんね、冬ちゃん」


下ごしらえに鮭を切り、ネギを刻み、キャベツ、もやしを洗う。


姫子「このメニューは買い物の時に思いついたの?」

風子「うん。北海道といったら鮭だよね」

姫子「そう言われれば、食べてなかったっけ」

風子「日本酒に合うんだって」

姫子「それが目的だよね」

風子「そうです」


タマネギの皮を剥いてスライスに切る。


姫子「風子、この小さい魚はどうするの?」

風子「それはイワシ。塩焼きにしようと思って……」

姫子「……ふぅん」

風子「ウロコの落とし方……分かる?」

姫子「やったことないよ」

風子「……私も」


まずは実践あるのみ。


ちゃんちゃん焼きの下準備は終わったので、先に行ってもらった。


私はイワシと格闘すること10分。

2匹しか落とせていない。

あと……8匹!


風子「……っ!」


ジョリジョリ

難しい。

こんなことなら母に教わっておけばよかったな。


風子「……ふぅ」

「あらやだ! ウロコ落としてるの〜!?」

風子「ッ!?」


後ろから大きな声でかけられて体が震えた。
472 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/27(木) 09:59:00.75 ID:K8/zrCv3o

「あら〜、驚かせてごめんね〜! どぉしたの? 困ってるの!?」

風子「は、はい」


対応にも困っています。


「貸してごらんなさぁい!」

風子「えっと……」


包丁を取られる。でも、教えてもらえるなら嬉しい。


「こうやって、頭をしっかり抑えるの! 魚の側面から右から左に小刻みにね!」


ジョリジョリ!


澪「おぉ……」

「おほほ! さぁやってごらんない!」

風子「はい!」


ジョリジョリ


「ん〜、まぁまぁね。でも、さっきより上手くなったんじゃない?」

風子「そうでしょうか?」

「えぇ。それと、簡単に落とせる裏技。ペットボトルのキャップを使うといいわよぉ?」

澪「おぉー」

「んふふ。それじゃあねぇ〜」

風子「ありがとうございました」


助言をくれて良かった。


ジョリジョリ


澪「今の人、誰?」

風子「分からない。困っていた私に声をかけてくれただけだから」

澪「鱗の神様だな」


鱗の神様?

473 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/27(木) 10:03:45.30 ID:K8/zrCv3o

焚き火に戻るとちゃんちゃん焼きはすでに出来上がっていた。


姫子「鱗の神様?」

澪「そう、なんというか、凄かった」

姫子「……そんな人がいるんだ、わたしも教えてもらいたかったかも」

夏「それより早く食べましょうよ」

冬「どうぞ、ふぅちゃんさん」

風子「ありがと〜♪」


冬ちゃんが取り分けてくれたお皿を受け取る。

良い匂い。上手く焼けたみたい。


夏「いただきまーす」

澪「いただきます」

姫子「ん……おいしい」

冬「ほふっ」

風子「熱いから、気をつけて」


イワシを網の上に乗せる。


ジュジュー

炭焼きだからおいしいだろうな……。


姫子「風子」

風子「? ありがとう」


カップを渡され、以前貰ったお酒を注がれる。


なんて贅沢な時間。


夏「あたしにもください」

姫子「へぇ、飲むんだ?」

夏「今日は、ですよ」

澪「それじゃ、私もいただいていいかな」

風子「どうぞ〜」

冬「もぐもぐ」


今日はいつもよりのんびりしている。

明日には帰るから。

今から慌てても、もう周れる場所は無理をしなければいけない。

次、来たときのお楽しみとして取っておこう。
474 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/27(木) 10:05:45.74 ID:K8/zrCv3o

風子「はい、冬ちゃん」

冬「い、いただきます」

風子「一口だけでいいからね」

冬「はい」

夏「それじゃー」

姫子「待って、乾杯の前に一言ずつ今日までの感想を言おう」

夏「えー……」

澪「ふむ……」

冬「感想ですか」

風子「感想……」

姫子「言いだしっぺのわたしから」


みんなの注目が集まる。


姫子「最初は、正直、5人で旅をすることに不安があった。
   それぞれ行きたい場所があるだろうし、生活を共にするわけだから、ね」


友達だからといって礼節は忘れてはいけない。

親しき仲にも礼儀あり。この諺をみんなが理解していた。


姫子「だからといって、遠慮して、行きたい場所を抑えて相手に合わせるだけというのも寂しい。ね、風子」

風子「う……」


知床に行きたいと言わなかったことを指摘しているんだね。


姫子「みんな我侭を言ってくれたし、ちゃんと相手を思いあっていたから楽しかった。
   ちゃんとお礼を言いたかった。みんなのおかげで楽しく過ごせた数日だった。ありがとう」

澪「……」

冬「……」

夏「……」

風子「……」


パキパキパキ


燃える音が小さく響く。


姫子「次……澪」


空気に耐え切れなくなった姫ちゃんが指名する。
475 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/27(木) 10:08:41.52 ID:K8/zrCv3o

澪「うん……。……楽しかった。風子」

姫子「ちょ……!」

風子「私も楽しかった。夏ちゃん」

夏「楽しかった」

冬「わたしも楽しめました」

風子「それでは……!」


「「「  かんぱーい! 」」」


西の空が赤く染まる黄昏時、
キャンプで過ごす最後の夜が始まった。


姫子「ズルイよ?」

澪「いや、だって……」

夏「うん……」

冬「わたしも同じことを想っていたので」

風子「ぷはっ」


今まで飲んだ中で一番おいしい。

私はこの味をずっと忘れることができない、と確信する。


食が進み、お酒の量も増えていく。特に私の量が。


夏「強いですね、二本目ですか」

風子「うん。買ってきちゃった」

冬「なんだか羨ましいです」

姫子「お酒は適量が一番だから、真似したらダメだよ?」

冬「はぁい」

澪「ふぅ……、少し休憩」


容器を置いて、右手で膝の上をリズムよく叩いている。心地よい音楽が流れているのでしょう。


姫子「風子」

風子「うん」


コツッ 軽く乾杯。


風子「何に乾杯?」

姫子「これからもよろしくってこと」

風子「うん、よろしくね」

姫子「おいしいよね、頂いたお酒」

風子「うん。私だけ飲むのもったいないから、別のお酒も買ってきたけど、これもおいしいよ」

姫子「これの次に飲んでみる」


何気ない会話。
今までと変わらない会話は場所が違うだけでとても特別な気がした。
476 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/27(木) 10:12:59.21 ID:K8/zrCv3o

冬「ちゃんちゃん焼き、とってもおいしいです!」

夏「イワシもうまいですよー」

澪「もぐもぐ、神様は偉大だな」


中々会えない友人がいる。

みんなと共に過ごせているこの時間が終わる。

だから、楽しいって気持ちが溢れていく。


姫子「……ふふっ」

風子「……ふふっ」

冬「?」

澪「???」

夏「なんですか、二人とも」

姫子風子「「 あははははっ 」」」


特別面白いことが起きたわけじゃない。

ただ、楽しいから、笑ってしまった。

おかしな二人だった。


冬「なにがあったんですか?」

夏「訊かないほうがいいんじゃない? あたし達には理解できないよ、きっと」

澪「そんな感じだな」

冬「気になる……」

夏「そういえば、今日は誰にも会いませんでしたね」

風子「そうだね、キャンプの夜から……違うかな、北海道で過ごす最初の夜からゲストがいたよね」

姫子「……うん」

風子「初日は私たちがゲストだね」

夏「そうですね〜。ジンギスカン、また食べましょうね」

風子「うん♪」

澪「冬、これにイワシと野菜を載せてくれないか」

冬「はい。……これくらいでいいですか?」

澪「ありがとう」

姫子「……」

風子「どうしたの?」

姫子「ううん、なんでもない。……みんな行きたかった場所ってある?」

風子「沖縄かな」

姫子「道内で」
477 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/27(木) 10:19:53.82 ID:K8/zrCv3o

夏「あたしは霧多布岬、アゼチの岬、ピリカウタの三つ」

姫子「周ろうと思えば行けた範囲だね……冬は?」

冬「わたしは、行きたいところ周れましたので、特には」

風子「こうしたかったな、とかは無い?」

冬「そうですねぇ、サロベツのお花畑で……そのぅ」

澪「どうした?」

冬「好きな人とおしゃべりとか……するのが夢になったなぁって」


顔を赤らめて、可愛い。


風子「好きな人いないの?」

冬「……」


あれ、視線がどこかへ飛んでいった。


風子「……」

夏「……」


夏ちゃんも視線を外した。


風子「……」

澪「……っ!」


話を振られたくないのかな、全力で逃げられた。


風子「……」

姫子「?」


まぁ、ね。姫ちゃんだもんね。


姫子「澪は?」

澪「これといって無かったんだ。前知識として勉強していなかったからな」

風子「どうして?」

澪「見たその場で自分がどう感じるのか、それが目的だったというか」


それは分かるかもしれない。


姫子「なるほどね……うん」

風子「私には訊かないの?」

姫子「知床でしょ?」

風子「本当はもう一つあります」

姫子「どこ?」

風子「それは――」


運命が変わってしまう場所。
478 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/27(木) 10:22:56.79 ID:K8/zrCv3o

――…


日付が変わるまで私たちは尽きないお喋りをしていた。


夏「ふぁぁ……ん〜、もう限界」

澪「片付けも終わったよ」

冬「終わりました」

姫子「さて……そろそろ寝ようか」

風子「……うん」


焚き火が消え、楽しかった一時が終わったことを実感させる。


風子「それじゃ、明日」

澪「うん、おやすみ」

夏「おやすみ〜」

冬「おやすみなさい」

姫子「おやすみ、みんな」


三人はムーンライトテントへ。


私たちはツーリングテントへ。


風子「相棒の調子はどう?」

姫子「うん、全然問題なし」

風子「そっか……」

姫子「やっぱりあっという間だったねー」


テントの中に入って、今日の出来事をノートに記していく。


一つ一つ細かく。
479 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/27(木) 10:26:00.39 ID:K8/zrCv3o

風子「……」


ページを遡っていく。

船から降りたときのこと。

和琴半島でキャンプをしたこと――


風子「ねぇ、姫ちゃん」

姫子「うん……?」

風子「どうして、北海道に憧れたの?」

姫子「……雑誌を読んで、期待が沸いたから」

風子「何を、期待したの?」

姫子「……さぁ、なんだろ?」


自分でも解っていないといった声。


風子「多和平で、なんとなく、って言ったけれど……本当は姫ちゃんの憧れが移ったから」

姫子「……」

風子「私には姫ちゃんがいた、姫ちゃんがいたから、冬ちゃん、夏ちゃんと出会えた。
   これだけは忘れないでね」

姫子「――うん」

風子「あ……あと澪ちゃんも」

姫子「ついでじゃないんだから」


ランタンの灯りを消す。



風子「ありがとう」



私は、今まで支えてくれた人に感謝の気持ちを伝えた。


代わりのきかない私の相棒。


なんて。



おやすみ。



七日目終了

480 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/27(木) 22:02:21.21 ID:K8/zrCv3o

八日目


朝、テントを叔母さんの家に届ける。
その時にもう一度会えるかと期待をしたけれど、仕事に出ていたので書置きを残した。


釧路駅の近くにあるレンタカーへ車を返却。
ずっと私たちを運んでくれたもう一人の旅仲間。

お疲れ様とありがとうを伝えてお別れ。

481 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/27(木) 22:04:33.09 ID:K8/zrCv3o

――― 釧路駅 ―――



夏「ハンカチ落としてない?」

姫子「うん。大丈夫」

冬「知らない人に付いて行ってはダメですよ?」

姫子「分かってるって」

澪「運転には気をつけて、な」

姫子「安全運転で走るよ。過信もしない」

夏「睡眠はちゃんと取ってよ」

姫子「はいはい」

冬「ゲームは一日1時間ですよ」

姫子「ここまで来てしないよ」

澪「ちゃんとご飯食べるんだぞ」

姫子「食べるのが楽しみなところあるから、食事を抜くことはないよ」

風子「姫ちゃん……っ……ガム、食べる?」

姫子「今……?」

風子「ひっくしゅん!」


どうしてペパーミントガムを噛むとくしゃみが出るのかな。


風子「さっき買ったけど、やっぱりあげる」

姫子「う、うん……ありがと」

澪「全部?」

風子「うん。……くしゅっ」

夏「熱が出たんですか?」

冬「た、大変」

風子「アレルギーなのかな。大丈夫だよ」

姫子「どうして買ったの……」


私たち4人は電車に乗る。

澪ちゃんは札幌へ。

冬ちゃんと夏ちゃんは旭川へ。

私は千歳空港から飛行機に乗って地元へ。


姫ちゃんは――
482 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/27(木) 22:07:14.58 ID:K8/zrCv3o

風子「気をつけてね。一人旅なんだから」

姫子「三日間だから、大丈夫だって」

冬「あ、ダメですよ、油断しては」

夏「そうそう、ただでさえ運が悪いんだから、気を抜いては痛い目に遭いますよ」

姫子「わかった」

風子「……そろそろ時間だから乗ろう」


列車に乗るとそれぞれの日常へ戻っていくのを実感する。


澪「姫子!」

姫子「?」


澪ちゃんは手を掲げ――


姫子「うん、今度は地元で会おう」

澪「うん!」


パァン


――ハイタッチを交わした。



夏「なんだか、かっこいいですね」

澪「ふふ、そうだな」

姫子「なつ!」

夏「え?」


姫ちゃんが投げたボールは弧を描いて夏ちゃんの手元へ。


夏「え……?」

姫子「そんなに驚かなくてもいいでしょ」

夏「ずっと一緒にいたから、練習はしてないはず……」

姫子「あのね……」

夏「また、キャッチボールしましょうね!」

姫子「うん」


また会おうと、約束が交わされる。


姫子「冬も、体に気をつけてね」

冬「……はい!」

姫子「じゃあね」

冬「本当に、ありがとうございました。姫子さん」

姫子「わたしも、楽しかったよ」


これが最後の挨拶ではない。
私たちはまた会える。
483 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/27(木) 22:09:08.86 ID:K8/zrCv3o

prrrrrrrrrrrrrrr


発車のベルが構内に鳴り響く。



風子「くれぐれも気をつけて」



できれば、笑っていて。



姫子「うん。安全には気をつけるよ」


風子「……」


姫子「風子……?」



選んだことを信じて。



風子「姫ちゃん」



私は親指を立てた右手を突き出す。



風子「グッド・ラック」

姫子「――!」



―― リン。 ―― チリン。



プシュー



列車の扉が私たちを隔てる。



姫ちゃんも私と同じように右手で親指を立てる。



ガタン ゴトン


ガタンゴトン



少しずつ私たちの距離は開かれ、


いつも隣にいたその人の姿は、


あっという間に見えなくなった。

484 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/27(木) 22:10:58.22 ID:K8/zrCv3o

夏「あー、なんか終わったーって感じだ〜!」

冬「終わっちゃったね」

風子「まだだよ」

夏「え?」

冬「?」

澪「家に帰るまでが旅だからな」

冬「そうですね!」

夏「なんとなく分かるかも」

風子「ただいま、って言うまでが旅だよ」

澪「そうそう」

夏「それじゃ、もう少し続くわけですね」

冬「ふぁぁ……」

澪「とりあえず、座ろう」



ガタンゴトン

 ガタンゴトン



目的地まで走り続ける列車。


私はこれから家に帰り、ありふれた日常へ戻っていく。


夏「風子さん」

冬「ふぅちゃんさん」

風子「?」

冬夏「「 ありがとうございました 」」


二人の重なった声が私の胸に届く。


夏「誘ってくれて!」

冬「楽しく過ごせました」


笑顔の二人に、私の心が満たされる。


夏「サボってた分、授業の遅れを取り戻すのが大変だなー」

冬「すぐに取り返せるよ」

夏「手伝ってよ、冬ねぇ」

冬「……わたしも大変なんだよ?」


二人は並んで、これからの計画を立てている。

この光景がとても眩しい。

いつまでも一緒に。
485 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/27(木) 22:13:37.85 ID:K8/zrCv3o

ガタンゴトン

 ガタンゴトン


澪「なんだか、奇跡みたいだな」

風子「?」

澪「ここに私たちがいることが」


しずかな重みのある声。


澪「今まで、別々の人生を歩いていた私たちが、一つの列車に乗って共に過ごしている」



澪「この一時が、奇跡みたいだ」


その言葉と流れていく景色にちょっとの感動を。



外の景色を見つめて。

これからの出会いを大切にしていきたいと望む。

486 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/27(木) 22:14:35.77 ID:K8/zrCv3o


そして、私は目を閉じる。



「幸運を――」



私の旅は終わった。



これからは、

姫ちゃん、あなたの望む方へ。




隣にいなくても、ずっと傍にいるから。




大切な人だから。




私は、





あなたの幸運を祈ります。






― ―  高橋風子  ― ―

             End

487 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/28(金) 13:47:41.04 ID:+dEPnVKoo

描きたかった風子の物語が終えて、次は姫子の短い3日間です。

ここで注意事項(?)
今までの世界観を壊す話が始まります。
スッキリしない展開が続き、読者をもやもやさせるかと思います。
嫌な気分にさせるかもしれません。

拙い文章ですが、姫子の旅の終わりまで見守ってくれると嬉しいです。
488 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/28(金) 14:08:34.08 ID:+dEPnVKoo

― ―  ツバメ  ― ―


「ぴぃぴぃ」


一羽の雛が俺の足元で鳴いている。


「……」


視線を上に向けると鳥の巣があった。
兄弟達が忙しなく鳴いている。


「ぴぃぴぃ」


助けを求めているのか、腹が減っているのか、落ちた拍子にどこか怪我をしたのか、
兄弟がいない事に寂しいのか、血の繋がった家族に捨てられて哀しいのか、

思い当たるのはこんなにあるのに、どれを訴えているのか判断がつかない。
そんなのは人間の俺には分かるわけがない。


ただ、生きようと懸命に鳴いている。

それは、たしかなこと。


「……」


俺はその場を後にする。


誰かに拾ってもらえばいい。


「ぴぃ」


鳴き続けていれば、誰かにその意思が届くだろう。

生きようとする本能を捨てさえしなければ。


人間の俺はそれを捨てているのに、死ぬことができない。



「……」



――五年前の秋に両親を失った。
489 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/28(金) 14:09:31.78 ID:+dEPnVKoo

高校二年生の時。


駅まで迎えに来てくれた両親。


しとしとと降る雨。


吐く息が白い。

夜中には雪に変わるとクラスメイトが話をしていた。

積もったら大変だな、とか言ってた。

日本で早めに降る地域だから雪には慣れていて、はしゃぐことは無い。


去年のように近所の友達を誘って冬山へ滑りに行こう。

なんて、予定を立てていると、車のライトが道路の向こうから走ってきた。
見慣れた車だ。


「やっときた……」


駅前の道路に止まりクラクションを鳴らす。


プップー


「はいはい」


鳴らさなくても分かるのにな、と含み笑いで車に駆け寄る。


駅から無駄に離れたところに家があり、歩いて帰るには1時間はかかる。


助手席のドアを開けようとしたけど、後部座席に変えた。


「迎え、ありがと。母さんもいたんだ」

「うん、駅に向かう前に買い物をしていたの」

「他に買うものとかないか?」

「大丈夫よ」



運転席で母の気を遣う父。



「あ、予約したCDを受け取りに行かないと」

「明日にしろ、早く帰って試合の続きをみたいんだオレは」

「録画してあるから大丈夫じゃない」


リアルタイムで見るから面白いんだけど、母さんに味方になってもらう為、それは口に出さない。


「―ちゃん、昨日のテレビで演奏していた曲なんだけど、分かる?」

「……分かるよ」


未だにちゃん付けで呼ぶ母に嫌気がさしていたけど、抗議はしなかった。
490 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/28(金) 14:10:27.02 ID:+dEPnVKoo

「仕方ない、駅の反対側だったな」

「サンキュー」

「ありがとう、お父さん」


線路を渡って走る車はCD店へ。


「ふぁぁ……」

「図書館で勉強しなくても、家で頑張ればいいのに」

「……うん」

「今から張り切りすぎても良くないだろう」

「……うん、そうだね」

「お前の兄はいつも遊び呆けていたぞ」


兄は俺と違って友人が多いから、毎日のように出かけては遅くなって、
母を心配させ、父には怒られるという日々を過ごしていた。


「……」


携帯電話を胸ポケットから取り出して、母さんが欲しがっている曲を探す。
ネットで検索をするとすぐに出てきた。
世界的に有名な曲だけど、その時の俺は歌手を知らなかった。


「母さん、これを店員に見せてくれればいいから」

「まぁ、ありがとう」

「ついでに、この紙を見せて、CD受け取ってきて」

「おい、―。」


さすがにここは怒るところだ。
自分の我侭でCD店に向かっているのに、眠たいからと人頼みしている息子を叱らないと。


「いいのよ、お父さん」

「甘やかしすぎだろう」


そう呟きながらも、仕方が無いと言った風で怒りをおさめてくれた。
父もなんだかんだで甘かった。
それを承知の上で、後部座席で横になっている俺は狡賢いこと他ならない。


「家に着いたら起こしてあげるから。おやすみ、―ちゃん」

「帰ったら母さんの手伝いするんだぞ、―。」

「……うん」


そう言って俺は眠りに堕ち、意識を取り戻すまで1日かかった。


――目が覚めたとき、両親はすでにこの世には居なかった。
491 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/28(金) 14:12:00.61 ID:+dEPnVKoo

葬式の日。


喪主は兄が務めた。


母の友人。

父の仕事仲間・友人。

俺のクラスメイト。

兄の数多い友人。

沢山の人が参列してくれた。


「このたびは誠に残念なことでございました。お悔やみ申し上げます」

「……っ」


この言葉を聞く度に涙が溢れた。


涙が枯れることなんて無いだろう、その時の俺は頭の隅でそう感じていた。


親族は一人も来なかった。


母は孤立無縁で生きてきた。


施設で育って、働きながら学校へ通い、自分の力で歩いていた先で父と出会い、

兄が生まれ、俺が生まれ、

これから幸せな人生を歩もうとした、その時、道は閉ざされてしまった。


父は親戚との縁を切っていたので、当然、祖父も祖母も姿を現さなかった。

幼い頃に会った祖母は怖いという印象だけが残っていた。
492 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/28(金) 14:12:50.19 ID:+dEPnVKoo

「―。こっちへ来てくれ」

「……はい」


父の友人に呼ばれ、席を外す。

この人と父は付き合いこそ古くは無いが、それでも信頼関係は厚く、
よく家に通ってはお酒を交わしているのを見ていた。


「おまえたち、これからどうするんだ」

「……」

「……。まだ考えきれないか。俺が後見人になってもいいと、おまえの兄に伝えておいてくれ」

「……」


父が診療所として経営しているこの家は、近所ではそこそこ名が知れ渡っていた。

この人、もしかして。


「死んだアイツの夢、オレは知っている」

「……!」

「おまえが頑張っていることもな」

「……」


家の財産を奪うつもりか、と疑った俺をぶん殴りたかった。

この人の涙の痕を見過ごしていたから。



――葬式の3ヵ月後、生まれ育った俺たち家族の場所は売り出される。祖母の手によって。


兄の夢は父の診療所を継ぐことだった。

その為に勉強を必死で頑張っていたが、時間の合間を見つけては遊びにも行ってもいた。
一浪で医大に受かった時は父と同じくらい尊敬した。


「あれで落ちていたら、あなたが継ぐ番でしたが……まぁいいでしょう」

「……」


合格の知らせを伝えた祖母の反応はそんなものだった。

継ぐというのは父の診療所ではなく、それより規模の大きい病院。

その院長は俺たちの面倒を見てくれている祖父であり、その分野では知る人ぞ知る人物。

同族経営で、兄か俺に継がせようとしている。


「あなたには期待をしていますからね」

「……」


俺の返事も聞かずに歩いていった。


すぐ近くで働く母と父の影響を受けて、治療を施す仕事に深く感銘を受けていた兄。

だから、兄の夢を蔑ろにした祖母に対して気分が悪かった。

 
俺も医者になろうと必死で勉強している。そう思い込んでいる祖母に心の中で嘲笑った。
493 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/28(金) 14:13:32.89 ID:+dEPnVKoo

――両親の葬式の3年後、祖父が他界した。


急性心不全。


俺の目の前で倒れ、そのまま息を引き取った。


通夜の席で耳にする言葉。


「病院の跡継ぎはどうするんだ」

「あの土地の所有権は」

「遺された株は」

「金は」


眠る祖父の横で起こる骨肉争い。

兄と黙って聞いていた。


そして、祖母の一言により敵意がこっちに向けられる。


「跡はこの方に継がせます。異論は聞きません」

「し、しかしお祖母様!」

「いい加減になさい。これ以上の醜態を晒すのであれば、
 それなりの覚悟を持ってもらいますよ」

「ぐっ……」


兄を指しての決断に、親族の悪意が一つに固まる。

その悪意に微塵も怯む様子を見せない兄を不思議に思った。

二つ上なのに、子どもっぽくて、おちゃらけてて、それでいて決めるところはしっかり決める。
そんな兄を心から尊敬していた。



兄と同じ医大に合格した俺は、どこか白々しさを感じていた。


「なぁ、お前、なんで医大になんか入ったんだよ」

「……いや、そうしないと婆さんがうるさいだろ」


兄の責めるような問いかけに、言い訳がましく俺は答えた。

二人で居る時、俺と兄は祖母のことを婆さんと呼んでいた。


「獣医になりたかったんじゃないのかよ」

「なりたい……けどさ」

「経済面で婆さんに文句を言われないように、ってオレが頑張ってんだぞ?」

「そうだったのか……?」

「嘘だ」


とても真面目な顔で冗談を言うので、怒るよりも力が抜けてしまう。

これが兄の持つ魅力でもあった。
494 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/28(金) 14:18:00.52 ID:+dEPnVKoo

「で、どうすんだよ」

「……」

「父さんと母さんだって、それは気付いてただろ」

「……そうだけど、さ。兄貴はどうなんだよ。あの診療所、もう無くなってんだぞ」

「場所が無くなっても、父さんの夢は無くならないさ。オレ達が生きているかぎりな」

「それが医者になるってことなのか?」

「まぁ、それもある」

「聞いただろ、爺ちゃんの御通夜であんなこと言ってたヤツ等だぞ」


医者になることは尊敬するけど、あの病院の跡を継ぐってことは理解できないでいた。

爺ちゃんは俺たち孫を大切にしてくれていたから、爺ちゃんなんて親しみを込めて呼べているけど、

婆さんを取り巻く人たちには嫌悪感を抱かずにはいられなかった。

親族なのに。いや、親族だからこそだ。


「じゃあ、オレは夢を捨てなきゃいなくなるな」

「そ、それは……」


俺たち兄弟が生きていくにはどうとでもなる。

だけど、医大に通える程の経済力も財産も無い。


「オレが院長になった暁には、アイツ等を路頭に迷わせてやるんだ」

「……はぁ」

「冗談じゃなくて本気だぞ。何十年かかるか分からないけどな」

「……」


兄が院長になるころ、ソイツ等はまだ医者を続けているのだろうか。

そして、俺も医者になっているのか。

そんな不安定な未来を想像していた。
495 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/28(金) 14:18:30.40 ID:+dEPnVKoo

祖父の一周忌が過ぎてしばらく経ったある日。


ニヤついた表情の兄が俺の部屋をノックした。


「なんだよ?」

「ちょっと来い」

「は? 見て分かるだろ、勉強してんだけど」

「いいから、来いアホ。いいもの見せてやる」


ギリギリで大学に受かった兄にアホと言われるとさすがにカチンとくる。

けど、俺は兄より勉強は出来ても、それ以外で勝るところは何一つとして持っていない。


「どうよ、このバイク」

「……免許、持ってるのか?」

「高校の時に取得済みだ」

「何時の間に……」


確かに、兄が高校二年生の時は寝る間も惜しむほど忙しそうだった。

最近も暇を作っては出かけていたみたいだけど。


「バイトでもしてたのか?」

「少し違うけど、そうだ」

「?」

「友達の伝手でさぁ、手頃な値段で譲ってくれる人を紹介してくれたんだよ」


そう言いながらシートを撫でている仕草は、とても慈しむかのようで、なんとなく羨ましかった。

俺にはそんな風に大事にするものが無いから。


「でも、金が無いからな。その人の仕事の手伝いをした結果がここに至るわけだ」

「……なんの仕事?」

「バイク屋。……ようやく手に入れた」

「……」


昔から、兄の顔の広さには驚かされている。

バイクが欲しいから仕事を手伝わせてくれ、なんて言われて、いいぞ、と答える人はそうそういない。

それなら、どうしてここにそのバイクがあるのか。

それが兄を尊敬しているところだった。


誰とでも本気で付き合える。

真剣に相手とぶつかれる。

自分を隠さないその性格が人を惹きつける。


それは俺には到底手に入らないものだった。


心から尊敬し、憧れた人物が、兄だった。
496 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/28(金) 14:19:11.94 ID:+dEPnVKoo

