244:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/11(土) 19:23:04.62 ID:87ru5DuQ0
生肉を焦がす青臭い、真っ黒な煙が彼の目から噴出している。ボダボダと垂れ流されているのは、顔面の肉が溶けて油となり、そして火がついて燃え尽きていく過程で出来た結露だった。
たっぷり十数秒は棒を押し付けると、それに張り付いた皮と共に、ルケンはポイ、と脇に凶器を放り出した。
白目を向いて痙攣しているゼマルディの体が弛緩し、鎖に支えられる形でダラリと垂れ下がる。ひょっとしたらショックで死んだのかもしれない。それ以前に、その時のゼマルディは、自分の魂が体に入っているのか、それとも三途の川の出口にいるのかさえも分からなかった。
痛みと熱さ、そんなものではない。
245:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/11(土) 19:23:30.82 ID:87ru5DuQ0
まだ、溶けた肉と皮はポタポタと垂れ落ちていた。意外なことに血は殆ど出ていなかった。焼ききられてしまったのだ、蒸発して、それでおかしな形で癒着されてしまっている。右目は完全に破裂し、眼窟からは真っ黒に焦げた骨が覗いていた。その強烈な火傷は右顔から右頭頂部、そして左鼻を越えるところまで広がり、あまりの熱量を至近距離で浴びたがために、左目さえも白濁していた。
意識を失っているゼマルディを、たっぷり数分間は鑑賞した後。ルケンは興味を失ったように肩をすくめて、彼の無事な方の髪を掴んで顔を引き起こした。
「やあ、おはようマルディ」
246:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/11(土) 19:24:09.37 ID:87ru5DuQ0
「さて」
「……」
「お前たち、あの『俊足のマルディ』をこうやって捕獲できたわけだが、どうする?」
247:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/11(土) 19:24:38.67 ID:87ru5DuQ0
「じゃあ、こいつを俺のカランの目の前でひき肉にしようか」
「姫巫女宮にてでございますか? 流石にあそこで処刑を執り行うことは、元老院の御方々の逆鱗に触れかねないかと」
「構わん。俺がいいといったら、別にいいんだ。それに処刑じゃあない」
248:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/11(土) 19:25:08.29 ID:87ru5DuQ0
「そろそろ発狂するかな? それとも失禁するかもしれないな。とりあえず前菜はこいつの兜煮にしてやろう。第一声が楽しみだよ」
ルケンは、ゼマルディの髪を掴んだまま、ずるずると引きずりつつ歩き出した。
「楽しみだよ。ほんとにさ」
249:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/11(土) 19:25:36.75 ID:87ru5DuQ0
半死の重症人に鎖をかけながら、それにいち早くきづいたのは刑仕官達だった。ルケンが反応するより先に、彼らの腕が動く。
しかしゼマルディはそれよりも早く、無事な方の左腕を虚空に向けて突き出していた。その、空中の何もない場所……熱気とゴミ臭さで歪む空気の層に、トプリ……と水面の波紋のような紋様が浮かび上がり、彼はそこから左腕を起点にして、転がるようにして体を回転させた。
ルケンが歩き出したことで、拘束していた鎖が緩んだのが幸いした。
空中に作り出した、その『空間の繋ぎ目』に横滑りに体を滑り込ませ……しかしそこで折れた右腕がつっかえ棒のように鎖に絡まっているのを感じる。
ゼマルディは、反射的に。
250:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/11(土) 19:26:05.95 ID:87ru5DuQ0
ポタリポタリポタリ、と頬に生臭くねばっこい血の塊が流れ落ちてくる。慌てて振り向いたルケンの目に、空中の繋ぎ目から上半身だけを覗かせたゼマルディが、歯を食いしばって残った左腕を横殴りにするのが見えた。
少年のものよりも数段大きい拳が、彼の胸に突き刺さる。
本来なら人間などの力で、いくら子供とはいえ殴って相手が浮き上がるということはない。しかしその時のゼマルディが発した力は、ルケンの常識を遥かに超えるものだった。肋骨が軋みを上げ、指すような痛みが胸に広がった……と思った途端、彼の体は例えようもないくらいに圧倒的な……重機のような力で後方に吹き飛ばされていた。抵抗することも出来ずに、放物線を描いて五、六メートルは後方に空中を滑り……。
そして、丁度焼却炉の側面に開いていた、補助投下口に落下を始める。空中できりもみになりながら、ルケンの目に手首が内側に折れ曲がったゼマルディと、胸ポケットから焼却炉に向かって落下していく花が映った。
251:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/11(土) 19:26:35.99 ID:87ru5DuQ0
ゼマルディは白濁した左の瞳で、落下していくルケンを見て……そしてスッ、と何もない空中に姿を消した。
我に返り、火口と同様な様子を呈している焼却炉入り口を一瞥し、ルケンは右腕を下に向かって振った。途端、彼の首筋に埋め込まれていた黒い玉が淡い光を発し、難なくふわりと……トランポリンのように何もない空中を跳ねて、ルケンは少し離れたゴミの上に着地した。そして胸を押さえて、地面に膝を突く。それは、明らかに引力という物理法則を無視した動きだった。
刑仕官達が何事かを叫びながら駆け寄ってくる。
しかし、ルケンは彼らの方など見ていなかった。脳裏に無残に落下していく……炎の中に落ち込んでいく自分の花の光景が次々とフラッシュバックする。
体を小刻みに震わせながら、歯を強く、強く噛み締める。
252:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/11(土) 19:27:04.79 ID:87ru5DuQ0
*
目が覚めたとき、そこに彼はいた。
体には血で点々とコーティングされたマントを羽織り、肩を落としてその場に座っていた。細く、断続的に息をしている。
言葉を失った。
253:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/11(土) 19:28:24.12 ID:87ru5DuQ0
本当に、そこには何もなかった。
包帯には血がにじんでいるものの、あふれ出したりはしていないようだ。歯で噛んで結び目をつくり、彼は左手を何度か握って開いてを繰り返してから、額の脂汗を拭った。
彼は、ピエロのようなマスクをつけていた。丁度右半分を覆い隠すような、薄汚れてヒビが入った……何処から見つけてきたのかというくらい古い半面マスクを、ボロボロのゴムで顔に固定している。彼が加工したのか、それは右半分の頭頂部までを覆うような構造になっていた。
……彼の高い鼻。そして左目の下まで、何かゴムが溶けたような傷跡が広がっていた。ピンク色にミミズを連想とさせる痕が走っている。唇も、上の部分が変な形に癒着しているのが見て取れた。
彼はまた大きく息をつくと、カランが常備していた水差しを手に取り、中身を一気に口の中に流し込んだ。そしてむせて何度か咳をした後、青白い顔で停止しているカランの方を向く。
254:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/11(土) 19:28:57.08 ID:87ru5DuQ0
マントで綺麗になくなっている右腕をサッと隠し、彼はまだ小さく震えている左手を伸ばし、そしてカランの手を強く握った。
「おう……どうした?」
「……」
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