過去ログ - 遊佐こずえ「つれてってくれるから」
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2014/05/17(土) 00:51:09.56 ID:SBYvJ4MO0
私は人を見る目だけはある。しかし、それを育てる腕を持たなかった。だから彼女たちを、手放さざるをえなかった。
先日、とうとうアイドルの所属人数が一を切った。みんな別の事務所に、移籍してしまったのである。そのおかげもあって、金だけは貯えに余裕があった。移籍のさいに積まれたそれは、彼女たちへの評価ともとれて、自分の目に狂いがなかったことだけ、確認できた。
事務所は静まりかえっている。事務員はずいぶん前に出ていった。アイドルはもういないのだから、私が口を開かなければ、静かなのは当然だ。思考へ耽ることに最適な場と思い、私は事務所のこれからを案じ始めた。いくつか考えて、どれも現実的ではないことに気づき、最後に事務所をたたむよう、結論づける。夢を持って始めたことであるので、そういう結末を迎えるのは、とても悲しかった。
沈んだ気持ちを吊り上げようと、私はコーヒーを求めて棚に寄り、粉も豆もないことに気づいた。仕方なく外套を羽織って、コーヒーを買いに外へ出る。外は曇り空で、身震いするほどに寒い。私は猫背で歩きながら、道中の公園を、なんの気なしに覗き込んだ。これはスカウトをしていた頃の名残りで、あまり行っていると、どうにも見てくれが悪いので、最近は意識的に避けていた行為だ。
公園には、人っ子一人いない。遊具も風の子が遊ぶばかりで、活気とは無縁だ。私は視線を前に戻し、足早に公園を後にした。
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2014/05/17(土) 00:52:12.63 ID:SBYvJ4MO0
帰り道に、缶コーヒーの入った袋を提げて、また公園を覗き見た。やはり陰気さを拭えないが、先とは違い、そこには人影がある。小柄な影は、十歳ほどの女の子だった。女の子はどの遊具にも触れず、一人でぽつんと立っている。私は彼女に、声をかけるべきか迷っていた。遠目から見ても、彼女は歳不相応に美しく感じる。アイドルの原石に間違いないのだ。
結局、私は声をかけることを選んだ。できる限り柔和な笑みを浮かべながら、女の子に近づいていく。十五歩進んだところで、彼女は私の方を向いたが、ぼんやりとしたまま、動こうとしない。彼女はそのまま、私が傍まで寄ってきても、不思議そうに見つめてくるだけだった。
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2014/05/17(土) 00:52:58.48 ID:SBYvJ4MO0
「ままとぱぱなら……いま、いないよぉー」
彼女は語尾を間延びさせて、そう答える。私はその台詞を残念に思った。彼女の両親に話を通さなければ、アイドルにはなってもらえないからだ。どうしようかと悩んでいると、意外にも、彼女が口を開いた。
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2014/05/17(土) 00:53:40.11 ID:SBYvJ4MO0
こずえは覚えが早く、ダンスも歌も、あっという間にものにしていく。私は彼女の優秀さに、安堵を覚えていた。彼女は一人で成長してくれる。それは私の育成を必要としない、ということでもある。彼女は私の実力不足で、失脚することがないのだ。過去に所属していたアイドルたちのおかげで、仕事の伝手は余りあるほどだったため、彼女はすぐに、多くの仕事を持つようになった。
毎度のことだが、こずえはレッスン終わりに、私を呼び出してくる。彼女いわく、着替えさせてほしいのだという。彼女は仕事が得意なわりに、着替えなどを上手くできないらしい。
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2014/05/17(土) 00:54:18.81 ID:SBYvJ4MO0
新たにスカウトしたアイドルたちが、こずえほどではないにしろ、人気を持つようになった頃、事務所に大きな仕事が舞い込んできた。大型テーマパークを貸し切っての、大規模なライブである。そのライブは、事務所のアイドル全員が出演し、成果があれば全員の大きな人気に繋がるものだ。しばらくの間、私はライブの準備にかかりっきりになった。
事務机にしがみついていると、こずえが着替えをせがんでくる。私はトレーナーに手伝ってもらうよう言うと、また机上に目を向けた。着替えの補助なら、私以外にもできるだろうと、たかをくくっていたのである。
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2014/05/17(土) 00:54:54.59 ID:SBYvJ4MO0
こずえの名前を呼ぶ。彼女は私に気づくと、嬉しそうに笑った。
「ぷろでゅーさー……みつけてくれたぁー」
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2014/05/17(土) 00:55:33.09 ID:SBYvJ4MO0
私の口から出たのは、否定の言葉だった。こずえの信頼を無碍にする、自己保身の言葉だ。彼女が私に失望したとき、それが大きくならないよう、予防線を張ったのだ。
こずえの手を握り、事務所に帰るよう促した。けれども、彼女は立ち止まり、私をずっと見つめてくる。
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