月日が流れ、両親が亡くなって五年目の初夏が訪れた。


いつかと同じように俺の部屋の扉がノックされる。


「よぉ、今暇だろ?」

「勉強……してたんだけど……」

「よし、そんじゃ付いて来い」

「……ハァ」


息抜きくらいならいいかな、と付いて行くといつかと同じようにバイクの前だった。


「ほら、後ろに乗れ」


そう言い放ち、ヘルメットを放る。


「……どこに?」

「ま、いいから」


タンデムシートに跨り、兄の運転するバイクは夜の片田舎を走っていく。


ドルルルルン



「どこだよ、ここ」

「さぁ、知らね」

「あのさ、勉強してたんだけど……!」

「いいじゃないか。月でも見上げようぜ」



そう言って、バイクから降り、草むらに座った。



「綺麗だなぁ〜。ま、アイツには敵わないけどな」

「……」


少し、不服だったけど、何か話があるのかもしれないと思い直し、並んで座ることにした。


月と人を見比べて勝ち誇っているのはこの人くらいだろう。

アイツという人は、兄が付き合っている人。

中学時代から兄と一緒で、俺に対しても姉のように接してくれる優しい人だった。

俺を甘やかすから、母さんとダブって、たまに困ってしまう。


「壁に耳あり障子に目あり、っていうからさ。ここで伝えておくわ」

「?」

「俺たちに子どもができた」

「……え」


普通の兄弟なら、そこで喜んで、祝福の言葉を伝えただろう。
だけど、脳裏に浮かんだのは、あの祖母の冷たい目。
497 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/28(金) 14:21:02.83 ID:+dEPnVKoo

「な、なんで……」

「いやぁ、最近さ、お見合いをさせられてただろ?」

「……」

「それを知ってるからさ、アイツ。なんだか遠くに行きそうで怖いっていうもんだから」


安心させるため……って、なにやってんだよ。


「どうしてお見合いをさせてるか分かっているのかよ」

「跡継ぎを固めておきたいんだろ。婆さんの血を受け継いでるのオレ等だけだもんな」


爺ちゃんは婆さんの婿養子として跡を継いでいる。

昔から、この一族には男が生まれにくいという呪いらしきものがあった。

父さんがここから離れると同時に縁を切った。

だから俺等が生まれた、のなら愉快だが。


「最近の、ヤツ等の目、分かってるだろ……?」

「あぁ。俺たちをあからさまに邪魔者扱いしてるよな」


正直、居心地が悪かった。

俺たちと祖母、そして、親戚数名が一つ屋根の下で暮らしている。


俺たちのご飯が無い日もある。

同じ屋根の下で住んでいる者の悪意に吐き気すら覚える。


そんな者の前で、今の話を聞かせればたちまち悪意が憎悪を呼び、兄を叩きつけるだろう。


「……なにやってんだよ」


つい、そんな言葉が零れてしまった。


「おまえ、ヤツ等と一緒だな」

「――ッ!」


俺たちに、子どもができた

その言葉を俺に伝える兄の表情は幸せそのもので、文字通りの幸福を表していた。

それなのに俺は、自分の身を守ることだけしか考えないで、大切な言葉すら伝えられずにいた。


「おまえ、楽しいか、今の生活」

「……」


答えに困る。
爺ちゃんに恩義を感じているから、獣医を諦めて医者になるのもいいかな、なんて考えていたところだ。
498 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/28(金) 14:21:42.40 ID:+dEPnVKoo

「楽しいことなんて、ある方が少ない世界だぞ」

「……」


それは、医学に対しての話だ。


「父さんの隣で見てきたから分かるだろうけど、その苦労なんて多分倍以上にあるだろうな」

「……」

「俺はなりたいから、父さんを越えるなんて夢のまた夢だけど、それでも人を治していきたい」

「……婆さんが何を言うか」

「おまえさ、婆ちゃんのこと、嫌いか?」

「!」


考えたことも無かった。

小さい頃に、あの冷たい目を見たときから、恐怖感があった。
だから、苦手なんだと思っていた。

兄から指摘されて気付く。


「嫌い……じゃない。婆さんにだって恩義を感じてるから……」

「……そうか、よかった」


何がよかったのか。
俺の答えに安堵の色を映す兄がよく分からなかった。


「婆ちゃんさ、父さん……息子が亡くなって、辛かったんだよ」

「……」


そうだ。
自分の子を失って、哀しくないわけが無い。


「そして、爺ちゃんも逝ってしまっただろ。だから、あんな家に居る今の状況をなんとかしたいんだよ」

「……なんとかって」

「そこは、ほら。おまえの役目って事で、考えてくれ」

「……」


あの家を出ればいい、なんて声に出せなかった。


あの人……いや、兄と結婚するのなら、義姉さんか。

義姉さんの都合も考えずに一緒に暮らすことなんて……無理がありすぎる。

優しい人だから、受け入れられるんだろうけど。


「おまえには、そういう人、居ないのかよ」

「そういう人って?」

「彼女だよ」

「……」


残念なことに居ない。
ずっと、勉強しかしてこなかったから。
499 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/28(金) 14:22:24.18 ID:+dEPnVKoo

「アイツの話では、結構ファンがいたみたいだぞ」

「……俺の?」

「ちっ、嬉しそうにしやがって」

「……いや、別に」

「過去形だ、バカ。今のおまえには誰も近づかないぜ」

「……」


両親が亡くなって、俺は以前にも増して机に向かった。

その時間があったからこそ、医大にすんなり通ることができた。

爺ちゃんが亡くなって、医者になるしか道は無くなったような気がした。

更に机に向かう時間が増えた。その変わりにナニカを失っていた。


「今のおまえに、父さんと同じように人を治療できるのか?」


そのナニカを兄は指摘しているんだ。


「父さんの思想、いつも聞いてただろ。今のおまえは本しか見てないから危なっかしくてな」


人をみて治す


「おまえには、動物と向き合っていた方がいいとオレは思う」

「……」

「あの時のおまえは、楽しそうだった」

「……っ」


兄は立ち上がってバイクの元へ歩いていく。


「……しょうが……ない…だろ……」


やっと口に出した言葉は、諦めでできた頼りない声と共に夜の闇に消えていった。

500 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/28(金) 14:23:29.48 ID:+dEPnVKoo

家の中に入っても誰にも気付かれない。

どんな生き方しようがどうでもいいという世界だ。住んでいるもの同士が無関係だった。



「免許取れたのか?」

「……うん。今日」

「じゃあ、お祝いとして貸してやるよ。これで」

「……金取るのかよ」


右手人差し指を立てている。


「ガソリン代としていただく」

「……分かったよ。でも、いいのか?」


後ろに乗せてもらって気付いた。

風を切るのがとても気持ちが良かったんだ。

訓練の時とは違った爽快感が癖になりそうなくらい。

だけど、これは兄が手に入れたバイクだ。
そう簡単に貸してくれるとは思ってもいなかった。


「おまえには車で世話になってるからな」

「……別に、あれくらい」


兄も車とバイクの免許を持っている。というより婆さんに取らされた。
バイクは自分たちでバイトして稼いだ金だ。


「いつかさ、オレの家族と、おまえの家族でキャンプとか行こうぜ」



――それが、兄の最後の言葉になった。

501 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/28(金) 14:26:14.69 ID:+dEPnVKoo


両親の葬式には涙が枯れるのかどうか疑問に思うほど泣いた


爺ちゃんの葬式には涙が枯れるほど泣いた


だから、兄の死には、涙が出なかった






「死神」







祖母にそう呼ばれた



疑いようが無い

納得してしまった


俺が使用した後に兄が乗った車

ブレーキの調子が悪いと気付いていたのに、次の日に整備しておこうなんて考えていたせいだ

それを兄に伝え損ねたから、そのまま帰らぬ人になった



爺ちゃんが目の前で倒れたのに何もできなかった


騒いでいるだけで救急車も呼べなかった



両親が死んだのも俺の我侭から生まれた不幸だ


まっすぐ帰っていれば、俺も一緒に店に入って色んな曲を探していれば


時間はズレて事故は起こらなかったんだ


トラックが突っ込んでくることはなかったんだ




4人、俺に関係して死んでいる



死神





命を吸って生きているんだ




俺は

502 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/28(金) 14:28:50.95 ID:+dEPnVKoo

死神だ
死神 死神 死神 
死神  死神 死神死神
死神死神 死神 死神
死神 死神死神死神死神 死神
死神死神 死神なんだ

死神 死神死神




命を奪う



死神






「自分の命は狩れない」


そんなルールがあるのかは分からない


けど

そういうことなんだろう




兄の通夜にも出ないで、葬式も放棄して


死神と同等に悪魔にでもなろうとしているのか


俺のこれからの人生

この先は人から外れた道しかない


全てを棄てた



ナニモ無イ

彩ノナイセカイ
503 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/28(金) 14:29:33.14 ID:+dEPnVKoo

アノヒナハドウナッタ

巣ニ戻シテアゲヨウカ

モウイチド捨テラレルカモシレナイ


カワイソウダケド


ショウガナイジャナイカ


人間ノオレニハ

ドウブツノ言葉ハワカラナイ


最期ニイイコトヲシヨウ


ソノアト


アクセルヲメイイッパイ握ッテ


終ワリ



シニガミノ俺ニハ


カナシマセル人ナンテイナイ




シニガミガ自ラノ命ヲ奪ウ




贖罪ニナルダロウカ


4ニンノ命ヲウバッタオレハ


赦サレルノダロウカ


ユルサレルワケガ無イ


イキテイテモ地獄ダ


オワリヲ迎エタイ




オンナガ居タ


何ヲシテイル?




姫子「……」

冬「落ちちゃったんだ……」


――女性ガ二人、ヒナヲ見ツメテイタ。
504 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/28(金) 14:32:01.58 ID:+dEPnVKoo

一人ノ女性がヒナをすくオウトしていタ。


それがドウイうことか、分カッテいないだろう。


相手は命だ。



姫子「……」

雛「ぴぃぴぃ」

「待て」

冬「!」



しょうがない。

面倒だけど、早く追い払ってしまおう。


後で動物病院にでももって行けばいいんだ。



「どうするの、それ」

姫子「……」

雛「ぴぃぴぃ」



色々と説明をした。

本に載っている情報だけを伝えて、面倒さを教えたはずなのに――



姫子「わたしが育てます」

「……は?」


呆気に取られて間の抜けた声が出た。


冬「さすがです、姫ちゃんさん」

姫子「……なにがさすがなの」

冬「大変ですよきっと!」

姫子「なんで楽しそうなの……?」



なんなんだこの二人は。


あぁ…鬱陶しい……。


育て方をレクチャーするフリして、投げ出すのを待とう。


なにやってんだ、俺は……。


この女性の訳の分からない意思に苛ついている。

旅行途中の女がヒナを育てるという馬鹿げた行為に腹を立てている。

無知な子どもがライオンに狩られているウサギを見て、かわいそう、と言っているのと似た感じだ。
505 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/28(金) 14:33:40.80 ID:+dEPnVKoo

……違う…………。


この女性の目が……似ているんだ……。


俺を見透かしたような…………。



あぁ、鬱陶しい……。


このバッタの足を引き千切ろう。

いい加減に逃げるだろう。



「親鳥の代わりに虫を集めて、口の中に入れる。これからこのバッタの足を引き千切るから見てて」

姫子「!」

冬「……!」

澪「うっ……」

風子「そ、そこまで……」

夏「ア、アンタねぇ!」



頼むから、行ってくれ。

このヒナを育てることは得をしないって、分かっているだろ?



「キミにこのバッタの足を引き千切ることが出来る?
 バッタの命に遠慮していたらその雛は生きていけない」

姫子「……」

風子「……」


不安な目の色。

だけど、目を逸らすことは無かった。




姫子「冬、ちょっと預かってて」

冬「は、はい」

「……」


本気で触ろうとしているこの女性の強さに驚く。

だけど、手が震えている。
506 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/28(金) 14:34:56.16 ID:+dEPnVKoo

「後悔してる?」

姫子「ぇ……?」

「その命を拾ったこと」

雛「ぴぃぴぃ」

姫子「……」


沈黙。


姫子「いいえ」

「……」


震えが止まっている。

もう、いいや。


それらしいことを言って、この場を去ろう。


「いいよ、もう……」

姫子「え?」

「俺が面倒をみるよ」

姫子「……」


「自然を舐めている風でもないし、真剣に考えていたみたいでこの問題を放り投げなかったから、
 感心したついでにその雛は俺が受け継いで育てるよ」

姫子「いや……でも……」

「面倒だろ?」

風子「……」

澪「最初からそのつもりだった……?」


気付かれたか。鋭いな、この人。


「まぁ、うん。すぐに手放すだろうと思っていたけどな……。
 俺には経験も知識もあるから信用してくれないかな」

冬「え、えっと……」

姫子「……」


悩む必要がどこにある。

さっさと渡してくれ。



姫子「最初からそのつもりだったって、どういう意味ですか?」

「え?」

澪「……」

姫子「わたし達は追い払われる為に啓発された、と」

「いや……。まぁ、違わないけどさ……」


何が言いたいんだ?
507 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/28(金) 14:36:16.05 ID:+dEPnVKoo

「変わってるな」

姫子「?」

「その命を育てる為に必要な覚悟を一つ一つ教えたはずだ」

夏「偉そうに……」

冬「なつ……!」

姫子「はい、覚悟を知りました」

「その覚悟が生まれたってのも感心したし、驚いた。
 キミのような若さで芯のある女性に出会ったことがないから余計にな」

風子「……」

姫子「……冬」

冬「は、はい。……お願いします」

「うん。責任を持って面倒を見るよ。約束する」

姫子「信用できないからじゃないですよ」

「じゃあ、どうして躊躇った?」

姫子「……」

「俺に託せば話はすぐ終わっただろう……?」


少し引っかかっていた。

この女性の行動と意思が理解できないでいた。


姫子「感情が無いから」

「え……?」

姫子「人と話しているのに、今あなたの手の中に命があるのに、
   まるで自分ひとりしかここに居ないような振る舞いをしているから」

「……!」



なぜそれを――



姫子「知識の無いわたしより、危険だと思っただけです」

「ッ!」

姫子「行こう、みんな」

冬「は、はい」

姫子「勝手で悪いですけど、託しましたから」

「……」


なんなんだ、アレは。


雛「ぴぃ……」


なんなんだ、この手の中に在るものは……。



「なにがしたいんだ……俺は……」
508 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/28(金) 14:37:21.00 ID:+dEPnVKoo

死にたいはずなのに、命を拾った


死神が命を育てる


そんなの馬鹿げている。


雛「……ぴぃ」


いや……。


これは罪を軽くするためだ。



帯広の、広くて蒼い空を眺める。


この雛が、


この大空に、翼を広げて飛べたのなら、


俺は死神ではなく人間であると証明ができる。


だから自分の命を――捨てられる。


大丈夫だ。


動物だけは死なせたことが無い


酷い話だ。

こんな言葉が浮かんだ自分に嫌気が差す。


心まで腐ってきている。








509 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/28(金) 15:03:43.44 ID:+dEPnVKoo

コンビニに辿り着き、店内へ入ろうとした時、視線を感じた。


冬「ツバメさんだ……」

夏「あ、ほんとだ……」

風子「ツバメさん?」

「?」

冬「はい、雛鳥の親ツバメです」

「キミ達……誰?」

夏「若年性健忘症かぁ」

「失礼だな……」

風子「……」


どうして赤の他人にこんなことを言われないといけないのか。

さすがに気分が悪い。


虫を採るのと、ヒナが棲む箱を作っているうちに忘れていた。

どうでもいいな。


夏「ヒナは?」

「バイクに乗せてるけど……」

夏「見ていい?」

「今開けると元に戻すのが面倒になるから遠慮してくれ」

夏「ケチだなぁ」

「……」


なんだ、これは。


いや、さっさと用事を済ませて去ろう。



「じゃ、じゃあな」

冬「あの、ツバメさん」

ツバメ「ん?」

冬「あのバイク……ホーネットに載ってる荷物はキャンプ用ですか?」

ツバメ「そうだよ。って、誰がツバメだ」

夏「反応したじゃん」

「……昔のあだ名…というか、……つい…な」


ツバメ。

小さい頃、隣に住む友達にに名づけられた。

いや、それはいい。


さっさと買い物を済ませよう。

510 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/28(金) 15:05:50.34 ID:+dEPnVKoo

夏「この道を走ってるって事は、屈斜路湖?」

「あぁ、そうだけど」


なんなんだ、いい加減にしろ。


夏「じゃあさ、先に行ってあたしらの場所取って置いてよ、和琴半島でしょ?」

冬「なつ!」

「なんで俺が?」


やめろ、構うな。


夏「いいじゃん、あたし等もキャンプするんだけど、ちょっと間に合いそうにないんだよねー」

風子「……」

「知らないな、そんな都合は。それに和琴へ行くなんて言ってないだろ」

夏「えー、じゃあ和琴にすればいいじゃん」

「五月蝿い、俺に構うな」


関わらないでくれ、頼むから。


夏「待ってよ、アンタが幸福駅で取った態度、許せないんだよね」

「……?」

夏「言葉で言えば分かるでしょ、女性にさせることじゃないよね」

「ヒナから見れば、餌を与えてくれる存在の性別なんて問題にならないんだが?」


命を育てることに人間の作った倫理なんて関係ないんだよ。
そう教えただろう。


夏「追い払うような言動だったじゃん」

「……」


この子もそれが解ったのか。
倫理どうのこうのの話じゃなくなる。


夏「あたし達を追い払うために理念を通そうとしたのが気に入らないって言ってんの」

「……」

夏「あんたさ、人をなんだと思ってんの?」

「……!」

冬「夏、もう止めて」



意識してソレを出していた。
だから感じ取られたのだろう。たいしたことではない。

無関係のヒトにソレをされると誰だって嫌なものかもしれない。
511 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/28(金) 15:07:13.30 ID:+dEPnVKoo

夏「……」

「キミの言うとおりだ。俺は追い払いたいがために、ああいう態度を取った。不快にしたなら謝る」

夏「別に、あたしはいいですけどー」

「悪か――」

「なにしてるの?」


幸福駅で会ったということは、ヒナをすくったヒトもいるってことか。

アノ、見透かすような目を――


風子「あ、姫子さん」

姫子「?」


ドクン。


心臓が嫌な音を立てた。


「――!」


――――――――――怖い――――



「え、えっと……じゃ」


急いでバイクに乗り、その場を後にした。



ナニガコワインダ。


ドルルルルルルル


視界が嫌にクリアだ。


アドレナリンが分泌されている。


ナニカラ逃ゲテイルンダ。



交感神経が興奮している。

動物が闘うか逃げるか、その選択に迫られたときに分泌されるホルモン。


逃げるという反応は生きたいと願うからだ。


「くそっ……!」


死神の俺が生きたいと――


「そんなこと願っているのか!! くそっ!!!」


アクセルを思いっきり回す。


運が悪ければ死ねる。
512 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/28(金) 15:08:48.34 ID:+dEPnVKoo


だけど、俺は運が善かった。



少し開けた路肩に誘導される。


「あなた、死にたいの?」

「……」


誘導した女性が俺を諭そうとしている。


「あたしの名前は榊 千歳。あなたは?」

「……」


少しずつ落ち着いていくのが分かる。

興奮状態から抜け出している証拠だ。


千歳「あたし、こう見えても長いこと北海道を走ってるんだ。
   だから色んな人と出会う」

「……」


どうして止まったりしたんだ。

あのままいけば――


千歳「何かを探している人もいれば、忘れようとしている人もいた。
   求めているものを追いかけている人もいれば、あなたのように……」

「……」

千歳「死に場所を探している人もいた」
513 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/28(金) 15:09:29.13 ID:+dEPnVKoo

「……いや、死にたいわけじゃ無い」

千歳「嘘ね」

「……ッ!」

千歳「引っかかった」

「!」


カマかけたのか、この女。



千歳「アドレナリンでも出た?」

「どうして……」

千歳「私を追い抜くときに、ね」

「……」


その時、気付いたのか?


千歳「あたしも経験あるから分かるよ、必死になって走った時だから。
   あなたは何から必死になったの?」

「……」


それを聞くのは興味本位なのか。
他人の心に踏み込む速度が普通じゃない。


「怖いから、逃げただけ……だ」

千歳「ふぅん……」

「それじゃあな。……頭冷えたから、助かった」

千歳「……」


バイクに跨り、エンジンをかける時、女の声が耳に入る。


千歳「――何が怖いのか、見極めてみたら」


ドルルルルン


514 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/28(金) 15:11:46.38 ID:+dEPnVKoo

――…


和琴半島。

俺は生きたいのか、死にたいのか。

ただ、知りたかった。

自分で判断できないのが情けない。


風子「残照もあるから――」

「あー、悪いけど、ここに建てちゃダメだよ」

冬「……あ、ツバメさん」

「あ、キミたちか」

夏「うわっ、なんでアンタがここにいんの!?」

「……」


見極められないから、答えが欲しい。
今の俺の頭の中は支離滅裂だ。


「……嫌ならしょうがないな」

夏「だから、嫌だって言ってんじゃん!」

「まぁ、好きにしてくれ」



彼女らを残して自分のテントへ入る。

2、3回……兄と建てたことがある。


「……」


仰向けになって寝転がる。


「餌……とってこないとな……」

雛「ぴぃぴぃ」


〜♪


「……!」


寝ていたのか、俺……。

ケータイが鳴っていた。

今まで鳴らなかったケータイが鳴っていた。


着信は



――――祖母



ゾクリと背中が冷えた。


「っ!」
515 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/28(金) 15:13:18.12 ID:+dEPnVKoo

ピッ

ツーツーツー


そのまま電源を落として。外に出る。


「はぁ……ッ……はぁっ」


心臓が気持ち悪いくらいに早く音を立てる。


「はぁ…………はぁ……」


ゆっくり、しずかに、息を吸っては吐く。


そうだ。

エサを捕りに行かなくては……。



バイクを押して歩く。


婆ちゃん……ごめん。



「早いね……」

風子「?」



頭が真っ白になった。

無意識に話しかけていたから。



冬「どこかへ出かけるんですか?」


適当に合わせよう。

頭がボンヤリするけど。


「うん、弁当を買いに」

姫子「……え」


非常識なことを言っている、リアクションがそう告げていた。


「な、なに?」

夏「なにって……、キャンプで弁当って……」

姫子「人それぞれかな……」

風子「そうだね」

澪「?」

冬「なにか、あったんですか?」

「――ッ!」


頭が醒めた。
見透かされたような目に怯んでしまった。
516 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/28(金) 15:15:21.74 ID:+dEPnVKoo

夏「キャンプに来て弁当って……。キャンプの醍醐味を9割5分見失ってるなぁ……」

冬「そうですよ」

「――そっちか」

姫子「……」

風子「……」

「別にいいだろ」

夏「良くないよ、隣で虚しく弁当食べられたら嫌だっての」

姫子「……確かに。聞いちゃったから、気まずいね」

「き、気まずいのか」

冬「少し遅れますけど、ご一緒にどうですか?」

夏「えぇー!?」

「……」


何が言いたいんだ、この子。


「いや……」

姫子「ほら、行こう」

風子「そうですね、急ぎましょう」

「遠慮しておくよ」

冬「なにかの縁かもしれませんよ」

「……」

冬「すいませんが、お留守番お願いしますね」

夏「えぇー……」


彼女らは俺の意見をお構いなしに歩いていった。


「……縁、か」


そんなの……。

餌を集めるついでに、薪も拾うか。


……




火起こしは兄と同じくらいだった。


「嘘、だろ」


ここでも兄の姿を探すのか。

さすがに……参った。
517 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/28(金) 15:17:02.86 ID:+dEPnVKoo

「やっと来たか」

姫子「……」

澪「……火だ」


助かった。

他人を意識していれば忘れられる。


テントに入って何かを持って出てきた。

初めて見るモノだった。


「?」

姫子「……これは、少人数用のコンロ」

澪「これに薪を入れるんだな」

姫子「違う。火のついた炭、熾を入れる」

澪「おき……。そうか、赤く燃えた炭を熾というのか」


意識を外せた。


「さて、と」

姫子「……燕さん、どこへ?」


近くに販売機があったはずだ。


姫子「燕さん?」

「……ん? あ、俺か……なに?」

姫子「どこへ……行くのかなって」

「雛の餌を取ってくる。俺の飯はいいから」


次の言葉を待たずに、背を向ける。



自動販売機に群がる虫を捕らえる。


こんなに簡単に命を狩る。


狩ると思い込んでいる。

腐ってるな、俺は。



テントに戻る途中、焚き火で知らない男二人がいた。


姫子「すいません。迷惑です」

「うっわ、きっつー」

「京都の盆地より――」


ナンパか。

わざわざここでやる理由が分からない。
518 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/28(金) 15:23:51.14 ID:+dEPnVKoo

「なにか用?」

「ちっ、野郎連れかよ」

「なんだよ、行こうぜ」


姫子「……」


視線が俺の持っている袋を捉えている。


姫子「それは?」

「ヒナの餌。自動販売機の光に寄せられて虫が集まってくるから一網打尽だ」

姫子「……なるほど」

「……じゃ」


飯を買い忘れたけど……いいか。

食欲が沸かない。


姫子「雛のお礼にどうですか」

「要らない」


〜♪


携帯電話の着信メロディが流れる。

どうして鳴っているんだ……?


そうか、習慣のアラームで電源が入ったのか。


どういうことだ。

義姉さんと表示されているディスプレイ。


「……」


心臓がまた速く音を立てている。

やっぱり取るべきか……。



姫子「後で持って行きますから」

「?」

姫子「些細なお礼ですけど」

「……ハァ。要らないって言っただろ」


また助けられた。

俺は着信を切り、電源を落とす。
519 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/28(金) 15:27:52.27 ID:+dEPnVKoo

姫子「その曲の和訳されたタイトルを知っていますか?」

「……?」

姫子「……」

「……たしか、さよならを言う時=@だったか」


これは、英語の訳だ。元はイタリアの曲。


「言っておくけど、気に入っているから登録した訳じゃないんだ」

姫子「?」

「俺の罪だ」

姫子「――ッ」



母さんが好きになった曲。

テレビの演奏を聴いて、翌日俺を迎えに来たついでにCD店に買いに行った曲。

この曲がなければ……いや、違う。

この曲を俺も好きになっていれば良かった。

時間のズレで母さんは今も生きていたはずだ。

大切な人はこのグループに、
罪の意識を忘れないようにこの曲を登録した。


俺が殺したも同然なのだから――



姫子「……っ」

「!」


一滴、頬を伝う。


姫子「……!」


彼女はあわててそれを拭った。

どうして泣いたんだ……?



夏「アンタねえッ!!」

「!」


俺の胸倉が掴まれる。


夏「なにやってんのよ!」

「……!」

姫子「ちがっ、違うよ夏!」


本気で怒っている
それほどのことなのか
敬愛する人を俺は傷つけたのか……
520 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/28(金) 18:35:46.05 ID:+dEPnVKoo

夏「アンタの境遇なんて知らないけど! それを理由に他人を傷つけるなよッ!」

姫子「夏ッ!」

「……」

夏「独りで生きてるって顔してるのが気に入らない!」

「……」

夏「近い人を傷つけてるだけだっての!」

「……」

夏「この世で独りって顔してんなよ!」


一つ一つが胸を抉る。


冬「お待たせしました〜、ご飯にしましょう〜」


背後から届いた、間延びした声に救われる。


冬「どう…したんですか……?」

姫子「……夏、違うからさ」

夏「……あたしはどっちでもいいから、……アンタの好きにすればいい」

「……」

夏「独りで生きていくのは諦めろ」


答えはくれないようだ。

厳しい……な。



「なんだか、悪いな」

夏「これくらいのことを悪いと思わなくていいから、ヒナをよろしく」

「あぁ、動物関連にだけはしぶといから」


嫌な言葉を漏らしてしまった。

けど、誰にも気付かれないだろう。



同じライダーの子、眼鏡の真面目そうな子。

双子の子達。

少し距離を置いて見守っている子。


不思議とバランスが取れている。



「面白いな、キミ達は……」


自分がどうしたいのか、知りたい。

思えばどれだけの出会いがあっただろうか。
善い奴もいれば嫌な奴もいた。

望んだ出会いだったか。
521 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/28(金) 18:37:43.64 ID:+dEPnVKoo

風子「楽しくなさそうに笑うんですね」

「?」


眼鏡をかけた子が言ったのか?


夏「ツバメ、アンタだよ」

「え、……え?」


俺が笑ったのか……?
それも、楽しくなさそうに……?


「ごめん、よく分からない」


大事な箇所を聞き逃したのか、理解できない話ばかりで困惑してしまう。


姫子「高校時代に、楽しいから笑う。それをそのままを表現していた人がいました――」


友人の話。なぜ、それを……?


夏「ツバメ、アンタもあたしとの約束を守ったのはそういうことなんじゃないの?」

「――ッ!」


すぐに否定しなければいけない。

が、出来ない――



よく知らない人間ほど怖いはずだ。

それなのに彼女達は俺をなんなく輪の中に引き入れた。

この焼かれた野菜を食べれば、知りたいことが解るのか……?


