408:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/16(木) 20:17:14.20 ID:Z6fjuYRs0
「かっ……」
叫び声も何も出すことが出来なかった。一瞬視界が真っ赤に染まり、網膜や脳内血管が沸騰し破裂したかのような重い感覚が頭蓋をゆする。
何が起きたのか分かったのは、地面に転がって痙攣し、鼻血を噴き出しながら、右手で地面を掻いたときだった。
腕を動かしたのはほぼ無意識の行動だった。
409:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/16(木) 20:17:43.58 ID:Z6fjuYRs0
腹が痛い。
痛い。
痛い。
背骨が折れたのか?
肋骨が肺に突き刺さっているのか?
410:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/16(木) 20:18:17.31 ID:Z6fjuYRs0
喉から、血液ではない何か……内臓の一部を奇妙な音を立てて吐き出しながら、ルケンはチカチカと明滅している視界を、必死に前に向けた。
今まで自分が立っていた場所に、猫背に体を丸め、マントをバタバタと風に翻している異形の男がいた。両腕を地面につけ、四足走法のような姿勢をとっている。
それは、スタートの合図ではなかった。
着地。行動が終わった後での形だった。
ゼマルディの周辺の道路は、まるで矢の先端のように、彼を先として抉れていた。それはゆうに十メートル以上もの軌跡を描いて、放射状に合成コンクリートの地面を三十センチは掘りぬいていた。
411:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/16(木) 20:18:45.57 ID:Z6fjuYRs0
ゼマルディの足は、半ば地面に埋まってしまっていた。そのままの姿勢で、彼は瞳を鈍く光らせながら体をゆすった。露出しているウロコがハッチのようにガパッと開き、おびただしい量の水蒸気を噴出する。
足が埋まったコンクリートを拳で叩き壊し、ふらつきながらゼマルディはまた立ち上がった。そして地面を片手で引っかいて、その場から離れようとしているルケンを……異形の冷めた瞳で見下ろす。
何が、起こったのだろうか。
また先ほどと同じ、ノーガードの立ちポーズをとった相手を見て、ルケンの心が凍りついた。
そう、その時。
412:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/16(木) 20:19:24.07 ID:Z6fjuYRs0
立ち上がったゼマルディのウロコからは、水蒸気以外のものも噴出していた。霧のように赤い血も、それに混じっている。
それに、ウロコが焼けていた。真っ赤に発熱しているものもある。段々と水蒸気と空気熱で冷やされ、元の深緑色に戻っていくのが見える。
ルケンは、戦闘体制になった瞬間に能力を全開にしていた。敵に向け、戦う気概を少なくとも整えてはいた。
彼は、反発することが出来た。
413:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/16(木) 20:19:49.20 ID:Z6fjuYRs0
だからゼマルディが彼を焼却炉で殴りつけ、あまつさえ花を焼くことに成功したのは……心の底から、単なる偶然の――本当に、偶然の産物だとさえルケンは思っていた。
そう、思ってしまっていた。
悠長に。悠長に……。
彼は定められた最強に寄りかかってしまいすぎていたのだ。
地面に転がりながら、少年はただ目の前の圧倒的な力に震えていた。そこには善も悪も。正義も何もなかった。
414:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/16(木) 20:20:15.79 ID:Z6fjuYRs0
一撃。
一撃だった。
また内臓の破片を吐き散らし、ルケンは動くことが出来ずに地面にうつ伏せのまま横たわった。
体が痙攣している。
415:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/16(木) 20:20:49.06 ID:Z6fjuYRs0
それら全ての要素は。
ゼマルディはルケンが認識することも出来ない速さで動き、そして彼の腹をただ単純に『殴りつけた』という事実を示唆していた。
焦げは空気摩擦。地面の炸裂痕は、音速の衝撃波が発生したことによる破壊痕なのだ。
また一歩を踏み出そうとして、しかし怪物はその場に膝をついた。水蒸気は止まっていたが、体中から今度は、赤い血があふれ出す。噴水のように、霧状の血を流しながら……ゼマルディは裂けた口元からボダボダと涎を垂らしていた。
そのウロコが、一枚……また一枚、と段々剥がれていく。ウロコが生えていた部分の生身は、深い切り傷が開いて骨までが見えていた。血まみれになりながら、異形の怪物はしかし。
416:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/16(木) 20:21:14.91 ID:Z6fjuYRs0
瞳から段々と光がなくなっていくルケンの前に立ち。
半分ほど生身に戻ったゼマルディは、血まみれの体中で彼を、覆いかぶさるように見つめた。
そしてまだ爪が残っていた左手を振りかぶる。
「や…………やめろ…………」
417:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/16(木) 20:21:43.07 ID:Z6fjuYRs0
「ひきょう、だ…………ひきょうだ……」
「…………」
「こんなの…………ひきょう、だ…………」
418:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY[saga]
2012/02/16(木) 20:22:13.06 ID:Z6fjuYRs0
「しにたく…………な………………」
「…………」
「いやだ………………いやだ…………」
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