13: ◆Zo89VSw555MV[saga]
2016/03/31(木) 20:03:22.38 ID:WOjo7pAA0
「なんだか悪いことしちゃったな」
そう言ってコーヒーを一口すするPさん。
私も角砂糖を一つ落としてから、控えめにカップに口をつけると、強い甘みが口の中いっぱいに広がった。
14: ◆Zo89VSw555MV[saga]
2016/03/31(木) 20:04:48.97 ID:WOjo7pAA0
まだ事務所が小さく、私以外のアイドルは数人しかいなかった時代。
事務所の中では、Pさん以外のプロデューサーさんがバタバタ忙しそうにしていて、落ち着いて打ち合わせをできないからと、よく事務所近くの喫茶店に誘ってくれたものだ。
その頃は、彼と同じコーヒーを頼んで、苦い思いをする時もあった。
15: ◆Zo89VSw555MV[saga]
2016/03/31(木) 20:05:58.30 ID:WOjo7pAA0
空になった二つのカップと、黄色のチューリップが乗ったテーブル。
Pさんは会計を済ませるため、スーツケースを引いて先にレジへと向かっている。
椅子を引いて立ちあがろうとした時、カップの奥底に、何か文字が刻まれている事に気がついた。
16: ◆Zo89VSw555MV[saga]
2016/03/31(木) 20:07:23.07 ID:WOjo7pAA0
それからは何をするでもなく、ただ街中を歩いた。
一つ買い物をするだけでも、一人かそうでないかで時間の過ぎ方は全然違って。
私がいいなと思った服と、Pさんがそう思った服が実は一緒で、お互いに笑いあったりもした。
17: ◆Zo89VSw555MV[saga]
2016/03/31(木) 20:09:15.41 ID:WOjo7pAA0
空いた右手でポシェットから、予め用意してあった押し花の栞を一つ、取りだす。
飾られているのは、ナズナの花。
「Pさん」
18: ◆Zo89VSw555MV[saga]
2016/03/31(木) 20:12:49.45 ID:WOjo7pAA0
何度も練習した笑顔を貼りつけて、
悲しさなんて、とうに忘れて。
私は両手で大事に持ったナズナの栞を、彼に向かって差し出した。
19: ◆Zo89VSw555MV[saga]
2016/03/31(木) 20:13:50.73 ID:WOjo7pAA0
「だけど、気持ちを伝えてくれたのは―――」
と、ここで余計な事を離そうとするPさんの口に、1歩踏み込んで、そっと栞を寄せる。
そんな言葉が聞きたくて、私はここに来たんじゃないから。
20: ◆Zo89VSw555MV[saga]
2016/03/31(木) 20:15:11.16 ID:WOjo7pAA0
そしてまた春が来て。
庭に植えたジャノメエリカは、見事な花を咲かせて、私の部屋を見守っている。
新調した机の上には、新調する前から変わらず、「元気でね」とだけ書かれた便箋がペンと一緒に置かれている。
21: ◆Zo89VSw555MV[saga]
2016/03/31(木) 20:16:37.92 ID:WOjo7pAA0
ぽつり呟いて椅子に座り、アイドルを引退する時、事務所のみんなから送られたオルゴールを開く。
鳴り始めたのは、私のためだけに綴られた楽曲。
この曲のタイトルをつけた人は、どんな思いでこの名前をつけたんだろう。
22: ◆Zo89VSw555MV[saga]
2016/03/31(木) 20:18:09.12 ID:WOjo7pAA0
「ご、ごめん待たせた?」
「うん、待った」
駅前の花屋の前、入口から飛び出した店員さんに向かって不機嫌そうな表情を見せる。
23: ◆Zo89VSw555MV[saga]
2016/03/31(木) 20:20:00.81 ID:WOjo7pAA0
終わりです。
今回参考にいたしました曲は、倉橋ヨエコさんの「桜道」です。
是非、興味を持った方はお聞きになってください。
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