過去ログ - ゆき「亜人?」
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569: ◆8zklXZsAwY[saga]
2016/09/23(金) 23:05:43.69 ID:m50+y+cIO

琴吹は昔の友達のことを思い出していた。自分が亜人だとわかるまえのことで、琴吹が恩を与えた相手だった。琴吹が海斗にその友達のことを話したことはない。これからも話すつもりはなかった。おそらく、もう死んだであろうそいつのことなど、琴吹にはもうどうでもよかった。

琴吹は潰れたタバコの箱から一本取り出しそれを海斗に手渡した。海斗は琴吹から受け取ったタバコを口に咥えてからコンロを付けると、青い円を形作る火にタバコの先を近づけた。タバコの先端が赤く光り、そこから白く細い煙が立ち昇る。細煙は電灯の光を受けとめ、みずからの白色と電灯の黄色い光を調和させ、はちみつのような淡い色を生み出していた。

以下略



570: ◆8zklXZsAwY[saga]
2016/09/23(金) 23:09:04.75 ID:m50+y+cIO

琴吹は黙ってそれを受け取ると、口にタバコを咥え存分に味わった。今度は海斗がコーヒーを飲む番だった。しばらくすると、琴吹がさっきの海斗と同じ行動を取った。海斗もまた、琴吹がそうしたように無言でタバコを受け取った。

タバコを根本まで吸い切るまで、二人のあいだでタバコの移動が続いた。外から見ると、タバコの赤い火がまるで蛍の光ように見えた。タバコが一方の口に咥えられているとき、もう一方の口はコーヒーに浸されていた。コーヒーの色は、今夜の新月の風景のように真っ黒だった。やがて、タバコの小さな赤い灯も、すっかり冷めてしまったわずかなコーヒーの残りもなくなってしまった。

以下略



571: ◆8zklXZsAwY[saga]
2016/09/23(金) 23:11:37.63 ID:m50+y+cIO
おまけB終わり。

立てこもるなら、少年院ってけっこういい場所なのかも。でも、雰囲気は悪そう。


572: ◆8zklXZsAwY[saga]
2016/09/23(金) 23:17:13.15 ID:m50+y+cIO

その建物は堅牢さではシェルターと呼ぶにふさわしい立方型の建物で、シャッターを閉めきれば地面と接する四方の壁に建物への入り口はなく、梯子を使って屋上から中に入らなければならなかった。

屋上には銀行の金庫室の扉を思わせる丸い入り口があり、そこについているハンドルが内側から回され、軋んだ音を立てた。中から一人の男が出てきた。男は昼休憩に出てきたといった風情で外の空気を吸った。タバコを取り出し口に一本咥え、ライターで火を付け、深々と吸う。鈍い光が降り注ぐ冬の朝みたいに、男は白い煙をばーっと吐き出した。タバコの煙は上空に向かって真っ直ぐ消えていった。

以下略



573: ◆8zklXZsAwY[saga]
2016/09/23(金) 23:18:35.28 ID:m50+y+cIO

突然、黒い幽霊が首を巡らして死んだ迷子を見た(といっても、幽霊に目はなかった)。そして、平べったい頭部が上下に割れたかと思うと、次の瞬間には、幽霊が死者の頭部をまるごと齧り取ってしまっていた。首から上が無くなった死体はごろんと地面に倒れた。嘴の先に食べ物を咥えた鳥がそうするかのように、幽霊は頭を上に向け喰いちぎった頭を喉の奥へ落として、頭蓋骨を噛み砕いた。