「いただき…ます……」

姫子「……」

「……からいな」


塩辛い。なんだ……これは。



姫子「冬……、野菜になにかした?」

冬「はい。塩もみをしました」


そりゃ辛いはずだ。



家族で食卓を囲んで以来、こんな風に大人数で食事をしたことはなかった。

兄、義姉さん、俺の三人はよくあったけれど。
その場ですら俺は遠慮していた。

だけど、彼女達には遠慮していない自分がどこか懐かしくて、なぜか温かさを感じていた。
522 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/28(金) 18:39:42.49 ID:+dEPnVKoo

……




姫子「澪、もう眠る?」

澪「うん、もう眠る」


そろそろ退散するか……。


「それじゃ、俺も失礼するかな。ごちそうさま」

夏「ヒナをよろしく」

「うん。おやすみ」

姫子「……おやすみ」


テントに戻ってヒナの気配を探る。

寝ているみたいだ。


「……人とあんなに話したのは……いつ以来だ」


急速に冷えていく。体が、心が。

温かいから冷める。暖かいから冷える。


こんな感覚、持っていないほうが幸せなんだろう。

持っている俺は不幸せか。


幸せになりたいのか、ふざけるな。


「……」


寝る支度をするか……。


「……?」


焚き火へ戻ると誰も居なかった。


火は管理していないと危ない……。面倒だけど……しょうがない。


「……」


高校に入るまで、兄とキャンプしたな。

火を着けるのは俺の役目だった。
いや、無理やりこの役を取ったんだ。
兄に勝てるかもしれないという希望があったから。


「……」


綺麗な思いでも、今は罪悪感で苦しい。

痛い。忘れたい。逃ゲたイ。消エタイ。

死ンダラ楽ニナレル――

523 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/28(金) 18:40:52.07 ID:+dEPnVKoo

ダダダダダッ


冬「はぁっ、はぁ」

風子「あれ……?」

「っ!?」

夏「なにしてんの?」

「びっくりした……」

風子「ほら、冬ちゃん」

冬「寒かった〜」

「火に薪を入れていただけ…だが…」

風子「どうしてですか?」

「いや……、留守番というか……」


まずい、落ち着かない。


冬「はぁ、あったかいです」

夏「まだ寝ないのなら、話でもする?」

「……寝るから、いい」


ここにいては駄目なんだ。


冬「袖触れ合うも他生の縁、といいますよ」

「……」


俺にはそんな縁は無い。


「……そんな縁、持たないほうがいい」

風子「……」

冬「え……?」

夏「?」

「おやすみ」


トイレに寄って顔を洗う。

歯を磨いて、空を見上げる。


「……」


さっさと寝よう。



――♪



――♪

524 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/28(金) 18:42:37.21 ID:+dEPnVKoo









夢を見た。

真っ黒な少女と、その横をパタパタと飛ぶ白猫の夢を。



ヒナはまだ寝ていた。



テントから出て、湖まで歩く。


「……」


しずかだな。

俺はこれからどうするべきなのか。


携帯電話の電源は切った。

捨てないところが惨めだ。



イイコトヲシヨウ。


木ノ枝ヲ集メテ火ヲ起コソウ。


死ヤ破壊ノ象徴。昔カラ惹カレタエネルギー。

丸デ命ノ様ダ。吸イ込マレソウニナル。



パキパキパキ


「……」


自分デモ危険ナ状態ダト分カル。

願ワクバ――周リヲ巻き込マずに。

それが唯一の願いだ……。


夏「ふぁぁ〜、早いなぁ」

「……?」


名前は……まぁいいか。


「火を見ていてくれ。餌の時間だ」

夏「あたしも餌をあげるとこ、見たい」

「……」
525 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/28(金) 18:44:11.66 ID:+dEPnVKoo

ヒナを持って来いと言っているのか。
断る理由もないけど、理由が解らないな。

テントに戻ると箱から鳴き声がした。


雛「ぴぃぴぃ」

「起きたか……」


昨日の夜に少しあげただけだから、相当お腹すいているだろう。

袋を開いて一匹ずつ与える。


「……」


早く餌を採取しなければすぐに尽きてしまう。

あの子に任せてみるか……?



「エサやり、やってみる?」

夏「ごめん、遠慮するよ」

「な……」

夏「うん?」


好奇心だけだったのか……。

いや、この子は最初から乗り気でもなかった……。

笑えるな。他人に頼ろうとするなんて、滑稽だ。


夏「どうしたの?」

「なんでもない」

夏「あたしが捕ってこようか?」

「え……?」

夏「虫を」

「手間が省けるから……助かる」

夏「じゃあ、虫網貸してくれない?」

「……」


そりゃそうだ。素手で捕まえるわけがないんだから。


「いや、やっぱりいいや」

夏「?」


関わらないようにするべきだ。


風子「夏ちゃん、おはよう」

夏「ふぅちゃんさん、おはようございます」

「……じゃ」


親鳥も楽じゃないな。
526 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/28(金) 18:45:43.60 ID:+dEPnVKoo

夏「待ってってば」

「……!」


後ろから服を引っ張られる。


「なに……?」

夏「火の番よろしく」

「なんでだ」

夏「火付けたのアンタでしょ」

風子「夏ちゃん、それは……」

夏「さ、お手洗い行きましょう」

「……」


なにもかもが上手くいかない。


焚き火の前に座ってヒナが入った箱と虫の入った袋を交互に持ってエサを与える。


雛「ぴぃぴぃ」

「……」


早く大きくなれ。



他に考えることもなく、単調にエサを与えるだけの作業。

あと数匹しかいない。

捕ってくるより、買った方が早いかもしれないな。


風子「お待たせしました。今から私たちが番をしますから」

「……」


自由にしていいって事か。


「……それじゃ」


立ち上がって、振り返ると、


夏「もう終わり?」

「休憩……」

夏「ふーん……たくさん果物貰ったから、お裾分け」

「……」


そう言ってパイナップルを渡される。
527 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/28(金) 18:47:27.18 ID:+dEPnVKoo

「いや、困るって」

夏「じゃあ、食べていけば?」


駄目だ、疲れるこの子……。

でも、昨日の恩があるからな……。無碍にも出来ない。


「……うん」

夏「エサを与えるタイミングってあるの?」

「……まぁ」


曖昧に答えておく。


雛「ぴぃぴぃ」


どうして拾ったのか。

忘れてしまった。


夏「飛ぶところみたいなー」

風子「夏ちゃん、鳥が好きなの?」

夏「鳥というか、成長して巣立つ姿が見たいだけっていうか、それだけだったりします」

風子「そうなんだ……」


俺はこれからどこへ行くのか。

この雛が飛び立ったらどうするべきなのか。


そういえば……最東端に……。


夏「ねぇ、アンタはどこに行くの?」

「さぁな」

夏「まぁいいや、冬ねぇ起こしてきますね」

風子「うん」

雛「ぴぃぴぃ」

「……」

風子「……」


この子、他人の前では自分を造るタイプだな。


風子「決めてないということですか?」

「……納沙布岬……かな」


兄が行きたかった場所だ。
バイクを借りてるんだ、これくらいのことはするべきだろう。


風子「納沙布……」

「……」
528 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/28(金) 18:49:55.71 ID:+dEPnVKoo

朝ごはんをご馳走になるお礼に、買っておいたチョコレートを渡す。

気を遣われるのも嫌だから、適当に合わせただけの会話。

これで終わりだと思ったら、言葉が出てくる。

俺は調子のいい人間だった。



エサを捕りに行って戻ってくると彼女達は後片付けをしていた。


夏「あれ、アンタ、片づけないの?」

「どうしてだ?」

夏「さっき、ふぅ……子さんとこの辺りの名所の話をしていたでしょ?」

「うん……、そうだけど」

夏「……あ、いや、なんでもない」

「?」


眼鏡の子と話したのは納沙布のことと、この辺りの観光場所について。

大した話ではない。


気になるけど、大したことではなかった。


俺もバイクを押して歩き出す。

三人の見知らぬ誰かと会話をしている。


袖触れ合うも他生の縁、か……。


「……」




――――嫌な言葉だ。



「それじゃ、元気で」


駐車場に辿り着いた。


もう会うことはない。

他人といるのが楽だと思ったのも事実だけど。



冬「気をつけてください」

「あぁ……」

夏「転ばないように」

燕「……うん」

澪「えっと、お元気で」

「うん」

風子「良い旅を」

「……」
529 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/28(金) 18:50:36.94 ID:+dEPnVKoo

旅。


「分からないな、俺の旅なんて」

夏「それがアンタの旅なんでしょ」

「……考えてみる」

姫子「……雛の事、よろしく」

「任せてくれ」


ヘルメットを被るが、すぐに外す。


「あ……」


ヘルメットを外し、


「久しぶりに楽しめた……のかもしれない」

冬「そうですか、よかったです」

「さよなら」

夏「じゃあね」

澪「さようなら」

姫子「さよう…なら……」

風子「バイバイ」


ドルルルン


ドルルルルルルル



ああ言ったほうが、嫌な気分にさせないだろう。

彼女達に嫌な思いはさせたくなかった。

530 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/28(金) 18:51:33.44 ID:+dEPnVKoo


ヒナは育っていく。


少しずつ、でも確実に。



「雛を育てながら旅してるのか、なんかいいなぁ」

「……」



「あれ、鳥の雛の鳴き声が聞こえない?」

「え、どこどこ?」

「……」



「これって、何の鳥?」

「……」



「見せて見せてー!」

「……」



「あとどのくらいで飛ぶの?」

「……」



「昔飼ってたことあるよ〜、元気に巣立っていったときは感動モノでさぁ〜」

「……」



「見て、ツバメのヒナだって」

「わぁ〜ちゅご〜ぃ、かわぃぃ〜」

「……」



「ツバメの雛なんて珍しいな」

「……」



「何? テレビかなにかの企画?」

「……」



「保温対策ってどうやってるの?」

「……」



「育てられるの〜?」

「……」
531 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/28(金) 18:52:49.41 ID:+dEPnVKoo

色んな人に話しかけられる。



「名前はなんていうの!?」

「……」



「ぴぃぴぃ!」

「おまえ、鳥語使えるのかよ」

「……」



「頑張ってるんだね、お兄さん。これ、飴玉あげる」

「……」



「これ食って頑張れよ! 酒のつまみだけどな! ダッハッハ!」

「……」



「ずっと一緒なんだぁ! なんか素敵〜!」

「なんだと!」

「……」



「ふーん」

「コイツこう見えて動物好きだから、気にしないで」

「……」



「ケータイの着信音かと思ったわ〜 アッハハ〜」

「……」



「ちゃんと清潔にしてるんだな、住み心地よさそうだ」

「……」




「病気にかかってないか?」

「……?」



フンを毎日見ていたのに、気がつかなかった。



「足だよ、足」

「……あ」

「ぴぃぴぃ」


脚弱症……!
532 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/28(金) 18:54:35.33 ID:+dEPnVKoo

「ビタミン不足か、なにかの病気か判断できないか?」

「……エサには気を使って……いました」

「私は獣医をやっているから、ウチに来なさい」

「……」

「ぴぃぴぃ」


車を運転するその人の後を追いかける。

獣医か……。


「さ、入ってくれ」

「……」

「金を取ろうとは思っていないよ。保護施設だから」

「ぴぃぴぃ」


検査をしてもらっている間、俺は辺りを見回していた。

捨てた夢がここにあった。


それから数十分。

一枚の紙を渡される。


「嘘だろ」

「事実だ。どうする?」

「……っ!」

「ぴぃぴぃ」


どうして、いつも……。


「このヒナは捨てられたんだな」

「……」

「ふぅ……。連れて帰りなさい」

「……いや、でも」

「君が親だ」

「ぴぃぴぃ」

「……っ」

「よく鳴くな、このヒナは」


頭を下げて、お礼を言い、その場を後にする。


走り続ける。


最後の目的地へ向かって。

533 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/28(金) 18:55:52.90 ID:+dEPnVKoo


俺は、



死神。



また事実を突きつけられた。



あぁ……息が詰まりそうだ



ここは苦しいな



くるしい



クルシイ




誰か




だれか




ダ レ カ




タス ケ テ クレ――――




「あれ、燕?」

「……」

「どうしてここに……って、風子か」

「……」

「ね、女の子いなかった?」

「……」

「自転車で旅をしている女の…子……どうしたの?」

「……」

「?」

「ぴぃぴぃ」

「箱、開けていい?」

「……」

「顔色悪いけど、大丈夫?」

「……どうして、俺だって解ったんだ?」
534 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/28(金) 18:57:15.03 ID:+dEPnVKoo

俺は顔を上げずに下を向いている。

ここに着いてからずっと。

もう、辿り着いたから、顔を上げる理由が無かった。


「ホーネットだから、それと、格好と雰囲気で」

「……どんな雰囲気なんだ?」

「近づくなっていう空気」

「……察してくれ」

「……」

「か…ま……う……な」


絞り出した声は相手に届いたのか。


「あ、大きくなってる」

「ぴぃぴぃ」

「……」

「飛べるようになるまで頑張れ」

「ぴぃぴぃ」

「……むりだ」

「え?」

「そのヒナは」

「ぴぃぴぃ」

「消化器官が感染でやられてる……」

「……」

「ぴぃぴぃ」

「足も弱ってるからいづれ……」

「……」

「ぴぃぴぃ」

「――死ぬ」



午前中に渡された紙に書かれている。



「……そう」

「ぴぃぴぃ」

「……」

「燕がそうなってるのも、そのせい?」



そのせい?

そのせい……と、言ッタカ

ナニヲイッタコノ女
535 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/28(金) 19:01:45.67 ID:+dEPnVKoo

「……は?」

「……」


睨み付ける。

育てたヒナが死ぬという事実で俺が落ちていると思っているのか。


「お前に、何が分かる……」

「……」

「……いや、いい。忘れてくれ」

「……」


必死で感情を消した

ヒナの命を冒涜された
それに対して怒りが沸いた

それも一瞬のことだ


「消えてくれ」

「……分かった。じゃあ、ね」


足音が遠のいていく。


「……ふざけてるのか、あの女」


苛立ちが止まらない。


「……チッ!」


舌打ちをして、走る。



「……待て」

「……」

「ヒナをどうするつもりだ」

「……育てる」

「ぴぃぴぃ」



この女……!



「おまえ……、話を聞いていたのか?」

「そういえば、自己紹介してなかったっけ」

「あ……?」

「わたしの名前は――」

536 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/28(金) 19:02:39.53 ID:+dEPnVKoo

― ―  立花姫子  ― ―



姫子「――立花姫子」

燕「……」


537 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/28(金) 19:06:52.44 ID:+dEPnVKoo

一日目



まずは、虫を捕まえる。


近くの雑草の中へ入ってそれを探す。


姫子「……いないのかな」


ザッ ザッ

草を乱暴になぎ倒すけれど、一匹も出てこなかった。



数メートル先で燕が柵にもたれている。


わたしは覚悟を見せたかった。

口だけじゃないって。


命を冒涜してしまったから。
だからわたしは、最後までヒナの面倒を見る。

憶測だけど、痛みに耐えられなかったのだと思う。
だから、燕はあんなに憔悴しきった顔をしていた。

これも憶測だけど、燕にはこういう時に支えてくれる人がいない。
頼れる人がいない。

わたしにはいる。
支えてくれる人が、辛いときに声をかけてくれる人がいるから、強くなれる。

今がその時。


姫子「……いた」


草が肌をも切る鋭さを持っていること、しばらく忘れていた。
両手が小さな傷だらけだ。


姫子「……」


唾を飲み込む。

克服できたわけじゃない。


けど、


姫子「……ッ!」


思いっきり手を振った。


姫子「うっ……!!!」


右の手の中でモゾモゾと蠢いている。


離したい離したい離したい!


小走りに駆け寄って、どうすればいいのかを訊く。
538 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/28(金) 19:09:04.32 ID:+dEPnVKoo

姫子「捕まえた」

燕「見せて」

姫子「ほら……あ」


跳ねて飛んでいってしまった。


姫子「ぅ……!」


手の平に変な液体が……!


燕「言っただろ、消化器官のウィルスだって。あんなの食べたら消化できなくて苦しむ」


ポケットからティッシュを取り出して手を拭いてくれた。


姫子「それじゃ……どうするの?」

燕「獣医に薬を貰ってるから、それを与える」

姫子「……」


いつも経験している意地悪さとは別に、他人にこういうことをされると気分は良くない。


姫子「最初に言ってよ」

燕「勝手にやるって言い出だしたのはそっちだろ」


結構性格が悪いな。

違う、お互い様……だ。


姫子「……」

燕「……」

雛「ぴぃ……」


頭を抑えて無理やり口を開かせてそこから薬を注入している。

こういうのって、素人が出来ることなのかな。


姫子「獣医目指してるの?」

燕「……いや…………」


どうして手馴れているのか。聞いていいことじゃないみたいだ。


燕「よく、動物を手当てしていたから、その延長上で慣れているだけだ」

姫子「……」


触れてもよかったのかな……。燕のことがよく分からない。

分からなくて当然だと思い直す。出会ってからたった一日分しか話をしていない。
539 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/28(金) 19:10:51.03 ID:+dEPnVKoo

「あれ……ひょっとして……」

姫子「あ、光……」

光「姫子さん!? どうしてここに!」

姫子「風子に勧められてね。何か企んでいたっぽいけど……」

光「はぁ……そうですか」


良かった。
出会えた。


燕「……?」

姫子「どうしたの?」


辺りをキョロキョロとしている。


燕「今、鈴の音が鳴らなかった?」

姫子「聞こえなかったけど……」

光「私も聞こえなかった。……私、邪魔ですか?」

姫子「余計な詮索しなくていいからね、本当に」

光「はい、すいません」


どうして謝るのか、それはわたしが軽く睨んだから。


姫子「そこ、車通るから自転車ごとこっちに入って」

光「あ、はい」

燕「大荷物だね」

光「全財産なんで」



ブォォオオオ



姫子「……」


酷い音を立てた車が走ってくる

胸騒ぎがした


雛「ぴぃぴぃ!」

燕「どうしたんだ?」

雛「ぴぃぴぃぴぃ!!」


バタバタと暴れるヒナ

飛ぼうと必死に羽をばたつかせているように見える
540 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/28(金) 19:13:47.15 ID:+dEPnVKoo

光「?」

姫子「どうしたの?」

燕「分からない、大きい袋か入れ物ないか?」

光「えっと……袋……袋……」

雛「ぴぃ!」


ヒナは燕の手から離れる



ブォォオオオオ


燕「あ――!」

姫子「ま、待って――!」


自分の足では立てないから

代わりに羽を

翼を一生懸命

届かない空を目指し

太陽に向かって

ばたつかせて


向かう先は道路


車が迫る

わたしは

どうしてあの時


ヒナを



すくってしまったのだろう




燕「あぶない!」

姫子「――ッ」



ブォォォオオオオオ!!!!


雛「ぴぃ――」



―――――――――――― グチャ

541 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/28(金) 19:15:19.01 ID:+dEPnVKoo

命が目の前で消えた



残ったのは


肉の塊 赤い血 尖った骨




さっきまで生きていたヒナが


あっけなく 死んだ



光「う――!」

姫子「あぁ……あ…………ぁ……」

燕「……」



わたしは燕に引っ張られて助かった

引っ張られたからヒナに手が届かなかった


燕「見るな」


わたしの視線が手によって閉ざされる


ナニガ悪カッタノダロウ


幸福駅ですくったとき


燕に預けたとき


ここで再会したとき


わたしがヒナを育てると言ったから――



燕「命あるものはいづれ死ぬ。それが早いか遅いかの違いでしかない」

光「そんな言い方……」

燕「これでも医療を……学んでいた。だから命の尊さも分かっているつもりだ」

姫子「……」

燕「気に病むな。俺たちもいづれ、死ぬ」


理解できない。

それは諦めの言葉でしかない。
542 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/28(金) 19:18:21.56 ID:+dEPnVKoo

ヒナの死骸を手で運ぼうとしている。


姫子「どこへ……」

燕「墓を作る」


すれ違いざまに聞いた言葉は不快になるほど落ち着いていた。



穴を掘って、ゆっくりとヒナを下ろし、埋めた。


わたしと光も手伝った。


燕「……」

光「……」

姫子「……」


手を合わせて祈る。




安らかに眠れるよう祈る。






たった数時間。


これほど気持ちの落ちが激しい経験は数えられるくらいしか無い。






光「あの仔はきっと空を飛べています」



光の声。


たったそれだけで、救われた気分になる。

燕と二人でいたら、どうすればいいのか解らないだろうから。



燕「……」


音を立てずに立ち上がって歩いていった。

その後姿が――――怖かった――



どうしてこんなことになったのだろう


そればっかりが頭の中でグルグルと回っていた
543 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/28(金) 19:19:52.52 ID:+dEPnVKoo

光「姫子さん」

姫子「……?」

光「あの人、危ないですよ」

姫子「危ないって……?」


なんとなく気付いていたけれど、聞いてしまった。


光「……最悪、」




――死ぬかもしれない。



姫子「待って!」

燕「……」


光の言葉に体が反応していた。


姫子「どこ、行くの」

燕「…………」


応えない。

言葉を忘れたように、わたしの存在を忘れたように
淡々とヘルメットを被って


ドルルルルン


姫子「待って! 待ってって!」


わたしの声が聞こえないように

エンジン音を高鳴らせて


ドルルルルルル


走っていった



姫子「――ッ!」


纏っている空気が尋常じゃない


心臓が嫌な音を立てる
544 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/28(金) 19:21:00.68 ID:+dEPnVKoo

振り返って自分のバイクに向かう

その時、周りの視線に気付いた


「……」


好奇な目


別の世界に紛れ込んだかのような気分になる


姫子「ッ――!」


歯をくいしばる


「が、がんばれー」

「がんばれよー」


痴話喧嘩と勘違いしているのだろう


だけど、


姫子「……っ」


ドルルルルン


少しだけ背中を押してくれた




追いつくのか


追いついてどうするのか


おせっかいだけでは済まない



視界に捉えた


走って 追いかけて


信号でようやく距離を短く出来た


後ろで青になるのを待つ


向こうも気付いているだろう


走って 走って 走って


右へ左へ


走って 走って
545 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/28(金) 19:21:35.19 ID:+dEPnVKoo

どれほど走っただろう



名も無い峠のみはらしのいい広場


そこでバイクを止めた


やっと聞いた言葉は



燕「おまえも、死ぬぞ」


その一言だった。
546 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/28(金) 19:24:30.82 ID:+dEPnVKoo

姫子「暑い……」


季節は初夏。


自動販売機で飲み物を二つ。


姫子「ほらっ」


乱暴気味にお茶を投げる。

あんなに楽しくない走りをしたのは初めてだったから、八つ当たりした。



姫子「ヒナが……死んで、どう思ってるの?」

燕「それを訊くだけのために、ここまで来たのか?」

姫子「……燕、死にたいの?」

燕「どうしてそうなる?」

姫子「わたしが後ろにいるけど、振り切ろうとしなかった。
   むしろ、気遣うような運転だった」

燕「……」

姫子「納沙布の駐車場と、この行為がちぐはぐでよく分からない。
   だけど、出会った時の空気と変わらない。だから訊いた」


事務的に話している。これは防衛反応。


姫子「答えてよ。ヒナが死んで、どう思ってるの?」

燕「死神」

姫子「――え?」

燕「俺は、祖母に死神と呼ばれた」

姫子「――」


声を失った


両親を亡くしたこと

祖父を亡くしたこと

尊敬する兄を亡くしたこと


全て死神の自分が招いた現実だと 言い放った


燕「だから、おまえも死ぬ。タンクの傷、あれが証拠だ」


少しでもタイミングがズレていたら

わたしはこの世にいなかったかもしれない

それも、燕のせいだと


姫子「なに、それ」

燕「呪いって知ってるか」


次から次へと、非現実的な言葉が出てくる
547 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/28(金) 19:26:33.05 ID:+dEPnVKoo

燕「死んだ兄に子供が生まれる」


下を見ていたら心が折れそうだから

空を見るようにしていた


燕「祖母に言われた。この子にまでなにかあったら、おまえを赦さない」


身体が冷えていく


燕「今まで奪ってきたから、当然だ。だから逃げてきた」


いままでずっとひとり


燕「動物の手当ては上手くいった、だから獣医が天職なのだと思っていた」


そのヒナも


燕「その希望も失った」


気がついたら地面を見ていた


燕「キミはおせっかいだな」


立ち上がる気配を感じる

そのまま行ってしまう


燕「気をつけてくれ」

姫子「――待って」


自然に呼び止めていた


燕「もう無理だ。気力も沸かない」



燕「医学を志していた身だ。自ら絶つってことはしない」



燕「どこかで、生きていくよ」


それは嘘


姫子「――オーロラ」


大気の発光現象


姫子「北海道で見えるらしい」


ヒカリを探せば、希望が見つかるかもしれない


燕「知ってる。けど、近年のそんな報告はない。今年もそれは見られないだろう」


行ってしまう
548 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/28(金) 19:28:05.56 ID:+dEPnVKoo

そのまま行かせていいのか


姫子「待って、そのお茶の借りを返して」

燕「……」


機転の利かない頭だ


燕「待ってて」


財布を取り出した


そのお金を受け取らなければいい

受け取るまでナニカ考えなくては


そのまま行かせる訳にはいかない

ナニカ ナニカ ナニカ


燕「ほら」

姫子「……」


燕もわたしの意図に気付いている


燕「ここに、置いていくから」

姫子「……」




時間切れ




目の前に広がる景色にイロが失われていく

向こうの山が黒く

空が白く

小さい建物が灰色に

下に広がる緑の彩が褪せていく


手すりにもたれて


わたしの無力さに絶望して



燕「離れろッ!」

姫子「――え?」
549 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/28(金) 19:29:53.18 ID:+dEPnVKoo

パキッ


乾いた音が近くで鳴った


持たれていた手すりが割れ


わたしの体が放り出される


下は数メートル離れた地面


痛いではすまないだろうな


視界がゆっくりゆっくりと動いていく


「――姫子!」


声の主に悪いことをしたと思った


また苦しめてしまうのだから


どうしてわたしはこうも間が悪いのかな


死ぬわけにはいかないけどどうにもならない




燕――ゴメン。





自由落下


落ち始める


走って飛び込んできた


姫子「――?」

燕「――!」



燕の身体に包まれる


意味がないのに

燕まで死ぬ


どうして


こんなことに――



―― チリン!


鈴の音が鳴った
550 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/28(金) 19:33:30.54 ID:+dEPnVKoo

ゴォォォオオオオオ!!!



突然の強風


崖の下から上に 崖の方から吹かれる風に押されていく
下は地面ではなく木の傍までわたし達は流れていた


燕「――ぐっ!!」


木に手を伸ばす
捉まえられれば地面に落ちたときの衝撃は軽くなる


そんな幸運あるだろうか





―― チリンチリン!





バキッ!


姫子「――!」


燕が木の枝を掴んだ


バキバキバキバキッ!!


燕「ぐ…ぁ……!」



二人分の重みで枝が軋みを上げる


バキィッ!!


嫌な音を立てて枝が折れる



落下が続く



ギュウウウ


燕に強く抱きしめられる


自分を犠牲にしてでも守ろうとしている


わたしの身体は硬直して動かなかった




ドサッ
551 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/28(金) 19:34:53.90 ID:+dEPnVKoo

強い衝撃


燕「――っ」


声にならない声



姫子「ぅ……!」


痛いけど、

わたしより燕の方がダメージが大きい

右手が酷い

木が刺さって葉っぱもくっついている



姫子「つば……め……!」


燕「」


姫子「いっ……!」


身体を起こすと激痛が走った

それより


姫子「つば…め! つばめ!!」

燕「」


反応しない

ぐったりとしている


痛いけど、わたしの身体は動く

早く助けを呼ばないと


見上げた空はあまりにも高く

空よりも低い場所にある崖の上も嫌になるほど高く感じた


姫子「だれ……か……!」


声が届いて
552 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/28(金) 19:35:31.43 ID:+dEPnVKoo

姫子「ダレカ……!」


燕が動かない

燕の胸に耳をおいて、鼓動を確認する

弱くなってる


チガウ キコエナイ


ハヤク

ダレカ



ハヤクハヤクハヤクハヤク


ダレカダレカダレカダレカ



ツバメヲタスケテ――――




―― リン。

553 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [saga]:2012/09/28(金) 19:36:59.74 ID:+dEPnVKoo




いつからそこにいたのか。


ニコル『……』


白い猫が座っている。

背には蝙蝠のような羽。

首には鈴が。


ニコル『……』


「タスケテ――」


わたしを見るまっすぐな瞳。


「オネガイ、ツバメヲ――」


ニコル『……』


白い猫はしずかに目を閉じる。


「ドウシテ――」


応えてくれると信じていた。

勝手に信じて勝手に裏切られた。


「ココデ死ンダラ、悲シミシカ残ラナイ――」

ニコル『……』

「諦メテ欲シクナイ――」

『それは、オマエの願望だろう』


空間が裂け闇がわたしを覗いている。

白い猫は口を開いていない。


アン『視えるのか?』

ニコル『そのようです』

「死ンデシマウ――」

アン『コイツは死にたがっていた。死なせてやれ』

「――!」

アン『オレは死神。コイツの願いを叶えてやれる』


鎌の鋭く尖った先端がわたしの目の前に置かれる。


アン『オマエも、死ぬか?』

「……」


死神を見たということは、そういうことなんだ。
554 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/28(金) 19:38:15.93 ID:+dEPnVKoo




ごめん。





「はは……」

アン『なにが可笑しい?』

「友人の顔を思い出した……」

ニコル『……』

 ――!

