過去ログ - サンチョ「坊つちやん」
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1: ◆HACkWQpQbk[saga]
2016/10/22(土) 15:05:41.55 ID:1dmR7XxL0


 親譲りの無鉄砲で子供の時から無茶ばかりしている。
 父と旅をしていた時分一人で外に出て魔物に襲われたことがある。
 なぜそんな無闇をしたと聞く人があるかも知れぬ。
 別段闇雲に勇気を試したかったわけではない。父が人と大人の話をしていて手持ちぶさただったから外に出てみたというだけの事である。
 ただその時私はスライム相手にも手こずるようなひ弱であったから、一時に三体の魔物を前にしてすっかり怯えてしまった。
 近くに私の影が見えないことに気がついた父がすぐに駆けつけてくれたのでその場はどうにか収まったが、今度は父の怒声が飛んでくるかと腹を据えていると父の方はこれからは気を付けるんだぞ。と軽く窘めるだけでそれ以上私の蛮勇を非難することもなかった。
 元来父は気性の優しい男である。
 私はそんな父が大好きだった。


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2: ◆HACkWQpQbk[saga]
2016/10/22(土) 15:06:44.23 ID:1dmR7XxL0

 今私はある聖堂の建設予定地で労働する奴隷の身分となっている。
 一応光の教団とかいう宗教団体の管轄にあるらしいが、どうもこの組織が気にくわない。
 名目上の教義では魔物の蔓延る下界から正しき人々を隔離して平和に暮らすことを掲げてはいるが、実態は人々をさらっては奴隷としてこき使い、あまつさえ魔物を上司に置くような暗黒の教団である。
 第一こんな胡散臭い連中にだまされる方も悪い。
以下略



3: ◆HACkWQpQbk[saga]
2016/10/22(土) 15:07:58.25 ID:1dmR7XxL0

 しかしそんな檻の外の世情に目を向けられる余裕があるのは私ぐらいなもので、ヘンリーのような奴隷仲間は今日日の生活の方がずっと大事なようであった。
 何しろ奴隷だから馬車馬の如く働かされる。しかも一般の労働ではないから給金などもない。
 娯楽や褒美もなく、ただ果てしなく働かされる苦痛の中では人の心など生きていけぬ。
 一人、また一人と落伍者が樽に詰められて華厳の滝へ流されていく中で、私とヘンリーはいつか必ず娑婆に出てやると気骨だけを頼りに踏ん張っていた。
以下略



4: ◆HACkWQpQbk[saga]
2016/10/22(土) 15:09:26.06 ID:1dmR7XxL0
 奴隷を管理するムチおとこが本や雑誌等を牢の中に捨てることがあるのだ。
 文字の読めぬ輩はそれを尻を拭く紙にして捨ててしまうが、ヘンリーの様な教育のある人間がそれを押し留めて少ない娯楽として反芻する。
 隣からその様子を見ていた私は興味を抱き、ヘンリーに頼んで文字を教えてもらった。
 王族の直系であるヘンリーは嫌々とは云えある程度勉強をしていたので文字が読めた。
 しかし精々六歳くらいの知識だからあまり難しい単語は分からない。
以下略



5: ◆HACkWQpQbk[saga]
2016/10/22(土) 15:10:10.66 ID:1dmR7XxL0
 文字を履修した我らは打ち棄てられた印刷物は本と云わず引札と云わず読み耽った。
 ある程度ものを読めば書きたくなるのが性分である。
 寝ているムチおとこの胸元からペンをくすねた我々は小説ともいえぬお粗末な散文を互いに読ませ合った。
 何分読むことだけは必死になって反復していたので形だけは立派だ。
 ヘンリーは派手な小説を好んでいたので砕けた文体だが、私はある小説家をえらく気に入ったのでそれを真似ている。
以下略



