473: ◆8zklXZsAwY[saga]
2016/08/10(水) 22:47:42.68 ID:xQt0KHc3O
永井 (数が少ないが、これでやるしかない)
永井は防犯ブザーのピンを引き抜いた。わめきだした小さな機械を水切りの要領で投げる。ブザーは、墜落したヘリの真向かいにある廃車の集合地へ向かって、斜めの射線をなぞるように滑っていった。
474: ◆8zklXZsAwY[saga]
2016/08/10(水) 22:48:39.89 ID:xQt0KHc3O
防毒マスクの内側を焦燥に歪めながら、隊員はふたたび引き金を引いた。がきんがきん、と銃弾がひしゃげる音が駐車場に響く。黒い幽霊はもの凄いスピードで隊員に接近し、容赦無く襲いかかった。振りかぶった幽霊の手が自動小銃にぶつかり、銃身を破壊する。とっさに身を引いたおかげで、隊員は幽霊の攻撃をぎりぎりで躱すことができた。
地面に倒れた隊員が拳銃を引き抜いた。そのまま銃口を幽霊の飼い主である永井に向けようとするが、自走する幽霊に拳銃を握る左手を踏みつけられ指ひとつ動かすことすらできない。幽霊が拳を振り上げる。
475: ◆8zklXZsAwY[saga]
2016/08/10(水) 22:50:03.45 ID:xQt0KHc3O
永井「おい、待て……」
黒い幽霊が男に向かって走り出した。男は銃撃をやめ、テリー・レノックス的な態度を見せる左足をなんとか車内に収め、後部座席のドアを閉めた。幽霊の右腕がドアを貫通し、そのままドアを引きちぎる。発砲音のあとに、ふたたび銃弾が潰れる音。防犯ブザーは走り来る幽霊に踏み潰されていて、ブザーの誘導音を失った“かれら”が幽霊のいる自動車のまわりをウロウロしている。
476: ◆8zklXZsAwY[saga]
2016/08/10(水) 22:51:19.14 ID:xQt0KHc3O
永井にとってほんとうに不幸だったのは、これほどの傷を負ってもなお、すぐには死ねなかったことである。自動車に背中を預けながら、永井は地面にずり落ちていった。自動車のドアには血がべっとり付いており、ドアに空いた穴の周りの塗料が剥がれ露出していた鈑金の地色を、永井の血が艶かしく光る赤色に染め上げている。ドアには血で赤く染まった大部分と銃弾が開けた黒い虚のような部分があり、その穴は色が付いているというより、光や血を吸い込むことで完璧な黒色を獲得しているように見えた。
永井は死を感じていたが、それがやって来るのはあまりにも遅い。死を早めるための左手の動きが緩慢なことも、永井を焦燥させた。意志だけが先走り、身体の運動がそれに追いついていない。永井は、いますぐにしなければならない作業の行程を頭のなかで何度もくりかえし、左手を意識に従わせようとした。
477: ◆8zklXZsAwY[saga]
2016/08/10(水) 22:53:09.35 ID:xQt0KHc3O
永井の手があがっていく。隊員は慌てることなく自動拳銃の弾倉を交換したあと、スライドを引き、狙いを定め引き鉄をひいた。銃弾はナイフとともに永井の指を吹き飛ばした。永井の左手がおちる。痛苦を感じる余裕もなく、永井は弱々しい呼吸を続けながら黙って銃口を睨んでいる。
隊員が拳銃を腰の後ろの長方形のポーチにしまい、麻酔銃をホルスターから抜いたとき、永井の身体に空いた穴から血と別の物質が流出し始めた。その物質は透過率百パーセントの完全に不可視の物質で、洪水のような勢いで永井の身体から放出された黒い粒子が、すでに駐車場全体を覆い尽くしていることに麻酔銃を構える隊員は気づいていなかった。
478: ◆8zklXZsAwY[saga]
2016/08/10(水) 22:54:23.05 ID:xQt0KHc3O
頭部を駆け巡る疼痛を堪えながら、隊員はふたたび拳銃を取り出し、背面をさらす胡桃に向かって拳銃を向ける。胡桃は地面に落ちた麻酔銃を手に取ると、右手を左脇から通して背後に向けて突き出し、その勢いを利用して身体を反転させながら麻酔銃を撃った。
隊員が拳銃を撃ったのもほぼ同じタイミングだった。麻酔ダートは運良くボディアーマーの隙間に命中し、またたく間に麻酔薬が隊員の全身に広がった。隊員の身体が地面に沈むのを見て、胡桃はむくりと起き上がり、息を吐いた。安心したところで右の上腕の違和感に気づき、右腕を顔の前に持ってくると、包帯が巻かれた箇所の皮膚が裂け血が滲んでいた。
479: ◆8zklXZsAwY[saga]
2016/08/10(水) 22:55:22.58 ID:xQt0KHc3O
駐車場の向こうでは黒い幽霊が、シャチが捕らえた獲物に対してそうするように、“かれら”を宙に放り投げてもて遊んでいる。
胡桃「見つかるとヤバいよな」
480: ◆8zklXZsAwY[saga]
2016/08/10(水) 22:56:32.72 ID:xQt0KHc3O
ぶすっ、という音がして、地面に伏せられていた隊員のこめかみが膨れあがる。一瞬、時間が間延びして、そのあいだに隊員のこめかみを見た永井は、幼い頃、父親に連れられたキャンプで焚き火を囲い、いっしょにマシュマロを熱していたときの光景を思い出していた。その刹那が過ぎると、膨らんだマシュマロのような隊員のこめかみが、今度は熟し過ぎたトマトのように破裂し、あたりに中身をぶちまけた。隊員の頭部のすぐ側にあった永井のスニーカーに、こぼれた血と脳漿がかかる。
美紀「先輩! はやくこっちに!」
481: ◆8zklXZsAwY[saga]
2016/08/10(水) 22:57:47.34 ID:xQt0KHc3O
永井「はやく出せ!」
美紀「どうやって運転するんですか!?」
482: ◆8zklXZsAwY[saga]
2016/08/10(水) 23:03:23.29 ID:xQt0KHc3O
>>481 訂正
永井「はやく出せ!」
美紀「どうやって運転するんですか!?」
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