アン『なんだ、コイツは』

ニコル『隠れていたようです』

アン『フッ――!』


ビュゥゥウウウ


風が起こる。さっきの風もこの死神がやった……?


 ――!

アン『目障りだな、消えろ!』

ニコル『マスター、この国に古くから伝えられる神です』

アン『それがどうした』

ニコル『神殺しは規則で――』

アン『黙れ』

ニコル『それに、この女性の魂まで――』

アン『黙れと言っている』

「……」

アン『気に入らないな、その目』

「え……?」

アン『瀬戸際だぞ、怯えろ』

「わたしは……死ぬの?」

アン『そうだ』

「死んだら、どうなるの?」

アン『無だ』

「……」
555 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/28(金) 19:39:41.25 ID:+dEPnVKoo

ダニー『止めろー!』

アン『仕え魔如きが邪魔をするな』


ドカッ


ダニー『ぎゃん!』


鎌を横薙ぎにして黒い猫を払った


ニコル『マスター!』

アン『――死ね』



そのまま鎌を振り上げたところで

わたしの意識は闇に堕ちた


モモ『……』


白い少女の背中を最後に見て






















「おいー! 大丈夫かー!!」




一日目終了
556 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/29(土) 12:00:02.63 ID:EyoMeYwAo

二日目



「姫ちゃん」


だれ?


「起きて、姫ちゃん」


ふうこ……?


どうしてここにいるの?


ここはどこ?



姫子「ぅ……ん……」

「目が覚めた?」

姫子「う……!」


体中が軋む。


「姫―ちゃん、私が誰か、分かる?」


姫ちゃん……って、呼ぶのは……。


姫子「由美さん……?」

由美「良かったぁ、意識がハッキリして」

姫子「どうして、ここに?」

由美「私の旦那さんがここに用があってね。たまたま、本当に偶然居合わせたのよ」


ここ……って、病院?


由美「姫子ちゃんが眠っている間に検査を一通りしたけど、問題なし。奇跡ね」

姫子「……」

由美「後でおいしいラーメン屋さんに食べに行きましょうね♪」

「森岡先生……」

由美「あ、ごめんね。北上さんも一緒に行く?」


看護師……ということは、ここは病院で間違いない。

どうしてここにいるんだろう。

記憶が飛んでいるのかな。


看「あの、私はまだ実習生なので」

由美「それを言ったら私だってここの先生じゃないわ」

看「いえ、そういう意味では――」


喋りながらも仕事をこなしている。
557 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) :2012/09/29(土) 12:01:58.21 ID:EyoMeYwAo

由美「はい、体温計」

姫子「どうして、ここに……?」

由美「覚えていないのね」

姫子「はい……」

由美「記憶障害……。異常は無かったはずなんだけど……」

看「どうぞ」

由美「ありがと」


看護師から渡された一枚の紙を見ている。


ここは病院の一室……。


由美さんは医者と言っていたけれど、白衣は今着ていない。


姫子「……」


今、自分の置かれている状況は把握できた。
けれど、どうして病院にいるのかが分からない。


由美「姫子ちゃん、早くお家に電話入れてあげなさい。声を聞くの待ってるわよ」

姫子「あ……!」

由美「はい、携帯電話」

姫子「……歩いても平気ですか?」

由美「えぇ、平気なはずよ。支えるからゆっくり行きましょう」

姫子「すいません」


由美さんの手を借りて少しずつベッドから降り、少しずつ歩いた。



少し痛むところを除いては五体満足だった。

558 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/29(土) 12:07:20.75 ID:EyoMeYwAo

ピッピッピ


trrrrr


ガチャ

『もしもし』

姫子「もしもし、母さ――」

『姫子!?』

姫子「う……」

『大丈夫なの!? 大丈夫なのね!?』

姫子「連絡入ってたんだよね」

『もぉ! いきなり病院から連絡があってビックリしたんだから!』

姫子「ごめん……」

『はぁ……。お父さんが慌てちゃって』


まずい。バイクを取り上げられるかもしれない。


『病院の人が言うには奇跡的にも無傷だって言うじゃない? とりあえずは安心していたんだけど』

姫子「……うん」

『びっくりよぉ? 崖から転落したって報せを聞いたときは――』

姫子「え――?」

『どうしたの?」

姫子「……」


崖の上から落ちた――?


姫子「あ――!」

『ちょっと、大丈夫?』

姫子「ごめん母さん! ちゃんと明日の船には乗るから! 切るね!」

『ちょっとひめ――』


プツッ


姫子「燕――!」


わたしは痛みを感じる身体を無理やり動かし由美さんの所へ向かう。
559 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/29(土) 12:08:48.86 ID:EyoMeYwAo

由美「怒られたでしょ?」

姫子「由美さん、燕は……」

由美「え……?」

姫子「わたしと一緒に運ばれてきた……!」

由美「あ……うん……」


困惑の色を隠せない表情。


姫子「もしかして……」

由美「彼は今、別の病院にいるわ」

姫子「……どういうことですか」

由美「説明に困るわね……」

姫子「無事なんですよね……」

由美「…………」

姫子「由美さん……!」

由美「…………あ、ねえ! ちょっと!」

看「私……ですか?」


さっきの看護師……私服に着替えている。


由美「そう、あなた、これから医大に戻るのよね?」

看「……はい」

由美「それなら姫子ちゃんと一緒に行ってくれない?」

看「……?」

由美「附属病院に彼が運ばれてるわ」

看「……彼は…………」

由美「向かう途中で彼の置かれている状況を姫子ちゃんに伝えてくれるかしら」

看「……」

由美「私が言うと色々と問題あるでしょ?」

看「…………分かりました」

由美「恩に着るわ」

看「…………いえ」


話の内容から、燕は命を取り留めたことを知る。

だけど、不安が残るのはどうしてだろう。
560 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/29(土) 12:10:42.29 ID:EyoMeYwAo

看「それじゃ……行きましょうか」

姫子「…………はい」

由美「……」

姫子「あ……、退院になるの……かな」

由美「まだ安静ってところだけど、看護師が隣にいるから平気でしょう」

看「……」

姫子「入院費は――」

由美「姫子ちゃん」

姫子「え……?」

由美「代理の方が来て、こう言ったわ」


――治療費の他に必要な費用がありましたら、連絡いただけるようお伝えください。迷惑をおかけしました。


姫子「……」

由美「そういう相手だから――」

看「それ以上は」

由美「そうね、後はよろしく」

看「……はい」

由美「何かあったら連絡してね」

姫子「はい。お世話になりました」


後で……いや、今行っておこう。

一度荷物を取りに病室へ戻り、会計窓口へ。


姫子「すいません、昨日運ばれてきた立花姫子といいます」

「はい、少々……あ」

姫子「……」

「精算は結構ですよ」

姫子「先方の名を教えていただけますか」

「……えぇっと……すいません。少々お待ちください」


ずっと気になっていた。

燕の後ろにいる親族の行動。

561 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/29(土) 12:13:24.03 ID:EyoMeYwAo

年配の方が対応に代わった。


「連絡先は担当の森岡先生から受け取ったと思いますが?」

姫子「……」

「あの……?」

姫子「渡された名刺は、弁護士なんですけど……」

「はい」

姫子「連絡先ではなく、先方の名を」

「申し訳ありません」


名は教えられない。ということ。


姫子「入院費の金額は……」

「申し訳ありません」


二度も頭を下げられる。

徹底されていることが不気味に感じる。


看「……行きましょうか」

姫子「はい……」


私たちは病院を後にした。



10kmほど離れた場所で燕は運ばれたと聞く。

タクシーを利用して走り続ける。


看「彼は病院の跡取りらしくて、今、親族の間で色々とあるみたい」

姫子「……」

看「経営まで響いているって噂も出てきて、一部で混乱しているわ」

姫子「……。治療費の他の費用って……」

看「慰謝料。でしょうね」

姫子「……」


やっぱり。
名を出さない不気味さはこれだった。
わたしと燕の事故が表に出るのを良しとしていない。


姫子「どうして混乱を収められないのか、分かりますか」

看「さぁ……そこまでは」

姫子「……」


恐らく、燕のお兄さんが亡くなったから。
原因はこれだと思う。だから、燕の置かれている状況が危うい。

これ以上、追い込まれると……彼は……。

本当に ひとり になってしまう。
562 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/29(土) 12:18:20.73 ID:EyoMeYwAo

憶測だけで頭を固めない方がいいかもしれない。

話題を変えよう。


看「…………」

姫子「どうして、看護師さんは……あの病院に……?」


医大附属から10km離れた病院にいる理由。


看「手の空いてる実習生が私だけだった……それだけ」

姫子「……」

看「あなたは、ほぼ無傷だから……実習生でも問題なかった」

姫子「…………そう、ですか」


それ以上語る言葉は無く、わたし達を乗せた車は目的地へ走り続ける。


タクシーから降りて病院の前に立つ。


とても大きな建物。



正面入り口の自動ドアを通ると広い受付になっていた。


看「ちょっと待ってて」


看護師さんが受付へ歩いていく。。

崖から落ちた時のことは覚えていない。

それから丸一日眠っていたせいで、外は黄昏時に入っていた。

バイク一式は先方、代理の方が病院まで運んでくれていた。


なにからなにまで手回しがいい。

わたしは不信感を抱いたままだった。


看「こっち」

姫子「部屋の番号を教えてくれれば……」

看「あなたの様態をチェックしてると思っていればいいから」

姫子「……」


先導して歩いていく。

正直、心強かった。

563 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/29(土) 12:31:28.53 ID:EyoMeYwAo

面会謝絶。

取っ手にその文字が記されている。


姫子「……」


それを見て、近くにあったベンチに座る。


燕の病室の近くのベンチ。

誰もいない。


看「だいじょうぶ?」

姫子「……うん」

看「手を出して」


右手を出して、脈を計られる。


姫子「ねぇ。手術したんだよね」

看「……」

姫子「今、彼はどうなってるの?」

看「…………昏睡状態が続けば……命の保障は無い、と」


多分、これは関係者以外に話してはいけないことだ。


姫子「どうして、ここまでしてくれるの?」

看「?」


不思議そうな顔が、この人には不釣合いだった。


看「さぁ、ね」

姫子「……」


理由は教えてくれなかったけど、とても救われていた。


「おい、君がどうしてここにいるのかね」

看「……」


医者かな。

どことなく横暴な言い方が気になる。
564 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/29(土) 12:36:19.59 ID:EyoMeYwAo

医者「患者かね?」

姫子「……」

医者「私服でウロウロしていないで寮に戻りなさい」

看「……はい」

医者「……ん? 君はもしかして向こうに運ばれた――」

看「コトブキさん、病室に戻りましょうか」

姫子「え……」

看「彼女を病室まで連れてから寮に戻ります」

医者「うむ……」


腑に落ちないといった表情だったけれど、思い直してそのまま歩いていった。


看「……ふぅ」

姫子「コトブキ?」

看「…………気にしないで。それより、ここにいるのはまずいから、移動しましょう。立てる?」

姫子「うん……」


ゆっくりと立ち上がったその時、後ろから声がかかった。


「どういうことですか、北上さん?」

看「――!」

姫子「……?」


振り返ると、そこには初老の白衣を着た女性。
隣にスーツを着た男性が立っていた。


女性「名を誤魔化す理由を聞かせてもらいましょうか」

看「……」

女性「患者の名前を覚えない先生にも問題がありますね……」

姫子「……」


冷たい目がジロリとわたしを睨む。

この人が、燕の祖母……。
565 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/29(土) 12:53:30.51 ID:EyoMeYwAo

祖母「話があります。こちらへどうぞ」

姫子「……はい」

看「あの、院長……!」

祖母「なんですか?」

看「私も同席してよろしいでしょうか」

祖母「理由は?」

看「森岡先生に頼まれています」

祖母「……いいでしょう、あなたにも訊きたいことがあります」

姫子「……」

看「……」

男性「……」


わたし達四人は休憩室へ移動する。

テーブル席に座り、わたしの向かいに燕の祖母、隣に看護師さん。

最後に男性が座って表情を変えない燕の祖母が口を開く。


祖母「体調はどうです?」

姫子「…………彼が、身を挺して守ってくれたので、今のところ問題ありません」

祖母「名前を偽った理由を聞きましょう」

看「私の判断です」

祖母「内情を漏らしてはこの病院の信頼を大きく損なうことになります。あなたは明日から――」

姫子「孫の危機より、跡取り問題の方が大切ですか」


看護師さんに迷惑をかけてはいけない。
わたしの発言が重要になる。


祖母「先生」

男性「はい。これをお受け取り下さい」

姫子「?」


茶色い封筒がわたしの目の前に置かれる。

分厚いそれは嫌な印象をわたしに与えた。

その上に一枚の名刺。それは由美さんから貰ったものと同じ。


姫子「これは……?」

男性「……」


男性――弁護士の方は答えない。


祖母「手切れ金です」


視界がグニャリと歪んだ。
566 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/29(土) 12:55:29.32 ID:EyoMeYwAo

こんなモノで人と人の縁を切ろうとしている。


姫子「つばめ…………彼の様態は」


必死で声に出していた。


祖母「後は、彼の気力次第になります」

姫子「…………」


燕は生きる気力を無くしている。


姫子「…………っ」


気分が悪い。

これは事故の影響なのか、この場から逃げたい気持ちがそうさせるのか。


看「大丈夫?」

姫子「…………うん……」


相当顔色が悪いのだろう。
自分でも血の気が引いているのが分かる。


祖母「ここの病室は空いていません。費用は出しますから向こうの病院へ――」


ナニカガキレタ。


姫子「お願いですから……彼の支えになってください……」


怒鳴る気力も無く、立ち上がる気力も無く、目の前のお金を叩き返す気力も無く、
ただ、声を必死で搾り出しながら相手を責める。


姫子「死にたがっていました……呪われているって……」

祖母「…………」

姫子「支えが無いから……彼は…今……本当に危ないんです…………」


言葉の断片だけを零していく。

それでもこの人の冷たい目は動かなかった。


限界だった。


「お祖母ちゃん……!」

祖母「……どうしてあなたがここに」

「見つかったって、どうして教えてくれなかったの……!」

祖母「……」


しずかに怒りをぶつけて、休憩室から出ていった。


誰だろう。

……心配してくれる人がいると知れただけ、救われたかもしれない。
567 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/29(土) 12:57:55.46 ID:EyoMeYwAo

一枚の紙を取り出してわたしの連絡先を記す。


姫子「回復したら連絡をさせてください。お礼を言いたいので」

祖母「……分かりました」


――――帰ろう。


姫子「彼が目を覚ましたら、伝えてください」

看「えぇ……」


看護師さんに、伝言を残しておく。


「また、どこかで――。」




――あなたになら出来る。あなたにしか出来ないことがある。

――まだ姫子が知らない事がどこかで、姫子にしか出来ない事がどこかで、待っているんだ。



この言葉を支えに頑張ってきた。


だけど、わたしには何も出来ないみたい。


それに気付くと今までの疲れが一気に押し寄せてきた。


燕の病室の前で心配している女性が話しかけてきた。


「あなたが一緒にいてくれた人?」

「…………」

「ありがとう」

「……」


頭を下げられたけれど、わたしは何もしていない。


「燕を…………燕の支えになってあげてください」

「え……? あなたは……?」

「帰ります。事故の原因はわたしにあります。申し訳ありませんでした」

「え……あ…………」


深く頭を下げる。
赦されることではないと解っているけど。

だけど、そうすることしかできない。


「意識を取り戻すと、信じています」


それは疑わない。
568 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/29(土) 13:01:10.29 ID:EyoMeYwAo



悲しみしか残らない結末はいらない。


映画のBADENDが苦手だった。


希望が無いから。


ヒカリの失われた世界が寂しいから。



自分が無力であっても。


何か出来ると信じていた。




張り詰めていた線が切れてしまった。




由美さんのいる病院に戻る。



バイクの前に一人の少女がいた。


「光……?」

「あ、身体は大丈夫ですか?」

「うん……どうしてここにいるの……?」

「ダニーに教えてもらって。お別れを言いに来ました」

「……帰るんだ」

「はい。もう心残りはありませんからね」


残照で儚く見える光の姿。


「もっと旅をしていたかったけれど、怒られちゃいましたから、いきます」

「うん……元気でね」

「これ、受け取ってくれますか?」

「押し花のしおり……?」

「リンドウという花です」

「どうして?」


――旅の中で見つけた最高のものですから。


そう言って、彼女は去っていった。
569 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/29(土) 13:04:16.79 ID:EyoMeYwAo

「姫子ちゃん、身体は大丈夫?」

「……はい」

「一つ、訊いていいかしら」

「……」

「恋愛感情なの?」


由美さんに問いただされる。

わたしの中にも浮かんだ疑問。

わたしの行動基準が解らなかった。


「燕を好きだという感情は……ありません」

「そう……」


それは確かなこと。

ただ、旅仲間として一緒に楽しみたかった。

わたしは一目惚れが出来ない性格なんだと思う。


「それなら帰りなさい」

「え……?」

「迷っていたんでしょう?」

「……」


わたしのせいで燕は生死の境を彷徨っている。

それなのに、わたしは明日船に乗って帰ろうとしている。

なにが正しいのか解らない。だから、由美さんに頼るためここに来た。


「恋愛感情があれば、それは簡単に答えを出せたわ。
 だけど、男女の友情や仲間意識なら、複雑になってくる」


納沙布岬での好奇な目を思い出す。


「彼のことを忘れるなんてできないでしょ?」

「……そうですね」


あれだけの事故。

一生忘れられないだろう。命の恩人なのだから。


命を救ってくれた人がいる。そう、胸に秘めて生きるしかない。


「さようなら、由美さん」

「元気でね」

570 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/29(土) 13:05:33.14 ID:EyoMeYwAo



テントを張って寝るか、民宿か、ビジネスホテルか。


寝床を探そうとしたけれど、止めた。


バイクを走らせて、釧路港へ向かう。




………

……







日付が変わる前に到着した。


自動販売機でオレンジジュースを買って、ベンチに座る。



柑橘系の香りが心地よかった。



二日目終了

571 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) :2012/09/29(土) 13:10:16.21 ID:EyoMeYwAo

三日目



眠れない。


ベンチに横になって、海の音を聞いていた。



一人でテントを立てて、焚き火をして、おいしいご飯を食べて。
その楽しい出来事をノートに書いて過ごすはずだった。

やりたいことが山ほどあった。行きたい場所がたくさんあった。
けど、一つも実行できていない。


納沙布岬へ行って運命が変わった。


後悔はしていない……。
本当にしていない?


この自問自答が何度も繰り返されていた。

572 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/29(土) 14:00:06.22 ID:U4RYnOL9o

携帯電話を開いて時間を見る。


まだ1時。


眠くは無いけど、一つ気になることが出来た。

女が一人でここにいるってどうなんだろう。
今までそれには気付かなかった。幸い、ここを通る人がいないから、横になっているけれど……。
朝陽が昇ったらどうしよう。ここは東の空が広く見える。
太陽のヒカリが眩しすぎて眠れないだろう。

胸ポケットから貰った押し花のしおりを取り出してみる。

暗くてよく見えない。

友達のお土産を買うのを忘れていた。
あと、家族の分と、バイト先の分。

また、忙しい日々が始まるんだ。軽く憂鬱になる。

お金を貯めて次はどこへ行こう。
北陸地方がいいかもしれない。富山とか、金沢。
今から楽しみだな。


東の空にヒカリが昇り始める。

体を起こして背もたれに身を委ねる。
固い感触で座り心地は良くない。寝心地だって良くなかった。

港のターミナルにお土産屋があるはず。開店まで待ち遠しい。
開くのは10時かな……。

こういう時の為の携帯ゲーム機なのに、充電切れで役に立たない。

音楽プレイヤーももう少しで切れるから、節電していたけれどヒマでしょうがないから使うことにした。


ジャカジャカ


いつもは楽しい音が今ではわたしの心を素通りしているみたいだ。
バイクに備えてあるカバンのポケットからガムを取り出す。

モグモグ。

どうしてくしゃみが出るんだろう。
おかげで少し元気が出た。船が到着するまで持つだろう。
573 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/29(土) 14:02:34.68 ID:U4RYnOL9o

まだ4時。

時間の流れが遅すぎる。
ビールでも飲んで、気を紛らわそうかと思ったけれど、止めた。

それでもここに居るのは限界だから、近くのコンビニに寄ることにした。


店員の挨拶。

今のわたしの格好、変じゃないかな。一度化粧室に行ってみてこなくてはいけない。

ちょっと顔色が悪い……。
そういえば、晩御飯食べていなかった。

何を食べようかと考えていると、せっかく釧路に居るんだから、海鮮物を食べたいという欲が沸いた。

雑誌コーナーで色々見てみるけれど、わたしの好みに合う本は見つからなかった。
しょうがない、ファッション誌を取って時間を潰そうとした時。

気になる雑誌を見つけた。
北海道の面白い話、と書かれたタイトル。

なげる、とは?

知ってる。北海道の方言でなげるは捨てると同義語になっている。

だから本州から来た人に、これなげといて、と言ったら放り投げたという笑い話があるという。
ゴミ箱に放り投げたから、間違ってはいない。
こういう言葉のズレは面白い。地域によって言葉の意味が変わってくる。
この本はそういう類の話がたくさん載っていた。

ついつい、3分の1まで読んでしまった。
隣で知らない人が困っていたので、慌ててその場から離れ、飲み物を買ってコンビニを出た。

時間はまだ7時。
もう一度、コンビニに入ってあの本を購入した。

近くの公園で読み続けることにした。


グゥ〜


お腹が鳴ったのを聞いて、本を閉じる。

今の時間なら市場に行って勝手丼が食べられる。だけど、気分が乗らなかった。
さっきのコンビニに寄ってサンドイッチとおにぎりを買って、釧路港に向かうことにする。


本を読んでいたおかげで大分時間を消費できた。
内容はまぁまぁといった印象。

ターミナルに入って券を購入。

お土産屋で色々探してみた。
バイト先、家、友達。お菓子でいいだろう。わたしが食べたいものが反映されていたけど、気にしない。
キツネのキーホルダーも特別に買っておく。ネコ娘にあげよう。


外に出ると大きな船が到着していた。
574 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/29(土) 14:04:24.02 ID:U4RYnOL9o

手続きを済ませ、バイクを車両甲板へ移動させる。

余計なことを考えず、船に乗り込む。


部屋に着いて、携帯電話の充電を始めた。


頭がズキズキするのはどうしてだろう。気のせいかな。


ゆっくりと、意識が堕ちていく。


出航の合図も聞かずに。


……




目が覚めると船は揺れていた。

窓から外を眺めると船は海の上を進んでいた。


去り行く大地を見逃していた。


……




お風呂から出て、レストランでご飯を食べる。

味が分からなかった。


……




携帯ゲーム機で時間を潰す。


いつもならしない行動を今は取る。

ゲームの世界の住人、全員に話しかける。

お金を稼いで、経験値を貯め、身に纏う最強の装備でラスボスと戦う。

あっさり勝つ。

破滅の世界で見つけた小さな希望。

それがこの冒険の結末だった。

エンディングロールが流れ、THE ENDの文字。


今まで楽しかったけれど、ゲーム自体に飽きたのか。

ゲームも卒業かもしれない。


……


575 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/29(土) 14:06:03.30 ID:U4RYnOL9o

外は夜の暗闇。

船は揺れを増していく。

外の天候は荒れていた。


わたしは天井を見上げて、音楽を聴いていた。


……




リンドウの花言葉を検索で調べる。



……




行きより帰りの方が短く感じる。

船は到着していたけれど、動く気にはなれない。
車両甲板から出るのはわたしが最後だから余裕があった。

もう少し横になっていよう。

10分位経ったら、移動しよう。



背伸びをしたけれど、身体に異常は無い。

いつもどおりだ。

問題は無い。


バイクに跨って、船から下りる。


初夏から梅雨へ。

季節は遡っていた。
576 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/29(土) 14:19:56.02 ID:Cx3SUZqHo

ザァーーーー


雨が降っていた


今から防水の服に着替えるのも面倒に感じたのでそのまま外に出る


雨宿りするべきか、それともこのまま走るべきかそのどっちかなのに

わたしは屋根のない場所にバイクを止めて降りた


周りには誰もいない


乗客はとっくにそれぞれの目的地へ移動したのだろう


ヘルメットを脱いで雨に打たれる


今の心の中を洗い流して欲しかったから




疲れた




こんな終わり方を望んではいない


赤いタンクに付いた一線の縦傷をなぞる


わたしは――――――

577 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/29(土) 14:21:18.72 ID:Cx3SUZqHo

ザァーーーー



降りしきる雨


立っていられない


バイクに手を付いて、座り込みそうになった


「おかえり」


雨が止む


傘で雨を防いでいた


「おかえり、姫ちゃん」

「光に会ったよ」

「良かった。彼女、なんだか気になってたから」

「リンドウの……押し花を貰った」

「……そうなんだ」


花言葉を受け取った。


「燕にも……会ったよ……っ」

「うん……」

「わたしにはどうすることも……出来なかった……」

「うん…………」


ただ頷いて聞いてくれた
578 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/29(土) 14:22:17.61 ID:Cx3SUZqHo


人が幸せになる

それは支えてくれる人がいて始まる


燕にはいるのかな……


「なにもっ……なにも……!」


なにも出来なかった


「ぅ……っ……うぅ……」


涙が止まらない

風子を抱きしめていた


「ごめん、ふぅ……こ……!」

「……気にしないで」


わたしはいつもひとりじゃなかった



燕にもそんな人がいたらいいな……


居ないのは寂しい……


嫌だな……



こんな終わり方は望んでいなかった


わたしの旅は


終わった





― ―  立花姫子  ― ―

             End
579 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/29(土) 18:02:37.77 ID:AmXg8dhyo

あれから二年。


わたしの生活は安寧の日々を繰り返していた。


ドルルルルン


バイクを止めて、キーを抜いた。

ヘルメットを脱いで髪を振りほどく。


化粧室に寄り、髪型、化粧をチェック。


お守りの鈴を胸ポケットに入っているのを確認する。

未だに大事に持っていた。





待ち合わせの18時、丁度。


建物の一室……看板を確認して扉を開ける。



ドン! ドン! ドン!


クラブミュージックが流れてきた。

この曲を前に聴いたとき、いいな、と思っていた。


カウンターの中にいるマスターと、その席でお喋りをしている客に軽く会釈を交わして、
友人達のいるテーブルへ歩いていく。



「お疲れさまー」

「……おつかれ」

「仕事お疲れ様」

姫子「仕事って言ってもバイトだけどね」


エリ、いちご、和。


偶に会うメンバーが揃っている。



時間は止まることなく流れていた。

580 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/29(土) 18:10:11.79 ID:AmXg8dhyo

9月28日


エリ「今日で辞めたんだよね」

姫子「うん」

エリ「おつかれさま!」

姫子「ありがと、長かったな……」

いちご「……」

和「……」

姫子「あれ、二人はテンション低い?」

和「というより、音が五月蝿いから、話しづらいのよ」

姫子「あぁ……まぁ、しょうがないよ」

エリ「いいよね、このリズム♪」


いちごと和は喋るのも面倒といった風で、エリは楽しそうだった。


姫子「今日はこれだけ?」

和「――え?」


聞き取れなかったみたいだ。


姫子「今日はこのメンバーだけ!?」

和「後で、――と信代――が来るわ」

姫子「――え?」

和「……」


ドンドンドン!


わたし達の声を遮る重低音が防音設備の整ったダンスフロアに鳴り響く。


「はい、姫ちゃん」

姫子「ありがと、風子」


マスターと楽しそうに話をしていた客――風子がオレンジジュースを持って来てくれた。


エリ「マスターと仲良いよね」

風子「うん。マスターの話楽しいよ」


柔らかい素材で出来たソファに座って一息つく。


姫子「……ふぅ」


自然と着ける様になった香水と、アクセサリー。

着る服も変わってきた。
581 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/29(土) 18:12:39.42 ID:AmXg8dhyo

風子「ね、姫ちゃん、今度マスターと遊びに行かない?」

姫子「ん……考えとく」

風子「前も同じこと言ったのに、忘れたよね」

姫子「忘れてないよ、忙しくて連絡できなかっただけ」

風子「息抜きにって誘ったのに」

姫子「……ごめんね」

風子「だから、行こうよ」

姫子「……」


確かに、マスターは魅力があるし、風子が好きになる気持ちも分かる。

けど、……なんというか。


「姫子、アルコールはいいの?」

姫子「明日、朝から大切な用事があるので、遠慮します」

「せっかく新しいカクテルを開発したんだけどな」

風子「ごめんね、マスター」

「どうして風子が謝るのか、分からないんだけど」

エリ「あはは」

姫子「笑うととじゃないでしょ」


ドンドンドンドン!


