393:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/16(木) 20:09:14.08 ID:Z6fjuYRs0
それ以前に……逃げて、それからどうする?
逃げて、逃げて、逃げて。その先には一体何があるのだろうか。いずれ死んでしまうであろう、この忘却の時間を繰り返して、心身ともに崩れていって、結局は何が残るんだろうか。
そもそもが間違いだったこの恋には、ちゃんとした結末なんてありようもないのに、それを望んでしまっている自分がいた。
自覚してしまった途端、自制していた何かが崩壊してしまった。
ただ、彼は恐ろしかった。
394:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/16(木) 20:09:51.66 ID:Z6fjuYRs0
――分かっていたことじゃないか。
分かっていたことではないのか?
そんなことは重々承知の上で、自分は動いたのではなかったのか?
395:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/16(木) 20:10:27.75 ID:Z6fjuYRs0
何が良くて何が悪いか何て、考える必要はなかったんだ。
だって、俺が何もしなければ。
少なくとも俺が何もしなければ。
この子は外の世界も知ることもなく、外の暖かさを知ることもなく、男も、常識も、優しささえも知ることもなくただ生きて、殺されて魂に還っていた筈なのだ。
その循環の輪を壊してまで、自分は何をしたかったのだろうか。
396:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/16(木) 20:11:00.23 ID:Z6fjuYRs0
*
気づいた時には、ゼマルディは白髪の妻の上半身を折るようにして覆いかぶさっていた。その無骨な左手……一本だけ残った腕で、棒のような彼女の首を握り締めていた。
カランは、何度か口をパクパクとさせると、一瞬だけ目を白黒とさせた。しかしすぐに、泣きそうに――いや、実際うっすらと涙を浮かべている夫の顔を見て、体の力をフッと抜いた。
ぐったりとしたカランを見て、ゼマルディはすぐに我に返った。そして慌てて彼女を抱き寄せ……ボロボロと大粒の涙を零した。
397:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/16(木) 20:11:26.33 ID:Z6fjuYRs0
「…………こわい?」
先ほど喉を傷つけてしまったのだろうか。微妙にくぐもっている。
ゼマルディは、彼女の顔を直視することが出来なかった。
398:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/16(木) 20:11:57.06 ID:Z6fjuYRs0
ゼマルディという一個の存在が今まで生きてきた中で、砂粒以下でしかない程の時間を占有した、その一言。
しかしそれは。
彼の今までの人生それ全てを押し流し、洗い流してしまうほど。
圧倒的に、優しすぎる言葉だった。
399:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/16(木) 20:12:26.55 ID:Z6fjuYRs0
*
それは唸り声だった。
純然たる、最も根幹的な威圧だった。
そしてそれは、笑っていた。
400:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/16(木) 20:12:56.68 ID:Z6fjuYRs0
マンションの最上階から落下したルケンとゼマルディは、合成コンクリートの地面を深度二メートル以上もすり鉢型に陥没させていた。その中心に、ルケンは頭を抑えてうずくまっていた。
驚異的なのは、化け物の耐久力より先に生身であるはずのルケンが、落下の衝撃に耐え切っているという事実だった。左肩の骨が砕けているようで、奇妙な方向にダラリと垂れているが……後は頭を打っただけのようで、命に別状はない。
落下時の衝撃は、その重量と速度、高さにより加算されていく。トラックに正面衝突した時の非にならないほどの衝撃だったはずだ。
頭を振り、右手で左肩を押さえようとして、しかしルケンは痛みに小さく叫び声を上げた。
髪の間からぎらつく目を上げ、彼は自分を地面に叩きつけた張本人を視認し。
401:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/16(木) 20:13:44.79 ID:Z6fjuYRs0
「カル、カル、カル、カル」
断続的に唸りながら、猫背のウロコ男がゆらゆらと足を踏み出す。
「なんだ……あれ……」
402:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/16(木) 20:14:14.26 ID:Z6fjuYRs0
何が起こったのか、どこがどうしてああなったのか推し量ることなどできようもなかった。イレギュラーもイレギュラー。予想なんて出来ているはずもなかった。追いついたら目の前で四肢をもぎ、カランが狂乱している様を見せてやりながら殺すつもりだった。
それは、簡単に出来るはずだったのだ。
――無理だ。
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