1:名無しNIPPER[saga]
2015/10/31(土) 22:45:35.30 ID:m9aJzdw+0
如月千早は毎朝早く起きる。それは仕事のためというよりは彼女の持ち前の真面目さとストイックさによるところが大きい。
時間を無駄にしたくない……その思いの強さが十分な睡眠時間を削り、その結果「遊び」のない心と体が形成されていったのである。
しかし、物理的に取り返しがつかないものはあるが、精神的に取り返しのつかないことなどそうそうないものだ。
一人の少女との出会いが、彼女の「普通の女の子」らしさを少なからず取り戻させた。彼女の持っていないものをすべて持っているようにさえ見えたその少女は、力ずくともいえる手法で彼女の閉ざされていた「歌」以外のものに対する興味をこじ開け、外の世界へと放り出したのである。
菓子作り、料理、カラオケ……如月千早が少女に教わったものの一部だ。その新鮮な経験を糧に、彼女は大きな変貌を遂げた。
歌さえあればいいという素っ気ない態度は身を潜め、歌のためには何事も無駄にならないという楽観的な考えとともに、旺盛な好奇心を持つようになったのだ。
とはいえ、彼女が活発になったのはある種の必然と言えるものだった。なぜなら、大切な時間はできる限り歌に費やしたい――そんな偏執的にすら見えた千早の思いは、溢れんばかりのバイタリティを内包していたからである。
その封じ込められていたバイタリティが解放されたことで、彼女はこれからもさらに変化していくことだろう。
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2:名無しNIPPER[saga]
2015/10/31(土) 22:46:56.41 ID:m9aJzdw+0
千早「今日もいい朝ね……」
如月千早はいつも通り目を覚ました。かつての彼女なら軽いストレッチをして朝食にウ○ダーを飲み、筋トレ、といくところだが、現在の彼女は違う。
千早「朝食を作らないと。サアイッパイタベヨオッヨ♪」
3:名無しNIPPER[saga]
2015/10/31(土) 22:48:40.38 ID:m9aJzdw+0
やよい「高槻やよいの、お料理さしすせそ!」
ブタ「やよいちゃん、今日もよろしくね。」
やよい「うっうー!がんばりまーす!今日は豚さんが大好きな卵を使った料理を紹介しますね!」
4:名無しNIPPER[saga]
2015/10/31(土) 22:49:42.88 ID:m9aJzdw+0
やよい「今日の料理は……じゃーん!やよいのふわふわオムレツでーす!」
ブタ「オムレツ!」
やよい「はい!材料はですね……豚さん、お願いします!」
5:名無しNIPPER[saga]
2015/10/31(土) 22:50:56.58 ID:m9aJzdw+0
千早「ふふふ……ああっ!高槻さんに見とれていたわ。材料は……」
リモコンの一時停止を押し、フリップに書かれた材料を冷蔵庫から探す。
千早「そういえばチーズを買い忘れていたわ…でも他はありそうね。これで高槻さんと同じオムレツを……?」
6:名無しNIPPER[saga]
2015/10/31(土) 22:52:16.64 ID:m9aJzdw+0
やよい「お料理の前に、私が鶏さんからもらってきた卵のVTRがありまーす!」
ブタ「やよいちゃん、今回も農家さんに行ってきたんだね?」
やよい「はい!皆さん、とっても優しくしてくれました!それでは、準備はいいですか?うっうー!VTR、スタートです!」
7:名無しNIPPER[saga]
2015/10/31(土) 22:53:37.37 ID:m9aJzdw+0
千早「あぁ高槻さん、なんてかわいいのかしら。このVTRをスキップすることなんて……でもおなかが減っているし……くっ」
しばらく逡巡していたが、涙をのんで早送りを押した。千早にとって、大好きな高槻やよいの映像を早送りにするのは、見るのが何度目であろうとも辛いことだった。
千早「そうよ、録画してあるんだから、また見られるわ。」
8:名無しNIPPER
2015/10/31(土) 22:54:45.00 ID:m9aJzdw+0
やよい「農家のおじさん、おばさん、ありがとうございました!この卵は大事に使わせてもらいます!」
ブタ「卵一つにもこんなに手間がかかっているんだね。」
やよい「はい!感謝して作らないと、ですね!」
9:名無しNIPPER[saga]
2015/10/31(土) 22:56:22.95 ID:m9aJzdw+0
千早「卵もまだ上手に割れないわ……ああ、殻が中に……」
彼女は料理に関しては全くの初心者である。自分で取り仕切った経験はなく、料理をするときはいつも天海春香のサポートに徹してきた。
それでもオムレツ作りに踏み切ったのは、天海春香と作った料理の味が忘れられなかったからだ。
そしてテレビで見た高槻やよいのオムレツ作りの手腕に感動し、いつか天海春香や高槻やよいに自分の鮮やかな技を披露したいという野望を持ったことも付け加えておくべきだろう。
10:名無しNIPPER[saga]
2015/10/31(土) 22:57:29.31 ID:m9aJzdw+0
やよい「準備ができたら、バターをフライパンに入れて、火にかけて溶かします!」
やよい「……あとはこうやって溶き卵をかき混ぜて、チーズも溶けてきたら、形を作って……」
11:名無しNIPPER[saga]
2015/10/31(土) 22:58:37.02 ID:m9aJzdw+0
