中野五月「あいまいでぃすたんす」
��
↓ ��
1- ��
覧 ��
板 ��
20
142:名無しNIPPER[saga]
2019/03/09(土) 17:38:32.97 ID:IWZIoqEe0
軽く礼をした後、五月がこちらに背を向ける。彼女の姿が夕闇に馴染んでいくのをしばし見送った後で、時間を潰すために一度教室に行くことにした。忘れ物があるわけでもないが、理由なく入れる場所が意外と限られている学校において、自分が所属しているクラスというのはある種の気安さが感じられる。
こつこつと反響する自分の足音にそこまでの不気味さを覚えないのは、照明がしっかり灯っているからだろうか。暖房はケチる癖になぁ……とも思うが、暗いよりはマシ。この時期の負の想念の連鎖みたいになっている校舎内で、暗闇を一人歩く図太さはない。
誰もいない教室は、流石に消灯されていた。まあ、これはこれでいいかと思いながら自分に割り当てられた席に座り、なんとなく黒板を眺める。
乱雑に黒板消しを当てられているせいか、直前に実施された授業の内容がなんとなく読み取れた。一部文字が残っていたり、あるいはチョークの跡が消しきれていなかったりで、英語教師がここに立っていた過去が窺える。
残されたアルファベットから推測される単語や文章を頭の中で補足しながら、そこにあったのであろう授業風景を勝手に思い描く。面白味の欠片もない空想だが、時間を浪費するという点においては割と役立ちそうだった。今くらいは、脳みそを休めても許されるのだろうけれど。
143:名無しNIPPER[saga]
2019/03/09(土) 17:39:00.46 ID:IWZIoqEe0
ある程度時間が経ったのを時計で確認してから、のそのそと席を立つ。このままだとここで眠ってしまいそうだ。
寝るならせめて家が良い。体を横に出来る環境と言うのは貴重。若いからといって無茶をし過ぎると困るのは未来の自分自身だ。
凝り固まった関節をゴキゴキ鳴らしながら階下に下り、先ほど脱いだばかりの下足をもう一度履く。順当にいけば、五月はもう家に着いている頃合いだろうか。
あいつのことだから、もう勉強を始めているかもしれない。そうでなければお待ちかねの夕飯にありついているかのどっちかだ。
どちらにせよ、やりたいようにやってくれればそれでいい。俺はただ、彼女のやることをサポートするだけ。
144:名無しNIPPER[saga]
2019/03/09(土) 17:39:39.92 ID:IWZIoqEe0
一縷の希望としてあった、時間経過でみぞれが弱まるという可能性はバツ印。せめてもの救いとして悪化はしていなかったが、元の勢いが元の勢いなのでそこに感謝の心を抱くことはなかった。
リュックを盾にして走り去る案もあるにはあったが、背中が冷えるので諦めた。どのみちどこもかしこも濡れるのだろうから、多少抗っても意味はない。時間当たりのダメージ率から考えると、走って帰った方がいいのには違いないが。
そんなこんなで、意を決して踏み出す。足元がびちゃびちゃと跳ねて気持ち悪いが、贅沢を言っていられる場合でもない。長い間こんな環境に体を晒し続けようとは思えないので、出来るだけ早く帰宅しよう。体力勝負に自信はないから、きっとどこかで休憩することになるけれど。
連日の疲労と体力不足のダブルパンチで悲鳴を上げる呼吸器を強引に黙らせて、規則的なリズムで駆けていく。本来なら、こういった場面で少ない体力を使い込んでしまうのは好ましくない。だが、後々にやってくるだろう身体的な不調とそれとを天秤にかけたとき、ここで使い惜しむという選択肢は取れなかった。なにせ、自分の面倒だけ見ていればそれで終わるというわけではないのだから。
それらの面で、本当に厄介だと思う。受験は団体戦って絶対こういうことではないだろとも。
145:名無しNIPPER[saga]
2019/03/09(土) 17:40:07.65 ID:IWZIoqEe0
「やっぱり。こんなことだろうと思いました」
だから、こうなる。
あっさり、見透かされる。
146:名無しNIPPER[saga]
2019/03/09(土) 17:40:43.82 ID:IWZIoqEe0
「お前ひとり騙せないとか、俺もヤキが回ったか」
「なら、これを機にバレる嘘をつくのはやめにしてください」
「悪いが、嘘も方便だとお前の姉に教えた都合上、そう簡単にやめるわけにもいかない」
肩に積もったみぞれを払いのける。その方便が上手く機能してくれないことには、何の意味もない。
147:名無しNIPPER[saga]
2019/03/09(土) 17:41:14.10 ID:IWZIoqEe0
「でしたら、バレない嘘をついてください」
「肝に銘じておく」
会話の最中にも天からの落下物は延々と降り注いできて、前髪やら睫毛やらに付着するそれらのせいで、一定の視界を保てない。
何度も何度もうざったそうに額を撫でている俺を見かねてか、五月がこちらに手招きのジェスチャーをしてきた。
148:名無しNIPPER[saga]
2019/03/09(土) 17:41:41.56 ID:IWZIoqEe0
「立地的に、ここなら多少は安全です」
「悪いがこれ以上お前に近づくと持病の発作が起こることになってる」
「さっきの今でその嘘は無謀が過ぎるでしょう」
「だってなぁ……お前、それ……」
「良いんですか。このまま長々とここに留まっていると、二人そろって病院行きですよ」
149:名無しNIPPER[saga]
2019/03/09(土) 17:42:08.93 ID:IWZIoqEe0
「私だって恥を忍んでいるんですから、さっさと思い切ってください」
そう言う五月の顔は真っ赤で、寒さ以上に羞恥が機能しているようだった。そこまで嫌ならやらなきゃいいのに……。
善意を踏みにじるようで悪いが、ここで走り去ってしまおうか。そうすれば、ひとまずの落着を見そうな気はする。丸く収まりはしないだろうけれど、案の一つとして保留しておくくらいはありだろうか。
150:名無しNIPPER[saga]
2019/03/09(土) 17:42:42.44 ID:IWZIoqEe0
それはまあ、当たり前の話で。このクソ寒い屋外に長い間放り出されていたら、その分だけ体は冷える。恒温動物の悲しいサガで一定に保たれる体温。そのエネルギーは当然肉体の貯蔵分から持ってくるので、時間に比例して体力はどんどん削られる。
そして、こいつがいつからここにいたかを考えると、そろそろ疲労が無視できないレベルに達している可能性があって。
「……なんです?」
「なんでもないけど」
151:名無しNIPPER[saga]
2019/03/09(土) 17:43:12.64 ID:IWZIoqEe0
どいつもこいつも本当に面倒くさい。本当に厄介。本当にどうしようもない。
誰もが誰も扱いにくすぎて、今になっても正しい距離感なんて分かりゃしない。
……その距離感を掴み損ねているうちに関係を拗らせたせいで、修復不可能になったものが多すぎる。数えきれないほどに多すぎる。
おそらく、始め方を誤ってしまったのだ。今更悔いても過去が覆りはしないけれど、もう少しだけマシなやり口なんてのはいくらでもあって、そして、俺はそれらをことごとく取りこぼしてきた。
でも、本当は、きっと。
470Res/240.18 KB
↑[8] 前[4] 次[6]
書[5]
板[3] 1-[1] l20