和「……」

いちご「……」


二人はしずかに見ているだけだった。

この音に慣れていないようで居心地が悪そう。


俺「マスター! 音響設備の点検終わりました!」

「うん、ありがと」

俺「その、明日一緒に食事でもどうっすか!」

「ごめん、無理」


玉砕してしまった。

肩を落として歩いていく。
582 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/29(土) 18:17:51.09 ID:AmXg8dhyo

風子「あー……」

エリ「いいんですか?」

「帰って漫画を読んでいるほうが楽しいから、気にしないでよ」

姫子「気にしてるのは向こうの落ち込みなんだけど」

風子「マスター、今度遊びに行きませんか?」

「いいけど、そのマスターってやめてよ」

風子「瀬織さん、今度遊びに行きませんか?」

瀬織「遊びって言っても、どうせキャンプでしょ? 飽きないね」

風子「楽しいよね、キャンプ」

姫子「……まぁね」


この夏は行っていないけれど。


音が鳴り止み、しずかな空間に変わる。


俺「マスター、また来週お願いしやっす」

瀬織「うんー、おつかれー」

俺「うぅ、そっけない……」


このクラブのマスターである瀬織さんは綺麗だから人気があるけれど、本人は気付いていない。
というより、完全に興味が無いといった風だった。


和「やっと喋られるわ」

いちご「……うん」

瀬織「それじゃ、用があったら私のところまで来させてね、風子」

風子「はい、分かりました」

瀬織「それじゃ、ごゆっくり」


瀬織さんはカウンターの中へ。


姫子「……貸切?」

風子「うん。今日は休みなんだけど、気前良く貸してくれたよ」


なにか、企んでる顔だな……。
ここに呼ばれた理由をわたしは聞かされていない。


エリ「マスターとはどういう出会いだったの?」

風子「橋の下でテント張ってたの」

エリ和「「 えぇ!? 」」

いちご「……嘘っぽい」

姫子「いちごの気持ちも分かるけど、本当だから」

風子「いちごちゃん、酷いよね」

姫子「狼少年だから、しょうがないよ」


偶に嘘吐くからこうなる。
すぐにバレる嘘だから被害は無いといっていいけれど。
583 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/29(土) 18:22:12.29 ID:AmXg8dhyo

和「それで、明日の準備は出来てるの?」

姫子「うん。自信を持って受けられるよ」

和「そう、良かった」

姫子「ありがとう、和」

和「頑張ったのは姫子よ、私は応援しただけ」

姫子「応援のおかげでここまでこれた、だからありがとう」

和「……えぇ」

風子「照れてる」

和「素直になられると、ね。そこが姫子の長所だけど」

エリ「それじゃ、明日はバッチリだね」

姫子「どうかな」


ドアが開いて、わたし達のところへ近づいてくる二人の姿。

信代と春子。


信代「みんな久しぶりー」

エリ「ひさしぶり〜」

春子「今日は和も出席なんだ、珍しい」

和「いつもタイミングが悪くてね」

姫子「春子、おめでとう」


そう言って鍵を放る。


春子「おっと……?」

姫子「お祝い」

春子「マジで……?」

姫子「うん。大事に使って」


バイクの鍵。最近乗っていなかったから、譲ることにした。


風子「……」

いちご「…………いいの?」

姫子「乗っていられる時間が減ったから、丁度いいかなって」

春子「やったー、柔道がんばっててよかった!」

風子「このために頑張ってたの?」

春子「もちろん違うけどさ」

信代「で、明日の面接はどうなの? 最終は内定者案内のようなものって聞いたけど」

姫子「それは分からないけど、頑張るよ」

風子「……」

姫子「なにしてるの、風子?」

風子「ちょっと見せて」


腕のブレスレットを勝手に外された。
584 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/29(土) 18:24:06.26 ID:AmXg8dhyo

明日が最終面接。

周りと遅れる形になってしまったけれど、望んでいた会社だから一念発起で気合を入れた。

論文を出すということで、和に手伝ってもらっていた。


エリ「和さんの会社でしょ?」

姫子「うん」

信代「和、拾ったビー玉なんだけど、これで内定を取り付けてくれませんか」

風子「あと、今拾ったアクセサリーもお付けします」

姫子「返して、これわたしの腕からとったブレスレットでしょ」

和「信代、それを受け取ったら姫子の印象が悪くなるわ」

春子「まぁ、そうだよね〜」

和「今頃ビー玉なんて、小学生じゃないのよ?」

春子「そっちかぁ……」


〜♪

着信メロディが流れる。


この着信音は……。

ディスプレイに懐かしい名前が表示されている。


姫子「席外すね……風子、冬から」

風子「え! 代わって」

姫子「まだわたしが出てないでしょ」


小走りに外に出て通話ボタンを押す。


『もしもし』

姫子「もしもし、久しぶり」

『はい、お久しぶりです』


前に会ったときより落ち着いた声。


姫子「どうしたの?」

『わたしじゃないんです、用事があるのは』

姫子「?」


じゃあ、夏?


『姫ちゃんさん、人と人が出会うって奇跡だと思いますよ』

姫子「???」

『はい、どうぞ』

『う、うん……』


誰かに代わろうとしている。
男性の声だけど……駄目だ、予想がつかない。
585 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/29(土) 18:28:46.83 ID:AmXg8dhyo

『もしもし』

姫子「も、もしもし」

『あれから、身体の異変は無かった?』

姫子「ど、どれから?」

『名前を言ってください』

『あ、あぁ……えっと、俺の名前は――』

姫子「……つば……め?」


やけに落ち着いているわたし。


『あ――うん』

姫子「……」


回復するって信じていた。


姫子「どうして冬と一緒なの?」

『旭川の病院に通院してるから、鉢合わせしたんだ』


声が落ち着いている気がする。


姫子「……そう」

『言っておきたいことがあったから、彼女にお願いしたんだ』

姫子「?」

『キミに、伝えたいことがあったから』

姫子「……」

『崖から落ちたあの日、俺は白い死神に会った』

姫子「――!」


風子から聞いた死神と同じだと直感的に悟った。


『そこで、兄と会って話をしたんだ』

姫子「……」

『とても……怒られた。周りを傷つけたこと、キミに生死の狭間に落としたこと』

姫子「……うん」


それは当然だ。わたしもあの時、腹を立てていたんだから。



でも、良かった。
586 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/29(土) 18:32:24.12 ID:AmXg8dhyo

『俺の分まで生きろって言ってくれた』

姫子「…………うん」

『意識を戻して、目を覚ましたら、義姉さんがいて、婆ちゃんがいた』

姫子「……」

『義姉さんからキミのことを聞いた』

姫子「あ……」

『?』

姫子「どうして今まで連絡をしなかった……?」


怒気を帯びた声になる。


『ごめん、なんというか。これ以上、俺に関わらないほうがいいと思っていたんだ』


世話になった看護師、北上さんから連絡は受けていたけれど、あまりにも身勝手で怒りが沸いた。


『それを彼女にも同じように説明したら、怒られた』


代わりに怒ってくれたんだ、冬……。


『少し、一人語りになるけどいいかな』

姫子「……うん」


燕を支えてくれる人ができたのだろうか。



『キミがツバメのヒナを拾ってから、俺の運命は変わった』


――あの時まで自分の命を呪っていたんだ。

人を死なせてしまう運命の中にいるようで、苦しかった。

だけど、ヒナがキミと、キミ達に出会わせてくれた。

ヒナを通して、旅の中で出会った人たちもいる。

小さな出会いだけど、

いつもひとりじゃなかった――


『気付けないほど小さな幸運だけど、それを見つけることが出来た』


姫子「……っ」


『ありがとう、姫子』


姫子「――ッ!」


一滴、わたしの頬を伝う。
587 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/29(土) 18:36:34.60 ID:AmXg8dhyo

良かった。

ひとりじゃなかったんだ。


『キミは恩人だ』

姫子「……すぅ……はぁ」


深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。


『それじゃ、これで』

姫子「あ……訊きたいことがある」

『なに?』

姫子「燕のお祖母さんとはどうなの?」

『……あ、えっと……』


まだ確執が……。


『俺が獣医になるのを認めてくれた』


良かった。あれ……今の間はなんだろう。


『昔住んでいたとこの隣人が、亡くなった父と同業者なんだけど、その娘が獣医でさ――』


なんの話?


『その獣医の先生とこでバイトとして働かせてもらってるんだ』


あぁ、繋がった。


姫子「病院の跡取りは……?」


『婆ちゃんの跡取りは、俺じゃなくその……隣の家がエリート家族で、息子、ソイツが候補になってる。
 昔は嫌な奴だったんだけど、彼女が出来て性格が変わった』


饒舌だな……。こんなに喋る人だったんだ。


『その彼女がキミと面識のある看護師さんなんだ』

姫子「へぇ……驚いた」

『うん、俺も驚いた』


世間は狭いんだと実感した。


『それと、最後にもう二つ』

姫子「?」

『死神の周りを一羽のツバメが飛んでいた。黒猫が言うには、恩返しをしたって』

姫子「……」


黒猫……。
588 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/29(土) 18:38:28.26 ID:AmXg8dhyo

姫子「あのヒナは空を飛べたんだ……」

『うん。メルヘンチックだけど……。それと、俺の名前は、ツバメじゃないよ』

姫子「――は?」


突然のことに間の抜けた声が出た。


『本当の名は――』

姫子「え、燕って自己紹介――したっけ?」

『いや、してない。あの時は――』


え――?

わたしはずっと間違えた名前を呼び続けていたんだ……。

なに、これ。とっても恥ずかしい……。


風子「顔赤いけど、告白でもされたの?」


確か、和琴の温泉で――


「あの人、燕って名なの?」

「あ、えっと――」

「そうだよ」



――そうだよ。


って言ったのは風子。


二年越しに人の名前を間違えてると気付くなんて……!


風子「話を盗み聞きしていたけど、ツバメさんでしょ?」

『もしもし……?』



なんだろう、この二人に凄く腹が立ってくる。



姫子「風子っ!」


ビシッ


風子「いたっ!?」

姫子「燕の名前ツバメじゃないって知ってたでしょ!?」

風子「知ってたけど……どうしてチョップ?」

姫子「あ……確かに」


これはただの逆恨みだ。
589 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/29(土) 18:44:26.88 ID:AmXg8dhyo

風子「もうあだ名みたいなものだったから……実名も知らなかったし……」

姫子「で、でも……!」

風子「叩いた罰として、ツバメさんにも同じことしてきて」

姫子「――は?」


つまりチョップをしてこいと……言ってるの?


風子「まだ、ただいま、って聞いてないよ」

姫子「え……?」

風子「姫ちゃんの一人旅、まだ終わってないでしょ?」

姫子「…………」

風子「なんて……ね」


終わったつもりでいた。

あの三日間の出来事は、わたしを潰そうとした。

潰れなかったのは、支えてくれた人たちがいたから。
折れそうな心を支えてくれた友人達がいたから。

みんなに恩を返すつもりで頑張った。


姫子「わたしは……どうすればいい?」


代わりにわたしが北海道へ行けば、旅の続きを始めれば、今まで頑張ってきた時間を潰すことになる。

和には忙しい時間の合間に論文を見てもらった。

いちごにも手伝ってもらった。

信代にも春子にも、エリにも……。


風子「選んだ方を信じて。私もそうしてきたから」

姫子「……分かった」


『……』

姫子「もしもし?」

『ふふ、待ってますね。もう一度代わります』

姫子「冬?」

『…………どうしたの?』

姫子「色々と、許せないことがあるから」

『……うん。キミには酷いことをたくさんした』

姫子「叩きに行っていい?」

『……え?』

姫子「……」

『……あぁ。罰は受ける。罪は償う』

姫子「……じゃ」


プツッ

590 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/29(土) 18:48:40.05 ID:AmXg8dhyo

姫子「……」


季節は秋。


北海道の道を走るには厳しいかもしれない。


だけど、あの終わり方は自分でも納得がいかないものだった。



風子「それじゃ、姫ちゃんの相棒の鍵を返してもらいにいこうか」

姫子「あ――」


忘れてた。


あげたものを返せって、恥ずかしいな……。


風子「あげたものを返して欲しい」

春子「ん?」

姫子「ちょ……! 風子!」

風子「そういうことだよね」

姫子「言い方ってあるでしょ!」

和「なにかあった?」

姫子「え?」

いちご「……姫らしくなった」

姫子「……?」

エリ「最近、というか、北海道から帰ってきてからの姫子は、魂を取られたようで、
   なんだか物足りないなぁって気持ちでした」

信代「私もそう思ってた」

姫子「……」


そんな風に見られていたんだ。
全然気がつかなかった。
591 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/29(土) 18:50:55.82 ID:AmXg8dhyo

春子「そういうことなら、はい。返す」

姫子「……ごめん」

春子「いいって、バイクより姫子の方が大事。……って風子が言ってた」

風子「言いました」

エリ「風子さん、バイク持ってないでしょ〜」

和「苦しいわね、春子」

春子「恥ずかしい……」

いちご「……バイクに乗って、どこへ?」

姫子「…………忘れ物を取ってくる」

和「そう、気をつけてね」

姫子「和、いちご、ごめん」

いちご「……わたしより、和に」

和「私よりいちごに……ってことは気にしていないということね」

いちご「……うん」

姫子「明日、電話で辞退の連絡するから」

和「えぇ、それだけは忘れないでね」

姫子「うん。必ず。……みんな、ありがとう」

春子「え、今から!?」

姫子「早く行かないと雪が降るから、それに、時間が経つと許してしまいそうだから」

信代「よくわからないけど、まぁ、気をつけて」

エリ「安全運転だよ〜?」

姫子「うん! 帰ってきてから話すから!」


気持ちが走って、足を動かしてしまう。




家に帰って、荷物を積めて、テント……?

押し花のしおりも持っていこう。

色々考えながらバイクに跨り、ヘルメットを……と、その前に。
592 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/29(土) 18:52:25.47 ID:AmXg8dhyo


姫子「風子」


風子「うん」




拳を軽くつき合わせる。一緒に見た映画のワンシーンを再現していた。




姫子風子「「 グッド・ラック 」」







593 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/29(土) 18:59:02.94 ID:AmXg8dhyo

終わりました。読んでくれた方、ありがとうございました。


ツバメのモデルは以下三人。
どちらも不幸体質ですが、支えがあって強いです。

相馬轍 (風雨来記)
倉上進矢 (コンチェルトノート)
五日市圭治 (とっぱら〜ざしきわらしのはなし〜)


色々とアレでしたが、読んでくだされば幸いです。

なんというか、もっと精進します。
594 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/09/29(土) 23:17:19.23 ID:WvldUo9yo
5ヶ月半、完走してくれてありがとう。
自分もかつてはけいおんモブというか風子ののSSを投稿してたが、良い物を読ませてもらった。
今後も研鑽練磨ください。

グッド・ラック。
595 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/30(日) 13:22:17.94 ID:WmJAPMKKo

読んでくれてありがとうございます。報われました!


おまけを投下します。

その前に、



≪一目で分かる! ヴェガシリーズ一覧表!≫


【分岐】=紬の声を失う回避


八月 ――       紬「超特急ヴェガ?」    ―【分岐】→     夏目「超特急ヴェガ?」紬「超特急ヴェガです」

                                               

八月下旬 ――                                 奏「極上生徒会です」紬「軽音部です」



九月 ――   紬「いつかみた、あの大好きな、空の下で」  



二年後 ――                                    姫子「グッド・ラック」



五年後・9月28日 ――                 beginning



五年後・大晦日 ――  紬「ウィンタージャーニー」                 ―
596 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/30(日) 13:23:53.86 ID:WmJAPMKKo


紬「超特急ヴェガ?」 (ものすごく長いです)
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1301931951/

紬「いつかみた、あの大好きな、空の下で」 (場面構成が滅茶苦茶で読むのがキツイです)
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1314870947/

紬「ウィンタージャーニー」 (いつかみた〜を知っていないとワケワカランです)
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1322729683/


【分岐】


夏目「超特急ヴェガ?」紬「超特急ヴェガです」 (色んな作品のクロスで大変です)
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1322674018/

奏「極上生徒会です」紬「軽音部です」 (極上生徒会を知らないとキツイです 主人公:律)
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1341449513/

姫子「グッド・ラック」



【瀬織】

男「……」影女「あけましておめでとうございます」 (とっぱら〜ざしきわらしのはなし〜)
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1325359507/


由美さんに言わせなければいけない台詞を書き忘れていたので、強引に瀬織を登場させました。(ごり押し宣伝)



【参考にした曲のアーティスト】

Sarah Brightman & Andrea Bocelli
The Band Apart、bump of chicken、松たか子、元ちとせ、山下達郎、
折笠富美子、ケツメイシ、ROSSO、小田和正、平原綾香、東京エスムジカ
Schroeder-Headz、dreams come true、LOST IN TIME


ここまでが本編。

ここからがおまけのヴェガシリーズ完結編です!>>26ありがとう、の画像を参考にどうぞ!

完全に自己満足の世界です。気にしない!!!!(ヤケクソ)

597 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/30(日) 13:26:16.43 ID:WmJAPMKKo

― ― biginning ― ―


ドアを開いて、みんなの居る場所へ戻る。



風子「見送ってきたよ」

エリ「わすれもの、かぁ……なんだか、かっこいいね」

信代「残念だったね、春子」

春子「あのバイクは姫子の大切な相棒ってことで、諦めるよ」


そう言って爽やかに笑う表情に、名残惜しさは微塵も感じなかった。


いちご「……」

風子「……」


いちごちゃんが少しだけ嬉しそうなのは気のせいかな?


和「どうしたの、風子」

風子「え?」

和「いちごの顔を見ながら口元が緩んでたわ」

いちご「……え」

風子「えっと……」


みんなの視線が集まる。誤魔化すのは大変だろうから、直接言ってみよう。


風子「姫ちゃんが北海道に行くことがそんなに嬉しいのかなぁ〜って」

いちご「……!」


顔色が変わった。図星のようです。


信代「姫子もわざわざ、今まで頑張って来たことを棒に振らなくてもいいのにねぇ〜」

エリ「そうだよねぇ〜」

春子「うんうん〜」

いちご「ちょっと……な、なに?」

和「そういうことね」

風子「茨の道を選んだ姫ちゃんに敬慕を、ね」

いちご「ち……ちが……違う」

風子「私も尊敬するよ。すぐ決断しちゃったから」


すぐに旅の続きを決断した、立花姫子。
彼女が友達だということが誇りに思える。


いちご「だ、だから、違うって……」

エリ「触れてはいけないことだったら、答えなくてもいいんだけど」

風子「?」

エリ「わすれもの、って……なにかな」
598 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/30(日) 13:28:12.23 ID:WmJAPMKKo

エリさんが真剣な表情で問いかける。


和「……」

信代「わすれもの、ね……」

春子「余程のモノだよね……」

いちご「……」

エリ「……」

風子「……それは」


みんな、今日まで姫ちゃんを心配してきた。

北海道から帰ってきてからの落ち込みようは尋常じゃなかった。

私たちは隣にいることしかできなくて。

ここにいるみんなも、それには触れないでいてくれた。

あの時の姫ちゃんを知っているのは私だけ。

北海道に住む三人にはそれとなく伝えているけれど、核心に迫ることは伝えていない。



あの闇の深さは姫ちゃんと私しか知らない。



風子「とても、言いづらいんだけどね」

和「……」

エリ「そ、それだったらべつに……」

いちご「……うん」

春子「まぁ、風子が良いことだと思っているなら、それでいいか」

信代「そうだね」

風子「……」


でも、私は言うからね、姫ちゃん。


和「……どうしたのよ」

風子「ふふ、……ヒントはね〜、ブーケだよ」

エリ信代春子「「「 ブーケ? 」」」


そう。結婚式で渡されるブーケ。

私の予知は当たるよ、姫ちゃん。
599 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/30(日) 13:30:12.83 ID:WmJAPMKKo

夏香「あの時のブーケの話?」

風子「なっちゃん……」


背後から話しかけてきた幼馴染。


夏香「英子連れてきたよ」

英子「みんな、こんばんは」

信代「こんばんは、新婚さんに夏香」

夏香「うーん……、幸せの後に呼ばれると変な感じ」

エリ「久しぶり〜」

和「結婚式以来ね」

英子「うん、久しぶり」

春子「3ヶ月か、長かったような短かったような」


英子ちゃんと夏香ちゃんは小さい頃からの付き合い。

あの、守れなかった約束を交わした二人。

今でも一緒にいられるのが嬉しい。


英子ちゃんの苗字が変わったのは3ヶ月前の、ジューンブライド。


和「どうだった、ハネムーンは?」

英子「よかったよ」

エリ「まぶしっ!」

信代「神々しい!」

春子「幸せオーラ出てる!」

風子「あはは」


ここにいる私たちが参加したのは、英子ちゃんの結婚式。

英子ちゃんの花嫁姿は綺麗だった。

嬉しくて、嬉しくて、少しだけ泣いてしまった。
600 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/30(日) 13:31:55.02 ID:WmJAPMKKo

夏香「あんまり来てないんだね」

和「というより、まだ予定時間の30分前だから。まだ来てないのが正しいのよ」

夏香「え? だって、風子が……」

風子「凱旋門どうだった?」

英子「凱旋門だったよ」

夏香「ふぅにまた騙された!?」

信代「あたしらも騙された口だから……」

いちご「うん……」

春子「意味があるのかね、この時間って」

風子「30分も1時間も変わらないよ」

夏香「ふぅと私じゃ時間感覚違うから!」

英子「まぁまぁ」

夏香「まったく……騙されたことが悔しいんじゃなくてさぁ」

風子「たくさんおしゃべりできるよ」

夏香「うるさいっ」


小さい頃によくやったやりとり。
私がなっちゃんをおちょくって、英子ちゃんがそれをなだめる。


瀬織「はい、オレンジ二つ」

風子「ありがとうございます」

夏香「……もしかして、そのオレンジって」

風子「英子ちゃんとなっちゃんの分だよ。どうぞ」

夏香「勝手に決めないでくれる?」

風子「英子ちゃんはお酒呑めないでしょ。なっちゃん運転手だから、オレンジかなって」

夏香「なぜオレンジ、一択なの……」

エリ「大変だね……」

夏香「……全然変わらないから、慣れてるけどね」

信代「凄いね、夏香……」

風子「ノートルダムはどうだった?」

英子「そうそう、パリでね……」


デジタルカメラを取り出して操作をしている。
パリの写真を見せてくれるのかな。


英子「ほら、見て」

風子「あ――」


凱旋門を背景に、英子ちゃんと、懐かしい顔と、見知らぬ二人と――



バタンッ



「  たのもぉー!! 」
601 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/30(日) 13:33:36.38 ID:WmJAPMKKo

ドアが勢いよく開かれた。


マスターである瀬織さんが何事かと驚いている。


噂をすれば、影。



風子「みんな、ノーリアクションね」

エリ「ど、どうして?」

和「簡単に許してはいけない、ってことね」

信代「そうだね、そうしよう」

春子「今まで連絡よこさなかったアイツが悪い」

英子「ふふっ」

風子「英子ちゃんは隠れてて」

英子「うん」

夏香「……なるほど」



「あ、あれー?」


困惑気味の彼女に、私たちは懐かしさを抑えつつ、初対面であるかのような反応をする。



風子「えっと……?」


「わたしだよん!」


和「どちら様ですか……?」


「だからー! わたしだよん!」


信代「わたしだよ、と言われても……」


「え……」


春子「……いや、誰?」


「……」


エリ「……ッ……ブフッ」




エリちゃん、耐えて!



「し、失礼しました……」



バタン

602 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/30(日) 13:34:42.30 ID:WmJAPMKKo

英子「あれ……?」

春子「やりすぎたかな」

信代「悪乗りが過ぎたね」

和「いいのよ」

夏香「和は容赦無いね」

瀬織「ちょっと、なんなのあの子は」

風子「同級生です。様子見てくるね」

いちご「うん」



笑って近づいてくると思っていたんだけどな。


ドアをこっそり開いてみる。


その彼女は黒猫と対話をしていた。


風子「……?」


「おい、出てくる次元を間違えたんじゃねえのか」

黒猫「ニャー」

「じゃあどうして、私の顔を知らないんだよ」

黒猫「ニャー」

「いや、だってさ、そうとしか考えられないじゃんか」

黒猫「ニャ」

「んー?」

黒猫「ニャ、ニャ」

「そうか。……そうだよなぁ」

黒猫「ニャー」

「……とにかく、間違えたわけじゃないよな?」

黒猫「ニャ」

「わたしが桜が丘高校に通っていない、という次元に出たわけじゃ――」

風子「りっちゃん、猫語が分かるの?」

律「うわぁあ!?」

風子「猫と会話していたよね?」

律「な、なんだよ! 私が誰か分かるのかよ!」

風子「うん」

律「じゃあ挨拶くらい――」

潮「久しぶり〜風子〜!」

風子「あ、潮ちゃん! 久しぶり!」

潮「結婚式以来だね……って! 律!?」

律「……うん」
603 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/30(日) 13:35:43.48 ID:WmJAPMKKo

潮「うわ! レアな人がいるよ、慶子!」

慶子「……あ! 本当だ!」

律「よ、よぉ……。久しぶりぃ……」

慶子「わ〜……。すごーい……」

潮「うわ……律だぁ……」


三年生の時同じクラスだった潮ちゃんと慶子ちゃん。

珍獣を発見したようなリアクション。


律「な、なんだよ」

潮「喋ったよ!」

慶子「バカにしすぎだから」

潮「あはは」


私はドアを開いて中へ促す。


風子「マスターに飲み物頼んでね。お酒もあるよ」

慶子「うん。分かった」

潮「風子が幹事なんでしょ?」

風子「そうです」

慶子「お疲れ様。今日は楽しもうね!」

風子「うん!」

律「……」


中へ入っていったのを確認してドアを閉める。


律「いや、私も中に入れろよ……」

風子「ペットの持ち込みは法律で禁止されてるよ」

律「此処、国営なのか……?」

黒猫「ニャ」

律「だから、おまえは帰れっての!」

黒猫「ニャー!」


ケンカしてるみたい。

それは意思の疎通が出来ているという証拠。


アカネ「律さんだ」

三花「あ! ホントだ!」

まき「わぁ……」

とし美「…………本物だ……」

律「え、えっと……その……」

風子「エリちゃん、先に来てるよ」

アカネ「うん。ありがとう」
604 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/30(日) 13:37:58.24 ID:WmJAPMKKo

三花「りっちゃん! 世界周ってたって話、後で聞かせて!」

律「お、おう……」

まき「わ、私も聞きたい」

律「え、ええぞ……」

とし美「それじゃ、後でね〜」

風子「マスターに飲み物注文してね」

アカネ「うん」


そして、ドアを閉めます。


律「だからな、私を中に入れろと言っている」

風子「断ると言ったよ」

律「今初めて聞いたよ!」

黒猫「ゴロゴロゴロ」

ちか「可愛い〜!」

美冬「風子さんの飼い猫?」

風子「ううん、りっちゃんの猫だよ」

ちか「可愛いね君〜!」

黒猫「ゴロゴロゴロ」

律「隙だらけだな」

黒猫「!」


サッ と、後ろへ跳ねてちかさんの手から逃れた。


ちか「あ、おいで〜」

黒猫「ニャッ」

美冬「どうしたの、あの仔」

律「硬派気取ってんだよ」

風子「アキヨさん、マスターに注文してくれればいいからね」

アキヨ「うん」

律「挨拶くらいするべきだろ!?」

アキヨ「久しぶり」

律「いえーい、アキヨ、久しぶりー!」


りっちゃんの笑顔を見ることなく歩いていった。


律「くっ……」

ちか「これが律さんかぁ」

美冬「実物でみたの初めてだね」

律「五年前にほぼ毎日見てただろ……。痛いぞ、ちか」

ちか「えへへ、ごめんね」


本物を確かめるかのようにバシバシと叩かれていた。
605 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/30(日) 13:39:09.73 ID:WmJAPMKKo

律「ほら、入ろうぜ」

ちか「ねぇ、どこを歩いたの?」

律「聖地巡礼だから、秘境とかじゃないぜ?」

美冬「タージマハールとか?」

律「……そっちじゃないけどな。シヴァ寺院っていう有名な場所に行ったんだ」


話をしながら中に入ろうとしている。

それを阻止する。


風子「国際法に触れるので、ペットの立ち入りは困ります」

律「そうか。分かった」

美冬「あれ?」

ちか「入らないの?」

律「風子が入れてくれないんだよ。後でなー」

ちか「うん、後でね」

美冬「聞かせてね」


静かにドアを閉めます。


律「……」

風子「……」

黒猫「……」


膠着状態が続く。


律「ほら、帰ってろよー」

黒猫「ニャ〜」


拒否するかのような間延びした鳴き声。


「こんなところで、何をしてるんですか?」

風子「黒猫を連れてきたのりっちゃんが」

「律さんが?」

律「ん? おぉ! 梓!」

梓「……」

律「……?」

梓「……変わりませんね、律さんは」


軽く鼻で笑うかのような表情の梓ちゃん。

それだけで、嬉しさをひた隠しにしていることは、5年の付き合いで分かる。
606 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/30(日) 13:40:20.09 ID:WmJAPMKKo

律「鼻で笑ったな!」

梓「いたっ! 痛いですよ!」

律「私の怖さを忘れているようだからなー! 思い出させてやる!」

梓「痛いですってー!」

風子「……」


頭をグリグリとされて、はしゃぎ気味の梓ちゃん。
私たちと一緒にいるときはしない笑顔。

私たちの方がりっちゃんより付き合っている年月が長いのに。
少し、妬けたりする。


律「髪を下ろしただけで大人ぶるなよ!」

梓「……そうですね」

律「大人の落ち着きか!?」

梓「ちがいますよ!」


サッ

後ろへ跳ねてりっちゃんの手から逃れた梓ちゃん。

足元には黒猫がいた。



黒猫「ニャー」

梓律「「 え……? 」」

風子「?」


黒猫の一鳴きに、二人は身動きしなくなった。

よく分からないから口を挟まない方がいいのかもしれない。
少し、眺めていよう。


風子「……」

律「梓、コイツを知ってんのか……?」

梓「……ゴウト……ですよね」

律「な――!?」


ゴウト?


