1:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府)[sage]
2012/05/28(月) 23:29:44.35 ID:/I28LKnko
室内は薄暗く、ボトルやグラスが並んでいるカウンター正面の棚の背中は、薄い水色のライトが光っていて、顔を覚えてしまった初老のバーテンダーは、いつもの様に仏頂面だった。
室内の中央壁際には年季の入ったグランドピアノと、薄汚れたキックドラムが目に付くドラムセットがおいてあり、その前には演者を迎えるスタンドマイクがある。
背もたれのない固い丸椅子に腰掛け、ひじをカウンターに預け、私は横に座る、つい先日全治数ヶ月の重体から帰ってきた、期待の敏腕プロデューサーとグラスを打った。
背の低いグラスに注がれたウイスキーをちびりと呷り、私は彼に言った。
「お疲れ様」
彼は口を付けていたグラスをカウンターに置くと、顔をこちらに向け、「社長もお疲れ様です」と労い返してくれた。
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2:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府)[sage]
2012/05/28(月) 23:31:55.15 ID:/I28LKnko
今日は我が765プロダクションの皆を集めて、彼の退院祝いを兼ねたささやかな花見をした。
弁当を持ち寄った娘もいて、料理に舌鼓を打ち、皆で騒いだ。
空が薄紫になったあたりで、宴は終わり、私と彼は二人だけで男臭い二次会に来たのだ。
「久々に皆で集まって、騒げたのはとても楽しかったです」
3:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府)[sage]
2012/05/28(月) 23:33:41.86 ID:/I28LKnko
店内の他の客がにわかに騒ぎ始めた、と思っていた途端に静かになる。
彼は何事か、と丸椅子をぎぃと回し、店内の中央に体を向けた。私も体を回す。
今でさえ暗い照明が、もう一段階落とされる。店内を照らすのは、テーブル席の中央に置かれている赤いキャンドルだけだった。
ぱっ、とグランドピアノにライトが当てられた。
4:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府)[sage]
2012/05/28(月) 23:35:15.80 ID:/I28LKnko
ピアノが旋律を奏でる。
ハンマーから伝わる振動は、細い音に変わり私達の耳元でささやいた。
女性が歌う。伸びやかで力強い声だ。
これはなんの曲だろうか。ジャズということしかわからない。
5:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府)[sage]
2012/05/28(月) 23:36:31.37 ID:/I28LKnko
「あぁ。黒井とも同じだよ。元々黒井とは同じプロダクションだったからね」
「そうなんですか。じゃあ音無さんはなんだったんですか。事務員?」
「君は音無君に気があるのかね?」
「えぇ!? そういうわけじゃないですよ! ただ気になっただけで」
彼をからかうと面白い反応が返ってくる。これは真美君と亜美君に教えてもらった。
6:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府)
2012/05/28(月) 23:39:24.09 ID:/I28LKnko
「そうだな。あれは君が入社した頃と同じ春先だったかな」
私はあの当時を思い返し、言葉を選びながら話す。
「私はあるプロダクションに入社してから、何年か経っていた。業界では黒井と揃って敏腕なんて呼ばれていてね」
7:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府)[sage]
2012/05/28(月) 23:44:41.70 ID:/I28LKnko
「もう一人は君もこの業界にいるのなら知っているだろう、日高舞だ。彼女は音無君とは違い、候補生の時から貫禄が違っていたよ」
「日高舞!? あの日高舞ですか?」
「そうだよ。あの日高舞だ」
日高舞は芸能界にその名を轟かせた――アイドルにこんな表現を使うのはおかしいのだが、実際に言葉の通りなのだ――お騒がせアイドルのことだ。
8:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府)
2012/05/28(月) 23:53:31.13 ID:/I28LKnko
「おい! 黒井、聞いたか? 久々に新しいアイドルがプロダクションに入るみたいだぞ」
入社した時の汚い、まるで倉庫の様だった事務所よりも広く綺麗になった事務所で、興奮冷めやらぬまま、俺は、資料の角を机で揃えている黒井に詰め寄った。
「聞こえている。それと唾を飛ばすな。汚らしい」
デスクに備え付けられているティッシュペーパーを一つまみし、資料に付いたらしい唾を拭いている。
9:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府)[sage]
2012/05/28(月) 23:54:14.62 ID:/I28LKnko
「あぁ、すまんな。そんなことより、新しいアイドルだぞアイドル!」
今回のプロデュースでは、アイドルとしての実績で黒井が育てたアイドルに負けてしまった。
アイドルを黒井との勝負の道具にしている様で心苦しいが(もちろん道具なんて思ってはいない)、俺はプロデュースで黒井と勝負するのが楽しくて、好きだった。
「ふん。またお前が負けることになるだろうがな」
10:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府)[sage]
2012/05/28(月) 23:54:40.22 ID:/I28LKnko
「これは?」
「前のアイドルのプロデュースが終了したといっても、あの子のアイドル人生が終わったわけではないからな」
資料を拾い上げて黒井に渡す。黒井は感謝もなく資料を受け取ると、手で資料の汚れを払う。
「ふーん。俺はそんなことする必要ないと思うけどな。アイドルとの関係なんて、会ってから作ればいいじゃないか」
11:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府)[sage]
2012/05/28(月) 23:55:19.90 ID:/I28LKnko
「お前とは反りが合わんな。で、いつ新しいアイドル“候補生”は入るんだ」
こうして軽口を叩く間柄にもなった。なんだかんだ言って、新しいアイドルについて気にしているらしい。
「おぉ、社長から聞いたんだけどな、来週には候補生で入るらしい」
「来週か。そのときこそ、お前に引導を渡してやろう」
12:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]
2012/05/29(火) 14:37:21.17 ID:vRFJeBGa0
雰囲気バッチリだな。
読み応えありそうだわ。
期待
13:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東)[sage]
2012/05/30(水) 18:31:01.96 ID:EoiMD5rAO
期待!
14:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府)[sage]
2012/05/31(木) 23:17:57.00 ID:AG48E/nCo
ちょっと文章が気に食わないので書き直します。
15:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府)
2012/05/31(木) 23:21:50.56 ID:AG48E/nCo
室内は薄暗く、ボトルやグラスが並んでいるカウンター正面の棚の背中は、薄い水色のライトが光っていて、顔を覚えてしまった初老のバーテンダーは、いつもの様に仏頂面だった。
室内の中央壁際には年季の入ったグランドピアノと、薄汚れたキックドラムが目に付くドラムセットがおいてあり、その前には演者を迎えるスタンドマイクがある。
背もたれのない固い丸椅子に腰掛け、ひじをカウンターに預け、私は横に座る、つい先日全治数ヶ月の重体から帰ってきた、期待の敏腕プロデューサーとグラスを打った。
16:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府)[sage]
2012/05/31(木) 23:23:28.62 ID:AG48E/nCo
今日は我が765プロダクションの皆を集めて、彼の退院祝いを兼ねたささやかな花見をした。
弁当を持ち寄った娘もいて、料理に舌鼓を打ち、皆で騒いだ。
空が薄紫になったあたりで、宴は終わり、私と彼は二人だけで男臭い二次会に来たのだ。
「久々に皆で集まって、騒げたのはとても楽しかったです」
17:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府)[sage]
2012/05/31(木) 23:24:18.66 ID:AG48E/nCo
店内の他の客がにわかに騒ぎ始めた、と思っていた途端に静かになる。
彼は何事か、と丸椅子をぎぃと回し、店内の中央に体を向けた。私も体を回す。
今でさえ暗い照明が、もう一段階落とされる。店内を照らすのは、テーブル席の中央に置かれている赤いキャンドルだけだった。
ぱっ、とグランドピアノにライトが当てられた。
18:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府)[sage]
2012/05/31(木) 23:25:09.22 ID:AG48E/nCo
ピアノが旋律を奏でる。
ハンマーに叩かれて伝わる弦の振動は、細い音に変わり私達の耳元でささやいた。
女性が歌う。伸びやかで力強い声だ。
これはなんの曲だろうか。ジャズということしかわからない。
19:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府)[sage]
2012/05/31(木) 23:25:36.87 ID:AG48E/nCo
「あぁ。黒井とも同じだよ。元々黒井とは同じプロダクションだったからね」
「そうなんですか。じゃあ音無さんはなんだったんですか。事務員?」
「君は音無君に気があるのかね?」
「えぇ!? そういうわけじゃないですよ! ただ気になっただけで」
彼をからかうと面白い反応が返ってくる。これは真美君と亜美君に教えてもらった。
20:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府)[sage]
2012/05/31(木) 23:26:33.85 ID:AG48E/nCo
「そうだな。あれは君が入社した頃と同じ春先だったかな」
私はあの当時を思い返し、言葉を選びながら話す。
「私と黒井は、あるプロダクションに入社してから何年か経っていた。業界では黒井と揃って敏腕なんて呼ばれていてね」
21:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府)[sage]
2012/05/31(木) 23:27:05.85 ID:AG48E/nCo
「もう一人は君もこの業界にいるのなら知っているだろう、日高舞だ」
「日高舞!? あの日高舞ですか?」
彼は思ったより大きな声を上げる。
初老のバーテンダーがいつにもまして顔をしかめていた。
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