7:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]
2014/12/20(土) 06:45:28.39 ID:DL0z8tZuo
 「もしよかったら、どうぞ使って下さい。名前と相席のお礼ということで」 
  
  返事を待たず、彼は席を立った。 
  会計を済ませ、雨の往来へ走り出て行った彼の背中が見えなくなると、 
  私はテーブルの傘を手に取った。 
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2014/12/20(土) 06:46:12.12 ID:DL0z8tZuo
  ―――― 
  
  時折、出涸らしのような罪悪感に駆られて、学校へ行くことがあった。 
  大抵は午前の授業が終わる前に保健室へ駆け込んで、 
  お昼休みには早退するのだけれど――今日も同じように保健室へ駆け込んだ。 
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2014/12/20(土) 06:46:46.64 ID:DL0z8tZuo
  結局いつもと同じく、昼休みになると荷物を取って学校を早退した。 
  曇り空の下、成仏できない幽霊のようにあてなく歩いた。 
  時折、木枯らしに足元がふらついた。 
  
  家に帰る気分ではなかった。 
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2014/12/20(土) 06:47:29.87 ID:DL0z8tZuo
  正直、意外だ。彼は芸能界のような華やかさと無縁に見えたから。 
  どちらかと言えば、保健室の養護教諭に似ていた。 
  
  私はその人混みを追った。 
  私に気付いてくれないかと期待したけれど、彼は仕事に夢中らしかった。 
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2014/12/20(土) 06:48:03.77 ID:DL0z8tZuo
  自動販売機で買った缶のココアにかじかむ手を温めていると、笑いがこみ上げてきた。 
  ただ、傘を返そうというだけで、私はなにをしているんだろう。 
  
  ようやく少女と彼がラジオ局から姿を現したとき、空は藍と紫の絵の具を混ぜ合う水のようだった。 
  私は空き缶をゴミ箱に放ると彼の元へ走り寄った。 
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2014/12/20(土) 06:48:51.93 ID:DL0z8tZuo
 「傘、ありがとうございました」 
  
  鞄から折り畳み傘を出して彼に手渡す。彼の横で少女がキョロキョロと私を見ていた。 
  それから、彼女は彼の方を見上げて、訊いた。 
  
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2014/12/20(土) 06:50:03.92 ID:DL0z8tZuo
 「工藤忍をどうぞよろしく」 
  
 「ねぇ、アタシにも心の準備というものが……」 
  
 「いいかげん慣れてもらわないと、ロクに紹介もできないや」 
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2014/12/20(土) 06:51:13.13 ID:DL0z8tZuo
  ―――― 
  
  夕食の席で母に、土曜日に東京へ行くことを伝えた。 
  
 「お仕事?」 
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2014/12/20(土) 06:52:08.34 ID:DL0z8tZuo
  土曜日の朝、起きると私はさっさと着替えて、家を出た。 
  この息苦しさとも今日限り別れられるかもしれない。 
  
  新幹線での二時間は退屈だった。 
  母からミュージックプレイヤーを借りてきてよかった。 
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2014/12/20(土) 06:53:07.51 ID:DL0z8tZuo
  名刺に印刷されていたプロダクションは、雑居ビルの一室に事務所を構えていた。 
  様々な広告看板に紛れるそれは、一見するとサラ金か英会話教室に思える。 
  
  一つ深呼吸をしてビルの階段に足をかけた。 
  事務所のある三階まで上っただけなのに、息が切れる。 
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