6: ◆HACkWQpQbk[saga]
2016/10/22(土) 15:11:08.64 ID:1dmR7XxL0
 定例通り引札の裏や本の余白に書いていたが、思わず筆が乗ってしまって余白を使い切ってしまった。ペンのインクもかなり少ない。
 万事休すとなった時分、我々の目の前で女奴隷がムチおとこに虐められている。
 私は何が嫌いだと云って弱い者虐めをすることほど嫌いな事はない。
 奴隷の身分も忘れムチおとこに飛び掛かれば、ヘンリーも加勢して大騒動となった。
 ムチおとこは伸したが監査の兵士が何の騒ぎだと駆け付けたのでいよいよもって窮地に陥った。
以下略



7: ◆HACkWQpQbk[saga]
2016/10/22(土) 15:11:56.45 ID:1dmR7XxL0
 牢で神妙にしていると先の兵士が我々を訪ねてきた。
 聞けばマリアの兄だと云うから合点がいった。マリアと云うのはあの女奴隷の名で、どうやら妹が助けられた恩返しをしたいらしい。
 何をくれるのかと思えばなんと脱獄の斡旋をしてくれると云うから驚いた。
 妹を抜け出させるついでだと云うが、そのついでがどれほど困難かは推して知るべきである。
 何分難しいから少し時間を要すると云われたが、こちらはかれこれ十年も好機を待ち続けていたのだから今更十数日程度と笑ってやった。
以下略



8: ◆HACkWQpQbk[saga]
2016/10/22(土) 15:13:53.52 ID:1dmR7XxL0
 せっかくだから何か暇つぶしになるものやると云われたので、私は白紙の本とペンを要求した。
 数日後、はたして注文した品物を持ってマリアの兄がやってきた。しかも脱出の目処が立ったというので尚更嬉しい。
 数日もせぬ内にまた来ると云って妹思いの勇敢な兵士は立ち去った。 
 それがついさっきのことだ。
 これから記すのは私が六つの頃の不思議な体験の話である。
以下略



9: ◆HACkWQpQbk[saga]
2016/10/22(土) 15:14:22.30 ID:1dmR7XxL0
 父との旅は自分にとって大変楽なものだった。
 単に親の庇護があるという安心感だけでなく、父がそれ以上に人を守る気根のある実力者であったから、彼の隣にいれば百戦危うからずといった風の妙な無敵感を抱かせてくれたのだ。
 また父の唱える呪文も尋常ではなかった。本人はホイミと唱えるだけだったが、その回復呪文はホイミの効能を遙かに上回る威力を持っていたように思う。
 実の所そうではなく、ただのホイミであったのかもしれないが、幼少のか弱い自分に施される癒しの力はそういった幻影を見せてくれたのだ。



10: ◆HACkWQpQbk[saga]
2016/10/22(土) 15:15:52.62 ID:1dmR7XxL0
 我々の旅はどうやら私が物心つく前から続いているようで、始まりと云えばとんと思い出せぬ。
 強いて思い出せる一番古い記憶と云えばどこぞの荘厳なお城で生まれたばかりの私を父が高く掲げて、それに驚いて私が泣き出したことである。
 皆も知っている通り私と父は旅をしていたというだけの何の変哲もない一般市民だから、これは何かの本にあった出来事と混ざってしまっているのだろう。
 父にそれを伝えた時も寝ぼけているなと笑われた。
 曖昧な記述をして間違いがあるといけないから、より鮮明に思い出せる場面から話すことにする。
以下略



11: ◆HACkWQpQbk[saga]
2016/10/22(土) 15:16:55.57 ID:1dmR7XxL0
 私と父は船に乗っていた。船と云っても客船とも呼べぬ粗末な代物で、おそらく商船かなにかに乗せてもらっていたのだろう。
 暇な私が船中を捜索していると突然物陰から大男がとびかかってきた。
 見ると怖がらせるつもりなのだろう、珍妙に顔を歪めてこちらを威嚇している船員である。
 呆れた私が黙っているとお、泣かなかったな、偉いぞと云って頭を撫でてくる。
 実はそれなりに驚いたのだが、大男の顔が恐いよりむしろおかしかったのでこみ上げる笑いとで相殺されたんである。
以下略