律「なんで名前を知ってんだよ!」

梓「……そ、それは」

ゴウト「ニャー」

梓「あ、あれ? 違うんですか」

律「……はぁ?」

ゴウト「ニャー」

梓「じゃあ、別人……いえ、別猫?」

律「おい、どうして聞こえるんだよ」

梓「!」
607 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/30(日) 13:41:31.92 ID:WmJAPMKKo

りっちゃんの声のトーンが下がり、梓ちゃんが萎縮する。


律「今、ゴウトは、襲名した、と言ったんだ」

梓「!!!」

律「ゴウトの言葉が、聞こえる、のか?」

梓「そ、それは……!」


梓ちゃんの顔に動揺が広がっていく。


律「ちゃんと答えろ、梓」

梓「っ!」

ゴウト「ニャー」

律「お前は黙ってろ。事と次第によっちゃ、許さないからな」

ゴウト「……」


鋭い目つきでゴウトと名の付く黒猫を睨みつける。
やっぱり、会話ができるんだ。

知床で出会った蝙蝠の羽を持つ黒猫を思い出す。


律「どうなんだよ、梓」

梓「……5年前の夏、ヴェガに乗った時のことです」

律「……」

梓「律さん、夏目を覚えていますか?」

律「あぁ。あの夏に出会った人たちは忘れられないからな」

梓「その夏目と関係しているんですけど。
  ヴェガが運行した、大阪から、広島までの間の記憶ってありますか?」

律「あぁ、当たり前だろ。……広島でお好み焼きを食べて」

梓「どうして最終駅まで乗ったのか、理由をちゃんと言えますか?」

律「それは……」


未知子「あ、律さんと梓ちゃんだ」

多恵「ほんとだ……、って真剣な顔してるよ」

文恵「……」

風子「あ……いらっしゃい」

未知子「どうしたの、あの二人」


私に気付いて話しかけてくる。


風子「真面目な話。さ、入って」

多恵「……入り口で?」

文恵「……変なの」

風子「うん、変なの、あの二人。注文はマスターに言ってね」

未知子「うん」


そして、ドアをそっと閉める。
608 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/30(日) 13:42:48.67 ID:WmJAPMKKo

律「それで催眠術か……」

梓「そうです。記憶を消したわけじゃないですから、何かの拍子に思い出すかもしれません」

律「……」

梓「その前兆を見抜いたのが、えっと……名前が出てこない」

律「ライドウ、だな」

梓「そ、そうです。京都でそこのゴウトと似た、黒猫も一緒に会いました」


話が飛んでて分からない。


律「……なるほどな」

梓「常識の上書きで、聞こえるようになった……という説明を受けました。
  だから、ゴウトの声は私にも聞こえます」

律「……」

梓「……逆に聞いていいですか?」

律「ん? うん」

梓「どうして、ライドウの名を知ってて、律さんもゴウトの言葉が、聞こえる、んですか?」

律「私がライドウの名を代理で継いでいるからだよ」

梓「え!?」


あ、澪ちゃんだ。


澪「……!?」


りっちゃんを見て驚いてる。


澪「……!」


一瞬だけ、りっちゃんを睨んで、


澪「……」


私に軽く手を振って中へ入っていった。

二人はそれに気付いた様子はないね。


律「今は奏が理事をしている宮神学園なんだけど、そこに行った時のこと覚えてるか?」

梓「はい」

律「その時に、二度も助けられたんだよ」

梓「……あ、その時にも黒猫の話を聞きましたね」

律「うん。梓たちが異次元に神隠しに遭った時と、旅館で操られた時の二度助けられた」

梓「……」

ゴウト「……」


二人を挟むように、ゴウトちゃんは座っている。

私がここに居ることを忘れているよね。
609 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/30(日) 13:43:30.36 ID:WmJAPMKKo

律「その借りを返すために……な」

梓「そうですか……」

ゴウト「ニャー」

律「いや、でもな」

梓「向こうの世界ってなんですか?」

律「知らなくていい世界だ」

梓「教えてください……!」

律「余計なことを言うなよ、ゴウト」

ゴウト「ニャー」



あ……。

掌を大きく振りかざす人影がりっちゃんの背後に。


「ハイタイアタック!」

律「うおっ!?」


スカッ


「避けたね、りっちゃん!?」

律「あっぶね! 久しぶりの再会で何すんだよ!」

風子「唯さん……」

唯「連絡をよこさない友達に愛の制裁を――あっずにゃん!」

梓「あぶないっ」


サッ

両手を広げて駆け寄った唯さんを、身の軽さを活かして梓ちゃんは避けた。


唯「うぉぉお!?」

梓「そういうのは卒業してください」

唯「永遠に新入生だよ!」

梓「意味が分かりません」

律「はは、相変わらずだな……」


これで4人揃った。

あとは一人。
610 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/30(日) 13:44:19.75 ID:WmJAPMKKo

唯「風ちゃん、久しぶりだね〜」

風子「うん。唯さんも元気そうだね」

和「風子?」

風子「……あ」


ドアを開いて顔を覗かせる和さん。


和「何をして――唯」

唯「和ちゃ〜ん!」

和「久しぶりね、元気にしてた?」

唯「すっごい元気だよ〜!」

和「幼稚園の仕事はどう?」

唯「うへへ、楽しいよ〜」

和「そう……」


まるで母親のような雰囲気で唯さんを包んでいる。


律「……幼稚園って?」

梓「唯さんの職場ですよ」

律「えー! 唯が!?」

唯「りっちゃんには教えてないもんね〜」

風子「……」

和「ここで立ち話もなんだから、入って」

唯「はいよ〜、あずにゃんも風ちゃんも入ろうよ」

梓「私は少し話がありますので……」

風子「……うん」

律「いや〜、久しぶりだな和」

梓「待ってください、まだ話は終わってません」

律「ちっ」

和「律はあとで話があるわ」

律「なんか怖い」

唯「わぁ〜! みんな揃ってるね!」

和「それじゃ、案内よろしくね」

風子「うん」


ドアが閉まる。


律「どうして聞きたいんだよ」

梓「それは……」
611 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/30(日) 13:45:22.28 ID:WmJAPMKKo

圭子「こんな所でどうしたの?」

しずか「……?」

春菜「久しぶりだね」

風子「うん。さ、入って」

圭子「そっちの二人はいいの?」

風子「いいの」

しずか「???」

春菜「ん〜?」

風子「大事な話をしてるから、ね」

春菜「分かった……。それじゃ後でね」

風子「マスターに――あ」


言い切らない内にドアが閉まった。


律「分かった。けど、風子もいるからあっちで話そうぜ」

風子「仲間外れ?」

律「いや、不可解な話だからさ、梓でも理解できるかどうか」

風子「大丈夫」

律「その根拠はどこからきてんだよ……」

梓「えっと、風子さんは死神に会ったそうです」

風子「うん」

律「……え」


引いてるね。

だけど、あれは本当にあった出来事。

おかげで私はお祖母ちゃんにお別れをすることが出来た。


律「……」

風子「……?」


私の目をじっと見つめるりっちゃんに、少し戸惑う。

変なことを言って騙そうとしている、と思われているのかな。

612 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/30(日) 13:46:10.25 ID:WmJAPMKKo

律「分かった。けど、私の話を全て鵜呑みにしないでくれ」

ゴウト「ニャー」

梓「……分かりました」

風子「……」

律「実はな……」

風子「あ、ちょっと待って」

律「?」


こっちに向かって歩いてくる4人の姿を見つけた。


律「おー、つかさに愛ちゃんに俊美に……みど、じゃない」

風子「みど……?」

律「えっと……」

ますみ「私の名前を忘れてる」

律「ち、違うんだぜ?」

梓「矢田ますみさんです」

律「そうそう、ますみな」

つかさ愛俊美「「「 ひどい 」」」

律「緑と似た雰囲気だからさ、度忘れしちった、てへ☆」


ウィンクをして誤魔化そうとしている。


梓「た、確かに……似てるかも……」

ますみ「緑って、誰……?」

俊美「さぁ?」

律「アハハ」


笑って誤魔化そうとしている。


ますみ「梓ちゃん、緑って誰?」

梓「えっと……友達……です」

ますみ「ふぅん……」

風子「中へどうぞ」

つかさ「風子さんは入らないの?」

風子「うん、案内してるから。マスターに注文してね」

愛「う、うん。分かった」

律「すいませんでしたぁー」

ますみ「……別にいいけど」

俊美「わー、結構集まってるねー」

風子「……」


中を覗いてみるとみんな思い思いに楽しんでいる。

幹事として、この光景はとても嬉しい。
613 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/30(日) 13:47:33.42 ID:WmJAPMKKo

律「ますみ達と違和感なく喋ってるよな、どうしてだ?」

梓「……クラス会に時々参加させてもらっているので」

律「へぇ……」

風子「私が強引に連れて行っているんだけどね」

律「それでも付いて行ってるんだろ?」

梓「はい……」

律「なんか、すげぇ……」

一子「私もお邪魔するねー」

曜子「あ、澪さんが居た」

風子「あの人がマスターだからね」

一子曜子「「 分かったー 」」

風子「……あと5人かな」


それで元3年2組の全員が揃う。

次々と元クラスメイトたちが集まってきていた。

忙しい時間に予定を合わせてくれたことがとても嬉しい。


キミ子「久しぶりだね」

律「おーキミ子! 元気してたか?」

キミ子「うん。律さんも元気そうでなにより」

響子「卒業式以来だよね」

律「そうだな。けいおん部の連中とも同じくらい会ってないからな」

響子「そうなんだ。みんなと会うことが出来て良かったよ」

律「あぁ、今日はいい同窓会だぜ〜」


あと三人。


梓「探偵……。律さんに務まるの?」

ゴウト「ニャ」

律「探偵を生業にしているってだけで、本業はそれじゃないぜ」

梓「……そうなんですか」

律「話を始めるぜ……?」

風子「?」


私を横目でみている。話すことを迷っているみたい。


風子「私が理解できそうに無かったら、空想話として片付けるから、気にしないで」

律「それはそれで、アレなんだが……まぁいいや」

梓「あ!」

風子「あ……!」

律「ん?」


りっちゃんの背後に忍び寄る一つの影。
614 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) :2012/09/30(日) 13:48:28.18 ID:WmJAPMKKo

梓ちゃんの表情が華やいだ風に吹かれたようになったのは、とても親しんでいる人だから。

髪の長さが短くなっていた。


「だ〜れだ♪」

律「うぉっ!?」

「うふふ」

風子「む――」

梓「むぎ先輩!」

紬「あずさちゃん、シー……」

律「いや、もういいから、離してくれむぎ」

梓「髪を切ったんですね!」

紬「うん、そうなんだけど……目隠ししたのに名前を言ったらバレちゃうわ」

梓「あ、えっと、すいません」


イタズラが失敗に終わって、口を尖がらせてがっかりしている彼女に子どものような雰囲気を感じる。


彼女の名前は、琴吹紬。
愛称はむぎと呼ばれ、周りを不思議な空気に変える人。
軽音部でキーボードを担当していた。
高校時代、繋がりが浅かった一つ下の梓ちゃんと今でも付き合っていられるのは、むぎさんのおかげ。
615 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/30(日) 13:49:14.38 ID:WmJAPMKKo

律「いやぁ、澪かと思ったら、むぎだったのか」

紬「そうです。りっちゃん、練習してきた?」

律「あぁ、バッチリだぜ」

梓「むぎ先輩、……律さんと連絡を取り合っていたんですか?」

紬「えぇ、一年前にドイツで会っていたの」

梓「そうだったんですか……」

律「ぴぃ〜ぷぅ〜」

梓「別に責めたりしませんから、誤魔化そうとしないでください」

律「会ってた、なんて言ったら怒るだろうなってさ……」

梓「なんでですか」

紬「私ね、その時に思い出したの。夏目さんに声を取り戻してもらったこと」

梓「!」


声を……?


ゴウト「ニャー」

紬「あら、ゴウトちゃんもお久しぶりね」

ゴウト「ニャッ」

梓「むぎ先輩、ゴウトの声が……?」

紬「えぇ、聞こえるわ。京都で出会ったゴウトちゃんとは別なのよね」

ゴウト「ニャ」

梓「……っ」


ニコニコと話すその表情に、困惑気味の梓ちゃん。


紬「ふぅちゃんも卒業して以来ね」

風子「……うん」

紬「? どうしたの?」

風子「ううん。なんでも……」

紬「?」

風子「……」


少しだけ、気後れしてしまった。

五年ぶりの再会で、気まずさがあった。


律「丁度いいや、むぎ、あの時のこと話すぜ?」

紬「う、うん……?」

梓「……」


私は一歩退がる。
616 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/30(日) 13:50:19.17 ID:WmJAPMKKo

律「梓、此処とは違う、もう一つの世界があるって言ったら、信じる?」

梓「もう一つ……?」

律「あぁ。例えば――むぎの声が出なくなる世界、とか」

梓「――!」

紬「……」


梓ちゃんの表情が強張り、むぎさんとりっちゃんの表情も真剣さを増していく。

そこから読み取れることは、出鱈目な話ではないってこと。


律「私はまだ思い出せないけど、梓の話では夏目に取り憑いた妖怪がむぎの声を奪ったんだったな」

梓「……はい」

紬「……」

律「此の世界では、夏目に助けられた。それなら、もう一つの世界ではどうなるか」

梓「……っ……考えたく……ないです」

律「……そうだよな」

梓「!」

紬「ごめんね、あずさちゃん」

梓「……き、聞きます。続けてください」

律「まぁ……結論から言うとさ、不安要素は取り払ったんだ」

梓「……」

律「その、さっき梓が言っていた妖怪……あぁ、そっか」

紬「?」

梓「律さん……?」

律「広島の厳島神社に封印したんだ……!」


宮島の世界遺産……。


律「あー、やっと思い出したぁ……。シーサーの言ってたことはこれだったのか」

紬「シーサー……って?」

律「私の守り神だよ。随分と助けられたんだ。なるほどなー……」

梓「……」


全然分からない。
617 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/30(日) 13:51:29.87 ID:WmJAPMKKo

律「あ、ごめん。それで、どうしてもう一つの世界のことを知っているかと言ったら、
  ある人物に助けを求められたから、なんだ」

梓「ライドウに……ですか?」

律「いや、ライドウにはもう会ってない。もう一人の私に、だ」

紬「りっちゃんが二人いたわ」

梓「軽く凄いことをいいますね。……ということは、むぎ先輩もその場にいたんですね」

紬「そうなの」

律「向こうの私は――むぎの声が治るように――って、世界を聖地巡礼していた」

紬「……」


複雑な表情を浮かべているむぎさん。


律「此処では、私も世界に興味があったから歩いていてさ。
  そこで偶然ゴウトに出会って、葛の葉の代理をやってたんだ」

ゴウト「ニャー」

律「はは、まぁ、おかげで身を守ってくれていたけどな」

梓「……」

律「聖地巡礼をして、何をしていたかって言ったら、太陽神の開放だ」

梓「太陽神……?」

紬「三年前にペルーで日食があったのを覚えてる?」

梓「は、はい」


私も覚えている。

北海道に行った年にペルーで金環日食があって、その次の年にはインドで皆既日食が起こった。


風子「インドのヴィシュヌ……」

律「そうそう、ヴィシュヌには世話になったぜ。……って、詳しいな。付いて来れるのか、こんな話」

風子「……」


否定も肯定もできない。


梓「それじゃあ、向こうの世界に行ってきた……?」

律「ううん、違う。此処と向こうの中間、異次元だ」

梓「……」

律「亜空間とか言ってたけど、私にはそこら辺さっぱり分からん」

紬「……」

梓「なぜ太陽神の開放……?」

律「それがライドウに借りを返すことに繋がってるんだ」

梓「あの時、神隠しで助けられたの私たちなのに……」

律「そこは……まぁ、気にすんな。私の気持ち的なものもあるからさ」

梓「……」
618 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/30(日) 13:52:38.80 ID:WmJAPMKKo

律「私も世界の太陽神と関わっていたから、もう一つの世界の私と繋がることができたってわけだ」

梓「……はぁ」

律「早い話が、世界を救ったってことだ!」

紬「偉いわ、りっちゃん」

律「フフン、そうだろ」


鼻を高々にしているので、本当の話なのか判断しかねます。


梓「スゴイデスネ」

律「気持ちが込もってないぞー。もう一人の私に助けを求められて、その亜空間に誘われたんだな」

梓「怖くなかったんですか……? 一度経験してるのに……」

律「まぁな。けど、もう一人の私は切羽詰った顔をしてたし、私も仲魔がいるから少しだけ余裕だったんだよ」

紬「ふむふむ、それでそれで」

律「もう一人の私は、ナニカと対峙していた。それは世界の太陽神を封じ込めていた悪神でした!」


急に話を盛り上げようとしているのは、話の信憑性を薄くしようとしているからなのかな。


律「それぞれの田井中律は仲魔と共に巨大な悪神と死闘を繰り広げます!」

紬「わくわく」

梓「……」

風子「……」

律「そして倒します」

梓「律さん、それは物語の展開としてはあまりにも」

律「うるさい。重要なのはそこじゃないんだよ。……やっぱ、創作物だよな」


笑いながら話すから、それが嘘じゃないと信じられる。



紬「そして、私も呼ばれたのよね」

律「あぁ……。髪のこと、悪かったな、むぎ」

紬「ううん、いいの。だって、りっちゃんの恩に比べたらこれくらいの代償、なんてことないわ」


そう言って切なそうに、右手で髪の毛を触る仕草が私の胸を打った。
619 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/30(日) 13:53:19.67 ID:WmJAPMKKo

梓「むぎ先輩の髪が短くなっているのはそれと関係しているんですね」

紬「そうなの」

律「……倒したのはいいけど、もう一人のむぎが眠ったままで意識が戻らなかったんだ」

梓「え……」

律「それで、むぎに手を貸してもらって、もう一人のむぎを目覚めさせたんだな」

梓「……具体的にはどうやったんですか?」

律「むぎの髪の毛を切って、生命力に変えたのと同時に、むぎから直接エネルギーを送り込んだ」

紬「そうなの。だから、向こうの私はもう大丈夫よ」

梓「……そうですか。……よかったです」

律「……」

風子「……」


さっぱり分からなかった。

律さんとむぎさんの創作モノとして考えておいた方がいいのかもしれない。


なんて、北海道に行かなかったらそう思っていた。


風子「どうして、髪なの?」

律「……すぐに用意できるのが、それしか思いつかなかったんだ」

風子「……」

ゴウト「ニャー」


他にも理由が隠されているみたい。
それなら、追求するわけにはいかない。


律「あとは、きっかけ次第なんだけど……あっちの梓に任せるしかないんだよなぁ……」

風子「?」

梓「私ですか?」

律「いや、なんでも」

唯「風ちゃ〜ん、姫ちゃんの姿が……って! むぎちゃんだ!」

紬「唯ちゃん!」


唯さんの声でむぎさんが嬉しそうな表情になる。
それで今までどことなく深刻だった空気が流されていった。


唯「わーい!」

澪「むぎがいるのか……?」

律「いたのかよ、澪!」

澪「久しぶりだな、律」

律「あー、なんか普通すぎて、びっくりしたー」

梓「ありがとね、ゴウト」

ゴウト「ニャー」


ゴウトちゃんを撫でる梓ちゃんの表情には嬉しそうな、どことなく寂しそうな色が映っていた。
620 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/30(日) 13:54:09.14 ID:WmJAPMKKo

澪「久しぶりだな、むぎ」

紬「うん、久しぶりね」

唯「会いたかったよ!」

澪「私もだ」

紬「私も、ね」

律「五年ぶりに軽音部員が揃ったわけだ」

梓「……やっと揃いましたね」


空気が変わる。



梓「むぎ先輩が律さんに今日の連絡を入れたんですね」

紬「その通りよ」

律「ありがとな、澪。ちゃんと送られてきたメールは読んだぞ!」

澪「……うん」

唯「私は送ってないよ! 薄情なりっちゃんには送ってないよ!」

律「まぁ、メールでやりとりしていたら、こんな風に懐かしい気分にはなれなかったかもな」

紬「そういうものかしら?」

風子「そうだよね。5年間も連絡取っていないから、私たちりっちゃんの顔を忘れてたよ」

律「忘れてたのかよ! ちょっと焦ったんだぞ、さっき! 薄情はこっちだぞ、唯!」

唯「あずにゃん、背が伸びたよね?」

梓「はい、7ミリほど」

唯「やっぱり!」

紬「雰囲気も変わったわ」

梓「そ、そうですかね」

風子「私は気づかなかったな」

梓「ほとんど毎週会ってるから、変化に気づかないってだけですよ」

律「……無視か」

澪「……」


4人から少し離れている澪ちゃん。

表情は険しい。
621 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/30(日) 13:54:36.31 ID:WmJAPMKKo

澪「りつ……」

律「ん?」

澪「痩せすぎじゃないか……?」

唯「んー? あ、ホントだ」

律「フッ、世界を歩くってのは、そんな楽なもんじゃねえんだぜぇ」

澪「……おい、真面目に答えろ」

紬「……」

律「いや、本気で心配されるほどじゃないんだけど……。ただ、食が減っただけだよん!」

澪「……」

唯「ほんと〜?」

律「んだ。食材が何時でも手に入る訳じゃねぇがらな。この体系を維持するのがベストってだけだべ」

澪「ふざけるなよ、律」

律「……」

紬「りっちゃん……」

梓「……」

唯「?」

風子「……」


澪ちゃんの真剣な問いかけに、りっちゃんは真面目に答えていない。
だから、不安を駆り立てのかもしれない。

さっきの話に繋がっているのだとしたら、私も不安になる。


律「さっき言ったことは本当だよ。食べ物が手に入らないから水だけで凌いだ時もあった。
  それでも栄養を取らないといけないからって、虫も食べたんだぜ。イナゴだけどな!」

唯「野生だね」

律「へへ、そうだろ? いや、少しニュアンスが違う」

澪「……」


それだけでは納得しない澪ちゃんの表情。



律「日本では考えられない危険なことからも備えておかなければいけない」

紬「……」

律「感覚を研ぎ澄ますにはこれくらいがいいんだ」

澪「……嘘を吐くな」

律「なんだよ、何を言っても信じないじゃねえか」


さすがのりっちゃんも怒りをあらわにした。

真面目に答えていたのは澪ちゃんも分かっていたと思う。
622 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/30(日) 13:55:21.24 ID:WmJAPMKKo

澪「私たちには嘘を吐くな」

律「嘘なんか言ってねえよ」

唯「……」

梓「……」

紬「……」


二人の雰囲気を察して、三人は黙って見守っていた。


澪「帰ってきたのは何時だ?」

律「……五日前」

澪「その間に体重を増やそうとしただろ」

律「う……」


澪ちゃんはりっちゃんの手を取る。


澪「髪、肌、そして爪……。すぐには回復しない」

律「……」

澪「もっと、荒れてたんじゃないのか?」

律「…………う……ん」


母が子どもを諭すように問いかける。
子どもが母に謝るような声で頷く。


澪「……ここまでして、世界を旅しなきゃいけなかったのか」

律「……」

澪「私たちに連絡を絶ってまで、しなくちゃいけないことだったのか?」

律「……」



真っ直ぐ見据える瞳から逃げるように、視線を下げて返す言葉を探している。

さっきの話を聞いた後では、りっちゃんの行動が良い結果をもたらしたことには間違いない。

だけど、それを知らない澪ちゃんは、心配することしかできない。



律「大切な、借りがあったんだ」

澪「……」

律「借りと言うより、恩だな」

澪「恩人?」

律「あぁ、大切な命を助けてもらった。だから、恩返しをしたかったんだ」

澪「……そうか」


心からの言葉。

それは聞く人を根拠無く納得させる力を持つ。
623 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/30(日) 13:55:53.58 ID:WmJAPMKKo

律「……むぎと逢うまで……少し……」

紬「……ッ」

律「…………少しだけ……キツ…かった…………かな」

風子「……!」


初めて見る、彼女の弱さ。


梓「律さん!」

律「あ、梓!?」


梓ちゃんがりっちゃんに抱き付いた。


梓「ごめんなさい。……それと……ありがとうです」

律「はは、まぁ……よきにはからえ」

紬「りっちゃん、ありがとう」


むぎさんも後ろから抱きしめる。


律「もうお礼は聞いたからいいんだよ」

紬「足りないわ」

澪「バカりつ」

律「いて……」


右手、拳で軽く突いた。


唯「うぉぉおおっ! りっちゃーん!」

律「いでっ!?」


頭から突き進んでいった。


唯「よくわからないけど、仲間に入れて」

律「勢いだけでやるなよっ!」

紬「ふふっ」

澪「あははっ」

梓「変ですね、これ」


風子「……」


変な光景だね。
だけど、温かそうだよ。


律「ははは……っ、ほらっ、離れろよっ」

唯「りっちゃんが泣いてる」

律「な、泣いてねえよ」


そう言いながら声が少しだけ潤んでいた。
624 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/30(日) 13:56:29.55 ID:WmJAPMKKo

紬「はい、使ってりっちゃん」


差し出されるハンカチ。


梓「どうぞ」


むぎさんに続いて梓ちゃんも差し出した。


律「……おいこら」

澪「ほら、使ってくれ」

唯「りっちゃんに涙なんか似合わないよ」


差し出されて4つのハンカチ。

誰のを取るのか、そういうゲームなのかな。


梓「……」


梓ちゃんが私を見て、ナニカを訴えている。


風子「……使って」

律「さぁ、私は誰のハンカチを取るのでしょうか〜! しかし、残念! 自分の使います!」

唯「そっかぁ」

梓「残念です」

紬「そうね」

澪「……」


差し出したハンカチをそれぞれ仕舞った。


律「って、泣いてないから使わねえよ!」

風子「……」

紬「澪ちゃんがあの曲を選曲したのよね」

澪「うん。いい曲だと思うからさ」

梓「世界的に有名な曲ですよね」

唯「はい! わたしもしっかりと練習してきました!」


右手を挙げて主張している。
625 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/30(日) 13:57:23.26 ID:WmJAPMKKo

梓「五年ぶりですけど、練習もなしにやって大丈夫なんですか?」

唯「大丈夫だよ」

梓「その根拠はどこから……」

澪「そうだな、一度くらい合わせておきたかったな」

紬「練習がてらの本番、頑張りましょう!」

梓「はい! そうですね!」

律「……」

風子「どうしたの?」

律「べつに〜……」


穏やかな顔になったのは、この場の雰囲気に触れたから。


風子「日常に戻ってきたってことかな」

律「……私の台詞を取るなよ」

紬「でも、どうしてこの曲を選んだの?」

澪「多分、姫子が大切にしている曲だからだ」

梓「そうなんですか、風子さん?」

風子「あ――」


姫ちゃんが旅立ったことを伝えてなかった。


今日、軽音部が演奏をしてくれることはサプライズとして私一人で密かに進行していた。


裏目に出たね。どうしようかな。
626 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/30(日) 13:59:41.99 ID:WmJAPMKKo

英子「風子〜?」

風子「どうしたの?」

夏香「どうしたのって、そろそろ時間なんだけど……あ、紬さんだ」

紬「久しぶり〜」

英子「久しぶり、元気だった?」

紬「うん♪」

律「凱旋門、良かったな〜」

英子「うん、ビックリしたよ。律さんがいるんだもの」

律「へへ〜」

澪「フランスで一緒だったのか?」

律「あ、あぁ……。うん……そうだぜ……」

澪「どうした?」

律「べ、別に〜……」

英子「律さんと一緒にいた――」

律「シー、シー!!」

夏香「どうしたの?」

律「いいから、今言わなくていいから、な?」

英子「う、うん……?」

澪「何を隠しているんだ?」

律「いや……その……」

風子「……」


あの凱旋門の写真に写ってた人たちに関係しているのかな。

澪ちゃんを警戒してるのが気になる。


風子「英子ちゃん、カメラ貸してくれる?」

英子「いいよ。どうぞ」

風子「ありがとう。えっと……」

律「あ! あの時のカメラじゃねえか!」

紬「待ってりっちゃん!」

律「は、離せむぎ!」

梓「写真に何が写っているんですか?」


二人ともナニカに気付いたみたいだね。

これこれ、英子ちゃんとりっちゃん、金髪の女性に、梓ちゃんの少し前と同じく、髪を結っている女の子。
627 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/30(日) 14:00:13.04 ID:WmJAPMKKo

