24:名無しNIPPER
2025/07/31(木) 00:57:58.70 ID:DoK8Vme/0
私が3歳の頃のことです。珍しく両親が花見に連れて行ってくれました。地元の桜の名所に場所を取って、3人で飲み食いして。その時に見た夜桜の美しさは、今でも思い出せます。
それから私は花見をする時は、必ず夜にしようと決めていました。あの時ほどに美しくなくても、私にはそれでよかったんです。視野が狭いと、今はそう思えます。でも、大切な目標をくれました。
私は、誰かにとっての夜桜になりたいんです。
25:名無しNIPPER
2025/07/31(木) 00:59:49.14 ID:DoK8Vme/0
【20年後】
あれからそれなりの時間が経った。事務所は大手になり、あの懐かしきビルは手狭になって解体された。今や設立当初の2人は別の舞台にいる。喜ぶべきなのだろう。変化とは誰にとっても美しきことだ。
「……プロデューサー、何してるんですか」
26:名無しNIPPER
2025/07/31(木) 01:00:49.83 ID:DoK8Vme/0
自分の手でコーヒーを淹れる人間も少なくなった。それでも2人だけのコーヒーミルは機嫌良さげに豆を砕く。ここ最近は2人が交代で淹れることになっていた。粉にゆっくりと少し冷めた湯を入れてドリップし、完成。2人の舌に合った温度になるまで置いて、口をつける。変わることのない味と豊かな香りが2人を包んだ。
「腕を上げましたね」
「最初の頃のお前も酷いもんやったよ。コーヒーにいちごを混ぜようなんて言うた時はひっくり返ったわ……ようここまで変わったなぁ」
27:名無しNIPPER
2025/07/31(木) 01:02:08.42 ID:DoK8Vme/0
「……は?」
「だから、プロデューサーになろうと思います」
覚悟は出来ていた。音楽にどう関わるかをゆっくり決めろと言ったのは俺自身だ。しかし、しかし。
28:名無しNIPPER
2025/07/31(木) 01:03:50.86 ID:DoK8Vme/0
「……理由は」
「私は欲張りなんです。だから音楽に関わりながら、人に関わりたい」
「やからってこんな業界くること無いやろ。言っちゃあれやがこの業界は魔女の大釜みたいなもんや。ひっかき回すのは俺らだけでええ」
ありすが睨み返す。あの日母親がした目と全く同じものだった。
29:名無しNIPPER
2025/07/31(木) 01:05:35.07 ID:DoK8Vme/0
彼女の顔がよぎる。彼女に魔法をかけーそれを呪いに変えてしまったとき。彼女は確かに幸せそうに見えた。しかしそれは彼女が本当に掴むべき幸せだったのか?俺が与えられる幸せの総和は、本当に何よりも大きかったのか?
「……私が呪いをかけられたがっていても、ですか」
「呪いをかけられたがっていても、や。魔女の大釜は望んで飛び込むところじゃない」
30:名無しNIPPER
2025/07/31(木) 01:06:28.39 ID:DoK8Vme/0
「……呪った責任から逃げるんですか」
「呪いを魔法に戻すためや。なぁ、頼む」
「嫌です。Pさんは私を呪った、それを一生覚えていて貰わないと気がすみませんから」
ワイシャツにシミが広がる。その声色は震えていて、俺が悪人たらねばならないと示していた。拒むことは出来るー俺がリア王になれるのなら。畜生。俺は悲劇は嫌いなんだ。
31:名無しNIPPER
2025/07/31(木) 01:07:16.44 ID:DoK8Vme/0
Pさんの顔は無実の人間を死刑にする裁判官にも見えました。彼の肩に顔を埋めながら、誰にも気づかれないように笑みを浮かべます。
別に私は嘘をついたわけじゃありません。ただすこし説明が足りない、それだけです。あの人を見ているうちに、音楽に関わるのと同じぐらい人に関わりたいと思うようになったのは本当ですから。ただ。
彼は私の心の父親たろうとしました。がさつで、無茶振りをして、たまに怒って、その数倍褒めました。今思えば、きっとそれは彼なりの誠意だったんでしょう。嫌な思い出を残さないようにしつつ、私が事務所を離れるという決断を下しやすくするための。世の中の父親は娘に嫌われるものです。
でも彼は一つ大事なことを忘れていました。小学生という時期に魔法をかけてくれた人を、女の子はどう思うでしょうか?例えため息と流し目と嘘の涙にまみれていても、鬱陶しい父親のようであっても、その事実だけで十分でした。
32:名無しNIPPER
2025/07/31(木) 01:08:31.75 ID:DoK8Vme/0
酔いが覚めて見る夜桜は、確かに美しいとは言えません。それでも、私は一番近くであの桜を追い続けたかったんです。いつか私自身が、誰かの夜桜になれるまで。
33:名無しNIPPER
2025/07/31(木) 01:10:32.97 ID:DoK8Vme/0
その次の年の6月、ありすは引退ライブを行った。会場は人で埋まり、その数倍の人数が画面越しに見守った。誰もが一つの時代が終わったと思い、懐かしむことだろう。だが、それは大きな間違いだ。これからも誰もがありすの魔法に魅せられるのだから。
完
34:名無しNIPPER
2025/07/31(木) 01:14:53.06 ID:DoK8Vme/0
ありすの誕生日SSでした。ありすは将来千早みたいになると思うんですよ。肉体的にも性格的にも。
完結報告してきます。
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