過去ログ - モバP「二兎追い人の栞」
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42: ◆m03zzdT6fs[saga]
2016/04/13(水) 03:30:30.78 ID:MBJxBtU4o
『……わかりました、とりあえず話だけ。明日の十時ですね』

 なんとも押しに弱いものだと、自分でも呆れかえるばかり。いや、こればっかりはどうしようもないだろう。僕が押しに弱いのではなく、向こうの押しが強かっただけだ。責めないでほしいものだ……なんて、誰に対する釈明かも分からないことを内心呟いて。

 となると、さっきの慌ただしい対応も何か演技のようにも思えてくる。キャッチセールスか何かで、事務所に連れ込まれて、壺を買わされる……みたいな。
以下略



43: ◆m03zzdT6fs[saga]
2016/04/13(水) 03:31:03.28 ID:MBJxBtU4o
『……あれ?』

 あまり見かけない、書店がそこにあった。まあ、見かけないのは当然ではある。この辺りに来たことはほとんどないのだから。だけれども、それでもあまり見かけない店構えだ。

 いわゆるチェーン書店というわけではなく、かといって個人経営の店というわけでもない。いや個人経営に違いはないのだろうけれど、なんというか……店の軒先に本が見えないのだ。
以下略



44: ◆m03zzdT6fs[saga]
2016/04/13(水) 03:31:45.68 ID:MBJxBtU4o
『……いい匂いだ』

 入った途端、どことなく大図書館を思わせる様な、心地よい匂いが鼻腔をくすぐる。年季の入った、本の匂いだ。

 刷りたての本というのもなかなかいい匂いがすると思う。印刷で使われる、独特のインキの匂いだ。けれど、古書の匂いはそれとはまた違った良さがある。……匂いフェチとか、そういうのではないとは思うけれども。
以下略



45: ◆m03zzdT6fs[saga]
2016/04/13(水) 03:32:20.63 ID:MBJxBtU4o
(また、積まれる本が増えるなあ)

 なんて、自分に少し呆れつつ僕は棚を一つ曲がり、また一つ曲がり。店の奥、キャッシャーがあるだろう場所へと歩いていく。

 ただでさえ、今読んでいる本が三部作で、しかも一部ごとに上下巻のある超大作なのだ。ついでに言えば、前日譚なんかも読み始めれば、向こう一週間ほどは楽に消えるだろう。
以下略



46: ◆m03zzdT6fs[saga]
2016/04/13(水) 03:32:54.32 ID:MBJxBtU4o
『あの、すみません。これ、頂きたいのですが』

 単なる残像だ、動くはずもない。そう思った。

 ……ゆっくりと、その顔が動いた。残像なんかじゃあ、なかった。じゃあなんだ? 奇妙なほどにまで頭が回らず、ただ、目の前の人物を見ていることしかできない。
以下略



47: ◆m03zzdT6fs[saga]
2016/04/13(水) 03:33:27.24 ID:MBJxBtU4o
□ ―― □ ―― □


 まるで金魚のように、僕がぱくぱくと口を動かして二の句を告げないでいると、彼女はしばらくじっと僕を眺めて。そして今まで読んでいた本の間に栞を挟み、ゆっくりと閉じる。

以下略



48: ◆m03zzdT6fs[saga]
2016/04/13(水) 03:33:53.42 ID:MBJxBtU4o
「……はい、それでは、二千円から」

 彼女は朝と変わらず、とても小さな声でそう言って、少したどたどしい動きでキャッシャーを操作する。ぽち、ぽちとボタンをいくつか押して。そして最後に押したボタンの後、ガシャンと引き出しの開く音がした。

 そこから、たどたどしくもたおやかな動きで釣銭をつまんでいくその姿が、どうにもならないほどに眩しく見えて。僕は目を閉じて、天を仰ぐ。
以下略



49: ◆m03zzdT6fs[saga]
2016/04/13(水) 03:34:19.62 ID:MBJxBtU4o
「……お返し、六五三円になります」

『あ、ええ。どうも』

「カバーは……お付けになりますか……?」
以下略



50: ◆m03zzdT6fs[saga]
2016/04/13(水) 03:34:46.70 ID:MBJxBtU4o
「……あの」

 その棚の先、一つ曲がれば出口というところで何かが、聞こえた気がした。あり得ない。僕はそう考えつつも、歩みを止めて……ゆっくりと振り返ってしまった。

 古書棚の間、そう遠くないはずのカウンターで、儚げに立っている少女の姿が見えた。その体が、ゆっくりと倒れるように折り曲がる。深々としたお辞儀。それだけをとっても、見とれるほどに綺麗で。
以下略



51: ◆m03zzdT6fs[saga]
2016/04/13(水) 03:35:14.53 ID:MBJxBtU4o
『いえ、本が好きだったら当然のことです。それとその……ここはいいお店です、きっと、また来ます』

 僕はそれだけを告げて、相手の返事を聞くことも、顔を見ることもなく踵を返して。そそくさと古書棚を曲がっては、入口へと早足で向かう。

 からら、と開いた引き戸。一気に閉めそうになる手を抑えて、心の底から努めてゆっくりと閉じる。
以下略



52: ◆m03zzdT6fs[saga]
2016/04/13(水) 03:36:06.56 ID:MBJxBtU4o
今回の更新は以上です。思ったよりも筆が乗っていたので早めの更新となりました。
次回も一週以内に行えればと思います。
ありがとうございました。


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