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2014/12/20(土) 06:41:26.32 ID:DL0z8tZuo
時折、確かめるように日記帳を開くことがあった。
記憶の残り香を抱いて、古い自鳴琴へ耳を傾けるように。
それが忘れたふりだということは、分かっていた。
たまゆらに起こった細波へ今一度揺られようと素足を沈める――ただそれだけに過ぎないことを。
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2014/12/20(土) 06:42:23.93 ID:DL0z8tZuo
――――
その頃、私はほとんど毎日、街中にあるチェーンの喫茶店へ通っていた。
隅の二人がけのテーブル席がお気に入りで、よく編み物の本を読んでいた。
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2014/12/20(土) 06:43:10.47 ID:DL0z8tZuo
「編み物が趣味なんですか」
カップから漂う香り越しに見ると、彼は微かに笑っていた。
表紙を見せるように、手首を少し反す。
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2014/12/20(土) 06:43:41.41 ID:DL0z8tZuo
「もしよければ、名前を教えてくれないかな」
「どうしてですか」
「仕事柄、気になった子の名前は訊けって言われるもんで……」
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2014/12/20(土) 06:44:27.35 ID:DL0z8tZuo
彼はカップの縁を指で撫でつつ、窓の方へ振り返った。
見ると、往来にパラパラと雨が降り始めていた。
「参ったな。明日は降らなきゃいいけど」
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2014/12/20(土) 06:45:28.39 ID:DL0z8tZuo
「もしよかったら、どうぞ使って下さい。名前と相席のお礼ということで」
返事を待たず、彼は席を立った。
会計を済ませ、雨の往来へ走り出て行った彼の背中が見えなくなると、
私はテーブルの傘を手に取った。
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2014/12/20(土) 06:46:12.12 ID:DL0z8tZuo
――――
時折、出涸らしのような罪悪感に駆られて、学校へ行くことがあった。
大抵は午前の授業が終わる前に保健室へ駆け込んで、
お昼休みには早退するのだけれど――今日も同じように保健室へ駆け込んだ。
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2014/12/20(土) 06:46:46.64 ID:DL0z8tZuo
結局いつもと同じく、昼休みになると荷物を取って学校を早退した。
曇り空の下、成仏できない幽霊のようにあてなく歩いた。
時折、木枯らしに足元がふらついた。
家に帰る気分ではなかった。
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2014/12/20(土) 06:47:29.87 ID:DL0z8tZuo
正直、意外だ。彼は芸能界のような華やかさと無縁に見えたから。
どちらかと言えば、保健室の養護教諭に似ていた。
私はその人混みを追った。
私に気付いてくれないかと期待したけれど、彼は仕事に夢中らしかった。
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2014/12/20(土) 06:48:03.77 ID:DL0z8tZuo
自動販売機で買った缶のココアにかじかむ手を温めていると、笑いがこみ上げてきた。
ただ、傘を返そうというだけで、私はなにをしているんだろう。
ようやく少女と彼がラジオ局から姿を現したとき、空は藍と紫の絵の具を混ぜ合う水のようだった。
私は空き缶をゴミ箱に放ると彼の元へ走り寄った。
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2014/12/20(土) 06:48:51.93 ID:DL0z8tZuo
「傘、ありがとうございました」
鞄から折り畳み傘を出して彼に手渡す。彼の横で少女がキョロキョロと私を見ていた。
それから、彼女は彼の方を見上げて、訊いた。
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