156:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/09(木) 20:16:09.44 ID:vAi26PND0
端的な声を上げて、腹を押さえて横向きに地面に固まる。一瞬羽が心配されたが、ゆったりとした生地が厚いローブだったため、折れる心配も外に飛び出る心配もなかったのがせめてもの救いだった。元々姫巫女候補の着る服は、羽を保護するように合成の樹脂針金が織り込まれている。だから背中辺りに衝撃を加えても、その殆どは拡散される。
「あったあった。あら……カラン、あなた変な臭いがするわよ?」
涎と、僅かに胃液のようなものを口の端から吐き出しているカランを見下ろし、娘は折角拾い上げた下着をポイ、とまた少女の方に投げ捨てた。そして彼女の白い髪を鷲掴みにし、自分の方に引き寄せる。
157:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/09(木) 20:16:40.57 ID:vAi26PND0
「顔はやめなよ」
「ばれたら後が怖いよ」
流石に危機を感じたのか、他の娘達が口を開く。
158:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/09(木) 20:17:11.39 ID:vAi26PND0
腹を抱えて、カランはやっとの思いで言葉を搾り出していた。その手は、腹に近いポケットに入れてあったゼマルディの花を掴み、握り潰さんばかりに力を込めていた。
「ごめんなさい……許してください……痛いのは嫌……痛いのはやめてください……」
「ねぇ何か言ってるよ?」
159:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/09(木) 20:17:50.12 ID:vAi26PND0
*
――いつの間にか、気絶してしまっていたらしい。
気が遠くなることというのは今まで生きてきて何度か体験しているが、今回が一番深かったような気がする。途中で娘の一人が突き出した爪先がこめかみに当たってしまい。そこで意識が電灯の明かりを消すように途切れてしまったのだ。
160:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/09(木) 20:18:29.53 ID:vAi26PND0
最初は幻覚かと思った。
カランは、小さい頃からそうだった。
夢想家という次元を通り越して、白昼夢を見ることが好きだったといった方がいいのかもしれない。妹から貸してもらった恋愛小説にはまったことがあることからも、それが影響を与えているのも少なからずあった。閉鎖的な空間で、そうでなくとも人間関係が限られる状況。しかしそこで、彼女は殆ど妹以外の人間と話をしたことがなかった。
そんな彼女がすがりついたのは、本だった。室の外からも頼めばあっさりと持ってきてもらえた。カランが不精な娘だったらそうはいかなかっただろう。
それが可能だったのは、つまることろ彼女の容姿。その美しさにあった。
161:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/09(木) 20:18:57.28 ID:vAi26PND0
カランは、黒い一族筆頭の第一御曹司、ルケンのお気に入りだった。
とんでもないことだった。
何をやらせても人並み以下。容姿のみが取り得の、どんな羽かも分からない『足りない』娘が、それだけで選ばれるなんて他の候補にとってはあってはならないことだった。
それが結果的に。
自覚も、対処もさせないままカランを独りにしていた理由に過ぎなかった。
162:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/09(木) 20:19:34.26 ID:vAi26PND0
いや……お話の中の女の子は、助けてもらって泣いて抱きついたりしていたけども。実際にそういう状況になってみると、ただ、ただ一番最初に来るのは強烈な恥ずかしさだった。それに痛い。体中が痛くて、抱きついたりするどころの話ではない。
脱衣所の床に胡坐をかいて、丸まっているカランを膝に抱いていた男性……ゼマルディは、彼女が大きく息をついたのを見て、心底から安堵したように息を吐いた。
「お前一体どうしたのさ? 正真正銘びっくらこいたぞオレぁ。何だ? 喧嘩か?」
163:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/09(木) 20:20:10.15 ID:vAi26PND0
「何……言ってるの……?」
「何言ってるのって、俺ぁお前が呼ぶから急いで跳んできたんだ」
肩をすくめて、彼はいつの間にかカランが右手で握り締めていたサクサンテの花を指で指した。
164:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/09(木) 20:20:41.65 ID:vAi26PND0
「殺したの?」
「んなわけねーだろ。今頃は貯水槽で寒中水泳でもしてるだろーて」
「ゼマルディって……強いねぇ……」
165:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/09(木) 20:21:08.90 ID:vAi26PND0
「ここらへんかな……」
呟いて、彼は目の前の壁に手を突き出した。それが水面に沈み込んでいくように。合成コンクリートの壁にずぶずぶと沈みこんでいく。そのまま彼は壁の中に飛び込んだ。
出てきた場所は、向こう側ではなかった。
なにやら小汚いマットやソファー。虫が湧いているようなカーペットが幾重にも敷き詰められた、足の踏み場もない程のガラクタが詰まっている狭い部屋。その、やはり汚れたベッドの上だった。よく見ると壁は壊れた機械や折れた鉄骨などを組み合わせて、合成樹脂を溶かしたものを間に塗りこんでいる。部屋の中には足が折れたテーブル。ぐらついた木の椅子。そして一メートルはあるかというくらいの巨大なラジオ機の残骸だった。どうやら中にエアコンが組み込まれているらしく、温かく……しかし砂っぽい風が噴き出している。
166:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/09(木) 20:21:39.42 ID:vAi26PND0
「……ここは?」
「オレん家だ。お前、自由行動はあとどのくらいなんだ?」
「え?」
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