千早「どういうことなの……」
テレビに映るやよいのオムレツはふっくらとした形で、中身もふわふわであることが容易に見て取れた。
調理は手早く終わり、簡単に見えたが、千早には、やよいの作る映像を何度見てもなぜそうなるのかが全く理解できなかった。
12:名無しNIPPER[saga]
2015/10/31(土) 23:00:00.25 ID:m9aJzdw+0
千早「よし、いよいよ卵を入れる時……」
千早が溶き卵を入れると、じゅわっ、と小気味良い音とともに卵とバターの香りが立ちのぼった。やよいの真似をしてすぐにかき混ぜる。
千早「ここまではいいペースだわ。このままうまく作れるといいんだけど…ひっくり返すのが怖いわね。でもうまく作れたら、春香や高槻さんにごちそうできるのね。ゆくゆくは高槻さんと料理も……だめよ、恥ずかしいわ。私は陰からこっそり見守っていられればそれでいいんだから。春香にホメられるのも悪くないわね。あの子結構ドジだから、いつか私が追い抜くなんてこともあるのかしら……ってあああああ!!」
13:名無しNIPPER[saga]
2015/10/31(土) 23:01:20.10 ID:m9aJzdw+0
千早「やってしまったわ……これじゃあスクランブルエッグね。オムレツは残念だけど、これを朝食にしましょう」
落ち込みつつもスクランブルエッグを完成させ、トーストを焼く作業を始める。失敗はしてしまったが、暗い気持ちはなかった。
千早「以前の私なら、機嫌を損ねていたかもしれないわね。いや、そもそも料理をしなかったかしら。……そうだ、食べながら高槻さんのVTRを見ましょう」
14:名無しNIPPER[saga]
2015/10/31(土) 23:02:46.89 ID:m9aJzdw+0
千早が日課のトレーニングを一通り終え、ふと時計を見ると、正午を回ったところだった。
千早「せっかくの休日だし、昼食は外で食べましょう。散歩がてら食べるのも悪くないわね」
散歩といっても、千早はあてもなく歩くつもりではない。彼女には休日になると足を運ぶ場所が何か所かあった。
15:名無しNIPPER[saga]
2015/10/31(土) 23:04:57.10 ID:m9aJzdw+0
図書館の方向を目指して歩いていると、近所の公園が見えた。陽の光がまぶしい公園、その中で元気いっぱいに遊ぶ小さな子供。
木陰の中で微笑みながらそれを見守っている夫婦。ベンチに腰かける幸せそうな恋人同士。
千早は立ち止まり、うらやましそうに、そして少しだけ悲しそうにその光景を眺めていた。
あずさ「あらあら、素敵な景色ね。私も運命の人と結ばれたくなるわ〜。千早ちゃんも羨ましいのかしら?」
16:名無しNIPPER[saga]
2015/10/31(土) 23:06:15.24 ID:m9aJzdw+0
あずさ「ちょっと道に迷っちゃって〜」
千早「ええっ、それは大変ですね。どちらに行かれるんですか?」
あずさ「あっ、特に用事があるというわけではないのよ?お散歩して、どこかでご飯でも、と思って」
17:名無しNIPPER[saga]
2015/10/31(土) 23:08:28.69 ID:m9aJzdw+0
千早は会話が得意ではなかった。
彼女は内向的であるのみならず、人が興味を持つ物事の大半を不必要だと切り捨ててきた。そのため、歌以外に話すことのできる話題を持たなかったのだ。
したがって以前の彼女なら、これ以上話を続けることもなく、同僚と親交を深める機会さえも切り捨て、あずさに道を教えて別れを告げていたかもしれない。
千早「その、あずささん……」
18:名無しNIPPER[saga]
2015/10/31(土) 23:09:54.93 ID:m9aJzdw+0
千早「あの、わ、私、今から昼食をとろうとしていたんですけど、あずささんも一緒にいかがですか!?」
あずさ「まあ!いいの、千早ちゃん?ちょうどおなかが減っていたのよね。」
千早「もちろんです!私のお気に入りのところがありますから、一緒に行きましょう!」
19:名無しNIPPER[saga]
2015/10/31(土) 23:10:58.34 ID:m9aJzdw+0
あずさ「まるで、しっかり者の妹ができたみたいね。」
千早の手を握りながらあずさは笑った。
千早「あずささんは、ずっと765プロのお姉さんですよ。」
20:名無しNIPPER[saga]
2015/10/31(土) 23:12:41.98 ID:m9aJzdw+0
千早「着きました」
住宅街のはずれ、銀杏の並木道にひっそりとたたずむ建物が、千早たちの目的地である。
外見は煉瓦をあしらった木造で、建物はそれほど大きくないが、こげ茶に近い落ち着いた色使いの外装だった。
入口は衝立によって中が見えなくなっており、ここが店であるとは一目で分からないようになっていた。
21:名無しNIPPER[saga]
2015/10/31(土) 23:14:14.30 ID:m9aJzdw+0
千早「あずささんなら、きっと大丈夫よね……」
千早は不安そうにつぶやくと、店のドアを開けた。あずさも続いて店内に入る。
衝立の向こうは、飲食店らしくない内装だった。
ただでさえ狭い店内は、いくつかの大きなスピーカーでさらに窮屈になり、その窮屈な空間で数名の客が静かに話していた。
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