12: ◆HACkWQpQbk[saga]
2016/10/22(土) 15:19:09.44 ID:1dmR7XxL0
 船底まで歩を進めると大変な数の宝箱がある。普段人のものは取らないがどうせこの船は父のものだから構わんだろうと一人合点して開けようと試みる。
 すると一向に蓋が動かない。調べてみると鍵が掛かっている。
 船長にあれは開きますかと聞けばあれはルドマン様のものだから勝手に開けてはいけないよと苦笑する。
 ルドマンとは誰ですと問えばこの船のオーナーだという。普段客は乗せないが、パパスさんのために特別にサービスとして乗せるんだと云っていた。
 子供の私はよく意味を分かっていなかったから特別で乗せてもらえる父はそのルドマンとかいうのより偉いものだとばかり思っていた。
以下略



13: ◆HACkWQpQbk[saga]
2016/10/22(土) 15:20:20.12 ID:1dmR7XxL0
 そのうち船が港につき、桟橋との間に歩み板が掛かった。
 娯楽のない船の中に飽き飽きしていた私は一刻も早く陸に上がりたかったが、父がそれを押し止めた。
 見れば歩み板を非常な速力で駆け上がるもの凄い奴がある。
 赤いドレスに身を包み、バラの簪をした黒髪のおかっぱ娘である。それも肌や髪の健康状態から察するにいい身分の令嬢と見た。
 おかっぱは船に乗り込むなり入口の前にいる我が父に向っておじさん、邪魔よと怒鳴りつけた。
以下略



14: ◆HACkWQpQbk[saga]
2016/10/22(土) 15:21:16.19 ID:1dmR7XxL0
 呆気にとられた私たちが固まっていると、ゆったりとした足取りで我々とは比べ物にならぬほど綺麗な身なりをした富豪が船に乗り込んでくる。
 富豪がいや、娘が失礼しましたとおかっぱの非礼を詫びると、船長がお帰りなさいませ、ルドマン様と慇懃に頭を下げる。
 この富豪が先の話に出ていたルドマンとかいうオーナーらしい。船長との会話からすると旅行の帰りのようだが、彼の晴れやかな顔を見るとそれもうまくいったようだ。
 ルドマンが省みてフローラや。と呼びつけると何か小さい者が船の縁に必死に手をかけて奮闘している。
 おや、少し入口が高すぎましたなと船長が呟くと、父がどれ、私が手を貸しましょうと幼い手を取って丁寧にエスコートする。
以下略



15: ◆HACkWQpQbk[saga]
2016/10/22(土) 15:22:12.23 ID:1dmR7XxL0
 父の手を借りて船上へ躍り出たのは、華やかなドレスに身を包み、透き通るように綺麗な青い髪を先のお転婆と同様におかっぱに切り揃えた美しい少女であった。
 私は生来口下手であるからあまり美人の形容はできないが、旅をして方々の人々を見てきた経験から云っても全くの美人に相違ない。これは将来が実に有望であると子供心に思った。
 船に上がった彼女は周りを取り囲む大人たちの注目を浴びていることを自覚したか、顔を赤くして俯向いてしまった。
 ルドマンがお礼をしなさいと促すと、気恥ずかしながらもしっかりと顔を上げて、ありがとうと太陽の如くまぶしい笑顔を見せた。
 遠くからぼけらと眺めてばかりいた私はその笑顔を見て自分に向けられたわけでもないのになぜか快くなった。
以下略



