187:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/10(金) 20:15:21.13 ID:oNd+Ad/T0
そこでカランは、何事かを言っている監査官達を見もせずに右手をポケットに入れた。そして先ほど掴んだばかりのゼマルディの花を手で掴む。
――大丈夫だよ。
彼は強いんだから、大丈夫だよ。
188:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/10(金) 20:15:57.84 ID:oNd+Ad/T0
その時。
鐘が、鳴った。
ゴゥン、ゴゥン……とその重苦しく、歪で耳の奥に突き刺さる金属の音が、室全体に響き渡った。
189:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/10(金) 20:16:28.69 ID:oNd+Ad/T0
(ゼマルディ……!)
顔を上げて、目を輝かせる。
しかし次の瞬間、カランの鼻にまるで粘りつくような、薄汚いドブを連想させる、鉛色の悪臭が飛び込んできた。体中に絡みつき、べとつく感覚を撒き散らす。
この臭い。
190:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/10(金) 20:16:55.90 ID:oNd+Ad/T0
鼻が、曲がりそうだった。
彼のレモンの澄んだ香りとは似ても似つかない悪臭。しかしその場にいるカラン以外の娘達は皆誰も気づかないのか、逆に周囲の変化した空気にうっとりと眉を降ろしている。
(や、やだ……)
191:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/10(金) 20:17:25.08 ID:oNd+Ad/T0
あまりのことが起きない限り何かを嫌悪などしたことがないカランだったが、この状況は本当に最悪だと,心の底が足りない語彙で警鐘を発していた。
カランだけが座り込んだまま、廊下の向こうから歩いてきた人間が角を曲がるまでの間。監査官を含む娘達は床に膝を突き、廊下の両端に速やかに座り込んだ。そして人差し指と中指だけを床につけ、深々と頭を下げる。
カランもそれに習おうと……あまつさえ、周りの子達に紛れてしまおうとして視線を彷徨わせたが、既に彼女が入っていけるようなスペースはどこにもなかった。一人廊下のど真ん中にへたり込んでいるという奇妙な図式になってしまう。
息ができない。
あまりの臭いに、あたまがグラグラする。
192:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/10(金) 20:17:51.06 ID:oNd+Ad/T0
そこで廊下の向こうから、引きずるほどの袖――黒い一族の正装である長いローブ――と、スカートのような、薄い布で出来た腰当を床に引きずった少年が顔を覗かせた。
綺麗に櫛が入り、梳かされてピンなどで留められた茶色の髪。そして鳶色の瞳。
端正な顔立ち……いや、まるで人形のような整った卵形の顔だ。背丈はひょろ長く、僅かに猫背。顔には色とりどりの顔料で線が引かれていた。
袖をぶらぶらさせながら彼は周りを見回し、そして挨拶もせずに、一人取り残されているカランに目を留めた。
そして、彼はカランから視線をずらし。
193:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/10(金) 20:18:22.65 ID:oNd+Ad/T0
溜まらず鼻を抑えたカランの目に、目前の男の口元……僅かに整った笑みを浮かべた口元が裂けそうな程強烈に、しかし一瞬だけニヤリと動いたのが見えた。
「ルケン様。ご足労、度々、度々かしこみまして候」
監査官の一人が頭を下げながら口を開く。しかし少年……十二、三ほどにしか見えない彼は監査官を一瞥もしなかった。もう一度鼻を鳴らし、侮蔑をこめた瞳で廊下の突き当たりを見てから、視線をカランに送る。
194:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/10(金) 20:18:52.66 ID:oNd+Ad/T0
ルケンと呼ばれた少年は、そんな彼女の様子を気にかけるでもなく、悠々と姫巫女達が並ぶ廊下を歩いてカランに近づいてきた。
――臭い。
臭いの。
195:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/10(金) 20:19:21.88 ID:oNd+Ad/T0
そしてわざとなのか、すり足でゆっくりとその場を去りながら口を開く。
「……異臭がするから来てみれば……」
「……」
196:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/10(金) 20:19:50.66 ID:oNd+Ad/T0
彼女達は、それこそが男性の志向の……最上の美顔だと思っている。
しかしカランから見れば、それはそう……ただ、そう……。
邪悪な。
どうしようもなく邪な。
ゼマルディのように本心から笑い飛ばすような笑顔ではなく、ただ単に何もない。
197:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/10(金) 20:20:57.45 ID:oNd+Ad/T0
「は…………はぃ」
最後の方は、恐怖で掠れて消えた。
彼が何のためにここに来たのか、それを推し量りかねていたのだ。もしかしたら一年ほど前のように、狭い部屋に二人きりで何時間も閉じ込められ、好き勝手に弄り回されるのかもしれない。
そんなことになったら、本当に死んでしまう。
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