佐藤「田中君」
以下略



574: ◆8zklXZsAwY[saga]
2016/09/23(金) 23:19:22.19 ID:m50+y+cIO

佐藤「そういえば田中君、もう奥山君から聞いたかい?」

田中「なんすか?」

以下略



575: ◆8zklXZsAwY[saga]
2016/09/23(金) 23:21:36.30 ID:m50+y+cIO

田中の静止を気にもとめず、佐藤はその一体に向かって歩いていった。その一体も、佐藤の姿を認めた。先に死んだ“かれら”がそうしたように、歯を剥いて佐藤に噛みつこうとしていた。かあっ、かあっ、と舌を使わない音が口からもれる。歯を剥いたその一体には、すでにただの死体になった仲間の姿は見えないようだった。幽霊もすでに消滅していて、その一体の目には脅威らしきものはなにも見えなかった。

佐藤もその一体も、互いに正面から近づいていった。すり足のように足を動かす“かれら”と違い、佐藤の足取りはまっすぐ大股だった。なので、仕掛けるタイミングは佐藤のほうが早かった。佐藤の両手がその一体の頭に伸びた。右手は頭頂部を押さえ、左手で顎を下からがっちり掴んだ。まるでセメントで固められてしまったかのように、その一体の全身がピクリとも動かなくなった。佐藤の前腕に力を込められ、筋肉が膨らみ、手のひらを通じて頭部に多大な握力がかかった。顎を掴んでいる左手も同様で、開いた口は無理やり閉じられ、その一体は血と肉で汚れていた歯で自分の舌が潰され、赤い舌が靴が脱げ裸足になった右足に落ちた。

以下略



576: ◆8zklXZsAwY[saga]
2016/09/23(金) 23:22:46.10 ID:m50+y+cIO

佐藤と田中が建物のなかに戻ると、銃器の点検を終えた高橋とゲンが与太を飛ばしていた。奥山は、ソファに腰掛けた二人から離れた位置でドローンの改造を行っていた。三台のドローンが作業台の上に置いてあって、すでに改造を済ませた二台が等間隔に並べられている。奥山はドライバーを使い、三台目のドローンから不要なパーツを取り外し作業台の傍に寄せた。左右から取り外したパーツがあった場所に音響装置をふたつ装置すると、奥山は改造ドローンをふたたび作業台の上に置き、タブレットを手に取った。奥山の指がタブレットに触れ、あらかじめプログラミングされた自律飛行のパターンに従って三台のドローンが起動した。

ドローンは真上に浮上すると、左右に備え付けられたスピーカーからショッピングモールで流れるような陽気で間の抜けた音楽を流しながら部屋の端まで飛行し引き返し、作業台の上に着地した。ドローンが流した音楽は、ジョージ・A・ロメロの『ゾンビ』のショッピングモールのBGMだった。

以下略



577: ◆8zklXZsAwY[saga]
2016/09/23(金) 23:24:07.75 ID:m50+y+cIO

高橋はマイクの横に積まれたCDの山から、サム・クックのベスト盤を選び、手に取った。ケースからCDを取り出し、ミニコンポに入れ、十二曲目を再生する。ピアノによるイントロ。そこにドラムとギターの音が重なり、黒人特有のよく通るボーカルが歌を歌い出した。


佐藤「“ブリング・イット・オン・ホーム・トゥ・ミー”か。渋いの選ぶねえ、高橋君」
以下略



578: ◆8zklXZsAwY[saga]
2016/09/23(金) 23:25:21.31 ID:m50+y+cIO

佐藤「とりあえず、四分の一ほど注射してみるよ。そのあとはワクチンを射って様子見かな。奥山君は、その後の私の状態をチェックして記録してくれないかな?」

田中「マジでやるんですね……」

以下略



579: ◆8zklXZsAwY[saga]
2016/09/23(金) 23:31:26.16 ID:m50+y+cIO

そんな田中の様子に佐藤が気がついていないのか、それとも気がづいていてあえてそのままにしているのかは、やはりわからないままだった。佐藤はいつものように微笑みながら、その細い目で、すべてを見渡しているかのように田中たちを、そして、壁の向こうにある外の世界を眺めてから、こう言った。


佐藤「さあみんな、精一杯頑張ろう」
以下略



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