風子「これ、見て」

澪「うん……?」

紬「どれどれ〜」

澪「歩じゃないか」

律「約束だったからな……今年の春に合流したんだ」

梓「歩も一緒だったんですね。……この金髪の女性は……!」

紬「もしかして!」

律「そ、それはだな」

澪「――エレナ!?」

律「せ、正解〜」

澪「どっ、どうして教えなかった律ッ!」

律「うっ」


豹変した澪ちゃんの態度に私と英子ちゃん、なっちゃんは驚いて肩が震えた。

りっちゃんの両肩を掴んでいる。


唯「おぉ〜、歩ちゃん可愛い〜」

梓「エレナさん、綺麗になってますね」

紬「さすがアメリカ人ね。……この一枚って凄いのね」

梓「そうですね、律さん繋がりですけど、貴重です」

英子「そうなんだ。だから、あの時の律さん、興奮気味だったんだね」

夏香「……澪さんもね」

風子「……」

澪「なんで隠してたー!」

律「か、隠していたわけじゃねえ……!」

澪「何時の話だっ!」

律「は、ハネムーンだから……えっと」

英子「大体、3ヶ月前くらいだよ」

澪「最近じゃないか!」

律「そ、そうだな……悪かったから、離してくれ……」

澪「あ、あぁ……ごめん」

律「こうなるから、慎重に話さないとって思ってたんだ……」

澪「話、した?」

律「まだまだ夢の途中だってさ。マジですげぇよエレナ」

澪「……うん。……律だけずるいな」

律「ずるくはないだろ。偶然というか奇跡というか……」


澪ちゃんの友人かな。
とても会いたがっているように感じる。
628 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/30(日) 14:01:46.62 ID:WmJAPMKKo

紬「私と別れた後にパリへ行ったのね」

律「うん。パリの前にイタリアで歩と合流したんだ」

紬「歩ちゃんは?」

律「里帰りしてる。勢いだけで飛び出してきたから、ちゃんと家族と話をしないとな」

梓「会いたいです」

律「こっちに来るって昨日連絡があったから、明日会おうと思えば逢えるぞ」

梓「な、懐かしい!」

紬「こっちで生活するの?」

律「うん。ってか、世界に出た原因が私にあるから、ちゃんと責任を取らないとな。
  元気すぎて疲れるぜー」

澪「かわいい妹が出来て嬉しいって顔だな」

律「ち、違うわい!」


その子はりっちゃんをとても慕っているように見える。

写真に映った表情からそう感じ取ることができた。


澪「風子」

風子「?」

澪「コムケのテントで話をしたこと、覚えてる?」

風子「……うん」


――私を通してその人の言葉が伝えられたら、それはとても素敵なことなんだと思う。


澪「この人なんだ。世界を一人で旅している、彼女の名前は、エレナだ」

風子「……」


りっちゃんの隣で嬉しそうに、楽しそうに、最高の表情で。

それは英子ちゃんも、歩ちゃんも、その中心にいるりっちゃんも同じ表情をしていた。

とても、綺麗な一枚。
629 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/30(日) 14:02:22.84 ID:WmJAPMKKo

梓「エレナさんといえば、小麦さんなんですけど」

律「?」

梓「今年の7月に全国区の放送でレポートしてましたよ」

律「マジで!?」

紬「凄いわね、小麦さん」

梓「ですよね、澪さん」

澪「うん。明るいニュースを明るく伝えていた」

律「小麦も……頑張ってんだな……」

澪「……」

唯「おぉ〜、あずにゃんのドレス姿可愛いよ!」

梓「あ!」

風子「クラスの何人かは映ってるよ」

律「披露宴の写真か?」

澪「ごめん、行けなくて」

紬「ごめんね」

英子「ううん。しょうがないよ」

風子「英子ちゃんのウェディング姿、綺麗だったよ」

唯「このカメラには映ってないの?」

英子「うん、私が撮ったから。無いよ」

律「マテ、私ら4人出席できなかった披露宴に、なぜ梓が出席してんだよ?」

梓「軽音部の代表ですよ」


さも当然のように。


律「そうか、うん。ありがとな」

梓「いえいえ」


最初は遠慮がちだったけど、私が強く誘ったので出席することになった。

とても印象に残った披露宴。

梓ちゃんと一緒に、唯さん、澪ちゃん、りっちゃん、むぎさんの4人が居てくれるような気がしたから。
630 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/30(日) 14:02:52.14 ID:WmJAPMKKo

よしみ「遅れてごめんね〜」

風子「あ、ううん。まだ始まってないよ」

ちずる「よかった〜って! 律さんだ!?」

律「さっきからみんな同じリアクションだな! 私は珍獣か!」

澪「今までの同窓会、参加してないの、律だけだぞ」

律「え!?」

ちずる「久しぶり〜、みんな元気してた?」

紬「もちろん♪」

澪「ちずるも元気そうでなによりだ」

ちずる「懐かしいなぁ〜」

夏香「これで全員かな? さ、入って入って〜」

よしみ「全員集まったんだ? 同窓会でこんなに集まったの初めてじゃない?」

夏香「かもね〜」

ちずる「あ、未知子ー!」


三人は中へ。


律「いい加減に入ろうぜ」

風子「その前に、言っておきたいことがあります」

澪「?」

紬「なぁに?」

唯「おぉー、この人が旦那さんだね!」

英子「う、うん……」

澪「うーん、いいなぁ……」

梓「姫ちゃんさんの正装姿、カッコイイですよ」

唯「ほんとだ、かっこいいよ!」

梓「すっきりとしたデザインで、スマートに着こなしていますから、絵になるんですよね」

唯「ホントだ、横にいるあずにゃんが背伸びをした子どもに見えるよ!」

梓「私に失礼ですよ!」

律「そこの二人、静かにしてくれ」

唯「?」

風子「澪ちゃん、演奏をしてくれる曲は、姫ちゃんの為……だよね?」

澪「一応そうだけど……?」


その姫ちゃんが居ないことをどう伝えるべきかな。
631 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/30(日) 14:03:22.09 ID:WmJAPMKKo

梓「風子さん、ナニカ隠してますよね」

風子「……隠してはいないよ」

唯「あずにゃんやい」

梓「なんですか?」

唯「姫ちゃんには、姫ちゃんさんと呼び風ちゃんには、風子さんと呼ぶ理由をお聞かせ願えないかい?」

梓「?」

紬「そうね、高校のときは、ふぅちゃんさんと呼んでいたわ」

梓「……えっと」

英子「唯さんたちと同じくらい、尊敬しているから、かな?」

梓「ち、違いますよ! 英子さん、変なことを……!」

風子「そっか……嬉しい」

梓「違うって言いましたよ!?」

紬「あずさちゃんのアパートで集まっているって聞いたわ」

梓「う……!」

律「ほぉ〜、へぇ〜」

澪「……いいな、そういうの」

唯「むふふ」

梓「にゃ、にゃー!!」

ゴウト「ニャ!?」


少し離れた場所で寝ていたゴウトちゃんが起きた。


よしみ「風子さ〜ん」

風子「どうしたの?」

よしみ「姫子の姿がみえないんだけど」

風子「え、えっとね……」


よしみさんは姫ちゃんと仲が良かったよね。

だけど、演奏をしてくれる軽音部の前で言ってもいいものか、迷っちゃうな。


紬「まだ来てないのね」

澪「遅れてるのか」

律「じゃあ、本人が来る前に練習がてら、ティータイムの曲を演奏しとくか」

唯「そだね〜」

梓「な、なにから演奏しましょう!」


梓ちゃんがワクワクしている。

早く言わないと。
632 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/30(日) 14:04:09.87 ID:WmJAPMKKo

風子「えっと……ね、姫ちゃんは旅に出ました」

よしみ「え、いつ?」

風子「さっき、ね」

よしみ「ということは、来ないの?」

風子「来たけど、帰ったということ……」

澪梓律唯「「「「 えぇーッ!? 」」」」


激震が走る。


紬「まぁ…。姫ちゃん居ないのね……」

澪「ど、どこへ行ったんだ?」

風子「誰も知ることの無い明日へ」

律「深いなっ!」

梓「冗談はいいですから、どこへ行ったんですか?」

風子「北へ。」

よしみ「き、北?」

英子「……」



英子ちゃんが探るように見つめてくる。

しょうがないよね。


英子「信代さん達が言うには、ブーケが関係あるとか……」

紬「ウェディングブーケ?」

風子「うん。英子ちゃんから、姫ちゃんに渡ったブーケ」

律「……ってことは、次の幸せは姫子ってことか?」

唯「おぉ!」

梓「いえ、英子さんは最初、ブーケを風子さんに渡しましたよ」

紬「手渡しで?」

英子「うん」

梓「そのブーケを、靴紐が解けているから持ってて、と姫ちゃんさんにブーケを渡したんです」

律「……」

梓「そして、そのまま姫ちゃんさんが受け取る形になりました」


そうです。
私は姫ちゃんにブーケを渡しました。
633 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/30(日) 14:04:44.87 ID:WmJAPMKKo

律「正装してたんだろ? 靴紐なわけないじゃん」

梓「そこは風子さんの罠です」

澪「それって……有効なのか……?」

風子「多分」

梓「いい加減ですね……」

律「……で、そのブーケと北へ。向かった姫子となんの関係があるんだよ」

風子「新婦のブーケを渡すと言うことは次の幸せ、次の結婚を示すということ」

紬「そ、それって、もしかして」


目を輝かせながら私に詰め寄るむぎさん。


風子「うん。姫ちゃんは将来の結婚相手――」

紬「……あ」

「おい」

風子「ひっ!?」


後ろから、右肩を鷲づかみにされて心臓が跳ね上がった。


「それ以上、言うな」

風子「は、はいっ」


肩に痛みを感じつつ、振り向いた先には――


風子「姫……ちゃん……!?」

姫子「絶対に、言わないでよ。風子、歪曲させるでしょ」

風子「……どうして」

姫子「船を調べてみたら、あの航路は明後日の出港で廃線だって。
   ……いい機会だから、それに乗っていくよ」

風子「……」

姫子「相棒と一緒に、あの続きを……ね」

風子「……そっか」


あの時と同じ航路。
それが一番いいね。


姫子「直接、面接の辞退を伝えに行きたかったのもあってさ」

風子「……うん」

澪「そういうことか……」

姫子「……まぁ、ね」

澪「そっか! よかった! な、律!」

律「いでっ! 何のことか分からねえよ! 痛いから叩くな!」


これで、3年2組の生徒、全員がそろった。
634 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/30(日) 14:05:57.27 ID:WmJAPMKKo

紬「船?」

姫子「えっと……、もう一度北海道に行くことにした……だけの話」

唯「いいな、北海道〜、でっかいどう!」

梓「そればっかりですね、唯さんは」

紬「姫ちゃん、北海道はどうだった?」

姫子「……うん、…………良かったよ」

風子「……」

澪「……」

律「?」

紬「いい、旅をしてきたのね」

姫子「……どうかな。正直に言うと、キツかったけどね」

紬「いい旅をしてきた人の顔を見れば分かるわ」

姫子「そうなんだ」

紬「なんてね。うふふ」

姫子「ふふ、なにそれ」


姫ちゃんの表情に、期待と不安と、とても嬉しそうなイロが映し出される。

その理由を知っているのは私だけ。

その表情を目を細めてみているのは澪ちゃんと梓ちゃん。


紬「あずさちゃん」

梓「なんですか?」

紬「ウィンタージャーニー」

梓「……北ですよね?」

紬「どうかしら」

梓「行きましょう!」


二人はそれだけでお互いの意思を理解していた。


風子「ど、どこへ?」

紬「北海道に、年末になるかしら〜」

澪「く、来るのか、むぎ?」

紬「えぇ、雪国へ行くわ」

姫子「え、北海道に行くの?」

律「なんで困ってるんだよ?」

姫子「わたしも行きたいかな、って」

紬「行きましょう?」

風子「そのまま年末まで北海道にいるといいよ」

姫子「……」
635 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/30(日) 14:06:39.26 ID:WmJAPMKKo

澪「利尻島はどうかな」

梓「いいですね。……あれ? 夏と冬の約束の場所でしたよね」

風子「そうだよ」

紬「じゃあ、その二人も呼びましょう」

澪「正夢だ……!」


話がどんどん膨らんでいく。

私たちは少し退がり、距離を置く。


夏香「旅行の話に華を咲かせるのはいいんだけどさ、みんな中で待っているんだけど」

英子「ふふ、集まって話すことは今までのことじゃなく、これからの事なんだね」

風子「うん。いいね、そういうの」

姫子「…………うん」

よしみ「ふーん、そんなことがあったんだー」

姫子「う……」


抑揚の無いよしみさんの声が姫ちゃんに突き刺さる。


よしみ「ぜんぜんしらなかったよー」

姫子「ひ、人に話すようなことでもないかなって」


私も知らないところで姫ちゃんがあんな風に傷ついていたら……と思うと哀しい。

何かできないかと思い悩んでいたと思う。


よしみ「そういう人がいるって、初耳だったなぁー」

姫子「だ、だからそんなんじゃないって」


よしみさんも、何も聞かずに隣にいてくれていた。


よしみ「つめたいなー、立花さんは」

姫子「……あ、……その……、ね?」


フォローを求めて私に視線を向ける。


風子「冷たいよねー、立花姫子さんはー」

姫子「ちょっと、風子……!」

風子「?」

姫子「不思議そうな顔しないでよ……」


軽く溜息が漏れる。

636 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/30(日) 14:07:14.69 ID:WmJAPMKKo

風子「ちゃんと言葉で伝えた方がいいよ。信代さんにも、和さんにも」

姫子「……うん。それはそうなんだけど」

よしみ「……」

姫子「帰ってきてから話すつもりだったから、さ」


私から視線を外し、少し遠くを視るような目になる。

あの人のことを想っているのだろう。


姫子「わたしに何ができるのか分からないけど、独りでいるのなら、ちゃんと伝えたい――」



姫子「――人とつながることの大切さを」



姫子「だけど、それをちゃんと伝えられるか不安だから……」

風子「帰ってきた時に、私たちを頼るの?」

姫子「……」

よしみ「……」

風子「私たちは保険じゃないよ」


酷い言葉をかける。


風子「そんな甘えじゃ、あの人に伝えられない」

よしみ「……」

姫子「ふふっ、そうだね」


目を閉じて、風に吹かれたように、穏やかな笑みを零す。


姫子「あの時の自分を越えられるか、少し自信がなかったみたい」

風子「弱気になっていたね」

姫子「ありがと、風子。そのまま行かなくて正解だったよ」

風子「そんなことないと思うけど」

よしみ「……はぁ、敵わないなぁ」

姫子「ん……?」

よしみ「なんでもない。北海道で何があったのか、教えてよ、姫子」

姫子「分かった」

風子「続きは、中で。……どうぞ〜」


ドアを開いて中に入るよう促す。
637 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/30(日) 14:07:43.53 ID:WmJAPMKKo

姫子「結構集まってるね」

風子「話しづらかったらマイク使っていいからね」

姫子「使わないから。……情けない話なんだからさ、無意味に広めようとしないでよ」

風子「今日は姫ちゃんの為に集まったんだよ?」

姫子「え……そうなの?」

風子「ウソ」

姫子「あのね……」

よしみ「あはは、ほらほら」


よしみさんが姫ちゃんの背中を押して入っていく。


律「姫子!」

姫子「な、なに?」


りっちゃんが姫ちゃんの肩に手を置く。


律「鈴、持ってるだろ? 貸してくれないか」

姫子「……うん、いいけど。……?」


私が姫ちゃんの話をしたと思われている。けど、何も言っていない。
どうして鈴を持っているって分かったのだろう。


―― チリン。

  ――。

律「少し話を聞かせてくれ」

姫子「うん。いいけど、何が聞きたいの?」

律「違う、姫子じゃないんだ」

姫子「???」

律「あ、なんでもない。演奏楽しみにしてろよな!」

姫子「……うん」

風子「世界を旅してて、日本語をある程度忘れちゃってるから。気にしないで」

姫子「分かった……」

律「そうそう。ニホンゴワカリマセ〜ン……って、こらっ」


訝しげな表情を残しつつ、姫ちゃんとよしみさんは入っていった。


律「姫子も、分かった、ってなんだよ……」

澪「間違ってはいないだろ。ノリツッコミにキレがなかったからな」

風子「そうだね」

律「……」


澪ちゃんも中へと入っていく。
638 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/30(日) 14:08:13.79 ID:WmJAPMKKo

梓「風子さん、年末ですけど、予定を空けることできますか?」

風子「……今年のだよね?」

梓「来年の年末の話をしてどうするんですか」

風子「えーっと……」


瀬織さんとの約束があるから、どうしよう。


風子「少し、難しいかな」

梓「……そうですか。一緒に北海道へ行きたいので考えておいてくださいね」

風子「うん。あ、姫ちゃんが北海道の話をしてくれるみたいだよ」

梓「それって……もしかして」

風子「そう。そういうこと」

梓「どこですか?」

風子「ほら、和さんがいるところ」

梓「行ってきます」


小走りに跳んで行った。

梓ちゃんも姫ちゃんを気にかけていたから、聞いて欲しい。


瀬織「私との約束なんて、あまり重要じゃないでしょ?」

風子「……」

瀬織「後で時枝町の場所、教えてあげる。気が向いた時でいいから、何時でも来てよ」

風子「お邪魔じゃなかったら……」

瀬織「できるだけ早めにね。変わってないからって引かれるからね」

風子「?」


変わらないから引かれるって、どういう意味だろう?


律「あんた、人じゃねえな」

瀬織「分かる?」

律「まぁな」

ゴウト「ニャー」

瀬織「……」

律「?」


瀬織さんがりっちゃんをじっくりと見つめている。
639 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/30(日) 14:09:03.96 ID:WmJAPMKKo

瀬織「長居しすぎたかな……」

風子「瀬織さん……?」

瀬織「それで、なに? 私を祓うの?」

律「いや、私は祓い屋じゃないから。ちょっと興味があるから話を聞かせて欲しいだけだ」

瀬織「そう……。話が話だったら、奥の手を使わせてもらうけど、いい?」

律「……!」

ゴウト「……!」


瀬織さんの静かな声がこの場の空気を張り詰めていく。
りっちゃんとゴウトちゃんが身構えている。


風子「奥の手……?」

瀬織「全力で逃げる」

律「ビックリさせんなよ! こっちに来い!」

瀬織「はいはい」


りっちゃんが主導権を握っているのはどうしてかな。
瀬織さんとゴウトちゃんを連れて隅の方へ歩いていく。
その途中で紬さんと英子ちゃんとなっちゃんが話をしていた。


紬「お世話になっているお姉さまがいてね、その方とルームシェアで暮らしていたの」

夏香「すごいね、紬さんは」

英子「これからは、日本で暮らすの?」

紬「うん。そうするわ」

風子「お話の途中で悪いんだけど、そろそろ時間だから入ってくれるかな」

夏香「あ……うん。分かった」

英子「よかったね、ふぅ」


ふぅ。

昔、英子ちゃんから呼ばれた私のあだ名。


風子「よかった……?」

夏香「英子とね、話をしていたんだよ。風子は変わらないね、って」

風子「!」

英子「小さい頃から一緒だったけど、中学は離れ離れになって、高校でも大人しくなった風子だったけど」


……。


英子「ふぅは、いつまで経っても、ふぅのままだね」

夏香「――うん」


言葉が出ない。


紬「……」


とても綺麗な微笑で私をみつめる彼女。
640 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/30(日) 14:09:48.00 ID:WmJAPMKKo

夏香「じゃ、入ろうか、英子」

英子「うん。それじゃ、後でね、風子」

風子「……うん」


二人は中へ。


紬「……」

風子「……」


二人。


紬「少し、りっちゃん達の話を聞きましょうか」

風子「うん……?」


ベンチに座って、二人、話をしていた。


瀬織「橋姫。そう呼ばれているわよ」

律「有名じゃないかよ……意外と大物だった……」

瀬織「長く生きていたからって、そんなに力は無いからね」

律「そういうもんなのか?」

瀬織「私は飽くまで妖怪だから、神族とはレベルが違うってこと」

律「私達人間からすれば、大して変わらない気がしないでもないけど……な」

  ――。

律「ふぅん……」


間があったけど、何に対しての反応なんだろう。


紬「りっちゃん。ふぅちゃんが困っているわ」

律「ん? ――あ」


私を見て、忘れてた。と言った表情をしていた。


瀬織「風子、私は三千年を生きる妖怪なのよ」

風子「……」


どう反応したらいいのかな。


紬「瀬織さんにお聞きしたいのですが、変わらないものってありますか?」

瀬織「三千年の中でってことでいいの?」

紬「はい」

瀬織「そうね……。京都なんかは沢山あるわね」

紬「えっと、建物じゃなくて……」

瀬織「?」

紬「人の心……です!」

風子「!」
641 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/30(日) 14:11:06.32 ID:WmJAPMKKo

私の両肩に手を乗せて嬉しそうな声で言い放つ彼女。


瀬織「……そうね。人の心か……」


私の目を見て思案する瀬織さん。


瀬織「何時の時代も人の心は変わらないわね」

風子「……」

瀬織「醜くて、汚くて、狡くて、酷いもの。何時まで経ってもガキなのよね」

紬「……」

律「……」

  ――。

瀬織「そうね、だから怖いのかもしれない、私は」


どの言葉に同意をしたのか分からない。


紬「怖いのに、人の近くに居る理由は……?」

律「そうだな。矛盾してるような気がする」


二人が瀬織さんの心を覗くように問いかける。


瀬織「怖いからこそ、近づいて、相手を見極めようとするのかもね」


禅問答をしているようだった。


瀬織「でもね、子供のような風子は嫌いじゃない。理由はそれかもね」

風子「……え」


20の半ばを迎えようとしている私を子ども扱い……。
3000分の23で割り切っているからなのかな。


律「確かに、風子は子どものような感じだな」

紬「うんうん」

風子「……」


言葉に窮していると瀬織さんが立ち上がって軽く背を伸ばした。


瀬織「んー……っと。今月で、ここ辞めるから」

風子「ど、どうしてですか?」

瀬織「充分にお金も稼いだからね。丁度いいからこの土地を離れる」

風子「あと二日……そんな、急に……」

瀬織「色々と理由があってね」

律「あ、私が正体をバラしたから……か?」

瀬織「そんなところ」

紬「戻ってくるんですか?」

瀬織「戻ってきても、あなた達がいないから、それは聞く意味無いよね」
642 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/30(日) 14:11:59.03 ID:WmJAPMKKo

紬「……そんなことはありません」

瀬織「あるのよ。何年、何十年と時間が過ぎればここは変わる……それは絶対」

紬「……」

風子「そうですね」


時間が場所を風化させる。

それは寂しいけれど、この世の理といっていい。

風は形を崩すものでもある。


紬「人の心は変わらない。そうじゃないかしら」

律「へへっ、そうだなっ」

瀬織「……」

紬「瀬織さんは、人の怖さを知っていると思います。それは私が想像を絶するほど」

瀬織「そうね、だから争いが生まれ最悪、命を奪うなんて愚かなことをするのよね」

風子「っ!」

紬「それでも、今、私たちの傍に居てくれている。これも事実ですよね」

瀬織「……そうね」

律「この世界の成り立ちだな。人が居ないと神は力を持たない。妖怪も生まれない。影女のようにな」

瀬織「……」

  ――。

律「……そうだな。瀬織の気持ちも考えずに偉そうなこと言った。悪い」

瀬織「気にしてないから、謝らないでいいよ」

律「……うん」

紬「人が場所になり得ませんか?」

瀬織「?」

風子「……?」

紬「逢いたい人がいたら、それは居場所となるのではないでしょうか」

風子「……」

瀬織「なるほどね、そういうのは経験無かったな」


むぎさんの言葉に深く頷いている。


瀬織「待たせる人も、逢いたい人もいなかったから、それは知らなかった」


それは、少し寂しいと思った。


紬「それじゃあ、今度はふぅちゃんに逢いに来てはどうですか?」

風子「え……!」

瀬織「そうね。……覚えていたら、ね」

紬「うふふ」

律「へへっ」


儚い約束が生まれた。
643 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/30(日) 14:12:57.84 ID:WmJAPMKKo

瀬織「ここ最近の変化は凄いよ。だから見ていて面白いんだけど、やりすぎだと思うことも多い」

律「やりすぎって?」

瀬織「走りすぎっていうのかな。先の大戦なんかがそうね」

律「戦争かよっ! 生まれてなかった!」

紬「壮大な話ね」

風子「……」


不思議な縁が紡がれた。


姫子「すいませーん、飲み物をー」

瀬織「あ、はいはい。それじゃね」

律「明日、来ていいか?」

瀬織「いいけど、私に用があるの?」

律「あぁ、もう少し聞きたい」

瀬織「いいよ。夕方ごろにここでね」

律「あ、あぁ……分かった」


瀬織さんは中へ入っていった。

姫ちゃんが不思議そうな顔をしている。


姫子「何してるの?」

風子「雑談だよ。座談会」

姫子「それは中でやってよ」

風子「どうしようかな」

姫子「悩むとこじゃないでしょ……」


呆れ気味にそう言ってドアを閉められた。


風子「入ろうか」

紬「うふふ、いいわね。いつも一緒で」

風子「……」


少し照れてしまった。

ドアに向かって歩き出したとき、りっちゃんに呼び止められる。


律「待って、風子。幸御霊に覚えがないか?」

風子「……」


ある。

神の子池で拾った鈴。
644 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/30(日) 14:14:35.69 ID:WmJAPMKKo

風子「どうして、それを……」

律「この掌の上に、居るんだ」


そう言って、右の手の平を掲げている。

まるで、ナニカを乗せているかのように。


風子「視えない、けど……」

紬「私も視えないわ」

律「姫子を守っている神様がここに居る」


目を凝らしてみても私には視えなかった。


律「姫子になにがあった?」

風子「そ、それは……」

律「あ、いや……軽く答えられないならいいんだ。ただ、特殊な状況だったから気になっただけで」

風子「……」

  ――。

律「…………マジかよ」

紬「りっちゃん、さっきから応えていたのはそのサキミタマの神様と会話をしていたのね」

律「そうだぜ……。姫子が助けられたみたいだな……」

風子「……うん」


りっちゃんの右手が私の肩に伸びて、ナニカを乗せるような仕草をした。

左肩に少しの重みを感じたのは気のせいかな。


律「姫子には内緒にしてくれ、それが本望だってさ。この鈴も返してくれ」

風子「……分かった」

  ――。

律「あと、みかんが食べたい、って」

風子「みかん……?」

  ――!