16: ◆HACkWQpQbk[saga]
2016/10/22(土) 15:23:23.36 ID:1dmR7XxL0
 ルドマンが長旅で疲れたろう、奥の部屋で休みなさいと船員を呼んでフローラを奥へ案内させた。
 すると不意に彼女が振り返り、こちらの方を見た。
 一瞬、私と目があったかと思うと、彼女の目が細くなった。
 そしてすたすたと黒いおかっぱと同じ部屋へと向かう。
 私にはこの数刻のやり取りが夢だったかのように思われた。
以下略



17: ◆HACkWQpQbk[saga]
2016/10/22(土) 15:24:11.59 ID:1dmR7XxL0
 父が忘れ物はないなと聞くのではいと答えたが、やはり先ほどの女子等が少々気にかかる。
 そんな私の気配を察したのか、目聡い父は私にもし忘れ物があるといけないから少しだけ見てきなさいと命じた。
 目を上げるとそこには訳知り顔で頷く父の顔があった。
 私は元の部屋に戻る振りをしながら、素早くおかっぱ姉妹の消えた部屋へ駆けていった。



18: ◆HACkWQpQbk[saga]
2016/10/22(土) 15:25:28.65 ID:1dmR7XxL0
 部屋の前には警護の者がついていたのでこれはと思ったが、駆け寄る私を見て引き止めるどころか走ると危ないから気をつけなさい、と優しく忠告してくる始末である。
 寛容なことは結構だがもし私が雇い主なら首にしているところだ。
 女子の部屋になぞついぞ入ったことがないから勝手が分からなかったが、とりあえず形だけでもノックをして扉を開けると、いきなり無遠慮な怒号が飛んできた。
 声の調子からすると黒いおかっぱのものである。一瞬ひるんだが、ここまで来て引き返すのも癪だから一思いに戸を開け放った。



19: ◆HACkWQpQbk[saga]
2016/10/22(土) 15:27:08.78 ID:1dmR7XxL0
 中にはやはりさっきのおかっぱ姉妹が礼儀正しく椅子にちょこんと座り込んでいる。
 もっとも両人が揃ってそうしているのは一瞬で、片方の激しい方がすぐさま立ち上がってまなじりを釣り上げた。
 ちょっと、ここは私の部屋なんだから勝手に入らないでよねとあえて所有権を自分一人で背負い込んでいるところがおかしい。
 甲高い怒声にすっかり辟易した私はその場で立ち竦んでしまったが、優しい方がいいのよ、私が呼んだんだからと機転を利かすのには驚いた。
 やはりさっきの目配せは、と思うや激しいおかっぱが何考えてんのとむくれてバルコニーへ向かう。
以下略



20: ◆HACkWQpQbk[saga]
2016/10/22(土) 15:27:56.19 ID:1dmR7XxL0
 優しい方がこちらへ向き直って手招きをする。
 その仕草が子供のくせに妙に妖艶で、頭に靄の掛かったような心持ちになった私はふらふらと導かれるままに彼女の前に立った。
 あなたはだあれ、と今までとこれからの人生でも聞いたことのないような清廉な声色で尋ねられたのでしどろもどろになりながらも名を名乗った。
 ついでに勢い余って父と旅をしていることまで付け加えてしまうと相手の方もあら、奇遇ね。私もお父様と旅をしているのとあっけらかんと笑う。



21: ◆HACkWQpQbk[saga]
2016/10/22(土) 15:29:01.88 ID:1dmR7XxL0
 高嶺の花でも、無邪気に笑うところを見ると手が届きそうに錯覚するもので、私もその前例に倣ってつい旅は辛くないかなどと質問してしまった。
 ええ、けれど、やっぱり楽しいわと底抜けに明るい笑顔で答える。
 ここまで垢抜けた笑顔を見ず知らずの他人に見せられるのは相当人懐こいか器量の大きな人間である。
 私はこの令嬢を一気に好きになった。
 するとフローラが少し昏い顔をして、でも海って広くって恐いわと云うのでなに、海なんか恐くあるもんか、この世にはよっぽど恐いものがたくさんあると返したらそれはなにと真面目に聞き返してくる。
以下略



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