律「供え物という感覚でな……すごい目がキラキラしてやんの」

紬「どんな姿をしてるの?」

律「巫女服で15cm小さい子なんだ。よくみたら、誰かに似てんな……誰だろ?」

  ――。

律「双子……? 冬と夏か?」

  ――。

律「へぇ、そういうの分かるのか」

  ――。

律「縁、か……。なるほど」


視線は私の肩を捉えて、話をそのまま続けている。
慣れない状況に困惑してしまう。
645 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/30(日) 14:15:44.41 ID:WmJAPMKKo

風子「説明を……」

律「冬と夏が姫子に敬慕の念を抱いているって。それに反応して生まれた……と。よく分からないな」

風子「……」

紬「冬ちゃん達の姿を写しているのね」

  ――。

律「そうだけど、どうしてこの姿なのかは分からないって。拾われたのが冬だからっぽいけど」

風子「……」


疑っているわけじゃないけど、今の言葉で確信した。

姫ちゃんの守り神が居ることに。


「風子さーん! 時間過ぎてますよー!」

風子「……あ、本当だ」


梓ちゃんの呼びかけに今も時を刻み続けている腕時計を確認する。


紬「素敵な時計ね」

風子「私の宝物」

律「いいじゃん」

風子「ありがとう」


二人に褒められて、なんだか心がくすぐったい。


梓「みなさんお喋りしてるだけですから、一度まとめたほうがいいです」

風子「そうだね、幹事としての挨拶をしないとね」

紬「ふぅちゃんが幹事なのね」

風子「うん」

梓「風子さん、姫ちゃんさんから大体の話を聞いた訳ですが、相手の人って男性……ですよね?」

風子「そうだけど……?」

梓「友達のような感覚で話をしていたので、なんとなく違和感を……」

風子「いい着眼点だね」

梓「なにがですか」

風子「ふふ」

梓「うわ、何か企んでる」

風子「企んではいないよ。今までは性別なんて関係なく見ていたんだなぁって」

梓「今までは……ですか」

風子「そう、今までは……」

梓「それでブーケを?」

風子「ううん、ブーケは、ただ……姫ちゃんにとてもいい人が現れますようにって、願いを込めただけ」

梓「……その人はどうなんですか?」

風子「私の勘では、お互い必要な存在だと、思います」

梓「ふふ、そうですか。……あれ?」
646 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/30(日) 14:16:15.91 ID:WmJAPMKKo

紬「……」

律「……」

梓「どうしたんですか、二人とも……?」

紬「五年……長かったね、りっちゃん」

律「そうだな……間違いなく時間は流れていたんだ」

梓「?」

風子「あ、ヤキモチ?」

紬「そうです」

律「フッ……まいったぜ」

梓「妬き……はい?」

風子「さっき、りっちゃんとじゃれ合っていた時ね、梓ちゃんとても嬉しそうだったよ」

梓「ちょっ!? そういうのは言わなくていいです!」

律「……ほぉ」

梓「ほらっ! 早く入りましょう!!」


梓ちゃんはむぎさんとりっちゃんの背中を押していく。


紬「りっちゃん、私も誰かを妬かせたいの!」

律「あー、じゃあ……唯でもからかって来るか」

梓「五年ぶりの再会でおかしなことしないでください! 普通の会話を楽しみましょうよ!」


三人の後に続いて歩いていると、あることに気づいて後ろを振り返る。


風子「入る?」

ゴウト「……」


返事は無く、ただそこに座っているだけだった。


  ――。

ゴウト「ニャー」


一つ鳴いて、そのまま出口へ走っていった。

その後姿が少しだけ寂しく感じた。


風子「……」


外で待っているのかもしれない。

りっちゃんと後で合流できるように。
647 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/30(日) 14:17:14.95 ID:WmJAPMKKo

私はとりあえず、姫ちゃんのところへ。

守り神を返す為に。


姫子「はぁ……」

風子「どうしたの? 溜め息なんて……」

姫子「話さなければよかったかなって……」

風子「?」

英子「私たちは風子がいたから出会えたものだから、そういうことかもしれないね」

春子「へぇ〜、風子がキューピットかー」

信代「ふ〜ん」

和「なるほど、ブーケはそういう事になるのね」

英子「うん」

姫子「……だから、そういうのじゃないって」

風子「しょうがないよ。はい、お守り返すね」

姫子「うん。……なにがしょうがないのか分からないんだけど」


ふと、左肩が軽くなった。


風子「……」

姫子「どうしたの、風子?」

風子「ううん。なんでもない」

姫子「……」

三花「八百万の神っていうもんね」

律「日本には神様が多すぎる。いや、いい事なんだけどさ、少し大変だ」

エリ「どうしてりっちゃんが大変なの?」

律「ぴぃ〜ぷぅ〜」

風子「誤魔化すなら上手く話せばいいのに」

律「ついだよ! しょうがないだろ!」

エリ「え、なにを誤魔化したの?」

三花「特別な力が芽生えたとか?」

律「ちげえよ! 変な目でみるなー!」

姫子「律の様子がさっきから変なんだけど?」

風子「楽しくて浮かれているから、少しそのままでいさせてね」

律「あのな、勝手に――」

 ――。

律「!」


言葉の途中で顔色が変わった。

……けど。
648 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/30(日) 14:18:24.07 ID:WmJAPMKKo

律「浮かれているとか決め付けんなよ!」

三花「楽しくないんだ……」

エリ「私たちは久しぶりにりっちゃんに会えて楽しいのに……」

律「分かってるんだぞ。私をからかってるだろ?」

三花エリ「「 バレたか 」」

律「いやいや、そんなことないよ、っていうとこだろ?」

エリ「そんなことないよ」

律「言うタイミングが違うっての!」

三花「あははっ」

律「なんか、風子を相手にしてるみたいだな」

風子「……」

姫子「あ、なんとなく分かる」

風子「どういうこと?」

姫子「言ったままの意味だけど」


喜んでいいのか悪いのか……。

そうだ。


風子「ゴウトちゃんが外に走っていったけどいいの?」

律「あ……うん」


りっちゃんの表情に少し影が落ちる。


律「契約を解消するってさ。幸御霊から聞いた」

風子「え……それじゃあ」

律「ゴウトとは、もう会う事もないだろ」

風子「そんな別れ方で……いいの?」

律「……よくはないけど、な」

風子「……」

律「何れこうなるって前もって話をしてあるから、そんなにショックじゃないぜ。
  日本に帰ってきてずっと付き合ってくれたのがちょっとだけ違和感があったんだよ」

風子「長い間、連れ添っていた相棒だったんだよね」

律「まぁな。色々と……助けてくれたぜ…………っ」


一瞬だけ辛そうな表情をしたのを私は見逃さなかった。


風子「りっちゃん……」

律「あ、さわちゃーん!」


カウンターで瀬織さんと話をしているさわ子先生の所へ駆けていった。

目元を少し拭ったのは、別れを受け入れて乗り越えたから、なのかもしれない。
649 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/30(日) 14:19:36.33 ID:WmJAPMKKo

さわ子「……」

律「私の顔を見るなり嫌そうな顔すんなよっ」

さわ子「別に、りっちゃんが嫌って訳じゃないのよ。今日は誰もお酒を飲まないらしいわ」

風子「え、そうなんですか?」

瀬織「えぇ。みんなノンアルコールね」

さわ子「……はぁぁ、つまんなーい」

律「飲めばいいじゃん」

さわ子「私一人だけ飲むのも……ねぇ」

律「いやいや、唯の家で一人だけ飲んでただろ」

さわ子「りっちゃんも飲まない?」

律「悪いけど、明日、バイトの面接があってだな」

さわ子「いいのよそんなの。瀬織さん、日本酒を二つ」

瀬織「日本酒ね」

律「とんでもない教師だな」

風子「さわ子先生、姫ちゃんのことなんですけど……」

さわ子「さっき本人から聞いたわ。……後悔しないならそれでいいのよ」

風子「……そうですね」


あれ?

おかしなことに気付いた。

入り口で私たちが話をしていたとき、さわ子先生が中へ入っていく姿を確認していない。

姫ちゃんの話を和さん達と聞いていたのなら、辻褄が合わなくなる……ような。


風子「さっき……って、いつですか?」

さわ子「姫ちゃんが北海道の旅の話をしていた時よ?」

風子「入り口で私たちが話をしていたんですけど……どうやって中へ……?」

さわ子「企業秘密よ」

風子「……えっと」

律「深く考えるな、風子」

瀬織「どうぞ」


容器に入った日本酒を二つ、それぞれのテーブルの上へ置く瀬織さん。
この人が妖怪だなんて、誰も気付かなかった事実をりっちゃんは一目で言い当てた。


さわ子「ありがと」

律「悪い、これから演奏があるし、明日があるから……」

瀬織「……そう。食い扶持探してるの?」

律「そうだぜ。そっちはなんでだ?」

瀬織「お酒の為。培ってきた能力は突然消えたりはするの?」

律「分からない。ゴウトとも別れたからな」

瀬織「日本各地で、こっちとそっちで境界線を引けずに困ってるところがあるけど、やってみる?」

律「……そうだな。是非!」
650 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/30(日) 14:20:07.26 ID:WmJAPMKKo

瀬織「それじゃ、明日ね」

さわ子「……」

風子「りっちゃんが飲まないなら、代わりに私が――」

梓「駄目ですよ。早く挨拶してください。演奏が出来ないじゃないですか」

風子「梓ちゃんが私の代わりに挨拶を――」

梓「しませんよ。私はクラスメイトじゃないんですから」

さわ子「おいしいわ、これはどこの?」

瀬織「奥州よ」

律「ヨーロッパで日本酒造ってんのか?」

瀬織「よーろっぱ……?」

律「あり?」

さわ子「昔の地名ね。陸奥国の別称で、東北よ」

律「……平成に頭を切り替えろよ」

瀬織「ころころ変わって覚えるのが面倒」

さわ子「平成ってなによ……?」

律「なんでもないだす!」

風子「……」

梓「話が噛み合ってませんね。……どうぞ、マイクです」

風子「みんな梓ちゃんのこと知ってるから大丈夫だよ」

梓「なにが大丈夫なんですか。……早く受け取ってください」

風子「どうしようかな……」

梓「何を悩んでいるんですか! 幹事の役割を果たしてください!」

風子「あ、今のうちにコンタクトにしてくるから、進行を進めておいてくれると助かるな」

梓「風子さんがコンタクトしてるところ見たことありませんよ! 
  進めるも何も始まってすらいません!!」

律「お、いい感じに梓のボルテージが上がってきてるな」

さわ子「よく飽きないわねぇ」

律「見てるほうが飽きるほど何時もこんな感じなのか?」

さわ子「まぁね」

律「ふ〜ん……」

唯「ハイタイ! さわちゃん!」

さわ子「唯ちゃん、久しぶりね」

律「歯が痛いのか?」

唯「何を言ってるの、りっちゃんってば」

律「……」

さわ子「沖縄の方言の挨拶よね?」

唯「イエス」

さわ子「そこは英語なのね」
651 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/30(日) 14:20:44.83 ID:WmJAPMKKo

律「ハイサイ……だっけ? そっちじゃないのか?」

唯「ちっちっち、そっちじゃないんだぜ? 女性はハイタイ。男性はハイサイで分けられてるのさ」

律「なんか、面倒だな」

唯「面倒じゃないよ! 文化だよ!」

風子「唯さんのハイタイアタックを避けたよね」

律「あれは挨拶がてらの攻撃だったのか……」

唯「そうだよ。でもね〜、みらいちゃんと同じ事務所のアイドルの子がハイサイって挨拶してるのを見ると、
  心の中でひっかかっちゃうんだよね〜」

さわ子「あら、あの子はみらいちゃんの後輩だったのね」

唯「そうだす!」

風子「さわ子先生も飯山みらいと顔見知り……?」

さわ子「あの子も私の教え子なのよ」


目が光った。


唯「みらいちゃんの映画良かったよ〜」

風子「周りの役者をも魅力的に演出するあの存在感は――」

梓「ちょ、会話に参加しないで私の話を聞いてくださいっ!」

風子「しょうがない……。梓ちゃんに強く言われたら動くしかないよね」

梓「な、なんで私が押し付けたみたいになってるんですか……!」

姫子「梓、ちょっといい?」

梓「は、はい……なんですか?」

姫子「これ、ちかから預かったんだけど。どうかな?」

唯「姫ちゃん! あずにゃんをネコじゃらしで気を引こうとするなんてストレートすぎるよ!」

梓「私が使うわけないじゃないですか!」

律「梓……本格的にネコになったのか……。憑かれているようには視えないが……」

梓「違います! こなつに使うんです!」

風子「そうだよね、一緒に遊ぶんだよね」

梓「そうですけど……なんとなく、追いかける方にまわされてるような……」

紬「みんな〜!」


むぎさんの声にこの場に居るみんなが気付き、笑顔を作る。
652 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/30(日) 14:21:44.10 ID:WmJAPMKKo

律「いえーい!」

唯「フンス!」

さわ子「……」

風子「……」

梓「……ぃぇぃ」

姫子「……」

紬「瀬織さんも入ってくださーい」

瀬織「こ、ここでいいのかな?」

紬「オーケーです。撮りまーす。ハイチーズ!」


パシャッ

フラッシュが焚かれ、シャッターが下りる。


紬「みんないい笑顔でしたー。それでは〜」

澪「む、むぎっ、私が撮るから!」

唯「わたしも〜!」


むぎさんを追いかけるように澪ちゃんと唯ちゃんが駆けていった。

向こうで同じように写真を撮っている。


律「こなつって誰だ?」

梓「私が飼ってるネコの名前です。ちかさんが可愛がってます」

律「梓は可愛がってないのか?」

梓「……飼い主には懐いてくれなくて……夏のように少し生意気なんですよ」

律「だからこなつ……変な関係だな……」

姫子「生意気って……夏と同じこと言ってる」

風子「……うん」


それでもこなつちゃんと梓ちゃんはバランスが良くて、いい関係だと思う。

意味もなく近づいたりはしないけれど、決して離れたりはしない。


梓「そうだ。今の状況を夏にメールしておこうっと……」

律「なんで?」

梓「楽しい雰囲気を伝えられたら、なぜか悔しいですよね?」

律「あぁ……うん……」

梓「前にやられたから、今度は私がやり返す番です」

律「子供か……」

風子「子どもだよね」

梓「……」


釈然としない表情だね、梓ちゃん。
653 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/30(日) 14:22:45.48 ID:WmJAPMKKo

姫子「さっきの澪のカメラみて思い出したんだけどさ」

風子「?」

姫子「稚内で出会った人のこと」

風子「……うん」


豪快な雰囲気を纏っていて、私の鬱々とした気持ちに風を吹き込んだ人。


姫子「梓、ピック持ってる?」

梓「送信っと……。これでいいですか?」


上着のポケットから一枚のピックを取り出して姫ちゃんの手の平に乗せる。


姫子「これ……見覚えあるよね、風子」

風子「……」


無いけど……。あの人が持っていたピックと同じってことかな……?


梓「?」

 ――。

律「……それは面白い。やってみるか」

姫子「梓、前に……と言っても大分前になるけど……列車の旅の話をしてくれたよね」

梓「は、はい」

姫子「その話に出てくる人の雰囲気と同じだったから……」

風子「……梓ちゃんの話だったんだ」

姫子「多分ね」

梓「???」

姫子「このピックとコインを交換した人がいたって話だけど」

梓「あ、……はい。そうです。……え」

姫子「その人と、会ったよ。稚内駅で」

風子「うん。会った」

梓「そ、そうなんですか……」

さわ子「誰の話なのよ」

梓「星奈さん……だと思うんですけど、さわ子先生は会っていませんよね」

さわ子「そうね。私も話と……写真しか見てないわ。持ってなかった?」

梓「あれは、むぎ先輩の物ですから……私は持っていません」

風子「決定的証拠が無いね」

姫子「……うん」

梓「他人の空似だと思いますよ」


状況証拠だけだね。

間違いないと思っていただけに、自信が薄れていく。
姫ちゃんも同じように、確信が揺らいでいるようだった。
654 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/30(日) 14:23:40.33 ID:WmJAPMKKo

紬「姫ちゃん、この人?」

姫子「……」


携帯電話の液晶画面を差し出されて、食い入るように見つめる。


姫子「うん……ちょっと自信ないな」

紬「そう……」

姫子「話をしたのは数分だからね。風子はどう思う?」

風子「……」


後ろにあるのは雷門だから……浅草での集合写真になるのかな。


梓「懐かしいです! このデータ下さいッ!」

紬「うん、後で斉藤に送ってもらうわね」

澪「スキャンしてすぐにむぎの電話に送ったそうだ」

姫子「……すごいね」

さわ子「便利な世の中ね」

風子「……?」


どうしてすぐにこの画像が送られてきたんだろう。


律「星奈で間違いないぜ。梓、コイン貸してくれ」

梓「……はい」

律「……」


手の平にコインを乗せて、私たちの前に差し出される。


姫子「?」

 ――。

律「えっと、私の言う順番に並んでくれ」

紬「何をするの?」

律「面白いものを視せてくれるってさ」

澪「手品か?」

律「そう、手品。風子の隣に姫子が居て、梓、むぎ、澪、私で……輪を作ると……」

 ――。

律「……いや、視えない」

 ――。

律「むぎと梓はナニカ視えるか?」

紬「ううん」

梓「視えません」

律「ふむ……」
655 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/30(日) 14:24:37.77 ID:WmJAPMKKo

さわ子「何をしてるのよ? チャネリング?」

澪「チャネリングって?」

律「神霊的なモノと会話をするために行う儀式……みたいなものかな」

風子「悪魔とか悪霊とか宇宙人とか」

澪「嫌だッ!」

律「違うって……。もっといいものが視れる……らしい」

澪「怖いのはヤダ」

律「分かってるよ。怖くないって」

 ――。

律「唯−! 和ー!」


楽しく話をしている和さんたちを呼びつける。


唯「なんですか!? 楽しく話をしていたのに!」

律「ご、ごめん」

和「どうしたのよ」

律「えっと……」

 ――。

律「輪を作るんだ」

唯「大きな輪だね!」

姫子「……沖縄、ね」

唯「正解!」

風子「……」

紬「?」

梓「沖縄と大きな輪を掛けたんですよ」

紬「あぁ〜」

さわ子「姫ちゃん、ちょっとそれはマズいわよ」

和「えぇ」

姫子「うん、言って損したな……」

澪「…………ブフッ」

 ――。

律「姫子と風子を入れ替えて、姫子の右隣に和、その隣に唯が来て、一つの輪だ」


私の左に梓ちゃん、むぎさん、澪ちゃん、りっちゃん、唯さん、和さん、姫ちゃんで一周。


さわ子「私も仲間に入れなさいよ」

律「さわちゃんは星奈に会ってないだろ。縁が薄いんだよ」

紬「えにし?」

律「あぁ、梓が星奈から貰ったコインを中央に持ってくると――」

 ――。

律「……」
656 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/30(日) 14:25:18.77 ID:WmJAPMKKo

和「何が始まるの?」

唯「手品だって」

姫子「……」

風子「……」

梓「なんでしょうね」

紬「わくわく」

澪「びくびく」


薄っすらとだけど、ナニカが私たちを結ぶのが視えた。


澪「ヒッ――!」

律「動くなよ! これが――縁、だ」

紬「まぁ……!」

梓「これが、えにし……!」

唯「おぉ〜」

和「……」


白くて今にも空気に溶けてしまいそうな糸は、頼りなくも儚い存在だけど、
確実に私たち一人ひとりを結び、私の隣に居る姫ちゃんと梓ちゃんに繋がっている。

人によってはその糸の厚さが違うみたいで、姫ちゃんと私の間には糸がいくつも絡まっていく。
梓ちゃんとむぎさんは紐のような太さ。
和さんと唯さん、澪ちゃんとりっちゃんの糸も同等な太さになっていた。

その線がそれぞれを紡いでいって、私たちを繋いだ一つの輪が出来上がっていた。


姫子「……こ、これ」

 ――。

律「縁というのは、人と人の間に生まれ紡がれるものだ。
  今、みんなが視ているものがその証」

梓「でも……どうして星奈さんのコインから?」

律「私たちを紡がれたこの輪が出来た事、それが姫子と風子の二人が星奈に会った証拠なんだぜ」

姫子「……!」

風子「すれ違っただけだよ……?」

律「えっとー」

 ――。

律「えっと……」

紬「袖触れ合うも他生の縁。その諺通りね」

律「あれ、むぎも幸御霊の声が聞こえるのか?」

紬「ううん、聞こえないよ?」

律「偶然か……」

風子「……」

さわ子「視えないわよ?」

律「さわちゃんがこの輪に入ったら、糸は消えるんだってさ」

さわ子「ブーブー」
657 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/30(日) 14:25:57.65 ID:WmJAPMKKo

 ――。

律「じゃあ、サービスってことで。みんな後ろ見てくれ」

紬「?」

梓「あ……!」

姫子「……これは……?」


私たちから伸びた儚い糸は元クラスメイトへとそれぞれ伸びていた。

私は、英子ちゃん、なっちゃん。

姫ちゃんはいちごちゃん、春子さん。信代さん。


風子「これも縁なの?」

律「あぁ、クラスを紡ぐ、縁だ」

紬「わぁ……!」

澪「すご……あ」

律「終わったか」

 ――。

律「と、まあ、そういう訳で、コインを媒介にした縁の手品でしたぁ」

唯「凄いよりっちゃん!」

律「私の力じゃないけどな。赤い糸って本当にあるみたいだぜ」

瀬織「良いものを視せてもらったわね」

さわ子「視えたの?」

瀬織「えぇ、無数に広がる糸が細かく繊細な様だったのよ」

風子「無数に……?」


そんなに視えなかったけど……。


律「人によっては視える限度というものがあるからな」

風子「りっちゃんは?」

律「瀬織と同じ。無数に伸びた糸が視えた」

紬「私も……。厚さの違いに意味はあるの?」

 ――。

律「あんまり関係無い……らしい。糸……があるだけで充分な繋がりだってさ」

姫子「……難しい話だね」

風子「……うん」

唯「わたしはそんなにハッキリとは視えなかったよ」

和「私も。それほど霊感が強いわけじゃないのね」

律「霊感とは違うけど……まぁ、いいか」

梓「あれ、ということは……?」

紬「星奈さん……逢いたいわね」

律「変わってなさそうだけどな」
658 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/30(日) 14:26:27.68 ID:WmJAPMKKo

梓「姫ちゃんさん達は星奈さんに会ったんですか!?」

律「その話だっただろ! なんで今更ビックリしてんだよ!?」

梓「風子さんの……冗談かと……」

風子「私は冗談言ったことないよ」

梓「ソウデスヨネ」


梓ちゃんの反応が冷たい。

さっきまではちゃんと返してくれたのに。


姫子「豪快な人だったね」

風子「うん。なんだか、一緒に居て楽しいような気分になったね」

澪「ど、どこで会ったんだ……?」

風子「稚内駅で。澪ちゃんはニアミスだね」

澪「あ…あぁー……!」

律「運が無いな、澪は……」

和「星奈……ね。懐かしいわね」

梓「私もさとみさんに会いたいです」

和「東京に行けば会えるわよ」

梓「中々時間が……」

和「彼女も本を書くので忙しいからね」

さわ子「ベストセラー作家のさとみちゃんね、懐かしいわね」

澪「……あの旅のDVD持って来てますから、どこかで見ましょう」

律「お、懐かしいな!」

梓「それじゃあ、私の部屋でどうですか!?」

紬「賛成〜!」

唯「よ〜し、今日は徹夜だー!」


それは楽しそう……。


風子「梓ちゃん、マイク借りるね」

梓「?」

風子「そろそろ演奏してもらおうかなって」

梓「ちょ、今はDVD鑑賞の予定を決めているんですから、もう少し待ってください!」

律「えー……」


ヒョイと、梓ちゃんの手からマイクを取る。


みんながお喋りをしている部屋の中心、そこが照明によって照らされている。

ダンスクラブなので音響設備が整っている。


風子『お集まりの皆さん、少しだけ注目をお願いします』
659 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/30(日) 14:27:38.54 ID:WmJAPMKKo

ザワついていた部屋の中が静まり返る。


風子『今日はお集まりいただいて、ありがとうございます。
   それでは早速ですが、軽音部のみなさんの演奏です! どうぞー!』


「準備してねえよ!」
「待ってくれ!」
「無茶言わないでください!」
「やーるぞー!」
「おー!」


離れた場所から5人の声が上がる。


信代「無茶振りでしょ、風子」


ちか「あははははっ!」

三花「あははっ!」


風子『準備が出来るまで幹事の挨拶を――』


愛「これって台本があるの?」

ちづる「うーん、どうなんだろ」

姫子「風子のアドリブだから」

ますみ「……意外」



風子『忙しい時間の中、こうやってみんなが集まれたことはとても大切なことだと思います。
   これからもこの時間を積み重ねて行きたいと思いますので、よろしくお願いします』


少し離れた場所にいる姫ちゃんに伝えるように。


姫子「……」


風子『今日は楽しんでいってください。演奏の準備が出来次第、またアナウンスしますので、
   しばらくの間お待ちください』


挨拶をそこそこにマイクを切る。

まだ始まったばかり。


姫子「堂に入った司会だね」

風子「プレゼンより全然楽しいよ」

唯「風ちゃん、マイクを貸してくださいな」

風子「?」

唯「ドラムの設置が時間かかるから、わたしが時間を稼ぐんだよ」


この建物にはバンドのライブ施設もあって、そこからドラムは借りている。

あとはそれぞれ楽器を持参してもらいました。
660 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/30(日) 14:28:18.25 ID:WmJAPMKKo

姫子「それって三味線?」

いちご「……三線」

姫子「サンシン?」

唯「沖縄の伝統楽器ですたい。いちごちゃん、オジーに教えてもらった曲を演奏するよ!」

いちご「……ほんと?」

唯「うん! だから前で見て欲しいな〜」

いちご「……うん!」

姫子「……!」


いちごちゃんの嬉しそうな表情。

唯さんの住む沖縄へいちごちゃんは旅行で遊びに行った。

本当は私も行くはずだった旅行。


唯『え〜、ごほんごほん。えーワタクシ、元軽音部の元ボーカル、元唯です!』

律「今のおまえは誰だよ!」

唯『えへへ〜、りっちゃんのツッコミが聞けて嬉しいよ〜』

律「……嬉しいことを言ってくれるじゃねえか」

澪「私にばっかりさせていないでおまえも手を動かせ」

律「へい」


遊んでいたりっちゃんが叱られた。


唯『えっとね、今沖縄に住んでいるんだけど〜、仕事が終わって、
  週に2、3回オジー……ちゃんから三線を習っているんだぁ〜』

風子「いちごちゃんも知ってる人……だよね?」

いちご「……うん。唯さんに紹介してもらって、たくさん話を聞いた」

唯『教えてくれた曲を、みんなの準備が整うまでサン太と一緒に演奏したいと思います』


三線……三太。
661 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/30(日) 14:28:57.79 ID:WmJAPMKKo

春子「ギー太は振られたのか〜?」

唯『失敬な! いつも一緒だよギー太とは! サン太は……そう! あずにゃんの弟だよ!』

梓「初耳ですよ?」

いちご「どの曲を弾くの?」

唯『有名なアーティストの曲だよ〜。それでは聴いてください! 三線の花!』


カン カカカン カカカン カカカン


初めて聞く楽器の音が流れ始める。


いちご「……」

和「……」

姫子「……」


みんな聴き入っていた。


唯『 いつしか忘れられた オジーの形見の三線
   床のまで誕生祝の 島酒にもたれて

   ほこりを指でなでて ゆるんだ糸を巻けば
   退屈でたまらなかった 島唄が響いた     』


左手で時を刻む時計を掌で包む。


唯『 鮮やかによみがえる あたなと過ごした日々は
   やわらかないとしさで この胸を突き破り
   咲いたのは 三線の花            』



唯『 テレビの斜め向かいの あなたが居た場所に
   座ればアルミの窓から 夕月が昇る

   家族を眺めながら 飲む酒はどんな味
   眠りに着く前の 唄は誰の唄         』


お祖父ちゃんを思い出した。
いつも座っていた場所。
その隣にわたしも座っていた記憶が蘇る。



唯『 この空もあの海も 何も語りはしない
   この島に暖かな 風となり雨を呼び
   咲いたのは 三線の花            


   秋に泣き冬に耐え 春に咲く 三線の花    』


カン カカカン カカカン カカカン


目元を拭って、拍手を送る。


パチパチパチ


拍手が次第に大きくなり響く。



パチパチパチパチ!
662 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/30(日) 14:29:45.60 ID:WmJAPMKKo

唯『ありがと〜!』


和「唯がこんな演奏をするなんてね……」


拍手を送る和さんの表情はとても強く凛々しかった。


唯「みんな、準備できた〜?」

梓「出来ましたよ」

澪「あぁ、いつでもいいぞ」

律「バッチこーい!」

唯「むぎちゃんは?」

紬「いつでもいいよ〜。何から始めましょうか?」

澪「あ……」

姫子「?」


澪ちゃんの視線が姫ちゃんを捉えた。


澪「唯、あの曲から始めよう」

唯「え、でも……」

澪「みんな、ちょっと集まってくれ」


澪ちゃんを中心に円陣が組まれる。

663 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/30(日) 14:30:57.76 ID:WmJAPMKKo

風子「……」

澪「姫子はこれから、旅に出る」

律「うん……それで、どうしてあの曲なんだよ?」

澪「大切な曲なんだ。だから私たちで励まそう」

梓「……」

紬「励ます……ということは、それなりの旅路になるの?」

澪「あぁ……。もう、必要ないみたいだけどな」

唯「どういうこと?」

澪「姫子は強いってことだ」

唯「分かったよ!」

律「いや、いまいち分からないんだけど」

梓「でも、私たち……今日が久しぶりの演奏なんですよ?」

澪「……そうだな」

紬「そうね。五年間、一度も演奏していないわ」

律「うん……」

唯「……そうだよね〜」

澪「……安全に、慣れている曲から始めるか?」

紬「あのね」

律「ん?」

紬「なんだか、わくわくするの」

唯「……うん、失敗したらどうしようって、緊張するけど」

梓「ですね。一度も合わせていない曲をぶっつけで演奏する。これって挑戦ですよね」

律「……いいな!」

澪「私たちに出来ること、姫子にも見せよう!」

紬「どんとこいです!」

梓「やってやるです!」

唯「フンスッ!」

律「よーし、軽音部、やるぞー!」

澪紬梓唯「「「「 オー! 」」」」

風子「おー!」

律「6人目!?」

梓「ほら、離れててください」

風子「おっとっと」

和『みんなお待たせ。軽音部の準備が整ったわ』

澪「司会代わってる!」

和「はい、澪」

澪「う、うん」

紬「澪ちゃん、女性パートを私も唄っていいかしら」

澪「助かる」
664 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/30(日) 14:43:27.13 ID:WmJAPMKKo

隣に戻ってきた。
姫ちゃんが訊いてくる。


姫子「なにしてたの?」

風子「打ち合わせ」

姫子「ふーん」


きっと驚く。



澪『えっと、誰かの為に演奏をするというのは、なんだかおこがましいけれど……二人で唄いたいと思います』

紬『私たちが演奏する曲はCon Te Partiro"というタイトルのイタリア語で、あなたと共に旅立とう≠ナす』



姫子「――!」

風子「……」



紬『それでは――』

澪『聴いてください――』







ずっとずっと続いていく 

長い長い道のり


それでも私たちは歩いていく



例え、苦しい道になったとしても

誰かと一緒に

支えあいながら進んでいくのだろう





いつもひとりじゃないのだから







―― Time To Say Good Bye!

665 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage saga]:2012/09/30(日) 14:44:53.06 ID:WmJAPMKKo



これで心置きなく終われます。
終わり終わり詐欺も終わりです。

ありがとうございました。
666 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/09/30(日) 14:50:49.38 ID:t7iDKTR3o

今までのSSの総締めってところかな
面白かった
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